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「他責社会は滅びる」 これは、仮説だ。しかし、私は確からしい仮説だと思う。 1.他責ばかりの個人は、幸せになれない。これは単なる仮説ではない。・・・他人の責任であると責任転嫁した瞬間だけは、楽になったと感じるが、その後はその論理に自縄自縛となり、自分が動けば解決できる場合も動くと自説と矛盾するため動けなくなり、問題の常駐に悩まされる。「誰々が○○してくれない。だから××。」 ・・・ 通称、「くれない族」・・・常駐する問題は、どんどん増え続けいつしか非常なストレスにさらされることになるが、それでも他人が悪い、大人が悪い、社会が悪いと考え続け、そのため当然ながら何の自己成長することもなく、最後には・・・おそらく何らかのカタチでの不幸な結末が待っている。・・・ニュースに出てくる「犯罪者の動機」は、ムシャクシャした、恨みがあったなど、全て「他責」であることから、他責は犯罪の動機になりやすいと考えられる。 2.他責ばかりのチームや組織は、沈んでいく。これも単なる仮説ではない。・・・ロジックは個人に同じ。 3.他責ばかりの会社は沈んでいく。これは事実である。・・・ロジックはチームや組織に同じ。構造不況だからと、政府の保護に頼っていた会社の悲惨な末路は、山ほど事例がある。米国自動車業界のビッグ3もそれだ。自分のコンサルタントとしての経験からしてもこれは紛れもない事実である。 4.よって「他責の社会は滅びる。」・・・これはまだ仮説。でも、おそらく正しい、つまり確からしい仮説。なぜなら、個人が沈んで、チームと組織が沈んで、会社が沈んだら、理屈から考えて社会が滅びないはずがない。 なんとか、社会が一致団結してこの方向のベクトルをなくしていかなければならない。傍観している場合ではない、と思う。
Nov 29, 2006
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「アメージンググレースの秘密」 この曲は有名な賛美歌だが、残念なことに作曲者は諸説あり、正確には不明である。作詞は、18世のジョンニュートンという奴隷貿易の商人だった人だ。 あるとき、暴風雨に巻き込まれたが、必死に神に祈ったところ、奇跡的に助かった。一説には、自分一人だけが助かったという説もある。そこで、これには何か神の意図があると考え、しばらくして改心して奴隷商人を辞めて牧師補となり、奴隷解放の最初の運動を行った人物といわれている。また、定かではないが、そのために奴隷貿易で得た全財産を投じたという説もある。 この人が晩年に書いた歌詞をすでに知られていた曲に載せたのが、あの「アメージンググレース」というわけだ。 ・・・「驚くべき神の恵み」と歌われている。その曲と歌詞は、いまでも我々の心を掴んで離さない。
Nov 27, 2006
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「キング牧師の夢は実現したのか?」 少し前に、キング牧師の有名な「I Have a Dream」の演説をあらためてご紹介させていただいた。人種差別という、最も典型的ないわれなきイジメと闘った公民権運動の象徴としてである。写真はキング牧師の演説の草稿 「・・・かつて奴隷だった者の子孫たちと、かつて奴隷主だった者の子孫たちとが兄弟愛をもって同じテーブルにつくことができることを。私は夢みています。」 さて、キング牧師の演説から40年以上が経った訳だが、その高らかに謳いあげた「夢」は、はたして実現したのだろうか・・・。大変、気になるところではある。キング牧師の夢が実現するなら、日本社会からもいわれなきイジメがなくせるはずだからだ。 ・・・どうやら、その夢は、実現していると言っていいらしい。 私は、その証拠といえそうなものをYouTubeの中に偶然、見つけた。その極めて現代的なITの産物のお陰で・・・。そして、ここにリンクを貼って直ちに見ていただけるというのもすごいことだ。 いまここでご紹介する聖歌隊か、コーラスグループの仲良しメンバーらしい彼女達がほほえましい姿で歌うのは、まさしく「Amazing Grace」、その曲だ。日本でも非常に有名な賛美歌である。私がファンであるJudy Collinsが1970年に歌って、全米トップヒットとなった。後にも先にも賛美歌による唯一のトップヒットと言われている。日本でもこの30数年間、おびただしい数のテレビCMに使われたので、誰もが聞いたことがあるに違いない。 ・・・この曲が持つ特別な意味をまた、後日お伝えしたいと思う。 YouTubeより
Nov 26, 2006
