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「さてと、アイロスは落としたし、次はどこを落とす?」「それはまだ考えていない。」シンはそう言うと、暫しの間彼女は元親友・エリスのことを想った。 かつては同じ志を持ち、共に助け合った仲であったが、今はもうそれはシンの中で過去のものとなりつつあった。「何を考えているんだい?」「別に。」「わたしに嘘は通用しないよ。エリスのことを考えていたんだろ?」「あぁ、そうだ。エリスはおれに出来た、初めての親友だった。だが今は違う。」「君は、エリスを殺す覚悟があるのかい?」「もう彼女は俺達の敵だ。俺がエリスに殺されるか、エリスが俺を殺すか―その二つの選択肢しか、俺には残されていない。ならば・・」「エリスを殺し、自分も死ぬ―君はそんな答えを出したわけだ。」ユリシスはそう言うと、くすくすと笑った。「別に。君としてはいい答えを出したと思ってね。」「俺を怒らせない方がいいぞ、ユリシス。」シンがそう言ってユリシスを冷たい目で睨みつけると、彼は溜息を吐いてシンの元から離れた。「ユリノ様、申し上げます!」「どうした、何かあったか?」「この先に村がありますが、先ほど敵の経由地であるとの情報を得ました!」「そうか・・」シンはそう言った後、兵士にこう告げた。「その村を焼き払え。村人は一人残さず殺せ。」「御意!」 兵士が乗った馬が、村がある方角へと遠ざかっていくのを見たシンは、残りの兵士達を率いて彼の後を追った。「何の変哲もない、ただの農村のように私の目には見えるけど?」「敵の経由地かもしれないのに、見逃すわけにはいかない。」「そう、じゃぁここは君の好きなようにしてもいいよ。どうぞ、ご勝手に。」ユリシスはいかにもやる気がなさそうな様子で、そう言うとシンに背を向けてどこかへと行ってしまった。「あいつのことは放っておけ。村人達を全員広場に集めろ。」「はっ!」 数分後、村人達が不安そうに互いの顔を見合わせて広場に集まると、そこには華やかなドレスで着飾ったシンの姿があった。彼女は村人達の姿に気づくと、彼らに微笑んだ。 その手には、拳銃が握られていた。にほんブログ村
2013年06月29日
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※BGMとともにお楽しみください。 土砂降りの雨の中、エリスは自分の無力さと犠牲となったアイロスの住民達の為に涙を流した。(わたしは無力だ・・何も出来なかった、誰も救えなかった!)自分が剣を取ったところで、犠牲となるのはいつも弱者だ。 タシャンも、アイロスの住民達も、何の非もないのに殺された。ユリノが望んでいる、戦いの先にある世界とは、強者が弱者を虐げる理不尽なものなのだろうか。(ユリノ様は、変わってしまった・・) まだ宮廷で平和な時を過ごしていた頃、彼女がいつも自分にこう言っていた事をエリスは突然思い出した。“わたしね、いつか争いのない世界を作りたいの。”その世界が完成するのはいつなのか。「こんな所に居たのか、風邪ひくぞ。」 やがて雨が止み、雲の隙間から太陽が顔を覗かせた時、エリスの背後で愛しい人の声が聞こえた。「セシャン、意識が戻ったのか?」「ああ。それよりも、色々と辛かっただろう?」セシャンはそう言うと、エリスを見た。まるで、彼女の心を見透かしているかのように。「どうした、わたしの顔に何かついているか?」「お前・・その様子だと、まだ覚悟を決めていないようだな?」「どういう意味だ?」「ユリノ様はお前の親友だったが、今は違う。戦いとなれば、どちらかを殺さなければならないんだ。」「わたしは、ユリノ様を殺したくない!」「甘いぞ、エリス!戦場ではそんな考えは通用しない!お前がその甘い考えを捨てない限り、この先沢山人が死ぬことになるんだぞ!」夫の言葉に、エリスは何も言い返せずに唇を噛み締めた。「俺は今まで目の前で人が死んでいくのを沢山見てきた。自分の命を守る為には、人の心を捨てろ。」「セシャン・・わたしは・・」「こんな所で自分の無力さを嘆くよりも、剣を取れ。俺が言いたいことはそれだけだ。」セシャンはそう言うと、エリスに背を向けて歩き出した。(まだ間に合う・・こんな所で立ち止まっている暇はない!) エリスは涙を拭うと、慌ててセシャンを追いかけた。にほんブログ村
2013年06月29日
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「アイロスが陥落した?」「ええ。町全体に炎の呪いがかけられ、町は完全に破壊されて、人が住んでいた痕跡すら残っていません。」「そんな・・」 イシュノーへと進軍中のエリスは、アイロス陥落の一報を受け、すぐさまアイロスへと向かった。「何だ、これは・・」「ここに本当に人が住んでいたのかわからない程、破壊されていますね・・」 エリス達がアイロスに足を踏み入れると、そこにはただ一面に瓦礫の山だけが広がっていた。 炎は、町や人を全て呑み込んで、全てを―平和で穏やかな日常までも無にしてしまった。「住民達の遺体は?」「それも、炎の呪いで・・」部下はそう言うと、俯いた。 エリスは静かに目を閉じると、炎に取り囲まれながら壮絶な最期を遂げる住民達の姿が脳裏に浮かんだ。イシュノーを守る事だけで頭が一杯になっている間、アイロスは敵の手に落ちた。そして、美しい町は完膚無きまでに破壊された。 自分がもう少し早く、アイロスに向かっていれば、この町を守れたのかもしれない―エリスは無力感に苛まれながら、部下と共にその場をあとにした。「エリス様・・」「暫く一人にしてくれないか?」「はい、わかりました・・」部下はちらりとエリスを見た後、仲間の元へと向かった。 エリスは石畳の道を歩きながら、かつてこの町が北方貿易の経由地として栄えていた頃の美しい風景を思い出していた。だが、それらは全て灰燼(かいじん)に帰してしまった。 かつて庁舎があった場所へと向かうと、そこも瓦礫の山と化していた。(わたしは一体、何の為に戦っているんだろうな・・) 部下達の元へとエリスが戻ろうとした時、彼女は何かが瓦礫の中で光っていることに気づいた。拾い上げてみると、それはプラチナのネックレスだった。 死の間際まで持ち主が身につけていたのか、ハートの部分には赤黒い血が滲んでいた。それを見た瞬間、今まで堪えていた感情が一気に溢れだし、エリスはネックレスを握り締めながらその場に蹲り、激しく嗚咽した。(わたしは・・無力だ!) やがて雷鳴の轟きとともに、雨がエリスの上に降り注いだ。にほんブログ村
2013年06月28日
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ジュスはただひたすら、庁舎へと走っていた。 囮となって住民達の命を助ける作戦など、彼自身も無謀過ぎると思っていた。だが、そうしなければ、いつ肉片と化した弟の仇を討ってやることができるのか。自分にしか出来ない事を今しなければ、弟の無念を晴らす日など永遠にやって来ない。後悔しない為、そして弟の死を無駄にしない為に、ジュスは息を切らしながら銃を握り締めて走った。 やがて彼の眼前に、荘厳に聳(そび)え立つ庁舎の尖塔が現れた。 だが庁舎の前には武装した敵兵達が彼を待ち構えており、ジュスは敵の銃弾を全身に浴び、地面に倒れた。(クソ、こんなところで・・) 敵の指揮官を殺せぬまま、このまま無様な死に方をするつもりはなかった。ジュスは最後の力を振り絞り、隠し持っていた手榴弾の安全ピンを素早く抜き取ると、それを尖塔に向かって放り投げた。手榴弾は尖塔の上空で炸裂し、眩い閃光と炎、そして爆風がジュス達を包み込んだ。(エリン・・仇は、討ったからな・・) ジュスはそっと目を閉じると、そのまま動かなくなった。「何だ、今のは!?」「爆発か!?」 突如轟音と爆風に襲われた住民達は、一斉にその場を伏せながら、一体何が起きたのだろうかと互いの顔を見合わせていた。「どうやら、爆発は庁舎の方で起こったようですね。」「まさか、ジュスが・・」「彼はわたし達の為に犠牲となったのです。彼の魂が安らかであるよう、皆で祈りましょう。」神官に倣い、彼らは啜(すす)り泣きながらジュスの冥福を祈った。 緊急事態を知らせる鐘の音が鳴り響いたのは、その後すぐのことだった。「一体、今度は何が・・」「見ろ、向こうの路地が燃えているぞ!」「あっちの通りもだ!」 まるで巨大な蛇がとぐろを巻くかのように、瞬く間に町全体が炎に包まれ、住民達は逃げ場を失った。「もう駄目だ、おしまいだ・・」住民の一人がそう呟くと、拳銃を口に咥え、躊躇(ためら)いなく引き金をひいた。それを合図に、他の住民達も次々と自殺した。「もはや、これまで。」町長は短剣で喉笛を突いて息絶えた。 敵軍がアイロスに進軍してから三日目の出来事であった。にほんブログ村
2013年06月27日
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「さてと、これからどうする?」「この町の全住民を殺せ。」「了解。まぁ、こちらの戦力と彼らの戦力を比べてみるまでもないけどね。どちらが勝つか、結果はもう既に明らかになっているしね。」ユリシスはそう言うと、部屋の隅に控えていた魔導師達を手招きした。「君達に、手伝って貰いたいことがある。わたしと一緒に来なさい。」「はい、ユリシス様!」大魔導師から直接声をかけられ、下っ端である彼らは皆色めきたった。「ユリシス様、一体何をなさるおつもりなのですか?」「この町全体に炎の呪いをかける。」「それは・・」「わたしは本気だよ。その為に君達を呼んだのだからね。」ユリシスはそう言うと、自分を見つめている魔導師達に向かって微笑んだ。 それは、まるで骨の髄まで凍りつくかのような悪意に満ちたものだった。「で、ですが・・」「君達の初陣を飾るのには相応しいものだと思うけど?安心したまえ、この呪いで死ぬのは敵だけだ。」「では早速、準備をして参ります。」「そう、頼んだよ。これは君達にしか出来ないことだからね。」 敵の銃弾を受け、次々と血を流して倒れてゆく住民達の姿を目の当たりにしながら、少年―ジュスは、町長から支給された銃を握り締めた。「クソ、このままだと全員殺されちまうぞ!」「何とかしねぇと・・」「俺が囮になって、敵陣に突っ込む。」「ジュス、正気か!?」「子どもなのに、一人で突っ込むなんて無茶だ、止せ!」「子どもだからって、馬鹿にすんなよ!俺は本気だからな!」「エリンを喪ったお前さんの気持ちはよくわかるが、無謀過ぎるんじゃないか?お前でなくとも・・」「誰かがあいつらを倒すのを、黙って待ってろっていうのか!?」ジュスは自分を窘めようとする老人を睨み付けると、彼の手を乱暴に振り払い、路地裏から敵陣がある庁舎へと走っていってしまった。「ジュス、待て!」「彼を止めても無駄ですよ。彼のしたいようにさせなさい。」 慌ててジュスを追い掛けようとする老人を、一人の神官がそう言って制した。「彼はまだ子どもなのですよ!」「彼なりに答えを出した末に行動を起こしたのでしょう。誰も彼を止めることはできません。」にほんブログ村
2013年06月26日
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砦まで無事に避難を完了した住民達を待っていたものは、堅く閉ざされた門と、自分達に銃口を向ける兵士達の姿だった。「一体これはどういうつもりだ!?俺達を中に入れないつもりか!?」「領主様は、お前達の命を保障することなど出来ないと言っている。今すぐ引き返せ!」「ふざけるな、領主様は俺達に死ねっていうのか!?」「領主様を呼べ!」「ええい、黙れ!さっさと引き返せ!」 兵士達と住民達が揉み合いになっていると、不意に門が軋んだ音を立てながらゆっくりと開き、領主が姿を現した。「引き返せとはどういうつもりだ、俺達を見殺しにするのか!?」「この人でなし!」「悪魔め!」「もうこの町は完全に敵に包囲されている。自分達の身は自分達で守る事だな!」 領主は住民達に向かって冷淡な口調でそう言うと、砦の中へと消えていった。「ここを開けろ!」「自分だけ助かろうなんて思うなよ、この悪魔!」住民達の呪詛の声を遮断するかのように、門は再び閉ざされた。「どうやら、あの領主は住民達の命を盾にして助かろうとしているようだ、どうする?」「痛い目に遭わせてやろう。」シンは兵士達を率(ひき)いて、裏門へと侵入した。「な、なんだ貴様ら!」「何者だ!?」「見てわからない?お前達の命を奪いに来た死神さ。」シンは兵士の首を一撃で刎(は)ねると、領主とその家族が居る部屋へと向かった。「あなた、これからどうするつもりなの!?」「逃げるしかないだろう!おい、何してる、早く荷物を・・」「お前達に逃げ場など、何処にもないよ。」「ユ、ユリノ様・・どうして・・」「“頭隠して尻隠さず”とはよく言ったものだ。正面を厳重に警備していても、裏門の警備が手薄だと意味がないだろう?」 シンは領主達に刃を向けながら、恐怖に震える彼らを睨みつけた。「ど、どうかお命だけは・・」「もう遅い。地獄へ落ちるがいい。」 領主夫妻の首が砦から投げられると。住民達は恐怖に慄(おのの)き、敵兵達は歓声を上げた。砦が敵の手に落ち、住民達は武器を手に取り、彼らと戦う道を選んだ。 彼らが生き延びる為には、そうするしか他に道がなかったからだった。にほんブログ村
2013年06月25日
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鐘の音が鳴り響く中、アイロスの住民達はそれぞれ砦へと続く長い坂道を走っていた。「兄ちゃん、もう走れないよ。」「何言ってんだ、早く行かないと俺達殺されるんだぞ!」「でも・・」 幼い弟の手を引っ張った少年は、そう言って彼を無理矢理立たせようとした。「兄ちゃん、あれ何?」「どうした、何か見つけたのか?」「あそこ・・何か光ってる。」「だから、どこだよ!?」少年が少し苛立った様子で弟を無理矢理立たせ、坂道を登ろうとした時、弟は彼の手を離して草叢(くさむら)へと駆け出してしまった。「エリン、待てよ!」「兄ちゃん、あれだよ!」 幼く無邪気な弟は、その“光っているもの”がどんなに危険な物なのかを知らずに、兄にそれを見せる為、両手でそれを掴んで頭上に掲げた。「逃げろ、それは爆弾だ!」どこからかそんな声が聞こえ、少年が慌てて弟の方へと駆け寄った瞬間、凄まじい閃光と大地を揺るがすような轟音(ごうおん)が彼を襲った。「おい、大丈夫か!?」「エリン、何処だ!?」 少年は半狂乱になって弟の姿を探したが、彼は何処にもいなかった。「おい、返事しろよ、エリン!隠れてないで出てこいよ!」「坊主、怪我してねぇか?」「俺は大丈夫だよ、おっさん。」「でも血がついているじゃねぇか。」「だから俺は・・」その時彼は、初めて自分の顔や衣服に血がついていることに気づいた。 これが自分の血ではないとしたら、一体誰の血なのだろうと思った時、少年の脳裏に弟の顔が浮かんだ。(まさか・・そんな・・)「エリン・・」 弟の遺体―正確に言えば彼の肉片は、爆弾が爆発した数メートル先で発見された。「そんな、嘘だ・・」ほんの数分前まで自分の手を握っていた弟は、もう居ない。「こんなの嘘だ、エリン!」少年は弟の肉片を抱き締めると、激しく嗚咽した。 少年の慟哭(どうこく)に天が共鳴するかのように、雲が空を覆い、雷鳴とともに激しい雨が少年に降り注いだ。「絶対に、仇を討ってやるからな・・」 ひとしきり泣いた後、少年はゆっくりと俯いていた顔を上げた。その瞳には、復讐の炎が宿っていた。肉親を喪った悲しみで萎(な)えていた足を、彼は怒りで奮い立たせた。 それは、一人の兵士が生まれた瞬間でもあった。にほんブログ村
2013年06月24日
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「おい、聞いたか?」「神殿が一夜で敵軍に陥落されたって・・」「それだけじゃないらしい。俺の利いた話だと、敵は神殿内にある財宝を略奪した後、その場に居た神官達を皆殺しにして、火をつけたってさ。」「いつこの町にも敵が攻め込んで来るかわからねぇから、日頃の蓄えをしっかりしとかねぇとな。」「そうだな、いざって時に食糧がねぇと、戦うどころか飢え死にしちまう。」 王都から北東に400キロ離れたイシュノーの住民達は、そう話し合いながら敵の進軍に怯える日々を送っていた。「さてと、次はどこに駒を進める気だい?」「北の守りを崩して、この国を更地に戻す。」シンはそう言うと、黒のクイーンをイシュノーの上に置いた。「イシュノーか・・あそこは武芸に秀(ひい)でた者達が多いと聞くよ。すぐに落とせるのかい?」「武芸に秀でているといっても、せいぜい刀や槍、薙刀ぐらいだろ?こちらには最新式の火薬や銃がある。楽勝だ。」 シンはこの時イシュノーを、“時代遅れの町”と侮っていたが、それが大きな間違いであるということを、彼女はその身を以(も)って知ることとなる。「敵は、イシュノーを攻めるようです。」「そうか・・あそこは北方守備の要だ。あそこを敵に落とされたら、我らに勝機はない!」「どうなさいますか、エリス様?」「イシュノーを何としてでも守ってみせる。これ以上、人が死ぬのを見たくない・・」エリスの脳裏に、あの神官の言葉が浮かんだ。“無駄に命をお捨てにならないで下さい。” 彼の、どこか死を覚悟したかのような笑顔がエリスの奥底に眠る“何か”を覚醒(めざめ)させた。「では・・」「すぐに出立の支度をしろ。何としてでも、イシュノーを我々の手で守り抜くぞ!」「おう!」 エリスが軍を率いてイシュノーへと向かう中、シンはイシュノーの手前の町・アイロスへと進軍していた。「ここは簡単に落とせるから、すぐに取りかかるとするか。」「そう。じゃぁ早速、あの砦を落とすとするか。」ユリシスはそう言うと、兵士達に目配せした。 アイロスの市民達は敵襲を知らせる鐘の音を聞き、砦への避難を開始した。「モタモタするな、行くぞ!」「まさかこんなに早く敵が攻め込んでくるなんて・・わたし達は一体どうなるの!?」にほんブログ村
2013年06月24日
