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3系統のファイナンス理論 いきなりで恐縮だが、以下の図1を眺めてみてもらいたい。 図 1 これは、筆者が今年担当することになった獨協大学の「金融資産運用論」の初回の授業で学生に紹介した図だ。 「伝統ファイナンス」という用語は、必ずしも学術的に定着した用語ではないが、いわゆるポートフォリオ理論やオプション価格理論などの、(1)人間 は合理的に(この場合おおむね「期待効用最大化的に」という意味)投資に関する判断を行っており、(2)市場では裁定が十分行われている、と前提する諸理 論をこう呼んでみた。 これに対して、「行動ファイナンス」は、「人間の判断・行動には系統的なバイアス(歪み)があるとして、伝統ファイナンスを批判すると共に、このバ イアスの存在を前提とした上で資本市場の振る舞いを研究するというリサーチ・プログラムだ。 さらに、2000年代に入ってから精力的に研究されている「神経ファイナンス」(「ニューロ・ファイナンス」と呼ぶ方が気分が出る)は、人間行動の 諸々のバイアスの原因を脳の機能に求めたり、人間(たとえば投資家やトレーダー)が判断を行う際の脳の活動を研究したりして、行動ファイナンスの研究を補 完・補強すると共に、神経ファイナンス自体が資本市場を分析する仮説を立て始めているようだ。 新しい理論の方が進んでいてより正しいということが単純に言えるわけではないが、新しい研究の進捗によって、古い研究は修正を迫られていると考えて いいのではないか。 もっとも、伝統ファイナンスに寄った研究者の中には、資本市場の振る舞いを説明する理論の大本は伝統ファインナンスが十分説明していて、標準的な状 態から逸脱した例外事象をコレクションしたものが伝統ファイナンスだと考える人もいるようだ。 どの理論が生き残っているか? 問題は、伝統ファイナンスに対する行動ファイナンスの批判がどの程度本質的なもので、伝統ファイナンスのどの理論がどの程度影響を受けているのか、 ということではないだろうか。 筆者は、行動ファイナンスによる伝統ファイナンスの批判は本質的なものではないかと考えている。 行動ファイナンスは、人間が判断・行動に系統的なバイアスを持っていて、例えば資産の価格はしばしば大きく本来の価値から乖離した状態が維持される と考えるが、伝統ファイナンスの側では、間違った判断を行う市場参加者は、(1)いたとしてもバラバラに間違うので市場全体としては大きな影響を受けな い、か、(2)間違う参加者は相対的に損をするので市場の中で存在を低下させ、やがては無視できる程度になる、と考えようとしたようだ。 しかし、行動ファイナンスの研究によると、「バイアス」は多くの人間が共通のものを持っており((1)への反論)、また、間違った参加者の富が相対 的に縮小するという保証はない(逆もあり得る)という説明に成功した((2)への反論)ように見える。どうやら、「市場で実現している価格は(おおむね) 正しい」ということに依存した理論は根本的に修正を迫られているように思う。 たとえば、伝統ファイナンスの代表的業績であるポートフォリオ理論は、マルコヴィッツによる平均・分散アプローチは考え方の枠組みだから有効である としても、シャープのCAPM(資本資産価格理論)やロールズ、ロスらのAPT(裁定価格理論)といった理論は、現実の説明として不適当なものであると言 わざるを得ないのではないだろうか。「リスクに見合ったリターンが実現するはずだ」という伝統ファイナンスの「信念」は、相当に揺らいでいる。 オプション価格の理論はどうか。これは、裁定が十分働くことが計算の前提条件だ。この条件が「あらゆる場所で働いているか」というと大いに怪しいと 言わざるを得ないが、株式や債券、為替レートなどのオプション市場では、原資産とオプションとの裁定を行うことが比較的容易であり、また、理論の結果を使 うプレーヤーが数多くいることによって裁定がよく働いている面もあるのではないだろうか。従って、オプション市場周辺に於いては、オプション価格の諸理論 は「生きている」と見てもいいのではないだろうか。 3つの理論のファイナンス研究への貢献 ファイナンス研究を、資本市場とそこに参加する人間の振る舞いを研究することと定義すると、やはりまだ伝統ファイナンスの貢献が大きいように思う。 行動ファイナンスはある程度の普及を見せているが、伝統ファイナンスに対する批判として見るべき所があるとしても、行動ファイナンス自身がどれだけ 現実を説明できる枠組みを作っているかに関しては、プロスペクト理論のように有名ななったものもあるが、相対的には、まだ威張れたものではない。 神経ファイナンスは、目下大いに研究されているが、誕生してから日が浅いし、いわゆる 「何々理論」という体裁のモデルが誕生するかどうかは、これからの問題だ。
