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(1)「賃金上昇率プラスα」は運用目標になるか?GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)やKKR(国家公務員共済組合連合会:筆者は運用委員会の委員を務めている)など、公的年金の資産運用に関する報告書をホームページで読むと、賃金上昇率プラス何%といった形で運用目標が書かれていて、近年の運用環境は厳しかったものの、たとえば過去5年で見て、この目標は達成されている、といった記述が見つかる。公的年金の場合、大まかに言うと、掛け金も給付も賃金の変化に対して比例的に変化する仕組みになっているので、賃金の上昇率に対して一定以上の利回りが維持されていれば、少なくとも運用が年金財政全体の悪化をもたらさないということがいえる。年金運用の目標は年金財政から決まるべきだという考え方には一理あり、現在、公的年金の運用計画の策定や運用結果の評価において一定の説得力を持っているし、現実にこうした運用目標が採用されることがある。しかし、ここ数年のように賃金がマイナスに変化している状況では、こうした運用目標は極端なことを言えばリスクを取りさえしなければ十分達成される。逆に、実質賃金が上昇するような局面では、金利がインフレ率にスライドして上昇しても賃金上昇率を上回る利回りを達成することは難しくなる。金融業界としては、将来の賃金の上昇やインフレに備えて株式投資や商品投資、あるいはオルタナティブ運用などの必要性を売り込まなければならないところだが、これらへのリスクを取った投資が賃金上昇率に勝てるという保証はないし、上昇どころかマイナスの利回りにつながるケースもあるのは、近年の経験が示すとおりだ。(2)ベンチマークの三条件資金の運用目的を離れて、運用そのものについて目標設定と評価を考えると、ベンチマークに対する対比で運用の良し悪しを評価するのが普通だ。この仕組みの下では、どのような大きさと性質のリスクを取るのかということと、その結果得られたリターンがリスクに見合ったものなのかということをまとめて評価すると共に、将来の運用の概要を投資家に伝えるコミュニケーションの手段をベンチマークが果たしている。ベンチマークは一般に、(1)透明性(何でどう構成されているかが明らかであること)(2)再現性(同じリターンがトレース可能であること)(3)規範性(それ自体として望ましいポートフォリオであること)の三つの条件が必要だ。そうでないと、ベンチマークは運用に悪影響を与えかねないし、運用に関するコミュニケーション手段として十分に機能しない。加えて、ファンドマネジャーの評価に使う対比相手としてフェアでない。これらの点から考えると、「賃金上昇率(プラスα)」は、年金財政上の必要性と上手く対応しているかも知れないが、運用目標としては不十分だ。また、運用というものは負債側から見た「必要性」だけが理由で行われるものではない。端的に言って、儲かりすぎて困るということはない。もちろん、一定のリスクの制約の下でだが、リターンは高ければ高いほど良い。賃金上昇率プラスαが運用目標として不十分な理由は、一つには「リスク」の概念が含まれていないからだろうし、もう一つには賃金上昇率をトレースすることができる運用手段がないからだ。(3)必要性と現実性はどちらが大切か?年金運用の運用目標の話に戻ると、筆者は、年金財政上の必要性が運用目標を与えるというよりも、現実的に可能な運用から想定される利回りが年金財政に反映される(「予定利率」に反映して、給付に対する掛け金を決める)必要があるのではないかと考えている。かつて企業年金の制度設計の際に典型的な利回りとして「5.5%」が使われたことがあるが、低金利時代に入ってからも5.5%を運用目標として掲げて、これを達成するためにリスクを取り続けたことが多くの企業年金に対して大きなダメージを与える原因になった。賃金上昇率はインフレ率と一定の関係を持っていて、金利や企業の利益もまたインフレ率と一定の関係を持っていると想定することは理論的には可能なので、賃金上昇率は「5.5%」ほど硬直的なターゲットではないが、それでも、現実に賃金上昇率・インフレ率・金利・企業利益の相互の関係は少なくとも安定的だとはいいにくいし、これらの関係が数年単位で不安定であれば、年金運用を評価する尺度として「賃金上昇率プラスα」は使えないのではないだろうか。現実的に可能なのは、年金積立金が取ることのできるリスクを前提とした上で、現実的に可能と思われる利回りを予定利率として年金財政を修正することだろう。この場合に、予定率の前提は完全にリスク・ゼロでなくてもいいと思うが、予定利率自体は十分に保守的に設定されるべきものだろうし、これが未達な場合に十分修正の余地がある(掛け金の上昇でカバーできることが基本。将来のリスク運用で取り返しに行くのは邪道)状況でなければまずいだろう。今回は、年金の運用を題材に取り上げたが、個人の資産運用の場合も、通俗的なファイナンシャル・プランニングでよくあるように将来の必要性から運用利回りの目標を決めるのではなく、投資家が現実に負うことができるリスクの下で十分達成可能な運用利回りをもとにして、お金の計画を立てるというのが本来の姿だ。
2010年01月29日
(1)「実質」が重要お金の運用の目的はお金そのものの価値を守るのではなく、お金が象徴する価値を守り、願わくは育てることが目的だろう。そのためには、お金自体の価値を常に考えておく必要がある。今年の1万円と来年の1万円は、その1万円で何ができるかを考えた時にまったく同じ価値ではない。これは物価の変動が激しい国に行けば痛感できるが、近年の日本のように物価が大きくは変化していない国に住んでいると、実感しないかも知れないが、近年はデフレに注目が集まっているし、貨幣価値の変化を「感じる」という人が増えているかも知れない。近年はお金の価値が高くなっているのだ。他方、日本の過去には毎年物価が数%ずつ上がっていた高度成長期があった。もちろん給料も一緒に上がっていたが、1万円で泊まれたホテルが1万 1000円に値上がりしたり、映画代も1本300円が400円になり、あっという間に500円になったりというようなことが現実にあった。この頃は物価というものは徐々に上がっていて当然なのだという感覚があった。この場合、貨幣価値が下落しているということだ。このように、将来のお金と現在のお金の価値は同じではない。経済学には「貨幣錯覚」という言葉がある。たとえば、物価が年率で3%上がっている時に、収入が1.5%の上昇した場合に、物価の上昇を無視して、なんとなく自分は儲かったような気がする錯覚のことだ。実際には、賃金と物価のズレは1年間で1.5%に過ぎないように思えるが、10年間続けば単利で計算しても15%にも上るのだから、これは相当にきつい。お金を正確に判断するためには、この「名目」と「実質」のズレを意識しておかなくてはならない。先ずは、これが大原則だ。個人の場合、物価は消費者物価を見るのが一般的だろう。消費者物価は、おおむね生活費全体の上下を代表する指標だ。ただし、自動車の利用が多い人ならガソリン代を気にしなければならないだろうし、家賃のように大きな支出項目の動向は気にしておく方がいいかも知れない。(2)物価の予測は難しい率直に言うと、将来の物価を正確に予測することは難しい。物価を意識してお金に関する判断を行うべきだという大原則は文句なく正しいのだが、その正確な実行は簡単でない。たとえば、近年の日本はおおむねデフレの環境下にあるが、これを90年代の前半くらいに正確に予測できた人は少ないのではないか。筆者も、この頃ファンドマネジャーや証券マンとして金融・経済に関わる仕事をしていて、普通の人よりは経済指標をよく見ていたわけだが、日本の財政赤字の拡大などを見て将来はインフレになる可能性が大きいのではないかと漠然と考えることが多かった。「多かった」というのは、経済を見ていると、インフレになると思えることもあれば、デフレになると思うこともあるからだ。筆者の知る限り、数年から10年、20年といった単位の将来物価の予測に決定的に有効な方法はない。十分有効な方法がないのに、「将来のインフレ率に注意して、実質価値でものを考えろ」とばかり言うのは、ある種罪作りなアドバイスかもしれない。現実には、物価を心配するあまり、あるいは物価変動に対する抵抗力に過剰な期待を抱いたせいで、不必要あるいは偏った対策をとってかえって損をしている人がしばしばいるからだ。将来インフレが起こった時に自分のお金を追いつかせるために、「お金の扱い方」をどうするかということは大切なことに間違いない。しかし、どうも世の中を観察していると、「インフレ」を逆手にとって脅し文句に使うことが多いので、これには注意したい。読者は、株式や投資信託を売りたい金融機関の人間から、こんな話を聞いたことはないだろうか。「現在はデフレかもしれませんが、やがてインフレになった時に備えて、お金を増やしておかないと大変なことになりますよ」「将来インフレになった時にインフレに追いつくだけのお金がないと、生活が維持できなくなります」確かにおっしゃる通りだが、そもそもインフレというものがどういう状態で起こってくるかと考えると、ひとつは景気がよくなって消費が増え、みんながモノをたくさん欲しがるためにお金を使おうとして、それによって物価が上がり、企業の儲けも増え、社員の給料も上がっていくというような状況だ。もちろん、その伸びが物価上昇に比べて低い場合も考えられるが、収入も増えることが多いだろうから、その部分を加味して考える必要がある。純粋な金利生活者、年金生活者のような人と勤労者とでは、お金の運用に関して、インフレに対する対策は異なったものになるべきかも知れない。(3)起こってから対応してはダメなのか?少し見方を変えてみよう。インフレに対するリスクはもちろん考えなくてはいけないが、過剰に恐れる必要はないのではないか。たとえば、マイナス1%のデフレが、いきなり翌年プラス10%のインフレになるということは滅多にない。変化が徐々に起きるなら、対応は変化が起き始めてからでいいかも知れないし、変化が起きる前に過剰な対応をするとかえって損かも知れない。将来というのは不確かなものなのだ。もちろん、物価動向が経済的な損得に重要な影響を及ぼすことは間違いないので、物価動向はよく見ておくべきだ。長期的な物価予想は難しいが、短期的には物価の予想が「全くできない」というわけではない。現実的には物価の変動に対してどう対応すればいいのだろうか。