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世の中には色々な人がいて、様々な運用商品がある。現実の運用は、人それぞれなのだが、果たして、お金の運用は人の事情によってどの程度変化すべきものなのだろうか。下の図は、有名なCAPM(Capital Asset Pricing Model。資本資産価格モデル)の導出過程の説明によく使われる図で、リスク資産の有効フロンティア上の一点とリスク・フリー資産(借入を含む)との組み合わせを表す直線(証券市場線)が最も効率的な投資機会集合となって、リスクに対して慎重な投資家も、リスクに対して積極的な投資家も、保有するリスク資産の組み合わせは同じものになるという部分を説明する際によく使われる。CAPMを説明する典型的な図ここで、全ての投資家が同じポートフォリオMを選択する理由は、投資家が保有する情報が共通であり、全ての投資家が共通の有効フロンティア(リスクに対する期待リターンの効率がベストの投資機会集合)に直面していると仮定されているからだ。この理論的仮定自体は現実的ではないが、個人のポートフォリオ選択行動を考えると、自分にとって最も効率のいいリスク資産の組み合わせを一つだけ知っていれば、それと無リスク資産を組み合わせれば、リスクに対して慎重でも、積極的でも、全て用が足りるという部分のロジックは利用できる。従って、リスクに積極的だから外国株式と国内株式のファンドを組み合わせるが、そうでもないからバランス・ファンドを買うし、リスクにもっと慎重だけれども少し高いリターンを狙って外貨預金を少しやってみる、というような、リスク態度別にリスク資産を運用する運用商品を変える必要はないし、そのような変化は非効率的だということになる。これは理屈としては全く正しいのだが、現実の運用はこのようには行われていない。この理由は、一つには、リスクの大きな運用商品でも、投資額を小さくすればほどほどのリスクで運用できるといった「金額によるリスク調整」が盲点になりやすいことがあるだろうし、もう一つは、金融機関が投資家の使える資金を全額使わせようとすることだろう。運用目的ではリスク資産はほとんど変わらないお金の運用のアドバイザーは、しばしば顧客に対して、将来そのお金を何に使うかを聞いて、購入を勧める運用対象商品を変化させる。この際に重視されるのは、運用期間だ。一般に、運用期間が長いほど、大きなリスクを取っても大丈夫だと判断されて、リスクの大きな運用商品が勧められる傾向がある。しかし、これまでに何度も書いたので詳細は繰り返さないが、リスクに対する態度を一定だと仮定した場合「運用期間が長くなると、取ることのできるリスクが大きくなる」というのは間違いだ。取ることができるリスクの大きさは、運用期間が変化してもおおむね変わらない。たとえば、リスクの負担力が年齢で変わるように思うのは、個人の人的資本の価値が若い人の方が大きいし、若年者は傾向として大きな金融資産を持っていないことが多いからだ。また、「お金に色は着いていない」から、将来の使途が、老後の生活資金だろうが、子どもの教育費だろうが、旅行代だろうが、医療費だろうが、お金は自由に使うことができる。資金の「使途」で運用方法を変える必要はない。要は、より安全に、より大きく殖やすことが期待できるお金の運用方法を一つ知っておけば、殖やしたお金は、何にでも使える。ある程度の貯金があれば、各種の保険が不要になるのは、こうした理由だ。現実問題としては、医療保険が不要であるケースが圧倒的に多い。治療に必要なほとんどの高額医療費は、健康保険の高額療養費制度でカバーできるし、保険料を自分で貯めた方が、医療費の作り方としても圧倒的に得だ。収入源との関係は少し考えた方がいいリスクに対する態度も、運用の期間も、運用する資金の将来の使用目的も、運用内容には影響しない、特に、リスク資産の運用内容には関係ないとすると、正しい有効フロンティアさえ分かれば、リスク資産の運用内容は誰でも同じでいいのだろうか。たとえば、電力会社の役員Aさんと、自動車メーカーの役員Bさんを考えてみよう。いうまでもなく、為替レートの変動に対する勤め先の業績は、電力会社(輸入企業)と自動車メーカー(輸出企業)では、逆の方向になる。役員なので、収入が会社の業績に連動すると考えると、Aさんの人的資本(将来の稼ぎの割引現在価値)とBさんの人的資本では、為替レートの変動、ひいては外貨建て資産の収益の変動に対する変化の相関関係が異なることになる。この場合、たとえばAさん、Bさん共に、人的資本が2億円で、運用資産額が5千万円だったとすると、5千万円の中で取る為替リスク(外貨の買い)は、Aさんの方がBさんよりも大きくていい、ということが考えられるだろう。仮に、1千万円を銀行に置いて、4千万円をリスク資産で運用する場合に、Aさんは国内株4割・外国株6割でいいが、Bさんは国内株6割・外国株4割の方がいい、といったことがあるかも知れない。こうした観点を考えるなら、将来の資金使途が例えば不動産の購入である場合に、不動産の将来の価格リスクをヘッジするために、ポートフォリオにREITを含めるといった、資金使途とポートフォリオの相関関係を意識することで、運用を改善できるかも知れない。人的資本と将来の資金使途の(価格)の影響の大きさを考えると、変動リスクが大きくて、また金額で評価した場合の規模も大きいのは人的資本の方だろう。もっとも、将来の自分の収入やその期待が反映する自分の人的資本の価値変動と金融資産の間の相関関係を計測して、運用に反映している人にはまだ会ったことがない。当面は、金融資産の中で、負担するリスクに対する効率の良い運用を追求していけばいいのではないだろうか。だが、人的資本と金融資産の相関関係に気をつけた方がいいケースが一つだけある。それは、勤務先の株式だ。社員持株会といった制度が多くの会社にあるが、愛社精神を持つのはいいとしても、運用のセオリーからすると、金融資産の多くを自社株で持つのはお勧めできない。会社の業績が悪化すると、ボーナスが減り、給料が減って、さらに金融資産も激減していた、ということが起こりかねない。筆者は、自主廃業発表時に、山一證券に在職していた。山一證券には社員持ち株制度があって、さらに、自社株を買う場合に会社から融資が受けられる制度まであったのだが、これらの制度の存在は、社員にとって裏目に出たとしか言いようがなかった。筆者は、確定拠出年金の運用商品メニューに自社株を加えることにも反対だ。老後の資産形成に関するセオリーに反する運用方法を、税制面でサポートするのはおかしいと考えるからだ。暫定的な結論人によって運用内容を変えるべきか否かについて、現時点で、筆者はおおむね次のように考えている。(1)大雑把には、リスク資産の運用内容はみな同じでいい、(2)将来のお金の使用目的や運用期間はなすべき運用の内容にほとんど関係ない、(3)あえて言えば、将来の収入源の違いによっては多少の違いがあるかもしれない、(4)ただし、最適なリスク資産での運用額(リスク量)は個人によって差がある。お金の運用目的は、誰しもが「お金を増やすこと」であり、もう少し丁寧にいうとしても、より安全により多くのお金を得るという意味で「効率的に」お金を増やしたい、ということに尽きる。リスクをより小さく、リターンをより大きくすればいいのだから、負担するリスクに対して、追加的に得られるリターンが最も大きな、つまりリスク当たりの効率がベストな商品ないし、その組み合わせさえ知っていれば、後は、それをどれだけ買うか、だけが問題だと割り切っていいだろう。また、現実問題としては、リスクとリターンの効率もギリギリのベストを追及する必要はない。運用が趣味でも仕事でもない普通の人は、「おおむねベスト付近」と思われる運用の組み合わせを一つ知っていれば十分だ。お金の運用は、金融機関が期待するよりもかなりシンプルなものでいいはずだ。
2010年10月15日
