2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全16件 (16件中 1-16件目)
1
〇 他人が「くれる」ことを期待してはいけない。〇 してもらうのを当然と思わぬこと。〇 老人であることは肩書きでも資格でもなんでもない。〇 自分の生涯は劇的だ、と思うことを止めること。〇 子供が心配をかけたら感謝すること。〇 楽しみを得たいと思ったら金を使うこと。〇 一人で遊ぶ癖をつけること。〇 墓のことなど心配しないこと。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 いやいや耳の痛い話ばかり。 凡人いやそれ以下の人間だからこんなに仙人の様には できないが、こころに持って生きるのとそうでないのでは おおきな違いがあるだろうと思う。 曽野氏は40代からメモッテ来たと書いてるから相当に 意識的に多くの例を集めたのであろう。 「老人は肩書きでも資格でもない」というのがいい。 年齢に甘えてはいけないのだ。一歩さがって師の影を踏まず という謙虚さが必要なのだね。 毎日日曜日になって1ヶ月になる。 職場には用事があって一度顔をだした。 TさんOさんと一度あった。なかなか行きづらい。 何事も他人を頼らず一人でやれという。わかった解かったよ。
2004.04.30
コメント(0)

今日は余りにも天気がいいので112号へ車を飛ばす。月山の全貌は高速道路からの眺めがいちばんいい。一時停止はできないのだが強引に止めてシャッターをきる。弓張平入り口付近から下方を見て大暮橋の西斜面の残雪がすばらしい。紅葉もしかりだ。「生きてるってことはすばらしい」と妻がつぶやく。「ほんとうだな・・・」と応える。
2004.04.29
コメント(0)
久しぶりに竹山の津軽三味線を聞いた。かって、もう何年前だか解からない。市民会館だった。あいさつも、説明もなくいきなり演奏始めて最後に始めて本人の話があった。 苦労した話、今日山形に来た話。今でも三味線を勉強してる話・・・・・・。そんな、暗いイメージを今でも覚えている。彼の弟子に女性の高橋00さんがいた。彼女は世界を駆け巡り自身の津軽三味線を訴えていたが、登山家と結婚してあのエベレストのあるチベットでコンサートをするという話を週刊誌で読んだ。 CDを聞く限り竹山はリズム、音程、そして装飾音符の連続をみごとに弾き尽くしていることだ。そつがないのだ。いやいや、もう空いた口がふさがらない。曲の盛り上がりとか、物語る部分とか音の精錬された表現とか素人が聞いては非の打ち所がないのである。 津軽という厳しい気象の四季の中で人は生きる。中でも門付けして生きねばならない人の生き様をどのように思うか?三味の音に、いろいろ連想させられ心に響くのである。あの「風雪流れ旅」星野哲郎作詞のこの詩もすばらしい、作曲家の船村徹の曲もいい。演奏を聞いていると竹山の見えない目を見開いて黙々と弾く姿が目に浮かんでくる。3本の糸でよくこれまでの音がでるものだ。ああ、今日は久しぶりに感動した。
2004.04.26
コメント(0)
アテネへの参加資格アジア地区予選。北朝鮮に3-0で勝つ。日頃あまりサッカーは見ないが夕べばかりは声を出して応援してた。今日まで7回連続負けてたらしい。「なんか、スカッとした」と思ったのは私一人ではないだろう。あの拉致事件、6カ国協議の対応等々、何たることよ。あの国はどうなってるのか? 国民もいずれ爆発する時期がくるだろう。とにかく良かった、よかった。決勝は中国と。また応援するぞ・・・・・。
2004.04.25
コメント(0)
天気予報は雨だった。なんだこの程度の雨か、やわらかく感じた。傘も持たずに歩き始めて200Mも行ったらよこなぐりの雨に変わった。引き返すのも何となくしゃくであらかじめ開けてあったベルトの新たな穴に締めなおした。よし、いくぞ!! 西からの風向きが多いのだが今日は北からである。ズボンが次第に湿ってきて肌に冷たく感じた。農道との交差する地点に古ぼけた自販機がぽつんと1台。何時もは無視して過ぎるのだが、温かいものをなんとなく欲しかった。なけなしの小銭をいれた。動いてる。缶コーヒーをひとつ。誰も買わないようなところで古いものではないか?賞味期限をみる。040627とある。2004・6・27だろう。意外と確かだ。啜りながら歩く。ふだんよりこころもち早い。 ビニールハウスのそばを通る。ザササー、ザササーとまるでせせらぎの音でも聞いてるような響きがあるものだ。