全31件 (31件中 1-31件目)
1
今年の「落語会」は、2月に「安比スキー寄席」で、柳家小三治師匠を聴けたので、幸先良しと思っていたのだが、その後はコロナ禍第5派で、中止や延期が相次ぎ、中でもショックだったのは、前日中止になった「立川こはる独演会」だった。ようやく、コロナが治まりつつあった10月から12月にかけては、ぞくぞく延期になっていた落語会が開かれたのだが、母の容体が危なかったので、行けなかったのが6回ほどあり、これも残念だったが、しょうがない。さて、今年も昨年に続き、誰も来ない正月になりそうだ。しかし、今年は年末大寒波で、雪も多く、母の忌明けもまだなので、誰かが帰ってきても、何もできないのが本当のところで、これで良かったのかもしれない。それにしても、絶妙だったのが、母の「逝き際」で、死後のいろんな手続きや、保険とかを、どうやら年内に終わらせることができたようだ。来年といっても明日のことだが、忌明けまで反省して過ごしたい。
2021.12.31
コメント(0)
コロナ禍で「食鳥検査」の仕事を失い、4月から無職になってしまったのだが、「早起き」と過酷な「長距離通勤」がなくなり、体力的には相当楽になった。しかし、収入は激減し、ラーメンローテーションは破綻し、生活は一変した。バイトの看護師養成専門学校講師は、先日、テストの採点を終え、今期を終了したのだが、やりがいを感じ、面白かった。来年も、ぜひ、続けたいと思っている。終わりそうで終わらなかったコロナのため、同窓会や孫の顔を見るための旅行には、まったく行けず、もちろん、子供たちの帰省もなかったので、昨年生まれた初女孫には、まだ会えていない。ショックだったのは、母の住んでいた一階の「痛み方」だった。6年間も人が住んでいないということは、家の死につながるのだというのを痛感させられた。妹のおかげで、おおかたの遺品整理は終わらせることができたのだが、自慢のマンガコレクションが、雨漏りで、劣化していたのは、本当に痛かった。
2021.12.30
コメント(0)
今年は私にとって大事な人が亡くなった年だった。一人目は、なんといっても大事な人というか、この人がいなければ私もいなかった母親なのだが、この人については、今後もずっと、書き続けさせていただくので、ここでははぶかせてもらう。大事な人の二人目は、私の漫画家四大巨匠のうちの一人、白土三平先生だ。カムイ伝第三部を期待していたのだがかなうことはなかった。長編作品では、手塚治虫を凌駕していた天才だったことには間違いはない。来年は、じっくり読み返してみようと思う。三人目は落語界三人目の人間国宝、柳家小三治師匠。「安比スキー寄席」で、毎年、自分より年上の、この名人を聴けたことは、何よりの幸せだった。主催ホテルに電話で問い合わせたところ、今シーズンはこの恒例の落語会は行われないが、次回からは小三治一門で開催を前向きに検討しているとのこと。それにしても、つくづく思うのが、母も含め、大事な方々の死に際は、やはり、いろんな意味で、見事だったということ。これは、見習って、就活しなければと思う私だった。
2021.12.29
コメント(0)
今日は女房の60歳の誕生日で、生きていれば還暦だった。思いもかけず、母より先に逝った女房だったが、今頃、母と久しぶりに話しをしていることだろう。実際には、亡くなってから20年になろうとしているので、「もしか」も「だったら」も、かなり難しくなってしまった。母の遺品整理と並行して、女房の残したモノも整理してみた。20年もたつというのに、やはり捨てがたいモノがあって、結局、なんとか、衣装ケース一つにまとめることができた。母と女房の遺品整理で、つくづく思ったのは、これは、他人ごとではないということだ。寿命が来ているこの家、管理の悪い膨大な量のマンガ本、使っていない壊れかけの家具類など、ある程度、自分でやっておかなければ、子供たちに迷惑をかけてしまうことになる。これからは、終活に本腰を入れなければと思い知らされた。それでも、ともかく、女房には、還暦は祝えなかったけど、誕生日おめでとうとお参りしよう。
2021.12.28
コメント(0)
№172洋画「ファミリープロット」:アルフレッド・ヒッチコック最後の監督作品。それなりだが、飛びぬけた傑作とはいいがたい。洋画「鳥」:ヒッチコック最高の呼び声も高い傑作だが、これはもう、ミステリーというよりSFで、半世紀も前の映画だというのだから、本当にすごい。洋画「疑惑の影」:これもヒッチコック作品。叔父さんが凶悪犯だと知った姪っ子のミステリーで秀逸。№173洋画「華麗なるヒコーキ野郎」:ロバート・レッドフォード主演の古き良き時代の能天気な映画かと思っていたが、実際は、なかなか悲しい内容だった。洋画「バック・トゥ・ザ・フューチャーⅡ:何度見ても面白い。これがシリーズ最高傑作かもしれない。悪役のビフが、あまりにもトランプ前大統領に似ているのが笑えた。洋画「第三逃亡者」:冤罪ミステリーのお手本。ヒロインが、そのころには、まだ珍しかっただろう自動車を運転するとか、とにかくヒッチコックは新しもの好きだ。
2021.12.27
コメント(0)
№170テレビ「ムツゴロウのゆかいな仲間たち」:何度見ても、やっぱり、私には、楽しい番組。「暴れ馬キチの調教し直し」はなかなかの名作。№171テレビミュージック「島原救済特別番組」:雲仙普賢岳事故救済のために、8か月ぶりに終了したはずの「夜のヒットスタジオ」が復活。チャゲ&飛鳥、吉田拓郎も出演。これは貴重ということで、保存決定。テレビミュージック「ポップギア」:ビートルズを筆頭に1964年のイギリスの音楽映画。アニマルズの「朝日の当たる家」が、秀逸。エリック・バートンのボーカルはすごみがある。テレビミュージック「プライム10 長渕剛」:NHKの長渕は、やたらに偉そうで、なんだかなぁ。楽曲は好きなのだが、ちょっと人間性が残念。テレビミュージック「サザンオールスターズin北京」:中国では「サザン」は「南天群星」。サザンは、30年も前に北京に行っていたのだ。これがいかにすごいことか、改めて確認できた。
2021.12.26
コメント(0)
NHK受信料を払いたくない理由は、ただ一つ「見ない権利を与えろ」ということだ。たとえば、受信料が、NHKだけではなく、すべての放送に対して支払われるというのであれば、まだわかる。だったら、払おうという気にもなる。しかし、ほとんど見ていないNHKにだけ、年間24000円以上の金を取られるというのが納得できない。今や、NHKは絶対のメディアの頂点ではなく、民放やインターネットでもことは足りる。NHKを見なくても困ることはないのだ。どこでも誰でも、やっぱりNHKとかは、NHKが抱き続けている妄想にすぎない。母のように、認知症だったり、入院したりすると、ほとんど見ないのにっ契約してしまっているので支払っているという人は何百万人もいることだろう。だから、「見た分だけ払う」とかは、難しいだろうが、せめて「見ないので、受信しません、だから払いません」という権利だけは求めなければならない。受信料契約はするけれど、これほどの違法が許されている国は本当に悲しい。
2021.12.25
コメント(0)
NHK受信料を支払ってもらっていた母が亡くなり、ゆくゆくは、その通帳口座を閉めなくてはならない。だとすると、死んだ母が、「NHK受信料滞納者」になってしまうかもしれないので、この不名誉だけは避けなければならない。そこでNHKに電話したところ、2か月分単位で支払っていたので、過払い分を返納するという、スマートな対応だった。しかし、案の定、今後は私が払えということで、「放送受信契約書(衛星契約)」という書類が送り付けられた。これまで、かたくなに、私の名義では一切支払ったことのなかった受信料なので、ここで、また、徹底抗戦して支払わないことにしようかとも思った。しかし、この年齢になって、また、戦う気力が続かないし、亡くなった母も「払ってやればいいべしゃ」と言っているような気もする。だから、しぶしぶだが、契約書は書いて送ろうと思う。だがしかし、決して納得して契約するのではない。
2021.12.24
コメント(0)
NHKの受信料については、何度も書いてきた。我が家の場合、二世帯住宅なので、母が自分のテレビということで、自分の通帳から支払っていた。ところが、母が特別養護老人ホームに入り、住所が施設に代わり、そこでは、受信料は免除になるというので、NHKに連絡したところ、だったら、私が払えと言われた。納得いかないので、我が家の受信料は、そのまま、母の通帳から引き落としてもらうことにしたのだが、NHKは何人もの「受信料請負人」みたいなのを我が家に送り込み、母は免除になるのだから、私が新たに契約して払えと、しつこかった。私の家には、3台のテレビがあるのだが、その内の母の一台分を母が払っているのだから、それでいいじゃないかと言っても、「受信料請負人」みたいな人は、納得しない。私としては、NHK受信料を、いい歳して母に払ってもらっているバカ息子で、十分恥ずかしいのだし、NHKだって受信料は入っているのだから、いいじゃないかと、数年がたったのだが、母が亡くなってしまった。
2021.12.23
コメント(0)
いろいろ珍品が出てきた。父の関係では、満州奉天大学の卒業証書で、これは、終戦間際で紙切れみたいだったのを、同窓会の時に作り直したものらしい。勤務していた北炭夕張の書類などもみつかった。母の関係では、夕張市で唯一のデパートだった「おかむら」の包装紙や、妹の母子手帳や、よくぞとっておいたものだというのが沢山でてきた。そして、困惑するほど大量に出てきたのが、どこの誰のだかわからない結婚式の写真だ。多分、親戚の誰かなのだろうが、結婚式の写真は、今どき流行らないのだと痛感した。しかし、なんといっても処理に困っているのが、石炭の塊だ。巨大な30キロ以上あるのを筆頭に、その四分の一ぐらいのが、4個も出てきた。重いし、崩れかけているし、到底、欲しがる人はいないと思うので捨てるしかない。間違いなく「燃えるゴミ」ではあるが、果たして、もっていってもらえるものか、はなはだ不安ではある。片づけは、ようやくひと段落下したのだが、何か、母が「年内に、やってしまってくれ」と言っているような気がする。
2021.12.22
コメント(0)
家の中の、膨大な量の衣料を中心とした不用品を、どうにか廃棄したところに、母の入っていた施設で使っていた、テレビや冷蔵庫などが戻ってきたが、これらも、なんとか業者に引き取ってもらった。ただ、やみくもに捨てるのではなくて、買取可能だと思われるモノは、業者に持ち込んだり、ネットで販売を試みた。その結果、「東洋水産のマルちゃん人形」など、思いがけないのが売れたりした。あと、女房の所持していたのも含めて、十数枚のテレホンカードも買い取ってもらった。もしかしたら、大量に出てくるのかと思っていた父の関連品はほとんどなかった。それでも、私が、大学入学直後に父あてに出していたハガキなどがみつかり、これは恥ずかしかった。今のところ、大量のゴミを処理場に持ち込むことは休んでいるが、まだ、置物や、台所の食器類には一部だけしか手をつけていないので、まだまだ捨てるモノは出るだろうが、地道に仕事を続けるしかないだろう。
2021.12.21
コメント(0)
まず、仏壇のある部屋をきれいにしようということで、壊れている大きい家具類を捨てることにした。ソファーセット一つ、机を二つ、タンスを二つをゴミ処理場に運んだ。まだまだ、捨てなければならない古いタンスはあるのだが、空にするのが精一杯だった。捨てなければならなかったモノで一番多かったのは、衣料品だった。晩年、そうそう、洋服を買っていたワケでもないのだが、昔着ていた服を、全部とっておいて、かたくなに捨てなかった結果だろう。もちろん、すべてを、最初から捨ててしまったワケではなく、古着リサイクル店に持ち込んだのだが、売れたのはユニクロのアウターが数百円ぐらいなもので、あとは捨てるしかなかった。布団などの寝具も捨てたのだが、洋服は、その5倍以上はあり、いや、大変だった。また、全く知らなかったのだが、母と妹の「着物」というのがあり、これも、ほんの一部だけ、専門業者に来てもらい買取ってもらえた。10キロ80円のゴミ処分代の足しにはなるか。
2021.12.20
コメント(0)
母は、10月に入院し、その時点で、自宅はおろか、施設にも戻れないことは確実だった。北海道在住の妹は、入院の二日後に来たのだが、2週間の隔離期間ということで家から出ることもできずに、しょうがないので、母の住んでいた1階の大掃除をしてもらった。結果的には、大掃除と言うよりは、実は、ちょっと先走った遺品整理となってしまったのだが。1階は、母が住まなくなってから6年間誰も住んでいなく、しかも、ここ2年はコロナ禍で、家に誰も来なかったこともあり、完璧な無人状態だった。さらに悪いことに、2年前の屋根と壁のリフォーム前には、かなりの雨漏りがあったらしく、家全体のカビ臭さが半端ではなかった。その上、ネズミもいることも分かったのだから、空き家同然だった。母の認知症は、それほどすすんではいなかったので、ゴミ屋敷になっていたということはなかったが、この悪条件下で、1か月半、悪戦苦闘し頑張ってくれた妹には頭が上がらない。
2021.12.19
コメント(0)
昨今の「サウナブーム」とやらで、テレビでやたら煽り立てるので、私の通っている田舎のサウナにも、若い「サウナー」が、ちらほら見え始めた。しかし、サウナ歴40年になろうとするシニアサウナーの私は、そういった若者が来れない時間帯にしか行かないので、大きな影響はない。不思議なもので、この、いつも行く時間の午後2時からちょっとでも、遅れると、何だか生活のリズムが崩れたような気になってしまうのが自分でも不思議だ。なぜか、サウナ檀家では、いつまでたっても若手のつもりでいるのだが、気が付けば、檀家でもすっかり中堅どころになってしまった。これだけサウナ通いが長いと、もはやサウナのない生活は考えられない。しかし、私の属するサウナ檀家は、どれも、これまでにないほどに高齢化していると思われ、かくいう自分も、いつまで元気にサウナに通い辻けられるのかとの不安はある。だが、もう少し、この「ととのう」生活を続けたいものだ。
2021.12.18
コメント(0)
サウナ檀家で、迷惑なのが、「シャワーが使えない方」だ。この人たちは、とにかくシャワーの使い方がヘタというか、ザツというか、前後左右にシャワーのお湯をまき散らし、それがひっかっかるのだ。これが、頭越しなら、まだいいが、股間越しだったりすると「キンタマシャワー」ということになり、これは勘弁ならない。そのくせ、シャワーをかけた本人は、自分は目をつむって、シャワーに陶酔しているので、迷惑をかけている自覚はみじんもないのが、さらに腹が立つ。また、どこのサウナ檀家にも、必ず、一人はいるのが、話し好きの「お調子モノ」だ。今どきは、コロナ禍で、サウナでは「黙浴」というのがステッカーになって貼ってあるぐらいなので、檀家同士でも、あまり話をしないようにしてはいるのだが、この「お調子モノ」には一切関係がなく、大声で話しかけてくるのだから、これは迷惑なのだが、檀家のみんなから、口々に、「うるさい」と言われても、絶対にめげない。
2021.12.17
コメント(0)
毎日のように通っている、日帰り温泉のサウナだが、久しぶりに、あれこれ書いてみたい。サウナでいつもいっしょになる方々を「サウナ檀家」と呼んでいるのだが、この中に、どうにも馬が合わない方がいる。まず、「場所が重なる方」だ。サウナには、昼過ぎに行くので、当然、檀家は私と同年輩か先輩が多いのだが、この中に、脱衣所の脱衣カゴ、洗い場、浴槽、サウナ、水風呂と、いつも私が使う場所に必ずと言っていいほど、先に使っている方がいたりするのだ。同じ老人なので、重なるのは当然だし、文句を言うことではないのはわかっているが、ルーティンを崩されたような気になってしまうのだ。常連ではない「檀家ではない客」と呼んでいるような、そのサウナになじみのないお客さんの場合も、そのサウナの細かいところがわかっていないため、あらゆるドアが開けっぱなしだったりして、ちょっと迷惑だったりする。私もいっぱしの「サウ名主」になってきた。
2021.12.16
コメント(0)
食品衛生法の改正で、「漬物製造業」が要許可業種になった。現役の食品衛生監視員時代には、県内の漬物製造業者といえば、物置の片隅とかで樽を並べていただけの、およそ「衛生的」という言葉とはかけ離れた施設がほとんどだったが、これからは、そうもいかず、調理室並みの製造室という衛生基準をクリアしなければならなくなったのだ。秋田のローカルニュースでもやっていたが、ほとんどの「いぶりガッコ」製造者は、弱小で、設備投資する余裕はなく、「だったら廃業する」というところが大半のようだ。実際、道の駅や、農産物販売所で売られている「漬物」については、どこで、どう作られているのかも把握できていなかったし、設備投資をする価値のある業種なのかも、はたから見ても難しところだ。せめて、全国的に有名な「いぶりガッコ」だけは守りたいとの思惑はあるようだが、あと半年で、どこまでいけるか、心配だ。
2021.12.15
コメント(0)
パソコンも、6年ほど使っていて、バッテリーの他にも、遅いとか悪いところはいろいろあるのだが、一番の問題はOSが、Windows8.1だということで、今度買う場合は、最新のWindows11にしなくてはならないと思っていたところだった。実は、surface pro3というタブレットも持っていて、こっちは、妹がWindows10にしてくれていて、ほとんどのことは可能なので、パソコンは、もう少しWindows11が普及するまで、もってくれと願っていたのだが、どうやら、ここで寿命が来たようだ。パソコンの方は、プリンターよりは入荷があり、不足してはいないようだった。なんとか、購入し、継ぎ目なく使用できるように設定してもらったが、なかなかの急展開で、この年末に、こうもバタバタするとは思っていなかった。パソコン購入も、通算6台目になり、ひょっとしたら、これが最後の1台になるのかもしれない。だとしたら、そこは大事にしなきゃと思いなおすのだった。
2021.12.14
コメント(0)
最初は、11月末に亡くなった母の「喪中はがき」を作成している時のことだった。プリンターの調子が悪く、はがきが取り込めないのだ。妹が、メーカーのサポートに電話してくれて、このプリンターは限界であることがわかった。まぁ、丸5年使ったので、いたしかたないことだと観念し、地元で唯一の家電量販店に行ってみて驚いた。販売されているプリンターが、まるで少ないのだ。店に聞いてみると、半導体不足が原因で、売りたくても製品が入ってこないのだそうだ。そういえば、年末恒例のプリンターのCMが、今年は見られない。なんとか、手ごろな、ボトルタイプのインクカートリッジのを購入できたが、プリンター不足は、全国的なもので、ネットでも、入手は難しく、かえって地方の家電量販店の方が入手可能なようだ。「喪中はがき」は、なんとか無事に印刷できたのだが、その矢先に、今度は、パソコンのバッテリーが空になり、警告の赤ランプが点灯し始めたのだった。
2021.12.13
コメント(0)
11月には、コロナ禍が下火ということもあって、桂三若2回、三遊亭兼好、春風亭一之輔2回の計5回の落語会が秋田と青森であった。このうち二つはチケット購入済みだったが、母がこんな時に、落語を聴けるはずもないので、すべて行けなかった。まぁ、酒やサウナと違って、テレビやDVDで落語は見たり聴いたりしていたので「禁落語」ということではないのだが。今考えてみると、母は、きっと私に「ちょっと、飲み過ぎだべ」と酒をやめるようにしてくれたのかもしれない。サウナは、行かなくても、別段、体調に変化はないのだが、たった一人で家の風呂を使うよりは、サウナの方が経済的にもいいように感じた。落語の方も、まぁ、意地で行ける会には、全部行っていたようなところがあり、これからは、あんまり無理をしないように、ほどほどにしようと思った。なんにしても、母は、コロナ禍の終焉と共に、見事な散り際を見せてくれたように思えて仕方がない。
2021.12.12
コメント(0)
多分、今年の最後の落語会になるだろう。久々の秋田市に、アルヴェだったが、大げさだが懐かしく、やっと日常に戻れた安心感があった。お客さんは、30人ほどとちょっと寂しかったが、年末恒例の講談はなかなか。演目は次のとおり。一席目 五貫裁き二席目 赤穂浪士伝 萱野三平重實神田春陽師匠の秋田、青森の会は、ほとんど聴いているが、この落語会では、時節柄、毎回、赤穂浪士伝を演ってくれるので、これを楽しみにしている秋田の講談ファンには見逃せない企画。一席目は、落語の演目にもあるが、講談が先だと師匠が熱弁。実際に、講談からの落語ネタは、かなり多いらしい。二席目は、48人目の赤穂浪士という、赤穂浪士フリークには、ご存じの大ネタ。大熱演で、いやがおうにも、年末気分が盛り上がった。とりあえず、慌ただしかった今年の落語会は終わった。
2021.12.11
コメント(0)
母の急変で、いつ電話が来るかわからないので、日課のサウナもためらわれた。遠くのサウナには、もちろん行けず、午前中の面会で大丈夫なことを確認した時だけ、近くのサウナに行き、あとは家の風呂をつかっていた。一人で毎日風呂を沸かすのも、なんだか無駄のようだが、まぁ、風呂には入れるのだし、サウナに入らなければ死ぬわけでもないので我慢は出来ていたのだが、問題は、「サウナ檀家」の方だ。というのも、サウナでは、ちょっと顔を見せないでいると、「あれだば、病気だべ、顔色悪かったもの」とか言われ、ひどい時には死んだことになっていたりする。しばらくぶりに、行ってみると、「入院してたすべ」とか、必ず言われる。基本的に私の「サウナ檀家」は老人ばかりなので、入院させられたリ、殺されたりしてしまうのだ。いつものサウナ通いが復活できてうれしいのだが、ここしばらくは、復活の弁明を繰り返さなければならないようだ。
2021.12.10
コメント(0)
母が入院した日から、一か月以上、その容体が悪かったので、いつ連絡が来てもいいように、酒を断っていた。ビールはノンアルコールにして、焼酎もハイボールも我慢していた。毎日の見舞いでも、母の容体は、あまりかわりなく、ある程度安定したので、晩酌を再開したとたんに急変があり、結局、長期間になった。「親の死に目に会う」というのは、なかなか難しいことで、誰にも分らないタイミングで逝く場合も、ままあり、一日10分ほどの面会時間に重なる事の方が、むしろ稀なのかもしれない。ビールを飲んでしまったなら、タクシーで駆け付ければいいわけで、禁酒していたら、死に目に会えるという保証はない。2週間の禁酒で、もっとも良かったことは、体重が減ったことだ。どうやら、「ビール太り」というのは本当らしい。また、アルコールをとらないということが、こんなにも簡単にできたことも、私がアルコール中毒ではない証明になり、ちょっとうれしかったりした。何より、禁酒明けのビールの旨かったこと。
2021.12.09
コメント(0)
入院して1か月になろうかという11月19日の午後に、母がまた急変したとの連絡をいただいた。その日の午前中の面会では、変わりなかったのだが、あわてて駆け付けたところ、意識もおぼろげで、危篤とまではいかないが、今日明日もありうるが、あと一週間もつかどうかと担当医に知らされた。毎日、11時過ぎに、妹と二人で面会を続けたが、調子のいい時は、呼びかけに首を振って答えたり、二人の名前を、ようやくだが声を出して呼んだりできていた。しかし、だんだんと不調の日が続き、29日に、その日3回目の面接に駆け付けた時にはすでに息をしていなかった。入院から1か月、点滴だけで、寝たっきりで、本当に良く頑張ったと思う。我々としても、毎日、「これが最後かもしれない」という面会が出来て、十分に「死に目に会えた」と感じた。時期的にも、これしかないというタイミングで、母は90歳の生涯を閉じた。頑張ったね、ありがとうの言葉しかない。
2021.12.08
コメント(0)
10月19日の夕方に入院した母だったが、コロナ禍で、面会は叶わなかった。妹は21日に、とりもなおさず北海道から秋田に来たのだが、母に面会するためには、2週間の「隔離生活」をする必要があるとのことだった。コロナの感染者数が激減していても、県外からの来県者は外国人並みの隔離が必要なのだ。2年ぶりに母の住んでいた1階で、「隔離生活」に入った妹だが、おおむね6年間、誰も住んでいなかったので、生活できるようにするだけでも時間がかかった。妹を迎えに行った私も、同じく2週間は病院にも行けないで過ごした。また、10月29日には、母の容体が悪化し、酸素吸入をしているとの連絡があったので、酒を飲まず、サウナにも行かないで緊急時に備えることにした。11月4日に2週間が過ぎ、やっと面会できたのだが、酸素吸入している母は、しゃべれないが、なんとか、妹の声に首をふることが出来る状態だった。面会は、二人別々に10分ほどという条件付きだったが、毎日通うことにした。
2021.12.07
コメント(0)
特養に入って2年目から、コロナ禍で、面会が禁止になり、北海道在住の妹は2年間、母に会えない日が続いた。特養では、地元病院と「乳癌」の「緩和ケア」の提携をしているので、私は月1回の「乳癌」の検診日に病院で会うことが出来、その際には、病院からスマホで妹にテレビ電話が出来た。昨年の9月ごろ、特養から「母に腰痛の症状があり、食事をとらなくなった」との連絡があり、急遽入院することになった。コロナ禍なので、もちろん面会は出来るはずもないが、なんとか90歳の誕生日まではと先生にお願いした。このまま入院が続くかと思われたが、幾分回復し、母が施設に戻りたいと訴えたこともあり一週間ほどで退院できた。しかし、それ以来、食は細いままで、ほとんど車イスでの移動になってしまった。それでも、この2月には満90歳になり、無事「卒寿」を祝うことが出来たのだが、10月19日に再び呼吸が苦しくなり入院することになった。
2021.12.06
コメント(0)
母は、平成28年(2016年)1月、84歳の時、「アルツハイマー型認知症」で秋田市の病院に入院し、そこで胸のシコリをみつけていただき、「乳癌」と診断された。手術や抗がん剤治療も考えたのだが、年齢や体力を考慮し、このまま対症療法を行うことを選んだ。二人暮らしだった60歳の息子の私には、母の乳癌を知る由もなかったが、せめて健康診断を受けさせていればとの後悔は残る。母の認知症は、いたって穏やかで、暴れたり騒いだりすることはなく、最後まで、私たちのことも覚えているような素振りを見せていた。その病院を1年ほどで退院し、地元鷹巣のグループホームに移り、さらに1年後、地元に新しく出来た特別養護老人ホームに入所することができた。その特養では、入所して1年目は歩くことも出来て、面会も自由にできた。それどころか、妹が北海道から来た時には、何回も一時帰宅していたのだが、新型コロナ禍で、施設での面会は禁止されてしまった。
2021.12.05
コメント(0)
私にとっては、忌明けに足らずの落語会だが、年末の恒例行事なので、なんとか母も許してくれるだろうと、勝手に思い込んで行ってみた。今回は映画「浜の朝日の嘘つきどもと」の上映と舞台挨拶があったのだが、映画は前に観たので、落語だけにした。お客さんは、コロナ対策でまばらながら、100人ほど。演目は次のとおり。一席目 禁酒番屋二席目 文七元結いつもより少ない二席だったが、熱演で、久々の落語を堪能できた。特に、「文七元結」は、1時間に届きそうなフルバージョンの熱演で、聞きごたえ十分で、うれしかった。年末恒例のこの落語会だが、喬太郎師匠もおっしゃっていたが、この日は久々の雪だった。帰りの道は圧雪で、初めての雪道運転は、緊張感があり、冬本番を感じた。ようやく、落語三昧に戻れそうだ。
2021.12.04
コメント(0)
№168テレビ「アルフレッド・ヒッチコックスペシャル1」:NHKの特集番組で、石坂浩二がメイン司会。映像が悪く、つまらなかった。テレビ「アルフレッド・ヒッチコックスペシャル2」:30年前に、さらに30年前の名監督作品を特集も、楽しめなかった。洋画「ジュノーと孔雀」:ヒッチコック作品だが、サスペンスでもなく面白くなかった。№169洋画「真昼の決闘」:スーパーヒーローはいないが、とても人間味あふれる西部劇。私が生まれる前の作品だが、今でも十分面白かった。洋画「サボタージュ」:爆弾テロを扱ったヒッチコック作品。現在にもつながるような恐ろしい内容で、考えさせられた。洋画「バルカン超特急」:ヒッチコック版の列車サウペンス。後のクリスティの「オリエンタル急行」につながる傑作ではないだろうか。
2021.12.03
コメント(0)
これで最後の「相撲トトカルチョ」は、4900人中、945位で、賞品交換券1枚に当選と言う結果に終わった。昭和60年ごろから、平成、令和と30余年にわたって挑戦し続けた「相撲トトカルチョ」だったが、さほどの成績を残せず終わった。一時は、私と母と叔母で相撲部屋を結成していたのだが、最高の成績を残したのは叔母だったが、これは、まったくの偶然で指定された升目で白星だったためで、10万円ほどの大当たりだった。また、母も「顔の良い力士を選ぶ」という、究極のミーハー作戦で好成績をおさめたことがあった。以前のデーターを解析し、スポーツ新聞と専門誌を熟読して挑んでいた私だったが、成績的には平幕どまりだった。実は、支部は無くなっても、本部の方から参加の案内が来ることになっているらしいが、いかんせん、本部は大坂なので郵送でのやり取りはかなり難しく、参加は諦めている。いや、楽しかった。
2021.12.03
コメント(0)
プロ野球日本シリーズは、久々に見ごたえのある対決で、大満足だった。テレビ局も、プロ野球中継を見直したのではないだろうか。この日本シリーズで、ゲスト解説者デビューしたのが、今年引退した平成の怪物松坂大輔だった。やはり破格の大スターなので、第一戦、第二戦と民放2局をまたいでの出演だった。しかし、この解説が、ちょっと残念だった。話している内容が、どーのというのではなく、どんな質問にも、必ず「そうですね」と言ってから答えるのだ。第一日目の出だしから、延々と「そうですね」が、はてしなく続くので、「誰か教えてやれよ」と思った。あまりに「そうですね」ばっかりなので、他の解説者にもうつってしまうほどで、気になって、話している内容も届かなかった。さすがに第二戦は、「そうですね」は少なくなるかと思ったのだが、そうでもなかった。その後、松坂大輔の解説は見ていないが、見てみたいかと問われれば「そうですね、勘弁してください」と答える私だった。
2021.12.01
コメント(0)
全31件 (31件中 1-31件目)
1