MM2022のブログ

PR

×

プロフィール

MW2022

MW2022

カレンダー

コメント新着

天国にいるおじいちゃん@ Re:打席に入る前に、バットを天にかざして、天国にいるおじいちゃんに『力を貸してくれ』(08/24) 天国にいるおじいちゃんについては、 089…

キーワードサーチ

▼キーワード検索

2026.03.25
XML
カテゴリ: 報徳
人を教え諭すことについて尊徳先生はこうおっしゃっている。

「深く悪習に染まった者を、善に移らさせるのは、大変難しい。

一旦は改める事があっても、また元の悪習に帰るものなり、これはどうにも仕様が無い。
何回でもこれを恵んで教えるがよい。
悪習の者を善に導くには、たとえば渋柿の台木に甘柿を接いだようなものだ。
ややともすれば台芽の持前の性質が発生して継穂の善を害する、
だから継穂をした者は、心を付けて、台芽をかき取るように厚く心を用いるべきである。
もし怠るならば台芽のために継穂の方は枯れ失せてしまうであろう。
私が預った地に、このような者が数名あった。
私はこの数名のために心力を尽したこと、はなはだしかった、そのように勤めたのだ。」

「私が預った地に、このような者が数名あった。」とある。
うん、この一人はかの岸右衛門(きしえもん)だろうな。
報徳記にその教化の次第が活写されている。

「物井(ものい)村に岸右衛門という者があった。
少しばかり才知があり、性格は吝嗇(りんしょく)で剛気であった。
尊徳先生が桜町陣屋に来てから、先生は日夜尽力して、衰村を興し、百姓を安じようとされていたが、岸右衛門はこれを嘲りこれをののしり、村人を先生の徳に服させないようにした。
みずから大言を吐いて、三味線をひいて、再復の仕法を嘲笑して、歳月を送ること7年に及んだ。
尊徳先生は寛大を主としてこれを戒めなかった。
それは自然に自分の非をさとって、自ら悔いる時を待たれたのだ。
尊徳先生の丹誠実業が月を重ね年を経るに及んで、功績が次第に現れ、良法の良法であるゆえんが明白になってきたために、岸右衛門はこう思った。
『以前から小田原からこの地を再復するために出張してきた者はたくさんいるが、一年を待たないで退き、あるいは逃げ去った。二宮が命令を受けて来ても、必ずや前轍を踏むであろうとばかり思っていた。たとえどんな仕法を下したにしても、この地を再興成就する道があろうかと。
ところが7年に及んで、その丹誠はますます厚く、功績は日々に顕著になってきた。
私がこのように仕法に反対して、年を経過すれば三村の再興が近く成就したら、罪人に陥いることは眼前である。今速かに前非を謝まって、ともに復興事業に協力して、後の栄えを取ったほうがよい』と。

そこで人を頼んで岸右衛門は仕法に感じ入って、協力したいと願っておりますと言わせた。
尊徳先生は岸右衛門の旧悪は咎められず、喜んでその願いを聞き入れられた。
岸右衛門は陣屋に来て、先生の指揮にしたがって、努力しますと言った。
尊徳先生は岸右衛門に仕法の大意と人倫の大道を教えられた。
岸右衛門は始て広大の道理を聞いて、大感激し、これから日々村に出て指揮に従って、土木事業の先頭にたって、一生懸命力を尽くした。

