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ある件で少年の両親と話合いをした。そのとき,少年が携帯をもっており,定額の7000円を親が負担としているといわれた。親の話では本来50万円以上の負担が定額て7000円で収まっており安くなっているそうだ。「うーん,携帯電話に7000円は必要ですかね。パソコンなら,2000円の接続料だけではないですかね。お金に優先順位があり,勉強の方,塾とかに電話料を回すべきではないですかね。」その少年の学業が芳しくないということであるので,このように助言をした。親の話ではみんな携帯をもっており,みんなその程度を親が負担しているということだ。我が家の夕食時にこの話をして,高校にはいったら携帯を欲しがっているあん子に向かっていった。「携帯は基本料金は1000円で精々1500円だよね。」「お父さん,1500円では,殆ど電話かけられないよ。2000円にしてね。」「ピッピットホンなら,1000で円,メールができるじゃん」「ピピットホンは3件しか電話かけられないよ。○○ちゃんは携帯電話5万円になってといっていたよ。」どうして,携帯でテレビを見る必要があるのか。どうして,携帯で音楽を聞く必要があるのか。お金に優先順位があるような気がするのである。
2007.04.30
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昨日,あん子のバイオリンを聴いた。チャイコスキーバイオリン協奏曲1番だ。以前,ぽん太がバイオリンを習っているとき同門の中学生が弾いたのを聴いたとき大変感動した。あん子もここまで成長してきたことをしみじみと味わった。(ところで,上記の中学生は,音楽高校に進学し日本音楽コンクールに出場するぐらいに成長している。家族でも将来著名なバイオリンニストになることを予想している。)あん子の演奏の音楽的な評価はわからない。最初,上がってうまく演奏できなかったといっていた。この発表会は2回目の会だ。第1回目はぽん太が出場し,第2回目はあん子が出場した。1年ぶりに先生に挨拶をした。ぼん太のレッスンのときは,私が同行し1時間のレッスンの大半は,寝ていた。大変失礼な父兄と思われたのかも知れない。でも,バイオリンの音色は,眠りを誘うのである。ぽん太は,先生に挨拶をするのが,恥ずかしいといって終了後,私たちの先生と挨拶をするとき,隠れていた。(まあ,思春期なのだろう。)
2007.04.29
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今日はあん子のバイオリンの発表会だ。「チャイコスキーの協奏曲1番」を弾かせてもらえるそうだ。広いホールで演奏させて貰えるのは気持ちがいいだろう。ほん太は,バイオリンに対し,負い目があるのか,聴きに行くのを嫌がっていたが,家族の一員だから聴きに行く様に言いきかせている。あん子は親にいわれなくても,練習をしている。しかし,妻のいうには,先天的な音感の限界があるという。ぽん太は音感があるが,練習嫌い。あん子は練習はするが,音感の限界があるという。具体的にいうとピアノのラの音は現在443へルツで調律するそうだ。ぽん太は,1ヘルツの違いが聞き取れるそうだ。先日,妻に友人にピアノ調律師がいるので「今度,調律に来てもらい,ぽん太を弟子入りさせてもらおうか。」といった。ぽん太には音楽の素養があるようなので,ぽん太にブラスバンドをすすめた。「ブラスバンドでキーボーでもやったら。」「ブラスバンドは男は一人もいない。」と,ブラスバンドは女の子のクラブになってしまっているのだ。
2007.04.28
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水泳部の設立が認められなかった。ぽん太はテニス部に入った。テニス部は朝練がなく,水曜日と日曜日せは休み,土曜日は午後3時間とほかのクラブに比べて,厳しくない。朝練がないので,朝8時過ぎに家を出ればよい。夕食のとき,「ぽん太,朝5時半ころ起きて,ピアノそれから勉強したらどうだ。」「死んじゃうよ。」練習初日の今日は,腕建て,腹筋,学校の外周,素振りをやったそうだ。筋肉痛で足か痛いといっている。クラブの練習をやってから,スイミング直行だ。疲労困憊気味の顔だった。まあ,運動が好きなのはいいことだ。「ほん太がテニス部に入ったから,ラケット4本買って家族でテニスをやろう。」