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瀬戸内海に浮かぶ島、あまりに身近すぎて全然行く機会のない小豆島。あれはまだ私が女子大生だった頃、ここを合宿の地に選んで海辺のホテルで宿泊。ナンパされるのを狙って、ごちそうしてもらうグループ、花火を楽しませてもらうグループと、たった1,2泊というのにいくつの男の子グループを掛け持ちしただろう。ああ、バブルの時代よ!!今ではそんなおいしい話は転がっておらず、今回は実家の父が「家族みんなで日帰りでどこか行こう」と言い出したのに便乗してのファミリーな息抜き旅。小豆島といえば、素麺と醤油とオリーブ。そして、壺井栄の“二十四の瞳”だ。この二十四の瞳のテーマパークというか、「映画村」と名打ったところができているというので行ってみた。しょぼいイメージだったけれど、第一印象はそんなに悪くない。菜の花畑と赤い鳥居、その上にこいのぼりが勇壮な姿で泳いでいる。古い民家を模した建物は土産物屋や食べ物や、最初はたくさん見えたので余計にイメージが上がった。……のだけど、入ってみるとそんなに数はないというのが実際のとこ。ま、ほどほどに時間がつぶせる場所ってとこかな。民家の壁には懐かしい看板が飾ってある。映画のや、カルピスなどの懐かし広告。一番喜んだのはKAIで、月形龍之介の看板がある!!などと言っては写真撮っておくれと大騒ぎ。うーんとリラックスした休日。帰りのフェリーは、展望デッキに「足湯」までしつらえられていて、足元ポカポカさせながらカモメを見てました。夜からは仲間と飲み会。約20年前の会社員時代の先輩にも会い、また某デザイン事務所を退職後5年間会っていなかったSちゃんとも話ができた。感動の再会!!!素敵な土曜日でした。
2007年03月31日
KAIがテレビのお仕事しました。まだ番宣CM前なので詳細はナイショ。4月に入ってから某局(ローカル局のためこのエリアの方しかご覧いただけませんが)で告知が始まるのかな。もし「アレッ?」と思ったらそうですよ。それ、KAIの仕事です(笑)番組スタートまでにまだ時間があるのでさわりだけのご報告。こんなおもしろい機会を与えてくださってディレクター様、感謝ですよー。アレを使うだなんてすごい勇気(爆)。まさか本当に決まるとは、こちらがビックリしてたりして。社内的には問題なかったのかしら???ともあれ、この春のスタートにこぎつけた様子。好評だといいんだけどなー。
2007年03月30日
レモングラスの香りとイージーリスニング。そして、うぅ……おあぁ………と、男のため息。うるさいよ、オヤジ。心地よく岩盤浴にひたっている最中、彼の声だけが妙に響く。うぅ…あ………あぁ……… 喘ぎ?ですか(もう可笑しいったら)。一時のブームは去ったのか、以前は予約が必要だったこのサロンも夜というのに人はまばら。仕事帰りの利用もなさげ。かくいう私も何ヶ月ぶりの来店だ。その間にいろんなメニューが増えていて、セルライト対策のマッサージまで。こんなサロンでどれだけ期待できるのだろう。決して手軽ではないお値段だ。前に来たとき1台あった「ぶるぶる君」なる健康器具も、2台が無料で使えるようになっていた。先ほどのオヤジの連れ、中国人らしきおばさんが乗っている。興味があるので私も挑戦。スタートボタンを押すと足元がぶるぶる強力に振動。ははーん、それがカラダ全体に伝わる仕組みか。足腰を鍛えるならまっすぐ立って、リラックスのためには上半身を器具にあずけるように、ヒップアップには少し上体を反らすように。ぶるぶる君はいろんな使い方ができるらしく、目の高さに貼ってある説明書を読みながらやる。脚を開き気味にして立っていたら内股がぶるっぶる。効く効く、効く~~っっっ。立つのではなくて器具の前で四つん這いになって手を乗せると肩のこりにも効くらしい。ははは、欲張りな器具だなあ(だけどこんなところでその格好はないよな)。しかも、5分乗ってるだけで1時間のウォーキングの運動量なんだって(笑)。じゃ、今日は2時間歩いたということで。約2時間サロンで過ごして、全身が温まった効果か背中の張りが軽減、かなり楽になったわ。ということで、さーて、また仕事に取りかかろうかな。
2007年03月29日
疲れた。もう目が開かないよぉ。残りのコピーは明日書きます。すべて明日明日と回してしまって、明日は本当に大変なことになりそうだ。背中のコリが腫れのようになってしまった。ヤバイよー。耳の後ろがキリッと痛くなるのも何か疲れのせいだろうか。目の下のクマも酷い。明日は岩盤浴行きたいっす。ちゃんと仕事しますから、行かせてくださーい。とりあえず、飲んで寝ます。どなた様もおやすみなさい。
2007年03月28日
逝ってしまった、植木等。私の旧姓はこの方の名前が一字入っており、子ども時代に名前を尋ねられると父が必ず「植木等の…」と言うのがとってもイヤだった(笑)。今よりもっとベタな喜劇人、それもドリフ全盛だった私の小学生時代には植木等というとすでに古い人のイメージがあったので、その名前を出されると恥ずかしかったんだよね。大人になってから、マニアックな音楽趣向の弟から植木等のベスト版みたいなのを借りた。これがさ、いいんだわ(笑)。アッケラカンと明るくて、昭和の空気がいっぱいで。青島幸夫の葬儀の時、もうヨボヨボになっている植木等が映っていた。もう長くないんだろうなあと見えたから、訃報に驚きはしなかったけれど。今日しみじみとワイドショーで氏の顔を見ると、なんて上品な顔立ちなんだろうと思ったわ。紳士ってこういう人?凛として、いつもきりっと衿を正しくして生きてきたような。こういう人をよくあんないい加減男の役に抜擢したよなあ。というか、よくあんな役を演じてきたよねえ。植木さん、お疲れさまでした。
2007年03月28日
昨年秋から行きそびれていた丸亀の猪熊弦一郎現代美術館に行ってきた。1月からの企画は「いのくまさん」。谷川俊太郎が文を添えた絵本「いのくまさん」で紹介された作品たちがたくさん見られて(でも、ごめん。私はこの絵本を一度も読んだことがないの)、ゆるーく楽しーく子供的感覚で絵が楽しめるという趣向。「いのくまさんは たのしいな」で締められた絵本ならでは、見ているこちらも「アートってなんだ?現代美術なんてわからんぞ」と口をへの字にすることなく、「いのくまさんは楽しいぞー」と素直に作品を笑って見られるというか。今回は鳥の作品がたくさん見られて、その可愛らしさと自由さにホレボレ。いいよー、いのくまさん。作品紹介ビデオでは、鳥や猫や人の顔や描いたスケッチブックを一枚一枚めくる映像。うわわ、これだけでちょっとした絵本になりそう。いのくまさんは画家というより、作品がそのままデザインになってるから見ていておもしろい。子供の絵を目指しながらも、そのあたりの鋭いセンスが作品を魅力的なものにしている所以なんだろうなー。今回もやられっぱなし。1時間ぐらい作品を鑑賞して、併設のカフェレストMIMOCAへ。ここは初めて行ったのだけど、すごーいよかった。私は仔鴨のコンフィ、KAIはロールキャベツを注文したんだけどどちらも絶品。期待していなかった(失礼!!)だけに、余計においしく感じられて「うまーい」を連発。妹たちの日替わりランチも姪っ子のフレンチトーストも想像以上の贅沢感。ここはまた来なけりゃと思ったわ。この美術館に来る楽しみが増えたかも。高松にも足を伸ばして商店街を散策。丸亀町商店街がリニューアルされたというので行ってみたけれど、んー。あんまりおもしろくない。ただ、ちょうど「イス展」というのが開催されていて、以前岡山のギャラリーで作品見て「おもしろい!!」と思った大島よしふみさんの作品がたくさん見られて満足。
2007年03月27日
昨日一日がかりでやった片づけも、押入れの中に小学生時代の思い出の諸々と大量の作品をなんとか収納したという程度。KAIはさらに夜中近くまで延々と片づけを続け、机の下にDJブースみたいなのを作ったと喜んでいる。DJブースぅ?と思ったら、ただ小さなキーボード(押入の中に入れっぱなしにしていたものが昨日発見されたのだ)と前から使っているCDラジカセがちょこんと並べて置いてあるだけ。プッ。だけど、それでも嬉しいらしい。今朝からまた続きを行い、私は私で仕事部屋に置いてある紙類の束を(昨日の片づけでまだまだ収納できると確信の持てた)押入れに運んだり、たまったビデオテープを箱に入れたり。これでテレビの下も少しはスッキリだ。お昼前から実家へ。母が亡くなり2ヶ月経ち、ようやく妹も心の整理がついたか、形見分けというほどではないけれど衣類の整理をすることになった。といっても母は闘病生活の間にすっかり自分の身の回りのものを整理しつくしていたので、わずかに残されたスーツや普段着をどうにかするだけ。もう10年近くになるか、おしゃれだった祖母が亡くなった時には衣類、着物の片づけに追われておばたちと一日仕事となった。それが頭にあったのか、母の片づけぶりはお見事。「へ、これだけ?」というぐらいにあっけなく整理でき、空いたスペースへは父の衣類がそのまま収納できた。父と母のだった部屋は本当に父だけのものになり、おそらくこれからは整理整頓のまったくできない父の手によってどんどん散らかされていくのだろう。私は一遍に洋服持ちになった。母がよく着ていたけれどもう誰も着ない、だけど愛着があるのよねという服も数枚もらった。いくつかを組み合わせてミニエプロンや姪っ子のスカートに縫い直す予定。あくまで予定ということで(笑)庭は草がはびこり始めていた。どれが草でどれが花の芽か見分けのつかない妹に「これがビオラでこれがわすれな草」とか教えながら草を抜く。こぼれ種であちこちに増えたビオラは土ごと掘り返して花壇に植え替え。花が好きだった母は自宅の裏にも花壇を作り、幾種類もの椿や紫陽花を挿し木で大きくしていた。知り合いが可愛い椿を育てているというので、6月には妹がその挿し木をしようと思うというけれど果たして成功するのか?ま、ゆっくりでいいから、ぼちぼち自分流でやっていかなきゃね~。
2007年03月25日
まだ中途のまま、ずっと放置して忘れ去られた一枚。というか失敗と思ったから描くのを辞めたんだろう。捨てようかと思ったけどモデルは私だから取っておくことにした(笑)。KAIが小学4年の時のもの。首のシワまで容赦なし……嗚呼…。
2007年03月24日
朝からずーっと片づけをしていた。小学校時代の教科書やノート類をすべて紐で縛り、プリントやもう使わない諸々の道具を仕分けしてゴミ袋に。というとすごく簡単な作業に聞こえるけど、これが大変。ノートには面白くて取っておきたいものもあるので全てチェック。捨てるものは名前の部分をすべて破いてわからないように。これらをコンパクトに仕舞うために押入の中を大掃除。布団や五月人形や、まずはかさばるものの片づけからよ(涙)。これまでの作品展の絵も押し込んでいただけの状態。それらを全部取りだして…。1階の私の仕事場には収納しきれずに仕方なく置いてある大きめの絵もあり、そのスペースも確保しておかねば。ああ~、もう大変でしたよ。一段落ついたのは夕方になってから。まだ次から次へと作品が見つかって(えへへ、ちゃんと収納しないまま適当にいろんなところに置いていたのだ)、面倒になって最後には「もうこんなの要らんよね?」と絵を捨ててしまったわ。たははは、いい加減な母です。6年間の思い出のノートからはKAIの創作作品もいろいろ見つかった。私は日頃ノートに目を通すことはしなかったので、どれも初めて目にするものばかり。なんだこりゃ~このバカバカしさったら!!たとえばこれ。5年生の国語の授業でやったんだろうか?こんな創作小説が…『おっさん夢物語~花の人生~』鹿太郎は参歳だ。鹿太郎の趣味は弐つある。一つはウクレレ。自分で作詞作曲した曲をひく、参歳児にしては凄い。もう壱つは、よくわからないかもしれないが、しょう来の夢「ふつうのオッサン」のくらしを布とんのなかで想像する、まあ想像しなくともオッサンになれるのだが、鹿太郎は参歳なので、そんな事などわからなかった。想像する内に鹿太郎はねてしまう、けれど夢でその続きが見える。夢の中の時代はなぜか1955(昭和30年)。鹿太郎は45歳。立派なオッサンだ。妻は無く一人ぐらし。近くの公園では、フラフープやチャンバラゴッコ、めんこをする子供の声がうるさく聞こえる。そして一番不思議なのが、同居人がいて、しかもそれがやかん君と自しょう未来からきた元カップラーメンのカップ君に、わりばしの割橋子ちゃん、机の木蔵さん、アメリカから来たクロー・ビールン(黒ビール族)だ。45歳の鹿太郎…………うーん、惜しい。ここで話は止まっているのよ。続きはどんなだ?!!!!割橋子ちゃんは割箸子じゃないのか?とかクロー・ビールンはドイツから来たんじゃないのか?と、いろんなことをツッコミたくなる話よねぇ。ねえ?余談だけど昨日は地元の新聞にKAIが書いた投稿が載りました。上手か下手かは別にして書くのは大好きらしくて、KAIはやっぱり絵よりも文章の方が向いてるんじゃないか?と思うんだよね。6年間のノートを見てやっぱりそう思ったわ。1年生の時の連絡帳をなにげなく開いたら、そこに先生からのメッセージがあって「お母さん、KAIくんのあのね帳(低学年向けの日記)をご覧になりましたか?」と。1年生とは思えない文章ですとお褒めの言葉があったことに今頃気付く。この先生にはマイペースな性格のことや体育が飛び抜けて苦手なことを話したぐらいの印象しかなかったので、こんなこと見ていてくれたんだなあと今さらながらに感謝だわ。つくづく、いい小学校生活だったなあ。
2007年03月24日
中学準備の買い物の日。開始時間より30分遅く行ってみると、販売会場の体育館にはずらりと列が。あー、こりゃもっと時間をずらして来た方がよかったかなと思うも後の祭。シャツ1枚買うのになんだこの時間のかかりよう!!販売員の手際の悪さに苦笑するしかない。KAIの学校の制服はブレザー、スラックス、シャツに、ネクタイはしてもしなくても。このブレザー+スラックスだけで2万数千円。うっ。体操服にはトレーナー、半袖シャツ、長パンツ、ハーフパンツ…一式揃えると1万2千円ほど。ぐっ。美術用品に約5千円、音楽のアルトリコーダーに約2千円。はぁ。自転車通学となるため、雨具とヘルメットで数千円。ぐへー。体育館シューズと上靴もバカにならないお値段で。規定の通学バッグはないけれど、「こんなのいかが?」と売っているなんてことのないナップサックが6千円ほど。いやや、もう買わんよ~。もう、どこを振ってもお金なんて出てこないっす(泣)なにかと出費の多い春はどことて同じ。シャツ1枚に「これ買う?」「○○って店のが安かったよ」とか1500円のネクタイを前に「本当にこんなの使う機会があるのかどうか」で話し合ったり…。あぁ、仲間と来ててよかったよ。知らないお母さんまで「これは要ると思います?」とか1点でも無駄には買わないぞ!!という空気がむんむん。着替えのシャツさえ買いしぶったワタクシ、さきほどネットで格安のを注文してしまいました。通学用のバッグも当分は遠足で使っていたリュックでいいやーなんて言っていたのだけど、これまたちょうどいいサイズで激安の3ウェイバッグを見つけてしまいネットで注文。うーん、なんかチープな新入生になりそうだけど、ま、ええか。
2007年03月23日
フィギュアにシンクロにと連日忙しいことよ。同じ時間帯で放送だから、どっちを優先させるかで迷うばかり。今日はシンクロ。ロシアの演技に「さすがはバレエの国」とうっとりの日々だったけれど、ソロでは断然フランス、デデュー。辞めちゃうと言った時には「えー、もったいない」と思っていたので競技に戻ってくれたことは嬉しかったなあ。あ~美しい、美しい。ロシアといいフランスといい、音楽と美術の国というのはそこに暮らす人たちにしっかりと感性と表現力を植え付けるんだろうなあ(まあ、日本には日本の美があって、こうした表面に出す表現というのが合わないだけなんだろうけど)。フィギュアでは織田の末裔、ノブナリくん。今回はあんまり楽しそうじゃないのが気になるわ。どこか壁にブチあたっているのかな。それも成長の過程なんだろうなあ、選手って大変だ。
2007年03月22日
アロマな線香焚いたのに、まだ部屋が男臭い。KAIの友達がやってきて、狭い部屋は男8人でギューギューだ。KAIは小柄だが、もう中学生になるんだもん。よそのお子さんの成長は著しく、おっさんが訪ねてきたみたい。私よりずっと背丈もあり、がっちり体型。そんな男たちが今日やっていたこと。お昼に待ち合わせて近所のセルフうどん屋で食事。ひとり待ち合わせ時間になってもやって来ず、しかも「うどん食べに行く」というのに昼食とっていたとかで不満ブーブー。それからわが家で、先日のヒーローショーのビデオ鑑賞。出したおやつで一番好評だったのは、ミミズの形のグミ。おやつの残りを袋に詰めて近くの土手へ繰り出し、鬼ごっこ。また戻ってきてお茶。テレビをつけたら『喰いタン』の再放送やっていたのに中のひとりがうっかり「犯人はこの人」と言ってしまいみんなに責められる。またまた全員でお出かけ。今度は公園の遊具で遊んだり自転車競争やったりしたんだって。うーん。男って幼い。これが20日後には中学生になっているのか????
2007年03月20日
先日取れてしまった歯の詰め物はあっという間に元通り。新しい機器がいっぱいのクリニック、おそらく本業の方がミュージシャンであろうK先生の手によって(え、歯科医はご趣味で?)痛い思いもコワイ思いもしないまま生き返った私の乳歯ちゃん。で、その時に気になる別の歯のことを相談したら、虫歯も虫歯だけどそこの詰め物が古い治療方法によるもので、今の技術ならもっとキレイになりますよとのこと。そだ。ここの治療はもしかしたら私が小学生の頃の???いや、それともハタチぐらいでやった時のものだったかしら???んーーー。それでも軽く20年経っている。それで、本日はそこの歯の治療をお願いした。銀色の詰め物を十文字に入れたような治療跡。何年か前にこの歯に茶色いシミのようなものもできて当時のかかりつけに相談したところ「気にしなくてもいいんじゃない?」的なことでなーんにもしてもらえなかった。いや、少し磨いたんだったかな。だけど特に変化なし。メタリックな詰め物は口を開けば確かにわかるけど、気にしない気にしないと見て見ぬふりをしていたのだった。そ、れ、が。古い詰め物を取って何度かうがいしながらちょちょいと治してもらったら、おーーーっ。そこには「ここは虫歯治療なんてしてませんよ」というほどのナチュラルな白い歯が。口を開けてはうっとり。だって、痛くもないし時間もかからない。あの茶色いシミもなくなっているではないの?!これなら私でも大丈夫かも!!!右奥歯の白さに気をよくして、続いて左奥歯も詰め物を替えてもらうことにしちゃったわ。春休みの間、KAIに付き添ってもらって、ちゃんと治していきますよう(こういう時だけ親子逆転。だって一人じゃこわいもん、風邪で病院にもKAIに付いてきてもらう私って…)。
2007年03月19日
入園式も卒園式も入学式も泣かなかったけれど、さすがに卒業式は涙涙か?――と思っていたのに、涙のひとつも出なかった。こういうの形式だから仕方ないのだけど、「お別れの言葉」にしてもおそらくコレ毎年同じパターンなんだよねってことを思うとさ……ははは。それよりなにより体育館は極寒で、200人の生徒が卒業証書を受け取り終える時間の長かったこと!!ストールを膝掛け代わりにしているのも無駄というぐらいもう寒くて寒くて「パンツスーツにすりゃよかったー」とか「ストッキングの上に靴下履きたいよぉ」とか泣きたいほど。こんなのですっかり集中力は途切れてしまい、感動なんてのを感じるどころではなかったのね。お父さんの転勤でもうすぐお別れの友達や前の担任だった先生とも写真を撮り、楽しい仲間たちに囲まれた6年間が終わったわ。で、ほとんどの友達は同じ中学だから、親たちともまた3年間のおつき合いってわけで。あーあ、また新学期には役員選出や何やらで大荒れなのね。早くPTA卒業したいです。
2007年03月19日
仕事で話を聞きに行く必要があって、ホテルで開催された食育フォーラムに参加してきた。食育については関心のある話題だし「大事大事」と思うのに、行政が発信するとなんで途端にわかりづらくなるんだろう?フォーラムの前に人と会い、食事をご一緒した。それは雑穀米でおからやヒジキ、きのこの味噌汁…と日本の食を上手に使ったランチ。このワンプレートだけで「ね、食育って大事でしょ」といろんなことが言えるのになあ。
2007年03月16日
KAIにある仕事のご依頼。こちらは大ノリ気で打ち合わせ。といっても、KAIの絵をクライアントが気に入ってくれるかどうかはわからないので、まだカタチになるとは限らない。だけど、これにGOサインが出たらかなりおもしろい仕事になるはず。本当に決まったらお知らせしますね。作品展の話もやってきた。だけどもう私はこの手のことにはタッチしない。KAIから返事させますからと電話を切った。どうするのかな?KAIなりにいろいろ考えているようで、中学生活は部活もしたいし定期テストの勉強もしなくちゃならないしダンスにも力を入れたいし、なにより夏の作品展はもう1本決まっているし、それよりなによりギャラリー側の要望が多くて大きな作品を真面目に描かなきゃならない作品展は面倒な様子。作品の質そのものよりも、今はいかに企画をおもしろくするかに興味あるんだよね~。もともと画家になる気はないんだし(笑)。たぶんこのお話もお断りするんじゃないのかな。せっかくのいい機会だと思わないでもないけど、身近にKAIを見ていると向いている内容ではない気もするしなあ。まま、これもKAI次第ということで。
2007年03月15日
うちのぼっちゃん、今朝は風呂敷に筆記用具を包み、それを背中にくくりつけて登校しました(泣)。今日から給食もなく、いよいよ卒業式に向けてカウントダウン。荷物も少ないため、ランドセルではなくて手提げとかでいいよという話をしていた時に「先生、風呂敷でもいいのー」とウケを狙って質問したら「あ、じゃあ明日KAIくんは風呂敷で学校に来てね」と返されたんだって。はははは。そのKAIは今日は特に張り切っている。というのも、1時間目から1年生の教室に行って自分が考えたヒーローショーをするのだ。先日、1年生と6年生の交流会なるものが開催されて、KAIが提案して企画し、脚本・演出・出演まで手掛けた『卒業戦隊ワカレンジャー』が好評だったとのこと(←と、本人は言っていた)、それを見ていない別のクラスに巡業することになったらしい。すごい、アンコール企画だ(爆)開催に当たって、前回の反省点も踏まえて少しストーリーを長くしようと家で台本を書き直し、それを出演者と裏方さんの10人分コピーして学校へ。数日の練習の中で「オレ、家で用事があるから」とウソをついて練習をさぼったメンバーを解雇したりしながら(鬼監督なのだ、他人には厳しい~)、ついにこの日を迎えたという次第。KAIはお姉さん役として登場(ピンクの文字で「おかま」とも書いてあったから役柄が変わったのかも)。私のピンクのベストと手作りのゴムスカート、それに以前撮影に使ったドレッドのカツラが彼の衣装。昨日、自分のクラスでリハーサルとしてみんなの前で演じたら、先生から「KAIくん。カツラもスカートも許すけど、お化粧はしちゃだめよ」とクギをさされたらしい。ははははは。相手は1年生だからトラウマになると困るもんね。卒業戦隊ワカレンジャー【登場人物】 レッド ブルー グリーン イエロー ブラック ボス敵 ザコ敵ザコ1人「おい、みんな聞いてくれ」ザコ2人「?」ザコ 「もうすぐここに女が来る」ザコ 「何?女?久しぶりのえものだなぁ。エヘヘヘへ」ザコ 「待てよ、俺達がかってに手出しするとボスがうるさい。ボスに報告だ」全員がボスの所に行く。ボスの声。「なーにー。どこだぁ、あんないしろ!!」ザコ3人とボス登場。ボス 「本当にここに来るのか?よーし待ちぶせだ」ザコ 「へい」4人隠れる。 音楽お姉さん登場「はーい、みなさんこんにちはー!! 今日は、卒業戦隊ワカレンジャーヒーローショーに来てくれて ドーモありがとう。 ではここで、みんなの大きな声を聞きたいと思います。 お姉さんがこんにちはーと言ったら、みんなも大きな声で こんにちはーって言ってね。それじゃ行くよ。 こんにちはー!! ハーイ、それではヒーローショー楽しんでね」ボス出てきて「よし、あの女をさらえーい」 … … … …とまあ、こんな調子でストーリーは進むのだ(笑)ワカレッドの登場のセリフなんて笑うよ。「炎の瞳で悪を焼く ワカレッド参上!!」って……最後までトホホな息子なのでした。
2007年03月15日
「やずや」の季刊誌がまた届いた。もう買わないのになあ(笑)とかいって、ここの「十六雑穀」はすごくおいしくて、いろんな雑穀シリーズを食べた中でも私的にはかなりいいセンいっていたと思うぐらい。商品としての魅力はたっぷりだった。主力商品の「雪待にんにく卵黄」はサプリメントのサガとして効いたか効かないのか、いいのかどうなのかいまいちピンとこない。ダンナに勧めたら“飲んだ次の日、カラダからにんにくの匂いがするからイヤ”と、結局一袋も使い切らずに処分してしまった。で、なんでお気に入りの雑穀があるのにやずやを買わなくなったかというと原因はこの季刊誌。これの巻頭ページはいつも地方の食どころを訪ねる特集があって、それも何カ所も取材しているという力のいれよう。写真も豊富で、生産者や加工者や料理の写真もふんだん。が、そのどの場所にも同じ顔が写っているの。誰、この地味な人?最初、有名なライターの紀行文だからなのかと思っていたのだけど、文のところに「矢頭」という名前。はーあ、もしかしてこの人がやずやの社長???それにしても写真多すぎ。あまりにもおいしいところばかり回っているもんだから、食を追求する熱心さよりも単なる食道楽に見えてきて、やずやにお金落とすのが惜しくなってきたのよね。出たがりにもほどほどってもんがあるよなあ(苦笑)。今回、ちょっと社長の写真が少なかったからさすがに反省したのか、やずや。つか、本当に社長なのかと調べたら専務か。え、社長の息子ってこと?ふーん高額納税者なのね、こんなおいしいもの食べ歩きが仕事でかい。余計ほどほどにしてくれと思うよなあ。←やっかみね
2007年03月14日
「パーマでも、カットでもなんでもいい。おまかせしちゃう」と美容師さんにお願いしたらショートヘアになりました。髪色は明るめ。シャギーカットなので毛先が自由に遊ばせられるのよ、えへへ…ちゃんとセットできたらのことだけど。………と、今日は気分よいはずだったんだけど、哀しいできごと。まだ私の口の中に残っている乳歯、以前欠けたのを詰め物して補強していたのに取れてしまった!!!ヤバイよー、前の方だからもし乳歯が抜けちゃったらおマヌケな顔になってしまう。一大事。こんな時にはあの方ですよ。病院コワイコワイの私の心強い味方の某歯医者さんにメールして週末予約(ホントは明日か明後日にでも行きたいところ、今週は打ち合わせや取材が毎日なんだよね)。それまで気を付けて食事します。トホホホ。
2007年03月13日
……と決めて日本酒を飲むようになった。ビールかワインだったのと比べて、いい心地に回るのでありがたい。日中は正気でいられるのに、夜になると堪えられないことが噴出する。辛いことが大きすぎて、この姿を家族にも見せられない。ツライ、ツライなあ。頭ではわかっているのだけど、週に一度ぐらい大泣きするわ。というような日記もこれで最後にしなくちゃね。今日は多めに飲みました。ダンナがポップコーンを作ってくれた、これがまたお酒を進めるよね。
2007年03月12日
日本はいずれダメになる。そんな時、なんの迷いもなく脱出するために必要なのはお金じゃなくて語学だよね。そんな思いで、教育不熱心な私が子供には英会話だけはさせてきた。3才になってすぐだったかな、最初の先生は。私の知り合いの知り合いという陽気なアメリカ人で、なぜかアクター志望なのに岡山にいるという人(笑)。地元のテレビにレギュラー出演したりライブハウスで歌ったりしていた人だったので、レッスンというよりエンターテイメントを楽しんでゲラゲラ笑っているという風だった。今思えば、KAIは3才にしてめずらしいアメリカ人に出会っていたのだな(笑)。それから彼はNYに帰ってしまい、後をお願いしたのは苦労してアメリカの大学に行ったという、これまた知り合いの知り合いの日本人。苦労していただけあって、教え方も自分の経験を元にしたような丁寧な教えぶり。女性ならではの細やかさで文字を書くことも教えてくれたっけ。次には、やっぱり知り合いの知り合いが開講している小さな英会話教室に。ここは外人講師が英語だけでレッスンを進めるところで、担当のオーストラリア人とKAIはすごく息が合っていた。彼も芝居っ気たっぷりの人で、KAIとは即興芝居みたいなことをしてよく相手してもらっていた。3人ぐらいのレッスンということもあってここはすごーく気に入っていたのだけど、ある日、多動気味の子供が入ったところからレッスンどころではない状態に。うーん、これにお金を払うのはどうよと悩んだ末に退会、それから普通に教材のある英語教室へ――かれこれ10年近く英語に触れているんだから少しぐらいはしゃべられるだろうと思うのに、これがなかなかうまくはいかないのよね。相手が喋ることはなんとなーく理解できるし、綴りも読むことはできる。だけど会話は相変わらず自己紹介できる程度で文字も綴れない(涙)KAIが「この高校行ってみたいなー」というところは、友人によると英検準2級が合格ラインらしい。私は英検なんて受けたことないけど、自分のレベルが知りたくて3級の問題集だけやったことがある。それはまずできるから大体このレベルなんかなと自己判断。それをKAIがやったら「難しい」とのこと(えぇーこれで?10年も英語やってきたのに…)。それで昨日、自分で4級の問題集を買ってきて、めずらしく今日は黙々と勉強しているでないの!!そうしたら、ほとんどできないこと判明。うわー。小学生の英語レベルってそんなものなのね。約10年の英語教育でわかったことは、子供は期待するほど伸びないということと外人と遊ぶのはおもしろいということか(子供がね)。もし日本がダメになっても、戦地と化しても、私たち家族はこの地にしがみついて生きるしかないのね。シクシク…
2007年03月12日
え、この私が編み物ですって!!!プレゼントの包装用に買っていたヘンプ紐を、“こういうの作ったら可愛いかも!!”と思い立ってざくざく編んでみた。それもかなりゆるーく、そして、途中で目を飛ばしたり(わざとよ、わざと!!)、違うところに目を作ったり(これもわざとよ、わざと!!)。できたものの四隅にはもはや「アンティーク」の分野であろう、私が子供時代に家族が使っていた服から取ったボタンを。こういう乙女な作業を、昨夜も布団の中でやっていたのであーる。
2007年03月11日
まだKAIがお腹にいるときも、私はずーっと仕事をしていて、大きなお腹を抱えたままひょいひょいと打ち合わせなんかに出かけていた。彼女に会ったのは何ヶ月頃だったろうか。とにかくそれ以来、会っていなかったわけだからTさんは私の妊娠以外の姿は知らず、あとは電話とメールとFAXだけの仕事関係となっていた。KAIは12才だからTさんに最後に会ったのはそれより前。すごい10年以上会っていないんだ!!諸々の事情で印刷会社を辞めたと連絡を受け、もう会うことなんてないんだろうと思っていたらこちらの方に来る用事があるからとメール。急遽再会することに。彼女の住まいは県北の方だもの、同じ県内にいるとはいっても随分遠くからのお越しになる。あー、しゃべったしゃべった。私も早口だが、彼女も相当なもので(笑)、うちでお茶飲んでいる時もカフェでランチしている時もしゃべるしゃべるしゃべる。長い再会までの穴埋めするように近況や会社のことや、なんでデザイナーになったのか(私はなんでコピーライターに…)という過去のことまで「へーぇ、彼女ってこんな人だったのか!!」と数時間でわかっちゃうぐらいしゃべった。40代の女って元気だよね。彼女も私も納得だ。ほんとうに、パワーあふれるとはこのことね。
2007年03月08日
地元の県立大デザイン学部・大学院の卒展に行ってきた。若い人の仕事を見るのは楽しくて、工業高校のデザイン科などがやっている合同展みたいなのにまで足を運ぶこともある。デザイン系専門学校のとか。この県立大は、生徒の質ではいい評判を聞いていたし、実際にここの大学院で勉強している知ってる子もアートに対してすごく真面目に(←それがいいのか悪いのか…)取り組んでいるようなタイプ。で、ちょっと興味があったのよ。どういうコースがあるか全然知らなかったんだけど、グラフィックや映像、プロダクト、テキスタイル、セラミック、スペース……と、思った以上に専門的に勉強できる様子。その作品が一堂にうわっと見られるから「どんなことやってんのかなー」と学校見学しているみたいでおもしろい。作品は、そーねー。ひとことで言うと「すごく真面目」。高校生のそれと違って仕上がりもきれいだし、将来の仕事を見すえた実践的な仕事ができているなという感じ。スペースデザインのところでは作業の優劣みたいなのを少し感じたけど、あとのコースはどれもきちんとできている。商品化するとコレいいよー、というのもあった。展示の仕方なんか見習いたいのも。ただ、キレイすぎて全部が普通に合格点。きっとだからなのね、面白みの点では惜しかったかな。もっとバカすぎるのとか、どうしようもないヘンテコなのがないんだもん(笑)。仕上がりのレベルより、すっとんでる発想力とか見たかったなあ。親として、将来の就職先が見えるデザイン系大学というのはすごく安心。安心感がありすぎて、ベーシックに限りなく近いデザインはやってておもしろいのかな?と自分が学生だったら感じるかも。仕事じゃないんだから、もっともっと冒険してもいいんじゃないのーなんてわかったような口をきくわ(笑)でもね、いい展示だったよ。きちんとした作品集も作っていて1部いただいて帰りました。
2007年03月07日
心優しきある人が、KAIのために落語のDVDを届けてくれた。志ん生や圓生など、名人の噺はCDやビデオで繰り返し聞いているのだけど、やっぱり枝雀の噺はわかりやすい+おもしろいとあって、KAIの中ではナンバー1の落語家(生前、私だけは何度か枝雀の噺を聞きに行っている。ああ、今生きていてくれたらKAIも連れて行ったのに惜しいこと)。その枝雀のが何枚か。こうして見るとおもしろいよと言われていた通り、字幕のついた画面にして見る。しゃべり言葉がそのまんま文字におこされていていて、なるほどわかりやすい。これから落語を覚えようというKAIにはぴったりで、「夏の医者」を繰り返し見ている。おもしろいなあ、枝雀。あ、次は「地獄八景亡者戯」ですか。これも何回見るんだろう(笑)KAIの春休み、別のある方に寄席に連れて行っていただけるという話があって、うきうきしている。「“子ほめ”が聞きたいんよ」というけど、演目までは指定できないよ。この調子でいけば、10年後は聞く側から演ずる側になっているかな。普通に就職した後も、“宴会部長”とか呼ばれて重宝がられていたらいいなあ。
2007年03月06日
コーヒー豆の麻袋を某所から調達していた。やっと時間ができたので「今日こそなにか作ろう」。ティッシュペーパーの箱のサイズにザクッととハサミを入れて、周囲をぐるりといろんなハギレで囲ってみた。ミシンの調子がいまいちよくないので、ちくちく手縫い。粗い仕事なので目を凝らして見ない見ない(笑)。はい、小さめのランチョンマットのできあがりよ。これでまた、カフェごっこが楽しくなるわ。
2007年03月05日
