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人間ドックを再検査になった母が病院でのツレヅレを埋めるために買ったのがコチラ、斉藤美奈子「誤読日記」。始めに「たのしい誤読生活のおくり方」という前書きがあるのですが、これがなんとも痛烈な皮肉で、要は「どんな愚作でも面白く読む読み方っていうのはあるはず、ガンバロー」。そして、読み始めてみると何とも痛快にベストセラー・話題の本(全部で100冊くらい)をばっさばっさとぶった切っております。たまには誉めてるのもありますが、8割くらいが悪口。セカチューとかイマアイとかタレント本とかマニュアル本が華々しく売れる昨今の日本の出版状況を「…(チエッ)」と、口に出しては言わないけれど心の中で面白くねえよと思っている、つまり私のような人間にとっては昼下がりのティータイムにつまみ読みするのにもってこいでございました。フィクションにしてもノンフィクションにしても、何かとあざいといのですわよね。最近。その「あざとさ」を「あざとくなくっちゃ生き残れんだろ、大人の知恵だ」と取るか、「幼稚化した日本人はあざとさを最早気付けない」と取るかはスキズキ。勝手にして。一番面白かったのは「キャッチャー・イン・ザ・ライ」(J・D・サリンジャー著/村上春樹訳)の回での冒頭。「築40年の物件を新装開店させるべく、リフォームの匠が立ち上がりました」「キャッチャー・イン・ザ・ライ」は別にそこまでコケにしてあるわけではないのですが、自分が「どうなのコレ…?」と思っているものをわかりやす~くバカにしてくれるとスッキリしますよね、人間だもの。人と人が仲良くなるのに一番良い方法は、共通の敵の悪口を話すこととか言うしね。そんなわけで私も悪口が書きたい。だから書く。あのね、この「誤読日記」なんですけどね、実は私、斎藤美奈子さん、朝日で書評やってた時からあんまり好きじゃありませんでした。とはいったもののまあ上に書いた通り、最初は紅茶など飲みながらキャハハと読んでいたんだ。「ン?」と最初に思ったのが、加賀まりこ「とんがって本気」で。長いんですが引用します。(以下、オレンジの箇所は全て「誤読日記」からの引用です)<神田錦町でという料亭を営んでいた祖母は、自由民権運動と社会主義のために人肌脱いだ女丈夫だった。(略)家には、足尾銅山鉱毒事件で闘った田中正造、幸徳秋水、犬養毅父子など、時の政局を動かす政治家や多くの志士たちが出入りし(以下略)>わっ、すごいお祖母さま。という事実関係もさることながら、その祖母を評価する目があり、歴史を固有名詞つきで把握してるってのも、すごくない?女性誌編集部のみなさん、女優さんに連載を依頼する場合はせめて50代以上の人にしてください。するとこのくらいの話が出てきます、というひとつの見本だと思った。事実関係は確かに庶民からすれば想像できない世界なんですけれども、この程度で「歴史を固有名詞つきで把握してる」っていうのか??そもそも「歴史を固有名詞つきで把握してる」ってそんなにすごいこと??中学受験の小学生でも常識かと思いますが。しかも近親者とつながりのある人だったらそりゃ覚えるでしょ。「その祖母を評価する目があり」っていうのも、ねえ。そりゃこんなおばあちゃんだったら自慢しときたくなるよ誰でも(別に加賀まり子は好きでも嫌いでもありませんが)。<考えたら日本は20世紀にほんとにあちこちで酷いことを、最低なことをやってきて、それを次に続く世代に教えていかなかった。だってどうでしょう。20世紀、この世界の中で日本は自分の”尻拭い”をしてこなかったんだから。ホント、いい加減な国だと思う。>そうとハッキリいってはいないけど、これは「現代史」の話ですよね。ええと…どこまでもハッキリと「現代史」の話かと思いますが…??次は丸谷才一「闊歩する漱石」。●『坊つちゃん』の台詞の中には罵り言葉の羅列がある。「ハイカラ野郎の、ペテン師の、イカサマ師の、猫被りの、香具師の、モゝンガーの、岡つ引きの…」といふ箇所がそれである。 さて、ここからがお立ち会ひ。かういふ言葉の羅列は諸国の文学にもあるし、日本文学にもあるよといふことを示すために、丸谷さんが引いてくる例が半端ぢやない。 『助六由縁江戸桜』の台詞に始まり聖書の「マタイ伝」へ飛び、『古事記』『保元物語』『枕草子』『梁塵秘抄』『万葉集』『平家物語』『閑吟集』『国姓爺合戦』『義経千本桜』、そして、いきなり『ハムレット』…(略)。 どうです。すごいでせう。ここまで来ると、もう『坊つちやん』論だか漱石論だか古今東西文学見本市だかなんだかわかりやしない。 けれども丸谷さんは悪びもせず、どんなもんだと胸を張る。〈かういふのはみんな日本文学にもあります〉〈かういふ現象はどこの国の文学でもありさうである〉と。 まさか仰りたいのは、それだけぢやないですよね。連想ゲームか天ぷらだと申しあげた意味、おわかりいただけましただせうか。丸谷才一、ハア?っていう方のために説明しますと、丸谷才一さんという方は「文章を書く時は旧仮名遣いで」という信念のある方で斎藤美奈子さんが↑で旧仮名遣いで書いているのはもちろんこれをおちょくったものであります。確かに丸谷才一という人は博識な人なので次から次へと話題を繰り出してきます。自分でも「女性対男性」という本で「~の話から~の話になりました」と連想ゲームのような形式でエッセイを書いています。自覚あるよ、その上で読者をふるいにかけつつ煙に巻きつつ軽やかにインテリぶるのでありますが。あれ、美奈子さん、もしかして「連想ゲーム」「天ぷら」の部分しか読めてらっしゃらないわけではありませんよね?本論についていけなかったので、外装に触れるだけですましているのではないですよね??まさかねえ。「誤読日記」は一つの書評につき大体2000字以内程度。もちろんくどくどねちねちと書き連ねることはできません。だから、もし文量を取ったらばあちこちでボロが出るんだろな、と思えるものも多い。古今東西見本市とかわかったように言っているけれども、恐らくこの人は「『助六由縁江戸桜』…」で始まる段落に出てくる古典、一冊もまともに読んだことはないだらう。最後に橋本治『桃尻誤訳 百人一首』。〈逢ひ見ての 後の心にくらぶれば 昔はものを 思はざりけり〉(権中納言敦忠)という歌もぐっとストレートに、〈実際に やった後から くらべれば 昔はなんにも 知らなかったなー〉もっとストレートになると〈セックスが この世になければ 絶対に こんなにイライラ しないだろうさ!〉えーっ、こんな歌あったっけ。原型は〈逢ふことの たえてしなくは なかなかに 人をも身をも 恨みざらまし〉(中納言敦忠)でした。びっくり!そんなことでびっくりすんな!!ふつーわかるでしょ、ふつーわかるよね、訳を見ただけで本歌くらい。せめて「もちろんわかってましたが」くらいの虚勢を張るべきかと思いますが。張らなきゃ恥ずかしいとこなんではないかと思いますが。仮にも書評家なんだからさあ、現代の小説にだけ通じていればいいわけじゃなかろうに。ああ~経済学部出身か~、じゃあしょうがないよねってわけあるかあ!!これが小林秀雄賞第一回受賞者…。どんな賞だかよく知りませんが、少なくとも「小林秀雄」の名がついているのだから…。ゲンナリ…。「私が賢い」って言ったものがちの世の中とは薄々気付いていました、そうなんですか、本当にそうなんですか。こんな長文、誰が最後まで読んでくれるだろうかと思いつつひっそりとを置く。70位付近。