2010年04月16日
本連載の百二十回目「大 学生に資産運用を教える授業計画について」(2010年2月19日)に書いたように、この4月から、獨協大学の経済学部で学部の学生(2年生以 上)に「金融資産運用論」と題して、お金の運用の講義をすることになった。本連載の読者のご関心とも共通点があると思うので、講義案や講義の反省などにつ いて、本連載でも随時取り上げていきたい。 授業計画上の第一回はガイダンスになっているので、第百二十回の原稿に書いたような内容と、講師の自己紹介、講義の抱負、試験・単位認定の要領など を話して終わりです。資産運用の話は何が難しいか、学者と先生は何が違い、自分(=山崎)はこの講義でどういう立場で何を目指しているか、ということなど を話す予定だ。 具体的な内容に入るのは、次の第二回からだ。予定では、「運用常識の嘘と本当」と題して、お金の運用の常識とされている内容について、何が正しく て、何が違っているか、というような話をする。三回目以降の講義に興味を持ってもらうとともに、あわせて、学生の反応を見て、次回以降の話の内容や説明レ ベルの上下の参考にしようと考えている。 以下に、第二回目の講義資料の原稿と講義のためのメモ書きを公開する。 「金融資産運用論」 第2回 講義資料(案) 第2回の講義では、世間一般で主に個人のお金の運用に関して、常識として知られているが、問題のある事例についていくつかご紹介しながら、お金の運 用について考える際のポイントについて、考えてみたい。 (I)個人の資産運用が難しい理由 そもそも、「個人のお金の運用」自体が、理論的な扱いも含めて、大変難しい。たとえば、約120兆円の公的年金の運用と同じくらいか、それ以上に、 難しい。理由は三つあるように思うが、学生諸君も何が難しいか(数秒)考えてみて欲しい(注;ラジオだと5秒以上の無音は「放送事故」とされる可能性があ る)。 山崎が考えた、理由は以下の通り。 <個人の資産運用が難しい理由>(1) そもそも個々の資産の将来のリスク(リスクの大きさと複数資産間の相関関係) と期待リターンの予測が難しい。これは運用金額の大小にかかわらず同じ。(2) 個人の場合、将来の収入、健康、家族関係などに変化の可能性が大きく、負債もあれば、資産を相続する可能性もある。これに対して、年金の資金の出入りは ルールが決まっていて、専門的な計算を要するが、ある程度計算できる。資金に関する与件は個人の方が複雑。(3) プロの運用は専門家が契約と専門知識に基づいて行うが、個人の場合、誘惑に弱い素人が行わなければならないので、理論通りに実行できるか、という問題があ る。仮に、実行が難しいなら、セカンド・ベスト的であっても、実行が容易な簡便法を考える必要がある。 これらの他に、個人が、金融機関等から不適切な誘導・勧誘を受ける可能性があることも考慮に入れるべきかも知れない、などと思 う。 なお、「個人の資産運用が案外簡単である理由」というのも、後の講義で説明する用意があるから、期待しておいて欲しい。 (II)アメリカ流の投資教育も案外いい加減だという話 次の問題。以下の7項目は、アメリカ流の投資教育のエッセンスを山崎がまとめてみたものだが、それぞれ、どの程度正しいと思うか? ○=正しい、 △=どちらとも言えない、×=誤り、で答えて欲しい。 本当は、「どちらとも言えない」は回答としては、突っ込み不足だ。条件をはっきりさせて、論理的に○か×かを答えるべきなのだが、今回は、いいこと にしよう。 <アメリカ式(?)投資教育のエッセンス(と思われる)7項目> 1. 人生にはお金がいる。特に、老後にお金がないのは寂しい2. リスクの(ほとんど)ない確定利回りの運用ではお金はなかなか増えない3. リスクの大きな資産の投資利回りは大きい(「ハイリスク、ハイリターンの原則」)4. 長い期間投資するとリスクは縮小する5. 投資対象を分散するとリスクは縮小する6. ドルコスト平均法(一定間隔で一定金額買い付ける方法)でリスクは縮小する7. 長期間、積み立て投資で、投資信託に投資すると幸せになれる! 表現方法や、ニュアンスには違いがあるが、米国の運用会社やファイナンシャル・プランナーが“啓蒙”する(←偉そうに!)考え方は、おおむねこんな 感じだ。 あなたはどう思われるか?(今度は、一個あたり数秒考えていい) 手元の紙にでも、ご自分の考えた○×をメモしてみて欲しい。 山崎の、現在の回答は、以下のような感じだ。 1. ○ お金があると自由度が拡がるし、多くの不幸がお金で避けられる。 2. ○~△ リスクのない運用資産の利回りが相対的に低いのは事実だ。 3. ×~△ H-Hの原則は一定の前提を置いた期待に過ぎない。現実に反証もある。 4. × これははっきり間違い! しかし、世間の多くの本・論者が間違えている。 詳しく知りたい人は、たとえば『証券投 資 上』(A.ケイン他。東洋経済)P268以下を参照。 5. ○ これは正しい。分散投資は「投資家が自分でできる運用の改善」だ。 6. × (おまけして△) 気休め以上のものではない。貯蓄の習慣としては実用的だが。 7. × 不用意に市販の投資信託を買うようでは落第。そんな卒業生の姿は見たくない! 投信の9割以上は手数料を考えただけでも検討に値しない。 上記のいくつかの問題については、今後の講義でまた詳しく取り上げる。 上記の2番、「ハイリスク、ハイリターンの原則」について、山崎が一般向けの書籍に書いた説明を参考に掲げておく。 「ある金額を投資すると将来ある利益が得られる権利が得られると仮定しよう。この利益が確実なものである場合と、期待値は同じだが変動する不確実な ものである場合とでは、人はこの権利にどのような値段を付けるだろうか。後者に関しては、たぶん、リスクを負担するのに見合う追加的なリターンを求めるだ ろうから、前者よりも低い価格(つまり投資額に対する将来のリターンはそれだけ大きくなる)を形成することになるだろう。つまり、将来の期待値が同じで も、リスクのあるものの方が期待されるリターンが高くなるはずだ」 この理屈はどの程度リアルに感じられるだろうか。よりリスクが大きいのに、リターンが大きくならないケースとして考えられるのは、(1)将来の収益 の期待値を間違えて価格を形成したケース、(2)出た結果が事後的に期待値よりも大幅に悪い場合、(3)人間が誤って価格を付けたケースの三つだ。 株式でいうと、それぞれが厳密に分離できるものではないが、将来の利益が分からなかった場合、過去に予想した利益と違う結果が出た場合、会社の人気 不人気などによって価格形成が歪んだ場合などには、高すぎる価格で投資したか、不運な事象が起こったかで、投資の結果が悪かった場合にほぼ対応する。何れ も、なにがしかは人間の能力的な制約に起因する現象だ。 はっきり言って、人間の予測能力は、「将来の利益の期待値をほぼ正しく見通す」といったレベルにはほど遠い。多くの人間が取引に参加して情報と解釈 を価格に反映させて、一人の投資家が考えるよりも正しい価格が形成される傾向はあるが、それにも限界がある。「ハイリスク、ハイリターンの原則」は少なく とも絶対的なものではない。 しかし、他方で、ある程度は将来が見通せるわけでもあり、この場合、そのような前提から取引される価格で投資に参加するならば、傾向として「より大 きなリスクに対して、より大きなリターン」が得られるだろう。 つまり、判断は簡単ではないが、リスクを伴うある投資対象に対して、世間が集団的に過剰な期待を抱いて価格を形成しているのでなければ、その対象に ついては「ハイリスク、ハイリターンの原則」が実現しやすいということだ。 『お 金とつきあう7つの原則』(2010年3月下旬、ベストセラーズ刊) (III)利食い・損切り目標と「上手い運用の投資信託」について その他の、お金の運用に関する世間常識をあと二つ取り上げてみよう。 次の(A)、(B)については、どう考えるか。 (A) たとえば株式に投資をするときには、株価がいくらまで値上がりしたら売るかという「売り目標値」 と、幾らまで下落したら諦めて売るかという「損切りライン」を、あらかじめ決めておくことが大事だ。(B) 投資信託を買う場合は、運用や販売の手数料が高くても、過去の運用実績が相対的に優秀な、上手い運用者が運用するファンドを選ぶことが大事だ。 ○×を当てるのは、ここまでの流れから判断して、簡単だろう。そう、私がここで出題するからには、二つとも×なのだ。問題はその理由だ。どんな理由 が思い浮かぶだろうか? 「これが解答だ」と言って、山崎の結論を押しつけるのは、たぶん、教育的に良くないのだろう(新米教師でも、そのくらいのことは考える)。解答代わ りに、(A)、(B)について考えるためのヒントを問いの形でご提示しよう。 (A)を考えるヒント 投資したあなたの買値は将来の株価の動きに影響するか?買った時点で知らない情報を後から知る可能性があることについてどう考えるか?先に上下の「売り目標値」を決めておくことのメリットを金銭的に評価するといくらか? (B)を考えるヒント 過去に優れた運用成績だったファンドが将来も優れた成績を上げる確率が大きいとした場合、何が起こるか?事実は、上記の状況に当てはまっているか?「上手い運用(者)」を見分けることができないとしたら、何が最善か? 今後の予定と期待 だいたいこの辺まで話すと、時間が尽きるのではないだろうか。時間が余った場合は、「投資のための心得5箇条」でも即席で作って、学生達に伝えるこ とにする。 学生達からどんな反応が返ってくるか、筆者は本当に楽しみにしている。結果は、後日ご 報告したい。
