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カロリーゼロの甘味料、心臓発作や脳卒中リスク増大と関係 米研究2/28(火) 砂糖の代替としてステビアなどの甘味料に使われている「エリスリトール」について、血栓や脳卒中、心臓発作や死亡リスク増大との関係を指摘する論文が、27日の科学誌ネイチャー・メディシンに発表された。糖尿病など心疾患の危険を伴う基礎疾患がある人は、血中のエリスリトール濃度が高い場合、心臓発作や脳卒中のリスクが2倍になることが分かった。「エリスリトールの血中濃度の値が上位25%に入る人は、下位25%の人に比べ、心臓発作や脳卒中のリスクが約2倍に増大する」アンドルー・フリーマン氏「エリスリトールの使用に起因する血栓のリスクがあるようだ」「さらなる研究の必要はあるが、念のために当面は食事の中でエリスリトールを制限した方がいいかもしれない」「我々が調査した糖尿病患者向け食品の中には、どの商品よりもエリスリトールの含有量が多いものもあった」2004年~11年の間に採取された心臓病のリスクをもつ人1157人の血液サンプルを調べた。「我々は大きく関与しているらしい物質を発見した。だがそれが何なのかは分からなかった」とヘイゼン氏は言う。「やがて、それが甘味料のエリスリトールだったことが分かった」コーヒーを飲む人は、飲まない人に比べて心臓発作の確率が31%低い?【研究結果が示唆】2/27(月)イギリスヨーク大学の研究によると3271人に対する調査からコーヒー1日に1、2杯飲む人は心臓発作による死亡リスクが21%低く、2杯以上飲む人は死亡リスクが31%も減少している事がわかっています。
2023.02.28
沖縄の公立大学・名桜大学と宮崎公立大学の図書館に「技師鳥居信平著述集」を寄贈しよう。沖縄の公立大学名桜大学には、国際学部があり、「地域社会および国際社会で活躍できる人材を育成します」とある。2023年には国際文化学科開設予定だ。1993年4月に、宮崎県内7市町(当時)が設立した宮崎公立大学事務組合によって、宮崎大学教育学部の跡地に開学した。2013年現在では、宮崎市が単独で運営する公立大学法人によって設置されている。日本では数少ないリベラル・アーツ教育*を行っている大学のひとつである。*リベラルアーツ教育は、「一般教養教育」ではなく、急速に変化するグローバル社会に対応する人材を育てるための教育です。リベラルアーツ教育に力を注ぐことで、幅広い知識を持った人材の育成につながるのです。リベラルアーツの起源は、古代ギリシャ・ローマ時代の「自由七科(じゆうしちか)」にあります。自由七科とは、「文法」「弁証」「修辞」「算術」「幾何」「天文」「音楽」の7つを指します。当時リベラルアーツは、人間が自由に生きていくため、束縛から解放されるための素養とされていました。単に知識を身につけるだけでなく、実践的な知性や創造力を養うための学問なのです。時代の変化によって、近年日本でもリベラルアーツ教育が注目され、主に大学教育で取り入れられています。実際の授業内容は大学によって違いますが、学部・科目横断的に幅広い分野を学び、問題発見・課題解決型の実践的な学習スタイルが採用されているのが主な特徴です。これからの時代は、物事を多角的に判断できる幅広い教養を持った人材が求められています。**課題を発見する イーロン・マスクは1971年6月28日、父エロル・マスク、母メイ・ホールドマンの長男(3人兄弟)として南アフリカ共和国の首都の1つプレトリアで生まれた。 父親のエロルは地元のエンジニアであり、何か分からないことがあるとすぐに「どうなっているの?」と尋ねるマスク氏に何でも教えた。母親のメイは栄養士で、モデルもやっていた。マスク氏が8歳の頃に両親は離婚、マスク氏は母親に連れられて弟や妹とともに南アフリカの都市を転々とします。 子ども時代のマスク氏は無類の読書好きでした。1日に2冊の本を読み、ファンタジー小説やSF小説をたくさん読んだことがのちの「世界を救う」という夢につながっているかもしれないとマスク氏は話しています。 コンピューターにも人一倍関心を持っていました。10歳でプログラミングを独学でマスターし、12歳の時には自作の対戦ゲームソフトを売り、500ドルを手にしています。 マスクは12歳の時、母親の元を離れて父親の元に行き、18歳の時に母親の出身地カナダに単身移住しました。米国の「やる気さえあれば何でもできる」という精神と、最新のテクノロジーへの憧れから米国への移住を試みますが、そう簡単ではありませんでした。 隣国カナダで母親の親戚の家を転々としながらチェーンソーを使った木の伐採やボイラー室の清掃といった過酷な労働の日々を送ったのち、1989年に19歳でカナダのクイーンズ大学に入学。2年後に奨学金を得てようやく米国のペンシルベニア大学ウォートン校に進んでいます。 同校で物理学と経済学の学士号を取得したマスク氏は1995年、応用物理学を学ぶため名門スタンフォード大学の大学院物理学課程に進みますが、「新聞などのメディア向けにウェブサイトの開発などを支援するソフトウェアを提供する」というアイデアを思いつき、わずか2日間で退学しています。こう考えていたようです。「大学生の時、将来人類にとって最も重要になるものは何かを考えた。答えはインターネット、持続可能エネルギー、そして複数の惑星での生活の3つだった」(『週刊東洋経済』2013.1.12)
2023.02.28
中国、通信衛星と地球観測衛星を相次いで打ち上げ成功2/27(月)中国は日本時間2023年2月23日と24日に、中国国営企業が開発した「長征3号B」ロケットと「長征2号C」ロケットの打ち上げを実施しました。2つのロケットに搭載されていた人工衛星は無事に軌道へ投入された。■打ち上げ情報:長征3号B(CZ3B Y93)ロケット:長征3号B/E打ち上げ日時:日本時間2023年2月23日20時49分【成功】発射場:西昌衛星発射センター(中国)ペイロード:中星26号(ChinaSat 26)中星26号は、DFH-4E(東方紅4号E)衛星バスをベースに製造された高スループット通信衛星です。同衛星はCバンド・Kuバンド・Kaバンドに対応しており、主に中国東部や東南アジア、北米西海岸地域などの広範囲をサポートし、太平洋を横断する中国と北米間の航路に高速通信サービスを提供します。■打ち上げ情報:長征2号C(CZ2C Y67)ロケット:長征2号C打ち上げ日時:日本時間2023年2月24日13時1分【成功】発射場:酒泉衛星発射センター(中国)ペイロード:ホルス1(Horus 1)ホルス1 は、中国空間技術研究院(CAST)の傘下の航天東方紅衛星(Aerospace Dongfanghong Satellite)が開発した地球観測衛星💛これは、気球事件に対する中国の回答なのであろうか。それにしても失敗を繰り返す日本のロケットの遅れの目立つこと
2023.02.27
『二宮先生語録』【306】~【310】『二宮先生語録』を蔵書としている大学大学図書館所蔵 55件会津大学 情報センター (附属図書館)、岩手大学 図書館、宇都宮大学 附属図書館、大分大学 学術情報拠点(図書館)、沖縄国際大学 図書館、小樽商科大学 附属図書館、鹿児島県立短期大学 附属図書館、鹿児島大学 附属図書館、金沢学院大学 図書館、九州大学 中央図書館、九州産業大学 図書館、京都大学 附属図書館、岐阜大学 図書館、敬和学園大学 図書館、高知工科大学 附属情報図書館、高知大学 学術情報基盤図書館 中央館、国学院大学 図書館、駒澤大学 図書館、静岡県立大学 附属図書館 草薙図書館、静岡文化芸術大学 図書館・情報センター、周南公立大学 図書館、信州大学 附属図書館 中央図書館、聖心女子大学 図書館、西南学院大学 図書館、聖隷クリストファー大学 図書館、高崎経済大学 図書館、拓殖大学 八王子図書館、玉川大学 教育学術情報図書館、大東文化大学 図書館、千葉大学 附属図書館、東海大学 付属図書館、東京大学 総合図書館、東北大学 附属図書館本館、鳥取大学 附属図書館、豊橋創造大学 附属図書館、同志社大学 図書館、獨協大学 図書館、長崎大学 附属図書館、奈良大学 図書館、南山大学 図書館、日本女子大学 図書館図書館、八戸学院 図書館、弘前学院大学 附属図書館、弘前大学 附属図書館本館、福井大学 附属図書館、福島大学 附属図書館、法政大学 図書館、北海学園大学 附属図書館、北海道教育大学 附属図書館、松山大学 図書館、三重大学 情報教育・研究機構 情報ライブラリーセンター、武庫川女子大学 附属図書館、酪農学園大学 附属図書館図、立命館大学 図書館、和歌山大学 附属図書館、【306】《訳》論語にいう。「権量を謹み、法度を審(つまびらか)にす」と。これはただ天下を治めるだけでなく、また人々がそれぞれ家を治める法とするべきじゃ。武士はよろしく禄俸の分に随い、入るを量って出るを抑制し、家の規則を確定して、慎んでこれを守るがよい。農・工・商もまた同じじゃ。四民がおのおのその権量を謹んで、その法度をに審らかにして、固くこれを守るならば、長久を保つことができよう。もしその権量が無く法度が無ければ、亡滅を免れない。どうしてよく長久を保つことができようか。【307】《訳》天地は一物じゃ。だから万物は一物に帰す。草木が花を開いて実を結ぶのは、その一物に帰すあけじゃ。私の方法の帳簿は、この理を究めてこれを記したものじゃ。諸君軽視してはならない。【308】《訳》国家が衰廃に陥っても衰時の分度をわきまえて、固くこれを守って、私の道を行うならば、その余徳は終に天下に及ぶであろう。いわゆる中庸に「君子行えば世々に天下の法となる」とあるのがこれじゃ。もしその分度を知らなければ、千万金有ったとしても、なお足りない。終に衰廃に陥って、亡滅を免れない。だから分度を知ってこれを守る者は、貧しくても必ず富む。いわゆる遺教教(ゆいきょう)に「知足の人は、地上に臥すといえども、なお安楽となす」というのがこれじゃ。【309】《訳》太陽はなお炉をあおぐようじゃ。東から照れば西が熱い、西から照れば東が熱い。なお冬のさなかの烈しい寒さのようじゃ。南風が吹けば、暖気が至る。盛夏の酷熱は、北風が吹いて冷気が至るようなものじゃ。【310】《訳》日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征し凱旋した途、秩父の武甲山に憩って武器を蔵めた。だから武蔵国(むさしのくに)と称するといわれる。たとえば農夫が雨をおかして出て、雨が晴れれば蓑笠を脱ぐようなものじゃ。徳川氏が乱をおさめて、その後に天下の武将を江戸に蔵めるのも、また武蔵というべきだ。かつ江戸の地というのは南は江戸湾を控え、東北は利根川という大河を擁し、諸州の穢(きた)ない水が流入するのも、また武を蔵めるというのに似ている。かつ穢ない水が流入するから、穢土というのではないが、江戸という音が字なるのも、また不思議だといわなければならない。すなわち徳川氏と武尊(たけるのみこと)とその事跡を同じくする。幕府が十余有余世の基盤を開くゆえんは、どうして偶然ということができよう。
2023.02.27

由布院の小さな奇跡 より東京に勤務していた時、大分県の木谷文弘と友人となり、その後も交友は続いた。木谷は文筆が達者で、新潮新書から「由布院の小さな奇跡」を出版した。その本に由布院の中谷健太郎・溝口薫平らがドイツの温泉町バーデン・バイラーを視察した時、ホテルの主人グラウテルさんから、あなた方は町をよくするため何をしているかと一人一人指差されて問い詰められ、何も答えられず、それがきっかけで由布院の街作りを決意する場面が載っている。グラウテルさんはこうも言った。「街作りには三人以上仲間がいる。世界中の同じ志をもった仲間と手を握ることが大事だ」と。「南ドイツの、ドイツ、フランス、スイスと三つの国が重なるあたりの黒い森の麓にあるバーデン・ヴァイラーという小さな温泉地を、三人が訪れた時のことだ。バーデン・ヴァイラーは人口約四千人と、由布院に似た小さな温泉地だった。小さなホテルのオーナーであったグラテヴォルさんの話に、三人は感動した。その感動が、いまの由布院をつくったと言っても過言ではない。中谷が熱い想いで綴っている。「私たち三人が、ドイツのバーデン・ヴァイラーという町で受けたあの衝撃を、なんとか由布院の町の人たちにも伝えようと、わけのわからぬ、子供らしいあがきをはじめたのは事実だった。それは今でも続いている。あの日、グラウヴォルさんは私たちに熱く語ってくれた。『町にとって最も大切なものは、緑と、空間、そして静けさだ。その大切なものを創り、育て、守るために、君たちはどれほどの努力をしているのか?君は?君は?君は?』グラテヴォルさんは、私たち三人を、ひとりずつ指さして詰問するように言った。私たち三人は顔が真っ赤になってしまったグラウヴォルさんについて溝口もよく話する。「まちづくりは、ひとりでやっていては孤立する。最低でも、三人は必要だ。まちづくりは、大勢の仲間で進めることが大切だと、私たちはグラテヴォルさんから教わった」。
2023.02.27
今から20年近く前、横浜の野毛に「武蔵屋」という飲み屋があった。おばあちゃん2人できりもりしていた。おばあちゃんの父、おじいちゃんが「3杯まで」という決まり事を作って「三杯屋」という異名があった。友人と待ち合わせて一緒に「武蔵屋」におもむいた。その年の夏におばあちゃんの1人が体調を悪くして、入院してしばらくお店を閉じていたのである。「本当に一期一会(いちごいちえ)という感じだねえ」といいながら友人と行った。幸い、カウンターが開いていて、すぐに座れた。このところ列に並んでしばらく待つ事が多かっただけにありがたい。「昨日ね、NHKの『ようこそ先輩!』という番組が国際大会で最優秀賞に選ばれたんだ。東京大学の准教授の人でね、18歳くらいのとき、視力を失い、聴力を失ったっだ。その人のお母さんが偉くてね、息子のためにしょっちゅう点字タイプを打ってあげてたんだけれど、ある朝、息子がごちゃごちゃ言うので、息子の両指に点字タイプの要領で打ったら、それが通じたんだ。新しいコミュニケーション手段が誕生した瞬間だったんだ。ようこそ先輩でもその准教授の左右にボランティアの女性が状況を常に指タイプして教えてあげるんだ。「視力を失い、聴力を失うことがどういうことかわかりますか?」と問いかける。子供達は眼帯をかけ、ヘッドフォンをして階段を降りて飲み物を取りに行く体験をする。「宇宙空間に1人取り残された」ような気がするって。実際、そういう場におかれた人で自殺する人も多いんだって。子供達はまるで自分がそういう体験に襲われたように真剣な表情で聞き入る。「一番つらいのはコミュニケーションで相手の反応がわからないこと」だって。そうなんだろうね、目に見えない、耳に聞こえない。自分の言っていることがどう受け止めてられているかさっぱりわからない。でもね、子供たちに「一番よかったのは何ですか?」と聴かれて「うーん、難しい質問だな」と考えて、答えたのが「今、生きていることが一番いいことだ」って答えるんだ。そこへ、おばちゃんが土瓶の酒を継ぎに来た。「おばちゃんね、今、こうしておばちゃんたちのお店でこうして飲めるのが一番幸せだねって、話していたんだよ。」おばちゃんは、にっこりと笑った。☆ああ、武蔵屋もおばちゃんもいない、時間は容赦なくすべてのものをなぎ倒していく。「今、生きていることが一番いいことだ」って言うほどの、充実した時間をどれほどの人が持っているだろうか?時のテストに堪えられるほどのものを、どれだけの人が持てるだろうか?次の世代に繋ぐために 私たちは こうして 一冊一冊 資料集を出版しては図書館に寄贈してきた。
2023.02.27
島根大学図書館から本の返却の連絡があった。それぞれの大学図書館の収集方針があり、やむを得ないのだが、大切な本を返却していただけるだけでもありがたい。寄贈の場合、そのまま廃棄されるケースも多いのである。さっそくスマートレターを送付する。二宮尊徳の会 御中島根大学附属図書館、図書担当の○○と申します。先日は、貴会の発行された資料『ボーイズ・ビー・アンビシャス新渡戸稲造の留学談・帰雁の蘆』を寄贈いただきありがとうございました。しかしながら、本学では一般図書の寄贈は原則受け付けておりませんので、返却させていただきたいと思います。令状を拝見してご連絡差し上げました。つきましては、スマートレターをご送付ください。どうぞよろしくお願いします。一方、和歌山大学が新たに蔵書としていただいた。しかも開架だ。学生諸君に手にとって、開いて織り込みの地図を眺めてもらって、静岡県の報徳実践家たちの記録を読んでほしいな(^^)訳注静岡県報徳社事蹟 2F・開架図書まことに捨てる(返却)神あれば、拾う(収蔵)神ありである。
2023.02.27
前橋工科大学に「技師鳥居信平著述集」を寄贈する。最新出版した「訳注静岡県報徳社事蹟」も東大、京大図書館の蔵書となっている。史料的価値が高いと認めて頂いているようだ。多くの技術者をめざす学生に札幌農学校精神や報徳の精神など日本の生み出した気高い精神を受け継いで貰いたいと願う。前橋工科大学の理念をみると、鳥居信平の志向する工学とマッチするように思われる。前橋工科大学の学生に読み継がれるといいな(^^)(1)大学の理念自然と人との共生ならびに持続可能な循環型社会の構築に貢献する知的基盤の創造を推進することによって、文化的で健康な市民生活の実現に寄与し、地域と社会の発展と福祉に貢献する工学を追求する。(2)大学の目的工学が市民生活と密接に関連した学問分野であることを踏まえた教育・研究を推進し、社会の安全・安心とエネルギー・環境をはじめとする21世紀の人類が直面する様々な課題の解決に取り組み、その成果を地域と社会に還元し、社会の発展と福祉に貢献することを目的とする。(3)大学の目標知の融合と集積を図り、これを継承・伝承して、人間性および創造性豊かな技術者を育成するとともに、市民生活を豊かにする研究を展開して、活気に満ちた地域社会構築の一翼を担う知的創造拠点としての役割を果たす。叡啓大学(えいけいだいがく、英語: Eikei University of Hiroshima)は、広島県広島市中区に本部を置く、日本の公立大学。広島県公立大学法人では,令和3年(2021年)4月に新たな県立大学として,叡啓大学を設置しました。本学の目的本学は、社会を俯瞰する視野を持ち、他者との協働のもと、文理の枠を越えた知識やスキルを組み合わせて課題の解決を図り、新たな価値を創り出すことのできる人材を育成し、地域から国際社会まで広く貢献することを目的とします。育成をめざす人材本学は、実社会で活躍する上で必要となるコンピテンシー(資質・能力)の育成を図る教育を行い、「先行きが不透明な社会経済情勢の中で、地域社会や世界に貢献する高い志を持ち、解のない課題に果敢にチャレンジし、粘り強く新しい時代を切り開いていく人材」の育成を目指します。ソーシャルシステムデザイン学科図書を寄贈いただく際は、以下の手順に沿って手続きをお願いいたします。1. 本学図書室宛てに、以下2点を送付(メール)してください。・図書寄贈申込書(様式1)・寄贈図書リスト(様式2)💛うーん、大学の理念はマッチしていると思うのだが、・・・ 前橋工科大学附属図書館 様 令和5年2月吉日「資料で読む 技師鳥居信平著述集」の寄贈について「二宮尊徳の会」は、これまで「広井勇と青山士」「八田與一と鳥居信平」など技術者シリーズのほか、報徳に関する多くの本を刊行し、全国の大学図書館・公共図書館に寄贈してまいりました。この度、「資料で読む 技師鳥居信平著述集」を刊行しましたので、謹んで貴図書館に寄贈いたします。 2022年は静岡県袋井市出身の鳥居信平が台湾の二峰圳(にほうしゅう)の地下ダムに着工し百年という記念の年でした(1921年6月15日地下堰堤建設に着手)。台湾の屏東県政府は二峰圳開通百周年を記念し、2022年7月24日「二峰圳百周年記念国際シンポジウム」を開催し一連の記念イベントを行いました。 本書は現在確認できる鳥居信平の全著述を年代順に整理して出版するものです。副題に「台湾の地下ダムの原点は徳島県技師時代にある」としました。徳島県技師時代の鳥居信平の研究と経験が台湾の二峰圳など台湾製糖株式会社における鳥居信平の活動につながっていることを本書収録の「旱魃と水源」などによって初めて明らかにしました。今回これまで不明だった徳島県技師時代の鳥居信平の事業と著作が判明した意義は大きく、台湾製糖時代の二峰圳等の事業、更に帰国後の活動を一体として考える必要があると考えます。本書は日本と台湾とをつなぐ絆の書です。鳥居信平の環境に配慮した地下ダムと水利事業は現在のSDGs(持続可能な開発目標)のさきがけともいえる事業です。鳥居信平本人が記した著述とその事業が日本中に周知され、これからの日本を担う若い世代にその「科学の目」と「人類のために」という精神が受け継がれることを願います。なお、貴図書館にて所蔵して頂けない場合は、本資料を他の大学図書館に寄贈いたしたく、本会メールアドレスにご連絡頂ければ、返送用のスマートレターをお送りしいたしますので、誠にお手数ですがご返送頂きますようにお願い申し上げます。本を廃棄することなく、循環して活用したいという趣旨ですので、どうぞよろしくお願いします
2023.02.27
鳥取環境大学情報メディアセンター図書館 に「技師鳥居信平著述集」を寄贈しよう。鳥居信平は台湾の二峰しゅうに環境に配慮した地下ダムを築造し、その水利のシステムはいまでも現地で大切に使われている。2022年台湾では盛大に100年記念式典が開催された。台湾で日本統治時代の水利施設築造100年で記念式典…蔡英文総統「台湾との友情の証し」(読売新聞 2022/07/23)【屏東(台湾南部)台湾南部・屏東県で23日、日本統治時代の土木技師・鳥居信平(静岡県出身)が手がけた水利施設「 二峰セン(にほうしゅう) 」の築造100年を記念した式典が開かれた。 蔡英文ツァイインウェン 総統らが出席し、鳥居の功績をたたえた。 鳥居は、地下に止水壁を設けて伏流水を集める水利施設を造り、1日最大25万トンの用水を確保した。干害が頻発する土地は豊かな農地に生まれ変わり、栽培されたサトウキビで製糖業が盛んになった。現在も農業、工業、生活用水に利用され、地域を支えている。 式典で蔡氏は「壮大な水利プロジェクトは、農業発展の手本になっただけでなく、台湾と日本の友情の証しでもある」と述べた。公立鳥取環境大学の学生の皆さんが、鳥居信平のように100年後、200年後も敬愛されるような日本人になれますように。高知県立大学・高知工科大学図書館蔵書1 内村鑑三神と共なる闘い : 不敬事件とカーライルの「クロムウェル伝」, 2刷 開架2 報徳は国を興し民を安んずる大業である 開架3 二宮金次郎の対話と手紙 : 中学生からお年寄りまでよくわかる, 第1, 2刷 集密書架4 『報徳記』第一巻(『報徳要典』準拠全ルビ原文(朗読・輪読用)、現代語訳、資料集) 開架5 八田與一 (はったよいち) と鳥居信平 (とりいのぶへい) : 台湾にダムをつくった日本人技師 書架6 札幌農学校教授・技師広井勇 (いさみ) と技師青山士 (あきら) : 紳士 (ジェントルマン) の工学の系譜 書架7 新渡戸稲造 (にとべいなぞう) の留学談・帰雁 (きがん) の蘆 (あし), 2刷 書架8 《クラーク精神》&札幌農学校の三人組 (宮部金吾・内村鑑三・新渡戸稲造) と広井勇 : boys be ambitiousはいかにして現実化されたのか日本の近代化・合理化の一源流「札幌農学校精神」 集密書架開架で所蔵が多い。高知工科大学図書館に「技師鳥居信平著述集」を寄贈しよう。令和5年2月吉日鳥取環境大学情報メディアセンター図書館 様「資料で読む 技師鳥居信平著述集」の寄贈について「二宮尊徳の会」は、これまで「広井勇と青山士」「八田與一と鳥居信平」など技術者シリーズのほか、報徳に関する多くの本を刊行し、全国の大学図書館・公共図書館に寄贈してまいりました。この度、「資料で読む 技師鳥居信平著述集」を刊行しましたので、謹んで貴図書館に寄贈いたします。 2022年は静岡県袋井市出身の鳥居信平が台湾の二峰圳(にほうしゅう)の地下ダムに着工し百年という記念の年でした(1921年6月15日地下堰堤建設に着手)。台湾の屏東県政府は二峰圳開通百周年を記念し、2022年7月24日「二峰圳百周年記念国際シンポジウム」を開催し一連の記念イベントを行いました。 本書は現在確認できる鳥居信平の全著述を年代順に整理して出版するものです。副題に「台湾の地下ダムの原点は徳島県技師時代にある」としました。徳島県技師時代の鳥居信平の研究と経験が台湾の二峰圳など台湾製糖株式会社における鳥居信平の活動につながっていることを本書収録の「旱魃と水源」などによって初めて明らかにしました。今回これまで不明だった徳島県技師時代の鳥居信平の事業と著作が判明した意義は大きく、台湾製糖時代の二峰圳等の事業、更に帰国後の活動を一体として考える必要があると考えます。本書は鳥居信平の出身地静岡県と徳島県技師として耕地整理事業に活躍した徳島県だけでなく、日本と台湾とをつなぐ絆の書です。ぜひ日本と台湾の大学公共図書館で蔵書として頂き、鳥居信平の環境に配慮した地下ダムと水利事業が日本中に周知され、これからの日本を担う若い世代に受け継がれることを願います。なお、貴図書館にて所蔵して頂けない場合は、本資料を他の大学図書館に寄贈いたしたく、本会メールアドレスにご連絡頂ければ、返送用のスマートレターをお送りしいたしますので、誠にお手数ですがご返送頂きますようにお願い申し上げます。本を廃棄することなく、循環して活用したいという趣旨ですので、どうぞよろしくお願いします二宮尊徳の会ちなみに山口県の周南公立大学図書館には本会の本が12冊蔵書となっている。残念なことはすべて書庫である。【山口】周南公立大 志願倍率20倍 全国の国公立大でトップに2023-02-221 砂糖王鈴木藤三郎 : 氷砂糖製造法の発明2 二宮尊徳と日本近代産業の先駆者鈴木籐三郎3 報徳は精神変革である4 内村鑑三神と共なる闘い : 不敬事件とカーライルの「クロムウェル伝」5 二宮金次郎の対話と手紙 : 中学生からお年寄りまでよくわかる, 第16 八田與一 (はったよいち) と鳥居信平 (とりいのぶへい) : 台湾にダムをつくった日本人技師7 『報徳記』第一巻(『報徳要典』準拠全ルビ原文(朗読・輪読用)、現代語訳、資料集)8 札幌農学校教授・技師広井勇 (いさみ) と技師青山士 (あきら) : 紳士 (ジェントルマン) の工学の系譜9 報徳産業革命の人 : 報徳社徒鈴木藤三郎の一生10 《クラーク精神》&札幌農学校の三人組 (宮部金吾・内村鑑三・新渡戸稲造) と広井勇 : boys be ambitiousはいかにして現実化されたのか日本の近代化・合理化の一源流「札幌農学校精神」, 2刷11 新渡戸稲造 (にとべいなぞう) の留学談・帰雁 (きがん) の蘆 (あし)12 《クラーク精神》&札幌農学校の三人組 (宮部金吾・内村鑑三・新渡戸稲造) と広井勇 : boys be ambitiousはいかにして現実化されたのか日本の近代化・合理化の一源流「札幌農学校精神」
2023.02.27
「訳注静岡県報徳社事蹟」の大学図書館蔵書が15館になった。京都大学は、大学図書館と教育学部図書館の両方に寄贈し、いずれも蔵書となった。東京大学は理由はわからないが「技師鳥居信平著述集」のときは収蔵していただけなかった。今回は蔵書となっている。史料的価値を評価していただけれうれしい。大学図書館に寄贈した5分の1くらいになろうか。多くの図書館で収蔵され、学生諸君に読みつがれていってくれればいいな。大学図書館所蔵 15件京都大学 教育学部 図書室京都大学 附属図書館図国学院大学 図書館駒澤大学 図書館静岡県立大学 附属図書館 草薙図書館静岡文化芸術大学 図書館・情報センター信州大学 附属図書館 中央図書館図聖隷クリストファー大学 図書館東京大学 総合図書館長崎大学 附属図書館日本大学 図書館 国際関係学部分館国際弘前大学 附属図書館本館福岡大学 図書館法政大学 図書館市図酪農学園大学 附属図書館図
2023.02.27
監督・堤大介×脚本・岡田麿里『ONI~神々山のおなり』アニー賞2冠の快挙2/27(月) CGアニメーション『ONI~神々山のおなり』(Netflixで独占配信中)が、米現地時間25日に発表された「第50回アニー賞」*で、テレビ/メディア部門(リミテッドシリーズ)の作品賞とプロダクションデザイン賞の2冠を獲得した。物語の舞台は、日本神話に登場する変わり者の神さまや妖怪たちが暮らす世界。主人公は自由奔放に生きるおてんば娘、おなり。古くから伝説として語り継がれる“偉大な英雄”に憧れていて、毎日せっせと稽古(けいこ)に励むおなりだが、父のなりどんはヘンテコな神様で、なぜか何も教えてくれない…。そんな中、山の神々が恐れてきた“ONI”の脅威が迫り来る。おなりは平和な山を守ることができるのか? 堤監督「この受賞は本作に関わった全てのスタッフの功績です。そして何より世界中のたくさんの方々に、日本の美しさを感じてもらいたくて制作した本作が、こうやって多くの人に認めてもらえた事を誇りに思います。この賞をきっかけに少しでも多くの日本の方々が『ONI~神々山のおなり』を観てくれたらうれしいです」*アニー賞(Annie Awards)は、1972年から始まった、国際アニメーション映画協会が主催するアニメーション作品とそのスタッフに与えられる賞。「アニメーションのアカデミー賞」といわれる 。 1972年に、アニメーション分野にも賞が必要だと考えた ジューン・フォーレイ の意見から設立された 。 賞の名前はフォーレイの夫であるホバート・ドナヴァンがアニメーションにちなみ、「アニー賞」と呼ぶことを提案した。**深い闇に覆われた心を、真実の光が照らすあたたかく愛おしく、時に切ない親子の絆のものがたり
2023.02.27

「訳注静岡県報徳社事蹟」が浜松学院大学図書館で蔵書となり、36館所蔵となった。訳注静岡県報徳社事蹟大学所蔵館沖縄国際大学 図書館お茶の水女子大学 附属図書館図鹿児島県立短期大学 附属図書館関西国際大学 メディアライブラリー三木九州大学 中央図書館京都大学 教育学部 図書室京都大学 附属図書館国学院大学 図書館国立研究開発法人 水産研究・教育機構 水産大学校駒澤大学 図書館静岡英和学院大学 図書館静岡県立大学 附属図書館 草薙図書館静岡文化芸術大学 図書館・情報センター信州大学 附属図書館 中央図書館図聖心女子大学 図書館西南学院大学 図書館図聖隷クリストファー大学 図書館大東文化大学 図書館東京大学 総合図書館東京都立大学 図書館東北大学 附属図書館本館豊橋創造大学 附属図書館長崎大学 附属図書館日本女子大学 図書館図書館日本大学 図書館 国際関係学部分館国際浜松学院大学図書館弘前大学 附属図書館本館福岡大学 図書館法政大学 図書館市図北陸学院大学 ヘッセル記念図書館北海学園大学 附属図書館図松山大学 図書館酪農学園大学 附属図書館図和歌山大学 附属図書館
2023.02.26

朝ドラ『舞いあがれ!』出演の高畑淳子、五島ことばの練習中も「涙が止まらないんです」2022/10/14(金) 連続テレビ小説『舞いあがれ!』(NHK朝ドラ)。五島列島に住む舞の祖母・祥子を演じる高畑淳子のセリフに『変わりもんば、変わりもんとして堂々と生きたらよか。周りに合わせんでよか。自分ば知っとる人間が1番強かけん』というのがある。高畑「いまの世のなかはとても生きづらいと感じる人が多いと思いますが、この作品には『もう少しうまく楽に生きられるはず、もっと違う観点があるのではないか』といった問いかけが込められていると私は思います。脚本家のおひとりの桑原亮子さんが、中途失聴による重度の聴覚障害がおありだと知り、だから言葉を紡ぐというなりわいに、ご自身のいろいろなことを詰めておられるのだなと思いました」「台本を読むたびに、胸が詰まるような気持ちになったんです。いろいろなことにぶつかりながらも生きなければならないことを体感なさっている方なんだなと思いました。人生っていろいろなことにぶつかりながらも生きていかなければならないもの。朝ドラは『今日もがんばるぞ!』と思ってもらうような役割もあるんだろうなと思いました」💛このところ「コミュ障」という言葉を聞くようになった。コミュニケーション障害(コミュニケーションしょうがい)とは、他人に自分の意志を伝えたり、相手の意志を理解することが困難となる障害のことで視覚や聴覚の障害によるもの(場面緘黙症、吃音など)、発声の障害によるもの、知的障害によるものなどがある、そういう医学的な用語としてではなく、「個人の性格によって他人とのかかわりを避ける傾向、他人に無関心な傾向を指す用法もあり、これについては俗にコミュ障という」うーん、自分の場合でもそうかなとあてはまることが多い。そのたびに五島列島に住む舞の祖母のセリフ「変わりもんば、変わりもんとして堂々と生きたらよか。周りに合わせんでよか。」を思い起こす。むしろ「コミュ障」だったこそ、自分も人とのつきあいも苦しいからこそ、「ツキを呼ぶ魔法の言葉」の「ありがとう」「感謝します」が心魂に定着できたのだと、鈴木藤三郎の「報徳の精神」や「札幌農学校精神」に20年一日のように取り組めたのだ、と思われてならない。
2023.02.26
「訳注静岡県報徳社事蹟」は現在、大学の横断検索では10図書館において蔵書となっている。京都大学 教育学部 図書室国学院大学 図書館静岡文化芸術大学 図書館・情報センター信州大学 附属図書館 中央図書館図東京大学 総合図書館長崎大学 附属図書館日本大学 図書館 国際関係学部分館国際弘前大学 附属図書館本館法政大学 図書館市図酪農学園大学 附属図書館図このほかにも都道府県横断検索では沖縄国際大学、鹿児島純心短期大学図書館、西南学院大学図書館で蔵書となっている。会津大学図書館 4大 図書館2F 開架和書架広島工業大学図書館 図2開架和図書C 開架
2023.02.26
静岡県の袋井市で全4館に「訳注静岡県報徳社事蹟」が蔵書となっている。袋井図書館 一般東壁1 /157/ヤ/2 114257538 帯出可 貸出可浅羽図書館 南側書架3 /157.2/ホ/2 211216858 帯出可 貸出可浅羽図書館 郷土資料 K/157.2/ホ/2 211216841 帯出可 貸出可月見の里 0総記・1哲学 /157/ヤ/2 114257520 帯出可 貸出可そのほかでは森町御殿場市掛川市1 掛川中央館 一般2 大須賀館 郷土沼津市富士宮市浜松市1 中央 5110934279 151/4/K2 調査支援室 郷土資料 貸出不可 在庫 ×2 南 5410273097 157.2// 郷土資料 郷土資料 在庫 ○3 東 5710353235 157.2// 郷土資料 郷土資料 在庫 ○4 南陽 5910250421 157.2// 郷土資料 郷土資料 在庫 ○5 城北 5310714554 157.2// 郷土資料 郷土資料 在庫 ○6 雄踏 6510667808 S157.2// 郷土資料 郷土資料 在庫 ○7 浜北 6210614506 S157.2// 郷土資料 郷土資料 在庫 ○8 天竜 6311081654 157.2// 郷土資料 郷土資料 在庫 ○9 春野 6910348751 157.2// 郷土資料 郷土資料 在庫 ○10 細江 6611149433 S157/ジ/ 郷土資料 郷土資料 在庫 ○11 引佐 6710701308 S157/ジ/ 郷土資料 郷土資料 在庫 ○12 三ヶ日 6810907995 S157// 郷土資料 郷土資料 在庫 ○13 北 5810422880 157.2// 郷土資料 郷土資料 納品確定 ×14 はまゆう 6110433973 157.2// 郷土資料 郷土資料 在庫 ○
2023.02.26

キーウを短期で制圧できず、プーチン氏が1年戦うはめになった理由2/25(土)小泉悠・東京大学先端科学技術研究センター専任講師・「ウクライナは弱い」というイメージがあるかもしれませんが、実はウクライナは大国です。その軍隊の規模は平時でも約19万6000人。旧ソ連の国々の中で10万人を超える規模の軍隊を持つのはロシアとウクライナだけです。人口もGDP(国内総生産)も旧ソ連で第2位。国土面積は第3位。よって、ロシア対ウクライナの戦争は大国同士の戦争なのです。・ウクライナは2014年にクリミア半島をロシアに奪われた後、軍改革を進めてきました。大きな力を発揮したのは18年に設置を決めた領土防衛軍です。平時のウクライナ軍は(1)職業軍人である将校と(2)契約軍人(志願兵)である下士官・兵士、(3)国民の義務として勤務する徴兵、そして(4)予備役*で構成されます。このうち(4)の予備役を戦力化する仕組みが領土防衛軍。ウクライナに25ある州ごとに旅団**を、州内にある地方自治体ごとに大隊を組織しています。この階層化された仕組みを動かすことで、大量の民間人を迅速に動員できました。・今のロシア軍は08年にセルジュコフ国防大臣(当時)が主導した軍改革によって骨格が作られています。この改革の前提は、第3次世界大戦は起きない、国家と国家による戦争はない、です。目的は、小規模な地域紛争に対し迅速に対処できる体制に転換することでした。・「大隊戦術グループ」を主体とする体制への転換を進めました。1個歩兵大隊を中心に、戦車1個中隊と砲兵2~3個中隊から成る組織です。それまでは、複数の大隊から成る連隊の単位で行動していました。 このセルジュコフ国防大臣が12年に失脚。それを機にロシア軍は、国家対国家の戦争が戦えるよう徐々に再転換していたのですが、戻りきらないうちに今回の侵攻が始まりました。・セルジュコフ氏は剛腕で、多くの将軍から職を奪った。それで恨みを買い、汚職を暴かれて失脚したとみられています。プーチン大統領といえども、国家間戦争にこだわる将軍たちに思考方法を改めさせることが難しかったのです。とはいえ、国家間戦争を十分に戦える状態には至りませんでした。1つには時間が限られていたこと。加えて、ロシアの経済力が大規模な軍隊の編成を許さない状況があります。ロシアのGDPは1兆5000万ドル(約200兆円)ほどで韓国と同程度です。・その予算でロシアは核兵器を保有し、空母を運用しています。よって、陸軍の大規模化に充当できる額は限られる。核兵器や空母は予算を減らすと維持が困難になります。これに対して陸軍は、平時には人員を減らすことができるので削りしろがあるからです。 ロシアの現行の陸上兵力は陸軍が約28万人、空挺(くうてい)部隊と海兵隊が合わせて約8万人で、合計約36万人にすぎません。これは陸上自衛隊の定員(定員約15万人)のおよそ2.5倍にとどまります。この少ない人数で日本の45倍超ある広い国土を守っているのです。・36万人すべてを投入しても、守るウクライナの約20万人に対して2倍にもなりません。よってロシア軍がウクライナ軍を圧倒することは難しいのです。・ロシア軍がウクライナに投入できるのは、職業軍人と契約兵の約15万人。陸上自衛隊が、日本の1.6倍の国土面積を持つウクライナに攻め込んでいるようなものです。兵士の人数が全く足りません。地政学で読み解くウクライナ侵攻地政学の始祖と呼ばれるハルフォード・マッキンダーが『地理学からみた歴史の回転軸』の中で展開した「ハートランド」によると(1)ユーラシア大陸は「世界島」。その中央部は「ハートランド」。(2)ハートランドは外界から侵入されることのない遮断された場所。背後の北極は無人地域で脅威とならない。ハートランドを流れる川の多くは北極海に流れ込むので、周囲の勢力は川を上って侵入することができない。(3)東欧の大平原だけは周囲とつながる広大な交通路。(4)大洋に通じる川がないので、不凍港を求めて南への拡張政策を取る。ハートランドが南へ、そして外洋へと向かう拡張主義を抑えるため、世界島の周辺(アウタークレセント)に位置する島国(海洋国家、シー・パワー)はハートランドを押さえ込む政策を取らざるを得ない。マッキンダーはハートランドと東欧の関係に注目しました。そして第1次大戦と第2次大戦、そして第2次大戦後にソ連が東欧を勢力圏に置いたのは、いずれも、ドイツやロシア(および、その後のソ連)などのランド・パワーが東欧を征服しようとする試みだったと位置づけたてーぜ「東欧を支配する者はハートランドを制し、ハートランドを支配する者は世界島を制し、世界島を支配する者は世界を制する。」地政学には、英国人であるマッキンダーをはじめとする欧米系に加えて、ドイツ人であるカール・ハウスホーファーを代表とする大陸系が存在します。ハウスホーファーは1920年代、世界を4つの勢力圏に分け、それぞれの勢力圏に覇権国があり、国境を越えて勢力圏内で影響力を行使できる。その覇権国が互いを尊重することで世界情勢は安定する、と論じました。4つの勢力圏とは、汎ユーラフリカ、汎ロシア、汎アジア、そして汎アメリカです。ハウスホーファーの見方に沿うと、NATOの東方拡大はロシアの“シマ(縄張り)に手を出す”行為となります。大陸系地政学の圏域を重視する思想からすれば、米国は西半球世界の圏域の盟主であり、欧州やアジアに関わること自体が拡張主義です。ましてロシアの「勢力圏」に同盟国を持つなどという行動は、許されない。「ロシアの国力がかつてのソ連に及ばない以上、ロシアの勢力圏が縮小するのは致し方ないとしても、旧ソ連圏であるウクライナにまで手を出すのはやりすぎだろう」というわけでロシアが反発した。さらに言えば、ロシアにとって旧ソ連構成国は、親ロシアにはならなくても、緩衝地帯であるべきだ、というのが不文律です。・現在は、汎ユーラフリカのNATOと汎アメリカVS汎ロシアの勢力圏争いで・NATOはバルト海3国、ポーランド、ハンガリー、ブルガリア、トルコを加入させることで、ロシアのヨーロッパへの侵入を防いだ。これにフィンランド・ノルワエーがな入すればヨーロッパ北方からの侵入も防げ、ウクライナが加入すれば、黒海をほぼ抑えられ、ロシアを封じ込められる。、汎アジアは中国が中立どちらかといえば親ロシア、日本が親米。 日本はアメリカと同盟し、台湾とオーストラリアと連帯することで太平洋を自由に行き来ができる。WINWINの関係。 台湾が中国勢力下にはいると、太平洋が分断される。 逆に中国は太平洋中央部を支配下において、アメリカ・日本・オーストラリアの太平洋支配を崩すため、南洋諸島と友好関係を結び、軍事拠点を置こうとする。 ・プーチンがなくなることによってウクライナ戦争はおそらくは継続できなくなる。スターリンが倒れたのは1953年3月1日、1968年8月20日のソビエト連邦軍主導のワルシャワ条約機構(WTO)軍(ブルガリア、ハンガリー、東ドイツ、ポーランド)によるチェコスロバキアへの軍事介入ワルシャワ条約機構(WTO)軍のブルガリア、ハンガリー、東ドイツ、ポーランドは現在オセロのようにNATOに加入している。1989 年12月東西ドイツ再統一。1988年 - 1991年にかけてソビエト社会主義共和国連邦が崩壊。1991年にロシア・ソビエト連邦社会主義共和国が主権宣言を行うと、ウクライナ・ソビエト社会主義共和国は8月24日、国家の独立を宣言した。すべて歴史の一連の流れである。ロシアはウクライナに完勝できず、「東欧を支配する者はハートランドを制する」というテーゼが貫徹する過程なのかもしれない。いずれハートランドはNATOと中国の勢力圏争いの場となる。ロシアがすべてNATOに加われば、中国は孤立するからである。それを恐れて中国はロシアが崩壊しない程度に介入するということかな、地政学的にいうと(><)。
2023.02.26
甲信越・北陸・東海の国立大学新潟大学(新潟県新潟市西区 国立大学法人新潟大学)長岡技術科学大学(新潟県長岡市 国立大学法人長岡技術科学大学)上越教育大学(新潟県上越市 国立大学法人上越教育大学)富山大学(富山県富山市 国立大学法人富山大学)金沢大学(石川県金沢市 国立大学法人金沢大学)北陸先端科学技術大学院大学(石川県能美市 国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学)福井大学(福井県福井市 国立大学法人福井大学)山梨大学(山梨県甲府市 国立大学法人山梨大学)信州大学(長野県松本市 国立大学法人信州大学)岐阜大学(岐阜県岐阜市 国立大学法人東海国立大学機構)静岡大学(静岡県静岡市駿河区 国立大学法人静岡大学)浜松医科大学(静岡県浜松市東区 国立大学法人浜松医科大学)名古屋大学(愛知県名古屋市千種区 指定国立大学法人 国立大学法人東海国立大学機構)愛知教育大学(愛知県刈谷市 国立大学法人愛知教育大学)名古屋工業大学(愛知県名古屋市昭和区 国立大学法人名古屋工業大学)豊橋技術科学大学(愛知県豊橋市 国立大学法人豊橋技術科学大学)三重大学(三重県津市 国立大学法人三重大学)豊橋技術科学大学図書館と山梨大学図書館には、いまだ本会の本が所蔵されていない。豊橋技術科学大学図書館に「技師鳥居信平著述集」を寄贈しよう。山梨大学図書館に「札幌農学校の三人組と広井勇」と「遠州報徳の師父と鈴木藤三郎」を寄贈してみよう。 令和5年2月吉日 山梨大学附属図書館 様 「ボーイズ・ビー・アンビシャス第1集」及び「遠州報徳の師父と鈴木藤三郎」の寄贈について「二宮尊徳の会」は、これまで「ボーイズ・ビー・アンビシャス」シリーズや「報徳記を読む」シリーズなど数多くの資料集を出版し、多くの大学図書館・公共図書館で蔵書となっております。「ボーイズ・ビー・アンビシャス」シリーズは、札幌農学校2期生である宮部金吾・内村鑑三・新渡戸稲造・広井勇の4人の若者の交流と成長を、彼らの手紙等の資料により物語るもので、彼らがいかにしてボーイズ・ビー・アンビシャスを現実化できたのか、また日本の近代化・合理化の一源流である札幌農学校精神を明らかにするものです。第1集「《クラーク精神》&札幌農学校の三人組と広井勇」は、札幌農学校時代の宮部金吾、内村鑑三、新渡戸稲造、広井勇に関する手紙や手記を収録したものです。「遠州報徳の師父と鈴木藤三郎」は、砂糖王と呼ばれた鈴木藤三郎がいかにして遠州報徳の風土から出現したのかを解明するために作成した資料集です。勤労・分度・推譲という禁欲的労働倫理を持った「報徳運動」が静岡県・愛知県に大量現象(明治末静岡県だけで440を超える報徳社があった)として起こり、そうした風土から豊田佐吉や鈴木藤三郎など日本近代資本主義のリーダーたちが生まれました。本書は遠州における報徳の指導者たちの資料集です。貴図書館において蔵書としていただき、広く学生の皆様の閲覧に供していただければと存じます。貴館のますますの発展を祈念します。なお、貴図書館にて所蔵して頂けない場合は、本資料を他の大学図書館に寄贈いたしたく、本会メールアドレスにご連絡頂ければ、返送用のスマートレターをお送りしいたしますので、誠にお手数ですがご返送頂きますようにお願い申し上げます。本を廃棄することなく、循環して活用したいという趣旨ですので、どうぞよろしくお願いします。 二宮尊徳の会
2023.02.26
福島県で相馬市についで会津若松市が「訳注静岡県報徳社事蹟」を蔵書としていただいた。一般室公開なのがうれしい。相馬市1件 訳注 静岡県報徳社事蹟会津若松市1件 訳注静岡県報徳社事蹟 本館 一般室公開
2023.02.26
身体に負担の少ない「心臓病手術革新」 ニューハート・ワタナベ国際病院・渡邊剛総長に聞く2/25(土) 「2018年4月に保険適用になったロボット支援下手術『ダヴィンチ』の僧帽弁形成術では、3つのキーホール切開(鍵穴程度の小さな切開)で、早ければ術後3日で退院が可能です」「傷が小さく出血が少ない心臓の手術で、心肺停止時間を3分の1~4分の1程度に短縮できれば、当然患者さんへの身体的な負担は軽減できます。手術は選ぶことが重要なのです」「心筋梗塞の治療も、小切開のオフポンプ手術(人工心肺という医療機器を使用しない技術)であれば、患者さんの回復も早い。循環器内科の治療と組み合わせれば、さらに低侵襲になります」「心臓手術は時間との勝負です。循環器内科の医師とも連携することで、より良い治療ができると思っています。心臓の病気はスピーディーに治し、他の病気に備えることも、75歳の壁を乗り越えるためには必要でしょう」「そもそも心筋梗塞や心臓弁膜症を防ぐには、動脈硬化予防の心掛けが重要です。生活習慣病を放置しないようにしましょう。そして、心臓病になってしまったら、病気によっては、身体に負担の少ない治療法が開発されていることを、ぜひ知っていただきたいと思います」
2023.02.25
日本人胸像寄贈の許文龍氏に記念品 袋井、前橋、金沢3市共同2023年2月15日 台湾の実業家で、台湾の近代化に貢献した日本人の胸像を数多く作ってきた許文龍(きょぶんりゅう)氏(94)に感謝の気持ちを伝えようと、袋井市は前橋、金沢両市と共同で記念品のガラス製トロフィーを贈ることにした。三市を代表して前橋市が九日、許氏のもとに発送した。 (牧田幸夫) 許氏は一代で樹脂メーカーを世界一の会社に成長させ、奇美(チーメイ)財閥を築いた立志伝中の人物。東日本大震災時に義援金一億円を寄付するなど親日家として知られる。これまでに日本人十人以上の胸像を自ら制作し、台湾のゆかりの地や日本の故郷などに設置してきた。 袋井市出身者では、日本統治時代に台湾南部の屏東県に地下ダムを造った水利技師の鳥居信平(一八八三〜一九四六年)が胸像になった。許氏は二〇〇八年に、荒れ地を緑の農地に変えた鳥居の功績を知ると、胸像の制作を申し出た。三基作り、そのうちの一基は同市に寄贈し月見の里学遊館に設置された。 贈られたトロフィーには「全国各地に設置された胸像は、台湾との友好の絆を表すシンボルとなっている」と許氏への感謝をつづり、鳥居ら各市出身者三人の肖像も刻まれた。
2023.02.25

NHK「映像の世紀」で「ロックが壊した冷戦の壁」を再放送していた。クレジットにはこうある。「ヴェルヴェットの奇跡 革命家とロックシンガー」「ソ連に軍事侵攻をされながらも20年間、抵抗を続けた国・チェコスロバキア。人々は長く暗い冬の時代を耐え、1989年「ビロード革命・ヴェルベット・レボルーション」を果たす。その陰には、革命と同じ名を持つアメリカのロックバンドの存在があった。「ヴェルヴェットアンダーグラウンド」である。すべての始まりは、ハヴェルがそのバンドのレコードを手に入れたことだった。音楽が、時空を越えて世界を変えた奇跡の物語である。」「東西冷戦の象徴「ベルリンの壁」を崩壊に導いた、3人のロックシンガーの物語を拡大版で特集。東ドイツで監視社会への怒りを歌った女性歌手ニナ・ハーゲン。ドラッグや同性愛を赤裸々に歌い、チェコスロバキアで大ブームとなった、ルー・リード率いるベルベットアンダーグラウンド。そして西ベルリンから壁の反対側に向けてコンサートを行ったデビッド・ボウイ。自由を叫ぶ3人の音楽は、冷戦の壁を越えて人々の心を揺さぶった。」ルー・リード「ヴェルヴェットと私自身のアルバムは表現の自由ーー好きなことについて好きなように書く自由についてのものだった。そして、その音楽はここチェコスロバキアに安住の地を見いだした。」ハベルは後にチョコスロバキアの大統領となり、ホワイトハウスをおとずれたときにルー・リードを招き、ルーはI'm waiting for my manをうたった。アンゲラ・メルケル独首相の退任式が、ドイツ国防省で行われた。首相や大統領などが退任する際、本人が選んだ曲を軍の音楽隊が演奏するのが慣例。旧東ドイツで育ち、牧師の娘でもあるメルケル氏は、18世紀のキリスト教の聖歌のほか、戦後ドイツの人気女優・歌手ヒルデガルト・クネフの「私には赤いバラが雨のように」、さらには、東ドイツ出身の人気パンクロック歌手ニナ・ハーゲンが東独時代にヒットさせたポップスの曲を選んだ。ニナ・ハーゲンの曲は1974年の「カラーフィルムを忘れたのね」。恋人がカメラにカラーフィルムを入れるのを忘れたため、旅行の記念写真が白黒になってしまったと怒る若い女性の、アップテンポの曲は、当時の東ドイツの物不足の状況を描いたとされる。多くの東独出身者には、「この国がどれほど美しかったか誰も信じてくれない」という歌詞が、特に印象に深く残っているという。式典前の記者会見でこの曲を選んだ理由を質問されたメルケル氏は、「この曲は青春時代のハイライトだった」と答えた。さらに、「自分の選挙区だった地域が曲の舞台になっている」ため、「すべてがぴったりはまる」のだと説明した。i,m Waiting for a manI'm waiting for my man26 dollars in my handUp to Lexington, 125Feel sick and dirty, more dead than aliveI'm waiting for my manHey, white boy, what you doin' uptown?Hey, white boy, you chasin' our women around?Oh pardon me sir, it's the furthest from my mindI'm just lookin' for a dear, dear friend of mineI'm waiting for my manHere he comes, he's all dressed in blackPR shoes and a big straw hatHe's never early, he's always lateFirst thing you learn is that you always gotta waitI'm waiting for my manOh, work it nowUp to a brownstone, up three flights of stairsEverybody bodies pinned you, but nobody caresHe's got the works, gives you sweet tasteAh, then you gotta split because you got no time to wasteI'm waiting for my manBaby, don't you holler, darlin', don't you bawl and shoutI'm feeling good, you know I'm gonna work it on outI'm feeling good, I'm feeling, oh, so fineUntil tomorrow, but that's just some other timeI'm waiting for my manWalk it homeOh, it's alright私は男を待っている26ドルを手にレキシントンまで125キロ気分が悪くなりそうだ 生きているというより死んでいるようだ男を待ってるおい、ホワイトボーイ、アップタウンで何してるんだ?ヘイ、ホワイトボーイ、俺たちの女を追いかけ回してるのか?失礼しました、そんなことはどうでもいいんです親愛なる友人を探してるんです私は私の男を待っていますHere he comes, he's all dress in blackPRシューズに大きな麦わら帽子He's never early, he's always late.♪ First thing you learn is that you always gotta wait ♪私は男を待っているさあ 仕事だブラウンストーンへ 三段の階段を上る誰もが君を殺そうとするが 誰も気にかけない東ドイツで物理学の研究しているメルケルは、夕方帰り、ベルリンの壁の崩壊の現場に立ち会った。その日、彼女は初めて西ドイツのビールを飲んだ。十数年度首相を退任するときの軍楽隊の演奏にニナの曲を希望した。「カラーフィルムを忘れたのね」ヒッデンセーの浜辺には海クロウメモドキがそびえ立っていたミシャ、ミシャ、何もかもが痛くてたまらない。ウサギが巣穴から恥ずかしそうに顔を出すくらいに私の悲しみは青空に大音量で降り注いだ私の裸足で砂を踏みつけ君の手を僕の肩から離したミシャ 私のミシャ 全てが痛かったミシャ、もう一度やってくれたら、私は行くからカラーフィルムを忘れていますよ、私のミシャ今、誰もここがどんなに美しかったか信じないだろう ハハハ、ハハハあなたは私の魂の中のカラーフィルムを忘れたの青や白や緑や後のことはもう真実じゃない💛数百年の物差しで測る時、ベルリンの壁、チェコスロバキアのビロード革命、ウクライナ戦争はすべて繋がっていることを感じさせる。そのとき、歌が先駆けて、人間の魂の自由をうたう。絶望的にみえる状況も人間の一生をこえた長い物差しでみれば、ということを「映像の世紀」は感得させてくれる。
2023.02.25
○○大学図書館から戻ってきた「訳注静岡県報徳社事蹟」を大磯町図書館に寄贈しよう。これまで大磯町に寄贈した本は、一般図書のコーナーか、郷土図書となっている。「報徳記」の中で、大磯町の川崎屋の孫右衛門の占める割合は大きく、また教訓に満ちている。大磯町図書館 蔵書状況1 新渡戸稲造の留学談・帰雁の蘆 一般2 二宮先生語録 齋藤髙行著 一般3 報徳記を読む 二宮尊徳の報徳の教えが世界に広まり真正の文明の実を見ることを 第4集 禁帯出 郷土資料4 報徳記を読む 報徳は国を興し民を安んずる大業である 第3集禁帯出 郷土資料5 報徳記を読む 第2集 禁帯出 郷土資料6 報徳記を読む 第1集禁帯出 郷土資料 令和5年2月吉日大磯町図書館 様 「訳注 静岡県報徳社事蹟―報徳の師父第二集―」の寄贈について 「訳注 静岡県報徳社事蹟―報徳の師父第2集―」を出版しましたので、謹んで寄贈します。 本書の出版にあたって、大日本報徳社社長の鷲山恭彦社長(元東京学芸大学学長)が序文を寄せて頂きました。その傍題には「蘇る報徳実践家の生き生きとした軌跡」とあります。また「当時の報徳の事績と実践家群像が、眼の前に、生き生きと蘇えってくる」、「本書によって、その発展に心血を注いだ報徳実践家たちの奮闘の軌跡が明らかになった。わたしたちはこの歴史を大切に顕彰し、反芻して、そこから大きな励ましを受け取って、これからの生き方の羅針盤にしていきたいと思う」と記して頂きました。 本書は、明治39年4月に静岡県が発行した「静岡県報徳社事蹟」を現代文にするとともに、コラム欄で、報徳運動の指導者(報徳の師父)に焦点をあてて、彼らの報徳実践家としてのエピソードを紹介しています。当時、静岡県においては440を超える報徳社、2万人近い報徳社社員が活動していました。「大量現象」(マックス・ウェーバー)として報徳実践家が活躍していたのです。 ウェーバーは「プロテスタンティズムの精神と資本主義の精神」において、「今日の資本主義は企業家と労働者を教育し作り出している。歴史的現象としては、資本主義の特性に適合した生活態度や職業観念が選び出されるためには、そうした生活態度や職業観念が人間の集団によって成立していなければならない。」としています。静岡県の報徳運動は、近代日本における資本主義の成立に必要な企業家や労働者を大量現象として生み出したといえます。日本における近代資本主義の成立と発展を考えるうえでも、静岡県の報徳運動の理解が必要であると考えます。また報徳実践家の奮闘の軌跡は、将来の日本を担う若い人々に向かって発信する価値のあるものと信じます。 もし貴館において蔵書としていただけない場合は、他の公共図書館に寄贈したく、誠にお手数をおかけして恐縮ですが、次のメールアドレスにご連絡いただければ、スマートレターをお送りしますのでご連絡ください。大切な本を廃棄することなく、循環して活用したいと存じますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。二宮尊徳の会・鈴木藤三郎顕彰会
2023.02.25
意外と知らない「心不全」 5年生存率は“50%”前後…発症前の予防と再発防止がカギ【石川発】2/24(金) ・心不全患者とがん患者の生存率を比べた海外のデータになります。心不全患者の5年生存率は50%前後とされています。・心不全患者は現在は120万人と言われています。2030年には130万人になると推測されています。心不全が発症した時に適切な治療が行われなかった場合、最も重症な人では1年で50~60%の人が亡くなるそうだ。そして比較的軽症な人でも5年で40~50%が亡くなるとされている。・心不全の危険因子は、高血圧や糖尿病、肥満、動脈硬化など生活習慣病です。心不全の予防方法も生活習慣病と同じく、禁煙・節酒・適切な運動が必要とのこと。さらに食事では、塩分制限、そして入浴の際はヒートショックを避けるなど心臓に優しい入浴を心掛けると良い50代から増える心臓の病気から身を守る!突然死の危険から身を守る【専門医監修】2/24(金)帝京大学医学部循環器内科教授上妻謙さん(こうづま・けん)さん・突然死の約6割が、心臓の病気が原因と報告されています。突然死の原因になる病気の代表が、「心筋梗塞」などの虚血性心疾患です。心筋梗塞やその前段階の狭心症は、加齢とともに患者数が増加。女性の場合は閉経以降から増え始め、70代、80代で発症のピークを迎えます。「突然死の原因となる心臓の病気で多いのは、心筋梗塞や致死性不整脈、大動脈解離、心筋症、肺血栓塞栓症など。このうち最も多いのが、約半数を占める心筋梗塞です。発症すると約3割の方が突然死に至ります」心筋梗塞は、心臓の筋肉(心筋)に酸素や栄養を届ける冠動脈が急に詰まって血流が途絶え、心筋の一部が壊死(えし)する病気です。突然、焼けつくような激しい胸痛に襲われ、それが15分以上続きます。心筋の壊死が進むと心臓の働きが極端に低下し、命に関わる危険な不整脈も出現。突然死を招きかねないので、一刻も早く救急車を呼ぶ必要があります。また、この心筋梗塞の前段階といえるのが狭心症です。一番多いのは運動時に発作が起こる「労作性狭心症」。階段を上ったり、走ったりするときに胸が苦しくなりますが、じっとしていれば10分以内に症状は治まります。「原因は動脈硬化。冠動脈の内側にコレステロールがたまって血管の内腔が狭くなり、心筋への血流が低下します。女性は更年期以降、動脈硬化が急激に進み、70~80代になってから狭心症や心筋梗塞を発症する人が増えます」一方、睡眠中や明け方、午前中の安静時に胸痛発作が起こる「冠れん縮性狭心症」も要注意です。「冠動脈が一時的にけいれんするのが原因で、こちらも更年期以降に起こりやすい。女性ホルモンの低下によって血管内皮の細胞の働きが低下するためと考えられています。喫煙や多量の飲酒、ストレスの多い人は特に注意が必要です」■こんな症状が出たら心筋梗塞の可能性大!・焼けつくような激しい胸の痛み・息苦しさや胸の圧迫感・冷や汗や吐き気これらは心筋梗塞の典型的な症状です。これらの症状が出たら心筋梗塞の可能性大! また発作の持続時間も狭心症より長く、15分以上続きます。💛あるある感、某病院の心エコーで「突然死するタイプに多い」なんて言われたし、まあ、病院で長いこと苦しむよりいいかもと考えたり・・・
2023.02.25
💛ブログをみていたら。「自分はコミュ障だ」と、人と会話するとき、いつも初めての人と会うみたいに緊張するというような書き込みを見て、そうなんだ私もかもしれないとも思われた。コミュ障の人の特徴とは・「コミュ障」は、はじめインターネット掲示板やSNSなどで使われていた言葉です。人と話そうとすると緊張して上手くいかなかったり、相手の意見を聞くことができず一方的に話してしまったりする人がいます。こうしたタイプの人たちをまとめて、俗に「コミュ障」と呼んでいるのです。・「コミュ障」には、2つのタイプがあります。ひとつは、自己主張が苦手で自分から話すことができないタイプ。コミュニケーションが必要な場面で、極度に緊張してしまうという感じです。 もうひとつは自己主張が強いタイプ。自分が話したいことを一方的に話すことはできるのですが、相手の話を聞くことができないと感じられる場合です。「コミュ障」で悩むことが多いのは、自己主張が苦手で緊張しやすいタイプの人だと思われます。・コミュ障の人の場合、会話が苦手ということで、人と会うのを避ける傾向があるようです。人と話すことに自信がなく、他人と接することが怖いと感じることもあります。その反面、直接の会話は苦手でも、メールや文章を通してならコミュニケーション可能という人もいます。 また会社や学校など人が集まる場所では、会話の輪に入れないというのも、コミュ障の特徴。💛「人と会うのを避ける傾向がある」「会話の輪に入れない」も、あるある感(^^)コロナの時代は、コミュ障の人には、ある意味、無理に人と会う必要や人に合せる必要がなく、逆に生きやすい時代なのかもしれない・・・コミュ障とはネットスラングのひとつ。医学的な意味での『コミュニケーション障害』とは別物・
2023.02.25
大阪教育大に「技師鳥居信平著述集」を滋賀大に「八田與一と鳥居信平」を寄贈する。鈴木藤三郎の「報徳の精神」とは私達はかつての人々が良きものを遺したお陰で今ここに生かされている。私達も又次の世代に何か良いものを遺すということだ。本会は「技術者シリーズ」で人類の為に尽した偉大な技術者の著述集を遺す^_^近畿の国立大学一覧滋賀大学(滋賀県彦根市 国立大学法人滋賀大学)滋賀医科大学(滋賀県大津市 国立大学法人滋賀医科大学)京都大学(京都府京都市左京区 指定国立大学法人 国立大学法人京都大学)京都教育大学(京都府京都市伏見区 国立大学法人京都教育大学)京都工芸繊維大学(京都府京都市左京区 国立大学法人京都工芸繊維大学)大阪大学(大阪府吹田市 指定国立大学法人 国立大学法人大阪大学)大阪教育大学(大阪府柏原市 国立大学法人大阪教育大学)兵庫教育大学(兵庫県加東市 国立大学法人兵庫教育大学)神戸大学(兵庫県神戸市灘区 国立大学法人神戸大学)奈良教育大学(奈良県奈良市 国立大学法人奈良国立大学機構)奈良女子大学(奈良県奈良市 国立大学法人奈良国立大学機構)奈良先端科学技術大学院大学(奈良県生駒市 国立大学法人奈良先端科学技術大学院大学)和歌山大学(和歌山県和歌山市 国立大学法人和歌山大学)京都大学図書館はほぼすべての出版物を蔵書としていただいている。「二宮尊徳の会」に良い資料集を発行する団体という評価があるようである(^^)昨年12月の最も新しい「訳注静岡県報徳社事蹟」もすでに蔵書となっている。0001 教育 地下開架 157||J 56||(2) 200042925083 0002 附図 B1 書庫 HA||99||ヤ1 200044180475 整理中滋賀大学報徳産業革命の人 : 報徳社徒鈴木藤三郎の一生 本館書庫大型2(彦根) 289.1||J 48 一般貸出・彦根高等商業学校と滋賀師範学校とを母体に新制大学として1949年に発足彦根・大津の二つの地を拠点に、特色を保持しつつ少数精鋭化を行ってきた。経済学部(本部・彦根)と教育学部(大津)の2学部体制をとっていた。2017年、日本で初めて統計学を教育・研究の核とする「データサイエンス学部」を本部がある彦根に設置した。滋賀大学大津キャンパス教育学部分館に「八田與一と鳥居信平―台湾にダムをつくった日本人技師―」を寄贈してみよう。神戸大学1 鈴木藤三郎 : 日本近代製糖業の父・台湾製糖株式会社初代社長2 二宮金次郎の対話と手紙 : 中学生からお年寄りまでよくわかる3 米国留学中の内村鑑三の日記と手紙 : 内村鑑三から新島襄、広井勇あて書簡 : 宮部金吾・新渡戸稲造往復書簡抜粋4 ボーイズ・ビー・アンビシャス : 《クラーク精神》&札幌農学校の三人組 (宮部金吾・内村鑑三・新渡戸稲造) と広井勇 : boys be ambitiousはいかにして現実化されたのか日本の近代化・合理化の一源流「札幌農学校精神」5 《クラーク精神》&札幌農学校の三人組 (宮部金吾・内村鑑三・新渡戸稲造) と広井勇 : boys be ambitiousはいかにして現実化されたのか日本の近代化・合理化の一源流「札幌農学校精神」6 八田與一 (はったよいち) と鳥居信平 (とりいのぶへい) : 台湾にダムをつくった日本人技師7 砂糖王鈴木藤三郎 : 氷砂糖製造法の発明8 報徳産業革命の人 : 報徳社徒鈴木藤三郎の一生 9 内村鑑三神と共なる闘い : 不敬事件とカーライルの「クロムウェル伝」10 新渡戸稲造 (にとべいなぞう) の留学談・帰雁 (きがん) の蘆 (あし) / 新渡戸稲造11 札幌農学校教授・技師広井勇 (いさみ) と技師青山士 (あきら) : 紳士 (ジェントルマン) の工学の系譜12 技師鳥居信平 (とりいのぶへい)著述集 : 資料で読む : 台湾の地下ダムの原点は徳島県技師時代にある・すべて地下書庫なのが残念。大阪教育大学図書館も本会出版物を多く所蔵いただいているが、「技師鳥居信平著述集」は寄贈していない。令和5年2月吉日 滋賀大学付属図書館 様 「八田與一と鳥居信平―台湾にダムをつくった日本人技師―」増補版の寄贈について 「二宮尊徳の会」では、 「八田與一と鳥居信平―台湾にダムをつくった日本人技師―」増補版を刊行しましたので、謹んで貴図書館に寄贈いたします。 本集は台湾に利水ダムを建造した、八田與一と鳥居信平の寄稿文などを収集した資料集です。日本人技術者が自ら著述し、寄稿した資料等を収録した本として、ボーイズ・ビー・アンビシャス第四集『札幌農学校教授・廣井勇と技師青山士』に引き続くものです。 八田與一は、石川県金沢市の出身で東京大学工学部において広井勇博士に師事し、台湾総督府の技師として活躍し、台南に広大な農地(嘉南大圳(かなんたいしゅう))を出現させた八田ダム(烏山頭ダム)を築造し、現在でも台湾の人々に感謝されています。 また、鳥居信平は静岡県袋井市出身で、徳島県技師として活躍した後、台湾製糖株式会社に水利技師として入社し、台湾南部の二峰圳(にほうしゅう)に地下ダムを設置し、荒蕪地を開拓しました。鳥居の環境にやさしい地下ダムは現在でも地元で感謝されています。2022年には水利施設「二峰圳」築造100年を記念した式典が開かれ、蔡英文総統らが出席し、蔡総統は「壮大な水利プロジェクトは、農業発展の手本になっただけでなく、台湾と日本の友情の証しでもある」と鳥居信平の功績をたたえました。 本書は、八田與一を広井勇博士の「紳士の工学」「人類のための工学」(札幌農学校精神)の系譜の中でとらえ、また鳥居信平を台湾製糖株式会社初代社長・鈴木藤三郎の「報徳の精神」を引き継ぐものとして、その人と業績を紹介いたしました。 貴図書館において蔵書としていただき、広く学生の皆様の閲覧に供していただければと存じます。 貴図書館のますますの発展を祈念します。 なお、貴館にて所蔵して頂けない場合は、本資料を他の公共図書館に寄贈いたしたく、本会メールアドレス(既刊の本の裏面に記載)にご連絡いただければ、返送用のスマートレターをお送りしいたしますので、誠にお手数ですがご返送いただきますようにお願い申し上げます。本を廃棄することなく、循環して活用したいという趣旨ですのでどうぞよろしくご協力くださるようにお願いします。 二宮尊徳の会
2023.02.24
平野レミ NHK生料理番組で大暴れ!北川景子が助手 ネット大爆笑、トレンド1位「相変わらずサイコー」2/23(木)・レミ「景子ちゃんおはよう、DAIGOちゃんと良い夫婦よねえ。顔はちっちゃいし…と話してたのよ」・北川景子「黒の包丁使ってますよ」レミ「黒の包丁って言ってくれた!」北川「レミパンも使わせていただいてます」司会のNHKの原大策アナウンサー「特定の商品名はお控えいただけるとありがたいです。NHKなんで」しょっぱなから放送事故なみのドタバタが続き、できあがりは見事💛相変わらず元気な レミさん 見れてよかった・「レミさん、相変わらず素材をそのまま使うね」「ちがうわよ、ブロッコリは 幹 だけで 実はブロッコリとポテトをつぶしたものよ」「すごい!」再生ブロッコリーの作り方料理研究家・土井善晴氏が「平野レミのエッセイ『エプロン手帖』」に対してこう評している。「恐るべし平野レミ。真っ直ぐ素直にたがを外してものを観る。世間に媚びず昂ぶらず超純粋な情動は、すでに不敵なアイデアなのである」これはそのまま平野レミさん自身の評である。「風強ければ. 神様は. 靴の踵(かかと)に住み給う.」平野レミさんの父は平山威馬雄(ひらの いまお)氏。威馬雄の父は、ヘンリイ・パイク・ブイ(Henry Pike Bowie)というアメリカ人、威馬雄は子供の頃、父ヘンリーから「カリフォルニア州生まれで、祖先はスコットランド貴族の家系であり、一族にはナポレオンの最初の皇后ジョゼフィーヌがいた」と聞いた。1705年にスコットランドからアメリカのメリーランドに入植し地主となったジョン・ブイ・シニアの6代目の子孫で外科医のオーグスタス・ジェス・ブイと、バルチモア出身のヘレン・マーサ・パイクとの息子としてアナポリスで生まれ、父が軍医として働いていたサンフランシスコに1852年に転居した。サンフランシスコの新進弁護士として働き、1879年に15歳年上のアグネス・ポエト・ホワードと結婚。アグネスはチリの良家出身でアメリカ人と2度結婚したが2度とも夫に先立たれて莫大な遺産を相続した裕福な女性で、ヘンリーとは3度目の結婚だった。結婚後弁護士をやめ、「パリ音楽院で作曲とヴァイオリンを修め、マッサールの弟子としてパガニーニの変奏曲などを学び、サン=サーンス、パデレフスキ、マスネ、ドーデなどと交遊すると共に、早くからゴンクール兄弟と浮世絵を共同研究し、俳句、連歌、能、茶事、書画に熱中した」という。1893年にアグネス死後、初来日。1899年に、明治天皇に仕えていた平野駒と東京で結婚し、1900年に長男の平野威馬雄が生まれた。母は平野駒。琴の教授だったが、近所ではラシャメンという蔑称で呼ばれ、差別に苦しんだ。威馬雄は父から『家なき子』の登場人物に因み、レミと呼ばれて育つ。父親は日米を行き来していたが、威馬雄が7歳のときに来日して2年間ともに暮らし、再びアメリカに帰国[。その間に弟・武雄が生まれる。幼時よりアイノコとして差別を受け、その憤りから日ノ出町通りの町道場「養義館」に通って柔道を習い、幼年組の一方の主将となる。横浜市立老松小学校に通学していたが、ハーフとして肩身の狭い思いをせぬようにとの両親の配慮により、同じハーフが多く通学していたカトリック系ミッションスクールの暁星小学校に3年生から編入学、寄宿生となる。ここでも学校のやり方に馴染めず、教師たちの陰険さや保護者の俗悪ぶりをのちに激しく批判している。日本の美術品を収集。以後、来日すること数回、常に和服を着用した。平山威馬雄氏の「レミは生きている」を読むと幼いころからアイノコとして差別を受けたことに心が痛む。レミさんはそうした父親の愛情を受けて育った。レミさんが結婚したとき、威馬雄氏は自筆の額縁を愛する娘に贈った。「風強ければ. 神様は. 靴の踵(かかと)に住み給う.」
2023.02.24

「東アナトリア断層は長い間地震がなかったため、それだけ多くの応力が蓄積していた」中国国家地震局「ユーラシア地域の年間地震放出エネルギー比率が50%を超えて、M8以上の地震を伴う場合、今後3年内に中国でM7~8の強震が数回発生する可能性がある」タジキスタンと中国 新疆ウイグル自治区の国境付近 M6.8の地震2023年2月23日
2023.02.24
『二宮先生語録』【301】~【305】【301】《訳》私の法は分度を制するもので、国家の盛衰・貧富の中をとる。何を中というか。いわく、人の力を用いないで、自ずから止るところがある。糸で玉をつるして、左に引けば右に去り、右に引けば左に去る。暫く動揺しても、遂に止まるところがある。これが自然の中じゃ。衣食や寝ることもそうで、寒くて着物がほしくても十数枚の着物を着る事はできない。腹がへって食を欲しても、数升の米を一度に食べることはできない。寝ても、昼夜を通して寝ることはできない。寝て起きるのもまたそうじゃ。なぜなら、自ずと体に適する中というものが有るからじゃ。かつ年に寒暑が有り、日に長短が有っても春秋二分し、昼夜等分し。寒暑均平するのが、最も人身に適する。これまた自然の中で、国家の盛衰もまた同じじゃ。盛時はひどい暑さのようで、衰時は厳しい寒さのようで、ともに人身に適さない。だから盛衰・貧富を平均し、自然の中をとって、分度を制する。じゃによって万世の法とするに足るのじゃ。【302】《訳》大事を成就しようと欲する者は、よろしく先ず小事を努めるべきじゃ。大事を成就しようと欲して、小事を怠り、その成就しがたいことを憂えて、成就しやすいことを努めないものが小人の常じゃ。小を積むならば大となる。万石の米は、一粒を積んだもので、万町の田は、一鋤を積んだものじゃ。万里の道は、一歩の積んだもの、高い山は、一つずつモッコを積んだものじゃ。だから小事を努めて怠らないならば、大事は必ず成就する。小事を努めないで怠る者が、どうして大事を成就できよう。【303】《訳》世の中でいう増益というのは、たとえば器の水のようなものじゃ。器が傾いて増減が生ずる。左に増せば右が減ずる。またなお田畑のようなものじゃ。買って増す者が有れば、売って減ずる者が有る。器の水や村の田、何の増減が有ろうか。私の道はこれと異って、鋤と鍬で道具として、無尽蔵を開いて、太陽がたくわえた穀物を取り出し、天の民を養うのじゃ。その増益は窮まりが無い。なんという偉大なことではないか。【304】《訳》周子(宋の周悖頤(そんい))のいわゆる大極無極とは、何か。思慮が及ぶ所を大極という。思慮が及ばない所を無極という。画家に遠海に波が無く、遠山に木が無い技法が有る。これは波無く木無いのではない。つまり目の力が及ばない。無極もまた同じことじゃ。1 北宋の周敦頤が『太極図説』によって『老子道徳経』二八章の無極を取り入れ陰陽五行によって解釈した無極太極陰陽五行乾坤男女万物といった構図を図として提示した。【305】《訳》仏にいわゆる因果とは、何か。種を播けば、実を結ぶ。これじゃ。それ善い因に善い果が有る。悪い因に悪い果が有る。人は皆これを知っている。しかし目の前にあらわれないで、数十年後にあらわれる。だから人はこれを畏れないのじゃ。ましてや前世の因縁においてはなおさらじゃ。二宮翁夜話残篇【4】尊徳先生がおっしゃった。官禄・家格があって世に知られ人に用いられるのは、官禄・家格があるためである。官禄・家格がなくて世に知られ人に用いられる者は、賎しい職業の者であっても侮ってはならない。これは生れつき優れた者だからである。奉行所お抱えの手廻りの頭とか、雲助(籠かきや人足)の頭などがこれである。ある日火事があった。私が火の見に上って見ていると、当時江戸で名高い、人に知られた男伊達と聞えた者が湯から上がってぶらぶらと来る時に、火消し達が大勢どやどやと来かかった中に、その一人が水溜りに飛び入って、男伊達に泥をあびせて通り過ぎたことがあった。彼はにっこりと微笑んで、「このような日だ、そうするがよい」と言って、少しも怒る気色がなく、かたわらの天水桶で泥を洗って、静々と通り過ぎた。その様態の立派さ、威が有って猛からず、恭しくして安らかというべきさまは表現のしようがない。誠に感服した。論語に君子に三変あり、之に望むに厳然たり、之に即(つ)くに温なり、其の言を聞くやはげしと、子夏氏が言ったとおりである。このような賎しい職業にある民でも変に対応してすばらしい場合がある。賎しい職業についている者といって侮ってはいけない、賎しい職業とて賎しんではならない。二宮翁夜話巻の2【9】 尊徳先生はおっしゃった。、「遠きをはかる者は富み、近きをはかる者は貧す。遠きをはかる者は、100年のために松や杉の苗を植える。まして春に植えて、秋実のる物は当然である、だから富んでいる。近きをはかる者は、春に植えて秋実のる物でさえも、なお遠いとして植えない。ただ目前の利益に迷って、蒔かないで収穫し、植えないで刈り取る事だけに眼をつける、だから貧窮するのだ。蒔かないで収穫し、植えないで刈り取る物は、目前に利益があるようだけれども、一度取った時は、二度と刈る事ができない。蒔いて収穫し、植えて刈り取る者は年々歳々尽きる事がない、これを無尽蔵(むじんぞう)というのだ。観音経に「福聚海(ふくじゆかい)無量」というのも、また同じことなのだ。
2023.02.24

新渡戸稲造の「世渡りの道」より「Be of good cheer; it is I: be not afraid.」・かって英文の聖書を読んだ折、しばしば Be of good cheer という句に出合ったことがある。・・・ 新約にも旧約にも、不愉快のとき、艱難のとき、たとえば病気にかかり、貧乏となり、あるいは罪のために苦しむとき、あるいは他人が不幸に悩むのを見るとき、そこにこの語がくりかえされている。 普通にいう英語の「チアフル」(cheerfull)すなわち愉快らしい顔色をすることはたいして困難ではないと思っていたが、聖書にしばしば掲げられてあるのを見てから、なるほどこれは容易でないことであり、宗教的に考えるとすこぶる重く、かつ実行しようとしてはじめてその重みがわかると思った。・・・ そもそも怒りは、とかく人に移しやすいものである。苦しみはとかく愚痴として述べたいものである。不幸はこれを口外して、他人にも担ってもらいたく思うものである。 しかるに、不幸や艱難をことごとくひとまとめにし、はなやかなる風呂敷に包み、世間にはみごとな、目覚めるごときうるわしい風呂敷だなと見せ、喜ばせながら、そのうちにある重荷をひとりで軽げに担うということは、よほど偉い人でなければできないことである。私は人のニコニコしているのを見て、その偉大さを思わざるを得ない。 (P24~25)「Be of good cheer イエス 新約聖書」で検索するとこんな場面があった。イエスが水の上を渡る場面である。イエスは群集を解散させて、祈るために人に山に登られた。夜明けごろイエスは海の上を歩いて弟子達のもとに来たのである。マタイの福音書And in the fourth watch of the night Jesus went unto them, walking on the sea.(夜明け前の早いころ、イエスは海の上を歩いて、弟子たちのところに来られた。)And when the disciples saw him walking on the sea, they were troubled, saying, It is a spirit; and they cried out for fear.(弟子たちはイエスが海の上を歩いているのを見て、困惑し、幽霊だと言って、恐れおののいた。)But straightway Jesus spake unto them, saying, Be of good cheer; it is I: be not afraid.(しかしイエスはすぐに「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない」と彼らに言われた。)And Peter answered him and said, Lord, if it be thou, bid me come unto thee on the water.(すると、ペテロが彼に応えて言った。「主よ、あなたならば、私が水の上を歩いて、あなたのところに行くようにお命じください」)And he said, Come. And when Peter was come down out of the ship, he walked on the water, to go to Jesus.(イエスは「来なさい」と言われた。そしてペテロは舟から降りて、水の上を歩いて、イエスのところに行った。)But when he saw the wind boisterous, he was afraid, and beginning to sink, he cried, saying, Lord, save me.(しかし、彼は風を見て恐ろしくなり、沈み始めたので、「主よお助けください」と叫んだ。)And immediately Jesus stretched forth his hand, and caught him, and said unto him, O thou of little faith, wherefore didst thou doubt?(すると、イエスはすぐにペテロの手をつかんで、言われた。「信仰の小さい者よ、どうして疑ったのか?」)And when they were come into the ship, the wind ceased.(ふたりが舟に乗り込むと、風は止んだ。)Then they that were in the ship came and worshipped him, saying, Of a truth thou art the Son of God.(そして舟の中の人々は、「本当にあなたは神の子です」と、イエスを拝した。)・英語の「チア」「チアフル」という語は、中古のラテン語caraすなわち英語のfaceから転じたもので「顔」という意味をもっているそうである。愉快なる心が顔に現れることである。(P37)・・・私は、世に処するに善意をもってし、「チアフル」に世渡りしたい。・「怒りは敵と思え」と家康公も言っている。・・・ 私(新渡戸稲造)は生来短気で、気に障るとたちまち怒気を発しやすかった。 どうにかしてこれを矯正したいと思い、毎夜就寝する前に、今日はいかにして怒ったか、また幾度怒りに負けたかと、一日中の結果を考査し、これを表にしていたことがある。 これは私が17,8歳頃のことで・・・自分の経験では、悪い癖を直すにはたしかに有効であったように思い、私同様の短所のある人にお勧めしたいと思っている。(P44)・フランスの皇帝ナポレオン1世が、ヨーロッパ大陸を席巻し、勢威並ぶ者がなかった時、ある日、高位の婦人と同道して公園を散歩したことがある。折から重荷を担い、汗まみれになって疲れながらやってきた労働者に出会うと、ナポレオンは自らこの労働者のために道を譲った。婦人が「陛下はあんな下等の労働者に道をお譲りなされなくともさしつかえありますまい」と言うと、彼は「少なくともあの重荷を尊敬せよ」と言ったことがある。 (P52)・ある旗本が同僚と歓談していたところへ、出入りの商人が訪ねてきた。よもやまの雑談を交えたのち、商人は帰ってしまった。そのとき、かたわらにいた旗本が主人に向かい、「見れば今の客はたかだか一商人にすぎない。それなのに貴殿は、あの男を同僚以上にも尊敬していたように見受ける。どうも合点がいかない」と言った。すると主人は、「君には見えなかったか、彼の気概に富んだ眼光、彼の気概ある言葉が、彼の気概は我々の遠く及ばないところである。彼は商人、我々は武士、ゆえに拙者は席次や言葉には階級をつけ、目下に扱っているが、拙者の心では、すでに彼を我々以上の者と尊敬せざるを得ない。拙者が彼に一歩を譲っていることに気づいたのは感心ではあるが、彼の人格に注意が届かなかったとすれば、失敬ながら貴殿はなお眼識が低いと言わねばならない。」 (P55)勝海舟と後藤新平との出会いのエピソード・かって後藤新平が書生の頃、はじめて勝海舟に会ったとき、「お前は医学生だそうだが、首の筋肉の作用は知っているであろう」と言われ、さすがの彼もあっけに取られて答えることができなかった。すると勝海舟は、「世人は首を回すことは知っている。回して周囲に何があるか、時勢はどうかと見分けることはずいぶんできるが、事に当たって少し首を伸ばし、前途を見ることを知らない」と言ったという。これなどは、首の作用の最も妙(たえ)なところである。(P120)これは首の動きにたとえて、前途を見ることの大切さを言ったものである。
2023.02.23

○○工業大学図書館から寄贈した本が受け入れできないという連絡があった。「二宮尊徳の会 様お世話になっております。○○工業大学附属図書館 ○○と申します。時下ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。貴重な資料をご恵送くださり、誠にありがとうございます。さて、当館におきましては図書館資料の収蔵スペースの狭隘化が一段と進み、今後の継続的な収集に著しく困難をきたす状況になってまいりました。つきましては下記出版物のご恵贈を辞退させていただきたく存じます。ご厚意を感謝いたしますとともに、今後益々のご発展をお祈り申し上げます。「資料で読む技師鳥居信平著述集」...2部」早速、レターパックライトを送付する。「○○工業大学 図書館サービス係○○さまいつもお世話になります。ご連絡ありがとうございます。また連絡の行き違いでご迷惑をおかけしたことを深くお詫びいたします。レターパックライトをお送りしますので、2冊一緒にお送りください。お手数おかけしてご迷惑おかけして申し訳ありませんが、よろしくお願いします。二宮尊徳の会」こうして連絡いただき返送いただけるだけでも有難い。現在は先に蔵書としていただいている大学図書館を中心に寄贈しているから本の3分の2くらい蔵書となっているであろうか。○○大学も先に蔵書としていただいているが、収蔵していただけないケースも多々ある。返送していただければ、循環して寄贈し、大切な本を廃棄されることが少なくなり有難い。「資料で読む技師鳥居信平著述集」所蔵の大学図書館47件+11件愛知学院大学 図書館 情報センター岩手大学 図書館大阪公立大学 杉本図書館大阪産業大学 綜合図書館大阪大学 附属図書館 理工学図書館沖縄国際大学 図書館小樽商科大学 附属図書館お茶の水女子大学 附属図書館図鹿児島県立短期大学 附属図書館鹿児島大学 附属図書館関西国際大学 メディアライブラリー三木九州大学 中央図書館九州大学 理系図書館九州産業大学 図書館京都大学 附属図書館皇學館大学 附属図書館国学院大学 図書館四国学院大学 図書館四国大学 附属図書館静岡県立農林環境専門職大学 図書館西南学院大学 図書館聖隷クリストファー大学 図書館高松大学 附属図書館拓殖大学 八王子図書館大東文化大学 図書館東海大学 付属図書館 清水図書館東京工業大学 大岡山図書館東京女子大学 図書館東京都立大学 図書館東京農業大学 生物産業学部図書館生産図東北大学 附属図書館本館徳島大学 附属図書館獨協大学 図書館図名古屋大学 生命農学 図書室農書庫図書鳴門教育大学 附属図書館日本女子大学 図書館図書館広島工業大学 附属図書館図書館広島大学 図書館 中央図書館法政大学 図書館市図北海学園大学 附属図書館図北海道教育大学 附属図書館北海道大学 大学院農学研究科図書室図書宮城教育大学 附属図書館武庫川女子大学 附属図書館図明治大学 図書館生横浜国立大学 附属図書館立命館大学 図書館宇都宮大学 附属図書館図鹿児島純心女子短期大学 図書館高知大学 学術情報基盤図書館 中央館神戸大学 附属図書館 総合図書館 国際文化学図書館静岡県立大学 附属図書館 草薙図書館静岡大学 附属図書館 浜松分館浜図静岡文化芸術大学 図書館・情報センター信州大学 附属図書館 中央図書館図高崎経済大学 図書館図弘前大学 附属図書館本館福島大学 附属図書館
2023.02.23

エマニュエル・トッドが仏紙に断言「第三次世界大戦はもう始まっている」2/23(木) フランスの人類学者で歴史家のエマニュエル・トッド──ウクライナでの戦争に関する本を日本では出版したのに、フランスで出版していないのはなぜですか。日本人が反ロシアなのは、ヨーロッパ人に引けを取りません。ただ、今回の戦争は日本から地理的に遠く離れたところで起きているので、そこまでの切迫感がありません。日本人は私たちヨーロッパ人ほどウクライナに感情的になっているわけではないのです。それに日本での私のステータスは、ここフランスとはまったく異なります。フランスでは、私の評判は「クレイジーな反逆児野郎」という荒唐無稽なものになっていますよね。しかし日本に行けば、私は大手新聞各紙や主要雑誌に発言が載る人類学者、歴史家、地政学者として評判もよく、書いた本はすべて日本語に翻訳されています。私は日本では落ち着いた雰囲気のなかで自分の考えを述べられるのです。だからまずは日本の雑誌を相手にそれをして、その後、インタビューをまとめた『第三次世界大戦は始まっている』という書名の本が出たわけです。現時点で10万部売れています。──どうしてそのような書名にしたのですか。その書名が現実に即しているからです。第三次世界大戦は始まっています。たしかに小出しに始まったようではありますが、予想外の出来事が二つ起きました。戦争が始まったとき、ロシアは軍が非常に強いが、経済は非常に弱いというものが大方の見方でした。だからウクライナはロシアに軍事面で圧倒されるけれども、ロシアの経済も西側諸国によって圧倒されると考えられていた。ところが実際に起きたことは、それとは逆でした。私がいまこの話をしている時点で、ウクライナはその領土の16%を失っています。しかしロシアに軍事面で圧倒されたわけではありません。また、ロシアの経済も圧倒されていません。さらに現時点では、ロシアの通貨ルーブルは開戦前夜と比べると、対ドルで8%、対ユーロで18%高くなっています。つまり一種の思い違いがあったわけです。とはいえこの紛争は、領土をめぐる限定戦争から、グローバルな経済の衝突へと発展しています。「西側諸国全体」と「ロシアとその後ろ盾となる中国」が衝突しており、世界大戦になっているのは明らかです。もっともこれまでの世界大戦に比べると、軍事的な激しさはそこまでないですけれどもね。──表現が大袈裟ではありませんか。西側諸国は軍事的に直接参戦しているわけではありません。とはいえ、兵器の供与はしています。私たちは直接手を下しているわけではないにせよ、ロシア人を殺しているのです。ただ、私たちヨーロッパ人がとりわけ経済の方面から関与してきたというのは正しいでしょう。インフレや物資の不足を通して戦争に突入したことを実感するようになっていますからね。プーチンは最初に大きなミスをおかしましたが、そこには社会や歴史を考えるにあたって非常に興味深いものがあります。開戦前夜の時点、ウクライナを専門にしていた人は同国を「新生民主主義国」とあまり考えていませんでした。むしろ「社会が崩壊している国」、「破綻国家になる寸前の国」だと見ていたんです。ウクライナの独立後に減った人口は1000万人か1500万人、どちらが正しいのか、といったことが議論されていましたからね。そもそもどうしてそんなこともわからないかというと、ウクライナでは2001年以降、国勢調査をしていないからです。怯えて現実を直視できない社会にありがちな事象です。おそらくロシア政府の読みでは、そんな社会崩壊した国が相手なのだから、最初の一撃さえ加えればあとは自然と崩れ落ちると思っていたのでしょう。場合によっては聖なるロシアに「お母様、ようこそおいでくださいました」と言ってもらえるかもしれないと考えていたのではないでしょうか。でも実際はどうだったかというと、その真逆でした。社会が崩壊しつつあっても、外国から資金と軍事のリソースさえ供与されれば、戦争にこれまでとは異なる均衡状態が生まれる。ときには新しい目標や希望まで見えてきたのです。ロシアはそれを予測していませんでした。そもそも誰もそんなことは予測していませんでした。ロシアの一般庶民は基本的に、プーチン大統領と同じく「自衛戦争をしている」との意識だ。出だしで躓いたことには気づいているものの、西側諸国に負けていないという人々の自信は高まっている──トッドはそう語る。その背景にはプーチンが率いた「安定の時代」があるという。いまの私の見方は、リアリズム論者の米国人地政学者、ジョン・ミアシャイマーの分析と同じです。ミアシャイマーの分析では、ウクライナの軍は少なくとも2014年以降、NATO(米国、英国、ポーランド)の軍人のもとにありました。ウクライナは事実上、NATOの加盟国だったというものです。つまりロシア側から見れば、(プーチンが攻撃前夜に言ったように)これは自衛戦争であり、予防戦争なのです。ミアシャイマーの説によれば、今後ロシアが厳しい局面に陥ったとしても、私たちは少しも喜べません。なぜならこの戦争はロシアにとって、国の存亡がかかった問題だからです。ロシアが厳しい状況に追い込まれれば、ロシアもそれに応じて強く反撃することが予想されます。独仏両国とも、まさか米国と英国とポーランドの容認のもとで、ウクライナが規模の大きな戦争も戦えるようになっていたとは知らなかったのです。いまのNATOの主軸は米国、英国、ポーランド、ウクライナの4ヵ国です。ロシア経済が今後も持ちこたえられるのであれば、今度、瀬戸際に追い込まれるのはアメリカ帝国のシステムです。ロシア経済がNATOの「強大な経済力」に対抗できるとは、誰も予想していませんでした。ロシア人も予想してなかったのではないでしょうか。ロシア経済が今後も制裁に持ちこたえ、ヨーロッパ経済のほうが疲弊することになれば、ロシア経済は中国の後ろ盾で何とかやっていけるのに対し、米国は世界のマネーや金融をコントロールできなくなるおそれもあります。そうなると、米国は巨額の貿易赤字を補填するようなことも余儀なくされる可能性があります。つまりウクライナでの戦争は、米国にとっても国の存亡を賭けた戦いになっているわけです。ロシアの一般庶民は基本的に、大統領と同じで、自衛戦争をしているという意識です。出だしで躓いたことには気づいていますが、経済の備えがしっかりしていたので、自信も高まっています。ロシア人の自信は、ロシアで「集団的西側諸国」あるいは「米国とその属国」と呼ばれる国々に対してのものです。ロシアの体制が最優先するのは、戦場での軍事的勝利ではありません。この20年間に獲得した社会の安定性を失わないことなのです。同国が「節約型」の戦争をしているのは、それが理由です。ロシアにいまも人口問題があり、出生率が1.5、つまり女性1人が子供を1.5人しか生んでいない状況があるからです。このままだと5年後には、ぽっかり穴が空いた年齢層が出てきます。だからこの戦争は5年で勝てなければ負けだというのが、私の見方です。5年というのは、世界大戦の長さとしては標準的ですからね。ロシアがしたいのは「節約型」の戦争なので、部分的に戦時経済体制を復活させながら、人員が減らないようにしているわけです。ハルキウやキーウの周辺地域からの撤退も、ヘルソンからの撤退も、そのように解釈すべきものです。──ロシアが戦争を始めたのは、米国が相対的に衰退しているからだとも指摘されていますよね。私は2002年の自著『帝国以後』で、長期で見れば米国は衰退しており、ロシアの力が回復していると書きました。2002年以後、米国は失敗と撤退を繰り返しています。イラクを侵略しましたが、結局そこから撤退することになり、いま中東地域で主要な力を持つのはイランです。米国はまた、アフガニスタンからも逃げ出しました。ウクライナがヨーロッパと米国の衛星国家となったのは、西側諸国が活気づいているからではありません。1990年頃に起きた波が、ポーランドやバルト海諸国の反ロ感情に後押しされて続いていたけれども、その波も終わりに達したということなのです。ロシアは、この米国の退潮を見たからこそ、ウクライナを従わせようと決めたのです。それを実行できる手段がいまならある、という感覚があったわけです。ブレジンスキーの『地政学で世界を読む──21世紀のユーラシア覇権ゲーム』を読むと、アメリカ帝国は、第二次世界大戦の終わりにドイツと日本を征服して成立したものだということがわかります。そしてこの日独の二国は、いまも米国の保護領のままです。その米国のシステムが後退しているので、保護領のエリートたちにかかる重圧は増しています。ここでいう保護領にはヨーロッパ諸国全体が含まれています。最初に国家として自律性を完全に失うことになるのは英国とオーストラリアのはずです。すでに自律性を失っているともいえるかもしれません。英語圏ではインターネットの影響で、米国との人の交流が猛烈に増え、英国やオーストラリアの大学人、メディア人、文化人を見ると、ほとんど米国に併合されているといっても過言ではありませんからね。私たち大陸欧州の国々も、自国語のおかげで少し守られているところがあるとはいえ、自律性を急激に喪失しつつある状況です。戦争では経済学も試されます。戦争によって日の目を見るものも多いのです。ロシアとベラルーシのGDPは、西側諸国(米国、英語圏の国々、欧州諸国、日本、韓国)のGDPに比べると3.3%です。ほとんど無に近いわけです。では、この吹けば飛ぶようなGDPしかない国が、なぜいまも屈することなく、ミサイルの生産を続けられるのか。そんな疑問がわきますよね。それは、GDPが生産に関する指標としてはデタラメだからです。──多くの専門家の見方はトッドさんと反対であり、プーチンは天然資源の収入に頼るばかりで、経済を発展させられなかったと考えています。仮にそうだったなら、この戦争は起きていません。この戦争の特徴の一つは、(近代の戦争のすべてがそうであるように)先端技術と大量生産のバランスをどうとるのか、という問題があるところです。この問題があるからこそ、この戦争の行方が不確実なのです。米国に最先端の軍事技術があるのは間違いがありませんし、そのような技術のおかげでウクライナが軍事的成功を収めたこともありました。しかし戦争が長期化し、消耗戦になってくると、人員だけでなく物資の消耗も始まるので、戦争を継続する能力は、そこまで先端的でない兵器を生産する産業力で決まってきます。要するに欧米諸国はここでも、グローバル化が引き起こした根本的問題に悩まされることになっています。欧米諸国では産業空洞化が進んでしまったので、戦時の生産ができるかどうかもわからないのです。この問題はすでに意識されています。「CNN」も「ニューヨーク・タイムズ」も国防総省も、どのミサイルなら生産ラインの稼働再開ができるかを問うようになっています。一方ロシアのほうも、このように速いペースで進む戦争に追いつけるだけの生産能力があるのかは不明です。今回の戦争の出口と決着は、この二つのシステムの兵器生産能力の優劣が、鍵を握ることになります。
2023.02.23

💛心臓に疾患があり、一月中旬寒さ厳しい折に 不眠も重なって 体調を崩した。それ以来、自力で体を温めることを断念し、ウォークマンの発熱チョッキや足首にホッカイロを貼るなど血液を他力で温めている。足首にカイロを貼ると眠りやすい。ただ低温やけどを警戒して、靴下とか下着越しに低温カイロを貼ってはいる。電気毛布、カイロ、湯たんぽ…長時間使うと「低温やけど」の恐れ 事故を防ぐには? 2/23(木) 低温やけどを防ぐには、どのような対策が求められるのでしょうか。独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)製品安全広報課の担当者に聞きました。低温やけどが発生する理由「一般的に、やけどは火や熱湯、油など高温のものが体に当たることで起きます」「しかし、温かいと感じる程度のものでも、長時間にわたって同じ部位に触れていると、皮膚温度が上がります。すると、皮膚表面だけでなく、組織の深い部分にまでやけどの被害が及び、皮下の細胞組織が壊死することがあります」一般的に、「44度」では3~4時間、「46度」では30分~1時間、「50度」では2~3分で低温やけどになるといわれているとし、「通常のやけどと違い、痛みが弱いことが多く、気付かぬうちに症状が進行します。特に皮膚の弱い乳幼児や高齢者、糖尿病を患っている人は、注意が必要です」「同じ部位を長時間温めないようにし、熱さを感じた場合や違和感を覚えた場合は、直ちに体から離してください」「暖房器具や暖房グッズは、取扱説明書に記載されている使い方を守り、就寝時に使わないように」「湯たんぽや電気毛布を就寝時に長時間使用した」「衣服や靴下の上から貼り付けるタイプのカイロを誤って肌に直接貼り付けた」など、誤った使い方が原因による事故が多く発生している「低温やけどを負った場合は、すぐに専門医の診察を受けてください。低温やけどは、組織の深い部分にまで被害が及ぶため、治療が長期にわたったり、植皮手術が必要になったりすることがあります」「低温やけどは、温かく心地よいと感じる程度の温度でも、長時間、触れ続けることで発症するという特徴があります。NITEへの通知はまだありませんが、着用可能な電気毛布やヒーター付きベストについても、長時間使用したり、誤った使い方をしたりした場合、低温やけどを発症する可能性はあると思います」💛気をつけて ヒーター付きベスト と 貼るカイロ をこれからも使っていこうと(^^)
2023.02.23
『二宮先生語録』【296】~【300】【296】《訳》仏教の経典にいう。「まさに仏身をもって得度すべき者には仏身を現わしてその者のために法を説く」と。豆を馬に与えれば馬は食べる。与えないで持ち去れば、必ず追って来る。豆を猫に与えても猫は食べない。いわしの頭を与えれば猫は食べる。与えないで持ち去れば猫は必ず追って来る。これを馬に与えても食べない。じゃによって馬には豆、猫にはいわしの頭。おのおのその好むところを与えれば喜ばないものはいない。これは物事の理の必然で、仏教者もまたこの理を拡充したのみじゃ。【297】《訳》孔子は言った。「己に克(か)ちて礼に復(かえ)れば、天下仁に帰す」と。私欲は身から生ずる。これを「己」という。たとえば蔓草が田に生ずるようなものだ。力を極めて私欲を圧倒する。これを「克」という。たとえば相撲で勝つようなものじゃ。これを開墾に譬えよう。「己に克(か)つ」は、荒地を開くことで、「礼に復(かえ)る」というのは、種をまくことじゃ。「天下」は広くこれを言うだけじゃ。あらゆる荒地をと言うようなものだ。「仁に帰す」とは、あたり一面穀物が皆よく実るということを言うのじゃ。【298】《訳》人の世は法則の世界じゃ。よろしく法制を厳しくすべきじゃ。物は微細のうちは制御できるが、大きくなると制御することが難しくなる。たとえば火が一点のうちは手で消すことができるが、燃え広がれば大勢の人の力でも消し止めることができないようなものじゃ。愚かな民が法を犯すのも同様で、親不孝を戒めるように、その兆候を見たら、すぐに戒めて大事にならないようにすべきじゃ。これを緩やかにしておいて、大不幸になってからこれを刑罰に処するのは、いわゆる令をおろそかにして、時間がたってから処分するというようなもので、政治をつかさどる者の戒めなければならない。また、怠惰な農夫を戒める場合、田が草に覆われることが、一畝、二畝であれば、厳しく戒めて、すぐに草をとらせるべきじゃ。もし草がはびこることが一町になれば、怠惰な農夫は恐れをなして、隣近所で助けても、すぐには除くことができず、終にはどうしようもなくなる。そのなるべきを見て、これを制御する。これが農村を取締る役人のよろしく戒めるべきところじゃ。また、とばくを戒める場合、村の神社のお祭りの時とか、金銭を得た時とか、ひまで遊んでいるときに、大いに名主を戒めて言う。「心をとばくに動かす者もあろう。お前はこれを探ってこれを捕縛し、報告せよ。」役人自身が、ばくち場を通り過ぎる時は、知らん顔をして通り過ぎるがよい。なぜならば、とばくしている者を見れば捕縛せざるを得ない。これを捕縛すれば、罰せざるを得ない。俗謡にいう。「ごんべえが種まきゃ、からすがほじくる、三度に一度は追わずばなるまい。」その言葉は浅く卑しいようだが、非常に深い意味がある。国君が政治をする場合も、農夫が種をまく時のようであり、、愚かな民が法を犯すのは、からすが種をほじくるようなものじゃ。政治家は三度に一度は仕事をおいて追わずはなるまいという歌の意味を深く味わって、時にこれを懲らし、時にこれを戒め、この民を罪に陥れないようにすれば、人民を治める任務に堪えるというべきであろう。1 諺に、権平(ごんべ)が種まきゃカラスが掘じくる、三度に一度は追わずばなるまいという。これは田舎のことわざ、ざれごとといっても、有職の人は知らなければならない。カラスが田畑を荒すのは、カラスの罪ではない、田畑を守る者が追わない過ちである。政道を犯す者が有るのも、官がこれを追わない過ちのためである、これを追う道も、また権兵衛が追うことを勤めとして、捕えること本意としないように、ありたいものだ。これはざれごととはいっても政事の本意にかなっている。田舎のことわざといっても、心得ておかなくてはならない。(二宮翁夜話巻四)【299】《訳》万物は地に生じ、地に帰す。たとえば水桶のたがをゆるくすれば、水は地に帰するようなものじゃ。財貨は人によってできて、上に散す。たとえばコタツにふとんがなければ、暖気は上へ散るようなものじゃ。私の分度の法はなお水桶のたがのような、コタツのふとんのようなものじゃ。たがが固くしまって水桶の水は満ち、ふとんがしっかりしていてコタツは暖かく、分度が確立して国家が復興する。これが自然の理じゃ。【300】《訳》孟獻子(もう・けんし:魯の大夫)は言った。「その聚斂(しゅうれん:厳しく租税を取り立てること))の臣有らんより、むしろ盗臣有れ」(「大学」の言葉。重税を取り立てて、人民の反感・反抗を招く臣よりも、公の財産を盗んで私腹をこやす臣の方がましであるという意味)と。盗臣は財を盗むが、国家の中の財産に止まる。しかし、過酷に税を取り立てることは民を亡ぼし、長い年月ではその租税を失う。一民が亡くなれば、一民の田が荒れはてて、一民の租税を失い、一村の民が亡くなれば、一村の田が荒れて、一村の租税を失う。その荒地を開墾し、その村民を復旧しなければ、永く租税を失う。その害はただ単なる盗臣が国家の中の財産を盗む比であろうか。孟獻子の言葉は、そのとおりではないか。1 孟献子曰く「馬乗を畜うものは、鶏豚を察せず。伐氷の家は、牛羊を畜わず。百乗の家は、聚斂の臣を畜わず。その聚斂の臣あらんよりは、寧ろ盗臣あれ」と。(大学伝十章)1 善男子よ、若し国土の衆生ありて、応に仏身を以て得度すべき者には、観世音菩薩、即ち仏身を現じて而も為に法を説き(妙法蓮華経妙音菩薩品二十四)2 天保十年(一八三九)九月二七日、尊徳は面会を許した富田高慶に「お前は豆の字は知っているか」と尋ねた。富田は言われている意味が分からず、紙に豆の字を書くと、尊徳は笑って、「おまえの豆は馬は食わぬが、私の豆は馬が食う」と本当の豆を示したという。💛「二宮先生語録」を少しでも世に広めようとツイッターにもシェアしているがさすがにViewsが伸びない。よくぞ出版できたものと今になって思う。 それでも100Vewsを超えるものも出てきた。 わたくしの活動は はちどりのひとしずくのような 僅かなもの かもしれないが、願いは大きく、そしておそらくはたゆむことのない前進はいつの日か花開き報徳の教義が全世界に広まることを期待する。二宮先生語録281~285 鈴木藤三郎は「願文」で言う。「報徳の教えは西洋東洋をとわず人種宗教男女老若をとわず地上の人類が永世よく守らんなければならない教えである」と。かつての私達の先人が私達に良いものを遺したように私達もまた次世代に良い物を遺していこう VIEWS102
2023.02.23
森町の報徳三兄弟(一)新村里助(「山中家盛衰記」九二頁)新村里助翁顕彰碑〔原文漢文〕「以徳報徳 翁は遠江周智郡森町の人。父は山中勘左衛門といい、母は加藤氏、その第三子である。幼名は百松、善く二親につかえ、異行が多かった。十一歳の時、駿府の市人、野呂某の丁稚となる。慎み深く正直に主につかえ、十三年一日のようであった。宮箇崎町の商人某の養子となる。故有って去り森町に帰る。山中氏の娘をめとり、商いを行った。山中屋と称し、里助と改名する。同町新村氏のあとつぎが絶えた。隣人がその後をつぐことを勧め、了承し新村氏をつぐ。借金が五十四両有った。債主に頼み十年間ですべて償還した。翁はまた二十両を負債した。相州二宮尊徳氏が長く処世の術を治め、よく廃家を興し貧村を救うと聞いて、まさに往こうとした。教えを受けた人が伝えるに、二宮氏が山名郡に来ると。ただちに往き面会を請うた。それは門人の安居院庄七であった。即ち学に就く。時に嘉永五年三月である。遂に庄七が新村の家に泊った。たまたま庄七が病にかかった。翁夫妻は心を尽くし看病し、医者を招き神に祈り、至らないところはなかった。庄七は報徳正利の道を説いた。大いに悟るところがあった。まさにこの時、翁の貧困がはなはだしかった。夫妻は衣服家具を売り、わずかに金十一両を得て資本とし、一生懸命営業してついに負債を償還することができた。二年間引き続いて納め債主に感謝した。この年初めて森町に報徳社を設け、社長となる。同社に同志を誘い、共に節倹を行い、公益につとめ、資金を投じ、道路を修理し、堤防を築き、困窮者に金を与えた。翌年野州日光に赴き、二宮氏に面謁し学んだ。文久二年小笠郡河野村村松七衛門の二子柏平を養子とした。娘の多機を配し、家を譲り里三郎にあらため、自らは豊作と称し、豊勝と号した。これより報徳社の事に専念した。五十七社連合会及び報国会を創り、また無利息貸金法を行った。二宮氏の遺法である。遠近に広め、二十六社を新設した。遠譲社といい、その社長となる。明治九年岡田佐平次と謀り各社を総括し、遠江国報徳社といい、その監督を任じ、およそ翁が百計を以て設置する所、社員数千人。翁は明治十二年九月逝去した。年六十四歳。翁の人となりは厳正勤倹、善く物に耐え、酒は少量たしなんだ。また俳歌を好み、浄瑠璃をたしなんだ。報徳社の事業に従ってついにこれらを廃した。翁の葬は森町随松寺に在り、その碑は三島山氏神祠内にある。銘に曰く。徳を以て徳に報う、これを正徳という。義を以て利と為す。これを正利という。すぐれたかの二宮の徳を勤め農を勧め、怠け者を警発し、困窮を憐れみ、教えを東海におよぼすは遠く翁に有る。翁の篤信は人をひきい自ら勤敏節倹、徳を宗とし、勤労につとめ、百社共に利し、ながく翁の功績を仰ぐ。徳を以て徳に報う、石に刻んで永久に伝えん。明治三十二年十二月 勅選議員文科大学教授正四位勲三等文学博士 重野安繹撰並書1 新村里助、本姓山中氏、文化十三年(一八一六)八月十六日遠州周智郡森町に生まれる。父は山中勘左衛門豊平(とよひら)、代々名主を務め山中家八世であり、「遠淡海地志」などを著した文化人であった。母は同郡市場村の加藤与左衛門の二女である。里助は、山中勘左衛門豊平の三男として生まれ、幼名を百松という。十一歳の時、駿河の野呂某の商家に仕え、後、主家の勧めで宮ヶ崎町の某家の婿となったが、故があって郷里に帰った。山中藤蔵の長女をめとって商業〔古着商〕に従事した。 ある時、しゅうとの山中藤蔵が「お前たちは資本が少ない。どうして家道を興すことができようか」と新村九郎左衛門の跡が絶えたのを継がせた。新村氏は僅かに家宅はあったものの、家財田畑などの財産はなく、かえって負債が五十四両あったが、里助は喜んでその言葉にしたがった。これから夫婦助け合って日夜勤勉怠らなかったが、容易に家道は興らなかった。ある時たまたま宮代町の蓮増院を訪れ、家道が興らず負債が償還できないことを嘆くと院主が「当今相模の国に二宮金次郎という人がいて、報徳の教えを説いて、よく勤倹貯蓄して、興廃を挙げ、衰滅を興す。あなたはどうしてその道を学ばないのか」と告げた。里助は報徳の教えを聴こうと百方尽したがその便りを得なかった。ある日、内野(中村)常蔵にあってそのことを話したところ、「報徳先生が遠州不入斗村(いりやまずむら)の庄左衛門の家にいらっしゃると聞いた。私も報徳の教えを聞きたいと思っていた。一緒に行こう」と告げた。そこで二人で庄左衛門の家に行って安居院庄七に面会を求めたが、許されなかった。「当国宇刈村の村松茂平という者がいて、この人は凡人ではなく、今現に村の名主である。この人に二宮大先生の道を聞け」と教えた。二人は村松氏を訪問して事情を説明したが、「二人ともまず不入斗(いりやまず)の先生に面謁しなさい」と紹介状を与えた。そこで二人は再び安居院庄七に哀求してようやく面謁ができてその教えを受けた。「三才報徳現量鏡」には、庄七から「人たる道は恩を知り、徳を報うことにある」と聞いたとある。嘉永五年(一八五二)二月、安居院庄七が森町に来村し里助宅に滞在した。このとき庄七はおこりにかかり、里助は看病しながら庄七持参の報徳書などを書写し、指導を受けた。三島神社の碑文の銘文には、「徳を以て徳に報う、これを正徳という。義を以て利と為す、これを正利という」とある。嘉永五年(一八五二)閏二月里助たちは森町報徳社を設立した。同志十名足らずの組織で毎月三日、十三日、二十三日の夕方里助の家に参会した。嘉永六年(一八五三)八月十日、岡田佐平治ら同志七人は遠州三十余の報徳社を代表して、日光の桜秀坊に二宮尊徳を訪ねた。九月四日桜秀坊に着いたが面会は許されず、仕法帳などを筆写しながら面会を待った。九月十三日面会を許された。「三才報徳現量鏡」には「大善道の御教諭の中、瓜の種を蒔けば瓜を生じ、又茄子の種を蒔くときは茄子生じ、茄子の実る世の中の有様詳しく御教誨下し置かれ」とある。また山中家文書の色紙扇面寄書きには、「嘉永六丑日光山におもむき二宮尊徳聖に謁し奉り曰う事神の如く身にしむ」とその時の感動を伝える。
2023.02.23
四国の国立大学一覧四国徳島大学(徳島県徳島市 国立大学法人徳島大学)鳴門教育大学(徳島県鳴門市 国立大学法人鳴門教育大学)香川大学(香川県高松市 国立大学法人香川大学)愛媛大学(愛媛県松山市 国立大学法人愛媛大学)高知大学(高知県高知市 国立大学法人高知大学)徳島大学本館2階学習室(郷土資料) 貸出不可鳴門教育大学鳴門教育大学附属図書館 2階阿波学高知大学中央館 中央館_A4開架「技師鳥居信平著述集」未所蔵大学香川大学はこれまで寄贈してもまだ所蔵が一冊もない。今度は香川大学農学部図書館に寄贈してみよう。愛媛大学1 二宮金次郎の対話と手紙 : 中学生からお年寄りまでよくわかる 書庫2 新渡戸稲造 (にとべいなぞう) の留学談・帰雁 (きがん) の蘆 (あし) 書庫3 内村鑑三神と共なる闘い : 不敬事件とカーライルの「クロムウェル伝」 書庫4 札幌農学校教授・技師広井勇 (いさみ) と技師青山士 (あきら) : 紳士 (ジェントルマン) の工学の系譜 書庫5 『報徳記』第一巻(『報徳要典』準拠全ルビ原文(朗読・輪読用)、現代語訳、資料集) 書庫6 砂糖王鈴木藤三郎 : 氷砂糖製造法の発明 書庫7 《クラーク精神》&札幌農学校の三人組 (宮部金吾・内村鑑三・新渡戸稲造) と広井勇 : boys be ambitiousはいかにして現実化されたのか日本の近代化・合理化の一源流「札幌農学校精神」 書庫8 報徳産業革命の人 : 報徳社徒鈴木藤三郎の一生 書庫すべて書庫で、蔵書としていただけるだけでも有難いのだが、できれば開架で学生諸君の目に多く止まり、手にとってもらえたらとも思う。中国鳥取大学(鳥取県鳥取市 国立大学法人鳥取大学)島根大学(島根県松江市 国立大学法人島根大学)岡山大学(岡山県岡山市北区 国立大学法人岡山大学)広島大学(広島県東広島市 国立大学法人広島大学)山口大学(山口県山口市 国立大学法人山口大学)鳥取大学では「二宮先生語録 : 読み下し全ルビ原文・現代語訳」が蔵書となっていて、貸出可, 【2階】中央図書館 開架となっている。鳥取大学図書館に寄贈してみよう。
2023.02.23

老け顔、骨の老化も一因 全身の骨密度低下も疑おう2/22(水) ゆりクリニック(東京・港)矢吹有里院長「加齢とともに顔の骨がやせ、顔筋を支えるじん帯がゆるみ、たるみが起こる」まぶたがくぼんだり、ほうれい線が目立ってきたりするのも骨密度の低下によるもの。骨の萎縮は顔だけで起こるわけではない。見た目が老けている人は、全身の骨密度低下を疑う必要がある。あまり知られていないが、骨は皮膚と同様に新陳代謝を繰り返している。古くなった骨を破骨細胞が壊し、その部位に骨芽細胞が新しい骨を形成する。こうして全身の骨は3~5年ほどですべて入れ替わる。加齢による骨細胞の劣化などが原因でこの代謝バランスが乱れると、骨破壊のスピードに骨形成が追いつかなくなる。すると全身の骨がスカスカのもろい状態になっていき、骨折リスクが高まる。骨粗しょう症の発症である。骨粗しょう症には自覚症状がないため、骨折してから分かるケースが多い。矢吹院長「特に発症しやすいのは、女性ホルモンのエストロゲン分泌量が急激に減る閉経前後の女性。エストロゲンには破骨細胞と骨芽細胞のバランスを保つ働きがある」。若い女性も過度なダイエットなどでエストロゲンが減り、骨密度低下を招くケースが増えている。男性の骨密度低下は女性に比べて緩やかだが、やはり加齢とともに進む。糖尿病などの生活習慣病から骨の質を劣化させ、骨折しやすくなる中高年男性も少なくない。矢吹院長「誰もが意識的に骨の代謝を促すことが骨粗しょう症の予防につながる。できるだけ早期から『骨貯金』*をしてほしい」*「骨貯金」 骨によい食事と運動でピーク時の骨の量(=ピークボーンマス)を増やし、その後も量が減らないように努める「骨の貯金」が骨折を防ぐ2013年02月19日 (火)骨貯金のススメ冬場は骨折が多い季節いくつになっても骨貯金ができ、効果が大きいのが骨を鍛える運動です。適度な負荷を与えると骨を作る細胞が活性化され、強い骨ができていく石橋医師が勧めるのが、いすと机を使ったスクワットです。下半身全体に効率よく負荷をかけることができます。足を肩幅より少し広く開き、手を机についたままゆっくりと深く腰を下ろし、またゆっくりと立ち上がります。この動作を10回繰り返し、1日3セット行うとよい名医おすすめ 骨貯金を作る方法骨貯金の不足が起こす圧迫骨折の恐怖・圧迫骨折とは背骨がつぶれるように骨折すること。「昔と比べて背が3センチ以上縮んだ」という場合は圧迫骨折の可能性がある。70代では男性で10.8%、女性で22.2%の割合で圧迫骨折をしているというデータがある。「圧迫骨折を放置すると全体的に動きにくくなる、痛みが続く、転びやすくなる」「肺を圧迫して呼吸がしにくくなったり、心臓を圧迫して心機能が悪くなったり、胃腸の消化器系機能が悪くなったりする」・骨貯金を殖やすには、カルシウムとタンパク質が豊富な大豆食品を食べること。ビタミンDを積極的に摂取するよう心掛けること。・骨貯金を殖やす運動かかと上げ片足立ち💛ウォーキングの途中、信号機や踏切で停止する時、かかと上げをしている。
2023.02.23
笑福亭笑瓶さんの命を奪った大動脈解離とは 7年前にもゴルフ場で倒れる 21年には三浦建太郎さんも2/22(水) 笑福亭笑瓶さんの命を奪った大動脈解離とは 7年前にもゴルフ場で倒れる 21年には三浦建太郎さんも大動脈解離とは、大動脈の内壁に亀裂が入り裂ける病気。本来流れていない場所に血液が入り込み、胸や背中に激しい痛みが走る。大動脈剥離とも呼ばれ、循環器疾患による突然死としては心筋梗塞に次いで多いとされる。解離が起きて2週間以内の時期を「急性大動脈解離」と呼ぶ。放置すると死に至ることもある非常に危険な病気だ。原因の多くは高血圧によって動脈の壁が劣化することといわれている。突然発症する場合が多く、車の運転時に襲われ事故につながる例も少なくない。福田医院(横浜市)の福田伴男院長は「多くの場合、高血圧や動脈硬化など何らかの予兆があるもの。もし運転中に発症したら、意識があればできるだけ安全な場所に止め、助けを求めてほしい」と話している。一度発症すると、いつまた解離が起きるかの経過観察が必要で、一生フォローが必要な病気といわれている。笑瓶さんは1980年に大阪芸術大を卒業後、笑福亭鶴瓶のラジオ番組「鶴瓶・新野のぬかるみの世界」のトークに魅せられ、弟子入り。バラエティー番組「突然ガバチョ!」など、関西で活躍した後、東京に進出。「ものまね王座決定戦」で「魔法使いサリー」のキャラクター「よし子ちゃん」のものまねを披露して人気に。
2023.02.22
「訳注静岡県報徳社事蹟」が静岡文化芸術大学図書館の新着図書コーナーに収蔵されている。2階新着図書コーナー
2023.02.22
令和5年2月吉日 宮崎大学付属図書館 様 「資料で読む 技師鳥居信平著述集」の寄贈について「二宮尊徳の会」は、これまで「広井勇と青山士」「八田與一と鳥居信平」など技術者シリーズのほか、報徳に関する多くの本を刊行し、全国の大学図書館・公共図書館に寄贈してまいりました。この度、「資料で読む 技師鳥居信平著述集」を刊行しましたので、謹んで貴図書館に寄贈いたします。 2021年は静岡県袋井市出身の鳥居信平が台湾の二峰圳(にほうしゅう)の地下ダムに着工し百年という記念すべき時でした。(1921年6月15日地下堰堤建設に着手)屏東県政府は二峰圳開通100周年を記念して、2022年7月24日屏東県政府は大潮州地下涵養湖監視センターで「二峰圳百周年記念国際シンポジウム」を開催し、特別展、国際会議、文化ツアー、環境シアターなど一連の記念イベントを行いました。 本書は現在確認できる鳥居信平の全著述を年代順に整理して出版するものです。副題に「台湾の地下ダムの原点は徳島県技師時代にある」としました。徳島県技師時代の鳥居信平の研究と経験が台湾の二峰圳など台湾製糖株式会社における鳥居信平の活動につながっていることを本書収録の「旱魃と水源」などによって初めて明らかにしました。今回これまで不明だった徳島県技師時代の鳥居信平の事業と著作が判明した意義は大きく、台湾製糖時代の二峰圳等の事業、更に帰国後の活動を一体として考える必要があると考えます。本書は鳥居信平の出身地静岡県と徳島県技師として耕地整理事業に活躍した徳島県だけでなく、日本と台湾とをつなぐ絆の書です。ぜひ日本と台湾の大学公共図書館で蔵書として頂き、鳥居信平の事業と志が日本中に周知され、これからの日本を担う若い世代に受け継がれることを願います。なお、貴図書館にて所蔵して頂けない場合は、本資料を他の大学図書館に寄贈いたしたく、本会メールアドレスにご連絡頂ければ、返送用のスマートレターをお送りしいたしますので、誠にお手数ですがご返送頂きますようにお願い申し上げます。本を廃棄することなく、循環して活用したいという趣旨ですので、どうぞよろしくお願いします 二宮尊徳の会九州九州大学(福岡県福岡市西区 指定国立大学法人 国立大学法人九州大学)九州工業大学(福岡県北九州市戸畑区 国立大学法人九州工業大学)福岡教育大学(福岡県宗像市 国立大学法人福岡教育大学)佐賀大学(佐賀県佐賀市 国立大学法人佐賀大学)長崎大学(長崎県長崎市 国立大学法人長崎大学)熊本大学(熊本県熊本市中央区 国立大学法人熊本大学)大分大学(大分県大分市 国立大学法人大分大学)宮崎大学(宮崎県宮崎市 国立大学法人宮崎大学)鹿児島大学(鹿児島県鹿児島市 国立大学法人鹿児島大学)鹿屋体育大学(鹿児島県鹿屋市 国立大学法人鹿屋体育大学)九州工業大学と福岡教育大学では蔵書となっていない。そこで先に九州工業大学図書館に「技師鳥居信平著述集」を寄贈した。宮崎大学蔵書1 《クラーク精神》&札幌農学校の三人組 (宮部金吾・内村鑑三・新渡戸稲造) と広井勇 : boys be ambitiousはいかにして現実化されたのか日本の近代化・合理化の一源流「札幌農学校精神」2 新渡戸稲造 (にとべいなぞう) の留学談・帰雁 (きがん) の蘆 (あし)3 内村鑑三神と共なる闘い : 不敬事件とカーライルの「クロムウェル伝」福岡教育大学と宮崎大学に「技師鳥居信平著述集」を寄贈してみよう。
2023.02.22
◎◎大学図書館に寄贈した本が返却されてきた。寄贈してもそのまま廃棄されるケースが多い。そこで「なお、貴図書館にて所蔵して頂けない場合は、本資料を他の大学図書館に寄贈いたしたく、本会メールアドレスにご連絡頂ければ、返送用のスマートレターをお送りしいたしますので、誠にお手数ですがご返送頂きますようにお願い申し上げます。本を廃棄することなく、循環して活用したいという趣旨ですので、どうぞよろしくお願いします」という一文を寄贈文に付しているが、連絡してくれる図書館は少ない。今回◎◎大学図書館がそういうことで連絡いただき、「循環して活用」できることは有難く「無限循環」が報徳仕法の本質であることを考えると報徳の趣意にかなっているように思われる。今回、寄贈の折に住所を間違えて 高崎経済大学図書館 と 日本女子大学図書館 には寄贈できていない。日本女子大学図書館収蔵図書1 遠州報徳の師父と鈴木藤三郎目白地区 図書館目白 ||157.2||Ens 24884206 配架済2 内村鑑三神と共なる闘い : 不敬事件とカーライルの「クロムウェル伝」目白地区 図書館目白 ||281||Uch 24419304 配架済3 《クラーク精神》&札幌農学校の三人組 (宮部金吾・内村鑑三・新渡戸稲造) と広井勇 : boys be ambitiousはいかにして現実化されたのか日本の近代化・合理化の一源流「札幌農学校精神」4 札幌農学校教授・技師広井勇 (いさみ) と技師青山士 (あきら) : 紳士 (ジェントルマン) の工学の系譜5 資料で読む技師鳥居信平著述集 : 台湾の地下ダムの原点は徳島県農業技師時代にある6 新渡戸稲造 (にとべいなぞう) の留学談・帰雁 (きがん) の蘆 (あし)7 二宮先生語録 : 読み下し全ルビ原文・現代語訳8 二宮尊徳と日本近代産業の先駆者鈴木藤三郎9 八田與一 (はったよいち) と鳥居信平 (とりいのぶへい) : 台湾にダムをつくった日本人技師10 米国留学中の内村鑑三の日記と手紙 : 内村鑑三から新島襄、広井勇あて書簡 : 宮部金吾・新渡戸稲造往復書簡抜粋11 報徳は精神変革である12 『報徳記』第一巻(『報徳要典』準拠全ルビ原文(朗読・輪読用)、現代語訳、資料集)日本女子大学図書館に「訳注静岡県報徳社事蹟」を寄贈しよう。
2023.02.22
神奈川県で伊勢原市立図書館についで厚木市立図書館で「訳注静岡県報徳社事蹟」が蔵書となった。中央図書館 2階 /289.1/ヤ/ 109588190 貸出可開架で貸出可になっているのがうれしい。厚木市立図書館所蔵1 訳注 静岡県報徳社事蹟報徳の師父第二集 (図書)2 資料で読む技師鳥居信平著述集3 報徳記を読む 第5集4 八田與一と鳥居信平5 報徳記を読む 第4集6 報徳記を読む 第3集7 遠州報徳の師父と鈴木藤三郎8 補注 鈴木藤三郎の『米欧旅行日記』9 二宮金次郎の対話と手紙 第一10 ボーイズ・ビー・アンビシャス 第5集11 ボーイズ・ビー・アンビシャス 第4集12 ボーイズ・ビー・アンビシャス 第3集13 ボーイズ・ビー・アンビシャス 第2集14 ボーイズ・ビー・アンビシャス 第1集15 報徳記を読む 第1集16 報徳記を読む 第2集17 砂糖王鈴木藤三郎18 二宮尊徳と日本近代産業の先駆者鈴木藤三郎19 報徳産業革命の人報徳社徒鈴木藤三郎の一生
2023.02.21
西南大学図書館が「訳注静岡県報徳社事蹟 」を蔵書としていただいている。4階 B : 通常書架 とある。折り込地図1枚「静岡県報徳社事蹟」主要年表: p11と折り畳み地図と年表にふれていただいているのもうれしい。ちやんと資料として点検いただいている。本書の魅力の一つは明治41年静岡県全図に12の「報徳社」の位置を記したところにあり、本邦初めての試みである。
2023.02.21

寝るときに「靴下」を履いたほうが良い理由2/15(水) 研修医のジェシカ・アンドラーデ「靴下を履いてベッドに入ったほうが寝つきが良くなる理由」「靴下を履くことで足元がぽかぽか温まると、体の血管が拡張して血行が良くなり、どんどん体外へ熱を放出するようになります」「体の熱放散によって深部体温が下ると、脳が休息状態になり、寝つきが良くなるというメカニズムです」活動量の多い日中は脳の温度が高く保たれる一方で、夜間は体から熱放散をして深部体温(脳や内臓などの身体の奥の方の温度)を下げる必要があるとのこと。つまり、手足などの末端部分が冷えていると熱が放散されにくく、寝つきも悪くなってしまう。💛1月の一時期何日も全く眠れなくて体を壊したことがある。平熱より2度以上高い体温が続いた。医者で初めて弱い催眠導入剤を処方してもらってやっと眠れて体温も平熱に戻った。心臓に疾患があり、それ以来、自力で体温を温めることは断念して、電熱ベストや貼るカイロを使て体を冷やさないように留意している。寝る時も、脚を温めることに留意している。たまに浅い靴下をはいたり、足首に貼るカイロを貼ったり、寝ている間に低温やけどしないように気をつけて長いウンダーウェアのすそに張り付けて靴下で隔てる。
2023.02.21
『二宮先生語録』【291】~【295】【291】《訳》世の人はややもすれば増減・大小・貧富・倹奢を論ずるといっても、いまだその理をつまびらかにしない。大はもとより限りがなく、小もまた限りが無い。今、禄が十石であれば小であろうか。禄が無い者も有る、それでは十石を大とするか。百石も有り、千石も有り、万石も有る。千石を大とするか。世の人はこれ小旗本という。万石を大とすつか。またこれを小大名という。そうであれば何を大とし、何を小としようか。これを物価にたとえよう。物と価格と比較し、その後美悪や高いか安いかを論ずるべきである。ただ物をとって美悪を論ずることはできない。ただ価格だけで高いか安いかを論ずることはできない。全国の禄と侯伯の数とを比較して、その後に大小を論ずるべきじゃ。千石の村、百戸の民、均しくこれを分てば一戸十石じゃ。これが増でなく減でなく、大でなく小でなく、貧でなく富でない自然の中じゃ。神道の書でこれを天御中主(あめのみなかぬし)という。儒教の書でこれを君子の中庸という。仏教の書でこれを中品中生という。そしに過ぎるのを増とし大とし富とする。これに及ばないのを減とし小とし貧とする。その禄が十石で、その家事を営む。九石を用いることを倹といい、十一石を用いるを奢という。だから私は中というものは増減の源であり、大小二つの名の母としたのじゃ。【292】《訳》世の人はややもすれば増減・大小・貧富・倹奢を論ずるといっても、いまだその理をつまびらかにしない。大はもとより限りがなく、小もまた限りが無い。今、禄が十石であれば小であろうか。禄が無い者も有る、それでは十石を大とするか。百石も有り、千石も有り、万石も有る。千石を大とするか。世の人はこれ小旗本という。万石を大とすつか。またこれを小大名という。そうであれば何を大とし、何を小としようか。これを物価にたとえよう。物と価格と比較し、その後美悪や高いか安いかを論ずるべきである。ただ物をとって美悪を論ずることはできない。ただ価格だけで高いか安いかを論ずることはできない。全国の禄と侯伯の数とを比較して、その後に大小を論ずるべきじゃ。千石の村、百戸の民、均しくこれを分てば一戸十石じゃ。これが増でなく減でなく、大でなく小でなく、貧でなく富でない自然の中じゃ。神道の書でこれを天御中主(あめのみなかぬし)という。儒教の書でこれを君子の中庸という。仏教の書でこれを中品中生という。そしに過ぎるのを増とし大とし富とする。これに及ばないのを減とし小とし貧とする。その禄が十石で、その家事を営む。九石を用いることを倹といい、十一石を用いるを奢という。だから私は中というものは増減の源であり、大小二つの名の母としたのじゃ。【293】《訳》川の水が直接海に入るのと、これを田に灌いで、たくさんの米を生産し、その後海に入るのと、その水が増減することは無い。貨財もまた同じじゃ。資産家から資産家に入るのと、これを貧民に及ぼして、たくさんの家を立て直して、その後に資産家に入るのと、その資産に増減が有るわけでは無い。そうであるのに貪しい人が自分だけ田に灌いで、余った水を推し譲らなければ、下流の田で生産することはできない。自分の田もまた水が溢れて稲の苗を損ない、ついに畔を潰して苗が枯れ、秋に収穫を得ることはできない。資産家が貪婪で余財を推し譲らなければ、わずかな民の生活さえ安らかにできない。私の財もまた溢れて贅沢に入って、分度を壊して、家を廃する。なぜなら廃村でも、その生産した米で一村の民を養うに足りる。これは理の必然じゃ。そうであるのに一村皆生計に苦しむのはなぜか。他でも無い。生産した米が空しく負債の利息に消えて、資産家から資産家に入るためじゃ。もし資産家が分度を守って余財を推し譲らなければ、一村の民を安んじ、永く自分の富裕を保つことができる。同じように貪夫が余水を推し譲って、一村が灌漑を得て、秋の収穫を得ることができるようなものじゃ。よく考えなければならない【294】《訳》長命を欲するのは人の情じゃ。なぜかといえば明日もまた太陽が必ず出るということを知っているからじゃ。もし明日太陽が必ず出ないということを知っていれば、誰が長命を欲するであろう。なぜならば昨日は今日を慕い、今日は明日を慕うのは、根元の父母があるからじゃ。何を根元の父母というか。自分の身の根元は父母にある。父母の根元は祖父母にある。このように次々にさかのぼってこれを推し究めるならば、終に天地に帰する。だから太陽を称して根元の父母とするのじゃ。【295】《訳》怠け者の貧民が食べる米が無くて、一生懸命働いている良民で米が有る者と同様に正月に餅を食べる。これが貧困を免れない理由じゃ。たとえこの貧民がもち米を求めても決して貸してはならない。よくよくこれを戒め諭さなければならない。いわくお前は一年中怠けていて一生懸命働いている者と同じように正月餅を食べようと思う。それは誤りじゃ。そもそも元旦は急に来るものではない。もち米は偶然できるものではない。三六〇日を積んで元旦は来るのじゃ。春耕し夏草刈りするという勤労を積んで、もち米を得るのじゃ。お前は春耕さず、夏草を刈らなかった。だからもち米が無いのだ。どうして正月餅を食べることができよう。たとえ借りてこれを食べても、何でこれを償うのか。いやしくもこれを食おうと欲するならば、すぐに山林に入って落葉をかいて、これを田に培って、耕し・草刈りを怠らないで秋に収穫を得る。その後に食べるがよい。このようにしなければ貧民は必ず勤めなければ食べることができない、来年は勤労してそれからこれを食べようという思いを起こす。ここにおいて始めてこれを貸し、これを食べさせる。これを教え養うことが兼ね備え、至っているという。◎「深山木」は小田原藩の鵜沢作右衛門が天保6年2月から6月にかけて桜町陣屋に出張し、尊徳の実績を藩主大久保忠真侯の報告した復命書である。【11】金次郎の朝夕の行いは、昨年も申し上げましたとおり、粗末な食事粗末な衣服を用い、居宅あるいは障子は古くなった書き損じの紙を張り、畳などに至るまで見苦しいことは少しも構わず、すべて日用の事は倹約を専ら用いますが、また人に施す場合には米や金は勿論、衣類・夜具などに至るまで心よくつかわし、荒地の起返しや家の建築などにも、大工・職人・専門の土木技術者までも村内へ世話をいたし、俸禄として与えられた米などもも多分につかわし、知行所で工事や開発などを始める時には別に賃金をつかわし、またつかわす方法がない場合には青木村その外にもつかわし、何事も余分な出費がないように厚く取り計らい、かつ荒地を開発するときには、あるいは堰や掘割の工事、家の建築などに至るまで取りかかるときには、平日の心持ちより特別に違って、費用がかかることにも構まず力を尽し、既ニ今年の春以来それぞれ家の建築だけでも7軒新築いたしました。およそ金350両余りもかかったと聞いております。そのほか、物井村の秣(まぐさ)場の野中の道続きの地所、堰用水の新規掘割、はば9尺長さ600間余りの場所を、今年の正月早々に取りかかり、しばらくの時にできました。この掘割の場所は、数年物井村の用水場前で、竹木を始め少なからず費用もかかり、その上従来の揚水式の堰では、この川沿いの田畑はすべて湿気が強いことから、いずれも不作で、数年村の方でも困っておりましたようです。田畑も立直り、その揚水式堰の費用も発生すること無く、自然と用水の便利を考え、まぐさ場の野道の続きの場所の掘割工事ができたそうです。しかしこの場所は湿気がちの場所で、雑木などは勿論、草さへ生えないような場所でしたが、このたびの排水路を作ったことによって湿気が取れ、その上右の堰へ所々へ溝を割って、地形を捲上げ、自然と湿気を去って、往々立出林に取り計らい、村の為になったようです。今年の春には多数の杉苗を植え、なお今後とも植えると聞いております。このようにして、知行所が存続する道を深く思慮し、まごころをもって世話いたしますことから、小前(特別の権利・家格を持たない百姓)たちもたびたび恩恵を受け、子どものように自然と懐いていきました。その風がいつとなく近国・近郷へ響いて、既に細川長門守様、川副勝三郎様から復興の依頼があり、その外の方々からも次々に依頼があり、近在の者たちが、つてを求めて開発などの経過を聞きにきるようになっている次第です。 宮室を卑くし力を溝洫(こうきょく)に尽すということにも相当するかと申すのを聞きました。 右二宮金次郎のこれまで知行所の仕法についての取扱いの次第を承り、なお私からも尋ねて論じて判明した事などを箇条書きにしたため、そのまま恐れ多いことながら御内覧にいれます。以上 近い者は歓び遠い者は来ると申す事にも相当する旨、申したのを聞きました。 6月 鵜沢作右衛門
2023.02.20
九州工業大学図書館に「技師鳥居信平著述集」を島根大学図書館に「新渡戸稲造の留学談」を寄贈する。「人類の為の工学」「札幌農学校精神」という高貴(noble)な精神が次の世代に受け継がれますように願いを込めて。九州の国立大学九州大学(福岡県福岡市西区 指定国立大学法人 国立大学法人九州大学)九州工業大学(福岡県北九州市戸畑区 国立大学法人九州工業大学)福岡教育大学(福岡県宗像市 国立大学法人福岡教育大学)佐賀大学(佐賀県佐賀市 国立大学法人佐賀大学)長崎大学(長崎県長崎市 国立大学法人長崎大学)熊本大学(熊本県熊本市中央区 国立大学法人熊本大学)大分大学(大分県大分市 国立大学法人大分大学)宮崎大学(宮崎県宮崎市 国立大学法人宮崎大学)鹿児島大学(鹿児島県鹿児島市 国立大学法人鹿児島大学)鹿屋体育大学(鹿児島県鹿屋市 国立大学法人鹿屋体育大学)沖縄の国立大学琉球大学(沖縄県中頭郡西原町 国立大学法人琉球大学)残念ながら琉球大学には何度も寄贈しているが、受け入れてもらったことも返送していただいたこともない。沖縄国際大学が、今回の「訳注静岡県報徳社事蹟」を蔵書としていただいて、沖縄県内に所蔵されていることがありがたい。なんと九州工業大学付属図書館には一度も寄贈していなかった。エンジニアシリーズ第4弾「技師鳥居信平著述集」を送らなくちゃ。島根大学でも本会の本を何度か寄贈したが、いまだに所蔵されていない。島根大学は、松江キャンパスに法文、教育、人間科学、総合理工、生物資源科学の5学部、出雲キャンパスに医学部がある。島根大学図書館に「新渡戸稲造の留学談」を寄贈してみよう。
2023.02.20
コロナと物価高で生活困窮者が急増 食料支援の「フードバンク」破綻危機2/19(日)寄付された食料を生活困窮者に提供する「フードバンク」の活動が、セーフティーネットとしての存在感を増す中、支援要請に対応できないケースが生じている。新型コロナウイルス禍に伴う雇用環境の悪化や物価高騰などの影響で、困窮者支援としての需要が拡大しているためだ。多くの支援団体は公的な助成金などに頼って運営しているのが実情で、専門家は「支援団体側の活動を後押しする仕組みが必要」と話している。NPO法人「ふーどばんくOSAKA」森本範人(のりひと)事務局長「人手や設備を増強しようにも予算的に難しく、『食べ物を届けてほしい』と言われても、対応できなくなりつつある」自治体でも支援の動きがあり、大阪市では2年4月から一部の区役所やスーパーなど74カ所に、家庭で余った食品の寄付を受け付ける窓口を設置。市から連絡を受けたフードバンクが回収する「フードドライブ」の仕組みを整えた。日本女子大の小林富雄教授(フードシステム論)によると、米国では災害などの有事に国が飲食店から食料を買い上げ、フードバンクを通して無償で国民に提供する制度があり、コロナ禍で活用されたという。小林氏「国や自治体がフードバンクに社会的なセーフティーネットとしての役割を期待するのであれば、経済環境の悪化に応じて、資金面や運営面でさらに踏み込んだ支援をする必要がある」と話している。
2023.02.20
『二宮先生語録』【291】~【295】凡例一、「報徳記を読む」シリーズは、読書会等で声に出して読まれることを目的として作成する。そのために本集所収の『報徳記』、『二宮先生語録』は全ルビとした。二、『二宮先生語録』の底本は、『二宮尊徳全集第三十六巻』(二宮尊徳偉業宣揚会昭和六年発行)である。三、『二宮先生語録』は、漢文で書かれている。漢字は原則として新漢字に改めた。読み下しの送りがなについては原則として『全集』に準拠した。ふりがなについては『二宮語録』(平林久男昭和一七年発行)に準拠したが、明らかな誤記、誤植と思われる箇所などについては、編者において適宜訂正した。四、語釈を文中に( )で施し、漢文読下し文の後に、主に「報徳博物館資料集3宇津木三郎編『斎藤高行 報徳秘稿(抄)』」(以下『報徳秘稿』)の対応表を参考に関連する『報徳秘稿』該当箇所を引用した。引用にあたって、読みやすくするため、送り仮名はひらがなとするなど改めた。五、現代語訳にあたって『訳注二宮先生語録』(佐々井典比古訳注)を参考にした。語尾の「じゃ」は、『駿河御厨郷中への教訓』によるが、「である」等に適宜読み替えられたい。【291】《訳》世の人はややもすれば増減・大小・貧富・倹奢を論ずるといっても、いまだその理をつまびらかにしない。大はもとより限りがなく、小もまた限りが無い。今、禄が十石であれば小であろうか。禄が無い者も有る、それでは十石を大とするか。百石も有り、千石も有り、万石も有る。千石を大とするか。世の人はこれ小旗本という。万石を大とすつか。またこれを小大名という。そうであれば何を大とし、何を小としようか。これを物価にたとえよう。物と価格と比較し、その後美悪や高いか安いかを論ずるべきである。ただ物をとって美悪を論ずることはできない。ただ価格だけで高いか安いかを論ずることはできない。全国の禄と侯伯の数とを比較して、その後に大小を論ずるべきじゃ。千石の村、百戸の民、均しくこれを分てば一戸十石じゃ。これが増でなく減でなく、大でなく小でなく、貧でなく富でない自然の中じゃ。神道の書でこれを天御中主(あめのみなかぬし)という。儒教の書でこれを君子の中庸という。仏教の書でこれを中品中生という。そしに過ぎるのを増とし大とし富とする。これに及ばないのを減とし小とし貧とする。その禄が十石で、その家事を営む。九石を用いることを倹といい、十一石を用いるを奢という。だから私は中というものは増減の源であり、大小二つの名の母としたのじゃ。【292】《訳》世の人はややもすれば増減・大小・貧富・倹奢を論ずるといっても、いまだその理をつまびらかにしない。大はもとより限りがなく、小もまた限りが無い。今、禄が十石であれば小であろうか。禄が無い者も有る、それでは十石を大とするか。百石も有り、千石も有り、万石も有る。千石を大とするか。世の人はこれ小旗本という。万石を大とすつか。またこれを小大名という。そうであれば何を大とし、何を小としようか。これを物価にたとえよう。物と価格と比較し、その後美悪や高いか安いかを論ずるべきである。ただ物をとって美悪を論ずることはできない。ただ価格だけで高いか安いかを論ずることはできない。全国の禄と侯伯の数とを比較して、その後に大小を論ずるべきじゃ。千石の村、百戸の民、均しくこれを分てば一戸十石じゃ。これが増でなく減でなく、大でなく小でなく、貧でなく富でない自然の中じゃ。神道の書でこれを天御中主(あめのみなかぬし)という。儒教の書でこれを君子の中庸という。仏教の書でこれを中品中生という。そしに過ぎるのを増とし大とし富とする。これに及ばないのを減とし小とし貧とする。その禄が十石で、その家事を営む。九石を用いることを倹といい、十一石を用いるを奢という。だから私は中というものは増減の源であり、大小二つの名の母としたのじゃ。【293】《訳》川の水が直接海に入るのと、これを田に灌いで、たくさんの米を生産し、その後海に入るのと、その水が増減することは無い。貨財もまた同じじゃ。資産家から資産家に入るのと、これを貧民に及ぼして、たくさんの家を立て直して、その後に資産家に入るのと、その資産に増減が有るわけでは無い。そうであるのに貪しい人が自分だけ田に灌いで、余った水を推し譲らなければ、下流の田で生産することはできない。自分の田もまた水が溢れて稲の苗を損ない、ついに畔を潰して苗が枯れ、秋に収穫を得ることはできない。資産家が貪婪で余財を推し譲らなければ、わずかな民の生活さえ安らかにできない。私の財もまた溢れて贅沢に入って、分度を壊して、家を廃する。なぜなら廃村でも、その生産した米で一村の民を養うに足りる。これは理の必然じゃ。そうであるのに一村皆生計に苦しむのはなぜか。他でも無い。生産した米が空しく負債の利息に消えて、資産家から資産家に入るためじゃ。もし資産家が分度を守って余財を推し譲らなければ、一村の民を安んじ、永く自分の富裕を保つことができる。同じように貪夫が余水を推し譲って、一村が灌漑を得て、秋の収穫を得ることができるようなものじゃ。よく考えなければならない【294】《訳》長命を欲するのは人の情じゃ。なぜかといえば明日もまた太陽が必ず出るということを知っているからじゃ。もし明日太陽が必ず出ないということを知っていれば、誰が長命を欲するであろう。なぜならば昨日は今日を慕い、今日は明日を慕うのは、根元の父母があるからじゃ。何を根元の父母というか。自分の身の根元は父母にある。父母の根元は祖父母にある。このように次々にさかのぼってこれを推し究めるならば、終に天地に帰する。だから太陽を称して根元の父母とするのじゃ。【295】《訳》怠け者の貧民が食べる米が無くて、一生懸命働いている良民で米が有る者と同様に正月に餅を食べる。これが貧困を免れない理由じゃ。たとえこの貧民がもち米を求めても決して貸してはならない。よくよくこれを戒め諭さなければならない。いわくお前は一年中怠けていて一生懸命働いている者と同じように正月餅を食べようと思う。それは誤りじゃ。そもそも元旦は急に来るものではない。もち米は偶然できるものではない。三六〇日を積んで元旦は来るのじゃ。春耕し夏草刈りするという勤労を積んで、もち米を得るのじゃ。お前は春耕さず、夏草を刈らなかった。だからもち米が無いのだ。どうして正月餅を食べることができよう。たとえ借りてこれを食べても、何でこれを償うのか。いやしくもこれを食おうと欲するならば、すぐに山林に入って落葉をかいて、これを田に培って、耕し・草刈りを怠らないで秋に収穫を得る。その後に食べるがよい。このようにしなければ貧民は必ず勤めなければ食べることができない、来年は勤労してそれからこれを食べようという思いを起こす。ここにおいて始めてこれを貸し、これを食べさせる。これを教え養うことが兼ね備え、至っているという。
2023.02.20
「訳注静岡県報徳社事蹟」が、京都教育大学など10大学図書館で蔵書となっている。東京大学図書館は「技師鳥居信平著述集」寄贈の際は、受け入れできませんと返却されただけに、「訳注静岡県報徳社事蹟」の資料的価値を認めていただいて蔵書としていただいた。感謝します。0001 京大教育 2000429250830002 信大 図 157.2:J 48 00210572450003 国学院 12200635130004 弘大 本館 157.2||Sh94 087312410005 日大国 国際 50018549W0006 東大総 157.2:J48 00150800540007 法大 市図 157/27/2 210110003568790008 酪農大 図 122018070009 長大 157.2||H96 16221320010 静岡文芸大 091.572/J 48 01290825今年(2023年)1月『訳注静岡県報徳社事蹟』を60以上の大学図書館に寄贈した。現在、東大、京都教育、信州、弘前、国学院、日大国、法大、酪農大、長崎、静岡文芸の10図書館で蔵書となっている。明治後半440の報徳社が静岡県にあり、報徳運動が盛んだった。日本近代産業の担い手はそこから輩出された(^^)☆ブラタモリでアイスランドのプレートの境目の絶景が、世界自然遺産ではなくて、世界文化遺産として登録されていると紹介していた。シンクヴェトリル付近は、大西洋中央海嶺の地上露出部分であって、ユーラシアプレートが東に北米プレートが西に広がっている。そのため各地でギャオ(アイスランド語: gjá)と呼ばれる大地の裂け目が見られ、独特な岩肌を眺めることができる。シンクヴェトリル国立公園 世界文化遺産 2004シンクヴェトリルは、930年にノルウェーからの移住者によって民主的な全島集会「アルシング」が開かれた歴史的な場所としても知られます。これが世界最初の民主議会と評価され、文化遺産として世界遺産に登録。その地にはアイスランド国旗が誇らしげにはためいています。アルシングは毎年夏の数週間の期間に開かれ、アイスランドの各地域を代表する人物がシンクヴェトリルの集会場に集まり、法の制定などを行います。話し合いが行われた場所は「法の壁」と呼ばれ、現在では開催地となった場所にはアイスランドの国旗が立てられています。アルシングは国の意思決定に議会制民主主義を取り入れたということで、930年当時の時代背景から考えると極めて先進的な取り組みでした。アイスランドは今の近代議会に通じる民主的な議会を行い、アイスランドの現国会議事堂ができる1798年まで、およそ800年以上にわたって開催されました。💛二宮尊徳が江戸時代末期に関東で始めた報徳の教義が明治後半には400を超える報徳社運動となり、報徳の実践家たちが活動していたことを考える。 ある意味、静岡県報徳社事蹟 とは 日本の世界に誇れる文化遺産であり、「報徳の精神」は日本人が受け継ぐべき精神でもあると思う。
2023.02.19
浜松市立図書館の全12図書館で「訳注静岡県報徳社事蹟」が蔵書となった。城北図書館で「貸出中」になっているのがうれしい。1 中央 5110934279 151/4/K2 調査支援室 郷土資料 貸出不可 在庫 ×2 南 5410273097 157.2// 郷土資料 郷土資料 在庫 ○3 東 5710353235 157.2// 郷土資料 郷土資料 在庫 ○4 南陽 5910250421 157.2// 郷土資料 郷土資料 在庫 ○5 城北 5310714554 157.2// 郷土資料 郷土資料 貸出中 ×6 雄踏 6510667808 S157.2// 郷土資料 郷土資料 納品確定 ×7 天竜 6311081654 157.2// 郷土資料 郷土資料 在庫 ○8 春野 6910348751 157.2// 郷土資料 郷土資料 在庫 ○9 引佐 6710701308 S157/ジ/ 郷土資料 郷土資料 在庫 ○10 三ヶ日 6810907995 S157// 郷土資料 郷土資料 在庫 ○11 北 5810422880 157.2// 郷土資料 郷土資料 納品確定 ×12 はまゆう 6110433973 157.2// 郷土資料 郷土資料 在庫 ○
2023.02.19

有吉のお金発見 突撃!カネオくん で ふりかけ と フリーズドライ の特集を放映していた。ふりかけの売り上げ第一位は丸美屋の「のりたま」・ふりかけの誕生 熊本で薬剤師をしていた吉丸末吉さんが、いりこを丸ごと粉末にして味付けをした品を大正初期に考案したことが、ふりかけの元祖「御飯の友」の誕生だという。 当時は食糧不足でカルシウムが不足していたため、薬剤師という立場と知識からそれを解消すべく、栄養補助食品として考案された。魚嫌いの人にも受け入れられるよう、魚の臭いを消すための工夫がなされている。のりたま・1960年の発売から52年目を迎えた丸美屋食品工業のふりかけ「のりたま」がロングセラー商品になれたのは、消費者の嗜好(しこう)を意識した味を追求してきたからだ。「同じ味を貫くと消費者の味覚変化から、変えていないのに『変わった』と思われる。“変わらない味”と思われるには、常に時代に合った変化が必要になる」(吉田哲広報宣伝課課長)。味や食感のマイナーチェンジを繰り返し、消費者の嗜好と乖離(かいり)させないことで、いつの時代も変わらない味という「安心感」を与えた。「のりたま」は数あるふりかけ分野の中で、トップシェアの約8%(丸美屋推定)を占めている。 高品質のタンパク源を家庭で手軽に摂取できる商品を模索していた丸美屋食品工業の創業者・阿部末吉氏は、旅館の朝食では卵とのりの組み合わせが定番であることがヒントとなり、二つを組み合わせたふりかけの商品化を思いついた。 ふりかけにはパウダー状にした食材を一定程度の大きさにして流動性を持たせることが必要となる。阿部氏は食材単体をパウダー状に固めるだけではなく、砂糖や塩などの調味料を練り合わせた後に、メッシュ状の網目に原料を通過させ乾燥させる独自の造粒法を開発していた。培った技術やノウハウを応用し、小麦粉や砂糖、塩などを練り込んだ生地に生の卵を混ぜ込み熱風を注ぎ込む「熱風乾燥法」を採用。食材に選んだ卵をふりかけに合うような食感に粒子化する造粒技術は難しく「発売後もなかなか類似商品が出なかった」ほどで、「他社が簡単にはまねできない」サクサクした食感の卵を実現した。 “変わらないおいしさ”を追求するため、のりたまは時代のニーズに応じて味を変化させている。健康志向が高まると、1981年に塩分をカット。1996年には、さらに塩分を控え、同時に味の品質を落とさず向上させるように改良した。 消費者の嗜好調査から、のりたまに求めるのは「卵の味や存在感」ということが分かると、卵の種類を追加。従来の卵をベースに、マイクロウェーブ乾燥技術を応用し、少し大きめの卵の粒子を加えた。「基本の味を通常の卵粒子で表現し、大きめの卵で見た目の良さとサクサク感を強調させ、両方の卵で食感を引き立たせた」💛最新の乾燥技法による「卵の味や存在感」を味わうためにふりかけ「のりたま」を買ってきた。海外でもFURIKAKEは人気だという。ハワイではポップコーンにふりかけをかけることが当たり前という。ソフトクリームにも。ヨーロッパでもパスタや現地のフードにふりかける。なんでも合う。まさに Cool Japan!!「ごはんのおとも!ふりかけのお金のヒミツ」2023年2月18日キングオブごはんのおとも!「ふりかけ」のお金のヒミツに迫る!▽コメの消費が減る中、市場規模が拡大!焼肉味・カレー味・ケチャップ味まで登場!▽「ふりかけ」の進化は乾燥技術のおかげ!?国内売上1位のふりかけ工場に潜入!たまごを乾燥させる最強マシーン大公開▽実は今、海外でも「FURIKAKE」が大人気!▽お湯をかけるだけで料理が完成するフリーズドライのヒミツにも!☆日本で初めて乾燥技術を機械工業として完成したのは鈴木藤三郎である。魚を乾燥させて肥料にする工場を北海道に設立した。鈴木藤三郎の著「乾燥富国論」の題名のとおり、日本の乾燥技術は世界をリードしている。鈴木藤三郎の乾燥法発見の功績を忘れてはならない。藤三郎は、明治42年(1909)の暮れ以来、サッカリン事件の責を負って静岡県裾野の鈴木農場に引きこもって、日本醤油醸造会社の復活を祈った。しかし、そのかいもなく明治43年(1910)5月27日に尼崎工場が、天災ともいえる自然発火のために焼失してしまった。同社の再起は絶望となって、同僚の重役や株主や従業員はもとより、社会に与えたショックは非常なものだった。藤三郎としては、醤油会社は、販売網を封鎖されて経営的には失敗したが、醸造法そのものについては、今でも確信を持っている。それで、たとえ小規模にでもこれを継続して、決して確信もないものを、やたらに大げさに着手したものではないということを、実証したいと切望した。だが、醤油も塩も、その特許権は全財産とともに日本醤油醸造会社の整理のために提供したので、どうすることもできなかった。そこで藤三郎は、尼崎工場が焼失し、同社の再起が不可能なことを悟ると同時に、新たな発明に向かって努力を始めた。それは熱風乾燥機の発明だった。この年6月から、続々と特許権許可の出願がされ、熱風装置、乾燥装置をはじめ11件が、半年の間に特許となった。当時、藤三郎が描いた一つの絵が残っている。中央にいる一人の騎馬の鎧武者が、右からは長刀で切りつけられ、左からもまさに大刀を振るって切りかけようとされている中で、鞍に伏して手綱を整えている図である。『敵集撃中鞍に伏して手綱を整ふ 明治四十三年六月』と書いてある。醤油会社失敗の直後(尼崎工場の火災は同年5月27日深夜)の絵である。世間から藤三郎に対して、山師であるとか、向こう見ずの虚業家だとか、あらゆる非難攻撃が集中していた。この非難は、すべてそのまま甘受して、この罪に償うに足るだけの新しい貢献を、社会にするよりほかに自分の生きる道はないと、藤三郎は覚悟した。その時の感懐をこの一枚の絵に託したものであろう。この一小図絵の中に、彼の悲歎と同時に「手綱を整ふ」という文言に、不撓不屈の藤三郎の精神を顕しているようにも思える。藤三郎の真骨頂ともいえる。藤三郎の発明活動は翌明治44年(1911)に乾燥装置を中心として、1か年に実に41件を発明し特許を得た。この年の4月に、乾燥装置の発明と実験がひと通り完成したので、彼は『乾燥富国論』を著わして各方面に配付した。そして6月上旬に新聞、雑誌社の人々を上野の精養軒に招いて、その発表をした。「乾燥富国論」 鈴木藤三郎自序 予はさきに醤油醸造方法及びその装置を発明し、実験のため小規模の工場を設け、前後3年間実験を重ね、その結果の良好なることを確証したるをもって、去る明治40年同好の者とはかり、日本醤油醸造株式会社を創立し、予は資産を挙げてこれに投資し、200年来旧慣を墨守したる本邦醤油醸造界に一大革新をくわだてたり。以来、歳を閲する僅かに3年、事業未だその緒につかざるに、不幸営業上に一大蹉跌を生じ、製品の名声を失墜し、ために会社は120余万円の大損失を蒙るにいたれり。予はこの失敗が予の事業経営の方針を誤りたるに起因するものなることを反省し、明治42年12月全部の財産と醤油醸造に関する特許権とを同会社に提供し、同時に取締役社長の綬を解きてその職を辞せり。しかれども予の発明にかかる醤油醸造方法及びにその装置の能力に対しては、昔日の確信少しも衰えざるのみならず奮進の念さらに倍加しきたり。ことに会社の前途に関しては夙夜沈思、願くは身命をなげうって再び社業に従事し、粉骨砕心もって社運の挽回を図らんことを切望したるも、不幸にしてこの儀絶体に当事者の容れる所とならず。予が苦心をして空しく水泡に帰せしめたるは、まことに千秋の恨事といわざるべからず。かくのごときは畢竟皆、予の不徳非才のいたす所にして、今また誰をか恨み何をか憎まん。よって更に小規模の計画を立て、独力醸造を開始してその所信を貫かんと欲したるも、いかんせん、当時資産と特許権とは既に去って掌中一物ものこさず。手足皆縛の窮境に沈淪し、また策の出るべきを知らざりしなり。アア予は今回の面目ありてか、社会に立つことを得ん。空しく生を貪らんよりは、一死もって知己に報いるにしかざるを想い、実は心ひそかに決する所ありしなり。しかるに翻って再考すれば、およそ人窮地に陥って、死を決するは易く、生きて前過を償うの功を建つるは難し。難きを避けて、易きにつくは、古来志士の最も恥ずる所。しかして予もまた平生一介の志士を以て自任す。一死、決して知己に酬いるの道にあらざるを悟り、翻然としてその非を改め、むしろ進んで功を建て前過を償うの道を採らんことを誓えり。ここにおいてか、眼を転じて本邦産業界の現状を洞察するに、農林水産等各種の産業は政府の奨励民間有志の勧誘あいまって、発展の蹟大いに見るべきものありといえども、ひとりこれら生産業に必要欠くべからざる物品乾燥の方法に至っては、一般の知識今なお極めて幼稚の域にあるを認識せずんばあらず。よって予は更に深く日本における乾燥操作の現状を調査したるに、果然本邦の乾燥工業界は混沌として帰一する所を知らず。諸種の装置及び操作は内地式といわず外国式といわず、ともに杜撰にして理想をへただること遠く、かつ人工乾燥装置の普及せる範囲極めて狭し。したがって各種生産物の乾燥各方面において充分なるあたわず。ひいて品質に及ぼす傷害は非常に多大にして、これがため蒙る現時本邦の損害金額は全国を通じて一か年無慮1億円の巨額に上るのみならず、これを今日のままに放任するにおいては、将来の発展を得て望むことあたわざるの状態にあることを発見せり。しかしてこの欠陥を救済するの道は、完全なる人工乾燥装置の出現にまつより外に良策あること無し。よって予はこの点において心ひそかに本邦産業界に貢献する所あらんことを期し、深く乾燥の目的及び原理を研究したるに、たまたま乾燥の目的は予が30年来攻究を積みたる蒸発の目的と一致せることを悟了したるより、ますます自信を堅く、工夫を重ね研究を積みたる結果、斬新なる乾燥装置数件を発明したるをもって、直ちにその装置を制作し、しばしば実験を重ねて、その成績の好了なることを確めたり。時あたかも同情諸氏の懇切なる勧告をかたじけなくして、予は再び事業界の赤児として、社会にまみゆるの光栄を得、新生の元気鬱勃として禁ずるあたわず。今この発明を日本の産業界に提供するに際し、本邦における乾燥操作の現状及び将来に関していささか卑見を開陳し、このココの産声に題するに『乾燥富国論』の名をもってせり。大方の諸賢哺乳の恵垂れたまわば、幸また甚し。 明治44年1月 著者識
2023.02.19
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