畑のかまぼこ状に張った低いビニールの覆いはこれまた鈍い音をたててる。何時もは田んぼに、畑に誰か一人ぐらいは作業をしてるが今日はひとっこひとりいない。風と雨の音だけ。きうりセンターから農道に切り替えて旧部落方面をめざす。何時ものコースだ。 部落のは入り口の家で外の小屋に繋がれてる犬が必ずと言っていいほど姿をみて吠える。今日は吠えない。風向きで匂いが届かないのかな?家並みがあるから雨風は強く感じない。でも下半身びっしょり。 何もしない1日の暮らし。せめて歩く程度はしないと・・・と続けてるわけ。6時に出て我が家について7:00だった。
2004.04.23
コメント(0)

天気が良くて温かいのでふらりと出かけた。柏倉の集落の中に見事な花を見つけた。さて、なんという花か知らない。見事なものだ。
2004.04.21
コメント(0)
早いなあ、サラリーマン稼業から足を洗えると、喜んだり、感慨にふけったりしてる間に、3週間が過ぎた。 今日TOMI先生から「何してる」というメールが届く。はては、あごをあげはじめたか?と思い、久保桜、釜越の桜見物に誘った。地元では古典桜というらしい。結論として26日に行くことになった。暇つぶしにホームページをつくった。プロバイダーOCNのサービスによるもので、いとも簡単にできるが独自性がない。決められたテンプレートである。それでもページに写真をのせるのが楽しみになった。 なんとか、自分の力と発想で作成できないか?すごい頁が沢山あるが、どうしてつくるのだろう?楽天の日記のページでもすごいの一言。進んでる人がいるもんだ。そのうち挑戦したい?
2004.04.20
コメント(0)
〇 昨日の朝は風が強かった。 東へ向かって歩くと背中を風が力強く押してくれた。 足はいとも簡単に東へ向かって投げ出される感じ。 帰りは向かい風、まるでプールの中を歩いてる感じ。 帆掛け舟が進む原理がわかるような気がする。 向かい風でもヨットが進める原理はちょっと?〇 156回山響定期演奏会へ行く。 ブラームスー悲劇的序曲 モーツアルトーピアノ協奏曲第20番ニ短調 ベートーベンー交響曲第2番ニ長調 ベートーベンは1802年の作だそうだが、この年は遺書が書かれたそうな。 しかし、作品は絶対的な確信と満足の精神が貫かれていると、解説にはある。 歯切れよく旋律も明るい。歯切れよさは指揮者の体と手振りでもよく解かる。 リズムを楽しんで指揮してる感じだ。あっという間に2時間は終わる。〇 NHK朝ドラの天花ちゃんとじいちゃんの会話からなるほどと思った。 「年よりは天花ちゃんのように一気に眠れないのだ・・・・・・」と 眠ることにも若さと年寄りがあるという。言われてみると確かだ。 「どろのように眠る」という言葉があるではないか。 「まるたんぼうのように・・・・・」というものもある。 しかし、年寄りにはそぐわない言葉のようだよ。 最近すぐ寝てもすぐ起きる。 以前はどんなに飲んで寝ても朝まで必ずきちんと眠れた。 しかし、今では必ず2時とか3時とかに目を覚ます。それから眠れない。 眠るのも体力だという人もいたが、本当かな?〇 桜の花はすでに散り始めた。 そめいよしのは全て散りかけたが、エドヒガン桜はこれからだ。 長井市の久保桜・・・・。白鷹町の釜越桜・・・など古典桜と言われてる名所は 24日がピークとされている。 釜越桜はすぐそばで高玉芝居がもようされる 伝統がある。 これも24日だ。 久保桜は1千200年といわれ、支えの添え木があって見るも哀れだが、 しだれるような枝につける花は1200年の年齢を感じさせない。 どういうわけか置賜地方に名物の桜がおおいから不思議。 山形の西蔵王に「大山桜」という名物がアル。少し赤みが強い色をしている。 特に違うのは枝がほぼ斜め上にまっすぐに伸びている。そして枝にはツヤが ある。ソメイヨシノのようにごつごつした肌ではない。また、全体的に小さい から、街路樹にもできそうな樹である。 これもまだ満開ではない。 まだまだ花の楽しみはある。 〇 ばあちゃんの関係で遠出はできない。毎月デイケアーを頼むことにした。 5月は1-3日と決まった。連休ではあるが奥松島へ行くことにした。 月の浜の民宿が取れた。 今から楽しみである。 魚を食って、島をめぐることかな? 安くておどろく・・・・不安。 〇 退職して18日になる。いいもんだ。隣近所へも気を使わず、私は働くこと
2004.04.18
コメント(1)
昭和50年9月、山形県庁が今の場所にできた。その時、川原の堤防沿いの道路が整備され両側に桜の苗が植栽された。その距離2キロ?ほどである。 今その桜が成長しまさに桜回廊になっている。約1週間ほど夜にライトアップされてることも随分前から知っているが1度も見たことがなかった。 意を決して昨夜行って見た。見事だった。風はなく温かく満開とは言えないがそれでもそれに近い8割程度か? 道路は渋滞で車が遅々として進まない。歩いてる我々は桜と一緒に見られてる感じで余り気分のいいものではないが・・・みんな歩かず車での花見らしい。堤防を歩き終着お薬師さん境内に出てる屋台で一杯飲った。 かって、職場の歓迎会は花見と兼ねるのが定番だった。この屋台に入るのも全く久しぶりのこと。熱燗とおでんを食べてまずまず満足。 桜の咲く時期は毎年風が強く寒いのが通例だったが、今年は20度前後の陽気で花見に味方してる。 一昨日か?新聞に桜に関する俳句が選句されていた。「花いかだ 恋のボートをとりかこむ」(1部間違っていたらごめん)という句が一等賞だった。 のんびり沼にでも二人でボートを浮かべてたのであろう。桜のイメージにぴったりというところか。
2004.04.15
コメント(0)

私に餞別がわりにマロンの洋服を買ってくれた人がいた。着せたところの写真で礼状をと思い撮ってみた。動き回るのでシャッターチャンスは極めて困難。やっと、すましたところを1枚とれた。
2004.04.12
コメント(0)
口に入れてニチャニチャ噛んでから飲み込むような人にそばは食わせたくない。たれ壺にそばをどっぷり漬けてから食べる人にそばは食わせたくない。山形のある蕎麦屋のおやじはたれ壺にどっぷり漬けてるお客さんを見ると「あなた今度から来ないでください」と注意するそうな。現場は見てない。それほどこだわる。ところがわたくしはこの4ヶ月そばを食べてない。するするすすれない。飲み込めない。味がしない。からだった。たれとそばが一体となってするする喉チンこをくすぐるここちがいいのだが、たれの味がしなかった。最近味噌汁の味もわかり、普通の塩加減でしょっぱさも解かるようになったので行ってみよう・・・・・と思い立った。そば嫌いの家内は連れずひとりで。「竜山」へ。「普通盛りひとつ」たれをどっぷり付けないと飲み込めない、ある程度噛まないと飲み込めない。 かってなら、ものの2分もあれば食べる量。なんと10分もかかったのだ。でも飽きずに一人前食べたから立派。 「2度と我が店に来ないでください」と注意されるかと思ったが、「ありがとうございました」と送ってくれた。ようやく念願のそばを食べた。次はラーメンだ。これで自信がついたというもの・・・・・・。 ここ数日のバカ陽気が喉を柔らかくしてくれてる。
2004.04.10
コメント(0)
我が家の一角にある狭い我が城。机と椅子と本棚でいっぱいの部屋である。この正月ろくに掃除もしなかったので、しばらく振りの大掃除。 いやいや捨てた、すてた。雑誌や古い本その他書類などだ。そのときは重要だと思っても今見ると「ああ、めんどうだ」特に思ったのが、ゴルフ場のグリーンマーカー。コースのマークがついてる。いずれ一枚の板に貼り付けて地域的に編集してやろうと一個、一個大事にとっておいた。北は北海道から沖縄まで、海外も含めて70数個はあった。 全国のゴルフ場をまわる趣味の人もいるから、それに比したら比べものにならない。一時迷ったがすっぱり捨てることにした。 こっちは冬できないので冬場の遠征が多かった。 全て新しくなるものでもない。名前と顔がついて回る以上何かしらのいにしえがあるのだろう。絆はのこるったな・・・・・。でも新たな気持ちで過ごしてゆきたいと小生は思うのです。こざっぱりの我が部屋で、こざっぱりな日記を書く気になったが、何かさっぱりしない文章になったなっし。
2004.04.08
コメント(0)
