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今日はわざわざお訪ねいただきありがとう。日記の掲載がないからというご心配でしたが、描きたいことは限りなくあれど、手が動かないときもあるというものです。 食欲なし、囲碁負ける、水彩画うまく書けない、そんな焦りと苦悶の日々だったが、食欲は今に始まったことではない。囲碁はこの2-3日勝ちっぱなし。1級から初段に復帰。絵は出品をあきらめたから悠々。 なんでもえこじになるタイプなので集中してしまう。生涯学習なのだと言い聞かせて自由に俺自身を探そうと割り切る。 こういってもまだまだ絵のほうは思いを捨てきれない。 しかし、もう夏は終わりだ。短い時期に、その季節のらしさをつかもうということは意外とむずかしいのです。創作というが、自然をそのまま描くのではなくそこに創作をいれるのです。そこがその人の感性なのです。 技術論を言えば俺のようなものは論外になる。そこに企画力をいれて何かを訴えねばならないのです。それが一つの作品を作る最大のポイントです。だから多くの作品を見ねばならないのです。 こういえば、人目をひけばいいのではという答えになるようだが、そうではない。又技術にもどるというより表現力だと思っています。 感動は人をかえるといいます。感じて動く・・これが感動です。俺自身をかえる感動を探してあちこち歩きたいと思う。鶴岡の白甕社展に行きます。 きょうはどうもありがとうございました。
2005.08.31
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28日。山響定期演奏会にゆく。いつも出かけるときはおっくうな気分で行くが演奏を聞くとのめりこんで聞く。 旧ソヴィエトの作曲家ショスタコーヴィチ(1906-1975)ちょうど今年が没後30年である。山響もいろいろ苦心して企画してる。そのプログラム解説に書いてあった。1936年。かれ30歳のとき。交響曲第4番を演奏会リハーサル中に共産党から演奏中止の命令が下った。理由はロマン主義的だということだった。これを受けて彼は交響曲第5番を作曲してその名誉挽回を果たしたとある。音楽そのものは極めて抽象的。音楽家だからこの厳しい時代を生きぬけたのではないかと解説する。 ひとりの芸術家が思想統制されたときの思いは想像を絶する。日本でもあったことだが、これが政治というやつさ。社会主義的リアリズムという創作法というらしいが、これはなにか?私はこの1点に絞って考えながら聞いた。指揮者は尾高忠明。結構年輩。楽器の数の多いことおびただしい。特にテンパニーの出番が多い。管楽器の出番が多い。4楽章のフィナーレは歓喜の歌と言われるが、彼自身は強制された歓喜であり自ら湧き出た歓喜ではないといってる。 盛り上がりはあってもどこか抑制した喜びの表現だというのだ。形のあるものを描けばそれなりの物が眼に映るが音楽はリズムであり旋律でありそこから出る曲想である。 しかしこの曲は全ての旋律が明るく清らかなのだ。濁りが見えない。社会主義にも悲劇はあってもいいのではという彼自身の考えもあるらしいが、悲劇ではなく心の安らぎすら感じさせえるのだ。抑圧された人間性の中での生活に本来の人間そのものを感じたいという思いも感じさせ、この曲は親しまれたのではないか?と思う。何時の時代も体制に従順に生きる生き方はそれなりに普通。しかし、これでいいのかと反体制的になっても純粋な生き方を主張する生き方に私は共感を持つのだ。 自由という意味のもつ重さと深さを感じさせられた演奏会であった。帰って、例により、探したら名曲集にあったCDを聞きながらビールを飲んでその思いを強くしたのでした・・・・・。
2005.08.28
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囲碁調子悪くて、ぼやきの連続。食欲がない。何も食いたいものなし。ビールだけはガボガボあおる。日記を書く意欲なし。 夏の暑さが強烈な日が幾日かはあったが今年は暑さがたりない感じだ。毎日4時頃鉢植えに水遣りをするがこの3日間、夜になって必ず雨が降る。雷がとどろく。ああ、無駄な水遣りだったと思ってしまう。鉢物は必ず雨があたるところに置くべしと・・・我が先生は教える。雨の効果はすごいものがある。最近ジョウロを雨のあたるところに置いて雨を溜め込む。いかにもやわい感じの水になる。 盆栽だけはこの水を優先的にあたえる。今年は虫の心配もした。肥料の配慮もした。これ大変だよ・・・・・。もう少し年とってからの趣味でいいのでは。そんなこと言いながら、何故もっと若いときに始めなかったのか?と悔やむくせにね・・・・。また、朝の散歩を始めた。食欲を出すために。帰ってくると汗びしょびしょで、シャワーを浴びる。するとビールを飲みたくなるからね困ったものだ。酒の力か? 早々に眠る。朝6時ころまで眠るから立派。以前は2時、3時に目覚めるのが毎日だった。夜は涼しいからかもしれない。 夏も終わりか、さびしいものだ。
