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幾ら真夏日でも、何時雷雨に見舞われるか分からない土曜日の昼下がり。先日病院へ車を出して下さった大家さんへのお礼を探したいし、こんな時間ではレストランは何処も閉まっているのが落ちなので、一寸都に上る事にしました。都と言っても州都のリンツ。以前、日本からの旅行団体のお供をさせて頂いた事があったのですが、或る方に「この街は日本でも有名ですよね。あの美味しいチョコレートは、この街の名前が付けられているんですから…」と言われ、暫くして「ああ…Lindtの事ですね?」と納得。これは、スイスのチョコレートの銘柄、この街はLinz…確かに紛らわしいです。駅から余り遠くないJungwirth通りに駐車…此処は、長時間無料で駐車出来るスペースが結構あるので助かります。そこから線路下を抜けると直ぐトルコ人界隈、レンズ豆スープを初体験したのもこの辺りです。大通りに向かってScharitzer通りに入ると、珍しく歩行者天国に…なんと、一区間だけ通りを借り切ってトルコ人達がお祭りの場として居たのです。 ケバブが卓上簡易グリルで回り、キーボード&Tanburのデュオ。この直後、Tanbur弾きがキーボードのおじさんへとマイクを向けて、何故か歌を中断してしまった…。そのまま大通り(Landstraße)に抜け、まずはレストランKlosterhofに直行。入ろうとするといきなり黄色い汽車ポッポが…。(これに乗ると、Linzを楽に一周出来ます。その名もCity Express、約30分解説付き大人6ユーロ、子供3ユーロ) 広い中庭にはぎっしりと菩提樹が植えられているので、自然な日陰で覆われています。この中庭の入り口に軽食を取り合わせ注文出来るガラスケースが設置されています。これはその場で注文するセルフ・サービス用。 これを見ると、午後はこの「冷たい料理」しか無いのか…と思うのですが、このKlosterhofは夜中迄「暖かい料理」も作ってくれるので、(土曜は昼迄ゆっくりしたい私達には)とても助かります。逆に言えば、昼食を過ぎた時間(午後2時辺り)から夕食の時間(大抵6時)迄、料理人に暇を出すレストランの方が大多数なのです。若しくは、レストラン自体を閉めてしまう場合も多々。閉めずに火種を落とすだけの場合は、こうした「冷たい料理」だけは食べられる様になっている事が多く、大抵はJausen Karte (ヤウゼン・カルテ おやつ時のお品書き)が特別用意されています。「あの日の当たる場所が良い!」と夫が奥に進むと、何故か椅子を並べて区切られていて立ち入り禁止…?多分、フツーの客に邪魔されるのを嫌ったスターか何かの要請なのでしょう。中庭の半分以上をたった二人で占領していました。1週間さっぱりした物を食べ続けたので、この日は思いっ切りボリュームのある「木こりのステーキ」を注文。黄金色に炒めた玉葱がたっぷり、豚肉の首肉と上品な味のベーjコンの間に隠れていました。お腹一杯で、そのままワインでも飲んでのんびりしたい気持ちを押して立ち上がり、二手に分かれてショッピング。夫はDVD漁り、私は大家さんへのお礼探し…と、そこで、Heimatwerkと言う民芸店が目に入り中に入ると、お姉さんの格好をしたおばさんが「何かお手伝い出来ますか?」と、お決まりの文句を言いながらも厳しい目で声を掛けて来ました。そう言えば、鞄一つも持たず、非常にラフな格好をしていたのです。 オーストリアの民芸品を集めたお店で、その大半は民族衣装の仕立てや生地の陳列に使われているのですが、ガラスや銀細工、古くからの玩具等もあります。帆立の貝柱を送って下さったお友達に「決してお返しなんかしないでね」と念を押されていたのですが、その中でとっても小さくて可愛い物を見つけたので、旦那さんとお二人で何時までも仲良くとの想いを込めてペアを選びました。お姉さん格好のおばさんは、最後迄不信の目付を変えず、壊れ易く、又傷つき易い物なのに、非常に大雑把に包んで渡し…こちらも一寸立腹。自国の伝統工芸品・伝統民族衣装を広めて行こうと言うのは素晴らしい事だとは思うけれども、一目で観光客で無いと分かる外国人に対する態度ががらりと変わるのは、やはり悲しい事です。気分転換に、私の大好きな本屋さんThaliaへ。此処は地下階を含めて4階もあり、文房具と本、一寸したプレゼントなら何でも揃っているので、財布の紐が緩む緩む…。 オレンジの真ん丸い可愛い蝋燭と写真立てを大家さん夫妻に…と、カートに入れてふと振り向くと、 Kittyだらけ!自分が非常に幼かった頃、誰もが競って持っていた(ので、天邪鬼の私は絶対に持たなかった)この子が、これだけ大量に、それも今になってこんな所に山積になっているのは、何となく怖くもありました。夫も合流して、最上階の言語コーナーへ行くと、何と壁の一部が切り抜かれて読書コーナーになっていました。 座ってみたかったのだけど「後15分で閉店します」の呼び掛け。夫は慌てて手当たり次第に日本語とフランス語のCDや教科書を買い込んでしまいました。本って重いのよね。暑いし、少し疲れたのでエネルギー補給の為Cafeで一休み。Casinoの前にあるホテルのCafe(Design Cafe am Park)でアイスクリーム。珍しくオレンジジュースとバニラアイスの組み合わせがあったので注文。昔むかし、ある新宿駅の片隅にあったソフトクリーム屋さんで、音楽教室の帰りご褒美として買って貰ったオレンジ&バニラ・ソフトにそっくりで、何とも懐かしい味でした。 お買い物は疲れる~と、夫は文句を言いつつ、一番買ったのも君だよね。でも、彼が選んだDVD、帰宅後観たらなかなか良く、おまけに彼のお得意、チリ・コーン・カーンも彼一人で作ってくれました。これはね、私の母が「マルクスが作るチリ・コーン・カーンの為ならオーストリアに行っても良い」と言う程美味しいのです…。この記事の地図 詳しい情報は地図の説明をご覧下さい。
2008/06/29
