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角川文庫 「湯屋番」「船徳」「宗論」「崇徳院」「干物箱」「山崎屋」「たちきり」「宮戸川」「山号寺号」「王子の幇間」「つるつる」「鰻の幇間」 若旦那と言っても、まじめすぎるのもいれば、まるっきり使い物にならないのもいる。 幇間はみな欲が張っていて間が抜けている。 人に笑われるようでなくては幇間はつとまらないわけだ。 口演をそのまま記録したものなのでまるっきり話し言葉。東京訛りはそのままになっている。 [山崎屋」(三遊亭円生)に、「おかったるい[#「おかったるい」に傍点]だろうねえ」(p112)というのが出てきた。「かったるい」に「お」をつけている。この「かったるい」は「だるい」ではなく「もの足りない」という意味だろう。 同じく[山崎屋」に「もっと大ざっぱい[#「大ざっぱい」に傍点]なご相談に乗ろうじゃあありませんか」(p117)というのもあった。これは意味がわからない。こせこせしない大きな考えということか。 「宮戸川」(三遊亭円窓)は、「この続きは、川上宗薫を読んでいただきたい。お花、半七の馴《な》れ初《そ》めでございます。」(p168)で終わる。 そういえばそういう作家がいた。昔のことがわからなくなって落ちの意味が理解できない話もおおいそうだが、こんな最近のことでもわからない人の方が多いかもしれない。今なら何というのだろう。 「王子の太鼓」(三遊亭円遊)では「洋犬《かめ》」とある。明治40年に亡くなった人だから、あたりまえに使われていた言葉を使っただけなのだろう。 「鰻《うなぎ》の幇間《たいこ》」(桂文楽)に「うなとと[#「うなとと」に傍点]とはいいね、のろ[#「のろ」に傍点]でしょ? 鰻《れき》。」(p241)の「のろ」「れき」はわからない。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.09.30
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角川文庫。2003年4月25日初版 2005年7月15日再版 舞台とドラマで見たものの原作。 戯曲ではなく小説として書かれているが、地の文は戯曲風のところも多い。 主人公二人のうち、年長の田代誠の一人称が基本だが、三人称も混じっており、境目がなくて視点が一致していない場面もある。 万歳の練習をしているところで思い出したが、「PKO」がネタに出てくる。 ドラマにはなかったが、舞台でもそうだったのを思い出した。 「平和維持活動」の話が出てくることが、そのあとで戦争中に飛ぶことの伏線になっているのだ。平和の象徴としてPKO使っているのだ。 過去へ飛ぶのは意識だけで、肉体は当時の人。全くの他人の中に魂だけが入る。外見は現代の二人にそっくり、ということはない。 小説としては荒削りだが、力がこもっている。悪く言えば力みすぎ。 最後の場面は納得できない。 特攻隊員の墓が羽田の近くにあるとは思えない。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.09.29
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2005.09.29
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先日ドラマ化された「零のかなたへ」の原作を読んでいる。 言うまでもなく特攻隊が舞台。 私は、特攻隊にいた人に話を聞いたことがある。 土浦の基地にいたのだが、昭和20年6月10日に大空襲を受けてほとんど壊滅。 一度東京へ戻ったが、軍用列車の窓はすべて板が打ち付けてあって外が見えないようになっていたという。焼け野原になっていた東京を見せたくなかったらしい。 その後、秋田の基地へ。もう燃料も飛行機もない。 たしか鹿児島の基地までいってそこから出撃、ということになったのだが、どうやって秋田から鹿児島まで行くか。(沖縄と聞いたような気がするが、沖縄は6月末にはアメリカ軍に占領されていたはず) 何と、飛行士を乗せたグライダーを九州近くまで引っ張っていってやるから、あとは自力で鹿児島へ行けと言われたそうだ。その人は、そのグライダーの操縦を命じられたそうだ。 無茶な話だ。 幸い、その作戦が実行される前に終戦となり、戦死せずにすんだ。 私が5年前に会った時はもう70歳を超えていた。 ハワイが大好きで、何と、英語の勉強をしていた。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.09.28
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カシン被告「リングで決着を」カシン、全日に訴えられた 世界タッグベルト返還に応じず全日本 カシンにベルト返還訴訟というわけで、カシンがベルト返還を求める訴訟を起こされて弁護士に相談しているというのだ。 ほう、そうだったのか、と思ったが、不思議な記事だ。 複数のスポーツ紙で報道されていると言うことは、弁護士のところへ相談に行く前に広く告知していたということだ。 誰が? 何のために? チャンピオンベルトというのは、個人ではなく、会社が管理しているのではないのか? 坂口憲二がアメリカのプロレス事情を紹介したテレビで、宮本が自分でベルトを持って歩いているということをことさら取り上げたのは、日本ではそうではないからなのでは。もちろん、初めて取ったときなどは持って帰ったりするだろうとは思う。 さらに、報知の、 すでに中西にベルトを譲渡し「横領罪」が適用される可能性が出てきた永田は「おれとカシンをくっつけた馳浩(衆院議員)に相談するしかない」と、頭を抱えた。というのも不思議だ。「横領罪」は冗談だろうが、馳が二人をくっつけて全日のリングでベルトを取らせたというのだろうか。 カシンの言うように、プロレスラーの戦いは、リングで決着をつけるのが筋。 しかし、チャンピオンを認定しているのは全日ではない。 スタン・ハンセン会長を戴くPWFなのだ。そこを誤解してもらっては困る。 カシンよ、認定書が代読されるたびに、会長名のところで「ウィー」と声が上がるのはなぜか考えてもらいたい。 ベルトの権威はチャンピオンが高めるというの確かだが、認定者が誰か、ということも重要。 馬場さん時代なら、イギリス紳士然としたロードブレアース会長が認定書を読み上げることによって権威が増していたのだ。 カシンよ、ハンセン会長のことはどう思ってるの? 武藤社長に逆らっているうちはネタですむかもしれないが、ハンセン会長を侮辱するようなことをしてはいけない。ファンはそこまで度量が広くない。いや、むしろ、ファンは狭量だ。プロレスラーとしてのカシンにブーイングを送るだけでなく、人間としての石沢にブーイングを送ることになるだろう。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.09.27