ところで,私は,先日の1年生の保護者会でぽん太がクラブのことを話して欲しいといっていたので校長先生に最後の直訴をした。「子供は,中学のクラブ活動を楽しみにしていた。ところがやりたい水泳部がない。市内では,私の調査によると,柔道,剣道,水泳などある学校にはあるが,この学校にない。子供の話では,校長先生はクラブの顧問がいないので新しいクラブを創ることはできいないということであるが,学校に運動の11クラブある。顧問が二人いるクラブは4つある。そのクラブから顧問を回していただければ可能ではないか。仮に不可能であるならば,高校では二つの学校が一緒にやっている例もある。隣の中学に水泳部があり,歩いて5分位であるので,そのクラブに入れて貰えるように検討して頂きたい。」「顧問は一人ではたないのであり,また隣の中学に引率する顧問がいない。」との回答であった。帰り際,校長が私に話しかけてきた。「クラブは創れないが,大会には学校の代表として参加できます。」校長先生に次のように教育的な配慮のお願いをした。「顧問の先生がいないということでクラブができないことはある程度予想できました。しかし,その結論は,いきなりだすのではなく,子供にどうしたらクラブが創れるのか,努力させて,考えさせて頂きたかった。」と校長に告げた。ぽん太は来年度もう一度水泳部の創設を提案するといっている。(内心は,テニスに絞り,水泳は卒業して欲しいのだが・・・・)
2007.04.26
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最近,フィンランドの教育について,話題になることがあり,以前読んだ「競争やめたら学力世界一」朝日新聞1200円を再読した。(うむうむ)こどもが小さい時,教えれば,こどもはオウムのように応えることができる。しかし,オウムと同じで理解していない。こどもが大きくなれば,早晩この方法は挫折する。上記の本に基づくと,フィンランドでは「教えない」のである。「一緒に考えるのである。」この本で面白い議論がある。・・・・・「点数の高い高校に受験生が殺到するのではないか」「それは他人の点数だ。しかも平均点だ。平均点の高いところにいっても勉強するのは自分たろう」「でも,少しでも条件の良いところに行けば,勉強もやりやすいのではないか?」「どこでも学べるようになっている。これは生徒本人の問題だ」・・・・私も最近上記の言葉を真似ている。「勉強するのは,ほん太の問題だ。」
2007.04.22
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ぽん太は何があっても,午後6時からのスイミングに行く。8時過ぎに帰ってくる。食後,ピアノを30分やることになっている。今日もいつものとおり,食後,新聞を読んでいる。拳銃をもった暴力団の立ち籠もり事件を読んでいる。「お父さん,なぜもっと早く突入しないの。」「あぶないよ。」「弾除けの服を着ているでしょ」「でも,あぶないよ。最後には突入するよ。」 こんな会話をしていると,母親が「ピアノ,やりたくなけれは,やめれば」と語気強く怒鳴る。私は半分冗談で「ほん太は,反抗期だから,辞めろというとやめないから反対をいった方がいいよ。ぽん太,もう一台ピアノ買おうか。」「いらないよ。」と応えながら,ほん太は冗談がわかったのか,急に「買って」「よし,グランドピアノを買うから,ほん太一生懸命やるんだよ。」ほん太は新聞を読みながらうなずく。今度は,母親は,話題を替えて,「5月になると中間があるよ。今日勉強したの。」ほん太は,適当に「うん,やった。」と答えている。さらにゆっくりお茶を飲んでいるあん子に矛先を替えて「受験生だから,のんびりできないよ。勉強やらなきゃ」「2年の担任の○○先生は,親が勉強しなさいというのは,心配しているからといっていた。」と母親に応えていた。私は独り言で,「勉強は人に言われてやるものではないよ。」といった。
2007.04.21
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中学の方が朝の始業時間が遅くなく,ほん太は6時30分に起きることになった。眠たい顔をしてピアノを弾く。そして7時過ぎに食事にくる。食事のときに,朝の基礎英語を録音してものを再生して聴いている。動物の「サイ」「カバ」は,私も言えない。担任が英語であるので,ぽん太もいき込んでやっているが,いつまでつづくことやら・・・・長女も以前やっていたようだが,現在は挫折気味である。そうだやはり「隗寄り始めろだから」私もやることにするかな。
