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「それで?千尋に斬りかかって来た女は、祇園の茶屋で殺された男の情人だって言うんだな?」「ああ、監察方の報告を聞くと、荻野に殺された男には妻が居た。」「その妻が夫の仇を討ちにわざわざ上洛して来たってのか。だとしたら、どうやって千尋の事を知ったんだ?」「さぁな。それよりも、俺が女を取り押さえてそのまま部屋に閉じ込めておいたんだが、いつの間にか逃げられちまったんだ。」「女の行方は掴めたのか?」「いや、まだだ。引き続き、監察方には女の消息を追えと命じている。」「そうか・・」歳三は渋面を浮かべると、腕組みして溜息を吐いた。 翌朝、歳三が文机に向かって会津藩に提出する書類を書いていると、副長室の前に誰かが立つ気配を彼は感じた。「誰だ?」「副長、山崎です。」「入れ。」「昨日屯所から逃げた女の消息が掴めました。」「そうか、女は今何処に居る?」「三条近くの呉服問屋“きぬや”です。」「そうか・・すぐに向かうぞ。」「承知。」書きかけの書類を文机の上に残し、歳三は一番隊と十番隊を率いて原田とともに三条近くの呉服問屋“きぬや”へと向かった。「新選組である、主はおるか?」「主は所用で出かけております。ご用件は何どすやろか?」“きぬや”の暖簾を歳三がくぐると、帳場から番頭が出て来て彼に頭を下げた後、そう言って歳三達の様子を探るような目をした。「ここに、女は居るか?」「女はここには沢山居りますが・・それがどないしはりましたか?」「そんな事を聞いているんじゃねぇ。ここに長州の女が居るのかと聞いてんだよ!」歳三は番頭を怒鳴った後彼を睨み付けると、彼は腰を抜かして情けない悲鳴を上げた。「女でしたら、奥の女中部屋に居ります。」「そうか。」歳三は原田と目配せすると、隊士達を率いて女中部屋へと向かった。「ご用改めである、神妙にいたせ!」女中部屋に彼らが向かうと、数人の女中達が彼らの顔を見て悲鳴を上げて次々と部屋から逃げていった。その中で一人、彼らを睨みつけている女が居た。その女が、例の女だと歳三は確信した。「お前が、昨日の・・」「壬生狼、覚悟!」女は帯の中に隠していた小太刀の鞘を抜くと、歳三に突進した。だが女の手に握られた小太刀は歳三によってすぐに弾き飛ばされ、追い詰められた彼女は懐剣で喉を突いて果てた。「きゃぁぁ~!」「しずさん、しっかりしておくれやす!」「早うお医者様を呼んどくれやす!」「もう手遅れだ。お前ぇ達には乱暴はしねぇ。」歳三はそう言うと、原田の方へと向き直った。「帰るぞ。」「おう・・」“きぬや”の前には、既に沢山の人だかりが出来ていた。「結局、女は何も言わない内に自害したな。」「ああ。生け捕りにして誰が屯所から逃がしたのか尋問したかったが・・失敗した。」歳三は舌打ちすると、前髪を鬱陶しげに掻きあげた。にほんブログ村
2013年09月30日
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千尋の実の父親は、英国貴族・アンドリュー=ハーネスト侯爵といって、彼は赴任先の長崎で丸山の遊女であった千尋の母親と恋に落ち、彼女と結婚して千尋を出産したものの、彼女は産後すぐに亡くなった。アンドリューは千尋を連れて英国へ帰国しようとしたが、英国領事館は千尋がアンドリューと共に帰国する事を許さなかった。彼はやむなく、千尋を日本に残して単身英国へと戻っていった。「そうか・・そんで、そのアンドリューっていう人はどないしたんや?」「実は、そのアンドリュー様が来日しているのだそうです。」「ほう、アンドリューはんは確か商人やと聞いてるえ?日本に来たんは、商談か何かやろうか?」「それが・・千尋様を迎えに来たと・・」部下の言葉に、正春は怒りで顔を赤く染めた。「自分で勝手に捨てた癖に、平気な顔をして千尋を迎えに来るとはどういうことや?」「それは、わたしにもわかりませぬ。」「この事は千尋には伝えたらあかん。あの子はもう実家とは縁を切ったんや。もし実の父親がうちに来ても追い返してや。」「かしこまりました。」 千尋は溜息を吐きながら、空に浮かぶ月を見た。「どうした?」「原田先生・・」「あの女、どうやら長州者と繋がりがあったそうだ。」「“あった”とは?」「ほら、この前お前が潜入捜査した茶屋でお前が斬った男―あれが、女の情人だったらしいぜ?」「情人・・あの方は、わたくしに“夫の仇”と叫んだのです。」「そうか。じゃぁ、違うかもしれねぇな。」「原田先生、本当にわたくしはあの人の夫を殺してしまったのでしょうか?」「もし斬ったとしても、それは仕方が無い状況だったんだろう?自分を責めるなよ。」「わかりました・・」「まぁ、もう遅いから寝ろ。」「お休みなさいませ。」「お休み、千尋。良い夢見ろよ。」原田はそう言うと、千尋の頭を撫でた。「左之さん、荻野と仲良いよなぁ?」「なんだよ平助、嫉妬か?」「別に。」「まだあいつは新入りだから、色々と相談に乗ってやってんだよ。」「荻野って、剣の腕は強いけど、ちょっと繊細な所があるからなぁ。あの茶屋での事、まだ気にしてんのかなぁ?」「そうだろうな。」「さてと、今日も島原で飲むか!」「俺は遠慮しとくぜ。」「え~、何でだよ、いいじゃん。」「行くんなら、お前と新八の二人だけで行けよ。」「んな事言われてもさぁ、新八さん酒癖悪いの、知ってんだろ?頼むよ、左之さん!」「でもなぁ・・」「てめぇら、夜中に廊下で何してやがる?」背後で聞きなれた声が聞こえ、原田と藤堂が振り向くと、そこには怒りに満ちた目で二人を睨みつけている歳三が立っていた。「ひ、土方さん・・」「戻るの、明日だったんじゃ?」「仕事がすぐに終わったから、船に乗ってすぐに帰って来たんだよ、悪いか?」にほんブログ村
2013年09月30日
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総司の部屋から出た千尋は、巡察に出る原田に同行する事となった。「最近長州の奴らは鳴りを潜めているが、いつ何が起きるかわからねぇから、周囲に目を配るんだぞ?」「わかりました。」千尋はそう言うと、原田達とともに歩きながら周囲に不審者が居ないかどうか気を配った。その時、千尋に一人の女が近づいて来た。「あなたが、千尋様ですか?」「そうですが、あなた様は?」女は千尋の顔を見ると、懐剣を彼に突き付けた。「夫の仇、ここで討ちます!」「お待ちください、あなたは一体どなたなのですか?」「あなたはわたくしの夫を殺した癖に、シラを切るおつもりなのですか!?」千尋は興奮した女を宥めようとしたが、それはかえって逆効果だった。「おい、どうした!」「わかりません、いきなりこの方が・・」原田はそう言うと、千尋と女との間に割って入った。「おい姉ちゃん、一体荻野に何の用だ?」「あなたには関係ありません、そこをおどきなさい!」白装束を纏い、白い襷を掛けた女は怒気を孕ませた声でそう原田に怒鳴ると、彼を突き飛ばそうとした。だがその前に彼が女の手から懐剣を取り上げた。「誰かこの女を頼む!」「放しなさい、無礼者!」怒り狂った女は泣き喚き、自分を羽交い締めにした隊士達を蹴った。 女を連れて屯所へと戻った原田達は、彼女を自分達の部屋に閉じ込めた。「なぁ荻野、あの女とは面識があるのか?」「いいえ。あの方とは初対面です。」「そうか・・じゃぁ、相手の人違いかもしれねぇな。まぁ俺があの女の話を聞いてみることにするから、お前はそこに居ろ。」「わかりました。」千尋は原田にそう言って彼に頭を下げると、自分の仕事へと戻った。「原田先生、彼女は?」「女は逃げた。」「え!?」「確かにつっかえ棒を戸に挿し込んだっていうのに・・誰かが逃がしたに違いねえ!」原田はそう言って舌打ちすると、壁を拳で殴った。 原田の部屋に女が居ることはわかっていたので、内海は戸に挿し込まれたつっかえ棒を外すと、中に閉じ込められていた女を外へと逃がした。「感謝致します。」「いえ。それよりも早くここから逃げた方があなたの身の為だ。」「では、またお会い致しましょう。」女は武士の妻らしく内海に頭を下げると、西本願寺から去っていった。「副長には、この事をご報告なさいますか?」「決まってんだろ。女の正体を探らないとな。」「そうですね・・」「まぁ、土方さんは明日に戻る予定だし、それまでに俺達が女を見つけねぇとな。大事になる前に。」原田は険しい表情を浮かべながら、広間から出て行った。「そうか、千尋はまだ実家に戻っておらんのか。」「はい。」「頑固な子や。一体誰に似たのやろう。」正春は溜息を吐くと、脇息にもたれかかった。「大殿、その事でお話がございます。」「何や?」「千尋様の実の親が、見つかったという報せが先程ありまして・・」にほんブログ村
2013年09月30日
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「お話とは何でしょうか、伊東先生?」「この前の話だが、君は僕達の側についてくる気はないかい?」「いいえ。局長にお仕えすると決めた以上、わたくしはその道を変わるつもりはありません。」「そうか。」「では、わたくしはこれで失礼致します。」伊東に頭を下げると、千尋は彼の部屋から出て行った。「全く、あの子は御しがたいねぇ。頑固な子だ。」「荻野家は勤皇派の公家であるというのに、千尋君は佐幕派ですね。」「だから必死に家の者が彼を実家に呼びもどそうとしているのだろう。まぁ、あの子と話した限りでは、あの子は実家に戻るつもりはないだろうがね。」伊東はそう言って笑うと、扇で顔を扇(あお)いだ。 翌朝、目を覚ました総司は自分の枕もとに歳三が居ることに驚いた。「何でそんな顔をしていやがる?」「いつから居たんですか?」「昨夜からだ。どれ、熱が下がったかどうか俺が確かめてやる。」歳三はそう言って総司の額に手を置いた。「下がってるな。辛かったら、呼べよ。」「わかりました。」「それじゃぁ、俺はこれで行くぞ。」「すいません、お手を煩わせちゃって。」総司がそう言って頭を下げると、歳三は彼の額を軽く小突いて部屋から出て行った。「沖田先生のご様子は如何でしょうか?」「昨夜高かった熱が下がって、食欲も湧いてる。ただ病みあがりだから、焼き魚は胃にこたえるだろうから、粥でも作ってやれ。」「承知しました。」「俺は所用があって大阪まで行かなきゃなんねぇから、後を頼んだぞ。」「わかりました。気を付けて行ってらっしゃいませ。」歳三を屯所の門前で見送った千尋は、そのまま台所へと向かった。「なぁ荻野、今日は食事当番じゃねぇだろう?」「そうですが、沖田先生に粥をお作りしろと副長に言われましたので・・」素早く襷(たすき)掛けをして千尋はそう原田に言いながら、粥を作り始めた。「随分と手際が良いな。公家のお坊ちゃんだから家事は使用人任せにしているんだろうと思ってたが・・」「わたくしは動くのが好きなのです。」「そうか、変わった奴だな、お前って。」「変わっている奴で結構です。」千尋はそう言うと、出来あがった粥を盆の上に載せ、台所から出た。「沖田先生、いらっしゃいますか?」「荻野君、入って。」「失礼致します。」千尋が総司の部屋に入ると、彼は穏やかな顔をしていた。一昨日の夜、自分を殺そうとした時の狂気じみた顔とは程遠い、穏やかな表情を浮かべていた。「どうしたの?」「いえ・・」「大丈夫だよ、取って食ったりはしないから。」「そうですか・・」「一昨日は済まなかったね。お粥、ありがとう。」「では、わたしはこれで失礼致します。」総司に頭を下げると、千尋は静かに彼の部屋から辞した。にほんブログ村
2013年09月30日
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「誰か医者を呼べ!総司が倒れた!」「総司が倒れただと!?」勇は食事の最中であるというのに、広間を飛び出して総司の部屋へと向かった。 総司は、口端に血を滴らせながら意識を失っていた。「総司、しっかりしろ!今医者を呼ぶからな!」「近藤・・さん・・」総司は薄らと目を開けると、苦しそうに息を吐いた。「喋るな、総司。ゆっくりと呼吸するんだ。」「はい・・」近藤の手を握りながら、総司は安堵の表情を浮かべた。「・・総司は?」「今は安心して眠ってるよ。俺が来て手を握ったら、嬉しそうな顔をしていたよ。」「そうか。やっぱり、勝っちゃんは頼りになるな。」「あいつにとって、俺は実の兄のようなものだからなぁ。」「俺には一向に懐かなかったんだよな、総司の野郎は。勝っちゃんと一緒に居る時、恨めしそうな目で俺を睨んでたし・・」「多分、お前に嫉妬していたんだろうさ。その頃からあいつは嫉妬深かったからなぁ。」「なぁ、京に来たばかりの事を覚えてるか?俺が総司に、“江戸に帰れ”って言った日のこと・・」「ああ、覚えてるぜ。あいつ、頑として“江戸には帰らない”と言い張ったんだよな。」勇はそう言うと、まだ自分達が京に来たばかりの頃の事を思い出した。「僕に江戸に帰れって・・本気ですか、土方さん?」「ああ、本気だ。」「どうしてですか?どうして僕を除け者にしようとしているんですか!?」総司はキッと歳三を睨み付けると、立ち上がって次の言葉を継いだ。「僕は絶対に江戸には帰りませんから!意地でも京に留まって、近藤さんの力になってみせます!」あの頃の自分達は、ただ己の名を世間に広めるということしか考えておらず、歳三は心ない言葉を総司にぶつけてしまったことを今になって後悔していた。「診察が終わりました。局長と副長に医者がお会いしたいとのことです。」「わかった。行こうか、歳。」「ああ・・」 別室で医師の説明を受けた勇と歳三は、総司の病状が深刻な状態であることを知った。「今年の冬を越せるかどうか、わかりまへん。」「総司は、そんなに弱っているのか?」「まだ沖田はんは若いし体力がありますから、希望はあります。けど、このままやとますます彼の寿命が縮まります。」「そうか・・では我々は、どうすれば?」「何処か空気の良い所へ療養させれば宜しいんやないかと。」「そうですか・・」医師が去った後、歳三と勇は暫くその場から動けずにいた。「沖田先生のご容態は?」「さぁ、俺にはわからない。だが、総司の容態は余り芳しくないようだ。」「そうですか・・」「荻野、お前はもう休め。後の事は、俺がやっておく。」「わかりました。お休みなさいませ。」千尋はそう言って斎藤に頭を下げると、台所から出て行った。「荻野君、今いいかな?」「はい、構いませんが・・」副長室へと入ろうとした時、千尋は伊東にそう声を掛けられ、彼の部屋へと向かった。にほんブログ村
2013年09月30日
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「総司、居るのか?」「何ですか、今いい気持ちで寝てたところなのに。」 歳三が総司の部屋に入ると、既に寝間着に着替えた部屋の主がそう言って布団から出て来た。「夕餉を食わねぇってどういうつもりだ?お前ぇは今・・」「普通の身体じゃない、って言いたいんでしょ?そんな事をわざわざ言われなくても、わかってますよ。」そう歳三に言った総司は、何処か自棄を起こしているように見えた。「お前ぇ、何を焦ってんだ?」「もどかしいんですよ、僕は。時代が大きく動いているというのに、僕は剣を握ることすらままならない。」「総司・・」「土方さんには解らないでしょうね、こんな僕の気持ち。僕には、剣の道しかないのに・・」「総司・・」歳三は、思わず総司を抱きしめた。 彼は9歳の頃に江戸の試衛館の内弟子としてやって来て、師である勇から剣術を教わり、めきめきと頭角を現した。それから、彼は剣の道へと邁進していった。総司にとって、剣を握ることは己の存在意義を確かめることだった。それが出来ぬ今、彼は焦燥の念に囚われているのだ。「総司、お前ぇが今どんな思いをしているのかはわかる。」「じゃぁ、どうしてあの子を・・」「千尋との関係はお前の誤解だ。俺は何もしていねぇ。」「本当に?」「俺が今まで、お前に嘘を吐いたことがあるか?」「いいえ。」「ねぇ土方さん、僕はどうすればいいんですか?このまま畳の上で死ぬのは武士として恥です。」「俺が、何とかしてやる。絶対に、お前の病を治してやるから、安心しろ。」歳三は、そう言って総司を見た。労咳に有効な薬がないこの時代、歳三はそんな嘘を吐いて総司を励ますことしか出来なかった。「頑張ります。再び剣を握るようになれるまで・・」「その意気だ。」「夕餉、部屋に運んでくれませんか?何だか急に、お腹が空いちゃって・・」「わかった。」歳三は総司に微笑むと、台所へと向かった。「副長。」「総司の膳は?」「はい、こちらに。」「有難う。」歳三は総司の膳を運ぶと、総司の部屋へと戻った。「総司、夕餉だぞ。」「有難うございます・・」そう言って総司が味噌汁に口をつけようとした時、彼は激しく咳き込んだ。「総司、大丈夫か?」「ええ、大丈夫です・・」そう言って歳三に笑顔を浮かべたものの、総司は再び激しく咳き込んだ。ふと自分の掌を見ると、そこは血で赤く染まっていた。(このまま、僕は・・)絶望に囚われた総司は、そのまま意識を失った。にほんブログ村
2013年09月30日