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文芸春秋社。2005年7月30日。 初めてこの著者の本を読んだ。「新・地底旅行」は新聞連載時に何回分か読んだのだが、1回あたりの分量が少なすぎて話が頭に入らず、途中で購読紙が代わったりして全部は読まなかった。 漱石が好きらしいと、それで知った。 この本の文体は饒舌多弁で不必要と思える情報が過多で、諧謔に満ちている。 こういうものは、よほどエネルギーがなくては書けまい。 文章が長いのだが、面白いので飽きることはない。しかし、話はなかなか進まない。 元夫婦があちこち出かけては食事や起床時間のことでもめたり、互いの知識や推理を披露しては、少しでも自分が優位に立とうとするあたりが実によく書けている。 さて、物語はというと、無名のまま終わった作家の原稿が発見され、しがない短大助教授がそれを紹介する役目を引き受けたことから事件に巻き込まれ、幻想の世界で恐怖を味わい、殺人事件が起こり、女性ジャズシンガーと編集者の元夫婦が探偵気取りで真相解明に乗り出し……と、ミステリーのようなのだが、謎解きが中心なのではなく、つまるところ、助教授の内面に大きな変化が起こり、元夫婦はそれなりの関係を維持していく、と、こう書くと説教くさいように見えてしまうのだが決して左様な堅苦しい話ではないのであって、エンターテインメントである。 SFの要素もあって、幻想の世界でなのか現実になのか過去と行き来し、それまでに存在していた円環をくずことになる。 と、話の内容を紹介しようとしてもしきれない。 今までに私が読んだことのあるものの中で、強いて何に似ているかというと、諸星大二郎の「暗黒神話」を思い起こさせるところがあった。 表現として、視覚に訴える部分が強い。 新聞記事は新聞記事のコピーの体裁をしており、雑誌の記事はゴチック体か太字。手書きの手紙は教科書体。 見た目の印象が違う。 表記で目立つのは、コンクリートは必ず「混凝土」に「コンクリート」とルビが振った書き方にしてあること。 これは漱石に用例があるかどうか知らないが、漱石の文章のような雰囲気を出したいのだろう。 気になったのは「病膏肓」(p457)。文字は正しく「膏肓」(こうこう)となっているのに、ルビは「やまいこうもう」になっている。「病膏盲」は「肓」を「盲」と見誤ったために生じた表記。「肓」は「もう」とは読まない。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.09.27
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冒頭は夢。これまた吉田義男が出ている。明治新政府への不満爆発、という設定らしい。 今回もまた、いわゆる「マドンナ」はなかなか出てこなくて、寅さんが、妹夫婦ととらやの夫婦が九州旅行に行っている間留守番をする、というのが長い。 自分のことを棚に上げ、旅行中の家族を心配して気が気ではない、旅から帰ってきたらくつろげるように用意万端整えておかなくてはならないというあたりが自分にもこうして欲しい、いや、すでにそうしてもらっているという気持ちをあらわしている。 タコ社長が大活躍。 博が会社を辞めるのかと勘違いした寅さんが、「そんなことになるとタコが泣くよ。おれはタコが泣くところなんかみていられない」と言うのを聞いてグショグショ泣く。 留守番の寅さんにつきあって飲む。 帰ってくる一行のために、かいがいしい割烹着姿で寅さんのいいなりに働く。 まさにここしかない、というはかったようなタイミングで寅さんの恋を話題にする。(これはいつものことだが) さて、岸恵子だが、この時はフランスの映画監督と結婚していてパリを本拠地にしていた。いわゆる「国際派女優」だったのだが、それが寅さんに、というところが斬新。 考えてみると、岸恵子の演技というのを見た記憶があまりない。 へえ、こうだったんだ、と新鮮だった。声が裏返っているように聞こえるのだが、それが地声なのだろう。 その兄で寅さんの幼なじみが前田武彦。 若い。太っている。放送作家という、そのまんまの役。 興味深いことに、これが製作された年の9月に、「夜のヒットパレード」で「共産党万歳」と言ってしまって、それ以後ほされることになっている。 監督は、それがあったから起用したのではないか、という気がする。山田洋次監督は共産党を支持者だし。 九州旅行は9月末から10月の始め、という設定(店の表に「従業員慰安」と書いてあるが、従業員なんていない)なのだが、葛飾の情景が寒々としていて10月とは思えない。 七五三のお参りの帰りらしい人も出てくるから、11月までは葛飾にいた、ということなのだろう。 さて、寅さんの恋なのだが、最初から釣り合わないのはしれたこと。 何しろ相手は洋画家なのだ。話がかみ合うはずはない。 しかし、無邪気な寅さんになら胸の内を明かすことができるのだ。 最初の印象が悪かったのも良かった。いいところばかり見せようとしなくてもすむ。 二人でいるときに、近所から「別れの曲」が聞こえてきて、寅さんが曲名を聞いてしみじみとするあたりは、新鮮でも何でもないのだが心に残る。 前にも書いたが、監督は、日本を記録しておくことに意を注いでいる。 岸恵子が恩師を訪ねたとき、恩師夫婦は近所の自然が破壊されていることを歎いていた。意図的なせりふだろう。 今回のBSの放送で、おばちゃんを演じた三崎千恵子のインタビューがあった。その中で、「48作ではなく、1作だと思っている」というのを聞いて、我が意を得たりと思った。 そうなのだ。だからあらすじが言えない映画になっているのだ。 自分の日常生活を振り返ってみればわかる。 日常生活のあらすじが言えるだろうか。できないだろう。いろいろなエピソードが結びついていたり、無縁に存在したり、重なっていたり、離れていたりする。それが映画の中に持ち込まれているのだ。その点が希有なのだ。 だからこそ不思議な映画なのだ。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.09.26