2007.04.19
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部活の説明があったそうだ。水曜日は,全ての部活は休みである。土日は,両日する部活と,一日だけする部活がある。土日の休みのない部活は,好ましくないと思う。練習のし過ぎの弊害もあり,また他にやることもある。ところで,ぽん太が校長先生に水泳部を作ってほしいとの件は,その後何らの音沙汰もないようだ。私が出て行ってもしょうがないし,部活はやりたい生徒,先生,そして学校が一体になる必要があるからだ。ぽん太には,「もっと早くの入学する前から中学校と相談しなから,4月に入ってからでは遅いかも知れない。」といった。内心は,仮に水泳部がみ認められると,3時から5時まで部活の水泳6月から8時までスイミングでの水泳毎日4時間の水泳は,過大ではないか思っているところだ。スイミングの水泳を継続するならば,部活は,異質のものがいい気がするのだが・・・ぽん太は「今年,どこかに入って,来年,水泳部を創ってもらう。」といっている。
2007.04.15
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昨日は,ぽん太の中学の入学式だった。姉のあん子が校歌等の伴奏をしたそうだ。入学式の同時刻仕事の都合もあり出なかったが,直前,校門でほん太,母親,私で写真を取った。急いで,仕事場に戻った。ぽん太の担任は,関西の方で一旦教師を辞め,再度教員を志,今度当地採用されたそうだ。ぽん太は,教室でのミィティングの後担任に校長宛の手紙を渡した。ぽん太が先日校長先生に出した手紙は切手を貼らずに出してしまい。学校は規定の2倍の160円を取られたと思われその弁償として80円切手を2毎同封したわび文の手紙であった。校長先生は市内の小学校の教頭から初めて校長として赴任されせたそうだ。ぽん太の願いはどうなることやら・・・・今日の朝,8時過ぎ,あん子が学校に出かけるとぽん太は急いであん子を追いかけていった。ふたりそろっての登校は,幼稚園以来である。
2007.04.10
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新学期は,新聞に各学校の教員の移動の名前がのる。ぽん太の小学校にある先生の退職の名前があった。ぽん太が5年生のとき,新任で隣のクラスを担任した。ぽん太の話では,学級が荒れて、途中で先生が代わったそうだ。そして,ほん太が6年のときは,休職されて,結局退職された。詳しい事情はわからない。教師の夢をもって,厳しい試験の上,教員になり,僅か半年くらいの実践で挫折してしまったのである。そのクラスの子供たちも,後味の悪いことであろう。・・・・・・数年前まで,原則として金曜日,土曜日私も専門学校の教員をしていた。思い出せば,最初のころは,厳しい教師であった。授業中,私語を絶対に禁止した。注意をしてもきかない生徒は,教室から出ていって貰ったことがあった。理由は簡単である。他人の真剣に勉強を受けたい権利を侵害してはならないからである。そのうち,教室から退出させることはやめた。退出者の勉強を受ける権利を奪ってしまうからである。それから毎回こんなことをいった。「親が,今の姿を見たらどう思うだろう。授業料は,親の汗の結晶である。親が我が子の将来を思って,金を出してくれるのである。」他方授業も工夫した。生徒に発表をする機会を与えた。社会人になれば,いずれどこかで,プレゼンティーションをする必要もあることも考えた。また,生徒につぎつぎに質問し,その回答を軸に問題点を一緒に考える授業をした。・・・・・・・おそらく退職された先生もスエーデンとかフィンランドの小学校ならば教員をつづけることができたのではないか,思う。生徒数も少ない。一斉授業がない。そして受験がない。生徒は,学校の日々先生を経由して学ぶ体制が確立している。日本ならば,学校以外の勉学の体制が存在し先生が教える前に生徒は学んでおり,先生の権威がなくなっている。こんな40人中で,一斉授業をし,既に学習済みの生徒を含めて教室を管理・維持するのは単なる教育への情熱だけでは難しい。・・・・・・二十四の瞳の大石先生木下監督の映画は,感動的だ。あれぼど,一人一人の子供に向き合っている先生と出会えたら,子供たちも幸せだろう。そういえば,あん子の中2の担任は大石先生のようだ。(私もそんな先生に出会えたら,無条件に教師の道を選んだろう。)
