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青い光が見えたから(16歳フィンランド留学記)講談社1600円たまたま本屋に平積みされていた上記の本を手にした。高校からフィンランドに留学し高校を卒業し,さらに大学に進学した留学記である。自宅に帰る電車の中で読み始めたが,目頭が熱くなり,回りの人の手前,かっこう悪いので本を閉じて,仕事場で読み終えた。まったくフィンランドの教育は,日本と異なっている。フィンランドでは単位制で,原則3年で卒業するものが多いが3年半,4年,反対に2年でも卒業できる。単位制なので,沢山受講するためにまた確実に学力をつけるために4年で卒業することは何ら問題はない。考える授業表現する授業生徒の目線で行われる授業フィンランドの高校は興味深い。この本を自宅に持ち帰り,そっとリビングに置いておこう。我が家の子供たちにこの本を読んで欲しい。・・・・・・・・・・・・・子供の可能性を考えると上記の留学生のフィンランドとの出会いは大変幸福なことだ。日本にいては,考えられないような質と量の勉強を可能とした。夕食の後,あん子にこの本をすすめた。上記の留学生の親は,たいへんたくましい親だ。この留学生は,中学時代,教師が体罰で簡単に生徒を叩くことについて,フィンランドの高校で報告した。フィンランドでは教師が生徒に体罰を加えることは,全くあり得ないということだ。体罰を加えれば,直ちに刑事事件になり,解雇されるという。
2007.03.31
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先日,大学のOB会にいた,現役の学生から私の仕事場を尋ねたいとの電話があった。ところでこのOB会はほとんどいかない。指導教授が退官するというので,今日の私は指導教授の存在抜きにしてはあり得ないので,恩義に感謝するために違和感のあるOB会に行ったのである。 みんな「りっぱな人」ばかりで私と関心事がことなり,会話が成立しない。無理して会話をしなけれはならないのである。たまたま出席したせいか,わたしにもスピーチが廻ってきた。今やっていること,関心があることを述べた。憲法9条の平和の配当として生活保護を考えている。平和憲法を守るために日常的に生活保護の問題に取り組んでいるというようなことを話した。こんな話に学生が興味をもったのだ。4月に大学を卒業するもの今度4年生になるもの今度3年生になるもの3人がくる。思えば,彼らの年代,毎日不安な日々を過ごしていた。今は偉そうなことをいうが,未来への保証がない勉強をしていた。おそらく今日来る学生らも何かを求めて来るのだろう。まあ,今日は極力健全な教師になるつもりだ。大きな大志をもって,勉学をすることをすすめたい。ショック療法になるかなあ。
2007.03.27
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昨日のパリーグの開幕戦,ぽん太らは,友達は楽天と西武の試合を見に行った。朝9時に出かけ,帰って来たのが,午後6時過ぎだ。疲れたと言って帰ってきたので,今日は休みなさいといったが,ぽん太はこれから,スイミングに出かけた。8時過ぎにスイミングから帰ってきた。夕食のとき,中学のクラブの話になった。「ぽん太は,一応音楽ができるので,ブラスバンドでキーボードでもやったらどうか。水泳部を作っても,部活が3時から6時6時から8時までスイミングじゃ疲れるぞ。勉強できないぞ。」「勉強やる,水泳部を作りたい。お父さん,水泳部をつくって。」「水泳部を作るのは他,ぽん太だ。校長先生と交渉することは,仮に水泳部ができなくても勉強になる。どうしても作りたいのなら,校長先生にお願い書を書きなさい。とうさんが添削してあげる。」今のぽん太の生きがいは水泳のようだ。母親は部活は適当にして,勉強をして欲しいようだ。私も,勉強をして欲しい気持ちがあるが,一生で1回くらい,がむしゃらにやってみたいことをやってみることもいい気がする。(内心,勉強ばいつでもきると言い聞かせている。)ぽん太が,願い書を書いてきた。これに赤鉛筆で添削した。この添削した原稿をパソコンに入力するよう助言し,パソコンで文章を完成させて,パソコンの文章を見本に手書きで清書することを指導した。「どうして,パソコンをプリントアウトしてだめなの。」「大人が作った文章と思われる。また真心の文章は,やっぱり手書だ。」
2007.03.25
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「僕の将来の夢は,音響エンジニアになることです。演奏家に好かれるホールを造りたいだす。」とぽん太は,校長先生から卒業証書を貰う際,壇上で宣言していた。生徒の夢の宣言は,当日の冊子にも書かれている。冊子の内容を宣言する訳である。途中で,先生が名前を続けて呼んだ子がいた。私は,病気でやむを得ず休んだのか,思った。式後,妻に「今日休んだ子がいたね。」「○○君よ。今,所在不明よ。」「○○君か。前,ぽん太と同じクラスで,お父さんが日本人,お母さんが○○人でお母さんと二人で暮らしていて,突然いなくなった子か。」冊子には「世界中の人々が人種差別のない,みんなが幸せになれるような仕事がしたいです。」と書いてあった。文字どおり,○○君は差別を体験していたのだろう。事情があり卒業式にも出れなかったのは,かわいそうな気がする。少し前,ぽん太と家を探したことがあったが,アパートの表札は他人の名前になっていた。ぽん太と同じクラスだったら,多少お節介を焼けることもできるが,ただ,同情するだけだ。本当は○○君には,勉強をして欲しい。その逆境を勉強して超えて欲しい。以前,我が家に遊びに来て,我が家にあった本ばかりを手当たり次第に読んでいた女の子は「私の将来の夢は,作家になることです。楽しい本を,たくさん書きたいです。」と冊子どおりに宣言していた。母親が離婚して,母親の実家に帰っていた子だった。壇上で宣言する姿は,成長を物語っていた。それでもやはり○○君はかわいそうだ。卒業式ぐらいみんなと一緒の思い出をつくらせてやりたい。こんな願いが親御さんに通じないのは,悲しいことだ。
2007.03.22
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ぽんたは,昨日も学校を休んだ。学校に置いてある私物をもって帰ることになっていた。夜,9時ころ学校に先生はまだ仕事をされていた。教室から荷物を引き上げる際,「先生がこんな時間まで仕事をされて,いう言葉がありません。先生のこんな勤務実体を知ったら,教員の志望者がなくなるのではないですかね。まして,最近,先生に対する規制を強化したいという話ですし。」「そうですね。教員希望者は減っているようです。でも,子供が好きだから教員をやっているのです。」先生に,この1年でぽん太がめざましく成長したお礼を申し上げて帰った。先生には大学生になる娘さんがいて,教職課程を取っているということだ。家に帰ったら,卒業の文集があった。生徒から先生への通知表もまねした評価があった。伸びる芽美人度 ☆教え方 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆・・・・ 今朝,ぽん太,36度代に下がった。明日の卒業式には,堂々と出れそうだ。文集の他の子供の記載の中に夏の市の水泳大会に向けたぽん太との練習,大会でのぽん太を含んだ団体の新記録でメダルを貰ったことの記述があった。こんな記述からも,ぽん太たちの楽しい小学校生活が想像される。
2007.03.21
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昨日は,ぽん太の発表会だった。ぽん太は土曜日に朝,熱を出し,寝込んでいた。発表会は,日曜日正午からだ。各課程の卒業式があるので,本来,ぽん太も11時まで会場につくことになっていた。前日,母親が先生に発表会は休むかも知れないと電話していた。朝,先生から最終確認があった。母親は熱が下がらないので,休むと伝えて,10時前に会場係の仕事のために家を出ていった。私は,プログラムを検討した。ぽん太は1部から4部までの1部の14番目だ。入門者から始めるので一人の演奏時間を2~3分として,12時30分までに会場に入れば,演奏できると考えた。そうすると,自宅を出るのが11時30分がリミットだ。姉が,ぽん太どうすると聞いてきた。「11時まで,ずっとぽん太を寝かし,起こして弾かせてみる。その結果,決める」と応えた。11時に起こした。ぽん太に弾かせた。一応引いた。何か力が入らないというようなことを言っていた。「今日は行かない。」といって,練習後,べっトに入った。姉は,ぽん太に「途中で止まってもいいから,出た方がいいよ。」と説得し続けた。ぽん太は布団の中で「行かない。」と猫のような声で応える。「ぽん太,世の中で,病気でもやらねばならないことがある。お父さんも39度の熱があっても,大事な仕事はやってきた。」そうすると姉も「○○ちゃんも39度の熱があるのに期末試験うけたよ。」と口添する。「ぽん太,今日演奏すれば,本当にヒアノが好きだという証拠になる。いつも,ママから,辞めろ辞めろといわれている。今日でないともう,辞めることになるかも知れないぞ。」「辞めない,続ける。」私は,大きな声で怒った。「日ごろ,ぽん太がチンタラ練習しても怒るつもりはない。諏訪内晶子さんも,コンクールで高熱のことに優勝した。12月から,練習をしてきた,今日は成果の発表会だ。10分だけ,でばないか。」「いかない。」私は,さらに大きな声で怒鳴った。「お父さんは,もうピアノのレッスン料を出さない。」とぽん太は布団の中で泣きだした。鳴き声で「やるよ。」と応えた。時間は12時を周りかけた。ぽん太の発表会の,洋服と靴を手にもって,ぽん太は車の後ろ姉は,前の助手席に座った。車の中では,ぽん太はけろっとして,発表会に出る様相になった。姉からパンフレットの簡単な地図を道路地図に照合しながら,車を走らせた。初めての場所だが,12時30分に会場についた。ぽん太は車の中で着替えた。ホールの入り口に走った。受付の人に,「14番の○○ぽん太です。間に合いますか。」7番目の人が演奏をしていた。しばらくして「14番の○○ぽん太さんは,欠席とアナウンスしましたが,演奏します。14番,○○ぽん太さん,バッハ『イタリア協奏曲』です。」どんな足どりで,出てくるか不安だった。確かな足どりでビアノの前に進んだ。ぽん太が病気なのは,外形的にはわからない様子だ。約1時間前は,布団の中で「弾けない」と寝ていた。しばらくして,弾き終えお辞儀をして袖に消えた。途中,止まらず,先週のリハーサルよりも力強く,繊細に弾いた気がする。演奏後,急いで帰宅し,ぽん太は,寝た。今朝,熱が下がらなかった。病院に行った。インフルエンザA型,溶れん菌のダブルの病気の熱だそうだ。学校を休んだ。夜,ピアノ先生からFAXが入っていた。「○○君,プロの演奏家のように病気でも演奏をし,穴を空けずに完奏たことは,すばらしいことです。これはやり遂げる自信になったと思います。また,演奏した子供たちには,○○君は,熱があるのに,弾きに来たよと,話しました。よい教育の見本になりました。・・・・」ぽん太も,私に無理やり起こされて,演奏させられたことについて,おもしろくなかっただろう。しかし,ビアノの先生から,ぽん太をほめるFAX,が来て,努力することガンパルことの意義を判ったくれたかも知れない。
2007.03.19
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いよいよ日曜日ぽん太のビアノの発表会だ。当然,姉も聴きに行くと思っていたが,こんなことをいったので,諭した。「日曜日,遊ぶ約束をしたので,ぽん太の発表会は行けない。」「ぽん太は,他人じゃない。家族の一員だ。いっくら下手くそでも。ぽん太なりに一生懸命やっている姿を見てやるべきだ。」「ビデオをみるからいいじゃん。」「家族が聴いていること,これがぽん太の張りやいだ。」姉も納得したようだ。ぽん太にいった。「ぽん太,これからの発表会は,これが最後になるかも知れないと全力でやらなければならないよ。中学が忙しく,やめることも予想されるから。」このようにぽん太に忠告しているといつものように母親はつまらんことをいう。「もう,やめなさい。」「やめない。」とぽん太も答える。さあ,ぽん太,小学校の最後の花だ。バッハの「イタリア協奏曲」の花を満開にして欲しい。
2007.03.17
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仕事場は,ある駅の前の建物の中にある。今,この駅前の整備が進んでいる。その中の著しい華美な建物が建った。パチンコ屋である。大抵の駅前にはパチンコ屋がある。最近は,パチンコ屋にスロットというものもある。パチンコ、スロット依存症になった人に聞くと昨日までは負けても今日は勝つと思ってやるそうだ。人を依存症にするのは,人為的な要素がある。人の射幸心を刺激するために確率及び配当率を高くすればよいという。人は一度,バカ勝するとその「成功体験」が頭に刷り込まれるそうだ。このパチンコ屋が繁盛するということは,本来,家庭にあるいは子どもに廻るべき,お金がここに吸収されてしまうということになるのであろうか。
2007.03.16
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ときどき勝手なことを想像することがある。大学に入学したとき,キャンパスにはいろいろなサークルが募集をしていた。その中でヨット部とフォークソング部が興味を引いた。ヨット部は,合宿場で寝泊まりをしながら,生活するものだ。良く聞くと,原則として学校の授業は受けないというものだ。一応大学では勉強をしにきたので,入部をやめた。フォークソング部の募集をしている人々が軟弱すぎる様でやめた。私がフォークソングに興味を引くのは,自己主張があったからだ。ところで,昨日,小椋佳のビデオを途中まで早送りで見た。高学歴の上,一流銀行に勤務し,さらに大学に復学して政治学の勉強をした。しかし,作曲される曲は,なにか女々しい。共感ができない。もっと,人間の深みに入った歌を作ることはできないのだろうか。そんなとき,私に作曲の能力があれば,願うことがある。私が歌う歌は「遠い世界」「戦争を知らない子どもたち」「イムジン河」私に作曲の能力があったら石川啄木のような歌を作りたい。
2007.03.15
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食卓の真ん中に,一輪差しの花瓶のような実験道具「フラスコ」が置いてある。・・・・・昨晩ぽん太が,フラスコに水を入れて,このフラスコで黄色いガーベラの小さな鉢に水をやっていた。日曜日,買い物のついでに,ぽん太に花を買ってやったのだ。机の横に置いて置いたらといった。母親は,「もっと沢山買ってくればよいのに」といっていた。私は,ぽん太にだけ198円の鉢植えの花を買ってやったことに意義があると思っている。198円だから,姉のあん子はしっとはしないだろう。でも,ぽん太には,自分にだけ,花を買ってくれたことの意味を理解して欲しい。(あん子には,花粉症用の子ども用のマスクを買ってやった。)
2007.03.13
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昨日は103(とうさん)の会3月の定例会があった。思えば,5年前の2002年5月にPTA (父母と先生の会)にの総会に父親部会を作って貰いたいと提案したのだ。当時の役員は,どういうわけか,父親部会に反対だった。そこで,議案提案書を作成して,全面的に総会で当時の役員と対決するつもりだった。私は,いいことをするのであって,およそ総会に掛けないことは納得できなかった。この勢いの結果,新しい役員予定者は,PTAとして提案したいと意向を示されて,ここに,父親部会が誕生した。当初は5名からのスタートだった。昨日までに22名に拡大した。昨日の定例会は,私のこころの中で103の会の卒業式だった。現会員の人に創立時の資料を整理して「これは私の遺言書です。」といって渡した。この103の会を次の人に引き継いで貰った。手前味噌であるが,これは,私が生きてきた軌跡,成果物であると思った。(少し,目頭が熱くなった。)「2分の1成人式が将来この103が行えることを願っている」とを申し添えた。ぽん太の卒業とともに私にとって思い出深い,103の会も卒業だ。
2007.03.11
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社会はまだまだ,週休二日制が実現していないところがある。労働者なら,法律違反である。先日,労働者の相談を受け,会社を訴えことがある。会社の言い分は,法律違反であることは知っているが,お客さまのサービスの点,そもそも能力がないから休みが取れないと労働者の責任だと弁解をしていた。こんな弁解は社会には通じない。しかしながら,生きるためには,こんな会社でも仕事をせざるを得ない人々がいる。おそらく家族のために,耐えていると思う。これに対し,子どもには,週休二日制は公立の学校では実現されているが,私学では,父兄の要望として,依然土曜日も授業のある学校があるようだ。我が家の子どもたちは,土曜日も学校に行きたいといっている。しかし,週休二日制は,時代,世界の流れだ。仮に休みを与えず,仕事をしたとしてもある面から,会社にとって利益になっているとみえても労働者の仕事の質は低下しているはずだ。そして,子どもにある面の学力はついたようにみえても失うものあるのではないか思う。
2007.03.10
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ぽん太が卒業すると我が家には小学生はいなくなる。少しさみしいなあ。我が家から幼稚園生がいなくなったときはほっとした。ようやくひとり歩きができると思ったのだ。ぽん太が中学を終える日どんな気持ちになるのだろう。これから日一日は体も精神を成長する子どもたちだ。第1幕誕生から入園前第2幕幼稚園第3幕小学校さあ,第4幕のはじまりだあ。
2007.03.09
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長女が毎日中学生新聞をとっているとき,1週間に一度池田晶子さんの文があった。簡単な文章ながら,本当にウンチクの深いものだった。先月の末に亡くなったという新聞記事をみた。残念だ。もう新刊本は見られない。(しかし,これまでの著作物が残っている。)悲しい気持ちの読者は多いはずだ。特に思春期の子どもたちにも影響を与えた人だった。私にとっても「こころの師」のひとりだった。(あなたは若くして亡くなったが,人々に豊かなこころを残した。ありがとう。)
2007.03.05
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ぽん太あてに,予備校からの案内がきた。都市銀行が,リテールといって,地方銀行,信用金庫等の領域に進出するように,中学生まで,対象し始めたのだ。授業には,中高一貫校のためのコースと,高校受験のためのコースがある。平日週3回,土曜日は理社午後7時から午後9時少し過ぎまで数学の内容を見てみた。中高一貫校の内容を見て驚いた。中2までで中学の勉強を終えて中3では高校1年生の授業をやるのである。高2までに,数学3までの授業を終える。これから6年間のコースだ。精進して中学に合格してほっとする暇もないことになる。特に第1希望の中学に進めなかった場合,リベンジとして拍車がかかる。・・・・・企業として,さらに利潤を得たい。先生を含む従業員にもっと賃金をださなけれはならない。新しく,商品を作って(授業を開設),消費者に買ってもらうことになる。需要を喚起,呼び起こし,商品を売りつけるのである。予備校の商魂はしょうがない。ある私学の校長の手記を読んだことがある。その私学では,塾は禁止である。学校の許可があれば家庭教師は許されるということだ。本来,この校長がやっているとおり私学の授業だけで,その私学に集ってきた子ども,親の希望を実現させてあげるべきである。しかしながら,中高一貫塾が存在し,また予備校までがこれに進出するということは,私学の授業に任せられないという現実が存在しているてのであろうか。・・・・・・ぽん太の場合についてぽん太はやっと2月にスイミングの選手コースに入れて貰った。今,一番水泳が生きがいのようだ。毎日,宿題もやらずにスイミングに行き8時15分ころ帰ってくるようだ。こんな状況では塾との両立はできない。・・・・・・勉強は強制されてするものではない。母親は強制してもさせるべきという。しかしながら強制された知識などは,使いものにならない。ほん太にとって,水泳は今しかできない。勉強はいつでもできる(と思う)。せっかくの『いのち』かけがえのない『いのち』ひとつしかない『いのち』その使い方には,ほん太の意志を尊重したい。・・・・・・おおまかにいうとある分野では勉学の限界に挑戦する私学の子どもたち体力の限界に挑戦する公立の子どもたちになり,私学,公立ではこの両立はますます困難になってしまうのであろうか。
2007.03.04
