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『私は今日を以て最愛の諸君と御訣れをすることにした。私は昭和17年11月、彼我戦争の勝敗の帰趨将に定まらんとする重大なる時期において、軍司令官の要職を拝し、(中略)然るに部下将兵が萬難に克ちて異常なる奮闘に徹し、上司また(中略)に拘らず、私の不敏の故を以て能く其目的を達するに到らず、(中略)罪万死も猶足らずと存ず。又 此作戦の三年間、十万余の青春有為の将兵を喪い、而かも其大部分が栄養失調に起因するものなるを思う時、御上に対し奉り何とお詫びの言葉もなく、只々恐れ入る計りなり。又私は皇国興廃の関頭に立ちては最後の血の一滴まで捧げつくして奮闘に徹することを我等軍人の常の道なりと信じ、打続く戦闘と補給難に極度に疲れ、 飢え且衰えたる将兵に要求するに凡そ人として堪え得る限度を遥かに超越する克難を以てせり。而して全将兵が之に対し黙々として此命令を遂行しつつ力尽きて、花吹雪のごとく散りゆく姿を眼前に眺めし時君国のためとは申しながら、吾胸中に湧きかえる切々の思は唯神のみぞ知るべし。(後略 )』 これは、先の大戦中の1942年11月からから終戦まで、ニューギニア東部(現パプアニューギニア)で米、豪軍と戦った第18軍の司令官安達中将が、1947年9月、豪州軍による戦犯裁判の終了と拘留中の部下の釈放、最後の帰還船の見通しが明らかになったのを機に、収容所内で自決した際の遺書の一部である。 『制海、制空権は、完全に敵のものとなっている。補給は杜絶し、激戦の連続で、現地自活のメドも立たない。恵まれているときでも食糧は定量の半分、乏しくなれば米粒を数えて分配するという状況で、カロリーは必要量の1/10から1/20.ひどいときは絶食である。とくに19年8月から終戦までは、食糧補給は全く不可能であった。このようにして戦った2年9ヶ月、兵員の補充も交代も許されない。戦死者はじつに多かったが、営養失調とマラリアによる死者もおびただしかった。ニューギニア作戦に参加した総兵力14万のうち日本へ生還できたものはわずかに1万足らず。その生還者は、心身ともボロボロになっていた。』『 』内はすべて 1989年1月発行の【愛の統率 安達二十三 第18軍司令官ニューギニア戦記】(著者 小松茂朗 発行所 株式会社光人社)から引用したものである。 先の大戦では、ガダルカナル島に「餓島」の字をあてたように、餓えに苦しみ、ついには亡くなった兵士がきわめて多いといわれている。その悲惨さと亡くなった兵士の無念さは、いかほどであっただろうか。この人たちには「過ちは繰返しませぬから」と詫びることしかないのではなかろうか?
2014.08.29
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6月の初め頃、庭のブーゲンビリアに花がつき始めた。冬枯れていたので心配したのだが、しばらくのうちに、透明感のあるピンクの花が満開状態となった。2ヶ月半経った今は、もとの枝の花が枯れて、あとの枝についた花がそれぞれに開いている状態。長く楽しめるのがうれしい。この花は、シンガポールへ行ったときに、知人から頂いた花束の中にあったピンクの花があまりにステキだったので、帰国後、鉢植えを買ったのが始まり。30年以上も前のことだ。 ところで、ウィキペディアによると、赤道の南、南太平洋のブーゲンビル島が、植物のブーゲンビリアの原産地という関係ではないらしい。ともに18世紀のフランス人冒険家ボーガンビルにちなんだ名で、植物のほうは、世界周航の途中のブラジルで見つけたものであり、島のほうは、近くを航行したことから名づけられたそうだ。 フーゲンビル島は、現在、パプアニューギニア(国)の一部。この国は、面積世界第2の島といわれるニューギニア島の東部、さらに東のガダルカナル島とともに、前の戦争で多くの日本軍兵士が犠牲になった。「墓島」「餓島」といわれるほどの惨状・・・・・。 「終戦の日 戦没者追悼式」 の式辞で安倍首相が、「過日、パプアニューギニアにて、ジャングルで命を落とされ、海原に散った12万を越える方々を思い、手を合わせてまいりました。」述べた。厚生労働省資料「地域別遺骨収容概見図によると、パプアニューギニア国の東部ニューギニアの戦没者が127,600名であり、別にビスマーク・ソロモン諸島が118,700名と記載されている。パプアニューギニア国のブーゲンビル島とニューブリテン島など、さらにはソロモン諸島(国)のガダルカナル島の戦没者がそれであろう。つまり「12万を超える」方々のほかに、その近くの墓島や餓島、ニューブリテン島など、ジャングルと海原で過酷な生涯を終えた多くの方々のことも忘れてはならないと思う。
2014.08.20
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わが家のゴーヤは、苗を植えて約10日目。身長?は120cm程度、実はもちろん花芽もまだ。 苗を植えるかどうか迷っていて、結局、植える側に背中を押したのが、ご近所のI夫人から頂いた「ゴーヤのふりかけ」。とても美味しかったし、レシピにかなりの量のゴーヤを使うとあったこと。7月の20日過ぎにもなれば、あちこちのホームセンターではゴーヤの苗は売っていない。たまたま、近くのデパートの野菜売り場のゴーヤの横に並ぶ20cmくらいの苗を見つけて、1本だけ買ってきた次第。植えれば植えたで、いろいろと気になるもの。何分にも、炎暑の頃。直射日光でぐったりしている葉を見ると、すぐにスダレを架けてやったり。「老害」の気配?かもしれぬなどと思いながら・・・・・。
2014.08.01
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