ところが村人は岸右衛門の人となりを知っているからその言葉を信用しない。
岸右衛門は大変憤りなげいた。

尊徳先生は岸右衛門に諭(さと)してこうおっしゃった。
「おまえは前非を改めて上下のために力を尽くすというが、人々がどうしておまえの本心を知ろうか。人が難かしいとする所は私欲を去ることだ。おまえが私欲を去らなければ、人はおまえを信じない。」
岸右衛門は言った。
「教えにしたがって、欲を捨てることをしましょう。何を先にすればよいのでしょうか。」
尊徳先生はおっしゃった。
「おまえが貯えてきた金銀器財をすべて出し、窮民を救助する資材としなさい、
またおまえの家の田をすべて売り払って、その代金も出しなさい。
私欲を去って、私財を譲り、村人のために力を尽くすことは人としての善行これより大きいものはない。
人が人である道は、己をすてて人を恵むことより尊いものはない。
しかるおまえの旧来の行いは、ただ自分を利せんとするのほか余念がなかった。
自分を利せんとして他を顧みないのはケダモノの道である。
人と生れて一生鳥獣と行いを等しくすることは悲むべきではないか。
今、私の言葉に従って、ケダモノの行いを去って、人の道の至善を行う時は、おまえの心が私欲の汚れを去って清淨に帰する。
村人もこれを見てその行いに感動して、お前を信ずるに違いない。」と教えられた。

岸右衛門は憂い喜びがこもごも来て決断することができなかった。
一つはこの善道を踏みたいとを欲し、一つは一家を廃絶することを憂えたためだった。

尊徳先生はまた教えられた。
「おまえの心が決しないのは、一家を失い、父母妻子を養う道がないのを憂えるのではないか。
おまえが真直ぐにこの善道を踏もうし、一家田んぼをともになげうって、非常の行いを立てたら、私がどうしておまえの飢渇を見て、おまえが道端に倒れるのを待とうか。
おまえにはおまえの道がある。私には私の道がある。
三村が復興するのも廃するのも私の一身にある。
無頼のも者が自分の責任で家を失うのさえ、教え諭してこれを再復させ、これを安んじている。
まして今お前が上には君のため、下には民のために先祖伝来の家屋敷を売り払い、村を復興させる道を行う。このような奇特の者を道路に飢えさせれば、私は三村を復興する任務をどうして達成できよう。
ただおまえの心が私欲を去ることができず、生涯鳥獣と同く、空しくちることを歎いているだけだ。」と愁いが先生の顔にあふれた。

岸右衛門はこの一言に感動して、決意して、先生に答えた。
「先生は私を憐んで、君子の行いを教えてくださいました。
その恩義はたとえようもありません。すぐに教えにしたがって、この人の道を踏みましょう。」
岸右衛門はすぐに家へ帰って、この道を父母妻子に説いた。
家族は大変驚いて、なすところを知らず、泣き喚いた。
岸右衛門はこれを見てまた疑念を生じ、婦女子を諭すことができませんと、人をやって先生に告げた。

先生は嘆かれておっしゃった。
「これは岸右衛門の一心にあって婦女子にあるのではない。
岸右衛門の心が、目前の欲におおわれているだけだ、ああ小人に君子の行いを踏ませることはもともと無理であった。私がこのような者に教えたのが過りであった」と大息された。

使いは帰ってきて岸右衛門に尊徳先生の言葉を告げた。
岸右衛門はブゼンとして言った。
「実に私の心が定まらないからで、家族にあるのではない」

断然田んぼを売り払い、家具を売り払って、その代金を持って、陣屋に来て言った。
「不肖の私がどうして復興の大道を行うことができましょうか。
願はくばこれを殿様の復興事業の資金に加えて村のためにお使いください」と言った。
尊徳先生はその志をほめて、この願いを聞き入れられた。
そして岸右衛門に言った。
「おまえは今日から力を尽くして荒地を起すがよい」と開墾させた。
尊徳先生もまた人夫を雇って開発に従事させ、たちまち数町の田を開いて、これを岸右衛門に与えて言った。
「この開田はおまえがこれまで持っていた田んぼにまさる。今年からこの田を耕すがよい。
旧田は5公5民の税金がかかるがこの開田は100俵生ずれば100俵ともにお前の所有となる。
7、8年を経過しなければ税金を出す必要もない。
おまえが税金のかかる田を売って困窮した人々を救助し、無税の田を得てこれ耕すならば、一家のの生産は以前に倍しよう。これを両全の道というのだ。」と教えられた。

岸右衛門は始て先生の処置の深遠であることに驚いて、とても喜んで力を尽くした。
村人の信頼も得て、以前に倍するの幸福を得たのは皆先生の良法によったからである。」





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2026.03.25 09:54:05


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: