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新約の手紙には肉の思いに煩わされている初代キリスト信徒の内心が吐露されています。ところで、地上生活は霊体が成長するための場であるとも聞きます。なんの苦労も無いところでは、人格、人間精神が陶冶されることはないでしょうから、そのとおりです。もしも生存本能を欠いている人がいるならば、迫害を怖れる必要もなく、苦難と殉教の道を進むことも全く苦になりません。ロボットが危険な作業に従事するのと同じです。それは愛の実践とはいえないわけです。一方には、良心に遵って本能と博愛の両立・共存を実践する幸せな人がおり、信仰の為にあえて苦難の道を進む勇敢な人もいます。しかし、他方には、迷信の為に脅されて私心から隷従に甘んじる惨めで不幸な人もいるのです。まったく違うことをしているのですが、表面上は似ているかもしれません。
2008/08/29
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http://groups.msn.com/countermeasure/page10.msnw?action=get_message&mview=1&ID_Message=692分派に反論している日本の統一教会。「祝福」によって罪は清算され、肉の救済がなされるのか、されないのか、という議論をしています。ですが、もともと、キリスト教との間で、十字架によって罪はまったく清算されたのか、まだされていないのか、という議論が行なわれていました。十字架の場合は、最後に天国に行くのでしょうから、空しく日々を過ごしている人には実感が伴わないただの「予約券」と「予定表」かもしれません。しかし、「祝福」は十字架の救いと希望を超える完全なもののはずです。実際に受けた人が体験的に判断できるのではないでしょうか。結婚したという実利のほかに、確かに体の中から原罪が消えたという実感があるのでしょうか。・・・実感はなかったのでがっかりしたが、反対を押し切って結婚してしまったから、いまさら正直には言えない・・・という事情なら、まぁ、わかるような気もします。
2008/08/28
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血統転換も困った言葉です。日本公職者特別集会 2006. 9. 13. 天城旺臨宮殿/ 3千名余りの公職者が参加、約2時間にわたって血統の重要性を強調/以下、文師のスピーチを抜粋 ・・・『血統転換』と言いなさい。 ( 『血統転換』 ) 今、世界中で紛争しないところがありません。堕落はどこから来ましたか。血統が違ったのです。神様の代わりにサタンが入りました。サタン血統、悪の血統に切り替えたのです。そして、怨讐になりました。 血統転換が完璧になされたという者、手を下げてください。 ( 笑い ) 血統は恐ろしいものです。 今回の平和メッセージ・・・・・・ ( 以下、韓国語で話される ) 全部、交替結婚させたのです。それで、たくさんの悪口を言われました。国際結婚した人、手を上げなさい。たくさんいますね。 『血統』と言ってみなさい。 ( 『血統』 ) 調査してみると、米国で純潔を守る女性が一人もいません。祝福を受けてから ( 脱線して ) 体を汚したものは許しがありません。先祖が引きずり降ろすのです。血統転換がどれほど重要かわかりましたか。血統!・・・・・ モンゴル・・・・・先生は後半、日本語で話しましたか、韓国語で話しましたか。・・・・・・ スイスのジェネバ・・・・・(抜粋終わり)※血統(民族)を混合することと、悪なる血統を断つこととを結びつける内容が含まれていると推察されます。世代交代の中で遺伝子を継承する連続の繋がりを血統といいますが、これを「転換する」ということです。家系は転換できます。嫁入り、婿入りによって家の所属を変えられるからです。しかし、血統を転換する、というのは、要するに遺伝的な先祖を取り替えるということでしょうか。もちろん不可能です。キリスト教徒は、死者が回心するとは考えませんが、先祖は既に亡くなっていますから、それもありません。 悪なる血統を断ち、悪なる遺伝を断つとは、どういうことでしょうか。獲得形質は遺伝しません。すくなくともダーウィンを批判する立場であれば知っているべき定説です。今は、遺伝子操作があります。しかし、1950年代の科学にはまだありませんでした。新約の手紙などに、肉の思いによる苦悩が書かれており、これを本能、遺伝形質としての欲望と読む結果、1人を除く全ての人間には悪なる本能が遺伝しているとするわけです。ところで、ドイツ人は金髪碧眼の完全なアーリア人になりたいと考えて、ポーランドからそういう子どもを拉致してドイツ人家庭で育てました。ドイツの国民は金髪碧眼ばかりになるようにという集団的、政策的な遺伝子選択です。また、党(国民社会主義ドイツ労働者党)の親衛隊というエリート群は、未婚の隊員たちも政策的な婚外交渉によって女性を妊娠させ、繁殖を急ぎました。