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私のストライクゾーンを「わざとか!!」という程にはずしてくれるダンナだが、昨日の雑貨店で少し学んだか今日は「こんなのもらったから」とちゃんと私好みを持ち帰った。ミニバケツにアレンジした多肉植物~。ひゃ~可愛い~!!!何のための容器なのか、(ちらっとしか見てないの。ブリキなのかな)大きめのバットも「こういうのが要るの?」。そうそうそう、こんなのが要るのよ(Oさん、もうひとつ転がってたっていうから持ち帰ってもらうからね)。やればできるじゃないか!!ということで、朝のゴミ出しをちゃんとしてなかったことや昨日の態度は赦してやる。
2011年10月31日
3回目を迎えて秋の「恒例」になりつつあります、藤原さんと義妹の2人展。大原美術館の本館と分館のまんなか、とても素敵な場所が会場です。ぜひお運びくださいね……という私もどんな作品が出るのか一切知らず、とても楽しみ。詳細はこちらにて。絶好の行楽シーズンです。遠方にお住まいの方も、秋の美観地区を楽しみがてらいかがでしょう?
2011年10月31日
今日は降水確率60パーセント。夜の間にひと降りしてるし、大丈夫大丈夫と行動開始。朝から鉄さびがいい感じに出てる廃材を拾いに行き、ダンナに「はあ?なんでそんなのが要るの?!」と呆れられる。その足で実家に行き、大株のハランやミズヒキソウやシャガ、紅葉まで掘り起こす。ついでに庭に放置(いや、たぶん母は景色のひとつにしてたのだ)していた水瓶も勝手にいただく。一旦帰って早めの昼食をとり、作業にとりかかる前にダンナを古物の雑貨店。私がこれ!!と思った「ジャンクな庭」のイメージを伝えるためだが、案の定の反応。ボロボロの脚立や金だらいを「こういうのを庭に使いたい」というのがどうしても理解できないようで、「なんでこんなんがおしゃれ雑貨なんだ???」とぶ然。挙げ句「こんなん腐食剤塗って置いてたらすぐ作れるし~」だと。この人、ワビサビっつーもんがないんかな。庭で作業を開始したらポロポロと雨。しばらく休止してやむのを待ち、今日は築山を作ろうと本格的に動き出したところでまた降る。濡れてもいいもーんの私とは対照に、ダンナ合羽まで着込む。築山作るのにも、土を踏み固めていこうとする私をさえぎり、ブロックで土台を作りそこに土を盛るダンナ。「そんなことしたら植物植えるのに困る」というと「植えるつもりなん?」。なんでや~。築山とは言ったけど、こんもり本格的に盛られると和風庭園を取って付けたような感じで風情がない。私はなだらかな丘みたいにして緑がそよぐイメージだったんだけどなぁ。と、言いたいことは山ほどあるけどグッとこらえる。いいのだいいのだ。後で適当に変えちゃうもんね。「塀を作りたいなら先にするのが順番だ」とか面倒臭いことも言うので、これも私がいつの日か勝手にやっちゃうのだ。重い土を運んでくれただけラッキー。おかげさまで、今日も少しだけ前進。泥だらけになりました。
2011年10月30日

こんなに飽きずに庭いじりしたことはなかったな。10月に入ってからずっと、ほぼ毎日庭に出ていたかも。庭木の大胆な伐採にはじまり、土の掘り返し、レンガ敷き、枕木や焼き物のプランターの設置、植栽。設計図を描かなかったのはやはり私の性格からすると「正解」で、ああでもないこうでもないと気が変わればまた剥がしたり壊したりして位置を変え、進んでは戻り、また進むの庭づくり。せっかく作った砂の城を崩しては新しく山をこしらえ、そこにどうやってトンネルを通すかに一生懸命になっていた子供時代の砂遊び体験にもどこか似ていて(砂遊び大好きだったな。これはひとりでも遊べるし、仲間とやっても楽しいし)、完成などなく延々と手を掛け変化させていくおもしろさがある。世のガーデニング好きからすると「趣味はガーデニング」などと言うにはおこがましすぎ、小さい声で「庭づくりは楽しいよ」としか言えませんが、私がこんなに夢中になれるなんて!!緑に包まれた森のような空間が作れたらと思い始めた今回の庭いじり。漠然とした思いしかなく、(先日本を購入した)ターシャ・テューダーを目指しているわけでも、お花で埋め尽くしたいと思ってるわけでなく。どうしたいの?と言われても理想の庭が曖昧すぎて、並べてみては「これは違う」とか「もっと高さが要る」とか実に行き当たりばったり。全体を見渡すと一貫性がなく、空いたスペースもどう埋めたら落ち着くのがわからないという始末。そんな私に昨日はすごいヒント!!!Oさんが「私はジャンクな庭が好きなのよ」と言っており「どういうのだろ、その庭は」と思って調べてみたところ。あ~あ~あ~。私も好きなテイスト。そうだ、これ。この感じ!!!教えられたガーデン作家さんの本を検索するとまさに私のツボでもあり。つまりは廃材などを組み合わせたガラクタ&退廃感をエッセンスにした庭なので、うちに転がってるあれも使えるんじゃないの?これもどうなの?と使用する素材に広がりができて、もっとワクワク。植物を楽しむというより庭に雑貨屋の空間を創るような感覚もあり、私には植栽の色あわせなんかよりクリエイティブに感じられてなんだかおもしろいのです。思ったらさっそく実行よ。写真ではよくわからないけど、その昔、バーベキューなどよくやってた時に使用していたのに放置したままサビだらけになってた金網を枕木横に立てて。焼酎が入ってたかっこいい容器。お花を活けるのに使ってましたが思い切って庭のアクセントに。今は水を張ってグリーンを活けてますが、土を入れて何か植え込む予定。ダンナがどこからかもらってきた木製の踏み台。結局出番などなく、駐輪スペースの隅っこに放置。中途半端に新しかったのでやすりをかけ、同じく放置していた(やはりダンナ。要らないと思ったらすぐに処分する私とは対照的)自転車カゴをどーん。ここは多肉植物のコーナーにします。今日も朝の筋トレの後ですぐに図書館。今や「行きつけ」になってる造園コーナーで物色して数冊を借りてきました。また新しいアイデアがわくかも。miraicci 、また適当なことやってるよ~とあたたかく見守ってやってください。
2011年10月28日
カタカナに弱いからか単におばさんだからか、何度聞いてもなかなか名前がおぼえられない「ヴィーガン&ナチュラルフード アルバンモ」へ。所用でわが家へ立ち寄ってくださったデザイナーOさんと庭造り談義になり、天気もいいし、“幸いなことに”お互い仕事もないので「じゃあ散歩がてら、うちの近所の庭でも見に行くか」。徒歩圏内にはプロカントの雑貨を扱う素敵なお店もあるのでゴールはそこ。アルバンモはその隣にあるものだから、ねぇ、つい寄っちゃうでしょ(^-^)お茶はしたことがあっても食事は初めて。おぼろげながらあまりメニューはなかったような記憶の上、菜食のお店なのでガッツリ系好きな友人を誘うのもためらわれ……が……。え~これ、野菜だけ???というほどに大満足。私はカレーを注文し、プラス150円でトッピングできる「くるま麩のカツ」をつけてもらったところ、これがうまい!!まるでお肉なんですね。よく自然食の料理本などにくるま麩を肉のように使う調理法が載っていますが試したことはなく(正直なとこ、全然信じてなかった)、初体験だっただけに「本当なんだ!!!!」と感動。オーガニック野菜も安心安全。それを多種類使っていて、彩りも歯ごたえも楽しめます。何しろ私、先に出されたサラダですでに満足。チュッと市販のドレッシングをかけているのではないようで、香辛料がとてもいいアクセントになっています。Oさんの玄米デリもおいしそう!!ワンプレートに玄米ご飯といろいろな野菜たちが載ってます。オーガニックワインもメニューにありました。ふらっと歩いて行けるこの近さはありがたいなぁ。Oさん、また行こうね~
