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2026.03.07
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カテゴリ: 和上
念共讃裡(ねぐさり)抜粋



第一篇 求法

1.駅長をやめて来い

2.シャンとせぬ心

3.毛一筋の望み

4.後生一大事とは

5.楽屋住まい

6.浄玻璃鏡

7.ただ念仏して

8.火中の白蓮

9 信心と念仏

11 ご法席の和上 1

 河崎の念仏堂で和上を囲んで高らかに合掌念仏、今やお手は解かれてご法話に移られんとする時、
「オカヤーン。」
と、子供が障子の外から大声に呼びかけました。付近の方が参詣しておられたと見え、その呼ばれた母親が、
「ハーイ」
と、応えて立ち上がろうとしました。
 参詣者の視線がその方に集まる時、和上厳然として、
「オカヤーンはいらんー。」
ー親も子も、また参詣者の一同も声を潜まし、一座は森閑として息詰まるような場面であります。ややあって和上悵然、重々しい口調で一同に、
「医者が大病人を手術台の上に乗せてー、今メスで腹を切り開らかんとする時に、オカヤンーでは困るじゃないか。南無阿弥陀仏。」
と長大息。その嘆然たるご様子は今もなお眼前に彷彿としてあり。やるせない感激の場面はそぞろに冷汗(れいかん)の思いでありました。
 ああ!この寸言、ああ、この隻語。南無阿弥陀仏。
 和上のご法席に臨まれる態度はいつもこうした、真剣勝負であり、息詰まる真摯な分秒をもゆるがせにせぬ真に、
「急行列車と急行列車のスレ違い。」
であったことに、今更ながら恐懼せずにはおられません。
 まさしく我々は曠劫流転の古えより数え来れば、この尊い和上のご縁に遇うことの、ホンノ僅かな時間は極微にも足らぬ石火光中であります。
 が、しかしこうした一分一秒を争う中にもまた和上は、
「イヤイヤ今自分が出る場所ではないー。この通り御阿弥陀様が出ておって下さるのに・・・南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。」
と言って念仏しつつ、十分に如来の加被力を待たれるのが常でありました。
「なぜアレ程求める者にーモット早うご教化をなされんのだろう・・・・・。」
と歯がゆく思われるほどの十二分の待機がありました。
「出ずる息入るを待たず・・・・・明日とも知れぬ命とありますから、どうぞお聞かせを・・・・・。」
とセキ立つ時、人を食ったようにボンヤリと、
「わしは二十年は確かじゃが・・・・・。」
「和上様のご寿命はありませんが、私の命が・・・・・。」
「よしよしー。御阿弥陀様はなあ、法を聞かせるためには無い。いのちまでも延ばして下さるそうな。
 二三日はわしでも引き受けるぞー、、マア堕ちついて・・・・・。」
と分秒を争うやるせない愍情を秘めて、相も変わらずコクリコクリと居眠りを始められる。
「それでもそれでも。」
と理屈をこねて急き立てると長大息の大あくび一番、両手でお顔を撫でながら、「アーアー。」
その悠揚迫らぬお姿は小面憎いくらいであります。
「この席へ来るのは人間の力や、人の勧めぐらいではなかなか来られるものではありません。
誰誰さんが行けとおっしゃったで来たというが、ソノ誰々さんは誰々さんでぬてーソリャ御阿弥陀様のお命を頂いたのー。
 すべてを如来の矜哀に打ちまかせて、「宿善有難し」と頂礼合掌法機円熟を待たれました。
 またよく和上は哄笑しつつ、事面白げに漫談される時がありました。誰でも感興にめいる法談には、涙と共にシンミリするのであるが、和上はそこを、
「アンマリ正気すぎるでないかー。」
と言わぬばかりに爆笑されて気分の転換をはかられる。いつぞやのご縁に余りの有難さに泣けて泣けて仕方がない。声涙共に下って膝頭をぬらす時、和上は鉾を転じて呵々大笑。

 その跡で感じたことでしたが、和上があそこで笑って下されねばトテモ感激に身を削り取られるようで、モウやり切れぬ、モウたまらぬーという時に、事面白く哄笑されたので、ホット一息した心地でありました。
 その後よくまた和上の哄笑に誘われてウッカリ追笑する時、
「ああー誰かが今あの感激にひしがれているのだなー。」
と思い直してそのご哄笑の奥を味わうことでした。
 またその反面に和上は辛辣な内省から参詣の一人一人、皆自分を引き立てに来て下さった、先達であり菩薩であり、還相の応身仏として心から尊まれるのが常でありました。
 ご縁が終ってから念仏堂を掃除される時。
「菩薩方の造られた塵を掃き捨てるのは勿体ないことじゃ。」
と箒を止めてひたすら照顧脚下されるお姿を拝する時、また言うに言えぬ尊い涙がこみあげてきます。
 かつてある夏の初めまだうら若い子持ちの嫁御が四組も揃うた時でありました。昼間は付近の子守りを頼んでおきますが、夜は皆が一人づつのあかごを抱いてきて、念仏堂の下座に寝かせ
自分はご縁に連なってはいるものの、蚊の出初めなので気が気じゃない。さりとて蚊取線香も焚けず、蚤取り粉ぐらいをバラまいてヤキモキしながらご相続をしている時です。
 和上はチャンとこれをご存じで、嬰児のぐるりに。蚊取線香を何本も立て回られて、
「子持ちがここへ来ようと思うと、なかなか大した事ですはなアー。着物の着替えからオムツの取替えーと、それもアンマリ汚い破れは持ってこられんしなあー。いろいろとなアー。えらいこちゃはなア・・・・・。」
 その出難い中から出てきて自分をお引き立て下さるーと言った敬虔なお心持と、祖母のようなお心尽くしに痛みいった事でした。
 またアノ念仏堂の周到なご用意、平野も河崎も鳥羽も共に皆お粗末な中にも、迫力のある強みは整頓された上に始終雑巾のお手入れがあり、ことに河崎の新築の南側の障子に、日中強い光線が当たるので、腰の方だけ二重張りにしてある事や、赤茶けた煤紙をそのままに、丹念な修理が行き届いてありmす。いかにも心の底まで落ちつくような感じであり、またその上に幕を引いて光線の調節を計られるといった緻密なお心づくしは、いかな悍馬無頼の徒もかしこまらずにはおられず、落ちつかずにはいられません。
 明るいガラス張りではトテモ後生一大事とこやつがなってくれません。かつて江州の某氏がその村で何ともかも手のつかぬ、暴漢を連れて参詣されました。その暴漢は和上の前にドッカとあぐらを
くんで、横柄に、
「和上さん!わしはキチンとよう坐らんで、これでご免してもらわにゃ・・・・・。」
 和上暫くご相続の後シンミリと、
「猫でも犬でも主人の前には頭を垂れて足を折る・・・・・。」
 お言葉の中途にして早やその暴漢は知らずしらずにかしこまっている。それでもなお、
「私はそんな窮屈な念仏は一声もよう称えませんー。」
 和上またしばらくして、
「啞(おし)の子でも親はかわいいーマシテ一声でも、お母(か)アーというてくれたら親はどれほど喜ぶことでしょう。」 
 暴漢遂に涙を流して大高称されるようになったとの事であります。





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最終更新日  2026.03.07 07:40:52


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