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エリス達が馬で神殿へと向かう途中、道端に無数の市民の死体が転がっているのを彼女達は見て思わず顔を背けた。「酷い・・」「敵は完全に我々を殲滅(せんめつ)する気ですね。その為ならば市民達の命など取るに足らぬものだと思っているんでしょう。」「ユリノ様・・あなたが望んだ世界は、こんな殺伐としたものなのですか?」エリスはそう呟くと、部下達とともに神殿へと急いだ。「エリス様!」「神官長様はどちらに?」「それが・・西部の遺跡群で敵の矢を受け、お亡くなりに・・」 炎と煙に包まれる神殿から命からがら逃げ出した神官から神官長の死を告げられ、エリスは悲しみの余り地面に蹲(うずくま)って泣いた。 神官長は捨て子だったエリスにとって実の父親同然の存在だった。“エリス。”いつも自分に優しく微笑んでくれた彼は、もう居ない。「エリス様・・」「子ども達は・・子ども達は何処に!?」エリスはそう言うと、孤児院がある方角へと走った。「いけません、エリス様!そこは・・」神官が我に返り、エリスを制止しようとしたが、遅かった。「みんな、何処に居るの!?」 炎に包まれた孤児院の中を走りながらエリスは子ども達の姿を探したが、彼らの姿は何処にも見当たらなかった。(一体、あの子達は何処へ・・) エリスが孤児院の外から出ようとした時、奥から人の呻き声のようなものが聞こえた。「誰かそこにいるのですか?いたら返事をして下さい!」エリスは微かな希望を胸に抱きながら奥へと向かったが、そこには瓦礫(がれき)に半ば埋もれた祭壇と、その瓦礫に上半身を挟まれた神官の姿があった。「子ども達は?」「セレステとともに敵兵に襲われ、命を落としました。」「今助けますからね!」エリスは神官を救おうと瓦礫を退かそうとしたが、それはビクともしなかった。「エリス様、わたしを置いて逃げて下さい。」「駄目だ、そんなこと出来ない!」「エリス様、早く外へ出て下さい!炎に巻かれる前に、お早く!」「だが・・」「エリス様、無駄に命をお捨てにならないで下さい。早く行って下さい!」「わかった・・」 エリスは後ろ髪をひかれる思いで、その場から立ち去った。にほんブログ村
2013年06月23日
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遺跡群で神官長が敵の矢を受け絶命したのと同じ頃、神殿では敵兵達による殺戮(さつりく)・略奪が行われ、そこはたちまち神官達や巫女達の悲鳴が響く阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄絵図と化した。「いいですか、わたしが良いというまでここから動いてはなりませんよ?」「でも・・」「大丈夫、彼らはあなた方には手を出さないでしょう。」 孤児院で子ども達から信頼が厚い神官・セレステは彼らを安心させる為に、彼らに向かって優しく微笑んだ。「わたしが囮(おとり)となって、あなた達を裏口から逃がします。合図をしたら、すぐに逃げるのですよ、いいですね?」「はい、セレステ様・・」「そんな顔をしないでください、皆さん。また、会えますから。」セレステは恐怖で泣きだした子ども達の頭を一人ずつ撫でると、柱の陰から飛び出し敵の目をひきつけた。「逃がすな、追え!」「射殺せ!」 敵兵達が一斉に矢をつがえ、セレステに狙いを定めた。その時、子ども達の一人が敵兵の前に立ちはだかった。「セレステ様に手を出すな!」「なんだと、このガキ!」「待て、子どもには手を出すな!」兵士達の一人がそう言って仲間を制止しようとした時、一発の銃声が響いた。 一体、何が起きたのかセレステにはわからなかった。「何をしている、子ども相手に手こずるな。」「しかし隊長・・」「逆らう者は全て殺せと言った筈だ!モタモタするな!」「は・・」兵士は上官と思しき男の言葉を受け、俯いた。「わかればいい。殺せ、一人たりともこの場から逃がすな!」「お願いです、子ども達だけはどうか助けてください!」「くどい!」 上官はそうセレステに吼えると、彼の頸動脈(けいどうみゃく)を軍用ナイフで切り裂いた。「セレステ様、しっかりしてください!」 血の海の中で倒れたまま動かないセレステの遺体に取り縋る子ども達に、兵士達は容赦なく銃弾を浴びせた。「エリス様、あれを見てください!」 王都へと戻ったエリスが兵士の声に気づいて小高い丘から街を見下ろすと、神殿が炎に包まれていることに気づいた。「行くぞ!」「はっ!」にほんブログ村
2013年06月23日
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敵軍から夜襲を仕掛けられ、エリス達は必死に応戦したが、その甲斐なくエリス達が守備していた砦(とりで)は一夜にして陥落した。 敵が去った後、陥落した砦に残ったのは、負傷した兵士達と、敵の銃弾に斃(たお)れた彼らの仲間の遺体だった。「まさか、数は明らかにこちらが優勢であったというのに、負けるとは・・」「敵は最新式の銃を持っていたが、こちらの武器は全て旧式のものだった。」「敗因は、武器が古かったというのが・・」「それが、今後の戦いを左右することになるだろう。」「今から我が軍の銃を最新式のものに変えるのには時間がありません。一体どうすれば・・」「何か良い策はないものか・・」エリスはそう言って溜息を吐くと、隣室で寝ているセシャンの元へと向かった。 敵の銃弾を受け負傷した彼は一命を取り留めたものの、意識はまだ戻っていなかった。「セシャン・・わたしは、これからこの国を守る為に鬼になる。」そう呟いたエリスは、そっとセシャンの手を握ると、部屋から出ていった。「夜襲は大成功だったね。」「あの砦には、カビが生えかけたような古い武器しか置いていないことを予め知っていたからね。まぁ、先手はこちらが打ったから後は敵の首を討ち取るだけだね。」シンは淡々とした様子でそう言うと、チェス盤の上からユリシスが操っていた白のクイーンを奪い取った。「チェックメイト。」「君が黒のクイーンなら、エリスは白のクイーンといったところか。君達が互いに殺し合う姿を、是非とも間近で見たいものだね。」「その望み、すぐにかなえてやるよ。それまでに、エリス以外は皆殺しにしないとね・・」そう言ったシンの瞳は、禍々しい金色の光を放っていた。 その頃、アルディン帝国西部の荒野にそびえ立つ遺跡群の中では、神官達が古(いにしえ)の神々たちに祈りを捧げていた。「どうか、この国を守りたまえ・・」「神官長様、大変です!急ぎ、神殿の方へお戻りください!」 若い神官が何やら慌てふためいた様子で神官長の元へと駆け寄ると、彼は祭壇からその神官へと視線を移した。「何があった?」「敵の軍勢が神殿を襲い、兵士達は神官や巫女達を殺し、略奪の限りを尽くしています!」「何だと、それは本当なのか!?」 神官長がそう言ってその神官とともに馬に乗ろうとした時、空気が低く唸る音がしたかと思うと、彼は胸に矢を受け絶命した。にほんブログ村
2013年06月22日
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「お前が今、何を思っているのか俺にはわかるぞ、エリス。ユリノ様とは、戦いたくないんだろう?」「あぁ、出来れば戦いたくない。ユリノ様とは、長い間親しくしていたから・・」 エリスの脳裏に、ユリノと過ごした日々の事が浮かんだ。 あの日のように、共にユリノと笑い合うことはもうないのだ。彼女はもう友人ではなく、恐ろしく強大な敵となってしまったのだ。 彼女とは剣を交えたくないが、敵となった以上。それは避けられないだろう。「敵となった以上、ユリノ様は殲滅するまで俺達を徹底的に攻撃するだろう。何せ、あの魔導師が味方についているんだからな。」「ユリシスが一番厄介な存在だ。あいつは何を企んでいるのかが全くわからないし、平気で人を騙して裏切るような奴だ。」「ユリノ様は、奴を蛇蝎(だかつ)のごとく嫌っていた。だがユリシス様とユリノ様が手を組んで得をすることが、何かあるか?」「それは・・わからない。それよりも、ユリノ様はユリシスに洗脳されているんじゃないかと・・」 エリスがそう言って夫の方を見た時、激しい揺れが二人を襲った。「な、なんだ今のは!?」「地震ではないようだな。まさか・・」セシャンがそう言った時、外から悲鳴が聞こえた。「敵襲だ!」「全員、持ち場につけ!」上官の命令に従った兵達は、敵兵が放つ銃弾をかいくぐりながら必死に反撃したが、その多くは敵の砲撃を受け次々と倒れていった。「クソ、まさか夜襲を仕掛けてくるとは思わなかった、油断した!」「どうする、セシャン?このままだと、全滅するのは時間の問題だぞ!」「わかっているが・・」 エリスは銃に弾を装填(そうてん)しながら、どうやってこの状況を打開しようかと考えていると、彼女の背後に敵の影が迫った。「危ない!」 一発の銃声が緊迫した空気を切り裂き、エリスの眼前でセシャンが胸に銃弾を受け、地面に倒れたのを見て慌てて彼の方へと駆け寄った。「俺は大丈夫だ、戦え。」「でも、お前を置いては・・」「お前が指揮を取らなければ、ここは全滅するんだぞ!俺のことなど構わずにさっさと行け!」エリスは涙を堪えながら、銃を握り締め硝煙の中へと姿を消した。「そうだ、それでいい・・」 セシャンはそう言うと、静かに目を閉じた。にほんブログ村
2013年06月21日
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「ユリシスのヴァイオリンを、何処へやったんだい?」「し、知らないわ・・」「嘘を吐くのはおやめ!」「お祖母様、何故あの子ばかり構うの?あんな、育ちが悪い・・」「確かに、ユリシスとお前が育った環境は天と地ほどの違いがあるだろう。だからといって、お前がユリシスを蔑ろにする理由にはならないよ。」グラゼーラにそう諭され、ウェンディは渋々彼女にヴァイオリンのケースを手渡した。「ユリシス、どうやら間に合ったようだね。」「お祖母様、どうして・・」「今は詳しく説明している暇はないよ、行っておいで。」「は、はい・・」紛失したヴァイオリンが突然戻ってきた事に戸惑ったユリシスだったが、慌ててステージへと上がり、見事な演奏を観衆の前で披露した。「いい演奏だったよ、ユリシス。」 帰りの馬車の中で、グラゼーラはそう言ってユリシスを褒めた。「ありがとうございます、お祖母様。」「お前は、将来大物になれるのかもしれないねぇ。」「そうですか?」「お前は賢い子だ、ユリシス。お前ならきっと、この世を良くしてくれるだろう。」 幼い頃、祖母にそう言われた事を、ユリシスは大人になっても忘れることはなかった。「・・これが、わたしの全てだよ。」「それで?お前の愛しい祖母は、まだ生きているのか?」「いいや、わたしが家を出た時に死んだよ。正確には、殺されたと言ってもいい。」「誰に?」「それを今、探しているのさ。さてと、吹雪が酷くなる前に、宿に戻るとするか。」「そうだな。」シンはユリシスととともに、吹雪の中宿へと戻った。「これから、どうする?この国は確実に滅びの道を進みつつある。」「だから?そんなこと、俺の知ったこっちゃないね。もう俺には、失うものなんて何もないんだ。」シンはそう言ってフッと笑った。「そう・・じゃぁ、わたしに協力してくれるということだね。」「ああ。」「それならば、敵を殲滅(せんめつ)するまで徹底的に叩こうじゃないか?」「いい考えだね、乗ってやるよ。」シンはそう言ってワイングラスを高く掲げると、ユリシスに微笑んだ。 一方、エリスはこれからどうするべきなのかを、考えていた。「どうした?」「これから、どうユリノ様と戦えばいいのだろうと、考えていたんだ。」にほんブログ村
2013年06月21日
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ユリシスはアントニオとグラゼーラの元で暮らし、そこで上流階級の嗜みを身につけた。アントニオには娘が2人居たが、どちらも着飾ることしか脳のない女達だった。母親と同じで、彼女達は気位だけは高く、ユリシスをいじめた。「あら、臭いと思ったらあなただったのね。」 ある日の事、ユリシスが剣術の稽古を終えて部屋に戻ろうとしたとき、アントニオの長女・ウェンディと鉢合わせしてしまった。ウェンディの嫌味に慣れっこになっていたユリシスは、“また始まったな”という気持ちで聞いた後、彼女にこう言った。「あぁ、熊が居たと思ったら、あなたでしたか。」「何ですって!」「無理して小さめのサイズのドレスを着なくてもいいのに。」ウェンディが最近太り気味で着るドレスがないとよく使用人達にこぼしているのを、ユリシスは知っていた。「人に嫌味を言う前に、ダイエットなさったらいかがです?」怒りに顔を歪めるウェンディを廊下に残し、ユリシスは自分の部屋へと戻った。「お祖母様!」「なんだい、うるさいね。」 髪を振り乱しながらウェンディが部屋に入ってくるのを見て、グラゼーラは顔を顰めた。「一体なんだい、そんな大声出して?」「ユリシスがまたわたくしを・・」「お前が木偶の坊で役立たずだってことは、町中が知ってるよ。人を悪く言う前に、その肉を落とすこったね。」「そんな・・」「さっさと出ておゆき、ウェンディ。」 ウェンディはグラゼーラの部屋から出ると、爪を噛んだ。(どうしてお祖母様はあの子ばかり・・)ユリシスが来てからというもの、グラゼーラは彼のことを構っていた・確かに、自分と妹・エリシアは器量も出来も悪い。だからといって、あの汚らわしい娼婦の息子に会社を継がせるつもりなのだろうか。 そんな事、絶対あってはならない。(今、この家の有様をお母様が見たら、どう思われるかしら?) 数日後、パディシャイア町主催の音楽祭が開かれ、ユリシスはヴァイオリンを演奏することになっていた。だが、ヴァイオリンはケースごと消えていた。「ウェンディ、来なさい。」「お祖母様・・」にほんブログ村
2013年06月18日
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伊東達が入隊してから数日後、大広間に隊士達を集めた歳三は開口一番、彼らにこう告げた。「最近隊士数が増え、今の屯所が手狭になった。そこで、屯所を移転しようと思う。」「屯所を移転って、こんな大所帯を引き受けてくれるところがあるわけねぇだろう。どうすんだよ土方さん?」永倉新八がそう言うと、歳三はニヤリと笑って間を少し置いた後、次の言葉を継いだ。「移転先ならもう見当がついている。」「何処だよ、それは?」「それは、西本願寺だ。」「本気なのか、土方君?西本願寺へ屯所を移転するだなんて、それがどんなに危険な事なのか承知の上で言っているのかい!?」普段温厚な山南が突然大声を上げたので、隊士達は何事かと彼を見ながらザワザワと騒ぎ始めた。「ああ、本気だ。あんたは反対か?」「反対に決まってるだろう!あそこは・・」「長州贔屓で有名だっつってんだろ?別にいいんじゃねぇか、屯所を移しても俺らには何の支障もねぇぜ、なぁ?」「ああ。歳が決めたんなら俺もそう思う。」勇は歳三の意見に賛同し、その姿を見た山南は、苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべた。彼ら二人が屯所移転を西本願寺に決めた以上、その決定を覆すことはできない。「伊東さん、あなたはどう思われる?」歳三は剣呑な視線を伊東に送りながら彼に水を向けると、彼は飄々(ひょうひょう)とした口調でこう言った。「土方君の意見に賛成ですよ。長州贔屓の西本願寺に屯所を移転するとなると、長州の動きも監視できますし、洛中に屯所を移すことによって黒谷への移動時間も短縮できますしね。」尤もらしい伊東の意見が癪にさわった歳三は、彼の意見に噛みついた。「ほう、それは異なこと。確か伊東殿は勤王倒幕の思考がおありとか?それならば今回の屯所移転の件、反対すべきことでは?」「いいえ、わたしはそんなことは言っておりませんよ。」「ではどのような・・」「いい加減にしないか、歳。少し頭を冷やして来い!」勇は歳三を諌めると、彼は憮然とした表情を浮かべていた。「歳、どうしたんだ?お前らしくないぞ?」「何だよ、あんただって伊東さんになびこうとしてるじゃねぇか。」局長室に呼び出された歳三は、そう言うと勇を睨んだ。「お願いだから邪推せんでくれ。」「わかったよ。」局長室から出て行った歳三の姿を、中庭で素振りをしていた斎藤と総司が見ていた。「あ~あ、土方さん最近荒れちゃってるね。」「何処か楽しそうだな、総司。」「そう?僕もさぁ、ムカついてるんだよね。伊東さん、近藤さんに馴れ馴れしいんだもん。今あの人が目の前に現れたら斬っちゃいたいなぁ。」総司はそう言うと、愛刀を力強く振り下ろした。 一方長崎では、龍馬に連れられ真紀とあいりは初めて砲術の稽古を受けることになった。「これが、西洋の銃どすか?何や火縄銃とはえらい違いどすなぁ。」「これだと雨の日でも火薬が湿らんでも撃てるぜよ。ほれ、いっちょう撃ってみ。」「へぇ・・」龍馬に教えられた通り、あいりは銃を構え引き金に手を引いて発砲すると、銃声と撃った反動で彼女は地面に尻餅をついてしまった。「いやぁ、偉い音がするんどすなぁ。」「最初は慣れんが、練習すれば慣れてくるぜよ。さ、もいっちょ。」「へぇ。」その日、あいりは日が暮れるまで砲術の稽古に励んだ。「真紀、あいり、これからの時代は刀だけではいかん、銃も自由自在に操れんと、戦には勝てんぜよ。」「はい、肝に銘じます。」風に乗って、天主堂の鐘の音が彼らの元にまで聞こえた。それは、新しい時代の始まりを告げる音のようだった。にほんブログ村
2013年06月17日
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「近藤さん、お帰りなさい!」「おお総司、ただいま。」勇の姿が見えるなり抱きついて来た総司を、彼の隣で歳三はじろりと睨みつけた。「総司、よさねぇか。他の隊士達に示しがつかねぇだろう?」「はいはい、わかりましたよ。あれ、近藤さんそっちの人は?」総司の視線が、勇から伊東へと移った。「今回入隊される伊東甲子太郎殿だ。伊東さん、これがうちの新選組一番隊組長の、総司です。俺の試衛館の師範代も務めております。」「ほう、君が近藤君の愛弟子か。」「近藤君?」総司の翡翠の双眸が、剣呑な光を宿した。「近藤さん、ここじゃ何だから色々と後で話そうか?」「ああ、そうだな。」気を利かした歳三は、そう言うと総司の手を掴んで中へと入っていった。「あの人、一体何様のつもりなの?馴れ馴れしく近藤さんを呼ぶだなんて・・」「俺だって気に食わねぇさ。だがな、こんなところで争いを起こしても何もなんぇねよ、堪えてくれねぇか。」「わかりましたよ。土方さんだって、あの人の事気に食わないんでしょう?」「ああ。」歳三は伊東を新選組に入隊したのは間違いではないかと思い始めるようになっていた。そしてその思いは、日頃強くなっていった。「わたしを新選組参謀に取り立てていただき、ありがとうございます。」伊東の歓迎の宴が島原で開かれ、彼は酒を飲んで少し赤くなった頬を勇に向けるとそう言って彼に微笑んだ。元々美しい顔立ちをした彼は、笑うとまるで天女のように美しく見えた。「いやぁ、わたしとしては、伊東さんの力を是非お借りしたくて・・」「それは頼もしい事です。」盛りあがる二人の傍らで、歳三はいかにも面白くないような顔をしていた。「何あれ、近藤さんに馴れ馴れしくしちゃってさ。」「総司・・」「一体何様のつもりなんだろ、あの人?しかも参謀だなんて、山南さんの立場がないじゃない。」「総司、わたしは大丈夫だからやめなさい、そんなことを言うのは。」山南敬助はそう言って総司を窘(たしな)めると、歳三の前に腰を下ろした。「うかない顔だね、土方君。」「ああ。それよりも山南さん、本当にいいのか?」「別にわたしは地位などに固執したりはしないよ。それよりもそんな仏頂面じゃ、折角の宴が台無しになるだろう?」「わかったよ。」普段意見が合わず対立している山南と歳三だったが、試衛館の貧乏時代に苦楽を共にした仲なので、互いの事を認め合っていた。「歳、どうしたんだ?機嫌が悪そうだな?」「何でもねぇよ。」局長室に入った歳三は、そう言って勇にそっぽを向いて部屋から出ようとした時、彼に抱き締められた。「何だよ、急に・・」「お前が欲しい。」勇はそう言うと、歳三の唇を荒々しく塞いだ。「んん!」息が出来ぬ程の激しい口付けに、歳三は腰砕けになりそうになった。「土方君、居るかい?」その時、廊下から伊東の声が聞こえ、二人は慌てて離れた。「伊東さん、どうしたんです?」「いえ、今後の隊の方針についてお話があって。」「そうですか・・」勇はちらりと歳三を見たが、彼は部屋から出て行った後だった。にほんブログ村