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「そうかい?君は今まで僕に黙って隊士をあの茶屋へ潜入させたと聞いているが?」「ええ。大した収穫は得られませんでしたがね。」伊東は歳三の言葉を聞くと、小馬鹿にしたような笑みを彼に浮かべた。「確か君は、荻野君といったね?」「は、はい・・」「土方君の小姓などやめて、僕の所に来ないかい?」「お断り致します。」「ふん、つれないねぇ。」「伊東さん、他に話がなければお引き取りいただこうか?」「今日の所は失礼するよ、土方君。」伊東は少し悔しそうな顔をしながら、副長室から出て行った。「ったく、あの野郎はどうも信用が置けねぇ。」歳三はそう言って溜息を吐くと、文机の前に座り直し仕事へと戻った。「お茶を淹れて参ります。」「ああ、頼む。」 千尋が茶を淹れに台所へと向かうと、そこには斎藤の姿があった。「斎藤先生・・」「副長に茶を淹れに来たのか?」「ええ。あの・・斎藤先生は沖田先生と同室なのですよね?」「ああ、そうだが。総司だったら今は落ち着いている。」「そうですか・・」「荻野、余り気に病むことはない。総司が勝手にお前と副長が恋仲になったと思い込んだだけだ。」斎藤はそう言うと、千尋の肩をそっと叩いた。「ありがとうございます、そう言ってくださって・・」「副長の所に行くのならば、これも持って行くといい。」斎藤は千尋に大福を手渡すと、台所から出て行った。「副長、お茶が入りました。」「おう、そこに置いておいてくれ。」「はい・・」「大福か?」「斎藤先生から頂きました。」「気が利くな、あいつは。俺が甘い物が好きなの、覚えていたんだな。」「副長はてっきり甘い物が苦手なのだと思いました。」「まぁあんまり食べねぇが、甘い物は好きだ。お前ぇは?」「好きですよ。わたくしもいつもは食べませんが。」「そうだろうな。鬼の副長が甘い物好きだと知られたら、俺の立場がねぇ。」「そんな事を気になさるだなんて、可愛いお方なのですね。」千尋がそう言って笑うと、歳三は少しムッとした顔をして大福を平らげた。「あれ、総司は?」「気分が優れないので、夕飯は要らないと申しておりました。」「そうか・・」広間で皆が夕餉(ゆうげ)を食べていると、歳三は総司の姿がないことに気が付いた。「総司、まだ風邪が治っていないのか?」「そうみてぇだ。まだ身体が本調子じゃねぇってのに・・」歳三はそう言って舌打ちすると、広間から出て行った。「まぁた総司ん所だよ、きっと。」「歳は総司が絡むと過保護になるなぁ。」にほんブログ村
2013年09月29日
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「ご用改めである、神妙にいたせ!」「おのれ、新選組!」「幕府の犬が!」 祇園の茶屋に歳三達が向かうと、店の奥に潜んでいた数人の長州藩士達が彼らを睨みつけながら刀を抜いた。だが、彼らは歳三に向かって斬りかかる前に、千尋に斬られて力なく床に転がった。「済まねぇな、荻野。」「いえ・・わたくしは二階を見て参ります。」「そうか。」 千尋が二階へと上がり部屋を一つずつ見ていくと、奥の部屋には小雪が長州藩士と談笑していた。その藩士は、千尋が潜入捜査で舞妓に化けてお座敷に向かった際に少し会話を交わした者だった。「あなたは・・」「小雪、壬生狼と知り合いだったのか?」「うちは・・」「騙したな、裏切り者!」その藩士は激昂すると刀を抜き、そのまま小雪の胸を袈裟斬りにした。小雪は信じられないといったような顔をしながら、畳の上に倒れた。「何故・・」「死ねぇ!」千尋は自分に対して闘志を剥き出しにしながら向かって来る藩士の動きが何故か読めた。彼の刀が千尋の胸に届く前に、千尋が彼の胴を薙ぎ払っていた。襖や千尋の顔に、男の返り血が飛び散った。「荻野、どうだった!?」歳三が二階にある奥の部屋へと向かうと、そこには“よしの”の舞妓・小雪が畳の上に転がって事切れていた。その近くには、胴を薙ぎ払われ腸が腹から飛び出した長州藩士の姿があった。「まさか、小雪さんが長州の者と繋がっていたとは知りませんでした。」「道理で“よしの”が俺達に協力してくれたわけだ。裏で長州の奴らに俺達が会合場所を探っている事を知らせていたんだろうさ。」「“よしの”の皆さんは?」「俺達は、正しい事をしているまでだ。行くぞ、千尋。」「はい・・」千尋は小雪の冥福を祈って合掌すると、歳三とともに二階を後にした。「土方さん、二階はどうだった?」「奥の部屋で、“よしの”の舞妓が胸を袈裟斬りにされていた。どうやらそいつは、長州の者と密会していたようだ。」「成程ねぇ。土方さんが睨んでいた通りだな。」逃げ遅れた長州藩士を補縛した原田はそう言って溜息を吐いた。「引き上げるぞ。これ以上ここに長居する必要はねぇ。」「承知。」 茶屋から歳三達が外へと出ると、いつの間にか野次馬が集まっていた。「小雪、小雪!」 筵(むしろ)を掛けられ、戸板に載せられた小雪の遺体を見た“よしの”の女将が泣きじゃくりながら駆け寄って来た。「何でこないなことに・・」「おかあさん、気をしっかり持っておくれやす。」覚束ない足取りで置屋へと戻ろうとする女将の身体を、すかさず“よしの”の芸妓が支えた。「土方君、聞いたよ。祇園の茶屋で大暴れしたようじゃないか?」「大暴れとは人聞きの悪い。わたしは長州の者を補縛しようとしただけです。」歳三はそう言って伊東をジロリと睨んだ。にほんブログ村
2013年09月29日
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咄嗟に身体を反転させて総司の攻撃を避けた千尋だったが、彼は執拗に攻撃を繰り返してきた。「土方さんを僕から奪おうなんて許さない!」「止めてください、沖田先生!」「うるさい、黙れ!」総司は千尋にそう怒鳴ると、脇差を振り上げた。「止めろ、総司!」騒ぎをききつけた斎藤と原田が部屋に入って来て、総司の手から脇差を取り上げた。「どうして止めるんですか!?」「目ぇ覚ませ!」原田はそう総司に怒鳴ると、彼の頬を張った。「沖田先生、わたしは・・」「僕は君を認めないから。」血走った眼で自分を睨み付ける総司の顔を見て、千尋は恐怖に震えた。「総司が、そんな事を・・」「土方さん、あんたも悪いと思うぜ?総司は荻野とあんたの仲を疑って嫉妬に狂ったんだ。あんたから、荻野とは何の関係もねぇと説明してくれよ。」「そうだな・・」 翌日、歳三が総司の部屋に行くと、総司は恨めしそうな目で彼を見た。「昨夜の事は、原田から聞いたぞ。」「土方さん、あの子を殺したら僕の所に戻ってくれます?」「俺と千尋は何もない、信じてくれ。」「そうですか・・じゃぁわざわざ僕があの子を殺す必要はなかったんだぁ。」そう言って気味の悪い笑みを浮かべた総司は、歳三に抱きついた。「僕を裏切ったら、許しませんからね。」「わかってるよ・・」(どうしたもんかなぁ、あの嫉妬深さは・・) 総司の部屋から出て副長室へと戻った歳三は、溜息を吐きながら仕事に取りかかった。「副長、山崎です。」「入れ。」「失礼致します。」襖が開き、山崎が副長室に入って来ると、歳三は彼が文を持っていることに気づいた。「それは?」「長州藩士達が会合を開いていた祇園の茶屋に関する情報です。」「そうか・・」山崎から文を受け取った歳三がそれを読むと、そこには祇園の茶屋の女将と数人の女中が、長州藩士と深い繋がりがあるという内容が書かれてあった。「茶屋を今すぐ調べるぞ!」「承知。」 祇園の茶屋では、一人の長州藩士と女中が布団の中で戯れていた。「いややわぁ、そないな所触って・・」「いいじゃないか、減るものでもないし。」藩士がそう言って女の陰部へと手を伸ばそうとした時、突然一階が騒がしくなった。「壬生狼や、早う逃げぇ!」「しず、行くぞ!」「へ、へぇ!」急いで脱いだ着物を着た二人が裏口から外へと逃げようとした時、新選組隊士達が彼らを取り囲んだ。「神妙にせい。」にほんブログ村
2013年09月29日
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副長室の中からくぐもった呻き声が聞こえたので、不審に思った千尋は障子に小さな穴を開けて中を覗き見た。するとそこでは、歳三の股間に顔を埋める総司の姿があった。総司の口には、大きく怒張した歳三のものがあった。「ねぇ土方さん、僕とあの子、どっちが上手いですか?」「馬鹿野郎、何言ってやがる。あいつとは寝てねぇよ。」「そうですか・・」総司は少し残念そうな顔をすると、歳三のものを口から抜いた。「ねぇ、もう我慢できませんよ。」総司は寝間着の裾を捲りあげると、濡れそぼった穴に歳三のものを挿入した。「総司、やめろ!」「嫌ですよ、やめません!」総司はキッと歳三を睨み付けると、激しく腰を上下に振った。「あなたを誰にも渡さない、絶対に!」「止めろ、総司!」歳三はそう叫ぶと、総司を乱暴に突き飛ばした。「土方さん・・」「出て行け。」「土方さん、僕は・・」「出て行けって言ってるんだよ!」総司は悔しそうに唇を噛み締めながら、副長室から出て行った。「ざまぁみろと思ってるんでしょ?」「わたしは・・」「言っておくけど、土方さんは君には渡さないから。それだけは覚えておいてね。」総司は千尋を睨み付けると、彼に背を向けて去っていった。「副長・・」「放っておけ。それよりも、当分の間潜入捜査は中止するぞ。」「はい・・」「千尋、当分俺の傍を離れるな。」「え?」「山崎から先程報告を受けたが・・桂とお前の義兄は、知り合いらしいな?」「ええ。まさかバレてしまうのは思いもしませんでした。」「桂がお前のことを知っているというのは、こちら側にとっては何かと不都合だ。そこでだ、お前は新選組に潜入している間者を炙りだして欲しい。」「わかりました。」千尋は歳三に向かって頭を下げると、副長室から出て行った。「千尋、総司と何かあったのか?」自分の部屋へと戻ろうとした時、原田がそう言って千尋を見た。「いえ・・」「まぁ、あいつは嫉妬深いから、土方さんをお前に奪われちまうんじゃねぇのかと思って、焦ってるんだよ。」「わたくしは、そんなつもりは全くないのに・・」「余り気にするなよ。」「はい・・」その日の夜、千尋が部屋で寝ていると、誰かが部屋に入ってくる気配がした。誰だろうかと思いながらも千尋はそのまま目を瞑ったままでいると、不意に胸の上が重くなった。誰かが自分の上に乗っているような感覚がして、千尋がゆっくりと目を開けると、そこには自分に馬乗りになり、抜き身の脇差を握り締めている総司の姿があった。「許さない・・」血走った眼でそう言って千尋を睨みつけた総司は、彼のすぐ横に脇差を振り下ろした。にほんブログ村
2013年09月29日
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翌朝、歳三と千尋が祇園の茶屋を後にして西本願寺の屯所へと戻ると、原田達が二人の前にやって来た。「土方さんも隅に置けねぇなぁ。」「てめぇら、俺を怒らせたいのか?」「いや、別に。」「それよりも荻野の舞妓姿、サマになってるな。」千尋は藤堂平助にそう言われ、着替えを済ませていないことに気づいた。「それで、昨夜は何があったんだ?俺達に詳しく聞かせてくれよ?」「何もございませんでした。」「本当か?」「本当です!」歳三と一緒の部屋で寝たのは事実だが、原田達が考えているような疾しい事はしていない。「まぁ、土方さんに限ってそんな事はしないよな。」「だよな。土方さんは総司一筋だし。」「あの・・副長と沖田先生は、一体どのようなご関係で?」「一言じゃ簡単に説明できるような関係じゃないな。」「まぁ、総司と土方さんは、江戸に居た頃からの長い付き合いだからなぁ。土方さんにとっては、実の弟以上の存在なんだよ。」「実の弟以上の存在・・」原田の言葉を聞いた千尋は、総司と歳三の関係が深いものなのだと察した。「原田さん、どうしたんですか朝からそんなに嬉しそうな顔をして?」「そ、総司・・」「あ、荻野君も居たんだ。」そう言って総司は千尋にニッコリと笑ったが、目は全く笑っていなかった。「聞いたよ、山崎さんから昨夜の事。土方さんと一夜を過ごしたんだってね?」「わたしは・・」「どうしてそんなに怯えているの?僕は、君の事を何も責めてはいないよ?」総司はそう言うと、そっと千尋の肩に手を置いた。「沖田先生、昨夜副長は泥酔していらっしゃいました。」「そう・・あの人、何か考え事があると下戸の癖に酒を浴びるように飲んじゃうんことがあるんだよね。それで、君は泥酔した土方さんを介抱したの?」「ええ。」「本当に、それだけ?」「そうです。」「そう。だったらいいや。」総司はそう言って千尋の肩から手を退けると、急に興味を失ったかのように踵を返して自分の部屋へと戻って行った。「おっかねぇな・・」「ああ。あいつの目、見たかよ?かなりヤバかったぜ。」「わたしは、沖田先生を不快にさせてしまったのでしょうか?」「さぁな。まぁあの様子だと昨夜のことで怒ってはいないだろうよ。」「そうですか・・」「土方さんは色男だから、江戸に居た頃から散々浮名を流しててなぁ、土方さんに女の影があると、決まって総司は癇癪を起こしたもんだぜ。」「沖田先生が?」「一見温厚そうに見えても、あいつはかなり嫉妬深い性格なんだよ。だから荻野、くれぐれも総司には気をつけた方がいいぜ?」「わかりました・・」 原田達が去った後、千尋は溜息を吐きながら副長室へと向かった。「副長、失礼致します。」そう千尋が部屋の中に居る歳三に声を掛けた時、中からくぐもった呻き声が聞こえた。にほんブログ村
2013年09月28日
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「ねぇ、土方さんは?」「副長は、あちらに泊まるそうです。」「そう・・何かあったんだね、その様子だと。」総司はそう言って山崎を見ると、彼はバツの悪そうな顔をした。「土方さんの事だから、つい飲み過ぎて潰れちゃったんでしょう?」「まぁ、そんな事がありまして・・」「まさか、一人って訳じゃないでしょう?」総司はチラリと山崎を見ると、彼は総司から一歩後ずさった。「教えてよ、土方さんが今誰と一緒に居るのか?」「それは・・」根負けした山崎は、歳三が千尋と居ることを総司に白状してしまった。「そう・・荻野君なら大丈夫だよ。」「沖田さん・・」「僕が嫉妬していると思ってるの?大丈夫だよ、僕はそんなことで嫉妬するほどの人間じゃないから。」「そうですか・・では、わたしはこれで。」 山崎が部屋を出て行った途端、総司の顔から笑顔が消えた。(土方さん・・もしかして僕の事、嫌いになったの?) 一方祇園では、歳三と一泊する事になった千尋は溜息を吐きながら花簪と櫛を髪から抜き、だらりの帯を緩めた。「失礼しますぅ。」突然襖の外から女中の声が聞こえたので、千尋はビクリと身を震わせた。「何どすやろか?」「お水をお持ちしました。」「おおきに。そこへ置いといておくれやす。」「へぇ。」女中が水の入った湯呑みを部屋の外に置いて廊下から立ち去る気配を感じた千尋は、さっと襖を開けて湯呑みを手に取った。「副長、起きて下さい。」「何だよ、うるせぇな。」「お水です。」歳三は乱暴に千尋から湯呑みを受け取ると、水を一気に飲み干して再び横になった。「何故泥酔するまで飲んだのですか?」「お前ぇが長州の奴らに何かされるんじゃねぇかって思ったら落ち着かなくてよ・・つい飲み過ぎちまった。」「お願いですから、余り無茶はなさらないでください。」「何だよ、そりゃ。まるで口煩い女房のような口ぶりじゃねぇか?」「そんな・・わたしは・・」千尋はそう言って頬を赤く染めると、歳三はニヤニヤと笑いながら千尋を突然自分の方へと抱き寄せた。「何をなさいます!」「いいだろう、減るもんじゃねぇし。」「おやめください!」二人が揉み合っていると、襖が静かに開いて一人の女中が部屋に入って来た。「湯呑みを取りに来ました。」「わざわざ持って来てくださっておおきに。」「いいえ。ほな、失礼します。」女中はチラッと歳三と千尋を見ると、部屋から出て行った。(完全に誤解されたな・・)にほんブログ村
2013年09月28日
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「君は確か・・千尋君だったね?」「何故、わたくしの名を?」「君の義兄上様と親しいのだから、君を知らぬ訳がないだろう?」桂はそう言うと、少し小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。「君はどうして舞妓に化けてここに居るんだ?」「それは・・」「まぁいい。今回は見逃してあげるよ。」千尋が安堵の表情を浮かべながら桂を見ると、彼は何かを企んでいるかのような笑みを湛えていた。「君は、荻野家には戻らないの?」「ええ。わたくしは、もう家とは縁を切りました。わたくしは・・」「新選組とともに生きると?それが君の意志なのか?」「はい。」「本当に?」「どういう意味でしょうか?」「噂では君は、新撰組副長の小姓になったと聞いたよ。もしかして・・」「お言葉ですが、あなた様が疑うような関係ではありません。」「そう。まぁ君一人が頑張っても、我々も君達と同じような事をしているからね。」「そうですか。」歳三から、長州が新選組に間者を放っているという話を聞いた千尋は、さほど驚きはしなかった。「君も、我々の仲間に入らないか?」「お断りいたします。」「残念だな、君のような優秀な人材が敵側に居るとはね。」桂はそう言うと苦笑した。「先生、どちらに居られますか~?」「こんな所で無駄話をしている暇はないな。そろそろ行かなくては。」桂はそう言うと、千尋が髪に挿している櫛を見た。「その櫛、良く似合っているよ。」 数分後、千尋が歳三達の居る部屋へと再び入ると、歳三は苦しそうに呻きながらも一向に起きる気配がなかった。「まだお目覚めにならないのですか?」「まったく、どうしてこんなに飲んでしまわれたのか・・」山崎は溜息を吐きながら、歳三を揺り起こすと、漸く彼はゆっくりと目を開けた。「山崎・・」「副長、帰りますよ。」「くそ、頭が痛てぇ・・」歳三がそう言って起き上がろうとした時、後頭部を金槌で殴打されたかのような激痛が走った。「申し訳ないが荻野君、今夜は副長とここで泊まってくれないか?」「え・・」「置屋と店には、わたしが事情を説明する。宜しく頼むよ。」「はぁ・・」唖然とする千尋を部屋に残して、山崎はさっさと店から出て行ってしまった。(これからどうしようか・・) 店の者に布団を敷いて貰ったのはいいものの、これからどうすればいいのか千尋は解らなかった。歳三は再びいびきをかいて寝てしまっていた。にほんブログ村
2013年09月28日
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「まだ桂は現れておりません。」「そうか。くれぐれも正体を見破られぬようにしろよ。」「わかりました。」 長州藩士達が集まる次の間に控えている歳三は、そう言うと部屋に入って来た千尋を見た。「では、わたくしはこれで。」「ああ・・」「副長、そんなに心配なさらなくても、荻野君なら大丈夫ですよ。」歳三の隣で酒を飲んでいた山崎がそう言って彼を見ると、彼は少し険しい顔をしていた。「そんなこたぁ、言わなくてもわかってる・・」「何故、そんな顔をしているのですか?まるで、おつかいに行かせた子どもの帰りを待っているかのような母親のような顔をしていますよ?」「うるせぇ!」羞恥で歳三は顔を赤く染めると、猪口に酒を零れんばかりに注いでそれを一気に飲み干した。「桂先生がお見えになったぞ!」 一方、千尋が潜入している部屋に、漸く桂小五郎が入って来た。「みんな、久しぶりだね?」「桂先生、ご無事でよかった!」「君達も・・」桂はそう言うと、藩士達から千尋へと視線を移した。もしかして正体が見破られたのかと思い、千尋は身がまえたが、桂はふっと彼に微笑んで千尋の手を握った。「君は?」「六花(りっか)と申します・・」「そうか、美しい名だ。」「六花、桂先生に舞を見せよし。」「へぇ。」 三味線の伴奏とともに、千尋は桂の前で舞を披露した。「素晴らしかったよ。」「桂先生、兵器の調達は・・」「順調だ。長崎のグラバーから最新式の銃を購入した。」「そうですか。では幕府軍に攻められても大丈夫ですね!」「そうだね。しかし、油断は禁物だ。この会話を敵方の人間が何処かで聞いているかもしれないから、気をつけないとね。」桂はそう言うと、チラリと千尋の方を見た。「ほな、うちらはこれでお暇させて貰います。」「六花、行くえ。」「へぇ・・」雪千代達とともに部屋から出た千尋は、雪千代に厠に行くと断ってから歳三達が居る部屋へと向かった。「副長、山崎さん、失礼致します。」そう言って千尋が襖を開けると、そこには泥酔した歳三が畳の上に大の字になって寝ころんでいびきをかいていた。「一体これは・・」「副長は酒が弱いのに、先程から浴びるように飲んでしまって・・困ったものです。」「誰か店の者を呼んで来ます。」千尋が部屋を出て店の者を呼びに廊下を歩いていると、誰かが急に自分の袖を掴んで来た。「何をなさるんですか!?」「やはり、さっきから怪しいと思っていたが・・やっぱりな。」頭上から冷たい声が聞こえたので千尋が俯いていた顔を上げると、そこには冷たい目で自分を睨んでいる桂が立っていた。にほんブログ村
2013年09月28日
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「判決を言い渡す。被告人には、死刑を処する。」 裁判官がそう言った瞬間、傍聴人席に座っていた真那美は安堵の表情を浮かべながら槇に微笑んだ。被告人席では、華凛を殺した柏木薫が項垂れたまま手錠を掛けられ、法廷を後にしようとしているところだった。「待って。」真那美はそう言うと、自分の方へと振り向いた薫を睨みつけた。「あなたを、わたしは死ぬまで許しません。あなたの自己中心的な考えが、叔父の命を奪った。刑務所の中で、その日が来るまで自分の犯した罪を考えてください。」真那美の言葉を聞いた薫は微かに顔を歪めると、彼女に背を向けた。「もう、気が済んだかい?」「ええ。行きましょう、もうここに居る必要はありません。」「そう・・今日はいい天気だから、ドライブにでも行こうかね?」「いいですね、行きましょう。」 裁判所を後にした真那美は、槇が運転する車に乗り、琵琶湖へと向かった。冬の琵琶湖は雪に包まれ、幻想的な雰囲気を醸し出していた。厚手のコートを纏った真那美は車から降りると、冬の冷気に包まれて思わず寒さに震えた。彼女はゆっくりと、華凛の遺体が発見された場所に花を供えた。「叔父様、どうか安らかに眠って下さい。いつかわたしが叔父様達の元に行くまで、どうか天国でわたし達のことを見守って下さい。」真那美はそう呟くと、合掌した。「君は、これからどうするつもりだい?」「篠華流を継ぎます。それが、わたしに託された役目ですから。」「そうか・・」「槇さん、お願いがあるんです。」「何だい?」「嵐山に行きたいんです・・」「わかった。」 数時間後、槇は真那美とともに嵐山にある美術館の前に立った。それは、華凛が生前設計を手掛けたものだった。古都の景観を損なうこともなく、優美で趣のある外観の美術館は、今や人気観光スポットとして有名である。「ここに、叔父様は居るんですね。」「そうだよ。華凛さんの魂は、ここに居るよ。君が彼に会いたい時には、ここに来なさい。」「はい・・」「もう行こうか?」「ええ・・」美術館の中に入らずに、真那美と槇は車を停めている駐車場へと向かおうとした。“真那美、またね。” その時、真那美の背後で華凛の優しい声が聞こえた。真那美が慌てて背後を振り向くと、そこには訪問着姿で髪を結いあげた華凛が彼女に笑顔を浮かべながら立っていた。「どうしたんだい?」「叔父様が・・」真那美がそう言って華凛が居た場所を指すと、そこにはもう彼の姿はなかった。(また来ます、叔父様。あなたに会いに・・)たとえ肉体は滅んでも、華凛の魂は自分の側に居るのだと思いながら、真那美は槇とともに美術館を後にした。《完》
2013年09月28日
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正英華凛が失踪して5年、彼の白骨化した遺体が琵琶湖畔で発見されたのと同時に、彼を殺害した女が逮捕された。その女は、柏木満の妻、薫だった。 薫は事件前に華凛に対して一方的に想いを寄せており、彼が失踪した日の夜、夫が華凛と口論となり掴み合いになっているのを木陰から密かに見ていた。そして夫が華凛のネックレスを奪って気絶させ、現場から立ち去って行くのを見た後、薫はそっと華凛の方へと近づいた。「ねぇ正英さん、わたしと付き合わない?そしたらあのネックレス、取り返してあげてもいいわよ?」「お断りします。わたしは、自分の手でネックレスを柏木さんから取り戻します。ですから、余計な事はしないでください。」「何よ・・あんた一体何様のつもりよ!?」 こんな危機的な状況に陥ってもなお、自分に靡(なび)こうとしない華凛に薫は激昂し、咄嗟に近くの工事現場に置いてあった鉄パイプで華凛を撲殺した。「あなた、助けて!あの人、殺しちゃった!」動転した薫はすぐさま夫に電話を掛け、華凛の遺体を車のトランクに入れ、そのまま滋賀方面へと車を走らせた。「何処行くの?」「死体を捨てに行くに決まってるだろ!」「あなた・・」「お前が悪いんだからな!」隣で泣き喚く妻にそう怒鳴ると、柏木は琵琶湖に華凛の遺体を投げ捨てた。それが、5年前の事件の真相だった。薫が警察で華凛殺害を自供したことにより、柏木は死体遺棄で逮捕された。「叔父様は、悔しかったことでしょうね・・」「そうだね・・でも遺体が見つかってよかった。もし遺体が見つからないままだったら、あの二人は殺人の罪を隠して平気な顔をしていつも通りの生活を送っていたかもしれない。きっと、君の死んだご両親やお祖父様が、二人に罰を与えたんだろう。」「ええ・・」 華凛の遺体を引き取りに来た真那美は、槇とともに警察署の中へと入ろうとすると、突然二人の前に無数のマイクが突き出された。「今回の事件をどのように思っていますか?」「犯人に何か言いたい事があるのでは!?」「通して下さい!」槇がそう言ってレポーターを制止しようとした時、真那美は彼をキッと睨むと、彼の手からマイクを奪った。「今回の事件について、犯人に言いたい事があります。わたしは生まれてすぐに両親を交通事故で亡くし、叔父と父方の祖父に育てられました。叔父は当時高校生でしたが、赤ん坊のわたしを必死に育ててくれました。わたしはそんな叔父を尊敬していました。京都を離れ、東京で暮らす叔父が時折京都に会いに来てくれることが、わたしにとっての唯一の楽しみとなりましたが、もう二度と叔父に会えないと思うと寂しいし、悔しい思いで一杯です。叔父を身勝手な理由で殺したあなたを決して許しはしません。」真那美はそう言ってレポーターにマイクを返すと、槇に付き添われながら警察の遺体安置所へと向かった。「叔父さんで、間違いないですね?」「はい、間違いありません・・」 叔父の遺体が発見されたと真鍋に言われた時、覚悟を決めたつもりだった。なのに、叔父の遺体を見た途端、真那美はショックと悲しみに襲われ、その場に蹲った。「大丈夫かい?」「ええ・・」真那美はゆっくりと立ち上がり、そっと叔父の骨に触れた。(お帰りなさい、叔父様・・)
2013年09月28日
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華凛が失踪してから5年の歳月が経ち、真那美は衿替えをして舞妓から芸妓になった。「衿替えおめでとう、真那美ちゃん。」「おおきに。」 舞妓時代から真那美を贔屓にしてくださっている大手建設会社の吉田専務は、そう言って彼女に微笑んだ。「叔父さんの消息は、まだ掴めないの?」「へぇ、警察の方からはまだ連絡がありまへん。」真那美はそう言うと、衿元から覗くピングゴールドの鎖を見た。 5年前、叔父・華凛は突然失踪し、真那美と槇の元には彼の物であったユニコーンのネックレスだけが残った。「すまないね、辛い事を聞いて。」「いいえ・・」「余り気を落とさないようにね。」「へぇ・・」「それじゃぁ、また来るね。」吉田専務はさっと座布団から立ち上がり、部屋から出て行った。「ただいま戻りました。」「お帰り、真那美ちゃん。あのな、さっきここに真鍋さんが来たんえ。」「真鍋さんが、どすか?」「何でも、あんたの叔父様の消息が判ったとか・・うちの部屋に通したさかい、会ってきよし。」「そうどすか。」 お座敷から置屋へと戻った真那美は、女将に頭を下げると、真鍋が待っている女将の部屋へと入った。「真鍋はん、お久しぶりどす。」「真那美さん、こちらこそお久しぶりです。実は今日ここに来たのは、君の叔父である正英華凛さんが見つかりました。」「叔父様は、今何処に?」「それが・・」真鍋はそう言って低く唸った後、バツの悪そうな顔をした。「どうかなさったんどすか?」「こんな事をあなたに告げるのは言いにくいのですが・・華凛さんの遺体が、琵琶湖畔で発見されました。白骨化していました。」「そんな・・」真那美は真鍋からの言葉を聞いた後、床にへたり込んだ。叔父が―自分の親代わりだった叔父が死んだ。「どうして、叔父の遺体やと判ったんですか?白骨死体やのに?」「遺体の歯型と、叔父さんの歯型が一致しました。」「そうどすか・・お忙しいのに、わざわざお越し下さっておおきに。」「いえ・・」真鍋はハンカチで目元を押さえる真那美の肩をそっと叩くと、部屋から出て行った。「どないしたん、真那美ちゃん?」「おかあさん・・叔父様が・・」その真那美の言葉で全てをさとったのだろう。置屋の女将は、真那美を優しく抱き締めると、今日はゆっくりと休むようにと言った。「お休みなさい、おかあさん。」「お休み・・」 翌朝、華凛の白骨化した遺体が琵琶湖畔で発見され、現場周辺はマスコミが殺到した。「さきほど入った情報によりますと、正英華凛さんを殺害した犯人が逮捕されたということです。」 ニュースの画面が切り替わり、京都市内にある警察署の前に停車したパトカーから容疑者が出て来るのを、真那美と槇はテレビ画面越しに見た。「槇さん、うちはどうすれば?」「何も動じないこと。それが一番の対処法だよ。」「へぇ、わかりました。」
2013年09月28日
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華凛が突然職場から失踪してから数ヶ月が過ぎたが、警察は未だに彼の消息を掴んでいなかった。 東京の警視庁にある取調室では、華凛失踪時の唯一の目撃者である柏木満の取り調べが連日行われていた。「だから、僕はやっていませんって!」「お前と被害者は、事件前から仲が悪かったことはわかってんだ。いい加減、白状したらどうだ!」「僕は彼を殺してなどいません!どうして信じてくれないんですか!?」柏木満は半ベソをかきながら、必死に真鍋達に対して身の潔白を訴えた。だが、彼の自宅を真鍋達が家宅捜索すると、柏木の妻が使っていたドレッサーの引き出しから、華凛のネックレスが見つかった。「これに見覚えは?」「それは・・」「あんたの奥さんが使ってたドレッサーから出て来たんだよ。被害者のネックレスが、何でお前の家にあるんだ?」「それは・・その・・」「このネックレスの鎖から、あんたの指紋が出た。詳しく俺達にも解るように説明して貰おうか?」真鍋達に詰め寄られた柏木は、観念して華凛が失踪した当日に起きた事を話した。 その日、来年春に嵐山にオープンする予定の美術館のコンペディションは、華凛が所属する設計一課が勝った。「畜生、また一課に負けるなんて・・」「すいません・・」「ったく、お前は本当に役立たずだな、柏木!」上司から激しく罵倒され、意気消沈した様子で会社を出た柏木は、正面玄関前で華凛と会った。「柏木さん・・」「お前さぁ、あんまり調子に乗るなよ?」「わたしは調子に乗ってなんか・・」「お前の澄ました顔が、ムカつくんだよ!」ムシャクシャした気持ちを柏木は思わず、華凛にぶつけてしまった。彼は華凛の胸倉を掴むと、彼を乱暴に突き飛ばした。その時、華凛が首に提げていたネックレスが鎖ごとひきちぎられた。「いい物持ってんじゃん。」「返してください、それは・・」「うるせぇ、お前は黙ってろ!」柏木はそう華凛に怒鳴って地面に蹲った彼の顔を蹴った。彼は近くの自販機に後頭部を強打し、気絶した。「あいつを殺してしまったんじゃないかって、急に怖くなってその場から逃げました。」「それだけか?」「ええ。ネックレスは僕が持っていれば安全だろうと思って、現場から持ち去りました。」「柏木さん、あんた会社の金を横領してたんだろ?その罪を、被害者に擦り付けようとしてたんじゃないんですか?」「違う、横領は上司が・・井畑課長がやっていたことだ!ちゃんと彼が横領したという証拠が自宅にある!嘘じゃない!」「その言葉、信じていいんですね?」「お願いです・・早く僕を家に、妻の元へと返してください!」真鍋は柏木を一度信じることにし、彼の自宅へと向かった。「先輩、ありました!」「でかした!」 真鍋は柏木の自宅から井畑課長が会社の金を横領していた証拠を発見し、柏木を釈放した。「あなたを疑ってしまって、申し訳ありませんでした。」「いえ・・僕は、正英さんに嫉妬していたんです。彼には、建築家としての才能があった。それに、同僚や上司との関係も良くて・・馬鹿ですよね、こんなつまらない事で彼に暴力を振るって、憂さを晴らそうだなんて・・」柏木はそう呟いて溜息を吐くと、俯いた。
2013年09月27日
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「言いたい事がおありなら、はっきりと言っておくれやす。」「真那美ちゃん・・」男に詰め寄った真那美を、すかさず雛菊が窘(たしな)めた。「叔父様の身に、何かあったんどすか?」「実は、あなたの叔父に当たる正英華凛さんが、数週間前に失踪しましてね。あなたの所に居るのではないのかと思って京都に来たのですが・・」「叔父様が、失踪されたて・・」「ええ。何でも、会社の金を横領したとか・・」「そんなの、嘘どす。叔父様はそないな事をするような方やおへん!」真那美がそう叫ぶと、今まで賑やかだった会場が突然水を打ったかのように静まり返った。「真那美ちゃん、落ち着きよし。」雛菊はそう言うと、真那美の袖を引いて彼女を会場の外へと連れ出した。「真那美ちゃんが言いたい事はわかるけど、場を弁(わきま)えなあかんよ。あの方は、うちらにとってはお客様や。お客様に失礼な事を言ってはあかんえ。」「そやけど・・」「うちかて、真那美ちゃんの叔父様が横領なんてしてへんこと、信じてる。」「堪忍え、雛菊ちゃん。雛菊ちゃんにも迷惑掛けてしもうて。」「さ、戻ろう。」雛菊とともにパーティー会場へと戻ると、真那美は同僚と談笑している男の方へと向かった。「あの、さっきは怒鳴ってしまって申し訳ございませんでした。」「いえ・・こちらこそ、あなたの叔父様について失礼な事を言ってしまい、申し訳ありませんでした。自己紹介が遅れましたが、わたしは真鍋良太(まなべりょうた)と申します。」「真鍋様、これから宜しゅうお頼申します。」「こちらこそ。」真鍋刑事はそう言うと、真那美に微笑んだ。「真鍋、あれが正英華凛の姪か?」「はい。祇園の舞妓です。彼女から話を聞きましたが、正英華凛は横領などしていないと・・」「感情に振り回されるな、真鍋。」「すいません・・」先輩刑事から軽く叱責され、真鍋はそう言って俯いた。「それよりも、柏木は何て言ってましたか?」「あいつは、正英が横領したに違いないとの一点張りで・・一体どうなっているんだか・・」「来年春に嵐山にオープンする予定の美術館のコンペディションを巡って、正英華凛が所属していた設計一課と、柏木満が所属していた設計二課との間で、凌ぎを削っていたようだからなぁ。それに、柏木満は事件前から正英華凛のことを色々と恨んでいたようだし・・」「あいつを殺す動機があると?」「ああ。良く考えてみろ、正英華凛が失踪した当日、彼を目撃したのは柏木満ただ一人だというじゃないか?あいつが正英華凛に声を掛けて、彼を殺した・・」「それも有り得ますが、憶測で柏木を黒と決めつけてはいけません。もっと慎重に捜査を進めないと・・」「俺もそうしたいところだが、上層部から早く事件を解決しろと言われてな・・」 真鍋達の会話を聞きながら、真那美は華凛が無事であるようにと祈った。「ただいま戻りました。」「お帰り。真那美ちゃん、あんたにお客様え。」「お客様?どなたどすか?」「藤堂様とおっしゃる方や。」「そうどすか・・」 数分後、女将の部屋に真那美が入ると、そこには珍しく着物ではなくスーツを着た槇が座布団に座っていた。「槇さん、どないしたんどす、こないな時間に?」「華凛さんの事は、聞いているね?」「へぇ、聞いてます。ほんまに、叔父様は会社のお金を・・」「それはないと思うよ。彼は清廉潔白な人だ。不正に手を汚すような人ではない。」「うちも信じたいと思います。叔父様が、無事でいて欲しいと・・」
2013年09月27日
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真那美が店出ししてから丁度1ヶ月を過ぎた12月初旬、彼女は高熱で倒れた姉芸妓・梅千代の名代として京都市内のホテルで開かれている警視庁と京都府警主催のパーティーに出席する事になった。「ほなおかあさん、行ってきます。」「気ぃつけてな。」「へぇ。」黒紋つきの振袖に、西陣の鮮やかな金色のだらり帯をつけ、髪に12月の花簪を挿した真那美は、女将に頭を下げると、置屋の前に停まっているタクシーに乗り込んだ。「ホテルグランヴィアまで、お願いします。」真那美がそうタクシーの運転手に告げると、彼は無言で頷いて花見小路を抜けて大通りへと向かった。「12月になったら、ここら辺でよう舞妓や芸妓さんの姿を見かけますなぁ。」「この季節はパーティーや忘年会が多いさかい、休んでる暇がありまへん。」「そうどすか。無理をしたら倒れますさかい・・」「肝に銘じておきます。」運転手とそんな会話を交わしながら、真那美はホテルグランヴィア京都があるJR京都駅前でタクシーから降りた。「あ、舞妓さんだ。」「あれ、本物?」真那美の近くを歩いていた観光客らしきカップルが、そう言ってジロジロと彼女を見た。最近では観光客が舞妓に変身する“変身舞妓”が祇園近くを歩いている為、舞妓の事を良く知らない人達は変身舞妓を本物の舞妓と勘違いしている事が多い。 変身舞妓のサービスをしている専門店など、京都市内には何軒かあるが、一部のマナーの悪い観光客の所為で、祇園の文化が誤解されるのではないかと真那美は少し心配していた。彼らも京都の経済を潤していることに間違いないのだが、花街のしきたりを知らない者が舞妓に扮装していいものなのだろうか。そんな事を考えている内に、真那美はパーティー会場である「竹取の間」に着いた。「真那美ちゃんも来てたんや。」 真那美がパーティー会場に入ると、宮川町の舞妓である雛菊がそう言って彼女に駆け寄ってきた。「雛菊さん姉さんも、パーティーに?」「へぇ。うちとこの姉さんが怪我してもうて・・」「うちも、梅千代さん姉さんが高熱を出してしもうて、代理で来たんどす。」「そうなんや。それよりも、何やいかつい人ばかりやわぁ。」パーティー会場を見渡しながら、雛菊はそう言って厳つい顔をしている警察官を見ながら溜息を吐いた。「何やみんな同じ顔に見えてしまうわぁ。どこかにイケメンはおらへんのかなぁ?」「雛菊ちゃん・・」真那美が少し呆れたような目で雛菊を見た時、置屋の玄関先で見かけた男が自分を見ていることに気が付いた。「どないしたん?」「何や、あの人うちのことをじぃっと見てはる気がして・・」「気の所為やないの?」「そうやろうか?」真那美はさっと男から視線をそらして雛菊の方へと向き直ると、その男はいつの間にか彼女達の前に立っていた。「いつの間に・・」「この前は、失礼な事を言ってすいませんでした。」「へ、へぇ・・」「あの、お客様も警察の方なんどすか?」「まぁね。いつも自己紹介する時は、公務員と言ってますけど。警察だと言うと、みんな身がまえちゃって・・」「そうなんどすか。うちは宮川町の“あやな”の雛菊と申します。」「うちは、祇園の“さざれ石”の真那美と申します。」「真那美・・もしかして、君があの正英華凛さんの姪御さん?」「へぇ、そうどすけど・・叔父様の事を、ご存知で?」「まぁ、一応ね・・」ちょっと言葉を濁した男に、真那美は少し不快になった。
2013年09月27日
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手術室の赤い「使用中」のランプが消えたのは、淳史が病院に搬送されてから3時間後のことだった。「淳史、お母さんよ、わかる?」「しっかりしろ、淳史!」ストレッチャーに乗せられた淳史が手術室から姿を現すと、高史と結子は彼に駆け寄った。「先生、淳史は大丈夫なんですか?」「ええ。幸い、右足の骨折だけで済みましたし、脳に異常は見られませんでした。」「ありがとうございます、先生!」結子はそう言って医師に向かって頭を下げると、高史と手を握り合った。「良かったわね、あなた!」「ああ・・淳史が助かって良かった。」「ねぇ、お義父様には連絡を・・」「ああ、したさ。今こっちに向かってるって。」「そう。」結子が何か言いたそうな顔をして高史を見たが、彼女はさっと淳史の方へと向き直った。「結子、あの子の事はもう放っておけ。あの子が僕達を捨てて鈴久の家を出たんだ。」「あなた、そんな言い方はおよしになって。あの子はまだ15歳なんですよ?」「昔、男子は15歳で成人を迎え、子どもではなく成人として地域や組織に扱われた。あいつはもう、子どもじゃない。自分がしたことは、ちゃんと自分で責任を取らせるべきだ。」「あなた・・」「僕の息子は、淳史だけだ。」そう言った高史の目は、どこか冷たかった。「ほな、うちはこれで失礼致します。」「気をつけて帰りなさい。」「へぇ。」 最後のお座敷が終わり、料亭から花見小路を出た真那美は、夜の祇園を一人で歩いていた。昼間は観光客で賑わう祇園だが、夜となると全く人気がなかった。真那美が置屋を出る時に前日の雨で濡れて滑りやすかった石畳も既に乾いていたが、置屋への帰り道には幾つか大きな水たまりが出来ていた。それらを真那美は器用に避けながら置屋の玄関先へと向かって中に入ろうと引き戸を開けた時、中から一人の男が出て来た。「おい、邪魔だ。」「すいまへん・・」ダークグレーのスーツを着た長身の男は、胸に赤いバッジをつけていた。真那美はさっと脇に寄り、男に一礼するとそのまま置屋の中へと入った。「おかあさん、ただいま戻りました。」「お帰りやす。」「おかあさん、さっきの方、どちらさんどすか?」「何でも、東京から来はった刑事さんやわ。」「刑事さんが、何でここに来たんどすか?」「来週末、東京の警視庁の方がホテルでパーティーを開きはるんやけど、そこへ何人かうちんとこの芸妓や舞妓ちゃんを派遣してくれへんかって・・」「そうどすか。せやったら、うちもそのパーティーに行きます。」「大丈夫なんか?あんた最近働きづめで、碌に寝てへんやろう?」「そんなん、舞妓になる前から覚悟して来ましたさかい、少し位寝ぇへんかっても平気どす。パーティーには、梅千代さん姉さんも・・」「あの子も行くことになってるけど、まだ本調子やあらへんし・・」「姉芸妓の顔を立てる為に、おかあさん、どうかうちをパーティーに行かしておくれやす。お願いします。」「あんたに頭を下げられたら、うちはもう断られへんなぁ・・」 真那美に頭を下げられた置屋の女将は、そう言って溜息を吐くと彼女が警視庁のパーティーに行くことを許可した。「今夜は冷えるさかい、寝る前にお風呂に入り。」「へぇ。おかあさん、お休みなさい。」「お休み。」
2013年09月27日
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「彗はまだ京都から帰ってこんのか?」「そのようです。」「“そのようです”だと?実の息子に向かって、何て他人行儀な言い方だ!」 東京・田園調布にある鈴久家のダイニングルームで、高生はそう声を張り上げると高史を睨んだ。「お前は自分の息子が可愛くないのか?」「もうあの子は僕の手には負えません。」「お前はいつから、そんな薄情な奴になったんだ!」「僕がこうなったのは、香奈枝の所為ですよ。もう出ないと会議の時間に遅れますので、失礼。」「待て高史、まだ話は終わっておらんぞ!」背後で父の怒声を聞きながら、高史は玄関を出て待機していたリムジンの中へと滑りこんだ。「今日は渋滞に嵌りたくないから、急いで会社へ向かってくれ。」「かしこまりました。」運転手はそう言うと、邸内路から外へと出て行った。「社長、おはようございます!」「おはようございます!」 リムジンから降り、会社の中へと入った高史に、数人の社員達がそう挨拶して次々と頭を下げた。「社長、いつ見ても格好いいわね。」「既婚者なのが惜しいわぁ。」「そうよねぇ。」女子社員達は口々にそう言いながら、溜息を吐いた。「社長、おはようございます。」「おはよう、氷室君。」 高史が社長室の椅子に腰を下ろすと、彼の第一秘書である氷室宗助が社長室に入って来た。「今夜は赤坂の料亭で峰岸先生と会食のお約束が入っております。」「わかった。何時だ?」「7時です。社長、今度の選挙には出馬なさるおつもりですか?」「さぁね。僕は政治に興味はないし、二世議員って言われるのは嫌なんだ。」「そうですか。まぁ、お父様はまだ御健在でいらっしゃいますし・・」「さてと、今日も忙しいな。」 昼休み、高史が社長室で仕事をしていると、彼のスマホが鳴った。「もしもし。」『あなた、淳史が大変なの!あの子が、車に撥ねられて・・』「何だと!淳史は・・あの子は大丈夫なのか?」『あなた、病院に来て下さらない?』「わかった、今すぐ行く!」高史は社長室から飛び出すと、扉が閉まろうとしていたエレベーターに乗り込んだ。「すぐに車を出してくれ!息子が事故に遭って病院に運ばれたんだ!」「はい、わかりました!」 数分後、高史が息を切らしながら淳史が搬送された病院へと向かうと、そこにはハンカチを握りしめた結子が手術室の前に立っていた。「あなた・・」「あの子は無事なのか?」「ええ・・救急車でこの病院に運ばれた時には、まだ意識はあったわ・・けど、あの子がどうなるのかわからないの・・」結子はそう言うと、嗚咽を漏らした。「あなた、ごめんなさい、わたしがついていながら・・」「お前が悪いわけじゃない、悪いのは淳史を撥ねた車の運転手だ。あの子はきっと大丈夫だ。」目の前で我が子が車に撥ねられ、半狂乱となっている結子の背中を何度も擦りながら、高史は淳史の無事を祈った。(淳史、まだ死なないでくれ・・僕には、お前しか居ないんだ!)
2013年09月26日
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「あ、これ安くねぇ?」「え、どれ?」 大阪市内のインターネットカフェで、数人の少年達がパソコンの画面を食い入るように見ていた。そこには、彗が作成した通販会社のオンラインショップの画面が映っていた。“格安サプリメント”、“スーパーマンになれるお薬、あります”という広告が躍っており、少年達はそのサプリメントの正体が何なのか解らずに、「購入」ボタンをクリックした。「彗、お前が作ったオンラインショップの売り上げ、順調じゃねぇか?」「ありがとうございます。」「これからも宜しく頼むよ。」「はい!」「さてと、お前への労いとして、今日は俺が飯、奢ってやるよ。何がいい?」「焼肉がいいっす!」「そうか、じゃぁ行こうか。」枡田とともに事務所を出た彗は、彼が行きつけの焼肉店へと向かう途中、お座敷帰りの真那美とすれ違った。「あいつが、お前が話していた知り合いか?」「いいえ。」「そうか。」真那美を危険に晒したくなくて、彗は咄嗟に嘘を吐いた。「なぁ彗よ、お前ぇん所の爺さん、まだ現役か?」「ええ。それがどうかしましたか?」「俺の所で働いていいのか?」「別にいいんですよ、祖父ちゃんもあの人達も、何も言わないし。」 彗はそう言うと、目の前にある網に置かれているカルビを一枚自分の皿に取り、それを口に放り込んだ。「美味いか?」「美味いっす!」そう言って屈託のない笑みを浮かべる彗を見ながら、枡田は彼が家族運に恵まれていないということがすぐに解った。 枡田も、悲惨な家庭環境の中で育ったからだ。彼の父親は枡田組の組長で、母親は父親の星の数ほど居る愛人の一人だった。幼い頃から“ヤクザの息子”と呼ばれて苛められたことがあったが、いじめっ子に殴られたら殴り返し、罵倒されたらその分罵声を浴びせた。 中学の時には、凶暴な上級生たちをも震え上がらせるワルへと成長し、毎日喧嘩三昧の日々を送っていた。父親はそんな枡田を見限りはしなかったが、彼との関係は冷めたものだった。「なぁ彗よ、お前ぇ親父さんとは仲悪いのか?」「仲が良い、悪いの前に、親父は俺なんかに関心持ってませんから。親父は、俺の事産まれなきゃ良かったと思ってるんですから。」「俺でよけりゃぁ、話聞くぜ?」「実はね・・俺、死んだお袋が不倫して出来た子どもなんすよ。父親は何処の誰なのか知りませんし、興味ありませんね。金には不自由しなかったけど、いつも一人だった。寝る時も、飯食う時も。」「そうか、寂しかったんだな。これからはよ、俺を実の兄貴と思ってくれよ。」「はい、宜しくお願いします!」「可愛い奴だなぁ、お前ぇは。」枡田はそう言って豪快に笑うと、彗の頭をクシャクシャと撫でた。
2013年09月26日
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置屋へと戻った真那美は、早速自分の部屋に入って身支度を整えた。「おかあさん、化粧出来ました。」「そうか。男衆(おとこし)の南方さんが来てはるえ。」「そうどすか。」 男衆の南方に着付けを施され、12月の花簪を髪に挿した真那美は置屋を出て、前日降った雨で濡れた花見小路をおこぼで歩いた。 裾が濡れないように左手で褄(つま)を取り、目的地である老舗旅館「ささき」の正面玄関へと彼女が入ろうとした時、僅かな段差に足を取られ、彼女は身体のバランスを崩して石畳の床に転倒しそうになった。だがその時、誰かが背後で自分を抱き留めてくれた。「おおきに、助かりました。」「大丈夫、怪我はない?」「へぇ、お蔭さまで・・」真那美は自分を助けてくれた人に礼を言おうと背後を振り向くと、そこには髪を金色に染めた少年が立っていた。その少年の顔に、真那美は何処か見覚えがあった。「すいまへんけど、うちと何処かで会うたことはありまへんか?」「急にそんな事聞かれても・・君、名前は?」「うちは真那美といいます。」「真那美・・じゃぁ、君は小学校の時、よく俺と一緒に遊んだ真那美ちゃんなの?」「そうどす。あの、お名前伺ってもよろしおすか?」「俺?俺は鈴久彗(けい)っていうんだけど。」「やっぱり、彗君や!」真那美はそう叫ぶと、嬉しそうな顔で彗を見た。「お久しぶりどすなぁ、元気にしてはりました?」「まぁね。どうして真那美ちゃんはここに?」「うちはこれからお座敷どす。彗君は?」「俺はちょっと野暮用でね。じゃぁ。」彗はそう言って真那美に手を振ると、旅館の前から去っていった。「すいません、遅くなりました。」「どうした、一度も遅刻しないお前が今夜にしては珍しいじゃねぇか?」 数分後、彗が四条通にある雑居ビルの三階にある通販会社の事務所に入ると、革張りの椅子に座っていた30代前半の男がそう言って彼を見た。彼の名は枡田といって、裏社会では一目置かれている存在であった。「まさかお前ぇ、サツに目ぇつけられたんじゃねぇよなぁ?」「いいえ、それはありません。ささきの前で、知り合いに会いまして・・」「知り合い?」「小学校の時に、一緒に遊んでいた友達です。」「そうか。なぁ彗、もう俺らのパシリをするのはもう飽きたろ?俺ぁなぁ、お前ぇにでっけぇ仕事を任せたいと思ってんだよ。」「デカイ仕事、ですか?」「ああ。お前ぇ、パソコンに詳しいんだろ?いいやつがこの前入ってきたからよ、それをネット上で売りたいんだよ。」「はぁ・・」彗は枡田が自分に何を要求しているのかがわかった。「すぐに取りかかります。」「そうか、頼んだぜ。俺ぁパソコンはどうも苦手だからよ、お前ぇにしか頼める奴がいねぇんだよ。」枡田はそう言って彗の肩を叩くと、事務所から出て行った。彼はこの会社の社長だが、仕事よりも競馬場や競輪、パチンコ店などに入り浸っていることが多く、この事務所に顔を出すのは月に数回位である。 彗は枡田が関西一円を牛耳っている暴力団・枡田組の次期組長であることを知っている上で、彼の下で働いていた。何故なら自分の居場所は、ここしかないからだ。
2013年09月26日
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「保護者から苦情が来てる?」「そうや。受験前にお前が居ると子どもが勉強に集中できへんから辞めさせろとな!この際、辞めたらどうや?」そう言った前田は、何処か勝ち誇ったような笑みを口元に浮かべながら真那美を見た。「先生、真那美がおったからって、受験に影響はせぇへんのと違いますか?」「そうや。いくら何でもこじつけすぎやろ?」前田の言葉を聞いた生徒達がそう口々に抗議するのを聞いて、真那美は自分が一人ではないことに気づいた。「一体何の騒ぎですか、これは?」「校長・・」「校長先生、前田先生がさっき学校を辞めろと迫っていたんです。」「それは本当かね、前田君?」「わ、わたしは・・」校長にじろりと睨まれ、前田は突然うろたえた。「君がいくら教頭先生の甥御さんでもね、やっていいことと悪い事の区別くらいつくだろう?生徒に対して暴言を吐くだなんて、許されない事だぞ?」「申し訳、ございません・・」「謝るのなら、わたしにではなく、君が暴言を吐いた生徒に対して謝りなさい。」完全に納得がいかないというような表情を浮かべた前田は、悔しそうに唇を噛み締めながら真那美の方へと向き直った。「済まなかった・・」「前田君、暫くわたしと話をしようか?」「はい・・」「君達、申し訳ないがこの時間は自習にする。自習だからといって周りの迷惑を考えずに騒いだりしてはいけないぞ?」校長はそう言って前田を連れて教室から出て行った。「ごめんね、みんな。わたしの所為で迷惑掛けて・・」「別にええよ、篠華が悪いんと違うし。」「そうや。」「真那美、こっち来て勉強しよう!」「わかった。」 校長室へと戻った校長は、来客用のソファに前田を座らせ、その前に腰を下ろした。「前田君、篠華君が舞妓をしているから彼女の事が気に食わないのか?」「いえ、違います・・」「保護者からの理不尽な苦情を自分一人の力で何とかしようとして、彼女に暴言を吐いたのか?」「わたしだって、必死にやってきたんですよ。それなのに、全く評価されないなんてあんまりだとは思いませんか!?」「君の気持ちは良く解る。だがな、一人で何でも解決しようとしたら、必ず大きな間違いを犯すことになる。」「では、わたしにどうしろと?」「君には明日から、たっぷりと時間をやる。その間に、自分が何をすべきなのかを考えなさい、いいね?」 その日の夜、真那美は槇に学校であったことを話した。「そう・・校長先生が君の仕事に理解がある方でよかったね。」「はい。この事は、叔父様には・・」「僕の方から話しておくよ。」槇がそう言って真那美に微笑んだ時、リビングに置屋の女将が入って来た。「真那美ちゃん、今夜のお座敷出てくれへんか?梅千代が高熱を出して倒れてしもうてな。」「そうどすか。わかりました、おかあさん。」「週末だけっていう約束やったのに、堪忍え。」「困った時はお互い様どすさかい、気にせんといておくれやす。」「昨日の雨で道が滑りやすくなっているから、気を付けて行くんだよ。」「わかりました。槇さん、行ってきます。」 玄関先で槇に見送られた真那美は、女将とともに置屋へと戻っていった。
2013年09月26日
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「真那美、おはよう。」「おはよう、チカ。」 二学期ももうそろそろ終わる頃、真那美が登校すると、同じクラスのチカが彼女に話しかけて来た。「明日から期末テストやなぁ、嫌やわぁ~」「もうあたしは勉強してるからバッチリやわ。」「真那美はエライなぁ、週末には舞妓さんやって、テスト勉強もして・・うちのお母さん、いつも真那美ちゃんを見習えってあたしに煩いんや。」チカと真那美が楽しげにそう話していると、教室に担任の前田が入って来た。 前田は大学の教育学部を昨年卒業したばかりの新人教師で、27歳という年齢にしては、少し老けて見えた。「授業始めるぞ、教科書の35ページを開いて~」真那美は英語の教科書を開き、板書をしている前田の背中を睨みつけた。「どないしたん、そないな顔して?」じっと真那美が前田の背中を睨みつけていると、チカが怪訝そうな顔で真那美にそう小声で尋ねた。「うち、あの人嫌いや。」「うちもや。教頭先生の甥っ子らしいで、あの人。」「へぇ、そうなんや。」二人がひそひそと話していると、突然前田が彼女達の方を向いたので、慌てて真那美とチカは教科書へと視線を戻した。「そこの二人、何話してるんや?」「何でもありません。テスト範囲は何処かなぁって話してただけです。」「ほんまか?嘘吐いたら承知せぇへんぞ?」「嘘なんか吐いてません。」真那美はそう言うと椅子から立ち上がり、前田を睨んだ。「何やその目は?」「先生、わたしの何処が気に入らないんですか?」「突然何を言うんや?」「先生、数日前にわたしに暴言吐いたじゃないですか?わたしが高等部に進学せぇへんことが、そんなに気に入らへんのですか?」「お前、今はそんな事を話す時と違うやろ!」数日前の進路相談での事を真那美が前田にぶつけると、教室中がざわめき始めた。「篠華、お前調子乗り過ぎと違うか?」「そうや、そうや。」「舞妓になったからって、偉そうにすな!」後ろの席で数人の男子生徒達がそう真那美に野次を飛ばした。「お前らこそ、調子に乗んなや!」「男の嫉妬は醜いわ~!」真那美を援護するかのように、彼らの近くに座っている男子生徒達がそう言って大声で笑った。「何やと、コラァ!」「やるんか!?」「ええ加減にしなさいよ、あんたら!喧嘩するなら外でして!」彼らの間に険悪な空気が漂っている事を感じ取ったチカはそう言って彼らを睨み付けた。「先生、真那美ちゃんの何処が気に入らないんですか?真那美ちゃんが舞妓やからですか?」「今は授業中や。そんな事聞いてどないするんや?」そう言った前田の顔は、怒りでどす黒くなっている。「先生、俺達も聞きたいです。このまま有耶無耶のままにしとったら、あかんと思う。」「わたしもそう思います。」生徒達の言葉を聞いた前田は溜息を吐くと、真那美を睨んだ。「何でお前はまだこの学校を辞めへんのや、篠華?」「この学校が好きやからです。いけませんか?」「お前の所為で、保護者から学校に苦情が来てるの知ってて、そんな事が言えるんか?」
2013年09月26日
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高史から衝撃的な告白を聞いた真那美は、その数日後に久しぶりに華凛と会えるというのに、ちっとも嬉しくなかった。「まだ、悩んでいるの?」「ええ・・」「あのね真那美ちゃん、自分が嫌だと思っている気持ちは必ず相手に伝わってしまうよ。君も舞妓として正式にデビューして、これから色々な方とお付き合いしなくてはいけないんだから、ネガティブな気持ちは隠す努力をしないとね。」「そうですね。」槇の心強いアドバイスを受け、真那美は華凛との待ち合わせ場所であるJR京都駅前にあるホテルグランヴィア京都のカフェルームへと来ていた。「真那美、久しぶりだね。」「叔父様、お久しぶりです。」「店出ししてあれから数日経つけど、どう?仕事にはもう慣れた?」「ええ。ただ学校とお座敷を両立するのは難しいです。置屋のおかあさんは、わたしがまだ学生だから週末だけお座敷に出たらいいとおっしゃってくださいましたが、これからの季節になると、そうはいきません。」「そうだね。12月になると年末年始の忘年会シーズンで忙しくなるだろうし・・」「丁度冬休みなので、学校の事を気にしないで済むのでいいんですけど・・」真那美はそう言って言葉を濁すと、華凛を見た。「どうしたの?」「実はわたし、学校で担任の先生に、“高等部に進学する気がないのに、いつまでこの学園に居るんだ”と言われてしまって・・何だか、悔しくて堪らないんです。」「その先生は、自分の考えだけが正しいと思っているようだね。そんな人の言う事など気にするな。」華凛は真那美の手を優しく握ると、彼女に微笑んだ。「叔父様、ひとつ聞きたい事があります。」「何?」「叔父様と鈴久高史様は、昔恋人同士だったんですか?わたし、数日前に高史様から叔父様との関係を告白されたんです。」「そうか。」華凛は真那美の言葉を聞いて溜息を吐くと、ネクタイを緩めてユニコーンを象ったルビーのネックレスを取り出した。「これ・・」「なかなか捨てられなくてね。今はもう別れてしまったけれど、あの人から貰った大切なプレゼントだから・・」そう言った叔父の横顔は、何処か寂しそうに見えた。「また、京都に来て下さいね。」「ああ。次に会う時は正月かな?」「さぁ、どうでしょう?正月三箇日もスケジュールが沢山詰まっていると、おかあさんから言われましたから・・」「最近寒くなってきたようだから、風邪をひかないようにしなさい。」「わかりました。」 数分後、真那美は東京へと戻る華凛にそう言うと、彼が乗った新幹線がホームを離れるのを見て華凛に手を振った。幼い頃はいつも自分の側に居て、たまには小言を言われてうんざりしていたが、華凛が東京に行ってしまい、彼と離ればなれになった途端に彼の存在の大きさを真那美は改めて思い知らされた。 過去に高史と恋人同士であろうと、華凛はもうその過去を忘れ、前を向いて歩こうとしている。「ただいま。」「どうだった、華凛さんとは?」「槇さん、もう叔父様は高史様との事を忘れています。だから、わたしも過去の事をもう二人に言いませんし、悩みません。」「そうか・・」
2013年09月26日
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一方、真那美は部屋の窓からボンヤリと月を眺めていた。彼女は未だに、叔父と高史が昔恋人同士であったということが信じられずにいた。何故男同士でありながら、二人は恋人として付き合い、高史はどんな思いで叔父にユニコーンのネックレスを贈ったのか。一体二人の間に、何が起きたのだろうか。「どうしたんだい、浮かない顔をして?」「槇さん・・」「悩みがあったら、わたしに話してごらん。わたしは口が堅いから、大丈夫だよ。」「実は・・」 真那美は深呼吸した後、槇に巽橋であったことを話した。「そうか・・華凛さんが、鈴久さんと付き合っていたのか・・」「うち、わかりまへん。叔父様と高史様がなんで別れることになったのか・・」「真那美ちゃん、恋愛感情は男女間だけで生まれるものだと思っているの?」「へぇ。」「それは偏見だよ。この世の中には性別に関係なく、恋愛感情というものは生まれるんだよ。男同士でも、女同士でも恋人として共に暮らす人達が居る。それらは決して嫌らしいものでも、気持ちが悪いものでもない。」「けど、叔父様が・・」「華凛さんにも、何か事情があったんだろう。それは僕達には解らない。かといって、華凛さんに聞く訳にもいかない。」「ほな、どうすればええんどすか?」「君に残された選択肢は二つだよ。鈴久さんの話を聞かなかったことにするか、それとも正直に二人に自分の気持ちをぶつけてみるか・・選ぶのは、君だよ。」 槇はそう言って真那美に微笑むと、彼女の肩をそっと抱いた。「お父さん、おはよう。」「おはよう、淳史。今日は早起きだな。」「お母さんは?」「お母さんなら、お祖父ちゃんと一緒に朝ごはんを食べに行ったよ。」「そう・・ねぇ、お父さん・・」「何だい?」“どうして彗お兄ちゃんは、ここに戻って来ないの?”と高史に聞きたかった淳史だが、彼の顔を見ると、そんな事は彼には到底聞けなかった。昨夜の母のように、父も悲しい顔をするに違いないから。「朝ごはん、何があるかなぁ?」「お前の好きなビュッフェだから、好きな物を沢山食べていいぞ。」「わぁ~い、やった~!」もう両親を悲しませたくなくて、淳史はわざと明るく振る舞った。「彗(けい)お兄ちゃん!」「何だよ、うるせぇなぁ・・」 東京へと戻る日の朝、京都駅で淳史に突然声を掛けられ、彗はイヤホンを両耳から外して彼を睨みつけた。「一緒に帰らないの?」「帰る訳ねぇだろう。お前はいいよな、あの人達に可愛がられてさ。」「お兄ちゃん、僕・・」「俺の事を、“お兄ちゃん”って呼ぶな。吐き気がすんだよ、お前の顔見てると。」その時、淳史は彗が自分を冷たい目で睨みつけていることに気づいて、思わず彼から一歩後ずさった。彗は不快そうに鼻を鳴らすと、淳史に背を向けて去っていった。
2013年09月25日
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「何だよ、離せよ!」「こんな夜遅くまで、何処に行ってたんだ?」「あんたには関係ねぇだろう?さっさとホテルに帰ってあの人に愛想笑いのひとつでも浮かべてやれよ!」「何だ、親に向かってその口の利き方は!」「お生憎様、俺はあんたの事一度も父親だなんて思っちゃいないよ!大体何だよ、今まで俺の事を放っておいた癖に今更父親面するのかよ!」「彗・・」高史は彗の言葉に深く傷つき、巽橋から去っていく彼を黙って見送ることしかできなった。(あいつの言う通りだ・・僕は、父親失格だ・・) 今まで彼の事を蔑ろにしてきた癖に、自分の世間体を保つためだけに彼に対して“理想の家族像”を押しつけようとしている己の醜さと愚かさに高史は気づいた。もう彗は、自分達を見限っている。15年間、彼を蔑ろにしてきたツケが、今になって回って来たのだ。「お帰りなさい、あなた。」「ただいま・・」「どうなさったのです?まさか、お義父様に何か言われましたの?」「さっき巽橋で、彗に会った・・」「まぁ、それで?」「無理矢理僕があいつをホテルに連れ戻そうとした時、あいつは今まで自分を蔑ろにした癖に今更父親面するなと僕に言って去っていった。あいつの言う通りだ・・」「あなた、彗さんもきっとあなたのお気持ちを解ってくださる日が来ますわ。」結子はそう言って高史の肩を優しく擦った。「結子、僕は今まであの子に対して、間違った接し方をしてしまったのかもしれないな・・15年間溜まりに溜まって来たツケが、こんな形で回って来るとはね・・」高史は結子の手を取ってそう呟くと、自嘲めいた笑みを口元に浮かべた。(またお父さん達、泣いてる・・) リビングルームの明りがついていることに気づいた淳史がベッドから抜け出し、寝室のドアを少し開けてそっと中の様子を覗くと、ソファで何かを話している両親の姿があった。「もうあの子は、僕には手に負えない。」「そんな事をおっしゃらないで、あなた。」彼らがまた、彗の事について話していることに淳史は気づき、そっと寝室のドアを閉めた。(彗お兄ちゃんは、どうして僕達を嫌うのかなぁ?) 何度か淳史は彗と会ったことがあったが、その時も何処か彼は自分と母親に対してよそよしかった。それは父親が別の女と再婚し、半分血が繋がらない兄弟の存在を彼は認めたくはなかったからなのか。淳史は、彗が何を想っているのかがわからなかった。「どうしたの、淳史?まだ起きていたの?」「ねぇお母さん、どうして彗お兄ちゃんは僕達の事を嫌っているの?」「それは・・お母さんにも解らないわ。」そう言って自分に笑った母は、何処か悲しそうだった。 それを見た淳史は、母を深く傷つけてしまったと後悔した。(もう、お母さんに彗お兄ちゃんのことを聞くのは止めよう・・)
2013年09月25日
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「すいまへん、わざわざ置屋まで送っていただいて・・」「いや、いいんだ。丁度酔いを醒ましたかったからね。それに、最近運動不足だからウォーキングにもなるし。」 料亭を出た高史は真那美とともに歩きながらそう言うと、彼女に優しく微笑んだ。「あの、高史様と奥様は、仲がええんどすか?」「まぁね。僕はバツイチで子持ちだから、向こうのご両親も、僕の父も最初は結婚に猛反対したさ。けど、妻が妊娠してからはしょうがないとばかりに彼らは僕らの結婚を許してくれたんだよ。」「そうどすか・・すいまへん、そないな事を聞いてしもうて。」「いいんだ。それよりも真那美ちゃん、最後に会ったのは7年前だったよね?ほら、聖愛学園初等部の入学式の時に。」「へぇ、そうどしたな。叔父様は、何処か懐かしそうな顔で高史様のことを見てはりましたのを、覚えてます。」「彼、あのネックレスはまだつけているかな?」「あのネックレスって?」「昔、彼にユニコーンのネックレスをプレゼントしたんだよ。」「そうどすか・・うち、初めて知りました。叔父様と高史様が、そないに親しかったやなんて・・」「まぁ、そんな時期もあったけどね・・」高史はそう言って、巽橋の前で足を止めた。「どないしはりました?」「真那美ちゃん、これから僕が言う事を、落ち着いて聞いてくれるかい?」「へぇ。」「実は、君の叔父様と僕は、昔恋人として付き合っていたことがあるんだ。」 高史の言葉を聞いた瞬間、真那美は自分の中からこの世の音が全て消えたような気がした。「今、何と?」「僕と、君の叔父様―華凛さんとは、昔恋人同士だったんだ。」「高史様は、今でも叔父様の事を・・」「わからない。僕はあの頃、結婚生活に疲れて癒しを求めていたからね。」「じゃぁ叔父様とは、遊びやったと?」「そうじゃない。上手くは説明できないけど、僕は確かに華凛さんに惹かれていた。けれど、ある事件を境に、僕達は離ればなれとなってしまった。」「そんな・・」高史の言葉が、信じられなかった。同性同士でありながら、叔父の華凛と恋人同士であったこと。そして、二人が真剣に愛し合っていたこと。「真那美ちゃん・・」ふと我に返った真那美が高史を見ると、彼は何処か済まなそうな顔をしていた。「もし今度、華凛さんに会った時に、こう伝えてくれないか?僕の我がままで君を傷つけてしまって、悪かったと。」「そないな事、うち叔父様に言えやしまへん。どうか高史様が叔父様に直接伝えておくれやす。」「真那美ちゃん・・」自分へと伸ばされた高史の手を、真那美は振り払った。「ほな、うちはこれで。」「真那美ちゃん、待って!」これ以上高史と居たら、嫉妬ゆえに彼に対して酷い言葉を吐いてしまいそうで、真那美は彼に背を向けて歩き出した。背後で高史が自分に向かって何かを叫んでいたが、聞こえなかった。 巽橋を無事に渡り終え、真那美が置屋のある路地へと入ろうとした時、彼女は両手をスタジャンのポケットに突っこんでいる一人の少年とすれ違った。その少年は、昔一緒に遊んだ彗だった。だが真那美は彼の事に気づかず、置屋の中へと入っていってしまった。 彗は真那美とすれ違った後に、巽橋の前を通りかかった。「親父・・」「彗・・」彗は溜息を吐いて高史の脇を通り過ぎようとしたが、高史は息子の腕を掴んで彼を引き留めた。
2013年09月25日
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華凛が居るお座敷を後にした真那美は、姉芸妓・梅千代に連れられて次のお座敷へと向かう為、巽橋の近くを通りかかった。(そういえば、鈴久様とお会いしたんは、ここやったなぁ・・) まだ店出しする前、真那美は橋の上で転びそうになったところを鈴久高史に助けられ、彼に一目ぼれしてしまったのだった。今、彼が何処で何をしているのかと想うと、自然と真那美の顔が赤くなった。「どないしたん、真那美ちゃん?」「何でもありまへん、おねえさん。」「次のお座敷は、鈴久先生のお座敷や。失礼のないようにな。」「へぇ・・」 数分後、姉芸妓と鈴久高生議員が待つ料亭のお座敷へと真那美が向かうと、そこには高史の姿があった。「今日店出しした真那美どす。どうぞ宜しゅうお頼申しますぅ。」「真那美ちゃん、随分と大きくなったねぇ。」高史は正装姿の真那美を見て目を細めながらそう言うと、ビールを一口飲んだ。「高史様は、真那美ちゃんのこと知ってはるんどすか?」「ああ。彼女の叔父さんと僕は長年懇意にしていてね。真那美ちゃんとは、その時に知り合ったんだ。彼女はまだその頃は、赤ん坊だったけどね。」「へぇ、そないなご縁があったんどすか。」姉芸妓はそう言って真那美を見て笑うと、彼女の手をそっと引いて屏風の前に立った。「あの、姉さん・・」「高史様の為に、舞いよし。」「へぇ・・」 真那美は緊張した面持ちで扇子を握り締めると、三味線の名手である姉芸妓の伴奏で「祇園小唄」を舞った。「何や、緊張してしもうて余り良く舞えまへんでした。」「いやぁ、艶やかな舞だったよ、真那美ちゃん。」高史はそう言って真那美に微笑むと、彼女に労いの拍手を送った。「おおきに。鈴久様にそうおっしゃっていただけると、嬉しおす。」「良かったなぁ真那美ちゃん。鈴久様、うちの可愛い妹分の真那美を、これから可愛がっておくれやす。」「わかったよ。」「高史、お前はさっきから頬が弛(ゆる)みっぱなしだぞ?この子に惚れたのか?」「お父さん、よしてくださいよ、こんな席で。」「まぁ、結子さんにはこの事は内緒にしておこう。今夜は男同士でここへ飲みに来たんだからな。」「ありがとうございます。」「高史様、ご結婚してはるんどすか?」「ああ。恥ずかしいことに、結婚前に子どもをこさえてな。まぁ男としてちゃんと責任を取ったからいいが。」「お父さん・・」「どないなお人なんやろうなぁ、高史様の奥様て。さぞやお綺麗なお方なんやろうか。なぁ、真那美ちゃん?」「そうどすなぁ・・」高史が再婚したと知り、真那美の胸が少しズキンと痛んだ。(高史様は優しいし、ええ男やさかい、世の女性が放っておかへんのは当然や・・)そう頭では簡単に割り切ろうとしても、高史と彼の妻との関係が上手くいっていませんようにと、他人の不幸を願ってしまう自分の姿に真那美は嫌悪感を抱いてしまった。「ほな、うちらはこれで。」「梅千代、まだいいだろう?高史、真那美さんを置屋まで送っていきなさい。」「お父さん・・」「わたしに遠慮などせず、早く行け。」酒に酔った高生は上機嫌な様子でそう言うと、息子の背中を押した。