筆者は、今年の4月から獨協大学で「金融資産運用論」というタイトルの授業を担当している。資産運用に関する理論と実際の資産運用を説明することが 眼目の授業だが、あわせて、個人の資産運用に関する必要知識とその伝え方のサンプルを作ることを第二の目的としている。春学期に一シリーズの授業(14 回)を終えて、試験を実施した。また、大学は受講生に対する授業評価のアンケートを実施してくれた。 実際に授業をやってみて、あらためて教師は大変な仕事だと思ったが、これから秋学期が始まる。 春学期の授業内容を振り返り、また、試験答案や学生の授業評価アンケートの内容などを検討した結果、秋学期の「金融資産運用論」の授業予定を修正することにした。 春学期の反省点は、 (1)全体として内容を詰め込みすぎたこと、 (2)難度が高く感じられる項目の並び方であったこと、 (3)投資理論基礎と運用実際が混在して受講者がモチベーションを持ちにくかったこと、 の主に三点だ。 春学期は、投資の基本的な理論を説明する中で個人の資産運用の問題に重点を置く構成を基本としたが、秋学期は、全体として個人の資産運用に必要な知識を説明する中で、投資の理論的な内容にも触れる構成に修正したい。理論の流れを中心にすると、どうしても難しく見える。 将来、自分のお金をどのように扱い運用したらいいのかという目的意識を中心とする方が、受講者はモチベーションを維持しやすいのでないかと期待す る。この形では、将来、より深くファイナンスの理論を学んでみたいと思う学生にとって、物足りない面が出てくる心配があるが、この点は授業の中で補ってい きたい。 春学期と秋学期とで、伝えるべき内容が大きく変わるとは思っていないが、秋学期の方が易しい内容に思えるように工夫したい。 以下に、秋学期の授業予定をご紹介する。現時点で筆者が考える「投資の基礎」の内容と、これを教える手順のサンプルとして読んでみて欲しい。 運用が仕事でも趣味でもない一般的な個人はこの全てをマスターする必要はないが(★一つの項目をマスターすれば大丈夫)、運用あるいは運用をアドバイスする仕事に就く場合は、全て必須の知識だと思う。 一般人向けの「運用入門」としては、第1回から第4回までで一通りの内容を網羅することを意図している。 2010年 秋学期 「金融資産運用論」 授業予定 (※)タイトルの横に表示した★の数(1~3個)は、その回の授業の難易度を表します。★は「個人のお金の運用に必要な最低限のレベル」、★★は 「運用に興味のある人は知っておきたいレベル」、★★★は「ファイナンスの理論にも興味を持つ人が知っておきたいレベル」です。いずれの回も、高校2年生 程度の学力を前提として説明します。 また、解説本文の下の括弧内に、その回の授業で取り上げる予定の専門用語やキーワードを記しておきます。 第1回 ガイダンス 「金融資産運用の対象は何か?」 ★ 個人にとって「お金」とは何で、どう扱ったらいいか、お金の運用にあたっては何を知っておいたらいいのかを説明し、「金融資産運用論」で何を取り上げるのかを概説します。試験の方法、単位認定の方針などもご説明します。 (生涯所得、人的資本、現代投資理論、行動フィナンス) 第2回 主な金融商品と、貯蓄・投資・投機 ★ 株式、債券、不動産、生命保険、投資信託、外国為替、商品投資など、学生が金融資産の運用を考える際の対象物について概説します(前回、これらが分からなくて苦労した受講者がいたようなので)。その後で、貯蓄、投資、投機をどのように考えたらいいのかを説明します。 (普通株式、優先株、債券、国債、社債、格付、預金、貯金、生命保険、定期保険、年金保険、終身保険、医療保険、付加保険料、死亡表、投資信託、受託銀 行、外国為替、スポット、フォワード、スワップ、家賃利回り、REIT、ETF、商品先物取引、リスク、デリバティブ、先物、オプション、ゼロサムゲー ム、情報の非対称性) 第3回 お金の損得計算の基礎 ★ まず、将来の価値に不確実性がない場合の利回り、将来価値、現在価値の計算方法について解説します。その後で、将来の価値に不確実性がある場合の考え方を説明します。 (将来価値、現在価値、割引現在価値、機会費用、利回り、単利、複利、直利、リスク、標準偏差、リスク・プレミアム) 第4回 個人の資産運用計画の作成 ★ 個人が資産運用に取り組む手順は、(1)家計の把握・分析、(2)個人の資産配分、(3)運用商品の選択、(4)取引窓口の選択、(5)運用のモニタリングとメンテナンス、です。