2013年06月17日
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「おう、来たかえ!」『亀山社中』と書かれた門の前に真紀とあいりが立つと、中から浅黒い肌をした男が二人を出迎えた。「坂本殿、お久しぶりです。」「お~、お前、真紀じゃなかか?暫く見ん間に、大きゅうなったのう!」龍馬は骨張った大きな手で真紀の頭を乱暴に撫でた。「お前の隣に居る女子は誰じゃ?」「初めまして、あいりと申します。」「ほう、可愛いのう。それよりも、桂さんから何かを預かってきたがか?」「はい。ここでは人目がありますので・・」「わかった。中で茶でも飲んで話そうかのう。」 三人は、ゆっくりと建物の中へと入っていった。「長州が馬関で列強の艦隊と戦をしたがか・・そんで、勝ったかが?」「いいえ。圧倒的な軍事力で、我が藩は大敗を喫しました。」長州藩は、馬関海峡に於いてイギリス・フランス・オランダ・アメリカの4ヶ国に砲撃を受け、惨敗した。その原因は、前年長州藩がフランス艦を馬関で砲撃したことにあった。「今回のことで、桂さんは尊王攘夷から開国勤皇へと藩は大きく考え方を変えるべきだとおっしゃっておりました。そこで、坂本殿のお考えをお聞きしたいと・・」「わしゃぁ、このままでいっては日本はいかんと思うぜよ。」「では、どうすればよいと?」「メリケンちゅー国は、日本のように血筋で選ばれた将軍が国を治めんと、国民一人一人が選んだ大統領が治めるがじゃ。身分も何も関係ない者が国を動かす。面白い事だとは思わんかえ?」「そうですね・・ですがそれを日本でしようとするとなると、至難の業でしょう。徳川家が容易に将軍職を手放すかどうか・・」「なぁ真紀、外国人らにはこん国が面妖なもんに見えて仕方がないと言われたがじゃ。それぞれの国に王様がおって、西と東にも王様がおる。国中がバラバラな動きをしとる。」「確かに、エゲレスでは女王が一国を治めておりますし、オロシヤでもあの広大な国を皇帝が一人で治めています。日本でもそれが出来る筈・・」「そうぜよ。それがわしの目指している未来の日本の在り方じゃ。共和国ちゅーもんを作りたいんじゃ。」「共和国?」「これからこの国の王は、血筋でなくて国民一人一人が選んだ者がなるんじゃ。」「それはいいですね。しかし、それが実現するまでどれほど時間がかかるか・・」真紀はそう言って溜息を吐くと、茶で乾いた喉を潤した。「すいまへん、ちょっと坂本はんに聞いてもよろしいどすやろうか?」先程まで真紀と龍馬の会話を聞いていたあいりが、そう言って龍馬を見た。「何か言いたい事があるがかえ?」「坂本様が目指す新しい国には、キリシタンが居てもいいんどすやろか?」「おんし、確かキリシタンやったのう。」「へぇ。うちは悪い事を何もしてへんのに、どうしてあないな目に遭わされるんかわからへんのどす。」「わしは、キリシタンもそうでない者も、みな同じ人間じゃ思うちょる。」龍馬の言葉に、あいりはパッと顔を輝かせた。「そうどすか。ほんなら、うちも坂本はんの新しい国づくりの手伝いをしてもよろしおすか?」「ありがたいぜよ、これから宜しゅう頼む!」龍馬は屈託のない笑みを浮かべて、あいりに骨張った手を差し出した。「あの、これは?」「シェイクハンド言うて、西洋の挨拶じゃ。」「ほな、宜しゅうお頼申します。」あいりはにっこりと龍馬に微笑んだ。「ねぇ、土方さん達江戸から戻って来るのは、今日だっけ?」「ああ。何でも、向こうで伊東甲子太郎なる人物が入隊をしたらしい。」「ふぅん、どんな人なんだろうねぇ、その人。」総司がチラリと屯所の門の方を見ると、丁度近藤達がやって来るところだった。にほんブログ村
2013年06月17日
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「平助がお前に会わせたい奴が居るんだとさ、歳。」「平助が?」 勇と身体を重ねた翌朝、歳三は彼とともに江戸市中にある道場へと向かっていた。「何でもその方は、平助と山南さんと同じ流派の者だそうだ。」「北辰一刀流か。それで、どんな奴なんだよ?」「さぁ・・詳しいことはよくわからないが、和歌に精通していてかなりの切れ者だという噂があるそうだ。」「へぇ、そうかい。」少し歳三が嫉妬を滲ませた口調で言うと、勇が怪訝そうな表情を浮かべて彼を見た。「もしかして歳、嫉妬してるのか?」「馬鹿、嫉妬なんかしてねぇよ!」歳三は顔を赤くすると勇にそっぽを向いた。「あ、土方さん、近藤さん!」「平助、俺達に会わせたい奴って誰なんだ?」 道場へと着くと、その入り口では平助が二人に手を振りながら彼らの方へと駆け寄ってきた。「伊東先生なら、道場の中に居るぜ?」「伊東っていうのか。」「藤堂君、お客様かい?」道場の中で玲瓏な声が聞こえたかと思うと、一人の男が二人の前に姿を現した。 その余りの美貌に、勇と歳三は思わず絶句してしまった。端正な美貌と、透き通るような白い肌、華奢な身体―歳三と似たような美貌を伊東は持っていたが、ひとつ歳三と違うのは、瞳の色が紫紺だということだろうか。「僕の顔に何か?」「いえ・・平助から聞いた話だと、かなり剣の腕が立つとか・・それで、どんな猛者なのかを想像していましたら・・」「これは失礼、近藤君の想像とは違ったようだ。」伊東甲子太郎(いとうかしたろう)は、そういうと勇に微笑みかけた。初対面の相手に向かって“君”づけで伊東が勇を呼んだことに、歳三は一種の不快感を覚えた。(何だこの野郎・・勝っちゃんに対して馴れ馴れしくねぇか?)「そちらの方は?」「ああ、こいつは俺の道場の門下生で、新選組副長の、土方歳三といいます。ほら歳、そんなに仏頂面を浮かべてないで挨拶せんか。」「初めまして、土方です。」「君が、噂の土方君か。話は藤堂君から聞かせて貰ったよ。何でも、隊内の規律を乱す者には容赦なく切腹を命じるとか。」「ええ。新選組は今後ますます規模が大きくなりますからね。隊士達をまとめるには、厳しい規則が必要です。いけませんか?」「おや、まるで僕が君のやり方を批判しているようじゃないか?まぁ、そう思ってくれても結構だがね。」「ほう、そうですか・・」両者の間に、見えない火花が散った。「歳、一体どうしたんだ?伊東さんにあんな言い方をして・・」「どうしたもこうしたもねぇよ。俺はあいつが気に入らねぇ。」「歳、そんなことを言うなよ。伊東さんは必ず新選組を支えてくれる存在になるさ。」「そうか?俺にとっちゃぁあいつはぁ新選組の疫病神にしかならねぇと思うけどな!」歳三はそう吐き捨てると、伊東の道場を後にした。「疫病神、か・・かなり酷い言い草だね。」「兄上、気になさらないでください。」歳三たちが去っていった方向を眺めている伊東の背後に、彼の弟の三木三郎が立ち、そう言って兄を慰めた。「わたしは彼の言うことなど気にしていないよ。ただ・・土方君という男は、少し厄介だね。」伊東甲子太郎と、土方歳三―二人にとって互いの第一印象は最悪なものとなった。「あいり、見えてきたぞ。」「あれが長崎やろか、兄上?」「ああ、そうだ。」 一方、萩から一組の兄妹―真紀とあいりが、桂からある用事を言いつけられて長崎の土を踏んだ。「ここはほんまに日本どすか?何や偉い京や江戸とは違いますなぁ。」「長崎は鎖国中の日本で唯一の貿易港だ。あれを見てみろ、あいり。」そう言って真紀が指したのは、ゴシック様式の教会だった。「あれは、教会?」「長崎ではエゲレス人やフランス人が多いからな。キリシタンも江戸や京よりも多いだろう。」「そうどすか・・」「さてと、ぐずぐずしている暇はないぞ。急がねばな。」「へぇ・・」 あいりは天高く聳(そび)え立つ教会の尖塔を見つめると、真紀と共に歩き始めた。にほんブログ村
2013年06月17日
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「またあんたのことだから、仕事ばかりして碌にご飯も食べてないんじゃないの?」「うるせぇな!」試衛館道場に隣接する母屋の中で、のぶはぐちぐちと歳三に向かって小言を言いながらも、彼の茶碗の中に白いご飯をよそった。「飯なんていつでも食えんだよ。」「あんたって子は・・いつまで経っても変わらないんだから!」「まぁまぁ二人とも・・歳、おのぶさんはお前の事を心配してるんだから、そんなに怒らなくたっていいだろう?おのぶさん、歳も今は大変な時期なんです、わかってやってください。」勇が二人の間に割って仲裁に入ると、二人はバツの悪そうな顔をしてそっぽを向いた。「全く、歳は昔から口が減らないねぇ。京でもそんなふうにやってると、敵を作っちまうぞ?」勇の養父・周斎は赤ら顔でそう言うなり、歳三の肩をバシンと叩いた。「周斎先生までそんなことを・・」「まぁ、歳は完璧主義なところがあるから、色々と衝突しているな。特に総司とは顔が合えば喧嘩ばかりしていて困るよ。」勇が朗らかな笑みとともに歳三を見ると、歳三は照れ臭そうな顔をして俯いた。「勝っちゃん、さっきはありがとな。」「なぁに、どうってことねぇよ。それよりも歳、お前なんか俺に隠してることないか?」「え・・」歳三が勇とともに道場へと向かう途中、勇がそう歳三に尋ねると、彼は激しく狼狽した様子で自分と目を合わせようとはしなかった。(やっぱり、何かを隠している。)そう確信した勇は、更に畳掛けるように歳三にこう言った。「実はなぁ、江戸に発つ前に総司から歳の様子がおかしいと言われてな。だから気になって聞いてみたんだが・・」「総司の野郎、余計なことを・・」歳三は舌打ちすると、そう小さな声で毒づいた。彼の脳裏には、小憎たらしい笑みを浮かべている総司の顔が浮かんだ。総司は何処まで自分を苦しめようとするのだろう。「勝っちゃん、俺はあんたに言いたい事がある。」「ここじゃ人目につく。道場の中で聞こう。」「ああ。」 道場の中へと入り、歳三は勇の方へと向き直った。そして深呼吸した後、彼にこう告げた。「勝っちゃん・・俺は、キリシタンなんだ。」勇の岩のように厳つい顔が驚愕でひきつるさまが、歳三の瞳に映った。「俺は多摩に居た頃・・ガキの頃から、キリシタンだったんだ。この事は、姉貴や義兄さんにも言ってねぇ。周斎先生にも・・ただ、総司にはあっさりとバレちまったがな。」わざとらしく笑いながら、歳三はそう言って頭を掻いた。勇の顔を見るのが、怖かった。彼は自分を軽蔑しているのか、それとも―「何だ、そんなことか。」勇はそう言うと、歳三の肩に両手を置いた。「あんたには悪いと思ってる。酷い奴だって・・」「そんなこと、俺は一度も思っちゃいないよ。歳がキリシタンでも、俺はお前を愛してる。だから、俺のことをずっと支えていてくれ。」「勝っちゃん・・」勇の言葉に驚きながらも、歳三は涙を流した。涙とともに、長年勇にキリシタンだと隠していた重荷や、後ろめたさといったものが流れていった。 やはり、彼の事を愛している―一人の男として。「俺も、あんたのことを愛しているよ、勝っちゃん。」「歳・・」月に照らされた勇と歳三は、互いの唇を吸い合った。にほんブログ村
2013年06月17日
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「久しぶりの江戸だな、歳。」「ああ・・」 隊士募集のため江戸へとやって来た歳三と勇は、約半月ぶりに故郷の空気を吸い、少し安堵したかのような表情を浮かべていた。「さてと、俺はたまこに会いに行くよ。お前は?」「俺は別に寄る所がある。」「じゃぁ、試衛館で落ち合おう。」勇と品川宿の前で別れると、歳三はある場所へと向かった。 そこは、歳三がキリシタンになった11歳の頃、足しげく通っていたキリシタンの集会所だった。「マリア様、来てくださったんですね!」「おい、その呼び名はやめろっつただろうが!」集会所へと入った歳三は、そう言って一人の少年を睨みつけた。「申し訳ありません、つい・・」「マリア様、お久しぶりでございます。」少年の背後から、一人の老人が現れた。「喜八、お願いだからマリア様って呼ぶのはやめてくれねぇか?むず痒くならぁ。」「何をおっしゃいますか。あなたはわたし達にとって慈悲深き父なるキリストの母、マリア様です。」喜八と呼ばれた老人はそう言って歳三を見つめると、胸の前で十字を切った。「さてと、どうぞ中へ。皆が待ってます。」「ああ。」歳三は喜八達とともに、集会所の中へと入った。「マリア様!」「マリア様がいらっしゃった!」「おお、マリア様が我々の御前に!」 集会所に歳三が入ると、信者達が口々に歳三の姿を見てそう叫びながら、胸の前で一斉に十字を切った。彼らは、歳三の仲間で、幕府の目から逃れてキリスト教を信仰している者達だった。(ったく、何だよみんなしてマリア様って・・俺は男だぞ!)男だというのに、“マリア様”と呼ばれ、心中複雑な歳三であった。ふと視線を感じた彼が集会所の隅へと目を向けると、そこには鳶色の瞳をした青年が自分を見つめていた。「喜八、あいつはぁ誰だ?見ねぇ顔だな?」「ああ、あのお方は桂小五郎というお方です。江戸で道場を開いています。」「桂って・・」歳三の蒼い瞳が、鋭く光った。「喜八、向こうで待っててくれねぇか?俺はあいつと話がある。」「わかりました。」歳三からただならぬ気配を感じたのか、喜八はそそくさと彼の元から去っていった。彼がゆっくりと桂の前に立つと、桂はにっこりと歳三に微笑んできた。「あなたが、お噂の“マリア様”ですか?」「俺ぁそんな風に呼ばれちゃいねぇよ。あんたが、“逃げの小五郎”か?」「それは不名誉なあだ名だね。言っておくが、ここに来たのは君と戦うために来たわけではない。」「じゃぁ、何しに来たんだよ?」「それは後で説明する。少し時間あるかい?」「ああ・・」桂と連れ立って集会所から出て行く歳三の姿を、喜八は不安げに見ていた。「喜八様、マリア様は・・」「心配することはないよ。」 集会所から出た桂と歳三は、日本橋近くの茶店に落ち着いた。「それで?俺に話ってなんだ?」「君は、この国をどう考えているんだい?」「あんたの言ってる意味がわからねぇな。」歳三は茶を一口飲むと、桂を睨んだ。「君はわたしのことを誤解しているよ、土方君。ただ単にわたしは倒幕を叫ぶ危険人物だと思ってはいないかい?」「ああ、その通りだよ。あんたは御所に発砲した長州の奴らと同じで、天子様と上様に弓ひく逆賊だ。それ以上でも、それ以下でもねぇ。」「そうか・・どうやら、わたし達は永遠に分かり合えないようだね。」「あんたと仲良くするつもりなんざ、はなからねぇよ。」歳三は吐き捨てるようにそう言うと、茶店から出て行った。「歳、遅かったじゃないか!」「済まねぇな勝っちゃん。ちょっと用事があってよ。」「そうか。さぁ、中へ入ろう!みんなお前を待ってるぞ!」「あぁ、わかったよ・・」半月ぶりに試衛館の門をくぐると、そこには姉・のぶと勇の妻・つねが立っていた。「歳、あんた見ない内に少し痩せたんじゃない?」「ああ。忙しくてな。」のぶはそっと歳三の頬を撫でると、母屋の中へと彼を引っ張っていった。にほんブログ村
2013年06月17日
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歳三が河原で轟音を聞いた時、山本覚馬をはじめとする会津藩兵達が警護している蛤御門に、長州藩兵が攻め込んできた。「御所を通ることは罷りならん!」「鉄砲隊、前へ!」馬上に居る指揮官と思しき藩士の指示で、長州藩兵達が洋式銃を構えた。「あいつら、御所に鉄砲向ける気だ・・」「全く恐れを知らねぇ奴らだ、俺らで迎え撃つべ!」もはや御所に対して発砲する事もいとわぬ長州藩の狼藉ぶりに山本達は怒り、広沢も宙周藩兵達を睨みつけた。「槍隊、前へ~!」「放て、撃てぇ!」会津藩兵達が長州藩勢の方へと突進してきたが、彼らの槍の穂先が向こうへと届く前に、彼は長州藩の鉄砲隊の前に悉(ことごと)く倒れ伏した。「これじゃぁ埒が明かねぇ、鉄砲隊、前へ!」山本が率いる鉄砲隊が槍隊と入れ替わるようにして前に進み、一斉に長州藩勢に向かって射撃した。「怯むな、撃てぇ!」山本は敵の銃弾を素早く避けながら、指揮官の男の足を撃った。「今だ、突っ込めぇ!」指揮官が倒れ、敵が相好を崩したのを見計らった会津藩兵が長州藩勢を押すと、彼らは逃げるように退却していった。「一旦中へ入るべ。」 会津藩兵は一旦門の中へと退くことにした。「ねぇ土方さん、あそこに居るの、長州の奴らじゃないですか?」総司が走りながら向こうの角に見える鎧姿の男達を指すと、歳三はゆっくりと彼らの方へと近づいていった。「てめぇら、何もんだ!?」「会津中将様お預かり、新選組である!」「新選組じゃと?」「池田屋の仇、ここで討っちゃる!」 会津藩・桑名藩、そして新選組と激戦の末、長州藩は大敗を喫して京から退却していった。その際鷹司邸に放たれた火が強風に乗り、千年王城の都を一瞬にして灰燼(かいじん)と化した。煤で顔を汚した町民たちは、都を焼いた会津藩と新選組に対して憎悪の視線と怨嗟の言葉をぶつけてきた。「鬼め、この人殺し!」「早う京から去ね!」「この人殺し!」都を長州から守ったとはいえ、その代償は余りにも大きかったのである。「なぁ総司、一体俺達は何の為に戦っているんだろうな。」「何を言ってるんですか、土方さんらしくないですよ。」辺り一面灰燼と化した都を歩きながら歳三が弱音を吐くと、すかさず総司が憎まれ口を叩いてきた。「あ~あ、折角好き放題に暴れたっていうのに、土方さんがそんなんじゃぁ戦った甲斐がないなぁ。」「てめぇ・・」「あはは、怒ったぁ。それでこそ鬼副長ですよぉ。」「うるせぇ!」歳三は総司の挑発にいとも簡単に乗ってしまい、拳を振り回しながら彼を追いかけ回した。「それじゃぁ、行って来る。」「気を付けてくださいねぇ。あ、もう戻って来なくてもいいですよ?」禁門の変からいくばくか経たぬ内に、歳三は勇達とともに隊士を募る為江戸へと向かった。にほんブログ村