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先日、息子の小学校の運動会があった。 運動会につきものの万国旗。 誰がいつ始めたのか知らないが、おそらく日本独自のものだろう。 そもそも、運動会なんてない国の方が多いだろうし。 で、その万国旗の中に、懐かしい旗が。 ソ連が崩壊以前からずっと使っている万国旗なのだ。 運動会が終わってから、テントの片付けなどを手伝った。 万国旗はどう片付けるのかと思ったら、なんと、旗を一つ一つはずして保管するのだった。 飾るときには、一つ一つ結んでいるということ。大変な手間だ。 運動会で親が酒を飲んだりするのを非難する投書を目にしたことがある。 酒が好きな私でも、運動会で飲もうとは思わないが、さほど目くじらを立てることとも思えない。 太宰治の「津軽」に、「それぞれの家族が重箱をひろげ、大人は酒を飲み、子供と女は、ごはん食べながら、大陽気で語り笑つてゐるのである」という文章がある。 のどかな時代に見えるが、これは戦争中のことである。 運動会というのは酒を飲んでもいい、というよりも、当然飲むべき行事だったのだろう。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.09.25
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完全な自慢話。 私の作った「Vランチャー」が「週刊アスキー」(10月4日号)で紹介されました。 扱いは小さいけれどうれしい。 この雑誌、「週刊アスキー」になる前の「EYECOM」時代には定期購読していたりしていました。 フリーソフトが紹介されているのを見ると、「いつかこうやって紹介されるようなものが作れたらなあ」と思っていました。 ついに夢が実現。 なお、「Vランチャー」は、ボタンを手動で移動することはできない仕様ですが、近日中に、ボタンの位置を自分の好きなようなできるように改良して公開する予定です。楽天ブログランキング←この記事に興味が持てたらクリックしてください
2005.09.24
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連日連夜、迷惑メールが送られてきて憤りを感じているのは私ばかりではありますまい。 やっと休みになったので、今までの迷惑メールの送信に使われた主なホストを調べてみた。 NIFTYとぷららでは、迷惑メールを排除できるので、それを利用するため。 一般人も使っていると思われるホストもあるので、それを除外し、怪しいのだけリストアップ。 その一部がこれ。mail.bxbfs.commail.sedrhv.commail.uutrs.commail.sho-nama.commail.vjdhsy.commail.tenhou.commail.bxbfs.com mail.dabu-nan.commail.dick-mar.com look-happy1.netmail.cndhc.commail.bghnjk.comsmtp.thn.ne.jpmail.gdiie.comap59.ftth.ucom.ne.jpsiftnet.every771.netsystemserver07-5151tow.tv755_siftnet.every1.net160gb.compc6.comns.web.ad.jpmail.jnaviss.com150.220.ap.yournet.ne.jp どのように調べるかというと、メールのヘッダの、Received: from unknown (HELO nantoka.com) (***.***.**.**) by kantoka.com with SMTP; Thu, 22 Sep 2005 14:01:37 +0900というところを見る。 「Received:」という項目は複数ある場合が多いが、一番下か、下から2番目にある。 このうち、「nantoka.com」(もちろん架空のもの)が、迷惑メールを送りつけてきた業者が使用したホストのはず。 このホストから送られてきたメールを排除すれば、かなり減らせるはず。 ちなみの、そのあとの「***.***.**.**」は数字で、送信元からのメールを仲介したIPアドレス。「kantoka.com」はそのメールを受け取ったホスト。(違っていたらごめんなさい) ヘッダの文字列で受信拒否などができる人には参考になるかもしれません。 なお、これは私の知識を元にした情報提供で、誤っている可能性もあります。 これを信じて受信を拒否した結果、何か不都合が起こったとしても、私は責任を取ることはできません。 あくまでも、自己責任で行動してください。 また、この日記の内容に誤りがあればご指摘願えると幸いです。楽天ブログランキング←この記事に興味が持てたらクリックしてください
2005.09.23
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再放送を見た。 最初の放送の時も、心ひかれるものがあったのだが、見逃してしまった。 力作ではあるが、見た感想は、というと、思ったほどのものではなかった。 もう少し、テレビやジャーナリズムへの厳しい目があるのかと思ったのだが、結局、ニュース・キャスターはこんなにすごいんだよ、という話になってしまっていた。 降板して休養している間、漁村の郷里にいると、スタッフが真相解明のために訪れて、というのがあまりにも陳腐。 東京出身で、繁華街で遊び暮らしていてもいいんじゃないの。 正体を暴くところも、暴力をふるって無理矢理連れ去る、というのはそれ自体が犯罪だ。最初から、他の人のいないところで二人だけで話したいと言えばいい。 細かいところを言えばきりがない。 隠し撮りをしていたカメラは、レンズだけが見えていたが、リモコンからの情報の受信部が遮られていては操作できない。 大勢が現れたのなら、跡が残っていて、現場検証の時に警察が不審に思うはず。 もちろん、テレビドラマなのだから、こんな些末なところを気にする方が野暮だ、というのが、制作者側の言い分だろう。 それなら、このドラマは荒唐無稽だ、ということを広く告知しておけばよかったのだ。 力を入れて作っていることはよくわかるのだが、なまじリアリティがあるようなふれこみだったのでかえって不満が残ってしまった。楽天ブログランキング←この記事に興味が持てたらクリックしてください
