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このままの日本じゃダメだ。俺たちが変えなきゃ。蔦のからまる喫茶店。浪人の時は、一杯のお茶で延々と討論した。お前、タバコ吸ってんの?高校の時、再会した旧友は大人ぶってタバコを吹かしていた。その時も、窓から蔦が見えていた。御茶ノ水の古い喫茶店。会社から御茶ノ水へ、その喫茶店を探して歩いた。余りの変わりように、何度も坂を間違え、何度も道端の案内図を見た。やっと、たどり着いた御茶ノ水。果たして、今も、蔦のからまる窓はそこに。30年前と変わらず、ポプラ並木の中に、ひっそりと残っていた。ただ、その扉は閉め切ったまま。営業はしていなかった。2階に上がるときギシギシと鳴った、あの油敷きの床はいまも健在なのか…確かめる術は無かった。
2006年04月29日
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36時間で、いっぱいに巻いた、頭のネジを緩めなければならない。それに、最もふさわしい行事を考える。大学の、仲間が半年前にやっと結婚した。超晩婚の初婚。大学時代の仲良しグループ。結婚祝いには、校旗に祝いの言葉を染め抜き贈るのが、恒例となっていた。彼に旗を贈らなければ…気にはなっていたが、東京と大阪の距離を言い訳に、ないがしろになっていた。遅ればせながら、彼の為に、特注の校旗を注文しに行こう。最良な、ネジ緩め方である。大学の裏門に行けば、かつて歴代の旗を作ってくれたお店は、すぐに見つかると思っていた。ところが、通ったはずの通学路を通り、裏門にたどり着いたときに愕然。道路の拡張で、何もかも変わっている。もちろん、旗を作ってくれた店の面影すら無い。困った。。。挙げ句は、大学の購買部に事情を説明、助力を乞う。結果、購買部が旗の特注を請け負ってくれ、落着した。一安心。しかし、問題なのは、大学の仲間の一人が、まだ、結婚していないことである。あいつが、結婚するまで、無事に旗は伝承出来るのかしら…
2006年04月28日
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疲労困憊していたから…昨日は、宿直。ゆっくり、綺麗な写真を紙面に載せて過ごしたかった。ところが、昨日は昨日で、例のナニでナニが保釈され、またもやバタバタ。仕事は、仕事でせにゃならん。現場が一段落し、帰ってきたカメラマンが寝たあと、残ったのは今日中に処理しなければならない残務の山。宿直室に向かった時には、外は明るく、首都高に朝のラッシュが始まっていたぜ。。。ふう。明けの昼休み、同期で同僚に昼飯を誘われた。こいつは、普段から張り切って仕事をしているタイプ。ハッキリ言って、話が合わない。ところが、二人で、大盛りチャーハンをほおばっていると…「俺たち、何の為に仕事をしているのかな…」彼から、超意外な一言。その一言で、ほんのちょっと疲れが飛んでいった。
2006年04月28日
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今日は例のナニの事件で、ナニが一斉にナニされたものだから、忙しかった。昨日から、その準備に追われ、深夜の帰宅。今日は、いよいよ本番となり、早朝の出勤。そして、余波の中、今日も又、深夜の帰宅。寝不足と、疲労で歩く帰路。私鉄沿線の駅から吐き出された、人たち。街灯に照らされた、影が、自分を通り抜け追い越していく。影に殺される。。。その時に、ふと、そう感じた。
2006年04月26日
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昨日は、久しぶりに飲みに行った。夕方、突然、飲みに行こうと誘われたのに、「今日、飲んで帰るから、晩ご飯は要らない…」と、ママにメールをしなくても良いのが不思議だった。のれんをくぐり、ビールを注文。開口一番。「誰かと話しながら、晩飯を食うのは久しぶりだな…」その一言で、場が沈むのを感じた。沈まなくても良いのですよ。取りあえず、今は、一人で、晩酌をするのも楽しんでいるのです。会社の同僚と一緒にご飯を食べていているときに孤独なのより、一人でご飯を食べているときの方が孤独では無いのです。。。そんな、パパの日記を読んで、息子は「暗い」というらしい。
2006年04月25日
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今日は、午後から、成田空港で研修があるだけ。ゆったりとした出勤。ならば、一駅前で降りて歩くか…と、思ったら、乗り換え路線図の名前に、懐かしい路線名があった。こっちに電車に乗れば、母校の前か…ふらりと、母校に行ってみた。すっかりと変わった校門に驚きつつも、中に入れば、懐かしいイチョウの樹。相変わらず、青春を過ごした部室は、汚いゴミ箱のようだった。楽しかったなぁ。あの頃。楽しかったなぁ。あの頃。何回も、何回も、心の中で反芻しても、あの頃には帰れないのであった。
2006年04月24日
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今日は、休み。東京に転勤して初めて昼寝をした。昼寝の気持ちよさは、重々知っているので、かねてよりしたいことの一つだった。とは、ちょっと、大袈裟かもしれない。しかし、昼寝をするには、昼寝をするための儀式と理由の2点が必要なのである。儀式は、昼寝をすると決めた場所に、布団なり毛布なりを持ってくること。音楽を聴くのか、ビデオを見るのか、昼寝に導入する小道具も必要。理由は、「昼寝をする以上に大切なことは無い」という事を見つける事。今まで、昼寝に踏み切れなかったのは、昼寝の「理由」が見つからなかったから。大阪に居たときには、理由は簡単に見つかった。いつも、ママとくっついて、ことことと昼寝をしていた。その、安心感と連帯感が、昼寝に価値を見いだす大きな理由だった。だが、ママが側にいない今、近所の探検に出かける方が有意義としていた。今日は、雨の予報にも背中を押され、疲れを取るべく昼寝をした。3時間の睡眠から覚めたときには、床の上で適当に寝たために身体はバリバリ。隣に、「いつまで寝てるんだ!」と起こす相手も無く。外の歩道は、雨が降った跡もなく乾き切っていた。。。
2006年04月23日
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今日は、また、雨が降る。昨日、疲れ果てて寝たハズなのに、早朝に目が覚めた。ならば、雨が降る前に散歩に行くか…原付にキーを差し込んだ。地図を持たずに、道に迷う事を楽しもう。迷った先に、広がったのは干潟。遊歩道に立てられた看板を読むと、ラムサール条約にも制定されている干潟とか。「谷津干潟」という。冷蔵倉庫埠頭、江戸川河口、八柱霊園。。。お気に入りの場所が一つずつ増えていく。
2006年04月23日
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靖国神社は、春の例大祭である。こういうときに小泉首相が突然、靖国参拝をしたりする。早朝から、不測の参拝に備え、張り込んでいたカメラマンが帰ってきた。半日、靖国の境内にいた彼の言葉は…。「靖国神社って、何だか気味が悪い。怨念が渦巻いているようで…」私にとって、靖国神社とは、子供の時の遊び場だった。小学校、中学校と靖国神社の近くの学校に通った。だから、級友の多くも近所に住み、靖国とは、そこで戯れ、待ち合わせをする場だった。同じ境内でも、怨念の場と、遊び場と見方が分かれる。大人の靖国と、子供の靖国。20年ぶりに東京で生活をして、至極、疲れを感じる。住み慣れた東京なのに、何故か、疲れる。なぜだろう…私が、今住んでいるのは、子供の時に過ごした東京ではないのだろう。親から守られ、大人の世界に触れずに過ごせた、子供の時の東京。しかし、今は、利害がからみ、競争を余儀なくされた、大人の東京に住んでいる。久しぶりに再会した親友「東京」が、本性むき出しで襲いかかって来る。。。
2006年04月22日
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佐倉からの帰り、ねぐらからすぐ近くの江戸川土手に行ってみた。「海から2.5キロ」堤防に立て札が立っている。川面には、漁船。うち捨てられているのかと思っていたら、一艘、また一艘と川を下っていく。自分が住んでいるところは、漁村だった。埋め立てが進み、かつての漁村は、海から2.5キロまで追いやられてしまっていた。周りは、開発が進み、マンションとショッピングセンター。しかし、漁村は死んではいなかった。。。
2006年04月20日
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千葉県佐倉市にある国立民族学博物館。展示室を見ていると、突然名前を呼ばれた。振り返れば、懐かしい顔。高校時代の同級生が笑顔を見せていた。聞けば、ここで学芸員として働いているという。こんな自分を、忘れないでいてくれた…嬉しかった。。。大学時代の話である。本日は「休み」と決めた。ならば、どこに行こうか…あの時、同級生から送られた「喜び」を、今度は、こちらからプレゼントしてやろう。原付で、佐倉まで40キロの旅に出かけた。2時間後、懐かしい建物が目に入る。目指すは受付。はやる気持ちで聞いてみた。「20年前、こちらに居た○○さんは、今もいらっしゃいますか?」ソファーに通され、待つ時間が長かった。向こうから懐かしい顔が現れるようで。。。果たして、現れたのは、受付の女性。「申し訳ありません。現在、そのような者はおりません。当方も調べましたが、何せ20年前の事で、知っている者もおりません。」一瞬の内に、20年の歳月が残酷に流れたような気がした。丁寧に、礼を言うと、エントランスのベンチに身を沈めた。悲しくて、悲しくて、その時に吸ったタバコの味も覚えていない。。。
2006年04月19日
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鯖の塩焼きが食べたい!食べたいものは、どんなに高い値段を出しても食べたくなるものである。宿直勤務。部員みんなと、弁当を注文する。注文するメニューはもちろん「鯖の塩焼き弁当」!と、思ったが、値段を見て驚いた。¥980。なんぼ東京は、物価が高いと言っても、「きゅうひゃくはちじゅうえん」は無いだろう。鯖の塩焼きだぜ。鯖の塩焼き。いくら食べたくても、「きゅうひゃくはちじゅうえん」には負けた。しかし、この雪辱をしないわけには行かない。晩ご飯のおかずを買い出しに行った「生協」。塩鯖半身「ひゃくえん」。迷った挙げ句、バスケットに。迷った理由は、勿論、魚を焼けるかどうかである。今日の晩ご飯。「はっぴゃくはちじゅうえん」を節約して、しかも、生まれて初めて魚を焼くという経験を得られた。ごちそうさま。。。
2006年04月18日
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明けだから、久しぶりに早く帰ろう…と、ねぐらにたどり着いたのが、5時半。傾きかけたものの、太陽はまだ見えている。原付で散歩に出かけた。江戸川の堤防を走ったら気持ちが良いかしら…脇道から堤防に乗って5メートル。お巡りさんに停められた。最初に声を掛けられたのは、若いお巡りさん。「この先の標識を見て。一方通行だから引き返してね。」「すみません」ってなもんだ。素直にUターンをしていると、ここでもう一人のお巡りさんが走ってくる。「エンジン止めてっ!免許書出してっ!」「どうして、標識があるのに逆行するの!」悪役登場である。俺が入った脇道から、ここまでの間に(たった5メートル)標識の一本も無い!「あんな脇道から入っちゃダメでしょ。常識でしょっ!」交通は、「常識」じゃないつーの。道が有って、入っちゃいけないのだったら、公安委員会が設置した標識が無きゃだめでしょ。ったく、こんな事で免許に傷が付いたら泣くに泣けないぜ。自慢じゃないが、20年以上無事故、無違反である。押し問答の末、何となく悪役お巡りさんも分が悪いと思い出したのか…「免許の住所が大阪なのは何故?」と、別件を口にし出す。もう一押し。ヨヨヨ。。。泣くも涙の単身赴任なんです。。。ヨヨヨ。。。「単身赴任ですか…大変ですね…。ま……今回は注意だけということで。」良かったと言うか、悪かったと言うか。5分後に開放された。気持ちの良い散歩のハズが、後味が悪く、写真を撮るのも忘れたぜ。。。
2006年04月18日