2013年06月17日
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池田屋で喀血した総司は、念の為暫く自室で療養する事となった。「あ~あ、つまんないな。みんな稽古やら巡察やらしてるのに、僕だけ横になってばかりだなんて。」総司はそう言うと、素振りをしている斎藤を恨めしそうな目で見た。「そう言うな。土方さんの命令は絶対だ。」「わかってるよ、そんなこと。でもやっぱり納得いかないよ!」まるで幼子のように拗ねる総司に、斎藤は溜息を吐いた。「総司の様子はどうだ?」「変わりません。どうやら身体を動かせないのが辛いみたいです。」「そうだろうと思ったよ。余り症状が酷くないのなら隊務に戻らせよう。」歳三は文机に置いてある書物に再び目を通した。「今回は、新選組にしてやられた・・」 長州藩邸では、桂が池田屋事件で宮部や吉田という優秀な人材を失ったことに自責の念を感じていた。「先生、お気を落とさないでください。挽回する機会はまだいくらでもあります。」「そうだな・・どちらが正しいかは、いずれ歴史が証明してくれることだろう。」桂はそう言うと、窓の外から京の街を眺めた。「暫くは何処かに身を潜めるべきかと。」「一度荻に戻った方がいいだろう。」「お供いたします。」真紀が桂に頭を下げると、桂は彼を見た。「お前がそう言ってくれるのはありがたいが・・あいり君はどうする?」「彼女も新選組に顔が知られています。暫く京を離れた方が得策かと。」「そうだな・・」こうして、真紀とあいりは桂とともに京から離れることとなった。 池田屋事件から一ヶ月後、会津藩本陣に長州が挙兵し街道沿いに京へと向かっているという報せが入った。「殿、如何されますか?」「長州が上洛するまで、まだ時間はある。余り下手な動きをすれば、我らの命取りとなろう。」会津藩主・松平容保は、手に持っていた扇を膝に当てながらどのような策を練ろうかと考えていた。「殿、はやまってはなりません。」「わかっておる・・」 報せを受けた翌日、容保は二条城で一橋慶喜と謁見した。「京都守護職は一体何をしておる。速やかに長州勢を追討せぬか!」「しかしながら、まだ長州の動きを抑えるのは時期尚早かと・・」「甘いわ!武芸に長けておると名高い会津藩が、腑抜けになったか!」慶喜は言葉を濁す容保に対して苛立った口調でそう叫ぶと、彼をジロリと睨みつけた。「長州は帝に弓引く逆賊じゃ!早う追討せよ!」「ははぁっ!」 一方、長州勢は徐々に伏見街道を北上し、京へと迫りつつあった。天王山に拠点を置いた彼らは、大砲や洋式銃を調達して陣を構えた。「会津に今度は煮え湯を飲ます番じゃ。」「負けたままでは終わらんぞ!」真木和泉は、怒りに滾らせた目で京を見た。 その後、会津藩兵たちは伏見街道沿いと御所の蛤御門の警護を任され、会津藩士・山本覚馬は獲物を狙う鷹のような鋭い目で通りを見渡していた。「ここは絶対に通さねぇ。」 一方、新選組にも会津藩から出動要請が出た。「暫しここで待機しておれ。」「くそ、池田屋の時といい、事が起こるまで待てってか・・いつまで俺らを虚仮にするつもりだ!」歳三は歯噛みしながらそう吐き捨てるように呟いたその時、御所の方から轟音が轟(とどろ)いた。にほんブログ村
2013年06月17日
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※BGMとともにお楽しみください。1864(元治元)年6月5日。「遅ぇな・・」長州の目的を会津藩に報告した歳三達だったが、新選組は会津藩側から待機を命じられた。「この非常事態にじっと待ってろっていうのか?」「仕方ないだろう、歳。俺らは会津藩お預かりの身なんだ。勝手に動くわけには・・」「甘ぇよ近藤さん!ここで指を咥えて待っている間にも、京が燃えるかもしれねぇんだぞ!出陣するなら今だろうが!」会津藩の指示に従おうとする勇に対し、歳三はカッと目を見開きながらそう怒鳴った。「そうか・・では、出陣するか!」「それでこそ新選組の大将だ!」 こうして、新選組は独断で長州の目的を阻止するため、彼らの会合場所に討ち入りする事を決めたのである。「二手に分かれるぞ。歳は四条河原沿いの四国屋、俺達は三条小橋の池田屋を調べろ。」「わかった。」「武運を祈るぞ、歳!」「あんたもな!」黒谷の前で別れた勇と歳三は、それぞれ会合場所と思しき旅籠へと向かった。「御用改めである、神妙にいたせ!」歳三が四国屋へと踏み込むと、そこに長州藩士らの姿はなかった。「ちっ、外れか・・」「伝令、伝令!」 四国屋を後にした歳三達の前に、伝令役の隊士が現れた。「本命は、三条小橋、池田屋!」(畜生、今から行っても間に合うかどうか・・)歳三は歯噛みしながら、部下を率いて池田屋へと駆けていった。「御用改めである、神妙に致せ!」「お客様、早う逃げとくれやす!」 池田屋の主は二階の浪士達に向かってそう叫んだが、階段を上がる途中で沖田総司によって気絶させられた。「こん幕府の犬が!」「どこまで俺らの邪魔をする気か!?」いきり立った数人の浪士達が総司に斬りかかったが、彼の鋭い突きを喰らい階段から転げ落ちていった。「手向かい致せば容赦なく斬り捨てる!」勇がそう叫んだ瞬間、全ての灯りが消えた。「曲者!」「そこを退けっ!」 一方、池田屋の裏口へと入った真紀とあいりは、そこを守っていた奥沢栄助に咎められ、真紀は彼の槍をかわして彼を一撃で斬り伏せた。「あいり、済まぬがお前を守ってはやれぬ。」「承知してます。」「行くぞ!」二人が池田屋へと踏み込むと、辺りは血の臭いで充満していた。(宮部さんは何処に・・)あいりが二階へと駆けあがると、奥の部屋から人の声が聞こえた。「あ、君この前の・・」背後から声を掛けられて彼女が振り向くと、そこには返り血を浴びた総司が立っていた。「二度目は逃がさないって、言ったよね?ここで死んでくれるかな?」「嫌どす!」「ふぅん、女の癖に逆らうの?」総司は口端を歪めると、あいりに刀を向けた。あいりは素早く鯉口を切ると、正眼に構えた。 暫く二人は睨み合った後、同時に互いに向けて突進した。「ふぅん、なかなかやるじゃない。でもいつまで続くかな?」「黙りよし!」あいりはそう言うと、総司の肩を切り裂いた。「いつの間に剣を振るえるようになったの?まぁ、君みたいな子、すぐに斬り伏せて・・」「余所見をするな!」真紀は怒声を上げると、総司の前髪を切り落とした。「ああ、君も居たんだ?今度は逃げないの?」「抜かせ!」総司と真紀は互いに一歩も退かずに刃を交えた。「君もなかなかやるじゃない。でもこれで終わり・・」総司はそう叫んだ途端、喀血した。「お前・・」総司が真紀を見ると、彼は何処か自分を憐れむような顔で見ていた。「憐れみは要らないよ!」総司が鋭い突きを真紀に喰らわそうとしたその時、外が騒がしくなった。「退くぞ。応援が来たようだ。」「へぇ。」真紀とあいりは懐紙で刀の血を拭うと、裏口から逃げていった。「逃げるな!」総司は二人の後を追おうとしたが、思うように身体が動かず、うつ伏せに床に倒れたまま意識を失った。「副長、宮部は奥で腹を切っていました!」「そうか。まだ息がある者は補縛しろ。」「はい!」 歳三は激しい戦闘の痕跡が残る室内を見ながら、二階へと上がった。「総司、何処に居る!?」歳三が総司を探すと、彼は二階の廊下で倒れていた。「誰か戸板を持ってこい!」(しっかりしろ総司、死ぬんじゃねぇ!)総司とは仲違いしてしまったが、彼の死を歳三が願ったことは一度もなかった。にほんブログ村
2013年06月17日
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「何も知らん癖に、軽口ばっかり叩くな!」「何やとぉ!」「女子の癖に、生意気を言うちょるか!」突然あいりから冷水を浴びせられた藩士達は呆然としていたが、瞬時に怒りで顔を赤くして彼女の胸倉を掴んだ。「女子に手を上げるとは、感心せんのう。」「けんど、こいつが・・」「お前らには他にやることがあるがなかか?そげな者に構っちょらんで、向こう行け。」宮部はそう言って藩士達を睨み付けると、彼らは舌打ちして廊下の角へと消えていった。「助けてくださって、おおきに。」「おんしは出来過ぎた女子や。けど、それを快く思わん奴も居る。それを覚えておけ。」「へぇ・・」宮部はあいりの肩を叩くと、元来た道へと戻って行った。「兄上、お加減はどうどすか?」「だいぶ良くなった。それよりももうすぐ祇園会だな?」「へぇ。兄上は、祇園会は初めてどすか?」「ああ。まだ上洛して間もないからな。良かったら案内してくれないか?」「喜んで。」真紀の笑顔を、あいりは初めて見た。 二人が穏やかな時間を過ごしているとは対照的に、新選組内では長州の過激派浪士の補縛・取り締まりを強化しているので、緊迫とした空気が流れていた。「枡屋が武器・弾薬を隠し持っているとの報告が。」「そうか。じゃぁすぐに向かうぞ!」「御意。」新選組は、枡屋喜兵衛―長州藩士・古高俊太郎の存在を会津藩に報告した後、彼を補縛し、蔵へと連行した。「吐け、吐かぬか!」前川邸の暗くて蒸し暑い蔵の天井から逆さづりにされて鞭うたれながらも、古高俊太郎は長州の目的を一向に吐こうとはしなかった。「ったく、あいつちっとも吐きやしねぇ。こうなりゃぁ持久戦に持ち込むしか・・」「俺が奴を吐かせる。」歳三はそう言うと、蔵の中へと入った。「誰か五寸釘と八目蝋燭を持ってこい。」「はい!」蔵の中から古高の呻き声を聞いた隊士達は、中で何が起こっているのか気になった。足の裏を五寸釘で貫かれ、その上に八目蝋燭を垂らされた古高は、とうとう長州の目的を白状した。「風の強い日を狙って御所に火をつけ・・帝を長州へとお連れあそばす・・」「よかったな。足が少し痛んだだけで済んで。」歳三はそう言うと、蔵から出て行った。「そうか・・では会津藩に報告しよう!」「ああ。」こうして、新選組と長州―それぞれにとって長い夜が始まろうとしていた。「みんな、集まったか?」「ああ。」三条小橋の旅籠・池田屋には、長州・肥後・土佐の過激派藩士達が次々と集まって来た。] その頃、あいりと真紀は祇園会の宵山見物をしていた。伝統ある祭りとあってか、往来は人の波が出来る程混雑していた。「おお~い、真紀!大変だ!」「山下様、どないしはったんどす?そないに息を切らして・・」「新選組が・・三条小橋の池田屋に!」「行くぞ、あいり。」「へぇ。」あいりは腰に帯びた刀をそっと指先で触れると、真紀とともに雑踏の中を走りだした。にほんブログ村
2013年06月17日
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「あ~あ、つまんないなぁ。」「どうしたんだよ、総司。」巡察の後、総司がそう言って溜息を吐いていると、藤堂平助が怪訝そうな顔で彼を見た。「だって、一番いいところで土方さんに邪魔されてさぁ。それに石も投げられたし。ここ見てよ、こんなに腫れちゃって。」総司は額に残る痣を指すと、また大仰な溜息を吐いた。「いいじゃん、不逞浪士をやっつけたんだから。」「良くないよ、だって・・」「総司、後で俺の部屋に来い!」平助と総司が話していると、歳三の怒声が廊下から聞こえた。「まぁた土方さんから呼び出しだよ、嫌になっちゃう。」「俺は知らねぇからな。」総司はさっと立ち上がると、副長室へと向かった。「てめぇ、丸腰の相手を斬るたぁどういう神経してんだ!?」「ああ、あの子丸腰じゃありませんでしたよ。それにどうみても、浪士(あっち)側だし。斬っても何の罪にも問われませんよね?」「てめぇ、ふざけんな!お前ぇに斬られた奴は子どもを庇って抜刀しなかったんだ!周りの状況くらい把握しやがれ!」「そんなに上から目線に偉そうに言うの辞めて貰いませんか?あなたが陰険で策士だから隊士に煙たがられているんですよ!」「総司、てめぇ・・」歳三の白い手が拳を象るのを見て、総司は少し心が躍ったが、今ここで歳三とやり合うと後でまずくなると思ってやめた。「話はもう終わりですか?それじゃぁ失礼します。」「てめぇ、待ちやがれ!まだ話は・・」歳三の怒声を聞きながら、総司はそそくさと副長室から出て行った。 最近歳三は総司と口論してばかりで、偏頭痛に見舞われる。「土方さん、薬をお持ちしました。」「悪ぃな斎藤。」斎藤が部屋に入ると、歳三は偏頭痛で顔をしかめていた。「横になられてはいかがですか?」「そんな事出来たら、苦労はねぇよ。」斎藤の手から薬と水が入った湯呑みを取ると、歳三は一気に薬を飲んだ。「少しはマシになったぜ、ありがとな。」「ええ。では俺はこれで失礼致します。」斎藤は歳三に頭を下げると、副長室から出て行った。 歳三は溜息を吐きながら、眉間を指で揉んだ。(最近総司の奴、妙に俺につっかかって来やがる・・)総司とは江戸に居た頃、関係は良好そのもだったが、上洛してからは何処か彼は自分を敵視しているようだった。「兄上、大丈夫ですか?」「ああ。それよりも、あの子は?」「無事でした。今晒しを替えますさかい。」「わかった。」真紀が痛みに顔を顰めながら起き上がると、あいりが素早く彼の上半身に巻かれていた晒しを解き始めた。彼の白い背には、生々しい刀傷が残されていた。「後ろ傷やなんて、こんな・・」「俺はあの子を守っただけだ。気にすることはない。」「へぇ・・」あいりはそう言うと、涙を流した。 長州藩邸では、後ろ傷を負った真紀の陰口を、藩士達が叩いていた。「ふん、やはり腑抜けじゃ。」「あんな小僧に、桂さんが守れるわけがなか!」高笑いする彼らの頭上に、突如冷水が浴びせられた。にほんブログ村
2013年06月17日
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あいりは、真紀とともに洛中を歩いていた。「すいまへん、うちが頼んでしもうたさかい・・」「気にするな。たまには外に出るのは気晴らしになる。」 剣術の稽古の後、主から休みを貰ったあいりは真紀とともに宿の近くにある甘味処に来ていた。店の中は女性客ばかりで、どうしても男の真紀は悪目立ちしてしまう。「甘い物はお嫌いどすか?」「いや、少し苦手だ。」「へぇ、そうどすか。それよりも宮下様はおいくつどすか?」「17だ。そなたは?」「うちは15どす。これから宮下様を、“兄上”とお呼びしてもよろしおすか?」「何故俺が兄上なのだ?」「年上やし。」「ふん、好きにしろ。」真紀は何処か嬉しそうな顔をしながら、みたらし団子を頬張った。 店から出ると、通りで幼女がビードロを鳴らしながら歩いていた。通りには魚売りの男や花売りの娘達が行き交い賑わいを見せていた。何の変哲もない、平和な日常だった。「平和どすなぁ。」「ああ。」真紀とともに雑踏の中を歩いていると、あいりは向こうの角から浅葱色の羽織を纏った集団がやって来るのが見えたので、思わず目を伏せた。「どうした?」「いえ・・」そうあいりが言った時、激しい剣戟の音が響き渡った。「斬り合いや!」「早う逃げ!」人々は悲鳴を上げながら逃げ惑う中、新選組一番隊組長・沖田総司は次々と相手を斬り伏せた。「ふん、大した事ないね。」翡翠の瞳で冷たく敵を睨み付けると、止めを刺した。 その時、彼の前にビードロを吹いていた幼女が歩いて来た。「おのれぇ!」まだ息があった浪士の一人が、総司に向かって刀を振り翳そうとしていた。「危ない!」真紀はとっさに浪士と幼女との間に割って入り、己の身体を盾にした。総司の刀が一閃し、真紀の背を切り裂いた。「運が悪かったね、あんた。ここで死んでね?」口端を歪ませて笑うと、総司は地面に倒れ伏している真紀の首筋に向かって刃を振り下ろそうとした。「壬生狼は早う京から去ね!」あいりは小石を掴むと、それを総司の顔に向かって投げつけた。総司が端正な顔を怒りに歪ませ、あいりを睨みつけた時、背後から黒髪をなびかせた男が走って来た。「総司、一体これぁ何の騒ぎだ!?」「土方さん、いいところを邪魔しないでくださいよ。」「ふざけんな!」歳三が総司を睨み付けると、彼は舌打ちしてそこから去っていった。「また会った時は、女子でも容赦しないからね。」擦れ違いざまに総司はあいりを睨み付けると、部下を率いて彼女の傍を通り過ぎていった。「う・・」「兄上、ご無事どすか!?」「大事ない・・ただのかすり傷だ。」そう言った真紀の額からは脂汗が滲み出ていた。「誰か医者呼んで来ておくれやす!」 真紀は戸板に載せられ、近くの町医者の元へと運ばれて一命を取り留めた。にほんブログ村
2013年06月17日
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「えい、やぁ!」「気合いが足りぬ!もっと腹の底から声を出せ!」 あいりが真紀に剣術の稽古を受け始めてから数日が経った。今まで木刀など握った事がない彼女は、何度もその重みになれずに倒れそうになったが、その度に真紀から叱咤される内に重みに慣れてきた。「腰がひけておる、そのような事では敵に斬られるぞ!」「蚊の鳴くような声では敵に侮られる!」真紀の指導は的確でもあったが、厳しくもあった。あいりは仲間の仇を討ちたい一心でその指導に耐えたが、こんなことをしていつになったら刀を握れるのか、内心焦りが出始めていた。それを真紀は見抜いたらしく、ある日の朝、彼は打ち合いをすると言って来た。 しかし、初心者のあいりに対して真紀は容赦なく打ち込んできた。情けなさと悔しさで泣きそうになった彼女の頭上に、真紀の雷が落ちた。「生半可な心で剣を握るなと申したであろう、馬鹿者!泣くくらいならば、やめてしまえ!」「嫌や!」涙で溢れる目を乱暴に手の甲で擦りながら、あいりは木刀を握り直して真紀を睨みつけた。「そうか、そなたがそのつもりなら、容赦はせぬぞ!」カン、カンッという木刀同士が打ち合う音が響く中、あいりは漸く真紀から一本取った。「最初のころよりも太刀筋がしっかりしておる。だが油断してはならぬぞ。」「おおきに・・」あいりが真紀に頭を下げると、彼は少し照れ臭そうに頬を赤く染めた。「あいり、何してるんや、そないなところで!」喜びも束の間、背後から主の鋭い声が飛んできて、あいりは身を竦ませた。「何をしてるかと思うたら剣術の稽古などして・・早う仕事に戻らんか!」「すいまへん・・」「お武家様、うちのもんがとんだ失礼を。勘忍しておくれやす。」主がそう言って真紀に向かって頭を下げると、彼は毅然とした口調でこう言った。「今や女子でも己の身すら守らねければままならぬ世。俺がそなたの女中に稽古をつけているのは、決して戯れなどではない。」「へ、へぇ・・」真紀に真正面からそう言われた主は暫く両の手を揉みながら彼の顔色を窺っていたが、やがて諦めたかのように奥へと消えていった。「おおきに、助けてくださって・・」「礼はいらん。そなたほど教え甲斐がある弟子はおらぬゆえな。さてと、もう一本勝負せよ。」「へぇ!」再び宿屋の中庭で、木刀が打ち合う音が響いた。「真紀の奴、女になんぞ剣術の稽古ばつけちょるとか?」「朝からせからしくてかなわんわ。」「女子が人ば斬れやせん。」二人の稽古の様子を遠目で眺めていた志士たちはそう口々に陰口を叩いていると、部屋の襖がすっと開いた。「あの子は剣技の才がある。君達が胡坐を掻いている間に、彼女はいずれ君達を打ち負かすことになるだろうねぇ。」「か、桂先生!」「お早いお戻りで!」「暫くだったね、皆息災で良かった。」桂小五郎は、慈愛に満ちた鳶色の瞳で志士たちを見つめた後、彼らに優しく微笑んだ。にほんブログ村