2005.09.22
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明け方から何度も目を覚ましてはまた眠りに落ちるというのを繰り返し、そのたびに夢を見た。 少しだけ覚えている。○フェリー 薄暗くなった海辺。 私は、東京へ向かうフェリーに乗ろうとしている。フーテンの寅さんのようなかっこうをして毛布を羽織っている。 フェリーの中で寝て過ごすために毛布を用意していたらしい。 階段もろくにないようなコンクリートの崖を下りて乗船券を買いに行くと、茅葺きの農家のような建物があり、牛を飼っている。 そこに窓口がある。 たしか割引券があったはずだ、と財布の中身をぶちまけるが、ない。 一枚それらしいのがあったが、それは違うフェリー会社のもので串本発のものだという。どうやら紀伊半島にいるらしい。串本発のフェリーがあるかどうか知らない。たぶんないだろう。 あたりがくらくなり、フェリーに乗り込む前に目が覚めた。○カミソリ。 といっても、最近の2枚刃、3枚刃というようなものではなく、昔のごつごつしたもの。床屋さんが革のベルトで研いでいたようなカミソリが手にはいる。 腕の毛を少しなめて濡らし、剃ってみる。切れ味がいい。○牛 我が家で牛を飼うことになるのか飼っているのか、食事をしながら、子どもたちにちゃんと牛の世話をするように言う。 残飯をやるのだ、などと話す。 3人いる子どもたちはみな小学生ぐらいで、上の二人は不服そう。○砦なき者 最近、テレビドラマの「砦なき者」を見たので、それが夢に出てきた。 細部は覚えていない。 ほかにもいくつか夢を見たはずなのだが覚えていない。 最初の三つは、なぜその夢を見たのか理解できる。 このところ、「男はつらいよ」をずっと見ている。 また、牛を飼っているのとカミソリが出てくるのは、横光利一の「笑われた子」を読み返したばかりだからだ。楽天ブログランキング←この記事に興味が持てたらクリックしてください
2005.09.21
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ビデオテープを整理していたら出てきた。 いつのことか覚えていないがBSで放送されたのを録画していたのだ。 ますむらひろしがキャラクターをデザインし、主要な登場人物は猫の姿をしている。 絵の雰囲気は話にあっている。 町並みはキリコの絵のようで、これもいい。 タイタニックと思われる船で遭難した姉弟は人間の姿。 「銀河鉄道の夜」を初めて読んだのは中学生の時だったと思う。 さっぱり理解できない話だったことだけ覚えている。 大人になってからも読んだが、やはり話は理解できない。 もともと二つの話だったのを、一つの話と誤解して無理にまとめているのだ、という説を読んだことがある。 草稿のままのこされたために、整理者によって解釈の違いがあり、出版社によって文章が異なっている部分があったりする。 「青空文庫」でその例を見ることができる。 この映画は、静かに話が進んでいるのがよかったのだが、カムパネルラが姿を消したときにジョバンニがカムパネルラの名を叫んだのはよくない。 静かな悲しみに包まれていると思うのだ。楽天ブログランキング←この記事に興味が持てたらクリックしてください
2005.09.20
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吉田義男の登場する夢から始まる。 というようなあらすじはどうでもいい。 前にも書いたが、寅さんというのはあらすじの言えない話なのだ。 今回も不思議な話だ。 さくらがピアノのあるような家庭環境にあこがれている。 寅次郎はなんとかしてやろうと思う。 もちろん、行き違いがあって、なぜか寅次郎は北海道へ行き、リリー(浅丘ルリ子)と出会う。 このリリーは、この映画だけを見れば、いつものマドンナなのだが、今から見れば寅さんが所帯を持ったかもしれない相手なのだ。(太地喜和子とは所帯を持ったように思えるのだが) 浅丘ルリ子も、日活アクションでのヒロイン役以来、映画でのヒロインは久しぶりだったのではないだろうか。 旭ファンのわたしは、お嬢さんじゃない浅丘ルリ子は見たくないのだが、本人はそれなりになりきって演じている。 見ているときは何とも思わないのだが、後から考えると不思議な挿話ばかり。 青森出身の少女と印刷工場の少年の恋がでてくる。 辛酸をなめてきたリリーと、純朴な少女の対比と言ってしまえばそれまでなのだろうが、そんな単純なものではないように思えてならない。 少年が思いを口にする場面を、映像で見せ、その後、リリーがさくらの口から聞き出すという形でもう一度見せる。 リリーが目撃するのではなくさくらが見ていた、というのが重要なのだ。 北海道で病床についた兄を迎えに行ったり、上野駅に送っていったり、さくらが大活躍。(切符を買ったらお金がなくなったというのは、遠くまで行くという伏線) 大切なのはマドンナではなくさくらなのだ。 どうしてみんな寅さんを見るのだろう、というのが見始めたきっかけ。 しかし今や自分が寅さんにはまってしまっている。 不思議な映画だ。楽天ブログランキング←この記事に興味が持てたらクリックしてください
2005.09.19
