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中学時代のクラス会を2年おきに開いている今年は開催年にあたり、本日開催した。中学入学から50年が過ぎ、節目のクラス会でもあった。昨年、担任の先生が亡くなられて初めて芯のないクラス会でもあった。私たちは団塊世代で、先生とは数歳しか違わないから先生のご逝去はちょっと早いとは思うがこればかりはどうしようもない。15人が集まった。クラス全員のおよそ3分の1である。多くもなく、少なくもない。まあこんなところだろうと思う。私たちは私立の男子校で実質的に6年間一緒に過ごした。その良さは、たがいがひとりひとりの性格を知りつくしていてみなの前では見栄も気どりも通用しないことだ。そして、それぞれが社会でもまれて還暦を過ぎたそういう連中が集まるのだからこのクラス会には50年ものの芳醇さがある。このまろやかさと香りに魅せられて集まる。アルバムを持ってきてくれた者がいた中学入学から高校の修学旅行、卒業写真までのアルバムだった。入学写真を見て、私がどこにいるのか一瞬分からなかったことにおどろいた。
2010年06月26日
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気がついたら、今週は1度も自転車通勤をしなかった。これは初めてだ。おかげで地下鉄回数券の減りがものすごい交通費はばかにならないとあらためて思う今週は立ち寄りが多くて自転車が使えない日が多かった。自転車で行こうと思ったら雨だった。今では電車での往復が面倒臭い自転車通勤はちょっと疲れるし、最近ではちょっと走っても汗がすごいそれでも自転車のほうがずっと気楽だ
2010年06月25日
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「やらないより、やって失敗したほうが ずっとすっきりし、納得できる」ことのところ、この思いが強くなっている。この数年、社会保険労務士合格者に開業への道を案内する立場に立ち「いかに自分を見つめ直し、 自分を知り、 自分の道をつくるか」このテーマを追い続けている。自分の道を作るためにあれこれと試すそれらは失敗とまでは言わないがほとんどうまく行かないでも「やらないより、やって失敗したほうが ずっとすっきりし、納得できる」と、冒頭の思いに至る目標と目的を持つことがいかに大切かが分かった。そうなると無駄のない時間の使い方の重要さが浮かび上がる。でもそれがいかに難しいことか60年にわたって馴染んだ習慣は頑固に身体中に浸みわたっている毎日が反省と励ましの日々だ。
2010年06月21日
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1月に開設した第5期IDE開業実践塾は昨日修了式講座を行った。第1回目と2回目の事務所訪問へ石川県からと、福島から参加してくれた方が途中は通信授業で受講してくれて久しぶりに最後の修了式に参加してくれた。もうひとりずっと通信で参加してくれて最後の修了式に初めて新潟から駆け付けてくれた。この3人が加わってくれて、修了式講座はとてもにぎやかになった。どうも有難う修了式後の懇親会で、私は毎回つぶれている今回もそうなるだろうと思って、やっぱりそうなった。途中から寝込んでしまった。オランダが1-0で勝ったという声だけが、うっすらと残っているタクシーに乗って家に着いたときは朦朧とした霧の中そして朝6時に目が覚めて「昨日は修了式だった、オランダが勝ったんだ・・・」「日曜日なんだ・・」という具合で記憶をたどった。幸いに二日酔いもなく、快調な目覚めだ。第5期の通学講座が終わってすこし肩の荷が下りたが通信受講の方たちへ最後のCD+資料を発送する仕事が残っているこの資料発送が終わると、ようやく第5期IDE開業実践塾が一区切りとなるでも平行して、第6期の会場予約が始まった第5期を参考にして第6期の構想と計画を立てなければならない。つまり1年中IDE開業実践塾にかかわっている。最初は3カ月の季節事業だと思っていたがこれは本格的な第二事業なのだという位置づけで構えないとやっていかれない。
2010年06月20日
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去年の秋に1平方メートルくらいの菜園を作りました。ここに、小ぶりにそだつ春菊をまきました。できたのは確かに春菊で、味も香りも春菊ですでも、スジばっていてかたい。人様に提供できる代物にはならなかった。いまでは育ちすぎて花が咲いています。育ちすぎてスジばった原因を考えるとまいたタネの間隔が狭すぎたのだと思います。3~5cm間隔でまいていればそれぞれが葉を伸ばすことができてふっくらした春菊になったのだろうと思います。私は分からなくて密集させてまいてしまった間隔がなくて、成長するには上に伸びるしかない。スジだけが太くてスマートな春菊になりました。失敗からのスタートです