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「ひとはみな・・・」 ひとはみな、生まれつき違っている。 だから、同じ人は二人といない。でも等しく生きる権利を持っている。お互いに個性を大切にして生きよう。 ひとはみな、差別や嫌がらせはイヤだ。だから、その人の努力でどうにもならない事を理由にして差別や嫌がらせをするのはやめよう。もし、見たらやめさせよう。 ひとはみな、生きる権利がある。だから、自分が差別や嫌がらせを受けたら我慢せず、やめて欲しいといおう。それでもやめないなら大人に相談しよう。 ひとはみな、人の直さなければならないところに気が付く。だから、人に直して欲しいことがある時は直接いってあげよう。でも他の人には悪口になるので話さないようにしよう。 ひとはみな、自分も直すところがある。だから、自分が直さなければならないことを教えてもらった時は、ありがとうをいって直すようにしよう。 ひとはみな、イヤなことがある。だから、イヤなことは自分で関係のある人に手伝ってもらい、解決しよう。関係ない人に八つ当たりするのはやめよう。 ひとはみな、人に支配されたらイヤだ。だから、人を自分の思い通りに動かそうとするのはやめよう。それが、自分の友達や年下の子や家族であっても。 ひとはみな、うわさを信じやすい。だから、うわさをそのまま信じないようにしよう。また、本当のことではないうわさを流さないようにしよう。 ひとはみな、物事を決め付けやすい。だから、物事をはじめから決め付けないようにしよう。いつも実際に起きていることと自分の意見とを区別して話そう。ひとはみな、自分の意見を持っている。だから、自分の意見はハッキリといおう。でもその前に人の話をよく聴こう。そして人が話し終わってから話しはじめよう。
Nov 25, 2006
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「7つの人間関係ルール(案)」 1)人種、国籍、宗教、性別、年齢、身体的・文化的特徴、その他本人の責任によらない理由による差別や嫌がらせをしてはならない。また、それを黙認してはならず、我慢して受けてもならない。2)他人に改善すべき点があると気が付いた時は、直接本人だけに伝えてあげる。第三者のいるところでの忠告や本人のいないところでの悪口は厳に慎む。3)自分が改善すべき点として似たような指摘を複数の人から受けた場合は、感謝して受け止め、改善を心がける。4)ストレスを感じる時は、原因に関係のある直接利害関係者にみずから協力を求め、原因を取り除く。第三者をストレスのはけ口にしない。他責は厳禁。5)他人を自分の支配下に置こうとしない。それが、自分の部下であれ、生徒であれ、子供であれ。6)噂を鵜呑みにしない。また、事実に反する噂を流さない。偏見を避け、常に客観的事実と自分の意見を区別して話す。7)自分の意見は述べなければならない。しかし、その前にまずは他人の話を十分に聴く。他人の発言を途中でさえぎらない。
Nov 23, 2006
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「人間関係の交通ルールを創ろう!」 いわれなきイジメ、セクハラ、パワハラ・・・いまの世の中は、信号機のない交差点のような状態。信号機の根拠になる交通ルールすらないような状態。そんな交差点では、今日も沢山の事故がおき、人が死傷している。 ・・・例えば、右に曲がりたい人は、あらかじめ右にウィンカーを出す。相手が道を妨害しているのに気がついていなかったらクラションをちょっと鳴らす。道を渡りたければ横断歩道を渡る。 そして、何より交差点ではクルマも人間も信号を守る。そんな人間関係の社会ができないものかと思う。 いや、できないはずはない。100年前の道路には信号がなかったのだから。
Nov 23, 2006
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・ ・ ・ ・ ・ <いじめ自殺>傍観も罪...長男失った長野県教委職員が訴え いじめを苦にした自殺予告の手紙が9日、新たに文部科学省に届いた。問題が広がりを見せる中、いじめが原因とみられる自殺で長男を亡くした長野県教育委員会の職員、前島章良さん(52)=同県須坂市=は「いじめを傍観することも罪。いじめを見た人は正義の声をあげて」と訴えている。 同県教委のこども支援課長を務める前島さんは97年、自殺で長男の優作君(当時13歳)を亡くした。 「ぼうりょくではないけど、ぼうりょくよりもひさんだった。あの4人にいじめられていた。ぼくは死ぬ」 97年1月7日夜、優作君が遺書を残して自宅の庭で命を絶った。「お母さんの作る鍋はおいしいね」。夕飯時の何気ない会話が最後の言葉になった。 いじめられていたことは知らなかった。校長らに問いただすと、「分かりません」と繰り返すばかり。4人からの謝罪はいまだにない。「せめてお父さんに助けを求めていてくれたら」。通夜の前日、ひつぎに一晩中語りかけた。 「我が子の悲しみを理解してあげられなかった」。そんな思いが募った。00年4月、同じ境遇の親たちと「いじめ・校内暴力で子どもを亡くした親の会」を設立。会社を辞め、全国で講演活動などを続けた。 04年4月、県教委の任期付き職員として採用された。肩書はこどもの権利保護推進幹。「人の痛みを背負った方に」との田中康夫前知事の働き掛けに応じた。 学校現場の改革に取り組む傍ら、月5、6回のペースで講演をこなす。9日行われた佐久市の望月中学校での講演では、「『いじめられる方にも原因がある』という子もいるが、それは間違っている。人をいじめてもいいという理由は絶対に存在しない」と語気を強めた。 ◇ 講演後、文科相あてに新たな手紙が届いたことを聞いた前島さんは、「手紙を出した子の周りには、筆跡を見て誰か分かる子がいるのではないか。彼らが声をあげてほしい」と話した。「いじめは加害者の周りに多くの傍観者・無関心層ができあがる。見て見ぬふりをすることで、いじめが潜在化してしまい、自殺にまでつながる。いじめを傍観することも一つの罪だ。どうか声をあげてほしい。それは『チクリ』ではなく、正義の告発なのだから」【川崎桂吾】(毎日新聞) - 11月10日3時6分更新 ・ ・ ・ 何がこみ上げますか?
Nov 21, 2006
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「いでよ! 日本のローザ・パークス」公民権運動の母と呼ばれたローザパークスさんが、昨年10月に亡くなった。かつて、アラバマ州のモンゴメリーでバスの席を白人に譲らなかったとして、逮捕されたことがきっかけとなって公民権運動がおき、そしてキング牧師の演説、公民権法の制定へと繋がった。彼女の追悼は、米国大統領をも上回る国葬級の連邦議事堂での追悼式となった。連邦議事堂での追悼は大統領の中でも故ケネディ、レーガン両大統領など、優れた功績のあった大統領に限られており、民間人は少なく、女性は初めて、黒人は2人目である。ブッシュ大統領夫妻が花輪を捧げ、ライス国務長官が追悼の辞を述べた。 もちろん、米国の教科書にはいまでもキング牧師とともに登場する。 そのローザ・パークスさんがしたことは、唯一つ。勇気を持って、「いわれなきイジメに毅然とNOを突きつけたこと」だけだ。 「君の小さな勇気が世界を変える!」・・・そんな彼女の声が聞こえる。 以下は、報道記事そのままを引用するが、その「いわれなきイジメ」への毅然とした態度が、新しい時代を切り開いたのだと思うとその功績に頭が下がるとともに、日本のイジメ問題にもこのような毅然としたヒーロー(ヒロイン)が出て欲しいと感じる。写真は、追悼の辞を述べるライス国務長官(共同) <故ローザ・パークスさん>連邦議会議事堂に、最大級の敬意 【ワシントン和田浩明】米国の人種差別撤廃を目指し、「公民権運動の母」と呼ばれた活動家の故ローザ・パークスさんのひつぎが30日夜(日本時間31日朝)、ワシントンの連邦議会議事堂に到着した。ブッシュ米大統領夫妻が花輪をささげて功績をたたえ、最後の別れに数千人の市民が集まった。遺体は同議事堂で一般公開される。米国では最大級の敬意の表明で、故ケネディ、レーガン両大統領など過去29人しか例がなく、女性は初めてで、黒人は2人目。 パークスさんは55年、米南部アラバマ州モントゴメリーの市営バスで、白人優先座席を白人乗客に譲るよう運転手に命じられたが拒否、逮捕され罰金刑を受けた。この事件をきっかけに人種差別反対運動の象徴であるマーチン・ルーサー・キング牧師が「バス・ボイコット運動」を展開、連邦最高裁が56年、同州の人種分離法に違憲判決を下し、公民権運動は全米に広がった。 30日はモントゴメリーでパークスさんの追悼式が開かれ、バス事件の前年にアラバマ州で生まれた黒人のライス国務長官も出席。「パークスさんがいなければ今日、国務長官としてこの場に立てなかったかもしれない」と述べ、故人が米国の人種差別政策の撤廃に果たした貢献をたたえた。 ひつぎはこの後、空路でメリーランド州に到着。パークスさんの業績を象徴するバスを含む車列で連邦議事堂まで運ばれた。31日朝まで一般公開される。31日夜には亡くなった米中西部ミシガン州デトロイトに移され、パークスさんが座席を譲ることを拒否したバスとともに来月2日まで公開された後、埋葬される。 (毎日新聞) - 2005年10月31日11時35分更新
Nov 19, 2006
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「I Have a Dream」 私はいま改めて、この偉大な演説に耳を傾けたいと思う。ここには、「人間は生まれながらにして平等である」という理念に基づく差別撤廃への強固な信念が示され、そして未来へのビジョンがきわめて具体的に語られている。 これと同様の理念は、日本国憲法にも謳われている。「第14条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」 キング牧師が米国社会に与えた功績は計り知れない。形骸化していた人種差別撤廃を実際に具現化して住みよい社会を創り出すための平和的な運動を起こしたのである。 実にいまの日本も当時の米国と変わらないではないか。日本国憲法の良い面がまるで形骸化しているのである。日本にもこのような強固な信念と使命感を持ったリーダーが必要なときではないだろうか。 さて、米国には、個人の誕生日を祝日にした日は3日しかない。大陸を発見?したコロンブス、初代大統領ジョージワシントン、そしてキング牧師だ。 以下、優れた訳と考えられるものをご紹介したい。また、一番最後にユーチューブからの演説の動画をぜひともご覧いただきたい。そこには、趣旨に賛同して大行進に参加した白人の姿もかなり見られる。 1963年8月28日「ワシントン大行進」のスピーチより友よ、私は今日皆さんに申し上げたい。今日も、明日も我々は多くの困難に直面するでしょう、しかし、私には夢みています。それはアメリカン・ドリームに深く根ざした夢です。私は夢みています。いつの日か、この国が立ち上がり、次の信条に本当の意味で基づくような国となることを、「我々は、全ての人間が平等に創造されたという真理を自明のことと考えます」私は夢みています。いつの日か、ジョージアの赤い丘の上で、かつて奴隷だった者の子孫たちと、かつて奴隷主だった者の子孫たちとが兄弟愛をもって同じテーブルにつくことができることを。私は夢みています。いつの日か、ミシシッピー州のように不正義と抑圧に満ちた州でさえも自由と正義のオアシスに変えられることを。私は夢みています。いつの日か、私の幼い子供たちが肌の色によって評価されるのではなく、人間性によって評価されるような国で暮らすことができることを。私は夢みています。いつの日か、悪徳に満ちた差別主義者に牛耳られ、連邦の決定に対して「不当な干渉だ」とか「取り消しする」という言葉しか出てこないアラバマ州においても、幼い黒人の少年少女たちが幼い白人の少年少女たちとまるで兄弟姉妹のように手を取り合う日が来ることを。私は夢見ています!「いつの日か、すべての谷が高められ、すべての丘と山々は低められ、高低のある土地は平らにされ、いびつな土地は真っ直ぐにされる。こうして、主の栄光があらわれ、人はみなこれを見るであろう」ことを。(旧約聖書イザヤ書40章4~5)これが我々の希望なのです。この信仰を持って、我々は南部に帰るのです。この信仰があれば、我々は絶望の山から希望の石を切り出す事ができるのです。この信仰があれば、この国の騒々しい不協和音を美しい兄弟愛の交響曲に変えることができるのです。この信仰があれば、我々は共に働くことができ、共に祈ることができ、共に闘うことができ、共に監獄に行くこともでき、自由のために立ち上がることもできる。そして、共にいつか自由になれることを知るのです。その日こそ、神の子供たちは次なる歌を新しい意味を込めて歌うことができるでしょう。"我が国、それは汝のもの、麗しき自由の国。我汝をたたえる。我が祖先の死したる国、巡礼たちの誇りの国に、すべての山腹から自由の鐘を鳴り響かせよ。もしアメリカが偉大な国ならば、このことが実現しなければなりません。だから、自由の鐘を鳴らしましょう、ニュー・ハンプシャーの大きな丘の上から。自由の鐘を鳴らしましょう、ニュー・ヨークの偉大なる山から。自由の鐘を鳴らしましょう!高くそびえるペンシルヴァニアのアレゲニー山脈から。自由の鐘を鳴らしましょう!雪を頂くコロラドのロッキー山脈から。自由の鐘を鳴らしましょう!カリフォルニアの曲がりくねった坂道から。それだけではありません。自由の鐘を鳴らしましょう!ジョージアのストーン・マウンテンから。自由の鐘を鳴らしましょう!テネシーのルックアウト・マウンテンから。自由の鐘を鳴らしましょう!ミシシッピーのすべての丘やモグラ塚やすべての山腹から。我々が自由の鐘を鳴らせば、すべての村々から、すべての集落から、すべての州から、すべての街からも鐘が鳴り響き、神の子となったすべての人々、黒人も白人もユダヤ人も異邦人もプロテスタントもカトリックも、すべての人々がお互いの手を取り合って、あの古い黒人霊歌の中の言葉を口ずさむことのできる日が近づくのです。"やっと自由に、自由になれました。全能なる神に感謝します。やっと自由になれました!"(訳) 鈴木創訳出典:http://www3.ocn.ne.jp/~zip2000/2001.htm
Nov 19, 2006
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「公民権運動から何を学ぶか」-いわれなきイジメの撲滅のために 「いわれなきイジメ」の典型例は、人種差別だ。現在でも完全に撲滅されたわけではないが、かつてに比べればその状況は大きく変わった。「いわれなきイジメ」の対策を考えるときに、参考になるのではないかと考える。そこから、「いわれなきイジメ」撲滅を目指す我々は何を学べるだろうか。以下、ウィキペディアからの要約である。公民権運動とは、1950年代から1960年代にかけてアメリカの黒人が公民権の適用を求めて行った大衆運動である。背景アメリカ合衆国では1860年代の南北戦争によって黒人奴隷解放が実現したことになっていたが、南部諸州では依然黒人蔑視が続き、19世紀末から20世紀初頭には人種分離政策が合法的に進められた。交通機関やレストラン、学校等の公共機関で白人と黒人を分離、投票権を事実上制限。南部諸州における黒人差別立法は1950年代になっても改められなかった。