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「手が使えない方が、足が使えないより未だましよ~」と、母から励ましの国際電話が入りました。彼女自身、普通に起き様として腱を切って身動きが侭成らなかったのです。「年なんだから、アンタも気をつけなきゃ駄目よ。 きちんと右手を治しなさいよ。 授業とか休めないの?」74になる母にこう言われては実も蓋もありません。もう5日目なのですが、未だ物もろくに持てません。昨夜も生徒の力をた~くさん借りて、発表会を無事済ませる事が出来ました。これだけは…キャンセル出来なかったのです。演奏する生徒全員に「若し音楽が存在しなかったら…」と言う題で作文を書かせたのですが、7歳から21歳迄それぞれ個性的な文章を書いてくれました。中には「音楽の無い世の中なんて、着メロの無い携帯電話の様だ」と締め括った子が居て、それを私が読み終わった途端、本当に父兄の一人の携帯が鳴ってしまった…と言う、絶妙なハプニングもあり、とても楽しい発表会になりました。「来週、僕来れないから、今上げるね」とベアニ。大きな大きな鉢植えのお花。ありがと…(どなたか、このお花の名前をご存知の方がいらっしゃいましたら、どうぞお教え下さい <(_ _)>) 雷雨が去った直後に帰宅すると、部屋の入り口の前に小さな小包が置いてありました。小包は郵便箱に入りきれないので、きっと濡れてしまわない様に、見つけたお隣さんが運び入れてくれたのでしょう。その可愛い筆跡を見て思わず「わぁ!」と叫んでしまいました。未だお会いした事も無い、我が初恋の彼の奥様からの小包です。私が以前、お粥が好きだと日記に書いたのを読んで、帆立の貝柱を送って下さったのです。開けると、お行儀良く並んでいるとても可愛い貝柱達に加え、和食アイテムが沢山入って居ます。彼女の心遣い、お人柄の滲み出るお手紙。水出しも出来る緑茶パック、日高昆布に塩昆布、おぼろ昆布に鰹だし…そろそろと闇の忍び込むキッチンで一人、気が付いたら「ありがとう・・・」と頭を下げていました。 今日はお粥~♪っと、朝から上機嫌。シャトルシェフ・ミニの調理鍋に頂いた日高昆布と貝柱を入れ、200ccの水に浸して置きました。 昆布だけ抜き取って、洗って水切りをしたお米50gを入れて沸騰させます。その間に頑張って昆布を微塵切り。沸騰した調理鍋を保温調理器に閉じ込め、レンジの電源を切り、フライパンを載せてふりかけ作り。微塵の昆布としらす、胡麻と塩少々を混ぜて、余熱だけで乾燥させるのですが、これが結構美味しいのです。 近くのスーパーに売っていた木綿豆腐(もどき…日本の物と比べてはいけません…)をおかずにする為、これも又彼女から頂いた鰹だしを使って醤油餡を作り、長ネギの微塵と卵、豆腐を器に入れてかき混ぜ、そのまま電子レンジへ直行。普段は電子レンジでは調理しないのですが、洗い物が少ない程助かるので、今日は例外。 1時間半後、シャトルシェフ・ミニを開けるとお粥が「早く塩昆布に逢わせてよ!」とでも言いたげに湯気を立てています。塩昆布と言う物の存在も知らなかったのですが、柔らかい感じなので、そのままお粥の上に散らしてみました。 嗚呼、おいしい…。贅沢の限り。遠近、暖かな気持ちに囲まれて、私は本当に幸せ者です…。ありがとう m(__)m
2008/06/27
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ウィーン市内、先輩を走り回させてしまった翌日の土曜。未だ夕方だと言うのに全細胞が解け落ちてしまいそうなので、意を決して友人Sの家に電話を入れた。すると、彼女の奥さんの I さんが電話口に出た。 「こんなに疲れが出るとは思わなかったの。明朝のハイキングは無理だわ。ごめんなさい。」「それじゃ、今から直ぐに就寝してゆっくり休息取ってね。筋肉痛の最大の薬は動く事よ。貴女の為に簡単なハイキングコースを選んだんだから、一晩寝れば絶対大丈夫!それでキャンセルって言うのは通用しないわよ。」後ろで友人Sの呟きが聞こえる。その日の朝、彼女が私にハイキングの話を持ち掛けた時は、一緒に行けたら嬉しいけど、無理しないでね…と、何時もの彼女らしい距離の置き方で私の気を却ってそそったのだった。何故 I さんが頑固に譲ろうとしないのか、友人は知って居るのだろうか? 4月の始め、その友人と二人でお茶に出掛ける約束を、私が一度キャンセルした事があった。確かに丁度その時も対膀胱炎の抗生物質で、かなり体調を崩していたのだが、一番の理由は自らの中にある、分析不可能で怖い、血脈の動きだった。夫も彼女に対する嫉妬を格別隠すつもりも無いらしく、取り敢えずそれを私の中で公な理由として置いた。校内で会う度、碧味掛かったグレーの目をひたとこちらの目に据え、「未だ残ってる約束あるわよね」と言われ、「その内4人で会いましょうよ」と逃げて来た。偶然 I さんだけに会った時は、その約束の事等忘れ掛けて居たのだが、「何時あなた達会う約束したの?」といきなり訊かれて、これは本当に4人で早く会わなければ…と思ったのだった。珍しく8時間も眠り続けた。太陽のほんの一筋の熱が地平線を越えると、私の体は目覚めてしまう。昨夜の疲れは探しても見付からず、支度を整え、ベーコンと目玉焼きで夫をベッドから誘導し、約束の時間に私達は彼女達と落ち合う事が出来た。友人Sも私も、高所に弱い。I さんは7つの時にマッキンリーに登った様な人で、険しい山岳は幾つあっても足りない。友人は彼女に合わせて良く登山をする様になったらしいが、コンクリートしか知らないで育った私は「ハイキング」と言われても「山登り」になる覚悟をしなければならない。そんな私の為に国境パッサウに近いドナウ河付近のRanna谷内の「遠足」コースが選ばれた。 ドナウ観覧船停泊所Niederrannaの向かい側北東の空き地に車を停め、心地良い日陰で守る森の中にと歩を進める。その散歩道に沿うRanna川は時折、奥入瀬の様な顔も見せるのだが、何せ I さんと夫の歩調が速くて追い付くので精一杯。時折「ごめんー」と謝りながら携帯電話でこそこそ写真を撮った。自然、私と友人が並んで歩く事になる。何を話したら良いのか分からないので、私はのべつ幕無く片っ端から頭中の引き出しを開けてはキーワードを抜き取る。「あ!茶色の蛙が!」と私。「えっ!」と友人。此処で蛙が私の足元を跳んでくれたので、更に開ける引き出しを探す迄一息入れる事が出来た。「あ!此処にも!」と友人。ふと気が付くと、夫と I さんの姿が見えなくなる程遠くなっている。I さんは薬学士、夫は物質科学者、頭の構造も分野も似ている所為か、話に夢中になっている様子。茶蛙のお陰で、頭中連続引き出し漁りが急停止した。私は自分のペースで、周りの草花や光、川の音と共に歩ける様になった。「あ!野苺!」と私。「どれどれ…」と友人。 