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分り易い例をあげてみよう。英和辞典は、明治時代からあるが、その満たす目的は変わってきている。1.初期 「単語の置き換え」2.中期 「コミュニケーション」3.現代 「文化の理解」4.個別目的 「留学」「ビジネス」「移住」「・・・」初期の明治時代の英和辞典は、コトバの置き換え機能だけで十分だった。しかし、いま最も売れている大修館のジニアスは文化を理解するための解説やイラストがふんだんに挿入されている。たとえば、ミドルスカートとは、この位の丈であるということをイラストで説明している。コトバの置き換えだけなら、「中位の丈のスカート」といえばよいのであるが、それでは実際にどのくらいの丈か、分からない。ひざ上かもしれないし、ひざ下かもしれない。しかし、この辞書にはそれ以上の「文化」を理解するための情報が掲載されているのだ。ベネッセの古語辞典も同じだ。古い時代の日本の「文化」の理解を助けるための工夫がなされている。つまり、これらの新しい商品は目的の山を登っているのであり、それゆえトップシェアをとっていると考えられるのだ。
May 30, 2006
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お客様にとって意味のある、いわば感謝される新しい価値観の世界とは何か?それは、「合目的性の山」を登ることである。あらゆる商品・サービスは陳腐化する。それは生命が歳をとり、かならずいつか死を迎えることに似ている。どんなに素晴らしいデビューを飾った商品・サービスも徐々に陳腐化し、コモディティ(一般普及品)化する運命にある。デビュー時にはその存在自体が購買目的とされていたにもかかわらず、時間がたつにつれて、単なる手段の一つになる。その理由は、それが注目された商品であるほど(つまりれそれゆえ、高い利益をあげるほど)競合商品の出現や代替技術の開発が促進され、それに追い討ちをかけるのがほかならぬ自分たち自身による普及のためのコストダウンだ。いずれにせよ、そうなることは避けられず、その対策はお客様の「合目的性の山を登る」ということ以外にはほとんど選択肢がない場合が多い。いいかえると、お客様の「目的」は進化するということだ。その原因は新しい商品・サービスの出現である。お客様の目的の進化が見えないと(あるいは見ようとしないと)事業は後退を始めるものである。
May 29, 2006
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5/22の日記に営業とは「お客様の価値観を変えること、そして感謝されること」と書いた。お客様の価値観は、どうすれば変えられるのか。また感謝されるのか。お客様は、その道のプロでない限り自分のそれまでの経験の中から問題意識を持ち、価値判断している。(5/26の日記の「行動空間>問題空間>価値空間」)このため、過去の経験が陳腐化して最近のトレンドやより高いステージを知らないことがある。その場合、古いあるいは狭い固定化された問題意識で商品の購入判断をすることになってしまう。そこで、新しい行動を提案し、できれば経験を共有化することで、より高いステージの世界へいざなうのだ。それがお客様の問題空間を変え、結果として価値観も変わる。そのような時に感謝される。なぜならお客様は自分が以前よりも高いステージに達することができたと感じるからだ。もちろん、お客様の経験範囲を勝手に決め付けず確認すべきだ。お客様は知らないうちに1週間で見違えるほど進化していることもある。(とくに他社の営業がこの方法をとるとそうなる)売れる販売員は、ごくカンタンな幾つかの質問でお客様の行動空間、問題空間、価値空間を的確に把握する。逆に何かの商品を見せて質問を促すこともある。質問で分るからだ。そして、お客様にとっての次のステージを描き、いざなうシナリオを企画し実行するのだ。これができるかどうかは実は経験に依存しない。人はそれを「営業センス」と呼ぶ。
May 27, 2006
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5/16に人間はその人固有の「問題空間」を持っていると書いた。問題空間が違うから、同じ質問に対して論理的に考えても違う答えが出てくる。しかし、その人のスケールを決めている空間は他にもある。基本的に次の3つの空間がその人を決めていると私は考えている。(1)行動空間(2)問題空間(3)価値空間若いときは、(1)>(2)>(3)の関係がある。しかし、歳をとって人生経験を積むと、(3)>(2)>(1)となる。若いときは、試しに沢山の行動をとってみて、そのうち問題にぶつかり、その結果、その人の固有の価値観が形成される。歳をとると、その人の固有の価値感の範囲で問題を設定し、その問題の中から必要な行動を選ぶ。しかし、歳をとっても若いときと同じパターンのままの人もいる。企業組織も然り。
May 26, 2006
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5/13の日記の「情報のケルビン死」の続き。物理学でエントロピー増大の法則が発見された時に、沸騰したヤカンがさめるように全ての熱は拡散していつしか生命を含む宇宙の死がやって来るといわれたことがある。もちろん、実際には少なくともまだ宇宙の死は来ていないわけだが、それにはわけがある。ヤカンは放っておけばさめるが、さめる以上のスピードで熱すれば沸騰するのだ。お湯を沸かすということはそういうことだ。情報のケルビン死も情報が拡散して価値がなくなる以上のスピードで情報を生み出せばよいのだ。それができるかどうかで全てが決まる。拡散する以上のスピードで情報を生み出すということはどういうことか。何が新しい価値ある情報を生み出す原動力なのか?それは生命体である我々の意思であり、知恵であり、感性だ。それがあるかぎり、「情報のケルビン死」は起きない。
May 25, 2006
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このタイトルを読んで、ミスタイプと思われた方も多いはず。昨今のブランドブームで、ブランドをマネジメントする企業は増えた。統一感のあるブランドロゴ、メッセージ、コミュニケーションなどだ。しかし、もう一歩進むとブランドでマネジメントする段階となる。ブランドを通じて市場でのポジションを変える、社内の組織変革を行うなどである。さらに進むとブランドがマネジメントするようになる。ブランドが企業をマネジメントするのだ。例えば、ソニーやホンダを思い浮かべて欲しい。いま誰が社長であろうともソニーの社長はソニーブランドを引き継いだ経営をするはずだし、ホンダの社長も同様なはずだ。そうなるとブランドが社長以下の全社員をマネジメントしていることになる。ブランドマネジメントもこの域に達している企業は少ない。逆に言うとこのような企業がブランドに関心ある企業の目標になっているのである。
May 23, 2006
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営業とは何か?モノを売ること。自分を売ること。感動を売ること。色々な答えがある。私の答えは、「お客様の価値観を変えること」だ。言われたものをそのまま提供するのは、自動販売機だ。そのような御用聞き営業は、いま世界一高い日本人の人件費では間尺にあわない。それはすでにたくさんの企業が検証済みだ。それは(ネット)通販や自販機に任せて置けばよい。人間の営業マンにしかできないことは、お客様の固定的な価値観を変えることだ。誤解のないように申し添えれば、ニーズを無視して勝手な価値観を押し付けるということではない。新しい価値観の世界にいざない、そして感謝されることである。
May 22, 2006
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いま「ウェブ進化論」という本が売れている。だが、未来を予測することは難しい。いまでこそ殆どの日本国民がインターネットを活用しているのは当たり前になった。全世界では、インターネット人口は10億人を超えているに違いない。手前味噌だが、いまから18年前(1988年)に私が書いた論文に、「21世紀にはネット人口が世界中で億の単位に達するだろう」と予測した。それは日経産業新聞の創刊15周年記念論文で優秀賞を頂戴した。しかし、そのときの入賞作の内容紹介記事では上記の予測は削除されていた。私にとってはそこが最大のウリだったのだが・・・。それから13年して、21世紀初頭に実際に億単位に達したことはご承知のとおり。けっして自慢話をしたいのではなく、いいたいことは時として実際の未来は想像をこえることがあるということだ。
May 21, 2006
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これは一昨年、丸ビルで21cクラブに出入りする学生から受けた質問だ。皆さんはどう答えるだろうか。コンサルティングは、「相談にのること」なので、少なくとも選択肢が複数なければならない。複数の選択肢がなければ相談する意味がないからだ。ソリューション営業は、「問題解決営業」だ。問題解決の提案であれば良いので、選択肢はひとつでも良い。それを買うかどうかは、顧客が決める。一見似ているが、ずいぶんと違うことが分る。ずいぶん昔にコピーマシンの会社が自社のコピーを買うとこんなにトクであることをキチンと証明し、売上げを伸ばしたのは有名な話だ。この場合は、選択肢が一つなので確かにソリューション営業だが、コンサルティングではない。いま、システム会社はソリューション営業なるものを強化しているが、要は顧客の相談にのるのではなく、自社パッケージの売り込みを行っている。そこではパッケージとソリューションという言葉を入れ替えても同じである。
May 20, 2006
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営業は人による。色々な業界におけるコンサルの経験則では、売れる人と売れない人の差は10倍。同じ商品、同じお店で担当者が変わると2~3倍売上が変わるのが普通。売れる売れないの差は何か。統計的な分析では、A.経験時間に依存して増える要素=商品知識、人脈など。B.経験時間に依存しない要素=気の利いた対応、お客様ニーズへの洞察、提案の引き出しなど。これは業界によらないのだが、若くても売れる人の共通点は、Bの要素を持っていることだ。下記は先ほどまで飲んでいたお客様の意見。「OJT一辺倒の日本的人材育成は曲がり角。なぜなら、環境変化が早いから、先輩の過去の経験は役に立たない可能性がある。過去の経験に基づくOJTはすでに危険かもしれない。先輩の同行指導で売れたとしても、お客様が同行した先輩の肩書きに動かされたか、実際の提案が琴線に触れたかはわからない。」過去の先輩の素晴らしい営業実績が、・いまの時代に合わない。・その人個人にしかできない。という可能性はおおいにある。確かに、OJT頼みの日本企業の人材育成も曲がり角ではないか。
May 19, 2006
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お父さんがたまに小学生の子供の授業参観日に行く。土曜日の午前の授業を見ていると子供が走り回っている。「学級崩壊だ!」「先生がだらしないからこうなるんだ」しかし、よく考えてみたい。色々な教育者や専門家のコメントがあるが、意外にも子供の視点から見た教育論がない。いま子供はどんな環境で生活しているのか。子供部屋は当たり前。一人一台の携帯、ゲーム機、PC。朝食からして、一人一人が好きなものを好きな時間に食べる「個食」。小学校時代から子供はすでに「ワントウワンマーケティング」のお陰で自分の都合に環境のすべでてがあわせてくれる。自分から相手に合わせることは殆どない。ただ、学校の授業を除いては。企業は生活者をマーケティングの対象として、その個人的ニーズに合わせて「ワントウワンマーケティング」や「ビジネスモデル」を展開する。その結果として、子供は自分に合わせてくれる環境以外には適応できなくなっている。「学級崩壊」を招いているのが誰かは明らかだ。月曜日から金曜日までのお父さんだ。
May 18, 2006
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「論理的に正しい。」というのは大切なのだが、曲者でもある。本来は、「論理的に間違っていない。」というのが正しいのではないか。「理屈とご飯粒はどこにでもつく」という話を聞いたことがある。私も同感。「風が吹けば桶屋が儲かる」という論理もあれば、その逆も成り立ちうる。1リットルのヤカンに2リットル入るという話は、確かに論理的に間違っているように見えるが、いわば論理で語れるのはその範囲ではないか。(その範囲の勘違いで失敗することが世の中多いことも事実・・私を含めて)静的な1リットルのヤカンに2リットルはいるかという答えは最初から決まっているはずだ。ところが、多くの場合、やはり論理的意見の食い違いは起こる。それは問題空間の違いと私は捕らえている。そもそも問題を論じている空間の範囲が違うので答えが異なってくるのだ。ヤカンの例で言うと、静的にとらえるのではなく、水を出しながら入れるというヤカンであれば、ある幅の時間をとると2リットル入るわけだ。どの問題空間で問題を捉えるかで、答えは全く違ってくる。多くの場合、社長の問題空間と担当役員の問題空間と管理職の問題空間は違う。それは立場が違うための掌握範囲(責任範囲)の違いからくるものとその人個人のモノの見方のクセから来るものがある。なかなか、その人の問題空間を見極めるのは難しい。
May 16, 2006
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「情報化社会」が叫ばれて久しいが、そもそも情報とは何か?が論じられていない気がする。情報には次の3段階があると考える。・コンセプト=0次情報(心から発せられる思い、考え方、仮説)・サイエンス=1次情報(思いや仮説が事実で検証された結果)・インフォメーション=2次情報(他人が検証した結果の伝聞)でも、別にインフォメーションよりコンセプトの方が高級だとか、重要だとかいっているわけではなく、これらはサイクルを形成しているのではないか。コンセプト⇒サイエンス⇒インフォメーション(⇒コンセプト)このサイクルによってこそ、新しい情報が累積級数的に増えるのだ。逆に言うと、このサイクルが回っていない組織からは新しい情報は生まれない。
May 14, 2006
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その昔、物理学の世界で熱力学のエントロピー増大の法則が見つけられた頃のこと。その法則とはカンタンにいうと熱湯の入ったヤカンも時間がたつとだんだん熱が周りに拡散していつしか冷めていくということだ。エントロピーが増大し続けるといつの日にか世界中でエネルギーは均一に拡散し、生命も活動できなくなり、宇宙は「死」を迎えるという予言(正しくは思考実験)があったのです。これをケルビンの宇宙死と呼ぶ。この熱を「情報」に置き換えるとどうだろうか。いま、インターネットを通じて情報が広がっていくスピードは桁違いに、というより爆発的といっても良い。では、いつか世界は情報が拡散して均一化し、情報のケルビン死を迎えるのだろうか。
May 13, 2006
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それは、自分でやろうとするからだ。自分の会社は改革しにくいものである。改革者は異端者・外部の人間でなければ難しいといわれる。何故か。それは、日本の会社のCEOが殆ど生え抜きであることから明らかだ。(同じ条件であれば日本に限りませんが・・米国IBMのガースナー改革の例)本業のエースが30年かかって社長になる。30年前の花形事業は、すでに成熟化し、最も改革の必要な事業となっている。そのときに社長は自分の出身事業部を改革しなくてはならないわけだ。いってみれば、政治家が自分の選挙区をまっさきに行政改革するのと同じことになる。自分の支持母体を改革しなくてはならないからだ。あなたが政治家だとしら、自分の支持者に犠牲をいきなり強いることが出来るだろうか?
May 12, 2006
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