2005.08.24
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昨晩Y氏亡くなったの知らせが入り、今日夕方の 葬儀に出席して来た。 年齢とは言えすばらしい人を失った。 若いときの活躍にすばらしいものがあったが、その後 酒の勢いに乗じてどうも嫌われ者になった。 葬儀はさびしいものだった。 しかし、知る人ぞ知る。功績はすごいと思う。 信念といえばそのとおりだが、使われる身のつらさ。 彼本来の力量を出し切れずに亡くなったといえるだろう。 親族代表の息子が言ってた。 「会うたびに喧嘩しっぱなしの父親だった。今こうして いると、こんなに悲しく思うのが何故だろう?と思う」と話してた。 厳しい親ならではの感慨だろう。 自分の部下には優しかったが、曲がった事の嫌いな人で 体を挺して戦う人だった。 彼の生い立ちも思想の根拠も知らないが私には雲の上の 存在で素直に従うばかりだったことを思い出す。 人間の存在価値はどれだけ人の心に重い印象を残しえたか? ということなのか? 本人は知る良しもない数多くの思い出を残してくれた人だった といえるだろう。 私とは正反対のことを言う人も数多くいるはず。 奥様は施設に入所中で参列なかった。 大変な苦労をしたはずだ。 ひとりの人生に幕が降りた。 山崎豊子の「沈まぬ太陽」ではないが書けば描けるひとりの 人生だと私は思う。 具体的に書けないつらさはあるが、ご冥福を心から祈る。
2005.08.22
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終戦記念日だからつのる思いもあるが、 ある人から日展の入場券をいただいたので 喜んで観に行く。 山形美術館は狭い。巡回展だから展示作品も 少ないからいいのだが・・・・大きな展示には合わない。 県出身者および県人の出品作品を中心に選抜された 作品の展示だった。 さすが日展・・・・・。すばらしい作品ばかりだ。 絵の良し悪しは私が論ずるには及ばない。 視点はモチーフの取り方というか、ものの観る角度 というか、作者が感じた視点をどのように表現しようと 努力されてるか?という観方である。 表現力は抜群の人たちだから、これから自分が 描くときどんな視点で景色を、静物を、人物をみるか という勉強である。 1作品ごと観てると日が暮れるので、直感で我が感性を くすぐった作品をじっくり観るというやり方である。 数点あったわ。写真も買って来た。 こうゆう展覧会を観るたびに必ず思う。どうしてもっと 若いうちに挑戦しなかったのかと・・・・。 そこが私の悪い癖。生涯学習だよ、今は。 100歳までならうん10年あるんだから・・・・・。 日ごろの見方を変えて、つたない腕を磨くことにする。 やはり観ることだとつくづく今日も思った。
2005.08.15
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今日山形県代表酒田南高校が沖縄尚学園を破り三回戦へ進む。9回裏危なかったが金本がよくこらえた。 高校野球というとずうと、郷土の代表というイメージが強く理屈なしで応援してた。今日、試合があるというと仕事はどうでも良し、まず応援という感じだった。こんな時間に電話なんてとんでもないと思ったものだ。 しかし、最近野球留学と称して他県からの選手が大部分。羽黒高校にいたってはブラジルからの留学。そんな、選手構成に苦々しさを感じていたが、・・・。また最近、関係なく応援するようになった。 この狭い日本、どこの誰でも、町の看板を背負って戦う選手に拍手を送ることにした。 16,17歳の高校生が何かに焦点をあてて頑張るその意気込みに惚れるからである。 だらだら過ごす青春より無我夢中で親元を離れ甲子園を目指すその心意気に感動するのである。 長い人生でどれほど貴重な1ページなことか。今日酒田南は勝った。試合後は以前と違う感慨が脳裏をよぎる。青春万歳。君らの将来に幸多かれと願うばかりだ。山形はどうも全般的にスポーツが弱い。それは馬鹿になれないからだ・・・という指摘がある。青春だけではない人生の1時期馬鹿になって熱中することこそ人生の充実を促すと思うからである。高校生万歳。高校野球万歳。
2005.08.14
