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愛は辛抱強く、また親切。愛はねたまず、自慢せず、思い上がらず、みだりな振る舞いをせず、自分の利を求めず、刺激されてもいら立たない。傷つけられてもそれを根に持たず、 不義を歓ばないで、真実なことと共に歓ぶ。すべての事に耐え、すべての事を信じ、すべての事を希望し、すべての事を忍耐する。愛は決して絶えない。愛といっても種類は様々大別するならば・・・1.エロス:性的魅力と結び付いた愛2.ストルゲー:血縁関係に基づいた愛3.アガペー:原則に基づく無私の愛やはり、3の原則に基く無私の愛が一番。前述している定義はこの愛のこと。これがないから世の中最悪の状態なんだろうなぁ。感覚の麻痺している人には何も変わらない世の中なんだろうけど・・・。この愛は、自然に身に着くものじゃないだろうから認識のない人には一生理解できないものなのかもしれない。培う努力が必要だから。
2003年08月21日
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こんなに弱かったっけ?20 日の日記 (PM 07:45)wrote:アブラハムはイサクの父となり、イサクはヤコブの父となり、ヤコブはユダとその兄弟たちの父となり、
2003年08月20日
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wrote:はははは・・・・・・はぁ~あ・・・よく解りゃん。19 日の日記 (PM 07:43)wrote:アブラハムの子、ダビデの子、イエス・キリストについての歴史の書19 日の日記 (PM 07:54)wrote: アブラハムの子、ダビデの子、イエス・キリストについての歴史の書
2003年08月19日
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人間の好戦的な傾向を抑制することは可能だろうか。人間が戦争をするのは、愚かさ、利己主義、誤ったところに捌け口を求めた攻撃的衝動などが原因だと言う人がいる。「それが戦争の主要な原因であるなら、人々を向上させ、啓発することによって戦争はなくせるはずである」と、学者のケネス・ウォルツは言う。 戦争の原因は国際政治の構造にあると言う人もいる。主権国家の各々がそれぞれ国益を追求するため、必然的に争いが起きる。相違点の折り合いをつける首尾一貫した、確実な方法がないために戦争が起きるのである。「臨界質量」という本の中で、著者のウィリアム・E・バローズとロバート・ウィンダーレムは、「難しいのは政治の分野である。政治上の根本的解決なくしては、超強力兵器の拡散を食い止め、流れを逆転させる有効な管理体制は存在し得ない」と述べている。 包括的核実験禁止条約の実施に向けて行なわれている交渉について考えてみる。ガーディアン・ウィークリー紙(英語)は、その交渉を、「核保有国と、核兵器を秘密裏に保有する国々、もしくはすぐにも保有できる科学技術を持つ国々との間で行なわれる、熾烈な取り引きの場」と描写している。その同じ記事は、「どちらの[グループ]も、核兵器や核開発能力、あるいはそのどちらかを改良するための様々な方法すべてに見切りをつけることなど、全く考えていない」と述べている。 明らかに、核の脅威をすべて除き去りたいのであれば、国際協力が必要である。「臨界質量」という本はこう言う。「したがって、あらゆる場所で相互信頼が相互確証破壊に取って代わらなければならない。……そうでなければ、遅かれ早かれ大変動が起きるのは必至である」。残念ながら、今日における国家間の関係や交渉は、多くの場合、26世紀前に預言者ダニエルが述べた状況に似ている。つまり、『彼らは一つの食卓を囲んで偽りを語る』のである。
2003年08月11日
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うわさ話はすっかり定着している。しかし、うわさ話が破壊的な力を秘めていることは認めなければならない。次の賢明な言葉に従うだけでも、自分や他の人の心痛や悲しみをかなり少なくすることができる。「何であれ真実なこと、何であれまじめなこと、何であれ義にかなっていること、何であれ貞潔なこと、何であれ愛すべきこと、何であれよく言われること、また何であれ徳とされることや称賛すべきことがあれば、そうしたことを考え続けなさい。……そうすれば、平和の神があなた方と共にいてくださるでしょう」―Philippians 4:8、9. 確かに神ご自身、わたしたちが他の人のことをどう話すかに関心を持っておられる。イエス・キリストはこう警告された。「人が語るすべての無益なことば、それについて人は裁きの日に言い開きをすることになります。あなたは自分の言葉によって義と宣せられ、また自分の言葉によって有罪とされるのです」―Matthew 12:36、37. あなたは、他の人との良い関係や思いの平安、そして何よりも大切なこととして、神のみ前における良い立場を望んでいるだろうか。もしそうであれば、『静かに生活し、自分の務めに励むことをあなた方の目標としなさい』という、霊感による神の言葉の諭しに従うことが大切。(1 Thessalonians 4:11)他の人に関心を払うことに努める。ただし、親切な、品位のある態度で関心を払う。そうすれば、悪意のある有害なうわさ話からきっぱり離れることができるのである。
2003年08月07日
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火に油を注がない: うわさがどうしてもなくならない場合は、こう自問してみる。『わたしが、人からうわさをされる原因をつくっているのだろうか。もしかしたら疑わしい振る舞いをしていて、それが悪行のように見えるのだろうか』。□ ある女性は仕事の責任を十分果たしているのに、同僚から怠け者だとか、頼りにならないなどと陰口を言われている。評判が悪いのはなぜか。まず彼女の態度には、怠け者であるかのように誤解されやすい、屈託のないのん気なところが見られる。身繕いも職場の仕事環境にそぐわない非常にカジュアルなもの。そして最後に、私用の電話の応対に軽率なところがある。大声で話すので、事務員全員に聞こえてしまうのである。その結果、それがうわさの種になる。□ ある商店の経営者は、その人の住む小さな町で人々の話題になっている。その男性は浮気をしているらしいといううわさである。本人はその間違った主張を強く否定する。うわさの原因は何か。女性客に対してひどくなれなれしいという評判があったことである。□ ある十代の少女はふしだらな女と言われている。恋人が何人もいて、コカインを常用していると言う人たちもいる。そういう話はすべて間違いである。しかし彼女が麻薬に関係した人々と付き合っていることはよく知られている。服装もヘアスタイルも化粧も派手である。 それでもしあなたが、悪意のあるうわさ話で迷惑を被っているなら、自分の行動や人との接し方、さらには服装や身繕いなどが、ある意味で火に油を注いでいないかどうか確かめてみるのは有益かもしれない。生活の仕方を少し調整すると、うわさは収まるかもしれない。「まきがなければ火は消え(る)」。(Proverbs 26:20)それにもし、あなたの行動が妥当な線のぎりぎりのところまで行っているとすれば、実際に悪の道に足を滑らせ、うわさが現実になってしまう危険は常にある。
2003年08月06日
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うわさ話に過剰な反応を示さない: 大抵の人は、自分がうわさの種にならない限り、うわさ話を楽しむ。しかし仮に、あなた自身がひどいうわさや間違った話を広められて迷惑を被っているとする。話の出所を突き止め、落ち着いて問題を正すことができる場合もある。しかし、それができない場合はどうしたらよいだろうか。 怒ってみたところで何の解決にもならない。実際、「怒ることに速い者は愚かなことを行な(う)」。(Proverbs 14:17)それである賢者はこう勧めている。「人々が話すかもしれないすべての言葉に心を向けてはならない。……あなたの心は、あなた自身も幾度となく他の者たちの上に災いを呼び求めたことを知っているからである」。(Ecclesiastes 7:21、22)うわさ話は人生の現実である。あなた自身、ほかの人たちと一緒にうわさ話に花を咲かせたことが一度や二度はあるかもしれない。それは本当に腹を立てるほどのことだろうか。しばらくすれば、ほとんど消えてなくなるのではないだろうか。「笑うのに時」がある。うわさを消し去る最善の方法は、ユーモアのセンスを示して笑い飛ばすことかもしれない。―Ecclesiastes 3:4.
