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「平山あや」というタレントさんを見るたびに「イアアアアア」と、言いたくなる。ほらこの方、名前の最初の「ひ」以外は全て「ら」も「や」も「ま」も「あ」も「や」も母音がア。最初の「ひ」をとっかかりにして、それから一つあがって、あとはずっとフラット。そのフラットなぽか~んとした感じがどうにも憎めなくて、ね。そんなわけで、人の名前を聞くとたまに音便に置き換えてみたりします。「さやか」とか私の「たまか」もそうですけど、「アアア」って並ぶと何だか明るい感じ。「あつこ」とか「なつこ」って「アウオ」でいっこずつ飛ばしてぽんぽんぽんと着地する感じがキレイ。「ともこ」って「オオオ」でメールで打つのがめんどくさい。友達で、アからオまで全ての母音が名前の中に入っている子が1人だけいます。しかも、「ん」まで入っている。その上、母音の重複はなく全てキレイに一音ずつ。有名人ではないのでその名を書けないことが残念ですが、これはなかなか貴重ですね。今度は母音が「アイウエオ」の順に並んでいるお名前を見つけたいものです。「秋末ゴン」みたいな。「梶ムメ子」みたいな。ストレートフラッシュですよ。よく姓名判断って漢字の字画で行いますけど、音での占いもあってもいいのにな~と思います。
2005.08.31
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とにかく、外国の人が日本を題材に撮った映画は興味が湧く。キルビルとか。こちら日本人側から見ると「おいおい」って思える日本観・日本描写でも、それが面白い。何気なく映る東京の街並みも目新しく思える。「異邦人」の目で見る東京、日本。私は自分の作ったメールや文章を何回も読み返す、しかも他の人になったつもりで読み返すことをよくするナルシストなのだけれど、外国人の撮る日本または日本人を主題にした映画を見る時も同じ楽しさを感じる。ソフィア・コッポラは「トウキョウ」を舞台にしようとはじめに考えて、それからストーリーを作ったのか?それともストーリーを大体考えてから、これに似合う都市は「トウキョウ」だと思ったのか??それが知りたい。この虚無感、虚無感というよりはもっと浅い感じ、煮え切らない物思い、倦怠、くだらなさ、白々しさ。確かに世界中のどこよりトウキョウに似合う気がする。それ程世界を知らないけれど。好きなシーンはスカーレット・ヨハンソンがホテルの部屋に紙で作ったサクラを飾るところ。サクラはいい。とにかく淡々と進むストーリー。特別な事件が起こるわけでもない。主人公たちの倦怠は描写されるけど、その理由は画面を見ている観客にゆだねられる。こういう映画って、自分の心の状態が映画の周波とぴったり合ってる時だと心にすとんと落ちて納得できる。残念なことに今回は私の波と合っていませんでした。見ながらそれ程、映画の気分に乗ることは出来なかったのだけれど、今思いかえしてみると結構いいかも。ちょっと今酔っぱらってるってこともあるかもしれましぇん。スカーレット・ヨハンソンは「ゴースト・ワールド」で見た時からかわいーと思ってました。ベネロペ・クルスを「オール・アバウト・マイマザー」で見て、その後もそうだったけど、「あ、この人好み、魅力的、好き、かわいー」って思った人がその後どんどん売れていろんな映画に出るのを見るのってちょっとさみしい。「あ、みんなかわいーって思ってたんだ、私だけの発見じゃなかったのね」みたいな。自分がいいと思っていたファッションが流行る時のような。結局自分独自だと思っていた好みも大衆的だったってことで、ハイ。でもヨハンソン好き。彼女も渋谷を歩いたのだと思うと、渋谷がちょっと素敵に思える。
2005.08.30
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古谷実「ヒミズ」こないだまでヤンマガに連載されていた「シガテラ」もそうですが、稲中の古谷さんがこういった方向に行くとは誰が思っていたでしょか。内容にはあえてあまり触れません。古谷さんは、現代の青少年を取り巻く状況の虚ろさや過激さや危険さやどうしようもなさを一人で背負い込んで悩んでいるように思える。正解はたくさんある。正義もたくさんある。なにが正義かわからない。出口がない。いくら考えても考えても、結局は狭い十代の世界。その狭さに気づいてみてもどうすることもできない。じっと十代が過ぎるのを待つしかない。人類普遍の問題だけれど、古谷さんがそれに重ねて描くのはいつもの日常のすぐ隣にある異常。残酷なことは世界のどこでも起こるけれど、「平和な秩序が保たれている」日本で、「一見つながっているように見えて実は個々に、狭いコミュティに断絶されている」都市で、それは前触れなく訪れる。そう書くと岡崎京子を想起するが、岡崎京子の描くものは「ヒミズ」「シガテラ」に比べるとまだ整然としている。彼女なりの答えを彼女は漫画の中に示している。「ヒミズ」の作者はまだ迷っている。彼は深い絶望を持っているのではないだろうか。「自然の正義には、秩序がない」そう思っていないだろうか。漫画のストーリー展開のセオリーから外れた彼の作品を読んでいると、そう感じる。
2005.08.29
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見に行こう!と決めている方は読まないで下さい。ませませ。一行目からネタバレです。~~~~~本当に怖いものが映っている映画かと勘違いして見に行ってしまいました。たまにこういうおとぼけをします。なぜ勘違いしたかというと、次のような作品紹介を見たから。「2004年○月(詳しく忘れた)、怪奇作家小林雅文の自宅が全焼し、焼け跡から妻の焼死体が発見された。小林は2005年現在も行方不明中。 小林が行方不明になる直前まで手掛けていた映画「ノロイ」の撮影テープを元に、取材班は独自の調査を開始した。 徐々に明らかになるおぞましい事実、奇妙な符合。最後に撮影されたテープに映っていた映像を信じるか信じないかは、あなたの自由です…」この前半部分。「小林雅文さんっていう作家さんが現在も行方不明中」だっていうこと。これは映画での設定ではなくって現実のニュースでも取り上げられている真実…っぽく書かれていたんです。それでワタシは「あら~、コワイね~、絶対怖いものになんかされたんだよ、世の中にやっぱり不思議なことっていっぱいあるんだな~、こんなのほんとに映画館で上映しちゃって平気なのかしらん」と思ってしまったんです。バカですか??いまどき小学生でもこんなのにだまされないでしょうか??もちろん、映画を見た限りでは小林さんは現実に失踪しているのではなさそうです。おくさんも亡くなってはいないでせう。見所があるとすれば…??霊感体質アイドルの子の、広末を彷彿とさせる喋り方でしょうか。こういう映画で死ぬ役になる人たち(たくさん死んだのだが)、なんだか不吉で気の毒だ。あ~あ、時間とお金損したな。ちくしょー。
2005.08.28
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湘南の海を見下ろすレストラン「ドルフィン」に毎月一度集まる美女達。毎回見たことのないワインを持ってきては楽しむ一種異様な美しさを持つ彼女たちに、オーナーの木原氏は徐々に興味を惹かれていく。大人の女よりも、美少女よりも、美少年…。「生」の赤ワインを楽しむのなら。→倉橋由美子「ヴァンピールの会」はこちらの短編集に収録されています。
2005.08.27
