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布袋様は変わり者です。布袋は実在の人物。本名は契此(かいし)、10世紀の中国後梁の禅僧です。半裸で大きなお腹、狭い額。杖を持ち、担いだ袋には日用品の全てを入れて、町を歩きます。そして物乞いをするのですが、布製の袋を担いだので「布袋」と呼ばれました。布袋には予知能力があると言われ、人々の吉凶や天気を占います。本人は弥勒菩薩の生まれ変わりと自称していました。そのため、布袋は弥勒菩薩の生まれ変わりと呼ばれる様になりました。しかし布袋は人間。916年に他界します。しかしその後も布袋の目撃談は後を絶ちませんでした。よく考えれば、布袋様は変わり者。しかし変わり者も極めれば神になる。わたしたちが憧れるのは、布袋の自由奔放さなのでしょうか。自分らしさを貫くこと、それを来年の目標としましょうか。もちろん、神になる気はありません。来年もよろしくお願いします。
2007.12.31
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昨日、私のもとに、小包が届きました。これは、marnon1104さんからの贈り物です。光栄にも、私がmarnon1104さんのブログの10万ヒット目となった記念です。贈り物は、福島の美味しいりんご。32個もありますので、しばらく美味しく頂けそうです。実は私はりんご好きですので、これはとてもありがたい贈り物です。今、私は奈良にいません。そこでこの贈り物も、marnon1104さんに無理を言って、別の場所に送って頂きました。とても感謝しています。ブログでは、不思議な出会いがありますね。最近は特に、皆さんのブログの輪も広がってゆくように思います。私のブログにご訪問下さる皆様同士でも、横の広がりがあれば更にすばらしいと思っています。今年もあとわずか。この残りの日々を、そして来年も皆様と共にブログの世界を歩めればと思います。これからもよろしくお願い致します。
2007.12.30
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魂を懸けた願い事。それは一生に、何度もあることではないと思う。しかし私たちは、毎年、魂を懸けて願い事をしているのです。初詣。神社で私たちは賽銭を奉納します。昔は石を奉納するのが、ならわしでした。今でも鳥居に、多くの石が置かれているのを見ることができます。石は本来、私たちの魂の代わり。神仏の祈願は、魂を捧げての真剣な祈願。その魂の代わりに、石を用いたのです。時代が変わり、貨幣が最も重要なものとなりました。そして石は、賽銭に変わります。銭の丸い形も、魂の象徴と捉えられたから。初詣。魂を懸けた祈りの時が間近です。あなたは、魂を懸け、何を願います?【関連日記】問題は 信じることができないこと ― 絵馬 ―
2007.12.29
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エビスは、「恵比寿」、「夷」、「戎」、「蛭子」と様々な表記があります。それは恵比寿の悲しい過去に由来します。恵比寿の過去を、最もよく表しているのは「蛭子」です。「蛭子」は文字通り「ひるこ」と読みます。それは、あの古事記に由来します。高天原でイザナミ、イザナギが交わり、子供が生まれます。しかしその子は足の骨がない、蛭の様な子でした。困った二人は、冷酷にも蛭子を海に流します。この蛭子こそが、恵比寿なのです。恵比寿は、体に障害を持ち、海に捨てられました。しかし幸運にも、西宮に流れ着きます。そして海の向こうから来た恵比寿は、「夷」とも書かれます。「夷」には、海の向こうの人、つまり異人の意味があるのです。海に深い関わりのある恵比寿は、釣竿と鯛を手にします。恵比寿は豊漁の神。しかし漁師は、水死体を恵比寿と呼びます。水死体に魚が群がり、豊漁となるからです。悲しい過去を抱えた恵比寿は、いつも満面の笑みを湛えます。弱者の悲しみを知るから、恵比寿は人にやさしくなれるのです。弱き者こそ、強くあれ。不幸を内に秘め、幸福を招き入れよ。自らの不運の源である海に向って、恵比寿は今日も微笑み続けるのです。【関連日記】もう血に飢えることはない ― 大黒天 ―
2007.12.28