私達二人は、前を闊歩する二人も忘れてしゃがみ込み、野苺を一つ一つ口に含んで楽しんだ。暫くしてから前方の二人も気が付いたらしく、戻って来て苺狩に参加した。それにしても、日曜の午前だと言うのに誰ともすれ違わない。赤ちゃんでも歩ける様なこんな散歩道だから、子供連れ等で賑うかも知れないと言う懸念は全く無駄だった。I さんと殆ど話す機会が無かったので、こちらから話し掛けてみた。ジギタリスは猛毒植物なのだが、ほんの微量なら強心剤になる事を教えて下さった。それって、この世にも微量な毒が活性剤として絶えないのに似ているわね…と私が小哲学を捏ね始めた途端に、友人Sの傍へと離れて行ってしまった。いきなり道が細く険しくなったが、一応ロープの手摺もあったのですいすいと登れた。登り切るといきなり開けた視界…Rannatal貯水湖である。今年8月の21日に、このダムの水を工事の為に全て流してしまうので、今歩いて来た散歩道はその下に沈んでしまう寸法になる。 此処は、ドナウ河の水面より低いらしい。その高低差を利用して1923年には簡易発電所が設置されて居たと言う。第二次大戦後の復旧に要する電気需要に対応すべく大工事が行われて今の形となった。水深が低過ぎる時の為に、予備にドナウ河から水を汲み下ろす事も出来るそうだ。ここから辿る帰り道は、川沿いでは無いコースで、その道沿いにドナウ河から340メートルにも渡って繋がれた水道管のお供をする形になる。この水道管は1925年当時の物がそのまま使用されている。歩いていると、耳の高さで水の音がするので不思議だった。 森がふと終わる。鄙びた町の入り口に大きなお城があったので入ってみる。この、辺鄙な町Hofkirchen im M?hlkreisにいきなり豪華で手入れの行き届いた城があるのは唐突な感じがする。城内では翌日、ラン・ランを招いて演奏会があるらしい。小さな礼拝所もあり、結婚式等の催しも多々行われる様である。煎られる胡麻の気持ちが察せられる様な日差しの中、健気に背筋を伸ばしている紫陽花を見付けた。 この町に一軒だけ開けていた店には足取りも不確かでは無い男性軍が陣取り、細腕ならぬ太腕・厚顔のアジア人女性が彼等を適当にあしらって居た。早々に私達は又、森の中に入り進むと、いきなり森の奥から先程の城の前身である城墟が現れた。こちらは、そのまま廃墟として放置されている。Falkenstein家が建てた城で、我国で言う崇徳天皇治世の頃に、その城に就いて初の言及がなされたとある。ドナウ河沿岸の開発に力を入れて勢力を伸ばし続けたこの家は代々、16世紀迄城の拡大を続けたが1571年に全焼。織田信長が足利義昭に殿中御掟を突き付けた翌年だと言われれば、ああ成程とも思うのだが、こちらの歴史は背景が全く見えて来ないのが悲しい。そのまま日本史に照らせば、勝海舟、福沢諭吉にジョン万次郎の乗った咸臨丸が太平洋横断した幕末の1860年に完全に城は朽ち、その当時の城主Salburg-Falkenstein伯爵が、先に見たAltenhof城を新しく建て移住したらしい。今でもAltenhof城主はSalburg家であると言うから、かなり長い年月を生き延びた一族である。お腹が空いた…と友人がこぼした。歴史が得意な面でも夫と意気投合している I さんも、今迄の闊歩とは裏腹に説明版の前で釘付けになっている。今度は私達二人が先導する形になった。この友人の空腹状態と言うのを初めて見た。限りなく無口になってしまうのが、妙に可愛かった。やっとスタート地点に到着、発進して間もなく見つけたレストランGasthof Draxler。ドナウ河遊覧船停泊所を見下ろすテラスがあり、眺めに負けない程とびきり美味しい料理が迅速に運ばれて来た。友人は黙々と食べた後、やっと無口から解き放たれた様だった。バスに似たZanderと言う魚は高価で、大抵は12ユーロを軽く越えるものだが、此処ではバターの味もしつこくなく、焼具合が絶妙で9.8ユーロ。3時間これと言った休憩もせずに歩き続けた後のたっぷり昼食に皆、頭の血が全て胃に流れ込んでしまったかの様…。 長い間お預けにしていた約束も果たしたのだが、友人と本当に何か腹を割って話せたと言う想いは残らなかった。それを望んだのも自分なのだが…。----------------------------------------------------------------------- Rannatalweg 遠足コース地図 野苺:ワイルド・ストロベリー これは後から調べて分かったのですが、これは昔から薬草として重宝がられたのだそうです。因みにその効能を列挙すると下痢、貧血、焦燥感、貧血、肝臓・胆嚢の痛み 、痔、床虱、喘息、月経痛、痛風…。分類学の父カール・フォン・リンネは、このワイルド・ストロベリーの葉茶と実を飲食して、痛風を完全に克服したそうです。
2008/06/25
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【第一転】日曜日の午前中、友人達と3時間のハイキングを終え、鱈腹食べれば日差しは益々強く、夫はガソリンスタンドでアイスを買う事ばかり頭に在ったらしい。満タンにして10分程すると、車がぜいぜいと喘ぎ出した。慌ててレシートを見ると、軽油の代わりにハイオクを給油した模様。慌てて停車、ロードサービスに電話して待つ事50分。ロードサービスの工場でタンクと燃料噴射ポンプから、ほぼ全てのガソリンを吸出、軽油を注入してエンジンを入れると、何事も無かった様に動いてくれた。給油した時に支払った代金とほぼ同額を、混合油廃棄の為に支払ったのだが、真夏日の休日昼下がり、きっと何処かでのんびり日光浴でもしていたのだろうに、私達のために何時間も費やして下さったその、若い他力に深謝。因みに、ガソリン・エンジンの給油口は細くて、ディーゼルの給油ノズルは入らないらしい。そして、ディーゼル車にガソリンを給油して、大きな修理もせずに又発進出来る確立は3分の2。その幸運に委ねて夫はその車でそのまま、3時間の道程を運転して出勤してしまったのが、一寸怖い。【第二転】今日、階段から滑り落ちた。幸い階段の最後に扉があるので、腰から落ちたり頭を打ったりせずに済んだのだが、その扉の取っ手に思い切り右腕を打ち付けた。そのまま教えに出掛けて小一時間すると、いきなり右手が使えなくなった。大病院に勤めている生徒が「大事を取って、直ぐにレントゲンを撮るべきだ」と真顔で言う。包帯で右手を固定すると、ギアの切り替えも何とか出来、まずは自宅迄辿り着いた。夫に電話すると「今からそっちに行こうか」と言ってくれたのだが、レントゲンを撮りに行く為だけに往復6時間も走らせるには忍びない。大家さんに電話をすると快く病院迄車を運転して下さった。幸い、救急窓口には数人待って居るだけだったので、レントゲンも直ぐに撮れて「重度の打撲」と診断された。3,4日しても腫れが引かなければ、再訪問を要する。ホルンの謡口の当たる前歯も7月に抜かなければならない、これで骨がもし折れてでも居たら、「これは音楽を止めろと言うお告げだ」なんて勝手に決め付けて居たかも知れない。自らの親戚が近くに居ない、一人で頑張りたくても出来ない時がある、そんな時いつも、この大家さん夫妻は助け舟を出して下さる。本当に有難く、そして申し訳ない他力のお二人。自力では絶対に起き上がれなかった二転だった。
2008/06/24
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20年と言う時の長さを、私は少し怖がっていました。それは私の人生のほぼ半分の時間でもあり、 その間に宗教の壁が陥落した東西の壁に取って代わり、私は故郷の国籍を失い、結婚・離婚・再婚と言う月日と心の峠を越えた、同じ年輪でも倍の皺になっていそうな、そんな時の層でした。その20年の間に一度お会いしただけの先輩がウィーン迄いらっしゃるとの事。本当に気さくで飾らない、人情に厚い方なんだけれども、人間、40も過ぎると風貌だって変わるものだし、色々生きて行く上で苦労もあるだろうし、昔の様に万年青年の様な格好で居て下さるとは限らないし、(だって今、やたらメタボだ何だと騒がれているし、)お腹が出て二重顎とかになっていないとは限らないし…と、20年と言う歳月が人間を表向きだけでも変えてしまうその力を、かなり怖れて居たのでした。先輩がウィーンに到着された晩、私は丁度演奏会でお迎えに行かれなかったのですが、ホテルのお部屋にお電話すると、声は本当に昔そのまま。ほんの一寸ご出身の岩国の抑揚が見え隠れして、冗談の切り込み方、何もかもがそのまんま。翌朝、矢張り緊張して居たのか、4時半には目が覚めてしまいました。それぞれのエクササイズの回数を減らして超特急ピラティスを30分、朝食もきちんと取って列車に乗り込みました。オーストリア国鉄の1等席無料アップグレード券を使ってのんびり快適な2時間半。10時前には先輩の泊まられるホテルに到着。「いゃっどうもっめぐみちゃん!」とのお声に振り返ると…お声だけでなく、お姿も全く昔のまんま。良かった…!さて、ウィーン観光で一番自慢出来るのは交通の便。東京の様に利用する会社が変わる毎に料金がゼロから始まる事が無く、ウィーン市内の鉄道、地下鉄、市電、バス全てが同じ傘下にあるので、幾ら乗り換えても「一方向」は「一片道」。ましてや24時間又は72時間乗り放題チケットならば、思い立った時にひょいと飛び乗る事が出来るので便利。おまけに今はサッカーのヨーロッパ選手権がオーストリアで開催されているので、普段は無い「48時間乗り放題チケット」も登場。先輩は翌々日の出発なので、48時間チケットはとても助かりました。先輩のご希望に副ってまずはシェーンブルン宮殿。今日は夏至だぞ!と気合の入ったお日様が、昨夜に降った雨を大地から煽り立てて居るかの如く、珍しく空気がもわっとしています。「うぉお、デカイなぁ、こりゃ…」と先輩。私が以前訪れたのはもう、15年前。中に入ると、当時に比べて受付やクロークも新しく整い、音声ガイドは日本語も用意されていて無料。折角なのでGrand Tour(40部屋・約50分・12.90€)を回る事にしました。以前に比べて、当時の様子を分かり易くする為の小さな心配りが増え、二度目だと言うのにとても興味深く見る事が出来ました。宮殿のお庭も見ずにそのまま街中へ…もうお昼で、お腹が警報を鳴らし始めたのです。いきなり何処かのお店に入るのも勿体無いので、カールス広場の一歩手前「Kettenbrückengasse」と言う駅で降り、ナッシュ・マルクト(摘み食い市場)を通りながら街方面へ向かいました。此処に入ると、私はなかなか前に進めなくなります。例えば…ギリシャの各種前菜、瓶詰めのオリーブをオリーブと呼ぶ無かれ…とでも言いたげな連中、もう、メタボになっても構いません…と言わせる美味・珍味、土から生えるものなら何でもあるよ・・・と笑顔で決めるトルコ人、これ全部試してみたい…牛のチーズ、 サラダにしたら美味しそうな羊や山羊のチーズ、そして遠路遥々ようこそいらっしゃいました…の海の幸。これからの2週間、重たい料理ばかりになるだろうから…と、ナッシュ・マルクト内にあるギリシャの魚専門料理店【Nautilus】に入りました。10.9€と12.9€のメニュー二種。それぞれ本日のスープか前菜盛り合わせとの組み合わせで、人参の生姜風味スープにはお魚のフィレが一切れ乗って居て、先輩もご満足の様子。私も、変化に富んだ盛り合わせにホクホク。特に小さな蛸のマリネは、葫が利いて美味しかったです。安い方のメニューのメインはレモン風味ルッコラ菜ソースと海老のペンネ。 これは、生クリームに刻んだルッコラ菜とレモンの皮が入って居て、見た目より一寸重たいお料理でしたが美味しかった!1時頃になるともうお店は満席。日陰でぽかぽか陽気にそよぐ風に身を委ねて座って居ると心地良くて立てなくなってしまいそうだったので、早々にお店を出て街中へと向かいました。オンラインで予約しておいた楽友協会の立見席。 21日の午後に丁度、ウィーンフィルが特別演奏会を開くのです。裏のチケット売り場で予約確認メールと正式チケットを交換し、今度は国立オペラ座へ。公式オフィスでは「明日の晩?ある訳ないだろ?」とつっけんどんに追い返されたのですが、その戸口で禿鷹の様に集って居たのがチケット事務所の連中。色々な事務所のある中で、お互いに連絡を取り合いながら、客を斡旋するシステムらしく、前以て事務所が29€で購入しておいたチケットを49€で先輩に売り払いました。これには私も不満だったのですが、事務所の取り分が10€、前日だから更に10€上乗せ…と、説明している本人が俯き加減で早口だったので、一寸不憫にもなってしまったのもあります。有名なケルントナー通りを行こうとしたのですが、この日の晩のサッカー・ヨーロッパ選手権はトルコ対クロアチア。呼笛、ラッパ、怒声、酔っ払った応援団で埋め尽くされているこの通りを歩くに忍びなく、一寸横道に抜けたら迷子になってしまい、先輩に思いっきり歩かせてしまいました…ごめんなさい。中央郵便局に行き、ほんの一息入れて今度は南駅に行こうとすると、これが又直ぐに見付からず、午後は観光しているのだか遠足(走)しているのだか分からなくなって来ました。喉は渇くし、汗だくだし、やっと乗り場を見つけてほっとしたのも束の間、今度はその列車が警察の警戒規制にあって1時間以上の遅れ。頑張って仕事を早々に終えてくれた夫とBadenで待ち合わせする筈なのに列車が来なかったので、ウィーン迄車で迎えに来てもらいました。幸い、ウィーンの南側からは渋滞にも会わず、あっと言う間にBadenを越えSooßに到着。お気に入りのホイリゲSteiner "zum 67er"に入り、中庭のテラスに腰を下ろすと、いきなり疲れが足を襲います。仕事で疲れているだろうに、それを察して夫が、店内から様々な料理を運び出して来てくれて、それを肴に白ワインのシャルドネを飲みました。先輩がこの日ずっと抱えていらした袋から色々取り出して、「二人へのお土産に」と渡して下さいました。とても可憐で美しい、宇野千代さんの名を仰いだ陶器のお茶碗、わらび粉を使ったさっぱりして滑らかな珍しい外郎、はちみつ入りの錦帯せんべいや、無知な私達を見越して、錦帯橋の説明用に図柄の入ったタオル…等など。今日一日中、私の無知が先輩をあちらこちら引きずり回してしまったのに申し訳無い限り。夫と先輩も英語や身振りで意気投合。20年の月日が無かったかの如くの再会の様に、夜は音も立てずに過ぎて行きました。
2008/06/21
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ザルツブルクのある女性が、そのお産を助けた医師団に対し損害賠償を求め、 最高裁判所で勝訴したとの報道がありました。 何が「損害」かと言うと、 彼女の産んだ「身体障害の新生児」です。 オーストリアの法律では、その両親が出産を何らかの事情で打ち切りたい場合、 お産の前日迄は合法的に打ち切る事が出来るのだそうです。 「生まれて来る子供が障害を持っていると知っていれば 絶対に欲しくなかった。 障害があると知っていながら親に知らせないで産ませた医師団に その責任がある」 今の法律では確かにその言い分は通るので、 この障害を持つ赤ちゃんが生きて行く上で必要な経費を勝ち取ったと言う事です。 この女性が正しいかどうか、 そんな事をとやかく言うつもりはありません。 9ヶ月もずっと苦しい想いをしながら、 色々夢に描いて、話し掛けて、 我が身に大事に抱えて育てた挙句に 生まれて来た、 命。 その生けるものを「損害」と呼ぶ 心の 正にその真下に9ヶ月も居たあなた。 きっと、 人一倍優しい命になるのでしょう・・・。
2008/06/18
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私には二周り上の大姉と二つ下の小姉が居ます。二周り上の大姉は血縁上叔母なのですが、彼女自身私の父母を「お父さん、お母さん」と呼び慕って居ます。何度も入退院を繰り返した私の母、即ち彼女の姉の代わりに、未だ小さかった私達の世話を良くしてくれました。同じ辰年と言う事もあり、血液型も同じBで、叔母と言うより大きなお姉ちゃんとして見上げて来ました。私共の世話や一人残った祖母の元に居たりで婚期を逃してしまいましたが、一人ぶらりとインドから南欧を通り北欧迄半年以上も旅行をした人で、その当時に出来たボーイフレンドがユーラシア大陸に点在しているようです。彼女の旅行写真を見て「何時か私も日本を出るんだ!」と決心したものでした。本を立て続けに送ってくれるのもこの大姉です。6月の始め、彼女の誕生日に私達が好んで飲むオーストリア白ワインを贈ったのですが、普段はフランス・ワインしか飲まない彼女の口にも合った様で、とても喜んでくれました。直ぐに礼状が来たかと思うと、土曜日にも拘らず彼女から小包が届きました。重いのにEMS便、中を開けてみると、日本の味がぎっしり詰まっています。どんこ、大きな削り鰹、鰹だしパック、日高昆布、松の実、すり胡麻、芽かぶ、三輪素麺にとても愛らしい和三盆。そして、私が花粉症で酷く悩んでいると書いた為、消毒用にローズマリーを始めとする様々なハーブとミニ・ミルも入って居て、小包の蓋の裏側に、細かくどの様に飲んだら良いか等、とても丁寧に書いてあります。台所の食卓に並べた贈り物を前に、これを一つ一つ書いて箱に詰めている大姉の姿を思い浮かべながら、暫くぼーっと座っていました。 本当は一つ一つもっとゆっくり手に取って見たかったのですが、この日はチロルで2度のお食事を担当。オリーブ油や蜂蜜とハーブに昨夜から漬けて置いた牛肉や、付け合せアイテム等を保冷バッグに詰めて出発。オーバーエーストライヒ州を出た頃は日向で30度近くもあったのですが、ザルツブルクを抜け、オーストリア北側の括れ部分「ドイツの小さな角」を通り、Loferでかくっと左に折れて南下すると、新鮮な雪でお洒落をした高い岩肌がどんどん迫り、ルッコラ菜を買いに降車すると余りの寒さに歯が浮く程…見ればたった13度しかありません。 Saalachと言う川の流れる谷、この一帯をPinzgauと言い、かろうじてザルツブルク州ですが、山壁一つ隔てればもう夫の故郷チロルです。そのPinzgauの中でも一番大きなSaalfeldenと言う町の近くに私の小姉が住んでいるので、この日は彼女の新居のお祝いに立ち寄りました。この聳え立つ山の奥深く、夫は昔、兵役訓練を受けたとか。丁度真冬で雪が2m近くも積もった中の強行軍、「伏せ!」との命にがばっと伏せた夫の頭に樹から雪がドカンと落ち、ヘルメットの先がその大きな鼻にごつんと当たって鼻の骨を折った苦い経験のある山々です。小姉、即ち夫の姉のマシタは金髪をざくっと短く切り、暇さえあれば山から山へと登っては降り、働きながら二人の子供を立派に育て上げ、序にフィットネス・トレーナーの資格も取り、スタイル抜群、カッコイイ、歯に着せる衣を持たない靱やかな女性。離婚を決意し、今迄二人で築き上げた家も明け渡し、今は娘さんと二人で小さな借り部屋に住んでいます。もう直ぐ別れる旦那さんの元に住んでいる息子さんがこの日は遊びに来ていて、夫と私が悪戦苦闘しながら作ったルッコラ・スパゲティを美味しいと言いながら食べてくれました。