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働く意思があってもなおかつ仕事にありつけない状態を失業という。 働く意思が無い私は失業には該当しない。そんなのわかってる。 でも、そんな状態が今日でまる1年過ぎた。 なんとか暮らしてる。少ないといえばきりがないが年金生活である。 ありがたいものだ。源泉徴収で強制的に引かれ苦しさを思ったこともあったが、 おかげで今日がある。制度のありがたさを今になって感じる。 さつきの台を先日作った。窓から眺め、外に出て見つめ、ときに鋏をもつ。 ある人が言った。鉢植えは「うそをつかないと。裏切らないと。」 ある施しをしてそのとおりになっての話だと思う。ただ水をかけて冬に囲って今日まで きた私にはその域には達していない。今年からはそんな気分を味わってみたいと思う。 窓から眺めながら、望郷のバラードを聞く。なんと悲しい曲だろう。なんと悩ましい曲な ことよ。人間の窮極な状態で純な自分の心を何かに訴えてる感じがするのだ。 ああ、つらい。堀内孝雄のCDに変えた。ああ、きれいだ。 演歌は詩がお粗末で聞くに堪えないものがおおい。しかし彼の歌は歌詞がきれいだ。 唄は曲も当然だが詩が命であると思う。彼のちょび髭の顔を見ないで聞いたほうがいい。 歌詞が心を打つのだ。キイが高くて私には歌えない。低くても今の私には歌えない。 そんなことを考えながらルンペン1周期を感慨深く聞いていた。 今日は雪の予報なのに晴れて温かかった。1日庭に出てさつきを眺め、草をとり、枯れた 鉢を処理をして1日が過ぎた。気温が上がればどんどんかわってゆくはずだ。 命の反応は奇抜な状況を見せる。自然の力は底知れない。 春はいい。しかし、まだ春の気分はいまいち少ない。もう2.3日かな? 向かいのうちのふきのとうが今日はいやに緑にみえる
2005.03.31
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友人の母親の葬式に出る。97歳という。入院中。この3年ほど入院してたがその後の状況を聞いてなかった。本音で言わせていただくが「ゆっくりした」と思ったのではないか?親は子供を育てるに身を省みず必死に育てる。しかし、老いては子供を苦しめる。動物はひとり死に場所を探して身をくらます。だから子供は親の面倒を見ない。自ら命を断つこともできず、一瞬一瞬記憶をなくして今の今しかわからない状態で生きつづける。 本人も世話する子供たちもこの泥沼から早く脱したいと願う。「命の尊さ」という理性がそれを長続きさせる。自分の親でも世話が大変なのに赤の他人がたとえ施設の職員でも割りきりが難しいのは当たり前なのだ。 終わってみてどんな感慨が残る? 精一杯世話したからという、自己満足が心を癒す。 せめて、自分はこんなにならないようにと思いながら刻一刻とそれに近づく。そんな繰り返しが今の人生かもしれない。1時は100歳というと行政の長がわざわざ赴いて記念品を持参した。もう今ではそれもない。「生きてるということは」自我の意識があるということだと思う。医学的に心臓の鼓動があるだけで生きてるということにはあたらないと思う。生きてることのすばらしさとは言うが、そのすばらしさを理解できてこそすばらしさがある。今後医学的に相当に進展するであろうが、その割りに人の心は進展しないのではと思えてならない。何故なら、人間無視同然の犯罪がひっきりなしに起こるからだ。 「痴呆老人をかかえる家族の会」というPRと勧誘をラジオでしていた。互いに励ましあって生きてる人たちもいる。それぞれの環境の中でどうしようもない気持ちを仏の気持ちに昇華させて生きる以外に 方法は無い。そんなに簡単ではない。だから、自然の命の明るさや勢いをこの目で見てまず自分を生かすことを考えねばならないと思う。
2005.03.29
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向かいの親父はもうとっくに雪囲いを取り外した。 もう少し、もうすこしと思っていたが、今日はすばらしい天気。 重い腰を持ち上げその気になった。 加えて、かねてから懸案だった皐月の台を作った。 あちこち探し回って結果としては一番高い買い物をしてしまった。 角のUさんのうちですばらしい台を持ってたので、わざわざ何処から 求めたのか聞きに行った。寒河江だという。すぐ車をとばすがどうしても 見当たらない。10数年まえのことだというから店が替わったのかも知れない。 結果として00パイプというやつを組み立てることになりこれに半日を要した。 もう少し大きく作ればよかったと悔やんでる。テレビのPRにあった。 「計画的に」というやつさ。でも整然として落ちついた。体中が痛い。 皐月は1本だけ枯れていた。重ねるようにしまいこんで鉢の土が斜めに傾いた ものが枯れる原因だったみたい。痛ましいことをした。 その他はつぼみを大きく持ってあおあおとして元気だ。 さっそくたっぷり水をやったがこんなに早くとりだしたのは初めてなので幾分心配も ある。
