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『伝説巨神イデオン』第25話「逆襲のイデオン」。文字通り、攻勢に出たソロシップとイデオン。ダラム・ズバ率いる私設軍隊を壊滅させるが、不条理な形でキッチ・キッチンが死んで行く…。妻にもそろそろ見えてきているだろうか。物語のターニングポイントを迎えつつある中で、いくつかの重要な要素がこのエピソードに含まれていたことを。・カララがソロシップのクルーたちに、自分の母星であるバッフクランの地球の位置を教えた(これで、一歩間違えば、自分の祖国が戦争に巻き込まれる)・コスモたちの地球と、ソロ星と、バッフクランの地球とは、一直線に並ぶ(これは、単なる偶然なのか、それとも…)・重傷を負って眠り続けるコスモが、カララから輸血を受ける(異星人同士の間で輸血が可能であるという事実、およびそれが「新たな力」を生みつつあるというナレーション、その意味は?)…等々(2月2日記す)
2008.01.31
NHK『クローズアップ現代』のシリーズ「ヨーロッパからの“新しい風”」。最終回の今夜は教育がテーマだ。1980年代後半、教育に競争原理を導入した英国が、どのような問題を抱えるに至ったか。他方、知識量よりも思考力を育てることに着目したフィンランドの教育が、どのような注目すべき結果をもたらしているか――。頭脳というのは、「記憶力」だけが勝負ではない。「思考力」「問題発見力」「想像力」「創造力」「構想力」「問題解決力」、そして「結果責任を取る能力」などが問われる。そうした能力を陶冶する教育は、市民教育として重要なはずだ。その点、日本はどうなっているか…?(2月1日記す)
2008.01.31
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いつ読むかは不明だが、アマゾンから職場に2冊の本が届く。・遠藤誠治ほか編著『グローバル対話社会――力の秩序を超えて』(明石書店、2007年)。・アントニオ・ネグリ、杉村訳『さらば、“近代民主主義”――政治概念のポスト近代革命』(作品社、2008年)。ネグリの<帝国>論やマルチチュード論はずいぶん注目されたようだが、私の頭では読んでも理解不能であった(涙)。
2008.01.31
私の授業を多く履修してきた優秀な学生K君が、レポートを提出しに私の部屋を訪れた。いきなり、「センセ、体調悪そうですね」と言われてしまう。「風邪ですか? 顔が赤いですよ」ときたもんだ。顔が蒼いのも問題だが、赤いのもねぇ…。げげげ。
2008.01.31
毎年この時期には書いている「お約束」のセリフだが…今年も早くも残り12分の11になろうとしている。1月も終わりだ。昨日、今日と、なぜか頭の中が暴走している。脳がピンピンに緊張状態で、目まぐるしく回転していて止められない。もちろん、こんな状態でものを考えても、価値あるものが何もまとまるわけではない。心身がただ疲弊するだけ。その私の緊張状態が、妻には伝わるらしい。「昨日よりはまし」だと言われたが…。
2008.01.31
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『伝説巨神イデオン』第24話「潜入ゲリラを叩け」。準高速ミサイルの攻撃で壊滅的打撃を受けたキャラル軍だが、ソロシップへの物資の補給を断固拒否し続ける。そうこうしているうちに、ダラムの軍はゲリラ部隊を繰り出してイデオンを奪取に来る。ハルルに捨てられダラムに拾われたギジェは、ソル・アンバーを奪うことに成功するかに見えたが…。一方、敵のゲリラ戦法を目の当たりにしたカララは、現在襲ってきているバッフクランが正規軍ではなく私設軍隊であることを見破る。今の敵の戦力は少ないはずだ。そこから、これまでもっぱら受け身で戦ってきたソロシップが、逆に攻勢に出ることを決意する――。次回は「逆襲のイデオン」である。(1月31日記す)
2008.01.30
引き続き、NHK『クローズアップ現代』の「ヨーロッパからの“新しい風”」を観る。第3回の今夜は、EU 内での労働力移動がテーマだ。2004(平成16)年に新たに EU に加盟した10ヶ国のうち、特に番組ではポーランドとラトビアに光を当てていた。かつてスペインとポルトガルが EC (当時)に加盟した時、その経済力の弱さから労働力の国外流出が問題になったが、時を経てこれらの国の経済力が高まると労働者が戻ってきた。それと同様のことが、ポーランドなどの新規加盟国にも起こるであろう。だから、長い目で見なければならない…等々。EU の外からの移民の問題については触れていなかったが、経済的に潤っている国で労働力が不足し、外国人が職を求めてそうした国に移動してくるという現象は、おそらくその時代その時代で意味を変えるのだろう。私は、それをどう見るか。いや、そもそも見る目を持っているか…(汗)。(1月31日記す)