(ベーコンと葫の微塵をゆっくり炒めた物をパルメザン・チーズの荒削りと生のルッコラ菜と共にスパゲティと和えるだけ…簡単過ぎて申し訳ない…)子供達がそれぞれ用事で出て行った後、小姉マシタは多少憤りながら「昨日、家に物を取りに帰ったら午前中だと言うのにアイツの彼女が出て来た」と話し始めました。「私達、昨夜かなり遅くなっちゃって今頃朝食ってとこなの」と、ヘラヘラと言ってのけたとか。離別を決めたのはマシタ自身なのだけど、いざ元連れ合いが新しい連れ合いと共に居るのを見てしまうと腹が立つ。私達には子供が居なかったから、マシタの様な苦しみは無かったにせよ、当時私が離婚を決めた直後、未だ引越しが始まったばかりなのに新しい彼女の物が急速に家の中に増えて行った事を、一寸懐かしく想い出しました。谷間に細々と伸びる道を北西に辿ると夫の田舎St.Ulrich。お父さんの家の庭に簡易射的を打立て、皆でアーチェリーを試みました。マシタや夫の妹ニニも、始めると結構夢中になっています。見ると、果物の樹木はすっかり咲き終わり、小さな実をほんのり膨らませています。 これは西洋洲桃。こちらは林檎。お日様が顔を出しても矢張り気温は14度を越えず、早々に家に入って久々の団欒。ペチカに薪をくべると、とても柔らかな暖かさが部屋一杯に広がります。火元に鍋を載せると、それだけでお湯が沸くので一石二鳥。その中にじゃが芋を放り込み、沸騰後は保温調理。ニニとマシタがサワークリームと葫でとても美味しいディップを作ってくれました。6人分のステーキを焼かなければならない…それも父の日へのプレゼントとして…昨夜からずっと緊張していたのですが、塩を振るのを忘れた以外はまあまあの出来だったかな?小姉マシタは昔、料理学校を卒業したにも拘らず、今は余り料理を作る気がしない…と、横で溜息を付いています。きっとその内、作り甲斐のある日々が来るに違いない! 食事が終わるとお決まりのカード遊び。「愛情面で幸せだと遊戯でのツキが無い」と良く言われるのですが、この晩は何故かそれを裏付ける結果になってしまいました。独り者のニニとマシタのチームが私達とお父さんのチームに圧勝。赤ワインも一本、又一本と空になり、ペチカの火は消えても余熱で仄々暖かく、小姉マシタも嫌な出来事を少し忘れる事が出来た様でした。
2008/06/16
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スタッフの皆様、お忙しい中迷惑トラックバック処理有難うございます。又、同じ方から迷惑トラックバックがありましたので処理のお願いに上がりました。http://baurano45741.blog17.fc2.com/この方から何時も迷惑行為を受けています。本人に連絡の取り様がありませんので、是非ともスパム対策の程宜しくお願い致します。
2008/06/14
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トルコは禁句?いえいえ、禁句じゃないんですが、夫の前の彼女がトルコ女性だったのです。私と付き合い始めた頃暫く、そのまま彼女との写真をピンボードに貼り付けた侭にしておいた彼。今でもたまに彼女からメール等で打診が来ると、それを又正直に夫が伝えてくれるので、焼餅焼きの私は、「トルコ」と言う言葉に過敏に反応してしまうのです。此処オーストリアに来たばかりの頃、ドイツ語学校で知り合った女の子もトルコ人でした。トルコ絨毯修理をしている目鼻立ちの非常に美しい女性で、時折一緒にお茶をしたりしたのですが、その当時私達二人共余りドイツ語を話せなかったので、彼女のお国の事をゆっくり訊く機会も無い侭連絡が途絶えてしまいました。暫くして、今度はオーストリア人との付き合いが増えて来ると、今度はトルコ人や旧ユーゴスラビア人のオーストリア内での地位を否応無く知らされる事になりました。オーストリアが働き手を必要として大量に呼び寄せて置いて、自国民の失業率が高くなると彼等の所為し、罵倒や蔑視が絶えない。日本にも似た様な恥ずかしい一面がありますが…。今迄私が直接知り合ったトルコ人は、皆、暖かく穏やかな人ばかりでした。夫とその友人が泥酔して、真夜中の大通りのど真ん中で転び伏して起き上がれずに居たのを見て、慌てて道の中央に躍り出て猛スピードで走って来る車を停めようとしてくれたのも、若いトルコ青年達でした。私共の住む州の首都、リンツへ行くと必ず、トルコ人区と言える程彼等の店の立ち並ぶ一角に私達は足を向けます。普通のお店に見られないスパイスやペースト、幾種ものオリーブや新鮮な山羊のチーズ、ワイルドな状態の野菜達、時にはお魚も並び、トルコ迄足を運ばずに少しだけその食文化を垣間見れるかの如く、楽しめるのです。そしてトルコ専門料理店!大抵トルコ人しか中に居ないので入るのに一寸勇気が要るのですが、勿論誰も噛み付いたりせず、放って置いてくれます。午後も濃くなって来た或る土曜日、私達は何時ものトルコ料理店へ行く為わざわざリンツ迄車を飛ばしたのですが、残念ながらお店は閉まってしまいました。お寝坊する方がいけないのですが、お腹は空いているし、トルコ料理を食べるぞ!と頭から爪先迄、その味付けに向かって気を揃えて居たので、他の物を食べる気になれません。(融通が利かないの一言ですね。)私達は暫くヘロヘロとその界隈を彷徨って居ましたが、小さな間口のお店を見つけたのでそのまま入って行ってしまいました。トルコの衛星テレビでサッカーの中継を見ながら、男性6人程大きな卓を囲んでトランプで賭けをしています。「お袋さん」と呼びたくなる女性はカウンターの後ろに立っていらしたのですが、たどたどしいドイツ語で「もう食事の時間は過ぎちゃって殆ど何も無いよ」と、申し訳なさそうに話しかけて下さいました。「アンタ、なんか作っておやりよ」ってな感じの事を多分、トルコ語でトランプに興じている男性に声を掛け、掛けられた男性も嫌な顔一つせず立ち上がって「じゃぁ、スープとグリルで良いか訊いてみ?」ってな具合で厨房に立たれました。私達は「もう何でも良いです」と、言わずもがなの顔で小さな卓に腰を下ろしました。「レンズ豆のスープなら直ぐ出せるけど、それも欲しいかい?」とお袋さん。私は「ハイ!」と一寸元気良過ぎる声でお返事してしまいました。夫は元々、スープのファンでは無い上、ベジタブルは食事の内に入らないと思っているので、「僕は良いです」なんて澄ましています。