2013年06月17日
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「壬生狼の奴らめ・・最近ますます調子に乗りおって!」そう言って盃を乱暴に膳に叩きつけるようにして置いたのは、肥後の宮部だった。「あやつらは人の生き血を啜る鬼の軍団じゃ!この前キリシタンを焼き殺した!」「まさに鬼の所業じゃ!」いきり立つ維新志士達の様子を、遠めで一人の少年が見ていた。年の頃は17,8といったところか、黄金色の長い髪を高い位置に纏め、どこか醒めたような翡翠の双眸で彼らが激論を交わしているのを眺めていた。「真紀、お前も何か言いたいことがあるだろう?」「いえ、俺は何もありません。」「宮部さん、あいつに意見を求めても無駄です。何たってあいつは・・」「人斬りの俺には難しいことはとんとわかりませぬ故、これにて失礼仕る。」男の言葉が言い終わらぬうちに、少年はさっと部屋から出て行った。「なんじゃぁ、あいつは?相変わらず愛想がないのう。」「気にすんな。桂さんの秘蔵っ子だからと、調子に乗りおるんじゃ。」「桂さんもどうかしちょる。あんな女子のような華奢な身体で、人が斬れるとか。」男達の陰口を背に受けながら、少年―宮下真紀は静かに廊下を歩きだした。桂の傍仕えとして上洛して以来、あのような陰口の類にはもう慣れた。 真紀は遊女だった母と、英国軍人との間に生まれた混血児で、母は産後すぐに亡くなり、彼は遊郭で育てられた。世間の混血児に対する視線は冷たく、真紀は廓の中ではぞんざいに扱われた。それに耐えきれなくなって足抜けし、路上で野垂れ死にそうになっていた真紀を救ったのが、桂だった。桂は真紀に和歌・書道と、剣術の手ほどきをし、自分の傍仕え兼護衛として何処に行くときでも彼を連れて歩いた。異人との混血児を桂が連れて歩いている、という噂は瞬く間に広まり、高杉晋作などは物珍しに真紀を見ながら、こう言ったものだ。「女みてぇな面して、刀が振るえるかねぇ。」だが華奢な身体つきと、西洋の彫刻のような美しく整った顔立ちとは裏腹に、真紀の剣は容赦なく敵を討つ。はじめは彼を軽んじていた高杉や周りの藩士達も、徐々に真紀の実力を認めつつあったが、容姿に対する陰口を叩かれるのは相変わらずだった。だがそんなものは、真紀にとっては痛くも痒くもなかった。桂の為ならば、どんなに手を汚そうとも、彼の為に働けるのならそれでいいと思っているのだった。(会合が長引きそうだな・・外の風にでも当たるか。)ちらりと真紀が維新志士達が籠る部屋を見た時、角を曲がって来た女中とぶつかった。「すいまへん。」「怪我はないか?」「へぇ。」コツン、と何かが床に落ちる音がして真紀がそこを見ると、そこにはロザリオが落ちていた。「あ・・」女中は一瞬気まずそうな顔をして慌ててロザリオを拾い上げようとしたが、真紀の方が早かった。「これは、お主のか?」「へぇ・・お武家様に、少しお願いがあるんどすけど・・」「何だ、俺に願いとは?」「うちに、剣の稽古をつけさせてはもらえまへんやろうか?」「女の細腕で刀を握れるほど、剣の道は甘くはない。女に剣術など合わぬ。諦めよ。」「お願いどす、仲間の仇を討ちたいんどす!」真紀の言葉に一瞬落胆した表情を浮かべた女中だったが、いきなりそう彼に叫ぶと土下座した。「頭を上げよ。そなた、名は?俺は宮下真紀と申す。」「あいり、と申します。」「ではあいりとやら、俺について来い。」 あいりが戸惑いながらも真紀の後をついて行くと、そこには剣術の稽古場のようなものがあった。「まずはこの木刀を握ってみよ。」「へ、へぇ・・」あいりは真紀から木刀を手渡されたが、余りにも重いのでそのままつんのめりそうになった。「そのような有様では、刀は握れぬ。まずはその重みに慣れる事だな。」「へぇ。」 こうしてあいりは、真紀から剣術の手ほどきを受けることとなった。にほんブログ村
2013年06月17日
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キリシタン達を焼き殺した一件で、歳三達は会津藩本陣が置かれている黒谷金戒光明寺へと呼び出された。「こたびのこと、どう責を負うつもりか?」「今回の事、我らといたしましては、芹沢を詮議し・・」「それでは手ぬるい。聞けばその芹沢とやら、尽忠報国の義士だと名乗っては、軍資金を押し借り紛いに商店から奪っているではないか。その上、今回のようなことがあるとなると、こちらとしては黙ってはいまい。」「と、致しますと・・」「芹沢を斬れ。これは殿直々の命である。」「ははぁっ!」会津公から芹沢を斬れと命じられた近藤と歳三は、神保修理に対して頭を深く垂れた。「芹沢を斬れ、か・・どのみちそうなるところだと思っていたが、やっぱりな。」「なぁ、歳、俺は出来る事なら芹沢さんを斬りたくないんだが・・」「寝ぼけたこと言ってんじゃねぇよ、勝っちゃん。もう芹沢は手に負えねぇ。俺達の手でやるしかねぇんだよ!」怒気を孕んだ蒼い瞳で歳三が勇を見ると、彼は無言で副長室から出て行った。 その後、歳三達は綿密な計画を立て、島原で宴を催した。「珍しいな、近藤殿がこのような席を設けるなど。」「何をおっしゃいます。壬生浪士組がここまで大きくなったのは芹沢殿のお蔭です。それに会津公から、“新選組”という有り難い名を頂いたのも、芹沢殿のお蔭ではありませんか。」「ふん、たまにはいい事を言うな。」芹沢は上機嫌で酒を飲み、千鳥足で八木邸へと帰っていった。「準備はいいな?」「ああ。」 雨の中、黒装束に身を包んだ歳三達は、八木邸へと踏み込んだ。「貴様ら、何奴!」侵入者に気づいた平間重助が刀に手を伸ばそうとしたが、その前に総司によって袈裟斬りにされ、事切れた。歳三達は部屋で寝ている平山を斬り、芹沢の部屋へと踏み込んだ。「おのれ、曲者!」芹沢は泥酔したとは思えぬほどの素早い動作で刀を手に取り、悲鳴を上げる妾・お梅を押し退け隣の部屋へと逃げ込んだ。「ひぃぃ!」「あんた、運が悪かったね。」総司は恐怖に震えるお梅を冷たく見下ろすと、彼女の頭上に刃を振り翳した。「土方、貴様・・」「悪ぃが、あんたには死んで貰うぜ。」逃げ惑う芹沢を追った歳三は、彼が文机につまづいた隙を突き、彼の背を袈裟斬りにした。「終わりましたね。」「ああ・・」長州藩の仕業だと見せかける為、長州藩の家紋が彫られた笄を投げ捨て、歳三達は八木邸を後にした。 芹沢鴨が“何者かに”暗殺された数日後、近藤達は彼の為に盛大な葬儀を執り行った。「我らは芹沢殿の遺志を引き継ぎ、この京と上様をお守り致す所存である!」近藤の演説に、隊士達は歓声を上げた。 芹沢派を一掃したことにより、勇達は徐々に力をつけていった。「これからだな、勝っちゃん。」「ああ。」歳三が勇とともに夜空の月を眺めている頃、鴨川沿いの宿では、密かに維新志士達が集まっていた。にほんブログ村
2013年06月17日
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草むらを、歳三は何かにおわれながらも走っていた。だが、次第に距離を詰められていくのを感じ、早く逃げなければと彼が焦っていると、小石に躓(つまづ)き転んでしまった。『見つけたぞ。』地の底から響くかのような声が前方から聞こえ、歳三がゆっくりと振り向くと、そこには幼い頃キリシタン達を惨殺した男達が立っていた。彼らは刀を抜き、じりじりと歳三に迫ってきた。立ち上がろうとしたが、足が萎えてしまって動かない。『覚悟しろ。』「やめて・・」歳三が命乞いをすると、男達はせせら笑った。『お前達は国にあだなす邪教徒だ。』『この国のためにはならない。』男達は刃を歳三に向けた。「やめて、許して!」白銀の月が、自分の蒼褪めた顔と男達の憎しみに満ち満ちた顔を照らし出した。「土方さん、どうしたんですか?」息を荒くしながら歳三が目を覚ますと、傍らには総司が立っていた。「総司、お前ぇいつから・・」「さっき、大きな声が聞こえたから来たんですよ。」総司はそう言って歳三を見ると、そっと指先を伸ばして歳三の首に提げているクルスを引きちぎった。「てめぇ、何しやがる!」「これが、土方さんの秘密ですか。僕いつも疑問に思っていたんですよねぇ、どんなに暑い日でも一分の隙もなく着物を着込んでいる土方さんは、何かを隠しているんじゃないかって。」「返せ!」「嫌ですよ。」総司はそう言うと、クルスを持っていた手を高く掲げた。「ねぇ、どうしてキリシタンであることを黙っていたんです?そうしないと近藤さんの傍に居られなくなるから?」「それは・・」「図星みたいですね。」総司はせせら笑いながら、クルスを見た。そこには、十字架に磔にされた耶蘇の姿が金で象られていた。「いつからです?」「それは・・江戸に居た頃からだ。俺のほかにも、何人か信者は居たが、みんな殺されちまった。」歳三の脳裏に、幼い日に見た惨劇の光景が浮かんだ。異国の神を信じただけというのに、虫けらのように無残に殺されてしまった信者達に、あの蔵で見た信者達の姿を重ねていた。今まで隠し通せていた秘密が、こうも簡単に露見するとは。「総司・・このことは・・」「話しませんよ。土方さんの秘密を握っただけでも満足してるんですから。」総司はそういうと、暗い愉悦の笑みを浮かべながら歳三を見た。「総司・・」幼い頃、あんなに華奢で守ってやりたいと思っていた少年は、いつの間にか狂気に満ちた目で自分を見つめていた。「お前は、一体どうしちまったんだ?どうしてこんな・・」「あなたが悪いんですよ。あなたが、近藤さんばかり独占するから・・」「総司・・」歳三は総司に手を伸ばしたが、彼はその手を振り払って副長室から出て行った。 クルスを握り締めながら、総司は肩を震わせて笑った。(土方さんはもっと苦しめばいいんだ。僕から近藤さんを奪ったんだから・・)白銀の月が、総司の狂気に歪んだ顔を照らした。 翌朝、歳三は朝餉を食べながら総司を見たが、彼は昨夜見せた狂気に満ちた表情を浮かべたのが嘘のように、平助たちと談笑していた。あれは、嘘だったのだろうか。「どうした、歳?」「なんでもねぇよ。」「そうか。」 道場へと向かおうとしたとき、歳三の前に総司が現れた。「土方さん、僕あなたのこと嫌いですから。だから、あなたが苦しむ姿をこれから見るのが楽しみです。」総司はそう言って笑った。にほんブログ村
2013年06月17日
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その日、あいりたちはいつものように蔵で神への祈りを捧げていた。「ゼウスは我々を救ってくださる。」「神はいつも我々を見守ってくださっている。」信者達は神へ感謝と祈りの言葉を口々に述べながら、ロザリオを握っていた。その時、外が俄かに騒がしくなった。「奥様、早うお逃げ下さい、奉行所が・・」「何や、どないしたんや?」あいりは、自分の目の前で丁稚が刃を受け絶命する姿を目の当たりにし、その場に蹲った。「キリシタンどもを捕えろ!」 奉行所の者達が一斉に蔵に入って来たので、信者達は悲鳴を上げながら逃げ惑った。だが武装した彼らに丸腰の信者達は敵う筈がなく、彼らはあっという間に補縛されてしまった。「あいり、あんただけでも逃げよし。」「奥様、奥様を置いて逃げられまへん!」「うちはええのや。さぁ、行きよし!」背中を押され、あいりは蔵から出て行った。 近くの茂みに隠れて彼女が様子を見ていると、浅葱色の羽織を纏った数人の男が、蔵の前に立って話していた。「どうなさいますか、芹沢先生?」痩せた面長の男が、隣に立っている大柄の男に向かって指示を仰いでいた。するとその男は、鉄扇を開くと信じられない言葉を口にした。「蔵に火をつけてしまえ。そうすれば補縛する手間も省ける。」 戦支度を整え、歳三達がキリシタン達が潜伏しているという吉田屋へと向かうと、半鐘の音が市中に鳴り響いた。「土方さん、あれ!」平助の指す方角から、黒煙が立ち上っているのを確認した歳三は、胸騒ぎを覚えた。(まさか・・!)「急ぐぞ!」「おうっ!」 歳三達が吉田屋の前に行くと、そこには通行人達が紅蓮の炎に焼かれる店舗を見て口々に騒いでいた。「キリシタンが・・」「蔵ん中で・・」(畜生、遅かったか!)自分達が到着する前に、芹沢達が火を放ったに違いない。もう少し着くのが早かったら―歳三は臍(ほぞ)を噛みながら、蔵へと向かった。 芹沢が火を放った蔵には、信者達が苦悶の叫びと呻きを上げながら祈りを捧げていた。「皆さん、主は我らを救ってくださる!我々は、これから主の元へと参るのです、何も恐れることはありません!」集会を取り仕切っていた青年はそう信者達に呼びかけると、目を閉じた。蔵が勢いよく燃えていくさまを、あいりは息を殺して見ているしかなかった。「芹沢さん、何てことをしやがる!」「奴らは邪教を信じた者どもだ。いずれはこの国に反旗を翻すかもしれん。その前に一掃するのが、我々の仕事ではないのか?」「俺らはただ、信者達を補縛しろと命じられただけだ。奴らを焼き殺せとは命じられてねぇだろう!」「話にならんな。行くぞ。」芹沢が自分に背を向けて歩き出すと、歳三は憎々しげにその背中を睨みつけた。やがて雨が降り出し、焼け落ちた蔵の中からは炭化した信者達の遺体が折り重なるようなかたちで発見された。歳三がやりきれない思いで彼らに向かって十字を切っていると、茂みの中から一人の女が出てきた。その女は、上洛した際自分にぶつかった女だった。「お前ぇ・・」「マリア様、またお会いできるなんて・・」女はそう言うと、歳三の前に跪いた。「行け、人が来る前に。」「ありがとうございます、あなたに神のご加護がありますように。」女は歳三に向かって十字を切ると、雨の中へと消えて行った。(どうしてだ・・どうしてこんな・・)彼らを助けられなかったやりきれぬ思いが一気に胸に押し寄せてきて、歳三は静かに涙を流した。にほんブログ村
2013年06月17日
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「あ、はじめ見っけ!」 斎藤が素振りをしていると、総司が嬉しそうな顔をしながら彼に近づいて来た。「何の用だ、総司?」「これ、さっき京都町奉行所から土方さんに届いたんだよね。」そう言った総司の手には、文が握られていた。「だからさ、これ土方さんに渡しておいて。」「あんたが行けばいいだけの話だろう?」じろりと総司を斎藤が睨みつけると、総司は少し小馬鹿にしたような笑みを口元に閃かせた。「僕、色々と忙しいんだよねぇ。君、今日非番なんだからやってよね。」「・・わかった。」渋々と総司から文を受け取った斎藤は、副長室へと向かった。「土方さん、今宜しいでしょうか?」「ああ、入れ。」「失礼致します・・」斎藤が副長室へと入ると、歳三は彼に背を向けたまま仕事をしていた。「京都町奉行所から、文が。」「そうか、そこに置いておけ。」斎藤は文机の上に文を置くと、副長室から出て行った。「やっぱり、土方さんまだ怒ってたんだ?」「総司、あんたはどうして土方さんを憎んでいるんだ?」「理由なんて、いっぱいあり過ぎて思いつかないよ。まぁ、特に言えば・・あの人が近藤さんの親友だからかなぁ。」そう言った総司は、何処か遠くを見つめているような目をした。「僕、近藤さんの為ならいつだって死ねるよ。近藤さんは土方さんばかり頼ってるんだ。土方さんも、そんな近藤さんのこと、満更でもないようだし・・」まるで小さい兄妹に親の愛情を奪われて拗ねる子どものようではないかと、斎藤は思ったが、口には出さなかった。「なら、何故あのような姑息な真似をせずに、土方さんに思いの丈をぶつけない?」「あの人、僕がそんなことしなくてもとっくに僕の想いに気づいていると思うよ。気づいていながら、相手にしていないだけ。」だから僕は土方さんが嫌いなんだよ、と総司は吐き捨てるかのような口調で言った。「だから、はじめは土方さんをもっと求めていいんだよ?どうせあの人、男と寝たんだし。」「総司、貴様・・!」腰の刀へと手を伸ばそうとした斎藤だったが、理性が怒りを押しとどめてくれたお蔭で、抜くことはなかった。「さてと、今頃土方さんどうしてるんだろうなぁ。」総司はちらりと副長室の方を見て、屯所から出て行った。 一方、歳三は京都町奉行所からの文を読み終えると、深い溜息を吐いた。そこには、京で禁教である耶蘇教(キリスト教)の信者が潜伏しているので、彼らを補縛せよと書かれていた。浦賀にペリーが艦隊を率いて来航し、将軍家光の御世から長く続いた鎖国が解かれたとともに、西洋の文化や思想などが入ってきても、キリスト教はまだ禁教とされ、キリシタンたちは迫害に遭っていた。歳三は首に提げていたクルスを取り出すと、そっとそれに口付けた。誰にも言えぬ秘密を抱えたまま、キリシタン補縛という辛い役目を負う事になるという重圧に耐える為、歳三は何度も押し殺した声で神に許しを乞うた。「つい先ほど、町奉行所から文が来た。市中に潜伏しているキリシタン達を補縛しろいう旨が、そこに書かれてあった。」広間に全隊士達を集めた歳三は、そう言って彼らを見渡した。「皆、すぐに支度を整えろ!」「おうっ!」男達は慌ただしく戦支度を整え始めた。にほんブログ村
2013年06月17日