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昔、十姉妹を飼っていたことを思い出しました。最も多いときには、20羽以上の十姉妹を、小さな小屋で飼っていました。その中に、薄茶色で小柄な十姉妹がいました。その鳥は、尾羽がほとんどなく、ほとんど飛ぶことができません。メス鳥ですが卵も産めないようで、仲間からもいじめられている様子でした。わたしはその鳥を、「しっぽなし」と呼んでいました。時は流れ、ある頃から、十姉妹たちの様子が変わってゆきました。子育ての上手なはずの十姉妹が、卵を放置したり、雛に餌をあげなくなったのです。その頃から、しっぽなしは献身的な努力を始めます。他の親の生んだ卵を、餌も十分に食べず、ひたすら温め続けます。通常の母鳥は、オス鳥と交代で卵を温めますが、それもありません。そして雛がかえると、しっぽなしはさらに大変です。雛のいる巣箱は、小屋の高い場所にあります。飛べないしっぽなしは、その巣箱から、下に向かって飛び降りるのです。雛がいないときは、小屋の壁にぶら下がりながらおりるしっぽなし。雛がいるときのダイビングは、とても危険な行動に思えました。そして餌を口に含むと、小屋の壁を必死によじ登るのです。雛に餌をあげ、再び下に飛び降り、餌を運び続ける。無責任な親鳥たちも、しっぽなしのその行動を邪魔する気配はありません。そうして、育ての親しっぽなしから、次々と若鳥が育ってゆきました。しかし、ある日、悲しい事件が起きました。早朝、十姉妹の小屋が大騒ぎに。よく見ると、小屋のわずかな隙間から、蛇が巣箱に侵入しているのです。そして唯一犠牲になったのが、しっぽなしでした。卵を狙って巣箱に進入した蛇に、しっぽなしは最後まで立ち向かったのでしょう。可哀想なしっぽなしは、蛇に食べられてしまいました。そしてその代わり、卵と他の鳥たちは守られたのです。なにがあれほどまでに、しっぽなしを子育てに駆り立てたのかは分かりません。卵が産めない彼女の想いがあったのでしょうか。しっぽなしは、必死で卵を守りました。しかしその後、育ての親を失った十姉妹たちは、ゆっくりと、しかし確実に、その数を減らしてゆきました。そして、今はもう、私は十姉妹を飼っていません。
2007.12.27
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さよなら、北猫さん。あまりに急なお別れに、お伝えしたいことが整理できません。そして最後までコメントが遅くなり、すみませんでした。北猫さんニャンモナイトの名前が使われた商品を、北猫さんにお知らせしたことを思い出します。ニャンモナイトは、4年も前から北猫さんが使っていた言葉。そのことを日記でも書かれていましたね。名称が勝手に使われたのは腹立たしくもありましたが、今となっては思い出です。私は2007年6月5日の日記が忘れられません。天国まで届かないかもしれませんが、書き込みをご覧ください。日記の一部をお借りします。________________________【北猫さんの日記 2007年6月5日】横になってテレビを見ていたら訃報が入った、人気ピアニスト、羽田健太郎さんが肝細胞がんで亡くなったことを知った北猫も肝細胞がんで手術をして3ヶ月に一回CT検査やエコー検査を受けているが時々何もかも投げ捨てたい時が有るだけど家族がいるから我慢をしている生きるって辛い事だ、だから北猫は2ヶ月先3ヶ月先の予定をたて動くプログも最後まで書き通したい________________________がんばっておられましたね。そして約束どおり、数ヶ月どころか、半年先まで書き続けられました。北猫さんに支えられて続けた私のブログ。その想いを胸に、私も日記を続けます。北猫さんには負けられませんから。ぜったいに、負けられませんから。
2007.12.26
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ある実話をお話します。一人暮らしの彼女には、飼い猫がいました。その猫は、野ねずみを捕るのがとても上手。彼女は、飼い猫が野ねずみを捕るとほめてあげました。彼女に野ねずみをあげたい。そう思った飼い猫は、彼女のために野ねずみを捕ることにしました。ある朝、玄関先には2匹の野ねずみが置かれていました。それは飼い猫からの、精一杯の感謝を込めた贈り物でした。それから、毎日玄関先には、1~2匹の野ねずみが置かれるようになります。しかしある日、彼女は飼い猫とともに引越しをします。その町には、野ねずみの姿がありません。途方にくれる彼女の飼い猫。翌朝、玄関先には、2個の松ぼっくりが置かれていました。そして柱の陰には、申し訳なさそうな表情の飼い猫の姿がありました。彼女は飼い猫をなでてあげます。すると飼い猫は、嬉しそうにのどを鳴らすのでした。それから、彼女の家の玄関先には、毎日2個の松ぼっくりが置かれる様になります。それは、飼い猫と彼女の別れの時まで続きました。逆境にあっても、最善を尽くすこと。最善を尽くせば、願いは形を変えてでもかなうこと。そしてその姿は、鮮やかに、人の記憶に残ること。その当たり前のことを、その飼い猫は知っていたのです。
