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月山は夏スキーで有名。7月までは滑れるのかな?新緑に映える残雪はすばらしい。ただ見とれるのみ。先日写生に行ってこの残雪を見ながら、おにぎりを食べた、ペットボトルに水をいっぱい持っていったが絵を描くのにそんなに使うわけもない。 イーゼルを構えたすぐそばの地面に車のわだちがあり水が溜まっていた。なんとその中におたまじゃくしが数百匹うごめいてるではないか。親かえるが水溜りと思って産み落としたようだ。こんないい天気だ。すぐ乾いてしまう。ペットボトルの水をそこに注いでやった。これで1日は延びるだろう。大井沢は山形でも特に豪雪地帯。一気に来た春にかえるにかかわらず生き物は急激な変化に対応しねばならず判断を誤ったかな? こんな山間に東京から移り住む人もいる。また別荘を建ててる人もいる。ラーメン屋の母ちゃんの話。「この集落には100十数軒の家がある。約その半数、50軒ほどが山形、寒河江市など平場に家を持っている。」「我が家はまだない。」と。山菜の里、渓流つりの大井沢といっていろいろ宣伝して企画を凝らして多くの人を呼んでいる。ところが実は村人は都会を望んでいたという何か考えさせられるお話である。自然との闘いは想像を超えたものがあるのだと思う。そんな私も今一時的に写生に来て大井沢の自然をあがめている。
2005.05.29
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たらの芽先日112号線でたらの芽を採ってきた。勿論、ふんわりと伸びた芽ではなく顔を出したばかりのものなので、ペットボトルに挿して大きくして食べた。ただこれを捨てるのがもったいなくて鉢植えに挿し木しておいたら、切り口から芽をだすやつ、切り口のそばから芽をだすやつ、元気がいいのに驚く。水切りをして水揚げをしてから挿し木にする。盆栽教室での知識が役立ったという話。こりゃ、来年も食えそうだぞ。そばの種4月の末、フラワーポットにそばの種を撒いてみた。3日もしたらいっせいに芽を出した。そばは長野、岩手勿論山形もそうだが山地に適すると聞いていた。あまり肥料気がいらないと。フラワーポットでもいいのではと。成長いちじるしくあっというまに20センチほどに伸びたのでおひたしにして食べた。さくさくとしておいしい。買えば一把150円程度。 その後山へきのこの菌をぶちに山へ行ったとき。チェンソウと同じダンボールに入れて持っていった。林の中で育たないかと思ったのである。結果として撒かなかったが。そのとき、段ボウルの中でチエンソウから滲んだ油が種を入れていた封筒ににじんだのである。2回目にポットに植えたらまったく芽が出ないのである。なるほどこのせいかと感じ、油のにじみのないものだけ選んで再度撒いた。 なんと一斉に芽が出たではないか?知識とはこんなにして身につくのかと思った次第。また、さくさくしたそばのおひたしが食えるぞというお話。
2005.05.28
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今日はすばらしい天気。全国的なようだ。酒田へ行く予定をしていたが急遽とりやめ。相手の都合。なればと、写生に出かけた。大井沢からの月山を描こうと決意する。山形側からの月山はなだらかでなでるような姿。庄内側からはナイフで削ったようなえぐられた形で迫力ある。 大井沢からは側面になるのかな?月山のイメージがない姿である。あまりここから描く人はいないようなので決めた。道路わきにある駐車場に車を止めて、イーゼルをすえた。絵葉書にあるようなすばらしい景色。ちょっと景色が余りにも良すぎるなと思いつつ挑戦した。約2時間。物好きの人がいてわざわざ車を寄せてきて私の絵を覗くのである。こんな下手な絵を見てもしょうがないのに。参考のためにデジカメに納める。うちに帰ってプリントしてみる。随分違うものだ。がっかり。山の稜線の角度が違うのだ。遠、中、近景の色の配分がまるで違う。なんだこりゃ・・・・。デジカメはそれなりの機能の違いはあろうと思うが。特に色の濃淡を知るためにはデジカメに限る。いいことを発見した。あとは腕の良悪のみ。なんとかものにしたいともがいているが、果たしていかがか?