2003年08月05日
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人を傷つけるうわさ話に耳を傾けない: 絶えず愚かな話をしている人だけが問題なのではない。その話に面白そうに注意を向ける人にも責任がある。単に耳を傾けるだけでも、黙認していることになるかもしれず、人を傷つけるうわさ話が広まるのを助長することにもなりかねない。Proverbs 17:4.には、「悪を行なう者は有害の唇に注意を払っている。虚言を吐く者は逆境を引き起こす舌に耳を貸している」とある。 だれかについての話が制御しきれなくなるなら、少し勇気を出して、『話題を変えましょう』と言う必要があるかもしれない。それでもし、いま付き合っている友人たちが有害なうわさ話をする傾向を持っていて、それが改められそうもないのであれば、新しい仲間を見つけることを考えなければならないかもしれない。聖書はこう言っている。「うわさ話をする者は決して秘密を守れない。話しすぎる人々には近づくな」。(Proverbs 20:19.)恐らく、あなたのことが話の種になるのも時間の問題だろう。
2003年08月03日
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自分と他の人を傷つけずにすむ方法 人々が存在する限り、うわさ話がなくなることはないだろう。友人や知人に関する打ち解けた世間話は、互いに意思を通わせ、健全な関係を維持する上でなくてはならないものでもある。 とはいえ、人を傷つける悪意のあるうわさ話、つまり中傷が許される理由は全くない。その種の話は人を傷つけ、痛めつける。人の生活や人間関係や評判を台なしにすることさえある。妥当な線を踏み越えて、有害なうわさ話にふけるようなことを避けるには、どうしたらよいか。どうすれば、有害なうわさ話から自分の身を守ることができるか。この点に関する助言をほんの一部見てみたい。舌を抑える:「会話は頭の運動だが、うわさ話は舌の運動にすぎない」と言われている。実際、人を傷つける言葉は大抵、悪意から出るというより、話す前に考えることをしないために出てくる。他人のことをべらべらしゃべる人もいる。そういう人は、ほとんど結果を考えずに、尾ひれをつけたり、話を誇張したり、ゆがめたりする。友人や配偶者や子供の失敗についても、当人にどれほど害が及ぶかを考えずに漏らしてしまう。 「言葉が多ければ違犯を避けられない。しかし、唇を制する者は思慮深く行動しているのである」。(Proverbs 10:19)言い換えれば、話す前に考えるということである。ほかの人について何かを話す前に考えるのである。『本人のいるところでもそう言えるだろうか。自分のことをそんなふうに言われたらどう思うだろうか』と自問してみる。(Matthew 7:12)Psalms 39:1.にはこうある。「わたしは自分の道を守って、舌で罪をおかすことがないようにしよう。……わたしは自分の口にくつこを守りとしてはめよう」。 確かに、舌を抑えることが不可能のように思える状況はあるかもしれない。例えば、自分か自分の家族がひどいことをされたという強い疑念を抱く場合があるかもしれない。証拠はないにしても、何か手を打たなければいけないように感じる。信頼できる友人や権威のある人にその件を話したら中傷になるだろうか。だれかに助言を求めるなら、悪意のあるうわさ話をすることになるだろうか。決してそうではない。ひそかに話し合うことは賢明な方法である。言うまでもなく、そういう微妙な状況に取り組む際には、良い判断を働かせ、一方に偏らないことが大切である。―Proverbs 15:22.
2003年08月02日
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だれかが言うちょっとした陰口に耳を貸す誘惑に駆られたとき、他人の弱点について陰口を言うことを楽しむ人は、おそらくあなたの弱点についても陰口を言うということを忘れないようにしておきたい。古代賢者の次の言葉は全く真実である。「違背を覆う者は愛を追い求める者、一つの事を繰り返して言う者は友を離れさせる」―Pr 17:9.
2003年08月01日
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