2010年04月04日
「爽やかに」というコンセプトで 私事で恐縮ながら、今月の25日発売で、お金に関する一般向けの書籍「お金とつきあう7つの原則」(ベストセラーズ)を 出版する。 運用を中心にお金に関する本は何冊か書いてきたが、今回は、お金についてどう考えるかという「お金観」の問題、稼ぎのいい仕事とそうでない仕事は何 がちがうのかといった稼ぎの構造の問題、金融的なバブルのサイクルと絡めた投資の仕方など、今までの純然たる「運用本」よりも範囲を広げて、一般向けを意 識して書いてみた。 当初、構成を考えながら、「お金をきっちり無駄なく管理して、合理的に運用する方法」を語る本をイメージしていたのだが、本を書きながら、金融的な 取引で誤解したり、騙されたりするのは損も大きいし、気分も悪いから、これには気をつける必要があるが、日常的なお金の扱い方は、大らかである方が気持ち がいいのではないか、という方向に少々方針変更した。 一言で言えば、「お金と爽やかに付き合う」ことを目指す本を書いた。 こう言うと身も蓋もないが、原則の数は7つでなくても良かったが、当初タイトルを決めていたのを著者(=私)が忘れていて、表紙ができあがったのを 見て、慌てて7つの原則で内容を集約した。 本の帯にも7原則が書かれている。以下、かいつまんでご紹介しよう。 爽やかにお金と付き合うための7箇条 7原則をまとめてご紹介すると以下の通りだ。 爽やかにお金と付き合うための7箇条 その1 小さな節約をしないその2 「人的資本」に投資するその3 お金の計算は安全なほうに間違えるその4 お金は(なるべく)貸し借りしないその5 国内外の株式に分散投資するその6 買値ではなく未来を考えるその7 怖いのは市場リスクよりも「人間」と心得る 以下、簡単に筆者の思うところをご説明する。 その1 小さな節約をしない 普通言われていることと逆かも知れないが、それが趣味や楽しみな場合はともかく、小さな節約を常に心掛けるようなお金の扱い方は精神を貧しくする、 というのが、筆者の考えだ。 また、日常的なお金の使い方に関しては、月単位なら、最初に貯蓄すべきお金を取り分けて、その後は、「足りなくならないように自然に」使う金銭感覚 を身につけたい。 節約に関しては、住居費、自動車経費、生命保険といった大きな支出項目で手を打つ方が、効果は大きい。 「お金を目的と考え、制約条件として常に意識する」といった生活をするよりは、お金のことを気にしないで生活する方が幸せなのではないか、というの が、今回の本のコンセプトであり、筆者の考え方だ。もちろん、全ての人に当てはまるとは思っていないし、自分の考えを他人に無理に押しつけるつもりもな い。 その2 「人的資本」に投資する 人的資本への投資は、即ち自分への投資だ。将来の収入増加につながるのであれば、自分にかける教育費・教養費などは有効な投資だし、健康に対する投 資も人的資本を増強していると見なすことができる場合があるだろう。 投資するものはお金だけとは限らない。たとえば、運動のための時間が投資になる場合もあるし、睡眠時間が人的資本を増強する場合もある。なるべく広 く考えたい。 よほどの資産家は別として、勤労者の「最も稼ぐ資産」は自分自身だ。職業の選択や働き方、自分の人材価値の高め方などを常に考えよう。人的資本の価 値をアップする方が、お金の運用で儲けるよりも遙かに確実で効果的な場合が多い。 ただし、人的資本の強化とお金の運用とはお互いを妨げることなく共存できる。 その3 お金の計算は安全なほうに間違える 理想的には「お金の計算は面倒くさがらずに正確に」と言うべきなのかも知れない。しかし、これは、それなりに面倒だ。一方、将来の計画を立てるにし ても、リスクの見積もりをするにしても、あるいは、割り勘の計算をするにしても、大まかでもスピーディーな計算が大事な場合は多い。 算盤の有段者のような計算に特別強い人の場合を除くと、スピーディーな計算はかなり大まかな概算になるだろう。その場合に、間違える場合には「安全 サイド」に間違えるように計算すべきだと申し上げておきたい。 その4 お金は(なるべく)貸し借りしない お金を貸すことに伴うストレスや、お金の貸し借りで壊れる人間関係の多いことを考えると、他人にお金は貸さないと決めておくのがいい。 ただし、これは「程度の問題」ではある。相手が重要な人の場合に、貸さないわけには行かない場合もあるだろう。しかし、お金は貸さないという原則を 貫く範囲はできるだけ広く適用する方がいい。 