ですが、その日は未だ、雪が風に忍んで居る様な、晴れてもすっきりしない2月の終わり、当ても無く空腹で歩いた後で「僕はスープ要らない」なんて贅沢の極み。私の前に運ばれたレンズ豆のスープからほわほわと暖かでスパイシーな香りが立ち、隣の夫が遂に「僕にも一口…」と言い出しました。お袋さんが「それ掛けて食べてね」と大きなトルコ独特の平パンと一緒にレモンの八つ切りを持って来て下さいました。結果、最初にスープを口にしたのは夫、最後に平らげたのも夫、「何でこんなに美味しいのー?」の連呼。見た目ドロドロ、色は茶色、最初は恐る恐る試していた夫からスプーンを奪回するのに非常に苦労しました。その様子を見ながらお袋さんがニコニコ…「もう一寸したらグリル出来上がるからねー」。グリルは羊肉。これが又、どうマリネにしたらこうなるのか、厨房内を覗きたくなる程癖が無くてジューシーで美味しかった…それにトマトやきゅうりの輪切り、ざっくばらんに切った玉葱が添えてあるだけのシンプルさ。この羊肉グリルにも感動しながら、「あのレンズ豆スープ、美味しかったよなぁ…」と何度も言う夫に説き伏せられる前に、私も食べたくて直ぐにレシピを探しました。色々あるレシピの中から適当に混ぜて自己流にしてしまったのだけれども、あのお店で食べた味にかなり近い!と、夫の太鼓判を頂いたのがこれ。 まずは、レンズ豆(出来れば赤)250gを水・又はお湯に浸して戻して置きます。根菜色々集めて縦割りにし、オーブントースターで焼きます。セロリ・パセリの根があるとなかなか根性のある味になります。 その間に、玉葱2個を微塵にし、調理鍋にバターを熱した後炒めます。うっすら焦げ目が付いた根菜をフードプロセッサーで微塵にし(手で切るには一寸熱いから…)、黄金色に炒めた玉葱に合わせて更に一緒に炒めます。ここでクミンパウダーやカイエンヌペッパー、タイムやローズマリー、塩・胡椒、チキンブイヨン等で思いっきり味付けをし、浸した水(湯)ごとレンズ豆を流し込み沸騰させます。ここで、 真空保温調理器があれば、その調理鍋をそのまま保温調理器に閉じ込め数時間作った事を忘れます。忘れた後に又思い出して、蓋を開けるとレンズ豆が全ての水気を吸い取ってスープ何だか煮豆何だか分からない状態になっています。それでも気にせず、ミキサーでピュレー状にします。跳ねると物凄く熱いので気を付けましょう…。 これじゃぁ一寸ドロドロ過ぎてスープじゃない・・・時は、ヨーグルトやサワークリーム、又はお湯やスープで伸ばします。真空保温調理器が無い場合…これはやった事ないのですが、鍋底が直ぐに焦げ付く筈です。私には3時間も鍋底をかき回す根性が無い…。 昨日、立ち寄ったスーパーに何と香菜と紫蘇の鉢植えを見つけました。膀胱炎に罹って気分がずーんと落ち込んで居た矢先でしたので、この二人が私を見つけたのだと勝手に思い込んで衝動買いしてしまいました。今日は、その内の一人、香菜の葉先をちょんちょん摘んでスープに散らしてみました。話に聞けば、このレンズ豆スープはトルコに旅行すると必ず出て来るとか。トルコと聞くと元彼女の名前が私の中で毬栗の様に突き刺さって居たのですが、このスープのお陰で毬が余り痛くなくなって来た様な…食いしん坊は生来お気楽なんですねと、改めて思いました。
2008/06/13
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朝寝坊をしてしまった以上、昼食に牛肉の塊ポトフを仕上げるには隠蔽凶器を使わなければならない。…非常に物騒な書き出しで申し訳無い。何を隠そう、ミートソフターの事である。幾らシャトルシェフが優れているとは言え、加熱直前迄冷蔵庫に入っていた牛肉の塊をいきなりガンガン加熱して、たった4時間で頬が落ちる程柔らかくなっている自信は無い。ポトフと書いたが実は「Tafelspitz」と言うオーストリア郷土料理で、Tafelは卓、Spitzは先端の意、牛のお尻の尖った辺りのお肉の形を卓に見立てた代物だ。ドイツ語の料理名に何かを見立てて付けられる事は殆ど無い。名前を聞いただけでその材料と料理法が一気に分かる様な、非常に実用的な名前ばかりである中で、稀有な存在である。 牛肉の塊をブーケガルニと共に調理鍋に放り込む。背骨とかあれば適度な脂身がスープの目となって浮いてくれるので序に投げ込む。根セロリ、パースニップ、人参各種、根パセリ等を細長く切った物を小さなオーブントースターで前以て焼いて置くともっと味が濃くなる。【根セロリ】セロリアック【根パセリ】【パースニップ】オランダボウフウ【イエローキャロット】パセリの葉や長ネギ等は投げ込んだ全ての材料(ひたひたの水と塩も含めた)がふつふつと言い始めた辺りで入れる方が苦くならない。葫を軽く潰した物、玉葱の黄色い皮を残した侭半割にした物、粒胡椒、月桂樹の葉…何でも美味しくしてくれそうなアイテムも一緒に煮立てる。灰汁をしっかり取るも良し、灰汁も味の内としてそのまま保温調理に移行するも良し、然し、その場合は後でしっかり濾さなければならないが…。未だ冷たい牛肉の塊に、ミートソフターをぐわっしぐわっしと突き立てる。不思議な物で、これを見ていて痛い程行っても肉厚が余り変わらない。オーストリアでは肉を柔らかくするのに木槌でバシバシ叩くのだが、これをすれば一気に使い古した雑巾の様になってしまう。この作業をしている時、ふと先日私の同僚が言った言葉を思い起こした。「メグミ、アンタ、アーチェリーが気に入るのは良く分かるけど、その内新聞に『日本人音楽教師、遂に怒り狂って同僚20人を弓で射殺す』なんて記事が出ない様にしてね」実に、複雑な心境である。そう言う風に見られているのか…。今にも爆発しそうな、それを隠し持っている様な、そんな人間だと思われているのだろうか。否、思い当たる節が無きにしも在らずである。学校の教師と生徒で編成された弦楽オーケストラの練習中、余りに教師陣がふざけ、くだらない冗談に自ら得意になり、指揮者の言う事の揚げ足を取りつつ、全く自ら「音楽」に向かわず、演奏が纏まらず、そのお陰で練習は長引き、自分の中で爆発しそうな苛々がそのまま、ホルンのベルをカチカチ叩き、それを抑えるべく何か別の考えに移ろうとして真っ先に思い付いたのが「弓打ち」だった。 しかし、勿論その同僚達に向かって矢を放つなんて考えは一瞬も及ばず、ああ、誰も居ない所で一本、又一本と弓を放てたらどんなに落ち着くだろう…と言うものだった。