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「斎藤、やめろ!」「申し訳ありません、副長。もうこの想いは止められません。」斎藤はそう言うと、歳三の唇を塞いだ。「やめろ、んぅ・・」歳三は斎藤を押しのけようとしたが、彼の身体はビクともしなかった。そのうち、彼の手は歳三の内腿へと伸びていった。「やめろ!」また脳裏にあの日の悪夢が浮かび、歳三は斎藤を突き飛ばした。「出て行け、俺の前に顔を見せるんじゃねぇ!」「・・御意。」斎藤は一瞬悲しそうな顔をしたが、無言で部屋から出て行った。「あ~あ、失敗しちゃったね。」「総司・・」斎藤が肩を落としながら副長室へと出て行くと、総司が木陰から現れた。「強引なのは嫌われるって、知らなかった?」「あんたって奴は・・」「まぁ、奥手なはじめにしては上出来だよね。でも、土方さんは嫌いになっちゃったかもしれないけど。」総司は嬉しそうにそう言うと、斎藤に背を向けて去っていった。「歳、どうしたんだ?何だか顔色悪いぞ?」「そうか?」翌朝、歳三が昨夜の事を思い出していると、勇が怪訝そうに彼を見た。「ああ、少し熱があるんじゃねぇのか?」「いや、そんなことねぇよ。」「そうか。」勇はそう言うと、自分の額を彼のそれに押し当てた。(顔、近ぇよ・・)歳三は頬を赤らめながら、勇を見た。(あ~あ、面白くないなぁ。)そんな二人の様子を横目で見ていた総司は、舌打ちしながら味噌汁を啜った。「巡察の報告には行かないの?」「ああ。」「やっぱり気にしてるんだ、昨夜の事。」「総司、あんたは一体何を企んでいるんだ?」「それは教えな~い。さてと、巡察行って来るとするか!」総司はそう言って笑うと、意気揚々と屯所から出て行った。 一方、京一番の大店・吉田屋の蔵では、禁教を信仰する信者達が集会を開いていた。「デウスは皆様の傍におられます。今この世を絶望が覆い尽くそうとも、父なる主はあなた達の御心を救ってくださいます。」「アーメン!」信者達は押し殺した声で父なる神の名を呼び、十字を切って祈りを捧げた。その中には、歳三がぶつかった女性も居た。彼女の名はあいりといい、この店で働く女中だった。「あいりちゃん、どないしたん?」「奥様・・うち、この前マリア様のような方にお会いいたしました。」あいりはそう言うと、傍らに立った女性を見た。「どんなお人やったんや?」「とても白い肌をした方で、綺麗な蒼い瞳をしていらっしゃいました。」「そうか。うちも会うてみたいなぁ・・」「奥様・・」 あいりは、死期が近い主の何処か寂しそうな横顔を見た。にほんブログ村
2013年06月17日
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(一体俺は何をしているのだ。) その夜、斎藤は昂る心を抑える為、素振りをしていた。昼間、局長室で歳三と勇が睦み合っているのを見た時に感じた胸のざわめきに、斎藤はどうこのざわめきを鎮める術があるのかを考えていた。その結果が、素振りである。「あっれぇ、こんなところで何してるの?」「あんたこそ、こんな時間まで何処に行っていたんだ?」神経を逆なでするかのような声が聞こえ、斎藤が振り向くと、そこには総司が井戸に凭(もた)れかかるようにして立っていた。「別に。それよりもはじめは、土方さんのこと好きなんでしょう?」「あんたには関係のないことだ。」「大ありだよ。僕にとっては、すごく邪魔なんだよね、あの人。」「総司、一体何をするつもりだ?」「何もしないよ。今はね。」きらりと、総司の目が光った。まるで、血に飢えた狼のように。「ねぇ、いつまで君は指を咥えて土方さんが自分のものになるまで待つつもりなの?」「何が、言いたい?」「奪っちゃいなよ。このまま土方さんを近藤さんのものにされちゃう前に。」「総司!」翡翠の目を怒りで滾らせ、自分を睨みつける斎藤の姿を見て総司は嬉しそうに笑った。「冗談だよぉ。君って、本当にクソ真面目なんだから。」総司はポンポンと斎藤の肩を叩くと、彼に背を向けて屯所の中へと入っていった。(総司め、馬鹿なことを・・)斎藤は再び素振りを再開したが、頭の中では総司の言葉が何度も浮かんでは消えていった。“奪っちゃいなよ。”「土方さん、斎藤です。少し宜しいでしょうか?」「何だ、どうした?」 副長室の襖が開き、斎藤が入って来るのを、歳三は文机に向かって仕事をしながら横目で見ていた。「土方さんに折入ってお話があります。」「何だ、妙にかしこまって。」仕事を終わらせ、歳三がゆっくりと斎藤に振り向くと、彼は何処かそわそわとした様子で自分を見ていた。「斎藤、どうした?」「土方さんは、局長の事をどう考えておられるんですか?」「何だよ、藪から棒に。勝っちゃ・・勇さんのことは男として尊敬してるぜ。」突然斎藤の口からそんな言葉が出たので、歳三は若干戸惑いながらもそう答えると、突然彼は自分を畳の上に組み敷いた。「斎藤・・」「あなたを、お慕いしておりました。」そう言った彼の目は、熱で潤んでいた。「いつからだ?いつからそんな・・」「江戸に居た頃から、ずっとあなたをお慕い申し上げておりました。」斎藤は歳三の両手首を押さえつけると、ゆっくりと唇を彼のそれに近づけた。にほんブログ村
2013年06月17日
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「総司、どうしたんだその顔!?」「近藤さん、土方さんが僕のこと殴ったぁ~!」朝餉の時間、顔に痛々しい赤紫色の痣を作った総司が広間に現れると、近藤は血相を変えて彼の方へと駆け寄ってきたので、総司は大袈裟に泣き声を上げて近藤に抱きついた。「歳、本当なのか?」「ああ、殴ったさ。だがな、そいつを殴ったのはちゃんと理由が・・」「歳、まさか昨夜のことが原因なのか?」勇はそう言うと、歳三を見た。「勇さん、俺ぁ昨夜のことはあんまり覚えてねぇんだ。だから昨夜何があったのか教えてくれねぇか?」「教えなくていいですよ、近藤さん。僕の所為で大変な目に遭ったって、逆恨みするんですもの。」「大変な目って?」歳三は勇を見ると、深呼吸した後口を開いた。「実はな、昨夜見ず知らずの男と寝ちまったんだよ。」「何だと!?」近藤は驚きの余り、持っていた茶碗をひっくり返してしまった。「何やってんだよ!火傷してねぇか?」「ああ、大丈夫だ。」「平助、雑巾持って来い!」あたふたとした様子で、歳三は平助から手渡された雑巾で勇の袴についた味噌汁を拭き取ってやった。「歳、本当か?」「ああ。後で話す。」「そうか・・」「近藤さんに味噌汁かけるほど、憎いんですか、土方さん?」「てめぇ、何言ってやがる。」歳三がジロリと総司を睨むと、彼はどこか勝ち誇ったかのような笑みを浮かべていた。「昨夜、島原で近藤さんが贔屓(ひいき)の妓(おんな)といちゃついているのを見て、土方さん自棄酒あおってたじゃないですかぁ。自分が大変な目に遭ったからって、八つ当たりはよくないと思いま~す。」「てめぇなぁ・・」「総司、余り土方さんをからかうな。」「はじめは土方さんの肩を持つんだね。もしかして、土方さんの事好きなの?」「そ、それは・・」総司に突っ込まれ、斎藤の頬が赤く染まった。「俺は、そんなつもりで言ったわけでは・・」「じゃぁどんなつもりで言ったわけ?」「総司、あんたは土方さんをいつもからかってばかりだろう。いい加減土方さんに迷惑を掛けるようなことはやめろ。」「何だ、つまんないの。あ~あ、急に食欲なくなっちゃった。」総司は唇を尖らせて拗ねるような表情を浮かべると、広間から出て行った。「ったく、何なんだ総司は・・今日はあいつ、ちょっとおかしいぞ。」「土方さんが最近構ってやらないから、拗ねてるんじゃねぇの?」「馬鹿言ってんじゃねぇよ。もうあいつはぁガキじゃねぇんだ。」 朝餉を終えた歳三が、近藤の部屋へと入ると、彼は歳三を抱きしめた。「歳、俺の所為でごめんな・・」「そんなこと言うなよ、勝っちゃん。別に初めてじゃねぇし。」「そうか・・」勇の体温を胸に感じながら、歳三の脳裏にあの忌まわしい過去の記憶が浮かび上がってきた。 それは、歳三が数えで11となった年の頃、彼は松坂屋へ奉公へと出された。だが彼はその美しさが仇となり、年上の丁稚や番頭に貞操を奪われることとなった。ある夜、歳三が丁稚部屋で寝ていると、年嵩の番頭が彼の布団を突然剥ぎ、歳三の上にのしかかってきた。『お前ぇが悪いんだぜ。』その後、歳三は丁稚や番頭たちに輪姦された。もう今となっては随分そのときの記憶も褪(あ)せていて、悪夢に魘(うな)されることはなくなったものの、昨夜の出来事があの悪夢の夜を否応にも思い出してしまったのだった。「俺は穢れた身だ。だから、あんたの想いには・・」「歳、お前が穢れてても俺は構わないんだ。だから、傍に居てくれ!」「勝っちゃん・・」歳三と勇は、京に来て初めて口付けを交わした。「土方さん・・」二人が睦み合っている姿を偶然目撃してしまった斎藤は、ちくりと痛む胸に己の手を押し当てた。にほんブログ村
2013年06月17日
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「う~、痛ぇ・・」しこたま酒を浴びるように飲んでしまった日の翌朝、歳三は激しい頭痛に襲われて目を開けた。何だか寒いなと思った彼は、自分が一糸纏わぬ姿で布団の中に居る事に気づいた。(何でこんなことになってやがんだ!?)パニックに陥りながらも、歳三は着物を着ようと手を伸ばした。その時、誰かが歳三を抱きしめた。「まだいいぜよ。」浅黒く焼けた肌に、くしゃくしゃとした癖のある髪。「お前は・・」江戸に居た頃散々自分に付き纏っていたあの男が、あろうことか自分と同じ全裸で布団の中に居るーこの状況は、どう見ても“疾しい関係”の後のようだった。「てめぇ、俺に何しやがったぁ!」「おまんが道端で倒れて動かんかったき、わしがここに運んだだけじゃぁ。」「嘘吐け!何で俺達は裸なんだよ!ちゃんと俺にわかるように説明しやがれ!」「まぁ、おんしを抱いたことは間違いないけぇのう。」「てめぇ、ふざけんな!」歳三は男にそう吼えると、彼の頭上に拳骨を喰らわした。「誤解ぜよ~!」「うるせぇ、ついんてくんじゃねぇ~!」朝の洛中に、男二人の野太い怒鳴り声が響いた。そのうちの一人、坂本龍馬は鬼のような形相を浮かべた歳三の後を必死についていった。(ったく、冗談じゃねぇ!俺が何であんな野郎なんかと!)前後不覚となるまで泥酔したのは自分の責任とはいえ、こんな男に抱かれたなんて歳三には屈辱以外の何物でもない。さっさとこの事を忘れたいのに、龍馬はしつこく自分の後を追ってくる。「なぁ、待ちや!」「うるせぇ!」とうとう龍馬に右手を掴まれ、歳三は彼の向う脛を蹴ろうとしたが、それも阻まれてしまった。「しつけぇ野郎だな!俺に近づくんじゃねぇ!」「ますます興味が湧いたぜよ!」龍馬は歳三の手を掴んで自分の方へと引き寄せると、天下の往来で彼を抱き締めた。「俺に触んなぁ~!」「あっれぇ土方さん、朝帰りですかぁ~?」やっとこさ龍馬を撒いた歳三が屯所へと戻ると、総司がニヤニヤしながら井戸の端に腰掛けて彼を見た。「総司、てめぇ昨夜俺をどうしたんだ?」「え~、連れて帰るのが面倒くさいんで、そこらへんに寝かせました。」「てめぇ、よくもやってくれやがったな!」「どうもすいませんでしたぁ~」口先だけでは謝っているものの、総司は全く反省の態度を示してはいなかった。「てめぇ・・」総司の胸倉を歳三が掴んでいると、斎藤が慌てて二人の間に割って入ってきた。「総司、一体何をした?」「僕は何もしてないよ。」「とぼけんのもいい加減にしやがれ!」総司の端正な顔に、歳三の拳が正面から入って鈍い音が屯所中に響き渡った。にほんブログ村
2013年06月17日
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その夜、近藤と芹沢達は島原の料亭で宴を開いていた。「近藤殿、一杯どうだ?」「申し訳ありませんが芹沢殿、わたしは酒が全然飲めないものでして。」「ほぉ、そうか。つまらん男だな。」そう言って鼻を鳴らす芹沢を見た歳三が立ち上がろうとすると、勇が手で制した。「やめておけ、歳。」「あんたを侮辱したんだぜ。このまま黙っているのかよ?」「今日はみんな楽しんで酒を飲んでるんだ。それに水を差したらいかん。」勇は怒りで顔を歪める歳三を見てそう言うと、彼はムッとしながらも座布団の上に座った。「土方、俺に酌をしろ。」「わかったよ・・」歳三が舌打ちしながら芹沢の方へと行くと、彼の隣に座っていた痩せた男が怒りで顔を赤くしていた。「貴様、芹沢先生に何という口の利き方を!」「俺は別に構わん。ただ美人に酌をして貰えれば、酒が美味くなると思ってな。」「美人、ねぇ・・言ってくれるじゃねぇか。」唇を噛み締めながら歳三が芹沢の猪口に酌をすると、彼は満足そうに酒を一気に飲み干した。「ああ、そういえば、あなたは確か芹沢先生に近藤殿の細君と間違われた方ですなぁ。」新見は嫌味ったらしい口調でそう言うと、歳三のこめかみに青筋が立った。「へぇ、確かいつも芹沢さんの後をくっついて回ってる金魚の糞ってのは、あんたのことだったのか、新見さん?」「な・・金魚の糞だと!?」歳三の言葉に対してとっさに言い返せず、新見は口をパクパクさせながら彼を睨みつけた。「本当だ、今の新見さん、まるで金魚みたいですよ。」酒を飲みながら、総司はヘラヘラと笑いながら新見を指した。「総司、やめろ。飲み過ぎだ。」「え~、そうかなぁ?」斎藤が新見を見ると、彼は突然立ち上がり、刀の鯉口を切ろうとしていた。「貴様、血の匂いがするな。」芹沢は突然そう言うと、斎藤をじっと見た。「俺にはわかるぞ。お前、過去に人が殺めたことがあるだろう?」「・・何をおっしゃっているのか、さっぱりわかりません。」斎藤はそう言うと、芹沢を睨んだ。「芹沢さん、もうこの辺でお開きにしようぜ。」「ふん、つまらん宴だったな。まぁよい、屯所に戻って飲み直せばよいことだ。」芹沢はしこたま飲んでいるとは思えぬ様子でさっと立ち上がると、新見を引き連れて部屋から出て行った。「相変わらずいけ好かない奴だよね。あの時に斬っとけばよかった・・」芹沢達が去った後で、総司はそう言って酒を飲んだ。「総司、いい加減にしやがれ。てめぇまだあの事根に持っていやがるのか?」「根に持っていない方がおかしいですよ。土方さんだって、芹沢さんを殺そうとしてたじゃないですか?あ、今から行って芹沢さん殺しに・・」「いい加減にしろ、総司!」歳三は総司の態度に腹が立ち、彼を怒鳴ろうと立ち上がった時、急に視界が揺れた。「土方さん、大丈夫ですか?」「あ~あ、下戸なのに芹沢さんに無理に付き合ったから酔っ払ったんですよ。」「うるせぇ、黙りやがれ!」総司の方へと歩こうとした歳三だったが、まっすぐに歩けない。ついに彼は、畳の上に倒れてしまった。自分の頭上で総司が神経を逆なでするような笑い声を上げていることに気づきながら、歳三は意識を失った。にほんブログ村
2013年06月17日
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芹沢の言葉の意味がわからず、歳三は戸惑い気味に彼を見ると、彼は鼻を鳴らして笑い、馴れ馴れしく彼の肩を置いた。「隠さずともよい。お前はあの近藤の愛人なのだろう?」漸く彼の言いたいことが解せた歳三は怒りに満ちた目で彼を睨みつけた。「ほう、怒ったか?」「芹沢さん、誤解しねぇくれ。俺は勝っちゃ・・近藤さんとは只の友人だ。あんたが勘繰っている下衆な関係じゃねぇよ。」「そうか。ならば俺のものとなれ、土方。」頤(おとがい)を掴まれ、強引に上を向かせられた歳三は、芹沢に唇を塞がれた。「何しやがる!」歳三は芹沢の頬を殴ったが、彼は全く動じなかった。それどころか、彼を畳の上に組み敷いてきたのである。「やめろ、馬鹿!」「ふん、その威勢のいいところがいつまで続くかな?」欲望に滾った芹沢の瞳が、冷たく歳三を見下ろした。彼の手が袴の紐に伸び、あっという間にそれを脱がせた。「離せ、畜生!」「ほう、いい眺めだ。」歳三が暴れれば暴れるほど、芹沢の性欲を煽り立てた。着物の裾が乱れ、彼の生白い足が露わとなった。「余り暴れるな。」「やめろ・・」恐怖に満ちる目で歳三は芹沢を見つめると、彼は嗜虐的な笑みを口元に閃かせ、乱れた裾の中から手を挿し入れた。ビクン、と歳三が震えたのを見た芹沢は、その手を尻まで伸ばそうとした。「芹沢先生、失礼いたします。」「ふん、邪魔が入ったな。」音もなく襖が開き、部屋の中に一人の男が入ってきた。「何だ、一体何の用だ。」「あの、土方殿にお会いしたいという方が・・」「通せ。」「それが・・」「ええい、はっきりと申せ!」男の言葉に苛立った芹沢は、彼の頭上に鉄扇を振り翳した。「その方は、土方殿としかお会いになりたくないようで。」「では、俺は邪魔だということか。ふん、つまらん。」芹沢は憮然とした表情を浮かべると、部屋から出て行った。「俺に会いたい奴って、誰だよ?」「申し訳ございません、あれは嘘です。」男はそう言うと、歳三に向かって頭を下げた。芹沢に襲われていることを知り、彼はとっさに機転を利かせたのだろう。「助かったぜ。あんた、名は?」「平間重助と申します。以後お見知りおきを。」「そうか。さてと、あいつが戻ってこねぇ内に帰るとするか。」「お気をつけて。」平間に縁側で見送られ、歳三は裸足のまま前川邸へと戻っていった。「副長、どうなさったのですか?」誰にも見られぬように部屋に戻ろうと思ったのに、斎藤に見つかってしまった歳三はバツの悪そうな顔をして彼を見た。「ああ、ちょっとな・・」斎藤は歳三が裸足で八木邸から前川邸に戻ってきたことや、いつもは高い位置で纏めている長い髪が下ろしたまま乱れていることに気づいたが、何も言わなかった。「っ痛ぇ・・」井戸で汚れた足を洗っていると、足裏に鋭い痛みが走り、歳三は思わず顔をしかめた。「どうかなさいましたか、副長?」「石が刺さってたみたいだ。」見ると、歳三の足裏には細長い石が突き刺さっており、そこから血が滲んでいた。「すぐに手当てを。」「大した怪我じゃねぇよ。」石を足裏から抜いた歳三は、手早く懐紙で血を拭った。「ですが・・」「この事は、誰にも言うなよ?」そう言った歳三は、鋭い眼差しで斎藤を見た。「はい。」「それと、“副長”って呼び方も止めてくれねぇか?堅苦しいの俺が嫌いなの、知ってんだろ?」「では何とお呼びすれば?」「江戸に居た頃と同じでいいよ。」「では・・土方さん。」「その方がしっくり来らぁ。」そう言って笑った歳三は、美しかった。胸の高鳴りを感じた斎藤は、同性であるにも関わらず、歳三に惹かれている自分に気づいた。(俺は・・一体・・)「斎藤、どうした?顔赤いぞ?」「いえ、何でもありません!では、これで失礼致します!」逃げるようにして、斎藤はその場から立ち去った。「変な奴だな・・」歳三はそう言って小首を傾げた。にほんブログ村
2013年06月17日