2005.10.31
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M平という友達がいます。女の子なのですが、熱狂的巨人ファン&いつでもどこでも生中一丁!などそこはかとなく漂うおやじ臭から、名前の一部を「波平さん」とかけて私がM平と命名。【M平から最近来たメール】M「修論どう??今度飲もうよ!たまかの都合に合わせるよ!」私「ああ、いいねえ。私は3・5・10・11あたりが暇かな」(暇を聞かれれば私はいつでも暇なのです。ただ、「いつでもいいよ」と言うのは流石に私の見栄が許しませんので、「次の日朝早くなくていい日…」というひく~い基準でピックアップしています。)M「3・5は私ちょっと無理だな!10・11のどっちかがいいな。10・11でもいい??」私「うん、いいよ」だから、はじめっから3・5・10・11のどれでもいいと私は言っている…なんて野暮なことは言いません、M平には。【昨年の夏、M平を含めた三人でイタリアへ旅行した時のこと】スリの多い地下鉄にて。乗り込もうとすると私の前に電車に乗った女性がくるりと私の方へ向きを変えて立ち、奥へ詰めてくれない。なんか変な人、あんまりくっつきたくないなあと思ったのですが、後ろからは誰かに押されている。??と思っていると、なんと彼女は左手に持っているトートバックに右手を隠して私が前に斜めがけしていたバックのファスナーを開けている最中!!「この人、スリ!!」と大声を出すと、彼女と彼女の他に周りにいた何人かが電車から走って降りていきました。いやあ、危機一髪、前から後ろから私をサンドイッチしての集団スリだったのですね、と思いつつほっとしていると、M平。「たまかが奥につめないからさー、もっと奥につめてよと思って後ろから押してたんだよね、スリだったんだ~ごめんね~」あんた。まず口で言おうよ、口でさ。【去年の私の誕生日前のこと。電話にて】M「私がお店予約しとくからさ~、任せて!」私「あ~、じゃあお願い、ありがとね」そこでふっと嫌な予感、M平が予約を取ると入っているお店は「誕生日です」というとでっかいパフェが出てきて店員にハッピバースデーを歌われるところ。私、ああいうのほんとにほんとにニガテなんです、あれだけはイヤです、恥ずかしいです。私「あ、M平、予約取る時、誕生日だっていうことは…」ガチャン!切れている電話。かけ直すと案の定通話中。3分待ってかけ直す。M「え~、パフェやだったの~??もう予約取っちゃた。まあいいじゃん誕生日なんだからさ~。パーッといこうよ!!」人の話を聞いてよ!せせせせせっかちなんだよ!でもなぜだかこの人とは馬が合います。ちなみにM平は私が学部時代に「ラクロス」というスポーツをやっていた時の友達でして、彼女のポジションはオフェンスの一番さきっちょ、私はゴーリー(ゴールキーパー)でございました。【番外】研究室のW教授私「あ、先生、私この間名刺作ったんです、これなんですけど~。ほらちょっと字を間違えちゃって。まあネタだと思ってもらってください!」 (名刺間違えたよネタについては→コチラ)W教授「おお、わかったわかった」4時間後、W教授から携帯電話。W教授「あ、杉浦か。さっきもらった名刺だけど、お前前期課程の漢字が全然違うじゃないか」私「あ~、そうなんですよ~先生さっきも言ったじゃ…」W教授「お前はそういうちょっとうっかりしたところがあるからな、私が気がついたからいいようなものの…。これを他の人に見せるのはちょっとまずいぞ、しっかり直しとけ!それじゃ、ガチャリ!」W教授のことも好きです、とっても。
2005.10.31
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あおいさんの日記からトラックバックさせて頂きます。あまりにも私の悩み、悩みというかたまに感じるストレスというか発憤と類似していたから。社会人の友だちと会うと結構な確率で言われること。「いいよね、学生は気楽で。私も学生に戻りた~い」うん、まあ確かに正社員で働く責任って、正社員を体験していない私には到底想像しにくいところがあります。金払って好きなことしている院生に比べて、お金を稼いでいる社会人の方がもちろん偉いってことはわかるよ、理屈で。そう断った上で、私は言いたい。大学院生の生活を君たちのぬるい学部生時代と一緒にするな理系の大学院生の男の子二人と、社会人の私の友だちとでごはんを食べていた時のこと(有り体に言えば合コンですが)、私の友だちの「社会人になるとさ~、いろいろ辛いんだよ、学生のうちに遊んどきなね~」というセリフに、さっと二人の顔色が変わったことが忘れられません。理系は週五、週六で実験室こもりっきり、誰ですか学校は六時で帰れると思っている方は。文系にしたって、授業こそM1では週2・3、M2では週1程度ですが、授業の無い日を好きに過ごしているわけがないじゃないですか。あおいさんも言ってましたが、研究職は24時間労働。わかりやすい例で言えば受験生。受験生の頃って、ごはん食べてる間だってお風呂入ってる間だって駅からの帰り道だって時間が惜しくなかったですか??大学院生はもうちっと時間の使い方が賢いかもしれませんが、友達と遊んでる時でも酒飲んでる時でもブログ書いてる時でも自分の研究に対して一抹の後ろめたさがありますよ。できそこないの院生の私ですら、こう。今まで、「社会人の辛さを知りませんから社会人に対して院生の大変さを訴えるのはやめよう…」と思っていたのですが、やっぱり言おう。「いいよね学生は」と言われる時、私はその人のことを「自分の仕事にプライドを持っていない人なのだな」と思います。私は自分のやってることにプライドがありますので、誰の取り組んでる事に対しても「いいよね、気楽で」という気にはなりません。「自分の仕事が忙しい」っていうために院生の生活を引き合いに出すことないんですよ、ムカムカ。ブログの読者の皆様にはてんで関係ない話でごめんなさい。ハイ。前回に引き続きグチっぽくってすんません、ハイ。次回はもうちっとおもろいこと書きます。ハイ。社会人の方の「学生は所詮学生なんだよ、バーカ」という意見も甘んじて受けます。ハイ。
2005.10.27
