MM2022のブログ

PR

×

プロフィール

MW2022

MW2022

カレンダー

コメント新着

天国にいるおじいちゃん@ Re:打席に入る前に、バットを天にかざして、天国にいるおじいちゃんに『力を貸してくれ』(08/24) 天国にいるおじいちゃんについては、 089…

キーワードサーチ

▼キーワード検索

2026.01.29
XML
カテゴリ: 坐禅
永平初祖学道用心集 5-8

道元・学道用心集講話「第五 参禅学道は正師を求むべき事」(澤木興道)


 西行法師の書かれたものにはおもしろい話がたくさんある。念仏申し死んだら結構じゃと思ったものだから、「往生するから皆さん寄ってください」といって幕を張って首を吊ることにした。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と申して、一週間のうちに往生するといったけれども、一週間の間に決心がつかない。もう一週間延ばしてくれといった。そこで西行法師はさもありなんと書いてござる。そうしてさらに南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、もう三日日延べしてくれ、さもありなん。こういうことで、ぼつぼつ興がさめてきて見物人がだれもいなくなった。そうしたら今度はいよいよ往生するからというので、また人が集まった。そうして五日間、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と唱えて、結構な往生を遂げさっしゃったと書いてある。念仏をそんなものと心得ておった。鎌倉以前の幼稚な信仰である。何も極楽往生という言葉が悪いのではないが、死んだらいい所へゆけると思うのはあまりにも浅はかな考えである。

 だから「縦い良薬を与うと雖も、銷方を教えざれば病と作(な)ること、毒を服すよりも甚し」だいたい、自殺と他殺とどれだけ隔たりがあるかというと、同罪である。われわれは生きておるのではなくて、生きさせてもろうておるのである。わたしはいつもよくいうが、心臓に油さした者もなく、ねじを巻いた者もありはせん。天然自然に生きておる。宇宙の原則と続いておる。それを自分だけ気ままにするのは無責任なわけで、死なんならんときに死にとうもないのはどうかと思うけれども、生きられるだけ生きんならん。自殺も他殺も仏教では同罪である。だから「良薬を与うと雖も、銷方を教えざれば病と作(な)ること、毒を服すよりも甚し」という弊害が起こる。
「我朝古より良薬を与うるの人無きが如く、薬毒を銷(しょう)するの師未だ在らず」薬の中毒ということがあって、アスピリンを飲んだら、熱は下がったけれども、何やら頭がおかしいということがある。
「是を以て生病除き難く、老師何ぞ免れん」人生の根本問題の解決がついておらない。人生何をしたらいいか、とにかくでたらめ放題でやっておるので、人生どうせんならんというきまりがあるわけじゃない。だから、坊主にでもなってみようかというデモ坊主というのがある。お寺にでもいってみようか、歌舞伎役者にのろけるよりその方が品もいいという後家さんもある。何も大したことはない。
(「沢木興道全集」第2巻p.116-117)





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2026.01.29 02:00:05


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: