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プロのファンドマネジャーの場合は「投資が上手くなるには、どのようなトレーニングをすればいいのですか?」と、ある人から質問を受けた。ありふれた質問のようにも思うが、過去に記憶がない。正直なところ、適切な答えがあるなら、まず筆者自身が切実にそれを知りたい。プロのファンドマネジャーの場合、どのようなトレーニングがあるか。信託銀行や投信投資顧問会社のファンドマネジャーの場合、トレーニングの内容は知識の詰め込みと運用に対する慣れの二つに分類できそうだ。株式のファンドマネジャーの場合だと、ファンドマネジャーになる以前にアナリストの経験をさせる運用会社が多い。この時期に、企業分析、経済分析、ファイナンス(金融論)の基礎、などを勉強させて、その後にファンドマネジャーに登用される。アナリストをいわばファンドマネジャーの二軍とするような人事ローテーションをあまりに露骨に行うと、アナリスト部隊のモチベーションが下がるといった問題が生ずることもあるが、ある程度の知識を身に着けさせてからファンドマネジャーに登用するケースが多い。ただし、企業分析の経験を積んで証券会社のアナリストのようなレポートが書けるようになっても、たとえば、どの銘柄を、どのような「ウェイト」と「タイミング」で買って、どのようにポートフォリオを作るといいのか、ということについては判断基準が分からない場合が多いので、「ポートフォリオの作り方・メンテナンスの仕方」については、運用の部署に着任してから覚えることが多い。実際には、先輩ファンドマネジャーの仕事の様子を見たり、仕事の手伝いをしたりしながら、情報の収集方法やポートフォリオの作り方・メンテナンスの仕方を見よう見まねで覚えていくのが一般的だ。ファンドマネジャーの仕事は「同じポートフォリオを持つと同じ結果が出る」ので、先輩のポートフォリオに似たポートフォリオを作って先輩達と同じように情報収集活動をしていると仕事をしているように見える。悪く言うと、何も役に立つことを考えていなくても、「それらしいポートフォリオ」を持って時々売り買いしていると、それだけで結構様にはなる。加えて、先輩達の平均パフォーマンスが市場平均を下回ることが多いのだから、割り切ってしまうと気が楽だ。結局、何ら知識的な追加を得ずに、ポートフォリオを持っている状態に慣れただけでファンドマネジャーとして一人前になったような顔をしている場合もあるように見受ける。そうは言っても、それぞれの組織の投資哲学に合った企業分析の方法論と、ポートフォリオの作り方については、ある程度の方法論を教える必要はある。かつての筆者の場合は、業績予想の修正の評価の仕方、株価の高安の判断方法、それにポートフォリオの状態(特にリスクの大きさと性質)の見方とコントロールの仕方については、後輩ファンドマネジャーに知識を伝える努力をしていた(少なくとも「努力しているつもり」ではあった)。矯正すべき対象は何かしかし、ファンドマネジャーに同じように知識を伝えても、何となく上手いファンドマネジャーとそうではないファンドマネジャーに分かれたような気がする。同じ知識を持っていて、しかし、運用に上手・下手があるのだとすると、その原因は、あえて言うと「センス」ということだろう。ただし、ここでは、所詮偶然でしかない結果に対して、過剰な因果関係を推定して「センス」を考えている可能性はある。仮に投資のセンスというものがあるとして、これはどうやったら鍛えることができるのだろうか。「投資のセンス」とはいかにも曖昧な概念だが、何か手掛かりはないか。行動ファイナンスの世界では、投資家が合理的な判断ができれば陥らないような非合理的投資行動の傾向性を人間の判断の「バイアス(偏向)」として把握する。合理的な投資行動に照らして非合理的な判断が「バイアス」と呼ばれるのだとすると、投資の「センス」を磨く方策は、「バイアス」を取り除くことにあるはずだ。そう考えると、投資家にとって、「投資のセンス」を磨くということは、大まかには自分のバイアスを除去する努力を意味することになる。行動ファイナンスで定番的に取り上げられる主なバイアスは以下の通りだ。 * (1)「オーバーコンフィデンス」:自分の判断を過剰に評価する傾向。 * (2)「メンタル・アカウンティング」:それを得たプロセスによってお金の価値が違って見える現象。 * (3)「時間選好率の歪み」:人間は目先の金銭的利得を過剰に重く評価する傾向がある。 * (4)「プロスペクト理論」:不確実性を伴う意思決定にあって、損を過大評価するような傾向を帰納的に集約した仮説。 * (5)「後悔回避」:後悔することをあらかじめ避けようとして起こる非合理的な行動(たとえば状況に関係なく自分の買い値から何%下がったら売りと決めつける損切りルールのような行動)。これらの傾向を矯正できるトレーニングがあれば、それをこなすことによって、投資の「センス」が改善することになるのではないか。本能は直るのかさて、先に挙げた行動ファイナンスが指摘する人間のバイアスの多くは、たぶん、脳の「自己保存を求める傾向」と「統一性・一貫性を求める傾向」に原因がある。例えば、オーバーコンフィデンスは、自分の過大評価だから、物事を自己保存に都合のよい一貫性の下に理解しようとする傾向だ。たぶん、時間選好率の歪み以外のバイアスは、何れもこれらの二つの傾向が根底にあるように思う。時間選好の歪みは、もともと物の感じ方の問題があるが、これを克服するには利回りの計算に整合的に意思決定する習慣をつけること以外に方法がない。自分の直感ではなく、計算に基づいて損得を評価し、行動せよ、ということだ。そう考えると、これも自己保存本能を適切に飼い慣らす努力の一種だ。しかし、「(過剰な)自己保存(の傾向)」と「(性急な)一貫性・統一性(の推定)」が共に本能に基づくものだとすると、これを克服するトレーニングというのは、いかにも難しそうに思える。トレーニング方法をあえて提案すると脳には必ずしも合理的ではない判断を性急に下す傾向があるのだが、物事を自分にとって真に得か損かを理解すると、この理解を前提にして、新たに「自己保存」を求めるように意思決定を修正する「理解と修正」の機能がある。この「理解と修正」の機能を働かせるためには、自分の投資に関する意思決定がどの程度の重要性がある何によってなされたのかを「反省」させることが有効だろう。具体的には、例えば、全ての投資行動(売り・買い両方)について、何を根拠にしてそのように行動したのかを記録しておき、後から振り返ることが有効なのではないか。実のところ、プロ・アマを問わず、「利食いだから売った」とか「チャートの形が大底風だから買った」といった、本来、情報的には無意味な根拠で売り買いをしていることが少なくない。そこで、自らに投資行動の根拠を問い、これを記録して後からも反省材料とすると、非合理的な投資行動を減らすことができるのではないだろうか。そして、これを繰り返すことで、投資の「センス」が身につくのではないだろうか。とはいえ、人間は「後悔回避」する生き物なので、自分の投資の根拠を記録することは、率直に言って快適ではない(できれば、避けたいと感じるはずだ)。しかし、それでも何か有効なトレーニングはないかと考えるなら、実際に投資を行いつつ、行動の前と後に自己反省を付加(精神的には「負荷」でもある)することが、おぼろげなものではあっても「センス」を磨くトレーニングになるのではないだろうか。
2009年10月16日
「必ず儲かる」わけではない最近、ある編集者から「長期投資は儲からない」というタイトルで本を書かないかという提案があった。この場合、長期投資は、主に株式への長期投資を指している。証券会社の社員としては「長期投資なら(たぶん)儲かります」という一言は否定せずに取っておきたいところなので、気の進まない企画だが、本としては売れそうなインパクトのあるタイトルだと思った。確かに、現時点までの日本の株価を見る限り「長期なら必ず儲かる」というイメージは湧きにくい。20年前を振り返えると、1989年9月末の日経平均は3万5千円台だった。バブルのピーク近くの株価と現在の比較だから、相当に不運なケースを計測していることになりそうだ。しかし、20年というと、個人の人生にとっては相当に長い。身近なところに反例があることは認めなければならない。「長期投資でも儲からないことがある」ということだ。長期投資が儲からなかったのはなぜか?本を書けそうなタイトルを探すなら「長期投資が儲からなかったのはなぜか?」だろうか。これは、考えてみる価値がありそうだ。しかし、タイトルとしてのインパクトは落ちるので、本にしても売れないかもしれない。それでも、気を取り直して考えてみよう。先の期間、日本で株式の長期投資が儲からなかった理由は何だろうか。複数の要素がありそうだ。一つには、上記の計算期間のスタート時点がバブルのピークに近かったことだ。この点に関しては、「その時点では、バブルのピークだと分からなかったこと」つまり、株価が常に正しい状態にあるわけではない一方、投資家はこれを判断できるとは限らないことが重要だ。もっとも、ここで、「投資家は全てバブルを判断できない」と決めつけるのは正しくないし、バブルを判断する方策が全くないわけではない。判断の努力は必要だ。もう一つの理由は、株式のバリュエーションの変化だろう。PERでいうと、東証一部上場企業のPERが60倍から80倍が当たり前であった80年代末期から、2007年には十数倍まで「普通」と言われるPERが落ちてきた。米国では、S&P500のPERが20倍を超えると「過熱気味」の指標とされるが、これに近い状況まで、日本も来た。その後の金融危機下の大減益でPERに関しては再び混乱しているが、大企業のPERが軒並み50倍以上でもおかしくないという時代はしばらく来ないだろう。PERの下落に対しては、成長率の予想以上の下方屈折が大きいと思う。長期的な影響で見ると、日本で株式の長期投資が儲からなかった最大の理由はこれではないか。成長率一定の簡単な理論モデルで考えるとしても、長期の利益成長率が1%~2%下方修正されると正当化されるPERの水準は何割も変化する。企業の利益データそのものは不安定なので、長期的な成長イメージの代理変数として実質GDPを見るとして、「普通の成長率」は、4~5%だった80 年代後半、2%台に低下した90年代、そして近年は実質成長率が2%あれば好景気と言われるようになった。