運動 1955年のローザ・パークス逮捕事件に抗議し、キング牧師らがバス・ボイコット運動を展開、1956年に合衆国最高裁判所がバス車内における人種分離の違憲判決を出すと、黒人の反差別運動が盛り上がった。黒人、有色人種がアメリカ合衆国市民として法律上平等な地位を獲得することを目的とし、公民権運動と呼ばれる。キング牧師らが指導者となったが、数多くの組織や他の有色人種や白人を含む個人が参加して行われたもので、運動の形態も、訴訟、街頭でのデモからレストランでの座り込みに至るまで多岐に渡った。暴動に発展することもしばしばであった。公民権運動は数十万人の1963年のワシントンD.C.における大行進で最高潮に達した。キング牧師のI Have a Dreamの演説は、アメリカの歴史に残るものとして有名。成果当時のジョン・F・ケネディ政権は公民権運動には比較的リベラルな対応を見せ、南部諸州の人種隔離法(一般にジム・クロウ法と総称される)を禁止する法案を次々に成立させた。ケネディが1963年11月に凶弾に倒れると、ケネディを継いだ、同じく公民権運動に同情的であったリンドン・ジョンソン政権下に公民権法が制定された。また、その後ジョンソン政権下では積極的に黒人の社会的、経済的地位を向上させるために、役所や企業、大学に黒人を優先的に(若しくは白人と同数)採用することを義務付けるアファーマティブ・アクション政策が取られた。一方、黒人運動はキング牧師の暗殺(1968年)によって平和的・合法的な反差別運動から過激な運動へと変化していく。いまだにアメリカ国内において、アフリカ系アメリカ人をはじめとする少数民族に対する人種差別はなくなっていないものの、公民権法の施行による法的側面からの人種差別撤廃の動きを前進させた意味は大きいといえる。出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の「公民権運動」より要約
Nov 18, 2006
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「イジメの問題モデル」 いわれなきイジメ問題はなぜ起きるのか?以前にご紹介した4つの要素による問題モデルで問題が起きるプロセスを検討するとどうなるだろうか。 4つの要素とは、次のようなものだ。1.バックグラウンド(背景:問題現象が自己増殖するメカニズムを内在したシステム)2.トリガー(引き金:システム外部からの入力による問題現象の始まるキッカケ)3.グロース(自己増殖:問題現象が内部の自己増殖メカニズムにより拡大する状況)4.チェック(歯止め:問題現象が外部に出力されるのを防ぐ仕組みが機能しない) これらの4つの要素が全てそろった時に、「問題」は起きる。具体的に起きている問題を論じる時は、これら4つの要素の全てについて論じなければならない。そうでなければ部分にスポットを当ててしまうこととなり、対策が効果を生むようにはならない。 さて、「いわれなきイジメ」について検討してみよう。「いわれなきイジメ」とは、直接利害関係のない者が何らかの有形無形の「力」を行使する、あるいは行使されることを指す。これには、その教唆、ほう助、またそれらの黙認も含まれる。しかし、ここではカンタンに、「もともと理由がないor理由を超えたレベルのイジメ」としておこう。 1.背景の問題「いわれなきイジメ」の自己増殖には、少なくとも次の3つのメカニズムが存在すると考えられる。A)他者からいわれなきイジメを受けた人間が、そのストレスを解消するために別の人にいわれなきイジメを行う「イジメの連鎖」B)一度、イジメを行うとその快楽性におぼれ、何度も繰り返したくなる「イジメの麻薬性」C)グループのボスによる命令により自分もイジメなければイジメられるという「イジメの恐怖政治」 2.引き金の問題イジメが実際に起きる引き金は、実際に誰かが、いわれなきイジメの対象となり、その被害者が反駁しないと分かった段階と考えられる。それによって、自己増殖のメカニズムがスタートする。 3.自己増殖の問題いったん引き金が引きかれると、もともとあった1.の自己増殖メカニズムにより「いわれなきイジメ」が拡大する。 4.歯止めの問題自己増殖を続ける「いわれなきイジメ」は、次のような条件を満たした歯止めがないと破局的な事態に至るまでとめどなく続くことになる。ア)「いわれなきイジメ」の実態を把握し、止めようとする強い意志を持った人がいること。イ)その人がその犯罪性について伝え、一個の人間として気づかせるコミュニケーションを行うこと。ウ)止めなければならない明確な理由が存在すること。(人間はどうしても止めなければならない限り止めないものだ)エ)実際に「いわれなきイジメ」が収まったことを確認すること。 次回にこれらの問題要素をなくすための対策について考えよう。
Nov 12, 2006
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「こんな社会なら・・・」 イジメ議論がもりあがってしまいましたが、ちょっと息抜きに下記の動画をご覧下さい。Free Hugs Campaignです。 なんだかは、開けてのお楽しみ。最近、日本でも都内でイベント?があったようです。はい。こちらからどうぞ↓ ・・・なぜだかは分からないのですが、「見ると涙がとめどなく溢れる」という方が多いです。
Nov 11, 2006
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「いわれなきイジメ撲滅!憲章(草案Ver.2)」 1.本憲章は、「いわれなきイジメ」を社会から撲滅することを目的とする。 2.「いわれなきイジメ」とは、直接利害関係のない者が何らかの有形無形の「力」を行使する、あるいは行使されることを指す。これには、その教唆、ほう助、またそれらの黙認も含まれる。 3.「いわれなきイジメ」は、他者の人格に対する窃盗行為あるいは暴力行為であり、理由のいかんにかかわらず、許されざる反社会的犯罪である。 4.「いわれなきイジメ」を行う者はその罪を問われ、また保護者を含む管理監督者もその管理責任を問われる。 5.「いわれなきイジメ」を未然に防止するために社会は力を合わせ、その罪の認識の啓蒙、イジメの連鎖の抑止、他人への責任転嫁の禁止、イジメの兆候のモニタリングおよび迅速な対応をとる。 ■皆様の貴重なご意見ありがとうございました。その結果、Ver.2として、5.を追加しました。ぜひ賛否にかかわらず、ご意見・書き込みをお願いします。■
Nov 9, 2006
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■皆様、真摯なご意見を多数いただきありがとうございます。■ 「いわれなきイジメ」のうち、「いわれなき」については、いらないのでは、というご意見をいただいた。『「いわれあり」ならいじめても良いと誤解されませんでしょうか?!』という主旨だ。「いじめ」とは、辞書で調べてもそうは書いていないのだが、私の解釈ではそれは本来「いわれなき(理不尽な)」ものであろう。しかし、何が理不尽かはグレーゾーンが大きくて実際には判断が難しい。そこで、あえて明確に理不尽な場合に限定してこのような社会的規制をかけるべきだと考えたのだ。それによってグレーゾーンの場合にも自己規制がかかると思われるからだ。「本当にこれは自分が利害関係者(=当事者)なのだろうか」「度を越して、理不尽なイジメをしていないだろうか」と・・・。単に「イジメ撲滅」としてしまうと、グレーゾーンを含めてなんでもかんでもダメになってしまい、本来あるべき健全な競争や本人のためになる正しい叱咤が「イジメ撲滅」の名のものに否定されてしまう危険性を感じる。つまり、魔女狩りである。そして、もう一つ、小中学校での競争やケンカを規制した結果が、「イジメ」になっているとの個人的な分析も理由だ。というのは、当事者同士でケンカなり、争って(それもハードではあるが、一種のコミュニケーションではある)解決するすべを知らない、またそれに伴う他人の痛みを知らないことが、無責任な「いわれなきイジメ」を生む原因だと考えるからだ。したがって、大原則として「規制は、生命や人権にかかわる最小限に限定」にして、あとはできるだけ当事者能力を普段から意識的に使うことでそれを高める方向にもって行きたいと思う。 誤解をおそれずいえば、当事者同士に明確に理由(つまり利害関係)のある限り、そしてそれを解決する意思がある限り、多少のイジメやケンカも含めてホンネのコミュニケーションがあった方が人間社会として健全なのではないかと個人的に考えている。 責任だけ問うても、解決にならないというご意見もいただいたが、責任を問わなければどんな解決策も馬の耳に念仏である。責任を問う仕組みを作った上で、そうならないような策を社会的な英知で考え、実行していかなければならない。 この憲章案の中には、わざと具体的な解決策は書いていない。それは皆の英知でよりよい方法を考え、ためし、実践していけばよいと考えるからだ。それが行われるための枠組みがこれだという位置付けで考えている。つまり、まず擬似的当事者の介入(黙認などの消極的介入を含む)が悲劇を生んでいるのであり、それは犯罪だというコンセンサスを社会的に確立することが先決だと思う。 「いわれなきイジメ」は便利の追求が生んだあだ花かもしれない。文明の復讐かもしれない。しかし、いまこの瞬間も生死の選択の間にいる人に時代の転換の兆しをみせてあげなければならない。 この日記を書いたあとに自殺の予告がニュースになった。・・・事態は極めて深刻であり、急を要する。 ■引き続き、賛成・反対いずれでも書き込みとご意見をお待ちしています■
Nov 8, 2006
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「いわれなきイジメ撲滅!憲章(草案)」 1.本憲章は、「いわれなきイジメ」を社会から撲滅することを目的とする。 2.「いわれなきイジメ」とは、直接利害関係のない者が何らかの有形無形の「力」を行使する、あるいは行使されることを指す。これには、その教唆、ほう助、またそれらの黙認も含まれる。 3.「いわれなきイジメ」は、他者の人格に対する窃盗行為あるいは暴力行為であり、理由のいかんにかかわらず、許されざる反社会的犯罪である。 4.「いわれなきイジメ」を行う者はその罪を問われ、また保護者を含む管理監督者もその管理責任を問われる。 ■賛成の方は、ぜひ書き込みをお願いします。ご意見・ご異見も歓迎です。■
Nov 6, 2006
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(平日は多忙につき、更新があまりできないのでいま発信しておきます)「オールドディキシーダウン」これは、私のお気に入りのThe Bandの曲をジョーンバエズが歌って全米1位にしたヒット曲である。 テーマは「南北戦争」だ。(1861~1865年) その頃の貴重な画像が沢山出てくる。作品としての完成度は極めて高い。それもそのはず、これは個人の作品ではなく、プロのスタジオの手になる作品だ。プロモーションのために作品をユーチューブに公開しているプロも多い。 さて、この画像の中に南部の英雄、ロバートリー将軍や無数の兵士の死骸とともに出てくる山のような「銃」の数々。これはこの戦争のあと、どこにいったと思われるだろうか。 ・・・なんと、幕末の日本である。 鳥羽伏見の戦いでは、政府軍の鉄砲が新撰組を圧倒した。(1868年)その後の戦いでも、西南の役にいたるまで沢山の輸入中古銃が使われているようだ。 いつの世も兵器の世界的な市場循環は存在するようである。(You Tubeより)
Nov 5, 2006
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幾つかの悲しい事件が起き、いじめが社会問題化している。しかし、自殺にまで追い込んだ当のいじめた生徒たちは翌日からまた別の生徒をいじめていたという。まったく、反省の色がない。何故そうなってしまったのか。 「いじめは学校で起きるものだからしかたない。」「子供の間で起きるのだから、教育の問題だ。」私はこのような認識こそが、いじめを助長しているのではないかと思う。 「いじめは犯罪である」という認識からスタートすべきなのではないかと私は考える。なぜなら、大人社会でもそれは存在するからだ。セクハラやパワハラはそのレベルにより民事と刑事の範囲があり、その境目は難しいが、限度を超えれば刑事(つまり、犯罪)になる。いじめも同じではないか。 つまり、モノを盗んだり、人を殺傷することは、それが大人の間であろうと、子供であろうと犯罪は犯罪だ。誰の間で起きているかということと、それが犯罪性があるかということは、まったく別の問題だ。もちろん、未成年者にどの程度の刑罰を課すかもさらにまた別の問題のはずだ。ところが、これらを混同した議論が多いのは残念だ。 まず、「いじめは犯罪」であり、反社会的な行為であることを基本認識とした議論が拡がることを期待したい。
Nov 5, 2006
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「ドナルドジャッキー」長い間、成長産業であった外食産業は近年、コンビニの提供する安価なお弁当に市場を食われて苦戦している。 その戦いをそのまま表現したのが、この「ドナルドジャッキー」だ。 なぜ、ドナルドかというと出てきた主人公を見れば分かる。 また、なぜジャッキーかというと、その戦い方が・・・ 大いに関係ある。コンビニは、各社が連合を組んで戦っている。 ということで、さっそくご覧下さい。カンフー映画の好きな方には受けると思います。 (You Tubeより)
Nov 4, 2006