2013年09月25日
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2026年11月吉日、真那美は舞妓として正式に店出しすることとなった。「今日はおめでとうさんどす、真那美ちゃん。」「ありがとうございます、おかあさん。」真那美はそう言うと、世話になっている置屋の女将に向かって頭を下げた。「これからも、宜しゅうお頼申します。」「こちらこそ。」 この日の為に用意された西陣織の豪華な刺繍を施された紋付の振袖を纏い、舞妓の象徴であるだらり帯を締め、長い黒髪を割れしのぶに結って鼈甲の櫛と簪を挿した真那美は、男衆に連れられて置屋の玄関へと向かった。厚底の草履“おこぼ”を履いた真那美が男衆とともに置屋から一歩外へと出ると、カメラのフラッシュが眩しくて思わず目を瞑りそうになった。「堂々としよし。」「へぇ・・」 観光客たちやマスコミのカメラに怯むことなく、真那美は男衆とともに贔屓にしている料亭や置屋へ挨拶まわりに向かった。「真那美どす、どうぞ宜しゅうお頼申します。」「今日はほんまにおめでとうさんどす。」「おおきに。」男衆に連れられ、華やかな正装姿の真那美を、物陰から槇と華凛が見つめていた。「大きくなったな、真那美は・・」「そうだね。あの子はこれから祇園に名を残すほどの有名人となるかもしれないよ?」「そうですね・・あの子ならばなれるかもしれません。」「後であの子に会いに行こう。」「今日は無理でしょう。」「わたしはこの日の為に、色々と準備をしてきたんだよ。」槇はそう言って華凛に微笑むと、彼の肩をそっと叩いた。「真那美ちゃん、お座敷の時間え。」「へぇ。」 店出し初日の夜、真那美は祇園の料亭「一力」へと向かった。「真那美どす、今夜は呼んでくれはっておおきに。」「入りなさい。」「ほな、失礼致しますぅ。」真那美がそう言って座敷の襖を開き、中へと入ると、そこには華凛と槇の姿があった。「叔父様・・」「店出し、おめでとう。これからも芸に精進してね。」「へぇ。叔父様、今夜は忙しい中お越しくださっておおきに。一口どうぞ。」「ありがとう、頂くよ。」真那美から猪口に酒を注がれた華凛は、彼女に優しく微笑みながらそれを一気に飲み干した。その後、槇と華凛、真那美はお座敷遊びをして楽しんだ。「ほな、うちはこれで失礼します。」「余り無理はしないようにね。」 真那美が去った後、華凛は溜息を吐いて座布団の上に座り直した。「何だか寂しいなぁ。娘を嫁に出す時の父親の気持ちって、こんな感じなのかなぁ?」「そんなに落ち込むことはないじゃないか。彼女は、とてもいい相手と結婚したと思えばいい。」「いい相手?それは誰ですか?」「この祇園という町だよ、華凛さん。舞妓となったあの子を、わたしはこれから支えていくつもりだ。だから君は仕事を頑張りなさい、わかったね?」「真那美の事、これからも宜しくお願いします。」華凛はそう言って槇に深々と頭を下げた。
2013年09月24日
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高史達が京都市内にある高級フレンチレストランで高級食材を使ったフルコースのディナーを堪能している頃、彗は京都市内にあるクラブで悪友たちと騒いでいた。「なぁ、もう帰らなくてもいいの?」「別にいいんだよ。あいつら、俺の事なんかちっとも心配してないようだし。」彗はそう言うと、マイルドセブンの箱から一本煙草を取り出してそれを咥えると、ライターに火を付けた。初めて煙草を覚えたのは、中学に入ってすぐのことだった。彗は煙草を吸いながら、あの女が父の子どもを産んだ日の事を思い出していた。その日、父に半強制的に病院へと連れて行かれた彗は、そこであの女の腕に抱かれている彼女と瓜二つの顔をした赤ん坊を見た。「可愛いなぁ、今日からお前はお兄ちゃんだぞ?」そう言って頬を弛め、赤ん坊と自分を交互に見つめていた父の嬉しそうな顔を、彗は未だに忘れる事が出来なかった。 自分が生まれた時、一度も病院には顔を出さなかったくせに―父があの女と再婚し、血が半分繋がっている弟が生まれた時、彗の中で何かが弾けた。あの女が父と一緒に暮らし始め、彗は彼女の事を決して“お母さん”とは呼ぶまいと決めていた。自分にとっての母親は、自分をこの世に産んで死んでしまった香奈枝一人だけだ。 父に長年蔑ろにされ、彼が再婚し新しい家庭を築いたところで、彼らと家族になった訳ではない。自分は彼らにとっては異邦人なのだ。だから―「彗君、まだここに居たんだ?」「何だよ、またお前かよ・・」膝丈のミニスカートに10センチヒールの編み上げブーツを履いた少女が自分の方へとやって来るのを見て、彗は彼女にそう言って舌打ちしてクラブから出ようとした。だがその前に、少女の派手なネイルを施した手が彼の腕を掴んだ。「もう帰るの?」「ああ。あんまり遅いと、あいつらうるさいから・・」「ねぇ、今度はいつ会えるの?」「知らねぇよ。じゃぁな。」少女の手をそっと振りほどいた彗は彼女に手を振ると、クラブから出て地上へと繋がる階段を上がった。 祇園の外れにあるそのクラブの周辺には、キャバクラやピンサロ、ファッションヘルスといった風俗店が軒を連ねており、派手なドレスを纏った女達が仕事帰りのサラリーマンに声を掛けている。「あら坊や、こんな所で何してるん?」「早うママの所に帰りや。」「何やったらうちらがあんたの相手してあげるえ?」通りを歩いていると、女達が口々にそう言いながら彗に近づいて来た。「すいません、そういうの興味ないんで。」「何や、残念やなぁ~」「ほんまや。」彼女達は彗の言葉を聞くと、彼に背を向けて去っていった。(これからどうしようかなぁ・・) ポケットから財布を取り出し、その中身を確かめると、福沢諭吉が三枚、樋口一葉が二枚あり、全部で四万ある。このままホテルに戻って高史達と顔を合わせるのが嫌なので、彗は近くにあったインターネットカフェへと入った。「いらっしゃいませ~」「ナイトパック、お願いします。」 店員にブースへと案内された彗は、パソコンに触れずに持っていた鞄を枕代わりにしてソファに寝そべった。
2013年09月24日
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「あなた、落ち着いて下さい。」「うるさい、これが落ち着いていられるか!あいつは何処に居るんだ!?」「お友達の所へ行きました。」「何故止めなかったんだ?」「止める暇がありませんでした、申し訳ございません・・」そう言って結子が俯き涙を堪えていると、高史と結子の息子・淳史が部屋に入って来た。「お父さん、またお母さんを苛めたの?」「そうじゃないのよ、淳史。」「でもいつもお父さんと話した後、お母さん泣いてるじゃないか!お父さん、どうしてお母さんを苛めるの?」「淳史、決してお父さんはお母さんを苛めてはいないよ。ただ話をしていただけだ。」「じゃぁどうして・・」淳史はそこまで言った時、母が何故泣いているのか理由が判った。「お兄ちゃんは何処?」「お兄ちゃんは友達の所に行った。また朝まで戻って来ないだろう。」そう言った父の言葉の端々には、異母兄・彗(けい)に対する諦めが滲んでいた。 彗の母・香奈枝は彼を出産した直後に亡くなり、高史は彗を京都市内にあるマンションへと住まわせ、その世話を専属の家政婦とベビーシッターに任せきりにした。経済的には恵まれた生活を送っていた彗は、父親から一切の愛情を与えられずに育った結果、学校にも行かずに毎晩朝まで遊び歩いていた。高史が結子と結婚したのは彗がまだ7歳のときで、その時結子は高史の子を妊娠していた。高史の父・高生ははじめ、息子達の結婚に反対していたが、結子の腹の子が男児だと判明した後、あっさりと彼らの結婚を許した。 結子は高史と先妻との間に出来た彗の母親として一所懸命努めて来たが、彗は結子に心を開くことは一度もなかった。やがて彼女が淳史を出産すると、高史はますます彗を蔑ろにし、淳史にだけに愛情を注ぐようになった。それが、彗の人格形成に大きな影響を及ぼすとも知らずに。「あなた、お話があります。」「話はない。」「わたしは今まで、あなたの妻、鈴久家の嫁、淳史の母、そして彗君の母として精一杯努めて来たつもりです。ですが彗君は未だにわたしに心を開きません。あなた、いい加減教えてくださいな、彗君の本当の父親の事を・・」「それはわたしも知らないんだ。香奈枝は・・あいつの母親は、わたしには離婚しないと言っておきながら、裏ではSMクラブの女王様として君臨していた。相手の男は、そのクラブの客だった。」「そんな・・」「わたしは、未だに香奈枝を許せないでいる。彼女が死んでも、彗が居る。あいつの忘れ形見である彗の顔を見るたびに、虫酸が走るんだ!」「あなた・・」 夫の言葉を聞いてショックを受けた結子は、そのまま部屋から出て行ってしまった。「お父さん・・」「淳史、今日はお母さんと三人で食べようか?お前の好きな物をなんでも食べてもいいぞ!」「本当!?」淳史の屈託のない笑顔を見ると、仕事で疲弊した高史の心は瞬時に癒された。この子は自分達夫婦の元に選んで生まれて来た天使だ―高史はそれを信じて疑わなかった。この子は―淳史は彗とは違う。彗はもう15歳で、善悪の判断を持てる大人だ。自分達の手助けなど、彼はもう必要としていないだろう。「じゃぁ、行こうか?」「うん!」高史は淳史の小さな手を握ると、結子と共にホテルから出た。
2013年09月24日
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真那美が店出しするまで、あと一ヶ月を切ろうとしていた。「今日もありがとうございました。」「真那美ちゃん、今日はええ出来どしたなぁ。これなら、何処へ行っても大丈夫や。」「おおきに、お師匠さん。」「もうすぐあんたも店出しどすなぁ。早うあんたの舞妓姿を見てみたいわぁ。」「楽しみにしといておくれやす。」 三味線のお師匠さんの家を後にし、自宅へと戻ろうとした真那美はその途中でこの前自分とぶつかった男を見かけた。「あなたは・・」「おや、君はこの前の・・」鈴久高史はそう言うと、真那美に微笑んだ。「篠華真那美と申します。」「篠華って・・京舞の?」「へぇ、そうどす。うちはお店出しした後、篠華流を継ぐことになるんどす。」「そうですか・・その若さだというのに大変ですね?」「うちは篠華流を継ぐ為に生まれたんやさかい、そんなこと感じてまへん。それよりも、あなた様のお名前は?」「僕?僕は鈴久高史というんだ。」高史はそう言うと、真那美に自分の名刺を手渡した。「おおきに。ほな、うちはこれで。」真那美は高史に頭を下げると、自宅へと入っていった。「ただいま戻りました。」「お帰りなさい、真那美ちゃん。今日はお三味線のお稽古だったね?」「へぇ。いい出来やったとお師匠さんに褒められました。」「それは良かったね。店出しまであと一ヶ月しかないけれど、余り無理をしては駄目だよ?」「わかってます。身体が資本やと、叔父様がいつも言うてましたさかい。」「今日は10月だというのに夏の暑さがぶり返したみたいな暑さだねぇ。奥に冷えた麦茶があるから、それをお飲み。」「へぇ。」真那美は奥の部屋に入ると、グラスに注がれた冷えた麦茶を一杯飲んだ。「生き返ったわぁ。」「そうだろう?それよりも真那美ちゃん、頬が火照っているのは暑さのせいだけじゃないね?」「槇さんは、いつも鋭おすなぁ。」「僕は君の父親代わりとして今まで君と一緒に過ごしてきたんだから、君が考えていることなどお見通しだよ。さぁ、誰にも言わないから話してごらん?」「実は先程、鈴久高史様にお会いしました。」「鈴久さんに?何処で?」「巽橋の近くどす。前に転びそうになって、助けて貰ったんどす。」「そうか・・では真那美ちゃんは、鈴久さんに恋をしたんだね?」「何やわからしまへんけど・・鈴久様を見ると、全身が火照ってくるんどす・・」「それがまさしく恋というものさ。相手の事を想うと胸が、全身が熱くなる・・そういうものなんだよ。」「槇さんは、身を焦がすような恋をしたことがあるんどすか?」「わたしだって君よりは長生きしているからねぇ。色々な事を経験しているよ?」槇はそう言うと、悪戯っぽい笑みを浮かべた。「どうしたんだ、そんな顔をして?」 一方高史は、宿泊先のホテルの部屋へと戻り、後妻の結子が溜息を吐いているのを見て、彼女に声を掛けた。「実はね、あなた・・彗さんは友達の家に行く、朝まで帰らないっていうメールがわたしの携帯に届いて・・」「またか・・これで何度目だ!」 高史はそう言って苛立ちを紛らわす為、拳で壁を殴った。
2013年09月24日
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「お疲れ様でした。」「お疲れ~」 一方、東京都内にある大手建設会社・K建設にある設計一課のオフィスで、華凛はスターバックスで購入したショートラテを一口飲んで溜息を吐いた。「正英さん、お疲れ様です。」「あ~、疲れた。」華凛はそう言って凝り固まった肩の筋肉をほぐすため、軽く両肩を回した。ここ数日、大きなプロジェクトを抱えていた設計一課の社員達は激務に追われ、休む暇がなかった。「最近嬉しそうな顔をしてますけど、何かあったんですか?」「いやぁ・・来月に、姪の店出しが決まったんだよ。」「え?姪っ子さんって、まだ15歳でしょう?お店を出すんですか、彼女?」そう言って怪訝そうな顔をした同僚に、華凛は店出しのことを教えた。「店出しっていうのは、舞妓のお披露目みたいなものだよ。」「簡単にはなれないんですか、舞妓って?」「まぁね。花街っていうのはしきたりが多くて、その上狭い世界だから覚えないといけないことが多いし、上下関係も厳しいしね。真那美は今まで良く頑張って来たと思うよ・・」「自慢の姪っ子さんなんですね?」「ああ。わたしにとっては姪っ子というよりも、娘みたいなものかなぁ?」「今まで姪っ子さんの事を育てて来ましたもんね。姪っ子さんのお店出しの日は、京都に行かれるんですか?」「その日だけは特別に休みを取ろうかなって思ってる。そう何度もある事がじゃないからね。」「姪っ子さん、きっと喜ばれますよ。」「はは、ありがとう。」 仕事が一段落し、華凛はノートパソコンをの前から離れると、休憩室へと向かった。そこには、徹夜明けの同僚達が煙草を吸いながら雑談に興じていた。「お疲れ様です。」「お疲れ。身体大丈夫なの?さっきまで休みなしで仕事してたろ?」「もう慣れました。ただ、風呂が入れないのが辛いですね。」「そうだよなぁ。俺、会社の近くにいい銭湯知ってるから、今度連れて行ってやろうか?」「いいんですか?」「正英はいつも頑張ってるし、それくらいさせてくれよ。」「そうそう、設計一課は正英が支えているようなもんだしな。」「そんな・・」同僚達と華凛はそんな会話を交わしながら休憩室からオフィスへと戻ると、誰かが自分の椅子に座っていた。「あ、戻って来たんだ。」「柏木さん・・」華凛は、自分の椅子に座る設計二課のホープ・柏木満の姿を見て眦を吊りあげた。設計一課と二課はライバル関係にあり、一課のホープ的存在である華凛のことを、柏木は快く思っていないようで、彼は何かにつけて華凛に絡んで来る。「何かご用ですか?」「別に。」「どうやら今回のプロジェクトに関わるデーターをお探しのようですが、そこにはデーターはありませんよ。」「俺がスパイしてたとでも?」「いいえ、その可能性があると申し上げたまでです。」「チェッ、相変わらず食えないやつだよな。」 柏木は舌打ちすると、椅子から立ち上がって設計一課のオフィスから出て行った。「気にするなよ、あんなの。」「やっかんでいるんだよ、お前のこと。」同僚達にそう慰められながら、華凛は仕事を再開した。
2013年09月24日
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「いやぁ、綺麗な着物やわぁ。」「そうどすやろ?お母さんの代からの知り合いの職人さんが、うちの為に染めてくれはったんえ。」 篠華真那美は、自分の部屋の衣紋掛けに掛けられた紋付の豪華な振袖を誇らしげに見ながらそう言ってクラスメイトの方へと向き直った。「お店出しの時に、これを着るん?」「そうえ。お店出しの時は、鼈甲の櫛と簪を挿して、お世話になっている屋形さんに挨拶に行くんえ。」「えらい高そうな着物やなぁ、幾らするん?」「そんなんわからへん。」真那美はそう言うと、再び振袖を見た。この振袖は、自分が舞妓としてのデビューする「店出し」の時に纏うものであり、その価値がどんな物なのかは知らないが、今までの苦労を思えば、値段を知っても意味がないと彼女は思っていた。 この世には、金がつけられないほどの価値のあるものが沢山ある。「ほな、また来るわ。」「じゃぁ、また明日。」「おやおや、君達の声をもっと聞きたかったのに、残念だね。」 台所から声が聞こえたので真那美が背後を振り向くと、そこには篠華家の下宿人・槇がふかし芋を持って立っていた。「吹かし芋やぁ。」「まだ夕ご飯の時間には早いだろうと思ってね。」「おおきに、槇さん。」「いえいえ。」 リビングで吹かし芋を食べながら、真那美はさっきクラスメイトに店出しの時に着る振袖を見せた事を槇に話した。「もうそろそろ店出しする時期か・・ここまで良く頑張って来たね、真那美ちゃん。」「おおきに。」「週末限定とはいえ、学校に通いながら舞や鳴り物の稽古は大変だったろう?」「そうでもありまへん。舞は小さい時から叔父様から習い始めてますし、鳴り物もその頃から習ってますさかい、お稽古する時が一番楽しいんどす。」「そうか・・やっぱり真那美ちゃんは舞妓に向いているんだねぇ。今まで舞妓になりたいって子が祇園に来たけれど、半年足らずで仕込みを辞めてしまった子が多かったねぇ。」 仕込みとは、半年から一年の間に置屋で住み込み、舞や鳴り物の稽古をしながら、姉舞妓・芸妓の身の周りの世話などをする舞妓見習いの少女の事である。舞妓に憧れを抱いて祇園に来た少女達の多くは、厳しい現実に打ちのめされて祇園から去っていく。「まぁ、厳しい世界で生き残るんは、ほんの一握りの方だけどす。うちかて、何度辞めようかと思うたか・・」「わたしも、君がどんな苦労をしてきたのか知ってるよ。苦労してきたことは無駄じゃなかったね、これからも頑張りなさい。」「へぇ・・」「華凛さんは何て?」「叔父様は、“頑張れ”とだけ言うてくれました。」「華凛さんと君は、言葉を交わさなくても通じ合う関係だからね。」 真那美の叔父・華凛は大学を卒業後、東京の大手建設会社に勤務している。最近は大きなプロジェクトを抱えている為、京都に帰って来るのは月に1回くらいしかない。 実の両親が交通事故で他界し、生後間もない自分を育ててくれた華凛に対して真那美は感謝と畏敬の念を抱いていた。
