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かねてから眼をつけてた滝。tomyさんを誘い目的達成。今朝の天気があまりににもさわやかなので急遽予定(28日)を変更して出かけることになった。結構な滝である。 昔々のこと、村人が干ばつで苦しんでたとき村長の娘が「人身御供」(滝上から身を投げた)となり雨をもたらしその飢饉を救ったと言ういわれが説明板に書かれていた。 しかしこの説明版に「人身御供」の文字が「人見御供」と書かれていた。また、酒銚子に形が似てるので「銚子ヶ滝」だという。これでは娘の命の尊さが軽んじられるではないか。また地元住民の歴史に存在感があったであろうこの滝の深さと重さが表現されてないなと思った。 郡山市市制70周年記念事業の杭もあったが、少し考えて欲しかったと思う。48メートルの高さの滝は迫力十分である。周囲の山と林で陽があたらず写真を撮るにはいまいち迫力を失うが安達太良山の清水をあつめてのみごとな滝である。 途中の紅葉もすばらしかったが山の上部と中下部は進行の度合いが違い時間のずれを感じる。西吾妻スカイバレーの紅葉を1枚載せる。
2005.10.26
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NHK深夜放送で朝4時ころかな?「こころの時代」という番組がある。そこに登場した宮内氏へのインタービューで「信じるに足るものを求めて」と題しての話があった。興味深かったので本を買って読んだ。 あのアメリカの貿易センターの炎上に何かこれまでの価値観が全て吹き飛んだような気持ちになった。そのとき40年も前のベトナムでの一人の仏僧がサイゴンの繁華街で焼身自殺をはかった新聞記事を思い出した。かねがね気にしていたことだがどういう訳か9・11事件と同時になって頭にこびりついた。 その仏僧の人柄を調べるためベトナムへ奥さんと二人で旅するという話。いやいや随分教えられることが多かった。 40年も過ぎての調査だからその人となりは聞くことができなかったがこの焼身自殺は仏教界の企画のもとに実施されたことが最後にわかる。 1963年7月のことだが全世界への衝撃はすさまじいものがありゴジンジェム大統領は抹殺されアメリカが台頭しあの泥沼の戦争に突入するわけだが、歴史の1ページに違いない。 宮内氏自身世界を放浪し日本に落ち着くが、どんな経路でその僧が焼身を決意したか? 仏教の教えに背かないのか? アラブにもヨーロッパにもアメリカにもそんな過激な思想は見当たらないという。 だからこそ、彼の人柄を知りたかった。仏教に帰依してその道一筋の人ならつまらない。我々に1脈通じる人であって欲しいとの願望があったが、エピソード一つにも接することができなかった。 でも始めての国へ行って言葉もわからず捜し求めるその意気に感動するし「信じることの意味を」自ら自問しながら調べ歩くことのすさまじさを感じさせられた。 未だにまだまだ宗教や民族の違いによる紛争が絶えないこの世界で「何を信じたらいいのか」きわめて重要なことであると思う。
2005.10.20
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秋田県阿仁合の安の滝6月に行ってこれならカミサンを連れてきてもと思い約束していた。ばあちゃんのショウトステイの機会を利用してのことだ。宿泊予約すると天気に左右されるのでその日の朝判断と決めていた。今日18日決行。 6月は朝8時に出て「法体の滝」経由で打当温泉には1時頃着いたので今回は直行なので9時頃出ても1時頃には着くだろうとの判断をしたが大変な誤算だった。滝への登りに向かったのが3時である。下って来たある人が「これからですか?」と声をかけてくれた。「片道45分はかかるから今日はあきらめたら」という。「滝さえ明るいうちに拝めればいいですから」と言って、上り始める。我々は所要時間27分で着いた。カメラを構える人が4人いた。我がちっこいデジカメでは恥ずかしいかぎり。滝の上部の紅葉はすでに黒ずんでいた。 最近の雨のせいか?水量が多い。前回みた滝より幅が倍近くある。やはり、この滝はすばらしい。美しさがある。日光「華厳の滝」は直漠で迫力満点だが「安の滝」はまさに芸術品だ。上り口の駐車場に車30台が並んでいた。全ての人が三脚を背負っている。しかも皆高齢者である。大きなリックに三脚を添えて背負うある人が途中でバテテいた。年のころ70-80歳くらいに見えた。 これほど人気があるのだ。車のナンバーから多摩、岩手、青森そして山形、勿論秋田がほとんどであった。 登山道は決して整備はされてないがテープを張って注意を喚起してる。谷川沿いに登るが川の水は飲む気にならないのが残念。持参のペットボトルのお茶を飲み干して乾いた喉を谷川で潤したが飲めない。濁ってる。 帰途について途中田沢湖の紅葉でもと思ったがどっぷり日が沈みあきらめる。高速秋田道へ直行。我が家について9時40分。計画ずさんな「安の滝」紀行だった。
2005.10.18