これは、個人の置かれた環境によって変わってくる。たとえば、多額(数十億円以上)の資産を持っていて、この換金や収益で食べていこうというような人の場合は、物価変動をある程度ヘッジできる金融資産・実物資産の運用を考える価値があるだろう(ただし、方法は状況による。ワンパターンでOKということはない)。一方、さしたる資産を持たない多くのサラリーマンや自営業者(著者も含まれる)の場合は、収入と支出、資産運用をそれぞれに最適化して、物価変動をある程度そのまま受け入れるのがいいだろうし、それ以外にやりようがない。物価に関しては「よく見ておく」ということでいいのではないだろうか。あえてもう一歩踏み込むとすると、自分と同じような立場と経済力の人々と比較した場合に、相対的な経済力が低下しないようにしておけば、将来の物価や景気の変動をある程度吸収できるだろうというような考え方はあるだろう。たとえば、物価と賃金の双方が上がるにせよ、下がるにせよ、相対的な経済状況が悪化していなければ、実質的な購買力は悪化していない可能性が大きい。一種のベンチマーキングだが、ここまでやらなくてもいいだろうと個人的には思う。物価が生活に直接的且つ致命的な影響を及ぼすケースは酷いインフレだろう。たとえば、年間に2割も3割も物価が上がるような状況では、金融資産の実質価値は3、4年で半分以下になってしまいかねないし、さらに酷いハイパーインフレーションになると、金融資産の価値がほとんどゼロになってしまう可能性がある。先にも述べたように、デフレがいきなり二桁%の大幅なインフレになることはないが、インフレ率がある程度以上に上昇してきた場合には、金融資産を実物に替えたり、外国に資産を逃避したりする必要が生じる場合があるだろう。現在の日銀の物価に対する認識は0%~2%のわずかなプラスの物価上昇が望ましいということのようだ。この目標に対して、年率4、5%の物価上昇が発生するようになったら、これは、日本の物価がコントロールを失いつつある状況だと考えてもいいだろう。こうした物価上昇を抑えるためにはかなりの金利上昇を伴う金融引き締めを行わざるを得ず、その際に日本の株価や不動産の価格にも悪影響が出るだろうから、海外資産を増やすのは理にかなっている。日本の物価上昇に歯止めが掛からないと目される場合には、円の為替レートが相当に円安に振れる公算が大きい。深く考えた数字ではないが、1年間に 4%の物価上昇と15%以上の円安が同時に起こった場合には、日本の金融資産に対する警戒モードに入るということでどうだろうか。ただし、金利が相当に上昇してインフレに収束の気配が出てきた場合は、日本の長期債券が格好の買い場になる。これも、将来もしも起こることがあれば、生涯に何度もない大儲けが狙えるチャンスというべきパターンの一つなので付け加えておく(現実に役には立って欲しくないが、長い間にはそのようなこともあるだろう)。一方、2009年11月に政府が正式表明したように、現在の日本はモノの価値が下がる「デフレ」下にある。大まかに言うと、物価が下がっている以上、個人はモノを急いで買わなくてもいいということが言える。たとえば、昨年ジーンズをまとめ買いしなくても、今年になってから買えば、もっと安かったというようなことがあるから、物価が下がっていると商品の買い控えにつながる。それは個人の買い物としては正しい行動だが、経済全体にとっては大打撃となる。モノが売れなければ、あるいは値下げしなければ売れない状況では、企業の収益が減り、ひいてはそこで働く社員の給料も下落傾向になる。すると今度は生活が心配になるので、お金が消費に回らなくなり、まずます値下げを加速しかねない。そして、経済全体が収縮してしまう。デフレ自体は困った現象で、これに対する対策は必要だが、デフレ自体はなかなかしぶといものなので、インフレに対して今からコストを掛けて保険をかけておかなければならないというわけではない。まだ様子を見ていればいい。あえて言えば、“悪徳金融業者”が個人から手数料を荒稼ぎしたいがために、将来のインフレリスクをことさら強調することがあるので注意して欲しい。彼らの言葉に過剰反応して、まんまと騙されることだけはくれぐれも避けたい。この点について、もう少し説明しておこう。将来に対する不安を喚起しておいて、それに対する解決策があるかのようにモノを売るというのは、特に利幅の大きい怪しいものを売る時には、よく使われるセールスのテクニックだ。健康食品、化粧品、生命保険などが時に該当するが、これらの共通点は、売り手の利幅が非常に大きな商品であること、セールス行為が絡まなければ売れないこと、普通の人にはほとんど不要であることだ。いずれも「霊感の壺」と同じパターンである。金融商品の販売にも、そのような脅しまがいのセールスが横行しており、将来の大インフレはその材料にしばしば使われている。日本の国家財政が間もなく破綻するかのような事を言って、「あなたが今持っている円資産は紙クズになる」といった恐怖感を煽った上で、「だからこそ海外で資産運用しましょう」などと怪しい投資話や手数料のバカ高いプライベートバンクの利用などを持ちかけるようなパターンだ。十分気をつけて欲しい。
2010年01月18日
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