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さて、昨日、遊んだ記録。東京に転勤になって以来初めて、本格的ツーリングに出た。目指すは山梨。曇り。ルートは、246から県道経由413。徐々に北上。139で河口湖を経由した後、137で甲府入りと決めた。久しぶりのワインディングを重ねて、道路案内の表示に、「山中湖」の文字が見え始めたとき、突然、目の前に富士山が現れた。「ひゃ~。富士山やんけ。曇りだから見えないと思っていたけど、よー見えるわ。これって、むちゃむちゃラッキーちゃうの!?」余りに嬉しくて、ママに写メールした。「富士山見えた!」しかし、悲しいのは、携帯電話に付いているカメラの性能。まだ、白い雪をいただいた富士山は、曇り空に溶け込んで写真には写らない。「まっ。いいか。写真はオマケだし。。。」ところが、ママからの返事は…「やったね。よかったね。」。。。写真には写らなくても、ママには気持ちが伝わった。写っていなくても、分かってあげようと、心の目で見てくれた。夫婦とは、お互いに助け合い、喜びを倍増してくれるパートナー。生きていく上で大切な、ターボチャージャーみたいなものか。。。感謝しつつ、目的地に急いだ。
2006年04月16日
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昨日関西に雨を降らせた雲が、今日は関東にやってくる。で、昨日は目一杯遊ぶ。今日は、ゆっくりと過ごす。と、計画を立てた。昨日までは、計画通り。目一杯遊んだ。さて、今日は…朝、起きたらやはり雨が降っている。遊んだ疲れを取るべく、銭湯に行ってみた。インターネットで調べると、近所に銭湯は2軒。その内、一軒が昼から営業している。昼間の銭湯は、空いているだろうと思いきや、意外に人が居るものだ。嬉しかったのは、町中のひなびた銭湯にかかわらず、露天風呂が有ること。ゴツゴツした岩風呂の感触。鉛色の空。すだれの向こうに、先端だけのぞかせた立木。旅先の国民宿舎で日帰り立ち寄り湯をしたみたい。。。久しぶりに、「風呂に入った~っ」と思えるリラックス。リラックス。…していると、こういう時のお約束通り、入れ墨を背中いっぱいに入れた人が。。。トマソンの法則。全ては計画通りである。
2006年04月16日
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20世紀梨は鳥取と書きましたが、調べれば調べるほど意外な経緯が。20世紀梨が生まれたのは、千葉県松戸。昨日の写真の地域。それも、ゴミ箱の中から。千葉県松戸市に住む、13歳の少年がゴミ箱の中に、梨の苗が生えているのを発見。育てた末、10年後に丸く結実したのを見た。食せば、今までにない甘さとみずみずしさだったとか。宝物は、自分の身近に有るモノかも。しかも、価値を見いだしにくい所に。20世紀梨の話は、メーテルリンクの「青い鳥」より面白い。
2006年04月15日
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ありゃ何かね… ブドウ畑かね…今月の初め、、引っ越しの手伝いに来た、ママと話した。西船橋から松戸に向かう列車の窓の外。不思議な低木の畑が所々に見えた。あれから半月。低木畑に花が咲き、何となく答えが見えてくる。こりゃ、どこかで見たことがある風景だ。米子に向かう、バスの窓から…鳥取。畑。低木。花。。。梨だっ!色々と調べて分かった。実は、茨城、千葉は梨の収穫量が全国で、それぞれ1位、2位。鳥取は3位なのである。(平成15年の収穫量)では、何故、梨=鳥取と思うのか…鳥取は、「20世紀梨」の生産では全国で1位。しかし、幸水、豊水などのその他の種類も含めると3位まで落ちると言うこと。「梨=20世紀」と思っている浅学が「梨=鳥取」としていた。さて、自分は、梨の有数の産地に住んでいることが分かった。そうなれば、それを、より面白く見たいと思う。空から見たらどんなになるのだろう…果たして、梨畑をヘリコプターを使い、真上から見たのが、上の写真。地上に散りばめられた雪の結晶。実を結ぶために精一杯腕を伸ばした「春の結晶」だった。。。
2006年04月14日
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頭の調子も徐々に良くなっている。一人で暮らす術も、段々と身に付いてきた。近所のスーパーのほとんどが、9時閉店だと分かった。で、8時半頃になると、ほとんどの総菜が半額になる。帰宅途中に買い物をするのに、ちょうどよろし。本日買ったモノは、大根の煮付け、ひじき、マカロニサラダ、グリーンサラダ、酢豚。以上で350円。明日のブランチも込みです。タイムサービスの半額品では無く、他のスーパーでは常に豆腐は2丁で98円。豆腐に梅昆布茶を素をそのまま掛けて食す。これが、なかなかの美味である。。。
2006年04月12日
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東京は荒井由美である。荒井由美の曲を聴こうなどと、大阪では思わなかった。ソーダ水の中を、貨物船は通らないし。高速道路脇の、競馬場やビール工場が有るところは、渋滞と事故の名所。何か違う。でも、東京に来て、「聴きたいっ!」という衝動に襲われた。それは、きっと、思春期の思い出と荒井由美が脳の中でリンクしていて、東京の空気に触れたことで、急にスイッチが入ったのでしょう。予備校の時、「俺は絶対にユーミンのバックバンドのギタリストになる!」と言って、休み時間になると机の上でギターをかきむしっていた奴。男ばかり、深夜の中央高速を親父のボロ車を持ち出し、大声で歌いながらぶっ飛ばしたこと。早春の午後、由比ヶ浜に車を停め、女の子と黙って海を見ていたこと。(ママごめん)。。。。そんな、思い出の数々の中に、必ず荒井由美がいた。。。休日の目標。PSで三浦岬を走るど!
2006年04月11日
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今日は参った。今、一人東京に居ることが、イヤでイヤで仕方が無くなった。何が有ったわけでは無いけれど、一人はイヤだ。。。そう思い出したら、止めどなく感情に身体が支配されていった。大学を卒業し、最初に就職した会社。初任地は札幌だった。その時は、何とも思わなかった一人暮らし。次に、就職したのが今の会社。これも、大阪だから一人暮らし。が、その一人暮らしは、すぐに終わる。一人のチャーミングな女性と恋に落ちた。彼女の部屋には、パキラのミニ観葉。夢中の二人に割り込まず、水を与えられるのも忘れられてしまった。果たして、枯れたパキラ。。。今、ここ、一人の部屋にはパキラがある。その時の彼女が置いていってくれたものだ。「ちゃんと水ぐらいやりなさいよ!」ママはその思い出を、知ってか知らずか、パキラを置いていった。一人暮らしを初めて、部屋で聞くCD。『彼女の顔と思い出が、僕にまとわりつく』敬愛する歌手、ボズ・スキャッグスが、アルバム『スローダンサー』の中で歌い上げる。
2006年04月10日
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映画「下妻物語」が好きだ。主人公2人が演じる『群れない生き方』が好きだ。今日の天気予報は晴天。8時に起きて、ねぐらのある千葉から茨城に、原付でひた走った。目指すは牛久の大仏。牛久の大仏は、「下妻物語」の所々に登場する、重要な大道具なのです。憧れの、映画の舞台へっ…!て、ちょっとミーハー過ぎか。でも、行った。やったー。遂に会えたぜ、牛久の大仏。しばし、満足の一時。。。目的を果たし、時計を見ると、まだ、昼前。帰る前に、ちょっと寄り道。次なる目的地は霞ヶ浦。着いた所は、広い広ーい田園。ただただ、広い世界の中の一本道をひた走る。気持ちよいぜ。…何となく退屈。……何でこんな所を走って居るんだろう。。。転勤前。ママと一緒に走っていれば、どんなところも楽しかった。どんな天気でも、思い出になった。ママと一緒に走る前は、帰って写真を見せるのが楽しかった。どんな状況でも、無事に帰ることを最終目的にした。今。何でこんな所を走っているのだろう。。。夫婦とは最小で、最高の群れだと思った。
2006年04月09日
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久しぶりにバイクで街に出た。東京生活のお伴に連れてきたバイクは2台。その内の1台。房総(×暴走)専用にと送っていた原付が今日やっと届いたのだ。嬉しくて、地図も持たずに飛び出した。週末の幹線道路は渋滞だらけ。自宅周辺の山道とは大違い。ミニツーリングの楽しさもそがれ気味。。。それでも、自宅の周りに無いものを感じたときには、ちょっと旅情に浸る。海。潮の香り。貨物船。雨上がりの埠頭。三脚を立てての記念写真。最近撮ったツーリングの記念写真と言えば、ママと並んでバイクも並んで。。。一人の記念写真こそが、久しぶり。。。
