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http://ryutukenkyukai.hp.infoseek.co.jp/spy_boshi_1.html★秘密文書 中国共産党の「対日政治工作」○ 書かれた時期は、田中内閣発足(1972年7月)の頃であると示唆されている。「田中内閣成立までの日本解放(第一期)工作組は、事実この教えの正しさを証明した。」「田中派と福田派の対立の継続と激化、田中派と大平派、三木派、三派の離間、・・・・・等を主点として、第一期工作組は工作を展開中である。」 ○ この文書の筆者(または翻訳者など)がどのような知的水準か推定するに、基礎的知識も欠落していると見る。「1.基本戦略 わが党は日本開放の当面の基本戦略は、日本が現在保有している国力のすべてを、わが党の支配下に置き、わが党の世界解放戦に奉仕せしめることにある。」漢字を常用しない人々によって書かれたのだろうか。冒頭から「解放」を「開放」と誤記しているのは信じがたい。西洋人の中文か。また、「わが党の世界解放戦」としているが、むしろ、この時期ならば、「毛沢東同志に指導される世界革命の勝利のために」と書くはずではないか。党(政治)は軍事(戦争)を指導する立場であり、「世界人民解放の闘争」の一環として、その表れである「世界革命戦争」への指導が党の任務である。したがって、最低の許容限度として「世界解放の戦略」と記述する必要があった。(軍と党の間のデリケートな問題だから気がつくはずだが。) ○ 民社党を「民主社会党」と呼ぶなど、日本で政界工作ができる水準にはないだろう。○ しかも、当時の主要な敵に対する配慮がまったく欠けている。「・・・純正左派による「日本人民共和国」成立へと進む・・・」「日本共産党を含めた野党共闘を促進する。」当時の中国共産党はソ連との対立激化を背景として西側諸国との提携を必要としていた。中国・毛沢東が「4つの敵」として数えたものを挙げてみる。第1には、台湾(蒋介石)、韓国(李承晩)、南ベトナム(サイゴン政府)などの反共勢力を後押ししてきた米国を「米帝」と称した。同時進行でベトナム戦争が戦われていたこと、宣伝放送などにより依然として北京政府に挑戦していたのは蒋介石政権だったことから、敵視は当然である。(ニクソン訪中からは、対外的な反米宣伝を自粛した。)第2には、ソ連が米国と関係改善に動いたり資本主義的な政策を導入することに反発して対立が激化していた。ソ連は「修正主義」に変質したと詰って「ソ修」と称し、後には米帝よりも危険視して「社会帝国主義」と称するようになり、国境紛争も起きていた。ソ連は中国共産党の党内に影響力を持っていたので、このような敵視も当然である。(米国よりソ連が悪いと言う意味で「ソ米超大国」といった。ニクソン訪中とともに、ベトナムとも対立が始まった。)さて、日本には「ソ連のシンパ」とされる向坂逸郎の社会党左派(協会派)と宮本顕治の党派(日共宮本派)があった。第3には、この宮本派に対して「宮本修正主義」と称し、毛沢東思想を支持せよ、革命は必ず銃口から生まれる、と主張して論争していた。当時の中国は宮本派を日本共産党の代表とは認めず、毛沢東支持の立場を取る集団を日本の共産党と認めていた。日本左翼に対する影響力拡大にとって最大の障害だったから、敵視は当然である。(八百長だったとすれば面白い。)第4は、「日本軍国主義」である。いわゆる抗日戦争に関連する日本の動向を非難するもので、米国とは歴史観・価値観を共有しない日本固有の右派勢力を指している。蒋介石とは異なる立場でありながら、北京政府の国際的な認知を妨げていたから、敵視は当然かもしれない。なお、親米勢力である「保守反動」と純然たる「極右」とを区別するなどの細かい使い分けがある。 第2、第3により、中国共産党が日本の社会党・共産党を「純正左派」と見ていなかったことは明らかだ。日本のマスコミからは新左翼とか過激派と呼ばれるグループの一つとして毛派がいた。日本共産党では毛派を「毛沢東盲従分子」、公安当局は(毛派に限らず)過激派を「極左暴力集団」という専門用語(隠語)で呼んだものだ。(日本公安当局と同じように毛沢東の党も、陰では日本の毛派を「極左」と呼んでいたとすれば面白い。) 「日本軍国主義と米帝国主義との野合に対抗するため、ソ連社帝の手先や、宮本修正主義一派のような不純分子であっても利用価値がある」という記述が欠かせない。もっとも、民主連合政府への嫌悪感は確かに表明されている。「「民主連合政府」樹立を大衆が許容する温床を作り上げること。」「在野緒党の連合政府樹立を許容する最大の温床となること」「温床」は否定的な意味合いで使われる言葉であり、民主連合政府を悪いものと示唆しているからである。不純左派勢力による民主連合政府の主導権がブレジネフ「社会帝国主義」側に握られれば、むしろ毛沢東にとっては最悪である。それだけは回避しなければならない。しかし、この文書は中ソ対立への基本的な注意がまったく欠けているのである。引用者によって隠されたのだろうか。○ 筆者の対日文化工作の狙いは、単なる反ナショナリズムか。「具体的な方法を示せば「性の解放」を高らかに謳いあげる劇又は映画、本能を刺激する音楽、歌謡等は望ましい反面、スポーツに名を借りた「根性もの」と称される劇、映画、動画、または歴史劇、歌謡ならびに「ふるさとの歌祭り」等の郷土愛、民族一体感を呼び覚ますものは好ましくない。前者をより多く、後者をより少なく取り上げさせるよう誘導せねばならない。」「スポーツ根性もの」 と 「ふるさとの歌まつり」(司会:宮田輝、1966~74年) にわざわざ言及している。日本人を反中共だけではなく、反米帝、反社帝へ誘導するうえでも有益な作品群かと思われるのだが、戦略としての整合性が疑われる。(具体的過ぎて面白い。)なお、後に江青らは失脚し、民謡が好きな清く正しい北京放送局は、日本語で、江青らの「黄色汚染」を非難することになる。そして、「進歩的な」大衆から共産圏には自由がない、として忌避(嘲笑)され、墓穴を掘ったわけである。【追記】http://www5f.biglobe.ne.jp/~kokumin-shinbun/S47/4708/470801china.html 國民新聞の47年8月号↑がソースで、「解放」を誤記したのは、ryutukenkyukai.hp.のサイトのために行なわれた粗忽な再入力によると判明した。しかし、國民新聞がいうように1972年8月掲載だとすると、文中にある「国交断絶」云々は時期が早すぎる。これだけ面白いと「怪文書」よりもパロディーかと。
2008/04/30
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チベット亡命政府は平和的に完全な自治と人権擁護を求める一方、北京五輪を妨害するつもりはなく、成功に向けて協力するといっています。中国人在日留学生は、北京五輪を盛り上げるために開催国の旗(北京政府の五星紅旗)を掲げて聖火リレーを歓迎すると言っていました。さて、いつもの元気な日本人団体は、日の丸を掲げて歓迎したり、反対したりしたでしょうか。長野市では厳重な警備の下で両派が睨み合いになったり、五星紅旗の集団に雪山獅子旗を掲げた人が突入している場面が放映されました。雪山獅子旗のほか、青天白日満地紅旗(現台北政府)が見え、さらには、赤い三本線の黄色旗(南ベトナム旧サイゴン政府など)もその中にありましたが、東洋人ではあるものの、実はどこの国の人なのか、わかりません。北京五輪に反対しようとする動きかとも見え、統制が取れていなかったともいえます。いずれも五輪の旗を掲げるのではなく、国家や民族自治区の旗を掲げており、ナショナリズムの主張を前面に出していること、暴力的な対立を引き起こしていることから、国際オリンピック精神の「敵」と見ました。雪山獅子旗がチベット亡命政府の指揮・命令に反して利用されたとすれば、チベット内部のダライ・ラマ14世法王に対する反逆ともいえますし、外国人の行為であれば、チベットへの第2の侵犯、冒涜かと思います。このようなことに日本人が関わっていないことを祈るばかりです。
2008/04/28
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死刑を支持する世論が強い中で裁判員制度がはじまれば、量刑において厳罰化へ傾く部分はあるでしょう。被害者および家族の応報感情が強ければ、それに見合う刑罰を法定刑の範囲において科すことは、国の務めでもあります。犯罪が何故起こるのか、どうしたら無くせるのか考えてほしいと、遺族は訴えていました。住職・藤井教正氏(東京立正短期大学学長)は、日蓮聖人の手紙の一節を紹介し、「宗教にとって心の問題はもちろん重要ですが、日蓮上人は『環境』の問題をいち早く重視したのです。」「どんな人でも環境が良くなれば平和につながる。社会、経済を含めそのような『環境』をつくることが大切であると言ったのです。」と説いています。http://www.jcp.or.jp/akahata/akahata_80th/hatsugen/11.html (しんぶん赤旗のサイト)参照:南条兵衛七郎殿御書、故事成語のお話「橘化して枳となる」陪審員制度は多数者に有利、少数者には不利に働く惧れもあります。ドラマ「ホカベン」の制作発表記者会見があり、主演女優・上戸彩は次のように語りました。 「裁判制度も変わるので、間違えることなく観ている人を導いていければと思う」http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/pickup/20080409/1009123/ (日経トレンディネット)こんな記事もありました。「裁判員制度が始まりますし、きちんと被害者と加害者を見極める力を持とうと思ってもらうドラマにしたい。」(しんぶん赤旗・番組紹介記事、日付失念)陪審制には、陶片追放、異端審問、魔女裁判、人民裁判、の類に堕するという惧れもあるでしょう。冤罪や厳罰を乱発しないように望みたいと思いますが、裁判員の識見を支えるのは藤井住職が「環境」と解釈しているものに拠るのであり、これを整えてゆくうえで役立ちたいと思います。