2008.01.30
悪い意味で、奇妙な1日だった。熟睡できなかったわけではないのだが、朝は異様に眠かった。にもかかわらず、なぜか頭は冴えわたってしまい、疲れきってテンパっている。当然、起きるよりない。妻からは、顔がヘンだと言われた。ヘンな顔なのは生まれつきだが、肩が鉄板のように張りまくっているので、やはり具合が悪かったのだろう。湯治でも必要か。そして、夕刻には妻の具合も悪くなった。結局、夫婦そろってダウンするという結果に。やれやれ。自覚しないうちに、妻も相当の疲労がたまっているのかもしれない。
2008.01.30
「デモクラシー」の深化にとって、「シティズンシップ教育」はやはり重要。それは「上からの啓蒙」ではなく、究極的には、市民の絶え間なき日々の「自己変革」に尽きる。「人間革命」とも言えようか。これは、言い古された陳腐なモラリズムではない。極めてリアルでアクチュアルな課題である。
2008.01.30
NHK『クローズアップ現代』は夕べから、「ヨーロッパからの“新しい風”」というシリーズをやっている。第2回の今夜のテーマは、低炭素都市を目指しているロンドン市の取り組みだ。英国国家よりも早いCO2削減目標をかかげ、税制や新しいエネルギー源によってその達成を目指そうとしているロンドン。私はロンドンに住んだことはないが、貧乏留学生時代に2ヶ月間、ロンドンの知人宅に居候していたことがあるし、友人宅にも何度も足を運んだ。しかしそれも、労働党政権以前の話。20年という時の流れの中で、ロンドンは変貌を遂げつつある――。エコロジーをめぐる市民たちの意識。ロンドン市という行政の役割。企業の取り組み…。私は環境問題を専門的に勉強したことはないが、「カーボン・デモクラシー」という言葉が脳裏に焼きついた。
2008.01.29
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『伝説巨神イデオン』第23話「戦慄・囮の星」。本国に戻ったハルルに入れ替わるように、バッフクラン正規軍ではない私設軍隊(オーメ財団のダラム・ズバ)が、ソロシップとイデオンを追う。ダラムは彼らをおびきだすために、地球の植民星キャラルを準高速ミサイルでほぼ壊滅させる。SOS 通信を受けてキャラルに立ち寄ったソロシップは、かえって、「異星人を呼び込んだ」との恨みをかうことになる…。キッチ・キッチン初登場(私はさほど好きではないが、かつては熱狂的なファンが多かった)。妻も、徐々にシリアス味を増してきたストーリィを、何とか追いつつある様子だ。
2008.01.29
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10年あまりお世話になっている奥田のぞみさんが邦訳なされた、Z.アイゼンステイン著『フェミニズム・人種主義・西洋』(明石ライブラリー、2008年)が、本日届く。わざわざのご恵送に大感謝です。アイゼンステインの名は、シェフィールド留学中にフェミニズム文献を初めて本格的に調べる中で出遭っていたが、きちんと読んだことはなかった。この本の原著は2004年。言うまでもなく「9・11」事件以降である。アイデンティティをめぐる言説が、この事件以降にますます錯綜してしまったことは事実だろう。それでも、近視眼的に、目先の議論に右往左往してしまうのではなく、知的に誠実な思索をしていかなければなるまい。その意味からも、本書は興味深い。
2008.01.29
昨日で授業(補講期間)が終わり、今日から学年末試験の期間に入る。10月に1週間寝込んだ分の補講を、この1月下旬にまとめてやったので、かなり苦慮したが、ともあれそれも終わり、あとは大量の採点をしなければならない時期にきた。毎年のこととは言え、試験期間にはそれ相応の緊張感がある…。
2008.01.29
中国革命の父・孫文について、面白い記事を発見した。ある会合で、あまりに大勢が集まったため、会場の床が抜けてしまった。出発にあたって、何と不吉なことかと、皆が顔色を変えた。しかし、孫文は悠然と言い放つ。「なんとめでたいことだ! 敵を踏みつぶす前触れではないか!」この一言で皆の心は明るくはじけ、歓声が起こった――と。孫文の不屈の魂であろう。同じ事実に直面しても、とらえ方や見方には、人によって違いが出る。物事には必ず、善い面と悪い面の両方がある(善悪不二)。真の楽観主義とは、いわゆる「お気楽」とは根本的に違う。物事の両面をとらえる正視眼を持ち、「大悪をも大善へと転じていける」との深い哲学に根を張った、確信あふれる前向きの思想である。(1月29日記す)
2008.01.28