2005.03.24
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昨年の小盆栽教室でわが財産となった「つる梅もどき」 「橘梅もどき」「土佐ミズキ」そして「五葉松」に「寒梅」の越冬を気にかけていた。玄関の隅にちょこんと置いて時々雪をふりかけていた。つる梅もどきだけがまったく芽が出ないのだ。 最近先生からこの時期の扱い方というプリントをいただいてそれに従い天気のいいとき日当たりに置いて夕方玄関に取り込んでいた。 今日もそのとおりにして良く診てみたら、小さい芽が見えるではないか・・・・・・。 生きていたのだ、ほんとに生きていたのだ。うれしいったらこの上ない。思わず声を出していた。あれほど残酷に枝を切られ、根をばさばさ切られてその上針金でぐるぐる巻かれて、小さな鉢に埋め込まれ死んでいても当然のように思う。いやいや、その生命力にはまいった。 やがてひな壇のうえで緑の葉をつけ秋には紅い実をつけてほしいものだ。ほんとうにかわいいものですね。責任を持って水遣りはかかさずやります。この4月からまた教室がはじまる。楽しみである
2005.03.22
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酒田にいた時誘われて油絵を3年ほどいたずらした。 そのとき、頻繁に通った画材やが本間美術館のすぐそばにあった。 名前も忘れた。山形に転勤になって、5月だったかな?酒田への機会があって 店の親父に挨拶に行った。そうしたら親父ことのほか喜んでくれて私に「パステル」 の24色をくれた。私は飛び上がって喜んだ。名前は知っていても使ったこともなければ どうして描くのかも知らなかった。当時で5000円以上はしたはず。 もうあれから30年は過ぎた。 先週、チェリーランドのチェリードームでパステル画と水彩画の展覧会があるのを新聞で みつけて見てきた。 先生を除いて全員女性の出品者だった。みんなうまかった。すばらしかった。 この展覧会で気づいた。水彩画はひとつも無い。そうパステル画に水彩をところどころに 使用してるのだ。それがちょっと見ただけでわからないのだ。 「なるほど・・・・・」・・・・・今日、以前描いたものをいじくりまわしていたがどうも色がのらない。 そこで、パステルの展覧会を思いついた。 そうなんです。30年前にもらったパステルを今日はじめて使ったのです。 急に親父の顔を思い出しつくづくいいものをくれたものだと感謝した。 パステルだもすぐ色がのる、しかもわからないから重宝だ。満足満足・・・・・・。 こんなことどうして早くきずかないのか? ひとつの発見をした気分である。 そして、店の親父に感謝。今すでに他界されてることと思う。 いまになって思い出したように絵を描いてるが、こんなこともあったのだね。 真新しいパステルを拝むようにさわってつくづく眺めた次第でした。
2005.03.17
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最近酒の肴に「たこ」をよく食べる。今まであまり食べなかった。 かって昔。どぶろくの酒の肴はあの真っ赤に染まった酢だこだった。 安かったこともあって、頻繁に食った。そんなせいか買う気にならなかった。 最近食べてうまい。魚の刺身よりずっとうまいではないか。頻繁に食べてる。 とくに水たこというがらの大きなやつがうまい。量もあるからパック1つで2回 (2晩)食える。いつかテレビでモロッコではもうたこは採れないというニュースを 思い出して買う気になったのだが・・・・・・。 スーパーに行くと水産物はカナダ、ロシア、韓国、中国、たまにスエーデン、デンマーク、 またはメキシコ、オーストラリアなど等、驚く。日本人の腹は外国産なくして満たされない。 野菜もしかり、肉など国産はうまいがオーストラリアに比べたら3倍の値だ。 なんとか米だけは持ちこたえてるがこれもそう遠い将来ではなく外国産が幅を利かすだろう。 デフレなんて騒いで年金も抑えられてるが、スーパーにゆくと何でも高いと思う。 安いのはテッシュペーパーだけだと思う。ハタハタは最近極端に安かった。 スーパーも最近すべて大型化して食料品に限らず100円ショップやカジュアル衣料品の店 まで立ち並ぶ。100円ショップには驚く。買い物籠が気に入ってこれもくださいと言ったら、 「これは売れません」「ほしければこの先の奥に別の品が置いてます」という。 あった、あった。格好いいやつがあった。100円で間に合うものが相当数ある。 例えば私の水彩画の持ち物・・・パレット2枚。4Bの鉛筆三本。カッター。消しゴム。小物入れ。 また今日買ってきた絵の具をいれるタッパーなどすべて100円なり。 店員が「ひとつ、ふたつ、みっつ、はい三百円です」と計算が簡単だ。 サウジアラビアでも日本企業が開店したというニュースを見たことがある。 これ相当に伸びると思うよ。 2日に一度くらい運転手でスーパーへ行くが「たらの芽」や「木の芽」などどう考えても早すぎる 季節感を逆にこわす品物はいかがなものかと思つてしまう。 何食べたいかと聞かれていつも困る私だが、最近「たこ」ということにしている。
