全101件 (101件中 1-50件目)

「母さん、この人は?」 仏間に入った青年は、そう言うと覚馬をじっと見た。「昌男さん、こちらは山本覚馬さんと言って、お姉ちゃんとは結婚を前提にお付き合いされている方よ。」「結婚・・詩織ちゃん・・」青年―昌男は美砂の言葉を受け、驚きで大きく目を見開いた。「詩織ちゃん、どうして昌男を裏切るようなことを平気で出来るの!?この子は、詩織ちゃんが結婚して名古屋に来るの、楽しみにしていたんだから!」「叔母さん、わたしは昌男さんと結婚するなんて一言も言ってません、勘違いしないでください。」詩織がそう言って悦子を睨み付けると、彼女は悔しそうに唇を噛んだ。「あなた、山本さんとおっしゃったわよね?詩織ちゃんとは、何処でお知り合いになられたの?お仕事は何を・・」「やめてくれよ、母さん。みっともない。」「昌男、あなたこんな何処の馬の骨とも知らない男に詩織ちゃんを奪われて悔しくないの!?」「悔しいけど、俺は詩織ちゃんのことを従妹としてしか見てないよ!勝手に母さんが・・」「もういいわ、みんなしてわたしを悪者にしたいのね!」悦子は仏間の襖を乱暴に閉めて出て行ってしまった。「すいません、みっともないところをお見せしてしまって・・」「いや・・俺の方こそ、邪魔してすまねぇ。詩織、俺は外の風に当たってくる。」「覚馬さん、わたしも行きます。」「駄目だ。お前はここに居ろ。」覚馬はそう言って立ち上がろうとする詩織を制すと、仏間から出て行った。「待って下さい!」背後から声がして覚馬が聞こえると、昌男が息を切らしながら覚馬を追い掛けて来た。「山本さん、詩織ちゃんとは一体どういう関係なんですか?」「どういう関係も何も・・詩織は、いずれ俺の嫁となる女だ。」「覚馬さん、ご家族は?」「会津には両親と妹、弟が居る。それに、妻と娘も居る。」「じゃぁ詩織ちゃんと結婚するとあなたは言っているけれど、会津に残したあなたの奥さんはどうするんですか?離婚するんですか?」「うらには詩織とのことをちゃんと説明して離縁しようと思っている。にしが心配することでは・・」「僕には関係ないとでも?山本さん、さっき言ったこと、あれは嘘です。僕は詩織ちゃんのことがずっと好きでした。子どもの頃からずっとね。結婚するなら彼女以外の人とは考えられない位に!でもその詩織ちゃんをあなたみたいな妻子持ちに奪われるなんて、我慢ならない!」昌男はそう言って怒りで顔を赤くすると、覚馬を睨んだ。「僕はこの結婚を絶対に認めない!」「にしが俺達の仲を認めなくても、俺は詩織を嫁にする。それを邪魔するようなら容赦なく叩っ斬る!」 昌男と覚馬の間で、静かに恋の火花が散った。「ごめんなさい覚馬さん、ついて来て貰って・・」「いいんだ。母上様はどうしておられる?」「今は奥の部屋で休んでいます。叔母さん達に散々こき使われて、休む暇がなかったから・・それよりも覚馬さん、昌男さんとさっき一体何を話していたんですか?」「それはにしには関係のねぇことだ。」「そうですか。それじゃぁ、お茶淹れて来ますね。」 キッチンで詩織が茶を淹れようとした時、茶葉の匂いが鼻先を掠め、彼女は突然激しい吐き気に襲われた。にほんブログ村
2013年07月31日
コメント(2)

覚馬が宮島家に居候するようになってから三日が経った頃、単身赴任先の名古屋から詩織の父親が帰ってきた。「あなた、お帰りなさい。」「お袋が亡くなった。すまないが、これからみんなで名古屋に行かなくちゃならないから、準備をしなさい。」「そんな・・この前会った時は、とても元気そうだったのに・・」父から祖母の訃報を聞いた詩織達は驚きながらも、着替えなどをスーツケースに詰めてリビングへと集まった。「その人は?」「山本覚馬さんといって、わたしが今お付き合いしている人です。お父さん、彼と一緒に行ってもいい?」「仕方がないな・・」詩織の父はチラリと覚馬を見てそう言うと、自宅の前に待たせていたタクシーに乗り込んだ。「お祖母ちゃん、どうして死んじゃったの?」「何でも、叔母さんが買い物に出掛けている時に、食べていたお粥が喉に詰まって窒息死したそうだ。」「そんな・・」父方の祖母は、父の姉である叔母・悦子が、父の実家で介護をしていた。母が祖母の介護をすると言いだした時、悦子が“実の親の面倒を見るのは子として当然のこと、跡取りを産めなかったあんたにそんな権利はない”と母を罵倒し、彼女は祖母の介護をすると言ったのが、数年前の事だった。 階段から転落し、左の大腿骨を骨折して以来、祖母は寝たきりの状態となり、食事や排泄などの介助も、全て悦子がやっていた。ヘルパーを雇ったら、という親族の提案にも全く耳を貸さず、悦子は夫である叔父と二人三脚で実母を熱心に介護していた。それなのに何故、こんなことが―「詩織ちゃん、美砂ちゃん、よく来てくれたわねぇ。」 新幹線に乗り、タクシーで父の実家へと詩織達が向かうと、仏間には祖母の遺体が安置されていた。その前には、悦子が目元をハンカチで押さえながら座っていた。「あたしが悪いのよ・・母さんを一人にさせちゃったから・・あんたの言う通りにしとけば、こんなことにはならなかったんだわ!」「そんなこと言うなよ、姉さん。母さんは今まで幸せだったじゃないか?」「そうね・・それよりも茂子さん、あたし一人だと色々と大変だから、葬儀の手配はあなたに任すわね。今まで嫁として母さんに尽くせなかった分、精一杯尽くして頂戴。」「はい、わかりました・・」詩織の母・茂子に向かって悦子は居丈高な口調でそう言うと、仏間から出て行った。「何よあれ・・今までお母さんに介護資金出して貰っていた癖に・・」「美砂、やめなさい。お祖母ちゃんの前よ。」「お父さん、何でお母さんの味方してやらなかったの?お祖母ちゃんが今までお母さんにどんなに酷い事してきたか、忘れたわけじゃないわよね?」「美砂!」詩織が妹を厳しく窘めると、彼女は不快そうに鼻を鳴らして仏間から出て行った。ほどなくして、悦子が仏間に戻ってきた。「詩織さん、そちらの方はどなた?」「この人は、山本覚馬さんと言って、結婚を前提にお付き合いしている人です。」「まぁ、結婚ですって!?茂子さん、一体どうなっているの!」悦子はそうヒステリックに叫ぶと、白目を剥かんばかりの勢いで茂子を睨みつけた。「茂子さん、あなた詩織ちゃんをうちの昌男と結婚させるって約束したわよね!?」「お義姉さん、それは・・」悦子に睨まれ、茂子が委縮した様子で彼女に反論しようとした時、仏間の襖が開いて一人の青年が入って来た。にほんブログ村
2013年07月31日
コメント(0)

「美砂さんが、貰い子・・」「うちの両親・・長年子宝に恵まれなかった時期がありまして。母はわたしを不妊治療の末に産んだんですけど、二人目は無理だろうってお医者様から言われたんです。父はそんな我が家の事情を、両方の親戚にも説明しました。けれど、父方の祖母だけは、“跡取りを産めるまでお前をこの家の嫁とは認めない”って言って・・」「そったらことが・・」覚馬は詩織の言葉に目を丸くしながらも、静かに彼女の話を聞いていた。「母は、体力的にも、精神的にも治療には耐えられないと思ったみたいで、父と相談して乳児院で赤ん坊を貰おうとやって来たんです。最初は男の子にと決めていたんですが、そこには男の子が居なくて・・両親が帰ろうとした時、乳児院の前に捨てられていた生後間もない女の子の姿が二人の目に入ったんです。」「それで、お前ぇの父上様と母上様は、その子を自分の娘として育てることにした訳か?」「ええ。美砂を産んだ実の母親が一体誰なのか、未だにわかっていませんし、わたし達はあの子に真実を伝えるつもりもありません。たとえ血が繋がっていなくても、わたしと美砂は姉と妹ですから。」「何綺麗事言ってるのよ、お姉ちゃん。今まであたしの事、邪険にしてきて今更何寝ぼけたこと言ってんの!」 リビングのドアが乱暴に開いたかと思うと、美砂がズンズンと中へと入って来た。「美砂・・」「やっとわかったわ、お父さん達がお姉ちゃんばかり可愛がっていた理由が!」美砂は憎しみに満ちた目で詩織を睨み付けた。「あたしは、誰が産んだのかもわからない捨て子だったから、お父さん達と血が繋がってなかったから、あたしはあんた達に冷たくされたんだ!」「それは違うわ、美砂!お父さんやお母さんは、あんたのことを実の娘のように思って・・」「じゃぁどうして、あたしから河西先生を奪ったのよ?何であたしの幸せを邪魔しようとするのよ、答えてよ!」長年積りに積もった詩織への憎悪を美砂は容赦なく彼女にぶつけながら、肩で息をした。「あんたには今まで悪い事をしたと思ってるわ。だから・・」「ねぇお姉ちゃん、そう思うのならひとつだけお願い、聞いて貰える?」「美砂?」「山本さんを、あたしに頂戴。そうしてくれるなら、今までのことちゃらにしてあげる。」「美砂、自分が何を言っているのかわかってるの!?」「ええ、わかってるわよ!だから山本さんをあたしに・・」「いい加減にしろ!」覚馬は怒声を上げると、美砂の頬を平手で叩いた。「お前ぇの父上様や母上様は、お前ぇのことを本当の娘として育ててんだ!その恩を忘れて、一人で拗ねて詩織達を憎むのはお門違いだ!」「何よ・・あんたにあたしの気持ちなんかわかるわけないでしょ!」打たれた頬を擦りながら、美砂は覚馬を睨み付けると、リビングから出て行った。「美砂、待って!」「やめとけ。今はあいつに何を言っても心には響かねぇ。外で頭を冷やせば、自分がどんなに馬鹿な事を言っていたか、気がつくべ。」「でも・・」「詩織、お前ぇにとって美砂は大切な妹だ。だけんじょ、それは俺にとっても同じだ。」「覚馬さん、それって・・」「お前ぇを嫁に貰う。うらやみねにはお前ぇのことを解って貰えるように説得する。だから、お前ぇは俺の傍に居ろ。」「はい・・」突然覚馬からのプロポーズを受け、詩織はそう言って彼に微笑んだ。にほんブログ村
2013年07月31日
コメント(0)

「覚馬さん、どうしてここに?」「話はあとだ。まずはここから出んべ。立てるか?」「はい・・」 床に倒れたまま動かない宗方を放置し、詩織と覚馬はラブホテルから出た。「よくわがらねぇが、お前ぇを探しに洛中に行ったんだ。そしたら変な奴らに絡まれて、揉み合いになっている内に川から落ちちまった。」「川に?」「目が覚めたら、俺はあそこに居た。」そう言って覚馬が指したのは、ラブホテルの近くを流れる川だった。「あいつは、誰だ?」「あの人は、わたしが通っている大学の教授で・・」「あいつに手籠めにされそうになったろ?俺が見てねぇと、お前ぇは変な男に絡まれるから、油断できねぇ。」「ごめんなさい・・」「お前ぇん家はどこだ?」 月明かりの下、詩織は覚馬とともに帰宅した。「詩織、こちらの方は?」「山本覚馬さん。」「初めまして、山本覚馬と申します。」「詩織、着替えてらっしゃい。山本さん、こちらへどうぞ。」 詩織の母親に連れられて宮島家のリビングへと入った覚馬は、そこでテレビを観ている詩織の妹・美砂の姿に気づいた。「お母さん、その人は?」「詩織のお知り合いですって。」「ふぅん・・」美砂はそう言うと好色な視線を覚馬へと送った後、リビングから出て行った。「お姉ちゃん、お帰り。」「美砂、あんたいつ退院したの?」「今朝。それよりもお姉ちゃん、あの山本さんっていう人、格好いいね。」「美砂・・あんた何考えて・・」 着替えを済ませて一階へと降りようとした詩織は、そこで美砂と対峙した。「何も考えてなんかないよ。お休み。」「美砂・・」詩織がリビングへと入ると、そこには母親と覚馬が何やら打ち解けた様子で茶を飲んでいた。「詩織とは、いつからお付き合いなさってるの?」「半月前からです。詩織は俺が見てねぇところで変な男に絡まれっから、一人に出来ねぇ。」「まぁ、山本さんみたいな頼もしい方なら詩織を託せるわ。詩織の事、どうか宜しくお願いしますね。」「こちらこそ。厚かましいと思われるけんじょ、これから母上様とお呼びしても?」「構いませんよ。」「お母さん、やめてよ!わたしと覚馬さんは・・」「誤魔化しても駄目よ、詩織。あんた達、両想いみたいじゃない。今度こそ幸せになんなさいよ。」「もう、お母さんたら!」「後は若いお二人で仲良くお話しなさい。」母親はそう言ってクスクスと笑うと、リビングから出て行った。「ごめんなさい、お母さんが変な事言って・・」「別にやましいことはねぇ。それよりも詩織、さっきお前ぇの妹に会った。」「美砂に?あの子、何か変な事言ってませんでした?」「言ってなかったな。だけんじょ、俺の事を狙ってるような目してた。」覚馬の言葉を聞いた詩織の胸がすこしざわついた。「覚馬さん、少し話したい事があるんです、美砂のことで。」「何だ?」「実は・・わたし達は実の姉妹じゃないんです。美砂は、両親が乳児院から貰ってきた子なんです。」詩織は深呼吸すると、長年隠していた宮島家の秘密を、覚馬に話す事を決意した。にほんブログ村
2013年07月31日
コメント(0)

「本日の講義はここまで。」「先生、みんなで一緒にランチ行きません?」「先生の事、もっと知りたいなぁ~!」講義が終わった途端、宗方の方に数人の女子学生達がそう言いながら駆け寄ってきた。長身でハンサム、それに高学歴という“三高”揃いの男を逃がしてはならないと思ったのだろうか、彼女達は執拗に宗方をランチに誘った。「ごめん、先約があるんだ。」「え~」「それじゃぁ、また明日。」宗方は教室を出ようとした時、詩織と目が合った。彼は詩織と目が会った時、ニッコリと彼女に微笑んだ。「詩織、行こう。」「う、うん・・」 昼休み、詩織は大学近くのカフェでランチを取っていた。「ねぇ、宗方先生って独身かな?」「さぁ?だってあの人もうじき40でしょ?今は独身でも、バツイチだったりして。」「あれで40近いなんて、嘘!」友人達が宗方の私生活を勝手に想像しながら話していると、宗方がカフェに入って来た。「ここ、いいかな?」「どうぞ~!」「確か君は、宮島詩織さんだったよね?」「はい・・あの、宗方先生は、ご結婚されているんですか?」「まだ独身だよ。この歳になって、恋愛もしたことがないんだ。ちょっとひいちゃう?」「いえ、最近恋愛していない人が多いみたいですよ?わたしだってそうだし。」「へぇ・・」「じゃぁ、あたし達先に行ってるね~」「じゃぁね~」気を利かせた友人達は、そう言うとそそくさとカフェから出て行った。「すいません、ランチ代、奢らせてしまって・・」「いや、いいんだよ。それよりもこれから、時間ある?」「はい・・今日は午後の講義がひとつあるだけですし。」「そう。それじゃぁ噴水前で待ってて。」「はい・・」何故宗方は自分に声を掛けて来たのだろう―詩織はそう思いながら午後の講義を受けた後、噴水前で彼を待った。「さぁ、行こうか。」「あの、何処へ?」「行けばわかるよ。」 宗方が運転する車は、国道沿いのラブホテル街へと入っていった。「すいません、もうここで結構です。」「どうして?折角ここまで来たんだから、楽しもうよ。」宗方は強引に詩織の肩を抱いてラブホテルに入った。部屋に入るなり、宗方は詩織をベッドへと乱暴に突き飛ばすと、彼女に覆い被さった。「いや、やめて!」「うるさい、物欲しそうな顔をして僕を誘った癖に!」宗方はそう言うと、詩織のブラウスのボタンを乱暴に引きちぎり、スカートの裾を捲りあげパンティを脱がすと、強引に彼女の中へと入ろうとした。詩織は暴れて宗方から逃れようとしたが、男の腕力に彼女が敵う筈がなかった。(誰か、助けて・・)「嫌だと言って、濡れてるじゃないか?」耳元で宗方がそう興奮した声で詩織に囁いた時、鈍器が彼の後頭部に当たる音がして、彼は床にゆっくりとくずおれた。「さすけねぇか?」「覚馬さん、どうしてここに?」 自分の窮地を救ってくれたのは、幕末に居る筈の覚馬だった。にほんブログ村
2013年07月30日
コメント(2)

「一体あんた、この一ヶ月間何処で何してたのよ?」「ごめんなさい、心配掛けて。お母さん、美砂は?」「あの子は、まだ入院してるわ。顔だけでも見せてあげなさい。」「わかった・・」「詩織、あんたの身に何があったのか知らないけど、あたしはどんな時でもあんたの味方だからね。ご飯冷めちゃうから、さっさと食べちゃいなさい。」 久しぶりに母と二人で夕食を食べながら、詩織はふと覚馬のことを想った。今頃、向こうでは大騒ぎになっていることだろう。別れの言葉を告げられずに、突然姿を消してしまった自分の事を、覚馬はどう思っているのだろう。「詩織、どうしたの?」「何でもない。」「お父さんからはあたしが連絡入れておくから、あんたはもう寝なさい、いいわね?」「わかった。お休みなさい。」 夕食を食べ終え、流しで食器を洗った後、詩織は久しぶりに自分の部屋へと入った。失踪前と変わらない、何の変哲もない部屋だった。だが、何処か他人の部屋のように思えてならなかった。 詩織は机の前に腰を下ろすと、ノートパソコンの電源を入れた。パソコンの電源を入れたのは、覚馬と会津藩のことを調べる為だ。妹が新選組を舞台にした恋愛ゲームのファンとなった影響で、詩織も新選組がどんな末路を辿ったのかを知っていたが、詳しくは知らなかった。サーチエンジンで覚馬の名前を検索すると、彼女はあるページへと辿り着いた。そこには、覚馬は維新後京都でキリスト教精神を根ざした大学や女学校を設立し、1892年に64歳で死去したと書かれていた。失明し、維新後に脊髄を損傷したにも関わらず、覚馬は己の夢を叶える為に精力的に活動した。(覚馬さん・・)彼の傍に居られなくなったのは残念だが、彼は自分の事なんか忘れて夢に向かって走り続けてくれればいいと詩織は思った。(叶わぬ恋だったんだ・・時代を越えた恋だから・・)詩織は溜息を吐くと、空に浮かぶ月に願いを掛けた。出来ることならば、彼と再び会えますようにと。「詩織、遅れるわよ。」「わかった。」 後期の講義が始まり、詩織は久しぶりに大学へ行く事となった。いつも通学に使うバスに揺られながら、詩織は何処か虚しさを感じていた。「詩織じゃん、久しぶり。」「久しぶり。」「事故に遭ったって聞いたけど、大丈夫なの?」「ええ。」詩織は夏季休暇中に出されたレポートをバッグから取り出すと、教授が来る前に教卓の前にそれを置いた。「今日は教授が体調不良の為、代理の方が来られることとなりました。」「代理で来ました、宗方です。どうぞ、お手柔らかにお願いしますね。」いつも巨体を揺らしながら入って来る古希の教授の代わりに、30代前半と思しき男の教授が教室に入って来ると、女子学生達は一斉に黄色い悲鳴を上げた。「やだあの人、格好いい~!」「この人が永遠にこの講義を担当してくれるなら、絶対に欠席しないわ!」「わたしも~」そう言って色めき立つ友人達を尻目に、詩織は黙々と講義のノートを取っていた。にほんブログ村
2013年07月30日
コメント(0)