2007.12.25
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愛されている人間が、不幸であり得るだろうか?(オスカー・ワイルド)
2007.12.24
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北猫さんが・・・北猫さん
2007.12.23
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皆様から応援を頂き、無事に9万ヒットを迎えました。ありがとうございます。それでは久しぶりに、「日記 それから」と致します。*【幻影の 甘美な罠に 捕らわれて、それからエリザベート・ヴィジェ=ルブランの図柄の磁器を、heren'sさんがご紹介下さいました。素晴らしい品物ですし、他にも綺麗な陶磁器をたくさんご紹介くださっています。是非ご覧ください。【顔より大きな舌― お釈迦様 ―、それから】先日の「お釈迦になる」は、この日記を意識した訳ではありません。もちろん、私がお釈迦様好きなわけでもなく、単なる偶然です。【毎日 鉛を飲まれている皆さんへ ― 水道管と缶詰 ―、それから】皆さん、水道管は調べられました?【日本は資源が豊かな国、それから】資源不足、特にレアメタル不足が深刻。原油高も。いよいよ電気代も大きく上がります。パソコンも時間制限しなくては?【絆を求めて ― 酒 ―、それから】忘年会シーズンも、間もなく終わり。日記更新には逆風でしたが、それぞれの絆は深まりました。*今年も残りわずかになりました。昨年は引越しの中、細々と日記を書いていたのを思い出します。今年は皆さんに支えられて、幸せに思います。それにしても、振り返りますと最近の不調振りがよく分かります。この様な日記にお付き合い頂き、ありがとうございました。これからもよろしければ、応援頂きますと励みにさせて頂きます。よろしくお願いいたします。
2007.12.23
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テロメア。それは命のリミットスイッチ。染色体の末端にあるテロメアは、細胞分裂のたびに短くなってゆく。そのためある回数分裂すると、テロメアの短縮で、細胞分裂が停止する。細胞分裂の停止は、老化と死を意味する。老化と死の鍵を握るテロメア。しかしテロメアを欠いた細胞もある。その細胞は、無限に増殖することを許される。その不死の細胞こそ、ガン細胞。無限の分裂と、無限の増殖を許された究極の姿。不老長寿、それは人が求めてやまないもの。しかしその答えは、人が最も忌むべきところに置かれている。もし不老不死の薬があるならば、それは全身をガン細胞へと変える薬。自然は人に、有限の寿命を決めるリミットスイッチを与えた。もしそのスイッチを解除するならば、人は自然の姿ではいられない。有限の寿命か、滅することのないガンとの共生か。残酷な二者選択を、自然は私たちに準備したのです。人の命は限りあるもの。その摂理を無視しようとするとき、人は、如何にその行為が無謀かを知るのです。
2007.12.22
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人は長寿に大きな願いをかけます。福禄寿と寿老人。このふたりは同じ神。わずか7人の七福神に、同じ神がいるのは不思議です。福禄寿と寿老人は、南極星の化身です。南極星、つまり竜骨座のカノープスは、めったに見れない星なのです。それは、南極星が地平線間際に上がるため。そのため南極星を見ると、長寿になるといわれます。子孫繁栄の福、財産の禄、長寿の寿。この三つを持った頭の長い福禄寿は、道教の神。そして長寿の巻物を持つ寿老人は、道教の老子の化身でもあります。見る機会の少ない南極星の代わりに、人は福禄寿と寿老人を呼びました。そしてふたりに長寿の願いを託します。人の命は限りあるもの。果てしない長寿を願い、そしていつかは消えてゆくもの。南極星が地平線に、消えてゆくように。
2007.12.21