2005.05.25
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今日が誕生日。65才にあいなる。自分の年に15(昭和15年)を足すと今年は昭和80年ということ。54歳で大腸がんの手術。63歳で左頚部腫瘍で手術。よく生きてきた。この次はどこの癌になるやら・・・・・・。どこでもいいが、ああ、俺は良くやったと思ってあの世へ行きたいものだと常々考えている。 第二の職場勤務中毎日考えてたことが、全て職から去った時に何をするか?だった。ボランテアも考えたが結局自分の趣味に集中して考える結果となった。かねがねいつかやろうと思っていた絵を選んだ。そして、今までまったくかじったことのないもの・・ということで小盆栽を選び、現在がある。 いずれも考えてた以上にインパクトがある。選択に間違いはなかったと思う。 時間をいかに潰すかではなく、生きがいをどんな形で感ずるかなのである。社会参加によって存在感を感じるのも大変な壮大な発想だが、これまでの職歴内容から自分を殺して社会のためなどという偽善的発想は(この言葉は考えた)もうとれない。 真っ白い紙に自分の思うとおりの絵をまず描くことだ。これが今与えられてる人生そのものと私は思う。 一昨日の新聞に出羽三山開山1400年の記事があった。かみさんに今日付き合えと言って、湯殿山へお参りに行く。山の上はまだきびしい。ブナの新芽の色が違う。まだ黄色い。「かたしき」で身を清め御神体前の橋の上から谷川へ捨てる。御神体前で深々頭をたれる。安山岩の上から湧き出るお湯に裸足になってひたり拝むのだが、何か身の引き締まる感がする。今日は特別だ。「語られぬ湯殿にぬらす袂かな」・・・芭蕉の句。この湯殿山の御神体は「聞くな、語るな」という掟がある。そして湯殿山だけは女人禁制ではなかった。恋の悩みは簡単には語れない。袂をぬらすは泣くこと。湯殿と風呂場ともかけられてる。多くを語られない苦しさを芭蕉はこんな形に語ったということだ。なんと奥深い表現かと感心する。背景を知ってはじめて理解できる。自然の中での自分を感じるような意味もあるかもね。湯殿山の御神体の歴史から・・・・・・。 今日はいい一日だった。こうべをたれて何を祈ったのかな?それは「語られぬ」・・・・・。
2005.05.22
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つつじ公園からの帰り河北町のサハトベニバナへ寄る。ここの廊下に町出身の人の描いたすばらしい絵が展示されている。 その場所へ行こうとしたら手前の展示室に「高橋和子展」が展示されていた。山形の某デパートでの展示会は新聞で見たが、多分その後ここへ来たらしい。インドへ毎年行ってる様なのだが、インドらしい雰囲気のない絵ばかりだった。 樹木をテーマに取り組んでるようなのだが、水彩といってもアクリル絵の具が多くて本来の水彩画ともいえないのでは?ただ、光線をとらえた色使いというのだろうか?すっかり惚れ込んでしまった。えんじ色と言うが赤と黒ともうひとつ何か? で作った色なのだが、多用されていた。いまひとつ感心したのは額が自分で作ったと思えるような粗末なものだった。ベニヤに枠を貼り付けてペンキを塗ったような。ガラスもなければマットもない。画用紙をそれに貼り付けてるだけ。ああ、これでいいんだと思った。 水彩画の額は高い。マットとガラスが余分。このやり方是非真似たいと思うと同時に作品の体裁に気遣うことなく作品そのものに全力を傾注という考えなのかもしれない。悪く取れば金がないということにもなるが、売ることではなくて本来の自分の絵に集中して制作する態度のように思えてまたまた惚れ込んだ。この町にはいろんな画家がいそうだ。 すごい女がいたもんだ。大胆さといい、タッチのわかる筆づかい、気に入ったがいまいち明るさがほしいとは私の評。
2005.05.21
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今日も上天気。昨年を思い出して行った。何新聞かわからんが今朝の新聞を見て来たという仙台の人がいた。 満開にはまだ3日ぐらいかな?あまり見慣れないつつじあえて、逆光で写す。白つつじ我が家の七かまど。今年は異常に花が多い。かってないことだ。気候に関係するのでは?かまどで7回焼いても焼けないという樹。だから[ななかまど]。
2005.05.20
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今日はすばらしい天気だ。1週間ぶりだ。 夕べ遅くまで絵を描いて起きていた。 飲みながらね。今朝起きるのが遅かった。 食卓に朝食が準備されていた。 カミサンは仙台へ。嫁いだ娘が迎えに来たのだ。 うるさいやつがいない。まず、めし前に缶ビール2本飲んだ。 すきっ腹にビールは最高だ。窓を開けたら向かいの奥さんが 「おはようございます」という。「おはようございます」と返す。 玄関先の小盆栽を見る。みんな元気だ。水をやる。 五葉松は針金かけの素材だった。植え替えねばならない。 なぜ、これに気づかなかったのか?よし今日するぞ!!! すでに散っていて不思議がないドウタンの白い花にミツバチが 群がってる。 昨年ポットに植えたイチゴがいやに多く花をつけてる。こりゃ豊作だぞ。 わが狭い庭も万緑だ。 ようやく朝飯をとる。ヘリコプターがブルルンとうるさく飛んできた。 めったに来ないワン公が椅子に座ってる私のひざに 飛んできて座る。 これが悠々自適というやつさ。 朝からルンルン気分よ。でもどこへも行けないつらさがあるのよ。 ばあちゃんをひとり置いてゆけないのだよね。 「万緑の草木は燃える五月晴れ」誰の歌かな?忘れた。
2005.05.17
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山つつじと白つつじ開設1203日。記入件数700回。記入率58パーセント。まあ、2日に1回程度書いてることになるか?ろくなことを書いてないが、気の向くまま、何のテーマもなく、よく書いてきたものだ。途中から写真を入れることを覚えて、アクセス件数は少し増えたのかな?楽天さんに感謝、感謝・・・・・。東北楽天イーグルスを応援してるが勝てないなあ。小盆栽展を観る先生のグループが毎年2回開催の盆栽展を観に行く。ついでに昨年の作品を2点持って指導を仰ぐ。展覧会の作品はすばらしい限り。技術より愛情だろう。さつき、出猩々、五葉松、くちなし、などなど、こんなに小さいのに大木観、威厳、静寂、生命力などを体を張って感じさせている。この魅力にとりつかれた面々の作品展だ。結構盛況だった。私の持参した「めんこちゃん」はづたづたに切られた。そろそろ肥料をやりなさいとのご指導。切られた枝を挿し木用に仕立てくれた先生の愛情に感謝。山響定期演奏会に行く夜は山響定演へ行く。今回のメインは千住真理子さんが兄、明の作曲したバイオリン協奏曲「return to tha forest]を弾く。満席。駐車場も満席ではいれないほどの盛況ぶり。この後のプログラムがベートーベンの「英雄」。いや、いや真理子さんの演奏はすばらしかったがさすがベートーベンだと素人耳にも解るものだった。クラシックが愛される所以が解るような気になった。定演のプログラムの解説を読む程度の私の勉強程度だがやはりいいものはいい・・・そんな感じかな?700回記念に何かとも思ったが、気取ると3日坊主に拍車がかかる。熊さんは熊さんらしく、その日、その日を精一杯生きればいい。記念に添えて山つつじを載せた。
2005.05.14
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出猩々(05・4)土佐みずき(04・11)今日は月一度の小盆栽教室。素材は「けやき」と「かえで」だった。いつも思うが先生が見本に持ってくる盆栽は惚れ惚れする。いつか、俺もと思うが、何時のことやら。幹を太くするには葉を多くつけること。樹型を整えるには大葉を切って中の小さい葉を育てるこの繰り返し。寄せ植えには主木を選ぶこと。木の流れを配慮することなど、今日も山形弁の先生の話を真剣に聞いた。ほんとにかわいいものだ。今日の素材はまだ写真に撮るほどではない。最近のわが財産を2つ紹介する。
2005.05.13
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月山荘前の地蔵沼いま、どこへ行っても山菜を売ってる。好物は「しどけ」なのだが、どうもきどさがない。昔のような味がしないのだ。この時期この地域ではわらびも早いし勿論うどの時期でもない。しかし、売ってる。栽培なのかもしれない。 「きどさ」といえばふきのとうにかなわない。先日、Kさんは茹でて酢醤油で食べると聞いて、採ってみたくなった。月山の弓張平でまだつぼみのふきのとうが畑のようにあったので採ってきて食べた。おいしかった。茹でると小さくなりあのきどさがやわらぐ。やわらかくていくらでも食える。酒が進む。いいことを聞いた。弓張平からすこし下に来て今度は花の終わったふきのとうの茎を集めた。これは蕗本体と同様に煮て食べるがやわくて蕗とは一味違った味がする。 道路の脇にたらの芽の小さいやつを発見。20個ほど採った。あまり小さいので水にさして今、栽培中。志津温泉の月山荘前の地蔵沼、紅葉時期には度々行ってるが、何時行ってもカメラを構えてる人がいる。どうも緑の色が良く出ない。いつもの愛器が入院中なので控えのカメラである。ここは雪がまだどっさりある。山菜どころではない。この天気あすからまた崩れそうだ。
2005.05.12
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GW期間休みで今日は屋外での写生。 参加者少ない。それもそのはず。トイレ、水、そして駐車場など 条件が揃うところはまずめったにない。素材がすくないのだ。 どうも描く気がしなくて約一時間だべりっぱなし。 その後1時間已む無く鉛筆をにぎる。そしたら何故か?興が乗る。 一気にデッサンだけは描いた。 こんなものだよ・・・・・。人は環境に置くとおのずから動く。 ただその環境に至るまで時間がかかる。 温かい陽射しを浴びて、淡い緑の周囲をみて、部分でいいのだ、心に感ずれば 何か急に俺ならこんなに表現したいとうずくのである。 これが意欲と言うものか?ものに向かう第一歩というのだろう。 やはり人間太陽の下、光を浴びて生きるのがベストなのかも。 白い画用紙に向かい続けていたら、眼がくらんでくる。 ちょっと焦点をずらすと、 暗闇に見える。瞳孔の調節が瞬間的に作動しないのだ。 眼に青葉とということばがある。 あのやわい緑はほんとに、眼にだけではなく心を ときほぐす効果絶大なり。
