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月曜日から様子がおかしかった。だるくて、無気力で、通院も嫌だったが、クスリを増量してもらうために、無理して行った。帰りに、いつも寄っているショッピングモールには行けず、帰って寝た。火曜日は、朝から、着物の打ち合わせの準備でばたばたした。なんとか、一通り準備をすませ、足りないもの(なんと、一番高価な帯と半襟!)を探すのに必死になったが、探し物は出てこない。そのうち気分が悪くなり、食事の約束をドタキャン。休んで気分が良くなるかと思ったらそうはいかず、打ち合わせもドタキャン。お腹の奥から、抑うつが感じられて、背中も丸くなるような感じがした。火曜日、水曜日は、良く寝た。寝ると少し気分がましになったから。今日は、まだ、勢いだけだ。本当は、食事の約束はキャンセルのほうがいいのかもしれない。欝になった理由は、バタバタと数時間準備に追われたこと。だが、サイトでのトラブル(脅迫と罵り)も関係している。早く欝から抜け出したい。食事の予定もドタキャンしてしまった。Blogならclick!
2007年01月25日
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2月3日に披露宴に呼ばれた。沖縄の特徴で、直前にならないとわからないのだ。当然、和服を着る。こないだ、ちょうど年末に仕立てあがった、浜ちりめんの花丸小紋。少し華やかだけれど、礼服ではないから、友人の立場での出席には、控えめでいいだろうと。袋帯をあわせる。文庫結びにしてもらう予定だ。もちろん、訪問着やらあればいいのだろうけど、あいにく、手持ちは無い。これから、働き出したら、1枚は考えてもいいかもしれない。準備が、大変だ。はきもの。足に合わず、あわてて調整。自分で着付けしようと思っていたら、母親に止められた。そこで、式場のホテルかいきつけの呉服屋さんでお願いしようと思い、問い合わせ。値段は呉服屋さんが高かったが腕は確かだし、リクエストもしやすいので、そちらにすることにした。準備するものはたくさんある。まぁ、いつもと同じと言えば同じだが、ちゃんと、整えて、持っていけるようにしないといけない。これが面倒だ。今から、洗濯(伊達締めとか)したり、腰紐をもう一本探したり。全部にアイロンをかけたり。それに、着物に合う半襟、帯、帯締め、帯揚げを決めてもらおうと思っているので、それを全部出さなくてはいけない。これを、火曜日までに整えなくてはいけない。火曜日の午後、花嫁さんとお茶をしたあと、呉服屋さんに持っていって、打ち合わせをすることにしたのだ。そのほうが、当日慌てなくてすむ。それから、パーティバッグがあるはずなのだが、引越しのどさくさなのか見当たらない。これも、探さなくてはいけない。髪が伸びすぎて、アップしたときにまとめづらい。美容院でお願いすれば何とでもしてくれるのだろうけど、自分でやらなくてはいけない。ので、まとめやすい長さにカットしに美容室へもいかなくちゃいけない。髪飾りのコーディネートもしなくてはいけない。コンタクトレンズが合わなくて、メルスプランなので替え時だ。これも、コンタクトレンズ自体が、引越しのどさくさでどっかに行っちゃっている。探さなくてはいけない。とにかく時間が無い、あと2週間。間に合うだろうか。そういう感じだ。気が焦る。思考に、濁流が起こっている。睡眠が十分でなくなっている。無理をしているのだ。大変な問題だ。準備を始める前からこれでは、へとへとになりそうだ。Blogならclick!
2007年01月20日
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サイトにどっぷり数時間浸かって離れたとき、思考が、イライラと渦を巻いて1方向に流れていた。サイトに浸かって、脳が濁流をおこした。何かに集中しすぎると、そうなりやすい。集中しながら混乱する。要は疲労なんだと思うが、それに、気がつかない体質なわけだ。これから、注意しようと思う。ひとつのことに、集中する時間と強度を調整する、ということだ。Blogならclick!
2007年01月17日
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昨日、友だちが言ったことば。『いつも、あるがままを受け入れ、高望みせず、暮らしてきた。』『健康で生きていれば、幸せだと思って生きてきた』『願い事なんてない』わたしと、全く逆に生きてきたんだなと思う。わたしは、いつも、いつ死ぬかわからない、、、と、刹那的に生きてきた。それなのに、いつも高いところを見て、目指して、必死だった。幸せ、って感じたことが無かった。満たされていないから、受け入れられないから、願い事はたくさんある。わたしはわたしだ。5歳の頃からのわたしがいる。どうしたらいいのだろう。途方にくれる。Blogならclick!
2007年01月17日
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自分が、不完全な人間だと、感じる。周りより劣った人間だと感じる、だから、同級生との食事会も行けなかった。そんなことは無い、、、人間に上下は無い、、、人間の価値は生きていることそのものだ、と思っているはずなのに。。。患者さんたちには、そう接してきたつもりなのに。自分には、そう接せられない。いつも、社会的に価値があることを追いかけてきた、芸術などを含めて。何かを実現していくことを追いかけてきた、ずっと。5歳の頃から。いつも、何かを目指していた。それが、今は、こんな小さな箱に入って、何も出来ず過ごしている。無力でだらしない。Blogならclick!
2007年01月17日
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毎日のするべきこと、やりたいことを、書き出してみることを試すことにした。やらなくては、やりたい、と思っていても、なかなかできなかった。ひとつには、不規則な睡眠のせいだ。寝すぎて時間がなかったり、寝不足でボーっとしていたり。もうひとつは、クスリ。副作用で、だるくてボーっとしていることが、本当に多かった。このふたつが、最近、落ち着いてきた。それで、少しずつ、動くようにしようと思った。やるべきこと、やりたいことを、書き出すのは、ワークブックでも薦めている。ワークブックには、そのときの気分もモニターするようにと書いているので、そうしてみようと思う。やるべきこと、やりたいことを書き出すのは、そのときの作業能力、ストレスの受容の容量をモニタリングすることになると思う。たぶん、作業について、混乱してしまいがちなわたしには、いいレッスンになるだろう。作業する項目を書き出して、自分の作業能力とストレス受容容量をモニターしながら作業することで、とにかく、その範囲内で、終わらせること、を学べる気がする。作業について、混乱して、オーバーワークか破綻してしまいがちなわたしには大事な事だ。そして、作業する項目を考えること、作業能力とストレス受容容量の中で終わらせることを優先することを通じて、明日がある、明日にしよう、と、刹那的な感覚でないものをつかめる気がする。時期が早いだろうか。けれど、何かをすることで、自己肯定感が高まる。やってみようと思う。Blogならclick!
2007年01月17日
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昔からそうだった気がする。複数人数、多人数の中でコミュニケーションをとるのが苦手だった。いろんなひとがいる。いろんなひとにあわせなきゃいけない。どうしていいのか、わからなかったんだろうか。とても緊張してしまい、ほとんど話すことができなかった頃があった。あきらめて、場に不愉快な思いをさせなければいい、と考えるようになった。今も、結局、変わっていないんじゃないか。こないだキャンセルした多人数で集まって食事会、、、だから行けなかったんじゃないか…体調のせい(パニックをおこしそうだから)だと思っているが。1対1でも、対人的に緊張したり、過剰適応してしまうから、多人数では容量オーバーになってしまうんじゃないか。そんなことを考えた。Blogならclick!
2007年01月17日
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昨夜は、寝る前12時前に、エビス350缶をあけた。グラスを冷しながら、とても美味しく飲めた。それもあってか、寝る前は穏やかな気分で、2時ごろ眠った。中途覚醒も無く、11時半起床。中途覚醒の無い9時間睡眠。午前中に起床。理想的!!もう少し早く眠っていれば、もう少し早く起きれる。ビールはカロリーも高いが、中途覚醒して過食しているのだから、カロリー的には変わらないはず。ただし、睡眠障害に、アルコールの力を借りるのは良くないことも、知っている。ただ、ナチュラルにリラックスできたことは確か。毎日ではなくても、時々は、楽しみの範囲で飲んでみるのもいいかもしれない・・・今まではクスリとの兼ね合いで避けていた。主治医と相談してみよう。Blogならclick!