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須賀敦子著。関川夏央解説。初めて自分で全集を買ったのが、須賀敦子さん。新聞で紹介を読んで、文庫本を一冊買って、半分ほど読んだところで、これこそが私が読みたかった文体だと気付いた。今ここで見ているような、あ然とするような記憶力で語られる丹念な描写、鏡の中の鏡に入っていくように時と場所を分け入っていく構成、突然読者を余韻の中に置き去りにする終わり方。繰り返し読んでは泣いた。戦中戦後をカトリックの学校で過ごし、大学を出てからはヨーロッパに留学、イタリア人の夫と結婚し、たった数年で死に別れ、日本に戻ってからはイタリア語の翻訳や大学の教授を勤めた。作家活動は、晩年のわずか八年間。計算された入念な構成から感じることは、彼女は人生に対して、自分自身の文学に対して、決して妥協を許さない人だったのだということ。その真摯すぎる姿勢のために、作家として書き始めるために50年、かかったのだろう。須賀さんの文章の根底には、喪失感がある。父母を、弟を、たくさんの友人を、そして最愛の夫を失ったことからくるものなのだろうか。それとも。どうして生きるために、自分の道を探すために、自分の文学を追究するために、こんなに苦しまなくてはならなかったのだろう。そう思って、泣けてしまう。だけど同時にこんな風に生きたいと、そう思う。「自分の国について語ることがなくて、どうして外国語を話せるようになるだろう」そう思って大学受験の時に日本文学科を選んだ私の選択を、私自身のこととして間違ったことだったとは思っていないけれど、大学に入る前に須賀敦子さんの文章を知っていたら。もう少し広い視野を、多い選択肢を持てたかもしれない。そう思う。
2005.08.26
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東京湾岸。岸からはほんの数百メートル。ちょうど日が沈んだ頃に、榎吉の乗ったヨットは動かなくなった。原因はプロペラに挟まった子供用の靴。「かずひろ」と書かれたその小さな靴を取り除けば、ヨットは動き出すはずだったのだが…。夜、真っ暗な海の近くを歩いていて、引き込まれるように錯覚したことはありませんか?「彼ら」は黒々とした海の底から、あなたをじっと見ていたのかも知れません。→鈴木光司「夢の島クルーズ」は、こちらの短編集に収録されています。
2005.08.26
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西原理恵子「毎日かあさん」や杉浦日向子「百物語」など、最近うちにある漫画をせっせと餌付けのように恋人プーさんに貸しているワタクシ。プーさんが今はまっているのがこちら、「めぞん一刻」。我が家でトイレに入ったプー、出てくると片手に「めぞん一刻」。「これ、おもろいね、貸して」と言ってそのまま持っていきました。うちのトイレには「サザエさん」全巻と「いじわるばあさん」全巻と「エプロンおばさん」全巻と「めぞん一刻」全巻と、「ちびまる子ちゃん」「じゃりんこチエ」「小さな恋の物語」がそれぞれ何巻かずつ置いてあるのです。家族揃って漫画大好き。かっこつけて「愛読書はチ、チボー家のジャック、オホホホホホ」なんて言ってますが、本当は父も母も姉も私も漫画の方が好きなのです。そんな我が家でアンケートを採ったら、必ずBEST3に入るであろう「めぞん一刻」。母も、「(作者の)高橋留美子さんは小説家顔負けのストーリーテラー」と絶賛してます。知らない方のために簡単にストーリーを説明いたします。おんぼろアパート「めぞん一刻」で起こるドタバタ劇。全十巻(昔出ていた少し大きめの版では全15巻でした)。以上。ええと…去年くらいに電車の中で「めぞん一刻」の広告を見まして、それだと「ちょっと切ないほんわかラブストーリー…」みたいなことになってたのですが、純愛ブームの中で売り出す側としてはそういうことにしたかったのかもしれませんが、「めぞん一刻」はそんなチンケなもんじゃないぞ!と私は言いたい。確かに、主人公五代さんと管理人の響子さんがくっつくかくっつかないかが核にあるのだけれど、二人を取り巻く人間モヨウの面白さにこそ「めぞん一刻」の神髄があるのではないかと。憎めない登場人物達。喜怒哀楽の全てを、ギャグが包む。つくづく、滑稽でなければ悲哀もないと思います。作者は恐らく人の心の揺れ動く様を掴むことがとても上手い。でもそれをあからさまに描写するのではなくって、軽いノリで描いている。あくまで漫画。その押しつけがましくないとこがいいんです。女性の裸をとっても可愛く描くのもこの作者の特徴。小学生の頃は、大人になったらこういう体になれるんだと、勘違いしていたものです。ほんとにオススメ「めぞん一刻」。漫画喫茶にでも行ったら読んでみて下さい。検索してみたらマニアの方の「めぞん一刻」研究HPがたくさんあって、べべべっくりしました。付け足しになりますが、そして読んだことのある方にしかわからないことでありますが、響子さんの父は我が家の父に生き写しです。モデルはうちの父ではないかと思うくらい。5頭身の体格といい、頑固で涙もろい性格といい、もうそっくり。
2005.08.25
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婚約者と両親を事故で一遍に亡くしてから、虚ろな気持ちのまま自宅でピアノ教室を開いている「わたし」。ある日、同じように事故で夫と息子夫婦を失った「市村さん」という女性が、孫娘「ミミ」を連れてやってくる。遺された孫の心を少しでも癒すためにピアノのレッスンをしてほしいというのだが…。孤独な心が孤独な霊を呼ぶ。この世の物ではないものへのシンパシーは、禁物。→小池真理子「ミミ」はこちらの短編集に収録されています。
2005.08.25
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愛犬きよじとの散歩中、顔馴染みのワンコ連れでも初めてみるワンコ連れの方でも、なんとなくお互いの犬同士がいい感じっぽいと、飼い主同士暗黙の了解で(こんにちは~とかは言うけど)二匹をじゃれさせてあげたりする。そんな時、たまに耳にする言葉。あちらの飼い主さんがきよちゃんのことをちょっとなでてくれたりする。その後で。「あら~、○○ちゃん(自分ちのワンコの名)やきもち焼かないのっ!」見るとさっきまできよちゃんと楽しそうにじゃれていたそのワンちゃんが、一歩下がって悲しんでいるようにも怒っているようにも見える顔つきで佇んでいる。「ね~、ほんとやきもち焼きで困っちゃう…」なんて言いながらも飼い主さんは嬉しそう。「そうなんですよね~」と、話を合わせている私ですが、ここでカミングアウトします。わたし、きよじにやきもち焼かれたこと、ありません。他のワンコをなでている私を見て、きよじが寂しそうにしていたこと??ないないないない。ワンコとじゃれるのも好きだけれど、それ以上にその飼い主さんに可愛がってもらうのが好きなきよじ。私が寂しそうに待っていたことならありますけど。大体きよじは由緒正しい紀州犬のくせに、八方美人過ぎるよ。それも犬に対してよりも人に対して。初めてきよじと会った時、ケージから出てくるなり私の手をペロペロと舐めてくれてたのを見て、「これは運命の出会いだ!」と感動したのですが、一緒に暮らし始めてみて気付けば、構ってくれそうな人にはとりあえず寄っていく彼女。そりゃみんなと仲良くするのはいいことだけど、一番可愛がってるのは私なのに。心に太陽を。きよじにはジェラシーを。「お姉ちゃん、その子とそんなに仲良くしないで…」そんなきよじが見てみたい。見てみたいったら見てみたいんです。
2005.08.24
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バイト先で47都道府県テスト。47点満点中19点…。今時の大学生がバカなんじゃなくて私がバカなんです。ええ。もう偉そうなこと言わないようにしよう。いえ、言うけどね。「殉」の偏は「しかばねへん」って言えるので許して下さい。
2005.08.23
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若いとはバカい。恋とはコワい。ウキキキキキキ
2005.08.23