もちろん、結婚も計画的に推進しました。民間でも、ドイツ人と「非アーリア人」との結婚は法的に排除され、「遺伝的な」障害者は断種させられました。これらの遺伝子改良(?)計画 は、当時の優生学という思想に基づいており、この中で親衛隊員の私生児を育てる保育所は「生命の泉」と呼ばれました。不都合な遺伝子を排除し、好都合な遺伝子を繁殖させることによって、集団の性能を高めるという「人的資源の品質管理」です。さて、同じように、信者同士の結婚は、より信じやすい遺伝形質を凝縮するかもしれないと期待されます。 東アジアの仏教徒は、長らく先祖の苦しみを供養によって解消できると教えられてきたことは隠せません。これに加えて、先祖の罪により恨みを抱えた死者の悪霊が子孫に災いをもたらしているという教義を作ることによって、災いの相続と血統転換を裏付けることはできるでしょう。供養によって、災いをもたらしていた悪霊が復帰され、それまで子孫に相続されていた災いが無くなるという説です。 しかしながら、信者同士の結婚であっても、論理的には、親に隠れて怪しい団体に入ってしまうという形質が「遺伝」するかもしれません。死者のための供養も、聖書に基づくものではありません。救われた死者の言葉を霊界レポーター(霊媒)が代弁するとあっては、見るからに異なる神との姦淫です。これでは罪を増しているでしょう。お釈迦さまは吾が子ラーフラを出家者とし、結婚させず、子孫を遺しませんでした。これと対比して、先祖供養によって子孫の現世利益を図るという教え(利益誘導)または、先祖供養しないと災いを被るという教え(脅し)は、低俗な取引であり、動機において利己の行いに過ぎないと思います。
2008/08/28
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こんな言葉はどのような事典・辞典にも載っていない。最近は、ネット検索にも掛からなくなった。 所有権は、近代法制の核心である。耕作する者が自ら農地を所有することによって、封建的な支配・制約から解放されるという。所有物は、土地、建物、物品にとどまらず、生物も対象(客体)である。ところで、奴隷とは、人に所有される人間のことである。たとえば、古代日本には奴婢があり、南北戦争まで米国では奴隷を合法としていた。さて、人間に対する所有権を論じる法廷はどこにあるだろうか。どこにあるにせよ、そこには明らかに奴隷制がある。人間を神のかたちに造られた、という神は、奴隷制を天の法秩序として認めるかどうか疑問に思う。 神の所有に属する人間は、神の奴隷である。神の子はそれを相続するだろうから、神の子の奴隷でもある。神の子(イエス)は、人間の女(マリア)から生まれたわけだが、そのキリストの使命を継承したという人物(S.M.Moon)は、現代の神の子であるというのだから、結局、それらの奴隷の主である。そのように、神を信じ、神の所有権に属そうとする人達は、自らその人物、一族の奴隷に志願しているのである。命令によって交配され、指示通りに交尾させられるとなれば、家畜と等しい奴隷ではないか・・・という印象を受けるが、そのような誤解(?)を与えないように、この際、「法廷論的所有権」の用語を廃止するようお勧めする。
2008/08/27
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え?どこに真理があるかって?真理が欲しい人は、真理を持っていない人ですが、しかし、何が真理か分かっている、と思っている人です。分かっているなら、それが真理です。 ・・・私に「真理を呉れ」という必要はありません。。 考えても分からないことがあるから教えて欲しい?いいえ。考えても無駄なことは世の中にいくらでもありますよ。。 (続き)ここに神様がいます。神様がいると思う人は、置かれた環境、これまでの体験および内なる何かの組み合わせによって「神様はいる」と思わされています。そのように思わせているそれらの組み合わせを用意した者は、神様と呼ぶべきでしょう。あなたの中にも、周りにもそのように神様のみ手が働いているのです。 宇宙に法則があることは自明で、それは無神論者も認めるようです。 仏教徒はどうでしょうか。もちろん神様(宇宙創造神の梵天)はいると思っています。 しかし、世の中には悪い神様もいるでしょうし、真理を偽装する名ばかりの詐欺的原理もあるでしょう。ただ[宇宙、自然界に法則がある]だけ、ただ[神様、仏様がいる]だけ、ではどうしようもありません。
2008/08/25
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旧約の預言書などでは、多くの場面で、異教の神への礼拝すなわち異邦人の宗教の儀式は「姦淫」「淫行」と書かれている。敵愾心のために悪口を充てているのだろう。 もっとも端的な用例は次の通りである。 申命記31:16主はモーセに仰せられた。「あなたは間もなく、あなたの先祖たちとともに眠ろうとしている。この民は、はいって行こうとしている地の、自分たちの中の、外国の神々を慕って淫行をしようとしている。この民がわたしを捨て、わたしがこの民と結んだわたしの契約を破るなら、 (新改訳) 世代交替とともに異国で行なわれる宗教、異なる神に帰依するだろうという予言・警告である。 1世紀前後、ユダヤ人の一部は南王国その他の地から地中海南岸の各地に出て行き、当初は過激な闘争を試みる者があったが、やがてユダヤ教団を成立させ、今も民族宗教の伝統を堅く守っている。海峡を渡ってスペインに登場したユダヤ教徒もそのようなイスラエルの血統的な子孫で、スファラディという。転じて、アジア系の風貌のユダヤ人を指すようになった。 これに対し、ヨーロッパのドイツ以東に登場したユダヤ教徒はアシュケナジーといわれる。外見的にもイスラエルの血統的な子孫とはいいがたく、集団改宗したカザール王国の末裔と目される。この一部は20世紀の闘争によってシオンの丘すなわちイスラエルの地を制圧「奪還」し、建国した。 一方、イスラエルの土地(パレスチナ)に残った人々もいるが、王国再建を企てる政治運動から離脱し、さらに、キリスト教やイスラム教へ改宗し、多くは民族宗教の流れからも離脱した。すなわち、パレスチナ人である。血統的にはスファラディとの差は小さく、イスラエルの子孫である。 さて、イスラエルの民族宗教の流れから見た場合、パレスチナ人の先祖による改宗は、異教の神との「エッチ」すなわち「姦淫」ではあるが。 旧約はこのような意味で「姦淫」を繰り返し指弾する。以下、適宜、勝手な解釈を付けてみたが、特に先行論文等には拠らないサヨクの独断・偏見であることをお断りしておく。 士師記 8: 27ギデオンはそれを用いてエフォドを作り、自分の町オフラに置いた。すべてのイスラエルが、そこで彼に従って姦淫にふけることになり、それはギデオンとその一族にとって罠となった。(新共同訳) ※ エフォド(ephod)とは、祭司の装身具で、袈裟に似る。人民はギデオンを英雄視し、個人崇拝を行なった。ギデオン恋しけりゃエフォドまで恋しい。(?) 歴代誌 下21:11そのうえ、彼はユダの山々に高き所を造り、エルサレムの住民に淫行を行なわせ、ユダを迷わせた。(新改訳) ※ 山の上に異教の祭壇を設けたのであろう。(?) エレミヤ 2:20実に、あなたは昔から自分のくびきを砕き、自分のなわめを断ち切って、『私は逃げ出さない。』と言いながら、すべての高い丘の上や、すべての青々とした木の下で、寝そべって淫行を行なっている。 (新改訳) ※ 寝そべるのは家畜だが、家畜に擬えて誹謗している。祭壇や神殿を丘の上と森の中に建立したのであろう。(?) エレミヤ13:27あなたの姦淫、あなたのいななき、あなたの淫行のわざ--この忌むべき行ないを、わたしは、丘の上や野原で見た。ああ。エルサレムよ。あなたはいつまでたっても、きよめられないのか。(新改訳) ※ いななくのは家畜だが、家畜に擬えて異教の礼拝・賛美歌を中傷している。丘の上と野原で異教の礼拝を行なったのであろう。(?) エゼキエル 16: 15それなのに、お前はその美しさを頼みとし、自分の名声のゆえに姦淫を行った。お前は通りかかる者すべてにこびを売り、身をまかせた。(新共同訳) ※ 関係諸国に対してすすんで宥和的に対応し、それらの宗教儀式にも参列したのであろう。(?) エゼキエル16:16あなたはまた、自分の衣服のいくらかを取り出して、自分のために、まだらに色どった高き所を造り、その上で姦淫を行なった。こんな事はあったことがなく、あってはならないことだ。(新改訳) ※ 国家のための祭壇を設けて多彩な垂れ幕で飾り、礼拝を行なったのだろう。(?) エゼキエル16:20あなたはまた、わたしのために産んだ自分の息子や娘たちを取り、その像にいけにえとしてささげて食べさせた。あなたの姦淫はささいなことだろうか。(新改訳) ※ 自国の青年男女を近隣諸国のために宗教活動や軍隊の要員として派遣したのであろう。(?) エゼキエル16:25どこの辻にも高台を築き、通りかかるすべての人に身を任せ、姦淫を重ねて自分の美しさを忌みきらうべきものとした。(新改訳) ※ 市街の広場に祭壇を設け、国家を象徴する英雄像などを安置し、礼拝させたのであろう。(?) エゼキエル16:36神である主はこう仰せられる。あなたは、愛人たちや、忌みきらうべき偶像と姦淫をして、自分の恥ずかしい所を見せ、自分の裸をあらわにし、それらに自分の子をささげて血を流したため、(新改訳) ※ 外国の手先とともに国家を象徴する像に礼拝し、無知を曝しつつ、自国の青年を兵士として差し出したのであろう。(?) ホセア4:13彼らは山々の頂でいけにえをささげ、丘の上、また、樫の木、ポプラ、テレビンの木の下で香をたく。その木陰がここちよいからだ。それゆえ、あなたがたの娘は姦淫をし、あなたがたの嫁は姦通をする。(新改訳) ※ 大人たちは外国から取り入れた自然の中での癒しの行事、新しいイベントを流行させたが、次世代の間に異教が流入するのを助長したのであろう。(?)
2008/08/25
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目的地の地上から空を見た人から、周辺の稜線には雲が無いとの報告でヘリは飛び立ち、また、途中、飛んでいるヘリの下に白い鳥の群れのようなものが地上から見えたといっています。虹も見えたといいますから、明るい空を飛ぶヘリを見送ったことが分かります。この段階では、ヘリにも気象にも異常は無く、安全に航行していたとわかります。 ところが、山中に迷い込んで木々に接触してしまうことになりました。操縦士によれば、濃い霧か雲に包まれてしまったというのです。危険を察知して引き返すゆとりはなかったようです。 飛んで行くヘリを見送った人は、天使たちの群れがヘリの下側に居るのが見えたといいます。ほんとうでしょうか。彼らは何の為に随行していたのでしょうか。危険を知らせるつもりならば、前面に回って、止める必要がありました。そして、いよいよ危険が迫っても、前面の窓に姿を見せることもなく、去ってしまいました。落ちるところを見物するために随行したのでしょうか。底意地が悪い天使たちですね。(笑
2008/08/22
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(引用) つまり、文鮮明は淫行で人類を救うということ ヨシュア2002さん 淫行が罪だという神が淫行で人類を救うというのであれば、その神は二枚舌の神になります。そういう神をキリスト教徒はまことの神とは信じていませんし、これまでもこれからも信じてこなかったし、信じません。淫行はあくまで淫行です。(2008/08/18 10:47:26 PM) このようにコメントを頂きました。自己矛盾ないし二重基準を指摘するものでしょう。 ローマの信徒への手紙 2章 21~24節 (新共同訳)・・・・・それならば、あなたは他人には教えながら、自分には教えないのですか。「盗むな」と説きながら、盗むのですか。「姦淫するな」と言いながら、姦淫を行うのですか。偶像を忌み嫌いながら、神殿を荒らすのですか。あなたは律法を誇りとしながら、律法を破って神を侮っている。「あなたたちのせいで、神の名は異邦人の中で汚されている」と書いてあるとおりです。・・・・・ イスラエル人の乳母に育てられたモーセは、若い頃、倉庫街でエジプト在留外国人労働者が虐待されているのを見て、憤激のあまりエジプト人を殺したことがありました。りっぱな「人殺し」です。そのことは広く知られていた中で、神の律法として「汝、殺す勿れ」などの十戒を垂範したのでした。 自らの過ちを認めずに綺麗事を説いても聞いてもらえません。 私には旧約の神は些細なことでも死刑を命ずるあぶない神にも見えますが、それでも「汝、殺す勿れ」と命じます。モーセは過ちを悔いた上でその律法を受け容れたのではないでしょうか。 実は自ら姦淫していながら、表向きは「汝、純潔を守れ」と説くのは滑稽(卑劣)ですが、むしろ、その姦淫の過去を隠すために臆面も無く高姿勢で「純潔、ピュア・ラブ」を説いて見せているのではないでしょうか。
2008/08/20
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イザヤ書・エレミヤ書・エゼキエル書の中の淫行・姦淫旧約・歴代誌までの諸書において、性的な逸脱ではなく、父祖伝来の神に対する違背などを罵る言葉として「淫行」「姦淫」が使われる例が多いことを確認した。イザヤ書などでは、本来の性的不品行を指すのではなく、特にそのような悪口として使われることがわかる。 「商業の地カルデヤとますます姦淫を重ねたが、それでも、あなたは飽き足らなかった。」 エゼキエル書16:29「遊女には、すべて代価が支払われるのに、あなたは、自分のほうから持参金をすべての愛人たちに与え、彼らに贈り物をして、四方からあなたのところに来させて姦淫をした。」同書16:33「・・・この国は主を見捨てて、はなはだしい淫行にふけっている・・・」ホセア書1:2「この国も大いに汚れていないだろうか。あなたは、多くの愛人と淫行を行なって・・・」エレミヤ書3:1「ああ。エルサレムよ。あなたはいつまでたっても、きよめられないのか。」同書13:27「他の全ての王国と淫行を行なう」イザヤ書23:17 エルサレムという都市、イスラエルの国家が他の諸国との交際を「淫行・姦淫」という言葉で責められ、おそらくは、媚を売っていることが罵られているかと察せられる。 