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古典落語 5 角川文庫 「かつぎ屋」「猿後家」「質屋蔵」「錦明竹」「味噌蔵」「悋気のこま」「あんまのこたつ」「ざこ八」「百川」「和歌三神」「火事息子」「ちきり伊勢屋」 書名通り、商家が舞台の話。 商家だろうが長屋だろうが落語は落語。いつものばかばかしい話が続く。 それにしても、よくまあ、こういう話を思いつくものだ。 まじめな話を考え出す人よりも、意味のないばかばかしい話を考え出す人の方が尊敬できる。 「ざこ八」に能転気《のうてんき》〔軽薄でむこうみずな男〕という表記があった。「ノーテンキ」というのは、わかるようなわからないような言葉なのだ。 「したみ」(p213)、「なりん坊」(p214)という語は知らなかった。 「ちきり伊勢屋」は、これで全部ではなく、長い話なのではないかと思う。おそらく、連続語り物だったのだろう。楽天ブログランキング←この記事に興味が持てたらクリックしてください
2005.09.18
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16日の読売新聞夕刊に「小説「馬賊戦記」20年ぶり復刊、差別表現も修正」という記事があった。 朽木寒三が、日本人馬賊王と呼ばれた小日向白郎を主人公に描いた長編小説の復刊の話題である。 この本は、私は単行本で買って読み、同じ著者の「馬賊天鬼将軍伝」(上・下)も読んだ。 馬賊に興味を持っていた時期があるのだ。 いずれも面白かった。 特に、「天鬼将軍」の方が、甥の目から見た天鬼将軍を描くという書き方が凝っていた。作者は、その甥に話を聞いて書いていた。 馬賊を小説の題材ではなく、研究対象としていたのは渡辺龍策。この人の馬賊関係の本も何冊も読んだっけ。今でも本棚のどこかにはあると思う。 「馬賊戦記」はマンガにも影響を与えている。 森川久美の「蘇州夜曲」は、登場人物の名前の付け方や中国の情況の説明が「馬賊戦記」も参考にしていていた。 檀一雄の「夕日と拳銃」も読んだが、これにはあまり感心しなかった。 あまりにも作り物すぎ、主人公に感情移入ができなかった。 なお、この小説は、実在の伊達順之助をモデルにした伊達麟之介というのが主人公なのだが、伊達順之助そのものと思ってしまう人がいたらしい。楽天ブログランキング←この記事に興味が持てたらクリックしてください
2005.09.17
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職場で、パソコンの画面を見ていた女の子から、「シャカイコンダテってナンですか?」という声があがった。 そう聞かれてもなんだかわからない。 「シャカイ」は「社会」、「コンダテ」は「献立」しか頭に浮かばないのだが、この二つをつなげてもなんの事やらわからない。 その子のパソコンを見に行くと、ディスプレイには、「社会貢献」という文字が。 よほどおなかがすいていたのだろうが、「社会献立」と読む柔軟さにはちょっと感心(してる場合じゃないんだけど)。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.09.16
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古典落語 4 長屋ばなし(下) 角川文庫 1974.3.20初版 1974.5.30再版「寿限無」「牛ほめ」「かぼちゃ屋」「まんじゅうこわい」「あくび指南」「加賀の千代」「にゅう」「野晒し」「石返し」「千早振る」「言訳座頭」「らくだ」 「野晒し」は最後の落ちまである。時代が変わって落ちの意味がわからなくなっているので、冒頭で落ちのヒントを与えてくれている。 「古典落語」とは言っても、明治以降に作られた話の方が多いのだろうし、江戸時代の話ばかりというわけではない。 興味深いのが「牛ほめ」の神田のおじさん。「りっぱな家を建てて、牛なんぞを飼って乳をしぼって商売をしてるんだ」(p23)のだという。 明治に入ってからの新しい商売・牛乳屋である。漱石の坊っちゃんも、数学の教師になるより牛乳屋になったほうが良かったかと思っていたし、伊藤左千夫は実際に牛を飼って牛乳屋だった。 「言訳座頭」には「いくらしみったれだって、肩ぐらいは凝《は》るだろうと思うんだ」(p189)という言葉が出てくる。「こる」のではない。 「肩がこる」という表現を生み出したのは夏目漱石だという。それまでは「肩がはる」と言っていたのだろう。 解説は落語と俳句。 噺家にとっては、四季の事柄を話すために、俳句をよむことは大切な勉強になるのだそうだ。楽天ブログランキング←この記事に興味が持てたらクリックしてください
2005.09.15
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角川文庫 1974.1.10初版 1974.5.20第4版 「初天神」「蟇の油」「胡椒のくやみ」「孝行糖」「三軒長屋」「今戸の狐」「長屋の花見」「時そば」「一人酒盛」「人形買い」「もぐら泥」「粗忽長屋」「火焔太鼓」 長屋が舞台とは限らず、長屋に住んでいるような庶民が主人公の話。「時そば」「火焔太鼓」には長屋は出てこない。 口演をそのまま記録したもののはずだが、「なりでもって差別《あれ》しちゃあいけません」(p113)というように、読者の便を図っている表記もある。 「解説」(藤井宗哲)は落語の精神論。 その冒頭はこうなっている。 落語の持つ精神とは、と尋ねると、何人かの識者が、かならずといっていいぐらい、 「それは、幕政下、封建制度下における、抑圧された江戸庶民の、権力へのレジスタンスの風刺化された世界である」 と、そう答えてくれる。 しかし、考えてみると、実際にそうだろうか?というところから、落語家のエピソードを紹介したりして精神論をすすめていく。 その中で紹介されている、柳家つばめの「体制でもなければ、反体制でもなく、つまる所は無体制である」という言葉が当を得ているのだろう。 ジャイアント馬場さんの「プロレスはプロレスだ」という言葉を思い出した。楽天ブログランキング←この記事に興味が持てたらクリックしてください
2005.09.14
