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韓定食さんのところから借りた説教集の一節ですが、読み直すと不可解なところがあります。・・・・ある期間を通して、六ヶ月路程を通して、その中間にたまたま一九四五年の十二月二十五日だったね。ある人を通して先生に祝福したね。ソロモンの王に対する祝福だね。世界的ソロモン王の使命は再臨の主をいうんですよ。そういうような祝福を受けて、それはもう自分なりにも驚いたね。・・・・・・ (1971年9月21日 韓国に於ける近世の摂理的経路)なぜ驚いたのでしょう。学生時代からの下宿に住み続け、鹿島組に勤務する身で韓民族解放の日を迎えた平凡なソウル市民であり、解放直後もキリスト教の「小さな新宗派の新入り」という立場に過ぎないならば、驚いたのは当然でしょう。しかし、既に1935年に霊的に顕現したイエス様ご本人からキリストの使命継承を請われ、何度も固辞したが結局引き受けた、という立場です。妻はクリスチャンであり、もちろん夫の特別な使命を弁えた上で結婚したのでしょう。その妻を養う一方、日本統治下の警察から拷問を受けても屈しなかった勇敢な闘士だというのです。再臨のメシアとしての自覚を持って独立運動の急先鋒に立っていたと取れます。それなのに、改めて驚くのも不自然で、前後関係が合わないだろうと思います。
2008/03/31
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* Alternative page written in Korean language 自動翻訳なので、どうなっているかよくわかりません。
2008/03/24
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Which day of the week and what date of Roman calendar is every day from 14th day to 16th of the Nissan of Hebrew calendar from AD 26 to 36. Friday Saturday Sunday MondayAnno Domini26 14th 〔March 22th〕 15th 〔March 23th〕 16th 〔March 24th〕27 ・・・ 16th 〔April 11th〕28 ・・・ 16th 〔April 12th〕29 'Friday 13th ' 14th 〔April 16th〕 15th 〔17th of April〕 16th 〔April 18th〕30 ・・・ 16th 〔April 7th〕 31 ・・・ 16th 〔March 28th〕32 14th 〔April 14th〕 ・・・ 33 14th 〔April 3rd〕 15th 〔April 4th〕 16th 〔April 5th〕 34 14th 〔March 22th〕 ・・・35 14th 〔April 11th 〕 ・・・36 14th 〔March 30th〕 15th 〔March 31st〕 16th 〔April 1st〕◆ Source of the soft wear which was used to reenact Hebrew Calendar :http://www.asahi-net.or.jp/~dd6t-sg/14th day ---- Friday, 14th day of Nissan; the passion day written in the Gospel, in which day Jesus was crucified, the date must be one of the above days. Friday 13th---- In England, France and other countries, there is a popular account which says "Friday as 13th day is considered evil, as it is the crucifixion day of the Crist" , though it is not certain when it is from. The 13th day of Nissan in AD 29 corresponds to such day.17th April---- Date of the Resurrection day on which one sect from Christianity insists. The founder of the sect is talking that in his boyhood in 1935 Jesus who spoke Korean with a local accent of Hebrew said directly him that April 17 in the day was the real day of Resurrection. Sunday, April 17th in AD 29 corresponds to the Resurrection day, because the day may be Sunday as shown in the Gospels.