こう言う事でこんなに苛々している自分も、打ち放てる、そんな気がしたのだ。的なんて無くて良いのだ。在ったら却って駄目なのである。夫の弓矢は、的が動物の形をしていると良く命中する。 私の弓矢は、的が◎以外の形をすると全く無視してしまう。私の中の隠れた狂気は、依って、怒りの素を的とする事は難しい。…と、勝手な論理を立てて勝手に安心し、すーすー寝息を立てている夫の横に再び滑り込んだ。4時間後保温調理器の蓋を開けると、褐色のスープからほっとする香りが立った。お肉は塊の侭サーヴし、まな板の上で薄く切りながら頂く。その侭では一寸乾いているので、センメル(丸いパン)をスープに浸してバターや山葵とぐちゃぐちゃにした物(Semmelkren)をお供にする。隠し凶器ミートソフターのお陰で、牛肉は頬が落ちない迄も充分柔らかく、味も中までしっかり染み通って居た。 お腹一杯に食べてしまうと、暴走殺人の危険性が自らにある事等すっかり忘れてしまった。
2008/06/07
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我が独り食率、75%は軽く行くだろう。週の前半は独り暮らし、後半は夫の単身赴任先へ向かうのだが、そこでも昼食は大抵独りだ。今日は随分長い間聞かなかった上野誠氏の「万葉ごよみ」がポッドキャスト配信されているのを発見し、2007年夏の分から纏め聞きしている。高校から音高へ行ってしまったと言うのは情けない言い訳ではあるが、中学でかじった万葉言葉は大の苦手である。美しい響きがするのに、同じ日本語でありながら注釈無しで読めないのが辛くて、今の今迄遠くから眺めていた。このラジオ番組に於ける相手役の女性アナは、幾度入れ替わっても滑らかで美しい声の持ち主ばかりで、男性にしてはこれ又柔らかなお声の上野氏と、静かで、しかもウィットに富んだ会話がなされ、万葉がそのまま現代にすっぽり入った錯覚に陥る。これなら、少しずつ万葉の世界に近付いて行けそうな気がするから不思議だ。独り食によく作るのが粥である。 夫は粥を食べず嫌いしているのだが、私は二日酔いの朝…体中乾き切って、しかも胃も腸も荒れ果て、胸は焼け…そんな折に作って食し、文字通り「ケロリ」と治って以来、粥の美味しさに目覚めてしまったのである。具合の悪い時に食べて美味しい物は、健康な時に食べるともっと美味しい…と、料理の本にあった通りである。今朝、朝食後一番に玄米(50g)をシャトルシェフ・ミニの中で4倍の水(200ml)に浸した。この保温調理鍋の可愛さ、はるばる日本から届けられて小包を開けた時の感動は未だに忘れない。殆どオママゴトの鍋の大きさと変らないのだが、この子が出来る事は生半可ではない。独り食75%の私としては、大きなシャトルシェフ(4.5L)でたった一人分のお米を炊いたり、おかずを作ったりするのは不可能に近い。二食分のシチューを作るのが精一杯だったのだが、ミニの到来より毎食お世話になっている。シャトルシェフの料理本には30分水に浸す様に書かれているのだが、オーストリアの玄米は非常に頑固なので2時間は浸して置く。火に掛ける前に湯沸しで水を1L沸騰させて置き、緑茶とミントの葉、独特の臭みを消して調理用に粉末にしたステビア少量と共に別鍋へ。水に浸した玄米の入ったシャトルシェフ・ミニを火に掛け、沸騰したら保温調理鍋に入れる。レンジの電源を切り、その余熱でミント&緑茶の別鍋を煮立てる…これは、去夏チュニジアで覚えた茶である。煮立てて煩くなって来たので、未だ充分熱いレンジの上で今度は松の実を乾煎りする。こうして、出来上がったお茶を漉して、これ又サーモスのステンレス・ポットに仕舞い込む。これなら、注ぎ口をこれでもかと言う程分解出来るので、小さな茶滓の掃除は入れ歯洗浄剤と共に漬けて置くだけだ。まずはガラス・コップに注ぎ、炒った松の実を浮かべて一服。ほんのり涼しくじめじめしたこんな日でも美味しい。45分後、調理鍋を取り出しレンジ上で加熱。沸騰後、更に1時間保温調理。今度はその余熱を利用して、赤と緑のパプリカの細切れを炒めた。余熱だけで炒めると、パプリカの色がとても鮮やかなのだ。鳥のモモ肉を葫醤油に浸して置いた物を最後に煮詰め、パプリカと共に玄米粥に載せる。玄米粥でお米の花を咲かせるのは結構難しいのだが、この方法なら綺麗に開く。これが食べたいが為に、夫が「今日の昼は帰らずに仕事するね」と言うと、密かに喜ぶ事がたまにある。こんな想いをしないで済む様に、夫にもファンになってくれたら良いのに…。
2008/06/06
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まずは迷惑TB報告から。発信元HP http://douga-mix.kir.jp/jkt/index.html(奈保先生の特別授業)…スタッフの方、どうぞ「締め出し」宜しくお願い致します。先日たまたま「楽天ブログ」TOPへ入るとインフォメーションの下に、「迷惑トラックバックの対応実施」と言うスタッフの方の記事があり、それでそう言う物があると初めて知ったのだが、その記事がインフォメーションに無い場合、左のメニュー欄からスタッフの方へのリンクがある訳で無く、結構探し回ってしまった。この記事を書くのも、これを書いてスタッフの方の「迷惑トラックバック対策」と言うカテゴリにある記事へ直接トラックバックを送る事に依って送信元をブラックリスト処理して頂けると言う事なので書いて居るのだが、スタッフの方もいちいち手動でリストに加えて下さるのだろうし、大変だろうなぁと思う。ブログとしての機能を言えば、やはりスパム対策がどれだけ充実しているかを一番重要視したいと思う。ブログに対するアンケートの設問にもスパム対策に関して一問も無かったのだが、それを見ても、このブログのスパム対策への認識の低さが現れている様に思われた。私が思い切って楽天ブログを使えないのは、結局、迷惑TBやコメントの処理が非常に手間の掛かる事が大きな理由となっている。ある一定のスパム送信者を自ら締め出せないのは、ブログの機能としてかなりの欠如だと思う。人の出入りが多い楽天だからこそ、自分の意見を発表する甲斐がある。今後の「スパム対策」がどう改善されて行くか楽しみだ。
2008/06/01
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