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原節子目当てで見たのだが、主人公は山村聰。 老境にさしかかった男の心の揺れを描く話なのだが、老境ったって、山村聰はこの年44歳。かなりの老け作り。 調べたら、息子役の上原謙のほうが一つ年上だった! 原節子は山村聰の10歳下。 と、出演者ばかり気になる。 娘の婿は金子信雄。主人公の友人は十朱幸代の父親の十朱久雄。 会社の女事務員は何という人か知らないが、現代風ですっきりした女性で良かった。 さて、話の方なのだが、表面上はいい暮らしをしている階層なのだが、息子は浮気し、その嫁はけなげで、娘は結婚相手とうまくいかず転がり込んできたりと、精神的には崩壊状態。 主人公は自分の子供よりも嫁の方がかわいいと思っているし、子どもたちもそれを感じている。だからうまくいかない。しかし、あんな子どもじゃかわいいと思えない。 丸く収まるわけではなく、すっかりこわれてしまい、主人公は妻とともに故郷へ帰って静かに暮らすことになるらしい、というところで終わる。 上原謙が寝床で妻の名を呼ぶところが、その後に何があるかを予感させる。なるほど、こういう描き方があったか。 でも、正直なところ、山村聰の心の揺れよりも、原節子を主人公にしてそちらの心の揺れを描いてくれた方がよかった。目当てはそっちなんだから。 原作は川端康成の小説だが、設定はいろいろ変えてあるらしい。楽天ブログランキング←この記事に興味が持てたらクリックしてください
2005.09.13
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第10作。夢から始まる。昭和初期のカフェーというところだろうか。 蒸気機関車の汽笛で目を覚ます。 「男はつらいよ」には蒸気機関車がしばしば登場する。 監督はよほど好きらしい。 ほかの映画でも、最後の場面で遠くを蒸気機関車が走っていったりする。 釜たきの若者が登場する話もあった。 この映画が作られたことはもう蒸気機関車はほとんど走っていなかったはず。わざわざ走っているところを探したのだろう。 この作品でひときわ印象に残るのが、秋の美しい風景の映像が多いこと。 渡世人仲間の墓参りや、夕暮れの別れ、ビバルディをバックに一人道を行く寅次郎。 「日本を記録しておこう」という意図があったのではないか。 物語の方は、絵に描いたような変人の大学助教授(米倉斉加年)と、離婚して戻ってきた幼馴染みの千代(八千草薫)の間を取り持とうとする。 ところが、千代が思いを寄せていたのは寅次郎の方だったことを知り、衝撃を受けた寅次郎はまた旅に出る。 冒頭では身を固めて気質の生活をしようとしていて、それがかなう状況なのに、避けてしまう。人のために一肌脱ごうとしたのに自分が幸せになってしまうわけにはいかないのだ。世の中はむずかしい。一人、物置部屋で物思いにふけるのであった。 八千草薫が美しい。小学校高学年の息子を残してきた、という設定。3年後の「俺たちの旅」では田中健の母親になのだ。「俺たちの旅」では年長のグズ六だった津坂匡章が、この映画では風来坊の若造。 八千草薫と倍賞智恵子は、子供の頃、ラッキョウに似ているとからかわれた、という話があった。言われてみると、二人ともおなじ頭の形。よく似ている。楽天ブログランキング←この記事に興味が持てたらクリックしてください
2005.09.12
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10日のウルトラマンマックス「バラージの預言」は懐かしいアントラーの登場。 かつての「ウルトラマン」第7話「バラージの青い石」をもとにしている。 クワガタムシのような姿で、アリジゴクのような性質を持つアントラー。 バルタン星人とともに、名怪獣である。私はアントラーのフィギアを職場の机の上に置いているくらいだ。 遠い昔、ウルトラマンが地球を訪れたことがあったらしい、というのがいい。壮大な話だ。 今回は桜井浩子も黒部進も出ていた。二人とも元気でいてくれて何よりだ。 子供はさほど魅力を感じていないようだが、親の私には魅力たっぷりの番組である。 「ガメラ 大怪獣空中決戦」の藤谷文子が出ていたのも良かった。楽天ブログランキング←この記事に興味が持てたらクリックしてください
2005.09.11
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舞台で見たのとはだいぶ趣が違う。 タイムスリップした、ということを、視聴者はわかっているのに主人公は理解できずにいる、というのが見せ場になるところなのだが、そういうところはあっさりしていて、すぐに受け入れてしまったように見えた。 爆撃を受けるシーンはCG。特撮ファンとしては、ミニチュア合成にしてほしいところだ。CGだとどうしても立体感に欠ける。 がま口が重要な小道具で、自分の母親となる少女のために命をかけることになるのだが、どうせなら、自分が母親からもらったのと同じがま口を見つけ、少女に買い与える、という設定にした方が、がま口の重要性が増す。 将来の自分につながる過去、というところは、広瀬正の「マイナスゼロ」のようだった。 なぜ二人とも特攻を志願するのか、合理的には理解できなかったが、それがかえってリアルだった。 簡単に割り切れる世界ではないのだ。 喜んで死んでいった人たちもいるだろうし、本心では嫌だったのに志願せざるを得なかった人だっているだろう。 志願していないのに選ばれてしまった人だっている。(特攻については後で書こうと思う) 番線番組も見たが、特攻に関わった人が、「そういう情況を作らないことが大切だ」というようなことを言っていた。 まさにその通り。戦争に勝つことよりも、戦争にならないようにすることが大切なのだ。公式サイト楽天ブログランキング←この記事に興味が持てたらクリックしてください
2005.09.11
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角川文庫 1974.5.10初版、1975.8.30第3版 「首ったけ」「近江八景」「町内の若い衆」「つきおとし」「熊の皮」「明烏」「お茶汲み」「春の夜ばなし」「故郷へ錦」「紙入れ」「目薬」「付き馬」「三枚起請」「錦の袈裟」 遊郭の話が多いが、別段エロチックな話ではない。 「目薬」など長屋ばなしでもいい。 ただ、「故郷へ錦」は趣が異なる。 母に恋する息子の話。これはテレビでは放送できないだろうなあ。 遊郭の話も、噺家の方は実際にどのようなものだったか知っていることもあるが、今では、語る方も聞く方も時代劇でしかしらないので、理解できないものになってしまっているのも多いことだろう。 柳家小三治は「錦の袈裟」の枕で、吉原がなくなって、「それ以来、若手の落語家《はなしか》の芸がぐんと落ちたという、伝説はいまだに消えておりませんが」(p244)と語っている。楽天ブログランキング←この記事に興味が持てたらクリックしてください
2005.09.10
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フジテレビが「西遊記」をドラマ化して香取慎吾が孫悟空になるそうだ。 そのうち「西遊記」をまたドラマ化することもあるだろうとは思っていたが、香取慎吾とは驚いた。意外だ。 ジャニーズならV6の森田剛が顔といい体格といいぴったりだと思っていたのだが、そんな当たり前のキャスティングにしないところがプロの発想なのだろう、 単発ドラマでは、本木雅弘が孫悟空で宮沢りえが三藏だったのを見た記憶がある。悟空たちはもとは人間だったのだが、悪事をはたらいて妖怪になってしまった、という設定だった。 しかし、ドラマは通常3ヶ月単位。3ヶ月で西遊記というのは半端だなあ。楽天ブログランキング←この記事に興味が持てたらクリックしてください
2005.09.09
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戦後6年目の大阪・東京が舞台。 原節子が美しい。今見ると、洋服のデザインのせいか、肩幅が広く胸がどっしりしている。 1951年というと、美空ひばりの「東京キッド」の翌年だ。 同じ時代でも階層が違うと世の中がこうも違うのかと思う。 出てくる女性がみんな、着物なんぞを着て、それぞれパーマをかけている。(サザエさんパーマらしいものもある。サザエさんの髪型は戦後流行したものなのだ) ある程度の階層の大人の女の証明なのだろう。 江戸時代に、身分や職業によって髷の形が違っていたのと同じことか。 上原兼と原節子の二人住まいに、姪が転がり込んできて波風が起きる。 姪の何気ない一言、例えば、「よれよれのネクタイね」などが妻の心を傷つけ、不満がつもっていく。 小道具の使い方がうまい。 ネクタイについては、その姪が、帰郷する列車の中で男のネクタイをいいというところでも、男への評価の象徴として使われる。 靴も重要。 最初はかったばかりのいい靴を履いているが、盗まれてしまい、盗まれたときに夫がどうしていたか、ということから妻の心に不信感が芽生える。 妻の留守中に、妻の同級生が「監督」に来たとき、向かいに住む女が来て、その同級生の脱いだ履き物を向きを変えてそろえて出ていく。 「なんだこんな女」という気持ちの表れ。 夫が妻を訪ねてきたとき、履き古した靴を見て夫と察する。 これは、元に戻ることを暗示しているわけだ。 大きな事件が起こる話ではないのだが、飽きさせず、見るものを引き込む映画だ。楽天ブログランキング←この記事に興味が持てたらクリックしてください
2005.09.08
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私の作ったフリーソフト「Vランチャー」がVECTORの「新着ソフトレビュー」で紹介されました。 ここで取り上げられています。 「ソフト作者からひとこと」に私のコメントがありますが、「自分向けのソフトを作るのが動悸でした」なんて誤変換がそのままになっていて恥ずかしいったらありゃしない。 いつも人の文章をあげつらっているのに、自分はこのていたらく。 情けない。楽天ブログランキング←この記事に興味が持てたらクリックしてください
2005.09.07
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「古典落語(1)」角川文庫(1974.2.25初版。1974.9.30第四版) 「お見立て」「辰巳の辻占」「宿屋ぼぼ」「とんちき」「大男の女郎買い」「お直し」「なめる」「転宅」「羽織の遊び」「蛙茶番」「品川心中」「鈴ふり」「居残り佐平次」を収録。 このうち「品川心中」は前半の心中しそこなうところまで。仕返しに出かけるところはない。 口演をそのまま記録したものらしく、江戸訛りはそのままにしてあるし、つじつまが合わないところがあっても手を入れたりはしていない。 語注がついていて役に立つのだが、語注でも「どういうおもしろみがあるのかは不明である」という話がある。 語った本人に聞けば、と思っても、その本人は明治31年に亡くなっているのだから聞きようがない。おそらく、その当時は聞き手にもすぐわかったことなのだろうが、今では、噺家もわからない落ちになってしまっているのだろう。 「蛙茶番」に「役不足」という言葉が出てくる。ちゃんと「本人の実力に比べて役の方が劣る」という意味で使っている。楽天ブログランキング←この記事に興味が持てたらクリックしてください
2005.09.06
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全日の武藤社長が、
2005.09.05
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第9作。 後にお約束となる、夢から始まるパターン。 口に棒をくわえているように見えるけれど、あれは、当時一世を風靡した木枯し紋次郎なのよ。楊枝をくわえているのだ。 この映画、テレビでも見たし、ビデオでも見たし、3回目なのだが、断片的にいくつかのシーンを覚えているだけで、初めて見るのと同じ気持ちで見た。前にも書いたが、あらすじを言うことのできない不思議な映画なのだ。 登(津坂匡章)との再会が2回ある。つまり、ぐるっとまわって同じ所に戻る映画なのだ。全体の進展はほとんどない。 博が家を建てる、ということが会話に出てきて、その通り、後には一戸建てに住むのだが、寅さんは変わらない。 マドンナが吉永小百合ということで、寅さんが「いつでも夢を」を口ずさむのがご愛敬。 また、若い女性が、今では信じられないようなミニのワンピースを着ていて驚く。 失恋し、また旅に出ようとする寅さんとさくらのしみじみとしたやりとりが、重要なのはマドンナではなくさくらだ、ということを教えてくれる。 おいちゃんはこの作から松村達雄。最初は違和感があったが、顔の形や声が渥美清に似ているのですぐになじんだ。 初めて登場する場面は、おいちゃんが寝ていて顔が見えず、さくらが「おいちゃん、どうしたの」と声をかけたことで、寝ているのがおいちゃんだとわかり、それから起きあがって顔を見せるので、「ああ、これがあたらしいおいちゃんか」と観客にわかる趣向。 吉永小百合の父が宮口精二で、前作の志村喬に続いて「七人の侍」つながり。お湯も沸かせない昔気質にぴったり。 御前様が源公を「頭が足りない」と言っていた。そうだったのか。今まで、どういう設定なのかよくわからなかったが、みんなに面倒を見てもらっているので、あっちにいたりこっちにいたりするのだ。 なぜか、おばちゃんもさくらも、この作から老けたように見えるのは気のせいだろうか。 ペプシコーラがスポンサーになっていて、店の中にペプシコーラの大きな冷蔵庫があり、最後にペプシコーラのトラックが登場していた。楽天ブログランキング←この記事に興味が持てたらクリックしてください