2007年01月17日
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【1月10日に、職場で退職を決めた日に書いた文章です。】今日、職場の上司と面談だった。3月までに復職できるかによって退職してくれと言われていた。さんざん悩んだ…当然。昨日まで、グジグジあっちゃこっちゃ悩んでいた。頑張れば、週に2日は出れるだろう…でも、悪化する可能性が高い。主治医もカウンセラーもそう言ったし、わたしもわかっていた…何度も休職復職を繰り返しているのだ。いちばん、悩んだのが、やはり金銭面だ。今は、健保組合から傷病手当金をもらっていて、ずいぶん助かっている。これが、退職でゼロになる…親の家にいるとはいえ、これは大変なことだ。しかし、がんばる⇔カラダを壊すの悪循環は最後にしたい。カラダを壊すたびに悪化して、難治性になっている。
2007年01月16日
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淋しい。なにがどう淋しいのかわからない。わたしが淋しいのではなくて、さびしさの中に、わたしがどっぷりと漬かっている感じだ。どこを見ても、ぼんやりとした濃い青の、淋しさの霧がかかっている感じ。抜け出せないし、前後左右上下もわからない感じ。この、淋しさを分離しなければ、落ち着いていられないんだろう。淋しさを、霧じゃなくて、家にイメージしてみた。アメリカ映画に出てくるような、ベッドルームがいくつもあるような、大きな家。その中に、わたしがいる。その家を、バリバリバリっと、土木工事で、丸ごと、移動する。わたしのいる場所だけ残して。そういうイメージで、分離しようと思う。淋しさを見ることができなければ、離れることも出来ない。Blogならclick!
2007年01月16日
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昨日、直属の上司とはなしているとき、カウンセリングを受けているクリニックを、上司が知っていてびっくりした。言葉はにごしていたが、友だちが、あんたの職場のひとがいるよと言ったらしい。名前と職場がわかるのは、保険証だけだ。そのクリニックの事務が、告げた以外にかんがえにくい。医療の守秘義務はどうなっているんだ?やっぱり、3流以下のクリニックだ。あってはならないことだ。もうひとり。スタッフに、キモノで歩いているのを見かけたと言われた。これも、おそらくクリニックに勤務している元職員からの情報だろう。自分が守秘義務を守っているのが、バカバカしくなって来る。世間は軽々しい悪意に満ちていて、わたしは守られていない。Blogならclick!
2007年01月11日
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面談が終わり、スタッフとの話も終わり、ひと段落ついたところで、事務長が【さぁ、わたしたちはネクストを考えなきゃいけないわよ】と言った。さすがに、えっと思った。表情に表れていたのかいなかったのか、、、いなかったと思う。【次のST確保の手段を考えなくちゃね】と続いた。。。ちょっと泣きそうな気分になった、、、ようやく表情に表れたのだと思う。辞めたくて辞めるわけでも、辞めさせたくて辞めるわけでもない。ちょっと、きついひとことふたことだった。わたしは表情に表れにくいのかもしれない、、、本当のこころが。だから、周りに誤解されて、意に沿わない流れになることがあるのかもしれない。そう思った。Blogならclick!
2007年01月11日
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退職が決まって、手続きの方法の説明を受けて、施設をあとにした。疲れきっていて、早く出たかった。いつものカフェに行き、白ワインを飲んだ。コクのある微炭酸の辛口。まだ、カラダが硬かった。パスタと赤ワイン(多分カベルネソーヴィニョン)を食べた。カラダは硬く、意識は半分宙に浮いているようだった。赤ワインを飲みながら、うっすらと涙がにじむような感じだった、、、あふれはしない。母親に迎えに来てもらった。車の中で、今日の経過と結果を話した。母親もありがたいねぇと至極感謝し、事務長の人柄に感心していた。前の沖縄○○病院の事務長とは、ひとの出来が全然違うねと。今日の話をしながら、声が、少しつまり気味なのが自分でもわかった。涙がにじんでいた。最後は、右目からつたって落ちた。母親に、報告をして、これからの話しをして、犬にセーターをボロボロにされて、ようやく自室に入って、落ち着いた。これから、次のために治していこう、変わっていこうと思う。Blogならclick!
