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チュニジアで邦人の巻き込まれるテロが発生 ![]()
1997年11月に起きたルクソールのハトシェプスト女王葬祭殿での銃乱射事件(邦人10人を含む62人死亡)を思いだしました。
犯人は直後に自殺。イスラム主義過激組織「イスラム集団」が犯行声明を出していますが、実行犯はかなりのお金をもらっての犯行であったとも報じられていました。
今回と非常に手口が似ているので同じ指示系統なのかな? と言う気もします。
つい先日、ISIL(アイシル)による拉致殺害事件が起きたばかりなのでイスラム圏がより、きな臭い感じになってきた気がして不安です。
特に今回のように外国人観光客をわざとターゲットにしている所は、あざとさを感じざるおえません。
それぞれの不満を宗教の名を借りてぶつけてくる彼らは、イスラム原理主義の団体の肩書きをつけてますが、地域、個人それぞれにより利害が異なるので決して同じではない。
「うちがやった。」と言う犯行声明が複数出るのも一枚岩ではない事を示しています。
まともなイスラム教徒の人達からしても彼らは反社会分子です。
エジプトはあの事件により30年後退したと言われています。復興していた観光産業は壊滅。大型ホテルもつぶれて皆職を失いました。
地元の人達からみても彼らは最悪の邪魔者以外何者でもない。
今回邦人3人を含む21人が犠牲に。(イタリア、フランス、ポーランド、南米コロンビア)
不本意にも事件に巻き込まれまれてお亡くなりになった方のご冥福をお祈りいたします。
m(_ _)m
続けて起きたイエメンでのモスクでの自爆テロ。腹立たしい限りです。
信仰に厚い同胞まで標的にするなんて、もはや宗教戦争ではありません。
こちらも犠牲になった方々のご冥福をお祈りいたします。m(_ _)m
それにしてもエジプトの時も出た話ですが、犠牲者にアメリカ人がいない。(・_・?) ハテ
チュニジア共和国(Republic of Tunisia)
バルドー国立博物館(Bardo National Museum)
フェニキア人の都市カルタゴ
チュニジア・シディ・ブ・サイド (Sidi Bou Said)
チュニジアは北アフリカの国ですが歴史深い国なので世界遺産が多く集中しています。
かなり前からいろんなツアーが出ていますが近年特にクルーズ船で立ち寄るツアーが人気のようで今回の被害に遭われた方々は地中海クルーズの途中にチュニスに寄港しての観光だったようです。
(楽しみにしていた旅だっただろうに・・
)
実はかつてチュニジア特集をした事がありました。
5年前なのでカメラの質も今より劣りますし、若干景観が変わった所もあるかもしれませんが、さしさわりない分の写真も少し追加してみました。
とても素敵な所なので、これで観光客が遠のく事は非常に残念です ![]()
2010年03月
ベルベル人の家 1 (映画スターウォーズのホテル)
ベルベル人の家 2 (マトマタの民家 1)
ベルベル人の家 3 (リビング、寝室)
ベルベル人の家 4 (フランス移民のベルベル人)
2010年04月
チュニジアン・ブルー Part 1
チュニジアン・ブルー Part 2
砂漠のオアシス 1 (予告)
砂漠のオアシス 2 (タメルザ峡谷とシェビカ)
砂漠のオアシス 3 (シェビカのオアシス)
砂漠のオアシス 4 (タメルザのオアシス)
砂漠のオアシス 5 (ミデス)
チュニジア鉄道、レザー・ルージュ 1
チュニジア鉄道、レザー・ルージュ 2 (ぶらり途中下車)
チュニジア鉄道、レザー・ルージュ 3 (リン鉱山)
2009年05月(番外)
モザイク壁画とモザイク、ガラスの話
バルドー国立博物館(Bardo National Museum)
チュニジアは古代ローマ以前、フェニキア人の交易都市として大いなる繁栄をした街です。
現在残っているのはローマ時代の遺跡ですが、バルドー博物館はそんな古代ローマ時代のモザイク画のコレクションが目玉になっています。
今回事件が起きたのがこのバルドー博物館入り口(外観写真はありません。)
ローマ時代のモザイク画コレクションとしては世界有数だそうです。
セイレーン(Siren)
上半身が人で、下半身が鳥。キリシャ神話の海獣である。
下の絵が続き。
マストに縛り付けられた男が
オデュッセウス(Odysseus)。
船を漕ぐ兵士等には耳栓をさせ、自身はセイレーンの歌声を聞く為に自らマストに縛り付けられた。
歌声を聞いたオデュッセウスだけが暴れだしたが、船は止まる事なく走り災難から逃れるのである。
これはホメーロス(Homeros)の叙事詩「オデュッセイア」の一節。

セイレーン(Siren)の話しは アルゴー(Argo)船で
イアソン(Iason)が
コルキスにあると言う黄金の羊の毛皮(金羊毛)を求める冒険物語のエピソードにもある。
因みに、中世、「金羊毛騎士団」の名はここに由来する。
下は海神ポセイドン(ギリシャ神)orネプトゥヌス(ローマ神)
地中海交易で栄えた都市だけに海に関するテーマが多いようです。
下は上と同じ絵の中の一部
完璧に近い形のモザイク画は案外少ないのです。後世の画家達に影響を与えたであろう事は間違いないです。![]()
チュニス最寄りの大型船の停泊する港、ラ・グレット(La Goulette)からはカルタゴやシディ・ブ・サイド (Sidi Bou Said)と言った見所がある。
下はチュニス近郊の地図ですが、ちょっと古いかも・・
位置だけおさえてね。
黄色の円・・チュニス
ピンクの円・・シディ・ブ・サイ
ド
赤の円・・カルタゴ
青の円・・ラ・グレット
フェニキア人の都市カルタゴ
紀元前15世くらいからフェニキア人は地中海に進出。その出身はおそらく中東レバノンあたり
?
(系統としてはギリシャより古代オリエントに近い? クレタの文明色もミックスされていると思う。)
紀元前12世紀には地中海のあちこちに港湾都市を建設し海上貿易で冨を築き繁栄。
紀元前814年頃には現在のチュニジア、カルタゴ(BC814年~BC146年)に都市が建設され最盛期を迎える。
そのカルタゴには今はガラクタのような遺跡の残骸しかないが、かつては夢のような伝説的未来都市があったらしい。
フェニキア時代の円形港の後は見る影もなく、全景も撮影できていないので載せるのを辞めました ![]()
何しろフェニキ人の都市カルタゴはローマに滅ぼされて燃えて無くなったので現在残っているのはローマ領になってからの遺跡です。
見える半島がカルタゴとチュニス湾(チュニスは写真右方面、内陸)

撮影場所のホテル
シディ・ブ・サイド (Sidi Bou Said)
白と青(チュニジアン・ブルー)で彩られたカルタゴの街の山の手に展開する街。
ラ・グレット(La Goulette)停泊では、ここが目玉である。![]()

青と 白の建物は、一見ギリシャ的かもしれないが、ここはむしろスペイン、アンダルシアと同じ姿が見える。
2010年03月「セビーリャのアルカサル 4 (装飾とイスラム文化) 」の中で「モサラベ様式とムデハル様式」を書いた事がありますが、おそらくここの建築の特徴はイスラムとキリスト教のミックスに近
い?



次回ザルツブルグに戻ります。
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