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■離婚決定的、杉田かおる負け犬リターンズ? 女優、杉田かおる(40)=写真=と投資会社経営の夫、鮎川純太氏(44)の離婚が1日、決定的になった。負け犬キャラから“セレブ婚”ともてはやされた杉田だが、1月の結婚から半年でピリオドが打たれそうだ。 鮎川氏は既に離婚について具体的に弁護士と相談しており、同日午前放送のTBS系「きょう発プラス」で、芸能リポーターの梨元勝氏に「どんなことがあっても戻ることはない」とその決意を語っているという。 一方の杉田も、かつて自身の結婚を独占告白した同日夜放送の同系「中居正広のキンスマ」に出演。「緊急企画・セレブ女優杉田かおるの人生が再び金スマから動き出す」として、「さよならセレブ」の思いを語る。 2人は昨年夏、杉田が日本テレビ系「24時間テレビ」でマラソンランナーを務めた際、そのトレーナーを通じて知り合い、11月の杉田の誕生日に再会してから短期間で結婚を決めた。しかし、当初から別居が報じられ、杉田も「電撃離婚があるかも…」などと話していた。 最近も、都内のレストランで杉田が鮎川氏に「跳び蹴り」をしたと女性誌などが報じたが、杉田は出演したテレビ番組で「回し蹴り」と言い直しながらも、夫への暴力を認めていた。 2人を知る関係者は「夫は名家の出身でも思ったほど資産家でなく、男としても魅力がなかったということ。同時に大暴れする杉田をコントロールできず、破局に至った」と分析する一方、「杉田は芸能界で貪欲に生きてきただけに離婚も勲章。仕事は一時的に減っても長い目で見ればプラスでは…」と話している。杉田のしたたか勝ちか…。ZAKZAK 2005/07/01________☆閣下の予言は当たっただろう。 http://plaza.rakuten.co.jp/kakkanogourmet/diary/200501130000/ 「正しいことを予測しても非難されることがある」んなこと、気にしていられますか。 学者は真理に向かって突進しているのだ。ハッハッハッ。
2005.06.30

国立病院の研究所で、シミュレーター研究をしていることは前に述べた。そこで大江戸線の若松河田駅を利用する。ある日のこと、電車の中に「おっ」と目を引く美人がいた。どうしてだろうか。何だか、どこかで会ったような気もするが。彼女も駅を降りた。そして、駅前の小笠原伯爵邸にはいっていった。なぜだろう。私もふらふらと伯爵邸について行きたい気持ちだった。彼女と話したかったなあ。でもまあ、仕事だからと信号が変わると、横断歩道をわたり、研究所に向かった。彼女は、もしかしたら女優だったのかもしれない。テレビ・シリーズ《白い巨塔》で一番、閣下の胸に迫るエピソード。36才で難波大学病院に押しかけて、抗がん剤治験の営業担当をしていた林田加奈子という女性。木村多江という女優がやっていたんだが、彼女とそっくりだった。林田加奈子女史は、財前たちに営業営業で迫ってくる元気いっぱいのキャリア・ウーマンだった。財前に対して、「うちの新薬に目をかけてくれたら、私、一晩おつきあいします」というほど。財前は「本気にするぞ」といって取り合わない。そのうちに林田は倒れた。過労だと思っていたら、末期ガンだった。ガン細胞が全身に転移する状態。両親もなく、結婚もせず、仕事一筋のキャリア・ウーマンの林田は絶望した。「がんばれ、がんばれって、どうして。私には家族もありません。身寄りもありません。ずっと仕事一筋で。病気が治る見込みもないのに」第一内科の鵜飼教授は医学部長。「末期ガンの患者を大学病院に置いておく必要はない。系列病院に転院させろ。わが大学病院は空きベッドを待っている患者が多数いるのだ」とキッパリという。主治医の里見助教授・江口洋介は反論する。「それは患者を選ぶことになる。最後まで末期の患者の死を看取ることはできないのか」林田はだんだん自分の「立場」に気づいていた。そして里見助教授が恩師の鵜飼教授から「転院させてベッドをあけろ。助かる患者の治療を優先しろ」と厳しく命令されて悩んでいることも。決意した林田加奈子は自分から「退院する」といって、里見のいない休日に病院を後にしようとする。バス亭まで追いかけてきた里見助教授と、林田加奈子の別れのシーン。「死を前にして、荒れて、どうにでもなれと自暴自棄になる気持ちもあります。でも、カッコ悪い死に方はしたくない。いいやつだったと思われて死にたいという気持ちもいっぱいあるんです。どうして、先生は早く転院のことを言ってくれなかったんですか。どうして。」里見はいう。「今までは、そう言ってきました。でも、それは患者をえらぶことになります。えらびつづけていいのか。あなたに出会って、これではいけないと思いました」無言。「里見先生にそう言っていただいて、少し救われた」林田加奈子は泣きながら、バスに乗り込んだ。「里見先生。さよなら。先生もガンバリ過ぎちゃダメよ」涙をこらえながら、彼女は笑った。バックにゆっくりと流れるのが、ヘイリー・ウェステルナの歌う《アメージング・グレイス》。ああ美しいひとよ。さようなら。閣下は、彼女のような薄命の美しいひとたちのため、医療戦略シミュレーターを必ず完成させることを天に誓ったのである。
2005.06.29
最近、曹操閣下は新宿区戸山町の国立国際医療センターに定期的に顔を出している。もう女医さんや看護婦さんにはなじみの顔になったようだ。(笑ここは知る人ぞ知る美人の宝庫なのだ。だって近くに東京女子医大があるんだから。しかも、女子医大の教授はほとんど男性じゃないか。で、閣下はこの国立医学研究施設を舞台にして、ある極秘プロジェクトを進行中なのである。それは何か。【医療戦略シミュレーター】フライト・シミュレーターのように、外科医・内科医がコンピューターで「バーチャル実験」ができる医学シミュレーターなのだ。これは世界初の発明だ。基本特許権の所有者は、この曹操閣下なのである。ここで言っちゃったら、極秘でも何でもないよね。さてさて。最近、小田急ハルクの話題が多いのは「どうして」と聞かれてしまったので、まあその理由をしゃべっちゃったわけだ。これが完成すれば、誤診も少なくなるし、若い医師の技量ミス、老人の医師の最新情報の認識不足も是正できるんだ。で、今日の昼ごはんで、ハルクで調達したのが、トロワグロの「フォワグラ・ミートパイ」580円である。これね、ミートパイといっているけれどね、サーモン・ミートパイも380円なんだよ。あっ間違い。「サーモンのパイ包み焼き」は651円でした。フォワグラとサーモンの格差からすれば、これはすごく安い。同じフロアのミクニが話題になった「フォワグラ丼」1.500円なり。しかもちゃんと大きいフォワグラ・スライスが二枚も入っている。うーん。有楽町のレバンテのフォワグラも去年の冬から、最近はご無沙汰なんで、正月から開始した、ここで書くチャンスがないんだが。ちゃんとフォワグラだ。大したもの。パイの生地そのものはサーモンと同じだが、実はサーモン・ミートパイは付けあわせのポテトも中に入っている。でもフォワグラ・ミートパイはフォワグラのみ。大きさも一品料理より大きい。もったいない。パ・マルのパイ包みも840円だし。ううん。このゼイタクさがわかってくれるか。でも毎日食べてたら、マクドナルドみたいにカロリーたまるなあ。閣下は昨日、ジーンズを30から29に買い換えたばかりでした。それで「グルメもほどほどにしよう」と思った午後なのであった。
2005.06.28
