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前回は一人で参加したこの大会だが、今回は泉南から4人でフェリーの旅だった。私は出身が大分なのでフェリーは良く使うが、他の人たちはほとんど初フェリーだった。前回は民宿に一人で泊まった。大会指定の宿だったが客は私ただ一人だった。新築した離れで、2階に風呂があって、夕食は1階の食堂だった。マラソンを走る人が酒を飲むわけがないということでビールは置いてなかった!なぜか地元の焼酎だけはあって、事なきを得た。料理も地魚を使ってまあまあだった。翌日は1時間ほどかかる大会会場へも送ってもらった。毎年、年賀状もいただいているのだが、今回は他に3人いるので、国東半島中央部の温泉宿を予約した。午前6時にフェリーが予定通り新門司港に着いた。まず、関門人道トンネルへ。600mほどのトンネルを歩いて往復した。小学校の修学旅行以来何度か歩いているが、他の人には珍しい経験になったと思う。雨の日のジョギングに良さそうだが、湿度があって、風もないのであまりんり快適ではないらしい。門司港レトロ~耶馬渓~福沢諭吉記念館と定番の観光地を散策した後、双葉山の生家の双葉の里を見学。私が通った保育園はすぐ近くにある。売店ではお茶や漬物のサービスがある。地元の人が集まるサロンみたいになっていて、そこでの宇佐弁丸出しの会話がちょっとおかしかった。大分でも豊前地方は他の九州の地域とはちょっと言葉が違う。天領だったことからくる江戸弁や、大陸から近いので朝鮮語から来ていると思われる単語や表現がある(ホームページ「知らない道を走ってみたい」にまとめています)。「イマダモクケイにオヨバズ」これは双葉山が70連勝を逃したときにヨーロッパに向かう船に乗っていた恩師に打った電報です。一般には「われ未だ木鶏たりえず」と紹介されています。元は中国の古典に基づいていて、何ごとがあっても動じないという意味だそうですが双葉山は自分はまだこの境地に達していないと言ったわけです。「後の先」という言葉も有名です。どこかのカチアゲをする横綱と違い、相手が立ってから受けて立つ双葉山が真の横綱だと思います。宇佐航空隊掩体壕跡
2019年12月29日
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今回もお遍路ランの後、四万十川ウルトラマラソンを走った。昨年はお遍路の間に四万十を走ったが、今回は仕事のスケジュールが厳しく、お遍路をしたのはマラソンの前の2日間だけだった。予定ではお遍路を木曜日60km、金曜日40km、そして日曜日の四万十60kmを走る予定だったが、お遍路は45km、30kmの75kmだけだった。(10/19)前夜祭前夜祭は60kmの部の方が力が入っている。100kmの部は翌日5時半スタートなのに60kmの部は10時スタートとゆったりできるので当然だろう。100kmの部では鯖ずしはすぐなくなるが、60kmの部は余裕がある。100kmの部はホテルの料理だが、60kmの部は地元の婦人会の郷土料理が主である。手長エビのから揚げも最後まで残る。しかも100kmの部では有料であるのに対し、飲み物券が2枚付いている。乾杯までに何ビール2杯飲んでしまったが、追加でも200円出せば飲めた。抽選会でスタッフジャンパーなどスタッフグッズが当たった。出し物は合唱、和太鼓、よさこいソーラン等々、最後は鳴子を鳴らしながら会場内を全員で踊りながら回っていく。今回は博多で単身赴任同士ということで仲良くなった熊谷のTさんと久しぶりに会った。九州では阿蘇スーパーカルデラなど九州内を半額で乗れるJRの4枚切符で良く遠征したものだった。Tさんは私よりひとつ若い61~65歳のグループで走る。フルマラソンは余裕で4時間を切るので、年代別1位は確実だと思われた。 (10/20)当日開会式にも力が入っている。小学生の吹奏楽の演奏や川内選手のそっくりさんもいた。最初本物かと思ったほどよく似ていた。朝100kmの部の開会式に出たそうだ。ゲストランナーは川内選手の弟で、100kmを6時間48分で走り、2位に1時間以上の差をつけて完走していた。お遍路ランでは重さ5gのリュックを担いで走っていたので、体が軽くなり、いい結果を出す予定だったのだが、そうはいかなかった。60kmはキロ当たりの時間から結果を予想するのは簡単である。キロ6分で走れば6時間、7分で走れば7時間である。これまで60kmでは7時間を超したことはなかった。20kmまではキロ6分の半ばで走っていたのだが、20kmを過ぎてから靴のクッションがなくなり、足の裏が痛くなった。最近買ったばかりの靴なのだが。暑さでかぶり水をしたときにソウルが固くなったのかなと思いながら走った。40km付近で右足首に異常を感じた。最初は足首に何かささったような気がした。見ると、なんとソウルが飛び出してきていたのだった。どのような物理的な力が入るとこうなるのか不思議だった。左足も同様になってきた。走るときの呼吸はだいたい3,3,7拍子で走るのだが、長距離になると退屈になるので、時々「証城寺の狸囃子」にしていたので、靴の中でソウルが踊りだしたのだろうか?途中何回もソウルを入れ直した。ゴールしたら先にホテルに帰ってとTさんに言っていたのだが80km過ぎでなんと歩いていたTさんに追いついた。20kmを1時間50分ほどで走っていたので、6時間切りも可能だったのだが、残念なことに熱中症になったようだ。それでもなんとか四万十川ウルトラマラソン15回目の完走をすることができた。今回は昨年より30分も遅く7時間を初めて超えてしまった。年代別順位も7位だった。65-69歳のクラスで69歳はハンデが大きすぎた。それでも今年の70歳以上のタイムと比べると2位相当である。昨年の増本さんのタイムでは軽く2位だった。運も大きく左右するが、来年は70歳と2週間で走ることになるので、もう一度走ってみたいと思った。
2019年12月06日
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