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「蚊にさされた」と言うことが出来なかった、幼い頃。何度言っても「カニにさされた」姉にケラケラ笑われても、何が可笑しいのかわからず、憤然。
2005.08.22
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二十数年間我が家で使っていたピアノが、今日引き取られていきました。使われなくなったピアノを海外の子供たちに届けようという活動を新聞で見た母が、電話をかけたのです。実は二年ほど前まで、ピアノを続けていました。はじめたのは多分、三才くらい。そう書くと多くの人は「それならかなりの腕前なんだろうなあ」と思われるかもしれないのですが、いや、もう、それが。相当ひどいですよ。下手の横好きもここまでくれば天晴れですよ。…いえ、実は、本当のことを言うと。一番練習を熱心にやっていた高校の頃以来、「才能はないけど、音楽の楽しさはピアノを通じてわかってる」くらいの自信はありました。大学院1年目に、さすがにこの年で学生を続けて、道楽にも金をつかうなんて…と思いやめたのですが、その2,3ヶ月後。テレビのワイドショーで「金持ちのお嬢ちゃま特集」をやっていました。厚化粧でキンキラフリフリのお洋服を着た母親の横に、いかにも着せられた衣装のお嬢ちゃま。将来の夢は「お父様みたいなお医者様」ですって。はあ、別にいいんじゃないのという気分で見ていたわたくし。最後にレポーターが「では●●ちゃんの得意なピアノの腕前を披露していただきましょう」と言った時も、どうせお遊戯会に毛が生えた程度でしょ、そんなもんテレビで放送するようなものかっ!と思っていました。そうしてはじまった演奏。え…??うますぎ…しっかりとしたタッチ・姿勢。基本がしっかりとできている指づかい。譜面に忠実な演奏。当たり前のことばかりですが、どれも私がついぞ出来なかったこと。思えば小学生の頃、バイエルやらツェルニーやら基礎の練習をちっとも真面目にやらなかった。別に下手でもいいから気ままでいい、基本なんてどうでも…そう思っていた私のピアノ。たかがこれだけのことなのですが、何かがポッキリと折れてしまって、それっきりピアノに触れることはありませんでした。本当に一度も。それまで一度も伸ばしたことのなかった爪も伸ばしはじめて。最後に一度くらい弾いてあげれば良かったかもしれません。私もお姉ちゃんもあんまり上手くなかったけれど、それでもピアノは結構楽しかった。ありがとピアノ、そしてさよなら。今度は才能のある子に弾いてもらえるといいね。そんなことを祈りつつ…。~~~~余談ですが「○○に毛が生えた程度の…」という表現を使うたびに、昔読んだ藤子不二夫F作「エスパー魔美」の、魔美のボーイフレンドの高畑さんが言っていた「お言葉ですが(略)○○に毛が生えたという表現の毛とは、思春期に発生する生殖器の陰毛のことを意味していて…」という言葉を思い出してしまいます。エッチだったなあ、あの漫画。
2005.08.21
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ひっさしぶりに美味しいコーヒーを飲みました。コーヒーのうまさまずさを云々言えるほど通ではありませぬが。最近、コーヒーと言えば缶コーヒーかカップコーヒーしか飲んでいませんでした。お店で飲む場合も、ランチにセットでついてくるコーヒー程度。ひさびさに珈琲専門店で飲むホットコーヒー。にゃ~。母のおごりであるのをいいことに、陰干し珈琲を二杯も飲んでしまいました。思えば、最近「おいしいな~」と思いながらコーヒーを飲んでいなかった。日々の習慣の一部として飲んでいた。苦くて酸味があっておいしいわけではないコーヒー。それでも飲みたいコーヒー。カフェインの中毒性??なんとなくシャキッとするから??もしかすると、美味しいコーヒーを飲んだ時の至福を、殺伐とした日々の合間に想起しようとしているのかも知れません。まずいコーヒーでもとりあえずはコーヒー。バイト中に飲むコーヒーでも、オフにゆったり喫茶店で「めぞん一刻」を読みながら飲むコーヒーと、原料は同じ。学生や若い人に人気らしいスターバックスに、私はあまり行きません。1人では絶対入りません。なぜならば、金がないんだ!!!スタバでノートを広げている学生を見るたびに「金持ちだなあ」と思います。図書館でいいじゃないですか(と、こぶしを握りしめる)。1人でちょっと暇つぶし?そんなヒマ、あるかっ!フラペチーノとかなんとか、甘い飲み物もあんまり好きじゃないし。出世したらばおいしいコーヒーを小粋なカッフェですまして飲もう。それまでは缶コーヒーをカプカプ飲んでればいいもの。年取ってから「ウフフ、缶のブラックコーヒーは私の忍耐の味です」って言ってみたい。キャー、嫌味。
2005.08.20
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最近、怪談をよく読んでいました。バイト先で怖い思いもしました。そうしたらば、今度、怪談についての本の執筆のお手伝いをすることになりました。今日、その本を執筆される作家さんにお会いしてきたのですが、話しているうちに元々は宮沢賢治を研究されていた方だということがわかり。その方に会う2時間ほど前に、友達から靴のセールに行こうというお誘い。作家さんとの打ち合わせが思ったより早く終わったので、セールにも出かけました。実はその友達も卒論で宮沢賢治を研究した子。今日うちの母は、長年家族ぐるみでお付き合いのある一家と一緒に花火大会に行っていたのですが、そこのうちの美人なお姉さんも友達と同じ大学出身で卒論宮沢賢治。偶然って面白い。東京ドームでビール売りのアルバイトをしていたことがあります。樽を背負って観客席の合間を行ったり来たりするアレです。その頃も常々感じていた偶然というのがあって。売りながら「あそこに座ってる緑の髪の人、目立つな~」なんて思ってると、次の日もその席に緑の髪の人が座っている。緑の髪という共通点はあるけれど、別人なのです。金髪に近い茶髪でピンクのキャミ、あの子かわいいな~と思っていると、次の日も金髪・ピンクのキャミの同じくらいかわいい女の子がそこにいたり。ひろいひろ~い東京ドーム。席数が幾つあるのか知りませんが、「緑色の髪の人を惹き付ける席」とか「派手めで可愛い女の子を呼ぶ席」とかが存在するのだと思います。外野以外は全席指定席なわけですが、きっと何かの巡り合わせがそうさせるのでせう。人知を超えた自然の偶然、きっとあるはず。そんなことを信じている今日この頃です。宮沢賢治が怪しのものが見えた人だったということを、今日初めて知りました。
2005.08.20
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ビデオを借りに行ったものの、借りたい目当てがあるわけでもなく、「あ、そうそうこれが見たかったの」ってものも見つからない。そんなこと、ありませんか??そんなたらたらとした気分で、恋人のプーさんと二人、「じゃあ、タイトル聞いたことあるからこれでいっか」と借りてきたのがコレ。1日目プーは開始15分後、私は開始30分後に熟睡。エンドロールもちょうどラストでなぜか二人とも目が覚める。つまらなかったわけではなくって、疲れていたのです。面白いか面白くないか見極める前に寝ていました。2日目次の日は仕事なのだから無理して見なければいいのに、せっかく借りた2泊3日、無駄にしてなるものかと貧乏人根性を発揮。見ました。う~ん。5段階評価をするならば1.5くらい。有名新聞社の若手記者が捏造記事を量産していたという事実に基づいたお話なのですが。あまりに語り口が単調。意外性もなし。なぜ捏造をしてしまったのかという主人公の心理に迫ることもなく。だから彼に同情も共感もできない。ラストもなんだか、つじつまを合わせただけに思えて。ではどこを評価できるか???え~~~~と、う~~~んと主演の演技…かな…??
