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今日で2月も最後。 ほんとうにあっという間に、日にちは経ってしまうものだなと思います。 さて、昨日、例によって、鼻をかみながら、せっせこ日記を書いていたときのこと。 いつも、つい長くなってしまう文章に反省して。 ここはリズムと変化??をつけたい!!と思い、そのテーマに沿ったアフィリエイト(もしくは携帯の画像)を使用したりするのですが。 昨日、いつものように、何か探そうと思い、アフィリエイトのページに行ってビックリ! その前の日までは、全然売れていなかったのですが、どなたかが、何かを購入してくださったみたいで、前日まではゼロだった成果報酬にポイントがついていたのです。 ほんとうにありがとうございました! 考えてみると、わたしのこのブログ開設のそもそもの動機は、アフィリエイトで収入アップ!なる雑誌(定価500円)を読んだから。 始めたころは休職中で、時間があったので、フリーページもけっこう凝って作っていたのですが。 とくに初めて作ったお気に入りカレンダー。 色彩的にもデザインも気に入っていたものを探したのですが、なんといっても、カレンダーは、季節物。 年も改まるので削除したところ、追加ページも全部削除されてしまい。 内藤ルネやA・ウォーホルのお気に入り作品ページも消滅、ほんとうに残念です。 今残っているのも、去年のクリスマスシーズンや年末に作ったものなので、今ごろクリックしても、品切れとかページそのものが無くなってしまったものも多く。 それでもせっかく自分が好きなものを見つけて作ったので、そのままにしてあるのです。 あとは、前述したように、やたらに長くなってしまう日記なので、変化をつけたいと思い、アフィリエイトの画像を、日記の中盤あたりに貼りつけたりもしているのですが、これもけっこう、いろいろ探すのが楽しみ!でもあるのです。 考えてみると、このアフィリエイト、なぜか、毎月、このわたしにも成果報酬というものが付いてくるのです。 それも月の終わりごろ。 今月はゼロだったかな?と思っていると、いつも月末くらいに売れて、ほんとうにふしぎな気持です。 そんなアフィリエイト。 一時は、一番高い商品を探して載せてみたりもしていました。 ちなみに左上の画像、黒のランボルギーニ ムルシエラゴ、中古ながら28,330,000円 ほんとうはロールスロイスのほうが高いのですが、ランボルギーニのほうがカッコいいし。 まんなかは、ロレックス・デイデイト(メンズ)25,300,000円 ! もっと高いピアジュもあるのですが、こちらは品切れ(万が一にも売れる??こともあり??在庫ありのロレックスを選びました) 手首にロレックス、足代わりのランボルギーニ、それだけで〆て5000万円!、 というお金持ちも、どこかにはいるとは思うのですが。 ロレックスと並べた右の時計、かわいくてゴージャス! このカスタマイズウォッチ、お好みのパーツを選んで作れて、1,500円 (税込 1,575 円) !ベルトもいろいろな色があり。 ロレックスとたいして変わりないんじゃないでしょうか? まあブランドというのは、所有しているという事実だけでも、満足に通じるものだから。 どうしてもこのブランド!というこだわりがなければ、ほんとうに気に入ったものを買えばいいんじゃないかなとも思います。 というわけで、意外な月末のアフィリエイト報告を書き上げ、また時間がゆっくり取れたら、新たなページを作ろうかなとも思う、今のわたしなのです。★お気に入りウォーホル作品!★ いつも、お越しくださるみなさま、ほんとうにありがとうございます! ここのところ、年度末も近づき、かなり忙しい日が続いており、日記更新も遅くなってしまいました。 また、改めて、みなさまのところにはお伺いさせていただくことにして、今日のところは失礼いたします。 みなさまもお忙しいと思います。どうぞ体調に気をつけて、お過ごしくださいませ。
2007.02.28
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今日も、お天気はよかったのですが、やはり花粉が飛び交っているらしく、くしゃみと鼻水に悩まされる1日となってしまいました。 全国のみなさまは、花粉症は、いかがでしょうか? 不思議なことに、その年その年で、どんなに花粉がひどく飛んでも、花粉症にならなかったこともあり、この花粉症というものは、毎年飛んでくる花粉の種類も季節により変わるのか、その年や時期によっては、大丈夫というときもあります。 わたしの友人にも、わたしが花粉症に悩まされているときでも、すずしい顔をして、花粉症に抗体がある人もいて、ほんとうに個人差があるものだなと思います。 とくにひどい花粉症に悩まされるようになったのは、ここ2、3年のことなのですが。 今年も、やはり悩まされそうだと、今まさに、日記を書きながら、鼻をかんでいるわたし。 少し前に連続くしゃみということを日記に書いたのですが。 くしゃみって、ほんとうにもどかしいものです。 前かがみになって、鼻水と涙を抑えながら、むずむずする鼻の感覚と対峙する。 鼻の奥もかゆいし、眼も拭きたくなるし、そうこうしているうちに、上半身、とくに鼻の奥からのどにかけての気管支が揺れだすのか??体勢もますます前かがみとなり。 一刻も早く、くしゃみが出ればすっきりとするのですが、鼻の奥の粘膜あたりに引っかかっている花粉とやらが、なかなかしぶとい。 これを吹き飛ばしてやろうという、体の自衛本能なのか、細かい花粉を追い出すにしては、かなりの労力を使い、全身のエネルギーを集約して、もどかしいくらい、揺り戻しの何度かのインターバルののち、フアックション!と出るわけです。 と、なにも、だれもが経験するくしゃみの描写を、ここで、こと細かに書く必要もないのですが。 ここ何日か、あまりに連続して出るので、つい書いてしまいました。 とくに連続してくしゃみが出るときは、体勢を立て直すヒマがなく→こんなときは、もうほとんど半ベソ状態。 そういえば前回、くしゃみについての日記のときに頂いたコメントの返事でも書いたのですが。 あまりにも鼻水がひどく、止まらない友人。 「もういいわ、鼻栓しちゃうから!」と、いつもはすごくおしゃれな彼女。 そう言って、ティッシュで鼻栓して、マスクで覆う。 たしかに、ただマスクをしているだけにしか見えません。 これならばうつむいても、鼻水がたれる心配もないし。 なるほど、イザとなったら、そうすりゃいいんだなと、わたしも感心。 そんな前置きがある、これは、以前の職場の話なのですが。 花粉症最盛期に、これがいいわよと、新しモノ好きの友人がくれた花粉シャットアウトのマスク。 このマスク、どう見てもカラス天狗のくちばしみたいで、あまりゾッとしなかったのですが。 鼻水がひどく、このままだとタレコ状態だったので、しぶしぶマスクをして。 友人のことを思い出し、ついでにと、鼻にさわやかスプレーも貸してくれたので、ティッシュにひと拭き、鼻の下にあてて(鼻栓にはあらず!)マスクをしたところ。 窒息しかけました!!!(→例によって実話) あまりにも、マスク生地の、花粉の遮蔽密度が細かすぎ、さらに鼻の下にピッタリとついたティッシュにも空気の流通を遮られ、二重に酸素の供給も途絶えかけたという話!! 友人が鼻栓のときに使った、ふつうのガーゼのマスクだったら大丈夫だったのですが??(確信なし→たしか鼻栓も、片っぽだけだった気もします) 何ごとも、経験しないとわかりませんが、しなくてもいい経験というものもあり、これはまさにそのひとつ(泣) というわけで、日記の書き出しのつもりでしたが、花粉症から脱することができず、結局、最後まで、この話で終始してしまい。 それでも、あのしなくてもいい経験のあと、さすがにマスクはこりごり、マスクなしで目下の懸案、花粉症対策の特効薬は、何かないだろうかなと鼻水とくしゃみに悩まされている、今のわたしなのです。
2007.02.27
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今日は、今までで一番花粉が飛んでいたのではないか!と何度もくしゃみが出て。 これからの花粉最盛期に、戦々恐々となった1日でした。 ここのところ忙しく、頭も働かず、満足な文章も日記も書けず。 母からは、「そんなに毎日書いて、ただでさえ忙しいのに、ムリするのは止めなさい!」とお説教をされました。 加えて、「だいたい毎日日記を書くなんて、読む人の身にもなりなさい!」とも。 まったくその通りだとも思います(深く反省)→と思いつつも、今後のコトは、さておいて。 体重(kg)÷ 身長(m)÷ 身長(m)= 体格指数(BMI) と、いきなりの式ですが この計算で出てきた、体格指数の数値が、18.5未満の女性、いわゆる、やせすぎと言われる女性が20代、30代で急増中だと、今日の新聞に出ていました。(と、いきなり本題) ちなみにこのBMIの年齢別のやせの基準値とは、20~29歳→18未満、30~39歳→19未満、40~49歳→20未満、50~59歳→21未満…というように、年代があがるにつれ、基準値も1ずつ上がっていきます。 ここで問題なのは、このやせの基準値の数字未満が出た場合、かならずしもそれが理想の体型ということではなく、むしろ、BMIが低いほど、健康にリスクがかかってくるということなのだそうです。 とくにBMIが低いほど、骨密度が下がる。 若い時期に、無理なダイエットなどをくり返し、極端に骨密度が下がっていると、高齢になってからの骨折が増えて、寝たきりになるのだそうです。 思い当たるのが、わたしの友人の叔母さんの話なのですが。 高齢になり、骨折したのですが、骨折の際、骨が砕けるように折れてしまい、もう元に戻ることができず、車椅子の生活を余儀なくされているとのこと。 この話を聞いたときには、正直、びっくりもしたし、ぞっとしました。 その友人も、すらっとしていて華奢で、骨も細い感じの体型で、わたしとしては、「いいなあ、そんなにスマートで!」と内心、うらやましくも思っていたのですが。 ちなみに、わたしは、お昼休みに、まわりに人がいないとき、大急ぎで、冷や汗をかきながら、このBMIの計算をしてみたところ。 まずやせすぎの基準値は、クリア(つまり基準値以上) やっぱりわたしはやせていないのだなと、現実をつきつけられた思い。 といっても、極端な数値でもなく、やせの基準値に+1.5くらい。 これって、ふつうなのかは、わかりませんが?? しかし、やせ過ぎていると、体の抵抗力がなく病気を克服できない可能性もあり、死亡率も高まるそうです。(とくにBMIが、14~19未満の場合が、男性、女性を問わず、19以上の数値の約2倍の死亡率となるデータも出ています) 何年か前に飼っていた猫がいて、体も大きく、強くて、元気でまだ若かったのですが。 その猫が病気になり、エサを食べなくなってしまうと、大きかった体がみるみるうちにやせてしまったことがありました。 そのとき、獣医さんには、食べられさえすれば、命は助かると言われたのですが、結局、エサを受け付けず、回復することなく、火が消えるように、死んでしまったのです。 やはり、食べるという行為は、いのちに直結しているものなのだなと、そのとき、実感しました。 きちんと食べ物が食べられているとき、そのときには、命を維持することができる。 食べることというのは、体を作り、生きることにつながり、いろいろなものを、おいしく食べられるということは、豊かな毎日につながってもいるのだなと。 人間でも、動物でも、食べることというのは、尊い行為であり、食物を大切にいただくことが、生きるという基本なのだと、可愛がっていたその猫に教えられたような気がします。 ダイエットが運命に結びつくことがあるかどうかは、わからないのですが、少なくとも、食べること、食べられることに、感謝して生きるということが、大切なのかもしれません。 とにかく、忙しくても、酷暑でも、花粉症でも、イヤなことがあっても、悩んでも、落ち込んでも、食欲はいつも変わらないわたし。 つまり、どんなときでも食べられる! こうやって考えてくると、いつまでも「やせたい~」などと言ってないで、年度末の忙しい今の時期、栄養をつけて、このハードな毎日を、なんとか乗り切っていくか!と、改めて思う、今のわたしなのです。
2007.02.26
今日の東京はかなり冷え込みw(☆o◎)w せっかくの休日、のんびりしたかったのですが、急な用事で外出中、今だに帰れず(泣)、携帯でのメール更新となりました(*_*) 画像は、わが家で唯一の三毛猫、ネネの子猫のときのもの。 車庫に捨てられていた3ぴきの子猫たち。 体は大きいけど、おとなしいキキ、不器用で甘えん坊の弟ジジ。 そして3ぴきの中では一番利口なネネ。 いつもジジがもらったおもちゃをいち早く見つけて、かっさらっていくネネ。 なにかおもしろそうなことがないかと探したり、新しい遊びを見つけるのも大好き。 わたしが猫たちのトイレを掃除したりしているときに、一番先に駆けつけて、そばで見守ったりするところも、いかにも、おしゃまな女の子みたいで、ほんとうにかわいいのです(o^-')
2007.02.25
今日の東京はいいお天気、でも冷たい風が吹いて、気温も低めの1日となりました。 今日と明日はお休み。 先週の日記で書いた讃岐うどん屋さんに行ってみたけど、今日は母と行ったため、すぐに二人が座れる席がなくて、別のお店で昼食。 先週のぶっかけうどんのこともあり、今週は生醤油で食べる讃岐うどんをクリアしたかったけど、またこれは今度のことにして。 さて、わが家のうどんメニューを考察してみると、寒い冬に鍋焼きうどん、煮込みうどんなどオーソドックスなタイプ、またすき焼きの後半や鍋料理に入れてみたりなど、限定的な使い方。 これがわたしとなると、きつねどんベエにお湯を注ぐくらい。 それほどわが家の家庭料理において、うどんの占める比重は決して高くはなかったのですが。 ただ、たまのお休みの昼食、冷蔵庫に残りのうどんなどを発見したときに、母が作ってくれる焼きうどん、これがなかなかの味。 作り方はいたってカンタンで、フライパンに油をやや多めにひき、うどんを入れて、弱火で焼く。 ときどきひっくり返して、焦げ目がつくくらいじっくり焼いたら、出来上がり。 お皿に盛った焼きうどんに、みじん切りにした長ネギとかつお節をたっぷりかけて、酢と醤油をかけて、熱々のうちに食す! きつね色になるくらいに焦げたうどんの香ばしさと、もっちり感が、酢醤油の味と相まって、さっぱりして、おいしい~! 飽きずに食べられるのです 具もネギとかつお節だけという、シンプルかつ実に経済的な一品。 母に聞いてみると、この焼きうどんは、わたしの子供のころ、父の会社の関係で住んでいた町で、近所の人が教えてくれたそう。 「それも、<こぶがはら天狗うどん>っていうのよ」とのこと。 こぶがはらてんぐうどん…その響きといい、名前の長さといい、只モンではなさそうなうどん! 日記に書くので、今日、母に再確認をしてみると、 とにかく、焼いている間は、うどんを何度もひっくり返す→焦げ目がポイント!と、作り方のコツを、まずは力説。 さらに、こぶがはら天狗うどんとは、古峰ヶ原天狗うどんという名前で、焼きうどんの名前ではなく、うどんそのものの名前とか。 そもそも、この焼きうどんを教えてくれた近所の人が、栃木県鹿沼市の出身。 ここの名産?(たぶん)の古峰ヶ原天狗うどんで、この焼きうどんを作るのがすごくおいしかったそうで、当時、焼きうどんを作るために、箱いっぱいの天狗うどんを取り寄せるのが、近所中で流行ったそうです。 それにしても、古峰ヶ原に天狗と続くので調べてみると。 古峰ヶ原高原というところに、山麓にある古峰神社の天狗たちが集まって酒盛りをしたという、天狗の庭という場所があり、また、この古峰神社には、天狗の大きな面が祀られているそうで、山岳信仰の盛んなこのあたりでは、山神として天狗を篤く祀ったのではないかな。 子どものころは、山深い町に住んでいたので、山岳信仰とか、天狗とか出てくると、なんとなくワクワク この古峰ヶ原天狗うどん、わが家にとっても、いわば歴史ある味。 というわけで、明日の昼食のメニュー、カンタンでおいしいこの焼きうどんを久しぶりに作ってみようかと、冷蔵庫の中にうどんが残っているかを確かめてきた、今のわたしなのです。
2007.02.24
今日も帰りが遅く、携帯で日記更新 画像は、先週、氏神さまにお参りしたときに、境内に咲いていた紅梅(*^_^*) 本殿に向かって、右側にこの紅梅、左側に白梅が咲いていました。 梅というと、紅梅も白梅も、早春のまだ寒さの残るころに凛として咲き、どこか粛然とした趣のある花のような印象もあったので、このときに間近に見たこの花が、日なたで明るく花開いてるのを見て、なんとなく春の早い到来も、また心楽しいような、そんな明るい気持にさせてくれるようにも感じました。 短い冬も終わりに近づき、来たるべき新しい春が、どのような季節になるかは、まだ知るすべもないけれど。 こうして、春の訪れを喜ぶかのように、小さな花が咲いているのを見ると、ひとつの季節が終わり、また新しい季節がすぐそばまで来ている頃というのは、やはり新たな希望となるつぼみもそっと開く頃にもなるのだなと感じた、先週のわたしなのです(o^-')
2007.02.23
今日も暖かな1日。 夕方、仕事帰りに歩いていると、暖かさにマフラーをはずし、またしばらくして寒くなるとマフラーを巻いたり、そんな、2月も中旬の今ごろ。 さて先週のこと。 わたしが仕事から帰ってくると、夕食を作っている母がいつになく?真剣な様子で、テーブルの上には広げたNHK『今日の料理』のカラーページ、さらにそのそばには焼き上がったタラのソテーなどがあり。 何を作っているのか聞いてみると、タラのトマトソース和えとかいう、イタリアンらしい料理。 わが家でタラといえば、湯豆腐のときに使うくらい。 なにを思ったのか、母はいつも、手を抜いているので??たまには凝った料理を作ろうかと一念発起したそう(と本人の弁)で、材料も買い揃えたというそばには、アンチョビやトマトソースの缶、オリーブの実の瓶などもあちこちに散乱。 いよいよ仕上げの段階らしいので、わたしも荷物を置いて、手伝うことにしたんだけど。 夕食の時間の早いわが家、そろそろその時間もせまる頃。 時間もないので、いっそミートソースの缶でも温めてかけちゃえば?と、わたしの提案。 それに対して、ここは最後まできちんとレシピ通り作りたい!という母。 そこでまず、トマトソースを温め、そこにアンチョビを何切れかほうり込み、つぎに、オリーブ!というところだったのですが、この瓶のふたが固くて、母子でどうやってもあけることができず。 時間ばかりかかるので、オリーブをあきらめ、つぎはワインを入れるところ、「しまった、ワインを買い忘れた!」と母。 しかたなく、急遽、ワインの代わりに、神棚に備えておいたお神酒を持ってきて、これを入れて、さて味見をすると、イマイチぴんと来ない味!? もう時間がないし、その辺にある調味料やら醤油でもソースでも入れちゃえば?と、最後はわたしが、いつもおなじみ、適当にあれやこれや放り込み、タラのソテーも入れて、一煮立ち。 お皿に盛って、最後にゆでておいた小松菜を添えて、出来上がり!となったのです。 というわけで、懸案の新メニューも無事にできたので、わたしも部屋に引きあげ、一休みしてから食堂に戻ると、どこか浮かぬ顔の母。 夕食を食べて出かけるというカトキチが、このタラ料理を一足先に食べて、もう出かけたそう。 「で、おいしかったって?」とまだ食べていないわたしがカトキチの感想を聞いてみると 「おいしいとは言ったんだけど」と、なんとも複雑な顔をした母は、その後に続けて、 「これ、タラの味噌煮?だって」 うーん、見た目は最後の仕上げの醤油かソースがきいたのか、たしかに色的に微妙~~ 「小松菜もあったし、和食かと思ったのかもね?」となぐさめるわたしに、母は 「それが、小松菜だとばかり思っていたけど、今、本を見てみたら、菜の花だったのよね。今の今まで小松菜だと思い込んでて、気がつかなかったわ」 やはり、わが家は由緒正しきおっちょこちょいの家系。 昨日の日記に書いたように、わたしのおっちょこちょいのルーツを証明する、母ゆずりの血??「まあ、おいしかったようだし、これはこれで、タラの味噌煮ならぬ、タラ・ミ・ソーニってとこね」と、イタリア風?命名! 母と食べてみると、そこはかとなく、イタリアンらしい風味も感じられるこのタラ料理、なかなかおいしい味でもあり~~。 というわけで、味はともかく、その名も、なんとなく、どこかブランドチックな、わが家の新しいメニュー、オリジナル・イタリアン<タラ・ミ・ソーニ(小松菜添え)>、いずれまた、わが家の食卓にのぼることがあるのかな?とも思う、今日のわたしなのです。
2007.02.22
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今日も穏やかな1日となり、やはり、東京の2月としても、今までにない暖冬を実感! さて、まずはお詫びから 昨日の日記、「600年に一度の黄金の豚年」と書いてしまったけど、あっちさん(いつもありがとうございます!)から頂いたコメントで確かめたところ、60年に一度の間違いで、本当にわたしの勘違い! 申し訳ありませんでした~! たいてい、書く場合には、事前に確認もするのだけど、一番肝心なところをなぜか、10倍の長さで思い込み、そこだけすっ飛ばしたという顛末(汗) 600年に一度だと、日本はもちろん、本場中国でも忘れてしまいそうな長さとなり 昨日のわたしの日記を読んで下さったみなさまには本当に、申し訳ない!と、反省して訂正しました。 以前、ツーカーの終了期限も1年間違えていたし、あとの祭り、カン違いも、はなはだしいのが、わたしの日常。 そういえば、だいぶ前のこと、昔、家の近所に住んでいて引っ越した人が亡くなったというお知らせがあり、忙しい家族に代わって、急遽、わたしが仕事帰りにお通夜に行くことを引き受けたことがあり。 初めて行く場所、乗ったことのない電車で、夕方出かけてみると、けっこう時間がかかり、ちょいアセリ気味。 駅からバスに乗り、人気の寂しい、とある場所に降りてみると、そこはけっこうお寺などが点在しているのも見えて、事前に聞いていたセレモニーホールとかを探し当て、なんとかたどり着き 今、そのホールは、まさにお通夜の真っ最中。 入り口で、とりあえず持参したお香典を渡し、焼香をして、悄然と肩を落とす遺族の方たちにあいさつし、お通夜の料理に手をつけるのもそこそこに、会場を後にしたのです。 家に帰り、会場を出るときに受け取ったお返しを見て、母も首をかしげたものの、何も言わずに受け取り、そのまま、わたしもそのことをきれいに忘却のかなた! 49日が過ぎたころ、お返しがわが家に届き、その送り主の名が、まったく知らない人だと判明! どうも、わたしは、全然知らない人のお通夜に出席したわけだったのです。 わたし自身も、亡くなった人と面識がまったくなかったので、最後まで気がつかず。 お寺も多く、セレモニーホールというのも初めてだったし、同じセレモニーホールのちがう階で行われていたお通夜、入り口の名前も確かめずに飛び込んだという顛末。(→例によって、実話) まさか、自分がちがうお通夜の場所にいるとは、うかつにも気がつかず、万が一、途中で気がついても、「まちがったので、お香典、返して」とも言えなかったろうと思うので、これはこれで、仕方ないかも??と自分で自分をなぐさめたことを覚えてる次第(涙) そういえば、前にテレビの再現ドラマで見た、夕方になると、黒い服に着替えイソイソと出かける主婦。 あちらこちらで行われているお通夜に出没し、お通夜のお酒やお寿司などを、たらふくごちそうになっていたという話。 そのとき、その主婦は、少ないながらもお香典を包んでいた??とも記憶していますが、とにかく、あわただしいお通夜の席。 だれか知らない人が来ても、涙にくれる家族は、どこかで生前の故人を知っていた人がわざわざ訪ねてきてくれただろうと、むしろ、よく来てくれたみたいに、思ったりするそう。 その主婦にしても、きちんと焼香もし、その後でお通夜の席で見知らぬ故人のこととはいえ、話を盛り上げていたというので、ごちそうになるだけのことは、ちゃんと果たしていたかもしれないし。 わたし自身も、肉親のお葬式を体験し、やはり、わざわざお通夜やお葬式に駆けつけて下さった人たちには、感謝の気持を覚えたこともあり、そのとき、その場に偶然でも居合わせたことの原因が、たとえカン違いなりごちそうが目当てだとしても、結果的に、多少なりとも遺族の人の慰めになれば、それはそれでよかったのかもしれないとも思い返すのです。 それにしても、思い出してみると、なんとも珍しい話にことかかない自分の日常だなとしみじみ。 とにもかくにも、おっちょこちょいも自分の個性。 こんな日常なら日記のネタにだけは困ることはなさそうだし??と、自分で自分をちょい慰めもしている、今日この頃のわたしなのです。
2007.02.21
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今日は、早いもので2月20日。 冬らしい季節感もあまり感ずることなく、あっという間に春に突入してしまいそうな今日この頃。 さて、ここのところ、あいも変わらず時間に追われる毎日。 というわけで、以前も書いたように、日記をまとめる頭が働かないため??、2つのテーマを雑記形式で書いてみようかと思いました。<ハリーポッター最終巻出版!> 今年夏の予定。登場人物の2人がこの最終話で死ぬというので、それがだれなのか、話題になっています。 わたしも、ハリーポッターは、1巻から読んでいるのですが、最初のころは、ハリーも魔法学校に入るころで、見るもの聞くもの、ビックリの連続!というハリーの心情に、すんなり共鳴できて、どこか牧歌的な楽しみ方もできたのですが。 ハリーが成長するに従い、その敵も姿を現し、だんだんと話がシリアスになってくると、少し、読んでいて、しんどいなという展開。 すべてのナゾが連鎖となっていて、解明されていないという話の途上のせいでしょうか、各巻を読み終えても、スカッとするカタルシス的な味わいがなくて、むしろナゾが残りモヤモヤと引き継がれていきそうな感じで、消化不良気味。 しかし、ここまで読んだので、もちろん、原書ではなく日本語版で最後まで読むかとも思い直す。 そういえば、このハリポタにまつわる、わたしの(いつもの)ドジ話。 6巻セットを2セット、勘違いして購入! 時期的には、発売日から少し時間がたっていたころだったのですが、2セットあってもしかたない!と思い、全然読んでいないきれいな本の方を、ブックオフに持っていって売ろうとしたら、断られ。 とにかくたくさん出回っているので、余り気味で引き取れないそう! これにはビックリしたものの、ならば図書館に寄贈しようかと思って、話に行ったところ、これまた「あまっているので、けっこうです」との返事。 本屋で買えば約4,000円くらいはしたと思う新品本。しかも、まだ現にその値段で売っているのですが。 買ったとたんに、まったく価値のないものになってしまう、これもなんだか悲しいものだなと、思うのデス。 <黄金の豚年> 今年の干支は、イノシシ。しかし中国ではこのイノシシ→豚となり、しかも、今年は60年に一度の黄金の豚年! 今年生まれる子たちは、財運に恵まれるとかで、ベビーブームにもなりそうとのこと。 人口の多い中国、一人っ子政策などという政策で人口調整もしていたと思うのですが?? 逆に少子化の進む日本こそ、この黄金の豚年にあやかるべきかもしれません。 ちなみに韓国も黄金の豚ブーム、豚は財運の象徴、豚の夢は縁起がいいとのこと。 どうして、この黄金の豚伝承、日本にまで伝わってこなかったのだろうかと思いましたが。 考えてみれば60年に一度のこと。 伝わっても、次のチャンスが来るのは60年後とあれば、干支も豚ぢゃなくてイノシシを採用しているわが国では、いつのまにか、黄金豚のことも忘れてしまうのでしょう。 それでも、最近はよくこの中国発の黄金豚のニュースを、新聞で見るので、あちらでは相当盛り上がっていそうな話題! わたし自身の財運のためにも、ここはぜひとも黄金豚にあやかりたいものだとも思います! というわけで、遅まきながら、今年の展望を、脈絡もなくつらつら書き連ねてしまったのですが(いつものこと) ここは、ここのところ切実かつ緊急を要する財運アップのため、以前、金銭感覚是正計画!という日記で書いたように、パソコンのすぐそばに置いてある、ユリ・ゲラーの大富豪ピラミッドの横に、この黄金豚のマスコットを並べたほうがいいかなとも迷う、今のわたしなのです。
2007.02.20
今日も、帰りが遅くなりそうで、携帯メールで日記を更新しますφ(_ _)。o○グゥ 先週のお昼休み、どこに行こうとかと、ふと通りかかったそのお店は、名曲喫茶。 ランチメニューもあるので、地下にあるそのお店にいってみました。 名曲喫茶の名前どおり、ボリュームを落としたクラシック音楽が流れ、あまり広くない店内は、木の椅子とテーブルで、昔ながらの雰囲気。 お客さんもいるのですが、みんな、どこかくつろいだ様子で話をしたり、本を広げたり。 私もサンドイッチを頼み、一人だったので、読みかけの本の続きを読みながら、お昼を食べました♪ 忙しいお昼休み、昼食を済ませると、慌ただしく席を立ついつものお昼時とちがい、このお店では、しずかなクラシックの調べが刻む、ゆったりとした時間が流れていました♪ はじめて入ったお店で、くつろいだ気分で過ごせたのは、おいしいサンドイッチとコーヒー、クラシックな店内に流れる名曲♪♪♪ 帰りのレジには、先代のご主人の書いた本が置いてもあり 毎日慌ただしく時間に追われているときは、こんなお昼も気分転換になるのだなと思った、その日のわたしなのです(o^-')
2007.02.19
今日の日曜日は、朝からのあいにくの雨。 第1回の東京マラソンは予定通り行われたらしく?? とくに浅草付近あたりでは、周辺の商店街もお客がさっぱり来なくて、みんなでマラソンコース周辺で踊っていたそう(→わたしも行きたかったな) などと、聞き書き的だったのは、実は、午前中、寝ていたから 朝起きたものの、まだ眠くてもう一度寝ようと思い、マラソンの夢などにうなされ、早く起きて見なくては、とか、雨音が聞こえ、それでもマラソンを決行するのだろうかなどと、運動会の当日、雨の朝、予定通りやるのかどうか、うなされる小学生の心境??? さらに、ひさしぶりの休日だったため、日ごろの寝ダメだとばかり、昼一度起きてから、また午後寝たので、今日は文字通り、丸々一日の「寝て曜日」になってしまい。 お天気もあいにくの雨、今日は予定もなく、外出もせずに、ゆっくりしようと、昨日から決めていたので、日ごろの睡眠不足の解消とばかり、ホントに、ついさっき、夕飯の前まで寝ていたのです。 結局、早く言えば、1日中寝ていたということになり。 日ごろの睡眠不足がどれほどだったのか、もといそれだけ眠れる自分に改めて感心したりもして。 眠れるというのも、体力がいることらしいので、体力の点でも大丈夫かなと、ほっとひと息もつく???わたしなのですが(笑) というわけで、まだ頭がぼ~っとしている状態(いつものこと??) ここのところ、相変わらず忙しく、仕事から帰って日記を書くのはいつものことなのですが。 昨日の日記、実はアップ直前、ページを切り替え、うっかりと書いたものを消してしまい、もう一度書く気力がなく、急遽、昼間行ったうどん屋さんの話を書いたのです。 一昨日は、最初から書こうと思っていたものが、出だしの花粉症という文字で、そういえばと思い出し、最初の考えていたものとは全然別のものに差し替え。 こうやって、この日記をめぐり、悲喜こもごもの毎日 気がつくと、ああ今日もまた日記を書かなくては!、とアセる頃。 なにも毎日、こうやって日記を書く必然性もないのに、あきっぽいわたしが日記を毎日書くというのは、生まれてはじめての画期的なことであるし、一度休んだら、なし崩し的に書かなくなってしまうような気もして、できるところまで書くか、とも思うのデス。 もともと書くのは好きだったけど、ここ数年は、法律の勉強をしていたこともあり、読むことオンリーの生活。 それも法律の条文という、文学部出身(一応)のわたしにとっては、初めて読むたぐいの文章ばかり読んでいました。 文学的な文というのは、あくまで読者の想像力の喚起を促すような文であり、その点にこそ文学的価値も生まれるわけなのですが、法律的な文章というのは、それ以上でも、それ以下でもなく、あくまでも、それそのものを表現するための文章。 想像力の余地などが生まれると、都合のいい解釈が何通りもできてしまうので、あくまでも、この条文が適用されるのは、いつ、どこで、だれが、いかなる場合にということを、すべて想定し、具体的に明記する文章。 ついでに、これに例外というのが加わり、また一段とメンドクサイことを書いています。 はじめて法律の条文を読んだときには、???状態。 そのハテナ→何度読んでもわからない!状態が数ヶ月続き、とにかく、こんなに美的でない文章を書く気がしれないとも思ったりしたものです。 まあとにかく、そんな味も素っ気もない文章を何年も読んできたので、今、わたしが、180度ちがうような文章で、こんなに毎日書いているのは、その反動かも(笑) さて、今日は2日続いて、書き損なった日記を書こうと思っていたのですが。 またこれを書けば長くなりそうだし、明日、面白そうなことがなければ、「タラ・ミ・ソーニ」という、一昨日から書こうと思っていた日記を書くということにして、今日のところはゆっくりしようかなとも。 というわけで、休日の夜、みなさまも、どうぞ、ゆっくりとお過ごしください
2007.02.18
今日の東京の日中はくもり、気温も低めで、今になって雨が降ってきました。 明日の東京マラソンは大丈夫かな?と、空模様も気になります。 さて、今日は午前中、仕事があり、午後の早いうちに仕事は終わったのですが、いろいろ予定があり、用事をすませてから、帰りました。 そんな忙しい午後でもあったのですが、その中で近場での予定をすませたあと、その近くにあった讃岐うどんのお店に寄って、遅い昼食を取りました。 讃岐うどんというのは、わたしにとっては、ほんとうにコシのある固めのうどんのイメージくらいしかなかったのですが、そんなわたしの讃岐うどんのおいしさ再認識をさせてくれたたのが、以前にも行ったことのある、このお店なのです。 いつもは行列がたくさんできているのですが、ちょうど通りかかった時間帯がよかったのか、行列もなく、入ってすぐに座れました。 わたしが頼んだのは、「揚げもちのぶっかけ」(うろ覚え) そもそも「ぶっかけ」という意味がよくわからず聞いてみると、やや濃い目のツユだとのこと。 そういうわけで、しばし待ってから、運ばれてきたうどんが、下の画像です。 温かなうどんの上には、おろししょうがと大根おろし、たっぷりのゴマ、ネギ、揚げ玉と刻み海苔がかかり、さらに揚げもちが2個。 これも温かなつゆの量は、ひたひたで、たしかにやや濃い目の味。 これなら、少ない量でも、しっかりとつゆの風味を効かせることができるなと思いました。 多いつゆだと、すべてつゆの中に浸って柔らかになってしまうのですが、これくらいひたひただと、混ぜあわせても、揚げ玉のサクサク感、海苔のパリパリ感やゴマの風味も損なわれずに、食べられると感心。 なめらかでこしのあるうどんとさまざまなトッピングを混ぜて食べると、これら素材の味とうどんが、この濃い目のつゆによく合うのです。 さらに、おろししょうがと大根おろしのピリりとした辛味が残り、さっぱりしていて、かつ、煮干で取るというつゆのダシの旨味と渾然一体、たしかにこれは行列も納得の味! 以前、食べたときに気に入った揚げもちも、カラッと熱々なのが二切れついてきて。 これまたコシのある熱い餅を、ぶっかけつゆで食べると、そのつゆの旨味がまた効いて、ほんとうに美味! というわけで、讃岐うどんのおいしさの認識を、さらに新たにした今日の午後。 待っている間に読んだ、そのお店の店主の讃岐うどん考なる小冊子の中に書いてあったのですが、讃岐うどんというのは、厳密に言うと、四国の香川のうどんだったのですね。 ほんとうに全国には、おいしいものがたくさんあるものです。 さすが、讃岐うどんブームが起きるのも、納得! 特に、あのぶっかけつゆの旨味と風味、煮干をたっぷり使ってやや濃い目ながら、なめらかでコシのあるうどんに、まことに合うおいしさが忘れられず、また明日も食べに行きたいもんだと、讃岐うどんにヤミツキになってしまいそうな、今日のわたしなのです。
2007.02.17
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今日も東京は、陽射しがまぶしく、いいお天気だったのですが。 昼休みに外に出ると、くしゃみが連続して出て。 今年もどうやら、花粉症になりそうなわたしなのデス。 とくに、ここ2、3年は、花粉症に悩まれっぱなし。 まだ冬のころから、くしゃみが出はじめるので、その原因が鼻風邪なのか、花粉症なのか、イマイチ特定はできず?? とにかく、家が寒いのか、わたしの熱伝導率が悪いのか、単に花粉のせいなのか、いまだナゾ。 特に去年あたりは、外に出たとたん、くしゃみが止まらず、思わず数えながらハックション!をしたのですが。 これが、続くこと、だいたい8回くらい。 これって、もしかして、ギネス級の連続記録??かも! といっても、わたしがくしゃみをしたのは、地下鉄に乗ってすぐ。 空いた席に座り、座ったとたんにくしゃみが出て、これはたぶん、わたしの前に座っていた人か、そばの人に付着していた花粉の残留量が、わたしの体内許容値を超えたにちがいない!っと推定? にしても、そんなに連続してくしゃみが出て、一応、おさまった後、何もなかったように、どんな表情で座っていればいいのやら?? と、そこは忙しい都会生活者たち、別に自分が思うほど、まわりは、ナンも気にもしていないのですが、それでも、自分でもビックリの、連続くしゃみ!、しかも、こともあろうに、混み始めている、夕方の地下鉄の電車の中で!と心理的なダメージもありあり! まだまだ降りる駅は先なので、次で降りるわけにも行かず、とにもかくにも、まずわたしがしたことは、「エッ、そんなにくしゃみした人がいたの~?」みたいな、しらばっくれた顔を、作ること。 ほんとうに、衆人環視の中で失敗すると、その後の対応がいつもより、何倍も早く、まさに電光石火で、その場の体裁&体勢を立て直そうとする、人間の心理状態。 以前、わたしの住んでいる、この大東京の、大ラッシュ時、こともあろうに、大交差点のど真ん中で、自転車ごと転んだことがあり。 そのとき、どうして転んでしまったかというと、おり悪しく、雨が降りそうな空模様、長いかさも持参で、自転車で出かけたのですが。 ふつうに、かさをサドルのうしろに差し込んでおけば、何ごともなかったのですが、急いでいたのと、面倒くさかった(→毎度おなじみの文句)ので、ハンドルに、かさの柄を引っかけて出かけたところ、かさの先が、もののみごとに前輪に巻き込み、ドテッ! しかも、大交差点の、ど真ん中。 東西南北どの道も、大渋滞の大ラッシュ時。 こんな、目立つところで、自転車ごと、いきなりドテッと倒れた場合、いったいその後、どうしたらいいんでしょうか? こんなとき、激痛もあるけど、何よりも一刻も早く、その場からエスケープ(トンズラ)し、当事者であることから脱却したい!という心理状態。 できるだけスマートに?立ち上がり、「あらあら、みなさん、お忙しいのに、ちょっと笑いを取ってしまい、どうもすみませんね」みたいな、ちょいテレの笑顔をふりまき、スタコラ立ち去ったものです。 結局、そのときは手首の骨にヒビが入ったという、文字どおり痛い経験。 それにしても、今、思い出すのは、ケガの痛みより、あんなところでひっくり返ったという心理的なショック。 そういえば8センチヒールに挑戦!という日記で、以前書いたことがあるけれど 朝の地下鉄で、以前の仕事場に出勤時のこと。 いつものように、渋谷駅で降り、地上の出口に向う階段で、わたしの前を急ぎ足で昇っていく女の子が「ひ…ぃ!」っと、声にならない声を上げ、ラッシュの階段で急に立ち止まり。 その彼女の、1段下の階段、そこには、かき消されていく彼女の悲痛な語尾に呼応するかのように、かたっぽ置き去りにされたままの、…ミュール。 こんなとき、なによりも当事者でなくてよかったと、まず安堵感を覚えるわたし。 さっとふり返ったその表情、ちょっと物憂げに、きれいに描いた眉を寄せ、「うん、なにかありましたっけ?」みたいに、体をかがめ、これまた、さっとミュールに手を伸ばした、彼女のその仕草。 こういうことは、だれにでもあることだけど それにしても、自分から笑いを取りにいくのならいざ知らず、知らず知らずに笑いを取ってしまったという場合。 このズレを直すために、ただちにその場からトンズラするか。 でなければ、「え~、ウケちゃった、今の? どうかなと思ってやってみたんだけど、こんなにウケルなんて、ホントに思いがけない!」みたいな、自分フォローを、すぐさましたくなる、人間の心理。 まあ、とにもかくにも、今年こそは、花粉症に負けず、人ごみの中でくしゃみの連続記録も更新せずに、自分フォローもしなくてすむように、なんとか、来たるべく恐怖のシーズンを乗り切りたいと切に願う、今日のわたしなのです。
2007.02.16
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今日の東京は、昨日のはっきりしない曇り空から一転、ほんとうに雲ひとつなく、よく晴れわたった日中となりました。 さて、今日は仕事で朝、都内のとある所に出かけたのですが。 そこは、今まで数回、行ったところ、地理的にはそんなに遠い場所でもなく、むしろ都心に近いのですが、そこに行くと必ず迷う。 JRの電車を降りて、ホームの階段をくだると、いわゆる南口とか北口にでるのですが、この駅には東西南北の四つの出口があり、なんとかそのどれかの出口にたどり着いても、どこも見なれぬ景色が広がる繁華街。 わたしとしては、何度か降り立ち、何度もこの駅の近くの同じ仕事場に来ているにもかかわらず、その最短の出口がいつもわからなくなるのです。 というわけで、今日もその例にもれず、また迷い。 一度はここが最短ルートだ!と確信して歩き出したものの、見覚えのない光景にあせり、駅に引き返し、駅の外の出店で週刊誌などを売ってるおじさんに尋ねると、「ああ、それはそっちだよ」と、わたしの歩き出した出口とは正反対を指し、まったくどうして?と大ショック! こうして、重度の方向オンチのわたしなのですが、決して迷おうとか、この日記のためにおもしろおかしく脚色しようなどとは、もちろん考えてもなくて、実際に迷うまでは、絶対この道が正しい!と妙な確信があるから、よけいにショックも大きいのです。 考えてみると、以前、視力検査プレッシャーという日記で書いたように、免許更新場に行くのに、最短で行けばものの5分くらいしかかからないところを、行き着けずにウロウロ、結局、あとで考えてみると、ぐるりと周回して30分くらいかかってしまったこともあり。 そのときも、大手町の地下鉄の駅を出て、さて右か左か、どちらかと決めるときに、逆の方向をなんの根拠もないのに「こっちに違いない!」と妙な確信を持って歩き出し、行けども行けども、行き着かず。 結局、将門さま(都民なので敬称付)首塚の前を通りかかり、やはり江戸の守護神なので、都民たるもの、素通りできず、お参りをしたりしたものです。 いつも迷うときはこんな感じで、右か左かどちらかを選ぶ場合、必ずと言ってよいほど、逆方向を選ぶ才能??に、恵まれたわたし。 しかも地図を片手に持っても、どうにも迷ってしまうとなると、これも一種の才能かしらんと思う今日この頃。 もちろん、今日も、また地図を持参して初めての場所に行くときも、必ず目印たるものは、チェックしておくのですが、これもいっこうに役に立たず。 その目印そのものを見つけることができないのですから、まったく、なにをや言わんか。 帰ってから、母にまた迷ったという話をすると、そういえばと、母も、わたしの高校時代、バスか地下鉄でわたしの学校まで出かけての帰り道、どうしてもバス停も地下鉄の駅も見つからず、かなり歩いたという話になり。 「で、結局どうしたの」とわたしが聞くと 「ついに見つからなかったの」と、ズッコケた答えの母。 いったいどうやって帰ったんでしょう? 母は、とにかくやたらに歩いたことはよく覚えているらしく、これはやはり遺伝としか思えません。 「まあよかったじゃない、これで自信が持てたじゃない」と母。 「なにに」 「方向オンチに」 う~ん、そんな自信より、責任を取ってほしいと思うわたし。 「まあ、とにかく、わが家は由緒正しき方向オンチの家系ということがわかってよかったわね」 これはやっぱり責任問題じゃないでしょうか? まったく子が子なら、親も親。 自分の方向オンチ歴を考察してみると、右か左かの分かれ道のときに、どうしてそんなに決然と、こっち!と目的地と正反対の方角を決められるのか、自分でもよくわからないのです。 だったら、こっちと決めた逆の方向を選べば、迷うこともないのですが、そこまで考えると、今度は右か左か、全然分からなくなる。 「やっぱり世の中には2種類の人間がいると思うの」とわたし。 「なに?」 「方向オンチと方向オンチでない人」 たしかにねとうなずく親子。 方向オンチでない人、それはたぶん、3D感覚にすぐれ、場所を俯瞰する感覚もあり、東西南北を知っていて、道もよく分かる人。 的確に目印を見つけ、記憶力にすぐれ、はじめてきた場所でも、目が迷うことのない人なのです。 わたしときたら、3D感覚も平面感覚も地理感覚もなく、あるのは出発点と目的地という点感覚のみ。 だったら、もっと地理感覚を磨けば!とも思い至るのですが。 ようするに、なんとか時間に間に合うように、目的地に着けば、結果オ~ライ!で、いいんじゃない?と、この方向オンチについては、毎度の反省もなく。 とにかく、今日も朝、なんとか時間スレスレには、目的の仕事場に着いたし、あれだけ迷っても、時間にはしぶとく間にあうし、やれやれ、ほんとにうまくいったな~と胸をなでおろす、今のわたしなのです。
2007.02.15
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今日は、東京は朝から小雨混じりのはっきりしない天気で、今になって、かなり強い雨が降ってきました。 さて、今日はバレンタイン・デー。 なんとなく、バレンタインデーというと、いつもお天気がいい1日のような気がしてたので、こんな風にぐずついた天気は、珍しいかなとも思ったのですが。 考えてみると、このお天気に関して、「なんとなく」という前置きがつくように、バレンタインの日のお天気というのも、うろ覚え。 つまり、わたしにとっては、バレンタインが自分にとって特別なイベントの日であったことは、今までなかったんだなとも思い至り、今日1日をふり返っても、やはり例年と同じ。 今までも、今年も、とくにワクワクドキドキの特別な日でなかった、バレンタインデー。 今日は1年に1度のバレンタインだから、やはり、これにちなんだテーマで書こうかと、帰ってから考えていたのですが、頭をひねっても、ちっとも話が出てこない。 苦吟しながら、考えもまとまらないままに、こうやって書きはじめながら、思い出してみると。 わたしにとっては、今日はふつうの日だったのです。 365日、愛を感じたら、告白はいつでもオーケー!な時代。 思い立ったら、バレンタインが来るのを待つより、チャンス即気持を打ち明けることもできるし。 「恋と戦争には、あらゆる謀略が許される」 以前、ある本で読んだ印象的な文句を思い出してしまいます。 うそも抜け駆けも不意打ちも、恋をゲットするためなら、あらゆるテクニックを駆使することも許されるのでしょう。 だとしたら、バレンタインを待たない告白もあり、バレンタインに印象的な告白もありと、何でもあり。 同じように、最近はチョコばかりか、ありとあらゆるものが参入して、バレンタインギフトなる言葉もすっかり定着しているし、バレンタインにおまかせ!みたいに、これまた何でもありだなと、思うし。 「恋と戦争&バレンタインには、あらゆる謀略が許される」というところかも??しれません。 残念なことに、今年も、わたしにとって、バレンタインはふつうの日。 それでも、やはり、日ごろのつき合いというものもあるので、家族やお世話になっている仕事関係には、チョコもチョコッと贈り。 どちらかというと、日ごろの感謝の気持をチョコにこめるというくらいのことなので。 こんな風に贈るわたしも気楽なものなら、受け取る相手も「やあやあ、ありがと」「いつも悪いね、どーも」的な、軽いあいさつ程度。 考えてみると、いつも、こんな風に終わってしまうなと思う今日この頃。 恋愛進行中の人は別として、もしかしたら多くの女性にとっては、今日はそんな日かもしれません。 それでも、わたしは大のチョコ好き。 昨日の夢乙女さんの日記のように、わたしもつい最近、久しぶりに会った友人(女性)から「バレンタインだから」とチョコをもらいましたが、これが、なかなか本格的な味。 シンプルなのですが、日本人にも合うような、甘さを適度におさえながらも、マイルドな味。 最近は、辛党のための甘くないバレンタイン物(たとえばバレンタインせんべいとか)も、出ているのですが。 やはり、チョコを味わうバレンタインはいいなとも思う、甘いもの好きのわたし。 特に去年あたりから、バレンタイン商戦で、いろいろな外国のお店も多数参入し、日本製も入り乱れ、本格的なチョコが、たくさん店頭に並んで、それを見るのも選ぶのも楽しみのひとつ。 だけど、贈るからには、わたしも、純粋なチョコレーター??(今作った造語ですが)の一人として、贈ったチョコの味は、ぜひ賞味したい!(と力説!) バレンタイン 自分のために チョコを買い 伽哉 バレンタインも俳句では季語。 どちらかというと、わたし的には純粋にチョコを食べたいという気持の俳句なのですが、こうやって改めて読んでみると、やや悲哀感漂う川柳調??? というわけで、持参したチョコを渡して身軽になった仕事帰り、新たに自分用のバレンタインチョコを選んで買って、つい先ほど、とてもおいしく食べた、今日のわたしなのです。
2007.02.14
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平日の今日は、昨日の代休 午前中は、家の用事があって出かけたのですが、ここのところ、時間が取れずに、日記の更新も遅れがちだったので、休日ということもあり、早めに更新しようと思いました。 さて、だれに頼まれたわけでもないのにもかかわらず、毎日、日記を更新しようと、日夜、苦労を重ねてきた??わたしだったのですが。 一昨日の日記。 たしかに書いたのは一昨日なのに、アップ後に日付がその前の日になっていたのを、のりぃさん(いつもたいへんお世話になっております!)からコメントを頂き、ビックリ! これは、携帯の画像だけを使い、送信後にパソコンで改めて編集するので、どうせ使わない携帯の日記の文章を新しく書き入れるのが、ホントにめんどくさい~と思ったわたし。 なので、前の日に使った携帯の送信メールをそっくりそのまま、画像だけ差し替えて送信したため、日付も前の日のままだった!からなのです。 アップ後でも、題名や内容を編集しなおすこともできるのですが、日付だけは直せないもんだなとしみじみ。 ホントに失敗してみないと分からないこともあるものです。 というわけで、ナゾの多い??日常。 なにより、携帯メールのときも、相手のこともかえりみず、いつも長いメールになってしまうわたしが、<ただいま編集中>という文句を書くのが、めんどくさい~と思ったのも、自分で自分がよくわからない、ナゾのひとつでもあるのですが(笑) 日記記入率のナゾ→ククク日記のときに書いたのですが、99日目の日記記入率は97%、あれから、毎日更新していたにもかかわらず、記入率は現状維持とならず、少しずつ下がり、なぜなのか、はてなと思う日々。 ちなみに最初に書いた一昨日の日記、日付が前日のままの携帯メールを送信したため、記入率も1%減、現在に至っては94.8%まで低下! 毎日書いても低下するものなら、いつか0%になる日が来るのでしょうか? 別に記入率などなくてもいいと思うのですが、あると気になるものです 携帯入力のナゾ→とりたてて、得意ワザもないわたしなのですが、携帯メールの入力の速さでは、よく友人たちにビックリされます。 これまた時間に追われるように、なかばヤケ気味??にピコピコ入れているたまものだとも思うのですが、そんなわたしが携帯で文字入力をするときは、左手。 わたしは右利きなのですが、左手を使ったほうが数倍早く、これもホントに不思議です。 携帯電波障害のナゾ→これも以前、携帯圏外という日記に書いたのですが。 わたしの部屋で携帯を使うと、電波が弱く、メールの送受信も時間がかかり、携帯で通話するときは、いつも途中で切れてしまうのです。 使用しているツーカーにも何度か、このことを聞いたのですが、今だに返事なし。 いっそauにすれば大丈夫かと思うのですが、実はそれだけではなく、普通の電話で話しているときも、よくピーと、変な音が入り、一瞬切れたかなと思うこともしばしば。 もしかしたら、わたしの部屋だけ、怪電波か電磁波か磁場がおかしい?(なんてこともないと思うのですが)、だったら、<電磁波除去サボテン>でも置いてみようかなと思う今日この頃。 これもホント、わたしにとっては、いまだに解明できない、ナゾなのです。 さて、たいした話題もなく、携帯にまつわる、ささやかなハテナ日記となってしまったのですが、そういえば、携帯ってめったに忘れないのに、たまたま忘れたときに限って、大切な用件が入っている!ことが多く、ひえ~と思うこともしばしば。 これまたフシギです。 そういえば、何年か前、携帯連絡予定多数!の日の朝、うっかりと開いたままの携帯(ふたつ折りのため)を踏んづけて、画面が壊れ、ピクリとも動かず、自分のドジさ加減とダイエットおざなりのおのれの体重に涙したこともあり。 これが実は、実話なんて、なんてカナカナ(かなり悲しい→久々のあけおめ方式適用)! というわけで、紆余曲折もとい右往左往、てんやわんや、ときに風雪にもわたしの体重にも耐えてきた、このツーカーの携帯電話。 わたしにとっては、やはり愛着のある一台。 以前、こめこんさんから教えて頂いたツーカー終了期限、一年延長でホッと一息ついたわけですが。 やはり、機種も古くなってきたし、ここは、そろそろこの携帯にもご苦労様をして、来月くらいには、新たに(ちょい悔しいのですが)auに切り替え、心機一転!やはり、ずっとおなじみで使い慣れた東芝の最新式の機種(→ワンセグ対応にするかどうかは、ただ今検討中!)にでも、変えてみるかと、あれこれ思う、今日のわたしなのです。
2007.02.13
今日は全国的な連休の最後の日。 だったのですが、わたしは今日仕事があり、さっき帰ってきたばかり。 東京は、今日は風もなく、よく晴れて、さして寒くもなく、さりとて暖かいとも言えず、それでもすごしやすい、おだやかな休日晴れの1日となりました。 というわけで、休日の日のお昼休み、いつもは人でにぎわう、仕事場の周辺も、なんとなくのんびりムード。 気が向くままに歩いてみると、近くの交差点のそばにインドカレーのお店の案内のビラを発見! 高菜湯麺でも書いたように、どこに行かなくても行った気分になるという、まことに安上がりにできているわたしとしては、久しぶりに、インドカレーでも食べてみるかと、ビラの向くまま気の向くまま、交差点のそばのインドカレー屋さんに行ってみたのです。 そういえば、ここのところ、インドの人が経営するインドカレー屋さんというのが、都内のあちこちにできていて。 わたしの家から一番近い商店街にも、数年前、こんなお店がオープンして、けっこう繁盛しているのです。 そのお店に行ってみると、経営者らしいインドの中年男性。 いつもニコニコ愛想がよく、日本語も上手。 愛嬌もあって、お客さんの気をそらさない応対ぶりと、焼きたてナンとカレーセットもおいしく手ごろな値段で、昔ながらの商店街にもしっくり溶け込み、地元の人も訪れて、かなりのにぎわい。 ふと気づいてみると、隣町にもインドカレー屋ができたとか、バスの乗ってて、あそこでも見かけたとか、繁華街を歩けば、「おいしいよ~、ゼヒ来てね~」とニコヤカにインドの人たちから、新しくオープンしたカレー屋のチラシをもらったり。 ほんとによく、そんなお店を見かけるようになった今日この頃。 昼間、行ってみたお店は地下の1階にあり、なんとなく穴倉的雰囲気。 入ってみると、うす暗く、甘い香りが漂い、これは香辛料??かなと思いきや、お香の匂い。 さらに、インドの歌が店内に流れているのですが♪ ゆったりしたインドのリズム、独特のインド音階のメロディにのせて、わたしが最近よく聴いているパク・ヨンハにも似たような、甘い歌声の男性歌手が、ささやくように、たえず「ナマアシダ~♪」と、唄っているのです。 ナマアシダ~♪って何? と、リズムを自然と取りながら、ふと首をかしげるわたし。 なかなかの美声で、ささやくように唄うからには、愛の文句もしくは、神聖な言葉?? それにしても、何度聴いても、わたしには「生足だ~♪」にしか聞こえなかったのですが。(残念!) などとあれこれ首をかしげているうちに、注文したキーマカレーが出てきて。 うっかりして、ふつうの辛さを頼んでしまい、あまり辛いのは強くないわたしには、けっこう厳しい辛さ。でも焼きたてのナンと、なかなか合っていました。 (そういえば、つい最近、わたしがよく行く松坂屋デパートで、初めて食べた「海老フライカレーライス」!、これもなかなか美味しかったなと、日本人独特の味のクロスオーバーの柔軟性に改めて感心したものですが) さて、カレーを食べて、お店を出ると、外にも聞こえてくる「ナマアシダ~♪」の歌声。 入るときには、気がつかなかったので、単にわたしが注意力不足(→いつものこと)なのか、それとも、お昼どきになってこの歌を流したのか?? どっちにしても、いつのまにか、通りにも聞こえるナマアシダ~♪の文句とメロディが、単純なわたしの頭にもしっかりインプットされ、半可通ならぬ、ちょっとしたインド通の出来上がり!? 本当に、インドの人は、商売上手、ついでに日本語も上手。 外国に来て、あちこちでお店を出す、その経済観念やバイタリティ。 お昼どきのそんな体験も通し、ナマアシダ~♪の唄もなんとなく覚えてしまい、あれやこれやを考えてみると、最近の経済レポートにあるように、やはり今世紀の世界経済のカギを握るのは、IC大国インドをはじめとしたBRICs諸国かもしれないと、その底力の一端をかいま見た??ような気もした、今日のわたしなのです。
2007.02.12
今日は連休の中日。 さて、今日は、東京地方はほんとうによく晴れたのですが、風が吹いて、やや冷たく、しかも花粉が飛んでいるみたいで、くしゃみが続きました。(夕方になってきて、冷え込んできました) 昼間、氏神さまとお墓参りに出かけ、おなじみの鼻水タレコ状態となり、外出中のティッシュ消費量も、一気に増えたような今日この頃。 いつも、氏神様のお参りとお墓参り、両方に出かけていいのかなとも迷うのですが、休日の時間は貴重だし、どちらも、家から歩いてすぐなので、同じ日にいっぺんに済ませています。 やはり1週間のけじめ的なものがあるので、わたしにとっては、どちらも欠かせない、大切な習慣にもなっています。 この氏神さまに通うのも、かなり続けているのですが。 1週間に1度くらい、仕事が休日の土日のどちらかに出かけて、いつもお参りをしたあと、おみくじを引いてみるのですが、去年は、春からほとんど大吉がつづき、年末くらいまで、おみくじを引くといつも大吉、その間に1,2度、末吉とか中吉が出たくらいだったのです。 去年は、ここ数年いろいろ悩んでいたことを実際にどうしようか、どう対処しようか、と、仕事上や私的なことでも難問山積みで、精神的にもけっこうしんどい時期でもあったのです。 そういうあれこれ悩みが多いときというのは、またそれからの行く末や決断などに迷うことも多く、そんな、けっこう自分にとっては大変な山あり谷ありの時期(それも長く続いた時期なのですが)、お参りに行ったあとに引くおみくじが、ふしぎなことに、いつも大吉ばかりで。 それが、年末から今年に入って、ここ数年続いたいろいろな問題も、やっとケリが付けられたものもあるし、全般的に、去年ほど精神的にもかなり楽になったと思うのですが、そんな時期に入ってから、おみくじをいつものように引くと、今度は不思議と大吉は全然出なくて、中吉や小吉、末吉などが続くのです。 あんなにしんどかったと思う時期に、大吉のおみくじがつづき、ずい分、気が楽になってきたなと思う今になって、大吉が、ぱったり出なくなる。 本当に、これは単なる偶然かもしれないのですし、それだけですべてということでは、もちろんないのですが。 習慣的に引いているおみくじを引いてみて、ふしぎに思う。信じるとか信じないは別としても、もしかしたら、自分が精神的に辛いときでも、「それほど落ち込むことはないよ」という励ましにも感じ、また気分的に楽なときも、「そんなに気を緩めずに今までどおり、しっかりやって行きなさい」という、叱咤かなとも思うのです。 どんなときでも、自分の心を明るくするのも暗くするのも、結局は自分次第だし。 何かがあっても、必要以上に動揺せず、悲観せず、また浮かれすぎず、今まで通り、淡淡と、でも気持は明るく保ち、やっていく。 こういう心の持ち方というのは、本当にむずかしいことではあるのですが、わたしの今までの(大したことはないのですが)体験からも、やっぱり大切なことだと思うのです。 こんな風に考えてみると、単におみくじの問題ですが、わたしにとっては、なんだか大切な心構えを示唆してくれているような象徴的なできごとのような気もして、今日引いたおみくじも中吉だったこともあり、本当にふしぎだなと思い、こうやって日記に書いてみました。 そういえば、今日の午後、氏神さまにいつものようにお参りに行った後、鳥居のそばの池のあたりを見ると、池を覆うように梅の木が枝を伸ばしていて、その枝先に、白い花がいくつも花開いていました。 いかにも、この季節らしい風景だったので、いつものように携帯で撮ったのですが、撮った画像を見てみると、分かりにくいかもしれませんが、下の池の中の鮮やかな赤いもの、これは鯉なのです。よく目をこらしてみれば、なんだか円を描いているようにも見えて。 柵の中の池なので、だれもエサを投げ入れることもない池の鯉たちが、どうしてこんなに丸い円を描くように集まっているのだろうかなと、ふしぎに思いました。 冬の季節にも、ふと目を落とせば鮮やかな色を見つけることができる。 なんとなく、今まで起こった象徴的なことも考えて、あれこれ必要以上に思い悩むこともなく、これから来たるべき春に、また新しい希望を淡淡として待つこともできるのだなと感じる、今日のわたしなのです。
2007.02.10
今日の東京は曇り空の1日。 まるで今にも雨が降りそうな空模様だったのですが、雨にはならず、気温も高めの昼間となりました。 今日は、待望の連休の初日。 昨日書いたように、午前中はゆっくりしたのですが、午後から、湯島天神の梅祭りを見に出かけてきました。 湯島天神は去年の菊人形以来です。 わが家から湯島天神は、あまり遠くないところにあるので、梅祭りのお知らせのパンフレットを、朝見て、急遽、母と出かけることにしました。 そのパンフレットを見てみると、この梅祭りというのは今年で50回目。 50回目という節目らしく、さまざまな催し物が境内では行われる予定で、パンフレットには、境内裏の特設舞台で、今日は、梅祭りはじめての土曜日ということもあって、江戸里神楽、江戸芸かっぽれ、安来節・どじょうすくい踊り、ベリーダンス、三味線合奏、講談、白梅太鼓と、出し物がずらり。 どじょうすくいの後に中東のベリーダンスが続くあたり、これぞまさしく、芸のクロスオーバー、なんとも、町内会的な催しだなと感心。 さて、昼過ぎに出かけてみると、境内に入ったあたりから、いい匂いが漂ってくるのです。 去年、菊人形が飾られていた場所は、ずらりとお菓子のコーナー。 太鼓焼き、焼きせんべい、蒸かしたての酒まんじゅうなどの湯気が、おいしそうな匂いとともに、境内に広がり、まずは食欲を刺激。(ぜひ食べたいところでしたが、昼食をすませていたので、誘惑には負けずにすみました) 連休の初日とあって、あまり広くない境内は、梅見客で一杯。 300本以上ある梅もかなり開花していて、わたしのようにデジカメ&携帯カメラで、梅を撮る人も大勢。 さらには、学問の神様である天神様を祀る湯島天神だけあって、おりからの受験シーズンも重なり、飾ってある、合格祈願の絵馬の数もハンパではなく、怒涛の枚数。 梅の木が集中しているところに、泉鏡花の筆塚もあり、鏡花の婦系図(おんなけいず)―「湯島の白梅」の舞台ともなったゆかりの境内らしいたたずまい。 「お蔦と主税(ちから)の物語で、お蔦が言った「別れろ切れろは芸者のときに言うせりふ」というのが有名よね」と母。 「主税と別れるなんて、さぞかし力を落としたでしょうね」と、今日のくもりぞらにも似た、いつもの寒いシャレを飛ばすわたし。 そんな風に梅を見てまわり、本殿にお参りしてから、境内裏の特設舞台に行ってみると、暖かいとはいえ、まだ2月のややうすら寒い今日この頃に、そぐわぬ、極彩色の一団が。 目をこらしてみると、これが、中東風身じまい美女のベリーダンス軍団! チョリと呼ばれる(らしい)短めのトップスに、シェイプされたお腹もあらわに、薄物のハーレムパンツと、腰には歩くたびにチャラチャラとにぎやかな音がする銀の太いベルトを巻いて、まさに中東のアラビアンナイトから出てきたような、日本女性たち! 冬コート軍団の一般梅見客の中にいると、その色彩の鮮やかさがきわだち、物見高い視線もなんのその、本当にニコヤカに歩き回る美女たち! これはスゴイ!と、わたしも、美女のひとりにモデルになってもらい、デジカメでパチリ! 山のように飾った絵馬と、そっと控えめに開いた白梅をバックに、アラビア風美女がほほ笑む1枚というわけになりました。(→この画像がアップできればよいのですが??) ステージ前のデモンストレーションかなと思っていたら、ベリーダンスは終わった直後のことで、ベリーベリー残念! そうこうしているうちに、まもなく特設舞台は次の出し物、三味線の合奏がはじまり、べりーダンスの美女たちも、合奏がはじまるころには、そっと姿を消していきました。 というわけで、あれもこれも見て、いろいろな印象がたくさん残った梅まつり。 その中でも、やはり、とどめは、なんといっても、あのアラビア風美女軍団! エキゾチックなその容姿と際だつ華やかさが、ふしぎと白梅にも合い、まだまだくすみがちの冬景色に、鮮やかな印象を残してくれたひと時を、楽しく思い出している、今日のわたしなのです。 *第50回湯島天神梅祭り…3月8日まで。奉納演芸舞台(特設舞台)は期間中の土日、祝日に行われます。出し物は、本文で書いた以外にも、落語、フラダンス、ピエロのパフォーマンスショー、佐渡おけさ、カラオケコンクールなど多彩です。その他たくさんの行事が予定されています。 注:(あまりきれいに撮れなかったのですが、)携帯カメラで、女坂の上から撮った梅の画像です。湯島天神出口の女坂からは、久保田万太郎の旧居が見下ろせて、7分咲きの白梅と古い日本家屋の対照が、また湯島らしい風情を感じさせてくれました ↓
2007.02.10
今日も、暖かな一日となりました。 東京は、曇り空でしたが、気温も引き続き暖かく、これまでグルグル巻きにしていたマフラーをかなぐり捨て、冬コートもエイっ!と投げ捨てたくなるような、春めいた陽気。 こんなに暖かいと、やはり、温暖化は大丈夫なんでしょうか?と思う、今日この頃。 (と思っていたら、今は雨が降ってきました) さて、昨日の日記に書いた一昨日行った台湾料理のお店。 そこは少し古いビルの2階。 一昨日、高菜湯麺を食べた後、1階に下りてくると、ひろい入り口には、お買い得のサイフやバッグのワゴンや、花の鉢なども並べられていて、少し奥まったところに、古本のワゴンがあり、文庫本や雑誌などがぎっしり満載。 わたしは本が好きなので、しばらく物色して、気に入った数冊の本を片手に、そのビルの1階の奥にあるという古本屋さんまで行ってみたのです。 1階のゆったりとした通路には婦人用品の店や花屋さんなどがあり、1番奥まったところに古本屋さんがあり、かなりのスペースに、これまた、たくさんの本が売っていたのですが。 その店の奥のレジに行ってもだれもいないし、声をかけても返事もなく。 途方にくれていると、お客さんらしい親切な男性が、「お店の人なら、花屋さんにいるよ」と教えてくれて、引き返して呼びに行ってくれたのです。 戻ってきたお店の人は、そこのお店の奥さんらしく、初老の女性。 「あんまりヒマだし、売れないし、お客も来ないから、そこの花屋さんでおしゃべりしてたの」と屈託のない笑顔。 「ホントに売れないのよね、今は」 そんな話もどこかおっとりした口調で、品のよさを感じさせる奥さんなのです。 わたしが買った本にカバーをかけながら、話し出すと、止まらなくなったらしく。 「うちはね、もう70年以上お店をやっているの。本店は、このすぐそばの学校の正門の前でやってたんだけど、地上げにあってね。土地は借りてたから、そこは閉めちゃったの」 「そうだったんですか」とわたし。本店のあったあたりもよく知っていたので、たくさん本屋さんがありましたねと話すと、 「そうなのよ、でもうちばかりじゃなく、ほかの店も全部閉店よ。うちの店があったとこはマンションになっちゃったわ。学生もたくさんいるのにねえ、この頃の学生って、本を全然読まないでしょう?」と奥さん。 たしかに、今は、本の冬の時代。新刊もなかなか売れないし、ベストセラーがあっても、それはごくわずか。 活字離れも、甚だしいのです。 「わたしなんて、本は本当に安いと思うのよ。ブランドブランドっていうけど、それに比べたら、そのお金でいったい本が何冊買えるかしらって思うのよ。もったいないわよねえ」 しみじみ語る奥さんに、わたしも、たしかにそうだなと思ったものです。 たいてい知らない場所に行ったら、まず本屋さんを探して、とにかく中に入って、本を見るのが好きなわたしなのですが。 気に入った本が見つからなくても、今どんな本があるのか、あれこれ見るのが好きなのです。 考えてみると、本や雑誌というのは、フィクションであれ、ノンフィクションであれ、固有の情報を発信しているもの。 その情報の実態が、本という実物となり、たくさんある本や雑誌の中から、興味のあるものを自分が選んで、それを手にして、読んでみる。 受け手である自分も、本を選ぶという作業と読むという行為で、受け手であっても、その情報に対して、常に能動的に、また主体的になれる。 そこに、<自分という主体>が常にいる余地があるのです。 気に入った箇所や、わからないところも、身近に本があれば、ふと気になったときに、いつもページをめくり、探すことができる。 そして、その情報を反芻して、確かめて、検証することもできる。 その情報を通して、考えたり、感じたりすることを、自分が主体的に行うことができる貴重なもの、それが本だと思うのです。 そこには、好奇心を満たすような、思いがけない発見もあるし、知的スリルもある。 新しいページをめくることで、また新しい世界や視野が広がることもできるし。 わたしも、一昨日、久しぶりに本を何冊も買い込み、昨日もまた買ってきました。 あとは楽天で注文したり、図書館で借りて、まだ読んでいない本も数冊、ここのところ積んであるばかり。 というわけで、今夜は雨。 明日は、雨のち晴れの連休なのですが、この週末は、晴れていても、外出を控え、時間をかなり取って、まだ読んでいない山のような本を、久しぶりに濫読でもしてみるか、とも思っている今のわたしなのです。
2007.02.09
今日は予定があり、帰りも遅いので、携帯メールでの日記更新となりました♪ これは、本当は昨日の日記に書こうと思っていたのですが。 昨日、お昼をどうしようかと思い、前に一度行った台湾料理のお店に行きました。なにを頼もうかと思ったのですが、ここはごはんものを避け、初めて高菜湯麺(台湾風)を頼んでみました。 あっさり醤油味スープにみじん切りした高菜がたっぷりのっていて、高菜の塩味と風味が、スープに合い大変美味。二枚入っているチャーシューは薄切りですが、口にいれると、噛む間もなくとろけ、麺はやや太めのちぢれ麺(>_<) 麺とスープ、高菜とチャーシューが四味一体で、とても気にいりました。 店内のあちこちの極彩色の装飾と壁に所せましと貼られたメニューが、なんとも異国的な雰囲気。 この前に行ったスペイン料理、その後、行ったお店のランチはフランス料理のキッシュで、まるで南仏の田舎の家のような雰囲気のお店で。 なんとなく、どこに行かなくても(行けない?泣)どこかに行ったような気分→まことに安上がりな異国気分にもなり、仕事の合間に、少し気分転換も味わっている、今日この頃のわたしです。