2008/03/18
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退屈なテーマで申し訳ありません。見やすくまとめました。あくびが聞こえそうなのですが、懲りもせずに続けています。ユダヤ暦ニサンの月14~16日の曜日と西暦日付け西暦年 金 土 日 月26年 14日〔3月22日〕 15日〔3月23日〕 16日〔3月24日〕27年 ・・・ 16日〔4月11日〕28年 ・・・ 16日〔4月12日〕29年 「13日の金曜日」 14日〔4月16日〕 15日〔4月17日〕 16日〔4月18日〕30年 ・・・ 16日〔4月 7日〕 31年 ・・・ 16日〔3月28日〕32年 14日〔4月14日〕 ・・・ 33年 14日〔4月 3日〕 15日〔4月 4日〕 16日〔4月 5日〕 34年 14日〔3月22日〕 ・・・35年 14日〔4月11日〕 ・・・36年 14日〔3月30日〕 15日〔3月31日〕 16日〔4月 1日〕◆ ユダヤ暦を復元した計算ソフトの出所:http://www.asahi-net.or.jp/~dd6t-sg/14日 ---- 陰暦ニサンの月14日金曜日。福音書に記されている受難の日、つまり、イエスがはりつけの刑に処せられた日であるが、それは、上の通り、これらの日に限られる。「13日の金曜日」 ---- 英仏などでは、いつ頃からか分からないが、13日金曜日は不吉とされている。なぜならキリスト受難の日だったから、という俗説がある。西暦29年ニサン13日がこれに該当する。4月17日 ---- キリスト教系新宗教のひとつが主張する復活日。1935年、少年時代の教祖は、ヘブライ語なまりの韓国語を話すイエスから直接に、その日4月17日がほんとうの復活の日だったと聞いた、と語っている。福音書の通り復活の日が日曜日だとすれば、西暦29年4月17日日曜日がこれに該当する。
2008/03/14
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キリスト生誕の時代に遡る昔からパレスチナ周辺に住み続ける「ユダヤ人」。その血統上の子孫は、今日、さまざまな宗教に分かれており、また、スファラディ※ともいわれることがありますが、彼らは欧州系の入植者に対し、パレスチナの先住民です。※ユダヤ人の子孫で、オスマン帝国の下で活動した中東系の人々のうち、一部がスペインへ移住しました。ここから、中東系のユダヤ人を指すようになりました。第2次世界大戦終結後、古典的な帝国主義の時代は終わり、国連の下で民族の平等が追求される時代になったはずでした。しかし、パレスチナ紛争では、欧州(ドイツ・東欧など)からの入植者アシュケナジーの権力によって、住民すなわち「パレスチナ人」が虐待され、辛酸を舐めています。中東系住民であるパレスチナ人クリスチャンの言い分を聞いてみました。プロテスタントの聖職者ラヘブ師(ルーテル派)は、パレスチナ人です。同師は、民族の間の公正が保たれていない歴史と現実を踏まえ、西欧の神学およびキリスト教勢力の偏った姿勢に対して警告しています。「反ユダヤ主義に陥らずにイエス・キリストを語ることの必要性を説くのであれば、イエスのユダヤ性について語るときにも反パレスチナに陥らないようにという配慮も同時にまた必要」という指摘は、まことにもっともなことだと思います。これは韓国人カルト指導者を語る場合にも言えると思います。メシヤは韓半島に現れる(再臨する)ことになった、日本は神社参拝を強要し、独立運動を激しく弾圧したような悪魔の(サタン側)国家だったから、とメンバーはいいます。(おまけに、日本人は韓国人に対して犯した罪を償うべし、とも。)これに対し、文の爺さんは嘘吐きだ、韓国人は息をするように嘘を吐くから、というのでは、互いに鏡のようです。どんな嘘も、宗教や儀式(神社参拝など)を強要する類の全体主義の権力や、その他の全体主義的な組織も、それぞれ憎むべきです。また(しかし)、これらを民族・国民に結びつけるのは間違いだと思います。次の記事は、RUR-55氏が下記文献の原文を読んだ内容紹介です。http://rur55.blogspot.com/2005/01/blog-post.html 〔引用開始〕・・・・「私はパレスチナ人クリスチャン」 ミトリ・ラヘブ著 山森みか訳 日本キリスト教団出版局 Mitri Raheb, I AM A PALESTINIAN CHRISTIAN, translated by Ruth C. L. Gristch © 1995 Augsburg 第一部は・・・・アラブ人クリスチャンはキリスト教の歴史の中でも最も古いグループで、イスラム教が成立するずっと以前からパレスチナにコミュニティを築いていました。