2005.08.19
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大変おそ~~くなったのですが、おばあちゃんちでのお盆の様子を。母の実家は静岡県、富士山がきれいに見える町です。町、といってもばあちゃの家は町の端っこで裏はすぐ山ですが。水道の水は東京と違ってキーンと冷たく(富士山の雪解け水だからと小さい頃から教えられているのですが本当かな?)、蛇もとかげも蛙もいるよ、夜はまわりになんにもないから真っ暗、じいちゃばあちゃの語尾には「にゃ~」か「ずら」。小学生の夏休みに縁側で昼寝をしていて突然、「ゆったりした時間の流れとはこのことだ!」と感動した覚えがあります。さて、今回はばあちゃの初盆。ばあちゃ(母方の祖母)は、今年の春に他界しました。体の不調を訴えて今年の初めから病院に通っていて、結局癌でした。1月、2月、3月初めと病院に行ったのに、いずれの時にも病院からは癌の診断は下されず、ただの体調不良とだけ。3月終わりに母と二人で検査に行き、また「何もありません」と言われたのですが、母があまりの祖母のつらそうな様子に「もう一度検査してください」と食い下がって検査してもらい、その後に下された結果が「末期癌」「余命3ヶ月」でした。見つけにくいところにある癌だったようですが、「お医者さんがなんでもない、今度来るのは来月で大丈夫ですと言ったから」と激痛を我慢していた祖母を思うと胸がつまります。学校もそこそこに戦中戦後もずーっと畑で働いて、生まれた土地から出ることを考えたこともなかった祖母。「お医者さんのような偉い人の言うことは絶対」だったのだろうと思います。癌と診断されてから他界するまではたった二週間半でした。もちろん告知はしていません。体の中にカメラを入れる検査をして、結果的にそれが体に負担をかけてしまったらしくその後意識が戻りませんでした。親戚の間で「病院を訴えては」という話もちょこっと出たのですが、1月に発見されたところであまり変わらなかったかもしれない、祖母は高齢だし一昨年に叔父(母の弟)が亡くなってからは精神的にも弱っていた、訴えたところで祖母は返ってこない、争うことで余計に祖母の死を苦いものにしたくない、そんな理由で結局、叔母(母の妹)が病院に口頭で文句を言ったくらいでした。最後の検査のための「親族承諾印」を言われるがままに押してしまった母は、こういう時のためにもう少し病気のことや病院のことを勉強しておくべきだったとしきりに悔やんでいました。祖父との最後の会話は亡くなった日に面会に来た時の別れ際、「お父さん、そんな格好じゃ風邪ひいちゃう。帰ったらもう一枚着なよ」だったそうです。母の作った俳句で祖母のお棺にも入れたもので、 母ならば草木の匂ひをきっと言ふというのがあります。(ムスメとしていい句だなあと思ってます。親バカばらぬ子バカですが)この句のように、本当に草や花が好きなおばあちゃんでした。庭(半分畑ですが)には盆栽や花のプランターがいっぱい。たまに朝早起きしておばあちゃんの「水やり&見回り」に付き合うと、それぞれの鉢の前で「ここのは去年は元気なかったけど今年はきれいに咲いた」「これはこないだもらってきて植え替えてあげた」なんてことを話してくれました。叔母・母・祖父と歩いていける距離にある畑の中にあるお墓へ。卒塔婆を置いて花を供えて水をあげて。おじいちゃんはそこらの草ぬき。見るとお墓の裏に青蛙が一匹。叔母に言うと「あら、おばあちゃんじゃない?」「みんな、わたしは今蛙になったよ、なんて言ってるよきっと」横にももう一匹。そしたらこっちは叔父ちゃんだね。甘いものと氷川きよしが大好きだったおばあちゃん。ほんとにどうにもしめっぽくなっていけませんね。仏さんの御膳を盛り忘れてしまった母と叔母。祖父はぼそっと「そりゃ忘れられるわ。ちょっとくらい出てくればみんな忘れないじゃねえか。でてくりゃいくらでも食わせてやるよ」なんてつぶやいていました。やっぱりお父ちゃんが残される方が切ない。ところで…祖母の母、私のひいおばあちゃんは96才という長寿を全うしました。彼女の誕生日は私と一日違い。しかもひいばあちゃんは1900年生まれ、私は1980年生まれとちょうど80年違い。2000年まで生きていてくれれば、私は成人、ひいおばあちゃんは100才と一緒におめでたいところでした。戒名には私の名前の一文字と同じ字が入っていて、私はなんとなくひいおばあちゃんと孫のうちで一番、縁が濃い(というのかどうかわかりませんが)のは自分ではないかと思っております。私もひいおばあちゃんも11月生まれなのですが、妊娠中の姉の予定日も11月。お墓でそんな話をしていてふと母が「なんだかお姉ちゃんの子供も女の子のような気がする」と言いました。東京に戻るとすぐ、母の携帯に姉から「検査の結果では女の子の可能性が高いみたい」きっと可愛い女の子に違いないね。
2005.08.18
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↑愛用のカップ二つです。でかい方に水やお茶、小さい方にコーヒー・紅茶を入れて飲みます。カプカプと。
2005.08.17
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母の実家・静岡県から帰り、早速PCを立ち上げますと、高校の時所属していた水泳部のメーリングリストが一通届いていました。部活のメーリングリストと言っても、同期の仲の良い7人ほどでまわしているもの。メールを送った主はなんちゃん(仮名)というのですが、彼女が青年海外協力隊に受かったよというお知らせ。昔から英語が得意で、国際的な仕事に着くのが夢だった彼女。大学に入るとあれよあれよの間に留学してしまい、日本に帰ってきたかと思えばまた留学。たまにくるEメールでは「カンボジアで地雷に気をつけながらおしっこした」だの「東洋系フェイス、アメリカでもてまくり」だの、水泳部の間では「なんちゃん今日本にいるの?」が合い言葉に。昨年からは国連の国際会議に日本代表として・・とか。いつでも圧倒される彼女のパワー。水泳部の頃は得意はブレスト(平泳ぎ)。メーリングリストでは第一志望の案件に通って良かった、帰国後はアメリカの大学院に行って、その先は「国連とか世銀で国際協力のスペシャリストとして働きたい」というようなことが活き活きと、オールウェイズぽじてぃぷしんきんぐアンド少しのナルシズムで語られていました。ひとまずじっと手を見たわけですが、それはさておき。いやあ、おめでとうなんちゃん。あなたの有言実行に乾杯。強い人というのは一見強引でまわりを気にしないように見えるけれど、他の人の何倍もの荒波と闘って打ち勝っているのだろうね。なんちゃんの前向きさに励まされ、やっぱり大いに焦らされ。なんちゃん以外でも水泳部の同期は、庭師だの大工だの絵本だの兼業人妻だのなんだかめちゃくちゃすごいらしい外資系医薬品会社(?よく知らない)の研究職だの、なんだか各自大胆不敵に頑張ってる。「結婚はまだいいけど、子供生むのはやっぱ体力のあるうちじゃないと・・、う~ん仕事との両立・・」なんて呟きながら。(全員女・1人以外未婚)今日は私も少し前向きに。人の役に立ちたいなんておこがましいね。まず自分のためになることをちゃんとしないと、人の役に立つことなんてできないね。今のうちに恐れずに仕掛けなくては。あああ、人より長く子供でいてしまったから、人よりずっと長生きしたい。でもいかにも生命線が短いなあ。
2005.08.16
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京極夏彦作。日がな一日縁側で本を読んでいられる母の実家でぽけーっとしていました。バイト先のえらい方に貸して頂いた「嗤う伊右衛門」と「巷説百物語」を。「嗤う伊右衛門」ご存知、四谷怪談の伊右衛門。四谷怪談では伊右衛門は根っからの悪人で、お岩さんを騙して毒盛ってあげく殺してしまうわけですが、京極版の伊右衛門は誠実の塊。そもそも、伊右衛門が毒を盛ったせいでお岩さんが目が腫れてしまうのではんなく、結婚する前から既にお岩さんは醜い「疱瘡」の跡があって、それを承知で伊右衛門は結婚。と、根本的にストーリーは違いますが、おどろおどろしくまがまがしい進行は同じ。途中、若い娘さんに起こる災いは犯されることだけか!とか(「巷説百物語」と合わせて)、夫婦喧嘩の描写は女性作家の方が上手いように思うのはなぜだろうとか、思うことはいろいろあったのですが、ラストが圧巻。「終わりよければ全て良し」と思っているので、ラストにあれだけ納得感動できればOKです。どういう意図で新しいお岩・伊右衛門像を描いたのかわかりませんが、従来の伊右衛門に騙されて一方的に被害者であり続けるお岩さんよりも、「嗤う伊右衛門」で愛されているお岩さんの方がずっと悲しい。華々しいインパクトと迫力でいったら、それは元ネタの方が有利に決まってますが、「嗤う伊右衛門」は深みで勝負。江戸庶民はこんなじれったくてしめっぽくてまだるっこい心理劇は受け付けなかったかもしれません。シンプルイズ強烈。それにしてもラストは良かったな。映画ではどうなってるんだろう、とTSUTAYAに行きたくなりましたとさ。■■後日付け足すかもしれません。今日はもう眠たくて■■
2005.08.15
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浜駆ける肌に暑さをまとわせて 遠くに声白きばかりの夏の浜 空も海も浜の白さの昼寝覚め8月10日鎌倉・由比ヶ浜に着いたのは午後の3時半。なぜせっかくの一日鎌倉観光、そんなに遅い到着なのか??さかのぼること前日の午後10時。ベットでうたた寝する私。(ベットで寝るのはうたた寝ではない、というツッコミはなしで)(どうせいつものように12時頃には目が覚めるだろう、それからいろいろ明日の鎌倉の用意すればいいし…)ご一緒するお相手とはまだ、何時に出発、どこをまわるなどの予定は全くたてていませんでした。ご一緒するお相手、まあ彼氏なんですが、ここで(便宜上)ニックネームをつけるのならば、おなかのぽっこりがチャームポイントのプーさんということで(プーさんはクマのぬいぐるみだからこそ、あのぽっこりが許せるわけで…)。プーさんの仕事が終わるのは毎日午後11時半過ぎ(飲食店勤務なので)。彼が仕事を終わる頃に起きればいいと思っていたわけです。さて、うとうとうとうととして起きますと、午前4時。「やってしまった…」と思いつつ携帯を見るとプーさんからは3通のメール。1通目「明日は何時に出発する?」(11時40分)2通目「まさかまた寝てるんじゃないですよね」(12時10分)3通目「もう知らん」(1時)実はプーさんのひさびさの休み。明日はひさびさのおでかけ。張り切っていたプーさん。怒るプーさんの顔が浮かびアンニュイな気持ちになるも、「どうせ今メールしてももう寝ている…」と思いながらまた寝てしまう。再び目が覚めると午前8時。私の中での予定としては8時にもう出発しているはずだった。ああ、もう、始まりからつまずいた、久し振りの遠出なのに…。「10時にそちらに行きます」とメールを作る。鎌倉へはプーさんの家の方が近いのです。ところが…「でもまあ、10時出発ならそこまで遅くも…」と思ったところでまた意識が途切れる。意識が戻ると午前9時半。メールは作ったものの送信されておらず。うつろな気持ちでメールを送信した後で、今から用意して10時にプーさんのうちへ着くわけがないと気付く。まあ、とりあえずシャワーを浴びる。そしてプーさんに電話。私「もしもし」プー「…はい」私「あ、もしかして寝てた?(駄目な人だなあ)」プー「うん…、今どこにいんの?」私「自宅」プー「十時にうちじゃないの?」私「無理みたい…あの…」プー「は?」私「車でうちに迎えに来てもらえないでしょうか??」プー「なぜ」私「私が今から準備してプーさんち行って出発するより、迎えに来てもらってそのまま出発の方が早いと思うんだよね…」プー「ほー」プーさんは言葉少ななものの(不機嫌な証拠)、迎えに来てくれることを承諾。ほっとしたわたくしは着替え、お化粧をして、鎌倉について少しインターネットで調べ、愛犬きよじの散歩をして…プーさんが来ない…怒っても約束をほったらかす人ではないので、まあ多少落ち着かないくらいの気分で待っていると、12時15分前、プーさん着。運転席には明らかにご立腹の横顔。私「あの…すみませんでした(とりあえずあやまる)」プー「何がすみませんなの?」私「メールを返さなかったのとか…」プー「また寝てたんでしょ?」私「はい…」プー「論文書くって言ってたんじゃなかった?」私「ちょっと寝た後でやるつもりだったんだけど…」プー「そんなこと言っていつも朝まで寝てるじゃねーかよ」私「…(図星)」プー「もう何時だと思ってんの?」私「…わかったけどとりあえず車出そうよ、ますます遅くなるだけだし…」怒りにまかせてアクセルを踏むプーさん。運転しながらもプーの叱責は続き…プー「お前はいつもそうだよな、メール返さないで寝てた寝てたって…」私「…(真実)」プー「これから車で俺んちの方まで着くの1時間くらいかかるけど、それでもお前が準備して来て出発するより、俺が車で迎えに行った方がはやかったの??」私「そんなにかかると思わなくて…(勘違い)」プー「予定では今日は8時に出発しようと思ってたのに」私「私もそう思ってたよ(開き直り)」プー「じゃあ、何時に起きたのあなたは?」私「プーさんだって私が電話するまで寝てたじゃん(自分棚上げ)」プー「お前がメール返さないから、行くつもりなのかどうなのかもわかんないでしょ」私「行くつもりないわけないじゃん!(ついに逆ギレ)」プー「予定だって何にも決めてないのに…」私「じゃあ、昨日の晩メールだけじゃなくって電話してくれれば良かったでしょ、そしたら起きたよ(身勝手)」プー「…メールが返ってこないのに電話してつながると思わないだろ」私「私ならメール返ってこなかったら電話するよ、寝てるんじゃなくて気付いてないだけかもしんないじゃん(そんなことはかつてない)」プー「お前は寝てることばっかただからだろ!俺はこうやって迎えにも来てやったのに…」始めは下手に出ていた私も途中から逆ギレ。ええと、「喧嘩はどっちにも非がありますよね」っていう教訓のために書き始めた今日の日記なのですが、なんだかどちらかというと私が悪いですね。一方的に私が悪いかもしれませんね。ケロケロええと…、日記を書くと自分を客観的に見られるからいいですよね、アハアハ。まあなんだかんだ言っても普段は仲が良いため、鎌倉に到着する頃には仲直りしていました。プー「鎌倉だー!!海だぞー!!ああ、でももう3時半か~夕方だな…」私「過ぎたことを言っても仕方ないよ、もう寝坊したことは忘れよう」プー「お前は忘れんなっ!だいたいいつもお前はそうやって叱られたことをすぐ忘れて…」まあ、いつも怒られてるからいいんです。プーさんのぽっこりおなかが映っている写真もあったのですが、あまりにも見苦しい私だけが独占したい可愛らしさのため割愛します。鎌倉の海は生温そうで(入ってません)、適度に人が多く、子供が多く、ゴミもまばらに。でもこんなでもそれなりに割と浸れるものです。空は青くもなく海も青くもなく浜も白いってわけでもなく。「海水浴場」に甘んじる海。おむつが海水をふくんで垂れ下がってたまま走っていく幼児。それをおいかけるまだ若いお母さん。いとおかし。女子高生の白々しいキャピキャピ。もうそれさえも可愛らしく見えてしまえる年。男子中学生のうざったい牽制。やっぱり男は許せんな。(こんなだからプーにしかもてない)◇◇長々とつまらない痴話げんかを読んで頂きましてどうもありがとうございました。ここまで読んでくださった方は一体何名くらいいらっしゃるのか。99%自分しか面白くない話ですみまそん。さて、明日からちょこっとばあちゃの初盆で静岡へ行きますのでブログお休みです。ばあちゃの家は今もまだ昔ナツカしぼっとん便所。裏は山。もちろんPCなんでものはないのでございます。お休みしますよって言っても3,4日。誰がこの宣言に気付いてくれるかもわかりませんが、とりあえず、遠くのあなたへ◇◇
2005.08.11
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納豆。小学校・中学校の頃→ツナ+卵+納豆、そして白いご飯が我が家の朝食の定番だった。高校→朝ご飯を専ら食べなくなり、昼食もお弁当。納豆としばらく疎遠に。大学→テレビで佐藤藍子が紹介していた、ニンニクすり下ろし+卵の黄身+ごま油少々+醤油(納豆のタレは入れない)+一味唐辛子+ねぎ+納豆を見て、納豆熱が再燃。一時期こればっか食べてました。余談ですが、私は自分のにんにく臭さがわからない、これは良くあることだと思うのですが、人のニンニク臭さも気付いたことがない。「昨日焼き肉食べたでしょ??なんだかにんにく臭いよ~」という感覚がわかりません。なぜあのいい匂いが体の中で一晩寝かせただけで悪臭になるのか?わからない。ちょっと嗅覚が鈍いんだと思います。ちゃんと「にんにく臭い」ことを体験しておかないと、いつか人に迷惑をかけると思うので(もうかけているかもしれませんが)早めにどうにか勉強したいものです。応用→いちいちにんにくをすりおろすのはめんどくさいのでキムチで代用。最近はこれが多い。贅沢→めかぶやとろろ、アボカドを入れるのも好き。ただしお金と気持ちに余裕のある時。納豆って結構、いろんなものと合いますよね。やったことないですが、ちょこっとお砂糖を入れるとすぐにねばねばになるんだそうな。それから時代はひきわりだなあ、と思っています。なぜいきなり納豆のことなど、と言うと今これを書いている現在納豆を食べているからです。卵と一味唐辛子で。もちろんご飯付。こんな夜更けに納豆かよ!う~~ん、寝なければ大丈夫かしら。太らないかしら。
2005.08.10