「今日も寒い・・」 翌朝、詩織がそう呟きながら窓を開けると、中庭は白い雪で埋もれていた。窓からひんやりとした冷気が入り込んで来て、彼女は思わず寒さで身を震わせた。「風邪ひくべ。」「覚馬さん、起きてたんですか?」「ああ。」覚馬はそう言うと、詩織を抱き締めた。「あの・・」「今更何を恥ずかしがることがあんだ?」「でも・・」今まで覚馬に冷たくされてきた詩織にとって、突然彼が情熱的になったので若干戸惑っていた。「今まで、わたしに冷たかったのに・・」「そりゃ、周りの目があるからだ。今は誰もいねぇべ。」「そうですけど・・」覚馬の手が懐から入って来て乳房に触れるのを感じた詩織は、羞恥で顔を赤くした。 昨夜、彼によって詩織は朝まで啼いた。貴司とは何度か肌を合わせたことがあるが、覚馬のように余り上手くなく、どちらかというと自分本位のものだったと思う。貴司とは対照的に、覚馬は壊れ物のように詩織を優しく抱いてくれた。もう処女ではないのに、何故か詩織は恥ずかしかった。「何顔赤くしてんだ?」「すいません、わたしお風呂に入って来ます!」詩織は両手で顔を覆ったまま、部屋から飛び出した。「きゃぁ!」「詩織さん、大丈夫ですか?」余りにも急いでいたので、詩織は廊下の角を曲がる時、秀哉に思い切りぶつかってしまった。「すいません・・」「覚馬さんと何かあったんですか?」「いえ、何にも・・わたし、お風呂に入って来ます。」 湯船の中に浸かると、詩織は急に眠たくなってきてゆっくりと目を閉じた。(いけない・・まだ朝食の支度をしていないのに・・)ついウトウトとしてしまった詩織が目を開けると、そこは檜で出来た桶風呂の中ではなく、近代的なステンレスの浴槽だった。辺りを見渡すと、幕末にはない洗面台やシャワーなどが浴室内にあった。(わたし・・どうして・・)詩織が今自分が何処に居るのか解らないで居ると、擦りガラス越しに人影が見えたかと思うと、浴室の扉が開いた。「詩織、あんた・・」「お母さん・・」「あんたが居なくなって、どれだけ心配したと思ってるの!?」母親はそう言うと、詩織の頬を平手で打った。「あんたって子は、あたし達が心配していたのにのんびりお風呂なんかに入って!」「お母さん、ここ何処?」「あんた、もうその年でボケちゃったの?ここはあんたが育った家だよ!」「家?じゃぁ・・」どうやら詩織は、幕末から現代へといつの間にか戻ってきてしまったようだった。「さっさと身体洗ってお風呂から上がりなさい、詩織!あんたとは、色々と話したいことがあるんだから!」母親は憤然とした様子でそう言うと、浴室から出て行った。にほんブログ村
2013年07月30日
コメント(0)

「お前、あの時先斗町の茶屋に居た壬生狼だな?」「お前ぇは、あん時の・・」双葉がゆっくりと背後を振り向くと、そこには先斗町で見かけた少年が立っていた。「何する、離せ!」「お前には、少し付き合って貰う。来い!」双葉がゆきに助けを呼ぼうとした時、少年に鳩尾を殴られ、彼女は気絶した。「まったく、樹里は何処をほっつき歩いているんだ・・」「桂先生、あの童のことなど放っておきましょう。」「そうはいかない。彼は僕の小姓だからね。」桂が樹里の帰りが遅い事に気を揉んでいると、彼が何かを肩に担いで宿屋の裏口から中へと入って来た。「樹里、その子は?」「女だてらに薙刀を振るう壬生狼です。桂さん、こいつを拷問にかければ何か情報を吐くかもしれません。」「樹里、今すぐその子を離せ。」「僕は、桂さんの為に・・」「聞こえなかったのか?」桂の厳しい声に樹里は恐怖に身を震わせながら、そっと双葉を板敷きの床の上に寝かせた。「う・・」「君、大丈夫かい?」桂がそう言って双葉の身体を揺さ振ると、彼女は呻き声を発したかと思うと、目を開けた。「僕の部下が、すまないことをしたね。もう君は帰りなさい。」「桂さん!」「樹里、お前は黙っていろ!」抗議しようとする樹里を桂はそう言って制すると、彼は双葉の方へと向き直った。「さぁ、行きなさい。」「なじょして、わだすを見逃すんだ?」「君は確かに僕達にとっては憎い敵だが、だからといって理由もなく君を傷めつけたりはしない。」「ありがとなし・・」双葉はそう言って桂に頭を下げると、宿屋の裏口から外へと出て行った。「桂さん・・」「樹里、敵だからとむやみやたらに相手を傷つける理由など何処にもない。冷静になれ。」「申し訳、ありませんでした・・」「わかればいい。二度は言わないぞ。」「はい・・」桂の為によかれと思ってしたことが逆に彼の怒りを買うことになってしまい、樹里は肩を落としながら宿屋の奥へと引っ込んだ。「あの子はまだ幼い。早く手柄を立てたい余りに、はやまった行動をしてしまう。」「桂先生はお人よし過ぎですよ、あんな厄介者を小姓にするだなんて!」「まぁ樹里は少し落ち着きがないところがあるが、僕は彼が良い子だと思っているよ。あの子が一人前になるには、僕達が上手く指導しなければならない。」「は、はぁ・・」「さてと、もう日が暮れたし、奥で休むとするか。」桂はそう言うと、部屋へと向かった。「桂さん・・本当に申し訳ありません・・」「謝らなくていい。お前は自分の過ちに気づいた。」落ち込む樹里に対し、桂は優しい言葉を彼に掛けると、そっと彼の肩を優しく叩いた。にほんブログ村
2013年07月30日
コメント(0)

季節は瞬く間に過ぎ、京に冬将軍がやって来た。「寒い・・」「こんなに寒いとは思いませんでしたよ、ホント。」秀哉と詩織は冷たい水で顔を洗いながら、21世紀の暖房器が急に恋しくなった。この季節になると、風呂を焚くのも一苦労だ。丁度いい温度に焚けたと思ったら、北風が強く吹いて来て火の勢いが急に弱くなってしまうからだ。「こたつが恋しいですよ。」「わたしも。いつもこの季節になると、寝るまでこたつの中に入ってパソコン弄ってたり、テレビを観たりしてましたもん。」 詩織は濡れた髪を手拭いで拭きながら、そう言って溜息を吐いた。「昔の人は、この寒さをよく我慢できましたね。」「まぁ、生姜湯とかを飲んで寒さを凌いでいたんじゃないんですか?昔の人の知恵って、馬鹿に出来ないですよね?」「二人とも、楽しそうだな。」「覚馬さん、いつからそこに?」「さっきからだ。生姜湯がどうのこうのと言ってたが・・」「いやぁ、最近寒くて風邪をひかないようにするにはどうしたらいいのかなぁって二人で話し合っていたんです。」「まぁ、身体を冷やさねぇよう、火鉢でも焚くべ。」「そうですね、そうします。」秀哉がそう言って風呂場を後にすると、覚馬はじっと詩織を見た。「あの、どうしたんですか?」「あいつと最近、仲が良いな。」「嫉妬ですか?言っておきますけど、北原さんとは覚馬さんが邪推しているような関係ではありませんから、ご心配なく。」「俺は、嫉妬なんかしてねぇ!」そう言いながらも、頬を羞恥で赤らめる覚馬だった。「ねぇ覚馬さん、ひとつ聞きたい事があるんですけど・・」「何だ?」「いつまで、わたしは覚馬さんの傍に居ていいんでしょうか?」「なじょしてそんなこと聞く?にしは俺の女だ。」覚馬は詩織を抱き締めながらそう言うと、彼女の唇を塞いだ。「ちょっと、こんな人目がつく所で・・」「なぁに、お前ぇが声を上げねばいい。」「そんな・・」詩織が熱に潤んだ瞳で覚馬を見ると、彼は意地の悪そうな笑みを口元に浮かべて詩織の乳房を揉みし抱き始めた。声を出さぬよう我慢していた詩織だったが、覚馬の手が下肢へと移ると、彼女は慌てて彼を突き飛ばし部屋へと逃げた。「どうした?」「いえ、何も・・」「なら、続きをすんべ。」あっという間に彼に布団の上に組み敷かれ、詩織は彼の手と舌が下肢に伸びるのを見た。「覚馬さん、もう・・」「一回、気をやった方がよさそうだな。」覚馬が詩織の感じる場所を舌で舐めると、ビクンビクンと彼女の身体が小刻みに震えた。「もう引き返せねぇ。」「覚馬さん・・」覚馬は詩織に馬乗りになると、猛った己のものを詩織の中へと入れた。「今日も寒ぃな。」「んだなし。もう日が暮れっから屯所に戻らねぇと。」 双葉がそう言いながらゆきに続いて壬生寺を後にしようとした時、突然背後から誰かに手を掴まれた。にほんブログ村
2013年07月30日
コメント(0)

「あの・・あなたが宮島詩織さんですよね?」 床上げして数日後、詩織がいつものように買い出しに行っていると、背後から突然声を掛けられた。ゆっくりと詩織が振り向くと、そこには17,8くらいの少年が立っていた。「わたしに、何か用かしら?」「これを、ある人に託されました。」少年はそう言うと、詩織に一通の文を手渡した。「え・・」「それでは、僕はこれで失礼致します。」少年―樹里は詩織に一礼すると、元来た道を戻っていった。「ねぇ、待って!」慌てて樹里を追いかけようとした詩織だったが、彼の姿は雑踏の中へと消えてしまった。「ただいま戻りました。」「もう調子は良いのですか?」「ええ。」修理に声を掛けられ、詩織はそう答えると夕飯の支度をしに厨房へと向かった。 樹里から渡された文を彼女が読んだのは、その日の夜のことだった。差出人の名前が書かれていなかったので、詩織ははじめ、誰がこの文を書いたのかわからなかった。だが、少し癖のある字を見た彼女は、文を書いたのが貴司であることに気づいた。“詩織へ、今まで迷惑を掛けてしまって済まなかった。君の前には二度と現れない。どうか達者で暮らして欲しい。貴司”(馬鹿・・あたしがこんなもので満足するとでも?酷い人!)貴司からの文を読み終えた後、詩織は怒りで震えた。「桂さん、ただ今戻りました。」「樹里、文を渡してくれたかい?」「はい。」樹里がそう言って桂を見ると、彼は何処か思い詰めたような顔をしていた。「どうなさいましたか、桂さん?」「いや・・ちょっと考え事をしていたんだ。」「考え事、ですか?」「ああ。暫く、僕は萩に戻る。樹里、お前も来なさい。」「はい・・あの、桂さん、ひとつお聞きしたい事があるのですが、宜しいですか?」「いいよ。」「僕が文を渡した方と桂さんは、一体どういう関係なのでしょうか?」「それは、君が知らなくてもいいことだ。」桂はそう言って樹里を見ると、そっと彼の頭を撫でた。「もう、やめてください。僕はもう童じゃないんですから!」「ああ、そうだったね。」「いつまでも子供扱いするのは止めてください!僕は今すぐにでも桂さんの力になりたいんです!」「わかったよ。僕が悪かった。だから樹里、機嫌を直してくれ。」子どものように頬を膨らませている樹里を桂が宥めていると、そこへ一人の藩士がやって来た。「桂先生、また新選組にやられました!」「何だと・・」桂の眦が吊りあがり、彼は険しい表情を浮かべた。「また、壬生狼が・・」「ああ。今度は先斗町の茶屋で会合がある事を壬生狼に嗅ぎつけられたらしい。全く、忌々しい幕府の犬どもめ!」そう吐き捨てるような口調で言う桂の顔には、新選組への激しい憎悪と怒りが宿っていた。「こうも過激派を簡単に捕縛する事が出来るなんて、何だか拍子抜けしちゃうな。」 先斗町の茶屋で御用改めをした後、捕縛される浪士達を見ながら総司がそう呟くと、歳三がすかさず彼の脇腹を突いた。「緊張感が足りねぇぞ、総司。気を緩めた途端隙が出来んだよ!」「はいはい、わかりましたよ。さてと、今夜は左之さん達を誘って島原にでも飲みに行こうかな~」「てめぇ、待ちやがれ!」「何だか、副長と沖田先生は仲が良いのか悪いのか、わからねぇな。」「んだなし。あんな二人のお姿見てると、まるで年の離れた兄弟みてぇだ。」ゆきと双葉が歳三と総司の姿を見ながらそう言い合っていると、双葉は不意に背後から視線を感じ、振り向いた。 そこには、自分と同じ年位の少年がじっと自分を睨んでいた。「双葉様、なじょした?」「何でもねぇ。」少年の視線から逃れるように、双葉はゆきの方へと向き直った。茶屋から屯所へと引き上げる際、双葉は少年が居た路地を見たが、そこにはもう彼の姿はなかった。にほんブログ村
2013年07月30日
コメント(0)

雨の中ずぶ濡れになって帰って来た所為か、詩織は翌日熱を出して寝込んでしまった。「すいません、ご迷惑をお掛けしてしまって・・」「いいんですよ。当分食事は僕が作りますから、詩織さんはゆっくり休んでいてください。」詩織にそう言った秀哉は、彼女の代わりに買い出しへと出かけた。「毎度おおきに。」「また来ます。」食料の買い出しを終えた秀哉は、黒谷へと戻ろうとした時、双葉達を見かけて声を掛けた。「久しぶりだね。」「北原様、ご無沙汰しておりやす。詩織様は?」「詩織さん、体調を崩しちゃってね。だから僕が代わりに買い出しに来てるんだ。」「詩織様に、余り無理しねぇようにって、伝えてくなんしょ。」「わかった。それじゃぁね。」「では、また!」 双葉達と別れ、秀哉が荷物を抱えながら四条通を抜けようとした時、数人の侍達が通りの向こうからやって来るのが見えた。秀哉はすかさず道の脇へと寄り、男達が通り過ぎるのを待った。だが―「桂先生、どうしたのですか?」「そんな町人、構うことないですよ?」桂は、何故か秀哉の前で足を止めた。「君達、先に行ってくれないか?僕は、この人と話したい事がある。」「しかし・・」「行きましょう、上田さん。先方を待たせてはいけません。」桂を訝しげな眼で見る浪士を、すかさず樹里がそう言って促した。「僕と話したいことって、何だろう?」「樹里、お前も先に行け。」「はい・・」樹里はチラリと秀哉を見ると、浪士の後に続いた。「ここは人の往来が激しいから、何処か静かな所に行こうか?」「構いませんよ、ここで。それとも、何か話したくないことでもあるのかな、河西貴司君・・いや、桂小五郎さん?」秀哉の言葉を聞いた桂の眦が吊りあがるのを見て、秀哉は彼を睨んだ。「あんたが昔、詩織さんに何をしたのか、僕は全部知っているんだからな。それなのに君は、幕末の偉人として生きているのか・・」「僕は・・逃げたかった訳じゃない。」「それは単なる詭弁(きべん)に過ぎないよ。君が詩織さんと彼女の妹にまで手を出した犬畜生より劣る奴だってことを、今すぐにでも君を慕っている連中に暴露したいくらいだ。けど、そんなことしたら君と同じ土俵に立つことになるから、それは遠慮するよ。」「僕は・・」「この際、はっきり言っておく。もう金輪際、僕達に近づかないでくれ。」秀哉はそう言って桂を睨み付けると、彼に背を向けてその場から去っていった。「桂さん、大丈夫でしたか?」「ああ。それよりも樹里、さっきは助かったよ。」「いえ・・それよりも、いつまで京に居るおつもりですか?このまま京に居ては、桂さんの身が危険に晒されて・・」「僕は、この国の為なら命を捨てることなど躊躇わずに出来るよ。僕のちっぽけな命がこの国の糧となるのなら・・」「桂さん・・」「樹里、お前に頼みがある。」桂はそう言うと、懐から一通の文を取り出すと、それを樹里に手渡した。「それを、ある人に渡して欲しい。決して中を見ないでくれよ。」「承りました。」樹里は桂に頭を下げると、彼から文を受け取った。「必ず、この文を届けます。」「頼んだよ、樹里。」にほんブログ村
2013年07月29日
コメント(2)

「詩織さん、どうしたんですかその格好!?」一足先に会津藩本陣へと戻った秀哉は、泥に塗れた詩織の姿を見てそう彼女に呼びかけると、彼女は地面に蹲ったかと思うと突然大声で泣き出した。「詩織、なじょした?」「さぁ、突然泣き出して・・」「酷ぇ格好だ。まずこいつを風呂に入れてやらねぇと・・」「詩織さん、立てますか?」詩織は覚馬と秀哉に身体を支えられながら、風呂へと向かった。「詩織さん、お湯加減これでいいですか?」燃やした薪に火をつけた後、秀哉はそう言って湯船に居る詩織の方へと声を掛けた。「大丈夫です。さっきは取り乱してしまって、申し訳ありませんでした。」「いいえ。何があったんですか?」「実は、さっき米屋で貴司に会ったんです。でも、わたしの事を覚えてはいませんでした。」「だからさっき、あんなに取り乱して・・」「あの人は、違う名前で呼ばれていました。それを聞いた途端、わたしは彼に捨てられて、彼は今までとは違う人生を歩んでいるっていうことに気が付いて・・悔しくなって、涙が止まらなくなって・・」詩織は顔を湯で洗うと、次の言葉を継ぐ為に大きく深呼吸した。「もう、彼の事は忘れました。あんな男、こっちから捨ててやります。」「詩織さん・・」「取り乱した姿を見せてしまって申し訳ないと、覚馬さんに伝えてください。」「わかりました・・」 秀哉が覚馬の部屋へと向かうと、彼は何か物思いに耽っていた。「覚馬さん、どうしたんですか?」「詩織は?」「今は落ち着いています。取り乱した姿を見せてしまってすまないと言っていました。」「そうか・・あいつはなじょしてあんなに取り乱したんだ?」「実は、彼女昔付き合っていた男と偶然米屋で会ったそうです。その男は、彼女ばかりか彼女の妹にまで手を出した最低な男です。」「そんな男に会って、平気な訳がねぇ。」「ええ。僕だって、詩織さんからそいつの話を聞いた時は、必ずそいつを見つけ出して殴ってやりたいと思いましたよ。」本当は事件の捜査をしていて、河西貴司と詩織の関係を知った秀哉だったが、覚馬には適当に嘘を吐く事にした。「そん男、名は何ていうんだ?」「河西貴司です。でも、ここでは別の名を名乗っているのかもしれません。」「そうか・・」「それじゃぁ、僕はこれで。詩織さんの事、励ましてやってくださいね。」「なじょして俺が、詩織を・・」「恋人を守るのは、男の役目でしょう?僕は詩織さんとは、ただの友達ですから。」 秀哉はそう言ってニッコリと笑うと、顔を羞恥で赤らめている覚馬を部屋に残し、そこから出て行った。「詩織、落ち着いたか?」「はい。」「あん男のことはもう気にすんな。これからは、俺がお前ぇを守ってやる。」「覚馬さん・・もっと早くに、あなたに会えていたら良かったのに。」「俺もだ。」覚馬は震える詩織の肩をそっと抱いた。国許には妻や娘が居るが、彼らを蔑ろにしたくはない。だが、詩織の事も放っておけない。どちらかひとつを選べと言われても、無理だ。(俺は、なじょしたらいいんだ?)「覚馬さん、どうしました?」「何でもねぇ。」にほんブログ村
2013年07月29日
コメント(0)

※BGMとともにお楽しみください。「何だか、僕達の時代の京都とは、全然違いますね?」「そりゃそうでしょう、140年以上も前なんですから。」 詩織は秀哉とともに、買出しに来ていた。「北原さん、どうしてここに来たのですか?」「前に言ったように、僕は君達の失踪事件に関わっていて、何者かに襲われたんだ。」「あなたを襲った人は、まだ捕まっていないんですね?」「ああ。その犯人は、政治家と深い繋がりがあるかもしれないと、僕はにらんでいるんだ。」「失踪事件に、政治家が絡んでいるって、一体どういうことなんですか?」「実はね・・失踪事件を警視庁と合同で捜査を開始した時、嫌がらせのファックスやメールが僕宛に届いたんだ。」秀哉はそう言って懐から一枚の紙を取り出した。そこには、“真相を暴いたらお前を殺す、手をひけ”と書かれていた。「パソコンで書かれたものだから、誰が書いたかわからない。」「そうですね。最近はこういった脅迫状は、パソコンやワープロ書きのものが多いって、テレビで言っていました。北原さん、脅迫状の送り主、見当がつきますか?」「全然。それよりも河内さんの方が心配だ。」「河内さんって、北原さんの上司の方?」「まぁね。あの人も、襲われたんだよ。」「そんな・・」「ますます怪しいと思わない?もし犯人が口封じをしたいのなら、僕だけを殺せば済む筈だ。それなのに、河内さんをも殺そうとしている。だとすれば・・」「河内さんも、単独で事件を調べていたってことですよね?」「そうだね。もしかして、河内さんは犯人に都合が悪い真実を掴んだのかもしれない。」「それで、彼は殺されかけたんですね?彼の容態は?」「わからないけど、僕の夢に出て来た河内さんは、生死の境を彷徨っているみたいだった。」そう言葉を切った秀哉は、涙を堪えていた。「僕の所為だ・・僕が、河内さんを危険に晒してしまった。」「北原さん、自分を責めないでください。河内さんは、きっと大丈夫ですよ。」「そうだね・・あの人が、簡単に死ぬはずがない。ごめんね、辛気臭い話しちゃって・・もう帰ろうか?」「はい。」詩織と秀哉が黒谷へと向かう途中で、彼女は米屋にスマホを置いて来たことを思い出した。「すいません、忘れ物をしてしまいましたから、先に戻っていてください!」「でも、危ないですよ?」「すぐに戻りますから!」 詩織はそう言って秀哉に背を向けると、元来た道を戻っていった。「あった・・」 米屋に入り、スマホを握り締めた詩織が安堵の表情を浮かべながらそこから立ち去ろうとした時、彼女は一人の男とぶつかった。「すいません・・」「いえ、わたしの方こそ。お怪我はありませんか?」「はい・・」詩織がそう言って顔を上げると、そこには河西貴司が立っていた。「貴司・・」「わたしをご存知なのですか?」「今まで何処に行ってたのよ、馬鹿!」詩織は貴司の顔を平手で打った。「桂先生、行きましょう!」「ああ・・」「待ちなさいよ、あんたにはまだ言いたい事が沢山あるんだから!」貴司を逃がすまいと、詩織は彼の着物の袖を掴んだ。「退け!」連れの男に突き飛ばされ、詩織は地面に尻餅をついた。「さぁ、行きましょう。こんな女に構っている暇はありません。」「わかった・・」「待ちなさいよ、この薄情者~!」詩織は貴司の背中に草履を投げつけると、大声で泣いた。にほんブログ村
2013年07月29日
コメント(0)

