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神の名のもとに行なわれる盗み 「証券業務の規制官を20年間務めて目にしてきたのは、ほかのどんな手口によるものよりも神の名のもとに盗まれる金のほうが多いということだ」と、北米証券監督官協会の会長デボラ・ボートナーは言う。「投資をする際には、だれかが宗教や信仰を引き合いに出したからといって気を緩めるべきではない」。クリスチャン・センチュリー誌によれば、「27の州において、霊的つまり宗教的な信条を利用して投資家の信用を得た個人および企業を証券業務の規制官が処分した例は、過去3年間で数百件に上る。……[5年以上]続いた悪名高いケースでは」、あるプロテスタントの基金が、「全国の投資家1万3,000人余りから5億9,000万㌦以上を集めた。1999年に同基金は州の規制官によって活動停止とされ、役員のうち3人は詐欺罪を認めた」。同誌はまた、「合計15億㌦の損害をもたらした」別の三つの例についても伝えている。 人を食い物にする諸宗教・・・全くもって大いなるバビロンだ。偽宗教。2003/02/28 19:58:10見知らぬ人が怖い 「車を運転する女性80%以上は、車が故障した時、見知らぬ人に助けてもらうよりも鍵をかけた車内で夜を過ごすほうがよいと思っている」と、ロンドンのインディペンデント紙は報じている。車を運転する人2,000人を対象に、「ダイレクト・ライン・レスキュー」が行なった調査によれば、女性の83%、男性の47%は、車の故障時に援助を差し伸べられても、それを断る。同様に、ほとんどのドライバーは、立ち往生しているドライバーを助けるために車を止めようとはしない。特に女性は、身の安全に不安を覚え、故障は見せかけではないかと考える。スポークスマンのニック・コールは、こう述べている。「多くのドライバーにとって、車内に一晩じゅう一人でいるほうが、見知らぬ人と対面して不安を感じるよりも良い方法に思えるというのは、今の時代に対する、いかにも悲しい告発といえる」。 まっ、今の時代では人を信用できないのも無理はないと思う。この記事はそこが主要な部分。携帯で云々という問題解決方法を取り上げているのではないことに興味をもっていただきたい。2003/02/28 18:45:09
2003年02月28日
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普通の人の約15%は落ち着かないしぐさをする癖があると、カナダのグローブ・アンド・メール紙は述べている。研究者によると、そわそわした様子は「髪の毛をひねる、足で音を立てる、ひざなどを揺する、つめの先をいじるなど」の形で表われる。なぜそうした行動を取るのだろうか。トロントの依存症精神衛生センターの精神科医ペギー・リヒターの意見では、そうした定型的動作が一種の安心感を与える。一方、臨床心理学者ポール・ケリーに言わせれば、そわそわした態度は緊張感から来ており、自動的また無意識に生じて、ストレスでいっぱいの状況から人を解放する。専門家によると、「補充療法によってその癖を断ったり、少しずつ除いたりすることは可能である。そわそわした気持ちになっていることに気づいたら、他のことに注意を集中すればよい」と、同紙は述べている。
2003年02月27日
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「世界で4人に一人が、人生のある時期に精神障害もしくは神経系統の障害を抱えるようになる」と、世界保健機関(WHO)は報じている。精神障害は治療可能なケースが多いのだが、患者のほぼ3分の2は専門家に診てもらおうとしない。「精神障害は本人が引き起こした問題ではない。実際、問題があるとすれば、精神や脳の障害を持つ人々に対する我々の反応の仕方に問題があるといえる」と、WHOの事務局長グロ・ハルレム・ブルントラント博士は語る。同博士はさらに、「この報告が、長年の疑問や独断的な考えを払拭し、精神衛生の分野における公衆衛生の新時代の始まりをしりしづけるものとなることを願う」と述べている。健康をめぐる現状からすると、「うつ病は……2020年には他の疾患をしのいで、虚血性心疾患に次ぐ第2位を占めるものと思われる」と、WHOは言う。しかし、この障害を持つ人でも適切な治療を受けるなら、「充実した生活を送り、地域社会にとって不可欠な存在となることは可能だ」。