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『伝説巨神イデオン』第22話「甦える伝説」。第1~7話の総集編である。これは想像だが、本放映当時(1980年)、視聴率に伸び悩んだはずのイデオンであるから、週に1度の放映でストーリィ展開が見えなくなっている視聴者のために、この総集編を挿入したのかもしれない。しかし、総集編と言っても、セリフなどはすべて新しく録音されているし、ストーリィ展開も実際に放映された過去のエピソードと異なっている部分がある。そういう点は、しっかり見逃さない妻。「おかしい、おかしい」を連発した。確かに、長年のファンである私が見ても、首をかしげざるを得ない展開は少なくない。これでも、映画版「接触編」よりははるかにましであるが…。(1月29日記す)
2008.01.28
環境問題に取り組むヨーロッパ企業を追った、NHK『クローズアップ現代』を観て、種々考えさせられる。自由経済を否定し去ることなく、しかもエコロジーの中に資本主義を取り込んでいこうという、そうした試みに見えた…。もう1つ Ph. D. に挑戦するなどということはご免だが、もし天の采配で再び留学する機会でも得て、修士課程の大学院に(ディプロマ・コースでも)入れるとしたら、経済政策を勉強してみたいなぁ、と思う。無論、私は経済学には無知蒙昧だから、むしろ社会学的アプローチの方が自分には有効かもしれないが。(1月29日記す)
2008.01.28
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わが故郷に帰省した折に、新しくできたいわき市立いわき総合図書館に立ち寄って、今日でちょうど1ヵ月になる。いきなり副館長にお目にかかって、私の拙著群を故郷の図書館に寄贈させて戴こうと申し出てから、もう1ヶ月も経ってしまうが、ともあれ送る準備は何とか整えた。以下の8冊。さて、故郷の市民の方々にお役に立つかどうか…。<単著>・『大衆社会とデモクラシー――大衆・階級・市民』(風行社、2004年)・Democracy and Mass Society: A Japanese Debate (学術出版会、2006年) <共著>・藤原孝ほか編著『現代政治へのアプローチ[増補版]』(北樹出版、1998年)・賀来健輔ほか編著『ニュー・ポリティクスの政治学』(ミネルヴァ書房、2000年)・賀来健輔ほか編著『政治変容のパースペクティブ』(ミネルヴァ書房、2005年) <訳書>・C.ムフ著『政治的なるものの再興』(日本経済評論社、1998年)・D.ヘルド著『デモクラシーと世界秩序』(NTT出版、2002年)・M.ケニー著『アイデンティティの政治学』(日本経済評論社、2005年)
2008.01.28
26日(土)、27日(日)と、種々考えさせられる週末であった。八戸から三島に移って、満8年が経過しようとしている今、いったい自分に必要なことは何か、なすべきことは何か、いかなる順序でことをなすべきか…。先々成し遂げなければならない仕事と、自分の健康状態を考え合わせれば、もはや成り行き任せは許されないし(もちろんこれまで、ただ漫然と成り行きに身をゆだねてきたつもりはないが)、体を壊さなければ仕事ができないというパターンからも脱却しなければならない。しかも、問題の所在を明確にしなければ、打つ手を間違える。どこからどこまでは環境の問題なのか、どこからどこまでは自分自身の問題なのか――その見極めが大事になる。留学中や海外渡航中には、自分には何が足りないのかが嫌というほど見せつけられた。しかし、帰国してしまうとついつい、日々の忙しさにかまけて、せっかく見えた自分の問題性に正面から向き合うことがなくなってしまう。そんなことを、ずっと繰り返し続けている。基本的に私は、根が悲観主義である。悲観主義者は早死にするという。なすべきことを果たさずに死んでたまるか! だから、楽観主義に生きなければならない。楽観主義者と悲観主義者とでは、ネガティブな出来事に対する受け止め方が異なるという。楽観主義者は、望ましくない出来事に直面した時、(1)一時的(悪いことが長く続くわけではない)、(2)特定的(悪いことは普遍的に起こるのではなく、ある特定の場合にのみ起こった)、(3)外交的(失敗さえも次の成功へのステップである)に捉えるというのである。悲観主義的な人間は、「失敗したらすべて終わり」という誤った思い込みや誤った信念(irrational belief)に左右されて、物事を判断しているのだそうな。では、ストレスと上手につきあっていくにはどうしたらいいのか。「5つのC」とやらがあるという。(1)コグニション(認識):自分を悩ましている原因は何かを正しく「認識」する。(2)コミュニケーション:同じ病気や悩みを抱えた者同士で「情報を交換し合う」ことで、悩んでいるのは自分だけではないと実感する。(3)コントロール:自分を冷静に保ち、感情を「抑制」する(無論「抑圧」ではない)。(4)コンサーン(かかわり):周囲の人を「思いやる」。(5)コンビクション(信念):有害ストレスを有益ストレスに変えるのに、これが一番重要。自分を見つめるには「鏡」が必要だ。心の鏡を通じて自分を知ること、つまり「自己への気づき」が大事になる。要するに、「汝自身を知れ」。自分の過去は変えられない。他人の考え方や生き方も、たやすくは変えられない。結局、豊かな生き方をするために残された選択肢は、「自分を変える」ことである。自分が変われば周囲も変わる。自分にしか関心が向かないという偏頗な生き方を乗り越え、自分の経験や性格に合わない他者を受け入れないという生き方を乗り越え、「自分以外に関心のあるものを持つ」。それが、自分を殺す「我執」とは違う次元で、自分を活かすことにつながる。――なんだ、言葉にしてみたら、すべて留学時代に自分で気づいていたはずのことばかりじゃないか。
2008.01.28
『篤姫』第4話「名君怒る」を観る。薩摩藩当主となった島津斉彬が、於一に語る――力とは何か。力には力で、腕力には腕力で、応じてしまうのが人の常。しかし、刃を抜くことは簡単だが、一つの刃は必ず別の刃を生む。憎しみの連鎖を生む…。まさに、憎しみが戦いを増幅させてしまう『イデオン』の物語を観ている者にとって、名セリフであった。
2008.01.27
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『伝説巨神イデオン』第21話「敵戦艦を撃沈せよ」。ある意味で、ターニングポイントとなるエピソードである。ようやく、バッフクラン社会のありよう(ズオウ大帝の下での階級制だが、軍と財団とが争ってズオウを倒そうとしている、そのためにイデ獲得競争をしている、という)を、妻に説明できる地点にまで来た。
2008.01.27
地域の未来っ子たちが集まるので、「将来の夢」を持つことについて語って欲しい――そういう依頼をM田氏から受けたのは数日前。少年少女たちの未来を考えれば、無下には断れない。不可能を可能にすることを、若い命に刻み込むのに、私ごときで役に立つのであれば…。で、爆笑に包まれた会場であった(汗)。
2008.01.27
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『伝説巨神イデオン』第20話「迫撃・双子の悪魔」。水の星での、ギャムス隊との戦闘が続くソロシップ。ギャムスは、テレパシーのような意思の疎通で人並み外れた連携プレーを見せる双子の兄妹を、戦力として投入。一方ソロシップは、バリアが強大化し、「双子の悪魔」の攻撃をはねのけ、ギャムスをも葬る――。ハルルは、これまでの異星人との戦闘データを、バッフクラン本国に持ち帰らなければならない。このエピソードで、バッフクランにあると言われる「イデのエネルギーの科学的根拠」なるものが、カララによって語られる。数年前からバッフクランの地球に、流星が降るようになった。それが飛んできた方向が、ロゴ・ダウ(地球人たちの言うソロ星)だ、というわけだ。他方、コスモたちの地球にも、やはり数年前から流星が降り出し、二つの星に落ちた流星の数はほとんど同じ…。これは、単なる偶然なのか? イデなる力とは、いかなるエネルギーなのか? イデそれ自体が、意志を持っているのではないか? 物語は、いよいよ「イデ」そのものをその中心にし始める。(1月27日記す)
2008.01.26
去年の夏に学割版を買いながら、今まで手をつけられず放置していたソフトウェア、ホームページ・ビルダー11。夕刻にようやくインストールし、去年の7月13日以来更新していなかった本家 HP に若干の手を加える。それにしても、機能が多すぎて、使いこなせるかどうかわからないソフトだ。なのに、すでに12が出ているとは…。
2008.01.26
先週の日曜日に見逃した『篤姫』第3話「薩摩分裂」を、再放送で見る。
2008.01.26
曇りの三島。1995(平成7)年と1996(平成8)年のこの日は、シェフィールドは2年連続で大雪に見舞われたなぁ。トーマス・マン曰く「今日必要なのは戦闘的なヒューマニズム、みずからの雄々しさを発見し、自由、寛容および懐疑の原理は恥も懐疑も持たない狂信によって悪用され、踏みにじられてはならないのだという確乎たる見解に貫かれたヒューマニズムであろう」。カール・フォン・ヴァイツゼッカー曰く「人間とは共に生きるための、人生の対話者という存在である」。言論嫌い(ミソロゴス)は人間嫌い(ミサントローポス)。人間が善き人間であろうと、つまり叡知人(ホモ・サピエンス)たらんとすれば、同時に言語人(ホモ・ロクエンス)として、対話の名手でなければならない。語ることは非暴力による「闘い」であり、人と人とを結び合わせる「闘い」である。
2008.01.26
耐えるべき時には耐える。戦うべき時には戦う。その時の見極めに、将軍学がある。(1月26日記す)
2008.01.25