2011年10月27日
塩鮭を新米ごはんに埋めて、ぎゅっとおむすび。いつもより大型で手の中にいっぱいのごはんよ。それを韓国海苔でくるんでパクッ。今日の朝ごはん、もうこれだけで十分。おいしかった~※写真はないので「おいしい」のをご想像くださいませ。
2011年10月27日
息子が小学生の頃に担任していただいてたM先生とお茶。今は教職を退かれ、新しい仕事に就いていらっしゃる。卒業した年の夏、作品展にお越し頂いた時以来だから4年ぶりかな?先生と保護者という間柄をようやく抜け出し、女子同士楽しく会話。あっという間に2時間を超えてたような。小学生時代のエピソードなど話すうち、ああ、本当にKAIは先生方に可愛がられてきたなあと実感。みんなの前でひとり演芸会を開かせてくれたE先生、放課後おそくまでストリートダンスを教えてくれたO先生、夏休みにも2人で稲作りを楽しんだT先生、個展にずっと脚を運んでくれてるA先生、そして友達を巻き込んだ戦隊ヒーローショーを温かく見守ってくれてたM先生(楽しい小学校生活だったなぁ)。そして、お互いの近況などを交換し、今をイキイキと過ごされてる様子に安堵。新しい場でこんなにご活躍中とは、さすが先生!!楽しいお茶タイムでした~
2011年10月26日
今日の「みらいカフェ」はスペシャル企画にて、キレイになるランチ会。40、50代の気になる顔のあれやこれやをナントカすべく、ひとりをモデルに体験。ピンとなったりツヤッとなったり、みるみるの変化に全員「うぉ~」。われら同世代、悩みは大体一緒だもんなぁ。そして、ランチも今回はキレイと若さを意識して。お肌と女性ホルモンにやさしいエッセンスを込めました。ホタテの炊き込みごはん、カリフラワーの胡麻マヨ和え、切り干し大根、カブの葉の塩もみ、鶏肉の酢醤油浸し、サツマイモの甘煮。なんたってワイワイガヤガヤしゃべるのが楽しいのよ。それが女のパワーの源なんだもんね。
2011年10月25日
庭をあれこれいじってはいても、当分は力仕事の域で植栽を楽しむのはまだ先。この庭に定着させる緑は配置しましたが、季節の花で彩れるのはいつの日か。というわけで、庭で摘めるのはミニバラとビオラ程度。アレンジの良し悪しは言わない言わない(^_^;) どんな姿であれ身近に花があるってことが大事なんだから。と、開き直って。10月に入ってから、庭・庭・庭!!頭の中は「つぎはどこにレンガ敷こう」とか「あのスペースに何植えよう」で、図書館に行っては造園コーナーにて本を物色。「趣味はガーデニングですの」というまでには遠い道のりと思われるのにすっかりその気になってしまい、ついにターシャ・テューダーの本まで買ってしまいました。タ、タ、タ、ターシャ・テューダーですってよ!!!この私が!!まだまだ飽きないので、当分は庭造り楽しむことにします。10年後はターシャのごとく自然味あふれる素敵な庭で皆様をお迎えしているかもよ。
2011年10月24日

早めに昼ご飯を食べて、ダンナと庭仕事。まずは私がせっかく敷いていたレンガをすべてはがされるという屈辱から。えーん、土をならさないからデコボコしてて、それがNGらしい。ははははは、わかっちゃいんだけどね。自分では目をつぶっていたんだけどやっぱりダメだったわ。というわけでスタートはこんな感じ。よっぽど信用ないのか、目立つところのレンガ敷きは一切やらせてもらえず、ダンナ玄関脇の花壇作りもひとりでコツコツ。「ここにモッコウバラ這わせたらキレイだと思わん?」と言ったばかりに、ダンナまたひとつ仕事が増える。で、完成したのがこちら。まだ植えるものがないので、猫よけのためにひとまずレンガを置きました。この前の作業の翌日なんて、さっそく糞尿だもんな。だから猫はイヤなのよ。夕方までかかってここまでできた。まだまだ作業は半分。手前のレンガもすべてはがしてしまったので、ここを仕上げなきゃね。レンガと枕木の間にはセダムを植えることに。近所の友人宅から強欲なほどむしり取り、移植しましたよ。目立たないところですが、一番力入れたいのがここ。日陰向きの植物を集めて、森みたいにしたいの。まだまだ植えるスペースはあるのです。株分け、お待ちしてますよぅ~
2011年10月23日
昨日、妹とお墓参りにいきながら「今日はどこかでランチしようか」と話した直後に父からの電話。「もし暇ならランチバイキングに行かないか」と。父の行きたいそのバイキングというのは吉備高原にあるのだそうで、もう昼頃なのだから到着したら終わってるんじゃないの?と言うと、なら日生はどうかと。食いしん坊の父の頭には食べることしかないようで、いつも食べ物情報だけはしっかり。墓参りの後で特に用事があるわけでもないので、妹と3人で日生。何ヶ月か前にできた「備前海の駅」。ここにイートコーナーがあり、そこで食べたいという。え~!!!私にはここは「マルナカ」の鮮魚コーナーじゃないんかい?という意識だったので、心の中では「わざわざスーパーのイートコーナーで食事しなくたって、どこかランチできるとこの方がいいんじゃないの?」。そしたらね。たしかにここはスーパーの大型鮮魚コーナーという感じではありますが、地元で獲れた新鮮な魚がズラリ。魚市場の様相もありイケスで貝や魚が生かされていたり、購入するとまるごとの魚をその場でさばいてくれるというサービスもあり。初めて見る地元産のエビや大型のあさりなど、めずらしいものにも出合えます。すでに調理しているお総菜がパック詰めで売られており、それを購入してもよし。また、その場で料理してくれるものは窓口で注文。どちらもイートコーナーで食べられるという仕組み。父はマグロ丼(おいしいもの好きという割には、新鮮な地元産の魚を味わわないのは私には不思議。マグロは瀬戸内海の魚じゃないよ)、妹は穴子丼、私はタコ飯丼。別途に牡蛎フライとさんまの唐揚げのお総菜パックをみんなで分け合いました。安くてボリュームあり、味もなかなか。濃いめではありますがとてもおいしかった!(ただ、丼物はお汁や小鉢が要らないほどに本当にボリュームたっぷりなので、小さい子供さんとならお膳を1つ注文して分け合い、お総菜をひとつ別途に購入というのがいいかも)お土産に焼き穴子を買って帰り、夜は穴子丼。食べきれなかったお総菜パックと合わせて海の幸満喫の夜ごはんになりました。ここ、おすすめ!
2011年10月23日
子供時代、弟のようにかわいかったまあちゃんに再会。最後に会ってから20数年の時を経て、立派なおじさんとおばさんになって(^-^)昭和40年の半ばから住んでいた団地。階段を隔てて2戸ずつ隣り合わせた5階建て、合計10戸の家にはほとんどの家庭に子供が何人かずつおり、それはそれはにぎやかだった。私は家では3人きょうだいの長女であり、この棟の子供の中でもいちばんの年長者。階段は井戸端会議の場で、母たちはいつもエネルギッシュだった。公園には子供がうじゃうじゃいて遊び場を確保するのもパワーを使ったし、いたるところで鬼ごっこやだるまさんが転んだやゴム跳びしていたよね。団地前のどぶ川で、共食いをはじめるほどの数のザリガニとったり、勝手によその田んぼにはいってレンゲの首飾りをこしらえたりも当たり前だった。男の子は元気で、みんな女の子は弱いモノとどこかで心得ていていろんなことをカバーしてくれたよね。今みたく何でも平等という教育でもなかったから、それぞれの性にあった優しさが育ってた気がするよ。まあちゃんと私は3才違いと比較的年が近かったから一緒に遊ぶことも多かった。おじちゃん、おばちゃんにも面白い人で、かわいがってもらったなあ。懐かしい。今の仕事や生活、家族のこと、これまであった諸々。話は尽きずにあふれるほどでした。楽しかった~(^-^)ところで、今回の再会のきっかけはフェイスブックでした。なんとなく記憶のある名前に面影ある顔写真。違うかも?と思いつつも連絡とってよかったわ。ネットってすごいなぁ~
2011年10月22日
今日までのこの数日間のこと。この年齢だからこういう話になるのは珍しいことではありませんが、それにしても集中的に聞くことの多かった健康の話。思わぬ病やメンタルの不調や年齢的なトラブル。みんなそれぞれに悩みを抱えてて、幸福を感じて生きるためには健康であることが必須条件なんだなと感じます。自分のことだけではなくて家族もそう。私も母の大病や姑の繰り返しの入院生活(そのたびに舅が落ち込み呆け症状が出てきて、こちらの対応の方が大変だったりします)を通じて感じたことは多く、誰かが健康を損なうたびにお金や仕事じゃなくて何より健康と思い知りました。本人ばかりでなく、病の家族を支える側は心身ともにダメージを受けることも多いのに、その心や体のケアをないがしろにしがちだから知らず知らず疲れが蓄積されちゃう。何度か入院生活を支えるうちに私も「気を抜く・手を抜く」ということを覚えました。ほんと、そうでないといざという時の力まで失ってしまうもの。甘えられる時には甘えてまかせるということも必要。吐き出したいことは吐き出すことも大事。私の失敗から言えることです。そして、治ったからとそのままにしないことも大切。免疫力あっての健康。そのために体温を上げて37度に近づけるとか(着るものだけじゃなくて食べ物などでもしっかり対策)、デトックスを意識してしっかり排出できるカラダ作りをするとか。高血圧とか不眠は薬を常用しがちだけど、それは「治す」ためのものではないときちんと認識して自分のカラダで改善していく努力だって必要。薬の効き目はいい方にだけでなく「副作用」という面にも出てくるものなのだから、どうしても薬が不可欠な場合にはその悪い部分を排出できるようにしておかなければね。実はわが息子、ステロイド皮膚炎がほぼ治まったのをいいことに生活にちょっと甘さが出たなと感じていたところ(気候の変化と体調を崩したこともあります)再発。昨日、友人のアドバイスを受けてお腹を触ってみたら、あっ冷たい!!私はトイレでよくするのですが、全身の体温があってもお腹まわりだけが冷たいことってあるんですよ(あなたも腸が冷えてませんか?触ってみてください)。そんなときにはしばらく手で温めたりしていましたが息子のお腹までは触りませんからねぇ。腸は排出機能ばかりでなく血液を作る大事なところ。活動的にするためには温かい環境を作ってあげないとね。それが体温を上げる、免疫力をあげることにもつながるはず。さて、私。先週できたガングリオンがみるみる消えていってる!!自己治癒力を信じて意識を向けてみるだけでこんなことに(^_^;)人間って免疫力の延長で見えない力ってやつが働くこともあるんですよ、たぶん。
2011年10月21日
息子、試験週間につき帰宅が早く、今日が今週初めてのお弁当。夫ひとりのだと張り合いなく、たっぷりのごはんに肉を焼いて少しだけサラダをつけて、前夜の残り物をちょこっという具合。濃い味とボリュームがあればそれでよしなんだもの。作る方としてはとても楽ちんだから、これもありがたいことですが。そんなワケで、毎日お弁当は作っていたのですが手応えとしては「久しぶりの」という感覚。ブリの塩焼き、ボイルウインナ、厚揚げの生姜醤油、青梗菜ときのこのピリ辛炒め、玉子焼き。
2011年10月21日
パンク修理ができず、ダンナが休みになる日を待って自転車屋に持って行くしかないと諦めていた自転車。昨日いちにちは本当に不便この上なく、銀行や郵便局やスーパーやすべて徒歩というのはかなりキツイと思い知った。……ら、救いの神、降臨!!!!神の住まいへ自転車押して徒歩3分。ありがたや~。あなた様の背後に金色の光が見えました。サクサク直していただいて空気もパンパン。自転車のありがたみをかみしめつつ、仕事の納品に銀行にスーパーに、ついでにコンビニ。もうどこまででも行ってしまいそうでしたわ。昨日は昨日で、近所の神様から「どれでももってけ~」とお告げを受けて庭の植物をざくざく。おかげでわが庭、大株のラベンダーやスズラン群生コーナーが誕生。かわいいセダムやタイムも勝手になんぼでも持ってけと仰るので、もう少し庭の手入れが進んだら遠慮なくいただくことに。ちゃんと育てられるか不安要素はありますが、パワーあふれる彼女の庭からのいただきものは縁起物!がんばって根付かせるよ~みんなの助けで生きております。ありがとう、ありがとう。
2011年10月20日
一旦作業をストップしていますが、とりつかれたようにやり始めた部屋の片付け。で、飾り物の並びを変えました。好きで集めたポーズ人形やおみやげこけしの中から特に「かわいい」と感じているものを2箇所に。いずれも昭和のにおいプンプンの人形類で、私の子供時代のだったりネットオークションで手に入れたり友人から譲ってもらったり。その中にひとつ、雑貨店で購入したこけし風人形がひとつ。これは古物ではなくてどこかの国のお土産品として作られてるとおぼしき小物。でも周囲のアンティークちゃんたちと溶け込む、いい感じに昭和テイストな子。が、動くんですよ!!!一応「飾って」いるので人形類はどれも私が気持ちよいように並べてあり、人の手が入るとすぐにわかります。ある日、この子だけが斜め方向を向いてることがあって「ん?」。息子も「これ、こっち向いてた?」。掃除の時に当たったのかなと思ってみましたが、どう考えてもそんなことはなし。何度かそんなことが続いて、つい昨日も。古い人形ではないし全然気味悪くは感じないのでそのままにしてますが、一体これはどういう現象!?というか、斜めに向かれると並び方が乱れてイラッとするからちゃんとまっすぐ向いてて欲しいんだよね~
2011年10月19日
飽きずにコツコツ、本当にすこーしずつ庭いじりを楽しんでおります。先日注文したヤブランやクリスマスローズも届き、このヘンがいいかな?と思いながら植え付けました。レンガを積んでみたり、あ、やっぱりこっちがいいと植え替えてみたり。計画性がないからはたしてどんな庭になるのか自分でもわかんない。今はそういうのが楽しい。欲しい植物があります。ギボウシ、ハラン、スズラン、ホトトギス、アジュガ、タマスダレ、ハナニラ、ミヤコワスレ。通路に枕木を敷くのが完成したらタイムやセダムの類もっぷり使いたいなぁ。増えすぎたので株分けOKなんてのがありましたら、ぜひぜひわが庭に!
2011年10月18日
近藤典子さんの『家事の花道~きれいに暮らす12ヶ月~』という本を借りて斜め読み。収納のことはもちろん、掃除や調理、インテリア、災害時など生活に役立つちょっとしたアイデアが載っていて、いろいろ参考になります(ガッツリ読んだらもっとためになるとは思いましたが、今は庭仕事に意識が向いてしまっているためまたあらためて借りようと一旦図書館に返却することにしました)。その中に、魚のうろこはボトルのキャップを使えばラクラク取れるというのがあったのを思いだし、昨日は鯛をさばく際にさっそく試してみました。ペットボトルのプラスチックふたです。市販のうろこ取り器というものを持っていないので、私はすべて包丁派。ですが、鯛のように堅くて大きいうろこは勢いよく飛び散ったり包丁が引っかかったり。あ、つまり私が下手ってことなんですけどね(^_^;) で、キャップだとどうなるかとやってみたらこれがスムーズに行くんです。さすが近藤典子様様だわと、あらためてそのページを開いたら。あららら、キャップはキャップでも使うのは「アルミ」のキャップなのですね。これだとキャップの中にうろこがたまって飛び散らないとありました。そして、鯛などの大きい魚には向きませんがと書いてある~。けれど、昨日試した方法はいつもの包丁より断然はやくてスムーズで、私的には「成功」だったからよしとしましょうか。他にもおもしろいアイデア多々。主婦のみなさん、ご一読おすすめ。
2011年10月18日
岡山は兵庫と隣り合っていますが関西圏のノリとはちょっと違うし、西隣の広島とは言葉は少々似ていますが全然違う文化圏。どういうわけか瀬戸内海で隔たれ香川と共有するものが多いのです。テレビの放送エリアも岡山・香川でひとくくりなので、香川の情報はよくわかります。この前ローカル番組を見ていたら、香川のどこかで「うどん」をデコレートした名刺ケースが発売され、初日から人気というようなニュースが。かわいいなと思っていたのでなんとなく心の残っていたら、翌日友人から「うどんの名刺ケース要る?」とメール。彼女も同じ番組を見ていたらしく、たまたま出張で香川に行くことになったのでそれを購入するため販売しているところまで足を伸ばしたのだと。海外での取引もある彼女は、外国人の前でこれを出すとウケるはずという狙い。私はそんな機会は今のところありませんが、仕事柄、話題作りにもなっていいんじゃないかという優しい心遣いです。人気の種類は売り切れ、これも残りわずかだったとのこと。食品サンプルのミニミニ版という感じでかなりかわいい。その上、中は二層式になっいて名刺ケースとしての機能はきっちり。さっそく名刺を入れました。ありがとね。
2011年10月17日
夏と反対に冬にはまったく陽の当たらない庭の植栽計画はなかなか自分の思うようにはいかず、あれこれと頭を悩ませている。草か植えてるのかわからないほどワサーッとしている割にはグランドカバーが充実していないという欠点も気になり、今回の庭いじりはちょっといい勉強になっている。狭いスペースとはいえ、ここを緑いっぱいにするとなるとなかなか大変ということもわかり、花苗を買ってきてばかりもいられない。で、先週は実家に行って少し株分けしてもらってきたのですが、あらためて見た庭は参考になることも多く、妹に「お母さんはよく考えて植えてたよなぁ」。そんな自慢の庭も母が亡くなって4年を過ぎ、菜園の方は何も植えられず荒れ放題。何種類も育てていた紫陽花の周辺も草ボーボーで剪定もされず。裏にも花いっぱいの花壇があったが、ミズヒキソウが野生のままに繁殖して見る影もなし。あれも庭の片隅でチラッと赤い小花を咲かせていた頃には高貴な印象だったのに、こうも増えると迷惑な雑草にしか映らない。そんな中で、住まいに一番近いところの植栽は比較的元の状態をキープ。さすがにここは目につきやすいので父も気になるのか「枝が伸びたから刈り込んで欲しい」と言ってきたりするし、私たちもなんとなく周辺の草を抜いたりもするし。紅葉、白梅、金木犀、南天。その根元にはシラン、ヤブラン、ハラン、ツワブキ、しゅうめい菊などなど。季節ごとに紫陽花や鉄線やコスモスがわーっと咲く場に目が行きがちで、ここはそれほど気にしたことはなかったのに、こうしてみると地味ながらもいつも緑がキレイで安定感がある。先週はヤブランを分けてもらうつもりがガッチリ張った根に負けて断念。ハランも難しそう。1週間経って、地味だけどやっぱりああいう風情はいいなあとホームセンター。ハランやヤブランは見つけられませんでしたが、稲のようなスッとした姿のやシダのようなのを選択。母の庭を参考に木の根元に植えることにしました。何年か後にはしっかり根を張ってこの庭のベースを築いてくれているでしょうか。
2011年10月16日
ヒーリング講座2回目に参加しました。1ヶ月前にあった1回目は自分のイマジネーションのなさに情けなくなるほどでしたが、今回はなんとなくついていける感じになったといいますか。たぶん私の何かが頭で考えすぎることをやめてしまったからでしょう。この1ヶ月で肩こりがすっかりなくなったのも、考えるより感覚を優先するようになった結果なのかも。人間はもっと本能のまま、自然のままに生きていていいんだなと思うことの多かったこの頃。いい子になりたくて、他人のために押し殺してきた感情も解放してあげていいのだと自分に甘くなってる気はしますが、気を遣いすぎていたことは事実と受け止めてしばらくはワガママな自分を赦すつもり。いろんなことがグルッと動き出して自分の未来も具体化してきました。私の未来は私が創るからね。
2011年10月15日
今さらですが「マーフィー」本を読みました。きっかけは先日ここでも紹介した水琴のCD。雑誌の付録につき、これ欲しさに購入したのをパラパラと読んでいたらマーフィーについての話が掲載されていて興味を持ったのです。マーフィーの法則なる本が爆発的に売れた頃、マスコミにもよく取り上げられていたのでどういうことが書いてあるのか切れ切れに耳にしたり目にしたりはしました。で、思ったのは「当たり前のことを当たり前に書いてる本がなぜ売れるんだ?」。結局、そんなブームには乗らんぞとその時もその後も手にすることはありませんでした。で、今さらのマーフィー。今回なぜ興味を持ったかというと、この方はキリスト教の牧師さんということ。マーフィーの研究をひとことで言うと「潜在意識の力を活用して行動に結びつけることで夢みたいなことも実現できる」というものですが、1冊読んでみるとすべてに神の存在や聖書の言葉と通じていて私にはとても親しみやすいこと!聖書に馴染みの薄い日本人にどうしてあの頃、これほどまでにマーフィーが浸透したのか不思議な気はしましたが、売り方もうまかったんでしょうねぇ(当時、聖書に通じているとかキリスト教的なという話は聞いたことなかったなあ。もっとも、潜在意識の活用というのが核なのだから「ほら聖書もこう書いてあるでしょ?」という部分を省きさえすれば宗教色は薄いです)。この本は図書館の宗教や占いや精神世界のコーナーで見つけました。この何ヶ月か、いろいろ思うことあって(意識改革という前に「どうしてこの人の本が売れるのだ?」というリサーチ的なことでもあります)これまでまったく読んでこなかった自己啓発本をここで見つけては読んでいますが、いつも思うのは「このコーナーっていつも何人も人がいる!!」ということ。年齢や性別に関わらずいろんな人たちが本を選んでいるのを見ると、今という時代や人の意識の変化や私なりにあれこれ感じられて何とも言えない気持ちになります。ところで。マーフィーに限らず自己啓発の本で感じたことは、おおむねどれも同じようなことを視点を変えて言ってるだけで、自分の感性に近い書き方のさえ選べばどれもハズレはないんだろうなということ(^_^;) ただ、こういう意識改革が浸透してきた結果か、何かのテレビ番組で「最近は何にでも感謝しましょうとか感謝してますというのが強すぎて違和感がある」というコメントにはハッ。たしかにどの自己啓発本でも必ず「感謝する」というのが要になってるんだけど、乱用されてる感じがあるものね。そしたら先日、若いお坊さんの著書の中に「感謝しますやありがとうを言えばいいという人もいるが、そんな気持ちがないのに使うのはどうか。それなら言わない方が誠実」というようなくだりがあって、そりゃそうだよね~と(^-^)ちなみに、このお坊さんの本は今も読んでる途中。図書館ではなく別から借りたモノ。小池竜之介さん『考えない練習』。頭で考えずにもっと五感を使いましょうという内容です。
2011年10月14日
揚げ物や脂っこいお肉はほとんど食卓にのぼらないせいか、無性に油モノが欲しくなることがあります。今日は魚を揚げて甘辛いタレに漬け込んだのとカボチャの煮たのを用意していましたが、急にかきあげが食べたくなって玉ねぎとにんじんを刻んで揚げました。あぁ~おいしい。天麩羅にするとたまねぎって甘みが増しますねぇ。油モノには欠かせないキャベツの千切りもたーっぷり。お腹もパンパン。
2011年10月13日
ジム仲間のマダームから「私、時々miraicciを見かけるのよ」と。マダームは車なので私は気づかないのか、いつもまっすぐ一点を見据えて自転車をこいでいるらしいのです!!いや、実はこの前、閉店間際のスーパー前で目の前で声かけられた時にもまったくそれに気づかず一度無視してしまうことに。名前を呼ばれてハッと気づいたという次第。なんていう痛い指摘はこれに限らず、友人知人からも「この前miraicciを見かけたけど私に気づかなかったでしょ?」はすごくよく聞くセリフ。ごめんよ~。私、若い頃から友達によく言われているの。無視しているわけではなくて、本当に気づかないみたいで、すれ違いざまに「miraicci!!」と呼ばれて「うわっ」と声あげること多々。この前は、父から「お前、●●●に行っていないか?」とケータイを受けて「な、なんでわかったの???」。聞くと、やはり一点を見据えて歩いて行く姿を見かけたのだと。「背筋をしゃんと伸ばしてスタスタ歩いて格好よかったぞぉ」とちゃかされ、でもそれが私の普段の姿なのだと思ったわ。で、傍から見ると一点を見すえてスカしてるように見えている姿こそ、実は私はボーッとしているのだと認識。座っている時の私は考えるクセがついてしまっていて、仕事のアイデアや次のビジョンや今夜のごはんや友人の相談事や同時にいくつものことを巡らせているのが常。ジムでの筋トレや歩いている時には割と頭はカラッポで、適度な息抜きになってるんだよなぁ。背筋をしゃんと伸ばしているかに見えるのは、ストレートネックな上に腰骨にも必要な湾曲がないので不自然に背筋が伸びているから(つまりは異常な骨格なのです)。……てことなので、みなさんごめんなさい。どこかですれ違ったときに私が知らん顔していたとしても、無視したのではなくて本当に頭がカラッポ状態なのです。私としては残念なことですが、頭の中はボーッとしているのに表情はいつも以上にキリッとしているらしいということ。一点見据えて普段の私にはないキリッとした表情に見えるかもしれませんが(それが私にとっての「ボーッ」というのはホントにホントに悔やまれること!!)こういう理由ですので(>_
2011年10月12日
今日は「みらいカフェ」の日。月に1,2度自宅でみんなとごはんを食べるだけ、1時間半のカフェごっこです。いつもは数人の集まりにつき大皿に盛って取り分けて召し上がっていただいてますが、今日は私を含めて3人。1人分ずつ用意しました。昨日漬けたばかりの新生姜を刻んだ酢の物や、大根と鶏の炊き合わせ。普段の食事そのままでごめんね~という感じはありますがワイワイと楽しく過ごしました。私にとっては仕事と並んで大事なひととき。自分にもう少しゆとりができた頃にはこういう時間を増やしてみたいと思っています。
2011年10月12日
昨日の庭仕事中のこと。玄関脇に鬱蒼と茂ったローズマリーの向こうで土掘りをしていたダンナ。1匹2匹と蜂が飛んでいるのも普段からのことなので気にも留めていなかったら、ローズマリーに大きくぶつかった途端にブワーンと蜂!!手やタオルで追い払うダンナに一応「大丈夫!?」と声をかけつつも「私は避難しとくからー」とひとり家に入るあたりなんという冷たさ。その後、ダンナは蜂スプレーでやつらを追い払い、ローズマリーの中から大きな巣を発見。あー、それでよく蜂が飛んでいたのか。これまでも何度か偵察隊のようなのが警告音を発することがあり、すぐに距離を置けば実害はなかったのでどこかに巣を作ってるんだろうとは思っていましたが。すみかを奪われた蜂。朝、庭に出たら1匹がどこからか舞い戻り、どーいうことー????と事態を飲み込めず巣を探しているのを発見。昼間、庭で作業してたらいつも以上に蜂が警告、というか怒りのようなブンブン。夕方もローズマリーの近くで植え替えをしていたら、昨日まで巣があっただろうあたりで唸るような羽音が聞こえます。お気の毒。でも、そのローズマリーを植えたのは私だし、この土地の税金払ってるのも私なんだし、後から勝手にやってきて居座りを決め込まれても困るんだよね(^_^;)虫たちと共存するのは難しい。
2011年10月10日
昨日は土を掘ってレンガを敷く。私の悪いところは「やってみなけりゃわからん」と無計画のまま動くということ。ひとまずレンガを置いて大体どこに配置するかまでは決めても、そのアウトラインをその辺の棒でザッザッと書いたら深さとか考えず適当に掘ってしまうのと、水平とかまったく考えないからものすごく起伏のある敷レンガになってしまうということ。やってみて「あ、こっちが少し高いから底に少し土を戻そう」てな具合でやっちゃうからすごく汚い。ダンナが以前レンガを敷いた場所は、掘って土を水平にならし固めたりしながら造っているので、素人ながらなんとなくかたちを なしている。バイタリティはあっても細やかさがない、そんな私の仕事ぶり。枕木をカットしてもらわないことには次の作業に進めず、枝木の剪定を続けようにも肝心の枝切りばさみをダンナがどこかに持って行ってしまってた。で、やることなし。プランタを並べていたら花を入れてみたくなり、ホームセンターでミニバラの苗。バラを育てるつもりはなかったのにまたまた気分が先に動いてしまい、庭にバラのコーナーが誕生してしまいました。ダンナは庭よりもカーポート周辺を整理したいらしく、ついでに水栓の位置を変えてアンティーク調に仕立てる予定らしい。それにともない、カーポートの片隅に造った2つの花壇をつぶすといい、昨年からたくさん花を咲かせるようになったハマナスと鬱蒼と生えているカンナをどこかに移さねばと言っている。私は私で、アーチに這わず立木で大きく育ちすぎているバラを思い切って伐り、塀に這わせるようにしたい。ハマナスとカンナは私が植えたがバラはダンナので、お互いのものに勝手に手を着けてもめ事が生じても面倒なのもあって「どこに何を移すか。どれを伐ってどうしたいか」を意見交換する。ほんの少しのレンガ敷きで自分のいい加減さに見切りを付けたので、簡単にイラストを描いてこの先どこにどういう風にレンガや枕木を敷きたいかなども指示。あ、結局私がやりたいように描いてあとはおまかせということになってる!?いいのいいの、人には得手不得手があるもんだから(と、開き直ってみる)。午前中は仕事と言っていたのでヤツの作業は午後から。それまでに花の植え替えでもしていようかな。この週末は押し入れの片付け予定だったけど、前回のゴミがまだそのまま外に山積みでこれを回収しないままでは続けての作業ができない。ちょうどいい時間が与えられたので、今のうちに外仕事しなくちゃね。手入れしないままゴミ置き場と貸しているウッドデッキも新調予定。あ、もちろんこれもダンナの役目ね。
2011年10月09日

どれが植えてるやつでどれが草だかわかんない、とみなさん思いでしょうmiraicci宅の庭。うちは天の恵みだけで生きてゆける生命力のある植物だけが生き残れるというサバイバルな庭。花屋育ちのお嬢ちゃん苗には過酷ゆえ、なかなか可憐な花は根付きません。その代わり、ハーブやアイビーの類はものすごく生育し、おまけにアケビまでもが根を張ってとんでもないことになってますのよ。冬には陽が当たらず夏は日照り状態に陥るという劣悪な条件下、よくぞここまで元気でいてくれるよと緑の生命力には感心するばかり。彩り少なく、緑ばかりがはびこる庭がこちら。軽く草むしりと剪定をすませた状態です。ここまでで30分は要したでしょうかね。塀を隔てたところに放し飼いにされてる隣のレトリバーわんこに足元じゃれつかれながら、塀の上でチョキチョキ。去年は実がなって友人たちを「おー」と言わせたアケビは今年はひとつも実を付けず、遠慮なくツルをザクザク切ってはずし、玄関アーチが少しすっきりもしました。土のところが淋しいなあと思っていたので、レンガを運んで敷いてみました。どんな感じになるかわからないので、ひとまず置いてみました。埋めるのはまた今度。気が変わるかもしれないからもう少し考えてみます。昨日までは丸い踏み石をとん、とん、とんと奥に向かって置いてみようかとも思っていましたが、空いてるスペースを砂利にしてもいいかなーとか、アクセントに枕木入れるのどうかなとかあれこれ悩みます。隙間にはセダムを植えようかな。タイムもいいな。なんてことを考え、2時間経ってやっとこんな(作業途中につき草刈り具や不要なプランタ類が散乱!!)。ダンナがよそのお宅で使われていた素焼きのプランタ類を譲り受け、その中に天使のプランタが。1対になっていますが、別々に置いてみました。こんなセレブなのうちには似合わんじゃろと思っていましたが、2個とも「前からここにあったんじゃないの?」とまったく違和感なくぴったりの置き場所があったのは驚き!!!え?違和感ある?ひとつは写真左端、オリーブの木の下ですよ。四角いプランターは別の場所に置く予定でしたが、庭に持ってきたらこちらもぴったり入ってしまいました。季節の花々でも植えることにするかなぁ。いや、後々の手入れを考えたらやっぱりハーブか!?とか、あれこれ考えながらの作業は楽しいです。木とバランスとりなが枕木を立てようかな。ダンナは外の水栓をアンティーク風にする計画らしく張り切ってます。すぐにはできないので、何ヶ月か先のお楽しみかな。春にはキレイな庭になってますように。皆様からの球根、花苗、お待ちしてます(笑)
2011年10月07日
朝、図書館2階の「造園」コーナーでたくさんの庭造り本を見る。わが家に庭の参考にするためでしたが、ガーデニング自慢の庭はどちらも広く、そして十分な植樹。うちのようなちっぽけな庭なんざ参考にするまでもないというか、ページを開いて「この庭の端っこくらいがわが家の庭だな。はー」とため息。手入れのことを考えると四季折々の花を咲かせる自信はなくて、今同様に天の恵みだけで生き延びてくれる植栽のみで庭造りをしようとしているあたり、なんかもうこのコーナーで本探してるとこからしてアウェイな感じ。などと思いながら2冊だけ借りてみる。1階でおもしろいのはないかなと物色してたら、生活のエッセイ本でえらく心を引かれる一冊を見つける。都会から離れて田舎暮らしを選択している著者の、四季折々の地域との関わりや有機農法を通してのことが描かれているらしい。ふーん、おもしろそう。と、その場でしばらく目を通したら「あれ、どこかで聞いた話」。思い出しました、一度借りて興味深く読んだ本でした。時々こういうのやらかします。その場で気がついてよかったー。最近言葉だけはよく聞くので、どういうのか気になってネットで調べてみた「オーラソーマ」の本も借りてみました。2色のボトルの色から自分を知る、いわゆるカラーセラピーみたいなもん。実際にはボトルを前に選んでそのオイルを体に塗ることで心と体のよりよい変化を感じるのでしょうが、そこまでのことは全然望んでいないのでね。軽い占いみたいな感覚で写真でボトル選びをして自分の「本質」「過去」「いま」「未来」を知るのもおもしろいなぁって。改訂版では色が増えているのかもしれませんが、この本では106のボトルが載っていて、そこから自分が気になるのを4つ選び解説を読むだけ。素人なので深読みはできずただ書いてあることを読むしかできないものの、なかなか興味深かったですよ。これによると私は「忠誠と真実の人」で、解決すべき課題としては「ハートを癒して愛を見出さなければならない」んだそうですよ。現在を示すボトルは「私たちが光の存在であるという理解をもたらしてくれる」ものみたい、どういう意味だ???未来は「人と愛や思いやりを分かち合い、慈愛にあふれた自己受容を通じて平和と調和の可能性を見出す」んだって。どのメッセージもキーワードは「愛かぁ~」という感じ。息子もやってみたら心当たりがあるらしいメッセージが読み取れ、本人「言ってることはすごくわかる」だって。当たってるってことか!?選んだボトルが全然違ってて、お互いに「自分ならそれは絶対選ばないわぁー」。色選びは個性が出るよねぇ。
2011年10月06日
ライフワークといえるようなものが欲しくて、これまでにもいろいろやってみたのですよ。ミシンを買ってワンピース縫ったりバッグ作りに没頭したり。ビーズを買い集めてネックレス作りとか。コテまで手に入れて布コサージュ作ったりとか、いろとりどの刺繍糸集めてチクチクやったりとか、学生時代にやっていたパステル画を再開させてみたり、いやもしかしたらカラーインクがおもしろいかもよ~と挑戦してみたり。が。どれも一時的にドーッとはまってはみたものの、なんか手応えがないのです。コサージュだけは極めたいと思いましたけれど、習いに行こうかとまで思ったその時期に家族の入院等で先延ばしするうち意欲が失せ、今では「もういいや」になってしまってます。趣味で自分が満足する程度にならなんとなく作れて、それ以上の完成度はもう要らないと思うのが私の悪いとこ。それに、そこに到達するまでにどれだけのモノを作り続けなければなないんだろうかと思うとスーッと冷めてしまうのです。できあがった時には舞い上がるほど嬉しくても所詮はつたないモノ。作りたい欲求が満たされた段階で不要物になってしまうものがどれだけあったことか!!だから最近は、食べて消費できるから作っても手元に残らない「料理」というものにモノづくりの欲求をぶつけていたようなことですが、秋というのは芸術心がない人間にもフツフツと何かやる気を起こさせるものなんでしょうか。またまた別の何かを作りたい!!がわいてきました。でも、もう手元に残るものはごめん。描いた絵も作った服も、あまりの不出来にゴミになっちゃうだけなのだし。そんなこの折。なんというタイミングか、ダンナが古いレンガやプランタ類をたくさんもらって帰ってきまして。あ、そうだ。モノ作りを庭にぶつけたらいいんじゃーんと制作意欲がわいているとこ。これならゴミにならないしたっぷり時間はかけられるし、家だって今より少しは見映えがするかもしれないしね。どういう造りにするか、今日は図書館でガーデニングの本を物色予定。仕事は昨日のうちに済ませて時間を作りましたよ、ふふふふ(そうしたところはちゃっかりしております)。やー、なんだかワクワクするなぁ。天使のプランターをまずどこに置こうかしら。大きな木は動かせないけど、植栽のレイアウトも見直さなくちゃ。
2011年10月06日
降り始めのごくごく小雨の中、自転車でジムへ。傘差しで自転車乗るなんて御法度!という前に私は学生時代からそんな器用なことはできないのだ。でも、この歳になると合羽着るなんて面倒臭いし、時々こんな状況で自転車で出ることはあっても、現地に到着して用事を済ませている間にザーッと降って帰りは雨が上がっていたり、なんとか持ちこたえて家に戻って自転車をとめた途端に降り出すってことばかり。そういうことには実に運が良く、困ったことがないので今日も自分を信じて雨具を用意せず外出。はははは、さすがに今日はダメでした。ところがありがたいことに、気の利く友人が新しい合羽を私のために用意してくれていて、着たらぴったり。子ども用サイズのなのに、小さなリュックを背負ったままファスナーも上げることができました。ほんと、ぴったりで笑うほど。自転車も子ども用みたいなもんだし、傍から見ると学校サボってふらふらしている小学生みたい。私、こんなに小さかったっけ???
2011年10月05日
今朝、弁当用に栗ご飯を炊いたのを実家の父にもおすそわけと思い、自転車でデリバリー。庭に出るといい香り。忘れていたましが、そういえば実家には金木犀の木があった!最近料理本の中で金木犀の砂糖漬けの作り方が書いてあるのを目にして、機会があったら作ってみたいなと漠然と思っていたとこ。ざくと枝を折って新聞に包み持ち帰る。ところが、帰って「この本だったかな」と調べてみてもそんなレシピはどこにもないのです。気のせいではなかったはずですが、探せずネットで検索。いろいろ見るうち、そうだ、砂糖漬けではなくはちみつ漬けにしようと変更し、一番手っ取り早そうなので適当にやってみる。といっても、花を摘み取ってザルでゴミを落としてから水洗い。陰干ししたのを煮沸した瓶に入れてはちみつを注ぐだけ(^_^;)こちらもいいなと思った砂糖漬けの作り方。ケーキ作りなどやる人は飾りのひとつとして作っておくとキレイそうですが、私はスイーツ類は一切作らないので持っててもダメだなと思いやめました。摘んだ花を70度の湯にさっと通して水にさらしてザルへ。砂糖とブランデーを同量ずつ溶いたものに浸し、皿に広げてグラニュー糖を振りかけてから日陰干しにとありました。作り方は簡単です。
2011年10月04日

1週間のスタート。今日のお弁当は豚の生姜焼きが主役。少し前よりは野菜価格は下がりましたがそれでも少々お高め。台風の影響で葉物が害を被ったゆえとは理解しますが、白菜1玉550円にはさすがに二度見してしまうほど(^_^;) 通常3本ほどの束で売ってる長ネギも1本ずつ売っていたりして、それでも3本価格なのですからねぇ。という折、ニンジン葉98円は大変ありがたく、しいたけ・カツオ節と甘辛く炒めて1品に入れました。主食は「黒豆ごはん」です。通常の衣類の洗濯をして、毛布を洗って干しに出たら、朝日の方向に飛行機雲が上昇しているように見えました。庭からは太陽はまともに見えますが、屋根と屋根のあいだに光がこぼれるのがなんだかキレイでそこをパチリ。ちょっとめでたい感じでしょ?今週もいいこといっぱいの1週間のはず!