2005.03.16
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しばらくご無沙汰していた。 今日の教室で人物を描いた。へらへら言いながら筆を運びながら描いた。 そう、今更プロになるわけでもない。気軽に楽しむことを覚えるべきだ。 広い教室で描くのは気持ちいい。わが狭い部屋では味わえない気分。 そう、機会を得ることがその気にさせる。4月からも行けると決まってうれしい。 隣り合わせの人に水張りの効果を説く。すぐいい気になってしゃべるのが私の 悪い癖だが・・・・私もしてみたいといってくれてうれしい。 昨日、囲碁べろべろ負けた。よくもこんなに負けるものだと思うほど負けた。 当然1ランク下がった。頭の具合はこんなにまで極端に違うのか? 負けると負けるほど立ち向かう。そして負ける。だから負け数が膨れ上がる。 まああ、少し待って・・・・・。すぐ挽回するから。 細木数子の大殺界というやつがある。バイオリズムの落ち込むパターンを言うのだ。 まさにその大殺界のどん底にいるみたい。やはり彼女の言葉もうそではないわ。 替わった部屋から竜山が真正面に見える。勿論下までは見えない。 あの西蔵王のアンテナ程度から上のほうである。 夜になるとその竜山の蔭が煌々と明るい光が見える。 スキー場の明かりである。一度樹氷を見に行きたいと思いながらまだ1度も 行ってない。わざわざライトアップしてるというのにだ。 是非行きたいものだが、タイミングができないのだ。 そろそろ行かないと時期を失う。 今日社会保険センターで写真教室の作品が展示されていた。 中に「法体の滝」と「月待ちの滝」の写真があった。 やはりすごい。デジカメではできない美しさがあった。つくづく眺めた。 写真もいいもだ。デジカメでいい作品をと思うのが間違ってるのかもね。 メモ程度に思って間違いない。
2005.03.14
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勿論、HPに掲載してくれた方には大感謝。直接メールで御礼。 水彩画を描くとき画用紙を水張りする方法を知らなかったし、見たこともなかった。 まったく、私は中学生時代から抜け出たままの程度なのだ。 先日教室で先輩の絵を見せられてそれを知った。 早速今日それを実習した。 それでも疑問が残りインターネットで探してみたら ご親切に指導されてるHPがあった。「なるほど、なるほど」納得の連続で必要性と 技法をマスターしたみたいな気になった。うれしかった。 画面に描いてそれを消すことができるのも水彩画。逆にそれを技法として生かす 描き方もあるのだ。 なんとすばらしいことよ。油は何度も上塗りができるが水彩は濁るだけ。 色と色の対比で輝きが出る。水彩の限りない可能性に驚く。重厚さは油にかなわないが さらりとした色調とそれから連想させるイメージは水彩にかなわないのでは? 今日は心が洗われた感じでこれからの精進に新しい感じを持たせていただいた。
2005.03.10
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山崎豊子といえば最近はテレビで「白い巨塔」が大変な人気だった。 かっての田宮次郎主演の映画も放映されていた。 そのほか「大地の子」「不毛地帯」「沈まぬ太陽」等々あるが私は3年ほど前に「沈まぬ太陽」 全5巻を一気に読んだことがある。 その感動はいまだに鮮明に覚えている。このたび「文芸春秋」正月号から「運命の人」が連載 なってる。それを最近一気に読んだ。 この人の作品は1部創作もあろうけど実在の人がモデルで取材によって書かれてることに 迫力がある。「沈まぬ太陽」の主人公「恩地元」のモデルだった人が亡くなったというニュースが 2年ほど前に新聞に載っていた。人生の何たるかを思い知らされた感慨をもって冥福を祈った。 あの御巣鷹山の日航機墜落事故で亡くなった人の多くがシートベルトで体が上下切断されて 遺族が確認するに大変な苦労があったことが記されている。