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山岡荘八『高杉晋作』第3巻を、ついに読了する。久々に、長編小説を全巻読み切った。稀代の逸物・高杉晋作も、不治の病によるその最期はわびしいものだったのだろうか…。高校時代に『銀河烈風バクシンガー』にハマって以来、新撰組や榎本武揚の観点から幕末を観ることが多かった私だが、倒幕の側からの幕末観を養っているのが今の私なのかもしれない。NHK 大河ドラマ『篤姫』も始まっているし…。高杉晋作(3)(1月26日記す)
2008.01.25
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『伝説巨神イデオン』第19話「ギャムス特攻指令」。失敗を重ねすぎたギジェは、ハルルによって捨てられる。代わりに本国から派遣されてきた司令官ギャムスは、ただ戦うことだけが生きがいのような残虐な男。水の星に立ち寄って修理を行うソロシップが、時間稼ぎのためにカララを使者としてギャムスとの交渉を試みるが、ギャムスは問答無用。新鋭戦闘機、ゴンド・バウと、重機動メカ、ロッグ・マックとで、ソロシップとイデオンに肉薄する――。妻も、いろいろ内容について質問してくるようになってきた。やはり、ある程度のことが分かってこないと、質問さえできないものだ。これは、すべての事柄について言えることだろう。(1月27日記す)
2008.01.25
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普通、自分が書くなり翻訳するなりした本は、出版社に直接注文すれば、割引価格で売ってもらえる。年末にいわき市に帰省した時に、新しくできた市の総合図書館に自分の本を寄贈することを思い立ち、手元にない本を注文しようとした。ところが、アマゾン・マーケットプレイスで見てみると、古本ではるかに安い価格でそれらの本が売られている。安くなっている自分の本を、自分でまた買うという、この不思議な感覚…。ちなみに買ったのは、以下の2冊。・賀来健輔ほか編著『ニュー・ポリティクスの政治学』(ミネルヴァ書房、2000年)。・D.ヘルド、佐々木ほか訳『デモクラシーと世界秩序』(NTT出版、2002年)。 (1月26日記す)
2008.01.25
朝から顔色が悪い。神経を集中させる仕事は、ちょっと脇に置かなければ。郵便局からスコットランドに航空便を送って、出勤。マンハイム論文執筆のために自宅に持ち帰っていた数々の書物や資料を、職場の自室に戻しつつある。研究室の整理・掃除も、そろそろしなければならないのだが…。それにしても、寒い。
2008.01.25
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『伝説巨神イデオン』第18話「アジアンの裏切り」。はしかにかかった赤ん坊ルゥ。ワクチンを求めて、ソロシップは同胞の植民星・アジアンに立ち寄る。そこに追撃をかけてくるバッフクランのギジェ。しかもあろうことか、アジアン軍は、バッフクランとソロシップの両方に攻撃をかける――。「住む星が違えば、もはや同じ地球人ではない」と慨嘆するシェリルの言葉に、バッフクランを追われた自分と同じ運命がソロシップのクルーにも待っていることを予感せざるを得ないカララ。一方ギジェは、ソロシップとイデオンを引き渡せと一方的な要求をしておきながら、異星人が攻撃に出てくると、「話し合いの機会を与えても無視をする。戦いしか知らぬとは、愚かな種族だ。このような野蛮な種族に、巨神を持たせておいてはならぬ」と考える。要するに、異星人との間にまともな対話が成り立たない。そして、「こんな異星人の星、全滅すればよい」とばかりに、大量殺戮兵器たる準光速ミサイルの第2派攻撃をアジアン星にしかける。その時、眠っていたイデの力が開き始め、イデオンの腹部からマイクロ・ブラックホールらしきものが…。妻にとっても、ようやく「考えさせられるエピソード」になってきたようである。もっとも、話の全体像をつかむのはこれからだ。物語の悲劇性は、まだ始まったばかりである。(1月25日記す)
2008.01.24
疲れて帰宅したら、アマゾンからの小包が。はるか以前からショッピングカートに入れていながら買わずにいて、最近ようやく注文した洋書 Peter J. Feibelman, A Ph. D. Is Not Enough!: Guide to Survival in Science (New York: Basic Book, 1993) が届いていた。最初、書名からして「1つの博士号だけでは不十分だ」という内容に思えて、「じゃ、これからは、2つや3つの博士号が必要な時代なのか?」と考えてしまった。が、実はそういう内容の本ではなかった。博士号を取った後、どのように進路を切り開いていくのかについての本だった。だから、買った。もしこの本を邦訳したとして、どんなタイトルをつけるだろうか? 原題に忠実に『博士号だけでは不十分』とでもするか、それとも思いっきり意訳して『博士号は取ったけれど…』とでもするか。たわごとではあるが。(1月25日記す)
2008.01.24
2時間あまりの会議を終えて、帰宅するなり、妻から「顔色が悪い」と言われる。講義で2コマ吼えるよりも、2時間の会議に出席して座っている方が、消耗するということだ。げげ。
2008.01.24
しばらく曇天だった気がする。昨日も雨模様だったしな。ずっと天気が悪かったわけではないはずなのに、しばらく青空を見ていないような気になってしまうのは、おそらく先週から急激に冷えたのと、今週雪が降ったことによるのではないか。しかし、今日の午後は見事な晴天になっている。青空に、雪山の富士がバッチリ映えている。いささか風は強いようだが、気温は昨日より随分と上がっているのではないか。ひどく乾燥しがちなこの冬、上手に水分補給をしなければね…。
2008.01.24
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一昨日、メールの添付ファイルで提出したマンハイム論文完結編。今朝は、プリントアウトしたハード・コピーとフロッピーディスクを、郵送で投函した。これで本当に一段落。しかし振り返ってみれば、私とマンハイムとの付き合いは、20年もの紆余曲折を経たなぁ。今年は北京オリンピックらしいが、そもそも私がマンハイムに直接かかわるようになったのは、ソウル・オリンピックのあった1988(昭和63)年、大学4年で卒業論文を書く時であった。イデオロギーとプロパガンダの区別が付いていなかった無知な私は、難解なマンハイムの『イデオロギーとユートピア』に手こずり、社会学的なイデオロギー研究がどうして哲学みたいな議論なのか理解に苦しんだものだった。仕上げた卒論は、今から読み直すのは恥ずかしいものだが、ともあれ大学院入試と卒論執筆の中で、むしろマンハイムが英国に亡命した後の議論に非常に関心を持った私は、修士課程での研究テーマを後期マンハイムに決めた。修士論文に決着をつけたのは、1991(平成3)年、初の英国留学の最中であった。寒い11月、喘息に苦しみながら論文を仕上げたという話は、過去にもこのブログに何度か書いている。留学を終えて帰国する直前には、すでに日本に修士論文を郵送した状態で、最後のヨーロッパ大陸旅行に飛んだ。元旦にパリから夜行列車に乗り、バルセロナに着いたのは、バルセロナ・オリンピックを夏に控えた1992(平成4)年のことであった。完成間近のオリンピック・スタジアムを、一人わたがしを食べながらウロウロ歩き回ったことを思い出す。しかし、帰国して博士課程に進んだ私を待っていたのは、修士論文に対する指導教官からの全否定であった。もろもろの要素も重なり合って、マンハイム研究をしばらく凍結することを決めた私は、1994(平成6)年にシェフィールドに飛び出した。日本の大衆社会論争に関する Ph. D. 論文を仕上げるのに、そこから8年を費やした。「大衆社会論を、現代の政治学の中で再検討しなければならない」という自分の問題意識に、やっと自信が持てるようになったのは、Ph. D. 論文を短縮した日本語版『大衆社会とデモクラシー』(風行社)を上梓した2004(平成16)年秋よりも後の話だ。そうした目から、かつてのマンハイムへの関心を凍結解除したら、修士課程時代の私のマンハイムの読み方・理解の仕方に、決して大きな間違いがあるわけではないとようやく認識できた。公表もせずにお蔵入りしていた修士論文は、結論部分には大いなる問題があるものの、マンハイムのテクスト解釈をした本論の部分については書き直す必要を感じなかった。だから、序論と結論部分を書き直すという形で、今更ながらに公にすることに踏み切った。ここに至るまでの間に、いくつのオリンピックがあったことだろうか…スポーツには基本的に関心のない私だが。ともあれ、この論文の完結編が活字となってくるのは5月くらいだろう。1988年から数えれば、一区切りつけるのにちょうど20年かかったわけである。しかもこれは、あくまで一区切りであって決着ではない。むしろ、やっとスタートラインに立ったに過ぎない。それに、別にマンハイム研究に一生を捧げようという気もないしな…。マンハイムの提起した問題を、現代において引き受けようという思いは強烈にあるが。
2008.01.24
1月2日に引き続き、NHK の『プロフェッショナル 仕事の流儀』がイチローを再特集。前日に放映したのだが、何かと多忙で観れなかったので、録画したものを今日観る。多々、考えさせられたし、共感できるところも少なくなかった。(下書き)(1月24日記す)
2008.01.23