2006年04月08日
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今日は、人並みに7時には帰宅した。それも、そうだろう、昨日の昼2時から、まる35時間も仕事をしてるのだから!もっと早く帰りたかったが、帰り際に部長に呼び止められた。話があるらしい。ー おっ! 早くも異動希望調査か? やったね。1週間で烙印を押された。大阪に帰りたいですっ。 ー社屋内の喫茶店に二人対峙して座り込むと、話が始まる。しかし、部長の口から出た内容は、予想と全く違う。部員の素行に関する注意事項多数。(不幸にも、私は管理職の肩書き付けたまま東京に来ているのです)「君も、部員の罠にはまって足をすくわれないようにしてね」「特に、今まで見ていると、君には部員につけ込まれるスキが沢山ありすぎるからね」東京で生きると言うことは、生き残るということのようだ。ここ東京に居る人は、「今の地位」「生活」そして「東京本社にいる自分」と守ることがいっぱいあって、前に向かってなかなか飛び出せないように見える。タンポポは、何故、ふわりふわりと飛んで行けるのか…それは、大切な物を一つだけしか抱えていかないから。半身不随のため、口にペンをくわえ、詩画を創作する星野富弘さんの詩にはそうある。。。
2006年04月07日
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連日の残業。とぼとぼとした足取りで帰る「我が部屋」。無機質な鉄の扉が並ぶ、アパートの廊下。階段を上がって、三つ目の扉。そこに立ったとき、おやっ?と思った。部屋に灯りが。。。さては、早くも寂しくなったママのサプライズ訪問か…はたまた、予想だにしない出会いが扉の向こうにあるのか…何となく、ワクワクする思いで、鍵を開けた。果たして、部屋の中で待っていたものは、何ら変わりないガランとした空間。我が家に灯が点っているのは良いモノだ。普段なら、当たり前の事だが、この時は、その何でもない日常を懐かしく思った。電気を消し忘れて出て行った自分が、自分にちょこっとプレゼントをくれた。。。本日の、晩ご飯は、あのオリジン弁当。
2006年04月05日
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薄暗い蛍光灯の下。キーをオン。スタートスイッチを押す。ブォーッン。ドドドド。。。「いやー。元気かい?」その音がそう言っているように聞こえた。「お前程じゃないけれど、それなりにやってるよ」。昨日、突如、東京からバイクが届いた。いくつもの峠を一緒に超えた仲間に再会できるのは良いモノだ。何だかモヤモヤした気持ちが、ガレージに響くエンジン音に吸い込まれていった。また、会おうぜ。バイクと会った後の足取り。確かに、さっきまでの足取りと変わっていた。
2006年04月04日
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1日、2日が週末だったために、転勤休暇を2日得した。晴れて、本日から稼働開始。午後は、関係会社への挨拶、本社から上品なハイヤーで滑り出す。ここで快調に、、、と思いきや、???「何で、黄色で止まるんや!」「黄色は『急げ』やろ。イライラするわ」若かりし頃、大阪。取材現場に向かう車の中で怒鳴り散らしたのを思い出した。「赤で止まるな!前の消防車の後にピッタリくっついて行け~!」すっかり、自分のペースは関西人になっとるわ。本日の晩ご飯は野菜いっぱいのラーメン。
2006年04月03日
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いよいよ単赴任が始まった。正確に言えば、着任したのは28日。ママと一緒に上京した。そして、本日、新居の立ち上げを手伝っていたママが帰った。ついに一人。。。昨日の事。ママと一緒に近所のスーパーへ。当日の食材に加え、これからの生活を考え、保存食をカゴに入れるママに話しかけた。「本当に帰っちゃうの?…」寂しくて心の中で泣けた。今晩のおかずは、筋子丼。
2006年04月02日
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