パレスチナには古来さまざまな宗派が共存しており、東方教会、ローマ教会、プロテスタント諸派などを次々と受け入れてきました。従ってエキュメニスムの伝統が強く、・・・・ 、イスラムもユダヤ教も包含した共生を視野に入れることに少しも無理がない。・・・・オスマン時代にはイスラム帝国の中の二級市民として扱われてきた周辺的存在であったことから、ヨーロッパの影響が強まり改革の必要が痛感されるなかで、アラブ人クリスチャンたちは近代化を推進する文化的エリートの役割を担うようになります。国家と宗教を分離し、クリスチャンもムスリムも他の宗派も、市民として同等の権利を持つ、世俗主義のアラブ国家を作ることが彼らの目標でした。・・・・ ・・・・挫折感からパレスチナ人のあいだにはハマスのようなイスラム主義者の勢力が拡大するようになってきています。・・・・ ・・・・ 反ユダヤ主義の一因となり、ホロコーストを招いてしまったことに対する贖罪の意識から、欧米のクリスチャンたちはユダヤ人やイスラエル国家に対して過度に同情的になる傾向があり、結果的にパレスチナ人が現在受けている苦難には目をつぶってしまうという問題。この欧米的な思考形式がアラブ人クリスチャンにも押し付けられ、それに異論を唱えればナショナリストのそしりを受ける。パレスチナの問題を直視することがキリスト教神学の課題であるとラヘブ師は主張します。第二部・・・第六章、「アウシュヴィッツ以降の神学とパレスチナ人」(要約) 西洋のクリスチャン・・・・は、今日のジュデイズムやイスラエルという国家についてホロコーストを通じてのみ理解しようとする動きがある。・・・・・ヨーロッパに蔓延する反ユダヤ主義(アンチセミティズム)の源流の一つがキリスト教であることを発見した彼らは、そのことを白日の下に曝して根絶しようと乗り出した。だが、反ユダヤ主義の根は深く、大戦後もこの風潮に目立った変化がない・・・・・。 そこで、キリスト教徒とユダヤ教徒のあいだに新たな対話が開かれた。・・・・次の二つの点において不十分である。 第一に、・・・・。イスラエルでは、喜んで対話の相手となるような人々が見つかりにくい。ほとんどの人は、そんな対話のことなど聞いたこともない。・・・・ おまけに西洋の神学者たちは、中東のクリスチャンたちに対して、対話に参加させるどころか、相談することさえしなかった。・・・・・ アラブ人キリスト教徒たちは西洋的な視点を受け入れるか、ナショナリストとして切り捨てられるかのどちらかしか道がない。 第二に、この対話はパレスチナ人の運命にほとんど目を向けようとしない。ましてや、アメリカやヨーロッパやイスラエルが・・・・・行ってきた不正に対処することなど望むべくもない。・・・・ 20世紀後半のパレスチナ人との関係、彼らを追放し、占領下に置いてきたというイスラエルの歴史は重要視されず、神学的思考に取り入れられることもない。 「アウシュヴィッツ以降の神学」は、いかにすれば反ユダヤ主義に陥らずにイエス・キリストについて語ることができるのかを問う。これまでのところ、その答えはイエスのユダヤ性を強調することに求められている。だが、ここから親ユダヤ的傾向や無批判のイスラエル支持が台頭してくることにもなった。その結果、この対話ではイスラエルが神話化され、その裏返しで「パレスチナ人」やPLOは悪魔のように描かれることとなった。「アウシュヴィッツ以前の神学」はたしかに反ユダヤ主義の要素を持っていたが、「アウシュヴィッツ以降の神学」は親イスラエル、反パレスチナ的な態度に陥りやすい。・・・・
2008/03/05
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【左記フリーページの題記の内容を加筆しましたので、再掲します。】次の資料によると、1935年の4月17日は、イエス・キリストのほんとうの復活の日だったそうです。History of the Unification Church, Vol. I by Yu Kwang-yol, HSA-UWC, Seoul, 1978, p .13.柳光烈氏が言うことなので、他の新聞記事、パンフレットなどより信憑性?があります。(ちなみに、この日は旧暦3月15日、ユダヤ暦ニサン14日でした。)*参照 「The Divine Principle is the fundamental theology of Sun Myung Moon. When he was 15 years old he was praying on a mountain side in Korea on Easter morning, April 17, 1935.」