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『伝説巨神イデオン』第17話「激闘・猿人の星」。独房に閉じ込められる中で、徐々にコスモに心を開き始めるカーシャ(意固地さは残っているが)。他方、ハルルの命令でロゴ・ダウ(ソロ星)探索に戻っていたギジェが、調査結果をもってハルルのもとに帰ってくる。「異星人の持ち出した船と巨神に、無限力・イデのエネルギーが封じ込められているらしい」――ここからバッフクランは、何としてもイデオンとソロシップを手に入れようと本腰を入れ始める。私が日常的に「激闘」とか「死闘」とかいう言葉を使っているのが、イデオンの影響なのだな、と納得気味の妻であった。(1月24日記す)
2008.01.23
寒い日々が続く。どうもこの半月ほど、右足が異常にはっている。それが、内臓の不調とも連動しているらしい。落ち着かない日々が続いている。最低限の仕事をこなすだけで、体力をほぼ使ってしまうため、近頃は盟友・K森氏にも会う機会がめっきり減ってしまったし、H野氏にも何かと迷惑をかけてしまっている。が、戦いは一生だ。思うように動けていない今の自分を、責めないようにしよう。今は、力を蓄えなければならない時、だから必要な時なのだ、と信じて…。
2008.01.23
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『伝説巨神イデオン』第16話「必殺のダミド戦法」。11話で重傷を負ったダミドが復活する。ハルルに認めてもらおうとの功名心のために、無謀な作戦を部下に強い、結局は自らも散っていく。一方、自分たちの思い通りに戦おうとしてソロシップを無視したコスモとカーシャは、結果的にソロシップを危機に陥れた。その罰として、カララと入れ替わりに独房に入れられる2人…。軍人ではない少年少女が、イデオンを動かしていることの悲劇性がある。妻も徐々に、「重機動メカ」だの「ゼロ・ズロオ」だの「ハーケン攻撃」だの、用語や固有名詞に慣れてきつつある様子。(1月24日記す)
2008.01.22
書きかけだった論文「後期カール・マンハイムの政治思想的考察・序説」(四)。いくら手を入れてもきりがないので、決着とする。メールにて送付先にデータを送信。プリントアウトしたハードコピーは、後日郵送する。あとは、初校の時にマイナーチェンジはできるだろう。いずれにせよ、「序説」であり「試論」なのだから…。(1月23日記す)
2008.01.22
仕事を終え、通院して薬をもらい、帰宅すると…大きな生花が届いている。何と、見事な胡蝶蘭! シェフィールド留学1年目の1994~95(平成6~7)年にお世話になった、横浜在住のS藤さんからのお届け物であった。他人に生花を贈ることは過去にあったが、自分が戴く側になろうとは思ってもみなかった。S藤さん、有難うございます。
2008.01.22
以前から妻が、私が教壇でどんな授業をしているのか見てみたいと言っていたので、今日の2時限目の講義を聴講してもらう。言わば「授業参観」だ。もっとも学年末なので、最終講義だけ聴いて、内容的にどれほどのことが伝わったかは不明。ただ、私の労働のスタイルだけは見てもらうことができた。
2008.01.22
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『伝説巨神イデオン』第15話「イデオン奪回作戦」。バッフクランの罠にかかり、人質を取られたソロシップ。コスモは、イデオンと人質を交換するように見せかけながら、裏をかいてイデオンを取り戻し、ジルバル・ドクのジグ・マックを葬る。しかし、ソロシップの中の人々は…。それぞれ違った考えを持った人々が乗る船、ソロシップ。それをつなぐのが、異星人カララであるというのは、彼らにとって不幸である――意味深なナレーションで終わるエピソードである。(1月24日記す)
2008.01.21
センター試験の翌日、大寒。さすが大寒だけのことはある。朝起きたら、三島は曇天で見事に雪化粧である。いやでも(別にいやではないのだが)、英国留学時代、および八戸時代の冬を思い出す。それにしても、夕べは寝苦しかった。冷え切って帰宅し、風呂で体を温め、すとんと寝るはずが…、布団に入っている体は暑くて汗をかき、布団から出ている顔は冷えて寒い、という救いのないアンバランス状態に。またも自律神経がやられたか。さらに、誘眠剤が効かず、布団に入ってから2時間も眠れないという、久々の不眠状態であった。一応、寝るには寝たのだろうが、(スピーカーを購入しようという)奇妙な夢を見ていたし、目ざましが鳴った時には、熟睡したという感覚はなかった。過酷な寒さの中、また新たな1週間が始まる。
2008.01.21
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ホセ・マルティによれば、「恩知らずは、太陽の悪口まで言おうとする」のだそうな。さもありなん。ホセ・マルティ選集(第1巻)ホセ・マルティ選集(第2巻)ホセ・マルティ選集(第3巻)(1月21日記す)
2008.01.20
センター試験2日目の夕刻、2006(平成18)年3月に私のゼミを卒業し、京都のR大学の修士課程に進学していたN垣君が、知人の結婚式に参列するために三島を訪れた。約2年ぶりに再会し、食事をしながら語り合った。大学院では相当の知的刺激と訓練を受けたらしい。日々、「反知性主義」的な環境の中で生きている私にとって、実に久々に知的な会話ができた。もっとも、R大学の若手教員の労働環境もかなり過酷らしいという話を聞き、ウチだけではないのだなという認識も持った。(1月21日記す)
2008.01.20
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『伝説巨神イデオン』第14話「撃破・ドク戦法」。このエピソードから2クール目に入り、アイキャッチが変わる。さすがの妻も、その変化は見逃さなかったらしい。「異星人に追われている」などという話、同胞の地球人たちには容易に信じてもらえない。ことごとく通信が切られることが続いた末、ようやくソロシップを受け入れてくれた、アンドロメダ星雲前線基地・ブラジラー。しかし、バッフクランの強力な軍事力にはひとたまりもなかった…。イデオンの全方位ミサイルが初めて炸裂。あの映像は有名なものだが、妻の目には、何が起こっているシーンなのか分からなかったのだそうな。(1月22日記す)
2008.01.19
先週に引き続き、NHK の BSドキュメンタリー「証言でつづる現代史 こうしてベルリンの壁は崩壊した」の第2回を、食い入るように観る。1993年の NHK スペシャル「ヨーロッパ・ピクニック計画」では、明らかにされていなかったことが、多々出てきて興味深かった。ホーネッカー解任劇の現場。若手改革派のはずのクレンツが「ホーネッカーの後釜」と誤解されて苦慮したこと。運命の1989年11月9日、シャボウスキーが記者会見で「旅行の自由」化を発表した後に、検問所の現場で何が起こったか…。やはり、私の青春とベルリン訪問とは、切っても切れない関係にあるのだな。(1月21日記す)
2008.01.19
金曜日の午後あたりから、急激に冷え込んできた三島。私も妻も、どうも体が冷えたために具合が悪いらしい。そこで、去年できた市内の天然温泉施設・極楽湯に行ってみることにする。こうした施設は地方都市にも珍しくないはずだが、三島にはこれまでなかった。実際、行ってみたら、駐車場はかなりの車で、かなりの人気らしいことをうかがわせた。なかなか良くできている施設である。私は体中が凝り固まっているので、まずはジェット・バスに…と思ったら、すでに人が入っていていっぱいである。ちらと別の方を見ると、シェイプアップ・バスなるものがあり、やはりお湯が噴き出しているようなので、そちらに行ってみる。これが、効いた! ジェット・バスとは比較にならない圧力で温水が噴射されていて、私の弱点である腰やふくらはぎ、足首のカチンカチンに凝り固まっている場所を、これでもかというくらいにほぐしてくれた。さらに、湯からあがった後のマッサージ機も効いた。15分で300円とは、安くはないが、どうせめったに来ないのだし、やることにしたのだが、これがなかなか優れものでバカにできない。私の手が届かない、背中の凝り固まっている場所を、見事に刺激してくれた。たかが15分ぐらいではスッキリしないほど、私の体の凝り固まりは年季が入っている(少なくとも15年は続いている)が、それでもやらないよりははるかにましであった。ただし、こうしたジェット噴射やマッサージは、やりすぎると筋肉を痛める。それが、はり返しとなってくる。それに、たまっていた毒素も体中に回る…。心地よい疲労感が、後のグッタリ感につながらないという保証はない。(1月21日記す)
2008.01.19
今日、明日と、大学入試センター試験である。知っている子も受験する。健闘を祈りたい。センター試験に限らず、大学受験というものを見る場合、受験生の立場、受験生の家族の立場、募集をかける大学側の立場、文部科学省の立場、また教育学者や教育専門家の立場からとで、見方が異なるだろう。しかしそれにしても、たかが18歳の時点での学力でその後の人生が決まってしまうような、そういう社会構造は、相変わらずずっと続いてきているのが日本なのだろうか。それは、私個人としては許し難い。にもかかわらず、そこを突破しなければならないのも人生の現実であるならば、受験生にはベストを尽くしてもらうよりない。その上で、あえて断言すれば――18歳の時点での学力でその後のすべてが決定してしまうほど、人生というものは単純ではない。そんなものでは断じてない。
2008.01.19
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