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スーパーの野菜売り場にいきなり顔を出すのが白菜。その横で未だ、南瓜達が自らの台詞を言い終わっていないとでも言いたそうにしているのが可愛い。オーストリアでは野菜や果物が季節に沿って並んでいる感は少しは在って、それが一番はっきりするのは矢張り秋。つい先週迄日中15度を越えない位寒かったのだが、今はやっと寝坊した秋が目を擦りながら欠伸。このまま冷たい日が続いたら、森の葉も色付かずに落ちてしまうと、一寸心配して居た所だ。続きを読む…
2008/09/30
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黒地に黒では判り辛いかも…。これは去年の誕生日に自分で買ってしまったアーバンツール・ベーシックホルスターです。流石日本は、斬新で美しいデザインで、よく考え抜かれた物を売っている!と1人ほくそ笑んで居た所、実はデザイナーはオーストリア人であると知って吃驚。灯台下暗しと言うか、一寸オーストリアを侮っていたと言うか。慌ててオーストリアのアマゾンで購入しました。Basic HolsterとSport Holster、どちらも使い心地良さそうで決め兼ねて、結局両方買ってしまいました。続きを読む…
2008/09/30
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Jは13人兄弟の末娘である。父母を含めた15人家族の内、その小さな村の吹奏楽団に所属していないのは母親一人だけであり、父親はその昔自ら楽団の指揮者であった。その末娘Jがある日、私の元へホルンを習う為に送られて来た。荷物の様な言い方をして申し訳ない。今その村の楽団で指揮をしている我が同僚のチューバ吹きが、ホルンを習わせるならメグミの元でと意図したのである。彼らの住むその村から私の教える音楽学校迄半時間以上も必要とするのだが、車の運転の出来る姉もたまたま我が校でフルートを習って居るので、私も彼等が同じ時間にレッスンを受けられる様に便宜を計った。13人兄弟と言う家族形態は私の想像能力を遥に越えるものだが、何にせよ目に入れても痛くない程可愛がられて居る事は教え始めて間もなく疑いの無い事となった。お茶目で話し出すと止まらない。天真爛漫に忍耐力の欠如が目に付く。彼女の可愛さを自分でも良く認識していて、どうやったら大人を自分の意に添わせる事が出来るかを心得て居る、その磨かれた技術に悪気は全く無いのだが、教える方としては勿論、この天分を実行力なり忍耐なりに裾分けして欲しいと、空しく願うに停まる。彼女が音感に優れて居る事とこの性格が相俟って、ホルンを習うのに支障を来さなければ良いのだがと危惧した、正にその通りになってしまった。誕生日に驢馬を貰って、雨の日でも乗り回しているお転婆Jに、ホルンは音が命だからと、たった一音を長く吹いて耳を澄ませてくれと言うのは、拷問以外の何物でも無かった。本来はサックスを吹きたかったのだが、村の楽団にホルン吹きが足りないと言う理由で、半ばホルンを強制させられた。音感があるので、口を非常に効率悪く歌口に当ててでも無理矢理それなりに音をみつけてしまう。面白いメロディを吹くためなら、音が多少見窄らしくても構わない。そう、彼女はホルンを吹きたいのでは無いのだ。音楽がやりたいだけなのだ。さて、第一進級試験も終え、晴れて村の楽団で吹く様になったのだが、この村の楽団の演奏する曲の殆どは後打ちばかりである。唯一楽しいと彼女が報告してくれたのはマーチングであり、これは楽器を手にしていなくとも楽しかっただろう。しかし彼女の歌口への口の形を私が幾ら注意しても本気になって直さなかったツケが日増しに明らかになって来た。とにかくこの薄っぺらな音色を何とかして、それと共に高音域も広げて行かない事にはホルン吹きとして本当に使えなくなってしまう。そう思って母親とも話し合い、何とか朝起抜けに中音域の音階をゆっくり吹く事を習慣付ける所迄漕ぎ着けた。その練習を彼女が幾週間か続けた結果高音域も少しずつ広がり始め、モーツァルトのホルン協奏曲緩楽章も侭吹ける様になった。夏休みはとても長い。この8週間の間彼女が何をしたのか知る由も無いが、休み明け最初のレッスンで彼女の吹くのを見て自らの目を疑った。今迄見た事も無い程、歌口を上唇に浅く押し付け、歌口の大半が下唇に当てられて居る。彼女が第一進級試験で楽に吹いて居た音域が全く出なくなってしまっている。30分も吹かない内に口が痛くて吹けないと言うが、これでは当たり前だ。もう一度原点に戻って、きちんと口の形を勉強し直そうと私が言った時、彼女の顔が一瞬凍った。