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見れない食べれない来れない…確か昔「ら抜き言葉殺人事件」ていう小説があったような。今、パソコンで打つと上の三つの語は≪ら抜き言葉≫ってびしっとパソコンが注意してくれるのですが、なんだかもう最近ら抜き言葉は市民権を得たようですね。五年くらい前に歌手がテレビで歌っていて、その字幕に普通に確か「見れない」というら抜き言葉が使われていて、その時は随分びっくりした覚えがあります。あ、もう「ら抜き言葉はいけない!!」という風潮もなくなったんだと。国語の教師をしている母の影響で「ら抜き言葉は気持ち悪い」という観念を小さい頃からたたき込まれました。母はもう文法が大好きな人で、「見れる来れるは言えないが、作れるや行けるは正しい。作る行けるは五段活用、見る来るは上一段活用。れる・られるの可能動詞はられるが上一段・カ行変格サ行変格、れるが五段活用につくと決まっていて…」…なんてことは問わず語りにぺらぺらぺらと喋っています。得意技は品詞分解です。それではムスメの私はというと、もう全然わかんないですね。なにがわからんのかというと、「言葉の乱れ」を嘆く人たちがいる一方で「言葉が移り変わっていくのは自然の流れだから仕様がない」という人たちがいる。私は母の教育の賜物で「ら抜き言葉、気持ち悪い」と刷り込まれているのですが、どうも、声高に言葉遣いの乱れを糾弾するよりも「いいじゃあないの、人間だもの」というスタンスの方が、かっこよく見える、ように感じられる。「ら抜き言葉」はあんまり好きじゃ~あないのですが、後者の「しょ~~がないよ、昔っから変わってきてるぜ言葉」という立場でもいたい。教科書で習った文法を正しく使っているのになぜかややマイノリティーになりつつある現在。このままでは頭が固いというレッテルも張られかねない。どうしよう、なんとかかっこよく「ら抜き言葉」をやんわりと戒めたい。ら抜き言葉を使う私ってカッコイイと思われたい…(そこまれ思ってませんが)そんなわけで母に振ってみました。かっこいい回答を求めて。「ら抜き言葉などが正しくない日本語だと言われる一方で、言葉は常に移り変わっていくものだという考え方があります。そのことについて、あなたはどうお考えですか??」パソコンに向かって、俳句仲間が出した句集の感想文を打っていた母、答えて曰く。「う~~ん、もう、ら抜き言葉はしょうがないね。おかあさんも匙を投げたよ。でもやらさせてもらいます、いかさせてもらいますっていうようなさ入れ言葉はねえ~。汚いよね。合理的でもないし」母はつるりと逃げました。さ入れ言葉も時間の問題だと思うぞ。バイト先でもさ入れ言葉問題になってましたちょこっと。営業マンの必要以上にへりくだる姿勢が「さ入れ」に現れたものとか。もし本当にそうだとするなら、使い出した営業マン達にとっては「文法上、問題のある表現だけど、敢えて使うことで誠意をくみ取ってもらいたい」ということだったのでは。でもそれが普及してしまうと「文法上、問題のある表現」という言葉だということは忘れ去られてしまう。いわゆる業界用語であるうちは良かったのだけれど…っていう話。さて、ら抜き言葉は一体何を持って発生したのでしょうか。たまに私も「好きくない」とか「違くて」とか舌っ足らずな表現を、会話の上でわざと使ってみたりすることがありますが、案外そういうのなのかしら。
2005.08.09
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バターサンドさんのところからTBさせていただきまして…。迷惑メール??かどうかわからないのですが、変なメールがPCに来ました。一昨日、「一応、ご連絡しておきます」という件名で内容は、「自分の所に何も書いていないメールが一通来たのですが、その宛先にあなたのアドレスも含まれていました、最近ウィルスなども気になりますので何か問題がありましたらご連絡ください、私からも何かありましたら連絡します」というもの。確認してみると、約1ヶ月前に何も書いていないメールがどこからか来ているのですが、宛先は私だけ。・意味不明メールは日々多く来る昨今、一通そういうメールが来ただけでわざわざ突然他人にメールを送るだろうか??・私ならどんな人かわからない他人に(私のアドレスは性別が判別できないものです)「連絡ください」とは言えないな。・文章は整然としているのだけれど、そこがなんとなく説明しなれている気もする。・下の名前だけの記名(女性名)。アドレスは丁寧にその名前が含まれたもの。穿ってみるならリアリティがあり、かつ男性が好きそうな名前。もし本当なら申し訳ないのですが、疑ってみると上の点が妙にひっかかりメールを返信しませんでした。PCに詳しくないため彼女(?)に言えることもないし、まだ何の問題も起きていないし。そしたら今日。「先日の件で少しよろしいでしょうか?」という件名で以下全文。(迷惑メールでなかったら載せてしまって本当に申し訳ないのですが…)「あれから、パャRンに何か問題はありましたでしょうか?私の方はインターネットが少し繋がりづらくなってしまったのですが。ウィルスのメールだったのでしょうか?まわりに詳しい人間もいないので…困っています。何かパャRンの事でご存知の事があれば、ご指導お願いします。」いやあ、私もほんっとに詳しくないのでわかりません。ウィルスのメールでインターネットが「少し」繋がりづらくなることってあるのですか??そして「パャRン」て何ですか??ちなみに前回のメールでは登場しない言葉です。なんだか「ご連絡ください」「ご指導お願いします」が一見謙虚に見えてそうではないんですよね。昨日の今日で「あれから」っていうのもなんだか違和感だし。ちこっと気味悪い。返信すれば謎は解けるのでしょうか??怖いものみたさで返信してみたい気もするのですが、やめときます。
2005.08.08
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昨日のお酒が残っている。体が重たいです。左の親知らずもメキメキト頭角を現し始め、わたしを苦しめております。体調の悪さと精神面を打撃する出来事というのはどうも重なるようでございまして。メンタルで弱っているから体にくるというのんが真っ当な理解の仕方なのでしょうが(それか、心が弱っていると体の弱いとこも気になる)、なんというか、低調期はとことん低調だというのが今のわたしの心境。まあ、低調「期」ではなく低調「日」で、おそらく明日はもうお酒も残ってないだろうし親知らずも痛くないはずです。最近、ちょっと楽しく過ごしていただけに、些細なことに思いのほかかっくりきてしまいました。ガックリっていうと立ち直るのが難しいので、かっくりと言いたい今。わたくし、いくつかの場所でほそぼそと書き物をやっております。80%以上、修行のつもりでやっているので収入にはほっとんどつながっていませんが。先月はちょっと、そのお仕事のことでウレシイことがたくさんありました。ちょっと大きめ、いや、かなり大きなお仕事をさせてもらうことが決まったり、こないだもインタビューを受けたり。ああ、でも、なんだか。先日。一言で言えば、拾う神あれば捨てる神あり。いろんな評価をする人がいるもので、ねえ。仕方ないのですけれども。愚痴になりますのでこれ以上言うのはやめておきます。オホオホ。根暗な中にもポジティブシンキングのかけらを持っているので、このマイナスな出来事はプラスへの前兆と考えておりますが。ケンケンパって具合にいきたいものです。「親知らずめ バファリンなんぞ飲むものか 」杉浦たまか、あがきの一句。☆虎屋の水羊羹を見つけ「ひゃっほう」と喜んだものの、「和三盆」のお味は高級すぎてよくわかりませんでした。無味。「味ないじゃん!」と思ったところで確か昨年も全く同じことをした記憶がよみがえり。「抹茶もいいけど、黒糖もいいけど、まずは和三盆食べてみよう」と昨年と全く同じことを。☆
2005.08.08
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十年ぶりじゃないかってくらいで縁日へ行った、のです。十五年ぶりくらいではないかってほどで、盆踊りを踊った。月が出た出た♪っていうやつ。おばさんが親切に踊り方教えてくれました。掘って、掘って、また掘って。かついでかついで、後戻り。押して押して、開いてよよいのよい。その繰り返し。酔っていたのです。多分に。たぶん生まれて初めてイカ焼きを食べた。美味だよ。調子に乗って二つめを食べたら、冷めてた。チョコバナナは売り切れ。お好み焼き、ちょい生。ほんとにちっこい町内盆踊りで、ほとんどみんな知り合い、だそうです。
2005.08.07