信用リスクの適切な判断は素人には(玄人にも!)難しい。 厳密には、銀行に預金することは、その銀行にお金を貸すことだ。国債の購入は国にお金を貸すことだ。信用リスクの判断を全く何もしないというのは不 可能だが、なるべくその判断がシンプルなものに自分のお金を「貸す」べきだ。 投資のリスクを取りたくない場合、預金保険の上限を超えるお金については、国の信用リスクである点で個人向け国債(10年満期変動金利型)、分散投 資が利いていて分別管理である点でMRF(マネー・リザーブ・ファンド)がほとんどの銀行定期預金よりも適切だ。 その5 国内外の株式に分散投資する この点は、本連載の読者にはおなじみだろう。 リスク資産への投資は、「日本株50%、先進国株35%、新興国株15%」をインデックス・ファンドで投資する方法を中心に、バブルのサイクルを考 えながら、リスク資産への投資比率をコントロールする方法を説明した。 その6 買値ではなく未来を考える 株式のインデックス・ファンドで運用している場合でも、まとまったお金が必要になった場合には、躊躇なく一部ないし全部を解約してこれに宛てること が望ましい。投資信託の場合、最悪でも数日で換金できるので、昔風のFPのアドバイスのように、短期・中期・長期にお金の使途を分けて運用するような無駄 なことはしなくていい。 ただし、この場合に、自分の買値にこだわってファンドを売ることができない人がいるので、注意したい。自分が買った値段よりも安く売るのは、損であ り、負けだ、と思うらしい。株式投資でも同様だが、自分の買値にこだわることは意味がない。 株価が下がってしまった時は、投資効率のいい場所にお金を置いておいたのだが、たまたま不運なときに当たった、というくらいに理解して、淡々と売 却・換金するべきだ。 過去の推移はおおむね今後の動きには関係がないし、まして一投資家の買値が、今後の株価に影響することはない。 また、自分の買値から何割上がったら売る(「利食い」売り)とか、あるいは何%下がったら売る(「損切り」売り)というルールを決めておいて機械的 にこれに従うことを推奨する向きもあるが、間違いだ。その時の情報を見ずに、売り買いを事前に決めておくのは愚かだ。 株式にしても投資信託にしても、その時その時の状況を前提に、将来どうなるかという一点のみから売り買いは判断すべきだ。 お金は感情を込めずに淡々と、できるだけ合理的に扱うべきものだ。 その7 怖いのは市場リスクよりも「人間」と心得る 投資信託で損をした人もいれば、怪しい投資話で損をした人もいる。もちろん、これらの損には株式市場など市場のリスク(とその時の不運)が大いに影 響しているが、大きいし見落とせないのが、それらの商品に払った手数料と、それを売りに来たセールスマンの影響だ。特に、決定的に大きな損や、不当に大き なリスクの投資などは、他人に勧められて行うものが多い。騙される話はもちろん、それ以外の損失にあっても、怖いのは自分が分かっていて計算できている市 場リスクではなく、人間である場合が多い。 考えてみると、他人が儲け話を教えてくれるというのは変な話だ。教える側の立場を考えると、本当に儲かる話なら、他人には教えずに、自分で投資した 方がもっと儲かるはずだ。他人に教える以上は少なくとも「非常に有利」な話ではないはずだと推測できるが、この推測は全く正しい。 生命保険のような、本来、本人にとって必要でもないし得にもならないものを買ってしまうのも、多くの場合、セールスに乗せられるからだ。本当に必要 な保険をネットで調べて、価格比較を自分のペースで行って、冷静に契約するなら、日本人はこんなに生命保険に入っていないはずだ。 銀行員や証券マン、それにファイナンシャル・プランナーのような広義の金融関係者も含めて、彼らは、第一義的には顧客のためではなく、自分の生活と 利益のために商売をしていることを忘れてはならない。お金の問題に関して他人を頼る際には慎重であるべきだ。特に、「お客様」気分で威張っていると、隙が できやすい。 「お金の話にあっては他人を信じるな」。これがたぶん一番大切な教訓だろう。 拙著の結論 ついでに、拙著の「結論」もお伝えしておこう。以下の2行が結論だ。 読者には、お金のことをよく知った上で、お金で他人に騙されることなく、自分のお金は淡々と 合理的に扱って、普段はお金のことなど忘れて、お金を使うときには気分良く使って、大いに人生を楽しんで貰いたい。 本の著者としては、過剰に手の内を晒しすぎたかも知れないが、筆者は、このように考えているし、この結論は、本連載の読者とも共有したい。 本の売れ行きは、運に任せることにする。
2010年04月03日