加えて、占いと合わせて偶像などを指して罵る言葉としても多く使われる。 「また、彼らが慕って、淫行をしていたやぎの偶像に、彼らが二度といけにえをささげなくなるためである。・・・」レビ記17:7「ギデオンはそれを用いてエフォドを作り、自分の町オフラに置いた。すべてのイスラエルが、そこで彼に従って姦淫にふけることになり、それはギデオンとその一族にとって罠となった。」士師記 8:27「わたしを離れ去る姦淫の心と、偶像にひかれる姦淫の目」エゼキエル書6:9「わたしの民は木に伺いを立て、その杖は彼らに事を告げる。これは、姦淫の霊が彼らを迷わせ、彼らが自分たちの神を見捨てて姦淫をしたからだ。」ホセア書4:12「・・・呪術を行う者、姦淫する者、偽って誓う者 雇い人の賃金を不正に奪う者 寡婦、孤児、寄留者を苦しめる者 わたしを畏れぬ者ら・・・・」マラキ書3:5 神から離れて偶像崇拝、呪術などにふける風潮に対しては、一貫して、姦淫、淫行という激しい悪口をもって叱責していることがわかる。以上が旧約の中の姦淫・淫行という言葉である。 さて、今日でも、他国の独裁者やさまざまな異教の指導者たちに媚を売り、金品を提供して交際し、名声を得ようとする有力者も見掛けるようだが、旧約時代での出来事のように思われて、粛然とする。霊媒や占い師を起用する新宗教は、もちろんお隣の韓国にもあり、中にはキリスト教を標榜するものもあるというが、それに対して多額の献金をするわが国の人々がいるのは、情けないとしかいいようがない。
2008/08/19
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レビ記・申命記の中の婚外交渉「淫行」は夫の有無を問わない(レビ記21:7,9,14/申命記22:21) が、淫行のうち、人妻(夫のある女)との淫行および人妻による淫行は姦通であり、ふつうの(?)淫行とは区別して厳重に処断することになっていた。(レビ記20:10)これらの「淫行」という言葉は、現代語の婚外性交渉(いわゆる婚外交渉)を指している。明治時代からの刑法では姦通を刑罰の対象としていたが、レビ記20章10節の「姦淫」もそれと同じものである。レビ記・申命記・士師記・列王記・歴代誌の中の偶像崇拝偶像崇拝はイスラエルの宗教ではなく、異邦の神々のための儀式である。淫行または姦淫(レビ記17:7,20:5-6/申命記31:16/士師記2:17, 8:27,8:33/列王記下9:22/歴代誌下21:11) は、祭司である父と祖先の神に対する違背であり、祖国・民族に対する裏切りであるとして糾弾されている。この場合、もちろん現代語の婚外交渉とは別の行為である。察するに、イスラエルの神をその民の「父」、民は神にとっての「娘」になぞらえたうえで、異邦(敵対する大国)への忠誠の儀式、親善活動、異国の呪術・儀式などへの帰依を裏切りと捉えて「淫行」と言い表したのであろう。日朝両国はかつて朱子学の兄弟弟子としてキリスト教禁教令を堅く守ったが、旧約の律法を真似たのかもしれない。エゼキエル書、ホセア書からは、悲痛な救国の叫びを聞くことが出来る。これは後日。
2008/08/18
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ただいま、旧約の諸書を渉猟して「姦淫」と「淫行」を拾っています。独特な使い方をしているので、真意を正確に読み取ることは困難かもしれませんが、世間一般の道徳ではなく、異教と異邦人に対する姿勢が問われていることは分かってきました。暫く勉強してからご報告のために戻って来ようとおもいます。ただのエロ爺と見紛われるかもしれませんが、ご理解賜りたく。
2008/08/06
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売買春宣伝コメントを撥ねるため、禁句を指定しています。今回は『良い時代』を追加しました。(良き時代・・・は使えます。)これからも禁句を増やして行きますので、悪しからず。2008/08/05『インド人』を追加しました。(印度人・・・は使えます。)
2008/08/04
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