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戦争を聞いた記憶。高校二年の冬にあった修学旅行。行き先は飛行機で九州。福岡・長崎あたりを自由に班行動でまわった。ハウステンボスと並んでほとんどの班の行動予定に入っているのが「原爆資料館」。旅館に戻って夕飯を食べた後には、被爆者の方の講演を聴いた。講演者の方は、被爆体験を語ることを使命と考えて、もう何十年も修学旅行の中高生などに講演を続けている女性だった。長崎の原爆で両親を失ったこと。妹と二人、親戚に引き取られたこと。彼女も妹も髪の毛が抜け落ちて、いじめられたこと。「妹はね、もう、いろんなことに耐えきれなかったんでしょう。ある日鉄道に飛び込んで死んでしまったんです。若い女の子の鉄道自殺っていうのは本当に悲惨です。手や足や首もちぎれるけれど、その前に洋服がね、全部車輪に巻き込まれてしまうんです。 報せを聞いてその場所に行って、妹の遺体をね、拾いました」彼女は、語り慣れた口調で淡々と話した。会場内はずっと静まりかえっていた。女の子がすすり泣く声が時々聞こえた。約300名の高校生が、一心に彼女の話に聞き入っていた。私は前の方の席に座っていたのだけれど、後ろの気配に気圧されて首一つ動かせないくらいだった。講演の最後になって、彼女はそれまでとは少しトーンを変えてこう話した。「私は今まで、どんな講演でも妹の話をしてきました。でも、妹の名前を言ったことは一度もありません。被爆体験を語ることを応援してくれるいろいろな方に、名前を出した方が、話しやすいだろうし相手にも伝わることが多いだろうと、何度も言われましたが、私は一度も名前を口にすることはできませんでした。 でも今日、この場で、私は妹の名前を言おうと思います。 妹の名前は…でした。」あなた方が真摯に聞いたくださったから、とは彼女は言わなかった。でも、わかった。彼女や彼女の妹の辛さを、彼女を通して自分達のことのように感じた私達の気持ちが、伝わったことを。このことを思い出すと、開校以来の現役進学率ワースト1を記録した自分の学年を少し誇れる気分になる。被爆体験者の講演が生徒達のおしゃべりや、ひどい時にはガムを投げつけるなどの妨害で続けられなくなっているというニュースがたびたび報じられていた時期のことだった。昨晩のTBS「ヒロシマ」の中で、原爆を開発・投下・撮影に関わったハロルド・アグニュー博士は被爆者二人との対話の中で「私はあなた方が肉親を失ったのと同じように、友人をパールハーバーで失った。あなたたちは今、生きていられるだけで幸せではないか」と言った。博士は肉親を失う辛さはわかっていても、被爆者の方が「どうして自分だけ生き残ってしまったのか」と、死者に対して申し訳ない気持ちを持っていることには気付かない。「私は(原爆投下を)謝罪しない。彼らが(パールハーバーのことを私に)謝るべきだ」彼らは60年間、彼らが殺したわけではない死者達に謝り続けているのに。雄弁な博士と寡黙な被爆者二人を見ていて、ひたすらもどかしかった。『夕凪の街 桜の国』→「わかっているのは「死ねばいい」と誰かに思われたということ 思われたのに生き延びているということ そしていちばん怖いのは あれ以来 本当にそう思われても仕方のない人間に自分がなってしまったことに 自分で時々気付いてしまうことだ」
2005.08.06
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暑すぎて外に出られません。今日は(というか今日も)図書館に行こうと思っていたのに、無理。暑すぎる。そんなわけで自宅ワーカー。愛犬おきよさんもぐったり。かわいそう。部屋からのぞいても、くたっと横になって寝て時たまこちらに目を向けるくらい。時々声をかけないと不安になります。いつもは誰かが玄関に出ると、ドアの前に走ってくるのに、この頃はちょっと小屋から出てくるだけ。省エネ。先ほど、氷あずきをあげたら食べましたが西瓜は食べませんでした。
2005.08.06
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インタブーを受けた。わーい。いわゆる取材。わーい。社会人年齢としてはあるまじきコミュニケーション能力の低さ・「まだ学生」に甘えて克服できずにいる人見知り…な私としては空前絶後の饒舌さ。「私は人に話を聞いてもらうことに餓えていたのか??」と自分でもこわくなるほど。毎日毎日、好き勝手ブログ書いて、よしなしごとをそこはかとなく垂れ流しているのにねえ。なぜ??これがインタビュアーの腕??それとも私のサービス精神??(B型は結構気を使う、それも相手に気付かれないように気を使う、と私は思っている。B型は賛同すべし)私「なぜか友達は昔からA型ばっかなんですよ、あ元からA型って多いですけど」お相手様「あ、私A型ですよ、私は友達B型ばっかですね~」私「ほんとですか、私B型です」いや~ん、はずかすい。確か、山田詠美が小説の中で「私は自分を可愛がってくれる人のことを瞬時に見抜く」と書いてた。私はそんなことは見抜けまてん。可愛がってくれる人って…ねえ。基本的な人間関係として、自分が苦手意識を持っていたら絶対仲良くなれないな、とはおもう。発展として、「自分から好きになっていけば、相手からも好かれる」(もちろん一般論とシテです)ハッピー。みんな平和。ただし、これは恋愛の場合をのぞきます。恋愛は多大な見返りを求めますから。基本的に1on1じゃないとダメってなってますですから。だから、ほんとに、なんていうか、早く多夫多妻制になればいいと思うのです。
2005.08.05
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まわってきました。いっちょやるか。☆調味料バトン☆ 【1】次のメニューにどんな調味料をかけますか? 薬味は含みません。 ・目玉焼き → 塩、または醤油 ・納豆 → 納豆のたれ、一味唐辛子 ・冷奴 → 醤油 ・餃子 → 酢+醤油+ラー油 ・カレーライス→ 卵(調味料じゃないですね) ・ナポリタン → チーズ ・ピザ → タバスコ ・生キャベツ → ごまマヨネーズ、味噌 ・サラダ → クワトロドレッシング ・カキフライ → タルタルソース ・メンチカツ → ソース ・コロッケ → かけない ・天ぷら → 塩または天つゆ ・とんかつ → ソース ・ご飯(おかず無しの時)→ 醤油【2】周囲に意外だと驚かれる、好きな組み合わせはありますか? らーめんにお酢は普通かな?? 【3】それが一般的なのだとは知っているが、苦手な組み合わせはありますか? お寿司に醤油ってのは苦手で、ポン酢で食べますね。ウソですよ。【4】バトンをまわしたい5名は誰ですか? う~~ん、てけとーにまわしときまっす。
2005.08.04
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病院できよじを洗ってもらってきました。真っ白ふわふわでますますいい子。これまで行っていたペットショップでは、首輪のところにリボンをつけてくれたのですが、今回行った病院では耳の横のとこにリボンを結んでくれました。「毛が短いんですぐ取れちゃうと思うんですけど…」と、シャンプーしてくれたお姉さんはとても親切。帰ってきてすぐ写真をとったので↑(ちらっと見える黄緑色のがおリボンでございます)良かったのですが、帰宅した母がすぐ取っちゃいました。母曰く、「ほら、最近きよちゃんかまいにくる人いるから、いたずらかと思って…」せっかく病院のお姉さんがつけてくれたのにと、残念に思った私ですが、その時、ふと母の内心を感じとりました。「あれ、もしかしてあのリボン、きよちゃんに似合ってなかった??」「うん…、あれはちょっとね。違和感…」日本犬だものね。仕方ないよ。きよじが悪いわけじゃないよ。
2005.08.03
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昨日に引き続き今日もコワイ話。でろでろり~~ん*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*大学2年か3年の時の話です。夜も12時近く、そろそろ寝ようかと思っているところに携帯の着信音が。相手を見ると何ヶ月か前に別れた元彼。別れた後もなんとなく連絡を取っていました。ぶっちゃけますと、私の方が思いが残るような別れ方だったわけで。連絡は取っていたとはいうものの、ほぼメールで。電話がかかってくることは珍しい、しかもこんな遅くに、ハテナ?と思い電話を出ると…「あ、たまりん??」(バカップルと思われましょうが、名前の一部に「りん」をつけて呼ばれてました。でもバカップルなのではなくって、彼がバカなだけです)「はい、どうしたの??」「・・・・」「もしもし??」後ろから聞こえてくる音から察するに、彼はどうやら歩いている最中の様子。「あのな、見てまった」「は?なにを??」「見たんやて」(岐阜県出身)「だからなにを??」「霊やて。霊見てまった」「はあ?」お化け話には基本的に怖いもの見たさでゴーゴーな私なのですが、ちょっと変人的な要素の強い元彼のこと。半信半疑で話を聞いてみると。