仏教では49日なのだが、キリスト教では50日に記念式をする。1月に母が亡くなってから週末には実家で過ごしていたが、それもそろそろ一区切りだ。ふぅ…50日かあ。母の母は、90才になるが元気で一人暮らしをしている。さすがに娘の死はショックで葬儀にもその前夜式にも来ることはなく、50日にも欠席という返事だった。写真を眺めてはしゃべりかけ、また淋しくなっては私にとりとめのない電話をしてくるという日々。おばあちゃん、大丈夫か?と心配していたら、その祖母がようやく意を決したか50日を前に母の家にやって来た。あまりに早かった娘の死。それを知って訪ねてきた知り合いから「あんなにいい人が」とお悔やみの言葉をかけられていたらしく「あんなにいい子を……神様はいないのかもしれない」とつぶやく祖母。自分の命を10年ぐらいやったのに。長生きしてるといいことなんてない、と。うーん、だけどねぇ。私は、やっぱりこれは神様の賜物で「いい人だったから早くこの世での人生をクリアさせてもらったんだなー」とかたく信じるようになっているんだよね。母にとっては64年というのはちょうどよく、そんなに悲観する人生じゃないよねー?と思う。なにより、老後にはますます手を患わせるであろうあの父の面倒をみなくていいんだから、そりゃなにより幸せだわ(笑)←と、心底思うんだけど。とはいっても、50日を前にいろんなことが思い出される。3年前の春休み、急な腹痛で救急にかつぎこんだら大腸癌が発見されたこと。もう肝臓に転移して、手術の後すぐに「もう長くはないかも」と言われたこと。大腸癌の摘出は成功だったのでそれは告知、肝臓癌のことは伏せていたのに看護師さんがカルテを置き忘れて母が知ることになった戸惑い。告知の難しさや癌保険のありがたさ、抗ガン治療の苦痛、副作用、先生からの説明のたびに陰で涙したこと。脳に転移した癌のための最後の入院で過ごした病院での日々、回復したことばで「ありがとう」を言われたこと、「帰れば数日の命」を承知で連れ帰った日の決断。お世話になった先生方がみんなで見送ってくださった退院。大きな病院の一患者なのにと感謝で涙がこぼれてしかたなかったなあ。そして、寝たきりになった母をすべて自分たちで介護した3週間余りの時間。動けない人のオムツを替えることがどれだけ大変だったか、でもなんでか家族みんな笑いながらやってたんだよねー。燕下が難しくなった母にどうしたら食事を楽しんでもらえるか3食ごとに随分頭を悩ませた、その結果、今まで作ったこともない大満足のポタージュスープが生まれたりして。お風呂に入れられない状態でどう快適に過ごせるのか、動かせないからだを向きを変えて足湯をしたり、交代でマッサージをしては「私の方がうまい」と自信持ったり……24時間気の抜けない在宅介護・看護はフツーに考えればすごく大変なんだけど、私の人生においてもいい経験になったし、後悔のない看取りができたしね。もう書ききれないほどいろいろ、いろいろあったけど、50日ですよ。あともうひと踏ん張りだわ。おかあさん、がんばるからな。
2007年03月04日
週にいちど、KAIはハウスのレッスンに通っている。ハウスというのはストリートダンスのひとつで、足技を多用したかなり複雑なもの。上半身はソフトなんだけど、ステップが難しいので私なんて全然マネもできない。先々週、インフルエンザでレッスンを一度休み、その代わりに別のレッスンを入れてもらうことにした。ヒップホップやロッキン、ポッピン、ブレイキンなどのメニューがある中、KAIが選んだのはレゲエ――。うっひょ。レゲエ、いいじゃん!!ワークショップで一度踊って以来、私が自分でやりたいけれどなかなか踏ん切りがつかないレゲエよ。あっちへこっちへと動きまくり、まるでアフリカンダンスのような土着さとパワーあふれるあのダンス。いいよ、いいよー。KAIがレゲエを選んだのは別に理由があって、今、ハウスで一緒にレッスンを受けている中に最近親しく話すようになった人がおり(30才前後の男の人)、その人がレゲエもやっていると知ったから。KAIが通っているのは大人のクラスなのでもちろん全員が年上、その中で友達はできるのか?と思っていたら意外にすんなりと仲良しさんがみつかった(笑)代わりのレッスンは昨夜だった。いつもはダンナに迎えに行ってもらうところ(1時間半のレッスンの終了は夜10時。だけど最終レッスンのクラスだから、その後スタジオに残って30分近く踊っているらしい)、久しぶりに私もスタジオをのぞいてみた。ははは、みんなと楽しそうに踊っている。ハウスは必死の形相だが、顔だけでなく体全体が笑っているような感じ。レゲエ、やっぱりいいなー。延長して踊って踊って、その楽しい様子をビデオにも収めてもらっていた。親とは違う大人の友達がこうして増えていくのもいいもんだ。
2007年03月02日
3ヶ月ほど前に取材で会ったdorlisから「これ、いいよ~」と聞いて初めて知ったCocosma。ネットで試聴したらほんとだ、すごく私好み。懐かしいヴォーカルのフレンチポップ。今頃になって「そうだ、Cocosmaの買おうと思ってたんだ」とアマゾンで検索。そうしたら、Cocosmaも1曲収録されているAfternoon Teaのコンピレーションアルバムがあることがわかり、これいいかもとオーダー。今日届いたので仕事しながら聴いていました。タイトルは『Le pop for Afternoon Tea』。Cocosmaはもちろんよかったけど、それ以外の曲のセレクトもさすがにAfternoon Tea。こういうことには長けていらっしゃる。わが家で上質なカフェ気分を満喫いたしますわ~。
2007年03月01日
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