2013年09月24日
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篠華真那美(しのはな まなみ)京舞・篠華流次期家元で、祇園の人気舞妓。小学校時代の同級生・彗の父親である高史に恋をするが・・鈴久彗(すずひさ けい)国会議員・鈴久高生の孫。母親が不倫して出来た“不義の子”である為、父・高史から疎まれている。鈴久高史(すずひさ たかし)高生の長男で、資産家。二番目の妻・結子との間に出来た実子・淳史(あつし)を溺愛している。鈴久結子(すずひさ ゆいこ)高史の二番目の妻。先妻と高史との子どもである彗に何処か遠慮している。鈴久淳史(すずひさ あつし)高史と結子の息子。
2013年09月24日
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季節は巡り、あっという間に12月となった。クリスマスシーズン真っ只中の12月吉日、歳三と千尋は都内のチャペルで身内や親しい友人達を招き、結婚式を挙げた。男同士なので、婚姻届が出せない事を二人は知っていたが、せめて形だけでもと思い、結婚式を挙げることにしたのだった。「おめでとう、千尋ちゃん。土方さんとお幸せにね。」「ありがとうございます、沖田先輩。」純白のウェディングドレスを纏った千尋は、そう言って総司に微笑んだ。「いいお式だったね、本当に。タキシード姿の土方さんの姿を見て、惚れ直しちゃった?」「ええ。」「千尋さん、お父さんが呼んでるよ!」「はい、今行きます。」ドレスの裾を摘みながら、千尋は総司とともに新婦控室から出て行った。「遅かったな?」「申し訳ありません、沖田先輩と少し話をしていて・・」「土方さん、浮気しないようにね。」「誰がするかよ、そんな事。」歳三はそう言って千尋を自分の方へと引き寄せた。「まったく、お熱いことで。陸君、二人の世界を邪魔しちゃいけないよ?」「わかりました。」総司と陸がチャペルから出て行ったのを見送った歳三は、千尋の方へと向き直りこう言った。「やっと二人きりになれたな?」「ええ・・」歳三と千尋は、互いの唇を重ねた。「なぁ、新婚旅行は何処に行く?」「そうですねぇ、バリ島とか・・」「いいじゃねぇか。」 披露宴の後、ホテルの部屋で千尋と歳三が新婚旅行の計画を立てていると、歳三のスマホが突然鳴った。「もしもし?」「どなたからでしたか?」「昔世話になった近藤さんからだよ。結婚おめでとうってさ。」「そうですか。それよりも、バリ島にはいつ・・」「まぁ、そんなに焦るなよ。ゆっくりと休暇を楽しめばいい。」歳三はそう言うと、千尋の乳首を軽く摘んだ。「おやめください・・」「何言ってんだよ、もう遠慮は要らねぇだろ?」「それはそうですけど・・」「さてと、夜はまだ長いから二人だけで楽しむとするか?」歳三は千尋に微笑むと、彼をベッドの上に押し倒した。―FIN―
2013年09月23日
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「お父さん、ピクニック、明日なんでしょう?」「ああ、そうだが・・」「それじゃぁ、そこでプロポーズすればいいじゃん、千尋さんに!」「お前なぁ、そう簡単に言うなよ・・」「このままズルズルと関係を続けてても、いいことないよ?」陸にそう言われた歳三は、思わず言葉に詰まった。「それで、お前は何を考えてるんだ?」「サプライズプロポーズするんなら、僕の考えたプランに従って貰うよ?」陸は悪戯っぽい笑みを浮かべると、一冊の大学ノートを歳三に手渡した。「何だこれ・・」「それくらいしないと、作戦が成功しないよ?」「お前、いつの間に・・」「明日頑張ってね、お父さん。お休み。」(ったく、陸の野郎・・) 陸が寝た後、歳三は彼に悪態を吐きながらノートを片手に陸が考えた“サプライズポロポーズ作戦”の準備へと取りかかった。「これでよしっと・・」完成したシフォンケーキを冷蔵庫の中に入れると、歳三は額の汗を拭った。「おはようございます。」「おはよう・・」「何だか元気ないですね?」「ちょっとあってな・・」朝食のチーズオムレツを食べながら、歳三は千尋にそう言うと陸を睨んだ。陸はしれっとした顔でオレンジジュースを飲みながら、千尋を見た。「ねぇ千尋さん、お弁当はもう作ったの?」「ええ。確か冷蔵庫の中に・・」千尋がそう言って冷蔵庫を開けると、そこには昨夜歳三が作ったシフォンケーキが置いてあった。 そこには生クリームで、“Do you marry me?”と書かれていた。「これ、土方さんが?」「ああ・・驚かせちまって済まねぇ・・」千尋は涙ぐみながら、歳三に抱きついた。「こんなわたしでさえよければ、宜しくお願い致します。」「え、いいのか?」「はい・・」「良かったね、お父さん!」「ああ・・」歳三は千尋を抱きしめると、彼の唇を塞いだ。「お父さん達、いつ結婚式するの?」「おいおい、気が早いぞ?」車で千葉へと向かう途中、歳三は後部座席ではしゃいでいる陸を見てそう言うと苦笑した。「千尋さんのウェディングドレス姿、似合うと思うなぁ。」「わたしも、着てみたくなりました。」「千尋、本気なのか?」「ええ、本気ですよ。」 千尋はそう言うと、歳三にニッコリと笑った。 数日後、歳三と千尋は都内のウェディングサロンへと来ていた。「結婚式、本当に挙げるおつもりですか?」「身内や親しい友人だけ招いて挙げるっていっても、ちゃんとしねぇとな。」歳三はそう言うと、スーツの胸ポケットから有名宝飾店のロゴが入った箱を取り出して開いた。 そこには、光り輝くダイヤモンドの指輪があった。
2013年09月23日
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「このたびは、うちの娘がとんでもないことをしてしまって、大変申し訳ないと思っております。」美香の父親は、そう言って床に地面を擦りつけんばかりに千尋の前で土下座した。「お父さん、頭を上げてください。」「いいえ。娘が人様を傷つけたことはとんでもないことです。」美香の父親は土下座したまま喉奥から絞り出すような声でそう言うと、嗚咽した。「岡崎さん、娘は正常な精神状態じゃないんです。だから娘を許してやってくださいな。」「お前、何を言うんだ!?」「だって、この人が全て悪いんじゃありませんか?この人が美香の誤解を招くような行動をするから、あの子は・・」「止さないか!お前はいつもあの子が悪い事をすると、自分の都合の良いように解釈をして事を上手く収めようとするんだな!見苦しいと思わないのか!」「わたしは母親です!」「美香は人を傷つけたのだから、その償いをしなければならない!」「そんな・・」美香の両親が言い争う声を聞きながら、千尋は二人にこう声を掛けた。「お二人のお気持ちはよく解りました。確かに宮島さんに対して誤解を招くような行動をしたかもしれません。しかし、彼女は暴走してしまいました。それは誰の責任でもありません、彼女自身の責任です。」「帰るぞ、岡崎さんともう話すことはない。」「許していただけるんですか、娘を?」「いいえ。」美香の母親は落胆の表情を浮かべると、父親とともに病室から出て行った。事件から2週間が経ち、美香は意識を取り戻し、殺人未遂で警察に逮捕された。暫くマスコミがこの事件をセンセーショナルに報じていたが、やがてほとぼりも冷め、千尋は平穏な日常を取り戻しつつあった。「千尋、今度の週末、どこかに出かけねぇか?」「何処へですか?」「千葉あたりにでも行くか?まだ海水浴の季節じゃねぇが、ピクニック位出来るだろう?」「いいですね。陸君は何と?」「行きたいって言ってた。もう僕たちは家族なんだから、それ位いいでしょうって。」「家族、ですか・・」「なぁに照れてんだよ?」歳三はそう言うと、千尋の頬を軽く抓った。「お弁当は、わたしが作りますね。」「俺も手伝うよ。どうせ暇だからさ。」「そうですか。それじゃぁ豪華なお弁当を作らないといけませんね?」「千尋、俺仕事が決まったんだ。」「そうですか、良かったですね。どちらに決まったんですか?」「スーパーのレジ打ち。30過ぎでやる仕事じゃねぇけど、贅沢は言えねぇよな?」「頑張ってください。」「ああ、わかったよ。」 翌日、歳三は近所のスーパーでレジ打ちのアルバイトを始めた。慣れない仕事ばかりで初日はミスを連発して落ち込んだが、次第に仕事にも慣れてきて、パートのおばちゃんから熱い視線を送られるようになった。「土方さん、彼女居るの?」「いや・・彼女は居ません。その代わり、俺の世話をかいがいしく焼いてくれる恋人が居ますから。」「あらぁ、残念。」「あたし、狙ってたのに!」「まぁ土方さんみたいないい男、放っておく訳ないわよねぇ~!」休憩室でパートのおばちゃんとそんな話をした後、歳三はバイトが終わった後、スーパーで買い物をして帰宅した。「ただいま。」「お帰りなさい。千尋さんは夜勤だよ。」「わかってる。夕飯はもう食べたのか?」「うん。それよりもお父さんに、ひとつ聞きたい事があるんだけど・・」「何だ?」「いつ、千尋さんにプロポーズするの?」陸の言葉を聞いた歳三は、思わず茶を噴き出しそうになった。「プロポーズだぁ!?」「だって二人とも両想いなんでしょう?だったら・・」「おい待て、陸!」
2013年09月23日
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一体こんな朝早くに誰だろうと思いながら千尋が床に散らばった服を着てインターフォンの画面を覗き込むと、そこには美香が立っていた。「宮島さん、何の用?もうここには来るなと言ったはず・・」『岡崎先輩、話があるんです。』「わたしはあなたと話すことはありません。さっさと帰りなさい。」千尋はそう言ってインターフォンのスイッチを切った直後、狂ったようにドアが誰かにノックされた。「開けてよ、居るんでしょう!?」千尋は恐怖で引き攣りながら、玄関のほうを見た。マンションのエントランスのチャイムが鳴ったから、てっきり美香はマンションのエントランスに居るのだと思っていたが、違った。恐らく他の住民達とともに、マンションの中へと入ってきて、千尋が住んでいる部屋の番号を見つけたのだ。「もしもし、警察の方ですか?今わたしが住んでいるマンションの前に、不審者が居ます。早く来てください!」『わかりました、あなたの氏名と住所を教えてください。』千尋は警察官に名前とマンションの住所を告げた後、通話を繋いだ状態にして携帯をダイニングテーブルの上に置いた。「あの女、一体何のつもりだ?」「わたしが様子を見てきますから、土方さんはここに居てください。」千尋は歳三にそういうと、護身用に買った金属バットを掴んで玄関先へと向かった。「開けてよ、彼に会わせて!」ドアの向こうで叫んでいる美香の声を聞く限り、彼女が正常の精神状態ではないことは確かだ。千尋はそっとドアチェーンを掛け、そのままドアを開けた。すると、美香が怒りで目を釣りあがらせながら、何か意味不明な言葉を叫んでいた。「中に入れて!」「宮島さん、落ち着いて・・」「よくもあたしを騙したわね、裏切り者!」美香はそう叫んで千尋に向かって唾を飛ばすと、ドアを蹴破って部屋の中へと入ってきた。「何よ・・何なのよこれは!?」リビングに入った彼女は、そう言ってソファに寝ている全裸の歳三と、床に散らばった彼の衣服を見た。「あんた、裏切ったわね!あたしが土方さんと結婚するの知ってたくせに!」「宮島さん、一体何を・・」「裏切り者~!」美香は何か光るものを千尋の頭上に振り翳すと、そのままそれを千尋の腹部に突き立てた。その瞬間、千尋は彼女が握っているナイフの刃が太陽の光に反射して光るのを見た。「殺してやるぅ!」美香は千尋の腹部からナイフを抜き、彼を蹴り飛ばすと、再び千尋に向かって突進した。だがその時、彼女の後頭部を歳三が金属バットを振り翳した。隙を突かれて後頭部を歳三に殴られた美香は、ナイフを床に落としてそのまま気絶した。「千尋、大丈夫か?」「救急車を・・」「わかった。死ぬんじゃねぇぞ!」歳三はキッチンからペーパータオルを数枚持ってくると、それで千尋の傷口を圧迫した。 数分後、救急車で病院に搬送された千尋は、一命を取り留めた。「今回の事で、事情をお聞きしたいのですが、宜しいですか?」「ええ、構いません。」千尋が入院中に、数人の刑事達がそう言って彼の病室に入ってきた。「まだ本調子じゃねぇのに、大丈夫なのか?」「大丈夫です。それよりも刑事さん、宮島さんは?」「彼女は一命を取り留めましたが、まだ意識が戻りません。」「そうですか。土方さん、暫く外に出てくれませんか?」「わかったよ・・」 千尋は今回の事件について事情を刑事達に説明した後、ベッドに横になった。「気分はどう?」「大丈夫です。」「喉が渇いたでしょう?お水、ここに置いておくからね。」「ありがとうございます。」「それよりも宮島さんがあんな事するなんて・・これからどうなるんだろうね?」「それは、わたしにも解りません・・」千尋はそう言って溜息を吐くと、窓の外を見た。 事件から数日後、美香の両親が千尋の元を訪ねてきた。
2013年09月23日
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「宮島さん、どうしてここに?」「どうしてって・・この前岡崎さんの家にお邪魔してもいいですかって聞いたじゃないですか?」「確かにそうだけど、わたしはいいとは言っていないよ?昨夜の事もそうだけど・・あなた、少し常識が無いんじゃないの?」「そうですか。じゃぁわたし、帰りますね。」美香は千尋をジロリと睨み付けると、彼を押し退けて玄関先へと向かった。「千尋、宮島さんは?」「彼女なら、さっきお帰りになりました。土方さん、どうして彼女を家に上げたんですか?」「どうしてって・・ロールケーキを持って来たから一緒に食べませんかって言われたんだよ・・」「それならそうと、わたしに連絡してくださらないと困ります!」千尋はそう言って歳三を睨みつけた。「悪かったよ・・」「お願いですから今後わたしに何の相談もなく赤の他人を家に上げるのは止して下さい。」「わかった・・」暫くの間、歳三と千尋の間には険悪な空気が漂っていた。「千尋さん、塾行ってきます。」「行ってらっしゃい、陸君。これ、塾で食べてね。」「ありがとう!」千尋は元気よく玄関から出て行く陸に手を振ると、リビングへと戻った。「土方さん、明日のご予定は?」「予定も何もありゃしねぇよ。」歳三はソファに寝そべりながら、腕に出来た湿疹を掻きむしっていた。「またそんなに掻いて・・薬を塗って下さいって申し上げた筈でしょう?」「薬を塗っても効かねぇから掻いてんじゃねぇか!」湿疹が出来ている箇所を歳三がしつこく掻きむしっていると、そこから血が滲んできた。「千尋、言いたい事があるならはっきり言えよ。まだ昼の事、怒ってんだろ?」「ええ。あなたがわたしに何の連絡も相談もせずに宮島さんを家に上げた事は許されることではありません。ですが、もうそれは過ぎた事です。」「そうか・・悪かったな、ここはお前の家なのに勝手な真似をして。」「いいえ、わたしも言い過ぎました。」洗い物を終えた千尋は、そう言うと歳三の隣に座り、彼の腕を取った。「消毒薬を取ってきます・・」「そんなの、必要ねぇよ。」「化膿したらどうするんですか?」「鈍い奴だな、お前も。」歳三はそう言って苦笑すると、千尋を抱きしめた。「何をなさいます!」「なぁ、俺達は恋人同士じゃないのか?たまにはイチャイチャしようぜ?」「そんな・・」「陸はもう居ねぇんだから、遠慮する事ないだろ?」歳三は千尋の額に唇を落とすと、彼は頬を赤く染めながら歳三の額にキスした。「千尋、起きろ。」「ん・・」 翌朝、千尋がソファから起きると、リビングの床には脱ぎ捨てられた自分と歳三の服が散らばっていた。「シャワーを浴びてきます。」「まだいいじゃねぇか。」歳三はそう言うと、千尋の腕を掴んで自分の方へと引き寄せ、千尋の唇を塞ごうとした。 その時、マンションのエントランスのチャイムが鳴った。
2013年09月22日
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「どちら様でしょうか?」『あの・・岡崎さんはまだ帰っていらっしゃらないんですか?』「岡崎はまだ帰っておりませんが?」『そうですか、では失礼致しました。』女性はそう言うと、マンションのエントランスから去っていった。「お父さん、誰だったの?」「さぁな。何だか千尋に用があるみたいだったぞ?」「ふぅん。」 翌朝、千尋が帰宅すると、歳三が朝食を用意して彼を待っていた。「千尋、昨夜お前に客が来てたぞ。」「お客様、ですか?」「ああ。相手は名乗らなかったが・・」「そうですか。」「一体誰だったんだ、昨夜の女?」「一人、心当たりがあります。」そう言った千尋は、険しい表情を浮かべていた。「宮島さん、ちょっと話があるんだけど、いいかな?」「はい・・」 翌日職場で千尋は美香が一人になった時を見計らって、彼女に声を掛けた。「昨夜、わたしが住んでいるマンションに来ましたよね?」「ええ・・」「行って、何をするつもりだったんですか?」「それは・・」「答えられないの?」「岡崎さん、本当に土方さんの事好きなんですか?」「それはあなたには関係のない事でしょう?」「関係ありますよ。わたし、土方さんの事が好きなんですから。」美香はそう千尋に宣戦布告すると、キッと彼を睨んだ。「わたし、土方さんの事諦めませんから。きっと彼を振り向かせてみますから。」「そう、やってみたら?」「話はそれだけですか?じゃぁわたし、もう行きますね。」美香はそう言って千尋に背を向けて去っていった。「へぇ、宮島さんそんな事言ったんだ?」「ええ・・沖田先輩、彼女の事ご存知なんですか?」「まぁね。っていうか、彼女僕が通っていた高校の後輩だし。」「そうなんですか!?」「あの子、自分が好きになった男が彼女持ちであろうと妻子持ちであろうと関係なく手に入れようとしたからねぇ。魔性の女だよ、あの子は。」「魔性の女・・」「何だか放っておけない、守ってやりたいっていう見た目からは想像もつかないほど、結構エグイことしてるよ、彼女。負けたら駄目だよ?」「負けませんよ、わたしは。」千尋はそう言うと、ぐっと拳を握りしめた。「ただいま帰りました。」「お帰りなさい、千尋さん。」「誰か、お客様が来てるの?」玄関先でハイヒールを見つけた千尋がそう言って陸を見ると、彼は気まずそうな様子でリビングのドアを指した。「あ、どうも先輩、お邪魔してます。」 リビングから美香が出て来て、彼女はそう言って千尋に笑顔を浮かべた。