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修士論文にむかう文系大学院生。論文と二人ぼっちの執筆末期症状。・修論仲間と顔を会わせれば「やばいよ」が合言葉。 (何も言わないで虚ろな笑顔ですれ違うようになるといよいよイケナイ)・コーヒーを一日10杯。 (煙草よりはまだいいだらう)・無性にRPGを始めたくなる。 (実際に冒険の旅に出てしまったらもうイカン)・書いたそばから自分の立てた論に対して「んなわけないじゃん」とツッコミをいれている。 (でも後戻りはできないんだ)・ピン芸人の自虐ネタに涙が止まらない。 (言い尽くせない)・夜中に論文が隣に寝ている気がする。 (マジこええですよ)・夜中に「あっ!」と飛び起きてそのまま出奔する。 (虎になるのである)同い年の、年商二億の古本屋の跡取り息子は言った。「院生の人たちってさあ、なんであんな辛そうなわけ?自分の好きで勉強してるんでしょ」ねえ、なんでだろ、多分みんなマゾなの。→あともうちっとで100位圏内。・【小声で言っちまいな!!※自主規制発動中!!】あと、下痢が止まらない、生理が止まるっていうのもあります
2005.10.25
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母も私も決して好きではないのに、うちにあるハードカバーの数でもしかしたら一番多いかも知れないのが、村上春樹。今回も早々と新刊を買ってしまった、村上春樹。村上春樹って男の人が好む小説、という印象が私にはある。世間一般の評価は逆なのかもしれませんが。理由は母の弟にあたる叔父と、母の妹の息子である一つ年下の従兄弟が揃って春樹ファンなことと、文学研究科所属といえど、近世専攻なので現代文学についてはなんも知らないです、村上春樹がどう批評されてるかなんて全然知りませんと前置きして、この人はそこはかとなくアンチフェミニズムだと思うから(別にフェミニストが好きなわけではありませんが)。それで、「東京奇譚集」を読んだ母の感想。「面白くなかったねえ!」ちょっと、あなた、「海辺のカフカ」読んだ時も「アフターダーク」読んだ時もそう仰ってなかった??じゃあもう買うな春樹。というか買わせるな、私の時給1.4時間分、コラ。私は面白くないとは思いませんでしたけれどねえ。一話目の「偶然の旅人」と二話目の「ハナレイベイ」は面白かったと思う。新聞の書評に「『奇譚集』と言いながら「奇譚」ではない」みたいなことが書いてあったような気がしますが、こういうの奇譚でいいと思うけど。ここからちょっと、内容に触れることを書きますが、母曰く「特に五話目とか、もったいぶって最後で種明かしをするような話はウソっぽくって嫌い。作った話って感じよねえ」小説ってみんな作った話ですよ、というツッコミはしないでやってください。母としては、一番肝心なことは書かないようにしておくのが小説だとか、全部わかっちゃったら不思議でもなんでもないだろとか、そんなことが言いたかったのかも知れません。一番コワイタイプの怪奇談って、何の脈絡もないものですよね。ハイハイ、そろそろ修論やります。
2005.10.25
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ひさぶりにご本の話。中学校の教師をしているうちのおかんは、「金パチ先生」を見ない。「家に帰ってまで中学校見たくないっ!」のだそうな。プライベートの時間まで仕事のことを考えたくないと。わかる気がします。多分に天然は入ってますが、根がどこまでも真面目な人なのでドラマを見ながら「ああ、こういう保護者いる、そう言えば今日も…」とか「こういう言い方で通用すれば苦労しないのよ」とか「現場はこんなもんじゃないわよ」とか「ドラマはケリがつくようになってるからいいけど…」とか思ってしまうのだと思われる。中学生は生ものだから、とかく取り扱いが難しい。そんでもって母は仕事で大きな問題を抱えているときには、学校とか地域社会とかが出てくる小説すら遠ざけるようになる。「だって考えたくないんだもん」とか呟きながら彼女がアガサクリスティを読んでいる時は結構限界来てます。すでに舞台が日本でも同時代でもない。そんで只今論文に励んでいるわたくしにとってもそれと同じような症状があります。江戸に関係する本を読みたくない、ということは流石にないのだけれども、あのね、頭を使わなきゃいけない本を読みたくない。頭を使わなきゃいけないっていうと語弊があるかもしれない。なんというか、本には二種類あって、実用書・小説・エッセイとジャンルは関係なく、読み始めたらエスカレーターに乗ったように自動的に最後まで連れてってくれるタイプの本と、自力で最後まで階段を上るように読む本があると思うのですよ。達成感を味わえるのはやはり後者ですが、気分転換に持ってこいなのが前者。私にとって前者の代表格は宮部みゆきとか桐野夏生とか平岩弓枝。共通点はストーリーテリングが上手いことと、読後に物思いが不要なこと(私にとってはね)。それで、これらの本が我が家のどこに置いてあるかといいますと、父の本棚に置いてある。ちなみにアガサクリスティもここに置いてあります。そんなわけで、このあいだのこと、家を出る前に電車で読む本を父の本棚で探しておりまして、手に取ったのが「見張り塔からずっと」。実はこの重松清という作家さんはあまり好きではありませんでした。高校生だった頃、14才の少年犯罪とか自殺とかが話題になった頃だと思いますが、新聞にこの方の少年を主人公とした連載小説が載っていて、当時まだ「自分は子供」という意識が強かった私は、その少年達の心理描写について「こうじゃあねえよ」という思いが強かったのであります。その小説、私は「ナイフ」という題名だったように記憶していたのですが、今調べてみたら「ナイフ」は短編小説だと説明されていたので違うみたい。でもまあ、久し振りだし、読みやすそうだし、イヤになったらやめればいいしと思いながら読み始めたところ。暗かった…。未来に明るく希望を持たすような本を書く人だと思っていたので驚き。「見張り塔から ずっと」という題名ですが、表題作はありません。あとがきによると、これは重松さんが作家としての立ち位置を「見張り塔から世の中の目撃者として」と定めた決意の一冊なのだとか。私はこの題名、非常に頷けました。ははあ、なるほど。中編が3つ入ってますが、どれも背景にあるのは都会の住宅事情。まあ、なんていうか、救いがない。新興住宅地での主婦同士のいじめとか、子供を亡くしてノイローゼになる母親とか、学歴を理由に姑に認めてもらえない若い主婦とか。論文執筆中はとかく気持ちが内にこもりがちなので、あんまり暗い話は読みたくないと思ってました。でもこれを読んで、なぜだか暗い話も悪くないなと思った。考えてみますと、話自体暗いことは暗いんだけども、作者の心が暗くない。たぶん重松清さんという人は、日本の今の現状に強い危機感を持っていて、この現状を書き留めねばという使命感を持って作品を書いたのではないかと思う。それで「見張り塔から ずっと」。現状を小説に書いて、読者に想像することを促しているように思える。例えば一話目の「カラス」で、苛める側の主婦と苛められる主婦がいて、明確に加害者と被害者なわけだけれど、読んでいるうちに見えてくるのは加害者も追いつめられているということ。気持ちの余裕のなさ。そして、その気持ちの余裕のなさの原因を突き詰めれば、住宅問題。社会の閉塞感。想像できるわけだからさ、何かせんと。政治家に読ませたらいいんじゃないか、と安易なことを言ってみるハイハイ、修論修論ね。