成長率は現実に低下しており、さらにその低下は将来の期待成長率を低下させる効果がある。仮にPERでバリュエーションを見るなら、PERの低下効果と、一株利益の縮小と両方の効果をもたらして株価を引き下げたはずだと考えることが出来る。また、行動経済学的には、人間は過去の経験に影響されてリスクに対する態度を変えるので、特に過去十数年で他人の様子を見ることも含めて、「損」や「リスク」を経験した投資家が増えたことは、投資家全体のリスク・プレミアム拡大に作用したかも知れない。リスク・プレミアム拡大も株価評価の下方修正を意味する。海外の市場や経済の影響、投資主体や投資資金の変化など、株式投資のリターンに影響を与えたかも知れないファクターはまだあるかも知れないが、過去を振り返ると、成長率の下方屈折と、これが予想を上回るものであったことの影響が大きいように思う。バブルは古い産業構造を固定化した余談だが、過去を振り返ったついでに書いておく。筆者は、バブルの発生と崩壊は、不良債権問題や不況の他に、古い産業構造の固定化をもたらしたのではないか考えている。80年代の前半には、日本の企業は欧米企業へのキャッチアップをあらかた終えて、大手の企業についてはすでに「大企業病」的な煮詰まり感がでていた。しかし、80年代の後半にバブルが起こったことで、需要が急拡大したので、企業はビジネス・モデルや経営を変化させる暇もなく、この需要拡大に対応し、利益を享受した。この間、バブルは企業の古いビジネス構造を余計に延命させたのではないか。これが、「少し好景気」「少し不景気」といった状況なら、ビジネスのやり方を工夫したり、新しい分野に設備投資をしたりする余裕があるだろうが、史上最高益を更新し続けるようなバブル的な需要の拡大には、既存のビジネス構造をそのままに、需要に対応することで十分忙しいし、結果的にも満足していまいがちだ。次に、バブルの崩壊過程に入ると、今度は資産価格の低下や需要の低下、それに資金繰り環境の悪化に見舞われる。こうした場合、どうしても財務的に弱い新興企業の方が資産の蓄えなどが大きな古くて大きな企業よりも倒産しやすい。バブルの崩壊があまりに厳しいものになると、古い企業・古い産業構造が残りやすいのではないか。上記のような意味では、80年代末期のバブルの発生とその後の崩壊は、日本のビジネス界の進歩を20年近く止める働きを持ったのではないかと思う。かつての、相対的な技術力や個々の会社の社員の能力などを考えると、たとえば情報テクノロジーの分野などは、日本でもっと新しい企業やビジネスの有力なものが生まれても良かったのではないだろうか。低成長国の株式は儲からないのか?株式投資の話に戻ろう。中国などの高成長新興国と比較する文脈で出ることが多いが、「日本は低成長なので、日本で株式投資しても儲かるはずがない」と言われることがある。しかし、理屈を考えると、低成長でも高成長でも将来の成長が、現在予想されている成長率よりも高いか否かが重要であり、成長率の水準そのものは案外重要ではない。仮に、高成長なA国と低成長なB国を考えるとして、株式のリターンは、株式の期待リターン=益利回り+長期成長率と考えることができる。先ず、A国の成長率(長期一律を仮定)を6%、PERが25倍として益利回りが4%とすると、A国での株式投資の期待リターンは10%となる。一方、B国で成長率が0%、PERは12.5倍として益利回りが8%とすると、B国の株式投資の期待リターンは8%となる。しかし、仮に高成長のA国の金利が4%、低成長(たぶん低インフレ)B国の金利が2%とすると、両国の株式のリスク・プレミアムは共に6%となり、投資家にとってのリスクに対する評価がA国・B国で同じくらいと仮定すると、投資としてはどちらが有利とも言えない。10%と8%というリターンの差はあるが、これらは各々の現地通貨建てのリターンに過ぎないので、両国の実質金利が一緒で(たとえば2%で)、インフレ率だけが違い、為替レートがインフレ率を反映すると考えると、どちらに投資しても同じだ。たとえば、上記の状況で、B国の期待長期成長率が「予想外に」2%上昇したと考えると、同様の期待リターンとなる株価は益利回りが2%低下した株価なので、PERで約16.7倍の株価が正当化される。この場合、株価が33.6%上昇して、その上で、A国と将来の株式投資の期待リターンは同じということになる。低成長国の将来の「低成長」が投資家の予想に十分に織り込まれているなら、それはそれで形成されている株価が妥当ならリスクに見合った株式のリターンは期待できる。加えて、「意外な成長」があったときには、かなり大きなボーナスが見込める。もちろん「高成長国の方が不利だ」と言えるわけではないのだが、予想される成長率そのもののレベルの差よりも、将来の成長率が、投資家の予想する成長率と較べてどうなのか、ということの方が重要だ。日本経済悲観論は、実は、日本株の買い材料なのかも知れない。やはり、「長期投資は儲からない」というタイトルで本を書くのは止めておこう。
2009年10月02日
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