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水彩画教室で静物のモチーフに使おうとトマトを買いに行った。ところが全てまん丸のトマトしか売っていない。私の頭には、こぶこぶのトマト、盛り上がって大きなトマトなどなどである。 青果物の店の親父に聞くと、「今頃そんなトマトはねえ」という。 すべて規格品なのだ。きうりも曲がったものははじかれる。 いやいや、私が無知だったと大いに反省させられた。カミサンに聞くと巡回の八百屋さんが時々曲がったきうりや形の悪いトマトを持ってくるという。ただ、極端に安いという。 消費者がこんな癖をつけたことになるのか? もったいない話ではないか?さくらんぼも1個1こ箸でつまんで並べるとか、桐の箱にいれるとか、化粧したうえでの高価なことよ。手づかみでまたは一山いくらの時代に育った我々には必要以上の付加価値に思えてならないのだ。 結果的にKさんが畑をしてることに思いつきもらいに行ったがすべて青くてだめ。隣の畑にあったトマトが手頃だったので、わざわざその持ち主の家まで行って承諾をいただき5こばかりいただいてきた。 それでも昔のようなトマトは手にできなかったのである。それにしては自然は人の手が加わらないから昔のままか?最近の作品をのせてみる。
2005.08.08
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観音滝無名の滝昨年からの懸案であった蔵王仙人沢へ行く。坊平クロスカントリーコース脇に車をとめて野鳥観察小屋脇から仙人沢へ下る。ひとりでは不安があるのでkさんを誘う。このたびは山菜の土産はないぞ・・・と言ったが付き合うというので成立したのだが、とんでもない。青みずの宝庫なのだ。赤みずは一切なし。当然ここは高いし奥深いので融雪は遅かったはず。太い青みずが鎌で刈り取るほど密生してる。 滝はどうでもいいkさんはみず採りに専念。私も少し採ってきたが、やわくてうまかった。これまで、まぼろしの滝、秋田の安の滝等で随分みずを採って来たが、青みずはほとんどなかった。ところが蔵王は青みずの宝庫なのだ。 これでまた彼を誘う口実ができたというもの。仙人沢は敷居の滝、3階の滝、観音滝、不動滝などがある。しかし、敷居の滝、3階の滝への道路が決壊して交通不能。観音滝の上にある不動滝も落石のため交通止めであった。結果として観音滝とその手前にある無名の滝しか見ることができなかった。仙人沢を歩くと蔵王の懐の深さがわかる。静まり返った原生林。沢を流れる川の音だけが聞こえる。小鳥の声も、せみの声も聞こえない。野鳥観察小屋から入るコースは意外と楽だった。昨年観音滝直撃コースは厳しかったが今回は心臓が口から出てくるような感じはなかった。今回で仙人沢の様子が大体わかった。
2005.08.06
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もう8月3日。今日のエンジン始動時のカーナビのあいさつは「今日は蜂蜜の日です」という。毎日何かの日なのである。両家の墓参りも済ませてお盆を前に気をもむこともない。ばあちゃんはショウトステイ。 カミサンを誘って、笹谷越えを狙う。そう、もう何年前かな? うわさに聞く笹谷旧街道を越えてみたいと歩を進めたことがある。当時の車では余りににも急な坂でしかも狭くて断念した経験がある。 だから、覚悟を決めてあまり無理せずに行って見ようということになった。何時ものようにおにぎりを持参である。 走ってみた。 いやあ、すばらしい道路だった。大型車なら一回でハンドルは切れないが普通車なら十分である。今日はあいにく、曇り空で眺望はきかなかったがきれいに整備された道路が延々と続くのである。 これ、秋だったらすばらしいドライブコース。頂上に山形市と川崎町が共同で建立した茂吉の歌碑があった。「ふた国の 生きのたづきのあひかよふ この峠路を愛(かな)しむわれは」 茂吉(当然メモしてきたから書ける)「たづき」というのは生活の方便や生き方をいうらしい。なにか、頼まれて作った歌のようにもとれるね。この頂上から雁戸山や二口峠方面の看板を見る。下り始めて、宮城県側。仙人沢大滝の看板を見る。ここが入り口かと、発見の快さみたいなものを感じる。ツキノワグマの生息地ともある。こりゃこりゃだ。 いずれ来るぞと誓う。トンネルを通れば200円だが、200円以上の快感を味わう道路だ。予想を超えた現況だったせいか急に笹谷フアンになった気分。晴れた眺望の効く日にまた来たいものだ。秋保大滝経由48号線で帰途につく。 今日はいい収穫をひとつ得た。
2005.08.03
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----- Original Message ----- From: > To: ??????@aioros.ocn.ne.jp> Sent: Wednesday, August 03, 2005 10:30 AM Subject: 3日の日記
2005.08.03
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