2007.02.08
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今日の東京は日中14度という予報が出ていたのですが、暖かいだろうなという予想に反して、東京は、曇り空で、けっこう寒い1日でした。 こうやって、この日記の毎日の書き出しが、最近はもっぱら天候情報から書いているので、朝の新聞や「めざましテレビ」の天気予報なども必ずチェック! ブログを書いていないときも、毎朝、気をつけていたのですが、こう毎日書いていると、天気予報が、朝とちがうと、はずれたじゃん!と文句のひとつも言いたくなる今日この頃。 考えてみると、朝予報を出して、その日に当たったか外れたか(という言い方が正しいのかはわかりませんが)直でわかってしまう。 気象予報士というのは、ホントにハードな仕事なんだなと思います。 これが、わたしも少し書いている1ヶ月間の星占いとか、1年の運勢とかだと、不特定多数の人が対象となるので、たとえば西洋占星術にしても、根拠となるものがあるのですが、その対象の数が多ければ多いほど、またその期間が長ければ長いほど、その正否が曖昧になってくるのです。 当たったかもしれないし、当たってないかもしれないし。 どちらにしてもファジー。 気象予報士だと、天気図とか、高気圧だとか低気圧の配置だとか気温だとか、いろいろ根拠となるものがデータなどに基づいて出てくるので、専門的知識があれば、予報することができるのでしょうが。 それでもその日1日でその予報が当たるか外れるかわかるのは、相当厳しいなと思います。 先週、「来週のお天気は寒くなる」という予報だったような気がしますが、今週はそんな予報に反して、寒いどころかポカポカ陽気。 気象庁の予報だったのか、わかりませんが、けっこう当たらないもんだなとも思いました。 そういえば、プロ野球のキャンプもはじまり、球春はもうすぐ。 開幕前には、その年のセ・パの順位を、よく野球評論家がテレビのスポーツ番組で予想しているのを見かけたことがありますが。 最近は、前よりもプロ野球を見なくなってしまったので、あまり興味はないのですが、以前見ていたときは、何人ものプロ野球の評論家が出てきて、あれこれ順位予想をしていても、まず当たったためしがない! どうやって予想するのかというと、開幕前だから、その前年度のチームの順位とか新戦力の顔ぶれなどから考えるしかないのでしょうが、これがアテにはならず。 シーズンを戦い、優勝するという長丁場では、必ずどこかで、そのシーズンの明暗を決するような試合があり、その試合を境にして、勢いがチームについてそのまま優勝するなどという怒涛の流れがあるものです。 そんな流れというのは、戦力などデータを超えた、そのときの人間力の結集みたいな勢いが強く左右し、開幕前には、まず予測不能。 だからこそ、まず当たらないし、当たらないからこそ、またハラハラドキドキして面白いし、そこがスポーツ観戦の醍醐味かなとも思うのです。 (それにしても、ほんとうに日本のプロ野球も変わってしまったなとしみじみ) どちらにしても、競馬の予想もむずかしいし、ロト6の予想もむずかしい! 天気の予報もそうだし、株価予想もしかり、プロ野球の優勝チーム予想もむずかしい! そういう自分が明日どうしているか、ということも予測不能。 だからこそ、今を、生きていられるのかもしれません。 すっかり忘れていたけど、ノストラダムスのように何百年かあとの世界を予言した(ホントでしょうか?)という書を残した超人もいるし。 わたしも、これまでの占いの知識を駆使?して、とりあえず200年くらい後の世界を予言してみたりして??? などなど、またしても、あれやこれや、ただ長いばかりの日記となってしまいました(反省→即忘れるいつものパターン) というわけで、明日、自分がどうなっているかもわからないのですが、とりあえず、今、反省したことを、明日はきれいに忘れているということだけは、予測可能だなと思い至り、ちょいホロ苦気分の、今のわたしなのです。
2007.02.07
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今日も暖かな一日となりました。 考えてみると、ここのところ、なんだか、いつも同じような書き出し。 2月に入ってそろそろ1週間近くたつのに、わたしの体内時計は、早いんだか遅いんだか、わからなくなる最近(→つまりヘロヘロ常態) 先週は仕事も忙しく、帰ってから「あ~疲れた」の禁句を連発。 かと思うと、今週は少し忙しさも緩和され、楽ではあるのに、そうなると時間がたつのは遅いもんだと、まだ週がはじまったばかりというのに、「なんかくたびれた」のことばがついて出て、聞かされる家族の身にもならなくっちゃと、少し反省しながら、この日記を書いています。 どうにも時間を拘束されるわが身がイヤ!っと、日々のあれこれがめんどくさくなることがあるのです。 星占い的にわたしは射手座。 自由気ままが好きな星座なので、一点で動かない仕事は向いていないのだなとも思うのです(と、だんだん、言い訳じみてきましたが・・) そういえば、ここ2月ばかり書いていた星占いも、ブログ開設時から書いてきた、ちっとも役に立たない格言集も、更新できず。 生来脳天気でもあるわたしなのですが、たぶん今ごろ、こんな気分になるのは、やりたくない予定がいくつか来ることがわかっていて、ユーウツになっているのです。 そのシブシブ予定のひとつを昨日、済ませたばかり。 まだ、これから控えているのは税金問題! この2月から3月にかけて、なにごとにもシブシブ気分で、楽しくないのは、税金があるからだと思うのです。 そういえば、わたしはこのトップ自由欄で紹介しているフォスタープランに、毎月ささやかな寄付をしていて、その寄付金は、税金の対象から控除されるので、1年に1回送ってくる領収書は税務署に出す書類に添付する大事なものなのですが。 去年、申告に出かけるときに、そのしまっておいた領収書が、どうしても見つからず。 結局控除されるべきささやかな金額も税金対象になってしまい。 これは、ホントに、日ごろの不整理不整頓不徳のいたすところなんだけど。 領収書って、ほんとうに税金を取られる身にとっては、大事~。 すこし前、政治家の政治資金収支報告書だかに領収書添付の義務もない~ぃ??のニュース! さすがに温厚なわたしも、ムカッ! 領収書があると枚数が多くて事務上煩雑になるとかいう話も、言い訳ぢみて聞こえる! ほんとに、民間企業や一般人には考えられない理由! そんなあれこれを考えると、これから、いささか(というか、ホントに)気の重い予定が控え。 避けて通りたいんだけど、そうもいかず。 結局、ドタン場までやらず、最後の最後に頭に血がのぼりながら、あれやこれや書類を探すんだなと、そんな自分の姿が想定できてしまう今日この頃。 そうだ!こんなにわずらわしくてホントにイヤなら、いっそ税金のない国に移住しようか!と、根拠もなく、今、日記を書きながら思いついたわたし!(ホントです) その思いつきのまま、税金のない国=モナコ公国のページを参考までに見てみると、ケタちがいの金持ちが住む国、住民として許可されるのは、よっぽどの金持ちかアーティスト! モナコって、あくまでも金持ちのための国なんですね!(つい今しがたまで知らず…) ささやかな税金を払うのもたいへんなのに、いっそ無税の国の住民になろうかと思えば、大枚のお金がつきまとうシビアな現実。 ここまで考えると、いっそ考えるのも疲れてくるので、さっさと申告書を書いて、さっぱりして、なけなしのお金で税金を払い、もっとさっぱりしたほうが楽かもしれないと思い迷う、今日のわたしなのです。
2007.02.06
2月もまだ初旬だというのに、暖かな一日となった今日の東京。 帰りにバスを降りて、いつもの通り道で、花が咲いているのを見つけました。 2、3日前にも見かけたのですが、そのときよりも、さらに赤い花があちらこちらに咲き、これは何の花だろうかな?とも思いました。 ほんとうはあまり、花の名前は詳しくないのです。 わたしの友人に、植物にとても詳しい人がいて、去年の春に、一緒に伊豆にハイキングに行ったことがありました。 彼女と歩いていると、ほんとうにうれしそうに花や小さな草を見つけ、その名前をひとつひとつ、わたしに教えてくれるのです。 わたしが見ると、どこも同じような緑の風景だったのですが。 道端に咲く植物の名前を知っているということは、なんと贅沢な楽しみだろうと思いました。 ひとつひとつ、たとえ小さな花の名前でも、目を落とした先にそれを見つけ、その名前を教えてもらうことで、今まで見ていた風景が、もっと豊かで奥行きのあるものに感じられてくるのです。 時間に追われて、いつも同じところを行き帰りする日常。 去年、伊豆に出かけたのは、文字通り、心身のリフレッシュだったのですが。 その友人と一緒に行ったことが、わたしの旅を、もっと楽しいものにしてくれました。 草花の名前を知るという楽しみを知った旅でした。 夕方、いつもと同じように歩く帰り道で、なにげなく咲いている花を見つけて、友人と歩いた伊豆の山道と、草花の名前を知る楽しみを知った旅のことをふと思い出した、今日のわたしなのです。
2007.02.05
今日は日曜日、東京はお天気でよく晴れましたが、風が冷たく、寒い1日となりました。 昨日もお休みで、ゆっくり休養を取ったので、今日は、久しぶりに髪をカットに、いつもの美容院へ。 そんな1か月おきの美容院の楽しみは、なんといっても女性週刊誌。 ふだんは買わないし、読まないので、ここぞ!とばかりのまとめ&一気読み! 何冊も積まれた週刊誌を片っぱしから、読みふけるわたし 鏡を見れば、目が血走っているかも?? それにしても、毎週発売の女性週刊誌は、本当に1冊1冊に情報が満載。 皇室、芸能人の話題から、スピリチュアルもの、ダイエットから節約術、投資から、宝くじ、ロト攻略やらご近所話やタイムリーな時事ものまで、実に盛り沢山の内容。 こうやって読みふけると、あと終了まで何分などと残り時間も気になり、最後のほうは、飛ばし読み。 中には、<風水開運カード>などという特別付録やビーズアクセサリーのくわしい作り方ページなどもあり、これはぜひゲットしたいものだと、アセリながらチェック。 そんな、あれやこれやも、結局、お店を出たとたんに、全部忘れてしまういつものパターンなのですが(そして1ヶ月が過ぎ去り、また目を血走らせて読みふけるくり返し…) さて、そんな記事の中には、おなじみ韓流スターの話題もたくさん! 最近、ヨンさまの去年の所得が42億円!という仰天のニュースを見たばかり。 いったいそんなにどうやって??と、いつもお金に円のないわたしから見ると、天文学的なスゴイ金額! その9割が日本での稼ぎというから、冬ソナの威力というのは、改めてスゴイもんだなと思う今日この頃。 日本の芸能人でも、そんなに稼げる人はいるかしらん?と思うのです。 そんなわたしも冬ソナはNHKで放映されたときに、1、2回くらいしか見たことがなく、その後はいつも放映日を忘れて、たまに見ても、話の続きもわからず、結局見ずじまいのまま。 その後は、クォン・サンウの「天国からの階段」 去年の冬ぐらいだったか、土曜日の夕方にやっていて、毎週見てて、ここで泣かされる話の展開が読めるのに、わかっていても泣いてしまうという話の作り方。 けっこうはまっちゃうのデス。 話の展開があざといし、こんなことあり?とも思うんだけど、ここまで話を作れるか?と思うほど作れるあたりが、日本の手法とは、また違うんだなと思ったりもしたもんです。 ここまで打ちのめされても、転んでもタダでは起きず、過酷な運命に立ち向かう。 もしかしたら、食文化の違いかなと思うほど、バイタリティもあるし。 そういえば、ここのところ、いつも外出時にiポッドで、よく聞いているのがパク・ヨンハの曲。 図書館にCDがあって借りてきたのを録音しておいたのですが、聞いてみたらけっこういいのです。 耳に心地よい声。甘い響きなのですが、日本語の歌詞を歌うと、日本人が唄うのとは、イントネーションが少し違って、そのちがいが、なかなかよい余韻♪ たぶん日本人が歌ったり演じたりすると、どこかてらいが出てきてしまうところを、韓流スターというのは、てらいなく、見せてくれる。 ファンが見たいと思うような甘い表情を、ふっと自然に見せて、それから少し照れてみせたり、そんな見せ方を心得ていて、どれだけファンを喜ばせることができるか、わかっている。 スターというプロなのかも? 身近な顔立ちで、しかも言葉が通じない神秘性も、日本のファンの想像力をかきたてるのかなとも。 思い出すのは、以前、一時期はまっていた香港映画。 やはり香港でも映画スターはスーパースターで、美男美女は、とびきりの美男美女。 日本のスターにない、どこか特権的なまでの美しさがある主演女優の存在感も、圧倒的だったなとしみじみ。 スターのあり方というのも、国による違いというのは、確かに大きいものだなと感じます。 最近は、前よりは下火になってきた韓流ブーム。 わたし自身は、ブームの最中も、それほど熱中はしなかったんだけど。 しかし、週刊誌の相変わらずの特集を読み、日本のファンのくすぐり所のツボを押さえたつかみ方といい、ヨンさまの42億円所得といい、これからもヨンさまに続く韓流スターの登場も予想され、その底力は、まだまだあなどれず、これからも当分、日韓スター事情は、輸入超過かしらん?と思った、今日のわたしなのです。
2007.02.04
今日は早いもので節分。 この前、年が明けたかと思ったら、あっという間に2月 さて、今日は待望のお休み。今年もやっぱり時のたつのは早いもんだな~と、しみじみと部屋を見渡してみると、しみじみしてる場合ぢゃない!っと思うくらいの(相も変らぬ)乱雑さ! 英語初級レベルのわたしが、のりぃさんのアメリカ留学日記を拝見してインパクトが強かった、英単語(messy=乱雑な、きたない)!まさにそのものの散らかり具合なのです。 だんだんと忙しくなると、帰ってくるだけで、ホッとひと息。いつもいつも整理整頓があと回し。 まずは、ゆっくりしたいので、家でできることも最小限! 毎日毎日、猫ニャ5匹のトイレ掃除及び夕食の後片付けくらいしか、クリアできずあれもこれも後回し状態の今日この頃。 衝動買いしては、貯金すればよかったとアセり、整理整頓法を考えても、日常生活では、その方法をすっかり忘れ、失敗と反省の多い、わたしの日常の日記。 考えてみると、ブログ開設時に考えもなく、適当につけた、このブログタイトル名「迷い道日記」も、今となってみると、ぴったりとはまる、あれやこれや日々の迷走日記にもなっていて。 すべからく、<名は体を表わす>を地でいっているのです。 たしかに、わたしの飼ってる猫も、ちいちゃいからつけたチイちゃんは、大きくなっても名前そのものの小柄さ。 3ぴきまとめてわが家に来た子猫たち、すぐには覚えられなかったので、柄で分別したミケーン(三毛)、チャシローン(茶白)、チャトラーン(茶トラ) 名前の機能を十分???はたしている一例でもあります。 そう考えると、最近、はてな?と思ったのが、ノロウィルス。 これっていったい何? とニュースや新聞で見て、いつも首をかしげてしまう。 この名前の、なんとも、のんびりした響きにもかかわらず、その中身はかなり気をつけたほうがいい!らしいと思われる、その落差! 緊急の対策要の病気らしいのですが、そのこわさが、いまいちダイレクトに伝わってこない! ノロにしても、学術的な用語なのか化学的用語なのか、たぶんその根拠は十分あるんだろうなということは、分かるのですが。 いかんせん、このネーミングは、切迫感に欠け、いつまでたっても、それがどんな病気なのか、単なる「ノロウィルス」と報道されている間は、わたしのような、忙しい現代人には、さっぱり伝わってこなくて、したがって、その危険性に関しても認識が不十分となり、対策が後手後手にまわる可能性大!なのです。 名前というのは、「ソレ」と「それではないアレ」を選別する役目を持つものだから、特にノロウィルスみたいな食中毒、その危険性と予防対策を早急に知らせるようなものの場合には、よく考えて、分かりやすく、その内容が伝わるような名前にしてもらいたいものだと、思うのです。 それが、1000歩ゆずっても、改名がいやなら、せめてその実態を、報道するたびに、具体的に付記してもらいたいもんだなと。 「さて、近年増加傾向にある食中毒で、飲食または水分摂取により感染して、10日ほどで嘔吐などの症状は改善されますが、高齢者や乳幼児などへの2次感染には特に注意を要するノロウィルスのニュースですが」といちいち連呼してくれれば、自然に聞いているだけで、注意を喚起するようになるんじゃないかなと、その実態を調べる気力がなく、ノロってナニ?といつまでもその危険性がピンと来ない、わたしのようなナマケ者は、思うのです。 あとは、これもおなじみ、地球温暖化、これもなんだかその響きの印象からだと、寒い地球がおだやかにあったかくなりそうな、なんだか地球に優しい名前みたいにも感じ、誤解を生む恐れ大! これこそ早急の対策を講じないと、本当の危機! やっぱり地球温暖化なんて名前よりは、地球暑熱化もしくは、地球灼熱化くらい、インパクトがなければ、その内容の深刻さも伝わりにくい!と思うのです。 それができなれば、やはり報道の際には、「CO2排出量増大のため、今後著しく世界的に気温が上昇し、さまざまな弊害を引き起こす恐れ大、しかも、最近は特に加速度的にその危機が早まることが指摘されてもおり、これこそ、早急に世界各国で、緊急の対策が必要のある地球温暖化ですが」を連呼してくれれば、知らず知らずに、その実態と、傾向と対策が頭にインプット。 これからこうすればいーんぢゃない?という啓蒙にもなるんぢゃないのかな、などと思ってしまうのです。 個人的に好きな名前をつけるのは、自由。 ネコにシャケという名前をつけてもいいし、フレンチブルドッグの女の子にスミレちゃんという名前をつけてもいいし。(いずれも、身近に実例あり) 不思議と、そのときはアレレ?と思っても、いつの間にか、名前というのは、なんとなく馴染んでくるものです。 そして、しっくりと当てはまってくる。 でも、社会に共通で、公共的、例えば温暖化のような、全地球人が考えなければならないような重要な問題については、その中身を表わすのに最適な名前をつけてほしいもんだなと思います。 よく、公共施設やイベントのネーミング公募というのがありますが、温暖化にしてもノロウィルスにしても、こういう重要なものこそ、日本全国から、名前を募集(ついでに賞金1億円くらい!)して、最適なネーミングをすれば、もっともっと、みんなの関心も高くなるんぢゃないかなと思う、今日のわたしなのです。
2007.02.03
今日は、いいお天気の一日となりました。 昼休み、外に出たのですが、気温は今まで以上に低く、陽の光も、さえざえとしたような、少し寒い冬の晴れ間となりました。 表通りの銀行に出かけたあと、お昼をどうしようかなと思った帰り道、銀行と同じ通りに面したスペイン料理屋さんが、すぐ近くにあるのを思い出し、今日はおそばをやめて、スペイン料理のランチメニューにすることにして。 夜はフラメンコショーもやっているという、このお店のランチ。 パスタもあったのですが、ここはやはりパエリア。 1日限定10皿というので頼んでみました。 待つことしばし。ランチセットについている、サラダバーからセルフサービスで持ってきた、ちょい山盛りのサラダとスープ&熱々のパエリア。 そこは、外から見ても大きな店なのですが、店内も、たしかに広く落ち着いた雰囲気。 インテリアのレンガの壁も、うすいベージュで明るく、表通りの日なたに面した大きなガラス窓からは、まぶしい陽の光が射しこんでくるのです。 以前、ヨーロッパに行ったときに、スペインも回ったのですが、そのとき寄れなかったバルセロナ。 地中海とガウディの建物が見たくて、バルセロナに行きたいとずっと思っていて、ぢつは去年の秋に計画もしていたのですが、愛猫のチイちゃんの具合が悪くなり(風邪かもしれない)、一時エサも水も受け付けなくて、ずっと病院に連れて行ったりしているうちに、新しい今の仕事に入ってしまい、予定のまま終わってしまったのです。 今はチイちゃんも、すっかり元気になって、飲み薬を飲ませるだけですんでいるのですが。 こうやって毎日、また忙しく、仕事に追われていると、去年の秋に、旅行のことを考えていたことも、すっかり忘れていたんだなと、しみじみ思う今日この頃。 猫が5匹もいるから、その世話も大変。 いまは、わたしがほとんど、掃除関係も一手に引き受けているので、あまり長く留守にすると、家族に負担がかかるし、出かけるのも、せいぜい短い旅行しかできないかも、と思います。 思いきった長い旅行だと、留守のあいだの家族みんなの協力も必要になるし、留守が長いと、猫のことも心配になってくるし。 どちらにしても、家族そろってどこかに旅行に出かけるというのは、猫がいるので、現実的にムリなのです。 さて、運ばれてきた熱々のパエリアは、ムール貝やアサリ、イカやエビなど色とりどり、色彩的にも、本当に満足。 口に運ぶと、まず磯の香りがして、やはりこれは海の料理なんだなと、エキゾチックなスペインの米料理を、味わってみた昼休み。 窓際に近い席から外を見ると、冬の陽射しもまぶしくて、ガラス窓をとおすと、どこか乾いた明るさにも見え、忘れていたバルセロナと地中海への憧れが、ふとわき上がってくるような気もした、今日のわたしなのです。
2007.02.02
早いもので、今年もあっというまに2月に突入。 東京は昨日ほどではなかったのですが、昼間はやはり暖かく、夕方、窓から外を見ると、ずいぶんと日が伸びました。 それでも、仕事を終えて、帰りのバスを待っているころは、かなり気温も下がり、北風も吹きはじめました。 さて、家に帰ると、たいてい、夕食の一献。 最近は、発泡酒の缶の買いおきが冷蔵庫にあり、夏も冬も家で夕食をとるときは、たいていそれを1本。夕食のおかずをおつまみに、楽しんでいます。 前は、家ではそれほど飲まなかったのですが、昨年、仕事を辞めた直後から、夕食の発泡酒が、ささやかな楽しみとなり、それが引き続いている今日この頃。 お酒もけっこうキライでなく、飲みに誘われるのもキライではないのですが、考えてみると、わたしが頼むのはたいていビールとかサワーとかワインとか、季節を問わず冷たいお酒。 以前、カトキチと食事に行き、わたしはビールを注文したのですが、ヤツは熱燗。 なんとも手なれた感じでお銚子をつまむ様子が、いつになくカッコよく見えて、わたしも真似したいなと、思ったのですが。 なかなかおいしい日本酒にめぐり合う機会もなく、とりあえず、ふだんは、帰ってから飲む発泡酒が楽しみの最近です。 酔っ払ってくると人それぞれに変わりますが、わたしの場合は、笑い上戸。 酔っ払った感じがなんとも気持よく、得した!気分で、ホントにケラケラ笑っています。 以前は、笑い上戸のわたしも、量が分からず、けっこう二日酔いに悩まされたこともありましたが、最近は、いたって銚子もとい調子がいいのか、考えてみたら、二日酔いもしなくなり、ほろ酔い加減で、家にたどり着くころには、適当にお酒が抜けていて、後は寝るだけ。 翌朝もすっきりできる飲み方になってきたのかなと思います。 そんなわけで、最近はほとんど二日酔いしないのですが、前は、翌朝、二日酔いに悩まされたときは、最後の手段!と、いつもより甘くしたミルクティーを大量に飲むと、直ったな~と思い出しました。 辛党で甘党のための、二日酔い解消法??かもしれません。 さて、最後に、大学のときの友人が教えてくれた、これも二日酔いのときに効く洋風おじやのレシピ。 ベーコンとたまねぎをみじん切りにして、軽くいため、そこに水とごはんとコンソメのブイヨンを入れ、さらっと煮ます。ごはんが柔らかくなったら、最後に牛乳を少々加え、出来上がり! 15分もあれば出来上がり、ぢつにカンタンなのですが、けっこうおいしく、二日酔いしてないときも、作ったりもしたものです。 とはいえ、最近はなにごとも適当もといほどほど加減が、少しながらわかってきたような気もして。 ストレス解消ではない、ゆったりしたお酒の楽しみ方もいいもんだなと、夕食の一献もすませ、こうやって日記を書きながら、しみじみと思う今日のわたしなのです。
2007.02.01
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