2013年09月22日
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「このパスタ、美味しいね!」「やっぱり千尋と一緒に暮らして良かったな。毎日美味い飯が食えるんだから。」「お父さん、千尋さんに甘えてたら駄目だよ?仕事だってまだ決まってないんだから。」「うるせぇなぁ、わかってるよ・・」歳三は千尋が作ったパスタを食べながら、求人広告に目を通した。 希望していた職種はどれも30歳まで、と年齢制限があり、年齢制限がないのはスーパーのレジ打ちや、ファミリーレストランや居酒屋のアルバイトだけだった。「資格を取らないと駄目だよ、お父さん。」「資格っつったってなぁ・・」「医療事務とかしてみれば?今時資格を持ってないと、就職には不利だよ?」「ったく、てめぇは何時の間に生意気になりやがったんだ?」「お父さんがだらしないから、僕がしっかりしないといけないじゃん。それくらいわかってよね?」陸はそう言うと、食べ終わった食器を流しへと持って行った。「お父さん、前に居た会社ではちゃんと働いていたんでしょう?それなのにどうしてお父さんが真っ先にクビを切られたの?」「さぁな。」「お父さんが派遣されていた会社で、何かトラブルでも起こしたの?」「俺には心当たりがねぇな。」陸にそう嘘を吐くと、歳三は数日前の事を思い出していた。「俺が、クビですか?」「あんたはよく働いてくれるし、年寄りばかりのここでは大いに助かるんだけど・・社長もお前さんをクビにしたくないって言ってんだけどねぇ・・」「どうしてですか?納得が出来ません。」「それがなぁ、前にお前さんとトラブルになった社員、居たろう?あいつ専務の息子さんだったらしいんだよ。そいつが、“素行の悪い清掃員に自分の周囲をうろつかれると困る”って苦情を社長に言ってお前さんを辞めさせろ、辞めさせなければこちらとの契約を打ち切るって言われてよぉ・・」「汚ねぇ野郎だな、そいつ。」「歳、こんなことでクサるんじゃねぇぞ。社長だってお前が邪魔でクビを切ったんじゃない、会社の為なんだよ。うちみたいな零細企業じゃぁ、大企業からの契約を打ち切られたらおしまいなんだよ。わかるだろ?」「わかりました・・」どう見ても不当解雇だが、歳三は事を公にしたくはなかったので、社長から退職金を貰って会社を辞めた。「お父さんが会社クビになったの、契約先の会社の偉い人が色々とあること無い事吹き込んだんでしょう?契約打ち切るとか何とか言って。」陸は洗い終った食器を食器棚に置くと、そう言って歳三を見た。「しょうがねぇだろう、社長だって色々と・・」「卑怯だよね、お父さんをクビにしないと契約打ち切るって脅した人。いつかきっと罰が当たるよ。」「陸・・」「お父さん、僕は大丈夫だから。だから僕の事は何も心配しないで、お仕事見つけてね?」「陸、済まねぇなぁ。」歳三はそう言うと、溜息を吐いた。(息子に就職の事を心配されるたぁ、情けねぇ・・) テーブルの上に求人広告を広げながら歳三が溜息を吐いていると、突然玄関先でチャイムが鳴った。千尋は今日、夜勤だから家には帰ってこない筈だ。一体誰だろうかと歳三はそう思いながらインターフォンを覗きこむと、マンションのエントランスには見知らぬ女性が立っていた。『すいません、岡崎さんのお宅はこちらですか?』
2013年09月22日
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「良かったねぇ、土方さんと一緒に暮らすことになって。引っ越しの準備はどうなの、進んでるの?」「もう済みました。昨日土方さんの家に行って、彼の荷物を段ボールに詰めたのですが、土方さんの家の荷物は少なくて助かります。」「陸君の部屋はどうするの?」「丁度一部屋空いていますから、大丈夫です。」「今日は夜勤なんでしょう?ご飯、大丈夫なの?」「昨日から下ごしらえをして、今朝早くに夕飯を作って冷蔵庫に入れてあります。」「土方さんは幸せ者だよねぇ、こんなにいい奥さんが居てさ。」「奥さんだなんて・・やめてください。」 昼休み、総司と一緒にランチを食べながら、千尋は彼にそうからかわれて頬を赤く染めた。「そういえば、土方さんは清掃会社でまだ働いているの?」「それが・・人員削減でクビを切られてしまったそうで・・新しい職場を探しているみたいなんですが、なかなか見つからないみたいで・・」「そうなんだ。でもさぁ、おかしくない?人員削減とはいえ、若い土方さんが真っ先にクビを切られるなんて。」総司がそう言ってコーヒーを一口飲んでいると、一人の看護師・宮島美香が彼らの方へとやって来た。「ここ、いいですか?」「いいけど。君、僕達に何か用?」「あの・・岡崎さんは、土方さんと暮らしていらっしゃるんですよね?」「ええ、そうですけど・・それが何か?」千尋がそう言って美香を見ると、彼女は一枚の封筒を千尋の前に差し出した。「これは?」「土方さんに渡しておいてください。」「申し訳ありませんが、これは受け取れません。」「君、土方さんの事好きなの?残念でした、土方さんには千尋ちゃんていう恋人が居るんだよ。」総司がそう言ってニヤリと笑いながら美香を見ると、彼女は顔を真っ赤にして食堂から出て行った。「あの子には気を付けた方がいいよ。」「何か、あるんですか?」「あの子、何ていうか・・人の物でも欲しくなっちゃう子なんだよね。」「え・・」「もうお昼休み終わるから、行こうか?」「はい・・」 千尋がナースステーションへと戻ると、看護師長がミーティングを開いていた。「すいません、遅れました。」「岡崎さん、宮島さんと312号室に行って来て。」「わかりました。」医療器具とノートパソコンを載せたカートを押しながら、千尋が美香と廊下を歩いていると、彼女はチラリと彼を見た。「何かわたしに用ですか?」「本当に、岡崎さんは土方さんと暮らしているんですよね?」「そうですよ。それがあなたに何か関係が?」「今度、岡崎さんの家に遊びに行ってもいいですか?」「急にそんな事を言われても困ります。それよりも宮島さん、最近ケアレスミスが多いようですけど、気をつけてくださいね?」「わかりました・・」美香は千尋に注意され少しムッとした顔をした後、312号室へと入っていった。「失礼します~」「おお美香ちゃん、また来てくれたの?」312号室に入院している下山寛治は、そう言って読んでいた本から顔を上げて美香に微笑んだ。
2013年09月22日
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「何でしょうか、お話って?」「一緒に暮さねぇか?」「え?」突然歳三からそう言われた千尋は、目を丸くしながら彼を見た。「今まで俺ん家と家を往復するの、迷惑なんじゃないかってあいつ言うんだよ。一緒に暮らしたら、その手間が省けるんじゃないかと思ってな。」「暫く、考えさせてください。」「そうだよな・・驚かせてごめんな。」「いえ・・」そう言った千尋は、嬉しさで顔を赤く染めていた。「え~、それってプロポーズじゃん!」「沖田先輩、からかわないでください・・」「それで?千尋ちゃんはどう返事をするつもりなの?」「まだ、迷っています・・」「迷わないでいいんじゃないの?土方さんと千尋ちゃん、お似合いのカップルなんだし。」 昼休み、千尋が総司に歳三に一緒に暮らさないかと言われた事を話したら、彼はニヤニヤしながらそう言った。「でも・・」「男同士だから躊躇ってるの、一緒に暮らすこと?」「それもありますけど、陸君がどう思っているのか・・」「陸君が、千尋ちゃんと暮らしたいって言ってるんでしょう?だったらいいじゃない。まぁ、そんなに真剣に悩まなくてもいいと思うよ!」「先輩、他人事みたいに・・」「だって他人事だもん。」総司はそう言うと、千尋の肩を叩いた。「土方さんすいません、急に来てしまって・・」「いや、いいんだ。俺があんな事を急に言い出して、お前を驚かせちまったし・・」「いいですよ、一緒に暮らしても。」「え?」「陸君と土方さんと、三人で暮らしたいんです。」「本当に、いいのか?」「ええ。ふつつかなわたしですが、宜しくお願い致します。」「こ、こちらこそ・・」歳三が慌てて姿勢を正して千尋に向かって頭を下げた時、陸が帰って来た。「お父さん、何してるの?」「陸、千尋が・・」「もしかして、千尋さんと一緒に暮らせるの?」「あぁ。」「やったぁ~!千尋さん、これから宜しくお願いしますね!」「こちらこそ、宜しくお願い致します。」「ねぇお父さん、今日は何処か食べに行こうよ!僕、お寿司がいいな!」「そうか。じゃぁ行くか!」 数分後、回転寿司屋で千尋と歳三、陸はささやかな食事会を開いた。「じゃぁ、千尋さんが家族の一員になったことに、乾杯!」「乾杯!」「ねぇお父さん、千尋さんが住んでるマンションには、いつ引っ越すの?」「あのなぁ、すぐに引っ越しなんて出来るもんじゃねぇんだぞ?」「でも・・」「陸君、引っ越しの時はわたしも手伝うからね。」「何だか、恥ずかしいなぁ・・」歳三はそう言って照れ臭そうな顔をすると、頭を掻いた。
2013年09月21日
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京子達の願いも虚しく、そのまま理紗子は息を引き取った。「理紗子が亡くなったって、本当ですか?」 千尋から連絡を受け、病院へと陸とともに向かった歳三は、そこで理紗子の両親と再会した。「ええ。こんなことで、あなたに嘘を吐いてどうなるというの?」「そうですか・・お悔やみ申し上げます。」「歳三さん、こんなお願いは厚かましいとお思いでしょうけど、喪主をお願いできるかしら?」「俺に、ですか?」「お義母さん、わたしが喪主を務めます。土方さんと理紗子は夫婦だったとはいえ、もう縁が切れたんですから、わたしが喪主を務めるのが・・」「そうね。わたし、もう頭が混乱していて、何をしたらいいのかわからないのよ・・」京子はそう言うと、目頭をハンカチで押さえた。「陸君、この際だから一緒に暮らさない?」「でも、僕はお父さんと暮らすことにしましたから。」「あなた、由紀ちゃんのことが可哀想だとは思わないの?」「僕は・・」「お義母さん、止めてください!」理紗子の葬儀の準備に追われている中、京子が陸に自分達の元へと戻らないかと詰め寄っているのを見た東弁護士は、慌てて二人の間に割って入った。「どうしてよ?この子は高岡家の跡取りですよ。一緒に暮らすというのが筋というものでしょう。」「理紗子は陸君の親権を手放したんですよ!彼はあなた方のエゴを満たす道具ではありません!」「東さん・・」「陸君、君はお父さん達の所に戻りなさい。」 翌日、高岡家の菩提寺で、理紗子の葬儀がしめやかに行われた。「ねぇ、由紀ちゃんはこれからどうするのかしら?」「東さんが育てるんじゃないの?」「でも、陸君は?」「あの子は、父親と一緒に暮らしているらしいわよ?」「でも、高岡家の跡取りはあの子しかいないし・・」親戚が自分達のことを噂しているのを聞いた陸は、俯いて数珠を握り締めた。「心配するな、俺が居る。」「お父さん・・」歳三はそっと息子の肩を叩くと、ゆっくりと立ちあがった。「皆さんに、聞いて貰いたいことがあります。陸は高岡家に戻ることはありません。彼が成人するまで、わたしが育てますのでどうぞご心配なく!」「そうなると高岡家は誰が継ぐの?」「それはわたしの知ったことではありません。それではわたし達は、これで失礼致します。」歳三は陸の手を引くと、寺から出て行った。「ねぇお父さん、本当に僕、向こうの家に戻らなくてもいいの?」「いいんだよ、俺はお前の息子なんだから。」「お父さん、千尋さんと三人で暮らすの?」「何でそうなるんだよ?」「だって、今のままだと千尋さんにも迷惑がかかるじゃない。一緒に暮らした方がいいと思うんだ。」「そうだなぁ・・」 数日後、歳三は千尋に大切な話があるといって駅前のファストフード店へと呼びだした。
2013年09月21日
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「一体わたしに何の用ですか?陸君のことなら・・」「いや、そうじゃない。」そう言うと東弁護士は、千尋の腕を掴んでいた手を離した。「何処か話せるところはあるか?」「ええ。」 数分後、千尋は母親が経営しているスナックへと東弁護士を連れて来た。「ここは?」「母が経営しているスナックです。」「あらいらっしゃい、この方は?」さなえは興味津々な様子で東弁護士を見た後、二人をソファ席へと案内した。「お飲み物は?」「ホットコーヒーをお願いします。」「わかりました。うちは豆を挽いて淹れるものだから、少し時間がかかるわよ?」「構いません。」「そう。」さなえは千尋に目配せすると、店の厨房へと向かった。「それで、ご用件は?」「理紗子は、土方さんとヨリを戻す気があるのか?」「それをわたしに聞いてどうするのですか?わたしは何も知りません。」「そうか。君は陸君と親しいそうだな?」「ええ。理紗子さんがお昼にわたしに会いに来て、陸君に会うのを止して欲しいと彼女から言われました。陸君の居場所は、自分だけであって欲しいと。」「自分から捨てておいて、今更息子が惜しくなったのか。」東弁護士は吐き捨てるかのような口調でそう言うと、グラスに入れられた水を一杯飲んだ。「理紗子さん、ご出産されたようですね。おめでとうございます。」「ありがとう。土方さんに是非うちに遊びに来てくれるよう伝えておいてくれ。」「そのようなことは、ご自分で土方さんにお伝えください。」「君なら、そう言うと思ったよ。」「東さん、この際はっきりと申し上げておきますが、わたしはあなたと理紗子さんの生活を邪魔するつもりはありません。それだけは、ご理解していただきたいのです。」「わかった。理紗子にも伝えておこう。」東弁護士はそう言った時、彼のスマホが鳴った。「もしもし、わたしだ。何だって!?」「どうかなさいましたか?」「理紗子が事故に遭ったらしい。すぐに病院に向かう。」「そうですか・・」「君も来てくれ。」「わたしは・・」「千尋、お代は結構だから、行ってあげなさい。」「母さん・・」「お母様、少しの間息子さんをお借りいたしますが、宜しいですね?」「ええ。」半ば強引に東弁護士によってスナックから連れ出され、理紗子が搬送された病院へと向かった千尋は、そこで理紗子の両親と再会した。「東さん、どうしてこの子を連れて来たの?」「お義母さん、理紗子さんの容態は?」「かなり危険な状態ですって。あの子、交差点でトラックと正面衝突したのよ。相手の方は軽傷で済んだけど・・」理紗子の母・京子はそう言葉を切った途端、顔を歪ませて嗚咽した。「お義母さん、理紗子はきっと助かります、大丈夫です。」
2013年09月21日
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歌舞伎町にある雑居ビルで火災が発生し、緊急救命室に次々と負傷者が運び込まれ、院内は瞬く間に戦場と化した。「千尋ちゃん、あっちの患者さんを診て!」「わかりました!」総司の指示を受け、千尋は足に火傷を負った少女の元へと駆け寄った。「大丈夫だよ、もうすぐ先生来るからね。」「岡崎君、ここはわたしがするから、君は患者さんのご家族についてやりなさい。」「わかりました。」真島教授に頭を下げると、千尋は患者達の家族が集まっているレクリエーションルームへと向かった。「ねぇ、うちの息子は大丈夫なんですか?」「うちの子は?」「助かるんですよね!?」「皆さん、落ち着いて下さい。皆さんのご家族は必ず助かります。その為にわたし達スタッフが最善を尽くしています。どうか、落ち着いてください。」「どうして、こんなことに・・」患者達の家族の一人である女性は、そう言って泣き崩れた。 数時間後、千尋がICUの前に向かうと、そこには総司の姿があった。ガラス窓の向こうには、たまたま火災が起きた雑居ビルにあるクラブで遊んでいた19歳の少年がベッドに寝かせられていた。彼は全身の70%に火傷を負い、意識不明の重体だった。「先輩、この子は・・」「先生からは、もう駄目かもしれないって言われたよ・・運ばれて来た時、心肺停止状態だったからね。しかも、その状態が発見されるまで30分以上も経ってたから・・」「そんな・・」「この子のご両親には、僕が説明するよ。君には酷だろうけど。」「お願いします・・」 数分後、泣き叫ぶ少年の母親の声が、レクリエーションルームから聞こえた。「ねぇ千尋ちゃん、これから飲みに行かない?」「はい・・」 病院を出た千尋と総司は、都内にあるバーへと向かった。「何でこんな時に飲むんだって、患者さんのご家族からは非難されるだろうけど、飲まないとやってられないよ。」「そうですよね・・辛い事があると・・」「昔ね、知り合いになったドクターがこう言ってたよ。“患者さんやそのご家族の気持ちに寄り添い過ぎると、こっちまでおかしくなってしまう”ってね・・患者さん達の気持ちに寄り添う事も大切だけど、自分を大事にしないとちゃんと仕事が出来ないよ?」「肝に銘じます。」「そう、じゃぁここは僕の奢りで!」総司はそう言ってニッコリと千尋に微笑むと、バーテンダーにカクテルを注文した。「それじゃぁ、僕こっちだから。」「先輩、今日はご馳走様でした。」「いいんだよ、お礼なんて。それじゃぁ、また明日ね!」 駅前で総司と別れた千尋が改札口へと向かおうとした時、誰かが彼の腕を掴んだ。「やっと捕まえた。」「東さん・・」
2013年09月21日
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