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2026.06.25
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カテゴリ: 報徳
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二宮翁逸話

58 翁と大久保公

明君としては大久保公もえらかったが、事業家としては二宮翁もえらかったのである。
翁がいかに大困難に堪え忍び、盤根錯節を切り抜けて後世仰ぐべく大事業を成したかというに、全く大久保公と二宮翁の互いにあい信じあいよりたる力の大いなりしによることである。
その証拠には翁の言わるるよう「信あればすなわち民任すという言葉があるが、子女の慈母におけるもまたかくのごときもので、いかほど大切なるものでも子女は慈母に疑いなくしてこれを預ける。これ慈母のまことが子女に通ずるがゆえである。余が先君大久保公におけるもまた同じである」といい、かつこういうことを書きし添えてある。
「余が桜町仕法の委任は心組みの次第一々申し立つるに及ばず、年々の出納も計算するに及ばず、
10カ年の間任せおくものなりとあり、これ余が身を委ねて桜町に来たりしゆえんなり」
といわれておる。
信用の力が人を動かすにおいて大いなる力を有しておることは実に測り知ることのできないものがある。


二宮翁夜話巻の4

【1】尊徳先生はおっしゃった。
論語に曰く、


これは母の信が、子どもに通じているからである。
私が先君に対するのもまた同じだった、
私に桜町仕法を委任するにあたって、
先君は心組みの次第を一々申し立てるに及ばない、
年々の収入支出の計算をするに及ばない、
10ヶ年の間お前に任せおくということであった。
これが私が一身をゆだねて、桜町に来た理由である。

さてこの地に来て、いかにしようかと熟考するに、
皇国を開闢された昔、外国から資本を借りて、開いたわけではない。
皇国は、皇国の徳沢にて開いたに相違ない事を明かにしたため、本藩から助成金を謝絶し、近郷の富豪に借用を頼むことなく、この4000石の地の外を、海外とみなして、われ神代の古えに、豊葦原へ天降ったと決心し、皇国は皇国の徳沢にて開く道こそが、天照大御神の足跡であると思い定めて、一途に開闢元始の大道によって、勤め励んだのである。
開闢の昔、芦原に一人天降ったと覚悟する時には、流水にみそぎをしたように、潔い事は限りない。
何事をなすにもこの覚悟を極めるならば、依頼心もなく、卑怯卑劣の心もなく、何を見ても、うらやましい事もなく、心中清浄であるために、願いとして成就しないという事はないという場に至るのである。
この覚悟は、事を成すの大本であり、私の悟道の極意である。
この覚悟が定まれば、衰えた村を起すのも、廃家を興すのも大変やさしい。
ただ、この覚悟一つである。





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最終更新日  2026.06.25 00:00:10


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