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昨日の午後,ぽん太の学校の卒業生の発表会があった。「千の夜をこえて?」の曲のピアノ伴奏をやった。1ケ月前は,今日の本番はどうなるか,心配したが,堂々と弾いていた。私は体育館の入り口の2階からビデオを撮っていた。階下には,母親の後ろ姿もあった。なんだかんだいって,母親もぽん太の演奏を聞きに来ていた。(内心,私以上に無事の演奏を祈っているたろう。)いずれにしても,ピアノをはじめて確か3年,しかもチンタラやっている割には,みんなの前で演奏する機会を与えて頂き,ありがたい限りだ。演奏後は,今度はたしか「ありかどう?」と言う歌を,スマップの真似をして今度はボーカルでスマップになりきって歌っていた。本人たちは上手に歌ったと思っているが,夕食時にビデオを再生したらまあ,子どもの学芸会レベルと思う。余興,余興という限りだ。これでぽん太の行事もあと卒業か。おっと,その前にピアノの発表会がある。何れにしてもぽん太の堂々とした学校生活を見ているとうらやましい。子どもが楽しく生きている姿を見ているとうれしくなる。少し,目頭が熱くなった。(私もあんな風な楽しい学校生活が送りたかったなあという思いからだろうか。)
2007.03.03
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夕方,少年から電話が掛かってきた。「ありがとうございます。少年院に行かずに済んだのは先生のお蔭です。お父さんから聞きました。裁判の前,先生は裁判官に会ってくれて,保護観察にして欲しいと頼んでくれたと,自分の知らないところで,先生が頑張ってくれていることを知りました。鑑別所の中で,先生だけが,自分に対し『自分のためにガンバレ』と言い続けてくれた。自分はそれを信じてカンバッタので,保護観察になれたと思います。」そして,お父さんと電話が変わった。「ありがとうございます。昨日は,○○と裁判が終わって寝るまで,話し通しでした。こんなに○○と打ち解けて話したことはありません。こんなにフランクに話したこともありません。いままで,仕事で家庭を省みませんでしたが,家庭の幸せは,お金に変えられない位の価値があることがわかりました。これから,学校に行き,校長先生と話合いに行きます。月曜日から後1週間しか中学生活はありませんが学校がいい言えば行かせてやりたい。怪我をされた相手にも今晩,○○を連れて謝罪にいきます。もし相手が会っていただけならば,○○を直接謝罪させます。」私は,父親に言った。「お父さん,お父さんが一家の要です。幸せな家庭を作る,作らないもお父さん次第と思います。」父親に電話に代わる前,少年に次のように言った。「天はきみに優れた運動能力を与えた。そして作文をする能力も与えた。今日から日記を書いて欲しい。自分を見つめて欲しい。いろいろて本を読んだり,体験をして欲しい。そんなことを日記に書いて欲しい。そして,ボランティアをやって弱い人の気持ちをわかって欲しい。そんな経験をしたら,きみは必ず立派な人間になると思う。」明日に生きる少年の○○君!明日に向かって今日を真剣に生きて欲しい。○○君に拍手(パチパチ)
2007.03.02
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今日,15歳の少年審判に同席した。少年は4週間,鑑別所にいた。学校では手に負えなかったらしい。そんな子もこの施設で内省を続けていた。この少年は内省が不得意な子だ。というより,家族と離れて一人でじっといることが耐えられないということだ。よく泣いているそうだ。鑑別所の技官,家庭裁判所の調査官短期間に少年及び少年を取り巻く環境を把握した。父親は仕事に忙しく子どもとの会話はない。母親は仕事の都合でよる7時以降の帰宅だ。塾が毎日あり,少年の帰宅と塾に出かけ,すれ違っていた。性格は,幼児的な自己中心的なものという。この性格と受験勉強のストレスと両親との会話の疎遠が非行の原因のようだ。少年は,将来の目標は夜回り先生のような先生になりたいといっていた。私は心理学の専門家ではない。この少年は,回りの環境を受動的に受け入れることは不得意のように思えた。母親との絆が著しく強よく思える。欧米では,子どもが生れたときから親子の関係,おそらく母と子も距離がある。それに対し日本の母と子は距離がない。それがあるときは,人格の形成によい風に作用しているといわれるが,過度の相互依存は,ひ弱な子にしてしまう可能性もある。ところで,少年は今日はどんな夕食だったろう。後1週間の中学生生活この少年にとって,有意義なものであって欲しい。
2007.03.01
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