2010年06月12日
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街を歩くとハンコ屋さんのチェーン店を見かけるけっこう目立つ看板だからすぐに分かる既成ハンコの販売と注文ハンコの取次店だ。私は仕事柄、顧客先の社員用に認め印をよく買う買うのは100円の認印だ。よく買うものだから、公衆トイレの場所と同じようにどこの地域ではどこにハンコ屋さんがあるかつねに憶えておくようにしているしかしパソコンとインターネットの出現以来、判子の需要は減る傾向にあるからこの業界はけっして繁栄しないと思えるそれなのに判子屋さんチェーンが存在するのは開業が比較的簡単だからだそうだ定年退職をして何かやりたい人にとって判子屋さんチェーンは格好の対象になるらしい新しい判子屋さんチェーン店が開店してはやがて消えていくのを何度も見ているどこかに新しく開店するとこの店はいつまで持つだろうと思ってしまう。つい最近、事務所の近所にあった判子屋さんが閉まっていた。判子を買いに行って、影も形もなくなっているのであれ、通り過ぎたのかな?と思いつつ2~3度行ったり来たりした結果看板を落とし、シャターの下りている店を見つけた。これでまた遠くの店に行かなくてはならないしかしその店も閉まったらどうしようか
2010年06月11日
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外は暑いでも谷中から上野公園のさくらは葉をいっぱいにひろげて木陰を作っている走っていると涼しいまだ自転車通勤は快適だ事務所からの帰り、半袖で自転車に乗ると寒いもう6月なのに寒い長期の天気予報では冷夏になりそうだというそうもそんな感じだ1993年の冷夏のときは米が不作で米を東南アジアから輸入したことを伝えていた政府は、現在備蓄米があるので大丈夫と言っているが冷夏はやっぱり困るね困ったところでなるようにしかならないんだけれど
2010年06月10日
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国立新美術館のスズメはそれにしてもすごい私の予想をはるかに上回る人をまったく恐れず、人の中に入り込んでいるいまや人はスズメを捕まえようとしないことをスズメが理解しているそうなるとスズメはどうやって人間の中に入るレベルを積み上げるかだそれには時間がかかるだろうと思っていたわが家にくるスズメは、餌をまいておいても窓の中で人影が動いただけで飛び去ってしまう。わが家にくるスズメでは、慣れるまでには10年くらいかかるだろうと思っていた私の町の商店街に降りるスズメもかなり人には慣れていてほとんど逃げないが国立新美術館のように食べ物をねだるスズメには初めて出会った。まして食べ物を襲うスズメにはビックリだ。国立新美術館はできてまだ間がないそれなのに、ここのスズメはすきあれば人間の食べ物を襲うまでに戦闘的だこの違いはどこに原因があるのだろうずっと以前にロンドンのバッキンガム宮殿前の公園で見たもの老人が餌をゲンコツに持って左右に両手を伸ばす。やがて手のひらを広げるとその両手や頭に小鳥が群がるあの光景を思い出す国立新美術館のスズメも、もうすぐこの域に入るのではないか餌付けをやる人がいたら、きっとここの名物になるだろう
2010年06月08日
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土曜に家内と息子の3人でオルセー美術展に出かけた国立新美術館は初めてだったできたときから一度行ってみたいと思っていたオルセー展は日経新聞でさんざん宣伝していたから週末はかなり混むだろうと思っていた。でも午前中だったためか展示を見るのにギリギリ許せる混み具合だった印象派の絵画は適度に個性があって馴染みやすいほとんどの絵に親しみを持って見ることができたここまでなら普通の展覧会をみたことで終わった。今回はそのあとテラスでの休憩に強い印象が残っている。展示を見た後、ガラス張りの吹き抜けの中1Fのセルフサービスカウンタでアイスコーヒーを買うとさいわいデッキテラスにあるテーブルに席が取れた。休んでいるとスズメがやってきて隣のテーブルに降りた「おいおい人がこわくないのかい?」スズメはおばあさんのサンドウィッチをねだっていた。おばあさんがパンをちぎって与えるとそれをつまんで食べ始めたりつまんだままさっさと飛び去ったりしては戻ってくる。人をこわがらないのだ。こんなに人なつっこいスズメは初めてだ。スズメはそのうち調子に乗ってサンドウィッチを直接つまもうとするおばあさんはさすがに追い払った。別の人がパン類を持ってテラスに現れるとスズメが一斉に近寄ってくる彼らはつねに出入り口を観察していて食べものがテラスに入ってくるといっせいに行動を起こすようなのだ。人間はだれひとりとして追い払わないからスズメの天国である最近スズメが減っているというからこういう聖域サンクチュアリがどんどんできればいい。
2010年06月06日
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今年の3月、特定社会保険労務士の資格を得た登録すれば、雇用に関する個別紛争事件を扱えるものだまだ登録はしていない、当面は登録の予定もないこの資格で仕事をする気がないからだこの仕事を扱うとなると時間がかかり気苦労はものすごいだろうと推察できるだから本来は取る必要がないでもまわりの仲間はどんどん取っている私ひとりが取らないと取り残される感じがする資格の名前が良くない「特定社会保険労務士」というなぜ社会保険労務士の前に「特定」が付くのだ!これでは知らない人が聞いたら社会保険労務士の中で、特に定められた社会保険労務士つまり社会保険労務士のエリートなのか、という印象を受けるだろうそんなときにただの社会保険労務士でいるのは勇気がいる第1回目の試験はパスした第2回目の試験も知らん顔をしていたが、第3回目に及んで、気持ちがぐらつき始める。取り残された気持ちが強くなった。しかしそれでも踏ん張って受けなかった。4回目は観念して受けることにした。試験は公式な講習を受けないと受験できないのだが私はその講習を受けている間に申し込むべき受験申込を忘れた。4回目は講習だけ受けるという結果になった。5回目、試験だけを受けた。このおかげで、試験前の公式講習の内容と勉強方法は分かった。受験勉強の取組み方も分かった。ここまで分かったのだからこれでいいと決めた。合格はしたが、登録はしないで置こう。そこで私はまだ特定社会保険労務士ではない特定社会保険労務士の有資格となる
2010年06月05日
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電子申請について、全国社会保険労務士連合会は開業社会保険労務士になにがなんでも電子申請をしてほしいと熱望しているしかしそれで、なにが変わるのだろうなにが起こるのだろう私たちになにかいいことはあるのだろうか顧客にとって、申請を紙で出すのか、磁気で送るのかは、ただの手段でしかないから、どうでもいいはずだ。むしろ紙の方がイメージが残って喜ぶはず。それなのにどうして連合会は私たちの尻を叩くのだろう。私はまだ、張り切って多くの時間をさいてまで電子申請をやる必要はないと考えている。でも、電子申請を知らないからそう思うのかも知れない。やる必要はないが、知っておく必要はあると感じている。そんな煮え切らない気持ちがあって昨日の研修会へ参加したというわけだ。
2010年06月04日
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支部研修会に参加した。研修プログラムに算定届の電子申請方法というのがあったので参加した。支部会・研修会、合計4時間のうち最後の30分に電子申請の説明があった。それは、電子申請を理解し、知り尽くしている者が、自分のイメージの中で全力疾走したというものだった。テキストに電子申請ソフトのウィンドウ写真を次々に載せここをクリックする、ここは「OKボタン」を押すなどとと説明している説明される方は自分はいったいどんな状況でなにをしているんだろうクリックするとなにがどうなるんだろう、と霧と闇の中で手探ぐりをしている感じなのだ。いくら説明されても、まったくイメージがわいてこない。これを超スピードで説明されたら、もうお手上である。私は10分ほど聴いてあとは追うのをやめた。講師は説明終了後「かなりの駆け足でしたが以上です」と言い、責任は果たしたぞ、というホッとした顔つきで着席した。これまでの電子申請に関する説明会とまったく同じだ。電子申請の説明会はいつもこのパターンなのだ。しかしこれは彼らが悪いのではない電子申請の説明とはこういうものと思いこんで疑わないスタッフとこんなものなんだろうと思っている私たち両方がいけないのだ。でもこれではいつまでたっても電子申請は普及を阻まれる普及の意義が、ツールである説明方法に阻害されているからだ。いま双方がここから抜け出さない限り、一部の硬い意志の持主と、根性と情熱のかたまりの者以外には電子申請は活用されないのだろう。
2010年06月03日
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