しかしその表情にいちいちオロオロして私の提案を覆す訳には行かない。見なかった振りをして別れた。その翌々日の朝職員会議でチューバ吹き同僚を見つけたので、もし彼女が口の形を勉強し直す決心をしたら、その新しい吹き方が落ち着く迄、暫く休団出来るか聞くため歩み寄ると、彼の方から「一体Jはどうしたのか?」と尋ねて来た。どうやらレッスンを終えて一日も経たずに「新しい口の形なんか出来ない!」と泣き出し、姉と共に彼の所へ訴えたらしい。私は手っ取り早く事情を説明したが彼は一言「口の形を変えるのが遅過ぎた」と呟いた後「お前が一人で矢面に立たない様に、校長や俺とも連絡取り合って何とか切り抜けよう」と言った。これは思ったより酷い事になっているのかもと思ったが、彼女を教えるに当たって手を抜いた覚えも無いので、余り深くは考えずに居た。更に2日経って今度はJ本人からメールが来た。幾ら試しても新しい口の形では音が真面に出ない。又一からやり直すなんて辛過ぎる。ホルンを止めて、元より念願のサックスに転向したい。が、止めればメグミは私に腹を立てるだろう。もうどうしたら良いのか分からない・・・。口の形を変えなければ行けないかどうか等、第二の意見を同じホルン吹きである校長に求めてみるのも良いだろうし、彼のクラスに変更しても良いし、サックスに転向しても良いし、私は絶対にそれで腹を立てたりはしないから、本当に自分が何をやりたいのかだけを真剣に考えて決める様にと書いて返した。レッスンの日時確認の為母親に連絡を入れると、「私の夫が是非校長と直に話がしたいと言っています」と、今迄に無い口調で言い放たれた。この元楽団指揮者の父親を私は一度も見た事が無い。だが、まず話をする相手は私では無いのか?文句を言いたいのなら、私にまず言うべきで無いのか?1日試しただけで音を上げたJを見て現指揮者の同僚の元へ苦情を投げ付けた姉と言い、クラス発表会に一度も顔を見せずに、文句があればその上司に言って権力行使させる事しか頭に無い父親と言い、単に勇気が無いのか、日本人の教師なんかに大事なJを元々付かせるべきでは無かったと思っているのか・・・ここで漸く私は事態の深刻さに気が付いたのである。眠れぬ夜と言うものを久し振りに経験した。或る意味新鮮でもあった。もう長い事こんなに悩んだり考え込んだりしていなかった。就寝前、夫にこの話をすると「お前今、月経の前だから感情的にならない様にだけ気を付けた方が良いよ」と言われたのを心に刻み、目に劣らず冴えた頭でもう一度彼女を教えた年月を一つ一つ振り返った。私に落ち度があるとすれば、彼女に対して厳しさが足りなかったと言う事だけだった。校長に経過を説明し、彼女の父親の希望通り彼女達とだけ逢ってくれる様に頼んだ。丁度彼等が校長の部屋から出て来た時偶然、私は登校した。その時のJと彼女の両親の表情を私はきっと一生忘れる事が出来ないだろう。盗んだ現場を見られた様な、更に敵呼ばわりしたその舌の乾かぬ内に「気付かれぬ様に」今迄と変わらぬ親しさを何とかして醸し出そうとする見事なぎこちなさ。私は一睡もしていなかったのだがそれが却って功を成したのかも知れない。感情的になるエネルギーを使い果たし、見たものをそのまま心に受け入れた。確かに悲しかったが、今迄ずっと良い友達だったJへ素直に笑顔でさよならの握手をし、同じくこちらから両親にも握手を求めた。面食らったのは父親である。Jは恥かしさの余り眼が潤み、時折話をした母親は眼を逸らした。その翌日の午前中、校長が事後報告をしてくれた。予想を違わず、父親は今迄無駄にホルンのレッスンがなされた事を訴え、校長自らJを教える事を強く嘆願したそうである。こう言う例は外にも時折あると前置きをして校長は、「あの父親はかなり強固な守旧派だね」と付け加えた。これで、私の生まれにも問題があった事も裏付けされた。J達と別れる時、母親は「一日か二日で答えを出します」と言っていたが、その翌々日の夕方、校長からメールで一言「Jは学校を止めた」とあっただけであった。生徒達は一人一人、私の心の中に樹を育てて行く。もっと大きく伸ばして上げたいと思って悩んだ挙句、根こそぎ?ぎ取られてしまったその、虚ろさの大きさに愕然としている。両親は兎も角、J自身からも一言も無い。彼等にとって、私はたった一言でも勿体無い程「酷い」存在なのか。それと、Jは、親の意見に反して今迄の信頼に即して別れを告げるのが怖いのか。「13年も教えていて一度もそう言う問題が起らなかい方がキッチュだ」とマルクスは言う。人間と人間が真剣にぶつかり合えば摩擦だって起る。でも、真剣にぶつかり合えなかったのが痛かったのだ。今は、彼女の心の成長を願うばかりだ。
2008/09/19
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