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2026.02.24
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カテゴリ: 坐禅
「覚悟はよいか」 朝比奈宗源 (抜粋)

突然『柝』が鳴った その3

「修行」

 無始無終というのは、わしにとらわれていたのでは永久にわかりっこない。わしには生まれたという始めがあり、死という終わりがある。そのわしが死んでも、天地はいきいきと生きているだろう。山川草木、すべて自然のままに在るだろう。それが「仏心」なんだなあ。仏心とは、それらすべてのものを包んだもの、その中に我は生き、我は死ぬが、一体なるがゆえに生をも超え、死をも超えることができる。わしはその中に生きていたんではなくて、すべての中にわしがいたのだ。すべてのものがわしであり、そういうわしがすべてのものだった。

 わしはこうして初関を透った。だけど油断しちゃならない。そのままでは、うっかりすると死神になり野狐禅になる。なお年月をかけて坐り、公案を調べて修行して、境界をみがかねばならない。それで、だ。またわしにはいろんな問題があって、僧堂を出て思いっきり坐ってみたいという思いに駆り立ててられて、ちょうど師匠の真浄老師が亡くなられたこともあったけど、25歳のとき、飛騨の山奥へ入ることにした。親友と二人で。曹洞宗の人だった。
 乗鞍岳だ。ひどいところだ。朝日村の青谷というところから三里半もはなれている山奥に植林の下刈りのためにこしらえた粗末な小屋があった。雷が、下で鳴るんだ。そういうところで4月から8月まで110日間、わしたちは励まし合って坐った。
 食べ物もひどかったなあ。ヒエと米を半分ずつ混ぜたお粥なんだ。友達と2人で小さな鍋を持って行って、小型の湯飲み1杯ずつ2杯を炊くと、お椀で2杯半ずつぐらいのお粥になる。それを午前と午後の2回、9時半と3時半頃に食べて、また坐るんだ。
 副食物は山菜だなあ。蕗、わらび・・・・おかしいんだ。あんな山奥にわさびがあったなあ。、ま、いちばん食えたのはわらびだった。春から夏まで、ずっとある。そういうものを食べていたから、山を下りたときは、すっかりアバラ骨が出ちゃってる。完全な栄養失調だ。元来、虚弱体質だったわしには、よく耐えられたものだと思う。あるいは衰弱死するかもしれない。けれども、わしは平気だった。
 それはそうだろう。「死んでも死なぬ」という、わしの公案にひとまず答えを出しているんだもの。正式に雲水に出してもらえる20歳まで命がもつかどうかと思っていたわしが、まだ5年も生きて、しかも、仏心と一体にある自分が、なお修行できるんだもの。これに過ぎたる幸せはないわなあ。





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最終更新日  2026.02.24 06:00:08


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