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私たちの町会に隣接した農地の区画整理が行われて宅地に変わった。別に隣接した某社の社宅用地が戸建用地に開発されることになった。元農地にせよ元社宅用地にせよ、これまで、どこの町内会の範囲でもなかったのだが、その土地に家を建てた人からすれば、近隣と仲良くしたいという気持ちで町内会に入れてほしいと考えるのも当然であろう。ところが、それを受け入れるべきかどうかとなると、さまざまの意見が出る。道路との関係、他の町会との関係、戸建かマンションか、賃貸かどうか・・・・・。状況をどう認識するかは必ずしも一致しないし、しかも、その意見の違いは、残念なことに必ずしも是々非々の姿勢にもとづく違いではなくて、今の町会執行部が気に食わないとか、別のことで意見が違ったからとかといったことも影響するようである。町内の揉めごとというのは、24時間、365日、住み続ける限り、意識せざるを得ないので困る。
2005.01.28
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私たちの町会に隣接した約5000平米の土地を宅地に開発する計画が進んでいる。その中で、50坪前後の公園ができるそうだ。提供公園というらしい。ささやかなスペースではあるが、これまで公園はもちろん適当な空地がなかったので、小学生たちの集団登校の際の集合場所になるだろうし、幼児やシニアーをはじめ、地域のコミュニケーションのための場所にしたいと思う。でも、土地と費用を負担する開発事業者、管理する行政の両者で出入り口や植栽、遊具、照明などを協議し、使う立場にある地元はその結果を聞くだけでしかないというのが通常であるらしい。大げさな言い方をすれば、街づくりの一部として、市民、住民の意向を出発点にして計画することこそ本来であり、地域は地域で単なるエゴに傾かないよう自戒するべきだと思う。それはともかく、いくら面積の小さい「幼児公園」だといっても、滑り台、鉄棒というような遊具の組み合わせは、今どき、いかがなものかと思うのだが・・・・・。
2005.01.25
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ひさしぶりの日記。 中学の同級生12名で2泊3日の沖縄旅行をした。最終日の今日は、私と女性二人だけは別行動で、定期観光バスの南部戦跡めぐりへ行った。ひめゆり平和祈念館で今はご高齢の元ひめゆり学徒のご婦人が、60年前の沖縄での戦争のことを淡々と見学者に話しておられたのが印象に残った。 摩文仁の平和祈念公園へも行って二十数万の人たちの刻銘版「平和の礎」の中から遠い親戚の人の名を見つけ出したのだが、サミットの際に建設されたとかいうすぐ近くの資料館が新しく、しかもリゾート風であるせいか、そのあたり一帯が奇妙に明るい雰囲気だった。 一昨年、やはり、ほぼ同じメンバーで行ったタイのカンチャナプリの近くでバスの中から旧連合軍捕虜の墓地を見たときのショックを思い出した。
2005.01.22
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