2005.09.04
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リブロポート。1982.7.10初版・1985.9.18第3刷。3400円 423ページという大部のもの。 なぜ平野威馬雄が熊楠の本を、と疑問を持ったが、何にでも興味を持つ人なので熊楠にも興味を持ったのか、というだけの気持ちで読み始めた。 普通なら、「まえがき」などに、自分が熊楠に興味を持ったきっかけなどが書いてありそうなものだが、そういうものは全くない。 ひたすら熊楠の生涯と業績を、熱のこもった文章で紹介していく。 文中では、「翁」と呼んでいることが多い。 不思議な本で、一度全体を書いてから読み直して手を入れてはいるのだろうが、はじめは、孫文と熊楠がキューバ革命の時に出会ったように書いていながら、あとでそれが事実ではないことがわかった、というって「筆者は、事実の正確を期する立前から、潔く、前章の一条を取消し」(p133)と書いていたりする。 途中で読むのをやめてしまっては行けないのだ。 力作もやっと終わりに近づいてきたというところになって、初めて著者と熊楠の関わりが出てくる。 熊楠が1922年に、研究所設立の資金集めに上京した際、あったことがあるのだ。車に同乗し、頼まれて粘菌を取ってきたことがあったのである。(p323) ここまで読んでやっと謎が解けるのである。 南方熊楠とは何者かということを簡単に説明することができないのと同じで、この本の内容を簡単に説明することはできない。もしするとしたら「南方熊楠のことを書いた本だ」としか言いようがない。 その生涯のあらましを述べているし、熊楠の著作などからの引用もたくさんあるので、熊楠について知るには役に立つかもしれないが、熊楠を全く知らない人が読んだら、さっぱり何がなんだかわからないかもしれない。 「あとがき」によると、熊楠伝を書くのは3度目だそうだ。 何度書いても書ききれないのだろう。楽天ブログランキング←この記事に興味が持てたらクリックしてください
2005.09.03
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一つは、「[防衛庁]懲戒処分の集計公表 自衛官ら計314人」。 一人の免職の理由は、「パチスロ店内に落ちていた現金59万円を盗んだ」というもの。 59万円も落ちていたのか。どんな風に落ちていたのだろ。 それが気になる。 処分を受けた自衛官が314人というのを多いと見るか少ないと見るか。 自衛官の定員はは253,180人で、3月31日現在、239,430が在職。その中の314人だから、かなり少ない。 公務員の不祥事があると、「民間企業では考えられない」などという人がいて驚く。民間企業ならもっと不祥事の発生率は高いだろうし、表に出さないことが多いだろう。それに、不祥事があってもそれほど騒がれないし。 たとえば、中小企業でセクハラがあったとしても大きく報道されることはないだろ。 不祥事がある、というのは、むしろ、公務員が民間企業で働く人並みになってきた、ということだ。 もう一つの記事は、「衆院選投票をとチラシに入浴剤添え配布 道選管」というもの。 その入浴剤を購入するお金はどこから出てくるのだ。 税金だろう。 こんなことのために税金を使ってもらいたくない。 投票率を上げよるための苦心の作なのだろうが、そもそも、投票率が低いのは選管の責任ではない。棄権する人の責任だ。 世の中、これだけ大騒ぎしているのだから、選挙があることを知らぬ有権者は少ないだろう。 わざわざ税金を使って入浴剤など配る必要はない。 それこそ、少しでも出費を抑えて自治体の財政好転に協力した方がいい。 小泉内閣も、税金からの出費を減らし、小さな政府を目指すというのなら、選管がポスターを作ったりものを配ったりするのを禁じればよさそうなものだ。 そうすれば、「群馬県選管は、同選管の標語…」という記事のように、ポスターが12万枚も無駄になる、ということもなかったはずだ。楽天ブログランキング←この記事に興味が持てたらクリックしてください
2005.09.02
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世の中には悪賢いヤツがいるもので、アダルトサイトをブログで運営しているのがいる。そして、勝手にトラックバックを貼ってくる。 手当たりしだいにトラックバックされたのを、いちいち削除しなくてはならず、迷惑この上ない。 一時はトラックバック受け入れを停止していたこともあったが、自分はトラックバックしているのに自分へのトラックバックは受け入れない、というわけにはいかない。 いろいろ考えているうちにはたと気がついた。 メインのページに最新のトラックバックを表示しているのを利用されているのではないか。 そこで、トラックバックを受け入れる設定のまま、メインのページにはトラックバックが表示されないようにしてみた。 すると、悪質なトラックバックはなくなった。 そういうことだったのか。 悪質なトラックバックに悩んでいる皆さん、この手は使えますよ。 トラックバックを目立つところに表示するのはやめましょう。楽天ブログランキング←この記事に興味が持てたらクリックしてください
2005.09.01
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