どうしても言わなかった彼がこの度話してくれた。医師にとって当然なことでも患者にとっては重大なこともある。「放射線をかけてから手術すると皮膚が硬くなってつっぱる。」「これは元の皮膚のように柔軟にもどらないのか?」という心配である。何度聞いてもはっきり答えないので、「もどらないのだな」と断定的に念をおして聞いた。彼いわく「中にはもだらない人もいたのよね」という。「私は最大公約数的人間だから・・・・・」と言った。彼は嘘をつくことにためらったのだ。最初からそういえばいいのに。私にとっては実はこの一言が相当に大きかった。 散歩で歩くのも、温泉に入るのも皮膚の固さからの脱出だからである。散歩の後、風呂上り後は食事がスムースな感じがするからである。全く動かなかった首が今では相当に動くようになった。そのこと自体皮膚の柔らかさの回復だからである。先に希望を持って努力するのと、解からないままにするのでは大違いなのだ。下咽頭に疑問な箇所がなければ純粋に原発不明でよかったのだが、一部不審な部分があったために放射線治療となった次第。 そのこと自体を医師自身も悔やむのである。 歌も歌えない。ビールものめるがスムースではない。ご飯は単独では飲み込めない。この毎日からいつかは解放されるとわかった。散歩にも、温泉入浴にも力が入る・・・・・というものよ。
2004.04.07
コメント(0)
放射線の副作用でひげの生える面積が狭くなっていた。いつもなら、口の周り、あごからのどへかけてと3日も刷らないと人相が一変する。 今朝、「お父さん髭の範囲が広くなったのでは?」という。何気なく喉をさわったら、そうなんだ。手に触る感触が違うではないか。「そうなんだ」「そうなんだ」・・・・・手術してちょうど4ヶ月にもなる。今日は嬉しくて、勇んで病院外来へ行った。「いかりや長助さん亡くなった」開口一番私が言った。「みんなそれを言うんだよな」 先生が長助さんと同じだよと言うからだ。報道を聞く限りにおいて、病名が同じだがどうも様子が全く違うみたい。あんなに早く行くはずがない。何かが隠されている。 まあ、おれは益々元気になりつつあるのだからいいのではないか。元の体に戻るには6月から1年は要する・・・・・と。希望を持って頑張りましょう。 来週は花見ができるかも知れないね・・・・。気温が高い。
2004.04.06
コメント(0)
若い人が新たな気持ちであたらしいスタートを切ることが「新たな旅立ち」でしょうが、私のようなサラリーマン生活を終了したものが「新たな旅立ち」では少々気が引ける。 でもいずれ誰でもが到達する関門と思えば仲間にいれてもらえるかな? 人間誰でもが「自分の発想で」「自分の責任で」仕事したいと思ってる。だからいろいろ制約があるサラリーマンには抵抗感を持つ人が多いはずだ。 職場の人間関係、上下の人間関係等々をあまり気にせず生きれる人はいい。気にしたらきりがない。そんな数々のストレスを24時間頭の片隅で考えたら、その人の人生は短命間違いない。 でも、人間の環境への順応力はすさまじいのだ。この力なくして生きてはゆけない。そして積極性だろう。前へ進む、先取の精神ある者にかなう者はない。明るさと豊かな発想は人を引き付ける。 一つの組織で生きる者の宿命だろう。そんなことを考えて今日まで生きてきたが、もうその必要がなくなった。毎日日曜日になった。 今度は自分自身の生涯学習で努力しねばならない。結果的に人間何処までも忍耐と学習が必要な生き物なのか?「新たな旅立ち」は新しい魅力と夢を漂わせているがやはり身の丈にあった学習への旅立ちになるようですね。大きな変化を期待せず、今日があることへの感謝と明日へのつながりを夢見て頑張ります。若い人たちの「希望あふれる旅立ちを」心から期待するものです。
2004.04.03
コメント(0)
かねてから考えていた諸手続きを行うため市役所、社会保険事務所へと足を運んだ。いい人に会ったというか、いとも簡単に手続きは終了。厚生年金の手続きで思った。たった1ヶ月が貴重なのだと・・・・・。若いときは20年、30年先と思っていたが今になって収入に響く。お陰さまで共済年金にプラス厚生年金をいただけるようになる。 これも、忍の一字のおかげか。これで、気がかりの諸手続き終了。 天気は上々。明日はどこかへ出かけるか?スーパーへ行っても何処へ行っても今までは頭のどこかに仕事のことがちらついていた。今日は何もない。からっぽさに気づいた。こんなものか?これがいずれいろいろ悪さに変化しねばいいが・・・・。 五木寛之は人間は「大河の一滴に過ぎない」と言い切った。まさにそうかもしれない。しかし、ただ流れに従って怒涛となるよりは意思を持った大河の一滴でありたい。みんなそう思う。 小さい一滴でも意思を持つと大変なものになりうる・・・とも言いたかったに違いない。 そんな一滴に徹しながら、汗をかき、うまいビールを飲めることを探してる。まだ満足に食えないのでそれ以降ではある。 記念すべき今日4月1日。あたらしいスタートにしたい。
2004.04.01
コメント(0)
全16件 (16件中 1-16件目)
1