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今日のお話は少し残酷。怪我や痛みのお嫌いな方は、読まれませんように。読まれるなら、1行毎に、ゆっくりとスクロールしてお読みください。気分が悪くなるようでしたら、すぐにおやめください。////////////////////////////////彼女の生涯を知れば、私たちがいかに幸せかが分かります。メキシコの画家、フリーダ・カーロ。彼女の生涯は、苦痛に満ちていました。幼くしてポリオに罹り、右足が不自由となった彼女。それでも快活な生活を送る気丈な彼女。しかし18歳の時、更なる不幸が彼女を襲います。彼女の乗ったバスが、市電と衝突。バスの手すりで、彼女は串刺しにされます。左腰から子宮を串刺しにした手すり。右足は11箇所の骨折。足首は砕け、背骨、鎖骨、肋骨、骨盤も骨折。奇跡的に命はとりとめますが、生涯、手術と後遺症に苦しめられます。この事故をきっかけに、彼女は絵筆を手に取ります。ひたすら自画像を描く彼女。その自画像は、血が流れ、釘が突き刺さり、引き裂かれています。自画像について、彼女は語ります。「私は、私自身の現実を描いています。」代表作「折れた背骨」の彼女は、コルセットを身にまとう。体は裂かれ、全身に突き刺さった釘。それでも彼女は、しっかりと前を見据えている。これは、手術で鋼鉄のコルセットを身に着けた彼女の現実。43歳でディエゴ・リベラと結婚。フリーダは子供を望みますが、体が許さず、流産を繰り返します。更にはリベラの浮気が、彼女を精神的にも苦しめます。ますます悪化していく彼女の体。大量の鎮痛剤の服用は、幻覚症状を引き起こします。そしてついに壊疽した右足を切断。病状は悪化し、1954年、彼女はその苦痛に満ちた生涯の幕を閉じます。まだ47歳の若さでした。自画像を描き続けた彼女でしたが、最後の作品はスイカの静物画。限りない苦痛の連続だった彼女の生涯。しかしそのスイカの側面に描かれた文字は、「人生万歳」だったと言います。
2007.12.19
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会席料理を前に、ふと思う。同じ料理にも、「会席料理」と「懐石料理」があるではないかと。宴席の会席料理は、本来は句会の席で出された簡素な料理でした。当初はいくつもの膳を使う本膳料理があり、それの簡易版が会席料理。しかし本膳料理は廃れ、それとともに簡素な会席料理が豪華に変わりました。一方で、懐石料理はお茶の前の「茶懐石」でした。もともとは禅僧が、座禅を組む時に、温めた石を懐に入れて空腹をしのいだもの。それが後に、懐の石の様な軽い料理という意味で、懐石料理となりました。そのため、懐石料理はお茶の前の前座の様なものです。もし本膳料理が廃れなければ、会席料理は今でも質素だったに違いありません。会席料理と懐石料理の区別がつかないほどに。会席料理は量は少なくても、味は良い。食が良ければ、会話も弾む。料理以上に、お酒以上に、会話に酔う。それが日本の会席料理。
2007.12.18
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赤く、白く、ピンクに咲き乱れ、風に揺れ、陽に照らされて。それは、12月に咲くコスモス。コスモスの開花時期は5~11月。12月16日にコスモス畑が満開でも、全く異常とは言えないかもしれない。しかし、コスモスは「秋桜」と書く花。秋桜が伝えるのは、秋の季節に違いありません。かつてマヤ文明は、密林にピラミッドを築きました。高温多湿の環境は、人にとっては苦難の環境。ひとたび文明が衰退した時、たちまちにピラミッドは草木に覆われます。木の根で、締め付けられ、砕かれて。ピラミッドの巨石は、土に返ります。気温の上昇は、植物に繁栄をもたらします。そして、その時、人は。いつしか陽は傾き、夕日が秋桜を照らします。花の色も、葉の色も。全てがセピアに染まります。それは、誰もが愛でる美しい風景。もし、今が秋ならば。12月後半まで咲く秋桜。いつまでも静かに続く、秋のしらせ。今年初めて、私は気がつきました。冬に咲く秋桜は、震撼するほどに、恐ろしい花だということに。
2007.12.17
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陶磁器の製作では、焼成温度の調整が大切。温度を間違えば、焼き割れなどができ、陶磁器はお釈迦になってしまいます。駄目になることを、お釈迦になるというのなら、奇跡で修復されても良いものを。「お釈迦になる」は、江戸の金細工職人が使い始めたと言われます。半田付け作業は、火が強すぎると失敗します。「火が強かった」は、江戸っ子はなまって発音します。つまり「ひ」は「し」になるのです。その結果、「ひがつよかった」は「しがつよかった」に変わるのです。「しがつよかった」は、「しがつようか」に。つまりは、「四月八日」のお釈迦様の誕生日が登場するのです。とても粋な表現です。他にも説がありますが、これではお釈迦様の奇跡は望めそうにありません。陶磁器は、あるがままにできるしかなさそうです。失敗さえも洒落にしてしまう江戸文化。心に余裕があれば、失敗も笑いに変えることができるのです。心に余裕があれば、不幸の痛みも和らげることができるのです。心に余裕があれば、わたしたちはもっと幸せになれるのかもしれません。
