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かって、滑って転んで大腿骨骨折して大騒ぎしたところであり、息子008も、麻酔の件やらなにかで、苦い思いをした病院でもあり、再び同じ病院へリハビリ入院するのは、真にはばかられるとこでもあった。それをあえて入院迄こぎ着けられたのは、病院側の厚意でもあろうが、一番は妻の熱意にもよると、今は考えて居る。具体的に、何がそんなに惹きつけられるのであろうか?思うにまず、当病院のリハビリ施設である。スタッフも500人を超え入院設備も完備されており<ベット数約600>8階建ての規模を誇っている。しかしそれより何より技術もさることながら、スタッフが全体的に、温かい、優しいと、言わねばなるまい。現役時代のもんき-を省みると、真に慚愧に耐えない。病院で、特異な点は、院内に三つの温泉施設があり、それぞれ患者に対応していることも、他院と、異なる長所でもある。屋上にある展望風呂は、すこぶる評判がいいのは、今更述べるまでもない。妻は欠かさず入浴し、自主訓練に、余念がない。元来真面目な性癖に加え、リハビリも連日あり、お陰で他の患者さんにも「・・・何処がお悪いのですか?」と聴かれるほどである。そろそろヌ-ボの季節が近い。周りの山並みもすっかり、色づいた。秋の深まりなぞと、ぼやぼやしていると、あの山の彼方~鹿に変わってトナカイがベルを鳴らして、降りてくる?(早く帰ろう?)いい顔を見せない妻を眺めながら、「・・・12月13日が、限度・・・?」と、ひとり呟いている。 合掌
2002年10月31日
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ご存じの方には耳に鮹ができたと、言われそうであるが、木~墜ちたもんき-007の話は、世間の人のため?の寓話であると、考える。見方を変えれば墜ちて幸せになったともいえるのである。余すところ30年?のもんき-の人生を考えれば、そう思えることが、大切な点であろう。この世を離れる際に、よかった、あぁ面白かったと、いえるか、どうかであろう。多分もんき-、それどころではなく、大騒ぎするのでは?その時生前のもんき-007の物語が始まるのである。時間があってネタがない本日の日記である。 合掌
2002年10月30日
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パソコンのことで、頭が一杯になったもんき-は完璧に訓練を忘れた。さすがに気がとがめて、少しだけ反省した。とりあえず、短い時間ながらきまりの訓練をこなし、パソコンにとりかかった。今日の新聞で見たノンフィクションノベル作家ファイナ・プラゴタ-ロワ「黒い瞳」の書評で、いい言葉を読だので、ここに記述して記憶に止めたいと、思う。「生きなさい、愛しなさい。楽しみを後回しにしていると、死に追いつかれてしまう。」「神は苦しみと共に、それに耐える力も与えてくださる。」とりあえずこの著書を本屋に注文!そして本書のメッセ-ジだと、いう「運命を受け入れ、よく生きること」を考えてみたいと、思っている。 合掌
2002年10月29日
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天気予報より「考えるより行動」と、土曜日の9時、病院を後に松本行きのバスに乗った。快晴とはいかぬまでも、まぁまぁの秋日和であった。車窓に展開する紅葉のパノラマに胸を踊らせながら60分余りで松本に到着。そこで駐車中のタクシ-と値段その他を交渉成立後、安曇野周遊へと、出発する。途中ロシアより飛来したと、いう白鳥を観に犀川に立ち寄る。近年は八百羽を数えるとか、松本で白鳥を観るとはと、運転手のNさんと笑った。その後安曇野唯一とでもいえそうな、日本一というワサビ農場へと向かった。もともと「安曇野」は北アルプス麓一帯に広がる田園地帯をよぶ。青空に浮かびあがるアルプスの峰峰は残念ながら見れず終いに終わったが、いつの季節でも、こころ安らぐ田園風景だと、思った。ワサビ農場はさすが、日本一と称するだけあって一見ワサビ田圃と、いう感じであった。お笑いは、売り物のワサビソフトクリ-ムと、いうのがあって、早速試食した。ほのかにワサビ色と香をした何処にでもあるソフトクリ-ムであった。商魂から生まれたもので、牛の乳より、ワサビ農場を母と、するようである。ハハハ・・・。つずいて日本でも一番他種類な道祖神が集まっておる「安曇野の道祖神」を観光する。あちこちに建てられており全部を観て回るのは、至難の業と聴きその主だったものだけ観てまわった。殆ど夫婦らしきカップルのお地蔵さんで、表情もそれぞれに特異であり同じものはないと、いう。真にユ-モラスで、暖かい表情は、田園風景にとけ込んでこころ癒される時間であった。道租神はその村落の守り神で、古くより信仰を集めておるそうである。散在する美術館も、見て回ると、時間も足りないので、割愛した。運転手のNさんの薦めもありその中より「夢穂高美術館」を覗いてみた。タレント俳優の描いた絵画を集めたものである。面白く鑑賞できた。また「八面大王の噴水塔と、いうのがあり伝説も含めて面白かった。それよりなにより、その大王が「千と千尋の神隠し」の登場人物にそっくりなのに、心ひかれたものである。一つ一つ取りあげていたら限りがないので、車を一路松本へと、帰路へ向ける。松本に着いた頃から雨がポツポツ降り始め段々本降りの様相を見せ始める。再度Nさんのタクシ-を呼び、リハビリ用の衣服を抱えて病院への帰路についた。思えばこれで、もんき-007の信州滞在は、もう未練がなくなった思いがしているのである。 合掌
2002年10月28日
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鹿教湯から上高地への道すがら、「白骨温泉」がある。それも秘境温泉の内に入ると、思う。信州にはそうした温泉が多いようである。もんき-も、病院が休みの時などは、そうした秘境の露天風呂なども、積極的に訪れてみたいと、思う。それも格好のリハビリと、思っているが、ご存じのとうり、ワインを飲みすぎ「酒と女と、バラの日々」を愛し過ぎた代償で、そんなささやかな楽しみも思いどうりにならない身と、なった訳である。運を先に使い果たしたと、いう御人もいる?(笑)温泉遊びなぞ、とうに卒業したと思っていたが、今頃行きたいなぞとは、虫がいいといわねばなるまい。もんき-も空から墜ちて目が覚めたか?唯墜ち方が悪かった?・・・打ち所が悪かった。秘湯露天風呂に、手すりが欲しい哀れな身と、なった。ハハハ・・・。彼女と、一緒なんて夢のまた夢物語である。一面よかった?とも言えなくもないが、まだまだ、かって目映いばかりの「金頓雲」とか、「如意棒」を懐かしく思う愚かなもんき-である。実をいえば、今は「現代浦島太郎」でもあろう?しかしそれも見よう、見方でもある。考え過ぎないことだ。また明日考えると、しょう。とりあえず、明日は早出をして予定の安曇野散策&アルプス連山を望み、あとしばらくの鋭気を貰って来るとしょう。 合掌そこで一服【夢を見たのはわたしの勝手 さめて風邪ひく のもひとり】 <風迅洞>
2002年10月25日
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パソコンでそう、プリントアウトされて送られた手紙を読んだ場合と、自筆で白紙にインクの色鮮やかに『・・・怨みます・・・』では・・・?後者の方が、「恨み」が鬼気迫るように思うが、どうであろうか?バ-チャルの世界では、何でも言える、書けるのである。その辺のところを弁えていないと、エチケットに反することになりかねないと、考えた。「だから手紙は自筆よ!」とは、若いナ-スの応えであった。(笑)さて日毎鮮やかさを増す紅葉に、大昔のよきもんき-007の時代を懐かしみつつ、ときおり我が家を恋しく?思っている。紅葉と、いえば客間に飾るべき舞妓の日本画も気になる。その着物の模様は爽やかな紅葉が描かれ今の季節を現している。あるデパ-トの110周年記念で、催された特売品の所謂超目玉商品であった。それを11万円と、勘違いして、京都プリンスホテル迄出かけた思い出の日本画である。ハハハ・・・。舞妓も人形みたいに、可愛い!(そんな舞妓は京都中探してもいないのは、いうまでもない)また明後日から連休であるが、今週もお天気の方は雨模様だという・・・。 合掌
2002年10月24日
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何日かぶりかで、雨が上がった山並みの紅葉は一雨ごとに色鮮やかさを増す。大阪では見られない青空も、ひときわ気持ちのいい朝を迎えて御機嫌なもんき-であった。妻のリハビリも、思いどうり順調に運び退院の日もちらつく今日このごろである。文句はないはずなのだが、計画した安曇野行き挫折から<雨模様>どうも調子が悪いのである。もんき-の単なる我が儘からの不足不満と、考えながら真に慚愧に耐えない。簡単にいえば、唯飽きて退屈し始めただけのことである。妻も、そんなもんき-の性癖は百も承知で、なにかと、気遣って居る様子が見える。今日はとうとう、(退院)という言葉を口にしてしまった。12月13日迄は意地でも言葉にしまいと、こころで誓った?言葉である。あとはパンドラの箱である。次から次と、限りがなくなる。それが嫌で、不平不満を口にしない様努めて来たもんき-007である。と、いうことで文句だらだらパソコンに向かったもんき-である。これが終わる頃には多分ケロリと、いつものもんき-に戻って居ることであろう?さてこの週末も、お天気は崩れるとか、<自分の意志でどうにもならないことに、余り神経を使わぬことだ>妻の気持ちを逆なでせぬこと、悪い性癖を治そうなぞ、大それたことを望まないこと、等改めて戒める。ハハハ・・・何事もどうにかなるもんだ。もんき-もそうして、どうにかなってきたではないか? 合掌
2002年10月23日
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信州かけ湯の森も、都に、なった。やがて二ヶ月~三ヶ月を迎える。早いと、言えば早いが、先日来の雨模様で病院に足止めをくったもんき-007は、お恥ずかしいが、騒々しい欲求不満猿であった。男も女も欲求不満の際は、やたら口卑しくなるものらしい。煎餅やら、クラッカ-をムシャムシャ食べ過ぎて胃をわるくした。妻も色々気苦労なことであろう?「・・・毎度のことよ」自制の気持ちが強い妻は軽く受け流す。同じ部屋に三ヶ月も一緒では、話題にも困ると、お思いの方も多いと、考えるが、もんき-は、全然である。明るくすること>多年の経験はむだではない。「おふざけの種は尽きまじ・・・」無論ある程度の努力は必要である。しかし好きなことは続くようである。(あとは一寸我慢!)「住めば都」第一用件でもある。それももんき-007の生まれつきの天性と、ありがたく心得ている。一寸、どどいつ♪『逢って三年愛して五年 飽きて十年 あと惰性♪』 ♪『ミスとミセスのせばまる距離を すこし離して夜は妻♪』
2002年10月22日
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週末~すっかり空模様がくずれて、予定した紅葉狩りばかりか楽しみにしていた安曇野散策も、水に流れてしまった。お陰で日記のネタも枯渇して、もんき-007甚だ不機嫌、体調までおかしい?そこで一服、お薬代わりに、『♪こんど女に生まれてこよか 化けてさびしくいる狐♪』<風迅洞> 合掌
2002年10月21日
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連休最期の日に、懐かしい文殊堂を訪れた。道筋は三通りある。その一、病院をでて真っ直ぐ広い坂道を下がると、松本~上田の幹線道路にぶつかる。そのまま横切って脇道へ入ると、渓谷があり、可愛らしい吊り橋が架かっている。<みどりばし>という。それを渡ってなだらかな坂道をたどると、右手に素敵な観音様の像が目に入る。そこから直ぐに文殊堂が見える。その目の前の広場で、とっておきのワインを飲む予定であったが、それは、見事に白日夢に終わったことは未だ記憶に新しい。さすがに、今回はワインは持参しなかったもんき-007だった。さて、その二、は幹線道路を5分ばかり松本方面へ向かい左側の脇道へはいる。舗装された道を辿ると、吊り橋に出逢う。この方は紅葉橋という。それを渡り昼なお暗い杉の木立を抜けると、文殊堂である。前の道に比べて、少し遠いのが、難である。その三、鹿教湯一番のS・ホテルの前の道を下へ下ると、珍しく屋根がついた「五台橋」なるものがある。春には「五台橋渡り茶会」などが催されるそうである。橋に続いて石段を登ると、文殊堂境内である。爽やかな風、小鳥の声、汗ばんだ肌を癒してくれる。お参りをすませて、一服!『こんな野暮にも身の置きどころ あるが 三千無碍世界』<風迅洞> 合掌