「よーるーのしんじゅーくー、うーらどーり」別に閣下が歌ったわけじゃない。あるお姉さまに誘われたので、新宿プリンスホテルの前で深夜を過ごしてしまった。考えてみると、バカバカしいのだけれども、曹操閣下はなかなかスリリングに時間を過ごした。まず酔っぱらいの「未成年」とおぼしき女の子の集団、曹操閣下を見るなり、「かっこいいーっ。私たちと遊んでーっ」ええっ。そんなにかっこいいかな。そりゃちょっとヤセたしな。(その気になる閣下)他の女の子たちも、いろいろ言ってくれたよ。「きゃーっ。スゴーイ。シュワちゃんなのー」ってさ。(ますますノッテル閣下)「遊んでーっ」というのは、彼女たちの最大級の賛辞みたいだね。フツーのサラリーマンはそんなフーに誘われることはないわけだよ。腹筋も割れたしな。K1体型から、本当にスーパーマン(スーパーのガードマンじゃないよ)体型になってきた。それがね、いろいろな人々から声をかけられるのだ。男のやんキーまで「カッチョえええ。あんなになりてえ」と背後で叫ぶのだ。(ますます気分のいい閣下)ホモとホストクラブの誘いは「サンクスに逃げました。」で、結果的にはビジネスは成立せず、閣下はスゴスゴと自室に引き上げたのだ。そしたら、「トントン」と戸をたたく音。こんな夜に誰がと思ったら、近くの部屋の女性(外国人)でした。話を聞くと、私の姿を玄関で見ていて、かわいそうになったらしい。それはそれは。どうもどうも。「私の部屋にいらっしゃいよ」と誘われた。うーん。どうしよう。イッテきまーす。(軽ッドドドドーンッ(何のことだろ。四発も。姫ちゃんこれがカンノー小説です。感じなかった。あっそう。そうですよ。「感・NO・小説」なんで。どうもどうも。
2005.06.27
この前、ここでAQUAのサービスのことを徹底的に批判したら、関係者はかなりショックを受けたようだった。そこで土曜日の昼に、インペリアル・クラブからAQUAに行ったら、もう扱いが天地逆転のように改善されていた。私は基本的にはAQUAのことは非常に賞賛していたんだよ。海老のむき方とか、野菜の切り方とか、新人の若手の仕事にも、しっかりと力と魂がはいっていること、これが一流の料理店の原則なんだ。味がおいしいのは当たり前だけれども、新人の教育がしっかりしていないと、「味の継承」に失敗する。つまり、野菜の切り方、付け合せの食感にはね、料理人の秩序とか、調理室がどんな雰囲気で仕事しているか、そんなものまで素直に表現されてしまうのだ。だって、皿の上にのせた料理は、すべて客の口にはいるわけだから。そりゃもう敏感ですよ。味の世界は。一瞬の芸術ですから。一流のシェフでも、すべての皿の料理を目視で検閲するわけにいかない。しかし、料理はすべてお客様が舌の上で味わうものなのだから。見るだけではだめだ。味見だけでもダメ。調理場そのものが秩序正しく動いていれば、新人の細かい作業もおろそかにはならない。その点、第一ホテルはあかんかったなあ。閣下に洗ってないコップを平気で出してきた。ウェスティンもおかしかった。キャベツの芯をサラダに入れていた。もう、あいつらの料理なんか信頼できない。デザートのシャーベットは、私が先週、「これじゃ食べにくいよ」と意見したように、ちゃんとナイフを入れて食べやすくなっていた。うん、これでいい。やっぱり帝国ホテルの調理場は信頼できる。サービスについていえば、AQUAの人々はやはり「帝国ホテル」というブランドに酔いしれてしまって、自分の仕事を客観的に見ることを忘れていたようだ。これについては、取締役クラスの幹部まで出てきて、かなり反省をしたようだ。そりゃまあ当然のことだ。あんな末端の野放図なサービスを放置していたら、帝国ホテルのファンに見捨てられるよ。私さえ激怒したんだから。しかし、この日はうって変わって、まるで別の店のようにサービスがよかった。水はすぐとりかえる。お茶もすぐ持ってくる。ただちょっと待て。女の子たちの表情がすごく冷たく固くなっている。目が三角になって。これはかなり叱られたね。こりゃ悪いことしたね。決して女の子が悪いんじゃないんだよ。ただね、サービスの基本というものが近代的、合理的ではないものを感じるのだ。帝国ホテルは伝統に頼りすぎて、慣習とか習俗でサービスを考えているみたいだ。自分たちが最高の教科書だと思っているうちに、お客様の心理や反応に心を砕くことができなくなっていたのではないか。つまり、サービスの原点ですよ。それを中心に置き忘れているんじゃないですか。それに新しい知識とか、世界の名門ホテルのサービス哲学というものを再学習するチャンスがなかったのではないかと心配しているのだ。調理場はいつも海外とネットワークを保ち、外国人の料理人も採用して研鑽に励んでいる。ヤマハピアノも、スタインウェイの音色を学習するために、まず調律師をヨーロッパに出して、「いいピアノの音色とは何か」を現場で徹底的に研究させた。そこで、私はまったく勘違いした幹部たちにきつく叱られたであろう女の子たちがかわいそうになった。問題はね、彼女たちの不注意じゃないんだ。帝国ホテルのサービス部門に経営哲学があるのか、ないのかということだ。一筆したためることにした。「便箋とペンを持ってきて」その場の即興だから、正確な記述ではないが、だいたいこう書いた。____私はヨーロッパ留学の経験で、彼地の「サーバント文化」に接することができました。これはヨーロッパの名門ホテルのサービス哲学の淵源となっており、源泉になっているものです。その本質を一言でいえば、サーバントは舞台芸術の俳優であり、女優であるということ。つまり舞台芸術の演技者としての自覚と演技技術の鍛錬こそが、サービスを芸術の品質にまで高めるということなのです。サービス業に従事する人々はいつも、お客さまたちの注目の中で働いています。つまり、皆さんは舞台の上で仕事をしているのです。皆さんは俳優であり、女優なのです。冷たく、固い表情で演技したら、失格です。歩き方も、話し方も、接し方も、俳優のように、女優のように、美的で、優雅に、上品なものであらねばなりません。そのための修練や研鑽は、俳優や女優の演技法、演出法のように、しっかりと体系的に学習できるシステムが必要で、常に時代に合わせて改善や更新が必要です。俳優と女優が舞台の上で私語したり、恐い表情で相談事をしたりするでしょうか。これはまったくタブーです。組織上、必要な指示は、野球やテレビ撮影のように無言で伝達するサインや手振りなどの「客から見えない」工夫をすべきです。舞台芸術は、そうした「秘密の伝達」を何度もやりながらタイミングをとらえつつ進行しています。このような至高のサーバント文化を目標にして、舞台俳優として、舞台女優として、お客様の最高のひとときをドラマチックに演出することを、皆さんの目標にしていただきたい。経営学者として、私がありのまま感じたことを意見させていただきました。_______ご理解いただけましたか。
2005.06.26
「墨絵」というのは小さな店だ。しかしいつも行列している。パンもうまいので、これを仕事帰りに買って帰るOLさんたちも多い。小さなパン一律250円というのは、決して安くない値段だ。それでも売れている。それはね、焼き方にコツがあるんだ。もうひとつは意図したかわからないが、この場所は新宿西口の真ん中にある。つまり、焼きたてのパンを持ち帰れるからだ。これはホテル・メイドのパンよりも、アドバンテージ高いな。閣下のおすすめは「帆立グラタン・パン」。これは箱根のシチューパンと同じものだが、もちろん中身のホワイト・ソースも、ホタテの切り身もよく味がついている。もうひとつは全粒粉の香ばしさを少し隠し味につかっているからだ。私は「やるねえ」と思う。でも、食べつけない人がこのパンを食べると、本当にファンになってしまうんだね。私が考えるに、渋谷東急のドゥ・マゴがずっとこうした「香ばしパン」をやっていた。ビゴの店も、軽井沢浅野屋もやっている。しかし、いかんせんみんな不便なところにある。そこに「墨絵」のおもしろさがある。だから、こんなに行列ができて、もうかっていても、決してこの新宿メトロ地下街を出ようとしないのだ。それはそれで賢明だね。
2005.06.25