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朝、4時に目覚めた。一端眼を覚ますとなかなか眠れない。 しょうがなく昨晩手を入れた絵を眺めたりして、一服しょうと 窓を開けて空をみた。雨がしとしと降っていてどんよりした 曇り空。まだまだ暗い。ふと南の方に眼をやると、何か雲の 小さな塊が動くのが見えた。「あれっ!!」と思い部屋の明かりを 消して、再度じっくり見つめた。確かに動いている。しかも正確な 楕円状の軌道にそってそれも結構スピードがあるのだ。 地上からのサーチライトでもあるのかと思ったが、光線は全く 見えない。しかもそれなら雲に反射して閃光が見えて不思議ではない。 何も見えない。 UFOなら時々光るものが見えてもいいはずだ。やわらかい雲の 塊が一定の速度でしかも正確な軌道を描いて回っている。 「なんだろう?」 かって、千歳栄氏の講演で亡くなった人間の魂は3年間近くの 低い山に潜みそれから高い山に登りそして昇天すると・・・・・・。 近くの家で誰か亡くなったのか?などとも思ったりした。 時計を見ると4時35分だった。しばらく見続けていたが何の変化も 現さないのでPCを起動させた。4時55分だった。 1局囲碁を打ったら6時近くになっていた。空を見た。すでに薄明るく なっていて、雨は止み、東の空は白々となり雲の固まりは跡形もない。 福島県飯野町のUFOで町興しの企画を思い出し、さっそく開いてみる。 体験談が多く乗ってるが似たような話は探せなかった。 なんだろう? 眼の錯覚ではない。 雲の塊の楕円状の軌道で回る現象・・・・・・・???? 悪い前兆でないことを祈る。
2005.10.16
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昨日10日は業者ホルベインによる色彩教室。 108色の色見本作成のあと短い時間説明がある。 むしろこの説明に時間をさいて欲しかった。 特にウルトラマリンに心惹かれた。 ほんの一言触れられた話に興味をもったということだが・・・。 アフガニスタンだけで採れるラピス・ラズリという原石から しか出ない色だそうだ。1820年にフランスでこの色を開発 して以来原石からとる色は激安に転じたとある。 ローマ時代に遡るらしいが、ウルトラとはー超ーと言う意味。 マリンは海。 はるか海を越えて遠く。という意味らしい。 イタリア半島からアドリア海を越え、バルカン半島を越え、 エーゲ海を越え、トルコ、イランの先にあるアフガニスタン だから当時はローマを中心に地中海一帯を世界と読んで いたらしいから、世界の外の国からくる貴重品だったのだ。 敦煌の壁画、法隆寺正倉院宝物、さらには紀元前3000年の エジプトツタンカーメン王妃の装身具からも発見されたというから 驚く。最近では高松塚古墳からも発見されたらしい。 シルクロードを通って日本にも入ったのだろうか? 人間はこんな遠い時代からこの色を求めた執念のような歴史を 持ってることにびっくりする。 宝石よりはやわらかく貴石というらしい。こんな類には全く縁の ない私にはどうでもいいような話だが、この色の持つなめやか というか神秘的というか、独特の色合いに人は魅せられたという ことなのだ。 人間の欲望の深さを感じるではないか。 日本では群青ともいうらしい。 今でこそ水彩絵の具のランク付けはAである。一番やすいランクだ。 この色をかってチュウブ1本持ってれば家の1軒ぐらい軽く建った かも知れない。 そんな話の一端に触れて色の歴史の奥深さを感じたのでした。
2005.10.10
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安の滝すでに10月8日。秋ではあるがいまだ紅葉は早い。高い山の写真はすでに秋色の様子。この地から見る山はまだすべて緑濃い。夏の色で描ける今が最後の時期かも知れない。そう思って今日は天気も昼頃から晴れたのでどこか写生でもと思ったが、行く当てもなく走ってもきょろきょろするばかりでかえって運転上良くない。結局、描き残しの「安の滝」に手を入れた。 水のしぶきはどうも表現ができない。どんなテクニックがあるのだろうか? そのうちいい例が見れることをねがっている。
2005.10.09
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久しぶりに文翔館を訪ねる。 2月の発表会のギャラリー予約が目的。 総務課長のFさんがいてよかった。 希望通りの日程が取れなかったが 23日から26日の日程がとれた。 後期教室の世話係をおおせつかったので 雑用が増えてうれしい悲鳴。 専務のYさんとも会い四方山話を1時間も してきた。 現役はいい?悩みがあって。 ギャラリーでは文翔館のスケッチと写真の 展示会をしていた。小学生の絵におどろく。 自由奔放な絵が少ない。皆、きちんと描いてる。 今はこうゆう指導なのかな? みんな優等生だ。 子供だもの、建物が曲がったり、 遠近感がなくてもいい、感じたことを思いっきり描けば 迫力というものだ。 きちんと腺をひいたように描いてる。 子供らしさがない。選ぶ先生の考えもあろうが、我々は こんな指導は受けなかったと思う。 へんな作品が最優秀賞だった。描いた本人もびっくりかな? 世の中変ってる。私自身が現在の傾向を知らな過ぎるのでは。 古い頭が重くなる。自己満足の世界をひとり歩むしかないようだ。