2011年10月03日
過去にそんな大病をされてたとはと驚きましたが、顔見知りの方が10年を経て「再発」と人伝に聞く。おそらく私と同じくらいの年齢なので、我が身の治療のこと以上に家族への不安が大きいことだろうと心が痛みます。5年を経過したところで一区切り、きっと安心して生活なさっていたはず。体質だから遺伝だからと言ってしまえばそうなのかもしれませんが、なぜ再発したのかの理由が特定されることはないのでしょう。が、かつて読んだ本では「今の医療は手術や化学療法で退治したらそれで終わりで、なぜこの人は癌になったのかという生活スタイルを探らない。食事の内容などに原因があるかもしれないのに、そこを追求して改善しないからまた同じことを繰り返すのだ」ということがありました。なるほどな、と思いました。この前、乳がん患者のお乳を調べたらそのほとんどからパラベンが検出されたという話を聞きました。化学物質は脂肪のあるところに溜まりやすいと聞いたことがありますが、パラベン自体が油っぽいものなのだそうで「脂肪が多い」という同じような性質を持つ胸とはくっつきやすいのだそうです。原因はこれかもしれないし、そうではないのかもしれない。でも、体にとっては決していいものではない化学物質と手を切るというのは「予防」のひとつにはなるんじゃないかしらん。胸に蓄積されるパラベン、原因は胸の近くで使う制汗スプレーかもというのは私が読んだ複数の本に出ていました。私もかつて制汗スプレーは手放せず、使用を始めたのも友達より早かった気がしますから不安要素がないわけではありません。もっと早く知っていたらとも思うので、今お子さんが小さい人には特に「こういうこともあるんだって」と頭の片隅にでも置いておいてもらいたいなあと。使わないでいいものは手を出さない方がいい。そして、危険と知ったらグスグズしてないで早めに手を切るというのも大事なんじゃないかと私は考えます。
2011年10月02日
佐藤初女さんのドキュメンタリーをテレビで観、本を読んで以来、やっと私の中に「こういう人になりたい」というのが芽生えるようになった。私は自己中心的な人間なので、他人のために何かをしてあげようなんてこれっぽっちも思ったことはないしボランティアにも寄付にもほとんど関心なし。偽善的とは思いませんが、こうしたことに厚い篤志家の方たちを見ると何かしら自分とは別世界の人のように感じてきました。そんな私が「あ、私はこういう人になりたいわ」とポンと思ったのだから不思議な気もします。初女さんは岩木山のふもとで迷いや救いを求める人たちを迎え、ともに食卓を囲んで話に耳を傾けるという活動をされているおばあちゃん。末期の癌の人、不登校の人、自殺を考える人。もちろん普通の人たちも、それぞれがいろんな思いを抱えながらこの場をめざし、彼女は自然の山菜など摘んでその方々のためにおかずをこしらえおむすびをにぎるのです。自然の命をいただいて思いを吐き出すことで癒される人は多く、静かな活動は静かに評価されています。教会での奉仕ではありませんが、こうした活動は彼女ならではの祈りのようでもあり、芯の部分でキリストとつながる絆の強さを感じます。私は他人に悩みを打ち明けるタイプではありませんが、自然なタイミングで話をきいてもらうことがどれだけ心の重荷を軽くするかは苦しかったいくつもの経験でわかります。相談に乗ってしまえば相手への意見の押しつけになることもありますが、ただ話を聞く分なら相手が自分自身を内観することにもつながるのでしょう。ゆくゆくはこうした場を提供できるようになりたいと、片付けをしながらそのスペース作りを考えてるとこ。今のとこ私はまだまだ人徳も自分自身のゆとりも足りておらず、今の状態でできることをと食や美容の場を提供しています。月に2度のランチ会ではいつも忙しい同世代たちがたまには誰かの手料理でほっとできるように(私は料理キライじゃないし、お世辞でもおいしいと言ってくれるとそれが明日への活力や癒しになるんだよね)。安全な食材を選んで少しだけ工夫を凝らして当たり前のごはんを食べてもらう。それが自分のやり方にあっている気がしてるのでそうしています。美容の方は疲れた顔をしている人に「ピカピカになるよ!!」と積極的に誘ってみたりして(笑)。いや、ほんと。女性にとっては顔がピカピカになることが心に与える作用ってすごいんですよ。昨日も育児中のママ友に「よかったらやってみる?」と声掛け。なかなか手入れができないというのをほんの10分程度ケアしただけで肌の感じが変わったようで、鏡を見た瞬間の笑顔のすごいこと!!たいていの人がそうだけど、彼女も肌の悩みや加齢の不安などいろいろ話しはじめます。リラックスできると人っておしゃべりになるもんね。やってあげてよかったよーと私も嬉しい。とまあ、未来を夢見ながら仕事の合間にこんな生活を送っています。将来はこの場にふたつの座卓を用意して、ここに来たら何だかほっとするわーという場にしたいのよ。みんな、楽しみに待っててね(^-^)
2011年10月02日
法律をきちんと守れば「だから何にいいの?」となるし、守らなければ「本当にそんな効果あるの?」となるのが健康食品のコピー表現。本来これには薬事法が適用されるので、「みるみる痩せる」といった類のは法律違反。仕事柄、私もこうしたものに過去いくつか(今もね)携わったことがあり、いつもどこまでの表現が許されるか?で苦労するのと、こちらがルールを守ったとしてもクライアント側の「インパクトのあるコピーにしてくれないと!!」で抵触するようなものへの変更になるのが常(私が直接クライアントに話せる時にはいつも「薬事法のことがありますので表現は限られると思いますが、そちらのお考えは?」と最初に意向を伺うようにはしています)。某大手会社のカタログを作った時には「あまり強烈なので薬事法にひっかかっては困るけど、バカ正直に守られてはインパクトがない。薬事法に引っかかるとしても役場に呼ばれて口頭で注意受ける程度だから、ま、その時は自分が頭を下げればすむ話だし」と。法律に抵触するとは企業側も心得ていて、暗黙のルールとして「ここまでの表現はOKだけど、こういう表現はうちはNG」というのがあり、それが表現のカラーになってると感じることも。もっとも、薬事法絡みの表現違反で罰則が科せられたということはあまり聞いたことはなく、事実上は野放し状態。好き放題やってるからネット通販での宣伝なんかインパクトあるのばかりだもんね。あんなに好き放題書いていいなら頭は悩ませないわと思うことしばしば。ふー。昨日はこうした薬事法に関わる表現について聞く機会を得ました。正直なとこ、私もこのジャンル専属のライターではないため表現の可・不可についてはあやふやなところがありますが、部位や症状を特定しての表現にならないようには細心の気配りをします。どこに「効く」「治る」「消えた」のようなのはダメなんです。昨日の話でも「がんが治る」「必ず痩せる」「花粉症におすすめ」「20才若返る」ようなものはNGとのこと。え、そんなの普通に目にする広告じゃないの!!と思われるかもしれませんが、ホントはダメなのですよ~。もちろん製造側は「がんに効くような成分をたっぷり使ったから」という思いはあるのでしょうが、健康食品は食品であって薬ではありません。“ヒジや膝の痛みを解消するため”にグルコサミンやコンドロイチンのサプリがこれほど定着したのも、“あっという間に肌が若返る効果”を求めてコラーゲンを摂取するようになったのも、言ってみたら薬事法違反が生んだことなんですけどね。大手の会社にも「あんなのやって大丈夫かなー?」と見ていたところがあります。たぶんこれくらいの会社があまりに堂々とこうした広告をするとさすがにイエローカードが何度も出されていたのでしょう。過大表現に注意をうながしても聞き入れない場合は企業名を公表することになったと新聞に小さい記事が出た頃に、頻繁に流れていたダイエットCMがパタッとやんだのは笑いました。そこにこの会社の節操のなさというか企業としての本質を見たようで、なんだか商品までも信じられない気がしたものです(実際、私は以前にこの会社の化粧品を買いましたが、すぐにアレルギーが出て使用を止めました。私以外にも同じ症状が出た話を聞いたので問題はあったのでしょう)。たしかに、法を遵守することで表現はぐっと狭まり、返って解りづらい商品になるということも経験からわかります。でも8割以上が違反している現状や、強烈なCMを打ち出して売上げを伸ばす小狡い会社が大きな顔をするなんておかしい!!派手な広告にはだまされちゃダメよ~とライターとして思います。
2011年10月01日
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