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清河に対して勢いよく啖呵を切ったのはいいが、今後の事を何も近藤は考えていなかった。「どうするんだ、歳?」「ここでは何のコネもねぇ。会津藩に俺達の実力を認めて貰うしかねぇだろ。」「そうだな・・」「だが、俺達は今会津藩お預かりの身だ。下手なことをすれば、俺達の責任だけでなく、会津藩まで責められることになるぞ。」「慎重にやろうぜ。それよりも勝っちゃん、この前の返事なんだが・・」歳三が頬を赤く染めながら勇を見ると、彼も頬を赤く染めていた。「考えてくれたか、歳?」「ああ。まさかあんたが、俺の事を好いているってことを知って驚いたよ。あんた、男色には全く興味なさそうに見えたからな。」「それは周りには隠してたからさ。それに、俺は男色には全く興味はない・・お前以外は。」「勝っちゃん・・」ずっと想い続けてきた勇の口から出た言葉を聞いた歳三は、ますます顔を赤くした。「歳、俺と一緒にやってくれるか?」「ああ。俺達は必ず武士になるんだ!」勇とともに、幼い頃から抱き続けてきた夢。武士になること。その夢を果たす機会が、今来たのだ。「土方さん、何だか機嫌良さそうですねぇ。あ、もしかしてとうとう近藤さんと契ったんですか?」「馬鹿野郎、んなわけねぇだろうが!」 翌朝、歳三が朝餉を食べていると、総司が笑顔でそう聞いてきたので、彼は危うく味噌汁を噴き出しそうになるところだった。「ふぅん、そんなに動揺しているってことは、もうした後なんだぁ。」「だから、何でそんなことになってんだよ!」「なになに、何の話?」二人の会話に耳をそば立てていた藤堂平助が、彼らの間から顔を出した。「平助、いいところに来たね。実は土方さんが・・」「黙れ、総司!」歳三が総司に怒鳴った時、芹沢が部屋に入って来た。「随分と賑やかなものだな。こちらまで聞こえたわ。」「芹沢殿、申し訳ありません。」近藤が慌てて芹沢に謝ろうとしたが、彼はニヤリと笑って顎鬚(あごひげ)をいじり歳三を見た。「確か土方殿、といったかな?近藤殿とは一体どういう関係なのだ?」「歳は、わたしが運営している江戸の道場の門下生でして・・頭が切れて商才にも長けているので・・」「ほう?まるで自慢の細君を紹介するような口ぶりだな、近藤殿。」そう言った芹沢は、品定めするかのような目で歳三を見た。「そうでしょうか。はは・・」勇は照れ臭そうに笑いながら頭を掻いた。だが彼の隣に座っている歳三は、渋面を浮かべていた。「芹沢殿、ご用件は何でしょうか?」「ああ、そうだった。君に話があるんだった。わたしとともに来て欲しい。」「俺に、ですか?」少し不安そうな顔を浮かべた歳三は、ちらりと勇を見ると、彼は“行って来い”と歳三に目配せした。「みんな、後を頼む。」歳三は芹沢とともに前川邸の離れへと向かった。「お話とは一体何でしょうか?」「土方、いつもお前はそんな澄ました顔をしているのか?」 離れに入った途端、芹沢の口調が急に砕けたものとなった。にほんブログ村
2013年06月17日
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「諸君、はるばる江戸から上洛してくれて、本当に感謝する!」 上洛した歳三達を、清河八郎が新徳寺に招集したのは、到着したその日の夜であった。「なぁ、一体何の話があるんだろうな?もう疲れて寝たいのに・・」「さぁね。早く終わらないかなぁ?」平助と総司がそう言い合いながら欠伸を噛み殺していると、歳三が総司の脇を肘で突いた。「お前ぇら、もっと緊張感を持て、緊張感を!」「はいはい、わかりましたよ。」「今宵諸君に召集をかけたのは、他でもない!わたしの・・いや、我々浪士組の真の目的を伝える為である!」「真の目的だと?」「将軍警護ではないのか?」「では、一体なぜ・・」周囲がわざつき始めると、清河は咳払いをして場を静めた。そして、深呼吸して次の言葉を継いだ。「我々の真の目的は将軍警護ではなく、天子様をお守りし、攘夷を実行する!よって我々は明日江戸へと出立する!」「尊皇攘夷だと?」「ふざけやがって・・最初からあいつはぁそのつもりで・・」歳三は上座に座る清河を睨みつけると、彼はじっと歳三を見た。周囲が騒然となる中、二人の視線がぶつかり合った。「歳・・」ふと歳三が我に返ると、隣では勇が不安そうな目で自分を見ていた。「一体清河さんは何を考えているんだ、攘夷だなんて・・俺達を騙したのか?」「近藤さん、どうする?江戸へ帰るか、それとも京に残るか。決めるのは大将のあんただぜ。」「うむ・・」勇は両腕を組み、目を閉じた。暫くの間、歳三は静かに勇の声を待っていた。「勝っちゃん。」腕を組んでいる勇の震える指先を、そっと歳三が握ると、彼は何かを決意したかのようにカッと目を見開いた。「さぁ諸君、時は金なりだ!さぁ、明日江戸へ・・」「申し訳ないが清河殿、我々は京に留まることにした!我々の任は、尊皇攘夷にあらず!」勇の言葉を聞いた清河は、悔しそうに歯噛みするのを歳三はちらりと横目で見た。(よく言った、勝っちゃん!)歳三は親友の決断に内心快哉を叫んだ。周囲は急に水を打ったかのように静まり返り、清河がどう出るのかを皆待っていた。すると、意外な人物が立ち上がった。「我々も、京に留まろう。将軍警護といってわれらを京に連れてゆき、その実尊皇攘夷実行と明かされては、騙まし討ちも同然。貴殿とは、袂を分かとうと思う。」芹沢鴨はそう言うと、猛禽のような鋭い目で清河を睨みつけた。「・・そうか。では彼ら以外にわたし達につくものは?」清河があたりを見渡すと、次々と男達が立ち上がった。彼らは報奨金目当ての連中だったので、目的が将軍警護でも尊皇攘夷でも、どうでもよかったのだった。「では、我々はこれで。」何処か勝ち誇ったかのような笑みを歳三に浮かべると、清河は颯爽と広間から出て行った。 最終的に京に留まったのは、歳三と勇をはじめとする試衛館派と、芹沢鴨らをはじめとする元天狗党派の、17名だった。にほんブログ村
2013年06月17日
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それから一月あまり後、勇達は漸く京都に着いた。「これが、天子様がおわす京か・・」勇は江戸とは違う街並みが広がる京を、興味深げに見ていた。「歳、本当に来たなぁ。」「何はしゃいでんだ、勝っちゃん。あまりうろちょろするんじゃねぇぞ。」「わかったよ。」歳三に諌められ、勇は少し肩を落としながら芹沢達の後へと続いていった。「全く、近藤さんばかり余りいじめないでくださいよ、土方さん。」歳三の隣に並びながら、総司はそう言って彼を追い越していった。「勘違いすんじゃねぇぞ、総司。見ろ、町民達の視線を。」総司が周囲を見渡すと、道行く町民達がジロジロと無遠慮な視線を自分達に投げかけてきていることに気づいた。「なんやあの人ら・・」「汚らしい格好して・・」「嫌やわぁ・・またどこぞの浪士やろか。」ひそひそと聞こえよがしに京雀達は歳三たちとすれ違いざまにそう囁いては通り過ぎていった。「ここは天子様がおわす京で、長州贔屓(ひいき)の輩が多いんだよ。だから妙な真似はしない方がいいぜ。」「わかりましたよ。それよりも土方さん、近藤さんのことどう想っているんですか?」「どうって?」「嫌だなぁ、とぼけないでくださいよ。近藤さんの告白の返事、まだなんでしょう?」「ああ。」「じゃぁ、僕が近藤さんを貰っちゃおうかなぁ?だって土方さん、その気がないんでしょ?」「馬鹿、俺は・・」歳三が頬を赤らめて歩いていると、突然誰かが自分にぶつかってきた気配がした。「すいまへん、お怪我ありまへんでしたやろか?」「ああ、大丈夫だ。」歳三がそう言ってぶつかった女性を見ると、彼女はじっと歳三の顔を見るなり、小声で呟いた。「マリア様・・」歳三の聞き違いでなければ、この女性が自分と同じキリシタンであることは確かだ。「お前、名は?」「すいまへん、うちはこれで!」女性はハッと我に返ると、そそくさとその場から立ち去っていってしまった。(ったく、何なんだあの女・・)「土方さんには困ったものですねぇ。」「うるせぇ。」総司とともに勇達の姿を探していると、突然誰かに背後から抱き締められたので、歳三が振り向くとそこには江戸で何度か会った男が立っていた。「また会うたぜよ!」「てめぇ!」「土方さん、お知り合いなんですか?」「俺はこんな奴、全然知らねぇよ!」歳三はそう言うと、男を睨みつけた。「そこを退いて貰おうか?」「嫌じゃ。やっとおまんに会えたちゅうに、逃がす訳にはいかんぜよ!」男は歳三の頬を両手で掴むと、その唇を荒々しく塞いだ。「俺に触るんじゃねぇ!」歳三はそう言うと、男の頬を殴った。「行くぞ、総司!」「ちょっと土方さん、待ってくださいよ~!」総司は慌てて走り去っていく歳三の後を慌てて追いかけていった。「気が強いのは相変わらずぜよ・・」龍馬は地面に転がり、暫く蹲った後そう呟いて立ち上がった。にほんブログ村
2013年06月17日
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「勝っちゃん・・」「好きなんだ、歳!」勇はそう言うと、歳三を抱き締めた。「俺は、今までお前のことばかりを見てきた。お前はどうなんだ、歳?」「俺も、あんたが好きだよ。」歳三はそう言うと、勇を見た。そして、次の言葉を継ごうと口を開いたとき、誰かが茶店に入ってくる気配がした。「じゃぁ、俺はもう行くよ。」「ああ・・」歳三が茶店から出て行くと、芹沢達が勇に話しかけているところだった。「近藤殿、芹沢先生があなたとお話したいと。」「芹沢殿、昨夜のことは誠に申し訳ない!」勇はそういうなり、人目も憚らず芹沢に土下座した。「顔を上げてくだされ、近藤殿。もうわたしは気にしておりませんから。」そう言って笑った芹沢だったが、その顔はまだ怒っているように見えた。「はぁ・・あの、それでお話とは?」「実は、あなたの傍にいつも仕えている方を紹介して欲しいと。」「傍に仕えている方というと、歳のことですか?」「もしや、近藤殿の細君ですか?」「いえいえ、あれはそういう者ではありません。妻は江戸におります。あれは、わたしの親友の、土方歳三という者です。」「ほう、男ですか。初めてお見かけしたとき、余りの麗しさに女性だとそれがし、勝手に思い込んでしまいました。」「それは、あいつの前では言わないでください。あいつは、顔のことで散々からかわれたものでして。」「はぁ、そうですか。では、気をつけることにしましょう。」芹沢はそう言うと、新見を連れて茶店から出て行った。 一方、歳三は茶店から出て、近くの川原で物思いに耽っていた。“俺はお前のことを愛しているんだ!お前と出会ってからずっと!”脳裏に何度も、勇の言葉が何度も繰り返し聞こえてきた。 歳三は勇と出会ってからずっと彼のことを想い続けていたが、彼もまた自分と同じ気持ちであることを知り、嬉しい反面、いつ自分の秘密を彼に明かそうとかと悩んでいた。 勇は、歳三がキリシタンであることを知らない。天領と呼ばれる多摩に於いて、邪教を信じる者の存在は排すべきものであるという考えが強く根付いており、そのため歳三は自らの信仰のことを家族にも打ち明けずに、胸の内にしまっていた。だがこれから、京で勇とともに暮らすのだから、隠し事が出来る訳もない。今はまだ、彼に真実を告げてはならない。(まだ俺達は夢の出発点に立っただけに過ぎねぇ。京にも着いていねぇんだ。だから・・勝っちゃんに真実を告げるのは京に着いてからだ。)深呼吸した歳三は、川原を後にして勇達と合流した。「遅かったじゃないですか、土方さん。」「すまねぇな。少し考え事をしていてな。」「ふぅん・・もしかして、江戸に残してきた許婚のことですか?」「馬鹿、そんなことじゃねぇよ!」「え~、怪しいなぁ。」総司はニヤニヤしながら、そう言って歳三に絡んできた。「近藤さん、今夜は近藤さんと一緒に寝ていいですか?」 その夜、総司は宿泊先の宿で近藤の部屋に入ると、そう言って勇に抱きついた。「どうしたんだ、総司?昔みたいに甘えん坊に戻ったりして。」「だってぇ、近藤さん最近土方さんにべったりなんだもの。たまには僕にも構ってくださいよ。」「ああ、わかったよ。」勇はまるで可愛くて仕方がない弟分に微笑みながら、歳三のことを想っていた。あの時、勢いに任せて告白してしまったが、彼は自分を想ってくれているのだろうか。歳三の答えが気になり、勇は一晩中眠れずに朝を迎えた。にほんブログ村
2013年06月17日
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芹沢が本庄宿で焚き火をしている間、勇は彼の隣で平伏していた。「あいつ、殺してやりましょうよ!」怒りで瞳をたぎらせながら、総司はそう言って刀の鯉口に手を伸ばした。「やめておけ。ここで騒ぎを起こしたら、あいつの思うつぼだ。」「土方さんは悔しくないんですか?近藤さんにあんな・・」「悔しいさ、俺だってあいつを殺してやりてぇよ!だがな、勝っちゃんは静かに屈辱に耐えてんだ。」歳三はそう言うと、燃え盛る炎の前に平伏している親友の背を見つめた。彼は何とか芹沢の怒りを鎮めようと、静かに屈辱に耐えている。彼の気持ちを汲み、歳三は芹沢を斬り殺したい衝動を何とか抑え込んだ。感情に任せて行動したら、芹沢の思うつぼだ。今自分に必要なものは、冷静な判断だ。「・・宿に戻るぞ。」「土方さん・・」「ここは近藤さんに任せよう。だから・・」「冷たいんですね、土方さんって。」「俺だって、好きに冷たくしてるんじゃねぇよ。」「そうですか・・なら、どうぞご勝手に。」総司はそう言うと、歳三に背を向けた。歳三が宿に戻ると、食客の斎藤一が彼の方へと駆け寄ってきた。「総司は?」「あいつなら外だ。近くの宿に延焼しなきゃいいんだが・・」宿の窓から街道を見ると、芹沢が材木で燃やした焚き火が禍々しく闇の中で燃えていた。「なぁ斎藤、俺は冷たいやつだと思うか?」「は?」斎藤は一瞬意味がわからないといったような顔をして歳三を見たが、すぐに平静な表情を浮かべてこう言った。「いいえ。あの時はああするしかありませんでした。土方さんは間違ってはおられません。」「そうか・・ありがとう。」歳三は蒼い瞳をきらめかせると、一に微笑んだ。その笑顔を見たとき、斎藤の胸が高鳴った。(何だ、今のは?)「どうした?」「いいえ、何でもありません・・」「そうか。俺はもう休む。」斎藤はそう言うと、歳三から顔を逸らした。歳三は首をかしげながら部屋へと向かった。「歳、話がある。」「何だ、勝っちゃん?」本庄宿を後にし、歳三が勇とともに街道を歩いていると、不意に勇が歳三に話しかけてきた。「どうしたんだ?」「なぁ歳、二人きりで話したいんだが・・」「わかった。じゃぁあそこの茶屋で。」「ああ・・」休憩を取る為に勇と歳三は茶店に入るなり、勇は歳三の手を突然握ってきた。「どうしたんだ、勝っちゃん?」「歳、お前が好きだ。お前はどうなんだ?」「俺も、あんたが好きだよ・・でも、あんたにはつねさんが居るじゃねぇか!」「ああ、俺にはつねが居る。けどな、俺はお前のことを愛しているんだ!お前に出会ってからずっと!」「勝っちゃん・・」勇の突然の告白に、歳三はただ唖然とするしかなかった。にほんブログ村
2013年06月17日
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結局、姉達の反対を押し切り、歳三は勇達と上洛することに決めた。「ここか?」「ああ。」勇と歳三、総司たち試衛館の食客である山南敬助、藤堂平助、斎藤一らは、浪士組を募っているという清河八郎が居る伝通院へと入った。そこには勇達以外に、250人もの男達が集まっていた。「やっぱり、彼らも浪士組に?」「そうだろうさ。まぁ、大抵のやつらは公方様にお仕えする志で集まったんだろうな。」歳三があたりを見渡すと、背が高く、意志がいかにも強そうな眉毛が黒くて太い男と目が合った。「どうかしましたか、土方さん?」「いや・・」さっと男から視線を外すと、歳三は勇達が居る方へと走っていった。「・・ふん、ここにおる者どもは、本気で異人どもを打ち払う覚悟があるものなのか・・」「さぁ、それはわかりかねます。まぁ、金目当てというものが大半でしょう。」男の傍に控えていた、少し目玉が飛び出しているかのような小柄で痩せた馬面の男が、そう言って笑うと、背の高い男は面白くなさそうに鼻を鳴らした。「下らん。金目当てにやってくる腑抜けどもがこの日本国におるとは。」「そうですねぇ。全く、嘆かわしい限りです。」「ふん・・」背の高い男はぐるりとあたりを見渡すと、入り口の近くに立っている岩のような厳つい顔をした男の隣に立っている女に目を奪われた。年の頃は25,6位であろうか、漆黒の長い髪を高い位置で結び、雪のように白い肌をしている。まるで彼女の周りだけが異様な空気に包まれているようだ。男がじっと女を見続けていると、不意に彼女が自分の方を見た。 彼女は、目が覚めるかのような蒼い瞳をしていた。「芹沢先生、どうかなさいましたか?」「いや、なんでもない。」男―芹沢鴨がそう言うと、馬面の男―新見錦を従えて縁側の方へと移動した。「諸君、よく来てくれた!さぁ、今すぐ上洛し、上様をお守りいたすのだ!」「おう!」歳三と芹沢達は、中山道を通って一路京を目指した。「京へ行って、必ず名を上げるぞ、勝っちゃん!」「おう!」これからの道中、自分達にとって前途洋洋(ぜんとようよう)とした未来が待っていると歳三は信じていた。だが―「貴様、芹沢先生の宿を取り忘れたとは、一体どういうことだ!?」浪士組が本庄宿で宿を取る際、宿割りを担当していた勇が、芹沢達の宿割りを忘れるという失敗を犯してしまった。「申し訳ございません!わたしとしたことが・・」芹沢にひれ伏し詫びた勇だったが、彼の怒りは収まることなかった。「もうよい。宿無しでも一晩中薪を焚けば何とかなる。新見、行くぞ!」「はい、先生!」芹沢が部屋から出て行くのを見て、慌てて新見が彼の後を追って外へと向かった。やがて芹沢は街道の中心に大木を積み上げ、火を放った。炎の勢いが強く、このままでは宿に延焼する恐れがあったので、慌てて勇が止めたが、芹沢は聞く耳を持たなかった。「どうか、平に、平にご容赦を!」「もっと燃やせ!」芹沢が焚き火を続けている間、勇は彼の隣で平伏していた。にほんブログ村
2013年06月17日
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謎の男と出会ってから数ヶ月が経ち、歳三は相変わらず薬の行商を続けていた。そんな中、話したいことがあるからと勇は歳三に呼び出された。「なんだよ勝っちゃん、話って?」「なぁトシ、京に行く気はねえか?」「何だよ急に?」「いやなぁ・・京で帝をお守りする浪士組を募っているというのを聞いてなぁ。このまま貧乏道場主のままでいいのかなぁと思ってなぁ・・」「男して一花咲かせたいってか?成る程、勝っちゃんがそう思うのも無理はねぇな。」「そうだろう?お前もそう思うだろう?」勇は瞳をきらきらさせながら、歳三の手を握った。「それで、俺も一緒に来て欲しいって?」「ああ。」「ということは・・おかみさんも先生も反対してる訳か。」「そうなんだ・・」勇はそう言って肩を落とした。「勝っちゃん、俺を頼ってくれるのは嬉しいけどよ、自分が決めたことはどんだけ反対されても貫き通せよ。俺には何もできねぇよ。」「わかった、トシがそう言うなら頑張る!」いつまで経っても子どもらしいというか、そういう点が歳三は憎めないでいた。(京、ねぇ・・)京へ行って名を上げれば、薬の行商だけの退屈な日々が何か変わるのだろうか。「ただいま。」「トシ、あんたまた勇さんのところに行ってたの?」「ああ。大事な話があるって言われてな。」「ふぅん。」のぶはどうせ大した話じゃなかったんでしょうという顔をしながら、歳三を見た。「あのさ、姉貴・・」「何よ?」「俺、勝っちゃんと京に行こうと思うんだ。」歳三がそう言ってのぶを見たとき、姉は口をあんぐりと開いていた。「あんた、一体何言ってるの?」「だからぁ、勝っちゃんと一緒に京に行って名を上げようって思ってるんだよ!」歳三の横っ面に、のぶの平手が飛んだ。「あんた、いつも毎日ブラブラして遊び歩いているにも飽き足らず、京へ行って名を上げたいだって!?寝言も休み休み言いなさいよ!」「痛てぇよ、やめろって!」「この馬鹿弟!あんたって子は、何処までも情けないのよ!」のぶは、そう言いながら歳三の頭を殴り続けた。「痛ってぇ、あんなに殴るこたぁねぇだろうが・・」歳三は姉から叩かれた頬を擦りながら、井戸で顔を洗った。「トシ、どうしたんだ、その顔は?また女にでも振られたか?」「違ぇよ。姉貴に京へ行くって話したら殴られたんだよ!」「のぶさん、気が強いからなぁ。」「なぁ勝っちゃん、本当に京へ行く気か?」「ああ。俺は何かを成し遂げたいんだ!」「そうか、あんたがそういうなら少し助けてやってもいいか。」歳三がそうぼそりと呟くと、勇は嬉しそうな顔をして彼を見た。「じゃぁ、一緒に京に行ってくれるのか!?」「まだ決めてねぇよ。」そう言いながらも、歳三の中で既に答えは決まっていた。「わしはちょっくら京へ行ってくるぜよ!」「龍馬さん、またそんな藪から棒に・・」桂はそう言うと、また龍馬が変なことをしでかすのでないのかと思うと頭を抱えて溜息を吐いた。にほんブログ村