2005.10.04
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もう10月だ。玄関の扉を開けると、部屋の窓をあけると金木犀の香りがぷーんとくる。早朝散歩で歩くとどこからとなく香る。ネットで調べていたら金木犀を主題に多くの詩が目に付いた。「金木犀の香る家で君と暮らしたかった」というのもあれば「金木犀はトイレの匂い」というのもあった。 このトイレの匂いと言うのに私はひかれた。彼はこの花を嫌いだと言いながら、実はこの花の匂いに幼い頃のばあちゃんの温かさ、友人の友情をいたく感じてるのだ。カミサンがトイレの隅に1本ビンに挿して置いた。 確かに、消臭剤より強烈に香る。10月といえども真夏日を記録するなど秋の底冷えのする朝を感じない。ナナかまどの実も色づいてきたがこの温かさでは本来の色ではない。 いよいよ今日から絵画教室の後期が始まった。抽選の結果がそうさせるのだが、なつかしい顔ぶれが戻ってきた。今日1日は何もしないでぺらぺらしゃべりまくって終わる。 これが週に1度の楽しみでもある。年度末に発表会をやろうとも話した。これは生徒の自発的企画だから先生はただうなづくだけ。 絵に関する情報を得ると言うこと一つの趣味を通しての人間にふれあうということ。これが教室のありがたさである。2年目を迎えた今日だったが続けてよかったと思うよ。来週はホルベイン(絵の具の会社)による色彩教室。どうせ絵の具の販売だろうがかって聞いたことがない話なので興味ある。
2005.10.03
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せっかくのお薦めでもあるから行ってみる。たいそう入場者がいた。白鷹町出身なので町の企画で入場無料だった。あの酒田美術館常設の森田茂に師事したとある。なるほど師事されただけのことがある。キャンバスに絵の具が盛り上がっている。 どうも、この類の絵は好かない。日展審査委員。東光会理事長とある。ううんん・・・とうなって観てた。 どうも、大胆さはいいとして、色の大胆さがない。彼独特の理論があるのであろうが、森田茂は能舞の奥深さを表現しようともがく心がみえるがこの人は? 本来は素朴な心根のいい人だったと思う。30代の絵がそれを物語る。まさに純粋だ。 画家の世界も談合の世界?とも言われるからどうしたものか?大変申し訳ないが私の好みではない。どうしても絵のうまさらしいものを感じないのだ。君は見方を知らない・・・と指摘されれば、「はいそうです」と言わざるをえないが。 1920年生まれ。数年前に他界。橋本白鷹町長の強い推進の意思で実現した企画であろう。職員が書いたのであろう町長のごあいさつ文がおそまつ。こんなことまで書いてごめんなさい。
2005.10.02
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昨日9月30日tomyさんに誘われ白鷹山(994m)に登る。こんなに高いとは知らなかった。嶽原の駐車場から1,7キロとある。最初なだらかな山道で杉林のなか静寂そのもの。200mも行くと昭和天皇ご成婚記念植林の看板がある。大正12年とある。伐採の時期に至ったが地元住民の強い要望で存続決定とある。多分補助事業で植えたからであろう。 その後羽黒山の杉木立参道に匹敵する参道建設の目標を立てるにいたるとある。 なかなか羽黒山にはほどとおい。 このとき造成した道路が今の参道らしい。そこから間もなく水場がある。頂上まで別に取り上げて説明の箇所もないが、樹の間から見える山形方面の景色が現在地の高さを認識するに十分。 頂上直前はさすがに急な登りとなるがさほどではない。頂上に虚空菩薩を祀るお堂がある。「白鷹山」と書かれた木版は上杉治憲(鷹山)とある。かれはこの山への憧憬が深かったらしく鷹の字はここからいただくとある。 周囲が杉木立で囲まれ眺望が思うようにきかず残念である。あの白いレーダー基地が北のほうにくっきり見えるがここからは意外ととおい。レーダーの手前に道路が見えるので後でそこまでアタックしたが遮断されて通行止め。ハンググライダーとかの企画以外はだめなのであろう。お堂で持参の昼食をとっていたが、南陽市からと思えるご夫婦が登ってきたし、下山の途中登ってくる一人の男性とも行き交う。 意外と人気のある場所なのだ。白鷹神社と言うのはここから下の方で小滝口からの参道途中に別にあるようだ。あの急な階段を見ると行く気にならない。まあ、久しぶりに膝のがくがくを感じて心地良かった。距離の短さと高さの適度に救われたというのかな?たいして汗もかかず秋の到来を感じた。 帰ってからネットで調べたら春先とか冬に登る人達もいる。若さだなあと驚く。帰りtomyさんのはからいで朝日町くぬぎ平とワイン城に寄る。同乗のため試飲のワインをちびちびやったら疲れてるからだろう、ふわふわとなってきた。家に着くなりビールをあおったら今日1日はこれでお終いとなる。
2005.10.01
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