2008/04/26
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そもそも、少年とされる18歳の犯行を死刑にするかどうかも問われていたが、性犯罪を少年法で括るような話は無理だ。微罪ならばともかく、18歳を子ども扱いするわけにはいかない。放火犯「八百屋お七」は大人としての誇りをもって、すすんで裁きを受けたことになっている。弁護側は「ドラえもん実在信奉説」と「魔界転生」に拠る「精蘇生術信奉説」を持ち出したが、動機の否定としては陳腐な詭弁だ。タクシー運転手を殺した米兵などは、悪魔に命じられた、と弁解している。被告本人がどのような信条(迷信)を持っていようとも、常識人としての裁判官が裁く以上、被告人に人としての理性があると認められれば、同等に扱われる。人妻と同衾の「儀式」を行なって逮捕され、「神による人類救済の計画」を実践したと弁解した男が平壌にいたというが、姦通罪がある国では無罪にはなりようがない。
2008/04/24
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現実の柳寛順が加わった闘争と平安北道の文家に次男が生まれたこととの間に直接の関係が無いことは、明らかかと思います。しかし、統一教の発生と、キリスト教徒による抗日独立運動との間には歴史的な関係性があります。【民族を超越した宗教】キリスト教は公式には世界の言語・身分・習俗・血統などを異にする人々の間に、それらの違いを超越する友愛を説いてきたはずです。独立運動はナショナリズムの発現であるのに対し、プロテスタントを興したルターや、キリスト教の開祖、イエスにはナショナリズムはありませんでした。ユダヤにはローマ帝国の属州に甘んずるのではなく、反抗、決起しようとする人々(※)がいましたが、イエスは相手にしませんでした。【非暴力の抵抗運動】しかし、キリスト教信徒には、弱者に対して特別に愛(慈悲)を注いできた伝統的教理から、支配・抑圧の下で苦しむ人々に連帯しようとする顕著な傾向がみとめられます。(中南米では同様の考え方から発展して、実力行使も認める過激な思想が出てきて「解放の神学」と呼んでいます。)韓国では民族意識によって異国による統治に抗する人々が登場し、クリスチャンの指導者はこれに連帯し、非暴力の運動を組織しようとしました。(五山学校の校長などを務めた曹 晩植などです。)【国教化を狙う過激派】しかし、「法廷で椅子を投げつけた」とされている「殉国の少女」の伝説は、独立運動において、クリスチャンの若者が急先鋒であったかのように印象付けています。本来、聖職者および指導者は騒擾・流血を忌避する立場であり、そのような独立運動を防ぐために中和主体(仲を取り持つ役)を買って出るところです。また、異教徒から信頼を得る配慮(計略)として、平和的な運動のために奮闘することは大いに考えられますが、ここから転じて、普遍的宗教の「ナショナリズムとの結婚」が成り立ちます。(さらに、公式的なキリスト教から逸脱し、非常手段へ邁進する隙も伴ってきます。)伊藤博文の暗殺犯はクリスチャンの安重根で、義士と称えられます。戦時下には総督府がキリスト教会に対して戦勝祈願のためとして神社参拝を強要しました。また、李承晩は米国の信任の下、米国から国家の独立を与えられて初代大統領になり、韓国軍を指揮する立場で「北進統一」を呼号しつつ、日本を敵視する政策を採りました。同時に彼はクリスチャンでした。このような政治的環境に韓国のクリスチャン勢力は適応する必要がありました。国策と結びつき、国家・民族を強調するように変質したため、「朝鮮のイエス」が登場する下地となりました。(金日成は民族統一戦線の立場から、「朝鮮の空の下、朝鮮のイエスを信じましょう」と語りました。)朝鮮半島(韓国)を特別な国と認め、そこに韓国人の再臨主が降誕するという教説は、伝統的なキリスト教から派生したとはいえ、土着化と政治との結びつきによって生まれてしまった新たな民族宗教です。そこには国粋主義的な韓国選民論も伴っています。【非常手段の乱用】 特定の領域において実力行使を正当化して存立している組織は、通常、「国家」であり、徴税などのために実力行使が常態化しています。(もちろん、秩序を維持する怪物として有用と認められます。)他方、新たな民族宗教の勢力においても、さまざまな非常手段を正当化し(神の摂理)、教理解説書の露骨な国粋主義を伏せ、朝鮮の受難を語って日本上陸に成功すると、在来の霊魂不滅説を利用した詐欺まがいの物品販売や強要に等しい献金要請による組織的な資金集めが繰り広げられ、常態化しました。つまり、 柳寛順は文鮮明教祖とは深い関係がある、その理由は、韓国キリスト教の周辺で常軌を逸して過激化しつつ、民族(国家)と結びついた勢力の象徴であるからだと考えます。柳寛順という獄死者が伝説化したような時代背景を利用しなければ、文鮮明の組織は登場できませんでした。
2008/04/22
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1920年旧暦1月6日に生まれた農家の赤ん坊と、1919年5月9日(新暦)に懲役5年の判決を受けた囚人との間に何か関係があるのでしょうか。小さな村に住んでいて、4人の子どもを育てながら畑仕事などをして、日常生活を送っていた儒教の家柄の夫婦にとっては、ただ二人目の男の子を望んでいただけでしょう。もちろん、都会で独立運動に加わって裁判に掛けられている学生に関心を抱く機会はありませんでした。その農婦の月経が5月9日に開始し、その後、妊娠したものとして、その胎児の出産予定日を求めると、http://www5e.biglobe.ne.jp/~suteki/yoteibi-keisan.htm月経周期が33日ならば、2月18日でした。1920年の新暦2月18日は旧暦12月29日でした。http://www.asahi-net.or.jp/~dd6t-sg/ 判決を聞いた後、激しく憤慨したあまり「幽体離脱」して、見ず知らずの寒村の農婦の胎内に「生き霊」の一部が紛れ込んだとか? http://www.chosunonline.com/article/20070301000035 朝鮮日報2007年3月1日
2008/04/18
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あるクリスチャン学生が反体制的な運動に参加した日が3月1日だったとします。一方、同じ日に儒教の家柄の農婦の月経が開始し、その後、妊娠したと仮定します。さて、その胎児の出産予定日はいつごろでしょうか。http://www5e.biglobe.ne.jp/~suteki/yoteibi-keisan.htm月経周期が最短の23日ならば、12月1日。最長の33日でも12月11日。 1920年の旧暦一月六日は新暦でいつでしょうか。http://www.asahi-net.or.jp/~dd6t-sg/中国の太陰太陽暦で一月六日は、グレゴリオ暦2月25日です。2月25日に生まれた農家の新生児と、前年3月1日(並川市場では4月1日)の街頭闘争に参加した学生との間に何か関係があるのでしょうか。 ※ 韓定食さんの受け売りですが、わかりやすく工夫しました。
2008/04/17
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3~4年前のコメントを引っ張り出してみた。(下記参照) しかし、今は卒業式、入学式に保護者として出席し、「国家斉唱」には一段高いオクターブで中国語・ベトナム語のような抑揚を効かせて参加している。 当然ながら途中の「千代に・・・」で声が出なくなるが。(わら とにかく、父親のわたしを左翼と見るような人々は身の回りにいなくなった。もはや左翼ではないな、と思いながら、過ぎ去った昭和を懐しんでいる。 前世紀から十年一日のごとく嘘を吐き続ける団体には、むしろ筋金入りの立派な嘘吐きとして敬意を払いたい。B*******r04さん>学校において,校長の判断で学習指導要領に基づき式典を厳粛に実施するとともに,>児童生徒に国旗・国歌を尊重する態度を指導する一環として>児童生徒にみずから範を示すことによる教育上の効果を期待して,教員に対しても国旗に敬意を払い国歌を斉唱するよう命ずることは,>学校という機関や教員の職務の特性にかんがえてみれば,社会通念上合理的な範囲内のものと考えられます。教師は、心から日の丸の旗を崇拝する右翼か、偽善者にしか勤まりません。まるで、国民年金を宣伝する女優のようです。大臣の社会通念は例の社会主義国のものと共通(国権拡張論)と見ます。いまだ、左翼と認めて頂き光栄です。ありがとうございました。(2004/11/05 10:01:29 AM)
2008/04/16
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「4 統一協会が、自らの不動産に第1抵当権を設定し、担保まで差し入れていること。・・・」いきなり引用文ですが、紀藤弁護士のサイトに書かれています。統一教会広報部は新聞の取材に対して、当法人は和解とは無関係、という趣旨の説明をしているが、あまりに不誠実な事実に反する回答です。毎日新聞4月11日毎日新聞4月10日原告が国の責任を問うと聞いて、国からの行政処分を畏れて和解金を積み上げたのではないかともいわれますが、新聞社に嘘をつくような言動は、ますます自らを窮地に追いやることになるでしょうね。折角の和解が活きてきません。何をしたいのか、さっぱりわからないです。
2008/04/16
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イエス・キリストは「わたしの掟」を守りなさいと勧めている。信じ難きを信じよとか、許しがたい凶悪な敵を愛せという類の無理難題ではない。【ヨハネによる福音書 15章9-14節】父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい。わたしが父の掟を守り、その愛にとどまっているように、あなたがたも、わたしの掟を守るなら、わたしの愛にとどまっていることになる。 これらのことを話したのは、わたしの喜びがあなたがたの内にあり、あなたがたの喜びが満たされるためである。 わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これがわたしの掟である。友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。わたしの命じることを行うならば、あなたがたはわたしの友である。 〆「互いに愛し合う」のがその掟であり、「友のために自分の命を捨てること」はその愛の中でも最大のものとして勧めている。そのように言うのは弟子たち(あなたがた)の「喜びが満たされる」ための助言だと。そして、そのような人々(あなたがた)は、イエス(わたし)の友だともいう。同じ喜びを共にするのだからだろう。ナザレの人イエスの愛に帰依し、友のために殉死するということだ。美しい心である。たとえば、「わたしがあなたがたを愛したように」という実感を人々に与えることが可能ならば、阿吽の呼吸で人々を集団自決せしめることもできるだろう。しかし、このような「わたし」はイエス・キリストではない。その立場を盗む偽者だ。自分は無事に過ごして弟子たちに犠牲を払わせるのは非道。本物のナザレの人イエスは、誰かを犠牲にするのではなく、率先して死ぬのである。
2008/04/02
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「美しい心」とは帰依する対象に殉じる精神(殉死する決意)のことである。「ピープルズ・テンプル」というガイアナの団体は集団自決した。「天国の門」という団体も彗星の大接近を機に一斉自殺を呼びかけた。沖縄県の2つの島で起きた一般住民の集団自決。ただの「無理心中」だった、という解釈も聞くが、しかし、島民に無理心中させたのは誰か、という疑問を残す。家族の心中でも罪に問うのが裁判所であるが、個々の家族が家庭の事情でしたのではなく、多数の家族が一斉に無理心中したのであって、外的要因を追究するのは作家だけではなく裁判所にとっても当然だろう。軍官民「一体」「共生共死」の精神が住民への教育によって注入されていた。皇民化である。これを受け容れた上であれば、投降は醜い心であり、自決は美しい心である。和平交渉は戦果を挙げた後で、という判断から時期を失したこともあるほど戦果に拘っていた。玉砕するまで徹底抗戦し、住民も自決する姿を米国側に見せることによって、本土決戦のコストを高く見積もらせることができ、国体護持に有利な材料となるという計算が成り立つのである。(ただし、米国は連続的な原爆投下を正当化する材料に利用した。)本土側が沖縄現地に対して玉砕を強く期待し「命ずる」のに抗して、守備隊長個人は、なるべく住民の自決を遅らせるよう義務感をもって対処したに違いないと想像する。両島守備隊長および遺族は大江健三郎著「沖縄ノート」を裁判所に訴えた。しかし、守備隊が深く関わったことも否定できない。いや、住民と一体で、隊長は住民の上に立つ立場にあった。投降を命ずる(許す)ことはなかったし、結局のところ軍の武器を戦闘員ではない住民に与えた。島民が投降しなかった結果、米軍(他の軍隊もだが)の「残虐非道な本性」はさほど大胆には顕されなかった。そうして、住民は我慢強いので、米軍に対する抵抗運動はさほど激しくなく、いまも米軍基地とともに生活している。現体制下の裁判所において、島民は「命令の被害者」ではなく、忠良なる臣民として国体護持のためにすすんで犠牲になったもので、今も国民の模範だとして賛美するか、または、当時の米軍の残虐非道を立証し、まったく自発的な一家無理心中が集中したとするか、いずれも認められるような論理とはならない。
2008/04/02
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