昨日はハルクのパ・マル(ローマイヤ・ハム)の話をしたので、今日は本家トロワグロのグルメを語ることにしよう。閣下はもともと新宿小田急本店地下のトロワグロのファンで、よくパンを買いに行っていた。大きなシナモンロールが210円だからね。それに「固焼きブドウパン(パン・オ・レザン)」がまたいいんだ。これも315円。この二つは必ず毎日売り切れる商品になっている。ここの中で、最もおいしい商品は、もちろんフォアグラ・パイだろうが、値段も高い。実は「サーモン・パイ」を閣下は推奨する。ソースもついている。サーモン料理はトロワグロの名物料理で、ソースにしても、付け合せにしても、非常に凝ったものになっている。だから、トロワグロ出身の高橋徳男シェフのサーモンのパイ包みも売り切れるわけだ。調理方法も食感も全く同じである。パ・マルのイートイン・コーナーで二つを食べ比べしたんだ。間違いない。両方うまい。贅沢の極みだなあ。なぜ本店に行かなくなったのか。これも店員とのトラブルなんだ。こちらがケーキを注文して、「お客様用だから」と言ったのに、モタモタして包もうとしない。しまいには、私に向かって「どうやって包めばいいんですか」という。そこで閣下は激怒した。大声を出したぞ。「おい、ここの売り場責任者はいないか。この店員を何とかしろ」年配の女性が奥から飛び出してきて、ようやく包装が終わった。所要時間15分。ドライ・ケーキだったからよかったが、生クリームをつかったケーキだったら、もう店内で腐敗していたであろう。本当に客をバカにするなと言いたい。そういうわけで、本店地下のトロワグロには行かなくなったのだ。ハルクのほうは、閣下のことを(おそらく知っているだろう)かなり気を使っている。すぐ売り場責任者が出てきて、「毎度ありがとうございます」と言ってくれるのだ。まあそれはそれでいい。責任者が見張っていたら、さすがに店員もモタモタはしないだろう。「シェフの手さばきは味のうち」と閣下は断言した。店員の手さばきは、場合によっては客を激怒させ、二度と来させない大損害を生むことをサービス業者は肝に銘じるべきであろう。ただ立っているだけの店員を雇うならば、マネキンでも立たせておけ。経営学者として閣下は断言する。実は銀座のシャネル本店の店内マネキンが、ああなったのは同じ理論だ。知らなかったら、さっそく銀座に行ってみたまえ。マネキンがどんな形で店内に配置されているか。座っているマネキンはかなり業界にも衝撃だったはずだ。閣下の言葉通りというわけだ。(笑
2005.06.24
この「曹操閣下の食卓」もようやく20000Hitsの大台を迎えようとしている。で、やはり開店日の1月1日の話題、「クラブ・デ・トラントゥ」を回顧したい。高橋徳男シェフはまさしく日本を代表するグラン・シェフである。東京サミットの時、私は桐蔭学園の高校生(デーモン小暮閣下がダチ)だったが、あの時の迎賓館の歓迎晩餐会を臨時総料理長として取り仕切ったのが、高橋徳男さんだったのだ。プチ・ポワンの北岡さん、シェ・イノの井上さんが補佐で働いた。しかし、メニューを決めたのは高橋さんである。伝説だよね。子爵のジスカール・デスタン大統領が、メイン・ディッシュのソースをパンにつけて、きれいに食べたのだ。高橋さんは喜んだだろう。彼はフランスの三ツ星レストラン、トロワグロでソーシエ(ソースのシェフ)も経験した。下働きだけであちこちの名門料理店を転職する流れ職人ではない。ハルクのパ・マルで店頭に立っているシェフはなかなか好人物で、私が通るたびに「今日のお昼は寄っていきませんか。ワインをサービスします」と言ってくれる。そうだね。売り切れる前に、サーモンパイを食べていこうか。
2005.06.23

「小笠原伯爵邸」というレストランは、本当に鎌倉の小笠原家の邸宅だった。閣下は子供のころ、ここにも行儀見習いで通ったし、鎌倉の別邸(現在の小笠原流宗家)にも行った。鎌倉の宗家は真新しかった。馬にも乗るし、弓も引いた。借りた甲冑を着て、馬上で刀や鑓の稽古もした。そんなことをやっているのは、まあ時代劇の俳優さんだけだよね。でも貴重な体験だった。自分に子供ができたら、タンポ槍を突いて騎馬戦の特訓で鍛え上げたい。ヨーロッパの貴族たちにまじって、騎士団の騎行行列をした時は、つくづく小笠原家の鍛錬に感謝したものだ。イタリア人たちも、「あれっ」という顔をして、「サムラーイ」とたくさん声援してくれた。昔は交通が不便なところで、近くの東京女子医大(ここも不便だ)へのバスが一時間に何本かあるぐらい。それが今では、都営地下鉄・大江戸線が通って、「若松河田町駅」の出口が、伯爵邸の目の前(昔の門前)にできた。で、「旧伯爵邸」じゃなくて、「小笠原伯爵邸」という名前のレストランとして再開された。料理人はスペインのバスク人。名物のトマトを使った地中海・バスク料理を食べさせる。子供のころは荷物か何かを置いていた中庭が、スペイン風の飾りつけがされて、花も飾られて、いわゆる「バール(地中海のカフェ)」になっていた。つくづく考えた。バチカンで騎士団の祝賀行事に参加した自分の運命と、欧風レストランに再生した「伯爵邸」の運命。何だかイメージが重なって、ぼんやりと時を過ごしてしまった。
2005.06.22

昨日はいやなことと、飛び切り素晴しいこと二つがあったけれど、もっとショックだったことがある。それは帝国ホテルの展望カフェAQUAのことだ。ここでランチ・バイキングをやっているとは知らなかった。ホテルの料理で、一番安心できるのは食材の品質だ。特に野菜類は新鮮でいい。肉類も安心だ。プリンスホテルは契約栽培方式をとっていて、各地のホテルの地元農家とうまく付き合っている。特別な食材はきちんと商社を入れて確保している場合が多い。帝国ホテルは、料理部門がこの「商社」のようにうまく機能していると思う。この食材調達部門が、横浜のクィーンズ・コートに本拠をもって、通販事業もやっている。閣下がホテルで食事するのは、プリンスホテルか、帝国ホテルしかない。後悔したくないからね。第一ホテルやウェスティンはお茶ぐらいは飲むが、食べ物は信用しない。大阪は阪急ホテル、特に宝塚ホテルがいい。宝塚ホテルは閣下の定宿だが、別に宝塚ファンの女性たちを見物に行くわけではない。料理もデザートも、室内の家具調度も、大阪駅前の新阪急ホテルよりも上だからだ。同じ値段なら、新阪急のデコレーションよりも、宝塚ホテルのチーズケーキのほうが喜ばれるよ。さて、AQUAのブッフェ料理だが。高輪プリンスのマルモラーダと比較しても、決して引けをとらないレベルだと思う。料理そのものはシンプルだが、鴨ロースのスモークはいいねえ。閣下の好物なのだ。バンバンジーでなくてよかった。海老のマヨサラダもいい。素材のカットも入念にやっているのがわかる。こういうところに、次世代の料理見習いの真剣さが伝わってくるのが喜ばしい。白身魚のポアレもよくできている。ますます学士会館のヌーベル・キュイジーヌがつくづく嫌になった。あんなに量の少ないフランス料理はもう行かない。行く気もしない。どんなにまあ「おいしいだろう」と料理人が威張っていても、「あれは損したなあ」という気持ちにさせる料理店は、他のいい料理に出会うたびに後悔に後悔を重ねてしまうものだ。こうおいしいものが並んでいるとね、「これまで私は何を食っていたんだああ」と後悔の念がふくらんでくるなあ。このAQUAにはアフタヌーン・ティーは何度も来ているんだ。インペリアル・クラブから会員プレゼントの申込書がきた時にも、「アフタヌーン・ティー・セットのペア招待チケット」を2枚も申し込んだんだ。それなのに。不覚だ。まさに不覚。このショックはちょっと消えそうにない。それに反対側のブッフェ・レストラン☆サールもよく利用している。この前もプールで出会ったフランス娘といい仲になったところ。でも、ここは料理数が多すぎるし、デザートも多すぎる。毎日いつも食べ比べているわけではないが、オードブルやパン類など、メインからはずれたところに意外に味が落ちている品目もある。これだけの規模でバイキングを運営するということは、なみなみならぬ経営の苦労はあると思う。AQUAのブッフェは、品数が限定されているし、料理人が客の反応を観察するのにもちょうどいい。出ている量も、バイキングの常識(大皿・大盛)というわけではなく、数人が料理をとりわけしたら、すぐなくなってしまうぐらい。なくなると、一分ほどで新しい皿が出てくる。つまり、出来立ての料理がいつも食べられるということだ。魚のポアレの温度もちゃんと熱いまま食べられる。これは物量主義のサールよりも料理人たちの大きな負担になると思うが、中堅の料理人の育成にはなると思う。料理人が客の顔を見ながら料理ができるようになればすばらしいことだ。これは経営者・総料理長の「読み」に敬意を表したい。ただし、ひとつ注文がある。客が席に着いたら、すぐに「おしぼりと水」を持ってくることだ。少なくとも「お持ちしますか」と聞かねばならない。これはレストランの原則だ。このことを忘れてはいけない。手順というのは、「客が席に着いたら、どうするか」というセット・プレイだ。配慮というのは、「客が何かを頼もうとしている」という気配を察して行動することだ。インペリアル・クラブは、この手順と配慮が非常によくできている。クラブの女性たちは、みんなトップ・スチュワーデスのようにしっかりしている。だから、閣下はここを大切な人の応接室として使っているのだ。このインペリアル・クラブを舞台に、帝国ホテルの社長に新しいビジネス・プランを提案しようと思っている。
2005.06.21
今日は閣下にとって、なかなか出来事の多い日だった。一つは約束したのに、相手があらわれずに困ったこと。電話一つしないで、こっちを「恥しらず」なんて非難するんだ。ひどいねえ。「恥」とは何でしょうか。私は日本を代表する経営倫理学者なんですから、「恥」についてはよく知っていますよ。ハッハッハッ。もう一つは、ゴミの廃棄・焼却・リサイクル事業のプロセスに総合的なトレーサビリティ(追跡可能な情報公開)政策を立案することだ。おもしろい。舞台は横浜市。市長の中田宏は松下政経塾で研究員をしていたころから仲間(彼は塾生・私は職員)としてがんばってきた。松下政経塾の古山和宏塾頭もみんな仲間だった。日本新党が結成されて、細川護煕代表、小池百合子副代表が参議院議員に当選した時に、中田宏は小池ユリちゃんの第一秘書をしていた。遊びにいったねえ。この「遊び」が大切なんだ。仕事のつきあいじゃなくて、若い頃から本音で天下国家を語り合った関係だから。今、中田は横浜市長、ユリちゃんは環境大臣。横浜市の新政策大綱は、二人の同盟関係で日本を動かす。
2005.06.20

高輪プリンスといえば、食事はメイン・ダイニングの《トリアノン》なんだよ。赤坂プリンス旧館がここのトップなんだろうね。それからカフェ・レストランの《パティオ》ここもなかなかなんだ。で、新高輪プリンスホテルの端っこにあるバイキング・レストランの《マルモラーダ》は、これまでついつい行く機会がなかった。何しろ広いからね、高輪プリンスは。行ってみて驚いた。何と。ここの料理は、高輪プリンスの宴会部のシェフたち(芸能人の結婚披露宴の宴会料理を仕切っている)が毎日の腕をふるっていたのだ。オマール海老とホタテのトマトクリーム煮子牛のカツレツジャガイモのクリームシチュー・北欧風北欧風牛肉ボルシチシーフード・カレーニシンのマリネ マスタード風味ジャンボンペルシー小ダコとピーマンのサラダ小海老と野菜のサラダフライ盛り合わせデンマーク風ミートボールシーフードピラフサーモンバターソテーローストポーク甘鯛のポワレ マリニエール風ノルウェー風ピースープフランスチーズ 胡桃パン添え生ハムメロンタラのブランダードサーモンの南仏風マリネスープピストゥ平目のヴェノワーズ風イトヨリのソテー アンチョビソース仔羊の香草風味焼き鴨のスパイス焼きこれはすごく豪華だ。一品だけで数千円する料理ばかり。ランチならばワン・プレートで千円いってしまう。牛・豚・鳥・魚貝類、すべての料理がそろっていた。メイン・ディッシュは、シェフが魚・海老・牛・鳥・豚各種を手焼きしてくれることになっている。閣下は、スズキのポアレ二枚と牛ヒレステーキ二枚を頼んだ。うんうん。学士会館のカタキをとった気持ちだ。デザートもすごい。メロンのクリーム・ムース。これさあ、京橋の千匹屋なら450円なんだよ。緑色のケーキは「抹茶ムース」かな。ちがう。ピスタチオ・チョコ・ケーキだって。そんなものがあるのか。ぶったまげた。こんなに中身のいい料理店なのに、どうして話題にならないのか。その原因は内装にある。まるでマクドナルドのようにケバい店内。プラスチックがギラギラ。パチンコ屋みたいなんだよ。これでは落ち着いて食事できない。すくなくともパティオぐらい落ち着いた感じにすればいい。照明を間接にして。各テーブルにライトを置いて。大きな窓には、ピロードのカーテンをつける。壁にも重厚な海老茶のビロードで、フレアをつける。スポット・ライトで料理を照らす。そんなに金をかけることはない。神保町の学士会館も照明を間接にしただけで、いい雰囲気になった。
2005.06.19

閣下は帝国ホテルの料理も好きだが、こう毎日ではメニューも決まっているし、飽きてしまう。そこでちょいと足をのばすのが、日比谷公園内のレストランだ。一押しは、いつもの日比谷・松本楼だが、今日は「南部亭(http://www.nambu-tei.com/)」まで歩いた。ここは予算的には帝国ホテルとあまり変わらない。3150円のコース料理もある。日比谷公園内の小さな一軒家のレストランだから、厨房で腕をふるうシェフたちの働きぶりも味のうちだ。近くの欧米系の外資も接待に使っている。ここを知らずして、東京で「グルメ」と言っちゃダメだよ。
2005.06.18
今日は日本経営倫理学会の理事会・研究交流会だった。アメリカのラトガース大学の経営大学院学長のエドウィン・ハルトマン教授をお迎えして講演会を開催したのだ。ハルトマン教授は、私が所属しているアメリカ経営倫理学会の次期会長に選出されたばかりで、国際基督教大学が招聘した。講演内容はなかなか興味深いものだった。ハルトマン教授は、最近のアメリカ経済界のスキャンダルの事例を一つ一つ分析し、「東部地域の名門経営大学院のカリキュラムの欠陥」を批判した。おうおう。閣下も同意見だ。閣下も同じことをシアトル年次総会で基調講演したからな。閣下は最後に立って質問した。「東部地域の名門各大学院のサクセス・ストーリー・カリキュラムに対抗して、われわれ経営倫理学の人間が知恵を結集して、新しい客観的な経営科学カリキュラムを提案すべきではないか」ハルトマン教授は、私がシアトルで講演した日本人だということに気づいたらしかった。成果あり。学士会館とカラオケと、この日は晩までハルトマン教授と夜遊びしたのであった。そうそう。伝統的な洋食メニューが中心だった学士会館が、突然、ヌーベル・キュイジーヌの店になっていた。でも量的に少ないと思うよ。スズキのポアレなんて、手のひらサイズぐらいは欲しい。まあ努力は認めるが、まだミクニのように「行きたい店」のレベルではない。言葉は悪いが、たまたま前にあったロイヤルホストと差別化しないとね。シーズニングにしても、付け合せにしても。デザートはちょっと凝っていた。でも客をきちんと集客するには、話題性がないとね。
2005.06.17
日比谷公園の松本楼(http://www.matsumotoro.co.jp/)は、もともと西洋料理、つまりは洋食屋だったが、ここ最近のグルメ・ブームで、資生堂パーラーも学士会館もなだれをうって、ヌーベル・キュイジーヌに流れた。「洋食屋は西洋料理ではなく、トンカツのような和風料理である」という考え方が広まってきたわけだ。もちろん松本楼もしっかりと三階で「ボア・ド・ブーローニュ」という本格的ヌーベル・キュイジーヌをやっているが、一階は頑固に洋食屋のメニューを守っている。ここで「夏のスペシャル・メニュー」ではじまったのが、《薬膳カレー》だ。うーん。もともとカレーは薬膳料理なんだよ。味はまあまあ。「まあまあ」ということは何も特徴がないということだ。要するに、ただの野菜カレーだ。カボチャまで目立つ。薬膳なんて、毎日毎日食べることで体質改善ができるのに。たった一食だけの薬膳は無意味だと思うね。少なくとも百合根を目立つように使うべきじゃないか。べつに普通のビーフカレーと違わない料金だから、面白くないことは面白くないが、別に激しくクレームをつける必要はない。でも、無意味だね。明らかに企画倒れだ。失敗作。これならば定番のオムハヤシにするんだった。閣下としては、目新しいものに飛びついた自分に深く反省したのである。
2005.06.16

こんなことを普通の人々が発言したら、ただちに精神上のトラブルだと思われるだろう。しかし、曹操閣下はちょいとちがうぞ。なにしろ各国から勲章をもらっている戦略理論の専門家だからな。首につけているのが、アメリカ合衆国の司令官頚飾(勲三等)なのだ。先週まで、とにかくアメリカは熱核戦争直前の体制で戦略配置をつづけてきた。今月20日が最終的なデッド・ラインだった。しかし、閣下は提言した。「金正日閣下の次男、白世鳳将軍を国連代表部訪問を名目にして、アメリカに招聘しなさい」その後に、アメリカと朝鮮民主主義人民共和国は対話を再開した。その閣下がまたCIAに提言する。アジアの平和のために。
2005.06.15
台湾の先住民の人々が靖國神社の分祀を要求してきたそうだ。閣下は、この問題で台湾経済文化代表処を正式に訪問することを決意した。これまで私はあの施設に一度も行ったことがない。職員と関係したことも会食したこともない。しかし今回は決意した。靖國神社のために、台湾の人々にわかってもらう。靖國神社とは何か。一言でわかるぞ。明治天皇は明治維新の後、現人神として尊崇された。現に明治神宮は日本で最大の初詣客を集める日本一の神社である。明治大帝は神なのだ。その明治大帝が、土下座して拝礼する存在は。宮中三殿と、伊勢神宮と橿原神宮と靖國神社だった。天皇が自分でお祭りする神社であるからこそ、数十万の死霊は神霊として尊崇されるのだ。そして皇室が永遠であるとともに、靖國神社も永遠なのだ。わかったか。簡単なことだ。いままで明治大帝に遠慮して言わないだけのことなのだ。でも時代は変わった。台湾の人々も理解してもらいたい。天皇陛下が拝礼してお祭りする靖國神社に台湾の人々も祭祀される意義と意味を。
2005.06.14
今日は帝国ホテルでさびしく一人で仕事。でもね、着物美人さんたちにモテモテでした。というのは、帝国ホテル地階の「なだ万」に行ったら、「あっ、○○大臣と一緒に会食された人ですね」と女性の店員さんに気づかれて、とたんにモテモテになったのでした。いやいや、それほどでも。話を聞くと、こういうお店では、やっぱり「おじいさん」とか、接待で来るカリカリした重役の人が多いんだ。で、閣下は「すごく若く見える」ということだった。もひとつ。閣下はホリエモンのような「成功者」じゃないかと勘違いされていた。そんなに趣味悪くないよ。あいつは中退。閣下は博士ですぞ。それからね、ここの「なだ万」のメイン・テーブルにかけてある大きな刺繍の掛け軸なんだが、「あっ。これは京都の龍村の仕事でしょ」と言い当てたことだ。そりゃそうだよ。閣下の仲間は平山郁夫画伯に師事していた敦煌研究院芸術研究所所長(現職)だからね。龍村の社長さんと法隆寺で会ったこともある。(トリビアだねえ)ここの「なだ万」はひとつ秘密があった。午後五時まで、ランチ・サービスの懐石料理を出しているのだ。で、「ミニ懐石」7.200円を注文したら、それはそれはすばらしかった。最初にナマ雲丹をのせた青竹豆腐。出汁のあんかけがトロリとかけてある。プリンのように食べる。面白かったのは「イチヂクの揚げ出し」だった。要するに「ナスの揚げ出し」をイチヂクでやってしまったのだ。しかも、揚げきりのやわらかいイチヂクが、スパッと真っ二つに斬ってある。むむむ。料理人は宮本武蔵のファンなのか。これは満点。ちょっと困ったのは「抹茶のチーズケーキ」。いくらなんでも、これは「おいしい」とはいえないよ。明日はステキなセレブさんに、「インペリアル・クラブに来てね」と言ってあるんだ。明日は寂しくなさそうだな。
2005.06.13
高輪プリンスで、いちばん入りやすい店が、この新高輪プリンス地階のエーデルワイスである。品川パシフィックのFRIDAYの坂をのぼったところにある。パン屋さん(コッペル)と喫茶が一つになった広々としたイートイン・カフェだ。赤坂プリンスの「ブーランジェリ・アカサカ」もそうだが、ここは夜八時を過ぎると全商品が半額になるんだ。それでケーキやパンをたくさん部屋に持ち帰るというわけ。そうなると、夕食がいらない。朝食もいらない。パンがあるからね。ランチはサラダ・バイキング。これが高輪プリンスの過ごし方。でも、一人で仕事していると、ちょっと寂しいな。
2005.06.12
新宿プリンスホテルの最上階、シャトレーヌ・ラウンジは土・日のランチの時間に、1,600円のバイキングをやっている。内容はそこそこ。ケーキもそこそこ。抹茶ムースとモンブラン・ムースはよかった。おもしろいのは手作りパンとスコーン。たこ焼きみたいな一口サイズのホットケーキ。これでゆっくりお茶が飲める。とすると、帝国ホテルやパークハイアットの半額かあ。ビーフカレーはちょっとおもしろい。隠し味にポタージュが入っているらしい。プリンスホテルのアイスは、閣下お気に入りのナポリ・アイスクリームだ。メロン・シャーベットは水飴と粉糖を使って、滑らかに仕上げている。でも一人でとか、学生たちとグルメするのはチョット寂しいなあ。夏までに、誰か見つけないと。ねっ。
2005.06.11
FREIDAYというのは雑誌じゃない。アメリカン・フードの店だ。800円で、でかいアメリカン・バーガーが出てくる。1200円で、テキサス・メキシコ(TEXMEX)料理もある。おもしろいのはね、ここは外国人ばかりの店なんだ。カリフォルニアの吉野家に、日本人留学生が集まるような光景。ふふん。「みんなホーム・シックなんだあ」連れの学生たちが爆笑した。おやじギャクにしても、ちょっと高等だろ。
2005.06.10
今日は帝国ホテルで仕事だった。お昼は、前の日比谷公園の大噴水を抜けて、松本楼へ。ちょうどキャンペーンをやっていた。夏目漱石の小説に「松本楼でステーキを食べる」という記述があるらしい。それを記念して、2000円でステーキ・ランチが出るんだという。おもしろい。ランプ・ステーキに、松本楼特製のデミグラス・ソース。こいつはいいものを食った。あまりいいものを食いすぎると、闘争心は衰えるなあ。こいつは困った。
2005.06.09
Pas Mal(パ・マル)という名を聴いて、「あの店」と言えれば、まあグルメの初歩だよね。Pas Malは、閣下がいきつけのフランス料理店すべての料理長の先輩格、高橋徳男さんの個人ブランドだ。売っているのはスープとパイ包み焼き三種類だけ。高橋さんは、東京サミットで迎賓館の料理を仕切った伝説の料理人だ。これは外務省の見識だな。宮内庁(鹿鳴館)や帝国ホテルの伝統的なフランス料理という方程式もあったんだが、トロワグロでソーシエ(ソースのシェフ)になった日本人、高橋さんに白羽の矢が立ったのだ。神田で、個人商店としてノレンをあけたPas Mal(パ・マル)本店は、今は六本木ヒルズに移転した。これはなかなか予約も取れない。一人3万円だもんなあ。小田急ハルクのデパ地下で、このPas Mal(パ・マル)のイートインを見つけたのはうれしかったねえ。スープが選べるパイ包み焼きのランチセットが1000円。いいねえ。閣下のおすすめは、サーモンとホタテのパイ包み焼きだね。サーモンの熱処理は、まさにトロワグロ流だ。ホタテもしっかり、歯ごたえをのこしている。こんなにうまいものを食っていると、秋田教育戦争なんかやっている自分が信じられない。本当はうまいもの食っていればそれはそれでいいなあとノンビリ思ったりする。でも、やらねばならない。うまいものを食って、存分に働き、めちゃめちゃに闘うのだ。