「一本!」 道場内に、歳三の声が響いた。 双葉は面を取ると、対戦相手である隊士に一礼した。「また勝ちましたね、あの子。薙刀の腕も確かですが、剣の腕もめきめきと上達していますね。」「まぁな。あいつはぁ使える。」そう言って双葉を見つめる歳三の瞳は、熱を帯びていた。「さっきの稽古、力が入っていたな。」「斎藤先生・・」 双葉が井戸で顔を洗っていると、斎藤が彼女に声を掛けて来た。「薙刀とは使い方が違うので、つい無駄な力が入ってしまいます。」「お前は基本が出来ているから、大丈夫だ。それに、お前は努力家だからな。」斎藤はそう言って双葉の手を取ると、その両手に残る竹刀ダコを見た。「女だからと馬鹿にされねぇように、毎日素振りを千回しておりやす。」「いい心がけだ。総司にお前の爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだな。」「そんな、恐れ多い・・」「二人とも、何やら楽しそうだね?」斎藤と双葉が楽しそうに話していると、そこへ伊東がやって来た。彼の背後には、伊東の弟・三樹三郎と、篠原泰之進が立っていた。「伊東殿、おはようございます。」「確か君は・・斎藤君だったね?君の噂は聞いているよ。新選組の中で、沖田君に次ぐ剣の遣い手だとか?」「俺はまだまだ半人前です。剣の遣い手というならば、伊東殿の方が相応しいでしょう。」「ふふ、嬉しい事を言ってくれるね。今日は楽しい一日になりそうだ。」伊東は上機嫌な様子でそう言って笑うと、離れへと戻っていった。「食えない男だな。」伊東の背中を見つめながら、斎藤はそう呟いた。「何だか、あの人おっかねぇ。」「おっかない?」「何だか、顔は綺麗だけんじょ、魔物みてぇだ。」「魔物、か・・絶世の美貌を持った物は、その内に魔を秘めているという。玄宗を惑わし、国を傾けた唐の楊貴妃のようにな。」「あの人は、いつか新選組を滅ぼすのでごぜぇやすか?」「それはまだわからんな。ただ、余り親しくしない方が得策かもしれん。」斎藤はそう言って双葉の肩を叩くと、井戸から去っていった。「双葉様、遅かったなし。」「斎藤先生と少し話をしてたんだ。ゆき様、伊東先生のことどう思う?」「伊東先生・・綺麗なお方だと思うけんじょ、双葉様はあの人の何処がおっかねぇんだ?」「それは・・」「二人とも、その話は今止した方がいいよ。」巡察へと向かおうとした時、双葉とゆきが伊東の事を話していると、総司が彼らの肩を叩いた。「なじょして・・」「ほら、あそこ。伊東さんの番犬が居るよ。」二人が総司の指す方を見ると、そこにはこちらの様子を窺っている篠原の姿があった。「壁に目あり、障子に耳ありっていうでしょ?」「以後、気をつけます。」「わかればいいんだよ。さてと、巡察に行こうか?」 屯所を出る一番隊を密かに物陰から見ながら、伊東は近くに控えていた内海を見た。「内海、ひとつ頼みたいことがあるんだが、いいか?」にほんブログ村
2013年07月29日
コメント(0)

「局長と副長がお帰りになったぞ!」「門前でお迎えしろ!」隊士達は近藤達が戻ってきた事を知り、彼らを盛大に出迎えた。「皆、元気だったか?」「近藤さん、お帰りなさい。土方さんも。」「今日はみんなに、新しい仲間を紹介する。伊東甲子太郎先生だ。伊東先生?」「これは失礼、道端に綺麗な竜胆が咲いていたものでして・・」そう言って伊東甲子太郎は、被っていた編笠を脱いだ。くっきりとした目鼻立ちをしていたが、特に何処か憂いを秘めた目には、色気があった。伊東の顔を見た途端、周囲に居た隊士達がその美貌に圧倒されて黙り込んでしまった。「おや、どうしました?」「お前達、そんなに伊東先生を見るな、失礼だろう。」「申し訳ございません。」隊士達は慌てて近藤達の為に道を開けた。「何だか、おっかねぇな、あの人。」「おっかねぇ?伊東先生のことか?」「美男子だけんじょ、何かおっかねぇんだ。」「確かにな。役者絵から抜き出てきたみてぇな人だが、何処か隙がねぇっていうか・・」「二人とも、同じ意見みたいだね?」「沖田先生、いつからそこに?」「さっきから居たよ。まぁ、伊東さんの事、僕は嫌いだなぁ。何かお高くとまっているようでさぁ・・」「どんな方なのです、伊東先生は?」「う~ん、江戸で道場をやっているとしかわからないんだけど・・何でも、尊王攘夷派と親しいみたい。」「尊王攘夷派と繋がってる?」「まぁ、噂だけどね。僕が言ったってこと、秘密だからね。」「わかりました。」 広間に双葉とゆきが入ると、そこには笑顔の近藤と伊東の姿があった。それとは対照的に、土方や沖田は、何処か不機嫌そうな顔をしていた。「何だか、局長は楽しそうだな。」「んだなし。伊東先生を信頼しているみてぇだ。」双葉はそう言うと、しかめっ面を浮かべている歳三を見た。伊東の話を聞いただけでも彼の事が気に入らないと言っていた彼である。伊東本人を見て、彼は今伊東への敵愾心を密かに燃やしているのだろう。夕餉は、少し険悪な空気が流れたまま終わった。「何だか、嵐が来そうだな。」「んだな・・」胸のざわめきを、ゆきと双葉は密かに感じていた。「君が、女だてらに薙刀を振るう子かい?」「伊東先生・・」双葉は突然伊東に声を掛けられ、驚いた。「はい、吉田双葉と申します。」「双葉、良い名だね。これからも、頑張りたまえ。」「はい・・」そっと肩に触れられただけだというのに、双葉の全身に悪寒が走った。(何だ・・今の?) 伊東と初めて顔を合わせた時、彼から感じた“おっかねぇもん”の正体を、双葉は掴めずにいたが、彼とは余り親しくしない方がいいと思った。にほんブログ村
2013年07月27日
コメント(0)

「双葉様、近々江戸から新しい人が来るんだと。」「どんな人だ?」「何でも、江戸で道場を開いていて、和歌に精通しているそうだ。」「そんな偉い人が新選組に来るなんて、たまげたな。」双葉がそう言いながら野菜を包丁で切っていると、歳三が厨房にやって来た。「二人とも、何を話してたんだ?」「近々江戸から新しい先生が来ると聞きやして・・」「ああ、伊東のことか。近藤さんから話を聞いたことがあるが、俺ぁ好かないな。」そう言った歳三は、眉間に皺を寄せていた。「夕餉の支度ができやしたので、すぐにお運び致しやす。」「わかった。」長い黒髪をなびかせながら、歳三は厨房から出て行った。「何だか、副長は気が立ってたな・・」「双葉様、早く運ばねぇと、味噌汁が冷めんべ。」ゆきに促され、双葉は隊士達の膳を広間へと運んだ。そこには、不機嫌そうな表情を浮かべながら、歳三が近藤と何かを話していた。「今、土方さんに話しかけない方がいいよ。」「なじょしたのですか?」「君も、近々新しい人が来る事、知ってるでしょう?伊東甲子太郎っていうんだけどね・・どうも土方さん、その人に対抗意識を抱いているみたいなんだよね。」「そうですか・・」「まぁ、放っておいた方がよさそうだね。」そう言って土方を見る総司の顔は、何処か嬉しそうだった。「本当に、あいつを入隊させるのか?」「歳、そんなに尖るな。伊東先生は素晴らしい方なんだ。」「ふん、どうだか。俺ぁあいつのことを信用できねぇぜ。」歳三は近藤を睨みつけながら、味噌汁を啜った。「機嫌を直してくれ、歳。」「あんたがもう決めた事なら、俺はもう反対しねぇよ。」「歳・・」完全に親友の機嫌を損ねてしまったと感じた近藤は、広間から出て行く彼の姿を見ながら溜息を吐いた。「あれは完全に臍曲げちゃいましたね、土方さん。」「総司、嬉しそうだな?」「そうですか?でも僕、伊東さんって人がどんな人なのかわかるなぁ。まぁ、僕も好きになれないかも。」「総司、お前まで・・」「お休みなさい。」 それからほどなく、歳三達は新入隊士募集の為江戸へと向かった。「何だか、嫌な予感がするなぁ。」屯所の門先で近藤達を見送った総司は、そう呟くと道場へと向かった。「土方君だね?初めまして伊東甲子太郎と申します。」「土方歳三と申します。以後お見知りおきを。」江戸で初めて伊東と顔を合わせた歳三は、初対面であるというのにますますと彼の事が嫌いになっていった。表面上は好青年然としているが、その裏でどんな醜い本性を隠しているのかがわからない。自分達に向ける笑顔が、何処か不気味なものに歳三は見えて仕方がなかった。「歳、どうした?」「いや・・何でもない。」「土方君、これから宜しくね。」伊東はニッコリと歳三に向かって微笑んだ。(あんたの化けの皮、何が何でも俺が剥がしてみせるぜ。)にほんブログ村
2013年07月27日
コメント(2)

「詩織さん、お帰りなさい。」「ただいま戻りました。すいません北原さん、夕飯の支度頼みます。」「わかりました。その様子だと、山本さんを怒らせちゃったみたいですね。」秀哉がそう言って詩織を見ると、彼女は溜息を吐いた。「詩織、来い!」「それじゃあ、後で。」覚馬の怒声が聞こえ、詩織は秀哉に頭を下げて覚馬の元へと向かった。「お前ぇは無防備過ぎんだ。今京には長州の残党が何処に潜んでいるのかもわからねぇ。」「申し訳ありませんでした。以後、気をつけます。」「わかりゃぁいい。これからは、俺の許しを得ずに勝手に外出してはなんねぇ、わかったな?」「はい・・」こってりと覚馬に絞られた詩織が厨房へと向かうと、秀哉が夕飯の支度をしていた。「もうご飯と味噌汁は出来ましたよ。」「ありがとうございます。後はわたしがやりますから。」「それにしても、山本さんって結構厳しいですよね?自分の許しを得ずに外出するなとか。まるで詩織さんの亭主気取りじゃないですか?」「聞いてたんですか、さっきの話?」「いいえ。余りにも山本さんの声が大きいから、こっちまで聞こえてきたんですよ。」秀哉はそう言うと、ニヤニヤしながら膳の上に味噌汁とご飯を並べた。「どうしたんですか、北原さん?」「いえ・・二人が両想いになった途端に山本さんが急にソワソワして落ち着きがなくなるから、可愛いなと思って。」「男に向かって可愛いっていうのは・・」「まぁ、人の恋路を邪魔するつもりはないですよ、僕は。」「もう、あんまりからかわないでください!」そんな二人の様子を、覚馬が柱の陰から密かに見ていた。「なじょしたんだ、そったらとこで厨房を覗いて?」「な、なんでもねぇ!」覚馬は頬を赤く染めると、そそくさと広間へと向かった。「おがしな人だ・・」修理は小首を傾げながらそう言うと、厨房の中を覗いた。「あ、神保さん。」「また北原様がお料理を?」「ええ。容保様のお口に合えばよいのですが・・最近、ご体調が優れないとおっしゃっておりましたから、味噌汁は塩分控えめにしました。」「そうですか、かたじけない。北原様は、細かい所にもお気づきになられるのですね。」「まぁ、そういう性格なんで。」 その日の夜、詩織が縁側で涼んでいると、そこへ覚馬がやって来た。「何考えてんだ?」「昔付き合っていた男のことです。彼、碌でもない男で、わたしは散々遊ばれた挙句、彼にゴミのように捨てられました。」詩織は自嘲めいた笑みを浮かべながら、覚馬を見た。「もっと早く、覚馬さんに会っていたら・・こんなに苦しい思い、しないで済んだのかもしれない・・」詩織はそう言うと、涙を流した。「心配すんな、俺はお前ぇを泣かせたりしねぇ。」「覚馬さん・・」やがて二人は、そっと互いの唇を重ねた。にほんブログ村
2013年07月27日
コメント(0)

「それじゃぁ、買いだしに行って来ます。」「このごろ何かと物騒ですから、僕も行きますよ。」「いえ、大丈夫です。」 翌朝、詩織は供をするという秀哉の誘いを断って、一人で買いだしへと出掛けた。「これでよし、と・・」大量の食材を買いこんでしまった彼女は、秀哉の誘いに乗っていればよかったと後悔しながら、四条通を歩いていた。その時、見るからに柄の悪そうな数人の男達が道を塞いでいた。(嫌だなぁ・・)なるべく彼らと目を合わせないように、詩織は足早にそこを通り過ぎようとしたが、男の一人が彼女をしげしげと眺めると、不意に彼女の腕を掴んできた。「何するんですか、離してください!」「何じゃぁ、減るもんやなか。」「ええ女じゃ、少しわしらと遊ばんか?」酒臭い男達の息がかかり、詩織は思わず顔を顰めた。「やめて、離して!」「そんなに嫌がうても、無駄じゃき。」男が詩織を人目がつかぬ通りへと引き込もうとした時、彼の額に石が当たった。「そこで何してんだ!」「うるせぇ、童は引っ込んどれ!」男は詩織を乱暴に突き飛ばすと、自分に石を投げた少年に向かって刀を振りまわした。しかし少年は臆することなく男の向う脛を蹴り上げると、素早く刀を抜いて峰打ちした。「ぐあ・・」苦悶の呻き声を発しながら、男はゆっくりと地面に倒れた。「新選組じゃ!」「早う逃げや!」地面に倒れている男を助け起こした彼の仲間は、脱兎の如くそこから逃げ去っていった。「さすけねぇか?」「はい・・危ない所を助けていただき、ありがとうございました。あの、あなた様のお名前は?」「吉田双葉でごぜぇやす。」「わたしは、宮島詩織と申します。会津藩で世話になっている者です。」「会津様に?わだすは新選組の隊士を務めております。此処で会ったのもなにかのご縁、その荷物をお持ちしやしょう。」「いいんですか?結構重いですよ?」「これ位、大したことねぇ。」双葉はそう言うと、5キロほど米が詰まった袋を軽々と肩に担ぎあげた。「華奢な身体をしていらっしゃるのに、力持ちなんですね?」「女だからと馬鹿にされてはなんねぇから、昔から身体を人一倍鍛えておりやした。」「え、あなた女の子なの?」詩織が驚愕の表情を浮かべて双葉を見ると、彼女は何処か照れ臭そうに笑っていた。「今はこんななりをしておりやすが、れっきとした女子でごぜぇやす。」「強い子ね、あなた。わたしなんかとは大違い。」 双葉が詩織とともに会津藩本陣がある黒谷へと向かうと、そこには仁王立ちで両腕を組んだ覚馬が居た。「お前ぇ、怪我はねぇか?」「はい。」「もう二度と一人で出歩くんじゃねぇ、わがったな!?」「申し訳ありません。これからは必ず北原さんと一緒に外出する事にします。」「ああ、そうしてくれると助かる。にしは、どうしてここに居んだ?」覚馬の視線が、詩織から双葉へと移った。「この方に、男達に絡まれていたところを助けて貰ったんです。」「そうか。女子でも腕が立つという隊士は、にしか。」「はい。」覚馬にそう答えた双葉は、少し緊張している所為か、顔がひきつっていた。にほんブログ村
2013年07月27日
コメント(0)

覚馬が目の異変に気づいたのは、禁門の変から数ヶ月経った頃だった。最近、妙に視界が霞むことが多くなった。不安に思った彼は、眼科医にかかることにした。「白底翳(しろそこひ)(白内障)どすな。」医師からは、今は症状を抑える薬を投与すれば何とかなるが、いずれは失明してしまうだろうと言われ、覚馬は絶望を感じた。(目が・・見えなくなんのか・・)まだ、やりたい事が沢山ある。江戸で学んだ西洋の学問を世に広め、日本をよりよい国にしたい―そう思い、洋学所を開き、充実した日々を送っているというのに・・「山本さん、どうかなさいましたか?」「いや、何でもねぇ・・」「もしかして、目が悪いのですか?」「なじょして、わかった?」「最近、時々目元を擦ったり、眉間を揉んだりしておられますよね?もしかして、禁門の変で砲弾の欠片が目に入ったから・・」「お前ぇの所為ではねぇ。俺が油断しただけだ。」「でも・・」 禁門の変で洛中が炎に包まれた時、砲弾と炎から詩織を守ろうとして、覚馬は負傷した。「わたしの所為で、山本さんの光を奪うことになるんだなんて・・こんなことになるんだったら、あのまま死んでいたらよかった!」「馬鹿な事言うでねぇ!」カッとなった覚馬は、そう叫ぶと平手で詩織の頬を打った。「山本さん・・」「お前ぇが死んでなじょする?そんな事を二度と言うな!」「すいません・・頭を冷やしてきます。」詩織は涙を堪えながらそう言うと、外へと飛び出していった。「いくらなんでも、あの言い方はないでしょう?詩織さんだって責任を感じているんです。」「にしに何がわかんだ。余計な口を挟むでねぇ!」「いいえ、挟ませていただきますよ。覚馬さん、あなた詩織さんの気持ちを知っていながら、彼女に冷たく出来ないでいる。つまりあなたも、詩織さんに想いを寄せているっていうわけだ。」秀哉に図星を指され、覚馬はバツの悪そうな顔をして無言で部屋から出て行った。「二人とも、素直じゃないんだから・・」 詩織は井戸の近くで腰を屈めながら、声を押し殺して泣いていた。まだ覚馬に打たれた頬がヒリヒリして痛い。自分の所為じゃないと彼は言ってくれたが、詩織は自責の念を感じずには居られなかった。「いつまでそうしてんだ?」「山本さん・・」「さっきは悪かった。これからどうなるのかと思ったら、気が立っちまった。」「いいんです。もう気にしてませんから・・」「じゃぁ、なじょしてそんな顔をするんだ?」詩織が泣き腫らした目で覚馬を見ると、彼は突然詩織の腰を掴み、自分の方へと抱き寄せた。「山本さん?」「止めろ。」「え?」「これからは名前で呼べ、わがったな?」「はい・・覚馬さん。」いつか別れなければならない、二度と会えないとわかっていても、詩織は覚馬への想いを抑えきれないでいた。それは、覚馬も同じだった。にほんブログ村
2013年07月27日
コメント(0)

「登君?」「来るな!」 秀哉が登の部屋に入ろうとすると、彼は怯えた目で秀哉にナイフを突き付けた。その刃先は、赤黒い血で濡れていた。「その血、どうしたの?」「俺・・今日いじめていた奴らをこのナイフで刺して復讐したんだ。あいつら、俺の事をサンドバッグにしか思っちゃいなかった!先生も、クラスの奴らも見て見ぬふりをして・・だから、俺があいつらを殺さないと、いじめは永遠に続くと思った!」「だから、3人を刺したんだね?自分の身を守る為に?」「そうさ。自分の身を自分で守って、何が悪い!誰も助けてくれないから、あいつらに俺と同じ目に遭わせたかっただけさ!」そう叫ぶ登の目は、狂気で血走っていた。「登君、君の気持ちは良くわかる。けど彼らに復讐して何か変わった?君を取り巻く状況は良くなるどころか、悪くなる一方だと思うよ?」「そんな・・どうして・・」「それは君が人を殺してしまったから。どんな理由であれ、人を殺したらその罪を償わないといけないんだ。あの3人にいじめられていたという真実が明らかになっても、君は一生その罪を背負わなければならない。」「そんなの不公平だ!」「残念だけど、それが社会ってもんなんだよ!自分が正しいと思っているのに、周りは動いちゃくれない!そんな理不尽な世の中を、君は生きていかなくちゃならないんだ!今ここで死んでも・・」「畜生!」登は突然大声で叫ぶと、ナイフを乱暴に放り投げた。「俺はあいつらに復讐したっていうのに、ちっとも気が晴れない。寧ろ、俺は人殺しなんだって思うと、怖くて・・」「それでいいんだよ。罪の意識を感じているってことは、君にはまだ良心があるということだ。それを失くしたら、もう人間じゃない。」秀哉は震える登を、そっと優しく抱き締めた。その様子を、覚馬が縁側から見つめていた。「罪の意識を失くしたら人ではない、か・・何だか考えさせられるな。」「んだなし。初めて剣を取った時のことを、今でも思い出す。初めて人の命を奪った時のあの恐怖と、興奮・・あれからもう何年も経つのに、忘れられねぇ。」「佐川様・・」官兵衛は、自分の両手を見つめた。「あいつは強くなる。強くなって、立派な男になる。」「んだな・・」覚馬はそう言うと、月を静かに眺めた。「何だか、ご飯を炊くのも、お風呂を炊くのも一苦労ですね。電気とガスがないと、こんなにも不便なものだなんて知りませんでした。」「そうですね。でも、一切無駄がない。食事だって、食べる分だけ採って料理する。飽食の時代と呼ばれる現代とは、大違いです。」「ええ。究極のエコですね。」 秀哉はそう言って詩織を見ると、彼女は縁側に立っている覚馬を見ていた。「詩織さん、もしかして山本さんのことが好きなんですか?」「え・・どうして、わかるんですか?」「まぁ、山本さんは男の僕でも惚れてしまいそうな人ですからね。でも彼には奥さんと娘さんが・・」「わかっています。この想いは胸に秘めたままでいます。おやすみなさい。」 詩織は秀哉に向かって頭を下げると、自分の部屋へと戻っていった。(どうしちゃったんだろ・・山本さんの事、好きになってはいけないのに。)にほんブログ村
2013年07月27日
コメント(0)

「何かお手伝いすること、ありますか?」 秀哉がそう言って厨房へと入ると、詩織が額の汗を拭いながら竈(かまど)の前に座り込んでいた。「すいません、じゃぁお味噌汁お願いします。こっちは今手が離せないんで。」「わかりました。」浴衣姿の秀哉は素早く襷(たすき)を掛けると、包丁で器用に野菜を切り始めた。「北原さん、料理されるんですか?」「ええ。独身男性の嗜みなんで。独身だからって、外食やコンビニ弁当ばかり食べてると飽きちゃうんです。」「そうですか。最近じゃぁ男性も家事をするようになってきましたけど、この時代ではまだ“女の仕事”ですからね。」「そうですね。まぁ、僕達の時代でもまだ家事・育児は女の仕事っていう考え方の人、多いですよ?まぁ、それは人それぞれなんじゃないかな?」秀哉がそう話しながら煮え立った湯の中に切った野菜と味噌を入れ、おたまでかき混ぜていると、そこへ修理が入って来た。「こりゃぁたまげた。北原様は、料理をされるのですか?」「ええ。朝食くらいは自分で作れます。あの、何か僕の顔についてますか?」「いえ・・北原様は随分と変わり者だなぁと思いまして。」「はは、良く言われます。」秀哉はそう言ってチラリと詩織を横目で見ると、彼女の肩が少し震えていることに気づいた。「夕餉はもうじき出来ますと、皆さんに伝えておいてください。」「わかりました。」 修理の姿が厨房から消えた途端、詩織が突然大声で笑い出した。「ね、言ったとおりでしょう?」「詩織さん、そんなに笑わなくても・・」「何だか、本当にタイムスリップしたってカンジですよね!」「ええ・・」「ご飯はもう炊けましたから、後は盛り付けるだけですね。」「この味噌汁は、美味いな。」 夕餉の時間、皆で膳を囲みながら酒を片手に笑い合っている中、味噌汁を啜っていた容保がボソリとそう呟いた。「この味噌汁は、誰が作ったのだ?」「それ、僕が作りました。」躊躇いなく、秀哉はそう言って手を挙げた。「そなたが?」「誰から、教わったんだべ?」信じられないといったような顔をして田中土佐がそう言って秀哉を見た。「本を見て覚えました。最初は難しいだろうなぁと思ってたんですけど、やってみると意外と簡単ですよ。容保様もやってみません?」「殿に無礼であるぞ!」「余り調子に乗るでねぇ!」自分より身分が上である相手に対してそんな言葉を投げた秀哉に対し、たちまち周りに居た藩士達から非難の声が上がった。「面白い男だな。気が向いたらわしもそなたから味噌汁の作り方を習うとしよう。」「殿、なりません!殿がそのような・・」「土佐、そう尖るな。たかが味噌汁じゃ。」容保が上手くその場を収めてくれたお蔭で、険悪な空気にならずに済んだ。「にしは料理も作れんのか?」「ええ。でも、さっきは容保様に助けられました。出過ぎたまねをして、申し訳ありません。」「いや、気にすんな。殿はどうやら、にしの事が気に入ったみてぇだ。」「そうなんですか・・」「登の奴、まだ部屋に引き籠って・・」「覚馬さん、僕が彼を呼んで来ます。」警察手帳を見せた時に、登が酷く怯えていたことを思い出した秀哉は、そう言って彼の部屋へと向かった。にほんブログ村
2013年07月27日
コメント(2)

「こりゃ、桂さんじゃあ!」「何言ってんだ!こいつは京都で失踪した大学生、河西貴司だ!あの桂小五郎なわけがあるか!」「いんや、桂さんじゃ、間違いない!」何度田淵がそう龍馬の言葉を否定しても、彼は河西貴司が桂小五郎だと主張して一歩も譲らなかった。「じゃぁ、お前が知っていることを話せ。どうしてこいつが桂小五郎だと思ったんだ?」「そりゃぁ、わしが桂さんと何度も会っちゅうからに決まっとるぜよ!桂さんはこん男とそっくりじゃ!」「何処でお前は桂小五郎と出会ったんだ?」「江戸の道場じゃき。」「今彼は何処に居るか、わかるか?」「さぁ、知らん。禁門の変で京が焼け野原になって、桂さんは萩に戻ったんやないかのう。」「そうか・・」俄かに信じがたい話だが、龍馬の目を見れば、彼が嘘を吐いていないことがわかった。「先輩、今日はここら辺で終わりにしましょう。この人を連れて捜査するとななると、何かと支障が出ますし。」「そうだな・・」田淵は横目でチラリと龍馬を見ながら、西山の言葉に頷いた。「ここが、おんしが住みゆう家かえ?」「ああ。勝手にその辺の物に触るなよ。」「わかっちゅう。」 数分後、官舎の前で西山と別れた田淵は、そのまま龍馬を自分の部屋へと連れて行った。「急に明るうなったぜよ!」リビングの電気をつけると、龍馬が素っ頓狂な声を出して驚いた。牛丼屋での反応といい、この男はいちいちリアクションが激しい。まぁ、本当に電気もガスもない幕末から来たというのなら、驚くのも無理はないと思うが。田淵は冷蔵庫を興味深げに開け閉めする龍馬を尻目に、テレビをつけた。「箱の中で人が動いちゅう!これは何ぜよ!」「これはテレビっていうんだ。箱の中に人は居ない。それよりも龍馬、ここで俺と暮らす以上、俺のルールには従って貰わないと困る。」「ルール?」「掟みたいなもんだ。ルールその一、俺が居ない時に勝手に家電で遊ばない。ルールその二、電話には決して出ない。ルールその三、玄関のチャイムが鳴っても居留守を使うこと。その三つだけは守れ、いいな?」「つまり、おんしが留守にしとる時は、わしゃ息をひそめてじっとせぇっちゅうことかの?」「ああ、そういうことだ。」「そんなん、つまらんぜよ!まだわしの知らんことが多いき、もっと知りたいぜよ!」「お前なぁ・・」まるで幼子がスーパーで親に菓子を買えと駄々を捏ねているような龍馬を見て、田淵の堪忍袋の緒は今にも切れそうだった。 その時、玄関の方でチャイムが鳴った。「田淵さん、居ます~?」「おい、隠れろ!」「何処に隠れたがええがか?」「押し入れに隠れろ!」 田淵がそう言って龍馬を押し入れに押し込むと、彼は玄関へと向かった。「あら、いらっしゃったんですね。上がってもいいですか?」「すいません、中が散らかっていて・・」「あら、そう・・」お節介好きの主婦はチラリと田淵の肩越しに部屋の中を覗くと、田淵に背を向けて去っていった。にほんブログ村
2013年07月27日
コメント(0)

「誰か開けてつかぁさい!わしゃ無実じゃぁ~!」「うるせぇぞ、静かにしやがれ!」同室者の罵声などものともせず、龍馬はガンガンと鉄格子を叩いた。その所為で、彼の両手には血が滲んでいた。その時、看守が龍馬の牢の前に立つと、腰に巻いている鍵束のひとつを南京錠に挿し込んだ。「出ろ。」「やっとわしが無実やと、わかってくれたがかえ?」「早く行け。それとも、ここで一生暮らしたいのか?」「いや、それは勘弁じゃき!」 数分後、釈放され警視庁から出た龍馬は、自分が生きた時代とは様変わりした東京の風景に驚いていた。「なんじゃぁ、あん建物は?天に向かって聳えゆうぞ!」スカイツリーを指しながら興奮した様子でそう独りごとを言う龍馬を、気味悪げに近くの通行人がジロジロと見ていた。「ママ、あの人ひとりでお話してるよ。」「しっ、見ちゃ駄目!」周囲の視線を気にせず、龍馬は大きな声で独りごとを言っていた。「おい、お前。」「あ、おんしが田淵さんかえ?」連絡を受け、苦虫を噛み潰したかのような顔をした田淵が龍馬の前に現れると、彼は嬉しそうに田淵を見た。「丁度よかった、わしゃ腹が減ったき、何か食わせてくれ!」「・・ったく、面倒な奴だ。西山、行くぞ!」「はい!」 近くの牛丼屋に入った三人だったが、そこでも龍馬は騒いで煩かった。「何じゃぁこの丼は?こんなに肉が入っとるもん、見た事ないぜよ!」「黙って食え!」「どれどれ、一口食べてみるかえ・・まっこと、美味いぜよ!」何の変哲もない牛丼に対して、一口食べるごとにご飯粒を飛ばしながら感動する龍馬の姿を、田淵達は呆れたような顔で見ていた。「先輩、あの人大丈夫なんですか?」「放っておけ、ただの馬鹿だ。」「一度精神科に診て貰った方が・・」「なぁに、ああいう奴は無視が一番だ。」田淵はそう言って味噌汁を啜りながら、龍馬の独りごとを無視した。「先輩、どうします?あの人を連れて行くのは・・」「かといって、車の中で待たせておくのもな・・あいつが熱中症で倒れでもしたら、こっちの責任にもなるし・・」 宮島詩織の失踪現場へと向かう車の中で田淵と西山がそう話している時、後部座席に座っている龍馬はまるで子供のようにはしゃいでいた。「ここです。交差点を渡ったところに、産婦人科がありますね。」「何かわかるかもしれないな。」「ええ・・」「なぁ、わしはどうしたらええがじゃ?」「坂本さんでしたよね?これから仕事なので、少し黙っていただけないでしょうか?」「わかった。」 産婦人科で田淵達は、詩織が堕胎手術を受けていたこと、そして彼女の妹・美砂が河西貴司に乱暴されたことを知った詩織が、失踪当日美砂をここに連れて来ていたという情報を掴んだ。「姉ばかりではなく、妹にまで・・河西貴司って奴は、男の風上にもおけない奴ですね。」「まぁ、美男子だからな。あの顔だと女が自然と寄ってくるだろうよ。」田淵はそう言うと、スーツの内ポケットから一枚の写真を取り出した。それは河西貴司が所属している大学のサークル主催で行われた飲み会で撮られたものだった。河西貴司の右隣りには、当時交際していた宮島詩織が笑顔で映っていた。(この頃は、この男の本性を知らないで幸せだったんだろうな・・)もし目の前に河西貴司が現れたら、詩織の代わりにぶん殴ってやりたいと、田淵は思った。写真をしまおうとした時、後ろから龍馬の手が伸び、あっという間に写真を田淵の手から奪った。にほんブログ村
2013年07月27日
コメント(0)

「誰かと揉み合った際、ここに落ちたんでしょうか?」「そうだろうな。」 事件の証拠品であるブレスレットに自分の指紋がつかぬよう、西山はそれをハンカチで包んだ。「ここはもういい。今度は、宮島詩織が失踪した現場に向かうぞ。」「はい!」田淵と西山が現場から立ち去ろうとした時、一台の外車が彼らの前を立ち塞がるかのように停車した。「あなた方は、警察の方ですか?」「そうですが、あなたは?」「わたしはこういう者です。」車から降りて来た男は、二人に一枚の名刺を手渡した。そこには、“Cジュエリー専務 西崎信夫”と印刷されていた。Cジュエリーといえば、国内外に多くの支店を持つ有名宝飾店のひとつで、あのティファニーやカルティエにもひけを取らないと言われている。「有名宝飾店の専務さんが、我々に何か用ですか?」「実はわたし、ここで失踪した吉田双葉さんと会っているんです。」「詳しい話を、お聞かせ願いましょうか?」田淵はそう言うと、西崎を見た。「それで?吉田さんとはどのような・・」「実は、吉田双葉さんは社長の隠し子だったのです。」「話が見えませんね。確か彼女の家族は両親と今は故人である祖父母の5人だった筈です。それにお宅の所の社長さんはご結婚されていて、成人された息子さんが二人もいらっしゃる。」「双葉さんの母親・・良子さんは、一時期東京の社長の家で家政婦をしていました。」 昼飯時を過ぎたファミレスの店内は、客が数人しか居なかったが、西崎は誰かに聞かれたくないようで、そっと声を落として二人に何故双葉と会っていたのかを話した。「社長は奥様とは余り夫婦仲が芳しくなく、奥様は外で愛人を作っておりました。お嬢様育ちの奥様は、浪費家で・・」「そういったことはどうでもいいんです、西崎さん。それよりも我々の質問に答えていだたきたい。何故双葉さんと会っていたんですか?」「双葉さんの存在を知った社長が、是非彼女に会いたいと・・彼女が社長の娘だとまだ確信が掴めなかったので、わたしは彼女に事情を説明して、DNA鑑定を受けさせようとしていたんです。」「けれど、彼女はあなたを拒絶し、そして事故に遭った。」田淵の言葉を受け、西崎は俯いた。「確かに、彼女を混乱させてしまったのはわたしです。彼女のご両親には、大変申し訳ないことをしたと思っています。」「そうですか。では西崎さん、これに見覚えは?」「それは・・」ハンカチに包まれたブレスレットを見た西崎の目が大きく見開かれた。「このブレスレットを、ご存知なんですね?」「はい。良子さんに、社長がプレゼントしたものです。彼女が結婚して家を出る前、渡したと・・」「そうですか。西崎さん、すいませんが社長にお会いしたいんですが・・」「申し訳ないのですが、社長は今ドバイに出張中で、来週の水曜辺りに帰国する予定です。社長が帰国次第、連絡を致します。」「貴重な時間を我々の為に割いてくださり、感謝いたします。」「いえ・・わたしも、早く双葉さんが元気な姿でご両親の元に戻られる事を願っていますから。」西崎は二人に笑顔を浮かべると、伝票を掴んでレジへと向かった。「何だか、複雑な人間関係もくわわって、色々とややこしくなりそうですね。」「そうだな・・」田淵が冷めかけたコーヒーを飲んでいると、テーブルの上に置いてあった携帯が鳴った。にほんブログ村
2013年07月27日
コメント(0)

「まさか今度は、北原さんが消えちゃうだなんて・・」「予想外だな。まだあいつを襲った犯人は見つからないのか?」田淵と西山は自販機の前でコーヒーを飲みながら、失踪事件でまた新たな被害者が出た事をつい先ほど行われた捜査会議で知った。 その被害者は、北原秀哉―田淵の後輩にあたる刑事だった。彼が失踪した現場には、大量の血痕が残されており、DNA鑑定でその血痕は秀哉のものだとわかった。その上、秀哉の上司である河内が何者かに襲撃され、生死の境を彷徨っている。「どういうことでしょうね、二人とも襲われるなんて。」「河内さんはまだ意識が戻らないらしい。かなり深く刺されていたからな。」「確か傷は肝臓にまで達していたんですよね?良く生きていましたよね。」「あの人も悪運が強いな。だが、犯人がまだ捕まっていないから、油断は出来んな。」「ええ・・」二人がそんな事を話していると、多田という刑事が何やら慌てふためいた様子で彼らの方へと走って来た。「大変です、先輩!」「どうしたんだ、何かあったのか?」「実は、警視庁の入口で男が暴れているんですよ!」「何だと!?その男は凶器を持っているのか?」「ええ、日本刀を振り回しています!」「行くぞ、西山!」「先輩、待って下さいよ!」西山は慌てて缶コーヒーを飲み終えると、それをゴミ箱に捨て、慌てて田淵達の後を追った。「だから、わしは怪しいもんやないき~!」「武器を捨てなさい!」「わかった、わかった!」 三人が入口の方へと駆けつけると、そこには長身で袴にブーツという奇妙なファッションをした男が警備員と揉めていた。「こっちに来い!」「わしは何もしとらんき、見逃してくれんかのう?」「ふざけるな!」「刀をどうするがかえ?」日本刀を没収され、男がそう言って警備員に詰め寄ろうとした時、田淵は彼と目が合ってしまった。「おんし、わしは何もしとらんき、信じてくれ!」「失礼ですが、あなたのお名前は?」「わしか?わしゃ土佐の坂本龍馬じゃき!お願いじゃ、助けてくれ!」「つべこべ言わずにこっちに来い!」「わしゃ長崎へ行こうとしたんじゃ、けんどいつの間にかここに来てしもうたんじゃ!信じてくれ~!」「・・変な人でしたね。」「ああ。西山、もう一度事件現場に行ってみよう。何か身落としたものがあるかもしれん。」「はい。」田淵と西山が連続失踪事件の現場へと向かっている頃、留置場に入れられた謎の男こと坂本龍馬は、鉄格子をガンガンと拳で叩きながら己の無実を叫んでいた。「わしゃ何もしとらんき、ここから出してつかぁさい!」「うるさい、黙れ!」「わしゃ道に迷っただけじゃ!」どんなに龍馬が真実を話しても、誰も聞く耳をもたなかった。「これからどうしたらええがじゃ・・今こうしとる時期に、日本国はのうなるいうに・・」 龍馬は叫ぶのを止め、留置場の隅に座り込んでそう呟いた後、溜息を吐いた。(桂さん、助けてくれんかのう?) 一方、最初の事件現場へと向かった田淵と西山は、何か身落としたものがないか徹底的に現場周辺を調べていると、彼らは地面で何か光る物を見つけた。それは、双葉の名前が刻まれたプラチナのブレスレットだった。にほんブログ村
2013年07月26日
コメント(2)

「この丸髷姿の女性が、今回の事件の鍵を握る人物かもしれない。」「だとしたら、その女性をどう探せばいいんです?丸髷を結っている女性なんて、沢山居ると思いますよ。」詩織の言葉に、秀哉は項垂れた。「女性を探すのは後にして、今はどうやってここで生活していくかですね。詩織さんは女中としてここで暮らしているのだから生活は保障されていますけど、問題は僕ですね。」「そうですね。でも北原さん、警察の方なんでしょ?だったら、大丈夫なんじゃないんですか?武芸の心得もあるし。」「そうだけど・・」秀哉は先程溜息ばかり吐き、何処か不安そうな顔をしていた。「すまねぇけんど、警察官とは何だ?」「そうですねぇ・・奉行所の与力や同心みたいなものでしょうか。ここにも、そういった方がいらっしゃいますよね。」「ああ。だけんじょ、壬生には新選組が居んべ。町方とは余り仲が良くねぇって聞いてるが・・」覚馬の言葉を聞きながら、新選組は快く思われていないことに秀哉は気づいた。「京の都は長州贔屓と聞いたことがあります。今回の事があって、会津藩が街を燃やしたのだと、京の人々がそう思っていても不思議ではありません。」「んだな・・」秀哉がふと覚馬を見た時、彼の額に血が滲んでいることに気づいた。「それ、どうしたんですか?」「町人に石を投げられた。“会津は人殺し”だと。」「消毒した方がいいでしょう。ちょっと待っていてくださいね。」秀哉はそう言うと、部屋の隅に置かれている鞄の中から救急セットを取り出した。「少ししみますから、我慢して下さいね。」消毒液を浸したガーゼを覚馬の額に秀哉があてると、彼は痛みで顔をしかめた。「これで大丈夫ですよ。」「かたじけねぇ。」額に絆創膏を貼られ、覚馬は秀哉に礼を言った。「じゃぁわたしは、夕餉の支度をしてきますね。」詩織はそう言って覚馬と秀哉に頭を下げると、部屋から出て行った。「もうひとつ、聞いてもいいか?」「何でしょうか?」「にしは未来から来たと言った。それに、お前ぇの持ち物や着物は全て異国のもんだ。日本は、異国に乗っ取られるのか?」「それは・・」あと3年したら幕府が倒れ、会津は逆賊という汚名を着せられる―その歴史を知っているだけに、秀哉は覚馬の問いにどう返したらいいのかわからなかった。 その時、不意に襖が開き、一人の少年がそこから顔を出した。「山本さん、飯まだ?」「登、部屋入る時は声掛けろと言ったべ!」礼儀を弁えない少年に対し、覚馬はそう怒鳴ると彼の頭上に拳骨を振り下ろした。「いってぇ~!」「すまねぇなし。こいつは後で俺がきつく言い聞かせっから。」「いえ・・」「あんた、誰?俺は花岡登だけど。」「僕は北原秀哉。君と同じ未来から来たんだけど。」「へぇ、そう。それじゃ、何の仕事してたの?」「こういう仕事だけど?」秀哉は初対面だというのに生意気な口を利く登を少し脅かしてやろうと思い、ズボンのポケットから警察手帳を取り出した。すると、登は恐怖に顔を引き攣らせながら、彼に背を向けて廊下を走っていってしまった。「どうしたんだろ?」「これが、警察手帳か?」「ええ。良かったらお見せしますよ?」「ありがとなし。」覚馬はそう言うと、興味深げに秀哉の警察手帳をしげしげと眺めた。にほんブログ村
2013年07月26日
コメント(0)

「僕は北原秀哉と申します。あなたは?」「山本覚馬だ。それよりもにしに聞きたい事があんだが、いいか?」「ええ、構いません。」薬湯を飲み終えた秀哉は、布団から出て正座し、覚馬を見た。「まず、お前ぇの持ってるもんを調べてみた。どれもこれも異国の物ばかりだ。お前ぇは長州の間者か?」「いいえ。こんな事を言っても信じてはくれないでしょうけど・・僕は、未来から来たんです。」秀哉の言葉を聞いた詩織は、思わず息を呑んだ。「おかしな事を言う。熱で脳をやられたのか?」「いいえ、僕は本気で言っています。その証拠として、これを。」秀哉はそう言うと、覚馬にスマートフォンを見せた。「なじょして使うんだべ?」「これは、遠くに居る人に簡単に連絡を取れる道具です。あと、写真も撮れます。」秀哉が覚馬に説明しながらカメラを起動させると、彼は悲鳴を上げて後ずさった。「そんなおっかねぇもん、早くしまえ!」「大丈夫です、あなたに危害を加えたりはしませんから。」「山本さん、大丈夫ですよ。あれは写真機でもあるんですから。」「なおさらおっかねぇ!魂を吸い取られでもしたら、どうすんだ!?」彼の言葉を聞いた詩織と秀哉は、思わず噴き出しそうになるのを必死で堪えた。 この時代、カメラはあったものの、精巧に自分の顔が映る所為か、“魂が取られてしまう”という迷信が広がっていたのだった。「魂は取られませんよ。じゃぁ、撮りますね。」「おい、待て!」秀哉は素早く覚馬の驚いた顔を撮ると、その画像を覚馬に見せた。「何ともねぇ・・」「そうでしょう?」スマートフォンの画像を見ながら、覚馬は驚きで目を丸くしていた。「あなた、宮島詩織さんですよね?」「ええ・・どうして、わたしの名前を知っているんですか?」「実は、僕の居た世界で、奇妙な事件が起きているんです。交通事故に遭ったり、石段から転落したり、川から転落したりしたのに、現場には必ず靴だけが落ちていて、被害者達だけが忽然と姿を消してしまう・・まるで神隠しのような事件です。」「神隠し・・」詩織はハッとしたような顔をすると、懐からスマートフォンを取り出した。「わたし、あの時トラックとぶつかりそうになったんです。でも、変な事が起きて・・」「変な事?」「トラックに撥ねられそうになった時、誰かがわたしの腕を掴んだんです。その時、スマートフォンのカメラが勝手に起動して・・」詩織は画像フォルダを開くと、謎の写真を秀哉に見せた。 そこには、髪を丸髷に結っている女が、口元に不気味な笑みを湛えながら詩織の腕を掴んでいる姿が映っていた。「この女の人に、見覚えはある?」「いいえ。北原さんは、どうしてここへ?」「誰かに襲われたんだ。銃で胸を撃たれて、川に転落したんだよ。」「そうなんですか。」「実はこの事件の被害者は、僕を含めて全部で6人居るんだ。最初の被害者は、君の恋人だった、河西貴司。」「まさか、貴司もここに来ているってことですか?」「そうかもしれない。」「北原さん、彼の居場所、わかりますか?」「それはわからない。」「そうですか・・」貴司が幕末に居る―それを聞いただけで彼に会えると胸が弾んだ詩織だったが、秀哉の言葉を聞いて落胆の表情を浮かべた。たとえ彼が幕末に生きているとしても、必ず再会できるとは限らない。にほんブログ村
2013年07月26日
コメント(0)

彼が顔を上げると、そこには髪や顔が煤に塗れた市民が、会津藩士達を睨みつけていた。「俺達が、鬼だと?」「人殺し!」「早う去ね!」人々が自分達に向かって叫ぶ怨嗟の声を聞きながら、彼らに恨まれても仕方がないなと覚馬は思った。 長州を京から追い出したものの、何の罪もない市民達を巻き込み、彼らの家を焼いてしまったのだ。「覚馬さん、ここを離れやしょう。」「ああ・・」何の為に戦ったのだろうか―覚馬はやりきれぬ思いを抱えながらその場を後にした。「壬生狼は出て行け!」「人殺し!」 一方、焼け野原と化した市中を巡察している新選組もまた、市民達から罵倒されていた。「何を!」「ゆき様、落ち着いてくなんしょ。」「だけんじょ・・」「あの人達が何もかも失ったんだべ。長州を京から追い出しても、あの人達の家は戻ってこねぇんだ。」「双葉様・・」「さぁ、遅れを取ってはなんねぇ。」双葉は焼け出された市民達の姿を、あの震災で全てを失った自分達と重ねていた。「それにしても、南部様は・・」「あの人なら、沖田先生が監視してっから、大丈夫だべ。」「んだなし。」 同じ頃、屯所では秀明が総司と向かい合って座っていた。「南部君、だっけ?君、どうしてそんなに冷静でいられるの?」「別に。」「まぁいいや。それよりも、京から長州を追い出したけど、僕達は憎まれてしまったね。まぁ、仕方がないと思うけど。」「この戦で長州を追い出しても、また戻って来ると思うけどな。」「それ、どういう意味?」「長州は、一度決めた事を実行するまで簡単には諦めないだろうってことさ。俺があんた達に言いたいのはそれだけ。」「ふぅん、結構言うじゃない。」総司は突然秀明に興味を失くしたかのように、さっと立ち上がると部屋から出て行った。「総司、寝てないと駄目じゃないか。」「山南さん、南部君と話していたこと、土方さんには内緒にしていてくださいね。」「何故だ?」「だって南部君、長州がまた京に戻ってくるなんて言い出したんで、それを土方さんが聞いたら拷問にかけるかもしれないなぁって思ったんです。」「南部君が、そんな事を?」「ええ。だから、山南さんに口止めを頼んだんじゃないですか。お願いしますね。」「待て、総司。」山南敬助が総司を慌てて呼び止めようとしたが、彼は既に廊下から姿を消していた。「山本さん、お帰りなさい。どうでした、京は?」「何もかも燃えちまった。元の姿に戻すには、時間がかかるな。」「そうですか。それよりも、あの人の意識が戻りました。この前、山本さん達が川から引き上げた方です。」「そうか。」 覚馬が詩織とともに秀哉の部屋へと向かうと、彼は薬湯を飲んでいた。「傷の具合はどうだ?」「大丈夫です。化膿していたところも良くなりました。あの時助けてくださって、ありがとうございました。」 秀哉はそう言うと、覚馬に深々と頭を下げた。にほんブログ村
2013年07月26日
コメント(0)

「峠を越したな。」「ああ。だけんじょ、まだ油断はならねぇ。」覚馬はそう言うと、唸っている秀哉の額に水で濡らした布を当てた。「山本さん、怪我人の具合はどうですか?」「まだ良くねぇ。胸を撃たれたからな。」「そうですか。じゃぁ、わたしは先に休んでおきますね。」「わがった。」「お休みなさい。」詩織はそっと襖を閉めようとした時、秀哉が目を開けたことに気づいた。「山本さん・・」「おい、気ぃついたか!?」「ここは、何処ですか?」弱々しく息を吐きながら、秀哉はそう言って覚馬を見た。「皆様、すぐに殿の御前にお越しくださいませ!一大事にござる!」覚馬達は急遽容保に呼び出され、そこで長州が徐々に兵を率いて京に迫りつつあることを知った。「殿、このまま黙って長州の上洛を許してはなんねぇ!」「すぐ兵を挙げるべ!」「皆、直ちに準備にかかれ!」「ははっ!」容保は長州藩上洛を阻止する為、街道に兵を派遣し、覚馬達を率いて御所へと向かった。1864(元治元)年7月17日。上洛した長州藩兵達は、蛤御門で会津、薩摩藩と対峙した。「ご開門願う!」「ここは通さぬ!」長州藩兵達と睨み合いになった会津藩兵達との間には、一触即発の空気が流れていた。その時、何者かが御所へ向けて発砲した。「御所に向かって発砲したぞ!」「許さねぇ、あいつら血祭りに上げてやんべ!」新式の洋式銃で攻撃してくる長州藩に向かって、会津藩兵達は槍や剣で応戦した。だが、たちまち会津藩は劣勢に立たされた。「このままじゃやられる・・」覚馬はそう呟くと、敵の大砲を指揮している司令官の方へと銃弾をかわしながらゆっくりと忍び寄った。彼は司令官の足に狙いを定めると、引き金を引いた。「今だ、突っ込め!」硝煙が立ち込める中、覚馬達が必死に戦っている頃、新選組もまた、戦場で戦っていた。「双葉様、危ねぇ!」敵兵を薙刀で倒した双葉は、ゆきの声で迫りくる砲弾から身をかわした。「さすけねぇか?」「さすけねぇ。それよりも、このままじゃ京は燃えるかもしんねぇ・・」「そうなったら・・」 ゆきの嫌な予感は、的中した。洛中で市街戦を展開していた会津藩と長州藩が放った砲弾の火は、堺町御門付近で強風に煽られ、瞬く間に京の町全体へと広がった。半鐘がけたたましく鳴らされ、市民達は荷物を背負って炎の中を逃げ惑った。「ひでぇ・・」「京が、一晩でこんな姿に・・」「ここで立ち止まってはなんねぇな。」焼け野原となった京の街を覚馬と広沢が歩いていると、誰かが投げた石が覚馬の額に当たった。「覚馬さん、さすけねぇか?」「さすけねぇ・・」「会津は人殺しや!」覚馬が額に手を当てると、突然頭上から憎悪の声が降って来た。にほんブログ村
2013年07月25日
コメント(2)

(河内さん・・) 秀哉は熱に魘されながら目を薄らと開けると、そこには河内の姿があった。彼は無事だったのか―そう思ってホッと胸を撫で下ろした秀哉だったが、何かがおかしいことに気づいた。河内は、酸素マスクをつけられた上に、全身に管を付けられてベッドの上に寝かされていた。『河内さんの容態は?』『今夜が峠でしょう。誰かご家族に連絡したいのですが・・』『河内さんは、数年前に離婚されています。それに、親兄弟も居ません。』『そうですか・・彼の携帯のアドレス帳に、北原さんという方が登録されているのですが、彼には連絡を取りましたか?』『それが・・北原さんは、突然姿をくらましてしまって・・』集中治療室の前で、医師と同僚の話を聞きながら秀哉は呆然とそこに立っていた。「河内さん、起きて下さい・・」秀哉は集中治療室の硝子を叩こうとしたが、それに触れることが出来なかった。「嫌だ、こんなの!」「おい、しっかりしっせ!」苦しそうに喘ぎながら秀哉がそう叫ぶと、月代姿の侍が彼にそう声をかけた。「なじょしたんだ?」「河内さんが・・河内さんが・・」「熱が上がってる。今薬持ってくるから。」侍が部屋から出て行こうとしたので、秀哉は必死に彼の腰にしがみついた。「お願いです、河内さんを助けて・・」「おい、しっかりしっせ!」秀哉は激しく咳き込むと、その場に崩れ落ちた。「こりゃあきまへんな。傷口が膿んでますわ。一回消毒せんと。」「先生、何とか助けてくなんしょ。」夜遅くに町医者を叩き起こし、不機嫌な彼から秀哉の容態を聞いた覚馬は、そう言って彼に詰め寄った。「今晩が峠どすな。何があったら大変やさかい、うちはここに泊まります。」「ありがとなし。」布団に寝かせられた秀哉は、苦しそうに唸っていた。『お前・・』 ナイフが腹部から抜かれた瞬間、どっと大量の血が石段に上に滴り落ちた。男は素っ頓狂な悲鳴を上げ、ナイフを握り締めたまま自分を突き飛ばして逃げた。『待て・・』石段で足を滑らせて転落し、叫ぼうとしたが声が出なかった。「桂さん!」「樹里か・・」「また、魘されていましたね?」「ああ、最近よく悪夢ばかり見るんだ。」「気休めに薬湯でも持って来ましょうか?」「ああ、頼む・・」桂はこめかみを押さえながら、最近見る悪夢の内容を思い出していた。あれは、自分がこの世界に―幕末に来る前の記憶だ。この一年間、なかなか忘れられなかったもの。漸く忘れたと思っていたのに、今頃になって何故思い出してしまったのだろう。「桂。」「真木さん。」「支度はできちょるか?」「いいえ、まだ・・」「モタモタしとると、会津に返り討ちにされる。早う動かんと。」「わかっちょる・・」「桂、お前挙兵する気がなかとか?」真木和泉はそう言うと、桂を睨んだ。にほんブログ村
2013年07月25日
コメント(0)

※BGMとともにお楽しみください。 秀哉が川岸へと向かうと、そこには誰も居なかった。(何だ、気の所為か・・)そう思いながら彼がベンチへと戻ろうとした時、河内から着信があった。「もしもし、河内さん?どうしたんです?僕もう来てますよ?」『秀哉、逃げろ・・』通話口の向こうから聞こえる河内の声は、何処か苦しそうだった。「どうしたんですか?」『やられた・・俺は嵌められた・・』「一体何があったんです?ねぇ?」『そこから離れろ、今すぐに・・』河内がそう言った途端、電波が何者かに妨害されたかのように、プツプツという破裂音しか聞こえなくなった。「もしもし、河内さん?」秀哉は何か河内の身にあったのではないかと思い、慌ててリダイヤルボタンを押したが、河内の携帯に繋がらない。(一体どういう意味だろう、逃げろって・・それに、嵌められたって・・)ここに居ては危険だ―そう思った秀哉は、公園を出てマンションへと戻ろうと、川岸を後にしようとした。その時、闇の中から誰かの手が伸びて来て、液体を染み込ませたハンカチで秀哉は口を塞がれそうになった。「誰だ!」「クソ、ばれたか。」耳元で男の舌打ちが聞こえ、秀哉が振り向くと、そこには全身黒尽くめの男が立っていた。「何者だ?」「事件に首を突っ込むな。お前の恋人がどうなってもいいのか?」「河内さんに何をした!?」「それは今から死ぬ人間には関係ないだろう?」男はそう言って低い声で笑うと、銃口を秀哉に向けた。彼は避ける暇もなく、胸に銃弾を受けその場に倒れた。「暫くそこで眠っていろ。自分の未熟さを笑うんだな。」「待て・・」男を逃がすまいと秀哉は彼の足首を掴んだが、男は容赦なく秀哉の手を厚底靴で踏みつけると、公園から去っていった。地面を這いながら、秀哉は男を必死で追いかけようとしたが、胸に銃弾を受けた身体は鉛のように重く、コントロールがきかなかった。いつの間にか彼は川岸の欄干に上半身を折り曲げた格好で意識を失うと、そのまま重力に任せて川へと転落していった。(河内さん、どうか無事で・・)夏の川とはいえ、夜となると水温が10度まで下がり、全身に見えないナイフを突き立てられたかのような冷たさが秀哉を襲った。必死に水面へと顔を出そうとしたが、流れ出る血が彼の体力を徐々に奪ってゆき、ついに彼は川底へと沈んでいった。「おい、人が居んぞ!」「すぐに引き上げんべ!」派手な水音とともに、誰かが自分を川から引き上げる感覚がして、秀哉は目を開けると。「おい、さすけねぇか?」「寒い・・」秀哉はそう呟くと、再び意識を失った。「酷ぇ熱だ・・」「胸を撃たれて、良く無事だったべ。」覚馬と広沢はそう言うと、布団に寝かせた秀哉を心配そうに見た。にほんブログ村
2013年07月25日
コメント(0)

「今日も収穫なし、か・・」 うだる暑さの中、北原秀哉はそう呟くと額の汗をハンカチで拭った。7月上旬に梅雨明けしてから、連日30度を超える真夏日が続いていて、秀哉は水分を取る為に喫茶店の中へと入った。「いらっしゃいませ。」「アイスコーヒー、ひとつ。」「かしこまりました。」冷房がほどよく利いた店内で秀哉がアイスコーヒーを飲んでいると、ドアベルが軽やかな音を響かせ、来客を告げた。「いらっしゃいませ。」そう声を掛ける店員を無視し、河内はさも当然だといった様子で秀哉の前にどかりと腰を下ろした。「奇遇ですねぇ。」「お前が言う“奇遇ですねぇ”は、大体わざとだろ?すいません、彼と同じものを。」「かしこまりました。」オーダーを取った店員がそう言って店の奥へと消えるのを確かめた河内は、秀哉の方へと向き直った。「その顔だと、何か新しい情報でも掴んだんですか?」「ああ。南部秀明と付き合いがあった代議士の息子の名前がわかったぞ。」「誰なんです?」「聞いて驚くなよ。佐々木大輔・・今次期首相候補だと目されている佐々木亮輔の長男だ。」「大物政治家の息子ですね、ホント。その彼と南部秀明との間に、どんな繋がりがあるんですか?」「それは後で話す。それよりも北原、この前縁談を断ったって本当か?」「ええ。まだ独身で居たいんで。」「それは言い訳にしか聞こえんな。」「そうですか?じゃぁ言わせてもらいますけど、河内さんだって、どうして奥さんに隠れてコソコソと僕と会っているんですか?」「それは・・」「自分の性癖を隠したいからですよね?警察官に性的少数者なんて居たら、それこそ大騒ぎになりますもん。数年前に起きた事件のこと、忘れてませんよね?」河内はムッとした顔をすると、アイスコーヒーを一口飲んだ。 数年前、同性愛者であった警察官が、恋人である会社員と赤坂のマンションで心中した。表向きは“一酸化炭素中毒死による事故”とされたが、二人の間に肉体関係があったことや、会社員が妻と離婚し警察官と復縁しようとしていることで妻と揉めていることがマスコミに暴露されてしまった。「あの時は大変だったな。」「まぁ、僕は二人のように馬鹿な真似はしませんから、安心して下さい。」「ふん、どうだか。」「じゃぁ、ここは僕の奢りで。待ち合わせ場所、何処にします?」「そうだな・・お前のマンションの近くにある公園で8時はどうだ?」「いいですね。じゃぁ、待ってます。」 喫茶店で河内と別れた秀哉は、仕事へと戻った。「河内さん、遅いなぁ・・」 マンションの近くにある公園のベンチに腰掛けながら、秀哉は溜息を吐いて腕時計で何度も時間を確かめた。もう河内が指定した時間を10分も過ぎているというのに、公園に誰かが入って来る気配がない。彼に連絡しようかとスマートフォンをスーツの胸ポケットから取り出し、秀哉が河内にメールを打とうとした時、川岸で花火が破裂したような音がした。(何だ?)にほんブログ村
2013年07月25日
コメント(0)

大輔にあの日路上で声を掛けられた時から、何かおかしいと感じていた。彼の父親が経営している会社とはいえ、普通書類審査だけで社員を採用する会社など、聞いたことがない。それに事務の仕事といったって、パソコンを触るのはほんの数時間だけで、後はオフィスの清掃や雑草取りなど、業務とは全く無関係のものばかりを毎日やらされている。何故秀明はこんな会社に採用されたのか、それが不思議でならなかった。だが、あのバーで大輔と男の会話を聞いて、その謎が解けた。大輔は自分に犯罪の片棒を担がせ、自分の罪を秀明に全て擦り付けてのうのうと暮らそうとしていたのだ。完全に、彼に利用されていたのだ。(馬鹿みてぇ・・金持ちの坊ちゃんから見たら、俺は適当に使えるザコだもんな。) 完全に酔いが醒め、橋の欄干に凭れかかりながら秀明が自嘲めいた笑みを浮かべていると、突然黒いパーカーを着た男が、秀明の鞄をひったくろうとしていた。「てめぇ、何すんだ!」男と揉み合いになり、バランスを崩して秀明は夜の川へと転落した。そして、幕末にタイムスリップした。新選組からは長州の間者かもしれぬと怪しまれたが、あのまま大輔のことを信用して犯罪者になるよりはマシだと思っていた。(これから、どうするかな・・)このまま幕末で暮らすにしろ、迂闊に自分が未来から来た人間だと沖田達には話してはいけない。双葉も自分と同じ現代人だが、彼女は新選組の生活に溶け込んでいるようで、沖田をはじめとする幹部連中とは親しくなっているようだ。秀明も彼女を見習って、ここでの生活に少しずつ慣れていこうと決めた。「南部様、また来やした。」「ご飯、ご馳走様。」「これ、着替えです。その格好だと、目立つんで。」「有難う。着物と袴って、正月しか着ないから、すぐに着方忘れちゃうんだよね。」「そんなら、沖田先生を呼んできやす。わだすが着物を着せる訳にもいかねぇし・・」「そうだったね、ごめん。」「そんじゃ、ここで待っていてくなんしょ。」双葉はそう言って秀明に頭を下げると、蔵から出て行った。「双葉ちゃん、こんな所に居たの?」「沖田先生、少し助けてくださらねぇですか?」「何、どうしたの?」「実は、南部様が着物の着方がわからねぇと・・」「そう。それで僕を呼びに来たんだ。じゃぁ、少し頼みがあるんだけど、いいかな?」「何でございやしょう?」「これ、土方さんに渡しておいて。さっき、会津藩から届いたんだ。」「わかりやした。」 双葉が副長室の前に立つと、中では近藤と土方の話し声が聞こえた。「副長、会津藩から文が届いておりやす。」「入れ。」「失礼致しやす。」 副長室の襖を開けて双葉が中へと入ると、歳三が険しい顔をして文机の前に座っていた。にほんブログ村
2013年07月25日
コメント(0)

「と、突然何をおっしゃるんで?」「だってこれ、君のでしょ?」秀明はそう言うと、双葉の鞄を彼女に見せた。「これが、どうして蔵に?」「さぁ。蔵に入れられた時からあったから、誰かがここにしまってたんじゃないの?」「南部様、なじょしてここへ?」「わからない。君だって、どうしてここに来たのかわからないまま、新選組の中に溶け込もうとしているんだろ?」「それは、そうだけんじょ・・」「僕達、彼らに伝えなくてもいいの?もうじき幕府が滅んで、新選組も破滅の道を辿るってこと。」「それは、言えねぇ。」双葉はそう言うと、秀明を見た。「南部様やわだすは未来から来た人間だけんじょ、そったらことを軽々しく口に出してはなんねぇ。」「そうだね。まぁどのみち、未来から来たって言っても、それを信じてくれる人の方が少ないし。もう戻っていいよ。」「わかりやした・・」双葉は鞄を抱えると、逃げるように蔵から出た。「良いよなぁ、あの子・・賢そうだし、腕が立ちそうだし。俺とは大違いだなぁ。」ぶつぶつと秀明は独り言を言って玄米を頬張りながら、失踪した日の事を思い出した。 あの日、バイトを解雇させられ行くあてもなく秀明が街を歩いていると、中学の時同じクラスだった代議士の息子・大輔と再会した。「秀明、今どうしてんの?」「別に。バイト辞めさせられて、どうしようかなぁって思ってたとこ。」「ふぅん。何だったら、うちの会社に来ないか?」「そんな事出来んの?いくら父親が代議士でも、それは・・」「まぁ、コネ入社なんて簡単だからさ、取り敢えず履歴書を書いてここに送ってよ、待ってるから。」 大輔はそう言うと、名刺を秀明に手渡すと牛丼店から出て行った。彼の話を少し疑った秀明だったが、30を目前にして無職だと色々と都合が悪いので、履歴書を書いて名刺に書かれていた会社の住所に郵送する事にした。 就職難で書類審査でも通過するのが難しいといわれている中、秀明はその会社にあっさりと採用された。「おはようございます。」「おはようございます。南部君ですね?君のデスクはあっちです。」紳士服店で買ったスーツを着て出社した秀明は、慣れない仕事に悪戦苦闘しながらも、何とか成果を出していった。「大輔、就職祝いにパーっと飲みに行こうぜ!」「ああ・・」 大輔に誘われ、秀明は彼が行きつけのバーへと向かった。「就職おめでとう。これから頑張れよ。」「ありがとう、助かったよ。」「そんな水臭いこと言うなよ。俺達、友達だろう?」そう言って屈託のない笑みを浮かべた大輔に、秀明は全幅の信頼を寄せていた。「ごめん、俺トイレ行ってくるわ。」 秀明がそう言って席を立った時、彼と入れ違いに見知らぬ男が大輔の隣に腰を下ろすのを秀明は見た。「どうだ、上手くやってるか?」「ええ。後はあいつに任せておけば大丈夫ですよ。絶対にバレやしませんから。」「お前さんも大した悪党だな?友達を誑かして、大金を年寄りから騙し取ろうだなんて、良く考えたもんだ。」 廊下で男と大輔の会話を聞きながら、秀明は彼らに詐欺の片棒を担がされそうになっていることに気づき、店から飛び出していった。にほんブログ村
2013年07月25日
コメント(0)

“別れるってどういうこと?ちゃんと理由を話してよ!” 恋人に別れ話を切り出した途端、彼女はそう捲し立て、真っ赤に泣き腫らした目で自分を睨んできた。―もう、お前とは一緒に居られないから。“もしかして、お義母様のこと?あの人から何か言われたの?”―違う、もう限界なんだ、お前と居るのが。“何よ、それ・・”呆然とした彼女をホテルの部屋に残し、真夜中の四条通を歩いていると、突然腹に衝撃と痛みが走った。足早にナイフを握り締めて立ち去る男の姿を追おうとして、誤って石段で足を滑らせ、地面から真っ逆様に落ちていった。「桂さん、どうしたんですか?酷く魘(うな)されていましたよ?」「済まない・・」こめかみを押さえながら桂がそう言って起き上がると、彼の小姓である樹里が心配そうに自分の顔を覗きこんでいた。「最近寝付きがお悪いようですね、桂さん。薬でも煎じましょうか?」「いや、いい。これは精神的なものだから。」「そうですか・・真木さんから、文を預かっています。」「ありがとう。」 長州藩主・毛利敬親とその子息・定広は、前年に起きた八月十八日の政変後、政治的な主導権を失い、京から追い出された。だが、桂をはじめとする攘夷派志士達は藩主親子が国許で謹慎処分を受けてもなお京に留まっていた。水戸で天狗党の乱が起き、藩主親子は京へと挙兵し、事態の打開を試みようとしていた。だが藩内は慎重に行動すべきと主張する久坂玄瑞をはじめとする慎重派と、直ちに挙兵すべきであるという積極派で意見は二つに割れた。そんな中、池田屋で新選組が過激派浪士を殺したという一報を受け、積極派はますます勢いづいた。「真木さんからは、何と?」「もはや挙兵は免れんと書いてある。樹里、支度を。天王山に向かう。」「わかりました。」「樹里、お前も来い。これはわたし達の戦いだ。」 桂が夜明け前に京を発ち、天王山へと向かった頃、壬生村にある新選組の屯所では、双葉とゆきが朝餉作りに精を出していた。「双葉様、これで大丈夫か?」「大丈夫だ。それよりも、最近おかしなことが起きてねぇな。もう長州は挙兵すんのを止めたんでねぇのか?」「さぁ。それよりも、これを蔵に持っていってくなんしょ。飯を食わせねぇと、飢え死にしちまうからと、沖田先生が言ってたんだ。」「わがった。」ゆきから朝食を受け取ると、双葉は南部秀明が監禁されている蔵へと向かった。「南部様、吉田でごぜぇやす。朝餉を持って来やした。」「ありがとう。」「失礼致しやす。」双葉はそう言うと、南京錠に鍵を挿し込み、蔵の中へと入った。 その奥には、髪が乱れ、少しやつれた顔をした秀明の姿があった。「ここに置いておきやす。」「わかった。それよりも、沖田さん達は今どうしてる?」「先生方は、局長室へ呼ばれやした。恐らく長州のことをどうすべきか、話してるんでねぇかと・・」「そうか・・」 秀明は味噌汁を美味そうに一口啜ると、双葉の方へと向き直った。「君も、未来から来たんだろ?」にほんブログ村
2013年07月25日
コメント(0)

(何だったんだろう、さっきの?) 井戸で洗濯をしながら、詩織は先程感じた胸の痛みに首を傾げていた。覚馬とはまだ知り合って日が浅いというのに、彼が既婚者だと知ってショックを受けたのは確かだが、そんなこと自分には関係ないではないか。それなのに、どうして―(まさかね、そんなこと、ある訳ない。)自分がいつの間にか覚馬に恋心を抱いているなど、有り得ない。彼は路頭に迷った自分を保護し、女中の仕事を与えてくれた恩人だが、恋愛対象ではない。それに詩織は、この時代には家族も居ないし、身分というものも持っていない。どう考えても、覚馬と結ばれるのは無理だ。遠い国元に妻と娘を残し、藩主とともに上洛した覚馬の気持ちは、常に家族に向いている。山本家の絆に、赤の他人である詩織が入る隙間はない。「あれ・・何で?」気を紛らわす為に汚れた布を力任せに洗っていると、詩織はいつの間にか自分が泣いていることに気づいた。「あ~あ、ツイてないな・・あの人と、もっと早く会えたら良かったのに。」 覚馬と出逢っていたら、貴司から捨てられ、堕胎して彼の母親から罵倒されることもなかった。何処まで自分は、男運が悪いのだろう。(美砂、ごめんね。) 自分が事故に遭う瞬間を目撃し、妹は大きなショックを受けていることだろう。彼女が今どうしているのかが解らないのが、歯痒くて仕方がなかった。詩織は洗濯物を洗い終えると、自室へと入って布団を敷いて寝た。『姉は、本当に失踪したんですか?』 詩織が目を開けると、そこはインテリアが全て白一色で統一された病室の仲だった。花柄のパジャマを着て蒼褪めた顔をした美砂は、刑事と思しき二人の男性に向かってそう尋ねると、微かに唇を震わせていた。“あなたには大変申し訳ないと思うのですが、お姉さんが失踪した時のことを、詳しくお聞かせ願いませんでしょうか?”『あたしは何も知りません。もう帰ってください!』“ですが・・”『いい加減にしてください、この子は詩織が居なくなってショックを受けているんですよ!傷口に塩を塗り込むような真似しないでください!』咽び泣く妹の隣で、母がそう言って刑事を病室から追い出した。『あたし、お姉ちゃんに酷い事言ったの。それで・・』『あんたの所為じゃない、お姉ちゃんはきっと戻ってくるわよ。』自分の所為で詩織が失踪したと思い込んでいる妹に、詩織は何か言葉を掛けたくて、彼女の肩に触れようとした。しかし、その手は妹の身体をすり抜けるだけで、かすりもしなかった。その時、詩織は夢を見ているのだと気づいた。美砂や母には、自分の姿は見えず、声も聞こえない。(美砂、あんたが悪いんじゃないの。あたしが悪いんだ、あんな男にひっかかったから・・)やがて周囲の景色が徐々に霞んでゆき、何も見えなくなった。にほんブログ村
2013年07月25日
コメント(0)

「え、食事ってこれだけ?」自分の膳に用意された夕飯の献立は、焼き魚と味噌汁、そして玄米だけだった。「何だ、気に入らねぇか?」覚馬が怪訝そうな顔でそう言って登を見た。「だって、肉がねぇじゃん。いつも家では鶏の唐揚げとか、豚の生姜焼きとか、ハンバーグとか食べてたし。」「にしの家は、豚肉を食うのか?」「うん。大抵母さんが近くのスーパーで纏め買いしてくるのが殆どだけど。」またもや意味不明な単語を交えながら話す登を、覚馬達は首を傾げながら見ていた。「すまねぇが、今日はそれしかねぇ。我慢しろ。」「え~!」育ち盛りの登にとって、肉抜きの食事は拷問にも等しかった。「本当に、肉ないの?」「今あんのはそれしかねぇ。」「食べ盛りなのに、これだけじゃすぐに腹減るよ!」登が膳に向かって唾を飛ばしながら肉がないことに文句を垂れている姿を見て、覚馬はぐっと拳を固めた。 さっきは彼の事を見直したと思っていた自分が馬鹿だった。人間の本質が、たったの数時間やそこらで変わる訳がない。登はここに厄介になっているというのに、生意気な態度が鼻につく。もう一度、自分がどんな立場に置かれているのかを、拳でわからせてやろうか―覚馬がそう思いながら立ち上がろうとした時、女の怒声が聞こえた。「居候の身で何甘えたこと抜かしてんだ、クソガキ!肉なんて高い物、そうやすやすとあたしらが食えると思ってんの?ふざけんのも大概にしろよ!」覚馬が周囲を見渡すと、広間に入った詩織が仁王立ちしながら、鋭い目で登を睨みつけていた。「大体あんたさぁ、さっきから何様のつもり?文句ばっかり言う癖に、世話になってるって自覚がねぇんだよ、自覚が!」「すいません・・」“清楚なお嬢様”というイメージを詩織に抱いていた登は、彼女の豹変ぶりに恐怖で身を縮こまらせながら、そう言って彼女に向かって頭を下げた。「わかりゃぁいいんだよ、わかりゃぁ。黙って食え!」「はい・・」その後、登は文句を言わずに夕飯を平らげた。「すいません、さっきは怒鳴っちゃって。」「いや・・にしが怒鳴るの、初めて聞いた。」「まぁ、わたし元ヤンキーだったんで。」「ヤンキー、そりゃ何だ?」「まぁ、昔変に悪ぶってたんですよ、わたし。今は素を隠して上品ぶってますけど、登があんまり生意気な事言うもんだから、つい素が出ちゃいました。」「面白ぇ女子だな、にしは。」そう覚馬に言われ、詩織は羞恥で頬を赤く染めた。「覚馬さん、ご兄弟はいらっしゃるんですか?」「下に妹と、弟が一人ずつ居る。そん妹が八重っていうんだが、女子だてらに鉄砲習って、男勝りな奴なんだ。嫁の貰い手がねぇと父上が嘆いてたんだ。」「へぇ・・じゃぁわたしと同じだ。わたし子どもの頃からお転婆で、両親から、“もっと女の子らしくなさい”といつも叱られていました。でもいつも反発してました。」「にしに惚れる男は大変だな。」「まぁ、彼氏と交際していたんですけど、突然わたしの前から居なくなりました。こんなことになるのなら、覚馬さんと早く会えばよかったかなぁ。」「生憎だが、俺には国元に女房と娘が居んだ。」「へぇ、そうなんですか・・残念だなぁ。」その時チクリと、胸に小さな棘が刺さったのを詩織は感じた。にほんブログ村
2013年07月25日
コメント(0)

登が薪割りを終えたのは、日没前の事だった。全身筋肉痛で動くこともままならず、彼は直に地面へと腰をおろして溜息を吐いた。(なんだよ、急に殴られるし、怒鳴られるし・・挙句の果てに、雑用まで押しつけられるし・・)ここが何処なのかも全くわからぬまま、覚馬から雑用を押し付けられた登がどうすればいいのか考えていると、縁側から一人の女がやって来るのが見えた。雰囲気からして見ると、今時の女子大生っぽいお洒落な洋服を着こなし、両手の爪にはネイルをしている。ヘアメイクも垢抜けている。「ねぇそこの君、どうしたの?」「別に・・お姉さんこそ、俺に何か用?」「さっき、山本さんから君の様子を見て来いって頼まれたのよ。ちゃんと仕事は終わらせたんでしょうね?」「ええ、終わらせましたよ。お姉さんは、あの人と知り合いなんですか?」「まぁ、そうかな。それよりも君、名前は?あたしは宮島詩織。」「花岡登っす。詩織さんは、どうしてここに居るんすか?」「よくわからないのよ。妹と交差点渡ろうとしてたら、トラックがあたしの方に突っ込んできたことだけは憶えているんだけど・・君は?どうしてここに?」「俺は、いじめてた奴をナイフで刺して、教室の窓から飛び降りようとしたんです。けど、いつの間にかここに居たんすよ。」「ふぅん・・あのさぁ、今何年かわかる?」「そんなの、平成25年に決まってるでしょう?」「全然違うよ。あたし達がここに居るのは、元治元年。つまり、140年以上前ってこと。」「えっ、マジで!?」「マジで。あたしも最初驚いたよ、まさか幕末にタイムスリップするなんてさ。まぁ、山本さんや山川さん、それに神保さんに良くして貰ってるから、ここでの生活に余り不満はないけどねぇ。」「山本さんって、女には優しいんすね。俺なんか初対面だってのに、拳骨喰らいましたよ。それに佐川って人からも、強烈な右フック喰らいましたもん。男には厳しいのに、なんだよ・・」「その様子だと、登君が生意気な事言って怒らせたんじゃないの?たとえば、初対面相手にタメ口使ったとか?」「だって・・」「登君さぁ、あたしには敬語で話せるのに、山本さん達に対してはタメ口だと、そりゃ怒るよ?文句垂れる前に、自分がなんか悪いことしたのか、考えてみたら?」辛辣な詩織の言葉に、登はぐうの音も出なかった。「全部終わったみてぇだな。飯の時間だ。」「あの・・」「何だ?」「さっきは、生意気な態度取って・・すいませんでした。」登がそう言って覚馬に頭を下げると、彼は屈託のない笑みを浮かべた。「わかりゃぁいい。にしはまだ子供だ。だけんじょ、子供だからという言い訳が、何時までも通用すると思うな。これからは気をつけてものを言え。」「わかりました。」「さ、行くべ。詩織さんも。」「あたし、着替えてきますね。この格好だと、目立つと思うんで。」詩織はそう言って覚馬と登に背を向けると、自室へと戻っていった。(着付け教室通っておいてよかった。いちいち手伝って貰うとなると、向こうに気を遣わせちゃうもんね。) 数分後、彼女が広間へと向かうと、登がまた食事について文句を垂れていた。にほんブログ村
2013年07月25日
コメント(0)

数分後、田淵と西山は牛島薫から事件について詳しい話を聞く為、近くのファミリーレストランへと入った。「花岡君は、いつからあの3人にいじめられていたの?」「中学に入学してから、ずっとです。きっかけはわからないけど、3人と花岡君は同じサッカー部でした。花岡君、小学校の頃からサッカーが上手くて、ジュニア大会で花岡君が所属するチームが優勝したことがあります。」「3人は?サッカーは上手かったの?」「あんまり。ただノリであの3人はサッカー部に入ったんだと思います。いつも補欠メンバーで、花岡君はいつもレギュラーでした。多分、それが気に入らなかったんだと思います。」薫の話を聞きながら、逆恨みもいいところだと田淵は思った。実力主義の運動部に於いて、サッカーが上手い花岡登がレギュラーになるのは当然だ。素人でただ“サッカーしたい”というノリで入ってきた癖に、補欠になった3人は花岡登を一方的に憎んだ。そして、それはいじめへと姿を変えた。「3人は、花岡君の教科書やノートに落書きしたり、お弁当に泥を入れたりしてました。それに部活で使うスパイクを焼却炉に捨てたりもしてました。そのスパイクは、亡くなったお兄さんが花岡君にプレゼントしてくれた大切なものなんです。」薫はそう言葉を切ると、ふるふると怒りで身を震わせた。「わたし、学校がいじめのことを隠そうとしていることが許せません。花岡君の事を一方的に悪者にしようとして、臭い物に蓋をしようとしている。そんなの、花岡君が余りにも可哀想です!」「君の気持ち、良く解るよ。」「お願いです、必ず花岡君を見つけてください。」「ああ、約束する。それと、また何か思い出した事があったらここに連絡して。」西山はそう言うと、薫に名刺を渡した。「まぁ、予想はついていましたけどね。普段大人しい優等生が、突然キレて刃物で同級生を襲うなんて、よっぽどの理由があるんじゃないかとにらんでましたが、花岡登は被害者の3人からいじめられていたんですね。」「最近の子どもは、何を考えているのか解らんな。知ってるか?今はいじめの加害者は不良ではなくて、優等生タイプの生徒なんだとさ。」「今はインターネットやLINEといったメディアが子ども達の生活の中に深く入り込んでいますから、いじめはますます陰湿化する一方ですよ。それに、一部ではヤクザ紛いの恐喝を行っている生徒もいるそうですよ。」「そうか。俺んとこにも中2の坊主が居るが、そいつが何に興味を持っているのか、わからんな。まぁ、家の事をカミさんに任せきりにしていたツケが回ってきたんだよなぁ。」「余り気を落とさないでくださいよ、先輩。」「お前に慰められても何も出てこないぞ。」「バレちゃいましたか。まぁ、今日のお昼は僕が奢りますから。」「それは助かるな。今月ピンチなんだ。」田淵と西山は昼食を近くのファミリーレストランで取ることにした。「結構美味いな、ここのハンバーグ。」「ハンバーグ専門店ですからね、ここ。学生時代、ここに通い詰めていたんですよ。」「ふぅん。金持ちのお坊ちゃんなら、高級な店で洒落たランチでもするのかと思ってた。」「それは偏見ですよ。確かに僕の家は金持ちかもしれませんが、僕自身は貧乏な学生生活を送ってたんです。学生時代のランチは、いつもファストフードやファミレス。それも、月に1回程度です。田淵さんが言ってることは、もう時代遅れなんですよ。」「これがジェネレーションギャップってやつか?ますます最近の若いもんが何を考えているのか、わからんな。」 田淵はそう溜息を吐くと、コーヒーを一口飲んだ。にほんブログ村
2013年07月24日
コメント(2)

「うわぁ、これは酷いな・・」 石神井公園に近い中学校で殺傷事件が発生したとの一報を受け、田淵と西山が現場となった教室へと急行すると、板張りの床には被害者たちの血痕があちこちに飛び散っていた。「被害者は3人の少年達です。彼らは病院に搬送されましたが、数時間後に死亡しました。死因は出血性ショックによる失血死だそうです。」「彼らを刺した少年は?」「それが・・教室の窓から飛び降りました。」「死んだのか?」「少年が飛び降りたのは何人もの生徒達が目撃しています。けど、彼は靴を残して忽然と姿を消しました。」「姿を消した・・とすると、あの事件の四番目の被害者ってわけか。」田淵はそう言うと、唸った。「なぁ、失踪事件の被害者たちは交通事故に遭った直後に失踪したんだよな?」「ええ。でも飛び降りた直後に失踪するなんて聞いたことがありませんね。ますます訳が判らなくなりましたよ。」西山は現場を見渡すと、ロッカーの前に被害者のものと思しきスマートフォンが落ちている事に気づいた。「被害者のものか、それ?」「ええ。この事件の真相、何かわかるかもしれません。」スマートフォンをハンカチで拾い上げると、西山はそれを鑑識の職員に渡した。「先生、花岡君が行方不明だって本当ですか?」 事件発生から数時間後、一人の女子生徒が進路指導室でそう言って学年主任の教師に詰め寄った。「ああ。だがあいつはとんでもないことをした。」「何ですかそれ!花岡くんがあの3人にいじめられていたの、先生知ってましたよね?それなのに、どうして見て見ぬふりをしてたんですか!?」「おい、声を落とせ!誰かに聞こえたらどうする!」「聞こえてもいいです。田丸先生は、どうなったんですか?」「病院に運ばれて一命を取り留めたが、まだ意識が戻らないそうだ。それよりも、お前何か企んでいるんじゃないだろうな?」「先生、花岡君がいじめられていたこと、わたしマスコミに公表しますから。ネットにも流します。」「おい、自分が何を言っているのかわかっているのか!?」「わかってます。先生達はいじめを黙認した。花岡君があんな事をしたのは間違っていると思うけど、そうさせたのは先生達と、あの3人です!」女子生徒はそう叫ぶと、進路指導室から飛び出していった。「おい、待て!」 田淵達が学校を後にしようとすると、廊下の角から一人の女子中学生が現れた。「うわっ!」「おい、大丈夫か?」彼女を避けることが出来ず、西山は彼女とぶつかってしまった。「僕は大丈夫です。君、怪我はない?」「はい。あの、警察の方ですよね?」「そうだけど・・君は?」「わたし、牛島薫といいます。今回の事件で、刑事さん達にお話ししたいことがあるんです。」「話したいこと?」「花岡君は、被害者の3人からいじめられていました。証拠なら、ここにあります。」牛島薫は、そう言うと田淵と西山にある動画を見せた。それは、花岡登が被害者の3人から執拗な暴行を受けているものだった。「詳しい話、聞かせて貰える?」「構いません。花岡君は悪くないとわたし思っていますから。」にほんブログ村
2013年07月24日
コメント(0)

「佐川様、堪えてくだせぇ!」「離せ!」「殿の御前にござりますぞ!」登を殴った藩士―佐川官兵衛を必死で修理は宥めたが、彼の怒りが収まることはなかった。「ただ相手が気に入らねぇという理由だけで人を殺めるのは、長州の浪士と同じだ!」「向こうから手を出してきたんだ、自分の身を自分で守るのは当然だろ!」「双方とも控えよ!」登が官兵衛に殴られた頬を擦りながらそう彼に反論していると、それまで黙っていた容保が声を荒げて二人を睨みつけた。「そなた、登と申したな?何故人を殺めた?」「それは、俺をいじめていたからです。何の理由もなく、一方的にいじめられたので・・」「では、そなたには全く非がないと申すか?」「俺は悪くありません!」「相手の言い分を聞く前に、相手に危害を加えることは卑怯な振る舞いだとは思わぬのか!」初めて赤の他人から怒鳴られ、登はビクリと身を震わせた。「殿、この者がわたしがきつく叱りやすから、どうか怒りをお鎮めくだせぇ。」今にも泣き出しそうな顔になっている登を見た覚馬は、そう言うと容保の前に平伏した。「覚馬、後はそなたに任せる。」容保はそう言ってジロリと登を睨み付け、部屋から出て行った。「登、立て。」「はい・・」登はゆっくりと立ち上がると、覚馬は彼の腕を掴んだ。「あの・・」「何だ?」「さっきは、助けてくださってありがとうございました。」「勘違いするでねぇ。にしの振る舞いには呆れてんだ。ここに居る間、にしのその腐りきった根性を俺が叩き直してやる!」覚馬はキッと登を睨むと、ある場所へと彼を連れて行った。「この薪を全部あの斧で割れ。全部終わるまで飯は抜きだ、いいな!」「え~!」「ここに置いて貰えるだけでありがてぇと思え。俺がいねぇからって手を抜いたら承知しねぇぞ!」覚馬がそう言って登に斧を渡し、その場から去った。「何だよ、無理に決まってんじゃん・・」登はブツブツと文句を言いながら、薪を斧で割ろうとしたが、なかなか上手く割れなかった。数分もしない内に、彼は肩で息をするほど体力を激しく消耗していた。「まだ半分も終わってねぇじゃねぇか?デカイのは態度だけか?」「何だよ、うるせぇな。薪割るのなんて今までしたことねぇもん。」登はそう言って官兵衛を睨むと、彼は馬鹿にしたかのような笑みを浮かべた。「どれ、貸してみろ。」登が答える暇もなく彼はヒョイと彼の手から斧を奪うと、いとも容易くそれで薪を真っ二つにした。「すげぇ、どうやって上手く割れるの!?」「頭を使えば上手く割れんだ。まぁ、にしのその細い腕じゃぁ、三日はかかんべ。」「え~、手伝ってくれないの?」「俺は近くを通りかかっただけで、にしに手を貸すとは言ってねぇ。」官兵衛はニヤリと笑うと、何処かへ行ってしまった。(サボったらあの人にまた殴られるだろうし・・やるしかないか。)登は溜息を吐くと、斧を握り直して薪割りを再開した。にほんブログ村
2013年07月24日
コメント(0)

「そったらとこで寝てたら、風邪ひくべ!」「何だよ、うるせぇなぁ。」登がそう侍に毒づくと、彼は容赦なく彼の頭上に拳骨を落とした。「いてぇな、何すんだよ!」「目上の者に、何て口の利き方すんだ!」両手で頭を押さえて痛みに悶える登に対し、覚馬はそう言って彼を睨んだ。「覚馬さん、なじょしたんだべ?」そこへ、近くを通りかかった神保修理がそう彼に声を掛けると、彼の背後に見知らぬ少年が頭を押さえて呻いていることに気づいた。「そいつは、知り合いか?」「そんなわけねぇ。裏で物音がしたと思ってきたら、こいつが倒れてたんだ。生意気な口利くから、懲らしめてやった。」「体罰は良くないぞ、教育委員会に訴えてやる!」「にしは殴られて当然のことをした。さぁ、来い!」「何すんだ、離せ~!」ぐいっと覚馬に襟首を掴まれ、そのまま登は松平容保の御前に引きずり出された。「殿、不審な者を捕らえましてごぜぇやす!」「その者、いかがした?」「裏口付近で倒れているところを見つけやした。見たところ、怪しい者ではねぇようですが・・」「そなたに任せる。お前、名は?」「はぁ、あんた誰?」「貴様、殿に向かって何と無礼な口を・・」「武士の風上にも置けねぇ!」容保に口答えした登に対し、藩士達が一斉に非難の声を上げた。「控えよ。」「ですが殿、いくら子どもといえども無礼な振る舞いは許せませぬ!」「んだ、ここで痛めつけねぇと、示しがつかねぇ!」「皆様、落ち着いてくだされ。先ずはこの者の話を聞きましょう。処分をどうするのかは、それからです。」修理はそう言うと、慌ててその場をとりなした後、彼は登の方へと向き直った。「そなた、名は?それがしは神保修理と申す。」「花岡登、15歳です。」「15だと!?そん年で目上の者に対する礼儀も知らぬとは、まるで山猿のようではねぇか!」中庭の近くに居た厳つい顔をした藩士がそう声を上げると、登をジロリと睨みつけてきた。「家族は居るのか?」「居るけど、俺の事居ないように振舞ってるし。」「国は何処だ?」「東京。」「東京・・江戸から来たのか?」「うん、そういうこと。」「にしが背負ってるもんは何だ?見たところ、風呂敷のようだけんじょ。」覚馬はそう言うと、登が背負っていたリュックを高く掲げた。「これには、身の回りの物が入ってるんだ。何なら、中身全部出そうか?」「好きにしろ。」先ほどから自分に対して生意気な口を利く少年に対し、覚馬は怒りで少し顔がひきつっていたが、殿の手前、彼を怒鳴りつけるのをぐっと堪えた。 登はリュックのチャックを開け、次々と中の物を取り出すと、藩士達は好奇心を剥き出しにしてそれらをひとつずつ観察していた。「見だごとねぇもんばっかだ・・」「んだなし・・」ノートパソコンやスマートフォンを興味深げに見ながら、藩士達はそれらがどうやってつ使われているのか皆目見当がつかなかった。「にし、それは何だ?」布に包まれた物を指した覚馬がそう登に尋ねると、それまで強気だった彼が、狼狽した様子でそれを慌ててリュックの中へと戻そうとした。だが、動きは覚馬の方が早く、登の手からそれを素早く取り上げた。「返せよ!」登を無視し、包まれた布を取り外すと、中からは血が滲んだ脇差のようなものが出て来た。「にし、これでなにをしたんだ?」「そ、それは・・」「誰か斬ったか?」「まぁね。」覚馬が登にそう尋ねると、彼は得意気な顔をしてこう言った。「俺、それで人を殺したんだ。今まで俺をいじめていた奴らに、天罰を下したのさ。まぁ、あいつらは殺されて当然だったけど。」登の言葉に、その場が不気味な程に静まり返った。「あれ、どうしたの?」褒めて貰えるだろうと思っていた登は、周囲の反応を見て少し戸惑った。「天罰だ?ふざけるでねぇ、お前ぇのやったことはただの人殺しだ!」厳つい顔の藩士がそう叫んだかと思うと、登の頬に拳を喰らわせた。にほんブログ村
2013年07月24日
コメント(0)

※BGMとともにお楽しみください。「おはよう。」「おはよう。」 学校へと向かう生徒達は、いつも通りに友人と挨拶を交わしながら校門をくぐっていった。「先生、おはようございます。」「おお、今日も頑張れよ。」校門で数人の教師達は、そう生徒に向かって声を掛けていた。いつも通りの、朝の光景。それが惨劇へと一変するのは、リュックを背負った少年がやって来た時だった。「花岡、お前・・」「おはようございます、先生。」「いやぁ、お前卒業まで学校来ないのかと思ったよ。来てくれてよかった。」「ちゃんと来ようと思って。だって、あんた達に復讐できるのは、今日しかないからさ。」少年―花岡登はそう言うと、担任教師に身体ごとぶつかった。「花岡、お前・・」苦痛に顔を歪ませる彼を冷たく見下ろした登は、彼を乱暴に突き飛ばして土足で校内へと乱入した。「誰か、救急車!」「先生、大丈夫ですか!?」背後で悲鳴と怒号が聞こえるが、そんなものに登は構っていられなかった。ここに来た目的はただひとつ―自分を辱め、嬲(なぶ)り、苦しめた奴らに同じ痛みを味あわせる為だった。 そいつらは、教室でいつものようにトランプに興じていた。自分にした事を忘れ、ヘラヘラとふざけた顔で笑い合っていた。「おい、あいつ来てるぞ。」「マジで!?」主犯格が登の存在に気づくと、取り巻き達が素早く彼を取り囲んだ。「来るなっていっただろう、ウゼェんだよ。」「さっさと窓から飛び降りて自殺しろよ。」「屑、ばい菌。」「屑なのはお前らだろう。」いつものように彼らから罵倒されていた登だったが、今日は違った。彼はそう言うと、冷たく取り巻き達を睨みつけた。「な、何だよ・・」無表情のまま、登は無言で取り巻き達の頸動脈をナイフで切り裂いた。「おい、ヤベェぞ!」「警察呼べ、警察!」教室中に悲鳴が響き渡り、慌ただしい足音が廊下から聞こえたのを感じた登は、恐怖に震える主犯格の生徒に馬乗りになると、躊躇いなくその胸にナイフの刃先を振り下ろした。「花岡、何やってんだ!?」「何って、復讐ですよ。もう俺は、目的を果たしましたから、後はあなた達が上手くやってくださいね。」登は慌てふためく教師達を見ると、窓の桟に足を掛けると、一気にそこから地上へと飛び降りた。 かつて世間で物議を醸した自殺マニュアル本の中に、飛び降りる瞬間に映像がゆっくりと流れるのだと書いてあったが、それは本当だった。地上へと叩きつけられるまで、登は何の変哲もないアスファルトの地面がグングンと自分の前に迫ってくるように感じて、そっと目を閉じた。これで自分が長年抱えていた苦しみが終わる―登は周りのざわめきを聞きながら、自分は死んだのだと思い込んでいた。だが、そうではなかった。「おい、起きろ!」激しく身体を揺さ振られ、登が薄(うっす)らと目を開けると、そこには月代姿の侍が立っていた。にほんブログ村
2013年07月24日
コメント(0)

「お前は、一体どうしてこの事件に首を突っ込む気になったんだ?」河内はワインを一口飲むと、そう言って秀哉を睨んだ。「だって今回の事件で、警視総監のご子息が関係しているとかしていないとかいう噂を聞いたんですよ。」「そうか・・」「それに、三番目の被害者・南部秀明がそのご子息様と遊び仲間だったっていうことも知ってますし。」「流石、情報通と言われただけはあるな。まぁ、今回の事件は色々と訳ありなんだ。だからお前が尊敬する先輩に伝えておけ。余り出しゃばるなと。」「僕がそう言っても、あの人は言う事を聞かないと思うなぁ。あの人は頑固で、融通がきかないから。ワイン、ご馳走様でした。」秀哉はニッコリと苦虫を噛み潰したかのような顔をした河内に微笑むと、バーから出て行った。「ったく、いつも払う身になってみろ・・」河内は財布の中身を確かめると、店員にカードが使えるかどうか尋ねた。 宮島美砂の病室を昼間訪れた田淵と西山だったが、彼女から事件に関する有力な証言は得られなかった。「誰かが、緘口令(かんこうれい)を敷いたんじゃないでしょうか?彼女あの様子だと、何か隠しているようでしたしね。」「そうだな・・」 田淵は、美砂に証言を止めるように言ったのは、秀哉ではないかとにらんでいた。自分達が美砂の元を訪れることを予め知っていて、タイミングを見計らって偶然を装って彼は自分の前に現れた。そんな計算高い行動を、いとも簡単に出来るのが秀哉だ。色白で細面、鼻筋が通っている女顔の秀哉は、その外見に似合わず結構“エグイ”ことを平然とする厄介な性格だということを田淵は知っていた。姉が事故に遭う瞬間を目撃し、精神的に不安定になっている少女の心の隙間にするりと入り込み、主導権を握る事など朝飯前だ。「なぁ西山、あいつのことをどう思う?」「北原さんのことですか?とても綺麗な人だなぁって思いますけど?」「あいつと初めて会った奴は、誰もかれもそう言うんだよなぁ。だがな、あの見た目に騙されたら駄目だぞ。よく言うだろ、“綺麗な薔薇には棘がある”って。」「先輩、北原さんのことが嫌いなんですか?」「嫌いじゃない、苦手だけだ。」田淵がそう言って西山とともに病院から出て行こうとした時、救急車が救急救命室前に到着した。救急車の扉が開き、中からストレッチャーに乗せられた中年男性が救急隊員と共に出て来た。「あ・・」「何だ、知り合いか?」西山がストレッチャーに乗せられた男性の顔を見るなりそう声を上げたので、田淵がそう尋ねると、彼は田淵にしか聞こえない声でこう言った。「あの人、父です。」「何だって?だったら早く行け!」「いいえ。実は僕、愛人の子なんです。だから、父に会ったら彼の奥さんが気を悪くすると思いますから、行きません。」「そんな事言うんじゃねぇ!お前ぇにとって親父さんは一人しかいないだろう!」「すいません、行って来ます。」西山は済まなそうな顔をして田淵に頭を下げてそう言うと、踵を返して病院へと戻っていった。 同じ頃、都内の閑静な住宅街にある一軒の民家の二階で、一人の少年がインターネットの掲示板に何かを書き込んでいた。“みんな、明日殺してやる。”少年はキーボードを叩く手を止め、ベッドの下に置かれているリュックサックを見つめると、口端を歪めて笑った。にほんブログ村
2013年07月24日
コメント(0)

「奇遇ですね、田淵さんとこんな所で会えるだなんて。」「俺もだよ。キャリアのお偉いさんのお前が、どうして聞き込みなんてやってるんだ?」「ちょっと事情がありましてね。それよりもお腹空きません?」「ああ。腹が減って仕方ねぇが、今は仕事中だ。」「別に昼休みにもうじきなるんだから、いいじゃないですか?」「そんな問題じゃねぇだろう。」田淵がそう言って青年を睨むと、丁度そこへ西山が戻ってきた。「先輩、宮島美砂の病室わかりましたよ。あれ、その方は?」西山は怪訝そうな顔をして、田淵から青年へと視線を移した。「初めまして、北原秀哉です。田淵さんには昔、色々とお世話になってました。」「ふぅん、そうなんですか?あのう、つかぬことを聞いても宜しいですか?」「何でしょう?」「あの・・田淵さんと北原さん、どんな関係なんですか?」西山がそう言った時、秀哉は突然大声で笑い出した。「僕、何か変な事でも?」「ううん、君って、結構面白い子なんだなぁ。」「おい、新米をからかうんじゃねぇ!」「はいはい、わかりましたよ。コーヒー、ご馳走様でした。」 秀哉はクスクスと笑いながら、食堂を後にした。「何か、変な人ですね。」「まぁな。あいつはルックスも良いし頭が切れるが、警察庁一の変人と呼ばれてる奴だ。」「え、あの人警察庁の人だったんですか!?」「声がデカイぞ、声が。」「すいません・・でも、どうして警察庁の方がこの病院に来たんでしょう?」「やっこさんも、今回の事件を追ってるんだろうさ。まぁ、その事情は俺らにはわからないだろうが。」田淵はそう言うと、海鮮丼を平らげた。「もしもし、北原です。宮島美砂の事なら、心配ありません。ちゃんと口封じはしておきましたから。」『そうか。お前にいつも厄介な仕事を押しつけて、済まないと思っている。』「そう言うのなら、ご飯奢って下さいね?一度だって、誘ってくれなかったじゃないですか?」『冗談も大概にしろ、北原。』「すいませんねぇ~」病院の近くにある公衆電話で、秀哉はニヤニヤと笑いながら誰かと話していた。「ねぇ河内さん、どうしてこの事件を追っているんですか?何か裏でもあるんですか?」『・・そんな事、お前が知る必要はない。』「そうですか。それじゃぁ、今夜じっくりと聞かせてくださいね?楽しみにしてます。」『おい、まだ話は・・』相手が言い募ろうとした時、秀哉は電話を切った。 その夜、行きつけのバーへと彼が顔を出すと、そこにはしかめっ面をした上司が座っていた。「来てくれたんですね。」「まったく、お前という奴は・・」「事件の真相について、何か知っているんじゃないんですか?」「まぁな。だが、お前には言わない。」「冷たいなぁ・・僕達、いい仲じゃないですか?」そう言うと秀哉はソファから軽く腰を浮かすと、河内の肩に触れるのではないかという至近距離に座った。「止せ。」「そんなに照れる事ないじゃないですか、可愛いなぁ。」「後で覚えてろよ・・」そう言って自分を睨み付ける河内の顔は、羞恥で赤く染まっていた。にほんブログ村
2013年07月23日
コメント(2)

「宮島詩織さんが、河西貴司さんとお付き合いされていたんですね?」「ええ。わたしはあんな女、息子の相手には相応しくないと思っていたんですよ。あの子が姿を消したのは、あの女の所為だと、わたしは思っているんです。」田淵の問いに、洋恵はそう一気に捲し立てるとアイスティーを一口飲んだ。「それは一体、どういう意味ですか?」「刑事さん、ここだけのお話なんですけどね・・貴司は、あの女と言い争いをして外へと出て行ってしまったんです。どうせあの女の事ですから、些細な理由で息子を責め立てたに違いありませんわ!」「奥さん、落ち着いて下さい。まだ詩織さんが息子さんの失踪に関わっていると断定はしていませんので・・」「刑事さん、あの女は貴司の子どもを妊娠してるって言ったんですよ!彼女に息子の異性関係のことを話したら、突然ヒステリックにわたしに向かって怒鳴ったんですよ、“そんな事を言うのは止めてください!”って。まったく、あの女は何様のつもりなのかしら!?」 洋恵の口ぶりからして、彼女が宮島詩織に対して良い感情を抱いていないことに西山と田淵は気づいた。彼女にとって、宮島詩織は自分から息子を奪った憎い敵でしかない。「それで、奥さんはどう答えたんですか?」「堕ろしなさいと言いましたよ。息子は未だに見つかりませんし、あの女を嫁として受け入れるのは嫌ですからね。」「奥さん、先ほども申しましたように・・」西山が怒りで顔をひきつらせながら、洋恵にそう言おうとした時、テーブルの下で田淵が彼の太股を抓った。何をするんだと、田淵を見た西山だったが、彼は西山にしかわからぬように小さく首を横に振った。「奥さん、本日は貴重なお時間を割いていただきありがとうございました。では、これで失礼致します。」「あら、こちらこそわざわざ暑い中来てくださってありがとう。」 河西家を出た西山は、洋恵が家の中へと引っ込んでいくのを見送った後、その背中に小さく毒づいた。「クソ婆。」「西山、まだお前は青いな。」「先輩、あれで怒りたくなるのは当然でしょう?宮島さんの事を一方的に悪く言って・・」「あの奥さんだって、息子の消息が判らない事に苦しんでいるんだ。行き場のない怒りを、誰かにぶつけたいんだろうさ。」「でも・・」「さてと、今度は宮島家に行くか。事故当時、被害者の妹が事故を目撃していたようだから、詳しい話が彼女から聞けるかもしれん。」「はい・・」 二人が宮島家に向かうと、家の中には全く人の気配がなく、静まり返っていた。「すいません、誰か居ませんか?」田淵が玄関のチャイムを押したが、誰も出なかった。「宮島さんなら、留守よ。」宮島家から数軒先の民家から、主婦が出て来て彼らの方へと駆けてきた。「宮島さんは、今どちらに?」「この家のお姉さん、失踪しちゃったでしょ?妹さんがお姉さんが事故に遭った瞬間を目撃しちゃったもんだから、ショックを受けて倒れちゃって。今病院で二人とも付きっきりで付き添っているのよ。」「申し訳ありませんが、妹さんが入院している病院を教えていただけませんか?」 主婦から沙織の妹・美砂が入院している病院の住所を聞いた後、タクシーで二人は病院へと向かった。「受付で、美砂さんの病室を聞いてきます。」「ああ、頼んだぞ。」 西山が受付へと向かうのを確認した田淵は、どかりと待合室の長椅子に腰を下ろした。「田淵さん、田淵さんじゃないですか?」少しウトウトしていた時、突然頭上から声が振って来たので、田淵が顔を上げると、そこには高級ブランドスーツを纏った一人の青年が立っていた。「お久しぶりです、田淵さん。お元気にしてましたか?」青年はそう言うと、ニッコリと田淵に向かって微笑んだ。にほんブログ村
2013年07月23日
コメント(0)

警視庁捜査一課は、ある事件を追っていた。「被害者の家族の証言によると、失踪当時被害者は交通事故に遭い、靴だけを残して忽然と姿を消したそうです。」「靴だけ?身元が明らかになる所持品は現場には残っていないのか?」「はい。何故か、靴だけが事故現場に残されているそうです。」「奇妙だな・・」事件を追っている田淵雄三刑事は、そう言って唸った。 都内で突然男女が相次いで失踪する事件が発生したのは、今年の1月上旬のことだった。最初の被害者は、2年前の震災によって福島県から都内の高級住宅地に家族とともに移住してきた吉田双葉、17歳。彼女は学校を出ようとした際、不審な男に声を掛けられ、その男と言い争った後事故に遭った。 二番目の被害者は、都内の私立大学に通う女子大生、宮島詩織、21歳。彼女は高校生の妹と帰宅途中に事故に遭った。そして三番目の被害者は、都内の居酒屋に勤務しているフリーター、南部秀明、23歳。彼は職場から自宅への帰宅途中にひったくりに遭い、鞄を奪われまいと犯人と揉み合う内に誤って川へと転落した。一番目、二番目の被害者は交通事故に遭った直後に失踪したが、三番目の被害者は川に転落した。その違いが、田淵にはわからなかった。「先輩、犯人の目星は?」「つくわけねぇだろう、馬鹿。大体、全く接点がない被害者達が失踪するなんて話、今まで聞いたこたぁねぇぞ。」「でも、所持品が残されていなかったっていうのはひっかかりますよね?被害者の意志で失踪したように見せかけて、犯人が所持品を処分したとか。」「そりゃぁちょっと乱暴すぎやしないか?」田淵はそういうと、後輩にあたる西山信彦を見た。西山は警察学校を卒業後、交番勤務を経て捜査一課に入ったばかりの新米だ。少しおっちょこちょいで目が離せないのが彼の欠点だが、刑事としての彼は優秀だと田淵は思っている。「そうですねぇ・・同一犯の犯行だとしたら、三番目の被害者はどうして川に落とされたんだって思いますよね?」「まぁ、その辺りは所轄に任せておけばいい。」「そうですね。それよりも先輩、今回の事件と似たような事件が、半年前京都で起こっているんですよ。」「半年前?」「ええ。何でも、祇園祭で京都観光に訪れた大学生が、恋人に行き先も告げずに突然姿を消したそうです。なんだか、臭いませんか?」そう言った西山の目は、キラキラと輝いていた。 昼食を取りに入ったラーメン店で、田淵は西山から京都で起きた失踪事件の詳細を聞いた。「去年の7月15日未明、宿泊先のホテルから外出した大学生、河西貴司が戻らないと一緒に旅行に来ていた貴司の恋人が警察に通報。貴司が失踪した現場辺りの石段には、大量の血痕が残されており、DNA鑑定で貴司の血であると判明しました。しかし今回の事件と同じように現場には彼が履いていた靴だけが残っていました。」「半年前にも、同じ事件が起きた。そして被害者は未だに行方不明・・この事件は、他人が故意に引き起こしたものではなさそうだな。」「じゃぁ田淵さんは、彼らが神隠しにでも遭ったって言うんですか?馬鹿らしい、そんな事現実に起きるわけがないでしょう?」「それもそうだが・・」田淵はラーメンを啜りながら、事件の解決には長い時間がかかるだろうなと思った。「明日から、被害者の人間関係を洗ってみるか。何か出てくるかもしれん。」「そうですね。出来れば、今日から洗ってみます。」西山はそう言って椅子から立ち上がると、自分の分の代金を払って店から出て行った。「ったく、こういうところだけはキチンとしていやがる・・」田淵はハンカチで額の汗を拭いながら、レジで会計を済ませると、慌てて後輩を追いかけた。「お忙しいのに、わざわざお宅に伺ってしまって申し訳ありません。」「いいえ。丁度美味しいクッキーを頂いたところなんですよ。宜しかったら、刑事さんたちもどうぞ。」「では、お言葉に甘えていただきます。」 半年前の事件の被害者・河西貴司の母親、洋恵は、そう言って田淵達に微笑むと、家の中へと彼らを招き入れた。「息子さんの事件のことなのですが・・息子さんの交友関係を、お聞かせ願いませんでしょうか?」「貴司は、母親のわたしが言うのもなんですけれど、かなりモテたんですよ。高校生の時から、女の子をとっかえひっかえしておりましたからねぇ。まぁ、あの子はその事を知らなかったんでしょうね、きっと。」「あの子、と申しますと?」「実はねぇ、事件のとき息子は大学のお友達とじゃなくて、彼女と京都に行ってたんですよ。名前は確か・・宮島詩織さんって言ったかしらねぇ?」にほんブログ村
2013年07月23日
コメント(0)

「覚馬さん、あの女子はなじょしたのです?」「さぁ、わがんね。何やら訳の判らねぇことばっかり・・」覚馬は詩織を寝かせている部屋から出ると、首をかしげた。「身なりからして、西洋の着物を着ていやした。もしや、何処かの密偵では?」「そんな訳がねぇ。密偵なら、堂々とここに入る訳ねぇ。」「んだなし。だけんじょ、女だからといって油断してはなんねぇ。」「んだなぁ・・」 広沢と覚馬が詩織の正体を探っている頃、双葉とゆきは一番隊とともに巡察を行っていた。「今日も異常ねぇな。」「んだなし。長州の奴ら、最近見ねぇべ。」「だけんじょ、長州の殿様が挙兵して上洛しようとしてっから、油断してはなんねぇ。」ゆきがそう言って険しい表情を浮かべた時、裏の通りから悲鳴が上がった。「何だ?」「ゆき様、行くべ!」「双葉様、待ってくなんしょ!」ゆきは慌てて裏の通りへと向かう双葉の後を追った。「一体何があったんだべ?」「人が死・・死んで・・」恐怖で身を震わせながら、町娘がそう言って指した先には、塀にもたれかかったまま微動だにしない男の姿があった。「おい、起きろ!」双葉は男に駆け寄ると、乱暴にその身体を揺さ振った。「目ぇ開けろ!」「う・・」双葉が男に呼びかけると、彼はゆっくりと目を開けた。「ここ、何処?」「ここは京だ。お前ぇ、どうした?」「ああ・・」男は自分が置かれている状況が理解できないらしく、ガリガリと頭をかきながら周囲を見渡した。「双葉様、この男異国の服着てんべ。」漸く自分においついたゆきがそう言って男を見ると、確かに彼はTシャツにジーンズというラフな格好をしていた。「あの髪、まるで異人みてぇだ。」「ゆき様、少し黙ってくなんしょ。」好奇心を剥きだしにしながら男を見つめるゆきを軽くたしなめた双葉は、男の方へと向き直った。「お前ぇ、どっからきた?」「東京から。友達と待ち合わせしてたら、ひったくりに遭って・・」男の話を聞く内に、双葉は彼もまた自分と同じく現代から幕末へとタイムスリップしたのだと勘でわかった。「そんで?」「犯人と揉みあっていたら、川に落ちた。」「お前ぇ、名前は?」「南部秀明(なんぶひであき)。あんたは?」「わだすは吉田双葉っていうんだ。こったらとこに居たら危ねぇがら、屯所に来てもらう。」「屯所?もしかして、新選組の・・」「そこで詳しい話を聞かせて貰う。いいか、逃げんじゃねえぞ。」「双葉様、沖田先生が来やした!」「ふぅん、松崎君が騒ぐのも無理ないね。変な格好してるね。」総司はじぃっと男を凝視した後、そう言って笑った。「てめぇ・・」「沖田先生、この者を屯所に連れて行きやす。」「いいんじゃない?もしこいつが長州の間者だったら、厄介だもんね。」総司は自分を睨みつけている男の首根っこを掴むと、そのまま歩き出した。「おい、放せ!服が伸びちまうだろう!」「うるさい奴だなぁ、殺されないだけマシと思ってよね?」「放せ、聞いてんのかコラ~!」男の叫びを無視して、総司はゆき達とともに屯所へと戻った。「おい総司、てめえ何拾ってきた?」「何って、人ですよ。見てわかりません?」「黄金色の髪して、異人のような格好してやがるな。まぁいい、一応蔵にでも閉じ込めておけ。後で色々と吐いて貰う事になるだろうからな。」「そうですね。あぁ、暴れないように手足を縛ってもいいですか?あと、さっきからぎゃぁぎゃぁうるさいんで、猿轡(さるぐつわ)もしてもいいですよね?」「好きにしろ。ただし、変な真似はすんじゃねぇぞ。」「わかりました。」「おいテメェ、蔵って何だよ!」「君、いい加減黙りなよ。」相変わらず自分の耳元で騒ぐ男に苛立った総司は、そう言うなり間髪入れずに彼の鳩尾を拳で殴った。「沖田先生、おっかねぇな・・」にほんブログ村
2013年07月23日
コメント(0)

詩織がゼミ生と旅行に行っている間、美砂は風邪をひいた貴司の看病をしに彼のアパートに数日間泊まり込んでいた。「もう、熱下がったみたいだね。」「ありがとう、美砂ちゃん。すげぇ助かった。」「じゃぁ、あたしもう行くね!」美砂がそう言ってバッグのストラップを掴んで部屋から出て行こうとした時、貴司が美砂を抱きついた。「何するの、離して!」「美砂ちゃん、好きだよ・・」そのまま、美砂は貴司にされるがままになった。「乱暴されたの?」「うん・・やめてって、わたしは何度も叫んだけど、あいつは聞いてくれなかった。それどころか、“お前もずっとこうしたかったんだろう?”って聞いてきたのよ。」 美砂の言葉を聞き、貴司がそんなに最低な男だということに気づいた詩織は、今この場に彼が居たら切り刻んで殺してやりたいと思った。「どうするの、産むの?」「まだ、わからない・・」「病院行きましょう。お父さん達に話すのはそれからよ、わかった?」「うん・・」 週末、美砂を産婦人科に連れて行った詩織は、そこで拓也と会った。「拓ちゃん、どうしてここに?」「いやぁ、それがさぁ・・俺、結婚するって言ったじゃん?実は、彼女がコレなんだよね。」拓也はそう言うと、両手で妊婦のジェスチャーをした。「彼女さん妊娠してるの?」「ちゃんと避妊してたのになぁ。彼女の親父さんに怒鳴られたよ。」「まぁ、いいんじゃないの?ちゃんと責任取って結婚するって決めたんだから。」「詩織の方こそ、何でここに?」「実はね、美砂が・・」詩織が美砂の事を拓也に話そうとした時、診察室のドアが開いて美砂が出て来た。「どうだったの?」「妊娠、してなかった・・生理が遅れたのは、精神的なストレスの所為だろうって。」「そう・・」詩織はそう言うと、安堵の表情を浮かべた。「お姉ちゃん、昨夜は酷い事言ってごめんね。」「いいのよ。もう帰ろう?」「うん・・」美砂と詩織が交差点を渡ろうとした時、一台のトラックが二人の方へと突っ込んできた。「美砂、危ない!」咄嗟に詩織は妹を庇い、彼女を歩道へと突き飛ばした。「お姉ちゃん!」トラックから逃げようとしたが、足が竦んで動かなかった。徐々に迫りくるトラックを、詩織は呆然と見つめていた―「おい、しっかりしろ!」誰かが、自分の頬を叩いている。「それにしても、酷ぇ怪我だ・・」「んだ。骨が折れてるかもしれねぇ。」自分の耳元で、誰かが話していることに気づいた詩織は、ゆっくりと目を開けた。「さすけねぇか?」一人の男が、そう言って詩織の顔を覗きこんだ。「わたし・・どうして・・」「お前ぇ、井戸の近くで倒れてたんだ。覚えてねぇのか?」男は怪訝そうに詩織を見ると、そっと彼女の手を放した。にほんブログ村
2013年07月23日
コメント(0)

「・・何で、そんな事・・」「知ってるのかって?わたし、前からあんたと貴司がコソコソとわたしの目を盗んで密会してたの、知ってたのよ。」詩織はそう言うと、血を分けた妹に憎悪の視線を向けた。「貴司は、中学の頃あんたの家庭教師だったもんね。あんたがあいつを好きなことくらい、解ってたわよ。」「お姉ちゃん・・」「わたしの事、憎んでいるんでしょ?最初に好きになったのは自分なのに、後から好きになったわたしが貴司を奪ったって・・そう言いたいんでしょ?」「そうだよ、お姉ちゃんはずるいよ!長女だからってお父さんやお母さんに大切にされて、いつも新しい服買って貰って、妹のあたしにはお下がりばっかり!服だけじゃない、机やランドセルだってお下がりだった!周りのみんながピカピカのランドセルを背負ってたのに、わたしだけボロボロのランドセル背負って、どんな思いをしたのかお姉ちゃんにはわからないでしょう!?」「そんなの、昔のことじゃない!」「お姉ちゃんにとっては過ぎたことだろうと思うけど、わたしは今までずっとお姉ちゃんの事を恨んで来たわ!貴司さんだって、わたしのものになる筈だったのに!」「美砂・・」美砂とは仲が良いと詩織はそう思い込んでいたが、美砂は違うようだった。「お姉ちゃんなんて大嫌い!」「美砂、ごめんね・・」「お姉ちゃん、どうしてあの時貴司と一緒に行かなかったの?そしたら、貴司は失踪せずに済んだのに!」「ごめん・・」「何で謝るの?ちっとも悪いなんて思ってもいない癖に!」美砂がそう叫んだ瞬間、突然彼女は地面に蹲ったかと思うと、側溝に嘔吐した。「どうしたの?」「お姉ちゃんには関係ないでしょ、あっちに行って!」「美砂・・まさかあんた、妊娠してるの?」俯いていた美砂が顔を上げ、詩織を見た。その顔は、蝋人形のように生気がなく、蒼褪めていた。「何で、知ってるの?まさか、お姉ちゃんも・・」「わたし、今日貴司の子を堕ろしたの。一人じゃ、育てられないから。」詩織はそう言うと、バッグの中からハンカチを取り出して美砂に渡した。「いつから妊娠しているって、気づいたの?」「生理が遅れていることに気づいて・・でも怖くて、妊娠検査薬を買えなかった。でも、体育の時間に倒れちゃって・・」「そう。それで、先生に妊娠を知られたのね?」詩織の言葉に、美砂は静かに頷いた。「どうするの?あんたまだ高校生でしょ?相手は判ってるの?」「判ってる・・」「じゃぁ、相手の親御さんに連絡して・・」「そんなこと、出来ない。」「どうして!?あんた今、どんな状況に置かれているかわかってんの!?」「だってお腹の子の父親は、貴司さんだもん。」「それ、どういう事!?わたしに解るように説明してよ!」「じゃぁ、公園で話そう。ここは、人目がつきやすいから。」詩織が周囲を見渡すと、数軒先の主婦が何事かと自分達の方を詮索がましい目で見ていた。「そうだね。」 数分後、公園のベンチに腰を下ろした美砂は、詩織に妊娠した経緯を話し始めた。「お姉ちゃん、大学のゼミ旅行に行ってたでしょ?」「うん。確か、貴司は風邪ひいて休んでたのよね。それがどうしたの?」「実はね、あたし貴司のことが心配だったから、彼が住んでるアパートに行って、つきっきりで看病したんだ。」これから、修羅場が待っているだろう―詩織はそう思いながら、ぐっと唇を噛み締めて妹の話を聞いた。にほんブログ村
2013年07月23日
コメント(0)
全101件 (101件中 1-50件目)