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シドニー シェルダンが亡くなった。89歳。20年くらい前のことだろうか、文庫本で読んだ「裸の顔」が面白かったので、それ以来、彼のペーパーバックが出るたびに買って読んでいた。わからない単語があっても辞書は引かない。翻訳でも日本の小説でもそうだが、ボクは、あまり考えずにストーリーと登場人物の面白さを追いかけて読む方だからだ。そういう読み方をすると、シドニー シェルダンの小説は実に面白い。わからない単語が出てきても気にならないし、魅力的な主人公、特に女性が登場して楽しい。MASTER OF THE GAMEを、何度、読んだことだろう。この「ゲームの達人」は、図書館で借りた「超訳」も読んだ。Jamie McGregor とKate Blackwell の賢さ、たくましさ、そして狡猾さ。まさに、エンターテインメント。これまでわからないままにしていた単語があるせいだろうか、読むたびに発見があるのも楽しい。ボクの大好きなベストセラー作家の死を悼んで冥福を祈るとともに、機会があれば、THE OTHER SIDE OF ME も読んでみたいと思う。彼は、彼のOfficial Web-siteで次のように書いている。"My memoir, The Other Side of Me, is now in bookstores, and I hope that you all enjoy reading it as much as I have enjoyed living it! ”
2007.01.31
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昨日午後、市民会館で開かれた「憲法九条を守る市民の集い」に参加した。誰からか誘われたわけではなく、たまたま、あるMLで知って、バスに乗って出かけたもの。1200の客席がほぼ満席。昨年の4月、政令指定都市発足記念式典の「第九」演奏会のときは、七分どおりだったから、かなり多い。ボクのような「九条を守りたいとは思っているものの何もしていない」者にすれば、少々ビックリするくらいの参加者の数だった。メインは、鶴見俊輔さんの記念講演「人類史に輝く憲法九条を考える」。約1時間の講演のかならずしもすべてを聴き取ることができなかったのが、シニアーの悲しさだが、終わりに「あの大きさの規模で殺戮しあってきた生物は人類だけだ。」という意味のことを力を込めて述べられた。だから「人類史に輝く憲法九条」なのであろう。戦後レジームからの脱却などといわれている昨今、この一言を胸に響かせることができただけでも、来てよかったという気持ちになった。鶴見さんの講演の前に、この街で生まれた与謝野晶子の作「君死にたもうことなかれ」の合唱曲(新曲)が披露された。市内のいくつかの合唱団から参加した特別合唱団の演奏である。その男声の中に、同級生のN君がいたように思ったのだが、会が終わって、ロビーのあたりと、バス停の近くで、それぞれN君によく似た別人を見かけたので、錯覚かもしれない。これも、シニアーの悲しさではある。
2007.01.29
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今朝、いつもの集団登校集合場所の公園で、子どもたちと久しぶりにオニゴッコをした。小学生の男の子は1年生でも、すばしっこいし、足も速い。六十といくつかの年の差はどうしようもない。以前、追いかけそこねて転んでしまってからは、自重していたのだが、1年生のNUクンと2年生のKクンが、ボクに近寄ってきてジャンケンというものだから、逃げるわけにも行かない。ジャンケンも負けてしまった。公園の植え込みとフェンスをはさんで、公園の中と外側の道路が戦場だが、普通に追いかけていたのでは、追いつかない。悪戦苦闘していると、見ていた5年生のNAクンが、ボクにジャンケンを申し込んできた。オニゴッコに参加しようということだ。願ったりで、ジャンケンにも勝ち、そのあとは逃げる方に回って、駆け回っているうちに集合時間が来た。汗ばみながら、登校する子どもたちを見送っていて気がついた。5年生のNAクンがボクにジャンケンを申し込んできたのは、どうやら、1,2年生を相手に悪戦苦闘しているオニのボクを見るに見かねてのことだったのだ。「オヌシ ナカナカ ・・・・・!」である。
2007.01.26
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ボクの家では、「M樹のウメ」と呼んでいる紅梅のつぼみがふくらんできた。去年、アップしたのが2月中旬だったことからすれば、3週間くらい早い。孫のM樹は、4月には6年生。バスケットとボーイスカウトで忙しいようだ。
2007.01.25
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先日の日記にも書いたのだが、ボクたちの街の一部に隣接して5階建ての賃貸マンション(店舗つき)が計画されている。いわゆる投資用マンションである。もちろん法令の認める基準の範囲内で計画されているものだから、周辺の住民は、たとえば駐車場の台数の上乗せを求めるとすれば、お願いベースになる。今回の開発者は個人であり、柔軟に対応してくれてはいるのだが、投資用の賃貸物件というのが困る。この計画によって出現する建物の寿命は、5年、10年ではなく、30年、50年、いわば半永久的に続くものであるだけに、計画の段階でしっかりとした約束をして、その履行が保障されることが望ましいのだが、オーナー、管理会社が変わる可能性があるし、協定の中で地位の継承に関して定めるとしても、現実に変わってしまうと手が打てない。違約金を定めて公正証書として協定することも考えられなくはないが、相手側がそのような協定を結ぶ可能性はない。開発、建築に関する法令で定められた基準は、最低限のものとされている。しかし、現実にはそれが満たされていさえすれば、それを上回る内容を実現することはなかなか難しい。収益計算が先行して計画される投資物件の場合は、なおさらのこと。その中で、基準を上回る内容を実現し、街の環境を維持しようとする住民の努力を、行政が、支援、保障してくれてもいいのではないか、とつくづく思う。
2007.01.23
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昨日午後、スクールバスで20分くらいのところにある自動車学校で「高齢者講習」を受けた。約1ヶ月前、この3月の誕生日に運転免許の期間が満了するので、あらかじめこの講習を受けておかなければ更新できないとの通知が来て、予約していたものだ。案内された教室の入り口には、「違反者講習、高齢者講習」の表示があったのにはいささか心外の感じがしないでもなかったが・・・・・。同級生?は13名、大阪府の場合、70歳以上だし、どうやら年齢順の席らしくて、ボクは最下級生のようだが、ある方は、終戦の少し前に満州の部隊でトラックを運転していたとおっしゃっていたから、おそらくは80歳超、ほかに、高齢者講習3回目という方も居られた。皆さん、ナカナカのお元気、毎日、4WDで写真を撮りに行っているという方も居られるし、静止視力1.4の方も居られた。見た目ではお年寄りだが、たいしたもの。講習の内容は、検査やシミュレーション、コース運転、ビデオといったメニューだが、たしか、3名の方が、オートマチック車を運転したことはほとんどないとおっしゃっていた。コース運転が終わったあと、ボクに「Kさん、この自動車学校のコースの速度制限は?」と、先生から問われたが、答えられなかった。「30キロ」と答えた人も居るが、本当は35キロだそうで、結局は誰も標識に気づいた人は居なかったということ。最後の講義の中で、自動車学校の先生が、心身機能の変化の例を挙げて、「今からは、これまでよりも速度を少し落としてください。」とおっしゃっていたが、思い当たることが多いだけに、心せねばならないことだと思って聞いた。
2007.01.16
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30日から来ていたU佳が、昨日午後、両親たちの家へ帰った。ANAの「キッズ楽のりサービス」を利用して、伊丹空港のゲートで別れたのだが、そこは慣れた一人旅、チラッとこちらを見ただけでANAのお姉さんに連れられて消えていった。こちらはといえば、ヤレヤレとは言うものの、家へ帰ってもしばらくはファンヒーターのスイッチを押し忘れているくらいの虚脱状態?。かろうじてU佳の荷物を宅急便で送ったりはしたものの、なんとも精のないことだった。そして、今日は気を取り直して、町会の仕事に励んだのだが・・・・・。昨年11月下旬ころから、ボクたちの地区の一部に接して5階建ての店舗つき賃貸マンションの建築が計画されていることがわかった。年末には説明会も開かれた。いわゆる投資用マンション。ボクたちの側はすべて2,3階建ての戸建住宅。高さ規制のない地域のことでもあり、しかたがないとは言うものの、店舗、入居者のことはもちろん、駐車場の台数、管理、隣接家屋の日照、プライバシーなどなど、考えてほしいことはたくさんあるし、開発者側と何らかの約束ができるとしても、10年、20年単位の長期にわたる実効のある約束をしてもらいたいと思うのも当然のこと。とりあえず、計画建物に隣接して住む人に、先方への要望事項をまとめておいてほしいとお願いすることから始めたのだが、町会の中には、説明会での先方の説明に納得できず、マンション反対という人もいるし、足並みをそろえるのは大変のようだ。来年度の町会長の選考が難航している。今年度は、最終的に引き受け手が見つからず、ボクの任期を1年延長してつないでいるのだが、ボクのようにリタイアしている人が居なくて、仕事を持っている人の場合は、お願いしてもご事情があったり、同じ町内のことだから順番などを考えて遠慮したりして、ナカナカ引き受けてもらえない。ほとほと疲れてしまった。今日も、12月はじめごろからお願いしているかなり若いMさんと膝詰めで話をしたのだが、Mさんから「ボクの今の年齢のころ、Kさんの仕事は町会長を引き受けられるような状態でしたか?」と反問されて絶句した一幕もあった。困った・・・・・。
2007.01.08
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明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。30日からボクの家に来ていたM樹(小5)が、今日午後の新幹線で家へ帰った。もう1人のU佳は、7日午後まで残ることになる。M樹は、地下鉄、新幹線、横浜線を乗り継いで、1人で帰るつもりだったようだが、念のために新大阪まで見送ったところ、地下鉄を出ると急ぎ足になって、いつの間にか姿が見えなくなった。仕方なく新幹線の改札口あたりで待っていると、ジジババと妹のU佳の入場券を手に持って現れた。どうやら、地下鉄の中から考えていたことのようだ。家を出るときに宅急便代を置いていこうとしたことといい、大人の振る舞いをしなければ、と考えたのだろう。そのM樹は、昨夜遅く、ボクのツレアイが入浴を済ませるのを待っていて、「ハワイにお骨を捨ててほしいといっていたけど、そんなことを言わずに、長生きしてほしい。」と言ったらしい。実は、以前から、自分たちの墓のことで悩んでいたところ、ご近所のHさんご夫妻が、お母さんのお骨の一部を、前にいっしょに行ったことのあるホノルルの海岸の大きな樹の下に埋めたというお話を聞いていて、「お墓は無しにして散骨してもらおうか」 などと冗談とも本気ともつかぬ話をしていて、この夏、M樹たちと行ったハワイ旅行の思い出話の中にそれをはさんだところ、ツレアイの持病のことも思い合わせて、すっかり深刻に受け止めたもののようだ。子どもから大人になる難しい時期にさしかかりつつあるようだ。マダマダ幼いはずのM樹の思いがけない面を見た思いである。新しい年、M樹からジジババがもらったお年玉と言えよう。1人旅をするM樹に、新大阪駅のホームで「気をつけろよ、ガンバレ!」と声をかけてハイタッチをして、「500系のぞみ」のデッキに送り込んだのだが、ボクの方がウルウル気味だった。不覚にも・・・・・。
2007.01.02
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