2013年06月17日
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気のせいかと思い歳三がその声を無視していると、勇が彼の顔を覗き込んできた。「うわ!」「そんなに驚くことはねぇだろう、トシ?」「一体何の用だよ?俺ぁあんたとは会わないって言ったはずだぜ?」歳三がじろりと蒼い双眸で勇を睨みつけると、彼は少し落胆した表情を浮かべた。「宗次郎のことは、俺だって気に掛けてはいるんだが・・あいつら、俺が留守にしている隙を狙って宗次郎を痛めつけているんだ。」「それでそのまま見てみぬふりしてきたってわけか?あんたが宗家を継いだら、天然理心流は終わりだな。」「トシ・・」歳三の辛らつな言葉を聞いた勇は、ますます顔を歪ませた。「なぁ、どうすればいい?」「んなこたぁ自分で考えろよ。用がねぇならさっさと出ていってくれ!」勇は何かを歳三に向って言ったが、歳三はそれを無視して彼が家から出て行くまでそっぽを向いていた。 後日、歳三は久しぶりに試衛館を訪れると、道場では試合形式の稽古が行われていた。歳三が少し様子を見ていると、宗次郎はいつも自分を痛めつけている内藤から一本を勝ち取った後だった。「宗次郎、良くやったな!」勇はそう言って宗次郎を抱き締めると、彼は照れくさそうに笑っていた。(あいつ、やればできるじゃねぇか。)歳三はほほえましげにその光景を見ながら、道場から立ち去っていった。「あらトシさん、今日は勇と稽古しないのかい?」「ああ。今日は俺が出る幕はねぇよ。」ふでは何故歳三が笑っているのかわからずに首を傾げた。「トシ、久しぶりに来てくれたのか!」「ああ。宗次郎とはあれからどうだ?うまくやってるか?」「ああ。はじめは俺のことを警戒していたが、本当の兄貴のように俺を慕ってくれてるんだ。」「へぇ、それは良かったじゃねぇか。例の件はどうなった?」「内藤達は道場を辞めていったよ。まぁあいつらは色々と問題を起こしてたから、周斎先生の堪忍袋の緒が切れたんだろう。」「そうか。宗次郎は?」「ああ、今日は俺と一緒に出稽古に行くから、その支度をしているよ。」「そうか。」歳三は宗次郎の部屋へと向うと、そこには支度を済ませた宗次郎が立っていた。「お久しぶりです、土方さん。」久しぶりに会った宗次郎は、最初に会った頃よりも表情がいきいきとしていた。「これから勝っちゃんと出稽古だってな?」「はい。帰りに団子を食わせてやるって、若先生が。」「そうか。元気そうでよかったぜ。じゃぁな。」 試衛館を出た歳三は、いつものように薬を売っていた。「今日はあんまり売れなかったなぁ・・」少し重い薬箱を抱えながら、歳三は溜息を吐いてその場から立ち去ろうとした。だが、その時誰かに尻を揉まれた。「柔らかい尻じゃぁ。」「てめぇ!」縮れ毛の男が何か言う前に、歳三は彼の顔に拳骨を喰らわせた。「またですか・・」顔を腫らした男が帰ってきたのを見て、桂は溜息を吐いた。「ちょいと尻を触っただけぜよ。それでこのザマぜよ。」「当たり前でしょう。一体あなたの手当てをするのはこれで何回目でしょうねぇ?」「さぁ、多すぎて忘れたぜよ。」桂の嫌味も、男はとぼけた振りをしてサラリと受け流した。その飄々とした態度は桂をイラつかせるのだが、当の本人はそれに気づいていない。尻を触られた相手はさぞや気の毒だろうなと桂は思いながら、男の腫れた頬を思い切り押さえた。「痛いぜよ!」「これ位、我慢なさい。」にほんブログ村
2013年06月17日
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「おい宗次郎、酒買ってこい。」「後で買いに行きます。」宗次郎は兄弟子からおつかいを頼まれても、平然とした口調でそう言うと庭掃除を再開した。そんな彼の反応に苛立った兄弟子の一人・内藤が、傍に置いてあった桶を蹴飛ばした。「さっさと行けよ、殴られてぇのか!?」彼はそう怒鳴って拳を振り上げたが、宗次郎は無視して庭掃除をしていた。「生意気な餓鬼だ、使用人の癖に・・」「少しは痛い目に遭わせねぇとなぁ・・」内藤達はそう言うなり、黙々と庭掃除をしている宗次郎に突然蹴りを入れた。 大人の男の蹴りをまともに食らった宗次郎の身体は、土塀の方まで吹っ飛んだ。「てめぇら、何してやがる!」彼らの暴行を見かねた歳三がそう叫びながら宗次郎の方へと駆け寄ると、彼は蹴られた痛みに呻いていた。「大丈夫か、立てるか?」「はい・・」「宗次郎っていったか?ここはもういいから、おかみさんの所へいきな。」歳三の言葉に宗次郎は静かに頷くと、中庭から去っていった。「おい、余計なことしねぇでくれるかな?俺達は兄弟子として宗次郎を躾けてるんだ。」「躾けだぁ?一方的に蹴ったりするのが躾けだっていうのかよ?勝っちゃんもお前らがしていることには承知してんだろうなぁ?」歳三が蒼い瞳で内藤達を睨みつけると、彼らは少したじろいだ。「あんた、師範代の友人だか何だか知らねぇが、うちのやり方に口出ししねぇでくれるかな?」内藤はつかつかと歳三の元に近づくと、そう言って歳三を睨みつけた。「トシ、来たのか!」「し、師範代・・」「内藤、どうしたんだ?トシに何か用か?」「いいえ。では俺達はこれで。」勇の顔を見るなり、内藤達はそそくさと中庭から去っていった。「勝っちゃん、あいつら宗次郎のこと・・」「もうとっくに知ってるさ。あいつらは俺が居ない間、宗次郎をいじめていた。」「おかみさんや周斎先生には言ったのか?」「いや・・」「何で言わねぇんだよ!事が大きくなる前に、何とかすべきだろう!」「そんな事言われてもなぁ、トシ。内藤達は剣の腕が立つし・・」「弱い者いじめをしても、あんたは黙認するってのか?あんたがそういうつもりなら、もうあんたとは絶交だ!」「トシ、そんな・・」歳三から顔に汚物を投げつけられたかのように、勇は彼の言葉に傷ついた顔をした。「もう俺はあんたんところには来ねぇよ!じゃぁな!」歳三は勇に背を向けると、試衛館から去っていった。 その言葉通り、翌日も翌々日も歳三は勇の元には来なかった。「勇、どうしたんだいボーっとして?」「母さん・・」稽古の後、勇が門の方を見ていると、ふでが溜息とともに彼に声を掛けてきた。「別に俺は何も・・」「あの子のことをまた考えてたんだろ?」「俺、一体どうすればいいんでしょう?」「そんなこと、あたしに聞いたって知らないよ。さっさとあの子のところへ行ってきな。」ふでは勇の肩を押すと、家の中へと戻っていった。「トシ、あんた勇さんに会ってないんだって?」「あいつなんかもう知らねぇよ!」宗次郎の件で勇に腹を立てた歳三は、行商を終えてその日も寄り道せずに帰宅した。「何があったのよ、あんたがそんなに怒るなんて。」「別に何もねぇよ。もうあいつとは絶交だ!」 歳三がそう叫んで畳の上に寝転がった時、外から勇の声が聞こえたような気がした。にほんブログ村
2013年06月17日
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翌朝早く、宗次郎は勇やふでが寝静まっている頃に起きて、道場内の掃除を始めていた。寒さが幾分か和らいだものの、やはり朝夕は肌寒くなり、雑巾を絞る手が冷たく感じた。「宗次郎、どうしたんだ?」「若先生・・」宗次郎が顔を上げると、そこには道着姿の勇が立っていた。「皆さんが来られる前に道場の掃除をしようと思いまして・・」「そうか。宗次郎は偉いな、小さいのにいつも我慢して泣かないなんて。」「ありがとうございます・・」いつも暗い顔をしている宗次郎が、勇の言葉を受けて明るく輝いた。「宗次郎、そうやって笑ってろよ。しかめっ面のお前よりも、笑っている顔のほうが俺は好きだ。」「若先生・・」この試衛館に来て一週間が経ち、勇に励まされてこんなに嬉しかったことはなかった。「若先生、あの・・」自分にも剣の稽古をつけてくれないか、と宗次郎が勇に言おうとしたとき、ふでが道場に入ってきた。「宗次郎、何してんだい!さっさと庭の掃除をおし!」「わかりました・・」項垂れて道場を後にする宗次郎を、勇は心配そうに見つめた。 一方歳三はいつものように行商を終え、試衛館へと向かっていた。「勝っちゃん、居るか?」「トシ、また来たのか。」そう言って自分を出迎えてくれた勇の顔が、何処か暗いことに歳三は気づいた。「どうしたんだ、勝っちゃん?変なもんでも食ったのか?」「いや、宗次郎のことが心配でな・・」「へぇ、そうかい。じゃぁ俺が来なくても良かったってこったな。」「トシ、そんな事は言ってねぇだろう!」少し歳三が拗ねると、勇は慌てて出て行く彼を引き留めようとした。「何だよ、じゃぁどういうつもりで言ったんだよ?」「それは、その・・」勇が困ったように頭を掻くのを見た歳三は溜息を吐いた。「じゃぁな、勝っちゃん。」「待ってくれ、トシ~!」慌てて勇は歳三を追いかけたが、遅かった。「何やってんだい、勇。あんたはまたあの子の尻を追いかけてんのかい?」ふでが呆れたように勇を見ると、家の中へと戻っていった。(トシの尻を追いかけてる・・か。)道場で素振りをしながら、勇はふでの言葉を思い出していた。 歳三と知り合い、いつしか勇は彼が好きになった。だがそれは恋愛感情としてではなく、友人として好きなのであった。そんな感情を抱いている勇に、ふでは時折疑惑の目を向けていた。(あんなに初心な勇が、あの子を前に赤くなったり青くなったりして・・怪しいもんだよ。) 翌日、歳三は試衛館に来なかった。落胆して肩を落とす勇に、ふではこう尋ねた。「あんた、あの子のことが好きなんじゃないかい?」「何言うんだよ、お義母さん!俺は別にトシのことを・・」「あたしが気づかないとでも思ってんのかい?あんたがあの子を見る目、恋する女が男を見る目と同じさ。向こうは気づいてんだか気づいてないんだか・・」「やめてくれよ、俺は絶対にトシをいやらしい目で見ていないからな!」勇はそう叫ぶなり、家から飛び出していった。「やれやれ、あの調子じゃぁ両思いになるのは無理だろうさ。」ふでが溜息を吐いていると、見慣れた人影がこちらへとやって来るのを見た彼女はふっと笑った。「あらあんた、今更来たのかい。勇ならさっき外へ飛び出していったさ。」「なんだいおかみさん、気色悪い顔して。変なもんでも食ったのか?」「相変わらずの減らず口だねぇ。あたしの相手よりも勇を探しな。」ふではそう言うと歳三の肩を叩き、家の中へと入っていった。(なんだぁ、おかみさんやっぱり変なもんでも食ったのか?)ふでの態度に不審を抱きながら歳三が道場へと向かっていると、彼は庭掃除をしている宗次郎を見かけた。 声を掛けようとしていた時、数人の兄弟子達が彼を取り囲んでいるのを見た歳三は、嫌な予感がした。にほんブログ村
2013年06月17日
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「姉貴、どうしたんだよ?」「トシ、また昨夜の人来ないでしょうね?」「馬鹿、来るわけねぇだろ。」「でも・・」心配する姉の手を振り払い、歳三は行商へと向かった。(よし、今日はいねぇようだな・・)いつもの場所に、あの男の姿が居ないことを確認すると、歳三はいつものように薬を売り始めた。 町で稼いだ後、歳三はある場所へと向かった。「勝っちゃん、邪魔するぜ。」「おおトシ、来てたのか!」そう言って歳三を笑顔で出迎えたのは、天然理心流の道場・試衛館の師範代である島崎勝太だった。元は農家の生まれだったが、剣術の才を天然理心流宗家である近藤周斎に見込まれ彼の養子となって今は近藤勇と名を改めていたが、歳三は未だに「勝っちゃん」と呼ぶ癖が直らないでいた。「今日はどうだったんだ?」「結構売れたさ。それよりも最近周斎先生はどうしてる?」「ああ、先生は最近忙しくてな、俺が専ら稽古をつけてるよ。」勇がそう言った時、道場の中から大きな音がした。歳三と彼が道場へと向かうと、そこでは兄弟子達が一人の少年をいたぶっていた。「お前達、何をしているんだ!?」「師範代、これは・・」兄弟子達は少年をいたぶるのを止め、皆一様に驚愕の表情を浮かべながら勇を見ていた。 勇は彼らを無視して、道場の床に蹲る少年の方へと駆け寄った。「宗次郎、大丈夫か!?」「若・・先生。」俯いていた顔を上げた少年は、翡翠の瞳で勇を見た。「こんなにやられて・・痛かっただろう?今手当てするからな。」「いえ、大丈夫です。」少年はそう言って勇に頭を下げると、道場から去っていった。「勝っちゃん、あいつは?」「ああ、トシはあいつと会うのは初めてだったな。あいつはうちの内弟子の、宗次郎だ。家の事情があって、うちに来ることになったんだ。」「そうか・・」歳三は、宗次郎の小さな背中を無言で見送っていた。「なぁトシ、これからどうするんだ?」「さぁな。ひと稽古でもするかな。」勇は歳三の言葉に、にやりと笑った。「そうか、それでこそトシだな。」彼は歳三に向かって一本の木刀を放った。「久しぶりにしようか、トシ。」「あぁ。」歳三はそう言って勇に笑顔を浮かべた。そんな親友の笑顔を見ているだけで、勇は幸せだった。いつも勇が見る歳三は、怒りの顔ばかりだった。 道場に木刀を打ち合う音が響く中、宗次郎は兄弟子達に殴られた傷を擦りながら庭掃除をしていた。箒を持つ手がまだ痺れていたが、この前よりも酷くはなかった。そっと着物の袖を捲ってみると、先ほど兄弟子達に殴られた腕が内出血を起こして赤紫色になっていた。自分を苛めるのは兄弟子達だけではない、周斎の妻・ふでも事あるごとに自分に暴力を振るったりする。“あんたみたいな痩せっぽちのチビ、穀潰しにしかならないんだから!”憎々しげにそう自分に吐き捨てるふでの顔は、鬼に見えた。姉の元に飛んで帰り、温かい言葉を受けて姉に抱き締められたらどんなにいいだろうと時折思うことがある。だが、姉は結婚して子を宿し、病身の母の為に働いている。家が大変な時に自分が弱音を吐いてはいけないのだ。(頑張らないと・・) 幼いながらも、宗次郎は辛い境遇に必死で耐えていた。にほんブログ村
2013年06月17日
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歳三がクルスを落とした場所へと翌朝向かうと、何処を探してもなかった。あいつらが持っていったに違いないと、彼は確信していた。(畜生!)歳三は舌打ちすると、薬の行商へと向かっていった。「今日も良く売れたな・・」江戸で薬を売り、すっかり空となった薬箱を背負いながら歳三はそう呟くと溜息を吐いた。 もうクルスのことは諦めてしまおうか―そう彼が思っていると、誰かに肩を叩かれた。「これ、おんしのかえ?」歳三が振り向くと、そこには縮れ髪の、背の高い男が立っていた。彼の手には、必死に探していたクルスが握られていた。「ほうかえ。おんし、名は?」「・・てめぇの方から名乗るのが筋じゃねぇのか?」「すまんのう、わしは坂本龍馬いうき。」「土方歳三だ。」歳三は男からクルスを奪い取ろうとするが、彼はひょいと歳三の手の届かないところへとクルスを持っていった。「てめぇ、何しやがる!早くそれを返せ!」「そんなに怒ったら、美人が台無しじゃぁ。」男がにやにやと笑う顔を見たとき、歳三の中で何かが切れた。「返せっつってんだろうが!」怒りに瞳を滾らせた歳三は、そう叫ぶと男の向こう脛を思い切り蹴飛ばした。男が呻いた隙を狙い、歳三は彼の手からクルスを奪い取った。(ったく、変な野郎だったぜ・・)「あたたぁ~、美人の癖に気が強いのう。まぁ、嫌いじゃないき。」男はそう言って笑うと、元来た道を戻っていった。「トシ、帰ってたのね。」「ああ。」「ねぇトシ、あんた薬の行商ついでに道場破りもしてんだって?」「なんでそんなこと知ってんだよ?」「あんたにめちゃくちゃに倒された道場の門下生達が、血なまこになってあんたのことを探してるって噂よ。夜道に一人で歩くんじゃないわよ。」「わかってるよ。」歳三は姉の言葉に頷き、風呂に入った。 その夜、歳三が部屋で寝ていると、外から大きな物音が聞こえた。「どうした?」「トシ、ちょっと来て!」のぶに連れられ、歳三は庭へと出た。するとそこには、昼間会った男が立っていた。「お前ぇ、何しに来た!?」「おんしに会いに来たにきまっちょるき~!」男はそう叫ぶなり、歳三に抱きついてきた。「気安く俺に触んじゃねぇ~!」男の頬に、歳三の拳が飛んだ。「相変わらず気が強いぜよ。」男はそう言って笑いながら、歳三に再び抱きつこうとしたので、彼はもう一発男の頬に拳を振り下ろした。「こいつ、外に捨てといてくれ。」眉間に皺を寄せながら、歳三はそうのぶに言うと部屋へと戻っていった。「美人はやっぱ気が強いんかの~」「全く、龍馬さんったら・・今度は一体何処の女にやられたんですか?」歳三に殴られ、江戸へと戻った龍馬を、一人の男が冷めた目で見ていた。「違うき、女やないき。女みたいに綺麗な面しちゅうけど、男やき。」「もうあなたには付き合いきれませんから、さっさと寝てくださいね。」男は溜息を吐くと、さっさと龍馬の部屋から出て行った。「全く、冷たいのぉ桂さんは。」一人残された龍馬は、そう呟くと大の字になって寝転び、たちまち鼾をかきはじめた。 彼は再び歳三に会うことになろうとは、彼自身も歳三も知る由もなかった。「じゃぁ、行ってくる。」歳三はいつものように薬の行商に向かおうとすると、のぶが彼を引き留めた。にほんブログ村
2013年06月17日
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