2002年10月18日
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目覚めるとすぐ、テラス面のカ-テンを思いっきり引き開ける。すっかり色ずいた山肌がいっぱいに、広がる。赤黄緑、山並みは色とりどりに、深みゆく秋の詩を日毎、織り上げている。すっかり織り上がったところを、お土産に我が家へ戻るとしょう。未練が残らぬよう『12月13日』を目安と、している。 『あれでよかった 手もにぎらずに 帰る夕べの菊膾<ナマス>』<風迅洞> 合掌
2002年10月17日
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氏の洒脱なユ-モアにはもんき-007無論、形無し、脱帽!敬服をしている。というより、フアンと言った方がいい。氏は高齢の上心臓の病も軽くないと、聴く。まだ、まだ、30年?は活躍して欲しい人である。氏の作品から一つ、二つ、ここに紹介してみたい。「こんな野暮にも 身のおきどころ あるが三千無碍世界」「逢って3年愛して5年 飽きて10年 あと惰性」「ミスとミセスのせばまる距離を すこし離して 夜は妻」まだまだあるが、またの機会にする。 合掌
2002年10月16日
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あるところに、無信心な強欲婆さんがいて、千曲川の川縁で、さらしていた婆さんの大切な布を如来様が牛に化けて、角に引っかけて走り出します。それを追いかけてとうとう善光寺までやって来てしまったお婆さん、疲れ果て、寝込んだ夢枕に如来様がたちます。それを悟った婆さんは信仰心を得、救われました。<善光寺縁起>また女帝が地獄から蘇生した物語等も合わせて、善光寺は女人救済、女人往生の寺と、言い伝えられている所以だそうです。『遠くとも一度は参れ善光寺 救いたもうが彌陀の誓願』ついでに、「信濃では月と仏と俺がそば」さてお参りをすませた後汗ばむほどの陽気に誘われて、別所温泉、北向き観音へ向かった。善光寺は、極楽の入り口、北向き観音は現世極楽の入り口とか、片手参りは御利益もないと、聞く。長野駅<新幹線>~10分余り「上田駅」へ、そこから上田鉄道別所線に乗り換え50分、別所温泉駅に着く。窓外には、「男はつらいよ・・・・」の映画シ-ンそっくりな風景が、過ぎ去った。温泉駅に着いたときはもんき-007は殆どふ-てんの寅であった。女の駅長さんと、一緒に写真を撮ったり、妻も引き込み駅員も一緒に、『ハイ、笑って!バタ~・・・』すっかり、その気になったもんき-は「今夜はここに泊まろう!」あちこち電話をかけてもらったが、三連休の初日と、あって何処も満室!食事だけでもと、手配を頼み手配してもらったタクシ-で北向き観音へ向かった。以前きたときは、人影もまばらであったが、当日は大層な賑わいであった。御開帳も重なったこともあり、思わぬ僥倖に、感謝!「愛染かつら」も健在で、柵囲いがしてあり、聴くところでは、さすがの巨木も年輪には勝てないとかで周りを保護しているとかであった。一望の上田市を写真に納めて予約の御食事どころへ行く。名物の松茸に深まる秋をおぼえながら、夕闇迫る別所温泉を後にした。蛇足ながら、此処は想像していたより、まことに情緒豊かな鄙びた風情が残る温泉町であるように思った。 合掌
2002年10月15日
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この場所も、シャッタ-が降りる。もんき-007も院内から居なくなる。思っただけでも今からわくわくする。新聞で、紅葉狩りスポットやらを探すが、時期尚早である。安曇野観光は必ずと、考えているが土地の人はわざわざ行かないと、聴いた。京都に住んでいるときは有名観光地でも、なかなか行かないままのところが多い。それと同じことであろう。何か面白い、楽しいことが、あったら日記に書くつもりでいる。では、きんとん雲~墜ちないよう気をつけてでかけよう。
2002年10月11日
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鹿教湯温泉まつりのとき、かわいこちゃんに「・・・黄色は幸せの色・・・」と、遠慮がちにいただいた。もんき-余程寂しげに見えたのかと、思った。かも、知れないとして、幸せの風船では、3日もしない内に凋む、それとも瞬時に、破れる!病室で眺めながら、考えている。幸せが凋んだら、吹き込まないと飾れない。破れたらそれまで、である。・・・・・つまらぬことを思うのは、もんき-007暇、不満、&退屈に過ぎぬ。妻は温泉で、自主訓練である。温泉も一人も自主訓練も、苦手なもんき-007なのである。ハハハ・・・。「怠け者・・・です。」「・・・手のほどこしようがありません。」急いてバタバタいないで、暗くて冷たい風は頭を低くしてやり過ごすに限る。そのうち風向きも変わる。ネガチブの効用と、いうものであろう?と、いうわけではないが、もんき-007本日外出届けを提出、今度の3連休に一気に欲求!を満たすつもりである。鹿教湯の山々にもあちこち、紅葉が目立ち始めた。もうすぐ吹き下ろす風も寒く、冬色が目立ち始めるであろう。二度と訪れないであろう温泉地である。かおちん>のおっしゃるとうり休日を生きるもんき-007になろう。 合掌
2002年10月09日
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このPCはリハビリ訓練室のそばにある。従って訓練の声がもろに、聞こえるのである。気もちるし、気も咎める?鹿教湯の山波も、あちこち紅葉がめだってきた。今度の連休には、善光寺さんへも行く。そろそろ大阪へ戻るのも、近い?と言っても、まだ3ヶ月にはほど遠い。安曇野へも、未だである。(笑)それに、別所温泉の北向き観音も、2度目だけれど是非行ってみたいところだ。蛇足ながら、あの「男はつらいよ寅次郎」の撮影が行われた老舗旅館で、風呂につかって、食事をしてみたい。先日のテレビで見たのであるが、素敵な山の珍味の数々には、もんき-の大嫌いな味噌が隠し味に、使われているようなのだ。実はこれが大問題なのである。何とか我慢をするか?予約に際して注文をつけるか?後者は、それがこの旅館の<売り>の一つなので無理な注文であろう。でも、観音さまへはお参りするつもりである。善光寺さまへお参りしても、こちらもしないと、御利益がないと、聞いている。ハハハ・・・昨日<日曜日>は鹿教湯祭りで、大いににぎあった。文殊さまの近くの広場では、岩魚を肴にビ-ルを飲んで、記念品を買って良い一日を過ごした。もう二度と訪れることはないであろう信州鹿教湯である。頑張って?残された日々を良い思い出づくりに励むつもりである。 合掌
2002年10月07日
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今朝75歳の老人と話をした。「・・・元気そうデスネ?・・・」「かきくけこを忘れないように・・・」「?・・・何ですか、それ?」かえってきた答え、『か→風邪をひかない。き→気合い!くは、食い過ぎない。け、怪我をしない。こ、転ばない』おそれいりました。(笑)その老人、脳出血で倒れて18年になるとか、話が、かきくけこにでなった分け・・・。「鹿教湯」秋天!今朝は周りの山並みには、いつもの霧さえ見えなかった。胸一杯清々しい空気を吸い込む。そのたびにこの香り、いつか、どこかで吸ったような気がするのだが、思い出せない。一ヶ月余りのアジア・クル-ズ中の異国のようにも思っているが、定かで、ない。蛇足ではあるが、アジアは清々しいより、食い物<フル-ツ>のようであった? 合掌(おあとがつかえている様で!・・・・・)
2002年10月04日
