全2件 (2件中 1-2件目)
1
朝方、ラーメンの話をアップしたけど、ラーメンと来たら次はカレーかな?。 最近、海外ではヘルシーと言う事もあって和食がブームになっているようだ。 和牛なんて高価なものから、それこそ日本製のスナックまで枚挙にいとまがない。なんてカッコつけて書いたけど、アンパンやメロンパン等の日本がオリジナルな菓子パンとか、当たり前の食パンまでも、余りにも海外で食する物とのギャップが大きくて食べた外国人が驚嘆の声を上げる。日本人にしたら当たり前の物と思っていても日本にしかないものや、名前は同じものだけど全く非なる物も沢山あるようだ。 例えば前出のラーメンにしても、わざわざ日本まで食べに来る方が結構いたりして、ブームと言えばそれまでだけど只のブームだとは言い切れないものがあるようだ。 ラーメンのルーツはと考えた時に思い浮かべるのが中華そば(支那そば)。中国の汁そば・拉麺(ラーミエン)が日本に持ち込まれ‥あまり歴史に詳しくないのでごめんなさい‥中華そばと呼ばれ、いつの間にか日本独特のラーメンに進化していったと私は思っいて、イタリアにないスパゲティ−『ナポリタン』やインドにない『カレーライス』中国にない『焼き餃子』フランスにないレア『チーズケーキ』と同じだと思っている。後発のラーメンが色んなバリエーションがあるように『うどん』や『蕎麦』等にしても日本各地に色んな種類がある。日本人は器用なのかなんでも日本式にしてしまい独自の味わいに仕上げているようだ。で、今日はカレーのお話。 1970年代にパリでカレーライスは食べる事が出来た。それは学校給食で出て来そうな代物で、決して美味くはなかった。それでも食べたくなる事があって、日本食レストランにカレーライスのメニューを見つけると食べずにいられなかったのは、味わいよりも懐かしさが先行していたのだろう。 インド料理のカリーは沢山あったけど似て非なるもので『メタル・インドカレー』はあくまで日本のカレーであるように、どこで食べでも食べ慣れたカレーは出て来なかった。 で、ある時、ロンドンのピカデリーサーカスのパブに出掛けた時に店のメニューにカレーがあった。正式には『カレーアンドライス』と言うそうだが、これが日本のカレーライスのルーツらしい。インドのカリーを英国風にアレンジしたものでそれをさらにアレンジして生まれたのが日本のカレーライスだとか。 有名な話では戦艦の中で揺れてもこぼれない粘りのあるルーを日本海軍がイギリス海軍から教えを受けたらしい。あの粘りのルーツはそんなところにあったようだ。 アイルランドの西の端にゴールウエイと言う港町がある。バリを離れてユーレイルパスを使ってヨーロッパ全土を巡る鉄道の旅をしていた時、各国の料理を食べ飽きた頃にゴールウエイの港にたどり着いた。ヨーロッパ大陸の最西端はスペインのロカ岬。アイルランド最西端の港街ゴールウエイに出掛けたのは、アランセーターで有名なアラン島に渡る為だった。ゴールウエイの街をうろついてゲストハウスに帰る道すがら、小さなテイクアウトの店のメニューにカレーアンドライスを見つけ迷わず購入する。店内でも食べられるとのことなのでまずは店内でも食べることにした。涙が出るほど美味しかった。こんなヨーロッパの西の果ての街で極東からやって来た日本人が、嬉しそうに皿まで舐めかねない勢いでカレーを食べ、帰りにもう一人前テイクアウトして行ったことを、アイリッシュウイスキーで鼻が赤くなっていた店主は、いったいどんな思いで見ていたんだろう。 まさか『日本人はカレーばっかり食ってっから肌が黄色いんだ』とは思ってないだろうけど。
2019.08.27
コメント(0)
1976年から1980年までパリでフラついていた。たまに無性に日本食が食べたくなる時があって、そんな時はオペラ通りにあった『ラーメン亭 大阪』か『カルナバル』と言うカフェでラーメンを食べていた。決して美味くはなかったけど、日本の味に飢えていた貧乏旅行者としては有り難かった。でも結構な値段だったと覚えている。 その当時だとサンミッシェルにあった『美津子』がすき焼きで有名だったけど、砂を蹴り上げて馬鹿野郎と怒鳴りたくなるほどお値段が馬鹿高かったから食する事はなかった。 他にも、蕎麦とか丼物、カレー、焼き鳥と結構日本食のバリエーションはあったものの、少し小ましな料理を食べようとしたら、滞在していたホテルの一泊料金よりも高いから、滅多に食する事は出来なかった。それでも、どうしても食べたくなったら最低レベルでラーメンを食べていた。 で、日本から持参していたインスタントラーメンをホテルの部屋でこっそりと作って食べていた。アルミの片手鍋を買って、キャンプ用のガスコンロ『キャンピングガス』を購入して、やってはいけない自炊を息を潜めてやっていた。日本から持って行った『チキンラーメン』を作り、日本の米は高いからイタリア米を炊いて2日に一度食べるのが密かな楽しみだった。チキンラーメンは一袋50円程だった覚えがあるけど、驚いたのは東京で購入したチキンラーメンと神戸で食べていたチキンラーメンと、明らかに麺が違っていた。 食べ慣れていた麺より透明感があって、ツルツルシコシコの麺は、食べ慣れると結構美味しくて、日本に帰国した折には東京で買って神戸に持って帰っていた。神戸の友人に振る舞うと「パリの土産がこれかいな」と文句を言いながらもその味の違いに驚いていた。 1976年に購入したキャンピングガスのコンロは今でも現役でたまに使っているが、流石に片手鍋は何処へ行ってしまった。 夜食にラーメンを作る度に思うけど、また海外に持って出掛ける事があったら迷わずチキンラーメンを持って行くだろう。でも、行く事は多分ないだろうし、今なら何処ででも買えるかも知れないね。
2019.08.27
コメント(0)
全2件 (2件中 1-2件目)
1