2007.12.16
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漫画家の加藤芳郎さんの「まっぴら君」について書かれた、「笑う戦後史」を拝読しました。この本が書かれた2002年は、まだ加藤さんはご健在でした。毎日新聞夕刊で、1954年から連載を開始した4コマ漫画まっぴら君。2001年に病気で中断するまで、47年、13,615回も掲載されました。その漫画は、日本の戦後史そのものでした。日本会議会員ということで、やや天皇ネタにこだわりも見られますがご愛嬌。政治家や事件を、次々と笑いに変えてゆきます。この本では「場当たり的創作」と書かれますが、まさにその日の記事が漫画のネタ。場合によっては、記事のレイアウトさえ利用するほど。ブログで日記を書くと感じます。日々の思い付きを、すばやくまとめる難しさを。それを47年も続けるだけで、私には尊敬に値します。またこの本の著者高坂さんも、この本は各出版社で断られ、執念で出版したとのこと。372ページもの著書からも、加藤さんに対する深い思い入れを感じます。高坂さんもまた、努力の人でした。2006年1月6日、加藤さんは亡くなりました。もうまっぴら君が書かれることはありません。しかしまっぴら君から、ブログの日記を長く続けることの大切さを諭されました。休み休みでも日記を続ければ、「恥の日記集」ぐらいはできるかもしれません。【1ドル紙幣】「笑う戦後史」概要 ※「まっぴら君」の四コマも掲載
2007.12.14
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人との絆を深める酒。そして神との絆を深める酒。本来、酒は神と人とのつながりを深めるもの。米を発酵させた酒を、神棚に神饌として捧げる。神事の酒は、一夜で造る一夜酒。神に仕える巫女が、米を噛んで造る口噛酒。それゆえ、今日でも女性を「かみさん」と呼ぶ。神前では、一杯飲む毎に、歌を歌う。それを人は「うたげ」と呼ぶ。酒を飲む毎に、違った肴を見立てなくてはならない。それを人は「献立」と呼ぶ。そして、人は神酒を「みわ」と呼ぶ。奈良県の三輪(みわ)明神、つまり大神(おおみわ)神社に祭られるのは酒の神。まさに奈良は、酒の神に最も近い場所。さあ、今夜も無礼講。神に捧げる酒さえも、宴の席で飲み干そう。急がなくては。酒の神は、もう、わたしたちの傍らにいるのだから。深遠な、甘美な幻を伴って。【関連日記】魅かれる - 七夕、そしてショウジョウバエ -
2007.12.13
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文字がないとすれば、どれほど私たちは不便なことでしょう。新聞も、書物も、手紙も、メールも、全てが文字による文化です。毎日使うキーボードも、ブログも、コンピュータも文字で成り立っています。文字のない文化はありえません。インカ帝国は、文字のない文化として知られています。少なくとも、一般の民衆は文字の使用が許されていませんでした。それにもかかわらず、南米に大国を築いていたのです。インカ帝国には、キープと呼ばれる情報記録方式がありました。これは紐に結び目をつけたもの。少なくとも、収穫量などの数の記録はキープに残されています。しかしあまりにインカ文明が高度なことから、キープには文字情報もあると考えられています。もっともその情報は、まだ読み取れていませんが。もし私たちに文字がなかったら。それは想像のつかない今日を、迎えていることでしょう。【参考】キープ【関連日記】 心の支えを失えば ― アンデス ミイラ ― ・先日リンクを忘れていました本「アンデス ミイラ」を下記に掲載。
2007.12.12