特に前半部分に重点を置きながら、個人の資産運用プロセスを概説します。 (バランスシート、損益計算書、ライフプラン、キャッシュフロー表、アセットアロケーション、人的資本、リスク、FP、投資信託、インデックス・ファンド、為替リスク、財政破綻、インフレーション) 第5回 運用の「合理的な」考え方 ★★ 主に個人の資産運用にあって、陥りやすい誤りや、一見常識的に見えても正しくない運用上の行為などを紹介し、お金とその運用をどう扱ったら合理的なのかを説明します。 (簿価、時価、ドルコスト平均法、損切り、利食い、目標株価、リバランス、システム運用、ポートフォリオ・インシュアランス、TAA、後悔回避効果、効用関数) 第6回 リスクの扱い方と計算方法 ★★ 将来価値の不確実性・リスクをどのように扱うかを説明し、将来のリスクの見積もり方、さらに、複数の資産を組み合わせた場合のリスクの計算方法について説明します。 (不確実、曖昧、リスク、分散、標準偏差、半分散、分散投資、ポートフォリオ、相関係数) 第7回 アセットアロケーション(資産配分)の作成方法 ★★★ 前回のリスクの計算方法の説明を受けて、アセットアロケーションの具体的な作成方法について説明します。 (期待リターン、インプライド・リターン、最適化、取引コスト、リバランス) 第8回 モダンポートフォリオ理論 ★★★ 投資に関する伝統的な理論について、CAPMを中心に概説します。 (CAPM、β値、資本コスト、分離定理、APT、マルチファクターモデル、アノマリー、オプション、ブラック・ショールズ・モデル、金融工学) 第9回 市場の効率性とアクティブ運用・パッシブ運用 ★★★ 投資の理論的な研究で頻繁に取り上げられる「市場の効率性」の概念について、理論と現実の関係、同概念の「正しい理解の仕方」を説明します。 (市場の効率性、アノマリー、Fama-French、アクティブ運用、パッシブ運用) 第10回 行動ファイナンス ★★★ 認知心理学の成果を応用したファイナンス研究のプログラムとして、過去30年くらいの間に研究が進んだ「行動ファイナンス」と呼ばれる分野の考え方の骨組みと主な業績について紹介します。 (行動ファイナンス、神経ファイナンス、裁定、認知心理学、プロスペクト理論、後悔回避効果、オーバー・コンフィデンス、双曲割引、時間非整合、フレーミング効果、ヒューリスティックス、バイアス、MRI、毎月分配型ファンド) 第11回 株式投資の方法 ★★ 個人及び機関投資家の株式ポートフォリオの運用について、その分類、代表的な方法、いい方法、ダメな方法を含めて、もいくつかのアイデアと具体的な方法を説明します。 (PER、PBR、バリュー、グロース、アーニング・サプライズ、アノマリー、マーケット・タイミング、チャート分析、時系列分析、ファンダメンタル分析、アナリスト、最適化、シャドウ・インベスティング、イベント・ドリブン) 第12回 個人と機関投資家の運用プロセス ★★ 投資信託、年金基金など機関投資家の資産運用のプロセスや運用評価の方法を概説し、これを個人の資産運用と比較することで、個人の資産運用プロセスに関する復習を行います。 (ベンチマーク、基本ポートフォリオ、運用プロセス、運用哲学、シャープ・レシオ、インフォメーション・レシオ、受託者責任、成功報酬、ヘッジファンド、コンサルタント) 第13回 ビジネスとしての資産運用 ★★ 資産運用業のビジネス・モデルについて考えます。「そもそも運用で儲けることができるなら、他人のお金をなぜ運用するのか?」という疑問からスタートして、資産運用業がどのようなサービス業であって、ビジネスとしては何がポイントなのかを考えます。 (マーケティング、ポジショニング、エージェンシー関係、情報の非対称性、オーバー・コンフィデンス、成功報酬、宗教法人) 第14回 バブルと資産運用&予備日 ★ 全体の補足解説、質疑応答、試験問題の説明、などに充てます。 余裕があれば、「バブル」について説明したいと思います。
2010年10月01日
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