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「自由/不自由」と、いうのは、非常に簡単なことのように思われていますが、決してそうではありません。心身が不自由だということは実に大変なことなのです。心身とはこころと体です。本人にとって体が不自由だということは外部の人にはうかがい知れないつらい思いがあります。ましてこころの不自由さとなれば、それ以上のつらさです。これは自分のこころが思うようにならない、自分でコントロ-ルが出来ないということに他なりません。<五木寛之「運命の足音」~>・・・・・略・・・もんき-が脳出血で突然倒れたとき、一番恐れたのがこのことなのです。航海中の船が羅針盤も、舵も壊れた有り様に似ています。風と波に運命を託す他ありません。色々考えれば、こころのコントロ-ルも失いかねません。それを乗り切れたたのは、僥倖と、言う他はないと思っております。または、もんき-生来の不真面目さのお陰と、考えています。当時のもんき-007の座右の銘?は、「急くな騒ぐな、待てば海路の日和かな」だったと、思います。(涙)かくて座礁も免れて、本日もノ-天気に鹿教湯の秋空を眺めてアクビをしております。緑も大分色づき始めました。秋が深まる前に飽き飽きせぬように、気を付けます。 合掌
2002年10月03日
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♪唄の題名ではない。この時間になると、パソコンが気になってしょうがない。他の人が使っていると、憎しみを覚える。わざと周りをうろうろして、話かけたりする。自分がパソコンに向かうときは仕事みたいな振りをするのである。ハハハ・・・この作戦、たいてい上手く行く。しかし内心、ヒヤヒヤ、キョロキョロきわめて落ち着かない。入院患者であることを忘れて、時々気が咎める、気の小さなもんき-007である。今日は台風一過、快適な秋日和である。せめてPCにでも向かわないと、鬱病になりそう(笑)さて、となるととくにネタもないことに、困惑している。鹿教湯の山並みにも、所々色づきが見られるようになった。聴くように、一気に、紅葉するのであろうか?半信半疑で、色褪せたとはいえ緑の山々を眺めるもんき-である。大阪へ帰っても、退屈な日々はそう変わらないと思う。それに今回は妻のリハビリである。満足するまで、逗留?してもいいと、覚悟を決めているのである。(次の客が待ち構えて居る)この続きなぞ、ないが書き込みをしたことだけに意味をとどめて終わりと、しょう。 合掌
2002年10月02日
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生理的な老化をたどれば、その晩年は人生の知恵が主体となって性格に変化があったおしても、より円満、同調的と、いった方向に進む傾向が強いと、いいます。反対に周囲と摩擦をおこしやすい性格の変化は、非生理的な老化→知能低下がある人にのみみられる様でである。年をとって急に耄碌してしまったり頑固、短気になるのは、正常とは言い難い老化を示すもので、生理的な老化に、何らかの有害な要因結びついた結果であると、考えられている。それを妻にいうと、『・・・昔からよ!』昔からあなた、自己中心的、・・・と、にべもなく言い放たれた。トホホ・・・。もんき-007、昔から老化が進んでおり、何らかの要因として上げられるものは、酒(ワイン)と、女とバラの日々であろうか?ハハハ・・・。もう手遅れである。その上脳出血もあり、何らかの要因には事欠かない。(笑)そこで、老人の「知恵と魅力」について高瀬広居氏の著書から引用してみた。老人の魅力と知恵は次のようなものだとのべている。<Dr平林>すなわち「長い目の知恵」「深い眼の知恵」「分別する心」「練れた心は人生の艶」「多聞に基づいた判断力」「寛大な心」等々キリがない。不真面目なもんき-にはまるで魅力の覚えぬ分野でもある。そのうちめでたく終わる予定である。それまでは、まだまだ忙しい? 合掌
2002年10月01日
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