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最近、絵馬のプライバシーが問題になっているという。個人の内なる願いを書いた絵馬。それだけに個人情報が重視されるのは、当然に思えるかもしれない。しかし私は、納得できない気がします。絵馬の特徴は、祈願内容を図柄にしたということです。合格祈願、商売繁盛など、絵柄によって願い事が統一されている場合が多くあります。その場所で絵馬を奉納する人は、共通の願い事を持った人。そのために、安心して共通した願い事を奉納することができます。しかし干支などの、汎用的な絵馬もあります。これには様々な願い事が書かれます。この時は、絵馬の特徴の「匿名性」が生かされます。本来の絵馬は、参詣者の少ない時にひっそりと奉納するもの。絵馬には、本来は願文も氏名も書きません。ただ、「亥年男」というように、年齢を示す干支と性別のみを記すもの。神仏は人の内面と通じているので、それで十分に願いは伝わるのです。思えば神仏に賽銭を投じて祈願するとき、大声で願い事と氏名を叫ぶ人がいるでしょうか。願い事は、願えば伝わるのです。絵馬はその願い事を、図像化しただけのこと。しかし最近は、氏名欄まである絵馬が増えました。それは本来あるべき、神仏との内面でのつながりを信じていないことなのに。書く必要のない氏名を書き、そして個人情報を問題視する現代。絵馬を正しく理解すれば、なくなるはずの問題なのです。絵馬の問題を、考えるほどに悲しくなるのです。原因が、内面のつながりを信用できない、現代の人の心にあるような気がして。
2007.12.10
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静かに守り続ける人がいました。法隆寺のすぐ傍にある有名な円墳、藤ノ木古墳。小さな円墳からは、未盗掘の家形石棺が発見されました。その中には、寄り添う様に埋葬されたふたりの男性。ガラス玉15,000,銅鏡,刀剣,馬具など、多くの埋葬品も発見されます。天皇は葬られない円墳であることから、天皇陵ではないと分かります。物部氏に擁立され、蘇我馬子に暗殺された、穴穂部皇子(あなほべのみこ)と宅部皇子(やかべのみこ)が被葬者との説もあります。さらに、横乗りの女性用の馬具も埋葬されていたことから、宅部皇子は女装していたも言われます。注目の多くは被葬者にあつまる藤ノ木古墳。しかし私は、この石棺を未盗掘で守り続けた人のことを想います。古墳の石棺の前には、灯明芯の燃えた跡が残っていました。さらに江戸時代の灯明皿も、残されていました。江戸時代、誰かが石棺の前で、死者を供養していたのです。江戸時代、この古墳の南には、ミササキノ庵という小さなお寺、宝積寺が隣接していました。1854年、安政元年12月29日、この寺は炎に包まれます。そして寺を31年間守ってきた実操智真尼が焼死します。藤ノ木古墳を守っていたのは、まさにこの宝積寺の尼僧だったのです。ひとり石棺を守り続ける尼僧。毎日、暗い古墳の中で、死者を供養するその姿。誰も気に留めないその供養が実り、石棺は盗掘を免れたのでした。尼僧は何を想い、死者を守り続けたのでしょうか。その答えを知る人も、その記録も、一切残されてはいないのです。
2007.12.09
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マリー・アントワネットとの命がけの愛。ルブランの絵の彼女が持つ薔薇の花は、フェルセンへの愛の証。長身で美貌,魅力にあふれ、栄達の道を歩むフェルセン。その教養から社交界でももてはやされ、アメリカ独立戦争にも参加する行動力も兼ね備えます。彼には資産家からの結婚話も多くありました。しかし彼の根底にあるのは、騎士道的精神。騎士道では、愛の対象は命を懸けるに値する女性。それは危険なほどに燃え上がる愛。マリー・アントワネットは、まさにその愛に相応しい女性でした。国王の人妻であり、革命で命を奪われる可能性もあります。友人も廷臣も革命で逃げさり、マリー・アントワネットが孤独な王妃となったとき、彼の愛はいっそう燃え上がります。1791年6月20日、フェルセンは国王一家の国外脱出を実行します。しかし重過ぎる馬車、計画時間のずれ、連絡ミスなどが重なり脱出は失敗します。そしてこの国外脱出失敗により、彼女は幽閉され、その死を決定的にします。「私はあの日に死んでおくべきだった」フェルセンは、後にこの日をこう語ります。1793年にマリー・アントワネットが処刑されてから、彼は民衆を憎むようになります。そして、それは彼自身が民衆から憎まれることを意味していました。1810年、スウェーデン王太子が急死。フェルセンはこの暗殺疑惑に巻き込まれ、民衆によって虐殺されます。それは奇しくも、彼が死を望んだのと同じ、6月20日のことでした。障害があるからこその、捨てきれない情熱。かなわないからこそ、純粋に全てを投げ捨てることができる希望。仮にその希望を失うが、命を奪うことであったとしても。○ 幻影の 甘美な罠に 捕らわれて ― エリザベート・ヴィジェ=ルブラン ―
2007.12.08
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縁起が良い茶柱は、高級茶では立ちません。玉露や煎茶には、茶柱が入らないから。ぬるい湯で、時間をかけて飲むお茶だから。 茶柱は、番茶でこそ立つのです。番茶には、茶柱が多いから。熱い湯で、短時間に飲むお茶だから。茶柱の縁起は、庶民の特権。たとえそれを、駿河の商人が考えたとしても。売れない二番茶のための、宣伝としても。茶柱は、語ります。しあわせは、誰の手にも入るから。しあわせに、いつかきっと、手はとどくから。
2007.12.07
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子供の頃、私の家は五右衛門風呂でした。あの頃は鉄釜の風呂を、大変不便に感じていました。東海道中膝栗毛で喜多八は、風呂の蓋、ゲス板の使い方を知らずに大騒ぎ。しかし、私はゲス板を足で踏んで入ったことはありません。かといって、下駄を履いて入ったわけでもないのです。我が家では、錘がついたゲス板があり、それを沈めて入ったのです。不便なのは、風呂を沸かすのに時間がかかること。釜の下で薪を燃やして沸かすのですから、当然です。そして沸かしすぎると、何しろ鉄釜、なかなか冷えません。沸かしすぎた風呂は、まさに“五右衛門”の風呂でした。特に困ったのは、釜にもたれられないこと。火口と逆方向はかろうじてもたれられますが、火力が強いときは無理です。さらに、ついうっかり、火口の方向にもたれると大変です。何度も火傷寸前になった覚えがあります。また風呂の上下で、お湯に温度差が出やすいのも特徴でした。釜の深さが深いので、お湯の上部ばかりが熱くなるのです。お湯をかき混ぜるのは、主に私の役目でした。釜の中央に、火傷しないように硬直した状態で入る五右衛門風呂。それでも今思えば、懐かしい。ゆっくりと沸かし、ゆっくりと入る。風呂のくつろぎの基本が、そこにはありました。今は、スイッチひとつで簡単に、お湯が風呂に溜まります。すぐに沸き、すぐに入る。しかし風呂ですごす、大切なくつろぎの時間も短縮されています。不便な、あの頃の生活が、いとおしい。不便で、完璧ではないものに、私は安らぎを感じるのだから。
2007.12.06
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いつまでも、亡き人とともにいたい。人は、そう願います。アンデスの人々は、ミイラとともに生きます。先祖のミイラに服を着せ、髪をとかし、会話します。ミイラも家族の一員であり、それは現代でも変わりません。古代インカ帝国がアンデスを征服する時、そのミイラは利用されます。アンデスの祖先のミイラを焼き払い、心の支えをなくします。心の支えを失ったアンデスの人々は、インカ帝国に支配されます。しかしインカもミイラに支配されます。皇帝はなくなった後も、ミイラとして政治に参加します。ミイラの管理者の口を借りて、歴代の皇帝は生きた皇帝に指示を出すのです。16世紀前半、12代皇帝ワスカルは、ついに我慢の限界に達します。11人の歴代皇帝のミイラからの口出しに、我慢しきれなくなったワスカル。彼は、ミイラたちの財産没収と墓への埋葬を宣言します。それはインカの内乱を招きます。そしてそこへ攻め入ったスペイン人により、強大なインカはあっさりと滅亡したのです。インカは、ミイラによって滅んだのです。ただ、スペイン人も、ミイラを恐れました。民間のミイラは焼き払ったものの、皇帝のミイラは人々の暴動を恐れ、どこかに隠したと言われます。そしてミイラを失った人々に、抵抗する力はありませんでした。支えを失った人は弱いもの。だから人は、心の支えを求めます。インカが滅び、長い年月、皇帝のミイラは探し続けられています。しかし、未だに皇帝のミイラは、見つかっていません。
2007.12.05
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85,000ヒットを昨日越えました。たくさんの御訪問、応援を頂き、ありがとうございます。不思議と続いている日記ですが、これからも続けるつもりです。よろしくお願いします。振り返りますと、昨年の今頃は、ようやく日記に調子が出始めた頃でした。2006年12月11日の日記で、1万ヒットの御礼をしています。ですから、まだ1年前の2006年12月3日には、9千番台の後半だったことでしょう。ビルゲイツさんの話を書いていますね。この頃は、お客さんが少なかったので、ねこさんとお話しする日記でした。翌日の2006年12月4日には、中原淳一さんの話を書いています。この頃には、少し今につながる日記の変化が見られます。実は、お気づきかと思いますが、最近は日記が不調です。お話したいことはありますが、上手くまとまりません。何かがおかしい。格闘中の日々なのです。そしてふりかえりますと、とても恥ずかしい日記ばかり。しかし昨年の、12月11日の1万ヒットの時の気持ちは、忘れてはならないと思います。寂しいのは、あの時の何人かは、既にブログを中断されていること。是非、1年後の今日も、また皆さんとお会いしたいと思います。その日に向けて、明日からも日記を書いていきます。1年後にまた振り返りができますように、これからもよろしくお願いします。
2007.12.04
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幻影は、人を惑わすほどに美しい。マリー・アントワネットの肖像画家であるヴィジェ=ルブラン。彼女はロンドン・ナショナルギャラリーの自画像に、その美しさを伝えます。「白い服を着て、若く美しく、すべては幻影の様でした。」後年、彼女は王宮の様子を、その様に語ります。繊細な彼女の指から生まれる絵は、妖精の様に、やさしく優雅です。同時代の肖像画家ドルーエの描くマリー・アントワネットは、目の下にくまがあり、疲労しています。彼女が描いた王妃は、まさしく彼女が生み出した幻影でした。彼女は貧しい画家の娘でした。しかし彼女の才能と美しさが、彼女に名声を与えます。それだけに、彼女は王宮に憧れ、幻影を見出すのでした。マリー・アントワネットこそは、ブルボン王朝落日前の最後の夢。その儚い夢を、彼女は描きます。彼女の描いたマリー・アントワネットは、手に一輪のピンクの薔薇を持っています。それは、ただひとりを愛するという、愛の象徴。夫以外の、唯一人のあの人を。幻影は、消え去るもの。儚く、もろく、美しい、刹那な存在。ゆかないで、もう少しいて。幻影は、いつかは消え去るとわかっていても、わたしは、その甘美な罠から、逃れる術を知りません。○ エリザベート・ヴィジェ=ルブラン・自画像2点とマリー・アントワネットの肖像画も掲載あり。
2007.12.03
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ソバのように長生きができるように。その願いから、私たちは大晦日に年越しソバを食べます。しかしソバは、初めは細長い麺の形をしていませんでした。日本へのソバの伝来は8~9世紀ごろとされますが、確かではありません。いずれにせよ、初めはソバ粉に熱湯を加えて練り上げた「ソバ練り」、「ソバ掻き」として食べられました。ではなぜ、年越しにソバでしょう。大阪の金細工師は、年末になると部屋中に散った金粉を掃除します。江戸時代、彼らはそば粉で団子をつくり、部屋中をそれで叩いて回りました。そうしますと、ソバ団子には金粉がくっつきます。次に、そのソバ団子を燃やすと、ソバは燃え、金粉だけが残ったのです。その結果、ソバはお金を集める縁起の良い年末の食べ物として広がります。さらに江戸も元禄の頃になり、ソバは麺の形になります。そうして、金運にさらに長寿の願いが加わり、年越しソバが定着しました。生活の知恵として生まれたソバの活用法。それは金運、長寿と私たちの様々な願いがこもり、今に引き継がれているのです。
2007.12.02
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電車で移動しながら、キセルという言葉について考えました。電車の不正乗車を意味する「キセル」は、思えば粋な言葉です。不正乗車の「キセル」は、もちろん喫煙具に由来した呼び名です。喫煙具の煙草は、雁首、羅宇、吸い口でできています。煙草を詰める雁首と、口をつける吸い口は金属でできています。そしてそれを繋ぐパイプの羅宇(らお,らう)は、竹などの木製。つまり、金属と金属を木で繋いだのがキセル。金があるのは初めと最後、中間には金はありません。それは最初と最後の区間だけの切符を購入する不正乗車「キセル」と同じです。不正に対しても、粋な言葉が与えられる。その余裕は現代にも必要でしょう。賞味期限偽造などに揺れる、現代の食品業界。期限に振り回されない余裕が、欠けていたかもしれません。そして粋な名前をつける人も、そしてその呼び名を許す人も、残念ながら、現代にはいそうにありません。
2007.12.01
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