2007年01月10日
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今日、職場に、退職の意思を伝えに行った。30分待たされて、事務長と面接し、今の体調(主に不眠の症状)、これまでの経過(クスリが合わせられたのが、11月半ばであること)などを話し、がんばれば週に2回程度出勤できると思うが、がんばることで悪化する可能性があるという主治医の意見を伝えた。元気そうね~、格好もかわいいね~など、声をかけてもらったり、多大な迷惑をかけているにもかかわらず、事務の方にお茶をだしてもらったり、温かい雰囲気の中での面談だった。こういう状態なので、やはり、ご迷惑をおかけするわけにもいかないので、退職しますと、伝えた。まあ、予期していたことなのだろう。落ち着いて、そうだねぇということで了解をもらった。契約社員の身分で、働いていた期間とそう変わらない期間を病休にしてもらい、破格の扱いだと思う。なかなかよくならない、ということも理解してもらい、偏見らしきものも感じなかった。ありがたいことだと思った。STは、どうしても施設に欲しい人材だと強調されていて、今のパートのSTもいなくなる4月以降の心配もあるということだった。協力はできないだろうが、人材確保のアドバイスはパートのSTにしておいた。スタッフ、主任にも来てもらい、事情を説明し、退職の旨伝えた。ゆっくり治してねなどといわれた。デイケアのナースも、ケイタイの番号を聞きに来て、ふざけたことをいいながらも、心配してくれた。温かい職場だと思った。前の職場との違い、、、自分が変わったからなんだろうか。絶対元気になって、社会復帰しなさいよ、と事務長に言われた。もちろん、そのつもりだ。げんきになったら、顔をみせなさい、とも言われた。もちろん、そのつもりだ。温かく、優しく、激励してくれるのに胸が、声がつまった。絶対治る、と信じなさい、と直属の上司の主任に言われた。思えば、このひとの手技を見て、この施設でやっていく決意が固まったのだった。やわらかいものごし、ひとを差別せず大きく受け止めるこころ、冷静な判断、など、学ぶ点が多く、また、信頼して安心して、下で仕事ができるひとだった。絶対治ると信じなさい、というのは、セラピストとしての言葉だったんだと思う。この先生の言葉を、信じようと思う。パートのSTと話をしていて、あれはどこにありますか・・・という質問がでてきた。でた!やっぱり、わたしがいるとこうなる。一緒に探しても良かったが、疲れきっていて、多分伝票がファイルされているはず、、、という口頭でのアドバイスにとどめた。その前に、たくさんのひとと会って、話をしたし、緊張する話もしたし、退職の手続きの煩雑な内容の説明もうけて、2時間。クタクタだったから。この8ヶ月近くの間、いちばん緊張する場面で、疲れる時間だった。デパスのチカラも借りて、パニック症状も無く、なんとか乗り切った。帰りの車の中では、まだ、カラダが硬かったけれども。
2007年01月09日
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前の退職のときは、迷い無く退職した。今は後悔ばかりだ。前の職場は働きやすかったし、がんばればよかったと思っている。意固地になりすぎた。今の職場は、辞めるのをためらっている。金銭面の問題も大きい。収入がゼロになる。けれど、今、4時間半寝たり、15時間寝たり、毎日不規則な睡眠時間。とても、働ける状態じゃない。3月までに良くなるのも難しいだろう、、、そして、復職したらとたんに押し寄せるストレス。ストレスに極端に弱くなっている。前はそうじゃなかった。だから辞めるんだ。元気になって働くために、辞めるんだ、、、自覚しなくては。Blogならclick!
2007年01月09日
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明日、職場に復職は難しいことの報告と、退職のお願いに行く。そう決めたはず。性格からして、決めたことは怖くない。はず。シャキッと乗り越えられるはず。だけど、今、怖くてたまらない。こころは複雑に、行動はシンプルに、でいいのだろうか。まだ、自分が、退職することに納得していないんだと思う。なんとか、続ける道はないのか、と思っている。ムチャなのもわかっているのだけれど。だから、すっきりしない。辞めると言うのもこれからのことを考えると怖いし、辞めない交渉を始めそうな自分も怖い。明日までに落ち着くのだろうか。そうでないと、また、自分を傷つけることになる。Blogならclick!
2007年01月09日
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この何週間か、ブログをさぼっている。ってことは、セルフモニタリングもさぼりがちだということだ。それで、混乱が増してきている。何かわからない不安、が、からまってほどけなくなっている。それが、こころを締め付けて痛い感じがする。何かわからない淋しさを、見てみぬふりをしようとしてきて、薬に頼っている。やはり、アディクションとも縁がきれない。淋しさをカラダから引き離して、そこに置かなくてはいけない。。。感覚がわかった気がする。現実の生活、これからの生活も、考えてうけいれなくてはいけない。そういうことを、さぼっていた。ら、混乱で苦しくなった。ひとつひとつ、丁寧に、見逃さないように、見つめていこう。Blogならclick!
2007年01月09日
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