「友達と5,6人で、心霊ツアーやろうってなってな、サンシャインの駐車場に行ったんやて」(岐阜弁が正しくないかも知れませんが、私の記憶が曖昧なためです、すみまっせん)サンシャインというのは池袋にあるあのサンシャイン60。巣鴨プリズン跡地に建てられたというサンシャインの駐車場は、有名な心霊スポットなんだそうで。「怖い話しながらな、駐車場ん中入ってったら、いたんやて・・・。見てまった。駐車場、柱いっぱいあるやろ?柱と柱の間をすごいな、早足で、通り過ぎてったわ・・。兵隊さんが・・」ひゅ~どろどろ。柱と柱の数メートルの間を歩く「兵隊さん」をほんの3,4秒だと思うのですが、見てしまったらしく。全員で見たから見間違いではないし、歩く(?)速度も生身の人間のものではなかったという彼。こちらも聞いていて背筋が寒くなったのですが、動揺する彼がちょっと可笑しくもあり。彼が1人暮らしをしているアパートは池袋の駅から歩いて帰れる距離にあるので、今は歩いて帰宅中とのこと。「見てすぐ逃げてきてな、さっき解散したんやけど、こえーわ。どうすればいいん?寝られん」「え~、30分くらいは電話しててもいいけど、もうすぐ私寝るよ。明日朝練だし」そう、私は学部生の頃は運動部に所属していて、平日は週に3回、朝練をしていたのです。4時半に起き、5時(始発)に家を出て、6時からグランドメイクをして、6時半練習開始。今考えるとなんでそんな早起きができたのか信じられないんですが、そんなことを若い頃はしてました。まだほんの3年前ですが。「イヤやて。1人で家入れんわ。今からドア開けるから、一緒に聞いとって。中にさっきのおったらどうしよ。開けるで。・・・おらんかった・・」ドアを開けたら次は部屋の中のドア、トイレのドア、お風呂のふた、ベットのかけ布団。いちいち「さっきの(兵隊さん)がここまでついてきてないかチェック」付き合わされて、ついつい長電話。ひととおり、家の中のチェックが終わってもまだびびっている彼。「やっぱこえーわ。もうちょっと話とって。なんの話でもいいから。頼むて」朝練つらいなあと思いつつも、電話切れず。これがいわゆる惚れた弱みですね。そうこうするうちに、時間は深夜2時をまわり3時をまわり。途中からなんだか彼の口調が妙に優しくなり。「でも、なんか、こんな電話つきあってくれてありがとな、たまりん、優しいな」「別にいいよ、もうこの時間になっちゃったらちょっと寝るよりも寝ないでそのまま行った方がラクだし」「いや、優しいわ、たまりん…」そしてついに、彼からオドロキの言葉が!「あのな、もう一度付き合わん?」しかし、彼の変てこりんな性格に振り回されてさんざん疲労した経験のある私はすぐに「うん」と言うことはできず。「いや、それは無理だから…」「なんでやて、今度は平気だから」「いやだって…」「なんでだめなん??」「なんかいろいろダメだったじゃん…」そんなこんなの押し問答が30分あまり。女を口説くには1に押し2に押し3に押しと波平さんも言ってましたが(サザエさんマニアにしかわからないこと言ってすみません)、たかが30分の押しにぽきっと折れてしまいました、わたし。「…じゃあ、もう1回だけ、やりなおしてみようか??」するとどうでしょう、ふいに黙る彼。「…」「もしもし??」「…、やっぱ、無理やて」「はあ?」「やり直すの無理やて」「なんで?今大丈夫って言ったじゃん」「でも前もいろいろダメやったやん。やっぱ無理やわ」「ちょ、ちょっと待ちなよ!」今度は先ほどとは逆の押し問答。朝練に行くぎりぎりの時間まで話していましたが、女と違い、男は押しには屈しないらしく、彼は折れることはありませんでした。駅へ向かうまだ暗い朝の道で、私は一人新たな人生の教訓を噛みしめていました。「幽霊よりバカのがコワイ」ちくしょー青春。*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*関係ないんですが写真は愛犬きよじです。笑ってるみたいでかわいい。ちょっとこわいかな??じゃあ、こわいつながりってことで。
2005.08.03
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夏らしく怖い話をお一つ。つい先日なんですけど、アルバイト先でコワイ思いをいたしました。はじめっからビビリなんですけど、けっ!こう!こわかったのでやんす。ビビリといえば、ほんと昔ッからこわがりで、結構恥ずかしい年齢まで一人で寝られませんでした。ほんとに恥ずかしいので言えません。それから、「幽霊」とか「霊」とかいう言葉がコワイので「おばけ」と言います。「おばけ」だとどうにも憎めない感じでコワイ中にも可愛らしさがあります。あと怖いっていう漢字も怖くないですか??だららら~ん…て感じがする。そういえば、うちの愛犬きよじも相当びびりで大きな音とかに必要以上に驚いてます。ビクっとなって、1mくらい横滑りしたりします。そのきよじの驚きっぷりにこっちが驚くぐらい。犬は飼い主に似るとはこのことだとつくづく思ったり。思わなかったり。あ、じゃあそろそろひと夏の体験談を。じゃなくて真夏の恐怖体験を。求人媒体を作る会社でのアルバイトをしていて、まあそれはどうでもいいんですけど、9階だてのビルの5階で働いてます。エレベーターの隣にトイレがありまして、まあ、行きますよねトイレ、毎日。その日も何度目かのトイレに入りました。個室から出て、鏡の前でふふふ~んと髪を直して、ドアを開けて出て閉めて、節電のために電気を消すことになっている(たぶん)のでパチっと消して、さあ戻ろう。と、その時。「ハッ…」首の後ろ。耳元で。きよじ同様1mほど飛びのきました。横すべりしました。絶対後ろに誰かいたんです。でも、もちろん誰もいない。トイレの個室は2つで誰もいなかったし。私電気消したし。「ハッ」っだったか「ホッ」っだったかあいまいなのですけど、とにかく息遣いが聞こえました。ヒュ~ドロドロ。真昼間なのに。でも息遣いよりも「絶対誰か後ろにいた気配」の感じの方が怖かったです。ヤメテヨー。前もバイト先の人に聞いたことあったのですが、なにやらこのビルはやっぱり出るんだそうです。足音が聞こえるとか。人の声がするとか。エレベーターに勝手に9階につれてかれるとか。それからというもの、昼間でも(昼間しかいないけど)一人でバイト先のトイレに行くのがこわくって。さすがに「誰かついてきてください」とは言えませんが、トイレから出た後はさりげなく横歩きしてます。後ろを取られることのないよう。今、お昼休みにバイト先のパソコンで書いてるのですが、なんだか目眩がしてきたよう。夏バテですよね?でもビビリだから心霊現象かも…、書いたから怒ってるのかも…、と思ってしまう私です。こわいのやだ。
2005.08.02
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前のがついに身罷られまして。ボーダフォンからドコモにしたのん。大学に入って携帯を持ち出してから6年あまり、ずっっっとJ-PHONEでした。なぜJ-PHONEにしたかは単に、大学で始めに仲が良くなった子が、中国語のクラスが一緒だったのですが、その彼女が中国語の授業の後に「携帯何にしようかナア」と悩んでいる私に「J-PHONEだよ」と言い放ったからであります。何かの縁ねとJ-PHONEにしてはや6年(7年目)。私をJ-PHONEに誘った彼女はもうだいぶ前にauに寝返り、なぜか今では某所にある魚河岸で住み込みで働いている。そして私はまだ学生ね。もう中国語はやってないけど。私が携帯を持った頃はまだJ-PHONEはそれ程少数派ではなかったはず。それが、一年たち、二年たつうちに1人減り3人減り…。J-PHONEを止める子は数おれど、他機種からJ-PHONEに移る子はついぞ見ざりける。アハハン恐らくね、J-PHONE改めボーダフォンほど、使っている人たちの連帯感が強いとこはないでしょう。マイノリティーの結束。「あんたはまだ…平気よね…??」みたいな。au姉さんはとってもキュート。別に競争してませんわみたいな。学生割引ですけど何か??みたいな。ドコモ兄さんはやっぱりクール。料金高くて当たり前みたいな。勝ち組みんなドコモですみたいな。ではJ-PHONEがいけてないとかやばいとか言うつもりはないんですけど、けどけど。なんだろうドコモに替えてこの優越感は。私は性格悪いですか??しかし、実際の所、ドコモのすました感じにまだついてけてません。使い方ワカンネ。ワカンナイヨって言っても「知らない方は知りません」って言われてる感じがするのん。コワイドコモ。あなたがコワイ。それから前の携帯がほぼ壊れましたものでいろんな人の番号がわかりません、ヘルプミー。まあいっそいさぎよいよ。なんか、でーも、ぼうだふぉんから替えたとたんにぼうだっふぉんが盛り返すような、私ってそういう女なようなそんな気もする。
2005.08.01
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