2007.04.08
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大学3年生から手紙のお礼がきた。先日,私の仕事場を尋ねてきたものからだ。その学生たちに教育的意味もこめてこんな話をした。「私は学生時代,終日勉強していて,一日,人と会話する機会もなく,食堂で定食を注文するとき,日本語が通じるのか,心配になったことがあった。法,そして国家は『命』を第1に考えることを出発にすべきである。日本社会が庶民から依然ほど遠いのは,企業が政治献金をすることを最高裁判所が合憲としたことが一つの原因である。日本国憲法第9条の平和主義の配当として生活保護が存在している。」とにかく,未来は勉強することから始まることを少しオーバーに話した。未来へ,挑戦し,羽ばたいて欲しい。学生の手紙の末尾に「PS 約半年ぶりにお寿司,とてもおいしくいただきました。一人暮しも,物のありがたみが分かるという意味でいい経験ですね。○○大学法学部3年 ○○ ○○」と結んであった。
2007.04.06
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私の母親は,郷里で一人暮しをしている。気丈な母で一人で暮らす方が気か楽だといっている。我が家の子供たちは,そんな祖母を気遣い前から会いに行きたいといっていた。この春休みに私も時間がとれたので,帰省した。初日は,私とぽん太が帰省し祖母に電子ピアノのキーボードをプレゼントした。最近のキーボードは,押さえるキーが表示されるものであり,祖母が喜ぶと思ってプレゼントした。ぽん太が祖母の前て弾いてみせていた。今日朝,ぽん太と外でキャッチボールをしているとき祖母はキーボートを熱心に弾いていたようだ。昼過ぎ,名古屋駅で,妻とあん子を迎え,祖母を入れて5人で明治村に行った。丘陵地帯を開発した場所であり,老人には歩行が大儀と思われる。ぽん太が車イスを探してきて,これに祖母を乗せていろいろなところを一緒に見学した。全体の5分の1位したか見ることはできなかった。それでも新橋ー横浜を走った蒸気機関車チンチン電車に乗ったり,役場,学校など明治時代の建物の文化にみんなでワイワイ言いながら接することができた。この明治村は,私が結婚前に妻と訪れたところでもある。敷地内には春のいろいろ花が咲いていた。夕食後,私は仕事のために一足先に帰京した。ぽん太はトランプを持って行ったりしているので普段は静かな家も今日の夕食後はトランプをやったり,ぽん太の発表会のビデオを見たりみんなでキーボードを弾いたり騒々しいかったろう。妻は一人,今日だけは騒音に耐えているかもしれない。それでも,みんなにとって,楽しかったと思う。
2007.04.04
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朝7時30分に学校近くに集合し,公園に移動して,103の家族の人たちとパーベキューと運動三昧であった。みんなアウトドアー派の人たちで一揃いの道具をもって見える。公園でぽん太と久しぶりにキャッチボールをした。重い鞄をもったことが原因で肩を壊してからボールを投げることができなくなったが,次第に感覚を回復し,少し投げれるようになった。ぽん太は,グロープでビッシと受け取り,痛いというくらいスピードが回復した。私は103のOBで参加させてもらったが,みんなスポーツ活動派の人たちばかりである。長女は用事で参加できなかったが,ぽん太と妻と私の3人での花見でもあった。・・・・・・・・・・・夜,ぽん太が校長先生に「水泳部を作って下さい。」という願い書を書いていた。明日これに賛同者の他の2名の友達の署名をもらい学校に郵便で出すそうだ。手前味噌で恐縮だが,私の103の会を作る経緯いを見てぽん太も作ってみようと決意したのかも知れない。おげさな話であるが,ぽん太に親の「背中」をみせることができたのかもしこれない。どんな展開になるのか,見守りたい。ぽん太は,水泳だけは,毎日何があっても出かける。そして,ピアノはチンタラやり,母親から「やめなさい。」といわれても「やめない。」と答えている。
2007.04.01
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