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「鮨」 これはラーメンズの有名な作品だ。すでにご覧になった方も多いとは思ったが、まだの方にはぜひご覧いただきたいのであえて取り上げることにした。 実はこの作品は、DVDとして売られているので著作権上は違法ということになる。しかし、この作品がユーチューブに載せられたことでラーメンズは世界的に有名になった。ユーチューブと著作権問題を考える上で、とても象徴的なケースだと思う。 ともあれ、内容は秀逸だし、とても手間がかかっている。売られている商品だから当然といえばそれまでだが・・・。以前、テレビに出た製作者は、「日本人に対するイメージを変えたい。ユーモアがあるところを見せたい」という思いがあったとのこと。実際に欧米人が、これを見て抱腹絶倒している姿がテレビで紹介されていた。鮨はすでに欧米人にも浸透しているのでどこが本当でどこが冗談かは分かるようだ。 内容は、「鮨」とその食べ方について紹介しているのだが、本当のことと冗談とが絶妙に混ざっていて思わず笑わずにはいられない。明らかに事実と反する内容がいくつあるか、「間違い探し」をしてみるのも楽しい。あなたはいくつ発見できただろうか?(You Tubeより)
Nov 3, 2006
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「Deja Vu」 まず、トップバッターは、元Creedence Clearwater RevivalのリーダーJohn FogertyのDeja Vuという2004年の発表曲にあわせて創作されたビデオである。Deja Vuとは、デジャブと発音し、「いつか見た気がする光景」という意味だ。きっと皆さんもそんなご経験があるに違いない。 これには、実際に人間に予知能力がある証明だという説と単にある光景を見た瞬間に過去の記憶(のようなもの)が作られるのだという説がある。 さて、この曲は見事な反戦歌である。その主旨を受けて、幾つかこのようなレベルの高いビデオが創られた。残念ながら、非公開になってしまったものもある。 曲は美しいが、内容は激烈だ。歌詞もそうなのだが、それにあわせて創られた画像がさらに・・・。いま行われている戦争が、「いつかも見た光景だ」と歌われている。(You Tubeより)
Nov 3, 2006
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「上空400kmからの日本と世界」シリーズもおかげさまで18回を数えることができた。 さて、地球周回軌道の次は「バーチャル世界の最前線」に潜入してみようと思う。 それも、個人創造コンテンツの共有の場としていま話題のユーチューブに投稿されたコンテンツの最前線をいっしょに視て回ろう。 個人の投稿によるコンテンツには、ビックリするほど良く出来たものもあるし、出来は素人だがその視点やメッセージが斬新なものが非常に沢山ある。 私が個人的に気になったそれらのコンテンツを独断で選んで、ここでご紹介したいと思う。 乞う、ご期待!
Nov 2, 2006
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「日本人は縮め指向」1980年代に「日本人は縮み指向だ」とするある著作が受けた。内容的には、なかなか鋭い視点から分析されていて魅力的かつ説得力のあるものだったようた。 しかし、残念ながら決定的な間違いがあった。そのタイトルである。 日本人自身はそもそも縮み指向ではない。 日本人は対象を縮める名人なのだ。 すなわち、「日本人は縮め指向」なのである。 日本人自身は、じつは不遜なほど拡大指向であり、縮み指向などは毛頭ない。常に機会があれば、打って出て影響力を拡大したいと考えている。だからこそ、「(その対象を縮める意味での)縮め指向」なのである。 徳川家康の最大の功績は、それを300年間封じ込めたことではないか。「IF」の話だが、種子島に鉄砲が伝来してわずか40年で世界最大の鉄砲生産国になった日本が、本気で海外に覇権を拡大しようとしていたらどうなっていたのだろうか・・・。 さて、近年では、「集中豪雨的輸出」なるものが国際的な非難をあびるほどだった。 自分はその頃、メーカーの技術者だったが、「自分たちがその優れた技術で世界制覇するのは当然のことだ」と考えていた。 ともあれ、日本人は、「対象」をとてつもなく、早いスピードでその機能や本質を損なうことなく、縮めてしまう。ときに、「宇宙」さえも「石庭」の中に閉じ込めてしまうのだ。
Nov 1, 2006
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