2005.06.08
関西の人には誠に悪い。錦糸町より西の人々も、小田急にはなじみがないだろう。閣下の大好きな新宿・小田急デパートのトロワグロから、ななんと「フォワグラ・ミートパイ」が発売されたのだ。値段は500円。大ぶり。味も香りもしっかり。となりのミクニ・カフェも「フォワグラ丼」を出しているが、これは1500円だ。うむうむ。こういうのを待っていたんだよ。三ツ星レストランのトロワグロが普通のパンで勝負しちゃだめだ。やっぱりパイ包み焼きでしょう。そこでミートパイというのはよかった。白ワインによくあうね。
2005.06.07
《週刊新潮》に靖國神社問題の特集が出ていた。誤解している人の意見は、「まあまあ韓国や中国の気持ちもわかってやれ」というものだ。こういう人間はふざけている。あの神社の祭神は死霊なのだ。彼らの鎮魂を妨げるようなことがあったら、韓国や中国にどんな災害がふりかかるか。それに神社では毎日毎日休みなくお祭りが行われているのだ。国立慰霊施設みたいになって、広島や長崎の慰霊塔みたいなのが建って、それで現代人は勝手に自己満足するだろう。ヤワな政治家たちは、「やれやれ、これでアジア諸国から避難されなくてすむ」と思うだろうよ。しかし、ちょっと待てよ。靖國神社の御祭神たちはそんなことで納得するか。誰がそんなことを断言できるのか。霊界通信でもやって、数十万の御霊たちを説得することができるのか。小野田寛郎さんの意見が最初に来ているのは、新潮社の見識だな。「数十万の御霊たちの声を聴け。」これが閣下の感想である。
2005.06.06
Q 広報と説明不足が誤解の源淵でしょうか。それともそれを政治利用しようとしとしている政治家とマスコミの知恵足らずでしょうか。A 靖國神社もその点は「努力します」と素直に認めている。 政治利用なんて、何の効果があるのかね。小泉さんはここまで非難されても「参拝をつづける」と断言している。 「行かない」と言ったほうが楽じゃないか。 「行く」というのは信念なのだ。 君にわかるかね。Q 靖国がいつからこのような厄介の状態になったのでしょうかな?A あのな。少しぐらい調べてからコメントしろよな。 君の悪いところだ。学校へ行け。 勉強のために一つの映画をすすめよう。 『サハラに舞う羽』だ。英雄とは何かがわかる。Q 唯、以前から靖国合祗を望まない人、遺族に対する対応は、どうも疑問ですが。キリスト教徒の方々の中や、戦死者・遺族のなかに靖国を憎悪する方の霊を強制収容するようなものでは?A あのな、正統カトリックからすると、靖國神社で騒いでいるキリスト教徒はみんなプロテスタントの牧師たちだ。 大きな正式の教団ではない。 あの韓国籍の幼女強姦牧師も「宗教学博士号」を振り回したらしいがね。 ローマ教皇庁は靖國神社をちゃんと認めている。 これは戦前から一貫している。 だから上智大学教授も靖國神社の擁護論を書くし、作家の曽野綾子さんも「日本人ならば靖國神社にお参りするのが本当のキリスト教の精神です」とハッキリ言っている。 上智大学理事長はローマ教皇を選挙する枢機卿だ。 これはね、ルターが注解した使徒パウロの《ロマ書》に出てくる思想だ。 だから本当に不勉強なんだ。 自分勝手な理屈をつけて宗教論争をしかけているだけだ。 ルターの《ロマ書注解》も知らないで、何のプロテスタントなのかね。 あの厳格なプロテスタント主義のブッシュ大統領が、明治神宮には参拝したのだ。 知らないのか。 あれこそが本当のキリスト教の精神なのだ。 私の本の著者紹介を見よ。 「中世カトリックの利子禁止思想」と書いてあるだろう。 私はラテン語でバチカンの人々とも普通に会話できるのだ。 下手に「キリスト教」なんていうヤツがいたら、徹底的に無知を衝いてやるぞ。 それにマルティン・ルターの《ロマ書注解》は閣下の恩師が翻訳したのだ。Q 宗教・思想から、合祀を望まない戦死者・遺族への対応はいかがでしょうか。今でも祭神として強制合祀されていたのなら、問題では?まあ昨今の動きから、強制合祀はましになってきているのでしょうが?A 「強制合祀」ということはない。 靖國神社も一応、遺族会に加入しない人々の合祀については考え直すだろう。 でもなあ、「拒否する未亡人」は何年、生きると思うか。 靖國神社は創建してから140年、ずっと毎日毎日、休みもなく慰霊の儀式をやっているんだ。 他の国では英雄記念碑があって、定時に衛兵交代式をやるだけだろ。 靖國神社は、ずっと手間ひまかけてお祭りしているんだ。 「まし」とはずいぶんと失礼な言い方だな。 キミも自分の家の仏壇をぶち壊して、水子霊を五体ぐらい土足で踏みつけて、数十万の靖國神社の死霊とたった一人で戦うつもりなのかねえ。 やってみな。誰も止めないよ。Q あとA級戦犯の方々の件は東京裁判の翻案としての北京国際裁判でけりつけましょうね。A 君は参加できないから、この問題では静かにしていなさい。 問題なのは、アメリカ帰りの留学生が、アメリカで「東京裁判史観」に洗脳されたことだ。これがすべての発端になっている。 彼らが中国共産党の実権を握っていたのだ。これまではな。 それでナチス同然の中産階級暴動が起きたのだ。 あれはナチスのユダヤ排撃と同じファシズムの成虫だ。 幼虫でも卵でもない。 強硬な暴力的司令部があり、都市プチ・ブルという階級基盤の寄生関係があり、排外ナショナリズムという政治スローガンがあれば、政権クーデターをめざすヒトラーの「宣伝政治」亡霊が容易に蘇生するのだ。 東京裁判の後に、中華人民共和国が建国され、朝鮮戦争もあったのだ。 つまり、中国はアメリカと国連(東京裁判の判事たち)を相手に戦争をしたのだ。 だから、私は「これはおかしいじゃないか」と言っている。_____________http://plaza.rakuten.co.jp/freiherr/diary/200506050000/東京裁判に関わったのは南京の国民党政府であり、蒋介石政権ではないか。その時に、偉大なる毛澤東主席はどこにいたのか。その時に、光輝ある人民解放軍は何をしていたのか。中国共産党指導部は、周恩来代表から蒋介石政権に対して「戦争犯罪人引渡し名簿」を突きつけたのではないか。人民解放軍の著名な十大元帥はすべて国民党との戦いで、名声を博したのではなかったか。その後で、中華人民共和国は天安門広場で開国大典を挙行し、中国人民は「毛澤東主席万歳」と歓呼し、毛主席も「人民万歳」と応じたのではなかったか。その後に、中国人民解放軍は朝鮮半島に出征し、アメリカ軍を徹底的に撃破したのではないか。この中国革命の偉大な歴史を検証するに、どうして今日になって突然に中華人民共和国政府が、極東軍事裁判の判決内容をそのまま外交問題とするのか、実に理解に苦しむのである。満州事変の石原莞爾中将、蘆溝橋事件の牟田口廉也中将、731部隊の石井四郎軍医中将、この3人は中国人民の最悪の敵だ。しかし、彼らは極東軍事法廷で戦争犯罪人として訴追されなかった。3人とも戦後まで生きのび、病死したから、靖國神社に合祀もされていない。この3人を除外し、放置して、誰が中国大陸に悲劇と殺戮を生んだといえるのか。いつから中国はアメリカと同盟したのか。
2005.06.05

靖國神社の話をはじめる前に、まず言わねばならないことがある。靖國神社の神職は、靖國神社に反対したり、靖國神社を悪しざまに批判する人間も守っているということだ。同じ日本人なのだから。靖國神社の祈りは世界平和である。だから、中国の人々も、韓国の人々も、靖國神社から呪怨が発せられて、凶悪な不祥事が発生するということはない。しかし、靖國神社が祭祀をやめてしまったら、どうなるのか。靖國神社の祭祀が放棄され、すべての祭神の御霊が行方をうしなってしまったら、いったいどうなるのか。その恐怖について、何の想像力も働かないとしたら、まあ話にならないね。故郷に帰って、自分の家の仏壇を叩き壊してみたまえ。自分の父親と母親が「何をするんだ。オマエは狂ったのか」と止めるだろう。靖國神社を批判するということ、これは事務のあり方や経営の問題については議論はできるだろう。しかし、独立した宗教法人である靖國神社に対する批判は、とりもなおさず祭神の御霊、つまりは数十万の死霊に対する卑劣な冒涜であることを忘れてはならない。水子霊でもいい。地霊でもいい。死霊を踏み潰して、「オレは霊界すべてと戦うぞ」と言ってみよ。数十万の死霊とどうやって戦うつもりなのか。これは警告ではない。靖國神社の大宮司さま、奉賛会理事長、事務局長とも会談した印象をありのまま話そう。靖國神社の神職は、決して現状について無関心ではない。靖國神社の側もどのように事実と実態をわかってもらうか、非常に困惑していた。非常に立派な人々だ。批判するのが間違いだと私は断言する。昨日、靖國神社は一つの決断をした。これが、今日の夕刊のニュースだ。______■「北関大捷碑」韓国返還へ…首相、訪韓時に意向表明靖国神社に現存する「北関大捷碑」 豊臣秀吉の朝鮮出兵に対する地元義勇軍の戦いを記念して建立され、旧日本軍が持ち帰ったとされる「北関大捷碑」について、政府は4日、今年夏までに韓国に返還する方向で検討に入った。 20日にソウルで行われる予定の日韓首脳会談で、小泉首相が返還を目指す意向を表明する見通しだ。石碑はもともと、現在の北朝鮮北部に建てられていた。韓国と北朝鮮の調整がつけば、約100年ぶりに古里に戻る可能性がある。 北関大捷碑には、朝鮮半島の義勇軍がいかに勇敢に戦ったかが書かれている。現在は、旧日本軍将校から寄贈を受けた靖国神社(東京都千代田区)の境内に置かれている。 韓国側は第2次大戦の終戦記念日である8月15日以前の返還を求めている。北朝鮮に対しては、北関大捷碑を建立地に戻すことを念頭に置いて南北協議を提案している。潘基文(パン・ギムン)外交通商相は、5月の京都での日韓外相会談で「返還が実現すれば、日韓関係のみならず、南北関係改善にも寄与する」と語った。 ◆北関大捷碑(ほっかんたいしょうひ)=16世紀の豊臣秀吉による朝鮮出兵の際、朝鮮半島の義勇軍が日本側の加藤清正軍などを撃退したことを記念し、咸鏡道北部(現在の北朝鮮)に建立された。日露戦争(1904~05年)時、旧日本軍の将校が発見し、持ち帰ったとされる。高さ210センチ、幅65センチ。(読売新聞) - 6月4日15時7分更新
2005.06.04
サメツネさんという人から、こういうコメントがきた。サメツネさん>おはようございます。>たいへん勉強になります。>以前自分が無知であることが気になって、靖国神社のことを調べてみたことがあります。>西郷隆盛さんは明治維新で大変活躍された方です。しかし、西南戦争で敵となったことから、靖国神社には祀られていないと書いてあったと思います。>また、大久保利通さんも同様に維新で活躍されましたが暗殺されたという理由で祀られていないそうです。戊辰戦争の白虎隊の方々も祀られていない、ということであります。大きな意味では敵軍となった方々もこの国を思って戦ったり命をおとしたわけです。また不幸にも暗殺された大久保さんも国士であられたのに祀られていない。であれば、やはり靖国神社は独特の選別基準を持った日本官軍神社として捉えるほうが間違いない、という結論に自分は達しました。霊を敬い畏れる気持ちは我々日本人固有の文化でありますが、その文化がすなわち靖国神社の精神とピッタリ一致してはいない、と考えてはおかしいでしょうか?-----おもしろい。靖国神社大宮司と二時間以上も語り合った閣下にお相手しようというわけだ。ハッハッハッ。「西郷隆盛は靖国神社に祭られていないじゃないか。」そんなことをいう中国人学者がいた。それは中国人だから、新宿の隣りの駅も知らないのは当たり前だ。しかし、このサメツネさんは日本人なのに。西郷隆盛は鹿児島県で南洲神社という別格官幣社に祭られている。知らないんだね。(笑白虎隊は会津の人々によって、ちゃんと祭られている。白虎隊の守り札をもって、特攻機に乗った会津人も靖国神社の軍神なのだ。まったく言葉の遊びだな。戦前の靖国神社はもちろん軍事と関係が深かった。参拝者には軍人も多かった。しかし、今は軍は存在しない。もう戦後六十年なのだ。戦争を体験した人々は、もう靖国神社にほとんど来ない。自衛隊に入隊したら、靖国神社に集団参拝を強制されるのか。だから、現在の靖国神社をよく見なさいということだ。「靖国神社は戦前も戦後も変わっていない」というのは単純な偏見。昭和21年に独立の宗教法人になって、昭和天皇の人間宣言のように、「平和を祈るための施設として、明治天皇の創建の理念にたちかえります」と規約をつくったのだ。そりゃあね、「天皇制はまたファシズムの本質をよみがえらせる」なんて、否定的に語る人は実在するよ。でもね、そんな考え方でまともな職業ができるんだろうか。普通の社会人として、名刺交換して、世の中のビジネスをつくっていけるんだろうか。かわいそうだねえ。だから、「靖国神社に反対する人間は、何もわかっていないで批判している」というわけだ。靖国神社は確かに「政府軍の戦死者」を祭っている。西郷さんは神社。大久保公爵は自分の家の墓。それは「ためにする議論」だ。恥ずかしくないのかねえ。もし、靖国神社が祭祀をやめてしまったら、どうなるのか。あのね、水子の供養だって日本人は気をつけて生活しているんだよ。サメツネさんは「祭祀されなくなった御霊数十万」の恐るべき呪いを直撃されることは、まず間違いないでしょう。警告じゃないよ。ハッハッハッ。
2005.06.03
靖國神社について◆一問一答◆Q 靖國神社はいつ、どうしてつくられたのですか。A 明治元年五月十五日に京都東山・霊山の中腹に、鳥羽・伏見の戦いの戦没者を慰霊する招魂社(現在の京都護国神社)が創建されました。 これは主に薩摩・長州など、官軍の戦死者の集合墓地でした。 しかし、後になって、明治天皇の勅旨により、明治維新の志士たちも、この霊山に合葬することになりました。 それは沖縄県をのぞく日本全国の出身者を含む人々であり、天誅組や天狗党など刑死した人々、坂本竜馬など暗殺され、非業の死をとげた志士のお墓も含まれていました。 明治二年六月、官軍本営は同じように戦死者を弔うために東京招魂社を設立しました。 当初はすべての戦死者を祭る方針でしたが、明治維新政府が各地で戦死者を出すようになると、当時としてはあまりにも多数の戦死者を合祀することが困難になり、自然に選別がおこなわれ、そこから「英霊」あるいは「軍神」という考え方が育まれました。 しかし、靖國神社としての創建の原点は、皇室が施設をつくり、神職を任命し、国家のために亡くなった戦死者たちのために慰霊をすることで、「御霊」が国家や皇室を守護するようにはからうという、明治天皇の広く大きな思いやりのお気持ちによって創建されたと考えていいでしょう。Q 靖國神社はどのような信仰があるのですか。A 「招魂」ということ。 これは古代からアジア文明全域に普及した信仰です。 亡くなったご先祖さま、肉親たちの死霊をこの世のこの場にお招きして、祭儀によって慰藉すること。 仏教の年中行事に取り入れられた日本の「お盆」も、先祖の霊を「招魂」する儀式です。しかし、インドの仏教には、このような儀式はありません。 『先代旧事本紀』という記録には、飛鳥時代の軍事集団のひとつ、物部氏族に「招魂」の儀式があり、宝物の玉をゆらし、土笛を吹き、土鈴を鳴らし、弓弦を弾いて祭文を唱和する儀式がありました。 沖縄には巨石の祭祀場・ウタキがあり、これは本州の巨石祭祀であるヲタキ・ミタケ(御嶽)、あるいは磐座(イワクラ)で、ともに巫女が音楽や歌を唱和して「招魂」の儀式をしていました。鎌倉時代にも、故郷を離れて鎌倉に単身赴任した武士たちは、矢倉(ヤグラ)という擬似磐座で祖先の「招魂」をしていました。 現在、靖國神社の「まつり」の形式は、こうした古代の「招魂」の儀礼を一つ一つ踏まえて、戦死者たちの「慰霊」をおこなっています。Q 靖國神社の御祭神はA 御祭神の「御霊」は死んだ人の霊のことです。 そこには伝統的な「御霊」の信仰が、靖国神社の招魂儀式の中にも受け継がれています。 いい霊も、罪のある霊も、差別せずに一緒に祭り、できるかぎりの記録をのこし、後世に伝えるという、単純な機能施設が、現在の靖国神社です。 特に靖國神社の創建まで、「御霊」は主に生前に皇室に反逆したり、冤罪を受けて死んだ人々の霊魂でした。 八世紀の桓武天皇には、最初は子供がなく、弟の早良親王を後継者としていました。 しかし、その後、桓武天皇には子供ができたので、弟の早良親王が邪魔になりました。 早良親王は冤罪を受けて自殺し、京都には激しい天変地異がありました。 そこで桓武天皇は弟の死霊を「御霊神社」に祭祀して、京都の周辺各地に同じ神社を創建しました。 これが皇室の御霊信仰のはじまりです。 九世紀の菅原道真は京都から九州に左遷され、客死しました。その後に京都で激しい天変地異があったので、菅原道真は「天神」として祭祀されたのです。 東京の神田明神、兜町の兜神社は、十世紀に関東で反逆事件を起こした平将門を祭っています。平将門は「新しい天皇」を自称して蜂起しましたが、鎮圧されました。 その将門の首は京都から火の玉になって飛行し、現在の東京の大手町に落ちたという遺跡があります。 このように国家社会に災いや不幸を及ぼしかねない強い霊力をもった存在が「御霊」であり、日本の国のために生命を犠牲にした戦死者たちの慰霊をしないで放置することは、同じように大変な結果を招きかねないのです。 それが靖國神社の鎮魂慰霊の祈りであり、その趣旨は平和な国家社会をつくるためためのかけがえのない祈りなのです。 昭和21年の靖國神社規則第二条には次のようにあります。「本神社ハ創立ノ際、明治天皇ノ宣ラセ給ヘル安國ノ聖旨ニ基キ、国事ニ殉セラレシ御霊ヲ祭神トシ、其ノ神徳ヲ光昭シ、併セテ遺族慰藉ノ方途ヲ講シ、以テ平和醇厚ナル民風ヲ振励スルヲ目的トス」 戦死者の「御霊」を祭祀することによって、国家を安らかにし、平和のために祈りを捧げ、人々の心も平和にする施設こそ、明治天皇の靖國神社創建の御遺志だったと規定されています。Q 靖國神社の「合祀」とはどういうことですかA 靖國神社は毎日、御祭神が入れ替わっています。 それぞれの数十万の御霊の命日、あるいは「ゆかりの日」を定め、靖國神社の本殿に御霊を遷座して、招魂と慰霊の儀式をしています。 靖國神社の本殿に、いつも同じ御霊を祭祀しているのではありません。 ある一日は、江戸時代末期の志士たちと一緒に、同じ日に戦死した明治・大正・昭和の御霊を祭祀します。この日を「ゆかりの日」とした人の御霊も祭祀します。 この毎日毎日の本殿遷座と招魂と慰霊の儀式と儀式のたゆみのない反復と回転、くり返しこそが靖國神社の姿なのです。 この招魂と慰霊は、戦死者に直系の子孫がいなくてもつづけられる祭祀であり、靖國神社が永遠であるかぎり、「御霊」の存在も永遠であり続けるのです。 普通の人のお墓は、その子孫がいなければ、「無縁墓・無縁仏」となって墓地も墓石も処理されてしまいます。 有名な人のお墓でも、きちんとお墓と祭祀を守る子孫がいないと、その家族たちの墓地は「無縁」として処理されてしまう場合があります。 普通の人ならば、子孫がいても日々の生活がせいいっぱいで、亡くなった先祖のことなど、まったく忘れてしまうかもしれません。 特に、戦死者たちは年も若く、妻子もいない青年たちがほとんどでした。 彼らは軍人として命令を受けて、生命をかけて戦い、戦死をしました。 遺骨も遺品も何もないかも知れないのが戦死者なのです。 靖國神社の合祀は、「御霊」がさまざまな特殊な事情で、死後に祭られないような憂き目にならないように保証するものです。 靖國神社が合祀された「御霊」の存在を記録し、命日あるいは「ゆかりの日」に祭祀をしつづけているのは、「御霊」のためご奉仕することであり、それはひとえに明治天皇の創建の思いを守りつづけているからなのです。Q 靖國神社は「御霊」の生前の問題に関わらないのですか。A 靖國神社が祭祀しているのは戦死者であり、戦没者です。 特攻機で敵艦を撃沈して亡くなった「御霊」も、結果的には多くの人々の死を招いてしまっています。 したがって、戦いの中では殺人があり、だまし討ちがあります。 大きな声では言えないような事情もあるでしょう。 もちろん武器をもって攻撃されて恨みをのこした多数の人々をつくるような争い事の中で、戦闘中に死んだのです。 それが戦死者であり、戦没者なのです。 普通ならば、このような「御霊」を自分で引き受けてお祭りする人は肉親以外はありえません。 激しい戦災の中で、肉親もいなくなってしまったかも知れません。 もともと戦争は多くの人命を奪う悲惨で非人道的なものですが、だからこそ靖國神社のみが生前の罪も穢れも問わずにお祭りすることになっているのです。 そのような人々こそ、国家の平和と安定のために生命を捧げた功績があると評価するわけです。 このような人々は、非常の時には必要であり、重要だということを、われわれも常識として知らねばなりません。 ですから、今日も靖國神社は、明治天皇の思いに忠実に、戦死者・戦没者を「御霊」として合祀し、本殿のお祭りの日の列に加えて、たゆみのない祭祀をつづけているのです。Q 靖國神社がめざすものは何ですかA 靖國神社があるということは、軍隊という過去の制度にとらわれず、国家や社会、広く公共のために生命をなげうってでも何かを実現しようとする人々の守り神であるということです。 一族の中に靖國神社に祭られた人がいるというだけで、遺族はその人に恥じない生き方をしなくてはならないと決意しています。 「御霊」こそ、まさにそのような至誠の最期を遂げられた人々ばかりなのです。 明治維新の志士たちも、まさにそのような魂の持ち主でした。 自衛官や警察官のような立場だけではなく、普通に生活している日々のわれわれの中にも、そのような生命がけの挑戦の機会はきっとあるはずです。 事にあたって自己犠牲をかえりみずに、なすべきことをなすという強い意思をもった生き方を、靖國神社の存在はいつも問いかけています。 靖國神社の祭神である「御霊」は、遺族でも、縁もゆかりもない普通の人々にとっても、このような心構えと潔い生き方の守り神でもあるのです。 靖國神社を崇敬するということは、そのような生き方に共感し、人生観、死生観を一つにするということです。 そのようなすばらしい真の日本人の生き方、純粋な生きざまをめざすことが、この日本を一人一人の毎日から変えていき、ますますすばらしい国家と社会にしていく大きな機動力となるのではないでしょうか。
2005.06.02
曹操閣下はこのたび、中国と日本の相互理解の促進のため、みずから靖国神社の思想的な背景と創建の理念を検討すべく、この【曹操閣下の食卓】で新連載を開始されます。題して、【私の考える靖国神社】。閣下のお考えでは、靖国神社を擁護する側も、靖国神社について本当のことは何もわかっていない、批判する側も靖国神社に行ったこともない、靖国神社の側もきちんとした説明が不足していたと努力しつつある現状から、自分自身がすべての誤解や疑問に答えるという選択になったということでした。これは靖国神社大宮司、靖国神社崇敬奉賛会理事長と直接に2時間以上も相談し、閣下がみずから決断されたとのことです。お楽しみに。
2005.06.01
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