2005.05.09
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昨日、まあ、まあの天気で112号へ車を走らせる。平日だが連休くずれ? 交通量の激しいことすごい。撮りたいポイントをいくつも逃す。112号からの月山は形が悪い。しかし手前に見える山の林はブナ一色だ。 残雪はまだまだ多い。道路わきの雪は汚い。排気ガスとほこりの蓄積だろう。高い山肌にあるブナ林は残雪をバックにみごとに萌えている。コバルトグリーンにレモンイエローそしてホワイトを加えたようなやわらかい色。若草色?である。 この色こそ春の色である。新緑とはまだ言わない。5月に入ったが気温は一定してない。これが、3日間ほど20度を越えれば一気に淡い色から緑に変るのではないか?「春風や 闘志抱きて 丘に立つ」という高浜虚子の句がある。先生方がよく引用するらしい。まさに こんな風景を見てたたずむ場面にふさわしい。春という言葉は希望あり、涙あり、訣別あり、奮い立つありそしてスタートがある。感傷や陰鬱はない。これからどんなことがあるかわからないが、勢いよく芽を出す。これが春というやつさ。なんとすばらしい。ブナの林のことごとくはどういうことか?根元だけが雪がなくてぽっかり穴が開いてる。 木の活動開始のエネルギーが周囲の雪を溶かすのかも知れない。これを「根回り穴」というそうな。 私ににはいまだ「根回り雪」が積もってるのかな?
2005.05.07
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我が家のはなみずき論語の第1ページがこれだ。学びて時にこれを習う また楽しからずや友遠方より来る また楽しからずや人知らずしていきどおらず また君子ならずや遠方岡山のメル友が久しぶりにメールで訪ねてくれた。これまた楽しからずや。大歓迎。ここでの友は学問上の志を同じくする人なのだそうだが、学問でも趣味でもなんでもいい、何か心を通じるものを持つのが友だと私は思うのである。また付き合いによって何かをうるものがあればこの上ないことであろう。すでに若さはないが心の若さで語り合えればいいのだ。この文の感心したのは「習う」という字の説明である。羽に白いと書くが、この羽は雛鳥が巣立つ直前に何度も羽ばたきを繰り返す動作なのだそうだ。何度もなんども繰り返して自ずと身につくという意味なのである。 「学習」とはここから来ている。「白」は本来「自」と言う字で「鼻」を意味するらしいがこの意味は忘れてしまった。友達も学習も同じだよ。何度もなんども羽ばたいてこころ通じるものではないのかな・・・・・。
2005.05.04
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いつも負けたときだけ日記に書いてるから、たまには勝ったときも 書いていいのではないか? 昨日は12勝2敗、今日は13勝4敗と好調だ。どうしてこんなにも 違うものなのか? かっては大会に出る前日はアルコールを断って気を配ったものだが、 今ではそんなこともない。 見えるとき、見えないときが極端にあるから不思議だ。 気持ちの余裕と言うやつなのか?調子いいと負ける気がしないから 面白いものだ。 友達の囲碁も見ることができるようにソフトが改正されて面白い。 どこへも出かけず囲碁三昧の様子である。 毎日日曜日の身分なのだからあえて混雑をめがけて出かける必要も ないというものだろう。 今日は昇段を果たしてひとりルンルン気分なのであるよ。
2005.05.03
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Kさんとの約束でもう数ヶ月も前から決めていた山仕事をしてきた。 柴刈もしたが目的はきのこの菌打ちである。 昨年11月に4本のクヌギとナラをこの冬乾燥させていたものを ほだ木用に切り、菌を打ち込むのだ。 なめこ500個、しいたけ300個を打った。 二人だからできるがひとりだったら多分2日は要したであろう。 平地を歩くのと違って、斜面有、くぼみ有で思いのほかくたびれる。 体力の無くなったことおびただしい。あごがでるとよくいうが、あご どころか、口から心臓が飛び出すような感じになるものだ。 汲んでいった弁才天清水をのみ、飲み、重たい足を引きずっての 作業でほとほと嫌になった。 これできのこが芽をだしてくれるといいが・・・・・・・。 ネットで随分勉強したつもりだが、はたしてどうか? 今日も体中が痛む。ほんとに 年取ったものだよ。 もうすぐ誕生日が来るが、そんなもの来なければいいとつくずく 思った昨日だった。
2005.05.02
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