当時事故後の対策でシートベルトを 車のそれのようにたすきがけのベルトに変更するべきだとの提言がなされていたはず。 しかし、未だにそれは従来のままだ。事故がないことが優先されるべきだからそのほうが大事ではあるのだが・・・・。 事故は人災と言えるほど数々の問題点が指摘されている。飛行機に乗るのが恐ろしくなったことも事実だ。 さて、「運命の人」は新聞記者がモデルだ。これからどんな展開になるのか?新聞社のみならず 外務省の数々の問題点があばかれそうだ。政府のふがいなさも指摘されそうだ。 山崎豊子からみた政治観のみならず今脱皮を迫られてる政治手法に鋭いメスが入りそうだ。 この連載が終わるまで「文芸春秋」を買い続けることにする。 彼女のインタビュうから・・・・・・・ ゲーテの言葉 「金銭を失うこと。それはまた働いて蓄えればよい。 名誉を失うこと。名誉を挽回すれば世の人は見直してくれるだろう。 勇気を失うこと。それはこの世に生まれてこなかった方が良かったであろう。」 なんと厳しいことばであろうか。この一文を実は書きたかった。
2005.03.07
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NHK文化センターの講座は早いもの勝ちなので早く申し込めばOK. 社会保険センターは定員をオーバーしたときは抽選である。 3月2日に発表というから郵便受けを時々注意してみていた。 どうでもいいと思ってはいたが、来なければ来ないと気になるもの。 それが今日届いた。 来れば正直うれしいものだ。 9月までまたがんばることにする。 たいした先生でもないのにどうしてこんなに人気があるのか? NHKは料金が高い。駐車場が不便。というハンデイがあるかな? 社会保険センターは確かに安い。月曜日は水彩画のほかに詩吟、 囲碁、プールでの講座?があるみたい。 あのセンターが60代以上の人たちで溢れるから面白い。 生涯学習というが、この言葉はまだ若い人たちにいうことばではないのか? 生涯をもう少しで終わろうとする者にこれからの学習の必要性を説いても 仕方ないのでは?人生の締めくくりに心安らかになるように学習しろという ことか?それにしても老人パワーはすばらしいと思うよ。 とにかくみんなまじめだ。意欲十分だ。これだけ集まるのだからみんなの 欲求はなみたいていではない。 特に女性軍が圧倒的だ。水彩画の場合、この教室だけでなく別の教室も 掛け持ちで絵を習ってる人が数人いる。そんな人は確かにうまい。 先生がいいのかも。 どうしても、男性の場合、長年職場で働いてきた経験からまた人の多い所へ 入ってゆくのが億劫に思うのではないか?もうたくさんと思うかもしれない。 その辺女性は特に主婦業をやってきた人は逆なのかも知れないのだ。 夫婦で来てる人もいる。ぺらぺらおしゃべりしてそれで終わりだ。 いいきなものよ。 絵の勉強としてはたいしてならないが、情報を得たり、機会を作ることによって 何かをしねばならない気になるから心の刺激になるし、行かねばならないという 意欲が出るのでその分張りがある。 今年は展覧会出展を目標に頑張る決意だ。やるぞ!!!!!
2005.03.03
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このたび部屋の交換をした。 押入れ、本棚、廊下の積み上げた空きはこ等々から捨てるべきものが 数点出た。 これは一般ごみ、これはシールを貼って粗大ごみ、燃えないごみ、 いちいちごみ出しのマニュアルを読んで研究しねばならない。 市役所に電話してこれはどうしたらいいの・・と聞きながら。 ああ、面倒だ、リサイクルセンターへ持っていこう。 車に積んでとにかく行ってみた。受付で・・・「ああいいですよ。どうぞ。」という。 いとも簡単に受け付けてくれた。感謝、感謝、「またお願いします」といったら、 「自分の家から出た物だけですよ」と念を押された。 それ、当然だろうと思った。廃棄物運搬業になるものね。 400円を払ってすべてかたずく。 こんなに簡単にかたずくのだ。 高速道路の側道わきに、山の谷あいに、電化製品やマットレスなどの不法投棄は 見るに耐えない。 町内のごみ集結場でもマニュアルに違反したものは放置されっぱなしだ。 分類も多すぎるようにも思うが・・・市としてもあまりにも金がかかりすぎるごみ処理に 頭が痛いのだ。ごみの量は文化のバロメーターとも言ったときがあった。 リサイクル法ができてまたまた消費者負担が増えた。 これからなおまた負担は増えるに違いない。不法投棄も多分増えるだろう。 しかし、今日の経験からいとも簡単にごみ処理ができるのだ。 いっきにかたずいた玄関先をみて爽快な気分になった。
2005.03.01
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