2005.10.25
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「脳みそ出てきてるよ」「玉ネギ頭に乗っけて会社にこないでください」「う○こ」これはバイト先の方々の私のヘアスタイルに対する罵詈雑言、言葉責め。普段は大体、頭のてっぺんででかい団子を作った髪型にしてます。半年ほど前のことになりますが、学部生の授業に教授のアシスタントで出ていた時のこと。「吉原徒然草」というテキストを扱った授業だったので、話題も専ら遊女・遊郭に関するお話。その時もこのう○こ頭だったのですが、突然、教授に「お、杉浦、ちょっと立ってみろ」と言われたワタクシ。大体何を言われるのか予想はついたのですが、しぶしぶ立ち上がりました。学部生約100人の視線が集中。教授のお言葉。「これが近世初期の遊女の髪型だ」はい、そうなんでがす。右上に載せたのは国宝「彦根屏風」の一部(もちろん色は加工されてます)ですが、この女性は遊女です。確かに似てるよ。近世後期になるにつれ、「花魁」と聞いてすぐ想像に浮かぶようなあの鬢をふくらませて金色の笄(こうがい)をたくさんくっつけた髪型に変わっていくのであります。さあ、今度から街で頭にでかい団子を乗せた髪型の女の子を見たら「あいつ、近世初期の遊女意識してるよ」と、思ってやりましょう。私もう○こよりは遊女を意識してます。それで近世初期と近世後期の遊女の絵を並べたり、自分の髪型をデジカメで撮って並べたりぜひともしたかったのですが、一つの日記に2つ以上画像を載っける方法がわかりません。ついでに言うと文章の途中に画像を入れる方法もわかりません。だせえって言うな。■■学生ブログランキング→110位くらいです。ランキング現在1位のあおいさんのブログをリンクさせて頂きました。寄らば大樹の陰(自嘲)■■【小声で言っちまいな!!※自主規制発動中!!】芸者をやっていた時に聞いた話。京都の舞妓さんは髪を毎日きっちり結い上げるのでみんな頭のてっぺんが禿げてしまうんだそうな。それが見えちゃうからバックではできないんだってさ。
2005.10.23
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※ほぼ全文に渡って下ネタですので嫌いな方は見ないで下さい。少し前に井上ひさし「吉里吉里人」のことを書きました。そしたらばこないだ,私の友達に眞鍋かをりと安藤美姫をちっちゃくした感じの可愛らしい親指姫のような女の子がいるのですが,その親指姫さんから「ねえたまりん,吉里吉里人に出てくるお皿ってなあに??」と聞かれました。「吉里吉里人」を読んだ方ならわかると思うのですが,この本の主人公の禿げ作家がなぜか結婚することになる東北美人について,彼女は美人で気立ても良いのだけれど一つ欠点はあそこがお皿気味なこと,という記述があります。女性器のなんらかの形態らしいけれど,私も知りませんでした。年配の方や男性は知ってることなのかもしれませんが,母に聞くのもなんだし,喧嘩中音信不通の彼氏(そうなんです、ええ)にこういうことだけメールで聞くのっていくら私でも流石に憚られるし,まあナニハトモアレ文学研究科所属だし辞書をひいてみることに。余談ですが、昔、母と二人でボキャブラ天国を見ていた時に、童謡「森のクマさん」の♪ある日、森の中、クマさんに~↓♪ある日、森の中、クマ3Pというネタがあって、私は大変気まずかったのですが、母は「3Pってなあに??」と見事なカマトトぶりで、そのことからすると母はやっぱり「お皿」も知らないかもしれません。3Pってthree personだよおかっつあん。さて、調べましたところ。「広辞苑」→なし。「日本国語大辞典」→なし。(もちろん,「皿」本来の意味は載ってます)「隠語辞典」→なし。そしてついに,好色艶語辞典(笹間良彦・H12・雄山閣)にて発見。ええと…ここまでひっぱたら,全文引用するべきかと思いますが,それをすると保健体育の授業みたいだし,なんだかわけのわからん部位の名称がやたら出てきてそれらを説明するのは図が無くっちゃ結局無理。図??図なんて出したらせっかく今検索エンジンに登録申請しているのにアダルトサイトにひっかかってしまうじゃない(冗談ですけど)。まあ,そんなわけで省略。それにしても…。この「好色艶語辞典」の面白いことといったらないです。私の所属する大学はミッション系なので,この時期になると学際に向けてかクリスマスに向けての練習なのか,図書館にいると男性テノールで賛美歌が。賛美歌を聞きながら繰る艶書かなう~ん,なんとも言えぬ風情です。【明日使える豆知識1】 〈川柳〉金魚だよおよしと鰻入れさせず※読解のヒント→「金魚」は他には「赤玉」「月のもの」等の言い方があります。【明日使える豆知識2】〈「まち針」の由来〉「まち針」の「まち」は小野小町の「まち」。→小野小町と言えば絶世の美女。→絶世の美女だけれど,生涯男を寄せ付けなかったという逸話も。→男を寄せ付けなかった。→なぜ??→まち針って普通の針と違って,糸を通す穴がない。私はこういう下らないのが本当に大好きなのですが,だめですか?そのために大学院にいるようなものです,ええ。江戸の洒落本なんかを読むにつけ,日本人ほど性をあっけらかんと滑稽の対象にできる人種はないのではないかと思うのです。西洋と儒教の半可な知識で日本人の性意識はひねくれたんじゃないかと。 よく,「ヘアヌードが載っている雑誌が規制もなく,中学生でも手に取れる場所で売っているのは良くない。アメリカではしっかりと規制されているのに」っていう意見がありますが,あれは何なんでしょうか。どうしてアメリカに倣わなくてはいけない。確かに行き過ぎた性描写はどうかと思いますけれども,元を糺せば「性は隠すもの」という意識の方が不健全では。不健全が言い過ぎならば,日本の性に対する考え方とアメリカのとは違うんだからしょうがないじゃん,ということで手を打とう。このことについて語りだすと,春画・春本とか長屋の構造とか私の知識を総動員して熱く長くなりますので,今日はこのへんで。学生ブログランキング→→130位付近です。【小声で言っちまいな!!※自主規制発動中】『源氏物語』は光源氏がとにかくやりまくる話でレイプ場面も満載さ、と教えれば男子中学生はもっとこの古典に興味を持つようになるのではないだろうか。
2005.10.21
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大変気に入っている、私の担当教授のお言葉。 「本は読むな、めくれ」おかしな話ですね。どういうことかというと。大学院生、研究していると日々文献にぶち当たります。文献にもいろいろと種類はありますが、幾つかはものすごい分厚かったりする。それとか、あるいは辞書の類、近世文学では『廣文庫』とか『古事類苑』なんていう辞書・百科事典があるのですが、そういう基本的に目を通しておかないといけないもの。そういったものは、馬鹿正直に始めから一字一句読もうとするなと。とりあえず始めから終わりまで全てのページをめくってみろ。読まなくてよい。なぜか。めくっているうちに、必ず自分の興味のあるところに目がいくから。ただめくるだけのバカなんていない、と。ほんとにそうです。はじめっからだらだら読んでたって全てが頭に入るわけない。めくってるうちに自分の興味のある語に出会ったらイヤでも目が行きます。そこでその箇所に焦点を絞って頭にたたき込めば良い話。教授曰く、「何を見る時でも自分の研究内容と、どういった関わりがあるのか考えろ」とも。私の場合、「吉原」とか「遊女」とか「俳句」とか「洒落本」とかそういったものをホームとしてそこからアンテナを張っているわけだから、これらの語句が出てきたら取りあえず食いつく。そんで少しずつまわりのものを見ていくわけで。ろうそくの灯で洞窟の壁画を照らすように。別に大学で研究しているわけじゃなくても、これって実用書を読む時に便利な方法だと思います。やっぱりその時に自分が考えていること・関心を持っていることにドンピシャなことが出てくると、それだけ心が吸収しやすい。はて。今日は勢いあまって徹夜してしまったのですが、六時頃から妙にハイテンションでいけない。ハイテンションな割りには筆が進まないじゃないか。???すこ~し仮眠を取りたいところですが、今日こそは図書館に2ヶ月延滞中の本を返しに行かなくてはイケナイ。図書館から携帯に電話がかかってくるんです、最近毎朝。こわいよ。一昨日くらいから出ていません。二週間くらい前には葉書も来た。先輩で半年間延滞している方がいるんですが、どうやってこの電話攻めに耐えているのだろう。その先輩は「どうせこの本私しか見る人いないし」と言っていたが、ほんとそうですよね。こんな超マイナーな研究書、ずっと私の手元にあった方が幸せだ。学部生なんてろくに勉強しないんだしよう(偏見)。そうそう、学部生は図書館の本の貸出期間は1週間なのですが、なんと院生は基本的に2ヶ月借りられるのです。どうだ、すごいだろう。そんでもって余談になりますが、二日前からお腹が痛い。研究室で教授にライターの方を紹介して頂いたのだけれど、その時私が入れたお茶がどうも怪しい。ポットにふるそ~うな麦茶がパックが入ったままになっていて、よ~く洗ったのですが、やっぱ変だった。若い私は何て事ありませんが、ご老体のお二方が心配だ。眠たくなる前に着替えよう、今日は久し振りに晴れたし。ふむ。デジカメを持って歩くことを日課にしようかしら、と考えている今日この頃。行動範囲は家←→図書館の往復だけだのに!?でもいいじゃん、楽しそうで。→大学院生ブログランキングに参加してまっす。150位くらいです。ニャー!
2005.10.20
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【2003年に放送されたNHKの大河ドラマ「武蔵 MUSASHI」の第1話が映画「七人の侍」に酷似し、著作権を侵害しているとして、黒沢明監督の遺族2人がNHKなどに1億5400万円の損害賠償などを求めた訴訟で、最高裁第3小法廷(堀籠幸男裁判長)は18日、請求を棄却した2審・知財高裁判決を支持し、遺族側の上告を退ける決定をした。 NHK側勝訴が確定した。(読売新聞) - 10月18日】パロディのつもりで「NHKもたまには洒落たことするなあ」って言ってもらいたかったんだとしたら可哀想。
2005.10.18
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前回・前々回の日記でも書きましたとおり、ライターのお勉強会に行ってきたわけです。そこで引っかかった言葉。「名刺をもらったらもらいっぱなしにしてはいけません。必ず裏を返しましょう」すなわち、今はメールという便利なものがありますから、「お名刺ありがとうございました」でも「その後いかかですか?」でも「わたくしは今こういう企画を持っていまして」でもなんでもいいからしっかりアフターケアをしろと。コミュニケーションを切らすなと。そういうこと。話し手の方も仰ってましたが、この「裏を返す」って元々は吉原言葉ですよね。吉原のような上等な遊郭では、初会はまずごはんを食べるだけ…、二回目で口を聞いて…、三回目でようやく床へ…とか手順があるわけですが、お客さんが二回目に登楼することを「裏を返す」と言うわけで。「裏を返す」のはお客さんですから、正確に言えばクライアントに対して名刺のアフターケアをすることは、「裏を返させるための手管」なわけですが。前にもちょぼちょぼと書いたことがありますが、数年前、東京のとある地域で芸者のアルバイトをしていたことがあります。その頃の私、「裏を返させるための手管」がまったくもってなっちゃいませんでした。置屋のお母さんに「たまかちゃんは馴れてないんだから、無理しなくていいのよ」と言われていたとはいうものの、もう少し気合を入れてもよかったんじゃないかと思います。ここで私がしなかったことをあげるより、朋輩だったR子ちゃんの手管をあげる方が良いかと。まあ、当たり前のことばかりですが。R子ちゃんは私と同い年の女の子でしたが、G座のクラブに2年間いたことのある子でなんというか、しっかり仕事人のプライドのある子でした。私のかいま見たR子ちゃんの手練手管。・置屋に帰ったらもらった名刺の裏には必ず日付と料亭さんの名前、お客さんの特徴を書き込む・携帯の番号を教えてもらったお客さんには次の日に「昨日はありがとうございました」と電話。・もちろんメールもこまめに。・携帯の番号は知らないものの名刺をくれたお客さんには、会社に電話して、お礼を言う。・お客さんの少なそうな日には昼間から電話して「会いたい」旨伝える。・暑中見舞いなどの折々のお便りはあたりまえ。・お得意様にはお中元(確か)。あたぼーのことばかりですが、私は完璧にできた試しがありません。とりあえず、次の日の電話なんて忘れます。一度、翌々日に思い出して電話をかけたら、相手の方に「一日置いて電話をかけてくるなんて、珍しいな。さてはこれがお前のテクニックだろう?一日置いて私をさみしがらせようとしているのだな??」と勘ぐられたことがありますが、単純に忘れていたのです。恐らく今思うと、R子ちゃんはテクニックを私や他の女の子に気付かれないように(真似されないように)やっていて、私が気付かなかったことは多々あると思うのですが、ある時、「!これが!」という出来事がありました。それはずーっと前から通ってきているUさんというお客さんのお座敷でのこと。Uさんにはずっとお馴染みでお気に入りのお姉さんがいたのですが、R子ちゃんのことがその頃は気になっている様子でした。初めにR子ちゃんとUさんの座敷についた時には、R子ちゃんのことになんか興味のなさそうだったUさんでしたが、何回か顔を会わせるうちにいつのまにか仲良くなった様子。R子ちゃんはその日少し遅れていて、Uさんは前からのお気に入りのIお姉さんが隣にいるのに心なしそわそわ。Iお姉さんがちょっと立った隙に、私に聞いてきました。Uさん「たまか、今日R子はどうした?」私「もうすぐ来ますよ~、最近R子ちゃんお気に入りですね。」Uさん「あのな、これ内緒だぞ」私「え、なんですか??」Uさん「(声を小さくして)R子、オレに惚れてるらしいよ。電話で言われたのよ。私、Uさんみたいな人がタイプなんですぅって」もういいおじいさんが目をキラキラさせてそう言うんです。これ以上ウレシイことなどありませんというように。私、とても驚きました。だって「タイプなんです」なんてウソに決まってるじゃないですか。もちろんウソです。R子ちゃんは彼氏もいるし、Uさんより仲の良いお客さんは他にもたくさんいました。なんでそんな芸者の見え見えの言葉にひっかかるのかと。それも長年、花柳界に通い詰めているお客さんが。しかもUさん、結構もてる類のお客さんでした。「タイプなんです」「好きなんです」なんて単純な言葉。私は「手練手管」ってもっと複雑な仕草とか、目つきとか込み入ったものを想像してたんですが、そんなもんで簡単に落ちるのか、君らは。ははあ、なるほど…と思ったんですが、よく考えてみると、R子ちゃんが言ったというストレートな言葉、私言えません。はあずかしいというよりも、何で思ってもないこと思っても見ない人に言わなきゃならんのだって感じです。好きなら好きで、やっぱり言うの難しいだろうし。たいがいの女の子は口にできないことだから、言われるとウレシイのかもしれないですね。ふうん。私が芸者をやっていたのは、専攻が近世文学で遊郭文化も勉強していたから、ということもあって、やっぱり気分は腰掛け。プロ意識はもちろん、お仕事に対する責任感も「休まなければいい、お座敷でお酒を飲み過ぎて寝ちゃわなければいい」くらい。何が何でも稼ごうとかお客さんを引き留めようとか、そういう意地・根性がなかった。で、何が言いたいかをまとめますと、これからのお仕事は腰掛けじゃないんだから気張らなきゃいかんと。営業がニガテでもそんなことは言ってはいられんと。そんなことでございます。→大学院生ブログランキングに参加しています。
2005.10.16
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さて、前の日記に引き続きまして、名刺のお話。直すことなく、作った名刺を持っていきました。理由は3点 ・もったいない ・もしかしたら、渡さないかもしれない ・こんな自分を、よく見つめよう会場にたどり着くと、入ってすぐにもう名刺交換の嵐で、ライターくらぶみたいなものの会長のような方を囲んでの懇談会(勉強会)だったのですが、その人に名刺を渡そうと、行列。ワタクシももちろん、初めて作った名刺だなんていうことはおくびにも出さずしゃあしゃあとこなしました、名刺交換。それで今日ためになった、ライターのための名刺作成術の一部をみなさんにも無料でご奉仕。一言で言うと、詰め込めるだけ詰め込んで情報を名刺に載せろと。携帯番号・メルアド・自分のブログ・HPのURLはもちろん、これまでに出した著作や実績、得意分野、持っている資格、趣味、とにかく盛り込め!肩書きに「ライター」「企画・編集」とだけあっても始まらない、と。何ができる人であるかわからなければ意味がない、と。そうして、そんだけの情報を詰め込むためには名刺の裏表を使ったところで間に合わない。だから、そのお話をしてくれた会長さんのお名刺は二つ折り式のものでございました。そのぶん、ちょっと薄め。二つ折り式ですからスペースが4面できあがるわけですが、4面とも情報ぎっしり。おもろい。さらに二つ折りでは飽き足らず、ジャバラ式とか、長い長いスネーク名刺というようなものもあるんだそうな。ほんと、3000円(会費)払って仕入れてきた情報を惜しげもなく書いてしまうところが私の人の良いところ。だって面白いから誰かに言いたかったです。(ほとんどの方には関係ないお話ですが)さて、私が今二つ折りとか、ジャバラ方式の名刺を作ったところで書ける実績なんてありませんぬ。これから精進しまして、段階を踏んで、身のある名刺を作れるようになればいいなと。1年ごとに名刺作り直さないと、間に合わない、そんなふうに実績や得意技が増えれば…いいなあ…。まあ、第一弾としまして、この誤記名刺も悪くないかも。成長のしがいがあるよ。どうだ、このポジティブさ。思ったんですが、例えば大江健三郎とか村上春樹とかってどんな名刺を持っているんだろう。もう顔が名刺みたいなものだから名刺なんていらないんだろうか??例え持ってたとしましても、あの人達は実績なんて名刺に書く必要ないだろう…と、思うのです。実績を積んでふくれた名刺も、さらに大物になれば今度は逆にシンプルになるのかもしんめえ、そんなことを考えて、窓の外は秋雨。→「人生闇の中で手探り」文系大学院生に愛の手を。
2005.10.15
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生まれて初めて名刺を作りました。きっかけは、フリーライターの勉強会に出席する、ということで。学生は学生ですけど、年齢はしっかりと24才でありますので、これまでにもあっちの会合やこっちの合コンで、周りの方々がいそいそと名刺交換する輪に入りそびねてポツネンとしていることが多々ございました。今回はいよいよ学生生活に終止符を打つこととなりそう、さらにフリーライターでやってくぞという覚悟も固まった記念(怯えつつも)に、人並みに名刺くらい持たねばと、人生初のトライ。肩書きは一体どうしようか…と困りまして、うーん「ライター」って正面切って言うのはちょっとまだ気がひける…(今取り組み中の企画が出版されれば正面切って書けるけど)…「フリーター」って「フリーライター」と見間違てもらえそうでいいかもしれないけど…と、何日か考えたところで、あ、そういえば私って学生だった、大学院生だったということを思い出す。○○大学大学院…でいいんですね、肩書き。せいぜいあと五ヶ月、利用させてもらおう。さて、肩書きの決定したところ、あたりを見回して多分一番安く出来上がるんじゃないかと思われる「写真屋さん45」に飛び込む。私「あの、一番少ない枚数では何枚から作れますか??」店員さん「10枚からでも20枚からでもお作りできますよ」私「う~ん、じゃあ、20枚で」店員さん「あ、50枚までは何枚でも同じ料金なんですが…テヘヘ」私「あ、じゃあ、50枚で。ハハハ」店員「そうですよね、エヘヘ」と、いうことで作ったよ50枚。1680円。店頭にPCが置いてあり、フォーマットの通りに自分で肩書きやら名前やらメルアドやらを打ち込んで作成。早口の店員のお姉さんの説明では、「こちらでやったら4000円以上、自分で打ち込んで頂けるならなんとそれだけで1680円、半額以下」ということで、そんな商売ってどんな商売と思いつつ、もしかしたら正確には違うのかもしれないけど早口のあまりそのような説明としか聞き取れず、果たして私は自分でパチパチと打ち込んで初の名刺を作ることとなったのであります。その時点でふと嫌な予感はしていました。肩書きと、名前と、メルアドと携帯番号だけのもちろんモノクロ、味も素っ気もない名刺でございます。でもまあ、いいかと。一番初めての名刺だし、中身も伴わないのに名刺だけリッパでも仕方ないしね、と。そうして取りに行ったよ次の日に(安い!簡単!すぐできる!)。うん、やっぱりやってたよ。あちきは。私の学生証には「○○大学大学院文学研究科日本文学専攻博士課程前期課程」と、ながったらしい名称が書かれております。(修士課程=博士課程前期課程なのです)学生証に書かれているのだから正式名称なのでしょう、と、今まで履歴書にもこの長い名前を一字一句もらさず書いておりました。だから書いたよ名刺にも、そしたらさ。正しくは→ ○○大学大学院文学研究科日本文学専攻博士課程前期課程私の名刺→ ○○大学大学院文学研究科日本文学専攻博士課程前季過程あは。やってしまった。痛恨衝撃大ショックかと思いきや、そうでもありませんでした。率直な感想は、「うん、やはり」どちらかと言うと、メールアドレスの記入ミスを心配していたのですが、こっちだったか。こういう自分のうっかりには慣れっこだ。さくらももこのエッセイで、「昔は注射が怖かったのだけれど、今は大丈夫。注射の針の先端を見つめて、自分の腕に突き刺さっていくところをしっかり目で見て、うん今血を吸いとっておるな、痛いな、と自分で確認する余裕がある」という話を読んだことがありますが、私もそう、そんな感じ。「うむ、間違っておるな」、そんな感じ。もう仕方ないよ、うっかりはさ。しっかり確認しろよ、と思われましょうが、うっかりさんは何回確認したってやっぱりミスるんですよ、逆にしっかりさんは1回確認すれば、いえ確認しなくったってミスらないんですよ。そういう星の下なんですよ。ヘイ。いえ、作り直しはしませんでした。お金ないし。(つづく)→恵まれないパラサイトシングルに愛の手を。
2005.10.15
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なんか前のが長ったらしくなってしまったから、も一つ書こう。何故、今朝、いったんどん底に入りかけた気力が持ち直したかということ。ひさーしぶりに、高校時代大学時代の写真の数々を眺めていました。若い女の子にアリガチですが、私もその昔写真大好きっ子で、高校時代のものは軽く1000枚くらいあるんじゃなかろうかと思います。その後、保管をちゃんとしなかったことがあって、もう10分の1も残っていませんが。大学の部活の写真は爽やか(!)なものが多いんですけど、高校時代の写真はどれもこれもティーンの自意識過剰っぷりが遺憾なく発揮されている写真ばかりで、ここ数年遠ざけてました。気持ちが滅入っていた今朝、何の弾みか昔の写真が見たくなって、奥の方から引っ張り出してきて眺めてました。そしたらなんか。可愛かった。楽しそうだった。友達たくさんで。変なかっことかしてて。妙に元気が出ました。昔のバカな自分の元気をもらった。今もバカだけど。傍若無人、今やったらそれこそバカだけど。昔を振り返ってもいいじゃないたまには。落ち込んだ反動で論文を進める。→大学院生ブログランキングはやっぱり地味なのですが、大学生ブログランキングの上位の方達を見て、私はなんというか自分のブログ感を揺るがされてしまいそうです。とくとくと考えていると、ずぶずぶと深みにはまりそうなので切り上げます。また今度。
2005.10.13
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実は昨日の夜からずっとパソコンの前にいて、朝。実は全く論文が手につかなくて、朝。しょうがないからブログ更新しようかなと思ったのに、何も書けなくて、朝。愛なんていらねえよ、夏。恐らく、一ヶ月の中で低調期(鬱期)に差し掛かるところだったのでしょうが、つい一時間ほど前に復活しました。持ち直しました。そんなわけで。復活したから。ブログ書こう。論文執筆中ということで、学校ネタ。こないだ、学校の司書さんに「すみません、勉強不足で」と言わせてしまいました。しかも二人連続で。いじめたわけではないよ。文学なんてしらねえよ、と言う方にとってはちょっと込み入った話になりますのでスイマーせん。わけがわからなかったらさくりと飛ばしてください。でも興味のない人に、日本文学内輪話をわかって頂けると少しウレシイかも。ね。ええとまず、わたくしはAという名前の文献が必要だったのです。そのAという文献は江戸時代に書かれたものでして、国会図書館と、関西のK大学図書館と、東北のT大学図書館と、名古屋の公共図書館に、その原本があり、私はT大学と名古屋の公共図書館にある分のコピーを取り寄せたく思いました。この原本というのは、ここでは江戸時代に書かれたそのもの現物のこと。なぜわざわざ二箇所から取り寄せなくてはいけないかというと、文献Aは刊行された書物かはわかっていなくて、つまり刊行されたもの(刊本)が残っていなくて、作者の直筆本を何人かの人が手で写したもの(写本)が何冊かしか残っていないのです。写本となると少し厄介で、写した人によって多少の移動がないとも限らないわけで、私は今回ちょっとそこのところが気になったもので、ぜひこれを見たかったのです。中世や近世の文字で書かれた書物を、活字にして出版することを翻刻と言いますが、この文献Aも翻刻はされています。翻刻されたものは私の通っている大学の図書館でも見ることができます。さて。大学には便利な複写請求制度というのがあって、他大学や遠くの公共図書館にある文献の複写を大学を通して申し込むことができます。もちろん今回、この東北のT大学と名古屋の公共図書館について、私は大学を通して複写を請求することにいたしました。図書館のカウンターにて、複写請求申し込みの用紙に記入する時、「書名欄」「著者名欄」「刊行年度欄」はあるものの、請求する先の大学名がなかったことに「ちょっと変だな」とは思ったものの、記入して、提出。私「T大学と名古屋の○○図書館にあるこの文献の複写を申し込みたいのですが」司書さん「ハイ、少々お掛けになってお待ちください。(パソコンパチパチ)杉浦さん、この文献は当校にもあるようですが」私「…。ええと…。違うんです。確かにここにもあるんですが、これは翻刻されたものでして、私が請求しているのは原本の複写なんです」う~ん、わかりづらいでしょうか。例えば徒然草ありますよね。あれは「新古典文学大全集」とか「新日本文学大系」とか他にもいろんなところで読むことができますよね。それで内容は隈無く取ることができますが、あれから兼好法師の手跡を見るのは無理です。それを見るには原本を手に取ってみなくては到底わからないわけです。司書さん「…??そうなんですか…。それではT大学に問い合わせて見ます。連絡が取れましたら杉浦さんの携帯電話にご連絡差し上げます」私「あ、名古屋の○○図書館にもお願いします」司書さん「??どうして同じ物の複写が二点必要なんですか?」私「…」それから私はとつとつと、二点は人の手によってそれぞれ写されたものであって当然筆跡も違うし中には書き間違いもあるかもしれないし一番大事なことは序文や奥書の移動であって…ということを控えめに語りました。そうして司書さん「すみません、勉強不足で…」に辿り着いたわけであります。実はこれ以外にも事情がすんなり通じないことが何点かあって、次の日には少し上の立場(らしい)の司書さんが対応してくれたのですが、やっぱり「すみません、勉強不足で…」と、言われてしまいました。いえ、自分の大学のサービスにケチをつける気はないのです。図書館ヘビーユーザーとしては毎日顔を合わせる司書さんとは仲良くやっていきたいのです。だって、一日で母以外との会話が司書さんとしかない今日このごろです。(例「PCを貸して下さい」「ハイ、どうぞ。一時間ごとの更新制です」)ただ、私は院生が原本の複写を請求するなんてよくあることでしょと思っていたので、これくらいで右往左往されますと、他の院生のみなさんはもっと効率の良いシステムを利用してらっしゃるのかと心配になる!!私、バカなんですよ。人が絶対しないような間違いをいつのまにかしていることが今まで幾度あったでしょう。だからコワイ。本当に複写請求の手続きはこれで良かったのか。「人を疑う前に自分を疑え」私の過去の経験がそう言っている。はてさて。コピー出来上がるの一ヶ月後ですって。でもこれはマイクロフィルムになっていたから一ヶ月ですむのです。マイクロフィルムになっていなかったらあと二ヶ月かかっているところ(マイクロを作るところから始めるから)。論文締め切り終わっちまうよ。そして、コピー代は一枚50円。こんなことにびびってられるか。これが近世(以前)文学研究の世界。そうそう、私はこのブログを院生のお友達には教えていません。なぜって勉強ができないから。「あのバカ杉浦が生意気にブログで院生気取ってるよ。そんなことしてる間にくずし字マスターすればいいのにね、くすくす」そんな声が聞こえるルルル。被害妄想。そうそう2、大学院生ブログランキングに登録しました。いまいちまだ良くわかっていません。どうやったら投票なのか、どうやってカウントされていくのかとか、1クリックで1票?、??だらけです。
2005.10.13
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今多少酔っぱらってるということがありまして論文に専念といいつつ酔っぱらってるとは何事だという向きもありましょうが、なんというか、今会って二度目の人のおうちで2人で飲んでいたのですが(同性です)、こともあろうか、飲み始めて三時間目にして彼女がくうすか寝に入ってしまったのでわたしは彼女の押し入れから勝手にふとんを出してかけてやり、起きているときに彼女が「この部屋は冬はツンドラですよ」と言っていたことをかみしめつつ、自身もタオルケットにくるまれて、彼女のパソコンを勝手に起動してもきっと怒られまいと、ほら、そんなところにわたしが彼女に甘えているところが見え隠れするわけですが、キーボードのaの部分がぶっ壊れている彼女のパソコンを使いづらいことこの上なしと思いつつ叩いているわけであります。ブログを休んでからコメントをいただいた方々へのコメントもせずにこんなヒトリゴトをぶつぶつ書いていてごめんなさいとも思いますがそのあたりは酔っ払いに免じてご容赦いただきたいと思うのです筆まめな彼女は今日飲むということに関してもメールではなくて手紙を書いてよこし、「金欠ですので」「どうぞわがあばら家で」「ご自分の飲む分の飲み物だけご持参いただいて」と、わたしは三つ目の文を読んで思わず笑って「本当におもろい人だよ」と母に告げたらば「若い人はあ本当にいいよねえ」と昔の自分を思い返すように笑っていたわけでわたしは今日高田馬場で降りてからファミリーマートで買った黒甕のボトルと、家から持ってきたほうじ茶のティーバックをお供に彼女の家へ乗り込んだわけでありますなんというか、彼女はちゃぶ台のむこうかわで体を丸めて寝入っているのであり、パソコンでメールでお話していたとはいえ、会って二回目の人間に対してこんなに無防備でいいのかと人事ながら心配に思ってしまうのでありますとはいえ、本当にこの家は寒くて、わたし自分の家も寒いのですが外では巻いてなかったマフラーまで巻いてしまう始末ほうじ茶でも暖をとっていますさむい…さむい…もぞもぞと彼女が足を動かしているのを見て多分足先だけふとんの外に出ているのが寒いんだろうなと思いつつそうしたらばとつぜんの寝言マタニティとかインテリアとかなんとかもともと何やってらしたのあなたのおじいさんおばあさんとか、面白いイッタイどんな夢をわたしは意地悪ではないので、寝言に返事を返すとものすごく頭の中が混乱してしまうらしいということを知っているのでそんなことはしないのですmixiの彼女の紹介文で「料理がうまい」というのがあったので、多分きょうはおいしいものが食べられる、と思いながらやってきたわけで、最近といってもここ四,5日、昼夜が逆転していたわたしは夜中に炭水化物を取るというようなことを畜生め、食べて悪いってのかよう!と思いつつしていたわけでここに来て思ったとおり野菜が食べられてうれしいと思いつつも酒も一段落したところでチャーハンを食べているのであります。わたしは照れる性分なので、彼女に布団をかけるときに「ああ、ありがとう」とか目を覚まして言われることがなくって本当に良かったと思うのですこのまま終電がなくなるまでいてもいいのかと思いつつ、それまで彼女が起きないことを願う次第でありますもう今から帰るのってめんどくさい どうだそれではなにか音楽でもかけてみようかと思ってみたところでわたしには音楽の素養がないので何を選べば良いかわからぬそれで本箱を見に行ってみると、うちにもありそうだけれどない本がたくさん「二十歳の原点」を読み返してみようかと思いつつ、森まりの小説を初めて読んでみようかと思いつつ、やっぱりなんだか、自分で書きたくなって、これもひとつのおなにーなのでしょうが、パソコンを開いたらパスワードを入力してくだっさいと出て、これじゃあログインできないのか、こういう状況になったところで書けない、というのがわたしの人生かもしれない、と達観しかけたところで、なぜかパソコンの門が開いたわけでなんというか、気持ちよく、そしてゲロという意味で気持ちが悪く、ブログを書いているのです。そうそう、今度、大学院生ブログランキングというのに参加してみようかと思うのです。東京ドームで歩合のビール売りをハジメタ時もそうでしたが、競争に関わらずのほほんと生きたいという願望がある一方で、やっぱり競争してみたい、そしてできれば勝ちたい気持ちが、控えめに、控えめにだけいやらしくあるのでありますと、いうところで、一度アップしないと、消えてしまうかもしれないので、そうします
2005.10.10
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