と宣伝する 統一教会の資料 ←挿絵付き!・・・・なお、ネット上でも公表されている マイケル・ブリーン氏の著書に付けられている注記(第2章9)では、1935年のキリスト教会の復活節はこの日ではなく、4月21日だったことに触れつつ、それに対し、柳光烈を通していわれているのは、この17日は「実際の復活の日」であると霊的に現れたイエスから教わったということです。・・・・【加筆08.03.04】そうすると、イエス・キリストは約2000年前の4月17日に復活した、ということになります。では、西暦何年の4月17日なのでしょうか。(加筆08.03.05)西暦4月17日が確かに復活の日だとすれば、それは西暦29年の同日日曜日(週の第1日)、すなわち、その頃ユダヤ人が使っていた暦(バビロニア暦)におけるニサン15日しか見当たりません。そうであれば、西暦29年ニサンの月の「13日金曜日」が受難の日となってしまうのですが、いかがでしょうか。(加筆修正08.03.05)(初期キリスト教会の一部、14日遵守派は、引き続き旧正月の大晦日のような行事であるニサン14日過越祭を守ることに拘っていました。これに対し、この慣習を持たないローマの教会は、曜日に従って、復活の日曜日の祝いおよびそれに先立つ受難週の行事を守ろうとしました。---加筆08.03.04~05)さて、アビブの月(ニサンの月)14日に過越祭が守られるのは、旧約レビ記以来の伝統です。ニサン13日はその過越祭の前であり、福音書に照らして、受難の金曜日ではなく、また、ニサン15日は過越祭の翌日であって、復活の日曜日ではありません。(加筆08.04.05)一方、1935年4月17日はユダヤ暦二サン14日ですから、過越祭の日です。(同上、移動)ユダヤ暦に慣れ親しんでいるナザレのイエスを念頭に置けば、約2000年後の過越祭(=受難日)に登場した霊が、この日が本当の復活の日だ、と唱えるのは怪し過ぎます。(同日、一部加筆)【以下追記2008.03.03~04、一部移動03.05】過越祭(パスカ/ペサハ)は、古代の小アジア、すなわちアンテオケアなどの教会によって守られていました。ユダヤ人の旧約の伝統にしたがうものです。復活もその後の一連の事件として祝われたのでした。これがローマ教会に伝わると、ペサハに続く日曜日に行われて、今日の復活節(=復活の日)になりました。一方、ユダヤ教と同じように過越祭を守る特殊なキリスト教会もあります。古くはユダヤ人の中のキリスト教徒であり、現代では「メシアニック・ジュー」と称される宗派です。これらは、旧約に基づく過越祭を敢えて重視し、復活の日である日曜日を相対的に軽視しているように取られるため、少数に甘んじてきました。元来のパスカ(ユダヤ人のペサハ)は、ユダヤ(オリエント)暦ニサン14日であり、1935年4月17日は、その日にあたります。そこで、(加筆03.05)ユダヤ人から受け継いだ「本来のパスカ」はこの日だった、というなら、その通りですが、それは14日遵守派による主張が再登場しただけのことです。この日が「ほんとうの復活の日」だったという意味にはなりません。統一教会はある時期までこの日に復活節の礼拝を行ったそうですが、http://www.geocities.jp/bonnppu/page008.htmlキリスト教の位置付けが低下したからか、復活節の行事をしなくなったようです。
2008/03/05
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中国で創作された「盂蘭盆経」というお経に、目連尊者の母として登場するキャラクターが、青提女(しょうだいにょ)です。息子を育てるため、一心不乱に働き、量目をごまかす悪徳商法や阿漕な貸金業に手を染めて、死後、餓鬼道という悲惨な霊界に落ちました。自分のことは忘れて家族、すなわち息子に尽くす母。息子は釈迦の高弟になりましたから、その功徳によって母も救済されるのか、と思うところですが、そうはいきません。息子が霊能力(神通力)で救済しようとしますが、それも効きません。何故か。自分の母だけを救おうとしても、それは‘えこ贔屓’です。母親が悪徳商法などをしながら無償の愛を自分の子にのみ注ぐのと大きな違いはありません。自分の先祖・子孫の救済のために貪欲さを発揮するのは、信仰として限界があると思います。社会問題化する宗教にはそういう貪欲さがありますね。
2008/03/01
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