2003年02月26日
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結婚前に同棲した夫婦の40%以上が、結婚10周年より前に離婚する、とニューヨークのデーリー・ニューズ紙は伝えている。また米国立保健統計センターの集計では、結婚前に同棲した夫婦の場合、結婚後10年を過ぎて離婚する率は他の2倍である。その報告の主任担当者マシュー・ブラムレットは、「一緒になろうとしている二人が同棲は正しくないと考えていれば、離婚しないのはそのようなカップルである」と述べている。さらに結婚前に同棲する人たちは、「相互の関係を築き上げてゆくための苦労を忍ぼうとする気持ちがあまりないようだ」と、結婚カウンセラーのアリス・スティーブンズは述べている。 これは周知の事実。確かに『結婚のお粗末な訓練』と言える。特に現代の道徳規準では尚更のこと。
2003年02月24日
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オーストラリアは一人当たりの温室効果ガス排出量が世界一だそうです。これはシドニー・モーニング・ヘラルド紙が報じているものですが、この問題の主因は、「オーストラリア人がリモコンに取りつかれていること」にあるそうです。リモコンと温室効果?一体どんな関係があるんでしょうか? リモコンを使うには、テレビ、ビデオなどの電子機器をスタンバイ状態にしておくことが必要です。そのため、めったに電源を切ることがありません。その結果、発電所から毎年500万㌧もの二酸化炭素が大気中に余計に排出されるのです。別の言い方をするなら、オーストラリアで電化製品をスタンバイ状態にしておくのに必要な電力のために、車100万台分の排気ガスに匹敵する温室効果ガスが排出されているのです。オーストラリアの消費者にかかる負担について、同紙はこう述べています。「2000年に、スタンバイ状態の製品が消費した電力は、家庭の全電力使用量の11.6%で、5億㌦の余分な出費だった」。 さて、わたしたちはどうでしょうか?こまめにコンセントを抜いているでしょうか?ん~?意識してないなぁ~(苦笑)
2003年02月23日
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米国の場合、「過去40年間に救急医療が進歩し、暴行による被害者の死亡率が低下している」と、AP通信は述べている。米国において1960年から1999年までに暴行傷害事件がほぼ6倍になったのに、その暴行で死亡する人の率は70%近く低下したことに、研究者たちは気づいた。その調査によれば、1960年には加重暴行を受けた人の5.6%が死亡したのに対し、1999年には、暴行被害者で死亡したのは1.7%だけであった。研究者たちは死亡率低下に寄与した医療面の進歩を幾つか挙げている。例えば、「救急電話911番サービスの発達、外傷患者の迅速な固定と輸送、救急医療技師に対する訓練の向上、病院や救急センターの増加」などが報告されている。マサチューセッツ大学アマースト校のアンソニー・ハリス教授は、「20年前なら遺体安置所に置かれていた人々が、今では病院で治療を受けて、退院してゆく。それも、たいていは二、三日のうちに」と述べている。 たとえ、死亡率が減少しているとしても暴力が横行している事実は変わらない。人々から平和な霊が失われている。まさに破壊・破滅の歩みを一歩、一歩と…。加速度を増しながら。ひとりひとりが注意する次元の問題ではなくなっている。 国連ビル前にある“イザヤの壁”に刻まれている聖句、そして国連の庭園にある平和像に記されている「わたしたちは剣を打ち変えてすきの刃にする」。戦いをもはや学ばない…。今の世界情勢を見るかぎり絵に描いた餅か。国連の果たす役割がこれからどうなってゆくのか注目したい。イラク攻撃においても以前と少し違った動きがあるようだし。
2003年02月22日
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重い病気や障害と上手に付き合いながらの生活には、「時間をかけてできることであり、一夜にしてできることではない」と、長期にわたる病気の影響に対処できるよう人々を助けているあるソーシャルワーカーは述べている。別の専門家は、あせらないこと、とアドバイスしている。「重い病気と闘うという、全く新しい技術」を学んでいるのである。積極的な態度を持っていても、病気の影響に打ち負かされそうになり、不快な日が何日も、何週間も続くことがあるかもしれない。しかし、やがて前向きになれることだろう。ある女性の場合もそうであったようだ。こう述べている。「がんのことを少しも考えずに丸一日を過ごせたことに気づいたときは、とてもうれしくなりました。……少し前なら、そんなことはあり得ないと思っていたのです」。 確かに、一たび最初の恐れを乗り越えて、新しい目標を立てたなら、自分が上手に対処できることを知ってむしろびっくりするかもしれない。 わたしも、このような状況下に置かれた時(既に置かれているかもしれないが)これらの提案を実践してみようと思う。母の行状は間違いなくこのような励ましにより、死の恐怖を克服していたのだから…。(真に愛してくれている者に力を与えてもらって)
2003年02月21日
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ストレスを軽減する方法を見つける。さまざまな研究が裏付けているように、ストレスは病気の症状を悪化させることがあり、ストレスは病気の症状を悪化させることがあり、ストレスの軽減は症状を耐えやすくするのに役立つ。だから、ときどき息抜きを是非してほしい。「何事にも定められた時がある。天の下のすべての事には時がある」。「泣くのに時があり、笑うのに時がある。泣き叫ぶのに時があり、跳び回るのに時がある」。食べるにも、眠るにも、息を吸うにも、病気のことばかり考えてはならない。(これは当人にとっては物凄くキツイこと)外出できない場合は、静かな音楽を聴く、本を読む、ゆっくり風呂に入る、手紙や詩を書く、絵を描く、楽器を演奏する、信頼する友人と話すなどして、感情面でのストレスを解消することもできる。母さんもこの点でいろいろしていたなぁ…。そうしたからといって問題を完全に解決できるわけではないが、一時的とはいえ、気持ちが安らぐだろう。 外出できるなら、散歩をし、買物に行き、庭をいじり、ドライブをすることもできるだろう。可能であれば、小旅行に出かけることもできるだろう。もちろん、病気があるので、旅行はいささか面倒かもしれないが、事前の準備とその場その場での適当な対応によって、ハードルを乗り越えられる。 信仰から力を得る。興味深い点として、多くの医学研究は、信仰が健康と幸福を増進させることについて述べている。ジョージタウン大学医学部のデール・マシューズ教授によると、「信仰は価値ある要素となることが実証されて」いる。これについては、母さんを身近で看ていて一番強く感じたこと。確かに、亡くなったという事実は消えることのない寂しさと悲しみをこれから背負ってゆくことになる。しかし、母さんの行状はわたしに進むべき道を示してくれた。それは、母さんの信仰した愛する神によって備えられたものだと思う。感謝できる。ここで書いた記事のそれぞれが母さんに大きな慰めと励ましを与えてくれていたことは本当に感謝できる。
2003年02月20日
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訪ねる人が楽しく過ごせるようにする。*そのためには、病気の話ばかりしないことである。そうすれば、見舞いに来る人が聞くのに疲れてしまうことはないだろう。長期の病気にかかっているある女性は、自分の病気について夫に話す時間を限ることにより、この問題を解決した。「どうしてもそうする必要がありました」と、この女性は述べている。確かに、病気のために他のことを何も話せなくなってしまう必要はない。私自身、母と様々なことについて話し合った後に、―母さんは病気に負けていない。確かに呼吸は苦しいだろう。でもこんなにも輝いて見えるんだもの。そして、残された時間を大切に過ごしているんだ。僕はたくさんのかけがえのないものをもらったんだ―と実感できた。 ユーモアのセンスを保つことによっても、友人たちに気軽に立ち寄りたいという気持ちになってもらえるだろう。しかも、笑いはあなたのためにもなるだろう。「ユーモアはさまざまな状況で、またさまざまな状況に対処するのに役立つ」と、パーキンソン病の男性は述べている。確かに、笑いは良薬である。「喜びに満ちた心は治療薬としてよく効(く)」ほんの数分笑うだけでも益になる。さらに、「わたしたちが試す他の治療法とは異なって、笑いは全く安全無害で、楽しい」と、自身も治りにくい病気にかかっている著述家のスーザン・ミルストリー・ウェルズは言う。「なくなるものと言えば、悪い雰囲気だけだ」。*もちろん、見舞い客との接し方についての提案は、配偶者や子どもや介護してくれる人との接し方になおのこと当てはまる。
2003年02月19日
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感情面での落ち着きを取り戻すにつれて、『どうしてこんなことが自分に起きたのだろう』などと思っていたのが、『こうなったからには、何ができるだろうか』と考えるようになるだろう。この時点で、現在の状況から先に進むため、さらに幾つかの段階を踏むことができるだろう。そうした点の幾つかについて考えてみる。 自分の状況を見定めて、何を変更する必要があるかを考え、変えられる点は変えるようにする。「病気は生活を見直す機会となる。何かに気づかせてくれるものであり、何かの終わりを告げるものではない」と、スピーゲル博士は述べている。次のように自問できる。『病気になる前は自分にとって何が重要だっただろう。この点に変わりがあるだろうか』。こうした質問によって、できなくなったことを探すのではなく、やり方を変えればまだできる事柄を見きわめるのである。 無理なく達成できる目標を立てる。変えられることを変えようとすることによって、目標を立て、それを達成できるように行動する。このことはだれにとっても重要。なぜだろうか。目標を立てることによって将来に思いを向け、目標に達することによって達成感を持てるからである。ある程度自信を取り戻すことにもなるだろう。それには具体的な目標を定めることが大事である。例えば、他の人を助けるという目標を立てることは良いかもしれない。病気だったり障害を持っていたりするほうが、かえってうまく人を慰められることがある。自分自身が問題を抱えているので、他の人の痛みをいっそう理解できるからです。 他の人との接触を保つ。医学的な研究によると、社会的な接触は健康にプラスとなる。その逆も真実である。「社会的隔離と死亡率との関係は……強く、喫煙と……死亡率との関係に似ている」とある研究者は述べ、さらにこう付け加えている。「社会的関係を改善することは、禁煙と同じほど健康に重要かもしれない」。この人が、社会的関係を維持する技術は「生存に役立つ」と結論しているのも不思議ではない。 今日はここまでにします。
2003年02月18日
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病気を受け入れることがどういう意味になるかについて、自分の見方を調整しなければならない場合もある。いずれにしても、病気であることを受け入れるのは、自分が失敗したことのしるしではない。船乗りにとって、嵐の中にいるという事実を受け入れることは自分が失敗したことのしるしではないのと同じである。むしろ、嵐について現実的な見方をするからこそ、必要な行動を起こさせるのである。同じように、自分の病気を受け入れることは失敗ではない。かえって、治りにくい病気を持つある女性が述べているように、それは「新たな方向に前進すること」を意味するのである。 身体的な能力が衰えたとしても、精神的、感情的、霊的な特質が必ずしもその影響を受けるわけではない、ということを思い出す必要があるかもしれない。例えば、今でも知性があり、物事を組織したり推論したりする能力があるのではないだろうか。今でも温かなほほえみ、他の人への思いやり、話をよく聞き、真の友になる能力などがあることだろう。神への信仰を今も抱いている人にとっては、それが最も大切なことである。 さらに、状況をすべて変えられないとしても、どう反応するかを今でも自分で決められる、という点を心に留めておいてほしい。米国国立がん研究所のアイリーン・ポーリンはこう述べている。「病気にどう対応するかはあなたが決めることだ。病気がどんな影響を及ぼそうと、この権限はあなたのものである」。多発性硬化症がかなり進んでいる70歳のある女性は、それに同意してこう述べている。「落ち着きを取り戻せるかどうかは、病気そのものよりも、病気に対する当人の反応にかかっています」。長年にわたって障害と闘ってきたある男性はこう述べている。「積極的な態度は、船がひっくり返らないようにする竜骨のようなものです」。「人の霊は病苦に耐えることができるが、打ちひしがれた霊については、だれがこれを忍ぶことができようか」。PROVERBS 18:14.
2003年02月15日
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診断を聞いた当初の衝撃が和らぐと、たいていの人は、辛くても真実を知るほうが、漠然とした恐れを抱えているよりましだと思うようになる。恐れにとらわれると身動きが取れなくなりがちだが、自分に起きていることを知っていれば、何ができるかを考えられるようになる。そのこと自体がプラスの効果をもたらすことも少なくない。「何か心配事がある場合でも、それに対処する計画を思いつけば、どれほど気分が楽になるかを考えてみるとよい」と、スタンフォード大学のデービッド・スピーゲル博士は述べている。「実行に移すのがかなり先であっても、行なうべきことを計画すると、不快感を減らせる」のである。 自分の状態についてさらに詳しく知るべきだと感じるかもしれない。「強さにおいて賢い者は強健な人であり、知識のある人は力を強化している」「図書館から本を借ります。自分の病気についてできるだけ多くのことを学ぶのです」と、ある寝たきりの男性はアドバイスしている。試すことのできそうな治療法や対処法を知るにつれて、自分の状況は心配したほど悪くないのかもしれないということが分かる場合もあるだろう。楽観できる理由さえ見つかるかもしれない。 しかし、自分の病気を理性的に理解すれば、それで終わりというわけではない。スピーゲル博士はこう説明している。「こうした情報収集は、病気と上手に付き合い、病気を理解し、客観的に見るという重要なプロセスの一環である」。生活は変わったが、人生が終わったわけではない、ということを受け入れるのは必ずしも容易ではなく、たいてい時間がかかる。しかし、こうした段階に進むこと、つまり、病気を理性的に理解した上で感情的に受け入れることは可能である。どのようにだろうか。
2003年02月14日
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さまざまな感情がわき上がってきたとしても、それは当然の反応であるから安心して欲しい。たとえ体に病気や障害があっても、内面の意識は病気がもたらす変化に抵抗しようとする。まるで自分と病気が綱引きをしているように思えるかもしれない。以前の自分と将来の自分が闘っているかのようだ。そして、今のところ、病気のほうが優勢に思えるかもしれない。それでも、形勢を逆転させることは可能である。どうすればよいのだろうか。 「病気のために何かを失うと、死に直面したかのようにも感じる」と、キティー・スタイン博士は述べている。だから、健康という、自分にとって大切なものを失った時には、さながら愛する家族を亡くした時のように、ある程度の期間泣いたり悲しんだりするのも極めて正常なことなのだ。実際、失ったものは健康だけではないかもしれない。ある女性はこう説明している。「わたしは仕事を辞めなければなりませんでした。……それまではずっと自立した生活を送っていましたが、それも断念しなければなりませんでした」。そのような場合でも、失ったものに対する釣り合いの取れた見方を保ってもらいたい。自らも多発性硬化症を患っているスタイン博士は、こう付け加えている。「失ったもののことを嘆くのは当然だとしても、まだ残っているもののことも理解する必要がある」。確かに、ひとたび最初の涙を切り抜けると、まだ損なわれていない大切なものがあることに気づくだろう。その一つとして、状況に対する適応力がある。 船乗りは、嵐を静めることはできないが、船の帆を調節することによって嵐を切り抜けることはできる。同様に、生活に入り込んできた病気を制圧することはできないとしても、「帆」を調節する、つまり自分の身体的、精神的、感情的な面を適応させることによって病気に対処することはできる。治りにくい病気を抱えている他の人たちにとって、どんなことがこの点で役に立ったのか、次回書いてみようと思う。
2003年02月13日
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しかし、希望はある。最近、健康上の危機に見舞われたとしても、生活をある程度立て直すのに役立つ、実際的な段階を踏むことができる。 もちろん、長引く健康上の問題が何であったとしても、これら書いてある事柄によって解消されるわけではない。それでも、ここで紹介する情報が少しでも問題に上手く対応してゆく方法を見いだすのに役立てばうれしい。がんを患っている一女性は自分の内面の変化をこうまとめている。「拒絶の気持ちの次に、大きな怒りを感じ、その後は、自分には何ができるだろうかと考えるようになりました」。だれでも同じようにすることができる。一足先に同じ道を歩んできた人の経験から、自分にも活用できそうな事柄を学ぶのである。
2003年02月12日
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しだいに体の自由が利かなくなってくるのを感じることも、怒りの気持ちを引き起こす場合がある。『なぜ自分がこんな目に遭わなければならないのだろう』と思うかもしれない。自分の健康に対するこうした打撃が、不公平で、理不尽なことに思える。恥ずかしさや失意に襲われることもあるだろう。体が麻痺したある人は「ばかばかしい事故のせいでこんなことになってしまい、たいへん恥ずかしく思いました」と述べている。 孤独が忍び寄ってくることもある。物理的に孤立すると、社会的にも孤立しがちである。病気のせいで家に閉じこもりきりになると、以前の友人たちと付き合うことができなくなるだろう。それなのに、かつてないほど人恋しくなる。当初は殺到していた見舞い客や電話も、徐々に減っていくことだろう。 友人たちが遠ざかるのを見ると心が痛むので、自分のほうから人を避けるようになったかもしれない。もちろん、人前に出られるようになるのに時間が必要なことは理解できる。しかしこの時点で、自分を他の人から遠ざけるままにするなら、まず社会的孤立(他の人が会いに来てくれない状況)に、そして感情的孤立(あなたが他の人に会いたくない状況)に陥る恐れがある。いずれにせよ、強い孤独感と闘うことになるかもしれない。時には、明日もこんな状態に耐えられるだろうかと思うことさえある。 もちろん、こうした様々な感情の度合いや順序は、多くの場合、人によって異なる。
2003年02月10日
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重い病気にかかると、生活の中に深刻な不安と心配が入り込んでくる。「病状を予測できないために、生活していて非常な挫折感を持つことがあります」と言うのは、あるパーキンソン病の男性である。「その日になってみないと何が起きるか分からないのです」。ほかにも自分の病気のために不安を覚える人もいるだろう。何の前触れもなく発病した場合は、恐れに押しつぶされそうな気がするかもしれない。一方、症状を理解してもらえないまま何年も思い悩んだ後にやっと正しい診断が得られた場合でも、知らず知らずのうちに恐れを抱くようになっているかもしれない。初めは、自分が本当に病気であり、作り話をしていたのではないことをやっと分かってもらえると思い、ほっとすることさえある。しかし、ほっとするのもつかの間で、やがて診断の意味するところが現実にのしかかってくるだろう。 自分で何もできなくなるのではないかという恐れにも悩まされることもある。とりわけ、ある程度独立した生活を好む人は、他の人に頼る度合いがしだいに増してゆくと考えるだけでぞっとするだろう。病気に支配され、何をするにもその影響を受けるようになるのが心配なのである。 次回も感情面について書いてみたい。
2003年02月09日
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感じ方は人によってかなり異なるもの。とはいえ、保健の専門家や病気になった人たちによると、健康上の危機に見舞われた人は、幾つかの同じような経験をすることが多いようである。まず、衝撃を受けて、信じたくないという気持ちになり、次に、拒否反応を示すかもしれない。『そんな事はありえない』、『何かの間違いではないか』、『ほかの人の検査結果と取り違えたのだろう』などと思うのである。ある女性は、がんであると知らされた時の反応について、「毛布を頭の上まで引っぱり上げたいような気持ちになります。再び顔を出した時にすべてが過ぎ去っていればいいのにと思うのです」と述べている。 しかし、事態が分かってくるにつれ、拒否の気持ちは不快な気分へと変わるだろう。迫って来る暗い雲に覆われるように、辛い気持ちでいっぱいになる。『あとどのくらい生きられるのだろう』、『死ぬまで苦しむことになるのだろうか』といった疑問にさいなまれるかもしれない。時間の流れをさかのぼって、診断を聞く前に戻りたいと思っても、それはできない。やがて、他の悲痛な強い感情の波にのまれてしまう場合もあるだろう。 次回はその感情がどのようなものであるか書いてみたい。
2003年02月08日
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感情の渦に巻き込まれる「命にかかわる病気と聞いて、何とか恐れの気持ちを払いのけようとしたが、不安でたまらなかった」と、ある年配の男性は述懐している。この言葉は、病気が体だけでなく、感情面にも打撃を与えることをよく示している。とはいえ、そうした打撃にうまく対処している人々もいる。そうした人々の多くは、長引く病気に上手に対処する方法があることを他の人たちにも知ってほしいと思っている。しかし、何ができるかを考える前に、まず、初期の段階で抱くかもしれない種々の感情についてもう少し詳しく調べてみたいと思う。2003/02/07 0:57:01健康上の危機に陥ったとき「大きなハンマーで殴られたような気がしました」。ジョン、運動障害を伴なう病気に冒されていることを知って。「おびえてしまいました」。べス、自分の健康が重大な危機にあることに気づいて。 自分が、体の自由を奪う治りにくい病気にかかっていると知ったり、事故によるけがのために一生のあいだ不自由な体で過ごさなければならないと悟ったりすることは、人生においてとりわけ辛い経験。静かな診察室で病状について知らされようと、あわたただしい緊急治療室で自分の体が不自由になったという事実に直面しようと、そんな事は信じたくないという気持ちになるだろう。ひどい健康上の危機に動揺させられると強烈な感情を味わうもの、日常の生活にはそれに備えさせるようなものがほとんどない。 ここである雑誌が体の自由を奪う病気に幾年ものあいだ上手に対処してきた、様々な国の大勢の人々からじかに集めた情報(どんな気持ちがしたか、危機を乗り切って落ち着きを取り戻すのにどんなことが役立ったか、生活を多少とも立て直すためにどんなことをしたかなど)、長期的な病気の影響を調査している研究者たちの研究成果を、現在健康上の危機に面している人たちのために取り上げた記事のいくつかを紹介したいと思います。2003/02/06 22:56:21
2003年02月06日
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アイルランド、イタリア、英国、オランダ、ドイツのティーンエージャーを対象とした調査で、「欧米社会の多くの若者にとって、家族生活の質が、もっと正確に言えば家族として生活していないことが薬物問題の核心となっている、ということが分かった」と、イングランドのニューカッスル大学研究者ポール・マカードル博士は述べている。ロンドンのデーリー・テレグラフ紙によると、若者が両親と一緒に暮らし、家族との、特に母親との質の高い結びつきに恵まれている場合、薬物常習者になる率は16.6%にとどまった。一方、これらの要素が欠けている若者の場合は42.3%が薬物に手を出した。「テレビは子どもたちに薬物乱用の危険性を訴え、学校では薬物防止運動が進められているが、親の責任という点に本気で取り組んでいる人は一人もいないようだ」と、マカードルは言う。「私の意見では、薬物使用の防止は、他のどんな要素よりも家族の結びつきにかかっている」。
2003年02月04日
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「全世界で4,000万人がHIVに感染しており、すでに2,000万人がエイズで死亡し、毎年75万人の子どもがHIVに感染して生まれてくる」と、英国の医学誌「ランセット」は述べている。2001年だけでも、500万人が新たに感染し、300万人がエイズで死亡した。国連合同エイズ計画の事務局長ピーター・ピオットによると、エイズ禍は「手の付けられない」状態だが、それでもまだ「初期段階」にすぎない。ピオットの予想では、今後20年間に7,000万人がエイズで死ぬことになる。アフリカのサハラ以南には、人口の30%から50%がHIV陽性という都市が幾つもある。非常に多くの若い成人がエイズで死亡しているため、2020年までに労働人口の25%以上が失われるのではないかと懸念されている。「子供たちへの影響は、将来の経済復興に最も重要な意味を持つ」と、ランセット誌は述べている。ジンバブエでは、「5人に1人は、思春期に達する前に少なくとも親の一方を亡くすものと思われる」。 まさに、手の付けられない状態である。「そこからそこへと疫病がある」幾千年も前に書かれたこの言葉は今の時代成就している。全世界・全地球規模で起こっている様々なしるしとなる出来事に目を留め疑問を感じることのできる人がどれほどいるだろうか。
2003年02月03日
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「今日の特に血なまぐさくて危険な紛争……には宗教がからんでいる」とUSAトゥデー紙は述べている。そうした紛争は解決がたいへん難しい。同紙によれば、「戦闘員が神は我が側におられると主張する場合、妥協したり過去の不満を水に流したりする方向で話し合う、といったお決まりの外交手段はますます使いにくくなる。そのことは、宗教とはあまり関係のない、土地や権力をめぐる争いを中心とした紛争において、宗教が、原因というより、人々を動員する道具となっている場合にも見られる」。宗教的な相違があると、一時的な停戦を成立させることさえ難しい。その例が、最近のコソボ紛争である。イースター停戦が検討されたが、カトリックと正教会とではイースターを祝う日付が異なるため、実施できなかった。「結局、停戦は実現できなかった」とUSAトゥデー紙は述べている。よく様々な宗教のゆきつくところは同じということを聞くが、殺し合いを容認する宗教が真理を教えているのだろうか。無神論者も不可知論者も結局のところ道理にかなった見方をしていない事勿れ主義者なのかもしれない。そのくせ今回のスペースシャトルのような事故が起こると「神はいないのか」などと、つぶやく者となったりする者もいる。そして、あげくの果てには「運命」などの言葉で茶を濁す。事故そのものは残念な出来事で、亡くなられた方やその家族の方には気の毒なこと。遺族の方々に真の慰めがあるように願う。話が逸れてしまったな。
2003年02月02日
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「デートを成功させる手引」と銘打たれたある本は、異性とふざけることが相手の気を引く秘けつである。と述べている。ほほえんで視線を合わせよ、『最初のせりふ』は完璧にせよ、と読者に勧めている。このようなアドバイスは、『貞潔をつくして』異性と接するようにという、助言の精神とは正反対である。 異性とふざけるならプライドは保てるかもしれないが、それは不誠実で不正直なことである。おもしろい会話を続けるために、ふざけたり恥ずかしそうにしたりする必要はない。異性の感じ方や考え方を知るために、当惑させるような質問をする必要もない。 いつでも『義にかなっている、貞潔な、愛すべき』ことを話すようにすれば、自分が霊的な思いを持つ円熟した大人へと立派に成長していることを示すことになる。敬虔な原則に従うなら、異性の目にも魅力的に映るだろう。余談:英国のリディアという女の子は「わたしの学校には、大勢の女の子の間でかなりうわさになる男の子がいます。でも、女の子の間では、その子をよく知るようになると、好きでなくなります。礼儀知らずで、無神経なんです」。と話している。 ネット恋愛って長続きするものなんだろうか?自分の中では訳の解らん世界です。
2003年02月01日
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