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2010年夏クイズここはどこ? シリーズ2-3 (ゴジェスカ)
この階段はある所の階段です。
今回もこの街のイメージから・・。景色よりもこちらの方が有名なのです。
スペイン(Espana)
アンダルシア(Andalucía)州
マラガ(Málaga)県ロンダ(Ronda)
ここは スペイン闘牛を芸術の域にまで高めたスペインの生んだ英雄的闘牛士、ロメロ・ファミリーの発祥の地。ロンダ(Ronda)
です。
答えは マラガのロンダ
です。
ロンダの闘牛場・・橋のたもと、パラドール・デ・ロンダの近くの新市街にあります。
そしてここは スペイン最古の闘牛場であり、スペインで一番大きいアリーナ(闘技場)を持つ闘牛場
なのです。観客数5000人。直径66m。
ここは騎馬闘牛もできる広さです。
砂はアレーナではなく、 セビリアの黄色い砂でアルベーロ
です。
ソンブラ(Sombra)・・・日陰席(闘牛士に近くj眩しさを防いで観戦ができるので一番高額)
写真下が気品席なのは言うまでもない。
「闘牛場の座席 」、「闘牛の起源」、「
ロメロ・ファミリー」、「スペイン闘牛」など・・・
2月、3月に「スペイン・ロンダ」シリーズの中で細かくかいているので見てね。
ここでは簡単に・・・闘牛の起源
スペイン闘牛の原点は、野生の牛を槍で突く貴族の狩猟の風習にあったと考えられます。
その牛がひょっとするとかつてイベリア半島にも生息していた原牛のオーロックス(Aurochs)だったのでは? 何て事も書いていますが・・。
もともと馬に乗った騎馬闘牛が始まり
だったようです。
18世紀になってフランスから来て即位した フェリペ5世( 1683年~1746年)によって、宮廷での闘牛のスポーツは無くなっていきます
。
しかし、 騎馬闘牛は、庶民の娯楽の中で生きて文化として残り、祭りの時に興業されていたのです
。

現在の闘牛・・・闘牛の様式美・・・ロメロ・ファミリーの貢献
最初に 馬から降りて地上でムレータ(ヒラヒラ布)をかざして牛と対等に戦ったのがロンダに登場したフランシスコ・ロメロ(1698年~1793年)です
。
その 息子ファン・ロメロはそれを継承してチームで戦う現在の闘牛のスタイルを確立
。
さらに孫のペドロ・ロメロ(1754年~1839年)は、闘牛のルール、スタイルを様式美として組み込み、芸術性を高めた崇高なスポーツに仕上げた
のです。
街では、肉屋が解体する前の牛を捕えて、殺す所を、お金を取って見せ物にした者がいます。それが闘牛のショー化になったとも考えられています。
闘牛士が祈りを献げる競技場内の礼拝堂
ロメロ家に並ぶ、2大名闘牛士一族の1つがオルドニアス家。
下はアントニオ・オルドニアス(Antonio Ordonez)(1932年~1998年)闘牛場の入口の記念碑?
このアリーナにはアントニオ・オルドニアスが埋葬されているらしい。
因みに彼の死因は肝がんだそうです。
「ゴジェスカ」は、ゴヤの絵の中の時代の服
・・・と言う意味でそう呼ばれ、この日は ゴジェスカを着用して闘牛が行われる為にゴジェスカ闘牛と呼ばれます。3日だけの興業で、伝統的な闘牛の一つです。
闘牛士だけでなく、観客もゴジェスカのコスプレでかけつける所も面白い所なのです。
ゴジェスカの衣装は白地に黒の刺繍です。(写真は前のを見てね。)
今年は9月6日開催
のロンダのゴジェスカ闘牛(Corrida Goyesca)。
今年
、闘牛士カエタノ・リヴェラ・オルドニアス
(Cayetano Rivera Ordonez)(1977年~)の為の 衣装デザインを担当したのはジョルジョ・アルマーニ
。
(闘牛士カエタノ・リヴェラ・オルドニアスは アントニオ・オルドニアスの孫
です。)
2008年にもジルジョ・アルマーニはゴジェスカの衣装をデザインしていますからここのところずっとかな?
過去にはバブロ・ピカソもデザイン。
頼まれるデザイナーにとっても本来は栄誉な事のようでが、動物愛護団体の攻撃が、今や衣装デザイナーのアルマーニにも向けられていると言います。
ロンダの街のゴジェスカ闘牛はスペインで最も熱い祭りかも・・・。
「シリーズ 2」おわりです。
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2013年1月 ここはどこでしょう? クイズ… 2013年01月30日
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