「資産を活用すれば…」への違和感 以下の問題は、あるテレビ番組の出演中に考えた。 出演者のお一人である、さる大学の先生が、日本経済の成長戦略として、資産活用の利を説いていたのだが、どこかに違和感があった。 先般、菅直人財務大臣は「名目で3%の成長を目指す」と言った。これは金額にして約14兆円だ。件の先生の論旨は、この成長は、国民の資産2000 兆円余り(金融資産は1400兆円だが、この他に土地や建物など実物資産がある)を有効活用してたった1%利回りを上げるだけで十分達成できるというもの だった。 テレビのことでもあり、時間がなかったので資産活用の具体的な内容をお聞きすることができなかった。ここから先は、筆者の推測が混じるが、資産の内 訳として、現預金や年金積立金といった項目が並んでいたので、これらをもっと有効に投資すれば、資産の利回りが上がるということを訴えたいのではないかと 想像された。 なお、この種の話は以前からもあり、小泉政権の時代にも「個人金融資産の1500兆円がもっと効率よく運用されて、1%利回りをあげることができれ ば、毎年GDPの3%になります」というようなことを言っていた大臣がいた。 個人の運用の場合 個人の運用を考える場合、例えば、現預金9割、株式1割といった配分で資産を保有している状態を、現預金6割、株式4割に変えると、もちろんリスク は大きくなるが、期待リターンが上昇するだろう。仮に、現預金の期待リターンが1%、株式の期待リターンが5%とすると、前者の組み合わせ(9:1)の期 待リターンは1.4%、後者の組み合わせ(6:4)の期待リターンは2.6%となる。 ただし、リスクの問題はある。株式のリスクを20%(リターンの標準偏差、年率%)とすると、-2標準偏差のケース(大雑把には20年に一度くらい の不運)で、運用資産全体に対して、前者では-2.6%、後者では-13.4%となる。 もちろん、リスクの問題があるので、それは最終的に資産の保有者の価値判断に委ねられるべきだが、個人の場合は、資産を活用して期待利回りを、つま りは期待する稼ぎを増やすことができるように見える。 全体の場合 それでは、例えば、上記のような資産活用(要は資産配分の変更)を国民全体が行った場合にはどうなるだろうか。 現預金と株式の期待リターンに変化がなければ、期待リターンは先ほどの計算のように増えるだろうが、果たして、上手く行くのだろうか。 話を簡単にするために投資を国内だけで考えるが、結論からいうと、そんなに上手く行かない。 株式で稼ぐリターンが株式投資の増額分に比例して増えなければならないが、その分、企業の純利益が増えなければならないが、その利益は国内の付加価 値から生み出すしかない。仮に1500兆円の1%である15兆円分を株式のリターンとして稼ぐためには、およそ15兆円分の純利益(!)が必要だ。GDP の付加価値は、企業の会計でいうと粗利益に過ぎないので、15兆円の純利益が生まれるためには、この2倍以上の追加のGDPが必要だ。 資産のリターンを増やすことでGDPの成長を得るというのは本末転倒であり、GDPにカウントされるような付加価値が増えて、企業の利益が追加され るから資産のリターンを上げることが可能になるのだ、というのが主な因果関係の方向だ。 少なくとも、資産配分を変えるという程度の「資産活用」が成長戦略の代わりになることはない。 成長自体が期待できるわけでないのに、「株式投資を増やしましょう」とか「もっとリスクを取りましょう」というような話に引っかかって投資をして も、急には成長しない利益を投資家同士が取り合うだけのことで、時価総額が一時的に増えることがあっても、利益の実態が見えてきたときに割高な株価が修正 されて損をする公算が大きい。 はっきり言えば「貯蓄から、投資へ」というキャッチフレーズに踊らされてリスク資産への配分を増やした素直な投資家が、過去に損を重ねてきた背景に はこうした仕組みがあったと言うべきだろう。 補足1、資金供給は成長を加速しないか? 大まかには、上記のように考えればよいので、個人も法人も、投資自体が経済成長をもたらすのではなく、まず経済の成長があることの方が先決だと考え て、国家の経済のためではなく、自分の利益のために投資の判断を行うべきだ。 ただし、いくつか考えて補足しておきたい問題はある。 一つめは、成長資金のファイナンスが行われること自体が、経済成長を促進するのではないかという論点だ。 確かに、そうした側面はあり、それは株式市場を整備する意議でもある。ただし、現在の日本の場合は、資金が成長のボトルネックになっているようには 見えない。 たとえば、日本には、官・民いろいろなタイプのベンチャー・キャピタルがあるが、多くのベンチャー・キャピタルは有望な投資先が足りなくて困ってい るのが現状だ。 もちろん、有望な技術やアイデア、人材などを持ちながら資金に恵まれずに成長できない会社は存在するだろうが、これは、十分な目利きができる人が投 資する案件であって、国単位でお金を流し込むような対象ではない。 現在の日本に足りないのは、リスクマネーの供給よりも、ビジネスのアイデアであり、ひいてはケインズの言う「アニマル・スピリット」だろう。 補足2、外国に投資するとどうか? 先ほどのリターンの皮算用は、付加価値源泉を日本国内に限ったことで、行き詰まってしまったようにも見える。海外に投資したらどうなのだろうか。 海外への投資は、付加価値拡大の可能性を追求する上でも、分散投資でリスクを低減する上でも、有効な選択肢だ。 可能性としては海外投資でリターンを稼ぐ事があり得るが、日本のGDPの3%分もの付加価値を海外の経済成長から獲得してくる(もちろん課税後 に!)というのは、衰えたりとはいえ日本が世界2、3位の経済規模を持っている以上大変なことだ。 外国為替特別会計にある外貨準備はざっと100兆円だが、1500兆円の30%は450兆円にもなる。現実的なポートフォリオ変更ではない。 補足3、株式が不人気の場合はどうなのか? 急には大きく変化できない将来利益を投資家が取り合うというイメージを、先ほど考えた。たとえば、この際に、企業の利益を取り合う投資資金が少ない 場合にはどうなるだろうか(実際には時価総額が小さい、つまり株価が低い状態でそうなる)。 この場合には、当然のことながら、リスクを取って株式に投資するのが有利だ。 金融と政治・利権の関係に注目しておこう 昨年、政権交代が行われたことで、今後の、政治と金融市場の関わりにも変化が生じてもおかしくない。自民党政権時代にも、金融版の公共事業利権の構 築とも言える「日本版国家ファンド」の浮上や、「貯蓄から、投資へ」キャンペーンなどがあった。 新しい政権構造の下で、たとえば年金の積立金や郵貯・簡保などの資金のような大きな資金に対する運用ビジネスと政治の関わり(多くは政治家・官僚に 「利権」を伴う)が発生する可能性があるし、金融市場に対するアプローチの仕方に変化が出る可能性がある(変化なしの可能性もある)。 ことの良し悪しや賛否を考えることももちろん重要だが、世の中の動きがどうなっていく のかよく見ておきたい。もちろん、「国民がもっとリスクを取って投資をしたら、日本経済が成長する」というような幼稚な意見には騙されないようにしたいも のだ。
2010年04月02日
(1)学部学生相手の資産運用の授業計画 今年の春からしばらくの間、関東圏のある私立大学で主に経済学部の学生を相手に「金融資産運用論」を教えることになった。高度な知識を前提にするわ けではないので、1年生からでもいいのだが、ある程度の基礎があるとありがたいということで、念のため2年生以上を対象とする。 学生のレベルや基礎知識、金融常識など、本当は重要な前提条件は一度やってみなければ分からない。数学は複利と標準偏差くらい分かれば(あとはでき れば微分が「微かに分かる」くらいで)十分だから数IIでおつりが来るし、基礎学力は、勉強が面倒でない分、一般人よりも余裕があるのではないか。しか し、「株式」とか「債券」といったものに対する具体的イメージが乏しいかも知れないので、話の内容が分かってもらいにくいかも知れない。だが、金融機関な どから余計な先入観をインプットされていないので、話が染みこみやすいのではないか、というのが講師の期待だ。 半期で14回の授業をひとまとまりとして授業計画を作成した。もちろん、授業をしながら内容も構成も修正していくことがありそうだが、秋学期も基本 的に同様の内容を講義する予定だ。 以下は、筆者が大学に提出した授業計画だ。 「金融資産運用論」の概要(ガイダンス)運用常識の嘘と本当割引現在価値と債券投資株式の投資価値とモダン・ポートフォリオ理論「市場の効率性」の本当の姿行動ファイナンスと投資資産配分(アセットアロケーション)の基礎資産配分(アセットアロケーション)の実際個人の資産運用計画株式ポートフォリオの運用方法投資から見る外国為替とデリバティブ年金と投資信託の商品と運用運用業のビジネスモデル個人の資産運用の再論 どんな構成にするのがいいか難しいところだが、筆者としては、オーソドックスだと思う構成にした。一般投資家向けの投資教育は、投資の基礎、アセッ トアロケーションから個別商品へと流れる形で作ることが多いが、本授業計画は、大まかには、投資の基礎の部分を理論的に補強した構成に、運用ビジネス論や 個人の資産運用計画の考え方を補足したものだ。 最初の授業(まだ「講義」と名乗るほどの自信はない)では、筆者が思う、金融知識の現状(アカデミック、世間一般、運用のプロ、それぞれの立場か ら)と特に個人の資産運用をめぐる問題点を概説し、「楽勝科目」であることをそれとなく伝える。 2回目ではリスクとリターンと「効用」について教えて、考え方の枠組みを上手く伝えたい。しかし、今気付いたことだが、「運用常識の嘘」といって も、運用常識自体を持っていない学生には話が分かりにくいかも知れない(早速修正が必要だ)。 3回目で割引現在価値を理解してもらい、ついでに債券の価格・利回り計算を説明する。 4回目では割引現在価値の知識をもとに株式のファンダメンタル・バリューの考え方を教えて、リスクプレミアムとの関連でCAPM、APT、 ICAPMなどのポートフォリオ理論を概説する。ポートフォリオ理論が「何々プライシング・セオリー」と呼ばれていることから考えると、妥当な構成ではな いか。 5回目に、「市場の効率性」を巡る問題を集中的に取り上げる。市場は価格が正しいという意味で効率的ではさらさらないが、アクティブ運用が難しいと いう意味ではフェアだ、という点を説明する(従って、アカデミックな議論のかなりの部分がピント外れなのだ)。ここは、上手く伝えたい。 6回目は、前回の市場の効率性批判の話からつなげて、行動ファイナンスのエッセンス(裁定が不完全性の研究と「バイアス」の研究)を紹介する。 7回目、8回目は、アセットアロケーションだ。エクセルを使ってアセットアロケーションを分析できるようになることが一応の目標だ。プロでもリター ンとリスクの「匙加減」が良く分かっていない人がいるので、丁寧に教えたい。 9回目は、「人的資本」を考えた場合のアセットアロケーションや個人のALM、生命保険の意味などを説明する。 10回目は、株式ポートフォリオの運用をアクティブ運用の話を中心に解説する。 11回目に、外国為替の性質と簡単なオプション理論の説明をする。共に、本来、もう少し丁寧に説明すべきテーマかも知れない。 12回目からビジネスとしての資産運用を説明する。年金と投資信託の仕組みの概説、運用の共通点・相違点などを説明したい。 13回目は、ビジネスとしての資産運用について説明したい。行動ファイナンスと伝統ファイナンスが資産運用ビジネスでどう応用されているか、という ことなども話したい。 14回目は、正直なところ「予備」として流動的だ。授業が計画通りに進んでいれば、個人の資産運用を巡る状況の総まとめを話して終了とする。 (2)学生向けのPRと成績評価など いくらか恥ずかしいが、学生向けの案内文を再掲しておこう。この授業を履修して下さいという一種のPR文でもある。 この講義は、金融資産の運用について、理論と実際の両面の基礎知識と考え方を伝えることを目的とする。 現在、世間的にもアカデミックにも個人の資産運用に関しては、十分な理論的基礎と実際に応用可能な方法とが組み合わせられた方法論が存在しないよう に思われ、誤った内容が「投資教育」と称して金融機関などを通じて一般に広まっているのが実態である。そこで、「正しくて体系的な個人の資産運用の手法と 知識」の内容を確立することを、本講義の第一の目的としたいと考えている。 また、個人の資産運用の他にも、年金や投資信託など機関投資家の運用の実態や、運用ビジネスのビジネス・モデルなど、現実生活に関係するテーマがあ り、投資に関する理論的な研究は、モダンポートフォリオ理論や金融工学を経て、近年は行動経済学の影響も受けて、現在、流動的で、知的にも非常に面白い局 面を迎えている。 本講義では、できるだけこうしたトピックにも触れて、学生が金融市場をめぐるファイナンス(金融論)の研究に興味を持つようなガイダンスをして行き たい。 個人のお金の運用に興味のある方、金融機関への就職を考える方、金融論の一分野としての投資理論に興味のある方などの参加を期待する。 教材は、そのうちにまとめたものを作りたい。他の授業(題は、「会社と社会の歩き方」)でも自著をテキストにして学生に売る予定はない。むしろ、授 業内容を素材にして、一般向けの本を作りたいと思っている。 教材をどのような形で届けるか、質問をどう受け付けるかなどは、ブログの活用なども含めて検討中だ。 成績評価については「原則として期末試験の結果(100%)によって評価するが、試験にかえてレポートを評価する場合がある。試験はテーマ選択式の 記述問題を予定している。」と述べてある。成績評価の基本方針については大学の方針に従うが、落とすことを目的とした試験はしない。答案やレポート(救済 措置用)を読むのは大変そうだが、楽しみでもある。 授業の教材、授業から得たフィードバックなどについては、随時、この「ホンネの投資教 室」でもご紹介していきたい。
2010年04月01日
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